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『徒然草』原文(6)第158段~第189段|盃の底を捨つることは~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(6)には、第158段「盃の底を捨つることは」から第189段「今日はそのことをなさんと思へど」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(6)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第158段 盃の底を捨つることは

「盃さかづきの底そこを捨すつることは、いかが心こころ得えたる」

 と、ある人ひとの尋たづねさせたまひしに、

「凝ぎよう当たうと申まうしはべるは、底そこに凝こりたるを捨すつるにや候さぶらふらん」

 と申まうしはべりしかば、

「さにはあらず。魚ぎよ道だうなり。流ながれを残のこして、口くちのつきたる所ところをすすぐなり」

 とぞ仰おほせられし。

第159段 みな結びといふは

「みな結むすびといふは、糸いとを結むすび重かさねたるが、蜷みなといふ貝かひに似にたればいふ」

 と、あるやんごとなき人ひと仰おほせられき。になといふは誤あやまりなり。

第160段 門に額懸くるを

 門もんに「額がく懸かくる」を、打うつといふはよからぬにや。勘解由小路かでのこうぢ二に品ほん禅ぜん門もんは、額がく懸かくるとのたまひき。

 見み物ものの桟さ敷じき打うつも、よからぬにや。平ひら張ばり打うつなどは、常つねのことなり。桟さ敷じき構かまふるなど言いふべし。

 護ご摩ま焚たくといふもわろし。「修しゆする」、「護ご摩まする」など言いふなり。

「行ぎやう法ぼふも、法ほふの字じを澄すみて言いふ、わろし。濁にごりて言いふ」

 と清せい閑がん寺じの僧そう正じやう仰おほせられき。常つねに言いふことに、かかることのみ多おほし。

第161段 花の盛りは

 花はなの盛さかりは、冬とう至じより百ひやく五ご十じふ日にちとも、時じ正しやうの後のち、七なぬ日かとも言いへど、立りつ春しゆんより七しち十じふ五ご日にち、おほやう違たがはず。

第162段 遍照寺の承仕法師

 遍へん照ぜう寺じの承しよう仕じ法ほふ師し、池いけの鳥とりを日ひごろ飼かひつけて、堂だうの内うちまで餌ゑをまきて、戸と一ひとつあけたれば、数かずも知しらず入いりこもりける後のち、おのれも入いりて、立たてこめて、捕とらへつつ殺ころしけるよそほひ、おどろおどろしく聞きこえけるを、草くさ刈かる童わらは聞ききて、人ひとに告つげければ、村むらの男をのこどもおこりて、入いりて見みるに、大おほ雁かりどもふためきあへる中なかに、法ほふ師しまじりて、打うち伏ふせ、ねぢ殺ころしければ、この法ほふ師しを捕とらへて、所ところより使し庁ちやうへ出いだしたりけり。

 殺ころすところの鳥とりを頸くびにかけさせて、禁きん獄ごくせられにけり。基もと俊とし大だい納な言ごん、別べつ当たうの時ときになんはべりける。

第163段 太衝の太の字

 太たい衝しようの太たいの字じ、点てん打うつ打うたずといふこと、陰おん陽やうの輩ともがら、相さう論ろんのことありけり。もりちか入にふ道だう申まうしはべりしは、

「吉よし平ひらが自じ筆ひつの占うら文ぶみの裏うらに書かかれたる御ぎよ記き、近この衛ゑの関くわん白ぱく殿どのにあり。点てん打うちたるを書かきたり」

 と申まうしき。

第164段 世の人あひ逢ふ時

 世よの人ひとあひ逢あふ時とき、しばらくも黙もく止しすることなし。必かならず言こと葉ばあり。そのことを聞きくに、多おほくは無む益やくの談だんなり。

 世せ間けんの浮ふ説せつ、人ひとの是ぜ非ひ、自じ他たのために失しつ多おほく得とく少すくなし。これを語かたる時とき、互たがひの心こころに無む益やくのことなりといふことを知しらず。

第165段 あづまの人の都の人に交はり

 あづまの人ひとの都みやこの人ひとに交まじはり、都みやこの人ひとの吾妻あづまに行ゆきて身みを立たて、また、本ほん寺じ、本ほん山ざんを離はなれぬる顕けん密みつの僧そう、すべて我わが俗ぞくにあらずして人ひとに交まじはれる、見み苦ぐるし。

第166段 人間の営みあへるわざを見るに

 人にん間げんの営いとなみあへるわざを見みるに、春はるの日ひに雪ゆき仏ぼとけを作つくりて、そのために金きん銀ぎん珠しゆ玉ぎよくの飾かざりを営いとなみ、堂だうを建たてんとするに似にたり。その構かまへを待まちて、よく安あん置ちしてんや。人ひとの命いのちありと見みるほども、下したより消きゆること雪ゆきのごとくなるうちに、営いとなみ待まつことはなはだ多おほし。

第167段 一道に携はる人

 一いち道だうに携たづさはる人ひと、あらぬ道みちの筵むしろに臨のぞみて、

「あはれ、我わが道みちならましかば、かくよそに見みはべらじものを」

 と言いひ、心こころにも思おもへること、常つねのことなれど、世よにわろく覚おぼゆるなり。知しらぬ道みちのうらやましく覚おぼえば、

「あな、うらやまし。などか習ならはざりけん」

 と言いひてありなん。

 我わが智ちを取とり出いでて人ひとに争あらそふは、角つのあるものの角つのを傾かたぶけ、牙きばあるものの牙きばを噛かみ出いだすたぐひなり。人ひととしては善ぜんに誇ほこらず、物ものと争あらそはざるを徳とくとす。他たにまさることのあるは、大おほきなる失しつなり。

 品しなの高たかさにても、才さい芸げいのすぐれたるにても、先せん祖ぞの誉ほまれにても、人ひとにまされりと思おもへる人ひとは、たとひ言こと葉ばに出いでてこそ言いはねども、内ない心しんにそこばくの咎とがあり。慎つつしみてこれを忘わするべし。をこにも見みえ、人ひとにも言いひ消けたれ、禍わざはひをも招まねくは、ただこの慢まん心しんなり。

 一いち道だうにもまことに長ちやうじぬる人ひとは、みづから明あきらかにその非ひを知しるゆゑに、志こころざし常つねに満みたずして、つひに物ものに伐ほこることなし。

第168段 年老いたる人の、一事すぐれたる才のありて

 年とし老おいたる人ひとの、一いち事じすぐれたる才ざえのありて、「この人ひとの後のちには、誰たれにか問とはん」など言いはるるは、老おいの方かた人うどにて、生いけるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたるところのなきは、「一いつ生しやう、このことにて暮くれにけり」と、つたなく見みゆ。

「今いまは忘わすれにけり」

 と言いひてありなん。

 おほかたは、知しりたりとも、すずろに言いひ散ちらすは、さばかりの才ざえにはあらぬにやと聞きこえ、おのづから誤あやまりもありぬべし。

「さだかにもわきまへ知しらず」

 など言いひたれば、なほまことに道みちのあるじとも覚おぼえぬべし。

 まして、知しらぬこと、したり顔がほに、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人ひとの言いひ聞きかするを、さもあらずと思おもひながら聞ききゐたる、いとわびし。

第169段 何事の式といふことは

 「何なにごとの式しきといふことは、後ご嵯さ峨がの御み代よまでは言いはざりけるを、近ちかきほどより言いふ詞ことばなり」と人ひとの申まうしはべりしに、建けん礼れい門もん院ゐんの右う京きやうの大だい夫ぶ、後ご鳥と羽ばの院ゐんの御み位くらゐの後のち、また内うち住ずみしたることを言いふに、「世よの式しきも変かはりたることはなきにも」と書かきたり。

第170段 さしたることなくて人のがり行くは

 さしたることなくて人ひとのがり行ゆくは、よからぬことなり。用ようありて行ゆきたりとも、そのこと果はてなば、疾とく帰かへるべし。久ひさしくゐたる、いとむつかし。

 人ひとと向むかひたれば、詞ことば多おほく、身みも草臥くたびれ、心こころも閑しづかならず、よろづのことさはりて時ときを移うつす、互たがひのため益やくなし。厭いとはしげに言いはんもわろし。心こころづきなきことあらん折をりは、なかなかそのよしをも言いひてん。

 同おなじ心こころに向むかはまほしく思おもはん人ひとの、

「つれづれにて、今いましばし。今日けふは心こころ閑しづかに」

 など言いはんは、この限かぎりにはあらざるべし。阮げん籍せきが青あをき眼まなこ、誰たれもあるべきことなり。

 そのこととなきに、人ひとの来きたりて、のどかに物もの語がたりして帰かへりぬる、いとよし。また、文ふみも、「久ひさしく聞きこえさせねば」などばかり言いひおこせたる、いとうれし。

第171段 貝を覆ふ人の

 貝かひを覆おほふ人ひとの、我わが前まへなるをばおきて、よそを見みわたして、人ひとの袖そでの陰かげ、膝ひざの下したまで目めをくばる間まに、前まへなるをば人ひとに覆おほはれぬ。よく覆おほふ人ひとは、よそまでわりなく取とるとは見みえずして、近ちかきばかり覆おほふやうなれど、多おほく覆おほふなり。

 碁ご盤ばんの隅すみに石いしを立たてて弾はじくに、向むかひなる石いしをまもりて弾はじくは当あたらず。我わが手てもとをよく見みて、ここなる聖ひじり目めをすぐに弾はじけば、立たてたる石いし必かならず当あたる。

 よろづのこと、外ほかに向むきて求もとむべからず。ただここもとを正ただしくすべし。清せい献けん公こうが言こと葉ばに、「好かう事じを行ぎやうじて前ぜん程ていを問とふことなかれ」と言いへり。世よを保たもたん道みちも、かくやはべらん。

 内うちを慎つつしまず、軽かろく、ほしきままにして、みだりなれば、遠をん国ごく必かならず背そむく時とき、初はじめてはかりごとを求もとむ。

 「風かぜにあたり、湿しつに臥ふして、病やまひを神しん霊れいに訴うつたふるは、愚おろかなる人ひとなり」と医い書しよに言いへるがごとし。目めの前まへなる人ひとの愁うれへをやめ、恵めぐみを施ほどこし、道みちを正ただしくせば、その化くわ、遠とほく流ながれんことを知しらざるなり。禹うの行ゆきて三さん苗べうを征せいせしも、師しを班かへして徳とくを敷しくにはしかざりき。

第172段 若き時は血気うちに余り

 若わかき時ときは、血けつ気きうちに余あまり、心こころ物ものに動うごきて、情じやう欲よく多おほし。身みを危あやぶめて砕くだけやすきこと、珠たまを走はしらしむるに似にたり。美び麗れいを好このみて宝たからを費つひやし、これを捨すてて苔こけの袂たもとにやつれ、勇いさめる心こころ盛さかりにして、物ものと争あらそひ、心こころに恥はぢうらやみ、好このむところ、日々ひびに定さだまらず。色いろにふけり、情なさけにめで、行おこなひを潔いさぎよくして、百もも年とせの身みを誤あやまり、命いのちを失うしなへるためし願ねがはしくして、身みの全まつたく久ひさしからんことをば思おもはず。好すける方かたに心こころひきて、長ながき世よ語がたりともなる。身みを誤あやまつことは、若わかき時ときのしわざなり。

 老おいぬる人ひとは、精せい神しん衰おとろへ、淡あはくおろそかにして、感かんじ動うごくところなし。

 心こころおのづから静しづかなれば、無む益やくのわざをなさず。身みを助たすけて愁うれへなく、人ひとのわづらひなからんことを思おもふ。老おいて智ちの若わかき時ときにまされること、若わかくして、かたちの老おいたるにまされるがごとし。

第173段 小野小町がこと

 小を野のの小こ町まちがこと、極きはめてさだかならず。衰おとろへたるさまは、玉たま造つくりといふ文ふみに見みえたり。この文ふみ、清きよ行ゆきが書かけりといふ説せつあれど、高かう野や大だい師しの御おん作さくの目もく録ろくに入いれり。

 大だい師しは承じよう和わの初はじめに隠かくれたまへり。小こ町まちが盛さかりなること、その後のちのことにや。なほおぼつかなし。

第174段 小鷹によき犬

 小こ鷹たかによき犬いぬ、大おほ鷹たかに使つかひぬれば、小こ鷹たかにわろくなるといふ。大だいにつき小せうを捨すつることわり、まことにしかなり。

 人にん事じ多おほかる中なかに、道みちを楽たのしぶより気き味み深ふかきはなし。これ、まことの大だい事じなり。

 一ひとたび道みちを聞ききて、これに志こころざさん人ひと、いづれのわざか廃すたれざらん。何なにごとをか営いとなまん。愚おろかなる人ひとといふとも、賢かしこき犬いぬの心こころに劣おとらんや。

第175段 世には心得ぬことの多きなり

 世よには心こころ得えぬことの多おほきなり。ともあるごとには、まづ酒さけを勧すすめて、強しひ飲のませたるを興きようとすること、いかなるゆゑとも心こころ得えず。

 飲のむ人ひとの顔かほ、いと堪たへがたげに眉まゆをひそめ、人ひと目めをはかりて捨すてんとし、逃にげんとするを、捕とらへて引ひきとどめて、すずろに飲のませつれば、うるはしき人ひとも、たちまちに狂きやう人じんとなりてをこがましく、息そく災さいなる人ひとも、目めの前まへに大だい事じの病びやう者じやとなりて、前ぜん後ごも知しらず倒たふれ伏ふす。祝いはふべき日ひなどは、あさましかりぬべし。明あくる日ひまで頭かしら痛いたく、物もの食くはず、によひ臥ふし、生しやうを隔へだてたるやうにして、昨日きのふのこと覚おぼえず、公おほやけ、私わたくしの大だい事じを欠かきてわづらひとなる。人ひとをしてかかる目めを見みすること、慈じ悲ひもなく、礼れい儀ぎにも背そむけり。

 かく辛からき目めにあひたらん人ひと、ねたく口くち惜をしと思おもはざらんや。人ひとの国くににかかるならひあなりと、これらになき人ひと事ごとにて伝つたへ聞ききたらんは、あやしく不ふ思し議ぎに覚おぼえぬべし。人ひとの上うへにて見みたるだに、心こころ憂うし。

 思おもひ入いりたるさまに、心こころにくしと見みし人ひとも、思おもふところなく笑わらひののしり、詞ことば多おほく、烏帽子えぼうしゆがみ、紐ひも外はづし、脛はぎ高たかくかかげて、用よう意いなき気け色しき、日ひごろの人ひととも覚おぼえず。女をんなは、額ひたひ髪がみ晴はれらかにかきやり、まばゆからず顔かほうちささげてうち笑わらひ、盃さかづき持もてる手てに取とりつき、よからぬ人ひとは、肴さかな取とりて口くちにさしあて、みづからも食くひたる、さまあし。声こゑの限かぎり出いだして、おのおの歌うたひ舞まひ、年とし老おいたる法ほふ師し召めし出いだされて、黒くろく汚きたなき身みを肩かた脱ぬぎて、目めも当あてられずすぢりたるを、興きようじ見みる人ひとさへ、うとましく憎にくし。あるはまた、我わが身みいみじきことども、かたはらいたく言いひ聞きかせ、あるは酔ゑひ泣なきし、下しもざまの人ひとは、罵のりあひいさかひて、あさましく恐おそろし。恥はぢがましく心こころ憂うきことのみありて、果はては、許ゆるさぬものども押おし取とりて、縁えんより落おち、馬うま、車くるまより落おちてあやまちしつ。物ものにも乗のらぬきはは、大おほ路ぢをよろぼひ行ゆきて、築つい泥ひぢ、門かどの下もとなどに向むきて、えも言いはぬことどもし散ちらし、年とし老おい、袈け裟さかけたる法ほふ師しの、小こ童わらはの肩かたを押おさへて、聞きこえぬことども言いひつつよろめきたる、いとかはゆし。

 かかることをしても、この世よも後のちの世よも益やくあるべきわざならば、いかがはせん。この世よにはあやまち多おほく、財たからを失うしなひ、病やまひをまうく。百ひやく薬やくの長ちやうとはいへど、よろづの病やまひは酒さけよりこそ起おこれ。憂うれへ忘わするといへど、酔ゑひたる人ひとぞ、過すぎにし憂うさをも思おもひ出いでて泣なくめる。後のちの世よは、人ひとの智ち恵ゑを失うしなひ、善ぜん根ごんを焼やくこと火ひのごとくして、悪あくを増まし、よろづの戒かいを破やぶりて、地ぢ獄ごくに落おつべし。

 酒さけをとりて人ひとに飲のませたる人ひと、五ご百ひやく生しやうが間あひだ、手てなき者ものに生うまるとこそ、仏ほとけは説ときたまふなれ。かくうとましと思おもふものなれど、おのづから捨すてがたき折をりもあるべし。

 月つきの夜よ、雪ゆきの朝あした、花はなの本もとにても、心こころ長閑のどかに物もの語がたりして、盃さかづき出いだしたる、よろづの興きようを添そふるわざなり。つれづれなる日ひ、思おもひのほかに友ともの入いり来きて、とり行おこなひたるも、心こころ慰なぐさむ。なれなれしからぬあたりの御み簾すの中うちより、御おん果くだ物もの、御み酒きなど、よきやうなるけはひしてさし出いだされたる、いとよし。

 冬ふゆ、狭せばき所ところにて、火ひにて物もの煎いりなどして、隔へだてなきどちさし向むかひて、多おほく飲のみたる、いとをかし。旅たびの仮かり屋や、野の山やまなどにて、

「御み肴さかな何なにがな」

 など言いひて、芝しばの上うへにて飲のみたるもをかし。いたう痛いたむ人ひとの、強しひられて少すこし飲のみたるも、いとよし。よき人ひとの、とりわきて、

「今いまひとつ。上うへ少すくなし」

 などのたまはせたるも、うれし。近ちかづかまほしき人ひとの、上じやう戸ごにて、ひしひしと馴なれぬる、またうれし。さはいへど、上じやう戸ごはをかしく、罪つみ許ゆるさるる者ものなり。

 酔ゑひ草臥くたびれて朝あさ寝いしたる所ところを、主あるじの引ひきあけたるに、惑まどひて、ほれたる顔かほながら、細ほそき髻もとどりさし出いだし、物ものも着きあへず抱いだき持もち、ひきしろひて逃にぐる、かいとり姿すがたの後うしろ手で、毛け生おひたる細ほそ脛はぎのほど、をかしく、つきづきし。

第176段 黒戸は

 黒くろ戸どは、小こ松まつの御み門かど、位くらゐにつかせたまひて、昔むかしただ人びとにおはしましし時とき、まさなごとせさせたまひしを忘わすれたまはで、常つねに営いとなませたまひける間まなり。御み薪かまぎにすすけたれば、黒くろ戸どといふとぞ。

第177段 鎌倉中書王にて御鞠ありけるに

 鎌かま倉くらの中ちゆう書しよ王わうにて御おん鞠まりありけるに、雨あめ降ふりて後のち、いまだ庭にはの乾かわかざりければ、

「いかがせん」

 と沙さ汰たありけるに、佐々木ささき隠お岐きの入にふ道だう、鋸のこぎりの屑くづを車くるまに積つみて、多おほくたてまつりたりければ、一ひと庭にはに敷しかれて、泥でい土どのわづらひなかりけり。

「取とりためけん用よう意い、ありがたし」

 と人ひと感かんじあへりけり。

 このことをある者ものの語かたり出いでたりしに、吉よし田だの中ちゆう納な言ごんの、

「乾かわき砂すな子ごの用よう意いやはなかりける」

 とのたまひたりしかば、恥はづかしかりき。

 いみじと思おもひける鋸のこぎりの屑くづ、賤いやしく、異ことやうのことなり。庭にはの儀ぎを奉ぶ行ぎやうする人ひと、乾かわき砂すな子ごをまうくるは、故こ実じつなりとぞ。

第178段 ある所の侍ども

 ある所ところの侍さぶらひども、内ない侍し所どころの御み神楽かぐらを見みて、人ひとに語かたるとて、

「宝ほう剣けんをば、その人ひとぞ持もちたまひつる」

 など言いふを聞ききて、内うちなる女によう房ばうの中なかに、

「別べつ殿でんの行ぎやう幸がうには、昼ひの御お座ましの御み剣はかしにてこそあれ」

 と忍しのびやかに言いひたりし、心こころにくかりき。その人ひと、古ふるき典侍ないしのすけなりけるとかや。

第179段 入宋の沙門道眼上人

 入につ宋そうの沙しや門もん道だう眼げん上しやう人にん、一いつ切さい経きやうを持ぢ来らいして、六ろく波は羅らのあたり、焼やけ野のといふ所ところに安あん置ちして、ことに首しゆ楞りよう厳ごん経ぎやうを講かうじて、那な蘭らん陀だ寺じと号かうす。

 その聖ひじりの申まうされしは、

「『那な蘭らん陀だ寺じは大だい門もん北きた向むきなり』と、江がう帥そちの説せつとて言いひ伝つたへたれど、西さい域いき伝でん、法ほつ顕けん伝でんなどにも見みえず、さらに所しよ見けんなし。江がう帥そちはいかなる才さい覚かくにてか申まうされけん、おぼつかなし。唐たう土どの西さい明みやう寺じは、北きた向むき勿もち論ろんなり」

 と申まうしき。

第180段 さぎちやうは

 さぎちやうは、正しやう月ぐわつに打うちたる毬ぎ杖ちやうを、真しん言ごん院ゐんより神しん泉せん苑ゑんへ出いだして、焼やき上あぐるなり。

「法ほふ成じやう就じゆの池いけにこそ」

 とはやすは、神しん泉せん苑ゑんを言いふなり。

第181段 降れ降れ粉雪、たんばの粉雪

 「降ふれ降ふれ粉こ雪ゆき、たんばの粉こ雪ゆき」といふこと、米よね搗つき篩ふるひたるに似にたれば、粉こ雪ゆきといふ。「たまれ粉こ雪ゆき」と言いふべきを、誤あやまりて「たんばの」とは言いふなり。「垣かきや木この股またに」と謡うたふべしと、ある物もの知しり申まうしき。

 昔むかしより言いひけることにや。鳥と羽ばの院ゐん幼をさなくおはしまして、雪ゆきの降ふるに、かく仰おほせられけるよし、讃岐典侍さぬきのすけが日につ記きに書かきたり。

第182段 四条大納言隆親卿

 四し条でうの大だい納な言ごん隆たか親ちか卿きやう、乾から鮭ざけといふものを供く御ごに参まゐらせられたりけるを、

「かくあやしきもの、参まゐるやうあらじ」

 と人ひとの申まうしけるを聞ききて、大だい納な言ごん、

「鮭さけといふ魚うを、参まゐらぬことにてあらんにこそあれ、鮭さけの白しら乾ぼし、何なで条ふことかあらん。鮎あゆの白しら乾ぼしは参まゐらぬかは」

 と申まうされけり。

第183段 人突く牛をば角を切り

 人ひと突つく牛うしをば角つのを切きり、人ひと食くふ馬うまをば耳みみを切きりて、そのしるしとす。しるしをつけずして人ひとを破やぶらせぬるは、主ぬしの咎とがなり。人ひと食くふ犬いぬをば養やしなひ飼かふべからず。これみな咎とがあり。律りつの禁いましめなり。

第184段 相模守時頼の母は

 相さが模みの守かみ時とき頼よりの母ははは、松まつ下した禅ぜん尼にとぞ申まうしける。

 守かみを入いれ申まうさるることありけるに、すすけたる明あかり障さう子じの破やぶればかりを、禅ぜん尼に手てづから小こ刀がたなして切きりまはしつつ張はられければ、せうとの城じやうの介すけ義よし景かげ、その日ひのけいめいして候さぶらひけるが、

「たまはりて、なにがし男をのこに張はらせ候さぶらはん。さやうのことに心こころ得えたる者ものに候さぶらふ」

 と申まうされければ、

「その男をのこ、尼あまが細さい工くによもまさりはべらじ」

 とて、なほ一ひと間まづつ張はられけるを、義よし景かげ、

「みなを張はりかへ候さぶらはんは、はるかにたやすく候さぶらふべし。まだらに候さぶらふも見み苦ぐるしくや」

 とかさねて申まうされければ、

「尼あまも、後のちはさはさはと張はりかへんと思おもへども、今日けふばかりは、わざとかくてあるべきなり。物ものは破やぶれたる所ところばかりを修しゆ理りして用もちゐることぞと、若わかき人ひとに見みならはせて、心こころつけんためなり」

 と申まうされける、いとありがたかりけり。

 世よを治をさむる道みち、倹けん約やくを本もととす。女によ性しやうなれども、聖せい人じんの心こころに通かよへり。天てん下かを保たもつほどの人ひとを子こにて持もたれける、まことに、ただ人びとにはあらざりけるとぞ。

第185段 城陸奥守泰盛は

 城じやうの陸む奥つの守かみ泰やす盛もりは、さうなき馬うま乗のりなりけり。

 馬うまを引ひき出いださせけるに、足あしをそろへて閾しきみをゆらりと越こゆるを見みては、

「これは勇いさめる馬うまなり」

 とて、鞍くらを置おきかへさせけり。また、足あしを伸のべて閾しきみに蹴け当あてぬれば、

「これは鈍にぶくして、あやまちあるべし」

 とて、乗のらざりけり。

 道みちを知しらざらん人ひと、かばかり恐おそれなんや。

第186段 吉田と申す馬乗りの申しはべりしは

 吉よし田だと申まうす馬うま乗のりの申まうしはべりしは、

「馬うまごとにこはきものなり。人ひとの力ちから争あらそふべからずと知しるべし。乗のるべき馬うまをば、まづよく見みて、強つよき所ところ、弱よわき所ところを知しるべし。次つぎに、轡くつわ、鞍くらの具ぐに危あやふきことやあると見みて、心こころにかかることあらば、その馬うまを馳はすべからず。この用よう意いを忘わすれざるを馬うま乗のりとは申まうすなり。これ秘ひ蔵ざうのことなり」

 と申まうしき。

第187段 よろづの道の人

 よろづの道みちの人ひと、たとひ不ふ堪かんなりといへども、堪かん能のうの非ひ家かの人ひとに並ならぶ時とき、必かならずまさることは、たゆみなく慎つつしみて軽々かろがろしくせぬと、ひとへに自じ由いうなるとの等ひとしからぬなり。芸げい能のう、所しよ作さのみにあらず、おほかたのふるまひ、心こころづかひも、愚おろかにして慎つつしめるは得とくの本もとなり。巧たくみにしてほしきままなるは、失しつの本もとなり。

第188段 ある者、子を法師になして

 ある者もの、子こを法ほふ師しになして、

「学がく問もんして因いん果ぐわの理ことわりをも知しり、説せつ経きやうなどして世よ渡わたるたつきともせよ」

 と言いひければ、教をしへのままに、説せつ経きやう師しにならんために、まづ馬うまに乗のり習ならひけり。輿こし、車くるまは持もたぬ身みの、導だう師しに請しやうぜられん時とき、馬うまなど迎むかへにおこせたらんに、桃もも尻じりにて落おちなんは、心こころ憂うかるべしと思おもひけり。次つぎに、仏ぶつ事じの後のち、酒さけなど勧すすむることあらんに、法ほふ師しの無む下げに能のうなきは、檀だん那なすさまじく思おもふべしとて、早さう歌かといふことを習ならひけり。このわざ、やうやう境さかひに入いりければ、いよいよよくしたく覚おぼえてたしなみけるほどに、説せつ経きやう習ならふべき隙ひまなくて、年とし寄よりにけり。

 この法ほふ師しのみにもあらず、世せ間けんの人ひと、なべてこのことあり。若わかきほどは、諸しよ事じにつけて、身みを立たて、大おほきなる道みちをも成じやうじ、能のうをもつき、学がく問もんをもせんと、行ゆく末すゑ久ひさしくあらますことども心こころにはかけながら、世よをのどかに思おもひて、うち怠おこたりつつ、まづさしあたりたる目めの前まへのことにのみまぎれて月つき日ひを送おくれば、ことごとなすことなくして、身みは老おいぬ。つひに物ものの上じやう手ずにもならず、思おもひしやうに身みをも持もたず、悔くゆれども取とり返かへさるる齢よはひならねば、走はしりて坂さかを下くだる輪わのごとくに衰おとろへゆく。

 されば、一いつ生しやうのうち、むねとあらまほしからんことの中なかに、いづれかまさるとよく思おもひ比くらべて、第だい一いちのことを案あんじ定さだめて、その外ほかは思おもひ捨すてて、一いち事じを励はげむべし。一いち日にちの中うち、一いち時じの中うちにも、あまたのことの来きたらんなかに、少すこしも益やくのまさらんことを営いとなみて、その外ほかをばうち捨すてて、大だい事じを急いそぐべきなり。

 何いづ方かたをも捨すてじと心こころに取とり持もちては、一いち事じもなるべからず。たとへば、碁ごを打うつ人ひと、一ひと手てもいたづらにせず、人ひとに先さき立だちて、小せうを捨すて大だいにつくがごとし。それにとりて、三みつの石いしを捨すてて十とをの石いしにつくことは易やすし。十とをを捨すてて十じふ一いちにつくことは難かたし。一ひとつなりとも、まさらん方かたへこそつくべきを、十とをまでなりぬれば惜をしく覚おぼえて、多おほくまさらぬ石いしには換かへにくし。これをも捨すてず、かれをも取とらんと思おもふ心こころに、かれをも得えず、これをも失うしなふべき道みちなり。

 京きやうに住すむ人ひと、急いそぎて東ひがし山やまに用ようありて、すでに行ゆき着つきたりとも、西にし山やまに行ゆきて、その益やくまさるべきことを思おもひ得えたらば、門かどより帰かへりて西にし山やまへ行ゆくべきなり。「ここまで来き着つきぬれば、このことをばまづ言いひてん。日ひを指ささぬことなれば、西にし山やまのことは、帰かへりてまたこそ思おもひ立たため」と思おもふゆゑに、一いち時じの懈け怠だい、すなはち一いつ生しやうの懈け怠だいとなる。これを恐おそるべし。

 一いち事じを必かならずなさんと思おもはば、他たのことの破やぶるるをもいたむべからず。人ひとの嘲あざけりをも恥はづべからず。万ばん事じに換かへずしては、一いちの大だい事じなるべからず。

 人ひとのあまたありける中なかにて、ある者もの、

「ますほの薄すすき、まそほの薄すすきなど言いふことあり。渡わた辺のべの聖ひじり、このことを伝つたへ知しりたり」

 と語かたりけるを、登とう蓮れん法ほふ師し、その座ざにはべりけるが聞ききて、雨あめの降ふりけるに、

「蓑みの、笠かさやある。貸かしたまへ。かの薄すすきのこと習ならひに、渡わた辺のべの聖ひじりのがり尋たづねまからん」

 と言いひけるを、

「あまりにもの騒さわがし。雨あめやみてこそ」

 と人ひとの言いひければ、

「無む下げのことをも仰おほせらるるものかな。人ひとの命いのちは雨あめの晴はれ間まをも待まつものかは。我われも死しに、聖ひじりも失うせなば、尋たづね聞ききてんや」

 とて、走はしり出いでて行ゆきつつ、習ならひはべりにけりと申まうし伝つたへたるこそ、ゆゆしくありがたう覚おぼゆれ。

 「敏ときときは、すなはち功こうあり」とぞ、論ろん語ごといふ文ふみにもはべるなる。この薄すすきをいぶかしく思おもひけるやうに、一いち大だい事じ因いん縁えんをぞ思おもふべかりける。

第189段 今日はそのことをなさんと思へど

 今日けふはそのことをなさんと思おもへど、あらぬ急いそぎまづ出いで来きてまぎれ暮くらし、待まつ人ひとは障さはりありて、頼たのめぬ人ひとは来きたり、頼たのみたる方かたのことは違たがひて、思おもひよらぬ道みちばかりはかなひぬ。わづらはしかりつることはことなくて、やすかるべきことはいと心こころ苦ぐるし。日々ひびに過すぎゆくさま、かねて思おもひつるには似にず。一いち年ねんの中うちもかくのごとし。一いつ生しやうの間あひだもまたしかなり。

 かねてのあらまし、みな違たがひゆくかと思おもふに、おのづから違たがはぬこともあれば、いよいよものは定さだめがたし。不ふ定ぢやうと心こころ得えぬるのみ、まことにて違たがはず。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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