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『徒然草』原文(5)第137段~第157段|花は盛りに~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(5)には、第137段「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」から第157段「筆を取れば物書かれ」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(5)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第137段 花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは

 花はなは盛さかりに、月つきは隈くまなきをのみ見みるものかは。雨あめに向むかひて月つきを恋こひ、垂たれこめて春はるの行ゆく方へ知しらぬも、なほあはれに情なさけ深ふかし。咲さきぬべきほどの梢こずゑ、散ちりしをれたる庭にはなどこそ見みどころ多おほけれ。

 歌うたの言こと葉ば書がきにも、「花はな見みにまかれけるに、早はやく散ちり過すぎにければ」とも、「障さはることありてまからで」なども書かけるは、「花はなを見みて」と言いへるに劣おとれることかは。花はなの散ちり、月つきの傾かたぶくを慕したふならひはさることなれど、ことにかたくななる人ひとぞ、

「この枝えだ、かの枝えだ散ちりにけり。今いまは見みどころなし」

 などは言いふめる。よろづのことも、始はじめ終をはりこそをかしけれ。

 男をとこ女をんなの情なさけも、ひとへに逢あひ見みるをば言いふものかは。逢あはでやみにし憂うさを思おもひ、あだなる契ちぎりをかこち、長夜ながきよをひとり明あかし、遠とほき雲くも居ゐを思おもひやり、浅あさ茅ぢが宿やどに昔むかしをしのぶこそ、色いろ好このむとは言いはめ。

 望もち月づきの隈くまなきを千ち里さとの外ほかまで眺ながめたるよりも、暁あかつき近ちかくなりて待まち出いでたるが、いと心こころ深ぶかう青あをみたるやうにて、深ふかき山やまの杉すぎの梢こずゑに見みえたる木この間まの影かげ、うちしぐれたる村むら雲くも隠がくれのほど、またなくあはれなり。椎しひ柴しば、白しら樫かしなどの濡ぬれたるやうなる葉はの上うへにきらめきたるこそ、身みにしみて、心こころあらん友とももがなと、都みやこ恋こひしう覚おぼゆれ。すべて、月つき、花はなをば、さのみ目めにて見みるものかは。春はるは家いへを立たち去さらでも、月つきの夜よは閨ねやのうちながらも思おもへるこそ、いとたのもしうをかしけれ。

 よき人ひとは、ひとへに好すけるさまにも見みえず、興きようずるさまも等閑なほざりなり。片かた田舎ゐなかの人ひとこそ、色いろ濃こく、よろづはもて興きようずれ。花はなの本もとには、ねぢ寄より立たち寄より、あからめもせずまもりて、酒さけ飲のみ、連れん歌がして、果はては、大おほきなる枝えだ、心こころなく折をり取とりぬ。泉いづみには手て足あしさしひたして、雪ゆきには下おり立たちて跡あとつけなど、よろづのもの、よそながら見みることなし。

 さやうの人ひとの祭まつり見みしさま、いとめづらかなりき。

「見みごといと遅おそし。そのほどは桟さ敷じき不ふ用ようなり」

 とて、奥おくなる屋やにて酒さけ飲のみ、物もの食くひ、囲ゐ碁ご、双すご六ろくなど遊あそびて、桟さ敷じきには人ひとを置おきたれば、

「渡わたり候さぶらふ」

 と言いふ時ときに、おのおの肝きもつぶるるやうに争あらそひ走はしり上のぼりて、落おちぬべきまで簾すだれ張はり出いでて、押おしあひつつ、一ひと事ことも見み漏もらさじとまもりて、とありかかりと物ものごとに言いひて、渡わたり過すぎぬれば、

「また渡わたらんまで」

 と言いひて下おりぬ。ただ物ものをのみ見みんとするなるべし。

 都みやこの人ひとのゆゆしげなるは、睡ねぶりて、いとも見みず。若わかく末々すゑずゑなるは、宮みや仕づかへに立たち居ゐ、人ひとの後うしろに候さぶらふは、さまあしくも及およびかからず、わりなく見みんとする人ひともなし。何なにとなく葵あふひかけわたしてなまめかしきに、明あけはなれぬほど、忍しのびて寄よする車くるまどものゆかしきを、それか、かれかなど思おもひ寄よすれば、牛うし飼かひ、下しも部べなどの見み知しれるもあり。をかしくも、きらきらしくも、さまざまに行ゆきかふ、見みるもつれづれならず。

 暮くるるほどには、立たて並ならべつる車くるまども、所ところなく並なみゐつる人ひとも、いづかたへか行ゆきつらん、ほどなくまれになりて、車くるまどものらうがはしさも済すみぬれば、簾すだれ、畳たたみも取とり払はらひ、目めの前まへにさびしげになりゆくこそ、世よのためしも思おもひ知しられて、あはれなれ。大おほ路ぢ見みたるこそ、祭まつり見みたるにてはあれ。

 かの桟さ敷じきの前まへをここら行ゆきかふ人ひとの、見み知しれるがあまたあるにて知しりぬ。世よの人ひと数かずも、さのみは多おほからぬにこそ。この人ひとみな失うせなん後のち、我わが身み死しぬべきに定さだまりたりとも、ほどなく待まちつけぬべし。

 大おほきなる器うつはものに水みづを入いれて、細ほそき穴あなをあけたらんに、滴しただること少すくなしといふとも、怠おこたる間まなく漏もりゆかば、やがて尽つきぬべし。都みやこの中うちに多おほき人ひと、死しなざる日ひはあるべからず。一いち日にちに一人ひとり、二人ふたりのみならんや。鳥とり部べ野の、舟ふな岡をか、さらぬ野の山やまにも、送おくる数かず多おほかる日ひはあれど、送おくらぬ日ひはなし。されば、棺ひつぎをひさく者もの、作つくりてうち置おくほどなし。若わかきにもよらず、強つよきにもよらず、思おもひかけぬは死し期ごなり。今日けふまで遁のがれ来きにけるは、ありがたき不ふ思し議ぎなり。しばしも世よをのどかには思おもひなんや。

 継まま子こ立だてといふものを、双すご六ろくの石いしにて作つくりて、立たて並ならべたるほどは、取とられんこと、いづれの石いしとも知しらねども、数かぞへ当あてて一ひとつを取とりぬれば、その外ほかは遁のがれぬと見みれど、またまた数かぞふれば、かれこれ間ま抜ぬき行ゆくほどに、いづれも遁のがれざるに似にたり。

 兵つはものの軍いくさに出いづるは、死しに近ちかきことを知しりて、家いへをも忘わすれ、身みをも忘わする。世よを背そむける草くさの庵いほりには、閑しづかに水すい石せきをもてあそびて、これをよそに聞きくと思おもへるは、いとはかなし。

 閑しづかなる山やまの奥おく、無む常じやうの敵かたき競きほひ来きたらざらんや。その死しに臨のぞめること、軍いくさの陣ぢんに進すすめるに同おなじ。

第138段 祭過ぎぬれば

 祭まつり過すぎぬれば、

「後のちの葵あふひ不ふ用ようなり」

 とて、ある人ひとの、御み簾すなるをみな取とらせられはべりしが、色いろもなく覚おぼえはべりしを、よき人ひとのしたまふことなれば、さるべきにやと思おもひしかど、周す防はうの内ない侍しが、

かくれどもかひなきものはもろともにみすの葵あふひの枯かれ葉ばなりけり

 と詠よめるも、母も屋やの御み簾すに葵あふひのかかりたる枯かれ葉ばを詠よめるよし、家いへの集しふに書かけり。

 古ふるき歌うたの詞ことば書がきに、「枯かれたる葵あふひにさしてつかはしける」ともはべり。枕まくらの草さう子しにも、「来こしかた恋こひしきもの、枯かれたる葵あふひ」と書かけるこそ、いみじくなつかしう思おもひ寄よりたれ。鴨かもの長ちやう明めいが四し季き物もの語がたりにも、

玉たま垂だれに後のちの葵あふひはとまりけり

 とぞ書かける。

 おのれと枯かるるだにこそあるを、名な残ごりなく、いかが取とり捨すつべき。御み帳ちやうにかかれる薬くす玉だまも、九く月ぐわつ九ここの日か、菊きくに取とりかへらるるといへば、菖さう蒲ぶは菊きくの折をりまでもあるべきにこそ。

 枇び杷はの皇くわう太たい后ごう宮ぐう隠かくれたまひて後のち、古ふるき御み帳ちやうの内うちに、菖さう蒲ぶ、薬くす玉だまなどの枯かれたるがはべりけるを見みて、

折をりならぬ根ねをなほぞかけつる

 と、弁べんの乳め母のとの言いへる返かへり事ごとに、

あやめの草くさはありながら

 とも、江がう侍じ従じゆうが詠よみしぞかし。

第139段 家にありたき木は

 家いへにありたき木きは、松まつ、桜さくら。松まつは五ご葉えふもよし。花はなは一ひと重へなるよし。

 八や重へ桜ざくらは奈な良らの都みやこにのみありけるを、このごろぞ世よに多おほくなりはべるなる。吉よし野のの花はな、左さ近こんの桜さくら、みな一ひと重へにてこそあれ。八や重へ桜ざくらは異ことやうのものなり。いとこちたく、ねぢけたり。植うゑずともありなん。遅おそ桜ざくらまたすさまじ。虫むしのつきたるもむつかし。

 梅うめは白しろき、薄うす紅こう梅ばい。一ひと重へなるが疾とく咲さきたるも、重かさなりたる紅こう梅ばいの匂にほひめでたきも、みなをかし。遅おそき梅うめは、桜さくらに咲さき合あひて覚おぼえ劣おとり、けおされて、枝えだにしぼみつきたる、心こころ憂うし。

「一ひと重へなるがまづ咲さきて散ちりたるは、心こころ疾とくをかし」

 とて、京きやう極ごくの入にふ道だう中ちゆう納な言ごんは、なほ一ひと重へ梅うめをなん軒のき近ちかく植うゑられたりける。京きやう極ごくの屋やの南みなみ向むきに、今いまも二ふた本もとはべるめり。

 柳やなぎまたをかし。卯う月づきばかりの若わか楓かへで、すべて、よろづの花はな、紅葉もみぢにもまさりて、めでたきものなり。橘たちばな、桂かつら、いづれも木きはもの古ふり、大おほきなるよし。

 草くさは山やま吹ぶき、藤ふぢ、杜若かきつばた、なでしこ。池いけには蓮はちす。秋あきの草くさは荻をぎ、すすき、きちかう、萩はぎ、女郎花をみなへし、ふぢばかま、しをに、われもかう、かるかや、りんだう、菊きく。黄き菊ぎくも。つた、くず、朝あさ顔がほ。いづれも、いと高たかからず、ささやかなる垣かきに、繁しげからぬよし。

 この外ほかの、世よにまれなるもの、唐からめきたる名なの聞ききにくく、花はなも見みなれぬなど、いとなつかしからず。

 おほかた、何なにもめづらしくありがたきものは、よからぬ人ひとのもて興きようずるものなり。さやうのもの、なくてありなん。

第140段 身死して財残ることは

 身み死しして財たから残のこることは、智ち者しやのせざるところなり。よからぬもの、蓄たくはへ置おきたるもつたなく、よきものは、心こころをとめけんとはかなし。こちたく多おほかる、まして口くち惜をし。「我われこそ得えめ」など言いふ者ものどもありて、跡あとに争あらそひたる、さまあし。

 「後のちは誰たれに」と心こころざすものあらば、生いけらんうちにぞ譲ゆづるべき。朝あさ夕ゆふなくてかなはざらんものこそあらめ、その外ほかは何なにも持もたでぞあらまほしき。

第141段 悲田院の尭蓮上人は

 悲ひ田でん院ゐんの尭げう蓮れん上しやう人にんは、俗ぞく姓しやうは三み浦うらのなにがしとかや、さうなき武む者しやなり。故ふる郷さとの人ひとの来きたりて物もの語がたりすとて、

「吾妻あづま人びとこそ、言いひつることは頼たのまるれ。都みやこの人ひとは、言こと受うけのみよくて、実まことなし」

 と言いひしを、聖ひじり、

「それはさこそおぼすらめども、おのれは都みやこに久ひさしく住すみて、慣なれて見みはべるに、人ひとの心こころ劣おとれりとは思おもひはべらず。なべて心こころ柔やはらかに、情なさけあるゆゑに、人ひとの言いふほどのこと、けやけく否いなびがたくて、よろづえ言いひ放はなたず、心こころ弱よわく言こと受うけしつ。偽いつはりせんとは思おもはねど、乏ともしく、かなはぬ人ひとのみあれば、おのづから本ほ意い通とほらぬこと多おほかるべし。吾妻あづま人びとは我わが方かたなれど、げには心こころの色いろなく、情なさけおくれ、ひとへにすくよかなるものなれば、初はじめより否いなと言いひてやみぬ。にぎはひ、豊ゆたかなれば、人ひとには頼たのまるるぞかし」

 とことわられはべりしこそ、この聖ひじり、声こゑうちゆがみ、荒々あらあらしくて、聖しやう教げうのこまやかなることわり、いとわきまへずもやと思おもひしに、この一ひと言ことの後のち、心こころにくくなりて、多おほかる中なかに寺てらをも住ぢゆう持ぢせらるるは、かくやはらぎたるところありて、その益やくもあるにこそと覚おぼえはべりし。

第142段 心なしと見ゆる者も

 心こころなしと見みゆる者ものも、よき一ひと言こと言いふものなり。

 ある荒あら夷えびすの恐おそろしげなるが、かたへにあひて、

「御おん子こはおはすや」

 と問とひしに、

「ひとりも持もちはべらず」

 と答こたへしかば、

「さては、もののあはれは知しりたまはじ。情なさけなき御み心こころにぞものしたまふらんと、いと恐おそろし。子こゆゑにこそ、よろづのあはれは思おもひ知しらるれ」

 と言いひたりし、さもありぬべきことなり。恩おん愛あいの道みちならでは、かかる者ものの心こころに慈じ悲ひありなんや。孝けう養やうの心こころなき者ものも、子こ持もちてこそ、親おやの志こころざしは思おもひ知しるなれ。

 世よを捨すてたる人ひとの、よろづにするすみなるが、なべてほだし多おほかる人ひとの、よろづにへつらひ、望のぞみ深ふかきを見みて、無む下げに思おもひくたすは、僻ひが事ごとなり。その人ひとの心こころになりて思おもへば、まことに、かなしからん親おやのため、妻め子このためには、恥はぢをも忘わすれ、盗ぬすみもしつべきことなり。

 されば、盗ぬす人びとをいましめ、僻ひが事ごとをのみ罪つみせんよりは、世よの人ひとの飢うゑず、寒さむからぬやうに、世よをば行おこなはまほしきなり。人ひと、恒つねの産さんなき時ときは恒つねの心こころなし。人ひと窮きはまりて盗ぬすみす。世よ治をさまらずして、凍とう餒たいの苦くるしみあらば、科とがの者もの絶たゆべからず。人ひとを苦くるしめ、法のりを犯をかさしめて、それを罪つみなはんこと、不ふ便びんのわざなり。

 さて、いかがして人ひとを恵めぐむべきとならば、上かみの奢おごり費つひやすところをやめ、民たみを撫なで、農のうを勧すすめば、下しもに利りあらんこと、疑うたがひあるべからず。衣い食しよく尋よの常つねなる上うへに僻ひが事ごとせん人ひとをぞ、まことの盗ぬす人びととは言いふべき。

第143段 人の終焉のありさまの

 人ひとの終しゆう焉えんのありさまの、いみじかりしことなど、人ひとの語かたるを聞きくに、ただ閑しづかにして乱みだれずと言いはば心こころにくかるべきを、愚おろかなる人ひとは、あやしく異ことなる相さうを語かたりつけ、言いひし言こと葉ばもふるまひも、おのれが好このむ方かたにほめなすこそ、その人ひとの日ひごろの本ほ意いにもあらずやと覚おぼゆれ。この大だい事じは、権ごん化げの人ひとも定さだむべからず。博はく学がくの士しもはかるべからず。おのれ違たがふところなくは、人ひとの見けん聞もんにはよるべからず。

第144段 栂尾の上人、道を過ぎたまひけるに

 栂とが尾のをの上しやう人にん、道みちを過すぎたまひけるに、河かはにて馬うま洗あらふ男をのこ、

「あしあし」

 と言いひければ、上しやう人にん立たちとまりて、

「あな尊たふとや。宿しゆく執しふ開かい発ほつの人ひとかな。阿あ字じ阿あ字じと唱となふるぞや。いかなる人ひとの御おん馬うまぞ。あまりに尊たふとく覚おぼゆるは」

 と尋たづねたまひければ、

「府ふ生しやう殿どのの御おん馬うまに候さぶらふ」

 と答こたへけり。

「こはめでたきことかな。阿あ字じ本ほん不ぷ生しやうにこそあなれ。うれしき結けち縁えんをもしつるかな」

 とて、感かん涙るいを拭のごはれけるとぞ。

第145段 御随身秦重躬

 御み随ずゐ身じん秦はたの重しげ躬み、北ほく面めんの下しも野つけの入にふ道だう信しん願ぐわんを、

「落らく馬ばの相さうある人ひとなり。よくよく慎つつしみたまへ」

 と言いひけるを、いとまことしからず思おもひけるに、信しん願ぐわん、馬うまより落おちて死しににけり。道みちに長ちやうじぬる一ひと言こと、神かみのごとしと人ひと思おもへり。

 さて、

「いかなる相さうぞ」

 と人ひとの問とひければ、

「きはめて桃もも尻じりにして、沛はい艾がいの馬うまを好このみしかば、この相さうをおほせはべりき。いつかは申まうし誤あやまりたる」

 とぞ言いひける。

第146段 明雲座主、相者にあひたまひて

 明めい雲うん座ざ主す、相さう者じやにあひたまひて、

「おのれ、もし兵ひやう仗ぢやうの難なんやある」

 と尋たづねたまひければ、相さう人にん、

「まことにその相さうおはします」

 と申まうし、

「いかなる相さうぞ」

 と尋たづねたまひければ、

「傷しやう害がいの恐おそれおはしますまじき御おん身みにて、仮かりにもかくおぼし寄よりて尋たづねたまふ、これ、すでにその危あやぶみの兆きざしなり」

 と申まうしけり。果はたして、矢やに当あたりて失うせたまひにけり。

第147段 灸治あまた所になりぬれば

 灸きう治ぢ、あまた所ところになりぬれば、神じん事じに穢けがれありといふこと、近ちかく人ひとの言いひ出いでたるなり。格きやく式しき等とうにも見みえずとぞ。

第148段 四十以後の人

 四し十じふ以い後ごの人ひと、身みに灸きうを加くはへて、三さん里りを焼やかざれば、上じやう気きのことあり。必かならず灸きうすべし。

第149段 鹿茸を鼻に当てて嗅ぐべからず

 鹿ろく茸じようを鼻はなに当あてて嗅かぐべからず。小ちひさき虫むしありて、鼻はなより入いりて脳なうを食はむといへり。

第150段 能をつかんとする人

 能のうをつかんとする人ひと、

「よくせざらんほどは、なまじひに人ひとに知しられじ。うちうちよく習ならひ得えてさし出いでたらんこそ、いと心こころにくからめ」

 と常つねに言いふめれど、かく言いふ人ひと、一いち芸げいも習ならひ得うることなし。

 いまだ堅けん固ごかたほなるより、上じやう手ずの中なかにまじりて、毀そしり笑わらはるるにも恥はぢず、つれなく過すぎて嗜たしなむ人ひと、天てん性せいその骨こつなけれども、道みちになづまず、みだりにせずして年としを送おくれば、堪かん能のうの嗜たしなまざるよりは、つひに上じやう手ずの位くらゐに至いたり、徳とくたけ、人ひとに許ゆるされて、双さうなき名なを得うることなり。

 天てん下かの物ものの上じやう手ずといへども、始はじめは不ふ堪かんの聞きこえもあり、無む下げの瑕か瑾きんもありき。されども、その人ひと、道みちの掟おきて正ただしく、これを重おもくして放はう埒らつせざれば、世よの博はか士せにて、万ばん人にんの師しとなること、諸しよ道だう変かはるべからず。

第151段 ある人の言ふ、年五十になるまで

 ある人ひとの言いふ、

「年とし五ご十じふになるまで上じやう手ずに至いたらざらん芸げいをば捨すつべきなり。励はげみ習ならふべき行ゆく末すゑもなし。老おい人びとのことをば、人ひともえ笑わらはず。衆しゆに交まじはりたるも、あいなく見み苦ぐるし。おほかた、よろづのしわざはやめて、暇いとまあるこそ、めやすくあらまほしけれ。世せ俗ぞくのことに携たづさはりて生しやう涯がいを暮くらすは、下か愚ぐの人ひとなり。ゆかしく覚おぼえんことは、学まなび聞きくとも、その趣おもむきを知しりなば、おぼつかなからずしてやむべし。もとより望のぞむことなくしてやまんは、第だい一いちのことなり」

第152段 西大寺静然上人

 西さい大だい寺じの静じやう然ねん上しやう人にん、腰こしかがまり、眉まゆ白しろく、まことに徳とくたけたるありさまにて、内だい裏りへ参まゐられたりけるを、西さい園をん寺じの内ない大だい臣じん殿どの、

「あな尊たふとのけしきや」

 とて、信しん仰がうの気き色そくありければ、資すけ朝とも卿きやう、これを見みて、

「年としの寄よりたるに候さぶらふ」

 と申まうされけり。

 後ご日にちに、むく犬いぬのあさましく老おいさらぼひて、毛けはげたるを引ひかせて、

「この気け色しき、尊たふとく見みえて候さぶらふ」

 とて、内だい府ふへ参まゐらせられたりけるとぞ。

第153段 為兼大納言入道召し捕られて

 為ため兼かねの大だい納な言ごん入にふ道だう、召めし捕とられて、武ぶ士しどもうち囲かこみて、六ろく波は羅らへ率ゐて行ゆきければ、資すけ朝とも卿きやう、一いち条でうわたりにてこれを見みて、

「あなうらやまし。世よにあらん思おもひ出で、かくこそあらまほしけれ」

 とぞ言いはれける。

第154段 この人、東寺の門に雨宿りせられたりけるに

 この人ひと、東とう寺じの門もんに雨あま宿やどりせられたりけるに、かたはものどもの集あつまりゐたるが、手ても足あしもねぢゆがみ、うち反かへりて、いづくも不ふ具ぐに異ことやうなるを見みて、「とりどりにたぐひなき曲くせ者ものなり。もつとも愛あいするに足たれり」と思おもひて、まもりたまひけるほどに、やがてその興きよう尽つきて、見みにくく、いぶせく覚おぼえければ、「ただすなほにめづらしからぬものにはしかず」と思おもひて、帰かへりて後のち、「この間あひだ植うゑ木きを好このみて、異ことやうに曲きよく折せつあるを求もとめて、目めを喜よろこばしめつるは、かのかたはを愛あいするなりけり」と、興きようなく覚おぼえければ、鉢はちに植うゑられける木きども、みな掘ほり捨すてられにけり。さもありぬべきことなり。

第155段 世に従はん人は、まづ機嫌を知るべし

 世よに従したがはん人ひとは、まづ機き嫌げんを知しるべし。ついであしきことは、人ひとの耳みみにも逆さかひ、心こころにも違たがひて、そのことならず。さやうの折をり節ふしを心こころ得うべきなり。

 ただし、病やまひを受うけ、子こ産うみ、死しぬることのみ、機き嫌げんをはからず、ついであしとてやむことなし。

 生しやう、住ぢゆう、異い、滅めつの移うつり変かはる、まことの大だい事じは、たけき河かはのみなぎり流ながるるがごとし。しばしもとどこほらず、ただちに行おこなひゆくものなり。

 されば、真しん俗ぞくにつけて、必かならず果はたし遂とげんと思おもはんことは、機き嫌げんを言いふべからず。とかくのもよひなく、足あしを踏ふみとどむまじきなり。

 春はる暮くれて後のち夏なつになり、夏なつ果はてて秋あきの来くるにはあらず。春はるはやがて夏なつの気けを催もよほし、夏なつよりすでに秋あきは通かよひ、秋あきはすなはち寒さむくなり、十じふ月ぐわつは小こ春はるの天てん気き、草くさも青あをくなり、梅うめもつぼみぬ。木この葉はの落おつるも、まづ落おちて芽めぐむにはあらず。下したよりきざしつはるに堪たへずして落おつるなり。迎むかふる気き、下したに設まうけたるゆゑに、待まちとるついではなはだ速はやし。

 生しやう、老らう、病びやう、死しの移うつれること、またこれに過すぎたり。四し季きはなほ定さだまれるついであり。死し期ごはついでを待またず。

 死しは前まへよりしも来きたらず、かねて後うしろに迫せまれり。人ひとみな死しあることを知しりて、待まつことしかも急きふならざるに、覚おぼえずして来きたる。沖おきの干ひ潟がた遥はるかなれども、磯いそより潮しほの満みつるがごとし。

第156段 大臣の大饗は

 大だい臣じんの大だい饗きやうは、さるべき所ところを申まうし請うけて行おこなふ、常つねのことなり。宇う治ぢの左さ大だい臣じん殿どのは、東とう三さん条でう殿どのにて行おこなはる。内だい裏りにてありけるを申まうされけるによりて、他た所しよへ行ぎやう幸がうありけり。させることの寄よせなけれども、女によう院ゐんの御ご所しよなど借かり申まうす、故こ実じつなりとぞ。

第157段 筆を取れば物書かれ

 筆ふでを取とれば物もの書かかれ、楽がく器きを取とれば音ねを立たてんと思おもふ。盃さかづきを取とれば酒さけを思おもひ、賽さいを取とれば攤だ打うたんことを思おもふ。心こころは必かならず事ことに触ふれて来きたる。仮かりにも不ふ善ぜんの戯たはぶれをなすべからず。

 あからさまに聖しやう教げうの一いつ句くを見みれば、何なにとなく前ぜん後ごの文もんも見みゆ。卒そつ爾じにして多た年ねんの非ひを改あらたむることもあり。仮かりに今いまこの文もんを広ひろげざらましかば、このことを知しらんや。これすなはち、触ふるるところの益やくなり。

 心こころさらに起おこらずとも、仏ぶつ前ぜんにありて、数ず珠ずを取とり、経きやうを取とらば、怠おこたるうちにも善ぜん業ごふおのづから修しゆせられ、散さん乱らんの心こころながらも縄じよう床しやうに座ざせば、覚おぼえずして禅ぜん定ぢやうなるべし。

 事じ、理りもとより二ふたつならず。外げ相さうもし背そむかざれば、内ない証しよう必かならず熟じゆくす。

 強しひて不ふ信しんを言いふべからず。仰あふぎてこれを尊たふとむべし。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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