『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(6)には、第158段「盃の底を捨つることは」から第189段「今日はそのことをなさんと思へど」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(6)をご覧ください。
第158段 盃の底を捨つることは
「盃の底を捨つることは、いかが心得たる」
と、ある人の尋ねさせたまひしに、
「凝当と申しはべるは、底に凝りたるを捨つるにや候ふらん」
と申しはべりしかば、
「さにはあらず。魚道なり。流れを残して、口のつきたる所をすすぐなり」
とぞ仰せられし。
第159段 みな結びといふは
「みな結びといふは、糸を結び重ねたるが、蜷といふ貝に似たればいふ」
と、あるやんごとなき人仰せられき。になといふは誤りなり。
第160段 門に額懸くるを
門に「額懸くる」を、打つといふはよからぬにや。勘解由小路二品禅門は、額懸くるとのたまひき。
見物の桟敷打つも、よからぬにや。平張打つなどは、常のことなり。桟敷構ふるなど言ふべし。
護摩焚くといふもわろし。「修する」、「護摩する」など言ふなり。
「行法も、法の字を澄みて言ふ、わろし。濁りて言ふ」
と清閑寺僧正仰せられき。常に言ふことに、かかることのみ多し。
第161段 花の盛りは
花の盛りは、冬至より百五十日とも、時正の後、七日とも言へど、立春より七十五日、おほやう違はず。
第162段 遍照寺の承仕法師
遍照寺の承仕法師、池の鳥を日ごろ飼ひつけて、堂の内まで餌をまきて、戸一つあけたれば、数も知らず入りこもりける後、おのれも入りて、立てこめて、捕へつつ殺しけるよそほひ、おどろおどろしく聞こえけるを、草刈る童聞きて、人に告げければ、村の男どもおこりて、入りて見るに、大雁どもふためきあへる中に、法師まじりて、打ち伏せ、ねぢ殺しければ、この法師を捕へて、所より使庁へ出だしたりけり。
殺すところの鳥を頸にかけさせて、禁獄せられにけり。基俊大納言、別当の時になんはべりける。
第163段 太衝の太の字
太衝の太の字、点打つ打たずといふこと、陰陽の輩、相論のことありけり。もりちか入道申しはべりしは、
「吉平が自筆の占文の裏に書かれたる御記、近衛関白殿にあり。点打ちたるを書きたり」
と申しき。
第164段 世の人あひ逢ふ時
世の人あひ逢ふ時、しばらくも黙止することなし。必ず言葉あり。そのことを聞くに、多くは無益の談なり。
世間の浮説、人の是非、自他のために失多く得少なし。これを語る時、互ひの心に無益のことなりといふことを知らず。
第165段 あづまの人の都の人に交はり
あづまの人の都の人に交はり、都の人の吾妻に行きて身を立て、また、本寺、本山を離れぬる顕密の僧、すべて我が俗にあらずして人に交はれる、見苦し。
第166段 人間の営みあへるわざを見るに
人間の営みあへるわざを見るに、春の日に雪仏を作りて、そのために金銀珠玉の飾りを営み、堂を建てんとするに似たり。その構へを待ちて、よく安置してんや。人の命ありと見るほども、下より消ゆること雪のごとくなるうちに、営み待つことはなはだ多し。
第167段 一道に携はる人
一道に携はる人、あらぬ道の筵に臨みて、
「あはれ、我が道ならましかば、かくよそに見はべらじものを」
と言ひ、心にも思へること、常のことなれど、世にわろく覚ゆるなり。知らぬ道のうらやましく覚えば、
「あな、うらやまし。などか習はざりけん」
と言ひてありなん。
我が智を取り出でて人に争ふは、角あるものの角を傾け、牙あるものの牙を噛み出だすたぐひなり。人としては善に誇らず、物と争はざるを徳とす。他にまさることのあるは、大きなる失なり。
品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉にても、人にまされりと思へる人は、たとひ言葉に出でてこそ言はねども、内心にそこばくの咎あり。慎みてこれを忘るべし。をこにも見え、人にも言ひ消たれ、禍をも招くは、ただこの慢心なり。
一道にもまことに長じぬる人は、みづから明らかにその非を知るゆゑに、志常に満たずして、つひに物に伐ることなし。
第168段 年老いたる人の、一事すぐれたる才のありて
年老いたる人の、一事すぐれたる才のありて、「この人の後には、誰にか問はん」など言はるるは、老の方人にて、生けるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたるところのなきは、「一生、このことにて暮れにけり」と、つたなく見ゆ。
「今は忘れにけり」
と言ひてありなん。
おほかたは、知りたりとも、すずろに言ひ散らすは、さばかりの才にはあらぬにやと聞こえ、おのづから誤りもありぬべし。
「さだかにもわきまへ知らず」
など言ひたれば、なほまことに道のあるじとも覚えぬべし。
まして、知らぬこと、したり顔に、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人の言ひ聞かするを、さもあらずと思ひながら聞きゐたる、いとわびし。
第169段 何事の式といふことは
「何ごとの式といふことは、後嵯峨御代までは言はざりけるを、近きほどより言ふ詞なり」と人の申しはべりしに、建礼門院右京大夫、後鳥羽院の御位の後、また内住みしたることを言ふに、「世の式も変はりたることはなきにも」と書きたり。
第170段 さしたることなくて人のがり行くは
さしたることなくて人のがり行くは、よからぬことなり。用ありて行きたりとも、そのこと果てなば、疾く帰るべし。久しくゐたる、いとむつかし。
人と向かひたれば、詞多く、身も草臥、心も閑かならず、よろづのことさはりて時を移す、互ひのため益なし。厭はしげに言はんもわろし。心づきなきことあらん折は、なかなかそのよしをも言ひてん。
同じ心に向かはまほしく思はん人の、
「つれづれにて、今しばし。今日は心閑かに」
など言はんは、この限りにはあらざるべし。阮籍が青き眼、誰もあるべきことなり。
そのこととなきに、人の来たりて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし。また、文も、「久しく聞こえさせねば」などばかり言ひおこせたる、いとうれし。
第171段 貝を覆ふ人の
貝を覆ふ人の、我が前なるをばおきて、よそを見わたして、人の袖の陰、膝の下まで目をくばる間に、前なるをば人に覆はれぬ。よく覆ふ人は、よそまでわりなく取るとは見えずして、近きばかり覆ふやうなれど、多く覆ふなり。
碁盤の隅に石を立てて弾くに、向かひなる石をまもりて弾くは当たらず。我が手もとをよく見て、ここなる聖目をすぐに弾けば、立てたる石必ず当たる。
よろづのこと、外に向きて求むべからず。ただここもとを正しくすべし。清献公が言葉に、「好事を行じて前程を問ふことなかれ」と言へり。世を保たん道も、かくやはべらん。
内を慎まず、軽く、ほしきままにして、みだりなれば、遠国必ず背く時、初めてはかりごとを求む。
「風にあたり、湿に臥して、病を神霊に訴ふるは、愚かなる人なり」と医書に言へるがごとし。目の前なる人の愁へをやめ、恵みを施し、道を正しくせば、その化、遠く流れんことを知らざるなり。禹の行きて三苗を征せしも、師を班して徳を敷くにはしかざりき。
第172段 若き時は血気うちに余り
若き時は、血気うちに余り、心物に動きて、情欲多し。身を危ぶめて砕けやすきこと、珠を走らしむるに似たり。美麗を好みて宝を費やし、これを捨てて苔の袂にやつれ、勇める心盛りにして、物と争ひ、心に恥ぢうらやみ、好むところ、日々に定まらず。色にふけり、情にめで、行ひを潔くして、百年の身を誤り、命を失へるためし願はしくして、身の全く久しからんことをば思はず。好ける方に心ひきて、長き世語りともなる。身を誤つことは、若き時のしわざなり。
老いぬる人は、精神衰へ、淡くおろそかにして、感じ動くところなし。
心おのづから静かなれば、無益のわざをなさず。身を助けて愁へなく、人のわづらひなからんことを思ふ。老いて智の若き時にまされること、若くして、かたちの老いたるにまされるがごとし。
第173段 小野小町がこと
小野小町がこと、極めてさだかならず。衰へたるさまは、玉造といふ文に見えたり。この文、清行が書けりといふ説あれど、高野大師の御作の目録に入れり。
大師は承和の初めに隠れたまへり。小町が盛りなること、その後のことにや。なほおぼつかなし。
第174段 小鷹によき犬
小鷹によき犬、大鷹に使ひぬれば、小鷹にわろくなるといふ。大につき小を捨つることわり、まことにしかなり。
人事多かる中に、道を楽しぶより気味深きはなし。これ、まことの大事なり。
一たび道を聞きて、これに志さん人、いづれのわざか廃れざらん。何ごとをか営まん。愚かなる人といふとも、賢き犬の心に劣らんや。
第175段 世には心得ぬことの多きなり
世には心得ぬことの多きなり。ともあるごとには、まづ酒を勧めて、強ひ飲ませたるを興とすること、いかなるゆゑとも心得ず。
飲む人の顔、いと堪へがたげに眉をひそめ、人目をはかりて捨てんとし、逃げんとするを、捕へて引きとどめて、すずろに飲ませつれば、うるはしき人も、たちまちに狂人となりてをこがましく、息災なる人も、目の前に大事の病者となりて、前後も知らず倒れ伏す。祝ふべき日などは、あさましかりぬべし。明くる日まで頭痛く、物食はず、によひ臥し、生を隔てたるやうにして、昨日のこと覚えず、公、私の大事を欠きてわづらひとなる。人をしてかかる目を見すること、慈悲もなく、礼儀にも背けり。
かく辛き目にあひたらん人、ねたく口惜しと思はざらんや。人の国にかかるならひあなりと、これらになき人事にて伝へ聞きたらんは、あやしく不思議に覚えぬべし。人の上にて見たるだに、心憂し。
思ひ入りたるさまに、心にくしと見し人も、思ふところなく笑ひののしり、詞多く、烏帽子ゆがみ、紐外し、脛高くかかげて、用意なき気色、日ごろの人とも覚えず。女は、額髪晴れらかにかきやり、まばゆからず顔うちささげてうち笑ひ、盃持てる手に取りつき、よからぬ人は、肴取りて口にさしあて、みづからも食ひたる、さまあし。声の限り出だして、おのおの歌ひ舞ひ、年老いたる法師召し出だされて、黒く汚き身を肩脱ぎて、目も当てられずすぢりたるを、興じ見る人さへ、うとましく憎し。あるはまた、我が身いみじきことども、かたはらいたく言ひ聞かせ、あるは酔ひ泣きし、下ざまの人は、罵りあひいさかひて、あさましく恐ろし。恥がましく心憂きことのみありて、果ては、許さぬものども押し取りて、縁より落ち、馬、車より落ちてあやまちしつ。物にも乗らぬきはは、大路をよろぼひ行きて、築泥、門の下などに向きて、えも言はぬことどもし散らし、年老い、袈裟かけたる法師の、小童の肩を押さへて、聞こえぬことども言ひつつよろめきたる、いとかはゆし。
かかることをしても、この世も後の世も益あるべきわざならば、いかがはせん。この世にはあやまち多く、財を失ひ、病をまうく。百薬の長とはいへど、よろづの病は酒よりこそ起これ。憂へ忘るといへど、酔ひたる人ぞ、過ぎにし憂さをも思ひ出でて泣くめる。後の世は、人の智恵を失ひ、善根を焼くこと火のごとくして、悪を増し、よろづの戒を破りて、地獄に落つべし。
酒をとりて人に飲ませたる人、五百生が間、手なき者に生まるとこそ、仏は説きたまふなれ。かくうとましと思ふものなれど、おのづから捨てがたき折もあるべし。
月の夜、雪の朝、花の本にても、心長閑に物語して、盃出だしたる、よろづの興を添ふるわざなり。つれづれなる日、思ひのほかに友の入り来て、とり行ひたるも、心慰む。なれなれしからぬあたりの御簾の中より、御果物、御酒など、よきやうなるけはひしてさし出だされたる、いとよし。
冬、狭き所にて、火にて物煎りなどして、隔てなきどちさし向かひて、多く飲みたる、いとをかし。旅の仮屋、野山などにて、
「御肴何がな」
など言ひて、芝の上にて飲みたるもをかし。いたう痛む人の、強ひられて少し飲みたるも、いとよし。よき人の、とりわきて、
「今ひとつ。上少なし」
などのたまはせたるも、うれし。近づかまほしき人の、上戸にて、ひしひしと馴れぬる、またうれし。さはいへど、上戸はをかしく、罪許さるる者なり。
酔ひ草臥れて朝寝したる所を、主の引きあけたるに、惑ひて、ほれたる顔ながら、細き髻さし出だし、物も着あへず抱き持ち、ひきしろひて逃ぐる、かいとり姿の後手、毛生ひたる細脛のほど、をかしく、つきづきし。
第176段 黒戸は
黒戸は、小松御門、位につかせたまひて、昔ただ人におはしましし時、まさなごとせさせたまひしを忘れたまはで、常に営ませたまひける間なり。御薪にすすけたれば、黒戸といふとぞ。
第177段 鎌倉中書王にて御鞠ありけるに
鎌倉中書王にて御鞠ありけるに、雨降りて後、いまだ庭の乾かざりければ、
「いかがせん」
と沙汰ありけるに、佐々木隠岐入道、鋸の屑を車に積みて、多くたてまつりたりければ、一庭に敷かれて、泥土のわづらひなかりけり。
「取りためけん用意、ありがたし」
と人感じあへりけり。
このことをある者の語り出でたりしに、吉田中納言の、
「乾き砂子の用意やはなかりける」
とのたまひたりしかば、恥づかしかりき。
いみじと思ひける鋸の屑、賤しく、異やうのことなり。庭の儀を奉行する人、乾き砂子をまうくるは、故実なりとぞ。
第178段 ある所の侍ども
ある所の侍ども、内侍所の御神楽を見て、人に語るとて、
「宝剣をば、その人ぞ持ちたまひつる」
など言ふを聞きて、内なる女房の中に、
「別殿の行幸には、昼御座の御剣にてこそあれ」
と忍びやかに言ひたりし、心にくかりき。その人、古き典侍なりけるとかや。
第179段 入宋の沙門道眼上人
入宋の沙門道眼上人、一切経を持来して、六波羅のあたり、焼野といふ所に安置して、ことに首楞厳経を講じて、那蘭陀寺と号す。
その聖の申されしは、
「『那蘭陀寺は大門北向きなり』と、江帥の説とて言ひ伝へたれど、西域伝、法顕伝などにも見えず、さらに所見なし。江帥はいかなる才覚にてか申されけん、おぼつかなし。唐土の西明寺は、北向き勿論なり」
と申しき。
第180段 さぎちやうは
さぎちやうは、正月に打ちたる毬杖を、真言院より神泉苑へ出だして、焼き上ぐるなり。
「法成就の池にこそ」
とはやすは、神泉苑を言ふなり。
第181段 降れ降れ粉雪、たんばの粉雪
「降れ降れ粉雪、たんばの粉雪」といふこと、米搗き篩ひたるに似たれば、粉雪といふ。「たまれ粉雪」と言ふべきを、誤りて「たんばの」とは言ふなり。「垣や木の股に」と謡ふべしと、ある物知り申しき。
昔より言ひけることにや。鳥羽院幼くおはしまして、雪の降るに、かく仰せられけるよし、讃岐典侍が日記に書きたり。
第182段 四条大納言隆親卿
四条大納言隆親卿、乾鮭といふものを供御に参らせられたりけるを、
「かくあやしきもの、参るやうあらじ」
と人の申しけるを聞きて、大納言、
「鮭といふ魚、参らぬことにてあらんにこそあれ、鮭の白乾、何条ことかあらん。鮎の白乾は参らぬかは」
と申されけり。
第183段 人突く牛をば角を切り
人突く牛をば角を切り、人食ふ馬をば耳を切りて、そのしるしとす。しるしをつけずして人を破らせぬるは、主の咎なり。人食ふ犬をば養ひ飼ふべからず。これみな咎あり。律の禁なり。
第184段 相模守時頼の母は
相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける。
守を入れ申さるることありけるに、すすけたる明り障子の破ればかりを、禅尼手づから小刀して切りまはしつつ張られければ、せうとの城介義景、その日のけいめいして候ひけるが、
「たまはりて、なにがし男に張らせ候はん。さやうのことに心得たる者に候ふ」
と申されければ、
「その男、尼が細工によもまさりはべらじ」
とて、なほ一間づつ張られけるを、義景、
「みなを張りかへ候はんは、はるかにたやすく候ふべし。まだらに候ふも見苦しくや」
とかさねて申されければ、
「尼も、後はさはさはと張りかへんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理して用ゐることぞと、若き人に見ならはせて、心つけんためなり」
と申されける、いとありがたかりけり。
世を治むる道、倹約を本とす。女性なれども、聖人の心に通へり。天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことに、ただ人にはあらざりけるとぞ。
第185段 城陸奥守泰盛は
城陸奥守泰盛は、さうなき馬乗りなりけり。
馬を引き出ださせけるに、足をそろへて閾をゆらりと越ゆるを見ては、
「これは勇める馬なり」
とて、鞍を置きかへさせけり。また、足を伸べて閾に蹴当てぬれば、
「これは鈍くして、あやまちあるべし」
とて、乗らざりけり。
道を知らざらん人、かばかり恐れなんや。
第186段 吉田と申す馬乗りの申しはべりしは
吉田と申す馬乗りの申しはべりしは、
「馬ごとにこはきものなり。人の力争ふべからずと知るべし。乗るべき馬をば、まづよく見て、強き所、弱き所を知るべし。次に、轡、鞍の具に危きことやあると見て、心にかかることあらば、その馬を馳すべからず。この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり。これ秘蔵のことなり」
と申しき。
第187段 よろづの道の人
よろづの道の人、たとひ不堪なりといへども、堪能の非家の人に並ぶ時、必ずまさることは、たゆみなく慎みて軽々しくせぬと、ひとへに自由なるとの等しからぬなり。芸能、所作のみにあらず、おほかたのふるまひ、心づかひも、愚かにして慎めるは得の本なり。巧みにしてほしきままなるは、失の本なり。
第188段 ある者、子を法師になして
ある者、子を法師になして、
「学問して因果の理をも知り、説経などして世渡るたつきともせよ」
と言ひければ、教へのままに、説経師にならんために、まづ馬に乗り習ひけり。輿、車は持たぬ身の、導師に請ぜられん時、馬など迎へにおこせたらんに、桃尻にて落ちなんは、心憂かるべしと思ひけり。次に、仏事の後、酒など勧むることあらんに、法師の無下に能なきは、檀那すさまじく思ふべしとて、早歌といふことを習ひけり。このわざ、やうやう境に入りければ、いよいよよくしたく覚えてたしなみけるほどに、説経習ふべき隙なくて、年寄りにけり。
この法師のみにもあらず、世間の人、なべてこのことあり。若きほどは、諸事につけて、身を立て、大きなる道をも成じ、能をもつき、学問をもせんと、行末久しくあらますことども心にはかけながら、世をのどかに思ひて、うち怠りつつ、まづさしあたりたる目の前のことにのみまぎれて月日を送れば、ことごとなすことなくして、身は老いぬ。つひに物の上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず、悔ゆれども取り返さるる齢ならねば、走りて坂を下る輪のごとくに衰へゆく。
されば、一生のうち、むねとあらまほしからんことの中に、いづれかまさるとよく思ひ比べて、第一のことを案じ定めて、その外は思ひ捨てて、一事を励むべし。一日の中、一時の中にも、あまたのことの来らんなかに、少しも益のまさらんことを営みて、その外をばうち捨てて、大事を急ぐべきなり。
何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事もなるべからず。たとへば、碁を打つ人、一手もいたづらにせず、人に先立ちて、小を捨て大につくがごとし。それにとりて、三の石を捨てて十の石につくことは易し。十を捨てて十一につくことは難し。一つなりとも、まさらん方へこそつくべきを、十までなりぬれば惜しく覚えて、多くまさらぬ石には換へにくし。これをも捨てず、かれをも取らんと思ふ心に、かれをも得ず、これをも失ふべき道なり。
京に住む人、急ぎて東山に用ありて、すでに行き着きたりとも、西山に行きて、その益まさるべきことを思ひ得たらば、門より帰りて西山へ行くべきなり。「ここまで来着きぬれば、このことをばまづ言ひてん。日を指さぬことなれば、西山のことは、帰りてまたこそ思ひ立ため」と思ふゆゑに、一時の懈怠、すなはち一生の懈怠となる。これを恐るべし。
一事を必ずなさんと思はば、他のことの破るるをもいたむべからず。人の嘲りをも恥づべからず。万事に換へずしては、一の大事なるべからず。
人のあまたありける中にて、ある者、
「ますほの薄、まそほの薄など言ふことあり。渡辺の聖、このことを伝へ知りたり」
と語りけるを、登蓮法師、その座にはべりけるが聞きて、雨の降りけるに、
「蓑、笠やある。貸したまへ。かの薄のこと習ひに、渡辺の聖のがり尋ねまからん」
と言ひけるを、
「あまりにもの騒がし。雨やみてこそ」
と人の言ひければ、
「無下のことをも仰せらるるものかな。人の命は雨の晴れ間をも待つものかは。我も死に、聖も失せなば、尋ね聞きてんや」
とて、走り出でて行きつつ、習ひはべりにけりと申し伝へたるこそ、ゆゆしくありがたう覚ゆれ。
「敏きときは、すなはち功あり」とぞ、論語といふ文にもはべるなる。この薄をいぶかしく思ひけるやうに、一大事因縁をぞ思ふべかりける。
第189段 今日はそのことをなさんと思へど
今日はそのことをなさんと思へど、あらぬ急ぎまづ出で来てまぎれ暮らし、待つ人は障りありて、頼めぬ人は来たり、頼みたる方のことは違ひて、思ひよらぬ道ばかりはかなひぬ。わづらはしかりつることはことなくて、やすかるべきことはいと心苦し。日々に過ぎゆくさま、かねて思ひつるには似ず。一年の中もかくのごとし。一生の間もまたしかなり。
かねてのあらまし、みな違ひゆくかと思ふに、おのづから違はぬこともあれば、いよいよものは定めがたし。不定と心得ぬるのみ、まことにて違はず。



