『発心集』第5巻 現代語訳全文|わかりやすい口語訳で読む

 このページでは、鴨長明『発心集』第5巻(第48話~第62話)の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容を保ちながら、言葉や文法を一つずつ置き換える逐語訳ではなく、わかりやすさを重視した自然な口語訳にしました。また、人名・地名・仏教語などの読みにくい漢字には、現代仮名遣いによる振り仮名を付けています。

 原文と照らし合わせたい方は、『発心集』第5巻 原文全文(ふりがな付き)をご覧ください。現代語訳にあたっては、本文の解釈や段落分けについて、以下の文献を参考にしています。

目次

第48話 中ごろ、但馬守国挙が子に

 昔、但馬守国挙たじまのかみくにたかの子に、国輔くにすけという雑色ぞうしきがいた。

 国輔は、ある宮家に仕える身分の低い女を深く愛していた。ところがそのころ、父が但馬守として任国へ下ることになり、国輔もどうしても同行しなければならなくなった。

 一日会えないだけでも苦しいほどだったのだから、遠く離れて暮らすことなど、とても耐えられそうにない。けれど、どうすることもできない。二人は何度も言葉を交わし、泣く泣く別れた。

 任国へ下ってからも、国輔の心にあるのは、その女のことだけだった。京へ向かう人がいるたびに手紙を託したが、途中で止められたのか、一通も届かなかった。女からの返事もない。

 何も分からないまま、不安な日々を過ごしていると、ある人が、

「京では病気になる人が多く、世の中が大変な騒ぎになっている」

 と話した。国輔は何よりもまず、女の身が心配でたまらなかった。

 そうしているうちに、ようやく京へ帰ることができた。すぐに女のいた宮家へ人をやり、様子を尋ねさせた。

「あの方は、もう病気になって、ここを出ていかれました」

 使いは何も分からないまま戻り、その言葉を伝えた。

 国輔は胸が詰まり、何も考えられなくなった。もう一度人をやって行方を捜させたが、誰も知る者はいない。

 いても立ってもいられず、国輔は馬に乗り、あてもなく家を飛び出した。

「そういえば、西京の方に知り合いがいると聞いたことがある」

 かすかな記憶だけを頼りに捜し歩いていると、粗末な家の前に、女が以前使っていた少女が立っていた。

 国輔はうれしくなり、声をかけようとした。すると少女は、国輔から隠れるように家の中へ逃げ込んだ。

 国輔は馬を降り、そのあとを追って家へ入った。そこには、捜し続けていた女がいた。こちらへ背を向け、髪をとかしている。

「ああ、こんな所にいたのか」

 国輔は後ろから女を抱きしめ、これまでどれほど心配したかを、心を込めて語った。

 ところが女は、何も答えない。ただ、声を押し殺して泣き続けていた。

 国輔は、自分が長く便りをよこさなかったため、恨んでいるのだと思った。女が気の毒でならず、自分も涙をこらえながら、あれこれとなだめた。

「それにしても、どうして後ろばかり向いているんだ。早く顔を見たいと思っていたのに、ここまで来ても見せてくれないのか」

 国輔が女をこちらへ向かせようとすると、女はますます激しく泣き、どうしても顔を見せようとしない。

「なんということだ。そこまで深く恨んでいたのか」

 国輔が無理に女の顔をこちらへ向けると、両方の目がなかった。木の節が抜け落ちたように、二つの穴だけが開いている。とても見ていられない姿だった。

 国輔は取り乱し、しばらく声も出なかった。それでも気を静め、

「いったい、何があったんだ」

 と尋ねた。

 女は声を上げて泣くだけで、何も答えない。すると先ほどの少女が、泣きながら事情を話し始めた。

「あなたが任国へ下られてから、しばらくの間、この方は手紙が届くのではないかと、誰にも言わず待ち続けておられました。けれど、まったくお便りがないまま、一年、二年と過ぎてしまいました」

「毎日あなたのことばかり思い、悲しんでいるうちに病気になり、宮家を出ることになったのです。頼れる親類にも都合の悪いことが重なり、ほかに行く場所がなかったので、私がこの家でお世話していました」

「ところが、とうとう息を引き取られました。遺体を置いておいてもしかたがないので、この家の前にある野へ運びました。すると半日ほどたって、思いがけず生き返られたのです」

「けれど、その間にカラスなどにつつかれ、すでに両目を失っておられました。あまりにひどい有様で、言葉ではとても説明できません」

「本当なら、すぐにあなたをお捜しするべきでした。けれど、この姿を人に知られたくないというお気持ちも、よく分かります。そこで、このままお隠ししようと思っていたのです」

 少女の話を聞くうちに、国輔の胸は、悲しみでいっぱいになった。

「いったい、どんな前世の報いで、これほどむごい目に遭うのだろう。もう、この世で生きていくことはできない」

 国輔はそのまま比叡山ひえいざんへ登り、甘露寺かんろじ教静僧都きょうじょうそうずのもとへ入った。そして慶祚けいその弟子となり、真言密教しんごんみっきょうの奥義を学んだ。

 のちに唐房とうぼう法橋行因ほっきょうぎょういんと呼ばれたのが、この国輔である。日吉ひえの神と対面し、灌頂かんじょうを授けたとも伝えられている。

 国輔が初めて比叡山へ登った時のことである。山の道をよく知らず、案内してくれる者もいなかったので、人に尋ねながら、おぼつかない足取りで進んでいた。

 水飲という場所で、檀那僧都覚運だんなそうずかくうんと出会った。覚運は国輔の様子を不思議に思い、じっと見た。

「あれは、出家するために山へ登っている者だろう。すばらしく知恵のある目をしている。どこへ行くのか、あとをつけて見てこい」

 覚運は、従者の一人を国輔のあとへ行かせた。

 やがて従者が戻り、

「甘露寺僧都のもとへ入りました」

 と報告した。

「やはり、そうだったか。あれほどの知恵ある者を、慈覚大師じかくだいしの流派へ入れられず、智証大師ちしょうだいしの流派へ行かせてしまった。残念なことだ」

 覚運はそう言ったという。

 国輔が真言密教を学び始めたころ、師の大阿闍梨だいあじゃりが、その覚悟を試そうとしたことがあった。

「出家する前は、人の物まねが得意で、周りを楽しませていたそうだな。千秋万歳せんずまんざいを舞ってみなさい。見てみたい」

 大阿闍梨あじゃりがそう言うと、国輔は嫌な顔一つせず、

「承知しました」

 と答えた。そして経巻きょうかんを包む紙を頭にかぶり、見事に舞ってみせた。

 大阿闍梨は涙を流した。

「きっと断るだろうと思っていた。だが、この人は本物の修行者だ。なんと尊いことか」

 そう言って、国輔を褒めたという。

第49話 中ごろ、朝夕御門につかうまつる男

 昔、毎日宮中きゅうちゅうへ仕えている男がいた。

 男は美しい女と結ばれ、長年一緒に暮らしていた。ところが、ほかに好きな女ができたのだろうか。宮仕えを言い訳にして、少しずつ家へ帰らなくなった。

 女は初め、仕事の都合で会えないだけだと思っていた。けれど、男はついにまったく通ってこなくなった。

 女は何かあるたびに、自分の心細い境遇を嘆きながら、何年も暮らしていた。

 ある時、男がたまたま女の家の前を通りかかった。それを見た家の者が、女に知らせた。

「たった今、殿が門の前を通られました。さすがに、ここにあなたがいることは覚えておられるのでしょう。牛車の物見から、こちらをのぞいておられました」

 女はそれを聞くと、

「お話ししたいことがあります。中へお入りください、と申し上げて」

 と頼んだ。

「もう通り過ぎられたのに、わざわざ戻ってくださるでしょうか」

 家の者はそう言いながらも、走って男を追い、その言葉を伝えた。

 男は、今さら何の用だろうと思った。しかし、ここまで来て女の頼みを無視することもできず、引き返した。

 門を入ると、庭には草が深く生い茂り、昔とはまるで違う荒れ果てた景色になっていた。男はそれを見ただけで、言いようのない悲しさを覚えた。

 すべては自分のせいだと思うと、気まずく、落ち着かない。

 それでも女は、今になって取り乱す様子もなかった。いつもそうしているように脇息きょうそくへ寄りかかり、法華経ほけきょうを読んでいた。

 長く悩み続けたせいか、女は少し痩せていた。けれど、その姿はかえって清らかで、かわいらしく見える。顔立ちも、髪のこぼれかかる様子も、以前とは別人のように美しかった。

 男は思った。

 自分は、いったい何に心を迷わされ、この女を苦しませてしまったのだろう。

 これまで女が味わった悲しみを思うと、胸が痛んだ。男は、自分の本心ではなかったことや、そうなってしまった事情を、心を込めて話した。

 女は何か言いたそうに見えたが、返事をしなかった。経を最後まで読み終えてから話すつもりなのだろう。

 男が訳も分からず待っていると、女は法華経の一節を、二度、三度と繰り返し読んだ。

原文於此命終即往安楽世界阿弥陀仏ここにおいてみょうじゅうし、すなわちあんらくせかいのあみだぶつのみもとにゆく

超口語訳:この世で命を終えたなら、すぐに極楽世界の阿弥陀仏あみだぶつのもとへ生まれる。

 そのまま眠りに落ちるように、女は座ったまま息を引き取った。

 その時の男がどれほど驚き、悲しんだかは、想像するまでもない。男は何とかいう弁官だったと聞いたが、名前は忘れてしまった。

 人を深く恋い続けた末に、夫を待つ石になった女の話もあれば、相手の薄情さを恨み、悪霊になった女の話もある。恋は、多くの場合、深い罪へつながるものだ。

 しかしこの女は、その苦しみを極楽往生ごくらくおうじょうのきっかけに変え、願いどおりの最期を迎えた。なんとすばらしい心だったのだろう。

 この話にならい、この世で恋に苦しんでいる人が、その苦しみを極楽往生を願う力へ変えられたなら、どれほど賢いことだろう。

 たとえ互いに愛し合っていたとしても、その関係が何度の生涯にわたって続くというのか。

 楊貴妃ようきひは、玄宗皇帝げんそうこうていと死後も一緒にいたいと願いながら、むなしくこの世を去った。李夫人りふじんも、死後に反魂はんごんの香の煙の中へ、わずかに姿を現しただけだった。

 まして、自分を愛していない人なら、こちらがどれほど苦しんでいても、そのつらさを理解してくれるはずがない。

 思いがあふれ、富士山の煙や海人の濡れた袖にたとえて、どれほど心の底を打ち明けても、何になるだろう。一人で胸を焦がし、涙に袖を濡らしているだけでは、あまりにもむなしい。

 しかも、その執着は、この世だけで終わるとは限らない。人を苦しめた報いは消えず、来世には自分が、同じように人から苦しめられるかもしれない。

 こうして生まれ変わるたび、互いへの執着が果てしなく続き、生死しょうじを離れられない鎖になってしまう。それは、実に罪深いことである。

 今度こそ思いを断ち切り、極楽へ生まれたなら、この世で味わった悲しみも恨みも、眠っている間に見た夢と変わらなくなる。

 そして、相手もまた自分を悟りへ導いてくれた善知識ぜんちしきだったと気づき、今度はこちらが相手を救う。それこそが、理想ではないだろうか。

 それでも極楽へ行ってなお、どうしても消えない恨みがあるのなら、その時に本人へ言えばよい。

第50話 いづれの国とか、たしかに聞きはべりしかど

 どの国の話だったか、確かに聞いたはずだが忘れてしまった。

 ある所に、まだ働き盛りの男が、年を取った妻と暮らしていた。妻には、前の夫との間に生まれた娘が一人いた。

 ある時、妻が男へ言った。

「私と離縁してください。この家の一室をいただき、そこで静かに念仏を唱えて暮らしたいのです。そして、よその女を妻にするくらいなら、ここにいる若い娘と一緒になり、家のことを任せてください。まったく知らない女より、私にとっても安心です。もう年を取り、今のように夫婦として暮らすことが、何かにつけてつらくなってきました」

 男は驚いた。娘も、そんなことをしてはいけないと言った。

 しかし妻は冗談で言っているのではなかった。何度も真剣に同じ話を繰り返した。

 男はとうとう、

「そこまで強く望んでいるのなら、分かりました」

 と答えた。

 妻が言ったとおり、妻を家の奥にある部屋へ移し、男はその連れ子と夫婦になって暮らし始めた。

 それからも二人は、時々妻の部屋をのぞき、

「何か困ったことはありませんか」

 と声をかけた。娘も男も、妻を粗末には扱わなかった。表面上は何事もなく、年月が過ぎていった。

 ある時、男が外出している間に、娘が母の部屋を訪ね、ゆっくり話をしていた。

 ところが母は、ひどく悩んでいるように見える。娘は不思議に思い、

「私に隠すことなど、何もないでしょう。心にかかっていることがあるなら、話してください」

 と言った。

「何も悩んでいません。ただ、このところ体調が悪いだけです」

 母はそう言ってごまかそうとした。けれど、明らかに様子がおかしい。娘が何度も問い詰めると、母はようやく口を開いた。

「本当のことを、どうしてお前に隠せるでしょう。私は、とても情けないことになっています」

「この家の今の暮らしは、私が自分から言い出し、勧めたことです。だから、誰を恨むこともできません」

「けれど、夜中に目を覚まし、一人で寝ている寂しさを感じると、心が揺れることがあります。昼間、あの人が部屋をのぞいてくれる時もそうです」

「あの人が、お前の夫になったことは、自分で望んだことです。それなのに胸が騒いでしまう。これは、あの人のせいでしょうか。いいえ、すべて私の愚かさです」

「何度もそう思い直しながら暮らしてきました。それでも、この嫉妬が深い罪になったのでしょう。恐ろしいことが起きているのです」

 母はそう言って、左右の手を差し出した。

 両手の親指が、それぞれ蛇になっていた。二匹の蛇は目をぎらつかせ、舌をひらひらと出している。

 娘はそれを見ると、目の前が真っ暗になり、どうしてよいか分からなくなった。何も言わず、その場で髪を切り、あまになった。

 帰ってきた男も事情を知り、出家して僧になった。母も髪を下ろし、尼になった。

 三人は同じように仏道修行を続け、朝晩、過ちを悲しんで悔いた。すると蛇になった親指は、少しずつ元の指へ戻っていった。

 その後、母は京の町を歩き、物乞いをして暮らしたという。

「私は実際に、その姿を見た」

 そう言って昔の人が語った、比較的新しい時代の話である。

 女は人をうらやみ、嫉妬する心によって、罪深い報いを受けやすいと昔は考えられていた。

 しかし、この母のように罪が目に見える形で現れたなら、かえって自分の過ちに気づき、悔い改めて、罪を消すこともできる。

 何事もない顔をしながら、心の中で嫉妬や恨みを育て、一生を終える人の方が恐ろしい。そうした人は、気づかないまま地獄へ落ちる原因を、固く作り上げてしまうからである。

 だから、感情のままに心へ振り回されるのではなく、自分で自分の心を導かなければならない。

 苦しみを前世からの報いと受け止めてもよい。夢の中で起きたことのように、心から手放してもよい。たとえ一瞬でも、自分の過ちを悔いる心を起こすべきである。

 ある仏教の論書ろんしょには、こう書かれている。

「人がどれほど重い罪を犯しても、わずかでも心から悔いるなら、その報いが必ず現れると決まった罪にはならない」

第51話 中ごろ、片田舎に男ありけり

 昔、ある田舎に男がいた。

 男には、長年深く愛し合ってきた妻がいた。妻は子どもを産んだあと、重い病気になった。男はそばを離れず、懸命に看病した。

 いよいよ最期が近づいた時、妻の髪が暑苦しそうに乱れていた。

「髪を結んであげよう」

 男はそばにあった手紙の端を引きちぎり、それをひもにして妻の髪を結んだ。

 妻は間もなく息を引き取った。男は泣きながら葬儀を行い、その体を煙へ変えた。

 妻の死後、男は心を込めて供養を続けた。けれど悲しみは少しも癒えず、妻に会いたいという思いは、いつまでも消えなかった。

「どうか、もう一度だけ、生きていた時の姿を見たい」

 男は毎日、涙にむせびながら暮らしていた。

 ある夜、夜更けになって、死んだ妻が寝室へ入ってきた。

 夢かと思ったが、はっきり目を覚ましている。男はうれしさのあまり、まず涙を流した。

「あなたは死に、もう別の世界へ生まれたはずではないのか。どうやって、ここへ来たのだ」

 男が尋ねると、妻は答えた。

「そのとおりです。本当の姿で、このように帰ってくることは、道理に合わず、前例も聞いたことがありません」

「けれど、あなたにもう一度会いたいという思いがあまりに深かったので、普通ならできないことを、無理に押し通して来たのです」

 二人の胸にあふれた思いは、とても書き尽くせない。その夜、二人は生前とまったく変わらないように、一緒に過ごした。

 夜明け前、妻は起きて部屋を出ようとした。その時、何かを落としたように見えた。妻は寝室のあちこちを捜したが、男には何を探しているのか分からなかった。

 すっかり夜が明けてから、男が部屋を見ると、髪を結ぶ元結もとゆいが一つ落ちていた。

 手に取って詳しく見ると、妻の最期に、男が手紙を破って作った元結とまったく同じだった。

 その元結は、妻の遺体とともに焼かれたはずである。ここに残っているはずがない。

 不思議に思った男は、あの時破った手紙の残りを取り出し、元結をつなぎ合わせてみた。すると破れ目が少しも違わず、ぴたりと重なった。

「これは最近、本当に起きた不思議な話で、作り話ではない」

 澄憲法師ちょうけんほうしが、人にそう語った話である。

 昔、小野篁おののたかむらの妹も、死後、毎晩のように現実の世界へ戻ってきたという。ただし聞こえるのは声だけで、はっきりと手に触れられる姿ではなかったそうだ。

 強い思いが、不思議な出来事を起こすことは、こうした話からも分かる。迷いの多い普通の人間でさえ、これほどのことが起きる。

 まして、仏や菩薩ぼさつは、

「心から姿を見たいと願うなら、その人の前へ現れよう」

 と誓っておられる。

 その誓いを知りながら、修行によって仏や菩薩の姿を拝めないのは、自分の心に原因がある。

 妻や子を恋しく思うように仏を慕い、名誉や利益を求めるような熱心さで修行すれば、仏が姿を現すことは難しくないはずだ。

 それなのに心を尽くしもせず、

「今は仏法の衰えた時代だから、そんなことは起きない」

「自分のような未熟者には無理だ」

 と諦めるのは、ただ志が浅いからである。

 ある人は、次のように語った。

「かげろうという虫は、夫婦の結びつきが、ほかのどの生き物よりも深い。それを確かめる方法がある」

「つがいの虫を捕らえ、二枚の銭へ一匹ずつ貼りつける。その二枚を市場へ持っていき、別々の人へ売る。銭は買った人から人へ渡り、どこへ行くか分からない」

「それでも夫婦の結びつきが深いため、夕方になると、二枚の銭は必ず元どおり一つのひもへ通され、再び出会うという」

「そのため、銭の別名を蜻蚊せいぶんというのだ」

 虫の夫婦の話など、記しても役に立たないように見える。けれど、ここから考えるべきことがある。

 私たちも心から、

「どうか仏の教えと出会わせてください」

 と願い続けたなら、なぜ、かげろうの夫婦のように再び出会えないことがあるだろう。

 たとえ前世からのごうに引かれ、望まない世界へ迷い込んだとしても、仏はそのたびに必ず姿を現し、救ってくださるはずである。

第52話 近く、山の西塔の西谷に、南尾といふ所に

 少し前、比叡山ひえいざん西塔さいとう西谷にしだににある南尾みなみのおという場所に、極楽房ごくらくぼう阿闍梨あじゃりと呼ばれる僧が住んでいた。

 その僧房そうぼうからは、向かい側の北尾きたのおへ上り下りする道が、はっきり見渡せた。

 ある時、阿闍梨は真言を唱え、脇息きょうそくに寄りかかりながら、少しまどろんだ。

 夢の中で北尾を見ると、見るからに痩せ衰えた牛が、重い荷物を背負わされ、山道を登っている。

 牛は舌を垂らし、苦しそうに立ち止まっていた。

 すると、赤く縮れた髪をした小さな童子どうじが現れた。その目には、普通の子どもとは思えない力が宿っている。

 童子は牛の後ろへ回ったり、前へ走ったりしながら、体を押し上げ、山道を登るのを助けていた。

 阿闍梨は不思議に思った。

 あの童子は、いったい何者だろう。

 すると、そばにいた人が言った。

「あれは、どのような命へ生まれ変わっても、守り続けるという誓いを破らないために、助けているのです」

 そこで阿闍梨は目を覚ました。

 現実の北尾へ目を向けると、夢で見たのと少しも違わない。あの痩せた牛が、重い荷物を背負って山道を登っていた。

 しかし、赤い髪の童子の姿は見えない。

 阿闍梨は考えた。

 この牛は前世で、不動明王ふどうみょうおうを深く信仰する修行者だったに違いない。前世からのごうによって、今は畜生ちくしょうの身へ生まれてしまった。それでも不動明王は信者を見捨てず、前から後ろから支えてくださっているのだ。

 阿闍梨は深く感動し、尊いことだと思った。

「小僧よ、入れ物に米を入れ、少し持ってきてくれ」

 そう言い残して牛のもとへ走り、牛をしばらく止めて、食べ物を与えた。

 仏の誓いが決してむなしくならないことは、この話からも分かる。

 私たちも、どのような命へ生まれ変わっても、仏と出会わせてくださいと願うべきである。

第53話 少納言公経といふ手書ありけり

 少納言公経しょうなごんきんつねという、字の上手な人がいた。

 国司こくしを任命する人事が行われるころ、公経は心の中で願いを立てた。

「もし、かなり豊かな国の国司に任命されたなら、その収入で寺を建てよう」

 ところが任命されたのは、河内かわちという、それほど豊かではない国の国司だった。

 公経は期待外れに思ったが、

「それなら、古くなった寺を修理することにしよう」

 と考え、任国へ下った。

 公経が河内の国の中をあちこち見て回っていると、ある古寺こじで、仏像の台座だいざの下から一通の文書を見つけた。

 開いてみると、

「僧、公経」

 と書かれている。

 不思議に思い、詳しく読んでみた。そこには、

「来世に、この国の国司となり、この寺を修理する」

 という願いが記されていた。

 公経は、それを見て悟った。

「自分が河内守になったのは、偶然ではなかった。前世の願いを果たすためだったのだ」

 希望どおりの国ではなかったと不満に思った心を反省し、信仰を込めて寺を修理した。

 文書に書かれた文字は、今の公経の筆跡と、ほんの少しも違わなかったという。伏見の修理大夫の話と同じように、前世の公経も、今と同じ名前を名乗っていたのである。

 私たちは、自分や他人の前世を知らない。けれど、何事も、この世だけで始まったことではない。

 それを知らず、欲しいものを必死に追い求め、願いがかなわないと、神を非難し、仏まで恨む。それは、あまりにも愚かなことだ。

 自分では望まない結果に見えても、前世に立てた願いどおりになっていることがある。この話から、そのことを知るべきである。

第54話 少納言統理と聞こえける人

 少納言統理しょうなごんむねまさという人は、長年、世を捨てて出家したいと強く願っていた。

 月が明るく、どこにも曇りのない夜のことだった。統理は心を静め、一人でじっと物思いにふけっていた。すると、深い山へ入り、そこで暮らしたいという思いが、どうしようもないほど強くなった。

 統理は家の者へ、

「湯を用意してくれ。出かけることにする」

 と命じた。そして髪を洗って整え、きちんと冠をかぶった。

 妻は、夫の様子から何かを察したのだろう。声を押し殺して泣いていた。

 けれど、夫婦は互いに何も言わなかった。

 翌日、統理は正装し、当時の関白かんぱくのもとへ向かった。

 出家するつもりであることを伝え、暇をいただこうとしたが、取り次いでくれる人がいない。

 しばらく待ち、ようやく、

「山里へこもりますので、お別れのご挨拶に参りました」

 と申し上げることができた。

 すると関白は、

「しばらく待ちなさい」

 と言って、統理と直接会った。そして自分の数珠じゅずを与え、

「来世では、私のことを頼むぞ」

 と言った。

 統理は涙をこらえながら数珠を受け取り、関白を拝んで退出した。

 そのまま僧賀聖そうがひじりいおりを訪ね、念願どおり髪を下ろして出家した。

 ところが統理は、ぼんやりと物思いにふけるばかりで、ほとんど修行しない。いつも何かに悩み、涙ぐんでいた。

 僧賀聖は不思議に思い、その理由を尋ねた。

 統理はどう言えばよいか分からなかったが、思い詰めた末に打ち明けた。

「妻が、もうすぐ子どもを産む月を迎えます。捨ててきたつもりですが、やはり気にかかってしまうのです」

 それを聞くと、僧賀聖はすぐ都へ向かい、統理の家を訪ねた。

 妻は、まさに子どもを産めずに苦しんでいるところだった。僧賀聖は祈りをささげ、無事に出産させた。それからも人に頼んで必要な物を集め、母子が不自由しないよう、手厚く世話をした。

 これで統理の心配は一つなくなった。

 しかし統理には、もう一つ忘れられないことがあった。のちの三条天皇さんじょうてんのうがまだ東宮とうぐうだったころ、いつもそば近くで仕えていたのである。

 統理は東宮へ、次の歌を送った。

原文:君に人なれな習ひそ奥山に入りての後はわびしかりけり

超口語訳:あなたに親しく仕えることなど、知らなければよかった。奥山へ入った今も、恋しさがつらくてたまりません。

 東宮からは、返事の歌が届いた。

原文:忘られず思ひ出でつつ山人をしかぞ恋ひしきわれもながむる

超口語訳:私もあなたを忘れられず、何度も思い出しています。山に入ったあなたが恋しくて、物思いに沈んでいます。

 統理はその歌を読み、こぼれる涙を必死にこらえていた。

 その様子を見た僧賀聖は、厳しく叱った。

「東宮から歌をいただいたからといって、その方が仏であるはずはない。そんな心のままで、どうして生死しょうじの迷いから離れられるのか」

第55話 中納言顕基は大納言俊賢の息

 中納言顕基ちゅうなごんあきもとは、大納言俊賢だいなごんとしかたの子である。

 後一条天皇ごいちじょうてんのうから特に信頼され、若いころから官職にも位にも恵まれた。出世の面では、何一つ不満のない人生だった。

 けれど顕基は、この世の栄華を好まなかった。心から仏道を求め、悟りを得たいと願っていた。

 顕基はいつも、白楽天はくらくてんの詩の一節を口ずさんでいた。

原文古墓こぼ、何れの世の人。知らず姓と名と。化して路傍ろぼうの土と為つて、年々春草しゅんそう生ひたり

超口語訳:この古い墓に眠るのは、いつの時代の人だろう。姓も名も、もう誰も知らない。今は道端の土となり、その上には毎年、春の草が生えている。

 顕基は音楽を深く愛し、朝晩、琵琶びわを弾いていた。そして、

「何の罪もないのに罪を着せられ、遠い土地へ流されて、そこで月を眺めてみたい」

 と願っていた。

 後一条天皇が亡くなった時、顕基の悲しみ方は、普通ではなかった。

 天皇の死後、御所の様子はたちまち変わった。最後には、明かりさえともされなくなった。

 顕基が理由を尋ねると、

「役所の者は皆、新しい天皇のために働いているので、こちらへ仕える者がいないのです」

 という答えが返ってきた。

 顕基は、世の中のむなしさを、ますます深く思い知らされた。

 身分のある人々は皆、新しい天皇のもとへ参上した。しかし顕基は、

「忠臣は、二人の君主へ仕えない」

 と言い、最後まで参上しなかった。

 亡き天皇の服喪中に必要な仕事をすませると、そのまま家を出た。

 長年親しくしてきた貴族たちは、顕基の袖をつかみ、別れを悲しんだ。それでも顕基の決心は、少しも揺らがなかった。

 顕基は比叡山ひえいざん横川よかわへ登り、出家して、そのまま山にこもった。

 上東門院じょうとうもんいんから様子を尋ねられた時には、次の歌を送った。

原文:世を捨てて宿を出でにし身なれどもなほ恋ひしきは昔なりけり

超口語訳:世を捨て、家を出た身ではありますが、それでもやはり、昔の日々が恋しく思われます。

 のちに顕基は大原おおはらへ移り、ほかのことには目もくれず、ひたすら修行を続けた。

 当時、最高の権力を持っていた人物が、その尊い生き方を聞き、身分を隠すようにして顕基のいおりを訪れたことがある。

 二人は宵から明け方まで、ずっと仏道について語り合った。顕基は、この世の名誉や利益について、一言も話さなかった。

 訪ねた人物は深く感動し、顕基を心から尊敬した。そして、

「来世では、どうか私をお導きください」

 と何度も頼んだ。

 その人物が帰ろうとした時、顕基は言った。

「わざわざお越しいただき、本当にありがとうございます。息子の俊実としざねは、考えの足りない者でございます」

 その時、相手はその言葉の意味が分からなかった。

 帰ってから、よく考えてみた。

 あの場面で、息子の俊実について話す理由はなかった。顕基が自分の子を、ただ悪く言おうとするはずもない。

「たいした才能がなくても見捨てず、味方になってやってほしい、という意味だったのだろう。世を捨てた人でも、親子の情だけは、なかなか捨てられない。息子のことが心配で、思わず口にしたのだ」

 その人物はそう理解し、その後は何かにつけて俊実を助け、引き立てた。

 俊実は父が出家したため、後ろ盾を失った身だったが、早くも大納言まで昇進した。美濃大納言みののだいなごんと呼ばれたのが、この人物である。

第56話 兵部卿致平親王の御子成信中将と

 兵部卿致平親王ひょうぶきょうむねひらしんのうの子である成信中将なりのぶちゅうじょうと、堀川右大臣ほりかわのうだいじんの子である重家少将しげいえしょうしょうは、当時、並ぶ者のないほどすぐれた若者だった。

 二人はそれぞれ、照る中将、光る少将と呼ばれ、同じように世間からもてはやされていた。

 この二人は同じ時期に仏道を求める心を起こし、一緒に世を捨てようと約束した。志は同じだったが、出家を決意した理由は違っていた。

 重家少将が世を嫌うようになったのは、当時の最高権力者が重い病気になったことがきっかけだった。

 権力者の死によって立場が危うくなる人々や、あとを継ぐ側の親類たちの様子を見ていると、命を惜しむ心も、人をねたむ心も、ひどく醜いものに思えた。それ以来、重家は自然にこの世を嫌うようになった。

 一方、成信中将のきっかけは、自分よりはるかに優秀な人々を見たことだった。

 藤原斉信ふじわらのただのぶ藤原公任ふじわらのきんとう藤原俊賢ふじわらのとしかた藤原行成ふじわらのゆきなりといった、当時を代表する人々が、宮中きゅうちゅうの陣の座で政務を話し合っていた。成信は、その見事な議論を立ち聞きした。

 そして考えた。

「官職や位を高くしたいと思うなら、自分の力が足りないことを恥じない人間になるしかない。この人たちには、どうしてもかなわない」

「それなら、この世にとどまって何になるだろう。来世の救いを願うべきだ」

 二人は日を決め、

三井寺みいでら慶祚阿闍梨けいそあじゃりのもとで落ち合おう」

 と約束した。

 ところが、その日になっても重家はなかなか現れない。

 成信は夜になるまで待ったが、とうとう待ちきれなくなった。

「何か迷っていることがあるのだろう」

 約束を残念に思いながら、一人で慶祚けいそ阿闍梨あじゃりのもとへ行き、

「髪を下ろし、出家させてください」

 と頼んだ。

 阿闍梨は断った。

「あなたほど若く美しい方を出家させるだけでも惜しいのに、世に名高い身分でもあります。簡単にお引き受けすることはできません」

 成信はいったん、部屋の外へ出るように見せた。そして自分で髪を切り、戻ってきた。

「もう、このような姿になりました」

 そこまでされては、阿闍梨にもどうすることもできない。ついに成信の出家を認めた。

 夜が明け、成信が帰ろうとすると、朝露にびっしょり濡れた重家少将がやって来た。

「どうして、こんなに遅くなったのですか。夜が更けるまでお待ちしましたが、何か迷っておられるのかと思い、先に出家してしまいました」

 成信が言うと、重家は答えた。

「あなたと約束したのに、どうして日を違えるでしょう。父の大臣へ別れを告げずに出家すれば、罪になると思いました。話す機会を待っていたので、遅くなったのです」

「それでも約束の日を違えないよう、昨夜のうちに元結もとゆいを切りました」

 重家はそう言って、切った髪を見せた。

 この時、成信は二十三歳、重家は二十五歳だった。

 普通の人でさえ、若くして出家するのは惜しい。それが、これほどすぐれ、将来を期待された二人である。

 同じ志を持ち、そろって世俗の姿を捨てた二人を見て、阿闍梨は涙を流した。若さを惜しむ気持ちと、決意の尊さに感動する気持ちが、胸の中で重なっていた。

 重家は前日の夜、まず自分で元結を切り、髪を無造作にまとめた姿で、暗がりの中、父の大臣へ別れを告げた。

 父は、息子の決意を感じ取ったのだろう。

「どれほど言っても、思いとどまるようには見えなかったので、止められなかった」

 と、あとで語ったという。

 また、多武峰とうのみねへ入った高光少将たかみつしょうしょうは、兄である一条摂政いちじょうのせっしょうが何かにつけて過ちを犯すのを見て、

「この世で生き、権力を持つことは、恥ずかしいことなのだ」

 と思い、それをきっかけに出家を決意したという。

 人の賢さを見た時も、愚かさを見た時も、それを本当の仏道を求めるきっかけにできる。実に、そうありたいものである。

第57話 花園左大臣は御形、心用ゐ、身の才

 花園左大臣はなぞののさだいじんは、容姿も、心配りも、才能も、何一つ欠けることのない人だった。天皇家に近い血筋の人物でもあった。

 そのため、人々は、この方が臣下の身分に生まれたことを惜しんだ。本人も自分の血筋をよく分かっており、うれしいことがあっても、喜ぶ様子を人前で見せなかった。

 仕えている男女が、何かの拍子に楽しそうに笑うことさえ見逃さなかった。

「このように恵まれない運命の主人へ仕えていながら、何がそんなにうれしいのだ」

 左大臣が厳しくたしなめるので、新年の祝いの言葉さえ、家の者は思うように口にできなかった。

 宮中きゅうちゅうでは、春の間は儀式が多く、かえって堅苦しい。

 そこで才能のある若者たちは、花園左大臣の屋敷へ集まった。詩を作り、歌を詠み、楽器を演奏して、毎日のように楽しんだ。

 天皇の兄弟たちも、朝から晩までいるほど頻繁に訪れた。

 花園左大臣は臣下なので、表向きは大臣と呼ばれている。しかし屋敷でのもてなしは、皇族に対するものと変わらず、何一つ不足がなかった。

 それでも本人は、自分の身を心から不幸だと思っていた。いつ見ても、何かに悩んでいる人のようだった。

 いつのことだっただろうか。

 花園左大臣は京から石清水八幡宮いわしみずはちまんぐうまで、正装したまま歩き、七日間参詣したことがある。

 別当の光清はその話を聞き、左大臣を迎えるため、盛大な用意をした。

 けれど左大臣は、

「今回は、わざと途中でどこにも泊まらず、ひたすら参詣しようと決めています。そちらへ立ち寄ることはできません」

 と言い、光清の所へ寄らなかった。

 七日間の参詣を終えて帰る途中、算豆さんずという場所で、左大臣の願いがかなうことを告げる歌が届けられた。

 左大臣は返歌をせず、

「これは、八幡の神からのお告げである」

 と言って、その歌を袋へ大切に納めた。そして帰り道で、使者に、自分が乗るはずだった馬を鞍ごと与えた。

 供をしていた者は、ずっと不思議に思っていた。

 いったい、どれほど大きな望みがあるから、正装して歩き、七日間も参詣されたのだろう。普通の願いではないはずだ。

 八幡の神は、もとは天皇である。花園左大臣は皇室に近い血筋なのに、臣下となった。もしかすると、途絶えた皇統こうとうを自分が継ぐことを願ったのではないか。

 供の者は、そこまで想像していた。

 ところが神前へぬさをささげる役目をし、左大臣の近くに控えた時、本人の祈りが聞こえた。

原文臨終正念りんじゅうしょうねん往生極楽おうじょうごくらく

超口語訳:最期まで心を乱さず、極楽へ往生できますように。

 供の者は、その願いを聞いて悲しく思うと同時に、なんと尊いのだろうと感動した。

 天皇の位は、この世で最も尊い。

 けれど死を迎えれば、王族も庶民も変わらない。だから、極楽へ生まれるという永遠の幸せに、かなうものはないのである。

第58話 河内国に、目聖とて、貴き人ありけり

 河内国かわちのくにに、目聖もくしょうと呼ばれる尊い修行者がいた。

 藤原道長ふじわらのみちなが法成寺ほうじょうじを建て、その供養を行った日、目聖も参列し、仏を拝んだ。

 儀式の壮麗さも、仏前の飾りも、人の想像を超えるほどすばらしかった。

 その時、道長の子である藤原頼通ふじわらのよりみち関白かんぱくを務め、儀式を取り仕切っていた。

 頼通と肩を並べられる者は、一人もいない。その姿は実に堂々としていた。

 人々は口々に言った。

「人間に生まれるなら、関白のような最高権力者になるのが一番だ」

 やがて大勢の役人が、雲や霞のように天皇を取り囲み、楽の音が高く響く中、天皇が到着した。

 先ほどまであれほど立派に見えた関白も、天皇の前では、取るに足りない者のように見える。

 目聖は考えを改めた。

「どれほど力を持つ臣下でも、天皇にはかなわない」

 しかし、その天皇が金堂へ入り、仏の前で頭を下げ、礼拝する姿を見た時、目聖はさらに悟った。

「やはり、仏より上に立つ方はいない」

 そう考え、仏道を求める決意を、いっそう固くした。

 仏の尊さを知り、信仰へ入った妙荘厳王みょうしょうごんのうの話と、少しも変わらない。実に賢い考え方である。

第59話 ある上人のものへまかりける道に

 ある上人しょうにんが、どこかへ出かけた時のことである。

 道を歩いていると、三人ほどの物乞いが、連れ立って進んでいた。その会話に耳を傾けると、一人が言った。

近江おうみという男は、本当に運がいいな。坂の仲間へ入って、まだ三年もたっていないのに、もう宝鐸ほうちゃくを持つことを許された。めったにないことだ」

 すると、もう一人が答えた。

「あの人は、特別に恵まれた運を持っているんだ。悪く言ってはいけない」

 この話を聞いた上人は、のちにこう語った。

「物乞いの世界にも、その人たちなりの名誉や出世があり、心からうらやましがっている。それを聞いた時、私がこの世の名誉を追い求める姿も、仏や菩薩ぼさつから見れば、同じようにむなしく見えるのだろうと思い知らされた。本当に恥ずかしくなった」

 また、ある人が田舎へ行き、貧しい家へ泊めてもらった時のことである。

 その家の主人は、八十歳を超えていただろうか。髪は雪のように白く、肌は黒く、深いしわが重なっていた。目はただれ、口は歯が抜けてすぼまり、腰は二つ折りになるほど曲がっている。

 立ったり座ったりするたびに、ひどく苦しそうだった。いつ亡くなっても不思議ではない。

 泊まった人は気の毒に思い、老人へ勧めた。

「あなたはすっかり年を取り、残された命も長くないでしょう。歩くことさえ難しいのですから、人の中で働き続けるのもつらいはずです」

「もう出家し、念仏を唱えながら、静かに暮らしてはいかがですか。そうすれば来世の幸せを得られるだけでなく、今の体も楽になるでしょう」

 老人は答えた。

「おっしゃるとおり、本当ならそうするべきでしょう。けれど、もう少しで就けそうな役職が一つあるのです」

「そのため、衰えた体にむちを打ち、今まで働き続けてきました。私より三歳年上の老人が一人、私より上の地位にいます。その人が亡くなれば、必ず私がその役職へ就けます。それまでは待とうと思っているのです」

 この老人が望んでいた役職など、たいしたものではなかっただろう。それでも強く執着し、

「まだか、まだか」

 と、上の老人が死ぬのを待っていたのである。なんと罪深く、悲しいことだろう。

 こうした話を聞くと、愚かな人だと思うかもしれない。

 しかし、よく考えれば、この世の望みは、高いものも低いものも同じである。

 私たちがすばらしいと思い込んでいる官職や位も、さらに上の世界から見れば、あの老人が望んだ小さな役職と変わらない。

 まして、インドや中国の国王や大臣の栄華と比べれば、日本の官位など、話にもならないほど小さなものだろう。

 また、ある人は次のように語った。

治承年間じしょうねんかん、戦乱で多くの人が命を失ったころのことです。敵方の男が捕らえられ、首を斬られる場所へ連れていかれるところを見ました」

「捕らえられた男は、それなりに身なりもよく、品のある人物に見えました。それなのに兵士たちは、人の心を失った恐ろしい顔で、男を追い立てていきます。地獄絵に描かれた鬼と、少しも変わりませんでした」

「なんとむごいことだ。この人たちは、正気を失っているに違いない。そう思いながら、気の毒に眺めていました」

「すると、道にいばらが生えていました。これから殺される男は、そのとげを踏まないよう、わざわざ避けて歩こうとしました」

「それを見た人々は涙を流しました。これほどひどい目に遭い、あとわずかしか生きられないのに、それでも、とげを踏んで痛い思いをしたくないのか。そう言って、男の身を悲しんだのです」

 しかし、これは本当に他人だけの話だろうか。

 私たちは仏法の衰えた末の世に生まれ、寿命も短く、運にも恵まれていない。幸い人間に生まれたとはいえ、前の仏が世を去り、次の仏が現れるまでの暗い時代である。争いが絶えず、恐ろしい世の中でもある。

 月日は、戸口の前を走り過ぎる馬のように、あっという間に過ぎていく。私たちは、屠殺場へ一歩ずつ近づく羊と変わらない。

 最期が今日来るのか、明日来るのかさえ分からない。それなのに、ほかのことを考えている余裕があるだろうか。

 立っている時も座っている時も、欲や怒りという敵に縛られている自分を悲しむべきである。

 眠っている時も起きている時も、無常むじょうという剣が突然、自分の命を断つことを恐れるべきである。

 それなのに、やがて塵や灰になる体を大切に思い、この世のほんの短い間だけの身分の違いに悩み、名誉や利益を追い求めている。

 それは、もうすぐ首を斬られるのに、足へ刺さるいばらを避けた男と、まったく同じではないだろうか。

 朝に生まれ、夕方には死ぬカゲロウの命も、決して他人事ではない。

 天上世界てんじょうせかいの中でも寿命が短い四天王天してんのうてんでさえ、人間世界の五十年が、わずか一日一夜にあたるという。

 この国で長生きしたと言われる人の一生も、四天王天では一日か二日ほどにしかならない。さらに上の天上世界から見れば、ほんの一瞬である。

 そう考えると、私たちの一生も、私たちがカゲロウの命を見て感じる短さと、どこが違うのだろう。

 何事についても、このように考えていけば、この世では、あれが正しい、これが間違っていると、強くこだわる必要などなくなる。

原文:夢の中の有無は、有無ともに無なり。まどひの前の是非は、是非ともに非なり

超口語訳:夢の中で、何かがある、ないと争っても、目覚めればどちらも存在しない。迷いの中で、正しい、間違いと争っても、悟ってみれば、どちらも本当の答えではない。

 この言葉こそ、実に見事な真理である。

 三井寺みいでらの名僧である禅仁ぜんにんが、法印ほういんという高い僧位に就いた時のことだった。

 ある人が祝いを伝えると、禅仁はこう返事をした。

「天上の六欲天ろくよくてん四禅天しぜんてんにも、それぞれ王の位がある。そんな世界と比べれば、この小さな辺境へんきょうの国で得た位など、どうして大切に思うほどのものだろう」

 やはり、知恵のある人の考えはすぐれている。

 普通の人間は、自分の身近にある小さな世界しか知らない。

 そのため、物乞いにも物乞いなりの名誉がある。一方、どれほど立派で尊いものでも、自分の世界とかけ離れていれば、欲しいとは思わない。庶民が、自分も天皇の宮殿で暮らしたいとは考えないようなものだ。

 そう考えると、仏法の衰えた時代の人々が、極楽へ生まれたいと願わないのも、ある意味では当然である。

 極楽の姿や、そこで人々が味わう喜びは、どの一つを取っても、私たちの知る世界と比べられない。人の心でも、言葉でも、想像できないものばかりだからである。

 だからこそ、阿弥陀仏あみだぶつが人々を救うために立てた願いを聞き、信じる心を起こし、少しでも極楽へ行きたいと思える人は、この世で初めて仏道に触れた人ではない。

 何度も生まれ変わる中で修行してきた、その積み重ねが残っているのである。

 自分はもう極楽へ近づいているのだと、心強く思うべきである。

第60話 近き世のことにや、年はたかくて

 少し前の時代のことだろうか。

 年を取り、ひどく貧しい男がいた。

 形だけは官職を持っていたが、実際に出仕する方法もなかった。

 それでも古風な誇りを持っていたため、身分に合わない怪しげな仕事をして生きることは考えられない。

 一方で、この世への執着がないわけでもなく、出家しようという気持ちもなかった。

 決まった住まいさえなく、普段は古く壊れた堂に泊まっていた。

 男はそんな暮らしを何年も続けていた。

 朝から晩まで何をしていたかというと、人から使い古しの紙をもらい集め、そこへ何枚も屋敷の設計図を描いていた。

寝殿しんでんは、このように造ろう。門は、こちらへ置こう」

 実際には建てられるはずもないのに、細かな計画を立てていたのである。

 男は、どこまでも広がる想像の中で心を慰めながら暮らした。周りの人々は、その姿を、愚かなことの例として語った。

 確かに、実現するはずのない計画を立て続けるのは、むなしいことに見える。

 しかし、よく考えてみれば、この世の楽しみで一番大切なのは、自分の心が満たされることではないだろうか。

 広大な土地いっぱいに建つ立派な屋敷でも、それを自分の家だと思い慣れているから、自分のものに見えるだけである。

 実際に自分が起きたり寝たりする場所は、一部屋か二部屋にすぎない。

 そのほかの部屋は、親しい人や、そうでもない人が暮らす場所である。さらに、野山に住めばよい牛や馬のための小屋まで、わざわざ敷地の中へ建てている。

 そのようなもののために体を疲れさせ、心を悩ませる。

 まるで何百年、何千年も住み続けるかのように材木を選び、檜皮ひわだや瓦を、玉や鏡のように磨き上げる。そこまですることに、どれほどの意味があるだろう。

 主人の命は、はかない。長く住むことはできない。

 屋敷はやがて他人の住まいになるか、風で壊れ、雨で朽ちる。

 まして、一度火事が起きれば、長い年月をかけた仕事が、ほんの一瞬で煙になってしまう。

 それに比べれば、あの貧しい男が想像の中に建てた家には、材料を捜し、建物を造り、磨き上げる苦労がない。

 雨や風にも壊されず、火事になる心配もない。描かれているのは、たった一枚の紙である。それでも、自分の心を住まわせるには十分だった。

 龍樹菩薩りゅうじゅぼさつは、こう言っている。

「どれほど財産があっても、欲しいという心が止まらない人は貧しい。財産がなくても、何も求めない人は豊かである」

 また、書写山しょしゃざん性空上人しょうくうしょうにんが書き残した言葉には、こうある。

「腕を曲げて枕にしても、その中に楽しみはある。なぜ、浮雲のようにはかない栄華を、さらに求める必要があるだろう」

 さらに、次のような話もある。

 昔、中国に一人のことの名人がいた。

 その人は、弦を張っていない琴をいつもそばへ置き、少しも離そうとしなかった。

 人が不思議に思い、その理由を尋ねると、名人は答えた。

「私は琴を見るだけで、音楽が心の中へ浮かんでくる。だから実際に弾かなくても、心が慰められることは、演奏するのと変わらない」

 立派な家を実際に建てている人は、周りから見れば、

「なんとすばらしい」

 と思われる。

 けれど本人の心には、まだ足りないものが、いくつもあるだろう。

 それなら、あの男が想像の中に建てた住まいの方が、何かにつけて便利で、すぐれた点が多いのかもしれない。

 ただし、これは、この世の暮らしだけを比べれば、賢い話に聞こえるというだけである。

 もっと深く考えれば、天上世界てんじょうせかいの楽しみにさえ終わりがある。壺の中に仙境を持つという仙人せんにんの住まいでさえ、すべてが思いどおりになるわけではない。

 まして、実現しない家を想像するだけで、むなしく一生を終えるべきではない。

 願えば必ず行くことのできる安養世界あんようせかい、つまり極楽がある。そこには喜びが満ち、二度と迷いの世界へ戻らない者のための宮殿や楼閣ろうかくがある。

 どうせ住まいを思い描くなら、その世界を願えばよい。

 あの男の望みは、あまりにも小さく、はかないものだったのである。

第61話 昔、大安寺に、栄好といふ僧ありけり

 昔、大安寺だいあんじに、栄好えいこうという僧がいた。

 栄好は貧しかったが、年老いた母がいたので、寺の中へ住まわせ、どうにか命をつなげるだけの世話をしていた。

 奈良の大寺では、僧の部屋で火を使い、食事を作ることはなかった。

 食事は別の場所でまとめて作り、車へ積んで、毎朝、毎夕、僧坊の前を通りながら配っていた。

 栄好は自分の食事を受け取ると、いつも四つに分けた。

 一つは母へ渡し、一つは物乞いへ与え、一つは自分で食べる。残る一つは、ただ一人仕えている少年の分にした。

 栄好は必ず、まず母へ食事を届けさせた。

「お母さまが召し上がりました」

 少年からそう聞いたあとで、初めて自分の分を食べた。この順番を、長年一度も変えなかった。

 栄好の僧房そうぼうの隣には、垣根かきねを一つ隔てて、勤操ごんそうという僧が住んでいた。

 二人は同じ志を持ち、互いに信頼していた。勤操は長年、栄好が母へ尽くす様子を見て、尊いことだと思っていた。

 ある時、勤操が壁越しに、栄好へ仕える少年の泣き声を聞いた。声を押し殺して泣いている。

 勤操は不思議に思い、少年を呼んだ。

「どうして泣いているのだ」

 少年は答えた。

「私の師は、今朝、突然亡くなられました。私一人で、どのように葬ればよいのか分かりません」

「そのうえ、残されたお母さまが、これからどうやって生きていかれるのかと思うと、悲しくてたまらないのです」

 勤操はそれを聞き、深く心を痛めた。そして少年を慰めた。

「それほど嘆くことはない。葬儀については、今夜のうちに、私が一緒にすべて行おう」

「お母さまのことも心配しなくてよい。亡くなった栄好に代わり、これからは私が自分の食事を分け、養っていこう」

 少年は悲しみの中で、その言葉を何よりもありがたく思った。涙を拭い、母には何も起きていないように振る舞った。

 勤操は自分の食事を分け、これまでどおり栄好から届いたようにして、少年へ持たせた。

 少年は母のもとへ届けた。

 母が息子の死にまったく気づいていない様子を見ると、涙が止まらなくなりそうだった。それでも何とかごまかし、何も言わず、食事を置いて帰った。

 日が暮れると、夜中に勤操と少年の二人で栄好の遺体を運び、深い山へ葬った。

 母のあまは、それまでと何も変わらず食事が届くので、自分の子が亡くなったとは知らないまま、月日を過ごした。

 ある日、勤操のもとへ客が来て、酒を飲むことがあった。

 客の相手に気を取られ、いつも母へ食事を届ける時間が過ぎてしまった。

 少年は気になったが、勤操と母は実の親子ではない。遠慮があり、

「早く送ってください」

 と言い出せなかった。

 かなり遅くなってから、少年はようやく食事を届けた。

 母は言った。

「どうして今日は、いつもより遅かったのですか。年を取ったせいか胸が苦しくなり、いつもと違って、ひどく具合が悪いのです」

 それを聞くと、少年はどうしても涙をこらえられなくなった。声を隠すこともできず、その場で泣き続けた。

 母は訳が分からず、何度も理由を尋ねた。

 もはや隠し続けることはできない。少年は、初めからすべてを話した。

「本当は、亡くなられた時にすぐお知らせするべきでした」

「けれど、ご高齢のあなたが悲しみに耐えられず、そのまま亡くなるようなことがあってはいけないと思い、今まで申し上げませんでした」

「この食事は、息子さまと同じ道を歩む勤操さまが、事情をお知りになり、亡くなられた日から、ご自分の分を分けて送ってくださっているのです」

「今日はお客さまが来て、お酒を召し上がっておられたので、思いがけず遅くなりました」

「勤操さまが実の息子なら、私から早くするようお願いできたでしょう。けれど、やはり遠慮があり、言い出せなかったのです」

 少年は最後まで言えず、泣き崩れた。

 母は話を聞くなり倒れ、激しく泣いた。

「私の子は、もう亡くなっていたのですか。それを知らず、今夜こそ来てくれるのではないかと待っていた私は、なんと愚かだったのでしょう」

「今日、食事が遅れたことを不思議に思わなければ、息子が生きているのか、亡くなっているのかさえ、私は知ることがなかったのですね」

 そう言うと、母はその場で息を引き取った。

 勤操はその話を聞き、岩淵寺いわぶちでらという山寺で丁寧に葬った。

 そして七日ごとの法要には供養の食事を用意し、法華経ほけきょうを講義した。多くの僧へ協力を頼み、四十九日しじゅうくにちまで一度も怠らず、法要を続けた。

 その後も毎年の命日になると、同じ志を持つ八人の僧が力を合わせ、法華経の八巻を講義した。

 この法会は、延暦十五年えんりゃくじゅうごねんから始まり、同法八講どうほうはっこう、または岩淵寺の八講と呼ばれた。

 八講という法会は、ここから始まった。その後は各地で行われるようになり、今も絶えていない。

 勤操は生前、朝廷からも民間からも、尊い僧として広く知られていた。そのため亡くなったあと、僧正そうじょうの位を贈られたという。

第62話 山に、正算僧都といふ人ありけり

 比叡山ひえいざんに、正算僧都しょうさんそうずという人がいた。

 正算が非常に貧しく、比叡山西塔さいとう大林だいりんという場所に住んでいたころの話である。

 年の暮れ、深い雪が降り積もった。

 訪ねてくる人は一人もなく、食べる物も、火をたく燃料も尽き、僧房そうぼうから煙がまったく上がらない時があった。

 京には母がいたが、正算との行き来は途絶えがちだった。

 正算は、貧しい暮らしを母に知らせれば、かえって心配させてしまうと思い、

「この有様だけは、わざわざ母の耳へ入れたくない」

 と考えていた。

 けれど母は、雪に閉ざされた山で暮らす息子の心細さを想像したのだろうか。それとも、誰かから貧しい様子を聞いたのだろうか。

 母から心のこもった手紙が届いた。

 都でさえ人の行き来が絶えるほどの大雪なのに、雪深い山の住まいは、どれほど心細いでしょう。

 手紙には、普段以上に細やかな心遣いが記され、わずかではあるが、食べ物も添えられていた。

 正算は、思いがけない贈り物を、心からありがたく思った。

 それと同時に、使いの男が寒さに震え、深い雪をかき分けて来たことが気の毒だった。

 そこで、まず火をたき、母が送ってくれた食べ物を、使いの男へ食べさせようとした。

 ところが男は、今にも食べようとしながら箸を止め、ぽろぽろと涙を流した。そして、ひと口も食べようとしない。

 正算は不思議に思い、理由を尋ねた。

 男は答えた。

「この食べ物は、簡単に用意できたものではありません」

「お母さまは、あちらこちらを訪ね、何とか食べ物を手に入れようとされました。けれど、どうしても手に入りませんでした」

「そこでご自分の髪の内側を切り、人へ渡して、その代わりに、ようやくこの食べ物を手に入れられたのです」

「今、それを私が食べようとしたところ、お母さまの深いお気持ちを思い出しました」

「私は身分の低い者ですが、それでも悲しさに胸が詰まり、どうしても喉を通らないのです」

 正算は、その話を聞いて、どうして軽く受け流せただろう。

 長い間、涙を流し続けた。

 この世に、母が子を思う心より深い愛情はない。

 愚かな鳥や獣でさえ、子を思いやる心を持っている。

 田舎の人が、次のように語ったことがある。

「キジが卵を抱いて温めている時、野火が迫ると、一度は驚いて巣から飛び立ちます」

「けれど、どうしても卵を捨てられないのでしょう。煙の中へ戻り、そのまま焼け死ぬことがよくあります」

 また、ニワトリが卵を温める姿は、誰もが見たことがあるだろう。

 羽毛を一枚隔てて温めるだけでは足りないと思うのか、自分で胸の毛をむしり取り、卵を直接肌へ触れさせ、一日中温めている。

 餌を食べるために巣を離れても、

「卵が冷えないうちに戻らなければ」

 というように急いで帰ってくる。それは、並の愛情ではない。

 また昔、私の故郷のあたりに、思いがけないきっかけから、世を捨てて出家した人がいた。

 その人は以前、鷹を飼うことが好きだった。

 ある時、鷹の餌にするため、犬を殺した。腹に子のいる犬だった。

 矢で母犬の腹を射切ると、子犬が一匹、二匹と、こぼれ落ちた。

 傷ついた母犬はいったん走って逃げたが、すぐに引き返した。そして子犬をくわえ、連れていこうとしたところで倒れ、そのまま死んだ。

 男はその姿を見て、仏道を求める心を起こし、出家したという。

 心がないように見える鳥や獣でさえ、子どものためなら、自分の命と引き換えにするほど深い愛情を持っている。

 まして人間の親は、子が母の腹に宿った時から、一人前になるまで、一瞬も絶えることなく、その身を思いやり続ける。

 たとえ自分の命を差し出すほど親孝行おやこうこうをしても、親から受けた愛情へ、すべて報いることは難しいのである。

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