『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(3)には、第60段「真乗院に盛親僧都とて」から第98段「尊き聖の言ひ置きけることを」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(3)をご覧ください。
第60段 真乗院に盛親僧都とて
真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。芋頭といふものを好みて、多く食ひけり。
談義の座にても、大きなる鉢にうづ高く盛りて、膝もとに置きつつ、食ひながら文をも読みけり。わづらふことあるには、七日、二七日など、療治とて籠りゐて、思ふやうによき芋頭を選びて、ことに多く食ひて、よろづの病をいやしけり。人に食はすることなし。ただひとりのみぞ食ひける。
極めて貧しかりけるに、師匠、死にさまに、銭二百貫と坊ひとつを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋を芋頭の銭と定めて、京なる人に預けおきて、十貫づつ取り寄せて、芋頭を乏しからず召しけるほどに、また異用に用ゐることなくて、その銭みなになりにけり。三百貫のものを貧しき身にまうけて、かく計らひける、まことにありがたき道心者なりとぞ、人申しける。
この僧都、ある法師を見て、「しろうるり」といふ名をつけたりけり。
「とは何ものぞ」
と人の問ひければ、
「さるものを我も知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」
とぞ言ひける。
この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書、学匠、弁説、人にすぐれて、宗の法灯なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世をかろく思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。
出仕して饗膳などにつく時も、みな人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。
斎、非時も人に等しく定めて食はず、我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、睡たければ昼もかきこもりて、いかなる大事あれども、人の言ふこと聞き入れず、目覚めぬれば幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶき歩きなど、尋常ならぬさまなれども、人にいとはれず、よろづ許されけり。
徳のいたれりけるにや。
第61段 御産の時甑落とすことは
御産の時、甑落とすことは、定まれることにはあらず。御胞衣とどこほる時のまじなひなり。とどこほらせたまはねば、このことなし。
下ざまよりことおこりて、させる本説なし。大原の里の甑を召すなり。
古き宝蔵の絵に、賤しき人の子産みたる所に、甑落としたるを描きたり。
第62段 延政門院いときなくおはしましける時
延政門院、いときなくおはしましける時、院へ参る人に、御言付てとて申させたまひける御歌、
ふたつ文字牛の角文字直ぐな文字ゆがみ文字とぞ君は覚ゆる
恋しく思ひまゐらせたまふとなり。
第63段 後七日の阿闍梨
後七日の阿闍梨、武者を集むること、いつとかや盗人にあひにけるより、宿直人とて、かくことごとしくなりにけり。
一年の相は、この修中のありさまにこそ見ゆなれば、兵を用ゐんこと、穏やかならぬことなり。
第64段 車の五緒は
「車の五緒は、必ず人によらず、ほどにつけて、極むる官、位に至りぬれば、乗るものなり」とぞ、ある人仰せられし。
第65段 このごろの冠は
このごろの冠は、昔よりははるかに高くなりたるなり。古代の冠桶を持ちたる人は、端を継ぎて、今用ゐるなり。
第66段 岡本関白殿
岡本関白殿、盛りなる紅梅の枝に鳥一双を添へて、この枝につけて参らすべきよし、御鷹飼、下毛野武勝に仰せられたりけるに、
「花に鳥つくるすべ、知り候はず。一枝に二つつくることも、存知し候はず」
と申しければ、膳部に尋ねられ、人々に問はせたまひて、また武勝に、
「さらば、おのれが思はんやうにつけて参らせよ」
と仰せられたりければ、花もなき梅の枝に、一つをつけて参らせけり。
武勝が申しはべりしは、
「柴の枝、梅の枝、つぼみたると散りたるとにつく。五葉などにもつく。枝の長さ七尺、あるいは六尺、返し刀五分に切る。枝の半ばに鳥をつく。つくる枝、踏まする枝あり。しじら藤の割らぬにて、二所つくべし。藤の先は、ひうち羽の長に比べて切りて、牛の角のやうにたわむべし。初雪の朝、枝を肩にかけて、中門よりふるまひて参る。大砌の石を伝ひて、雪に跡をつけず、あまおほひの毛を少しかなぐり散らして、二棟の御所の高欄に寄せかく。禄を出ださるれば、肩にかけて拝して退く。初雪といへども、沓の鼻の隠れぬほどの雪には参らず。あまおほひの毛を散らすことは、鷹は弱腰を取ることなれば、御鷹の取りたるよしなるべし」
と申しき。
花に鳥つけずとは、いかなるゆゑにかありけん。
長月ばかりに、梅の作り枝に雉をつけて、
君がためにと折る花は時しも分かぬ
と言へること、伊勢物語に見えたり。
作り花は苦しからぬにや。
第67段 賀茂の岩本、橋本は
賀茂の岩本、橋本は、業平、実方なり。人の常に言ひ紛へはべれば、一年参りたりしに、老いたる宮司の過ぎしを呼びとどめて、尋ねはべりしに、
「実方は、御手洗に影の映りける所とはべれば、橋本や、なほ水の近ければと覚えはべる」
吉水和尚の、
月をめで花をながめしいにしへのやさしき人はここにありはら
と詠みたまひけるは、
「岩本の社とこそ承りおきはべれど、おのれらよりは、なかなか御存知などもこそ候はめ」
と、いとうやうやしく言ひたりしこそ、いみじく覚えしか。
今出川院近衛とて、集どもにあまた入りたる人は、若かりける時、常に百首の歌を詠みて、かの二の社の御前の水にて書きて、手向けられけり。
まことにやんごとなき誉ありて、人の口にある歌多し。作文、詩序など、いみじく書く人なり。
第68段 筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者の
筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが、土大根をよろづにいみじき薬とて、朝ごとに二つづつ焼きて食ひけること、年久しくなりぬ。
ある時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来りて囲み攻めけるに、館の内に兵二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、みな追ひ返してけり。いと不思議に覚えて、
「日ごろここにものしたまふとも見ぬ人々の、かく戦ひしたまふは、いかなる人ぞ」
と問ひければ、
「年ごろ頼みて、朝な朝な召しつる土大根らに候ふ」
と言ひて失せにけり。
深く信をいたしぬれば、かかる徳もありけるにこそ。
第69段 書写の上人は
書写の上人は、法華読誦の功積もりて、六根浄にかなへる人なりけり。旅の仮屋に立ち入られけるに、豆の殻を焚きて豆を煮ける音の、つぶつぶと鳴るを聞きたまひければ、
「疎からぬおのれらしも、恨めしく、我をば煮て、辛き目を見するものかな」
と言ひけり。焚かるる豆殻の、はらはらと鳴る音は、
「我が心よりすることかは。焼かるるは、いかばかり堪へがたけれども、力なきことなり。かくな恨みたまひそ」
とぞ聞こえける。
第70段 元応の清暑堂の御遊に
元応の清暑堂の御遊に、玄上は失せにしころ、菊亭大臣、牧馬を弾じたまひけるに、座に着きて、まづ柱を探られたりければ、一つ落ちにけり。御懐にそくひを持ちたまひたるにてつけられにければ、神供の参るほどに、よく干て、ことゆゑなかりけり。
いかなる意趣かありけん、物見ける衣かづきの寄りて、放ちて、もとのやうに置きたりけるとぞ。
第71段 名を聞くより、やがて面影は
名を聞くより、やがて面影は推し量らるる心地するを、見る時は、また、かねて思ひつるままの顔したる人こそなけれ。
昔物語を聞きても、このごろの人の家のそこほどにてぞありけんと覚えて、人も、今見る人の中に思ひよそへらるるは、誰もかく覚ゆるにや。
また、いかなる折ぞ、ただ今人の言ふことも、目に見ゆるものも、我が心のうちも、かかることのいつぞやありしかと覚えて、いつとは思ひ出でねども、まさしくありし心地のするは、我ばかりかく思ふにや。
第72段 賤しげなるもの
賤しげなるもの。居たるあたりに調度の多き。硯に筆の多き。持仏堂に仏の多き。前栽に石、草木の多き。家の内に子孫の多き。人にあひて詞の多き。願文に作善多く書き載せたる。
多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵。
第73段 世に語り伝ふること
世に語り伝ふること、まことはあいなきにや、多くはみな虚言なり。
あるにも過ぎて人はものを言ひなすに、まして年月過ぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ。道々の物の上手のいみじきことなど、かたくななる人の、その道知らぬは、そぞろに神のごとくに言へども、道知れる人は、さらに信もおこさず。音に聞くと見る時とは、何ごとも変はるものなり。
かつあらはるるをも顧みず、口にまかせて言ひ散らすは、やがて浮きたることと聞こゆ。また、我もまことしからずは思ひながら、人の言ひしままに、鼻のほどおごめきて言ふは、その人の虚言にはあらず。げにげにしく所々うちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづま合はせて語る虚言は、恐ろしきことなり。
我がため面目あるやうに言はれぬる虚言は、人いたくあらがはず。
みな人の興ずる虚言は、ひとり、「さもなかりしものを」と言はんも詮なくて、聞きゐたるほどに、証人にさへなされて、いとど定まりぬべし。とにもかくにも、虚言多き世なり。
ただ常にある、めづらしからぬことのままに心得たらん、よろづ違ふべからず。下ざまの人の物語は、耳驚くことのみあり。よき人はあやしきことを語らず。
かくは言へど、仏神の奇特、権者の伝記、さのみ信ぜざるべきにもあらず。
これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「よもあらじ」など言ふも詮なければ、おほかたは、まことしくあひしらひて、ひとへに信ぜず、また疑ひ嘲るべからず。
第74段 蟻のごとくに集まりて
蟻のごとくに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る。高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。営むところ何ごとぞや。
生をむさぼり、利を求めてやむ時なし。身を養ひて何ごとをか待つ。期するところ、ただ老と死とにあり。その来ること速やかにして、念々の間にとどまらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。
惑へる者はこれを恐れず、名利に溺れて、先途の近きことを顧みねばなり。
愚かなる人は、またこれを悲しぶ、常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。
第75段 つれづれわぶる人は
つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ。
世に従へば、心、外の塵に奪はれて惑ひやすく、人に交はれば、言葉、よその聞に随ひて、さながら心にあらず。人に戯れ、物に争ひ、一たびは恨み、一たびは喜ぶ。そのこと定まれることなし。分別みだりに起こりて、得失やむ時なし。惑ひの上に酔へり。酔の中に夢をなす。
走りて急がはしく、ほれて忘れたること、人みなかくのごとし。
いまだまことの道を知らずとも、縁を離れて身を閑かにし、ことにあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。
「生活、人事、伎能、学問等の諸縁をやめよ」とこそ、摩訶止観にもはべれ。
第76段 世の覚え花やかなるあたりに
世の覚え花やかなるあたりに、嘆きも喜びもありて、人多く行きとぶらふ中に、聖法師のまじりて、言ひ入れ、たたずみたるこそ、さらずともと見ゆれ。さるべきゆゑあるとも、法師は人にうとくてありなん。
第77段 世の中に、そのころ人のもてあつかひぐさに
世の中に、そのころ人のもてあつかひぐさに言ひあへること、いろふべきにはあらぬ人の、よく案内知りて、人にも語り聞かせ、問ひ聞きたるこそ、うけられね。
ことに、かたほとりなる聖法師などぞ、世の人の上は、我がごとく尋ね聞き、いかでかばかりは知りけんと覚ゆるまでぞ、言ひ散らすめる。
第78段 今様のことどものめづらしきを
今やうのことどものめづらしきを、言ひ広め、もてなすこそ、またうけられね。世にことふりたるまで知らぬ人は、心にくし。
今さらの人などのある時、ここもとに言ひつけたることぐさ、ものの名など、心得たるどち、片端言ひかはし、目見合はせ、笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はすること、世慣れず、よからぬ人の、必ずあることなり。
第79段 何事も入りたたぬさましたるぞよき
何ごとも入りたたぬさましたるぞよき。よき人は、知りたることとて、さのみ知り顔にやは言ふ。片田舎よりさし出でたる人こそ、よろづの道に心得たるよしのさしいらへはすれ。されば、世に恥づかしきかたもあれど、みづからもいみじと思へるけしき、かたくななり。
よくわきまへたる道には、必ず口重く、問はぬ限りは言はぬこそいみじけれ。
第80段 人ごとに、我が身にうときことをのみぞ好める
人ごとに、我が身にうときことをのみぞ好める。法師は兵の道を立て、夷は弓引くすべ知らず、仏法知りたる気色し、連歌し、管絃をたしなみあへり。されど、愚かなるおのれが道よりは、なほ人に思ひ侮られぬべし。
法師のみにもあらず。
上達部、殿上人、上ざままでおしなべて、武を好む人多かり。
百たび戦ひて百たび勝つとも、いまだ武勇の名を定めがたし。そのゆゑは、運に乗じて仇を砕く時、勇者にあらずと言ふ人なし。兵尽き、矢窮まりて、つひに敵に降らず、死をやすくして後、はじめて名をあらはすべき道なり。生けらんほどは、武に誇るべからず。
人倫に遠く、禽獣に近きふるまひ。その家にあらずは、好みて益なきことなり。
第81段 屏風、障子などの絵も文字も
屏風、障子などの、絵も文字もかたくななる筆やうして書きたるが、見にくきよりも、宿の主のつたなく覚ゆるなり。おほかた、持てる調度にても、心劣りせらるることはありぬべし。
さのみよきものを持つべしとにもあらず。損ぜざらんためとて、品なく見にくきさまにしなし、めづらしからんとて、用なきことどもしそへ、わづらはしく好みなせるを言ふなり。
古めかしきやうにて、いたくことごとしからず、費えもなくて、物がらのよきがよきなり。
第82段 羅の表紙は、とく損ずるがわびしき
「羅の表紙は、とく損ずるがわびしき」
と人の言ひしに、頓阿が、
「羅は上下はつれ、螺鈿の軸は、貝落ちて後こそいみじけれ」
と申しはべりしこそ、心まさりて覚えしか。
一部とある草子などの、同じやうにもあらぬを見にくしと言へど、弘融僧都が、
「ものを必ず一具にととのへんとするは、つたなき者のすることなり。不具なるこそよけれ」
と言ひしも、いみじく覚えしなり。
すべて、何もみな、ことのととのほりたるは、あしきことなり。しのこしたるを、さてうち置きたるは、おもしろく、生き延ぶるわざなり。
「内裏造らるるにも、必ず造り果てぬ所を残すことなり」
と、ある人申しはべりしなり。
先賢の作れる内外の文にも、章段の欠けたることのみこそはべれ。
第83段 竹林院入道左大臣殿
竹林院入道左大臣殿、太政大臣に上がりたまはんに、何のとどこほりかおはせんなれども、
「めづらしげなし。一上にてやみなん」
とて、出家したまひにけり。
洞院左大臣殿、このことを甘心したまひて、相国の望みおはせざりけり。亢竜の悔ありとかや言ふことはべるなり。
月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。よろづのこと、先の詰まりたるは、破れに近き道なり。
第84段 法顕三蔵の天竺に渡りて
法顕三蔵の天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に伏しては漢の食を願ひたまひけることを聞きて、
「さばかりの人の、無下にこそ、心弱きけしきを人の国にて見えたまひけれ」
と人の言ひしに、弘融僧都、
「優に情ありける三蔵かな」
と言ひたりしこそ、法師のやうにもあらず、心にくく覚えしか。
第85段 人の心すなほならねば
人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されども、おのづから正直の人、などかなからん。おのれすなほならねど、人の賢を見てうらやむは、尋常なり。
至りて愚かなる人は、たまたま賢き人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」と謗る。おのれが心に違へるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ。この人は、下愚の性移るべからず。
偽りて小利をも辞すべからず。仮にも賢を学ぶべからず。
狂人の真似とて大路を走らば、すなはち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥を学ぶは驥のたぐひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
偽りても賢を学ばんを、賢と言ふべし。
第86段 惟継中納言は
惟継中納言は、風月の才に富める人なり。
一生精進にて、読経うちして、寺法師の円伊僧正と同宿してはべりけるに、文保に三井寺焼かれし時、坊主にあひて、
「御坊をば寺法師とこそ申しつれど、寺はなければ、今よりは法師とこそ申さめ」
と言はれけり。いみじき秀句なりけり。
第87段 下部に酒飲ますることは
下部に酒飲ますることは、心すべきことなり。
宇治に住みはべりける男、京に、具覚房とて、なまめきたる遁世の僧を、小舅なりければ、常に申し睦びけり。
ある時、迎へに馬を遣はしたりければ、遥かなるほどなり、口付きの男に、
「まづ一度せさせよ」
とて、酒を出だしたれば、さし受けさし受け、よよと飲みぬ。
太刀うち佩きて、かひがひしげなれば、頼もしく覚えて、召し具して行くほどに、木幡のほどにて、奈良法師の兵士あまた具して逢ひたるに、この男立ち向かひて、
「日暮れにたる山中に、あやしきぞ。止まり候へ」
と言ひて、太刀を引き抜きければ、人もみな太刀抜き、矢はげなどしけるを、具覚房手をすりて、
「うつし心なく酔ひたる者に候ふ。まげて許したまはらん」
と言ひければ、おのおの嘲りて過ぎぬ。
この男、具覚房にあひて、
「御房は口惜しきことしたまひつるものかな。おのれ酔ひたることはべらず。高名仕らんとするを、抜ける太刀むなしくなしたまひつること」
と怒りて、ひた斬りに斬り落としつ。さて、山賊ありとののしりければ、里人おこりて出であへば、
「我こそ山賊よ」
と言ひて、走りかかりつつ斬り廻りけるを、あまたして手負ほせ、打ち伏せて縛りけり。馬は血つきて、宇治大路の家に走り入りたり。
あさましくて、男どもあまた走らかしたれば、具覚房はくちなし原にによひ伏したるを、求め出でて、かきもて来つ。
からき命生きたれど、腰斬り損ぜられて、かたはになりにけり。
第88段 ある者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて
ある者、「小野道風の書ける和漢朗詠集」とて持ちたりけるを、ある人、
「御相伝、浮けることにははべらじなれども、四条大納言撰ばれたるものを、道風書かんこと、時代や違ひはべらん。おぼつかなくこそ」
と言ひければ、
「さ候へばこそ、世にありがたきものにははべりけれ」
とて、いよいよ秘蔵しけり。
第89段 奥山に猫またといふものありて
「奥山に猫またといふものありて、人を食らふなる」
と人の言ひけるに、
「山ならねども、これらにも、猫の経上がりて猫またになりて、人とることはあなるものを」
と言ふ者ありけるを、何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の、行願寺の辺にありけるが聞きて、「ひとり歩かん身は、心すべきことにこそ」と思ひけるころしも、ある所にて夜更くるまで連歌して、ただひとり帰りけるに、小川の端にて、音に聞きし猫また、あやまたず足もとへふと寄り来て、やがてかきつくままに、首のほどを食はんとす。
肝心も失せて、防がんとするに力もなく、足も立たず、小川へ転び入りて、
「助けよや、猫また、よやよや」
と叫べば、家々より松どもともして走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。
「こはいかに」
とて、川の中より抱き起こしたれば、連歌の賭け物取りて、扇、小箱など懐に持ちたりけるも、水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにて、はふはふ家に入りにけり。
飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。
第90段 大納言法印の召し使ひし乙鶴丸
大納言法印の召し使ひし乙鶴丸、やすら殿といふ者を知りて、常に行き通ひしに、ある時出でて帰り来たるを、法印、
「いづくへ行きつるぞ」
と問ひしかば、
「やすら殿のがり罷りて候ふ」
と言ふ。
「そのやすら殿は、男か、法師か」
とまた問はれて、袖かき合はせて、
「いかが候ふらん。頭をば見候はず」
と答へ申しき。などか頭ばかりの見えざりけん。
第91段 赤舌日といふこと
赤舌日といふこと、陰陽道には沙汰なきことなり。昔の人、これを忌まず。このごろ、何者の言ひ出でて忌み始めけるにか。
「この日あること、末通らず」と言ひて、その日言ひたりしこと、したりしこと、かなはず、得たりしものは失ひつ、企てたりしことならずと言ふ、愚かなり。吉日を選びてなしたるわざの、末通らぬを数へて見んも、また等しかるべし。
そのゆゑは、無常変易の境、ありと見るものも存ぜず。始めあることも終りなし。志は遂げず、望みは絶えず。人の心不定なり。ものみな幻化なり。何ごとかしばらくも住する。この理を知らざるなり。
「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は人によりて、日によらず。
第92段 ある人、弓射ることを習ふに
ある人、弓射ることを習ふに、諸矢をたばさみて的に向かふ。師の言ふ、
「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、初めの矢に等閑の心あり。毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思へ」
と言ふ。
わづかに二の矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。
道を学する人、夕には朝あらんことを思ひ、朝には夕あらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。
いはんや一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。何ぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだ難き。
第93段 牛を売る者あり
牛を売る者あり。
買ふ人、明日その値をやりて牛を取らんと言ふ。夜の間に牛死ぬ。
「買はんとする人に利あり、売らんとする人に損あり」
と語る人あり。これを聞きて、かたへなる者の言ふ、
「牛の主、まことに損ありといへども、また大きなる利あり。そのゆゑは、生あるもの、死の近きことを知らざること、牛すでにしかなり。人また同じ。はからざるに牛は死し、はからざるに主は存ぜり。一日の命、万金よりも重し。牛の値、鵞毛よりも軽し。万金を得て一銭を失はん人、損ありと言ふべからず」
と言ふに、みな人嘲りて、
「その理は、牛の主に限るべからず」
と言ふ。また言ふ、
「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しびを忘れて、いたづがはしく外の楽しびを求め、この財を忘れて、危く他の財をむさぼるには、志満つことなし。生ける間、生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人みな生を楽しまざるは、死を恐れざるゆゑなり。死を恐れざるにはあらず。死の近きことを忘るるなり。もしまた、生死の相にあづからずと言はば、実の理を得たりと言ふべし」
と言ふに、人いよいよ嘲る。
第94段 常磐井相国出仕したまひけるに
常磐井相国、出仕したまひけるに、勅書を持ちたる北面あひたてまつりて、馬より下りたりけるを、相国、後に、
「北面なにがしは、勅書を持ちながら下馬しはべりし者なり。かほどの者、いかでか君に仕うまつり候ふべき」
と申されければ、北面を放たれにけり。
「勅書を、馬の上ながら捧げて見せたてまつるべし。下るべからず」とぞ。
第95段 箱のくりかたに緒をつくること
「箱のくりかたに緒をつくること、いづかたにつけはべるべきぞ」
と、ある有職の人に尋ね申しはべりしかば、
「軸につけ、表紙につくること、両説なれば、いづれも難なし。文の箱は、多くは右につく。手箱には軸につくるも常のことなり」
と仰せられき。
第96段 めなもみといふ草あり
めなもみといふ草あり。くちばみに刺されたる人、かの草を揉みてつけぬれば、すなはち癒ゆとなん。見知りておくべし。
第97段 その物につきて、その物を費やし損なふもの
その物につきて、その物を費やし損なふもの、数を知らずあり。
身に虱あり、家に鼠あり、国に賊あり、小人に財あり。君子に仁義あり、僧に法あり。
第98段 尊き聖の言ひ置きけることを
尊き聖の言ひ置きけることを書きつけて、一言芳談とかや名づけたる草子を見はべりしに、心にあひて覚えしことども。
一 しやせまし、せずやあらましと思ふことは、おほやうは、せぬはよきなり。
一 後世を思はん者は、糂汰瓶一つも持つまじきことなり。持経、本尊に至るまで、よきものを持つ、よしなきことなり。
一 遁世者は、なきにことかけぬやうをはからひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。
一 上臈は下臈になり、智者は愚者になり、徳人は貧になり、能ある人は無能になるべきなり。
一 仏道を願ふといふは、別のことなし。暇ある身になりて、世のことを心にかけぬを、第一の道とす。
この外もありしことども、覚えず。



