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『徒然草』原文(4)第99段~第136段|堀川相国は~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(4)には、第99段「堀川相国は、美男のたのしき人にて」から第136段「医師篤成、故法皇の御前に候ひて」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(4)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第99段 堀川相国は、美男のたのしき人にて

 堀ほり川かはの相しやう国こくは、美び男なんのたのしき人ひとにて、そのこととなく過くわ差さを好このみたまひけり。

 御おん子こ基もと俊とし卿きやうを大だい理りになして、庁ちやう務む行おこなはれけるに、庁ちやう屋やの唐から櫃びつ見み苦ぐるしとて、めでたく作つくり改あらためらるべきよし仰おほせられけるに、

「この唐から櫃びつは、上じやう古こより伝つたはりて、その始はじめを知しらず。数す百ひやく年ねんを経へたり。累るい代だいの公く物もつ、古こ弊へいをもちて規き模ぼとす。たやすく改あらためられがたきよし」

 故こ実じつの諸しよ官くわん等ら申まうしければ、そのことやみにけり。

第100段 久我相国は

 久こ我がの相しやう国こくは、殿てん上じやうにて水みづを召めしけるに、主との殿も司づかさ、土器かはらけをたてまつりければ、

「まがりを参まゐらせよ」

 とて、まがりしてぞ召めしける。

第101段 ある人、任大臣の節会の内弁を

 ある人ひと、任にん大だい臣じんの節せち会ゑの内ない弁べんを勤つとめられけるに、内ない記きの持もちたる宣せん命みやうを取とらずして、堂だう上じやうせられにけり。きはまりなき失しつ礼らいなれども、立たち帰かへり取とるべきにもあらず、思おもひわづらはれけるに、六ろく位ゐ外げ記き康やす綱つな、衣きぬかづきの女によう房ばうを語かたらひて、かの宣せん命みやうを持もたせて、忍しのびやかにたてまつらせけり。いみじかりけり。

第102段 尹大納言光忠入道

 尹ゐんの大だい納な言ごん光みつ忠ただ入にふ道だう、追つい儺なの上しやう卿けいを勤つとめられけるに、洞とう院ゐんの右う大だい臣じん殿どのに次し第だいを申まうし請うけられければ、

「又また五ご郎らう男をのこを師しとするより外ほかの才さい覚かく候さぶらはじ」

 とぞのたまひける。かの又また五ご郎らうは、老おいたる衛ゑ士じの、よく公く事じに慣なれたる者ものにてぞありける。

 近この衛ゑ殿どの着ちやく陣ぢんしたまひける時とき、軾ひざつきを忘わすれて、外げ記きを召めされければ、火ひ焚たきて候さぶらひけるが、

「まづ軾ひざつきを召めさるべくや候さぶらふらん」

 と忍しのびやかに呟つぶやきける、いとをかしかりけり。

第103段 大覚寺殿にて、近習の人ども

 大だい覚かく寺じ殿どのにて、近きん習じふの人ひとども、なぞなぞを作つくりて解とかれけるところへ、医くす師し忠ただ守もり参まゐりたりけるに、侍じ従じゆう大だい納な言ごん公きん明あきら卿きやう、

「我わが朝てうの者ものとも見みえぬ忠ただ守もりかな」

 となぞなぞにせられにけるを、

「唐から瓶へい子じ」

 と解ときて笑わらひあはれければ、腹はら立だちて退出まかでにけり。

第104段 荒れたる宿の人目なきに

 荒あれたる宿やどの人ひと目めなきに、女をんなのはばかることあるころにて、つれづれと籠こもりゐたるを、ある人ひと、とぶらひたまはんとて、夕ゆふ月づく夜よのおぼつかなきほどに、忍しのびて尋たづねおはしたるに、犬いぬのことごとしくとがむれば、下げ衆す女をんなの出いでて、

「いづくよりぞ」

 と言いふに、やがて案あ内ないせさせて入いりたまひぬ。心こころ細ぼそげなるありさま、いかで過すぐすらんと、いと心こころ苦ぐるし。あやしき板いた敷じきにしばし立たちたまへるを、もてしづめたるけはひの若わかやかなるして、

「こなた」

 と言いふ人ひとあれば、たてあけ所ところ狭せげなる遣やり戸どよりぞ入いりたまひぬる。

 内うちのさまは、いたくすさまじからず、心こころにくく、火ひはあなたにほのかなれど、もののきらなど見みえて、にはかにしもあらぬ匂にほひ、いとなつかしう住すみなしたり。

「門かどよくさしてよ。雨あめもぞ降ふる。御み車くるまは門かどの下したに、御み供ともの人ひとはそこそこに」

 と言いへば、

「今宵こよひぞ安やすき寝いは寝ぬべかめる」

 と、うちささめくも、忍しのびたれど、ほどなければ、ほの聞きこゆ。

 さて、このほどのことども、こまやかに聞きこえたまふに、夜よ深ぶかき鳥とりも鳴なきぬ。

 来こし方かた行ゆく末すゑかけてまめやかなる御おん物もの語がたりに、このたびは鳥とりも花はなやかなる声こゑにうちしきれば、明あけ離はなるるにやと聞ききたまへど、夜よ深ぶかく急いそぐべき所ところのさまにもあらねば、少すこしたゆみたまへるに、隙ひま白しろくなれば、忘わすれがたきことなど言いひて立たち出いでたまふに、梢こずゑも庭にはもめづらしく青あをみわたりたる卯う月づきばかりの曙あけぼの、艶えんにをかしかりしをおぼし出いでて、桂かつらの木きの大おほきなるが隠かくるるまで、今いまも見み送おくりたまふとぞ。

第105段 北の屋かげに消え残りたる雪の

 北きたの屋やかげに消きえ残のこりたる雪ゆきの、いたう凍こほりたるに、さし寄よせたる車くるまの轅ながえも、霜しもいたくきらめきて、有あり明あけの月つきさやかなれども、くまなくはあらぬに、人ひと離ばなれなる御み堂だうの廊らうに、なみなみにはあらずと見みゆる男をとこ、女をんなと長な押げしに尻しりかけて、物もの語がたりするさまこそ、何なにごとにかあらん、尽つきすまじけれ。かぶし、かたちなど、いとよしと見みえて、えもいはぬ匂にほひのさとかをりたるこそ、をかしけれ。けはひなど、はつれはつれ聞きこえたるもゆかし。

第106段 高野の証空上人

 高かう野やの証しよう空くう上しやう人にん、京きやうへ上のぼりけるに、細ほそ道みちにて、馬うまに乗のりたる女をんなの行ゆきあひたりけるが、口くち引ひきける男をとこ、あしく引ひきて、聖ひじりの馬うまを堀ほりへ落おとしてけり。

 聖ひじり、いと腹はらあしくとがめて、

「こは希け有うの狼らう藉ぜきかな。四し部ぶの弟で子しはよな、比び丘くよりは比び丘く尼には劣おとり、比び丘く尼により優う婆ば塞そくは劣おとり、優う婆ば塞そくより優う婆ば夷いは劣おとれり。かくのごとくの優う婆ば夷いなどの身みにて、比び丘くを堀ほりへ蹴け入いれさする、未み曾ぞ有うの悪あく行ぎやうなり」

 と言いはれければ、口くち引ひきの男をとこ、

「いかに仰おほせらるるやらん、えこそ聞きき知しらね」

 と言いふに、上しやう人にん、なほいきまきて、

「何なにと言いふぞ、非ひ修しゆ非ひ学がくの男をとこ」

 と荒あららかに言いひて、きはまりなき放はう言ごんしつと思おもひける気け色しきにて、馬うまひき返かへして逃にげられにけり。尊たふとかりけるいさかひなるべし。

第107段 女の物言ひかけたる返事

 女をんなの物もの言いひかけたる返かへり事ごと、とりあへずよきほどにする男をとこはありがたきものぞとて、亀かめ山やまの院ゐんの御おん時とき、しれたる女によう房ばうども、若わかき男をとこたちの参まゐらるるごとに、

「郭公ほととぎすや聞ききたまへる」

 と問とひて試こころみられけるに、なにがしの大だい納な言ごんとかやは、

「数かずならぬ身みは、え聞きき候さぶらはず」

 と答こたへられけり。堀ほり川かはの内ない大だい臣じん殿どのは、

「岩いは倉くらにて聞ききて候さぶらひしやらん」

 と仰おほせられたりけるを、

「これは難なんなし。数かずならぬ身み、むつかし」

 など定さだめあはれけり。

 すべて、男をのこをば、女をんなに笑わらはれぬやうにおほしたつべしとぞ。浄じやう土ど寺じの前さきの関くわん白ぱく殿どのは、幼をさなくて、安あん喜き門もん院ゐんのよく教をしへまゐらせさせたまひけるゆゑに、御おん詞ことばなどのよきぞと、人ひとの仰おほせられけるとかや。山やま階しなの左さ大だい臣じん殿どのは、あやしの下げ女ぢよの見みたてまつるも、いと恥はづかしく、心こころづかひせらるるとこそ仰おほせられけれ。

 女をんなのなき世よなりせば、衣え紋もんも冠かうぶりも、いかにもあれ、ひきつくろふ人ひともはべらじ。かく人ひとに恥はぢらるる女をんな、いかばかりいみじきものぞと思おもふに、女をんなの性しやうはみなひがめり。

 人にん我がの相さう深ふかく、貪とん欲よくはなはだしく、ものの理ことわりを知しらず。ただ迷まよひの方かたに心こころも速はやく移うつり、詞ことばも巧たくみに、苦くるしからぬことをも問とふ時ときは言いはず。用よう意いあるかと見みれば、またあさましきことまで問とはず語がたりに言いひ出いだす。深ふかくたばかり飾かざれることは、男をのこの智ち恵ゑにもまさりたるかと思おもへば、そのこと、跡あとよりあらはるるを知しらず。すなほならずしてつたなきものは、女をんななり。

 その心こころに随したがひて、よく思おもはれんことは、心こころ憂うかるべし。されば、何なにかは女をんなの恥はづかしからん。もし賢けん女ぢよあらば、それも物ものうとく、すさまじかりなん。

 ただ迷まよひをあるじとして、かれに従したがふ時とき、やさしくも、おもしろくも覚おぼゆべきことなり。

第108段 寸陰惜しむ人なし

 寸すん陰いん惜をしむ人ひとなし。これよく知しれるか、愚おろかなるか。

 愚おろかにして怠おこたる人ひとのために言いはば、一いつ銭せん軽かろしといへども、これを重かさぬれば、貧まづしき人ひとを富とめる人ひととなす。されば、商あき人びとの一いつ銭せんを惜をしむ心こころ、切せつなり。

 刹せつ那な覚おぼえずといへども、これを運はこびてやまざれば、命いのちを終をふる期ご、たちまちに至いたる。されば、道だう人にんは、遠とほく日じつ月げつを惜をしむべからず。ただ今いまの一いち念ねん、むなしく過すぐることを惜をしむべし。

 もし人ひと来きたりて、

「我わが命いのち、明日あすは必かならず失うしなはるべし」

 と告つげ知しらせたらんに、今日けふの暮くるる間あひだ、何なにごとをか頼たのみ、何なにごとをか営いとなまん。我われらが生いける今日けふの日ひ、何なんぞその時じ節せつに異ことならん。

 一いち日にちのうちに、飲おん食じき、便べん利り、睡すい眠めん、言ごん語ご、行ぎやう歩ぶ、やむことを得えずして、多おほくの時ときを失うしなふ。その余あまりの暇いとま、いくばくならぬうちに、無む益やくのことをなし、無む益やくのことを言いひ、無む益やくのことを思し惟ゆいして時ときを移うつすのみならず、日ひを消せうし、月つきを亘わたりて、一いつ生しやうを送おくる。もつとも愚おろかなり。

 謝しや霊れい運うんは法ほつ華けの筆ひつ受じゆなりしかども、心こころ、常つねに風ふう雲うんの思おもひを観くわんぜしかば、恵ゑ遠をん、白びやく蓮れんの交まじはりを許ゆるさざりき。しばらくもこれなき時ときは、死し人にんに同おなじ。

 光くわう陰いん何なにのためにか惜をしむとならば、内うちに思し慮りよなく、外ほかに世せ事じなくして、止やまん人ひとは止やみ、修しゆせん人ひとは修しゆせよとなり。

第109段 高名の木登りといひし男

 高かう名みやうの木き登のぼりといひし男をのこ、人ひとをおきてて、高たかき木きに登のぼせて梢こずゑを切きらせしに、いと危あやふく見みえしほどは言いふこともなくて、降おるる時ときに、軒のき長たけばかりになりて、

「あやまちすな。心こころして降おりよ」

 と言こと葉ばをかけはべりしを、

「かばかりになりては、飛とび降おるるとも降おりなん。いかにかく言いふぞ」

 と申まうしはべりしかば、

「そのことに候さぶらふ。目めくるめき、枝えだ危あやふきほどは、おのれが恐おそれはべれば申まうさず。あやまちは、やすき所ところになりて、必かならず仕つかまつることに候さぶらふ」

 と言いふ。あやしき下げ臈らふなれども、聖せい人じんの戒いましめにかなへり。

 鞠まりも、難かたき所ところを蹴け出いだして後のち、やすく思おもへば、必かならず落おつとはべるやらん。

第110段 双六の上手といひし人に

 双すご六ろくの上じやう手ずといひし人ひとに、その行てだてを問とひはべりしかば、

「勝かたんと打うつべからず。負まけじと打うつべきなり。いづれの手てか疾とく負まけぬべきと案あんじて、その手てを使つかはずして、一ひと目めなりとも遅おそく負まくべき手てにつくべし」

 と言いふ。道みちを知しれる教をしへ、身みを治をさめ、国くにを保たもたん道みちも、またしかなり。

第111段 囲碁、双六好みて明かし暮らす人は

「囲ゐ碁ご、双すご六ろく好このみて明あかし暮くらす人ひとは、四し重ぢゆう五ご逆ぎやくにもまされる悪あく事じとぞ思おもふ」

 と、ある聖ひじりの申まうしこと、耳みみにとどまりて、いみじく覚おぼえはべる。

第112段 明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に

 明日あすは遠をん国ごくへ赴おもむくべしと聞きかん人ひとに、心こころ閑しづかになすべからんわざをば、人ひと言いひかけてんや。にはかの大だい事じをも営いとなみ、切せつに嘆なげくこともある人ひとは、他たのことを聞きき入いれず。人ひとの愁うれへ、喜よろこびをも問とはず。問とはずとて、などやと恨うらむる人ひともなし。

 されば、年としもやうやうたけ、病やまひにもまつはれ、いはんや世よをも遁のがれたらん人ひと、またこれに同おなじかるべし。人にん間げんの儀ぎ式しき、いづれのことか去さりがたからぬ。世せ俗ぞくの黙もだしがたきに従したがひて、これを必かならずとせば、願ねがひも多おほく、身みも苦くるしく、心こころの暇いとまもなく、一いつ生しやうは雑ざふ事じの小せう節せつにさへられて、むなしく暮くれなん。

 日ひ暮くれ途みち遠とほし。我わが生しやうすでに蹉さ跎だたり。諸しよ縁えんを放はう下げすべき時ときなり。

 信しんをも守まもらじ。礼れい儀ぎをも思おもはじ。この心こころをも得えざらん人ひとは、物もの狂ぐるひとも言いへ、うつつなし、情なさけなしとも思おもへ。

 毀そしるとも苦くるしまじ。誉ほむとも聞きき入いれじ。

第113段 四十にもあまりぬる人の

 四十よそぢにもあまりぬる人ひとの、色いろめきたる方かた、おのづから忍しのびてあらんは、いかがはせん。ことにうち出いでて、男をとこ、女をんなのこと、人ひとの上うへをも言いひたはぶるるこそ、にげなく見み苦ぐるしけれ。

 おほかた、聞ききにくく見み苦ぐるしきこと。老おい人びとの若わかき人ひとにまじはりて、興きようあらんと物もの言いひゐたる。数かずならぬ身みにて、世よの覚おぼえある人ひとを、隔へだてなきさまに言いひたる。貧まづしき所ところに、酒しゆ宴えん好このみ、客まら人うどに饗きやう応おうせんときらめきたる。

第114段 今出川のおほい殿、嵯峨へおはしけるに

 今いま出で川がはのおほい殿との、嵯さ峨がへおはしけるに、有あり栖す川がはのわたりに、水みづの流ながれたる所ところにて、賽さい王わう丸まる、御み牛うしを追おひたりければ、足あ掻がきの水みづ、前まへ板いたまでささとかかりけるを、為ため則のり、御み車くるまの後しりに候さぶらひけるが、

「希け有うの童わらはかな。かかる所ところにて御み牛うしをば追おふものか」

 と言いひたりければ、おほい殿との、御み気け色しきあしくなりて、

「おのれ、車くるまやらんこと、賽さい王わう丸まるにまさりてえ知しらじ。希け有うの男をのこなり」

 とて、御み車くるまに頭かしらを打うち当あてられにけり。

 この高かう名みやうの賽さい王わう丸まるは、太うづ秦まさ殿どのの男をのこ、料れうの御み牛うし飼かひぞかし。

 この太うづ秦まさ殿どのにはべりける女によう房ばうの名なども、一人ひとりはひささち、一人ひとりはことつち、一人ひとりははふはら、一人ひとりはをとうしと付つけられけり。

第115段 宿河原といふ所にて

 宿しゆく河が原はらといふ所ところにて、ぼろぼろ多おほく集あつまりて、九く品ほんの念ねん仏ぶつを申まうしけるに、外ほかより入いり来くるぼろぼろの、

「もしこの御おん中なかに、いろをし房ばうと申まうすぼろやおはします」

 と尋たづねければ、その中なかより、

「いろをし、ここに候さぶらふ。かくのたまふは誰たれそ」

 と答こたふれば、

「しら梵ぼん字じと申まうす者ものなり。おのれが師し、なにがしと申まうしし人ひと、東とう国ごくにて、いろをしと申まうすぼろに殺ころされけりと承うけたまはりしかば、その人ひとにあひたてまつりて、恨うらみ申まうさばやと思おもひて、尋たづね申まうすなり」

 と言いふ。いろをし、

「ゆゆしくも尋たづねおはしたり。さることはべりき。ここにて対たい面めんしたてまつらば、道だう場ぢやうを汚けがしはべるべし。前まへの河原かはらへ参まゐりあはん。あなかしこ、わきざしたち、いづかたをもみつぎたまふな。あまたのわづらひにならば、仏ぶつ事じの妨さまたげにはべるべし」

 と言いひ定さだめて、二人ふたり河原かはらへ出いであひて、心こころゆくばかりに貫つらぬきあひて、ともに死しににけり。

 ぼろぼろといふもの、昔むかしはなかりけるにや。近世ちかきよに、ぼろんじ、梵ぼん字じ、漢かん字じなど言いひける者もの、その始はじめなりけるとかや。

 世よを捨すてたるに似にて我が執しふ深ふかく、仏ぶつ道だうを願ねがふに似にて、闘とう諍じやうをこととす。

 放はう逸いつ無む慙ざんのありさまなれども、死しを軽かろくして、少すこしもなづまざるかたのいさぎよく覚おぼえて、人ひとの語かたりしままに書かきつけはべるなり。

第116段 寺院の号、さらぬよろづのものにも

 寺じ院ゐんの号がう、さらぬよろづのものにも名なをつくること、昔むかしの人ひとは少すこしも求もとめず、ただありのままに、やすくつけけるなり。このごろは、深ふかく案あんじ、才ざえ覚かくをあらはさんとしたるやうに聞きこゆる、いとむつかし。

 人ひとの名なも、目め慣なれぬ文も字じをつかんとする、益やくなきことなり。

 何なにごとも、めづらしきことを求もとめ、異い説せつを好このむは、浅せん才さいの人ひとの必かならずあることなりとぞ。

第117段 友とするにわろき者七つあり

 友ともとするにわろき者もの、七ななつあり。

 一ひとつには、高たかくやんごとなき人ひと。

 二ふたつには、若わかき人ひと。

 三みつには、病やまひなく身み強つよき人ひと。

 四よつには、酒さけを好このむ人ひと。

 五いつつには、武たけく勇いさめる兵つはもの。

 六むつには、虚そら言ごとする人ひと。

 七ななつには、欲よく深ふかき人ひと。

 よき友とも、三みつあり。

 一ひとつには、物ものくるる友とも。

 二ふたつには、医くす師し。

 三みつには、智ち恵ゑある友とも。

第118段 鯉の羹食ひたる日は

 鯉こひの羹あつもの食くひたる日ひは、鬢びんそそけずとなん。膠にかはにも作つくるものなれば、粘ねばりたるものにこそ。鯉こひばかりこそ、御ご前ぜんにても切きらるるものなれば、やんごとなき魚うをなり。

 鳥とりには雉きじ、さうなきものなり。雉きじ、松まつ茸たけなどは、御お湯ゆ殿どのの上うへにかかりたるも苦くるしからず。その外ほかは心こころ憂うきことなり。

 中ちゆう宮ぐうの御おん方かたの御お湯ゆ殿どのの上うへの黒くろ御み棚だなに、雁かりの見みえつるを、北きた山やまの入にふ道だう殿どのの御ご覧らんじて、帰かへらせたまひて、やがて御おん文ふみにて、

「かやうのもの、さながらその姿すがたにて御おん棚たなにゐて候さぶらひしこと、見みならはず、さまあしきことなり。はかばかしき人ひとの候さぶらはぬゆゑにこそ」

 など申まうされたりけり。

第119段 鎌倉の海に鰹といふ魚は

 鎌かま倉くらの海うみに鰹かつをといふ魚うをは、かの境さかひにはさうなきものにて、このごろもてなすものなり。それも、鎌かま倉くらの年とし寄よりの申まうしはべりしは、

「この魚うを、おのれら若わかかりし世よまでは、はかばかしき人ひとの前まへへ出いづることはべらざりき。頭かしらは下しも部べも食くはず、切きりて捨すてはべりしものなり」

 と申まうしき。

 かやうのものも、世よの末すゑになれば、上かみざままでも入いりたつわざにこそはべれ。

第120段 唐の物は、薬の外は

 唐からの物ものは、薬くすりの外ほかは、なくとも事こと欠かくまじ。書ふみどもは、この国くにに多おほく広ひろまりぬれば、書かきも写うつしてん。

 唐土もろこし舟ぶねのたやすからぬ道みちに、無む用ようのものどものみ取とり積つみて、所ところ狭せく渡わたしもて来くる、いと愚おろかなり。「遠とほき物ものを宝たからとせず」とも、また、「得えがたき貨たからを尊たふとまず」とも、文ふみにもはべるとかや。

第121段 養ひ飼ふものは、馬、牛

 養やしなひ飼かふものは、馬うま、牛うし。つなぎ苦くるしむるこそいたましけれど、なくてかなはぬものなれば、いかがはせん。犬いぬは、守まもり防ふせぐ勤つとめ、人ひとにもまさりたれば、必かならずあるべし。されど、家いへごとにあるものなれば、ことさらに求もとめ飼かはずともありなん。

 その外ほかの鳥とり、獣けだもの、すべて用ようなきものなり。

 走はしる獣けだものは、檻をりにこめ、鎖くさりをさされ、飛とぶ鳥とりは、翅つばさを切きり、籠こに入いられて、雲くもを恋こひ、野の山やまを思おもふ愁うれへ、やむ時ときなし。その思おもひ、我わが身みにあたりて忍しのびがたくは、心こころあらん人ひと、これを楽たのしまんや。生しやうを苦くるしめて目めを喜よろこばしむるは、桀けつ紂ちうが心こころなり。

 王わう子し猷いうが鳥とりを愛あいせし、林はやしに楽たのしぶを見みて、逍せう遥えうの友ともとしき。捕とらへ苦くるしめたるにあらず。

 およそ、めづらしき禽とり、あやしき獣けだもの、国くにに育やしなはずとこそ、文ふみにもはべるなれ。

第122段 人の才能は

 人ひとの才さい能のうは、文ふみ明あきらかにして、聖ひじりの教をしへを知しれるを第だい一いちとす。

 次つぎには、手て書かくこと、むねとすることはなくとも、これを習ならふべし。学がく問もんに便たよりあらんためなり。

 次つぎに、医い術じゆつを習ならふべし。身みを養やしなひ、人ひとを助たすけ、忠ちゆう孝かうの勤つとめも、医いにあらずはあるべからず。

 次つぎに、弓ゆみ射い、馬うまに乗のること、六りく芸げいに出いだせり。必かならずこれをうかがふべし。文ぶん、武ぶ、医いの道みち、まことに欠かけてはあるべからず。これを学まなばんをば、いたづらなる人ひとと言いふべからず。

 次つぎに、食しよくは人ひとの天てんなり。よく味あぢはひをととのへ知しれる人ひと、大おほきなる徳とくとすべし。

 次つぎに、細さい工く、よろづに要えう多おほし。

 この外ほかのことども、多た能のうは君くん子しの恥はづるところなり。

 詩し歌かに巧たくみに、糸し竹ちくに妙たへなるは、幽いう玄げんの道みち、君くん臣しんこれを重おもくすといへども、今いまの世よには、これをもちて世よを治をさむること、やうやう愚おろかなるに似にたり。金こがねはすぐれたれども、鉄くろがねの益やく多おほきにしかざるがごとし。

第123段 無益のことをなして時を移すを

 無む益やくのことをなして時ときを移うつすを、愚おろかなる人ひととも、ひがことする人ひととも言いふべし。国くにのため、君きみのために、やむことを得えずしてなすべきこと多おほし。その余あまりの暇いとま、いくばくならず。思おもふべし。

 人ひとの身みに、やむことを得えずして営いとなむところ、第だい一いちに食くひ物もの、第だい二にに着きる物もの、第だい三さんに居ゐる所ところなり。人にん間げんの大だい事じ、この三みつには過すぎず。

 飢うゑず、寒さむからず、風ふう雨うにをかされずして、閑しづかに過すぐすを楽たのしびとす。

 ただし、人ひとみな病やまひあり。病やまひにをかされぬれば、その愁うれへ忍しのびがたし。医い療れうを忘わするべからず。

 薬くすりを加くはへて、四よつのこと求もとめ得えざるを貧まづしとす。この四よつ欠かけざるを富とめりとす。この四よつの外ほかを求もとめ営いとなむを奢おごりとす。

 四よつのこと倹けん約やくならば、誰たれの人ひとか足たらずとせん。

第124段 是法法師は

 是ぜ法ほふ法ほふ師しは、浄じやう土ど宗しゆうに恥はぢずといへども、学がく匠しやうを立たてず、ただ明あけ暮くれ念ねん仏ぶつして、やすらかに世よを過すぐすありさま、いとあらまほし。

第125段 人に後れて、四十九日の仏事に

 人ひとに後おくれて、四し十じふ九く日にちの仏ぶつ事じに、ある聖ひじりを請しやうじはべりしに、説せつ法ぽふいみじくして、みな人ひと涙なみだを流ながしけり。導だう師し帰かへりて後のち、聴ちやう聞もんの人ひとども、

「いつよりも、ことに今日けふは尊たふとく覚おぼえはべりつる」

 と感かんじあへりし返へん事じに、ある者ものの言いふ、

「何なにとも候さぶらへ、あれほど唐からの狗いぬに似に候さぶらひなん上うへは」

 と言いひたりしに、あはれもさめてをかしかりけり。さる導だう師しのほめやうやはあるべき。

 また、人ひとに酒さけ勧すすむるとて、

「おのれまづたべて、人ひとに強しひたてまつらんとするは、剣けんにて人ひとを斬きらんとするに似にたることなり。二ふた方かたに刃はつきたるものなれば、もたぐる時とき、まづ我わが頸くびを斬きるゆゑに、人ひとをばえ斬きらぬなり。おのれまづ酔ゑひて伏ふしなば、人ひとはよも召めさじ」

 と申まうしき。剣けんにて斬きり試こころみたりけるにや。いとをかしかりき。

第126段 博打の負け極まりて

「博ばく打ちの負まけ極きはまりて、残のこりなく打うち入いれんとせんに、あひては打うつべからず。立たち返かへり、続つづきて勝かつべき時ときの至いたれると知しるべし。その時ときを知しるを、よき博ばく打ちといふなり」

 と、ある者もの申まうしき。

第127段 改めて益なきことは

 改あらためて益やくなきことは、改あらためぬをよしとするなり。

第128段 雅房大納言は

 雅まさ房ふさの大だい納な言ごんは、才ざえ賢かしこく、よき人ひとにて、大だい将しやうにもなさばやとおぼしけるころ、院ゐんの近きん習じふなる人ひと、

「ただ今いま、あさましきことを見みはべりつ」

 と申まうされければ、

「何なにごとぞ」

 と問とはせたまひけるに、

「雅まさ房ふさの卿きやう、鷹たかに飼かはんとて、生いきたる犬いぬの足あしを切きりはべりつるを、中なか垣がきの穴あなより見みはべりつ」

 と申まうされけるに、うとましく憎にくくおぼしめして、日ひごろの御み気け色しきも違たがひ、昇しよう進しんもしたまはざりけり。さばかりの人ひと、鷹たかを持もたれたりけるは思おもはずなれど、犬いぬの足あしはあとなきことなり。

 虚そら言ごとは不ふ便びんなれども、かかることを聞きかせたまひて、憎にくませたまひける君きみの御み心こころは、いと尊たふときことなり。

 おほかた、生いけるものを殺ころし、傷いため、闘たたかはしめて遊あそび楽たのしまん人ひとは、畜ちく生しやう残ざん害がいのたぐひなり。

 よろづの鳥とり、獣けだもの、小ちひさき虫むしまでも、心こころをとめてありさまを見みるに、子こを思おもひ、親おやをなつかしくし、夫ふう婦ふを伴ともなひ、妬ねたみ、怒いかり、欲よく多おほく、身みを愛あいし、命いのちを惜をしめること、ひとへに愚ぐ痴ちなるゆゑに、人ひとよりもまさりてはなはだし。かれに苦くるしみを与あたへ、命いのちを奪うばはんこと、いかでかいたましからざらん。

 すべて、一いつ切さいの有う情じやうを見みて、慈じ悲ひの心こころなからんは、人じん倫りんにあらず。

第129段 顔回は、志、人に労を施さじとなり

 顔がん回くわいは、志こころざし、「人ひとに労らうを施ほどこさじ」となり。すべて、人ひとを苦くるしめ、物ものをしへたぐること、賤いやしき民たみの志こころざしをも奪うばふべからず。

 また、いときなき子こをすかし、おどし、言いひ恥はづかしめて興きようずることあり。おとなしき人ひとは、まことならねば事ことにもあらず思おもへど、幼をさなき心こころには、身みにしみて恐おそろしく、恥はづかしく、あさましき思おもひ、まことに切せつなるべし。これを悩なやまして興きようずること、慈じ悲ひの心こころにあらず。

 おとなしき人ひとの、喜よろこび、怒いかり、悲かなしび、楽たのしぶも、みな虚こ妄まうなれども、誰たれか実じつ有うの相さうに着ぢやくせざる。身みを破やぶるよりも、心こころを傷いたましむるは、人ひとを害そこなふことなほはなはだし。

 病やまひを受うくることも、多おほくは心こころより受うく。外ほかより来きたる病やまひは少すくなし。

 薬くすりを飲のみて汗あせを求もとむるには、しるしなきことあれども、一いつ旦たん恥はぢ恐おそるることあれば、必かならず汗あせを流ながすは、心こころのしわざなりといふことを知しるべし。凌りよう雲うんの額がくを書かきて白はく頭とうの人ひととなりし例ためし、なきにあらず。

第130段 物に争はず

 物ものに争あらそはず、己おのれを枉まげて人ひとに従したがひ、我わが身みを後のちにして、人ひとを先さきにするにはしかず。

 よろづの遊あそびにも、勝しよう負ぶを好このむ人ひとは、勝かちて興きようあらんためなり。おのれが芸げいのまさりたることを喜よろこぶ。されば、負まけて興きようなく覚おぼゆべきこと、また知しられたり。我われ負まけて人ひとを喜よろこばしめんと思おもはば、さらに遊あそびの興きようなかるべし。人ひとに本ほ意いなく思おもはせて、我わが心こころを慰なぐさまんこと、徳とくに背そむけり。

 むつましき中なかに戯たはぶるるも、人ひとをはかりあざむきて、おのれが智ちのまさりたることを興きようとす。これまた礼れいにあらず。されば、初はじめ興きよう宴えんより起おこりて、長ながき恨うらみを結むすぶたぐひ多おほし。これみな、争あらそひを好このむ失しつなり。

 人ひとにまさらんことを思おもはば、ただ学がく問もんして、その智ちを人ひとにまさらんと思おもふべし。道みちを学まなぶとならば、「善ぜんに伐ほこらず、ともがらに争あらそふべからず」といふことを知しるべきゆゑなり。

 大おほきなる職しよくをも辞じし、利りをも捨すつるは、ただ学がく問もんの力ちからなり。

第131段 貧しき者は財をもて礼とし

 貧まづしき者ものは財たからをもて礼れいとし、老おいたる者ものは力ちからをもて礼れいとす。

 おのが分ぶんを知しりて、及およばざる時ときは速すみやかにやむを、智ちと言いふべし。許ゆるさざらんは、人ひとの誤あやまりなり。分ぶんを知しらずして強しひて励はげむは、おのれが誤あやまりなり。

 貧まづしくて分ぶんを知しらざれば盗ぬすみ、力ちから衰おとろへて分ぶんを知しらざれば病やまひを受うく。

第132段 鳥羽の作道は

 鳥と羽ばの作つくり道みちは、鳥と羽ば殿どの建たてられて後のちの号がうにはあらず。昔むかしよりの名ななり。元もと良よし親しん王わう、元ぐわん日じつの奏そう賀がの声こゑ、はなはだ殊しゆ勝しようにして、大だい極ごく殿でんより鳥と羽ばの作つくり道みちまで聞きこえけるよし、李り部ほう王わうの記きにはべるとかや。

第133段 夜の御殿は東御枕なり

 夜よるの御お殿とどは、東ひがし御おん枕まくらなり。おほかた、東ひがしを枕まくらとして陽やう気きを受うくべきゆゑに、孔こう子しも東とう首しゆしたまへり。寝しん殿でんのしつらひ、あるいは南みなみ枕まくら、常つねのことなり。

 白しら河かはの院ゐんは北ほく首しゆに御ぎよ寝しんなりけり。

「北きたは忌いむことなり。また、伊い勢せは南みなみなり。太だい神じん宮ぐうの御おん方かたを御おん跡あとにせさせたまふこと、いかが」

 と人ひと申まうしけり。

 ただし、太だい神じん宮ぐうの遥えう拝はいは、巽たつみに向むかはせたまふ。南みなみにはあらず。

第134段 高倉院の法華堂の三昧僧

 高たか倉くらの院ゐんの法ほつ華け堂だうの三さん昧まい僧そう、なにがしの律りつ師しとかやいふ者もの、ある時とき、鏡かがみを取とりて顔かほをつくづくと見みて、我わがかたちの見みにくく、あさましきことをあまりに心こころ憂うく覚おぼえて、鏡かがみさへうとましき心ここ地ちしければ、その後のち長ながく鏡かがみを恐おそれて、手てにだに取とらず、さらに人ひとに交まじはることなし。御み堂だうの勤つとめばかりにあひて、籠こもりゐたりと聞ききはべりしこそ、ありがたく覚おぼえしか。

 賢かしこげなる人ひとも、人ひとの上うへをのみはかりて、おのれをば知しらざるなり。我われを知しらずして、外ほかを知しるといふことわり、あるべからず。されば、おのれを知しるを、物もの知しれる人ひとと言いふべし。

 かたち醜みにくけれども知しらず、心こころの愚おろかなるをも知しらず、芸げいのつたなきをも知しらず、数かずならぬをも知しらず、年としの老おいぬるをも知しらず、病やまひの冒をかすをも知しらず、死しの近ちかきことをも知しらず、行おこなふ道みちの至いたらざるをも知しらず、身みの上うへの非ひを知しらねば、まして外ほかの謗そしりを知しらず。

 ただし、かたちは鏡かがみに見みゆ。年としは数かぞへて知しる。我わが身みのこと知しらぬにはあらねど、すべき方かたのなければ、知しらぬに似にたりとぞ言いはまし。かたちを改あらため、齢よはひを若わかくせよとにはあらず。

 つたなきを知しらば、何なんぞやがて退しりぞかざる。老おいぬと知しらば、何なんぞ閑しづかに身みを安やすくせざる。行おこなひおろかなりと知しらば、何なんぞ茲これを念おもふこと茲これにあらざる。

 すべて、人ひとに愛あい楽げうせられずして衆しゆに交まじはるは、恥はぢなり。かたち見みにくく、心こころおくれにして出いで仕つかへ、無む智ちにして大たい才さいに交まじはり、不ふ堪かんの芸げいをもちて堪かん能のうの座ざに連つらなり、雪ゆきの頭かしらを頂いただきて盛さかりなる人ひとに並ならび、いはんや、及およばざることを望のぞみ、かなはぬことを憂うれへ、来きたらざることを待まち、人ひとに恐おそれ、人ひとに媚こぶるは、人ひとの与あたふる恥はぢにあらず、むさぼる心こころにひかれて、みづから身みを恥はづかしむるなり。

 むさぼることのやまざるは、命いのちを終をふる大だい事じ、今いまここに来きたれりと、たしかに知しらざればなり。

第135段 資季大納言入道とかや聞こえける人

 資すけ季すゑの大だい納な言ごん入にふ道だうとかや聞きこえける人ひと、具とも氏うぢの宰さい相しやう中ちゆう将じやうに逢あひて、

「わぬしの問とはれんほどのこと、何なにごとなりとも答こたへ申まうさざらんや」

 と言いはれければ、具とも氏うぢ、

「いかがはべらん」

 と申まうされけるを、

「さらば、あらがひたまへ」

 と言いはれて、

「はかばかしきことは、片かた端はしもまねび知しりはべらねば、尋たづね申まうすまでもなし。何なにとなきそぞろごとの中なかに、おぼつかなきことをこそ問とひたてまつらめ」

 と申まうされけり。

「まして、ここもとの浅あさきことは、何なにごとなりとも明あきらめ申まうさん」

 と言いはれければ、近きん習じふの人々ひとびと、女によう房ばうなども、

「興きようあるあらがひなり。同おなじくは御ご前ぜんにて争あらそはるべし。負まけたらん人ひとは、供く御ごをまうけらるべし」

 と定さだめて、御ご前ぜんにて召めし合あはせられたりけるに、具とも氏うぢ、

「幼をさなくより聞ききならひはべれど、その心こころ知しらぬことはべり。むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれ、いりくれんどう、と申まうすことは、いかなる心こころにかはべらん。承うけたまはらん」

 と申まうされけるに、大だい納な言ごん入にふ道だう、はたと詰つまりて、

「これはそぞろごとなれば、言いふにも足たらず」

 と言いはれけるを、

「もとより深ふかき道みちは知しりはべらず。そぞろごとを尋たづねたてまつらんと定さだめ申まうしつ」

 と申まうされければ、大だい納な言ごん入にふ道だう負まけになりて、所しよ課くわいかめしくせられたりけるとぞ。

第136段 医師篤成、故法皇の御前に候ひて

 医くす師し篤あつ成しげ、故こ法ほふ皇わうの御おん前まへに候さぶらひて、供く御ごの参まゐりけるに、

「今いま参まゐりはべる供く御ごの色々いろいろを、文も字じも功く能のうも尋たづね下くだされて、そらに申まうしはべらば、本ほん草ざうに御ご覧らんじ合あはせられはべれかし。一ひとつも申まうし誤あやまりはべらじ」

 と申まうしける時ときしも、六ろく条でうの故こ内だい府ふ参まゐりたまひて、

「有あり房ふさ、ついでに物もの習ならひはべらん」とて、「まづ、しほといふ文も字じは、いづれの偏へんにかはべらん」

 と問とはれたりけるに、

「土つち偏へんに候さぶらふ」

 と申まうしたりければ、

「才ざえのほど、すでにあらはれにたり。今いまはさばかりにて候さぶらへ。ゆかしきところなし」

 と申まうされけるに、どよみになりて罷まかり出いでにけり。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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