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『徒然草』原文(3)第60段~第98段|真乗院に盛親僧都とて~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(3)には、第60段「真乗院に盛親僧都とて」から第98段「尊き聖の言ひ置きけることを」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(3)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第60段 真乗院に盛親僧都とて

 真しん乗じよう院ゐんに、盛じやう親しん僧そう都づとて、やんごとなき智ち者しやありけり。芋いも頭がしらといふものを好このみて、多おほく食くひけり。

 談だん義ぎの座ざにても、大おほきなる鉢はちにうづ高たかく盛もりて、膝ひざもとに置おきつつ、食くひながら文ふみをも読よみけり。わづらふことあるには、七なぬ日か、二ふた七なぬ日かなど、療れう治ぢとて籠こもりゐて、思おもふやうによき芋いも頭がしらを選えらびて、ことに多おほく食くひて、よろづの病やまひをいやしけり。人ひとに食くはすることなし。ただひとりのみぞ食くひける。

 極きはめて貧まづしかりけるに、師し匠しやう、死しにさまに、銭ぜに二に百ひやく貫くわんと坊ばうひとつを譲ゆづりたりけるを、坊ばうを百ひやく貫くわんに売うりて、かれこれ三さん万まん疋びきを芋いも頭がしらの銭あしと定さだめて、京きやうなる人ひとに預あづけおきて、十じつ貫くわんづつ取とり寄よせて、芋いも頭がしらを乏ともしからず召めしけるほどに、また異こと用ように用もちゐることなくて、その銭あしみなになりにけり。三さん百びやく貫くわんのものを貧まづしき身みにまうけて、かく計はからひける、まことにありがたき道だう心しん者じやなりとぞ、人ひと申まうしける。

 この僧そう都づ、ある法ほふ師しを見みて、「しろうるり」といふ名なをつけたりけり。

「とは何なにものぞ」

 と人ひとの問とひければ、

「さるものを我われも知しらず。もしあらましかば、この僧そうの顔かほに似にてん」

 とぞ言いひける。

 この僧そう都づ、みめよく、力ちから強つよく、大たい食しよくにて、能のう書しよ、学がく匠しやう、弁べん説ぜつ、人ひとにすぐれて、宗しゆうの法ほふ灯とうなれば、寺じ中ちゆうにも重おもく思おもはれたりけれども、世よをかろく思おもひたる曲くせ者ものにて、よろづ自じ由いうにして、おほかた人ひとに従したがふといふことなし。

 出しゆつ仕しして饗きやう膳ぜんなどにつく時ときも、みな人ひとの前まへ据すゑわたすを待またず、我わが前まへに据すゑぬれば、やがてひとりうち食くひて、帰かへりたければ、ひとりつい立たちて行ゆきけり。

 斎とき、非ひ時じも人ひとに等ひとしく定さだめて食くはず、我わが食くひたき時とき、夜よ中なかにも暁あかつきにも食くひて、睡ねぶたければ昼ひるもかきこもりて、いかなる大だい事じあれども、人ひとの言いふこと聞きき入いれず、目め覚さめぬれば幾いく夜よも寝いねず、心こころを澄すましてうそぶき歩ありきなど、尋よの常つねならぬさまなれども、人ひとにいとはれず、よろづ許ゆるされけり。

 徳とくのいたれりけるにや。

第61段 御産の時甑落とすことは

 御ご産さんの時とき、甑こしき落おとすことは、定さだまれることにはあらず。御おん胞え衣なとどこほる時ときのまじなひなり。とどこほらせたまはねば、このことなし。

 下しもざまよりことおこりて、させる本ほん説せつなし。大おほ原はらの里さとの甑こしきを召めすなり。

 古ふるき宝はう蔵ざうの絵ゑに、賤いやしき人ひとの子こ産うみたる所ところに、甑こしき落おとしたるを描かきたり。

第62段 延政門院いときなくおはしましける時

 延えん政せい門もん院ゐん、いときなくおはしましける時とき、院ゐんへ参まゐる人ひとに、御おん言こと付づてとて申まうさせたまひける御おん歌うた、

ふたつ文も字じ牛うしの角つの文も字じ直すぐな文も字じゆがみ文も字じとぞ君きみは覚おぼゆる

 恋こひしく思おもひまゐらせたまふとなり。

第63段 後七日の阿闍梨

 後ご七しち日にちの阿あ闍じや梨り、武む者しやを集あつむること、いつとかや盗ぬす人びとにあひにけるより、宿との直ゐ人びととて、かくことごとしくなりにけり。

 一ひと年とせの相さうは、この修しゆ中ちゆうのありさまにこそ見みゆなれば、兵つはものを用もちゐんこと、穏おだやかならぬことなり。

第64段 車の五緒は

 「車くるまの五い緒つをは、必かならず人ひとによらず、ほどにつけて、極きはむる官つかさ、位くらゐに至いたりぬれば、乗のるものなり」とぞ、ある人ひと仰おほせられし。

第65段 このごろの冠は

 このごろの冠かうぶりは、昔むかしよりははるかに高たかくなりたるなり。古こ代だいの冠かうぶり桶をけを持もちたる人ひとは、端はたを継つぎて、今いま用もちゐるなり。

第66段 岡本関白殿

 岡をか本もとの関くわん白ぱく殿どの、盛さかりなる紅こう梅ばいの枝えだに鳥とり一ひと双よそひを添そへて、この枝えだにつけて参まゐらすべきよし、御おん鷹たか飼がひ、下しも毛つけ野のの武たけ勝かつに仰おほせられたりけるに、

「花はなに鳥とりつくるすべ、知しり候さぶらはず。一ひと枝えだに二ふたつつくることも、存ぞん知ぢし候さぶらはず」

 と申まうしければ、膳かしは部でに尋たづねられ、人々ひとびとに問とはせたまひて、また武たけ勝かつに、

「さらば、おのれが思おもはんやうにつけて参まゐらせよ」

 と仰おほせられたりければ、花はなもなき梅うめの枝えだに、一ひとつをつけて参まゐらせけり。

 武たけ勝かつが申まうしはべりしは、

「柴しばの枝えだ、梅うめの枝えだ、つぼみたると散ちりたるとにつく。五ご葉えふなどにもつく。枝えだの長ながさ七しち尺しやく、あるいは六ろく尺しやく、返かへし刀がたな五ご分ぶに切きる。枝えだの半なかばに鳥とりをつく。つくる枝えだ、踏ふまする枝えだあり。しじら藤ふぢの割わらぬにて、二ふた所ところつくべし。藤ふぢの先さきは、ひうち羽ばの長たけに比くらべて切きりて、牛うしの角つののやうにたわむべし。初はつ雪ゆきの朝あした、枝えだを肩かたにかけて、中ちゆう門もんよりふるまひて参まゐる。大おほ砌みぎりの石いしを伝つたひて、雪ゆきに跡あとをつけず、あまおほひの毛けを少すこしかなぐり散ちらして、二ふた棟むねの御ご所しよの高かう欄らんに寄よせかく。禄ろくを出いださるれば、肩かたにかけて拝はいして退しりぞく。初はつ雪ゆきといへども、沓くつの鼻はなの隠かくれぬほどの雪ゆきには参まゐらず。あまおほひの毛けを散ちらすことは、鷹たかは弱よわ腰ごしを取とることなれば、御おん鷹たかの取とりたるよしなるべし」

 と申まうしき。

 花はなに鳥とりつけずとは、いかなるゆゑにかありけん。

 長なが月つきばかりに、梅うめの作つくり枝えだに雉きじをつけて、

君きみがためにと折をる花はなは時ときしも分わかぬ

 と言いへること、伊い勢せ物もの語がたりに見みえたり。

 作つくり花ばなは苦くるしからぬにや。

第67段 賀茂の岩本、橋本は

 賀か茂もの岩いは本もと、橋はし本もとは、業なり平ひら、実さね方かたなり。人ひとの常つねに言いひ紛まがへはべれば、一ひと年とせ参まゐりたりしに、老おいたる宮みや司づかさの過すぎしを呼よびとどめて、尋たづねはべりしに、

「実さね方かたは、御み手たら洗しに影かげの映うつりける所ところとはべれば、橋はし本もとや、なほ水みづの近ちかければと覚おぼえはべる」

 吉よし水みづの和くわ尚しやうの、

月つきをめで花はなをながめしいにしへのやさしき人ひとはここにありはら

 と詠よみたまひけるは、

「岩いは本もとの社やしろとこそ承うけたまはりおきはべれど、おのれらよりは、なかなか御ご存ぞん知ぢなどもこそ候さぶらはめ」

 と、いとうやうやしく言いひたりしこそ、いみじく覚おぼえしか。

 今いま出で川がは院ゐんの近この衛ゑとて、集しふどもにあまた入いりたる人ひとは、若わかかりける時とき、常つねに百ひやく首しゆの歌うたを詠よみて、かの二ふたつの社やしろの御おん前まへの水みづにて書かきて、手た向むけられけり。

 まことにやんごとなき誉ほまれありて、人ひとの口くちにある歌うた多おほし。作さく文もん、詩し序じよなど、いみじく書かく人ひとなり。

第68段 筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者の

 筑つく紫しに、なにがしの押あふ領りやう使しなどいふやうなる者もののありけるが、土つち大おほ根ねをよろづにいみじき薬くすりとて、朝あさごとに二ふたつづつ焼やきて食くひけること、年とし久ひさしくなりぬ。

 ある時とき、館たちの内うちに人ひともなかりける隙ひまをはかりて、敵かたき襲おそひ来きたりて囲かこみ攻せめけるに、館たちの内うちに兵つはもの二人ふたり出いで来きて、命いのちを惜をしまず戦たたかひて、みな追おひ返かへしてけり。いと不ふ思し議ぎに覚おぼえて、

「日ひごろここにものしたまふとも見みぬ人々ひとびとの、かく戦たたかひしたまふは、いかなる人ひとぞ」

 と問とひければ、

「年としごろ頼たのみて、朝あさな朝あさな召めしつる土つち大おほ根ねらに候さぶらふ」

 と言いひて失うせにけり。

 深ふかく信しんをいたしぬれば、かかる徳とくもありけるにこそ。

第69段 書写の上人は

 書しよ写しやの上しやう人にんは、法ほつ華け読どく誦じゆの功こう積つもりて、六ろく根こん浄じやうにかなへる人ひとなりけり。旅たびの仮かり屋やに立たち入いられけるに、豆まめの殻からを焚たきて豆まめを煮にける音おとの、つぶつぶと鳴なるを聞ききたまひければ、

「疎うとからぬおのれらしも、恨うらめしく、我われをば煮にて、辛からき目めを見みするものかな」

 と言いひけり。焚たかるる豆まめ殻がらの、はらはらと鳴なる音おとは、

「我わが心こころよりすることかは。焼やかるるは、いかばかり堪たへがたけれども、力ちからなきことなり。かくな恨うらみたまひそ」

 とぞ聞きこえける。

第70段 元応の清暑堂の御遊に

 元げん応おうの清せい暑しよ堂だうの御ぎよ遊いうに、玄げん上じやうは失うせにしころ、菊きく亭ていの大臣おとど、牧ぼく馬ばを弾だんじたまひけるに、座ざに着つきて、まづ柱ぢゆうを探さぐられたりければ、一ひとつ落おちにけり。御おん懐ふところにそくひを持もちたまひたるにてつけられにければ、神じん供ぐの参まゐるほどに、よく干ひて、ことゆゑなかりけり。

 いかなる意い趣しゆかありけん、物もの見みける衣きぬかづきの寄よりて、放はなちて、もとのやうに置おきたりけるとぞ。

第71段 名を聞くより、やがて面影は

 名なを聞きくより、やがて面おも影かげは推おし量はからるる心ここ地ちするを、見みる時ときは、また、かねて思おもひつるままの顔かほしたる人ひとこそなけれ。

 昔むかし物もの語がたりを聞ききても、このごろの人ひとの家いへのそこほどにてぞありけんと覚おぼえて、人ひとも、今いま見みる人ひとの中なかに思おもひよそへらるるは、誰たれもかく覚おぼゆるにや。

 また、いかなる折をりぞ、ただ今いま人ひとの言いふことも、目めに見みゆるものも、我わが心こころのうちも、かかることのいつぞやありしかと覚おぼえて、いつとは思おもひ出いでねども、まさしくありし心ここ地ちのするは、我わればかりかく思おもふにや。

第72段 賤しげなるもの

 賤いやしげなるもの。居ゐたるあたりに調てう度どの多おほき。硯すずりに筆ふでの多おほき。持ぢ仏ぶつ堂だうに仏ほとけの多おほき。前せん栽ざいに石いし、草くさ木きの多おほき。家いへの内うちに子し孫そんの多おほき。人ひとにあひて詞ことばの多おほき。願ぐわん文もんに作さ善ぜん多おほく書かき載のせたる。

 多おほくて見み苦ぐるしからぬは、文ふ車ぐるまの文ふみ、塵ちり塚づかの塵ちり。

第73段 世に語り伝ふること

 世よに語かたり伝つたふること、まことはあいなきにや、多おほくはみな虚そら言ごとなり。

 あるにも過すぎて人ひとはものを言いひなすに、まして年とし月つき過すぎ、境さかひも隔へだたりぬれば、言いひたきままに語かたりなして、筆ふでにも書かきとどめぬれば、やがてまた定さだまりぬ。道々みちみちの物ものの上じやう手ずのいみじきことなど、かたくななる人ひとの、その道みち知しらぬは、そぞろに神かみのごとくに言いへども、道みち知しれる人ひとは、さらに信しんもおこさず。音おとに聞きくと見みる時ときとは、何なにごとも変かはるものなり。

 かつあらはるるをも顧かへりみず、口くちにまかせて言いひ散ちらすは、やがて浮うきたることと聞きこゆ。また、我われもまことしからずは思おもひながら、人ひとの言いひしままに、鼻はなのほどおごめきて言いふは、その人ひとの虚そら言ごとにはあらず。げにげにしく所々ところどころうちおぼめき、よく知しらぬよしして、さりながら、つまづま合あはせて語かたる虚そら言ごとは、恐おそろしきことなり。

 我わがため面めん目ぼくあるやうに言いはれぬる虚そら言ごとは、人ひといたくあらがはず。

 みな人ひとの興きようずる虚そら言ごとは、ひとり、「さもなかりしものを」と言いはんも詮せんなくて、聞ききゐたるほどに、証しよう人にんにさへなされて、いとど定さだまりぬべし。とにもかくにも、虚そら言ごと多おほき世よなり。

 ただ常つねにある、めづらしからぬことのままに心こころ得えたらん、よろづ違たがふべからず。下しもざまの人ひとの物もの語がたりは、耳みみ驚おどろくことのみあり。よき人ひとはあやしきことを語かたらず。

 かくは言いへど、仏ぶつ神じんの奇き特どく、権ごん者じやの伝でん記き、さのみ信しんぜざるべきにもあらず。

 これは、世せ俗ぞくの虚そら言ごとをねんごろに信しんじたるもをこがましく、「よもあらじ」など言いふも詮せんなければ、おほかたは、まことしくあひしらひて、ひとへに信しんぜず、また疑うたがひ嘲あざけるべからず。

第74段 蟻のごとくに集まりて

 蟻ありのごとくに集あつまりて、東ひがし西にしに急いそぎ、南みなみ北きたに走はしる。高たかきあり、賤いやしきあり。老おいたるあり、若わかきあり。行ゆく所ところあり、帰かへる家いへあり。夕ゆふべに寝いねて、朝あしたに起おく。営いとなむところ何なにごとぞや。

 生しやうをむさぼり、利りを求もとめてやむ時ときなし。身みを養やしなひて何なにごとをか待まつ。期ごするところ、ただ老おいと死しとにあり。その来きたること速すみやかにして、念々ねんねんの間あひだにとどまらず。これを待まつ間あひだ、何なにの楽たのしびかあらん。

 惑まどへる者ものはこれを恐おそれず、名みやう利りに溺おぼれて、先せん途どの近ちかきことを顧かへりみねばなり。

 愚おろかなる人ひとは、またこれを悲かなしぶ、常じやう住ぢゆうならんことを思おもひて、変へん化げの理ことわりを知しらねばなり。

第75段 つれづれわぶる人は

 つれづれわぶる人ひとは、いかなる心こころならん。まぎるる方かたなく、ただひとりあるのみこそよけれ。

 世よに従したがへば、心こころ、外ほかの塵ちりに奪うばはれて惑まどひやすく、人ひとに交まじはれば、言こと葉ば、よその聞ききに随したがひて、さながら心こころにあらず。人ひとに戯たはぶれ、物ものに争あらそひ、一ひとたびは恨うらみ、一ひとたびは喜よろこぶ。そのこと定さだまれることなし。分ふん別べつみだりに起おこりて、得とく失しつやむ時ときなし。惑まどひの上うへに酔ゑへり。酔ゑひの中うちに夢ゆめをなす。

 走はしりて急いそがはしく、ほれて忘わすれたること、人ひとみなかくのごとし。

 いまだまことの道みちを知しらずとも、縁えんを離はなれて身みを閑しづかにし、ことにあづからずして心こころを安やすくせんこそ、しばらく楽たのしぶとも言いひつべけれ。

 「生しやう活くわつ、人にん事じ、伎ぎ能のう、学がく問もん等とうの諸しよ縁えんをやめよ」とこそ、摩ま訶か止し観くわんにもはべれ。

第76段 世の覚え花やかなるあたりに

 世よの覚おぼえ花はなやかなるあたりに、嘆なげきも喜よろこびもありて、人ひと多おほく行ゆきとぶらふ中なかに、聖ひじり法ほふ師しのまじりて、言いひ入いれ、たたずみたるこそ、さらずともと見みゆれ。さるべきゆゑあるとも、法ほふ師しは人ひとにうとくてありなん。

第77段 世の中に、そのころ人のもてあつかひぐさに

 世よの中なかに、そのころ人ひとのもてあつかひぐさに言いひあへること、いろふべきにはあらぬ人ひとの、よく案あ内ない知しりて、人ひとにも語かたり聞きかせ、問とひ聞ききたるこそ、うけられね。

 ことに、かたほとりなる聖ひじり法ほふ師しなどぞ、世よの人ひとの上うへは、我わがごとく尋たづね聞きき、いかでかばかりは知しりけんと覚おぼゆるまでぞ、言いひ散ちらすめる。

第78段 今様のことどものめづらしきを

 今いまやうのことどものめづらしきを、言いひ広ひろめ、もてなすこそ、またうけられね。世よにことふりたるまで知しらぬ人ひとは、心こころにくし。

 今いまさらの人ひとなどのある時とき、ここもとに言いひつけたることぐさ、ものの名ななど、心こころ得えたるどち、片かた端はし言いひかはし、目め見み合あはせ、笑わらひなどして、心こころ知しらぬ人ひとに心こころ得えず思おもはすること、世よ慣なれず、よからぬ人ひとの、必かならずあることなり。

第79段 何事も入りたたぬさましたるぞよき

 何なにごとも入いりたたぬさましたるぞよき。よき人ひとは、知しりたることとて、さのみ知しり顔がほにやは言いふ。片かた田舎ゐなかよりさし出いでたる人ひとこそ、よろづの道みちに心こころ得えたるよしのさしいらへはすれ。されば、世よに恥はづかしきかたもあれど、みづからもいみじと思おもへるけしき、かたくななり。

 よくわきまへたる道みちには、必かならず口くち重おもく、問とはぬ限かぎりは言いはぬこそいみじけれ。

第80段 人ごとに、我が身にうときことをのみぞ好める

 人ひとごとに、我わが身みにうときことをのみぞ好このめる。法ほふ師しは兵つはものの道みちを立たて、夷えびすは弓ゆみ引ひくすべ知しらず、仏ぶつ法ぽふ知しりたる気き色そくし、連れん歌がし、管くわん絃げんをたしなみあへり。されど、愚おろかなるおのれが道みちよりは、なほ人ひとに思おもひ侮あなづられぬべし。

 法ほふ師しのみにもあらず。

 上かん達だち部め、殿てん上じやう人びと、上かみざままでおしなべて、武ぶを好このむ人ひと多おほかり。

 百ももたび戦たたかひて百ももたび勝かつとも、いまだ武ぶ勇ようの名なを定さだめがたし。そのゆゑは、運うんに乗じようじて仇あたを砕くだく時とき、勇ゆう者しやにあらずと言いふ人ひとなし。兵つはもの尽つき、矢や窮きはまりて、つひに敵かたきに降くだらず、死しをやすくして後のち、はじめて名なをあらはすべき道みちなり。生いけらんほどは、武ぶに誇ほこるべからず。

 人じん倫りんに遠とほく、禽きん獣じうに近ちかきふるまひ。その家いへにあらずは、好このみて益やくなきことなり。

第81段 屏風、障子などの絵も文字も

 屏びやう風ぶ、障しやう子じなどの、絵ゑも文も字じもかたくななる筆ひつやうして書かきたるが、見みにくきよりも、宿やどの主あるじのつたなく覚おぼゆるなり。おほかた、持もてる調てう度どにても、心こころ劣おとりせらるることはありぬべし。

 さのみよきものを持もつべしとにもあらず。損そんぜざらんためとて、品しななく見みにくきさまにしなし、めづらしからんとて、用ようなきことどもしそへ、わづらはしく好このみなせるを言いふなり。

 古ふるめかしきやうにて、いたくことごとしからず、費つひえもなくて、物ものがらのよきがよきなり。

第82段 羅の表紙は、とく損ずるがわびしき

「羅うすものの表へう紙しは、とく損そんずるがわびしき」

 と人ひとの言いひしに、頓とん阿あが、

「羅うすものは上かみ下しもはつれ、螺ら鈿でんの軸ぢくは、貝かひ落おちて後のちこそいみじけれ」

 と申まうしはべりしこそ、心こころまさりて覚おぼえしか。

 一いち部ぶとある草さう子しなどの、同おなじやうにもあらぬを見みにくしと言いへど、弘こう融ゆう僧そう都づが、

「ものを必かならず一いち具ぐにととのへんとするは、つたなき者もののすることなり。不ふ具ぐなるこそよけれ」

 と言いひしも、いみじく覚おぼえしなり。

 すべて、何なにもみな、ことのととのほりたるは、あしきことなり。しのこしたるを、さてうち置おきたるは、おもしろく、生いき延のぶるわざなり。

「内だい裏り造つくらるるにも、必かならず造つくり果はてぬ所ところを残のこすことなり」

 と、ある人ひと申まうしはべりしなり。

 先せん賢けんの作つくれる内ない外げの文ふみにも、章しやう段だんの欠かけたることのみこそはべれ。

第83段 竹林院入道左大臣殿

 竹ちく林りん院ゐんの入にふ道だう左さ大だい臣じん殿どの、太だい政じやう大だい臣じんに上あがりたまはんに、何なにのとどこほりかおはせんなれども、

「めづらしげなし。一いちの上かみにてやみなん」

 とて、出しゆつ家けしたまひにけり。

 洞とう院ゐんの左さ大だい臣じん殿どの、このことを甘かん心しんしたまひて、相しやう国こくの望のぞみおはせざりけり。亢かう竜りようの悔くいありとかや言いふことはべるなり。

 月つき満みちては欠かけ、物もの盛さかりにしては衰おとろふ。よろづのこと、先さきの詰つまりたるは、破やぶれに近ちかき道みちなり。

第84段 法顕三蔵の天竺に渡りて

 法ほつ顕けん三さん蔵ざうの天てん竺ぢくに渡わたりて、故ふる郷さとの扇あふぎを見みては悲かなしび、病やまひに伏ふしては漢かんの食じきを願ねがひたまひけることを聞ききて、

「さばかりの人ひとの、無む下げにこそ、心こころ弱よわきけしきを人ひとの国くににて見みえたまひけれ」

 と人ひとの言いひしに、弘こう融ゆう僧そう都づ、

「優いうに情なさけありける三さん蔵ざうかな」

 と言いひたりしこそ、法ほふ師しのやうにもあらず、心こころにくく覚おぼえしか。

第85段 人の心すなほならねば

 人ひとの心こころすなほならねば、偽いつはりなきにしもあらず。されども、おのづから正しやう直ぢきの人ひと、などかなからん。おのれすなほならねど、人ひとの賢けんを見みてうらやむは、尋よの常つねなり。

 至いたりて愚おろかなる人ひとは、たまたま賢かしこき人ひとを見みて、これを憎にくむ。「大おほきなる利りを得えんがために、少すこしきの利りを受うけず、偽いつはり飾かざりて名なを立たてんとす」と謗そしる。おのれが心こころに違たがへるによりて、この嘲あざけりをなすにて知しりぬ。この人ひとは、下か愚ぐの性しやう移うつるべからず。

 偽いつはりて小せう利りをも辞じすべからず。仮かりにも賢けんを学まなぶべからず。

 狂きやう人じんの真ま似ねとて大おほ路ぢを走はしらば、すなはち狂きやう人じんなり。悪あく人にんの真ま似ねとて人ひとを殺ころさば、悪あく人にんなり。驥きを学まなぶは驥きのたぐひ、舜しゆんを学まなぶは舜しゆんの徒となり。

 偽いつはりても賢けんを学まなばんを、賢けんと言いふべし。

第86段 惟継中納言は

 惟これ継つぐの中ちゆう納な言ごんは、風ふう月げつの才さいに富とめる人ひとなり。

 一いつ生しやう精さう進じにて、読ど経きやううちして、寺てら法ほふ師しの円ゑん伊い僧そう正じやうと同どう宿じゆくしてはべりけるに、文ぶん保ぽうに三み井ゐ寺でら焼やかれし時とき、坊ばう主ずにあひて、

「御ご坊ばうをば寺てら法ほふ師しとこそ申まうしつれど、寺てらはなければ、今いまよりは法ほふ師しとこそ申まうさめ」

 と言いはれけり。いみじき秀しう句くなりけり。

第87段 下部に酒飲ますることは

 下しも部べに酒さけ飲のますることは、心こころすべきことなり。

 宇う治ぢに住すみはべりける男をのこ、京きやうに、具ぐ覚かく房ばうとて、なまめきたる遁とん世せいの僧そうを、小こ舅じうとなりければ、常つねに申まうし睦むつびけり。

 ある時とき、迎むかへに馬うまを遣つかはしたりければ、遥はるかなるほどなり、口くち付つきの男をのこに、

「まづ一ひと度たびせさせよ」

 とて、酒さけを出いだしたれば、さし受うけさし受うけ、よよと飲のみぬ。

 太た刀ちうち佩はきて、かひがひしげなれば、頼たのもしく覚おぼえて、召めし具ぐして行ゆくほどに、木こ幡はたのほどにて、奈な良ら法ほふ師しの兵ひやう士じあまた具ぐして逢あひたるに、この男をのこ立たち向むかひて、

「日ひ暮くれにたる山やま中なかに、あやしきぞ。止とまり候さぶらへ」

 と言いひて、太た刀ちを引ひき抜ぬきければ、人ひともみな太た刀ち抜ぬき、矢やはげなどしけるを、具ぐ覚かく房ばう手てをすりて、

「うつし心ごころなく酔ゑひたる者ものに候さぶらふ。まげて許ゆるしたまはらん」

 と言いひければ、おのおの嘲あざけりて過すぎぬ。

 この男をのこ、具ぐ覚かく房ばうにあひて、

「御ご房ばうは口くち惜をしきことしたまひつるものかな。おのれ酔ゑひたることはべらず。高かう名みやう仕つかまつらんとするを、抜ぬける太た刀ちむなしくなしたまひつること」

 と怒いかりて、ひた斬ぎりに斬きり落おとしつ。さて、山やま賊だちありとののしりければ、里さと人びとおこりて出いであへば、

「我われこそ山やま賊だちよ」

 と言いひて、走はしりかかりつつ斬きり廻まはりけるを、あまたして手て負おほせ、打うち伏ふせて縛しばりけり。馬うまは血ちつきて、宇う治ぢ大おほ路ぢの家いへに走はしり入いりたり。

 あさましくて、男をのこどもあまた走はしらかしたれば、具ぐ覚かく房ばうはくちなし原はらにによひ伏ふしたるを、求もとめ出いでて、かきもて来きつ。

 からき命いのち生いきたれど、腰こし斬きり損そんぜられて、かたはになりにけり。

第88段 ある者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて

 ある者もの、「小を野のの道たう風ふうの書かける和わ漢かん朗らう詠えい集しふ」とて持もちたりけるを、ある人ひと、

「御ご相さう伝でん、浮うけることにははべらじなれども、四し条でうの大だい納な言ごん撰えらばれたるものを、道たう風ふう書かかんこと、時じ代だいや違たがひはべらん。おぼつかなくこそ」

 と言いひければ、

「さ候さぶらへばこそ、世よにありがたきものにははべりけれ」

 とて、いよいよ秘ひ蔵ざうしけり。

第89段 奥山に猫またといふものありて

「奥おく山やまに猫ねこまたといふものありて、人ひとを食くらふなる」

 と人ひとの言いひけるに、

「山やまならねども、これらにも、猫ねこの経へ上あがりて猫ねこまたになりて、人ひととることはあなるものを」

 と言いふ者ものありけるを、何なに阿あ弥み陀だ仏ぶつとかや、連れん歌がしける法ほふ師しの、行ぎやう願ぐわん寺じの辺へんにありけるが聞ききて、「ひとり歩ありかん身みは、心こころすべきことにこそ」と思おもひけるころしも、ある所ところにて夜よ更ふくるまで連れん歌がして、ただひとり帰かへりけるに、小を川がはの端はたにて、音おとに聞ききし猫ねこまた、あやまたず足あしもとへふと寄より来きて、やがてかきつくままに、首くびのほどを食くはんとす。

 肝きも心ごころも失うせて、防ふせがんとするに力ちからもなく、足あしも立たたず、小を川がはへ転ころび入いりて、

「助たすけよや、猫ねこまた、よやよや」

 と叫さけべば、家々いへいへより松まつどもともして走はしり寄よりて見みれば、このわたりに見み知しれる僧そうなり。

「こはいかに」

 とて、川かはの中なかより抱いだき起おこしたれば、連れん歌がの賭かけ物もの取とりて、扇あふぎ、小こ箱ばこなど懐ふところに持もちたりけるも、水みづに入いりぬ。希け有うにして助たすかりたるさまにて、はふはふ家いへに入いりにけり。

 飼かひける犬いぬの、暗くらけれど主ぬしを知しりて、飛とびつきたりけるとぞ。

第90段 大納言法印の召し使ひし乙鶴丸

 大だい納な言ごん法ほふ印いんの召めし使つかひし乙おと鶴つる丸まる、やすら殿どのといふ者ものを知しりて、常つねに行ゆき通かよひしに、ある時とき出いでて帰かへり来きたるを、法ほふ印いん、

「いづくへ行ゆきつるぞ」

 と問とひしかば、

「やすら殿どののがり罷まかりて候さぶらふ」

 と言いふ。

「そのやすら殿どのは、男をとこか、法ほふ師しか」

 とまた問とはれて、袖そでかき合あはせて、

「いかが候さぶらふらん。頭かしらをば見み候さぶらはず」

 と答こたへ申まうしき。などか頭かしらばかりの見みえざりけん。

第91段 赤舌日といふこと

 赤しやく舌ぜつ日にちといふこと、陰おん陽やう道だうには沙さ汰たなきことなり。昔むかしの人ひと、これを忌いまず。このごろ、何なに者ものの言いひ出いでて忌いみ始はじめけるにか。

 「この日ひあること、末すゑ通とほらず」と言いひて、その日ひ言いひたりしこと、したりしこと、かなはず、得えたりしものは失うしなひつ、企くはだてたりしことならずと言いふ、愚おろかなり。吉きち日にちを選えらびてなしたるわざの、末すゑ通とほらぬを数かぞへて見みんも、また等ひとしかるべし。

 そのゆゑは、無む常じやう変へん易やくの境さかひ、ありと見みるものも存ぞんぜず。始はじめあることも終をはりなし。志こころざしは遂とげず、望のぞみは絶たえず。人ひとの心こころ不ふ定ぢやうなり。ものみな幻げん化くわなり。何なにごとかしばらくも住ぢゆうする。この理ことわりを知しらざるなり。

 「吉きち日にちに悪あくをなすに、必かならず凶きようなり。悪あく日にちに善ぜんを行おこなふに、必かならず吉きつなり」と言いへり。吉きつ凶きようは人ひとによりて、日ひによらず。

第92段 ある人、弓射ることを習ふに

 ある人ひと、弓ゆみ射いることを習ならふに、諸もろ矢やをたばさみて的まとに向むかふ。師しの言いふ、

「初しよ心しんの人ひと、二ふたつの矢やを持もつことなかれ。後のちの矢やを頼たのみて、初はじめの矢やに等閑なほざりの心こころあり。毎ど度どただ得とく失しつなく、この一ひと矢やに定さだむべしと思おもへ」

 と言いふ。

 わづかに二ふたつの矢や、師しの前まへにて一ひとつをおろかにせんと思おもはんや。懈け怠だいの心こころ、みづから知しらずといへども、師しこれを知しる。この戒いましめ、万ばん事じにわたるべし。

 道みちを学がくする人ひと、夕ゆふべには朝あしたあらんことを思おもひ、朝あしたには夕ゆふべあらんことを思おもひて、重かさねてねんごろに修しゆせんことを期ごす。

 いはんや一いち刹せつ那なのうちにおいて、懈け怠だいの心こころあることを知しらんや。何なんぞ、ただ今いまの一いち念ねんにおいて、ただちにすることのはなはだ難かたき。

第93段 牛を売る者あり

 牛うしを売うる者ものあり。

 買かふ人ひと、明日あすその値あたひをやりて牛うしを取とらんと言いふ。夜よの間まに牛うし死しぬ。

「買かはんとする人ひとに利りあり、売うらんとする人ひとに損そんあり」

 と語かたる人ひとあり。これを聞ききて、かたへなる者ものの言いふ、

「牛うしの主ぬし、まことに損そんありといへども、また大おほきなる利りあり。そのゆゑは、生しやうあるもの、死しの近ちかきことを知しらざること、牛うしすでにしかなり。人ひとまた同おなじ。はからざるに牛うしは死しし、はからざるに主ぬしは存ぞんぜり。一いち日にちの命いのち、万ばん金きんよりも重おもし。牛うしの値あたひ、鵞が毛まうよりも軽かろし。万ばん金きんを得えて一いつ銭せんを失うしなはん人ひと、損そんありと言いふべからず」

 と言いふに、みな人ひと嘲あざけりて、

「その理ことわりは、牛うしの主ぬしに限かぎるべからず」

 と言いふ。また言いふ、

「されば、人ひと、死しを憎にくまば、生しやうを愛あいすべし。存ぞん命めいの喜よろこび、日々ひびに楽たのしまざらんや。愚おろかなる人ひと、この楽たのしびを忘わすれて、いたづがはしく外ほかの楽たのしびを求もとめ、この財たからを忘わすれて、危あやふく他たの財たからをむさぼるには、志こころざし満みつことなし。生いける間あひだ、生しやうを楽たのしまずして、死しに臨のぞみて死しを恐おそれば、この理ことわりあるべからず。人ひとみな生しやうを楽たのしまざるは、死しを恐おそれざるゆゑなり。死しを恐おそれざるにはあらず。死しの近ちかきことを忘わするるなり。もしまた、生しやう死じの相さうにあづからずと言いはば、実じつの理ことわりを得えたりと言いふべし」

 と言いふに、人ひといよいよ嘲あざける。

第94段 常磐井相国出仕したまひけるに

 常とき磐は井ゐの相しやう国こく、出しゆつ仕ししたまひけるに、勅ちよく書しよを持もちたる北ほく面めんあひたてまつりて、馬うまより下おりたりけるを、相しやう国こく、後のちに、

「北ほく面めんなにがしは、勅ちよく書しよを持もちながら下げ馬ばしはべりし者ものなり。かほどの者もの、いかでか君きみに仕つかうまつり候さぶらふべき」

 と申まうされければ、北ほく面めんを放はなたれにけり。

 「勅ちよく書しよを、馬うまの上うへながら捧ささげて見みせたてまつるべし。下おるべからず」とぞ。

第95段 箱のくりかたに緒をつくること

「箱はこのくりかたに緒ををつくること、いづかたにつけはべるべきぞ」

 と、ある有いう職そくの人ひとに尋たづね申まうしはべりしかば、

「軸ぢくにつけ、表へう紙しにつくること、両りやう説せつなれば、いづれも難なんなし。文ふみの箱はこは、多おほくは右みぎにつく。手て箱ばこには軸ぢくにつくるも常つねのことなり」

 と仰おほせられき。

第96段 めなもみといふ草あり

 めなもみといふ草くさあり。くちばみに刺さされたる人ひと、かの草くさを揉もみてつけぬれば、すなはち癒いゆとなん。見み知しりておくべし。

第97段 その物につきて、その物を費やし損なふもの

 その物ものにつきて、その物ものを費つひやし損そこなふもの、数かずを知しらずあり。

 身みに虱しらみあり、家いへに鼠ねずみあり、国くにに賊ぞくあり、小せう人じんに財たからあり。君くん子しに仁じん義ぎあり、僧そうに法ほふあり。

第98段 尊き聖の言ひ置きけることを

 尊たふとき聖ひじりの言いひ置おきけることを書かきつけて、一いち言ごん芳はう談だんとかや名なづけたる草さう子しを見みはべりしに、心こころにあひて覚おぼえしことども。

 一ひとつ しやせまし、せずやあらましと思おもふことは、おほやうは、せぬはよきなり。

 一ひとつ 後ご世せを思おもはん者ものは、糂じん汰だ瓶がめ一ひとつも持もつまじきことなり。持ぢ経きやう、本ほん尊ぞんに至いたるまで、よきものを持もつ、よしなきことなり。

 一ひとつ 遁とん世せい者じやは、なきにことかけぬやうをはからひて過すぐる、最さい上じやうのやうにてあるなり。

 一ひとつ 上じやう臈らふは下げ臈らふになり、智ち者しやは愚ぐ者しやになり、徳とく人にんは貧ひんになり、能のうある人ひとは無む能のうになるべきなり。

 一ひとつ 仏ぶつ道だうを願ねがふといふは、別べちのことなし。暇いとまある身みになりて、世よのことを心こころにかけぬを、第だい一いちの道みちとす。

 この外ほかもありしことども、覚おぼえず。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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