『発心集』第4巻 現代語訳全文|わかりやすい口語訳で読む

 このページでは、鴨長明『発心集』第4巻(第38話~第47話)の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容を保ちながら、言葉や文法を一つずつ置き換える逐語訳ではなく、わかりやすさを重視した自然な口語訳にしました。また、人名・地名・仏教語などの読みにくい漢字には、現代仮名遣いによる振り仮名を付けています。

 原文と照らし合わせたい方は、『発心集』第4巻 原文全文(ふりがな付き)をご覧ください。現代語訳にあたっては、本文の解釈や段落分けについて、以下の文献を参考にしています。

目次

第38話 中ごろ、義叡といひて

 昔、義叡ぎえいという修行者がいた。一つの場所に住み着かず、あちらこちらを歩きながら修行していた。

 ある時、熊野くまのから大峰おおみねへ入り、御嶽みたけへ抜けようとした。ところが途中で道を間違え、十日あまりもの間、険しい谷や峰をさまよい続けた。

 体は疲れ切り、力も尽き、命さえ危ないように思われた。義叡は心の底から、自分が信仰する仏へ助けを祈った。

 その後、ようやく平らな場所へ出た。

 そこには松林があり、林の中に一軒のいおりが建っていた。近づいてみると、言葉では表せないほど美しく、新しく造られた建物だった。

 中の道具や飾りは、どれも玉のように輝いている。庭に敷かれた白い砂は雪のようだった。木々には花が咲き、同時に実までなっている。庭にはさまざまな色の花が咲き乱れ、どれも、この世のものとは思えないほど美しかった。

 義叡は、うれしくてたまらなかった。

 少し休みながら建物の中を見ると、一人のひじりがいた。見た目は、まだ二十歳ほどの若者である。

 聖は美しい僧衣と袈裟けさを身に着け、『法華経ほけきょう』を読んでいた。その声のすばらしさは、たとえようもないほどだった。

 一巻を読み終えて経机きょうづくえの上へ置く。すると誰も触れていないのに、経巻きょうかんはひとりでに巻き戻り、もとの状態になった。

 第一巻から第八巻まで、読み終えるたびに同じことが起こった。聖は『法華経』一部をすべて読み終えると、その功徳くどくを人々へ振り向ける祈りを行い、仏を礼拝した。

 その後、聖は外へ出てきた。義叡を見ると、驚いて尋ねた。

「この場所には、昔から誰一人来たことがありません。山の中でも特に深い所なので、鳥の声さえ聞こえません。あなたは、どうやってここへ来たのですか」

 義叡は、道に迷ったところから、これまでの事情をすべて話した。聖は気の毒に思い、義叡を庵の中へ招き入れた。

 しばらくすると、言葉では表せないほど美しい少年が、すばらしい食事を運んできた。

「どうぞ、お食べください」

 聖に勧められ、義叡はその食事を食べた。味は、この世の食べ物とは思えないほどおいしかった。それだけでなく、目に入るものすべてが不思議だった。

 義叡は聖へ尋ねた。

「ここに住み始めて、何年ほどになるのですか。何か不自由なことはありませんか。すべて思いどおりになるのでしょうか」

 聖は答えた。

「ここに住み始めてから、もう八十年以上になります」

「私はもともと、比叡山東塔ひえいざんとうとうにいた三昧座主さんまいざすの弟子でした。ところが、ちょっとしたことからひどく責められ、未熟な心のまま山を出ました。それからは、決まった住まいもなく、あちらこちらをさまよっていました」

「年を取ってから、この山へ住み着きました。今はここで最期を迎える日を待っています」

 義叡は、ますます不思議に思った。

「ここには人が来ないとおっしゃいましたが、美しい少年が何人もいます。お話と合わないように思います」

 聖は『法華経』の言葉を挙げた。

原文天諸童子てんのもろもろのどうじ 以為給仕もってきゅうじとなす

超口語訳:天上の少年たちが現れ、身の回りの世話をしてくれる。

「経典に、こう説かれています。何も不思議ではありません」

 義叡は、さらに尋ねた。

「八十年以上生きているとおっしゃいますが、お姿は若々しく、今が盛りに見えます。これも不思議でなりません」

 聖は、また『法華経』の言葉を示した。

原文得聞是経このきょうをきくことをうれば 病即消滅やまいすなわちしょうめつし 不老不死ふろうふしならん

超口語訳:この経典を聞くことができれば、病気はすぐに消え、老いることも死ぬこともない。

「私は話を飾っているのではありません」

 それから少したつと、聖は義叡へ言った。

「もう、お帰りください」

 義叡は嘆いた。

「長い間、山をさまよい続けたので、体は疲れ切り、力も残っていません。今すぐ帰れるような状態ではありません。そのうえ日はすでに傾き、もうすぐ夜になります。どうして私を追い出そうとなさるのですか」

「あなたを嫌っているのではありません。ただ私は、人間の気配から遠く離れて、長い年月を過ごしてきました。それで帰るようお勧めしただけです」

「どうしても今夜ここへ泊まるのなら、決して体を動かさず、音も立てないでください」

 聖はそう教えた。義叡は言われたとおり、物陰に隠れて、じっと座っていた。

 夜が更けてくると、突然、風が激しく吹き始めた。いつもの夜とは、まったく様子が違う。

 やがて、さまざまな姿をした鬼神きじんや、恐ろしい獣が数え切れないほど集まってきた。馬の顔をしたもの、牛に似たもの、鳥の頭を持つもの、鹿の姿をしたものもいる。

 それぞれが花や香、果物、さまざまな食べ物を持っていた。松の庭に高い机を立て、その上へ供え物を置く。そして手を合わせて聖を拝み、地面へひれ伏した。

 その中の一人が言った。

「おかしい。今夜は、いつもと違って人間のにおいがする」

 別のものも言った。

「いったい、誰がここへ来たのだろう」

 その後、聖は願いを述べ、『法華経』を読み始めた。

 明け方になり、聖が読経の功徳を人々へ振り向ける祈りをすると、鬼神や獣たちは丁寧に拝み、去っていった。

 義叡は聖へ尋ねた。

「先ほど集まっていた、数え切れないほど多くのものは、いったい何者ですか。どこから来たのですか」

 聖は、また『法華経』の一節を示した。

原文若人在空閑もしひとくうげんにあらば 我遣天竜王われてんりゅうおうをつかわして 夜叉鬼神等やしゃきじんとうを 為作聴法衆ためにちょうほうしゅとなさしめん

超口語訳:人が静かな場所でこの経典を読むなら、私は天人や竜王、夜叉、鬼神たちを送り、教えを聞く人々としよう。

「あなたが見たのは、この経文に説かれているものたちです」

 義叡は、数々の不思議な出来事を目にし、聖の話を聞いた。心から尊く、頼もしいことだと思った。

 夜が明けると、義叡は帰ることにした。しかし、また道に迷うのではないかと不安だった。

「道案内を付けて、お送りしましょう」

 聖はそう言うと、水瓶すいびょうを手に取り、自分の前へ置いた。

 すると水瓶が跳ねるように動き出し、義叡の先を進んでいった。

 義叡は水瓶のあとについて、四時間ほど歩いた。やがて山の頂上へ出た。そこから見下ろすと、麓に人里が見えた。

 その瞬間、水瓶は空へ舞い上がり、聖の住む場所へ飛んで帰った。

 義叡は里へ下り、自分の体験を人々へ語り伝えた。この出来事を詳しく記した文書もいくつかある。しかし話があまりに長いため、ここでは覚えていることだけを書いたのである。

第39話 浄蔵貴所と聞こゆるは善宰相清行の子

 浄蔵貴所じょうぞうきしょは、善宰相と呼ばれた三善清行みよしのきよゆきの子で、並ぶ者のないほどすぐれた修行者だった。

 浄蔵が山で、鉢を空へ飛ばして食べ物を受け取る修行をしていた時のことである。

 ある日、飛ばした鉢が空のまま戻ってきた。何も入っていない。

 不思議に思っていると、同じことが三日も続いた。

「途中で何が起きているのだろう。自分の目で確かめよう」

 四日目、浄蔵は鉢が飛んでいく方角にある山の峰へ上り、その行方を見張った。

 京の方から、自分の鉢が飛んでくる。すると北の方から別の鉢が飛んできて、自分の鉢に入っていた食べ物をすべて移し取り、もとの方角へ帰っていった。

 浄蔵は腹を立てた。

「いったい何者が、私の鉢から食べ物を奪っているのだ。ずいぶん失礼なことをする。正体を突き止めてやろう」

 浄蔵は空になった自分の鉢へ祈りを込め、それを道案内にして、はるか北を目指した。雲や霧をかき分けながら、山の奥へ入っていった。

「もう二、三百町ほど来ただろう」

 そう思ったころ、山の谷間へ出た。松を吹く風が辺り一面に響き、清らかで心地よい場所だった。

 そこに、一間ほどの小さな草庵そうあんがあった。庭先には青い苔が生え、軒の近くを澄んだ水が流れていた。

 中を見ると、年老いて痩せ衰えた僧が一人、脇息きょうそくへ寄りかかりながら経典を読んでいた。

「どう見ても普通の人ではない。私の鉢から食べ物を取ったのは、この人だろう」

 浄蔵がそう考えていると、老僧が声をかけた。

「どちらから、どうやってここまで来られたのですか。人が訪ねてくることなど、めったにない場所なのですが」

 浄蔵は答えた。

「私は比叡山ひえいざんに住む修行者です。暮らしていくための手段がないので、最近は鉢を飛ばす修行によって、食べ物をいただいています」

「ところが、この三日ほど、どうにも不思議なことが続きました。そのことを申し上げようと思い、ここまで来たのです」

「私は何も知りません。それは本当にお気の毒なことです。事情を調べてみましょう」

 老僧が小さな声で人を呼ぶと、いおりの後ろから返事が聞こえた。

 現れたのは十五、六歳ほどの美しい少年で、整った唐風からふうの装束を身に着けていた。

 老僧は少年へ尋ねた。

「この方がおっしゃっていることは、お前がしたのですか。まったく、よくないことです。今後は二度としてはいけません」

 少年は顔を赤くし、何も言わずに奥へ戻っていった。

 老僧は浄蔵へ言った。

「あのように言い聞かせましたので、今後は決して同じことをしないでしょう」

 浄蔵は、たいそう不思議に思った。そのまま帰ろうとすると、老僧が引き止めた。

「はるばる遠い所から来られ、さぞお疲れでしょう。少しお待ちください。おもてなしをいたします」

 老僧が再び人を呼ぶと、先ほどと同じような少年が現れた。

「この方は、遠い所からいらっしゃった。ふさわしい物を差し上げなさい」

 少年は奥へ戻り、やがて瑠璃るりの皿を持ってきた。皿には皮をむいた唐梨からなしが四つ載せられ、檜扇ひおうぎの上へ美しく並べられていた。

「さあ、どうぞ」

 勧められた浄蔵は、唐梨を一つ食べた。その味は、天上の甘露かんろのようにおいしかった。わずか一個を食べただけで、体が涼しくなり、力が湧いてきた。

 浄蔵は、雲をかき分けながら帰った。帰り道は近いとも遠いとも感じられず、自分がどこにいるのかもわからなかった。

 後に浄蔵は語った。

「あの老僧は、どう見ても普通の人ではなかった。経典を読み続けて仙人せんにんになった者だったのかもしれない」

第40話 永心法橋といふ人、近きころのことにや

 少し前のことだろうか。永心法橋えいしんほっきょうという人が、清水寺きよみずでらへ百日参りをしていた。

 ある日、日が暮れてから橋を渡っていると、河原から誰かが激しく泣く声が聞こえた。

「いったい誰が、何を悲しんで泣いているのだろう」

 永心には事情がわからなかった。それでも、こう考えた。

観音菩薩かんのんぼさつは、人を哀れむ心を何より大切にしている。その徳を仰いで参詣しているのに、泣いている人へ声もかけず、冷たく通り過ぎるのはおかしい」

 永心は泣き声を頼りに近づき、尋ねた。

「そこで泣いているのは、どなたですか」

「手足が不自由な者です」

「何を悲しんでいるのですか」

 その人は、自分の身の上を語り始めた。

「このような体になってから、知り合いとはすっかり疎遠になり、身を寄せる場所もなくなりました。先に同じような体になった人の家を借り、どうにか暮らしています」

「昼間は、日が暮れるまでこき使われています。つらいとは思いますが、ほかに暮らす方法を知らないので、物乞いまでして命をつないでいます。この身の苦しさは、言葉ではとても言い尽くせません」

「今夜は、どこかで休もうと思いました。けれど病気の痛みに責められて、眠ることもできません。切られ、焼かれているようにうずき、ひび割れ、体まで熱くなります。とても耐えられないので、少しでも楽にならないかと思い、川へ来て足を冷やしているのです」

「私は過去の生で、どれほど重い罪を作り、このような報いを受けているのだろう。そう考えると、悲しく、情けなくてなりません」

「けれど私は以前、比叡山ひえいざんに住み、人並みではありますが仏教を学んでいました。先ほど、ふと昔習った一節を思い出したのです」

原文唯円教意ゆいえんぎょうのこころは 逆即是順ぎゃくすなわちこれじゅんなり 自余三教じよのさんぎょうは 逆順是故ぎゃくじゅんこれことなり

超口語訳法華経ほけきょう円教えんぎょうでは、仏道に逆らうような苦しい縁さえ、そのまま悟りへ向かう縁になる。ほかの三つの教えでは、逆と順は別のものとされる。

「この言葉の意味を静かに考えていると、今の苦しみさえ、仏道へ向かう縁になるのだと思えました。それが尊く、頼もしくて、悲しいのか、うれしいのか、自分でもわからないまま涙が止まらないのです」

 永心はこの話を聞き、限りなく心を動かされた。

「この人は、同じ比叡山で仏法を学んだ仲間だったのだ」

 永心は涙を流し、自分が着ていた単衣ひとえを脱いで、その人へ渡した。そして、苦しみが悟りへの縁になるという教えを、時間をかけて丁寧に説いて聞かせてから、その場を離れた。

 永心は後になっても、

「何年たっても、あの人のことを忘れられない」

 と語ったという。

第41話 山に、叡実阿闍梨といひて、貴き人ありけり

 比叡山ひえいざんに、叡実阿闍梨えいじつあじゃりという尊い僧がいた。

 天皇が重い病気になった時、叡実は宮中へ呼ばれた。何度も辞退したが、繰り返し命じられ、とうとう断り切れなくなった。

 仕方なく宮中へ向かっていると、道の途中で、ひどい病気にかかった人を見つけた。手足も自由に動かせず、土塀のそばに倒れている。

 叡実は涙を流し、車から降りた。そして病人へ声をかけ、世話を始めた。

 畳を手に入れて病人の下へ敷き、その上に仮の屋根まで造らせた。さらに食べ物を探し、あれこれ世話をしているうちに、かなり時間が過ぎた。

 天皇の使者が言った。

「もう日が暮れてしまいます。これ以上遅れては困ります」

「私は宮中へは行きません。そのようにお伝えください」

 使者は驚き、理由を尋ねた。

 叡実は答えた。

「世を捨て、心を仏道へ向けてからは、天皇だから特別に尊いとも、このように人から見捨てられた者だから軽いとも思いません。私には、どちらも同じ一人の人間に思えるのです」

「天皇の病気を治す力のある僧をお呼びになるのなら、山や寺には大勢います。声をかければ、誰かが必ず宮中へ行くでしょう。代わりの人に困ることはありません」

「けれど、この病人は違います。汚いと嫌う人ばかりで、近づき、世話をする人はいないでしょう。私まで見捨てて立ち去ったら、この人の命は、もうすぐ尽きてしまうかもしれません」

 叡実はそのまま病人を助け続け、結局、宮中へは行かなかった。当時の人々は、この行いをめったにない尊いことだと語った。

 叡実阿闍梨は、最期には極楽往生ごくらくおうじょうを遂げた。詳しいことは、その伝記に記されている。

第42話 中ごろ、肥後国に僧ありけり

 昔、肥後国ひごのくにに一人の僧がいた。

 もとは女性と関係を持たず、清らかに暮らしていた。しかし中年になってから、妻を迎えた。

 それでも来世らいせのことを忘れたわけではない。仏の教えを心の中で深く見つめる修行を続けるため、別に一軒の建物を用意し、そこを祈りの場所と決めて、長年修行していた。

 妻は夫を深く愛し、何かにつけて心を込めて世話をした。

 ところが僧は病気になると、なぜか妻には心を許さなかった。親しい別の僧を呼び、ひそかに頼んだ。

「もし私が最期を迎える時が来ても、どうか絶対に妻へ知らせないでください。そうしてほしい理由が、少しだけあるのです」

 親しい僧は、その言葉を守って看病した。

 病人はそれほど苦しむこともなく、望んでいたとおりの見事な最期を迎えた。西を向いたまま、静かに息を引き取った。

 いつまでも隠しておくことはできない。しばらくして、人々は妻へ夫の死を知らせた。

 妻は激しく取り乱した。大きな音を立てて手を打ち、目をつり上げ、苦しみもだえた末、その場で気を失った。

 周りの人々は恐ろしくなり、誰も近づかなかった。

 二時間ほどすると、妻は突然、恐ろしい声で叫び始めた。

「私は拘留孫仏くるそんぶつの時代から、こいつが悟りを開くのを邪魔するため、何度生まれ変わっても、ある時は妻となり、ある時は夫となってきた」

「親しい者のふりをして、さまざまにだまし、今まで思いどおりに付きまとってきた。それなのに今日、とうとう逃がしてしまった。なんと悔しいことだ」

 妻は歯を食いしばり、垣根や壁を激しくたたいた。

 人々はいよいよ恐れ、全員が物陰へ逃げ隠れた。その間に、妻はどこかへ姿を消した。その後、とうとう行方はわからなかったという。

 往生伝おうじょうでんには、これは康平年間こうへいねんかんの出来事だと記されている。

 長明は、これは一人だけの問題ではないと続ける。

 悪魔が離れがたい身近な人の姿となり、この世と来世の両方を妨げることは、誰にでも起こりうる。

 だから、親しい人か疎遠な人かにかかわらず、善い行いを勧めてくれる人がいたら、

「仏や菩薩ぼさつが姿を変えて、人を教え導いてくださっているのかもしれない。あるいは、そのための縁となる人かもしれない」

 と思い、親しく接するべきである。

 反対に、罪を作らせ、善い行いを邪魔し、この世への執着を残させる人は、何度生まれ変わっても自分を苦しめる悪縁あくえんだと恐れ、遠ざかるよう願うべきだという。

 そもそも人の心は、野原の草が風になびくようなもので、周りの縁に流されやすい。

 仏道を求める心がない人でも、仏の前へ行けば手を合わせる。どれほど賢い人でも、魅力的な姿を見れば心を引かれる。

 あの浄蔵貴所じょうぞうきしょでさえ、日本で三本の指に入る修行者だったが、近江守おうみのかみながよの娘と夫婦の契りを結んだ。

 久米くめ仙人せんにんも、空を飛べるほどの不思議な力を身に付けていた。しかし身分の低い女性が物を洗っている時、その白いふくらはぎを見て欲望を起こし、仙人の力を失って、ただの人になった。

 今の世にも、体を痛めつけるほど厳しい修行を行い、仏道への強い決意を示す人がいる。それでも悪い縁と出会い、妻や子を持つようになる例は多い。

 自分も他人も、迷いを持つ普通の人間である。だから危険な縁には、初めから近づかないのが一番なのである。

第43話 昔、玄賓僧都いみじう貴き人なれば

 昔、玄賓僧都げんぴんそうずという、たいそう尊い僧がいた。身分の高い人も低い人も、玄賓を仏のように敬っていた。

 その中でも、ある大納言だいなごんは長年、特に深く玄賓を信頼していた。

 ある時、玄賓は原因のはっきりしない病気になり、何日も寝込んだ。

 大納言は心配のあまり、自分から見舞いに訪れた。

「いったい、どのようなご病気なのですか」

 大納言が丁寧に尋ねると、玄賓は言った。

「もっと近くへ来てください。お話ししたいことがあります」

 大納言が不思議に思いながら近づくと、玄賓は小さな声で打ち明けた。

「実は、特別な病気ではありません。先日、あなたの屋敷へ伺った時、奥方のたいそう美しいお姿を、ほんの少しだけ拝見しました」

「それ以来、何も考えられず、心が乱れ、胸がふさがって、言葉も出ないほど苦しいのです」

「このようなことを申し上げるのは、とても恐れ多いことです。けれど私は、長年あなたを深く信頼してきました。どうして隠し事ができるだろうと思い、打ち明けました」

 大納言は驚いたが、すぐに答えた。

「それなら、どうして早くおっしゃらなかったのですか。簡単なことです。すぐに、その苦しみを取り除きましょう。私の屋敷へいらしてください。ご希望のとおりになるよう、うまく取り計らいます」

 大納言は屋敷へ帰り、妻へ事情を話した。

 妻は答えた。

「もちろん、お断りできません。軽いお考えで、そこまでおっしゃるはずはないでしょう。あまりに驚き、情けなく思います。それでも、あなたが深くお考えになって決めたことなら、私が拒むわけにはいきません」

 大納言は準備を整え、玄賓の願いをかなえることにした。

 ところが屋敷へ現れた玄賓は、美しい法服ほうふくをきちんと身に着け、僧として正装していた。その姿は、このような目的で来た人には、とても見えなかった。

 大納言は不思議に思いながらも、間に仕切りなどを置き、玄賓を妻のいる部屋へ入れた。

 妻は美しく身なりを整えて座っていた。

 玄賓は二時間ほど、その姿をじっと見つめた。そして何度も指を鳴らした。

 それだけで、妻のそばへは一度も近づかなかった。玄賓は部屋を出ると、贈り物の衣を受け取り、そのまま帰った。

 大納言は、玄賓を以前にも増して尊敬した。

 玄賓は、人の体の清らかでない面を心に思い浮かべ、奥方への執着を消したのだろう。

 ここから長明は、「不浄観ふじょうかん」という修行について説明する。

 不浄観とは、人の体が本当は清らかなものではないと、深く考える修行である。

 仏の教えはどれも尊い。しかし、目の前の生活から遠く離れた難しい教えは、普通の人の心にはなかなか入ってこない。

 その点、不浄観は、自分の目で見て、心で確かめられる。理解しやすく、思い浮かべやすい。

「誰かへ強く執着した時や、自分を美しいと思ってしまう時には、必ず体の本当の姿を考えなさい」

 そう説かれている。

 そもそも人の体は、骨と肉で動く人形であり、朽ちかけた家のようなものである。

 体内にあるさまざまな臓器は、毒蛇がとぐろを巻いているようにも見える。血が体を巡り、筋が骨の継ぎ目を支えている。

 わずかに薄い皮膚一枚が全体を覆い、体の中を隠しているにすぎない。

 顔へ白粉おしろいを塗り、香をたきしめても、それが本当の姿を隠すための飾りだと、誰もが知っている。

 海や山から集めた、どれほどおいしい食べ物も、一晩たてば体の中で汚れたものへ変わる。

 たとえるなら、美しい絵を描いた瓶の中へ汚物を入れ、腐った遺体へ美しいにしきを着せているようなものだ。

 たとえ海の水をすべて使って洗っても、体を完全に清らかにすることはできない。香り高い栴檀せんだんをたいても、その香りはいつまでも続かない。

 まして魂が去り、命が終わった後、体は墓のそばへ捨てられる。

 やがて膨らみ、腐り、形を失い、最後には白い骨だけになる。それが体の本当の姿だと知るからこそ、修行者は一瞬一瞬、体への執着を捨てようとする。

「愚かな人が、表面だけの美しさへ夢中になり、心を乱すのは、便所の中の虫が汚物を好むようなものだ」

 そのように説かれている。

第44話 ある宮腹の女房世を背けるありけり

 ある宮家に仕えていた女房で、出家した人がいた。

 その人が重い病気にかかり、最期を迎えようとしていた時のことである。仏道へ導く善知識ぜんちしきとして、一人のひじりが呼ばれた。

 聖が念仏を勧めていると、女房の顔が真っ青になった。何かをひどく恐れている様子だった。

「何が見えるのですか」

 聖が尋ねると、女房は答えた。

「恐ろしい姿をした者たちが、火の車を引いて、こちらへ来ます」

 聖は言った。

阿弥陀仏あみだぶつ本願ほんがんを強く信じ、その名を休まず唱えてください」

「親を殺すような重い罪を犯した人でさえ、善知識と出会い、十回念仏を唱えれば、極楽へ生まれることができます。まして、あなたはそれほど重い罪を作ってはいないでしょう」

 女房は教えられたとおり、声を上げて念仏を唱えた。

 しばらくすると、恐ろしそうな表情が消え、うれしそうな顔になった。

 聖がもう一度、何が見えるのか尋ねた。

「火の車は消えました。今度は美しい玉で飾られた車が見えます。大勢の天女てんにょが乗り、音楽を演奏しながら、私を迎えに来ました」

「その車へ乗ろうと思ってはいけません。さらに心を強くして、ただ阿弥陀仏を念じてください。阿弥陀仏ご自身に迎えに来ていただこうと願うのです」

 女房は、その教えに従い、さらに念仏を続けた。

 またしばらくすると、女房が言った。

「玉の車は消えました。今度は墨染めの衣を着た、尊そうな僧が一人やって来ました」

「さあ、一緒に行きましょう。あなたが向かう先は、道もわからない場所です。私が付き添い、案内してあげます、と言っています」

 聖は、すぐに止めた。

「決して、その僧についていこうと思ってはいけません。極楽へ行くのに、道案内は必要ありません」

「極楽は、阿弥陀仏の深い誓いに導かれ、自然にたどり着く国です。念仏を唱え、自分一人で向かうのだと思ってください」

 しばらくすると、女房は言った。

「先ほどの僧も消えました。今は、もう誰も見えません」

「今のうちです。すぐに極楽へ行くのだと強く心に決め、念仏を唱えてください」

 その後、女房は五、六十回ほど念仏を唱えた。念仏の声が続いている間に、そのまま息を引き取った。

 火の車も、玉の車も、僧も、すべて悪魔が姿を変え、女房をだまそうとしたものだったのだろう。

第45話 年ごろ、あひ知る人ありき

 長年、親しく付き合っていた人がいた。

 建久年間けんきゅうねんかんのころ、その人が重い病気になり、日ごろから頼りにしていたひじりを呼んだ。聖は家へ行き、心を込めて看病した。

 病人の様子を落ち着いて見ていると、どうにも理解できないことがあった。

 病状は日に日に悪くなっている。それなのに本人は、自分が死ぬかもしれないとは、まったく考えていなかった。周りの女房たちは、本人以上に何も気づいていなかった。

 この人には、幼い子供が何人もいた。その中でも、特にかわいがっている娘が一人いた。

 子供たちの母親は、すでに亡くなっていた。男は妻の死を深く悲しみ、別の妻を迎えようとはしなかった。

 そのため、かわいがっている娘が父も母もいない子になることを心配していた。ちょうど娘の夫を決めようとして、さまざまな準備や相談を進めていたところだった。

 病気になっても、娘の結婚の準備だけは少しも休まなかった。

 聖は、

「自分の命が危ない時に、なんと愚かなことをしているのだろう」

 と思った。しかし、それほど重くないうちは、周りへ遠慮して何も言わなかった。

 十日ほどたつと、病状は本当に重くなった。本人もようやく不安を感じ、周りの人々も、

「もしかすると、このまま亡くなるのではないか」

 と思い始めた。

 そこで聖は、病人へ言った。

「失礼ながら、命ある体は、いつ何が起きるかわかりません。亡くなった後のことを、今のうちに決めておかれてはいかがですか」

「本当に、そのとおりだ」

 病人が答えると、幼い子供たちだけでなく、周りにいた人々まで一斉に泣き出した。その様子は、たいそう心細く、悲しいものだった。

 病人は言った。

「もう今夜は暗い。続きは明日にしよう」

 そうして先延ばしにしているうちに、その夜から病状が急に悪化し、ひどく苦しみ始めた。

 人々は驚いた。

「財産をどのように分けるのか、皆と相談して決めてください。このままでは、亡くなった後のことが何も決まらなくなります」

 聖も強く勧めた。

「確かに、決めなければならない」

 病人がそう答えたので、人々は尋ねた。

「どのようにお決めになりますか」

「私が考えているのは……」

 病人は苦しみに耐えながら、細かいことを二時間ほど話し続けた。しかし、もう舌が自由に動かなかったのだろう。周りの人には、何を言っているのか、まったく聞き取れなかった。

「何をおっしゃっているのか、聞き分けることができません」

「それなら、紙と筆をください。大まかに書き残します」

 すぐに紙と筆を渡したが、手が震えて字を書けなかった。どうにか書いたものも、まるでミミズがはった跡だった。

 ほかに方法がなくなり、娘の乳母めのとが、

「これまで、お考えになっていた内容は、このようなものだったはずです」

 と言いながら、代わりに書いた。

 病人へ見せると、首を振った。

「すぐに破り捨ててください」

 乳母は、その紙を破った。

 もう、どうすることもできなかった。病人の意識は、まだはっきりしていたのだろう。伝えたいことがたくさんあるのに、一つも言葉にできない。そのことを悔しく、つらく思っている表情は、限りなく悲しいものだった。

 夜中までは、それほどの意識が残っているように見えた。

 しかし朝になると、もう何もわからなくなった。

 病状が軽かった時には、財産の処分を後回しにしていた。いざ、

「もう最期です」

 と念仏を勧めても、何の反応もなかった。

 翌日の午前十時ごろ、病人は突然、激しく驚いたような顔をした。そして二度ほど、うめき声を上げ、そのまま息を引き取った。

 もしかすると、何か恐ろしいものが見えたのだろうか。

 私は遠い所にいたため、この出来事を後から聞いた。もう一度会えないまま亡くなったことが、たいそう残念だった。

 それから二十日ほどたったころ、夢の中に、その人が現れた。

 いつもと同じ布衣ほいを着ていた。私と会えたことを喜んでいるように見えたが、何も話さない。ただ向かい合って座っていた。

 そこで夢から覚めた。

 目を覚ました後も、その人の姿が目の前にはっきり残っていた。ところが時間がたつにつれて、少しずつ薄墨のような色になった。

 最後には人の形さえなくなり、煙のように見えて、すっと消えた。その姿は今も忘れられない。

 人が死を迎える時には、悲しく、つらいことが多い。

 この道理を知る人は、いつも自分の最期を心に留め、苦しみの少ない死を迎え、仏道へ導く善知識ぜんちしきと出会えるよう、仏や菩薩ぼさつへ祈るべきである。

 重い病気になれば、その苦痛に責められ、思いどおりの最期を迎えられない。

 死ぬ時に心が乱れていれば、それまで一生続けてきた修行も力を発揮できず、善知識の勧めも耳に入らない。

 たとえ最期まで正しい心を保っていても、そばに教え導く善知識がいなければ、やはり十分ではない。

 人生の最後だと思えば、愛する人との別れや、名誉や利益への未練など、目に入るもの、耳に聞こえるものすべてが心を苦しめる。そのような中で、いつ極楽往生ごくらくおうじょうを願う余裕を持てるだろうか。

 けれど、長年念仏の功徳くどくを積み、心を仏へ向けてきた人は、仏の助けによって、最期まで正しい心を保ち、必ず善知識と出会うことができる。

 耳には阿弥陀仏あみだぶつの誓い以外のことを聞かず、口では仏の名以外のことを言わない。阿弥陀仏に迎え取っていただくことだけを願えば、妻や子との別れも心の慰めになる。

 極楽の美しい光景や音、香りなどを思い浮かべれば、この世への執着も消えていく。そうして心のままに進み、最後には極楽往生を遂げるのである。

 ある書物には、

「前もって自分の死ぬ時を知り、待ち遠しくその日を待つ姿は、国を出発する人が旅立ちの日を待つようなものだ」

 と書かれている。

 まして極楽の聖者たちの迎えを受け、音楽を聞き、この世のものとは思えない香りをかぎ、仏の尊い姿を直接見る時、心の中の喜びは、とても言葉では言い尽くせない。

 だから仏道を求める心が少ない人でも、自分の最期を恐れるなら、どうして極楽往生を願わずにいられるだろうか。

第46話 武蔵国、入間川のほとりに

 武蔵国むさしのくに入間川いるまがわのほとりに、大きな堤防を築いて川の水を防ぎ、その内側へ田畑を作った場所があった。そこには多くの家が集まり、一つの村のようになっていた。

 官首かんじゅという男が、その土地の中心となる人物で、長年そこに住んでいた。

 ある年、五月雨さみだれが何日も降り続き、川の水が激しく増えた。

 それでも、これまで一度も堤防が切れたことはない。

「今回も、きっと大丈夫だろう」

 人々は、あまり心配していなかった。

 ところが雨は、器から水をこぼすように激しく降り続けた。

 ある夜中、突然、雷が落ちたような、たいそう恐ろしい音が辺り一帯へ響き渡った。

 官首と、同じ家で寝ていた人々は、全員が飛び起きた。

「今のは、何の音だ」

 誰もが恐れた。

 官首は家来を呼んだ。

「堤防が切れたのかもしれない。外へ出て見てこい」

 戸を開けて見ると、二、三町ほど先まで一面が真っ白な水に覆われ、海と少しも変わらなかった。

「これは、どうすればよいのだ」

 そう言っている間にも、水はどんどん増え、とうとう天井まで届いた。

 官首の妻や子供をはじめ、家にいた人々は皆、天井裏へ上り、屋根を支えるけたはりへしがみついて叫んだ。

 官首と一人の家来は、屋根板を押し上げ、屋根の一番高い所へ登った。

「どうすれば助かるだろう」

 二人が考えていると、家全体がゆっくり揺れ始めた。やがて柱が地面から抜け、家は堤防から浮き上がり、海へ続く港の方へ流され始めた。

 家来が言った。

「もう、こうするしかありません。海はすぐ近くです。港へ出れば、この家は波に打たれ、ばらばらに砕けるでしょう」

「助かるかどうかわかりませんが、水へ飛び込み、泳いでみてください。広い場所へ流れ出した水ですから、どこかに浅い所があるかもしれません」

 それを聞いた幼い子供や女房たちは泣き叫んだ。

「私たちを捨てて、どこへ行くのですか」

 その声は、何よりも悲しかった。

 しかし官首たちには、家族を助ける力がなかった。

「せめて自分たち一人だけでも、助かるかもしれない」

 官首と家来は水へ飛び込んだ。飛び込む時の気持ちは、生きた心地もしないほどだった。

 しばらくは声をかけ合いながら泳いだ。しかし水の流れが速く、最後には互いにどこへ流されたのか、わからなくなった。

 官首は一人きりになり、流されるまま泳ぎ続けた。

 もう力は尽きようとしている。どこまで行っても水ばかりで、岸も浅瀬も見えない。

「今度こそ、溺れて死ぬのだ」

 心細く、悲しくなり、苦しい時の神頼みで、仏や神へ必死に祈った。

「私は、いったいどのような罪の報いで、こんな目に遭っているのだろう」

 さまざまなことを考えながら泳いでいると、白い波の中に、少しだけ黒く見える場所があった。

「もしかすると、陸地かもしれない」

 官首は残った力を振り絞り、ようやくそこへ泳ぎ着いた。

 ところが、それは水の上へわずかに残った、あしの先だった。足が届くほどの浅瀬さえない。

「ここにつかまり、少しだけ休もう」

 そう思っていると、何かが次々に体へまとわりついてきた。

 驚いて手で探ると、すべて大きな蛇だった。

 水に流されてきた無数の蛇が、同じ葦へかろうじて引っかかり、鎖のように連なって、とぐろを巻いていた。そこへ人の体が触れたので、助かったとばかりに、次々と巻きついてきたのである。

 その気味の悪さと恐ろしさは、たとえようもなかった。

 空は墨を塗ったように真っ暗で、星一つ見えない。地上はすべて白い波に覆われ、わずかな浅瀬さえない。

 全身へ隙間なく蛇が巻きつき、体は重くなった。もう動く力も残っていない。

「地獄の苦しみも、きっとこれほどなのだろう」

 官首は夢を見ているような気持ちになり、限りなく悲しく、つらく思った。

 ところが仏や神の助けだったのだろうか。思いがけず、足の届く浅い場所へ流れ着いた。

 官首は、そこですべての蛇を一匹ずつ体から引き離した。

 しばらく休んでいると、東の空が明るくなってきた。山の方向を目印に進み、ようやく陸地へたどり着いた。

 官首は舟を探し、まず海岸へ向かった。

 そこには、目も当てられない光景が広がっていた。

 波に打ち壊された家々が、棒をばらまいたように散らばっていた。水際には、男や女、馬や牛の遺体が、数え切れないほど打ち上げられていた。

 その中で、官首の妻や子供をはじめ、家にいた十七人は、不思議なことに一人も命を落としていなかった。

 官首は泣きながら、もとの家があった場所へ向かった。

 そこは三十町あまりにわたって白い河原となり、以前の面影はまったくなかった。多くの家も、蓄えていた物も、朝夕使っていた召使いたちも、一晩のうちにすべて消えていた。

 官首と一緒に水へ飛び込んだ家来も、泳ぎの得意な男だったので、かろうじて生き延びた。翌日、官首を捜して訪ねてきた。

 このような話を聞いたなら、この苦しみに満ちた世界を離れたいという心を起こすべきである。

「これは他人に起きたことで、自分は、このような災害には遭わない」

 そう考えられる理由など、どこにもない。

 人の体は、はかなく壊れやすい。私たちが生きるこの世は、さまざまな苦しみが集まった場所である。

 体が危険にさらされるとはいっても、生きていくためには、海や山を行き来しないわけにはいかない。

 海賊が恐ろしいからといって、持っている宝を初めからむやみに捨てる人はいない。

 まして人へ仕えるために罪を作ったり、妻や子のために自分の身を滅ぼしたりして、災難へ遭う例は数え切れない。人が害を受ける原因は、実にさまざまである。

 ただ、二度と仏道から後戻りすることのない極楽浄土へ生まれた時だけは、あらゆる苦しみに遭わずにすむのである。

第47話 中ごろのことにや、こともなき法師の世に

 昔のことだろうか。特に名の知られていない一人の僧が、世の中で暮らしていくことに疲れ、京から日吉大社ひよしたいしゃへ百日参りをしていた。

 八十日あまりが過ぎたころ、参詣を終えて帰る途中、大津という所を通りかかった。

 すると一軒の家の前で、若い女性が人目も気にせず、声を抑えることもできないまま、激しく泣いていた。

 僧はその様子を見て思った。

「何があったのかはわからない。けれど普通の悩みではなく、よほど切羽詰まった事情があるのだろう」

 気の毒になり、女性のそばへ近づいた。

「何を、そんなに悲しんでいるのですか」

 女性は答えた。

「お姿を見ると、どこかへ参詣なさっている方のようです。わざわざお話しすることはできません」

 僧にも、人へ話しにくい事情なのだろうと想像できた。それでもあまりに気の毒だったので、丁寧に何度も尋ねた。

 すると女性は、泣きながら話し始めた。

「実は、私の母が長い間病気を患い、今朝とうとう亡くなりました。母と別れるだけでも、もちろん悲しくてたまりません」

「それだけでなく、どうやって遺体を人目につかない所へ運べばよいのか、いくら考えても方法がありません。私は夫のいない女で、相談できる人もいません。力もなく、自分一人ではどうにもできないのです」

「近所の人も表面では気の毒がってくれます。しかし、ここは神社に近く、死のけがれを特に避ける土地です。本当に手を貸してくれる人はいないでしょう」

「どうすればよいのか、まったくわからなくて」

 女性は最後まで言い終えることもできず、声を上げて泣いた。

 僧は話を聞き、

「本当に、どれほど困っていることだろう」

 と思った。あまりに気の毒で、しばらく女性と一緒に泣いた。

 そして心の中で考えた。

「神は人々を哀れむため、この濁った世へ姿を現してくださった。その教えを知りながら、この人を冷たく見捨ててよいはずがない」

「自分が、これほど深く人を哀れに思ったことは、これまでなかった。仏も見ていてくださるだろう。神も、きっと許してくださる」

 僧は女性へ言った。

「もう嘆かないでください。私が何とかして、お母さまの遺体を運びましょう。いつまでも外に立っていては、人に怪しまれます」

 僧が家の中へ入ると、女性は泣きながら限りなく喜んだ。

 日が暮れると、僧は夜の闇に紛れ、遺体を都合のよい場所へ運んだ。

 その夜、僧は眠ることができなかった。横になったまま、じっくり考えた。

「八十日以上も参詣を続けてきた。それを今日のことで無駄にし、途中でやめるのは残念だ」

「私は名誉や利益のために、あの人を助けたのではない。ただ日吉大社へ参詣し、神の誓いがどのようなものか、確かめたいと思っている」

「人が生まれ、死ぬことをけがれとして避ける決まりも、神が人を導くために、仮に定めたものなのだろう」

 僧はそう強く考えた。

 明け方に水を浴びて身を清めると、もう一度、日吉大社へ向かった。

 それでも道を歩いている間、胸は騒ぎ、理由もなく恐ろしくてたまらなかった。

 日吉大社へ着くと、二の宮の前は人で埋め尽くされていた。

 ちょうど十禅師じゅうぜんじの神が巫女みこへ乗り移り、さまざまなお告げをしているところだった。

 僧は、自分が神の禁じるけがれへ触れたことを思い、近くへは行けなかった。遠くの物陰へ座り、形だけでも祈りを行った。

「今日も欠かさず参詣できた」

 そう喜び、帰ろうとした。

 すると神が乗り移った巫女が、遠くにいる僧を見つけた。

「あそこにいる僧よ」

 呼ばれてしまった以上、逃げることはできない。僧は震えながら前へ出た。集まっていた大勢の人々は、

「あれは、いったい何者だろう」

 と不思議そうに見ていた。

 巫女は僧をすぐ近くまで呼び寄せ、言った。

「お前が昨夜したことを、私はすべて見ていた」

 僧は身の毛がよだち、胸がふさがり、生きた心地もしなかった。

 すると巫女は、さらに言った。

「恐れることはない。なんと立派なことをする者だろうと思って見ていたのだ」

「私は、もともと神ではない。人々を深く哀れむため、この世へ神の姿となって現れている」

「人々に信仰心を起こさせるため、けがれを避ける決まりも、仮の手段として設けてある。道理を悟った人なら、そのことは自然にわかるだろう」

「ただし、昨夜のことを人へ話してはいけない。愚かな者は、お前に人並み以上の深い慈悲があったことを考えず、神が禁じていることまで無視してよいのだと思うだろう」

「お前の行いをむやみにまねし、せっかく起こした信仰心まで失ってしまうかもしれない。どのように行動すべきかは、その人の心によって違うからだ」

 巫女は周りに聞こえないよう、細かくささやいた。

 僧は言葉では表せないほど感激し、もったいないことだと思った。涙を流しながら、その場を離れた。

 その後、この僧には、日吉の神の恵みと思われる出来事が、何度も起きたという。

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