『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(4)には、第99段「堀川相国は、美男のたのしき人にて」から第136段「医師篤成、故法皇の御前に候ひて」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(4)をご覧ください。
第99段 堀川相国は、美男のたのしき人にて
堀川相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差を好みたまひけり。
御子基俊卿を大理になして、庁務行はれけるに、庁屋の唐櫃見苦しとて、めでたく作り改めらるべきよし仰せられけるに、
「この唐櫃は、上古より伝はりて、その始めを知らず。数百年を経たり。累代の公物、古弊をもちて規模とす。たやすく改められがたきよし」
故実の諸官等申しければ、そのことやみにけり。
第100段 久我相国は
久我相国は、殿上にて水を召しけるに、主殿司、土器をたてまつりければ、
「まがりを参らせよ」
とて、まがりしてぞ召しける。
第101段 ある人、任大臣の節会の内弁を
ある人、任大臣の節会の内弁を勤められけるに、内記の持ちたる宣命を取らずして、堂上せられにけり。きはまりなき失礼なれども、立ち帰り取るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位外記康綱、衣かづきの女房を語らひて、かの宣命を持たせて、忍びやかにたてまつらせけり。いみじかりけり。
第102段 尹大納言光忠入道
尹大納言光忠入道、追儺の上卿を勤められけるに、洞院右大臣殿に次第を申し請けられければ、
「又五郎男を師とするより外の才覚候はじ」
とぞのたまひける。かの又五郎は、老いたる衛士の、よく公事に慣れたる者にてぞありける。
近衛殿着陣したまひける時、軾を忘れて、外記を召されければ、火焚きて候ひけるが、
「まづ軾を召さるべくや候ふらん」
と忍びやかに呟きける、いとをかしかりけり。
第103段 大覚寺殿にて、近習の人ども
大覚寺殿にて、近習の人ども、なぞなぞを作りて解かれけるところへ、医師忠守参りたりけるに、侍従大納言公明卿、
「我が朝の者とも見えぬ忠守かな」
となぞなぞにせられにけるを、
「唐瓶子」
と解きて笑ひあはれければ、腹立ちて退出にけり。
第104段 荒れたる宿の人目なきに
荒れたる宿の人目なきに、女のはばかることあるころにて、つれづれと籠りゐたるを、ある人、とぶらひたまはんとて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、犬のことごとしくとがむれば、下衆女の出でて、
「いづくよりぞ」
と言ふに、やがて案内せさせて入りたまひぬ。心細げなるありさま、いかで過ぐすらんと、いと心苦し。あやしき板敷にしばし立ちたまへるを、もてしづめたるけはひの若やかなるして、
「こなた」
と言ふ人あれば、たてあけ所狭げなる遣戸よりぞ入りたまひぬる。
内のさまは、いたくすさまじからず、心にくく、火はあなたにほのかなれど、もののきらなど見えて、にはかにしもあらぬ匂ひ、いとなつかしう住みなしたり。
「門よくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に、御供の人はそこそこに」
と言へば、
「今宵ぞ安き寝は寝べかめる」
と、うちささめくも、忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。
さて、このほどのことども、こまやかに聞こえたまふに、夜深き鳥も鳴きぬ。
来し方行末かけてまめやかなる御物語に、このたびは鳥も花やかなる声にうちしきれば、明け離るるにやと聞きたまへど、夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、少したゆみたまへるに、隙白くなれば、忘れがたきことなど言ひて立ち出でたまふに、梢も庭もめづらしく青みわたりたる卯月ばかりの曙、艶にをかしかりしをおぼし出でて、桂の木の大きなるが隠るるまで、今も見送りたまふとぞ。
第105段 北の屋かげに消え残りたる雪の
北の屋かげに消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅も、霜いたくきらめきて、有明の月さやかなれども、くまなくはあらぬに、人離れなる御堂の廊に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女と長押に尻かけて、物語するさまこそ、何ごとにかあらん、尽きすまじけれ。かぶし、かたちなど、いとよしと見えて、えもいはぬ匂ひのさとかをりたるこそ、をかしけれ。けはひなど、はつれはつれ聞こえたるもゆかし。
第106段 高野の証空上人
高野証空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乗りたる女の行きあひたりけるが、口引きける男、あしく引きて、聖の馬を堀へ落としてけり。
聖、いと腹あしくとがめて、
「こは希有の狼藉かな。四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞は劣り、優婆塞より優婆夷は劣れり。かくのごとくの優婆夷などの身にて、比丘を堀へ蹴入れさする、未曾有の悪行なり」
と言はれければ、口引きの男、
「いかに仰せらるるやらん、えこそ聞き知らね」
と言ふに、上人、なほいきまきて、
「何と言ふぞ、非修非学の男」
と荒らかに言ひて、きはまりなき放言しつと思ひける気色にて、馬ひき返して逃げられにけり。尊かりけるいさかひなるべし。
第107段 女の物言ひかけたる返事
女の物言ひかけたる返事、とりあへずよきほどにする男はありがたきものぞとて、亀山院の御時、しれたる女房ども、若き男たちの参らるるごとに、
「郭公や聞きたまへる」
と問ひて試みられけるに、なにがしの大納言とかやは、
「数ならぬ身は、え聞き候はず」
と答へられけり。堀川内大臣殿は、
「岩倉にて聞きて候ひしやらん」
と仰せられたりけるを、
「これは難なし。数ならぬ身、むつかし」
など定めあはれけり。
すべて、男をば、女に笑はれぬやうにおほしたつべしとぞ。浄土寺前関白殿は、幼くて、安喜門院のよく教へまゐらせさせたまひけるゆゑに、御詞などのよきぞと、人の仰せられけるとかや。山階左大臣殿は、あやしの下女の見たてまつるも、いと恥づかしく、心づかひせらるるとこそ仰せられけれ。
女のなき世なりせば、衣紋も冠も、いかにもあれ、ひきつくろふ人もはべらじ。かく人に恥ぢらるる女、いかばかりいみじきものぞと思ふに、女の性はみなひがめり。
人我の相深く、貪欲はなはだしく、ものの理を知らず。ただ迷ひの方に心も速く移り、詞も巧みに、苦しからぬことをも問ふ時は言はず。用意あるかと見れば、またあさましきことまで問はず語りに言ひ出だす。深くたばかり飾れることは、男の智恵にもまさりたるかと思へば、そのこと、跡よりあらはるるを知らず。すなほならずしてつたなきものは、女なり。
その心に随ひて、よく思はれんことは、心憂かるべし。されば、何かは女の恥づかしからん。もし賢女あらば、それも物うとく、すさまじかりなん。
ただ迷ひをあるじとして、かれに従ふ時、やさしくも、おもしろくも覚ゆべきことなり。
第108段 寸陰惜しむ人なし
寸陰惜しむ人なし。これよく知れるか、愚かなるか。
愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しといへども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人の一銭を惜しむ心、切なり。
刹那覚えずといへども、これを運びてやまざれば、命を終ふる期、たちまちに至る。されば、道人は、遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、むなしく過ぐることを惜しむべし。
もし人来たりて、
「我が命、明日は必ず失はるべし」
と告げ知らせたらんに、今日の暮るる間、何ごとをか頼み、何ごとをか営まん。我らが生ける今日の日、何ぞその時節に異ならん。
一日のうちに、飲食、便利、睡眠、言語、行歩、やむことを得ずして、多くの時を失ふ。その余りの暇、いくばくならぬうちに、無益のことをなし、無益のことを言ひ、無益のことを思惟して時を移すのみならず、日を消し、月を亘りて、一生を送る。もつとも愚かなり。
謝霊運は法華の筆受なりしかども、心、常に風雲の思ひを観ぜしかば、恵遠、白蓮の交はりを許さざりき。しばらくもこれなき時は、死人に同じ。
光陰何のためにか惜しむとならば、内に思慮なく、外に世事なくして、止まん人は止み、修せん人は修せよとなり。
第109段 高名の木登りといひし男
高名の木登りといひし男、人をおきてて、高き木に登せて梢を切らせしに、いと危く見えしほどは言ふこともなくて、降るる時に、軒長ばかりになりて、
「あやまちすな。心して降りよ」
と言葉をかけはべりしを、
「かばかりになりては、飛び降るるとも降りなん。いかにかく言ふぞ」
と申しはべりしかば、
「そのことに候ふ。目くるめき、枝危きほどは、おのれが恐れはべれば申さず。あやまちは、やすき所になりて、必ず仕ることに候ふ」
と言ふ。あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。
鞠も、難き所を蹴出だして後、やすく思へば、必ず落つとはべるやらん。
第110段 双六の上手といひし人に
双六の上手といひし人に、その行を問ひはべりしかば、
「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりとも遅く負くべき手につくべし」
と言ふ。道を知れる教へ、身を治め、国を保たん道も、またしかなり。
第111段 囲碁、双六好みて明かし暮らす人は
「囲碁、双六好みて明かし暮らす人は、四重五逆にもまされる悪事とぞ思ふ」
と、ある聖の申しこと、耳にとどまりて、いみじく覚えはべる。
第112段 明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に
明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に、心閑かになすべからんわざをば、人言ひかけてんや。にはかの大事をも営み、切に嘆くこともある人は、他のことを聞き入れず。人の愁へ、喜びをも問はず。問はずとて、などやと恨むる人もなし。
されば、年もやうやうたけ、病にもまつはれ、いはんや世をも遁れたらん人、またこれに同じかるべし。人間の儀式、いづれのことか去りがたからぬ。世俗の黙しがたきに従ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は雑事の小節にさへられて、むなしく暮れなん。
日暮れ途遠し。我が生すでに蹉跎たり。諸縁を放下すべき時なり。
信をも守らじ。礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、情なしとも思へ。
毀るとも苦しまじ。誉むとも聞き入れじ。
第113段 四十にもあまりぬる人の
四十にもあまりぬる人の、色めきたる方、おのづから忍びてあらんは、いかがはせん。ことにうち出でて、男、女のこと、人の上をも言ひたはぶるるこそ、にげなく見苦しけれ。
おほかた、聞きにくく見苦しきこと。老人の若き人にまじはりて、興あらんと物言ひゐたる。数ならぬ身にて、世の覚えある人を、隔てなきさまに言ひたる。貧しき所に、酒宴好み、客人に饗応せんときらめきたる。
第114段 今出川のおほい殿、嵯峨へおはしけるに
今出川のおほい殿、嵯峨へおはしけるに、有栖川のわたりに、水の流れたる所にて、賽王丸、御牛を追ひたりければ、足掻の水、前板までささとかかりけるを、為則、御車の後に候ひけるが、
「希有の童かな。かかる所にて御牛をば追ふものか」
と言ひたりければ、おほい殿、御気色あしくなりて、
「おのれ、車やらんこと、賽王丸にまさりてえ知らじ。希有の男なり」
とて、御車に頭を打ち当てられにけり。
この高名の賽王丸は、太秦殿の男、料の御牛飼ぞかし。
この太秦殿にはべりける女房の名ども、一人はひささち、一人はことつち、一人ははふはら、一人はをとうしと付けられけり。
第115段 宿河原といふ所にて
宿河原といふ所にて、ぼろぼろ多く集まりて、九品の念仏を申しけるに、外より入り来るぼろぼろの、
「もしこの御中に、いろをし房と申すぼろやおはします」
と尋ねければ、その中より、
「いろをし、ここに候ふ。かくのたまふは誰そ」
と答ふれば、
「しら梵字と申す者なり。おのれが師、なにがしと申しし人、東国にて、いろをしと申すぼろに殺されけりと承りしかば、その人にあひたてまつりて、恨み申さばやと思ひて、尋ね申すなり」
と言ふ。いろをし、
「ゆゆしくも尋ねおはしたり。さることはべりき。ここにて対面したてまつらば、道場を汚しはべるべし。前の河原へ参りあはん。あなかしこ、わきざしたち、いづかたをもみつぎたまふな。あまたのわづらひにならば、仏事の妨げにはべるべし」
と言ひ定めて、二人河原へ出であひて、心ゆくばかりに貫きあひて、ともに死ににけり。
ぼろぼろといふもの、昔はなかりけるにや。近世に、ぼろんじ、梵字、漢字など言ひける者、その始めなりけるとかや。
世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て、闘諍をこととす。
放逸無慙のありさまなれども、死を軽くして、少しもなづまざるかたのいさぎよく覚えて、人の語りしままに書きつけはべるなり。
第116段 寺院の号、さらぬよろづのものにも
寺院の号、さらぬよろづのものにも名をつくること、昔の人は少しも求めず、ただありのままに、やすくつけけるなり。このごろは、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞こゆる、いとむつかし。
人の名も、目慣れぬ文字をつかんとする、益なきことなり。
何ごとも、めづらしきことを求め、異説を好むは、浅才の人の必ずあることなりとぞ。
第117段 友とするにわろき者七つあり
友とするにわろき者、七あり。
一には、高くやんごとなき人。
二には、若き人。
三には、病なく身強き人。
四には、酒を好む人。
五には、武く勇める兵。
六には、虚言する人。
七には、欲深き人。
よき友、三あり。
一には、物くるる友。
二には、医師。
三には、智恵ある友。
第118段 鯉の羹食ひたる日は
鯉の羹食ひたる日は、鬢そそけずとなん。膠にも作るものなれば、粘りたるものにこそ。鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、やんごとなき魚なり。
鳥には雉、さうなきものなり。雉、松茸などは、御湯殿の上にかかりたるも苦しからず。その外は心憂きことなり。
中宮の御方の御湯殿の上の黒御棚に、雁の見えつるを、北山入道殿の御覧じて、帰らせたまひて、やがて御文にて、
「かやうのもの、さながらその姿にて御棚にゐて候ひしこと、見ならはず、さまあしきことなり。はかばかしき人の候はぬゆゑにこそ」
など申されたりけり。
第119段 鎌倉の海に鰹といふ魚は
鎌倉の海に鰹といふ魚は、かの境にはさうなきものにて、このごろもてなすものなり。それも、鎌倉の年寄りの申しはべりしは、
「この魚、おのれら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づることはべらざりき。頭は下部も食はず、切りて捨てはべりしものなり」
と申しき。
かやうのものも、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそはべれ。
第120段 唐の物は、薬の外は
唐の物は、薬の外は、なくとも事欠くまじ。書どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん。
唐土舟のたやすからぬ道に、無用のものどものみ取り積みて、所狭く渡しもて来る、いと愚かなり。「遠き物を宝とせず」とも、また、「得がたき貨を尊まず」とも、文にもはべるとかや。
第121段 養ひ飼ふものは、馬、牛
養ひ飼ふものは、馬、牛。つなぎ苦しむるこそいたましけれど、なくてかなはぬものなれば、いかがはせん。犬は、守り防ぐ勤め、人にもまさりたれば、必ずあるべし。されど、家ごとにあるものなれば、ことさらに求め飼はずともありなん。
その外の鳥、獣、すべて用なきものなり。
走る獣は、檻にこめ、鎖をさされ、飛ぶ鳥は、翅を切り、籠に入られて、雲を恋ひ、野山を思ふ愁へ、やむ時なし。その思ひ、我が身にあたりて忍びがたくは、心あらん人、これを楽しまんや。生を苦しめて目を喜ばしむるは、桀紂が心なり。
王子猷が鳥を愛せし、林に楽しぶを見て、逍遥の友としき。捕へ苦しめたるにあらず。
およそ、めづらしき禽、あやしき獣、国に育はずとこそ、文にもはべるなれ。
第122段 人の才能は
人の才能は、文明らかにして、聖の教へを知れるを第一とす。
次には、手書くこと、むねとすることはなくとも、これを習ふべし。学問に便あらんためなり。
次に、医術を習ふべし。身を養ひ、人を助け、忠孝の勤めも、医にあらずはあるべからず。
次に、弓射、馬に乗ること、六芸に出だせり。必ずこれをうかがふべし。文、武、医の道、まことに欠けてはあるべからず。これを学ばんをば、いたづらなる人と言ふべからず。
次に、食は人の天なり。よく味はひをととのへ知れる人、大きなる徳とすべし。
次に、細工、よろづに要多し。
この外のことども、多能は君子の恥づるところなり。
詩歌に巧みに、糸竹に妙なるは、幽玄の道、君臣これを重くすといへども、今の世には、これをもちて世を治むること、やうやう愚かなるに似たり。金はすぐれたれども、鉄の益多きにしかざるがごとし。
第123段 無益のことをなして時を移すを
無益のことをなして時を移すを、愚かなる人とも、ひがことする人とも言ふべし。国のため、君のために、やむことを得ずしてなすべきこと多し。その余りの暇、いくばくならず。思ふべし。
人の身に、やむことを得ずして営むところ、第一に食物、第二に着る物、第三に居る所なり。人間の大事、この三には過ぎず。
飢ゑず、寒からず、風雨にをかされずして、閑かに過ぐすを楽とす。
ただし、人みな病あり。病にをかされぬれば、その愁へ忍びがたし。医療を忘るべからず。
薬を加へて、四のこと求め得ざるを貧しとす。この四欠けざるを富めりとす。この四の外を求め営むを奢りとす。
四のこと倹約ならば、誰の人か足らずとせん。
第124段 是法法師は
是法法師は、浄土宗に恥ぢずといへども、学匠を立てず、ただ明暮念仏して、やすらかに世を過ぐすありさま、いとあらまほし。
第125段 人に後れて、四十九日の仏事に
人に後れて、四十九日の仏事に、ある聖を請じはべりしに、説法いみじくして、みな人涙を流しけり。導師帰りて後、聴聞の人ども、
「いつよりも、ことに今日は尊く覚えはべりつる」
と感じあへりし返事に、ある者の言ふ、
「何とも候へ、あれほど唐の狗に似候ひなん上は」
と言ひたりしに、あはれもさめてをかしかりけり。さる導師のほめやうやはあるべき。
また、人に酒勧むるとて、
「おのれまづたべて、人に強ひたてまつらんとするは、剣にて人を斬らんとするに似たることなり。二方に刃つきたるものなれば、もたぐる時、まづ我が頸を斬るゆゑに、人をばえ斬らぬなり。おのれまづ酔ひて伏しなば、人はよも召さじ」
と申しき。剣にて斬り試みたりけるにや。いとをかしかりき。
第126段 博打の負け極まりて
「博打の負け極まりて、残りなく打ち入れんとせんに、あひては打つべからず。立ち返り、続きて勝つべき時の至れると知るべし。その時を知るを、よき博打といふなり」
と、ある者申しき。
第127段 改めて益なきことは
改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり。
第128段 雅房大納言は
雅房大納言は、才賢く、よき人にて、大将にもなさばやとおぼしけるころ、院の近習なる人、
「ただ今、あさましきことを見はべりつ」
と申されければ、
「何ごとぞ」
と問はせたまひけるに、
「雅房卿、鷹に飼はんとて、生きたる犬の足を切りはべりつるを、中垣の穴より見はべりつ」
と申されけるに、うとましく憎くおぼしめして、日ごろの御気色も違ひ、昇進もしたまはざりけり。さばかりの人、鷹を持たれたりけるは思はずなれど、犬の足はあとなきことなり。
虚言は不便なれども、かかることを聞かせたまひて、憎ませたまひける君の御心は、いと尊きことなり。
おほかた、生けるものを殺し、傷め、闘はしめて遊び楽しまん人は、畜生残害のたぐひなり。
よろづの鳥、獣、小さき虫までも、心をとめてありさまを見るに、子を思ひ、親をなつかしくし、夫婦を伴ひ、妬み、怒り、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、ひとへに愚痴なるゆゑに、人よりもまさりてはなはだし。かれに苦しみを与へ、命を奪はんこと、いかでかいたましからざらん。
すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず。
第129段 顔回は、志、人に労を施さじとなり
顔回は、志、「人に労を施さじ」となり。すべて、人を苦しめ、物をしへたぐること、賤しき民の志をも奪ふべからず。
また、いときなき子をすかし、おどし、言ひ恥づかしめて興ずることあり。おとなしき人は、まことならねば事にもあらず思へど、幼き心には、身にしみて恐ろしく、恥づかしく、あさましき思ひ、まことに切なるべし。これを悩まして興ずること、慈悲の心にあらず。
おとなしき人の、喜び、怒り、悲しび、楽しぶも、みな虚妄なれども、誰か実有の相に着せざる。身を破るよりも、心を傷ましむるは、人を害なふことなほはなはだし。
病を受くることも、多くは心より受く。外より来る病は少なし。
薬を飲みて汗を求むるには、しるしなきことあれども、一旦恥ぢ恐るることあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて白頭の人となりし例、なきにあらず。
第130段 物に争はず
物に争はず、己を枉げて人に従ひ、我が身を後にして、人を先にするにはしかず。
よろづの遊びにも、勝負を好む人は、勝ちて興あらんためなり。おのれが芸のまさりたることを喜ぶ。されば、負けて興なく覚ゆべきこと、また知られたり。我負けて人を喜ばしめんと思はば、さらに遊びの興なかるべし。人に本意なく思はせて、我が心を慰まんこと、徳に背けり。
むつましき中に戯るるも、人をはかりあざむきて、おのれが智のまさりたることを興とす。これまた礼にあらず。されば、初め興宴より起こりて、長き恨みを結ぶたぐひ多し。これみな、争ひを好む失なり。
人にまさらんことを思はば、ただ学問して、その智を人にまさらんと思ふべし。道を学ぶとならば、「善に伐らず、ともがらに争ふべからず」といふことを知るべきゆゑなり。
大きなる職をも辞し、利をも捨つるは、ただ学問の力なり。
第131段 貧しき者は財をもて礼とし
貧しき者は財をもて礼とし、老いたる者は力をもて礼とす。
おのが分を知りて、及ばざる時は速やかにやむを、智と言ふべし。許さざらんは、人の誤りなり。分を知らずして強ひて励むは、おのれが誤りなり。
貧しくて分を知らざれば盗み、力衰へて分を知らざれば病を受く。
第132段 鳥羽の作道は
鳥羽の作道は、鳥羽殿建てられて後の号にはあらず。昔よりの名なり。元良親王、元日の奏賀の声、はなはだ殊勝にして、大極殿より鳥羽の作道まで聞こえけるよし、李部王の記にはべるとかや。
第133段 夜の御殿は東御枕なり
夜御殿は、東御枕なり。おほかた、東を枕として陽気を受くべきゆゑに、孔子も東首したまへり。寝殿のしつらひ、あるいは南枕、常のことなり。
白河院は北首に御寝なりけり。
「北は忌むことなり。また、伊勢は南なり。太神宮の御方を御跡にせさせたまふこと、いかが」
と人申しけり。
ただし、太神宮の遥拝は、巽に向かはせたまふ。南にはあらず。
第134段 高倉院の法華堂の三昧僧
高倉院の法華堂の三昧僧、なにがしの律師とかやいふ者、ある時、鏡を取りて顔をつくづくと見て、我がかたちの見にくく、あさましきことをあまりに心憂く覚えて、鏡さへうとましき心地しければ、その後長く鏡を恐れて、手にだに取らず、さらに人に交はることなし。御堂の勤めばかりにあひて、籠りゐたりと聞きはべりしこそ、ありがたく覚えしか。
賢げなる人も、人の上をのみはかりて、おのれをば知らざるなり。我を知らずして、外を知るといふことわり、あるべからず。されば、おのれを知るを、物知れる人と言ふべし。
かたち醜けれども知らず、心の愚かなるをも知らず、芸のつたなきをも知らず、数ならぬをも知らず、年の老いぬるをも知らず、病の冒すをも知らず、死の近きことをも知らず、行ふ道の至らざるをも知らず、身の上の非を知らねば、まして外の謗りを知らず。
ただし、かたちは鏡に見ゆ。年は数へて知る。我が身のこと知らぬにはあらねど、すべき方のなければ、知らぬに似たりとぞ言はまし。かたちを改め、齢を若くせよとにはあらず。
つたなきを知らば、何ぞやがて退かざる。老いぬと知らば、何ぞ閑かに身を安くせざる。行ひおろかなりと知らば、何ぞ茲を念ふこと茲にあらざる。
すべて、人に愛楽せられずして衆に交はるは、恥なり。かたち見にくく、心おくれにして出で仕へ、無智にして大才に交はり、不堪の芸をもちて堪能の座に連なり、雪の頭を頂きて盛りなる人に並び、いはんや、及ばざることを望み、かなはぬことを憂へ、来らざることを待ち、人に恐れ、人に媚ぶるは、人の与ふる恥にあらず、むさぼる心にひかれて、みづから身を恥づかしむるなり。
むさぼることのやまざるは、命を終ふる大事、今ここに来れりと、たしかに知らざればなり。
第135段 資季大納言入道とかや聞こえける人
資季大納言入道とかや聞こえける人、具氏宰相中将に逢ひて、
「わぬしの問はれんほどのこと、何ごとなりとも答へ申さざらんや」
と言はれければ、具氏、
「いかがはべらん」
と申されけるを、
「さらば、あらがひたまへ」
と言はれて、
「はかばかしきことは、片端もまねび知りはべらねば、尋ね申すまでもなし。何となきそぞろごとの中に、おぼつかなきことをこそ問ひたてまつらめ」
と申されけり。
「まして、ここもとの浅きことは、何ごとなりとも明らめ申さん」
と言はれければ、近習の人々、女房なども、
「興あるあらがひなり。同じくは御前にて争はるべし。負けたらん人は、供御をまうけらるべし」
と定めて、御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、
「幼くより聞きならひはべれど、その心知らぬことはべり。むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれ、いりくれんどう、と申すことは、いかなる心にかはべらん。承らん」
と申されけるに、大納言入道、はたと詰まりて、
「これはそぞろごとなれば、言ふにも足らず」
と言はれけるを、
「もとより深き道は知りはべらず。そぞろごとを尋ねたてまつらんと定め申しつ」
と申されければ、大納言入道負けになりて、所課いかめしくせられたりけるとぞ。
第136段 医師篤成、故法皇の御前に候ひて
医師篤成、故法皇の御前に候ひて、供御の参りけるに、
「今参りはべる供御の色々を、文字も功能も尋ね下されて、そらに申しはべらば、本草に御覧じ合はせられはべれかし。一つも申し誤りはべらじ」
と申しける時しも、六条故内府参りたまひて、
「有房、ついでに物習ひはべらん」とて、「まづ、しほといふ文字は、いづれの偏にかはべらん」
と問はれたりけるに、
「土偏に候ふ」
と申したりければ、
「才のほど、すでにあらはれにたり。今はさばかりにて候へ。ゆかしきところなし」
と申されけるに、どよみになりて罷り出でにけり。



