このページでは、鴨長明『発心集』第5巻(第48話~第62話)の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容を保ちながら、言葉や文法を一つずつ置き換える逐語訳ではなく、わかりやすさを重視した自然な口語訳にしました。また、人名・地名・仏教語などの読みにくい漢字には、現代仮名遣いによる振り仮名を付けています。
原文と照らし合わせたい方は、『発心集』第5巻 原文全文(ふりがな付き)をご覧ください。現代語訳にあたっては、本文の解釈や段落分けについて、以下の文献を参考にしています。
第48話 中ごろ、但馬守国挙が子に
昔、但馬守国挙の子に、国輔という雑色がいた。
国輔は、ある宮家に仕える身分の低い女を深く愛していた。ところがそのころ、父が但馬守として任国へ下ることになり、国輔もどうしても同行しなければならなくなった。
一日会えないだけでも苦しいほどだったのだから、遠く離れて暮らすことなど、とても耐えられそうにない。けれど、どうすることもできない。二人は何度も言葉を交わし、泣く泣く別れた。
任国へ下ってからも、国輔の心にあるのは、その女のことだけだった。京へ向かう人がいるたびに手紙を託したが、途中で止められたのか、一通も届かなかった。女からの返事もない。
何も分からないまま、不安な日々を過ごしていると、ある人が、
「京では病気になる人が多く、世の中が大変な騒ぎになっている」
と話した。国輔は何よりもまず、女の身が心配でたまらなかった。
そうしているうちに、ようやく京へ帰ることができた。すぐに女のいた宮家へ人をやり、様子を尋ねさせた。
「あの方は、もう病気になって、ここを出ていかれました」
使いは何も分からないまま戻り、その言葉を伝えた。
国輔は胸が詰まり、何も考えられなくなった。もう一度人をやって行方を捜させたが、誰も知る者はいない。
いても立ってもいられず、国輔は馬に乗り、あてもなく家を飛び出した。
「そういえば、西京の方に知り合いがいると聞いたことがある」
かすかな記憶だけを頼りに捜し歩いていると、粗末な家の前に、女が以前使っていた少女が立っていた。
国輔はうれしくなり、声をかけようとした。すると少女は、国輔から隠れるように家の中へ逃げ込んだ。
国輔は馬を降り、そのあとを追って家へ入った。そこには、捜し続けていた女がいた。こちらへ背を向け、髪をとかしている。
「ああ、こんな所にいたのか」
国輔は後ろから女を抱きしめ、これまでどれほど心配したかを、心を込めて語った。
ところが女は、何も答えない。ただ、声を押し殺して泣き続けていた。
国輔は、自分が長く便りをよこさなかったため、恨んでいるのだと思った。女が気の毒でならず、自分も涙をこらえながら、あれこれとなだめた。
「それにしても、どうして後ろばかり向いているんだ。早く顔を見たいと思っていたのに、ここまで来ても見せてくれないのか」
国輔が女をこちらへ向かせようとすると、女はますます激しく泣き、どうしても顔を見せようとしない。
「なんということだ。そこまで深く恨んでいたのか」
国輔が無理に女の顔をこちらへ向けると、両方の目がなかった。木の節が抜け落ちたように、二つの穴だけが開いている。とても見ていられない姿だった。
国輔は取り乱し、しばらく声も出なかった。それでも気を静め、
「いったい、何があったんだ」
と尋ねた。
女は声を上げて泣くだけで、何も答えない。すると先ほどの少女が、泣きながら事情を話し始めた。
「あなたが任国へ下られてから、しばらくの間、この方は手紙が届くのではないかと、誰にも言わず待ち続けておられました。けれど、まったくお便りがないまま、一年、二年と過ぎてしまいました」
「毎日あなたのことばかり思い、悲しんでいるうちに病気になり、宮家を出ることになったのです。頼れる親類にも都合の悪いことが重なり、ほかに行く場所がなかったので、私がこの家でお世話していました」
「ところが、とうとう息を引き取られました。遺体を置いておいてもしかたがないので、この家の前にある野へ運びました。すると半日ほどたって、思いがけず生き返られたのです」
「けれど、その間にカラスなどにつつかれ、すでに両目を失っておられました。あまりにひどい有様で、言葉ではとても説明できません」
「本当なら、すぐにあなたをお捜しするべきでした。けれど、この姿を人に知られたくないというお気持ちも、よく分かります。そこで、このままお隠ししようと思っていたのです」
少女の話を聞くうちに、国輔の胸は、悲しみでいっぱいになった。
「いったい、どんな前世の報いで、これほどむごい目に遭うのだろう。もう、この世で生きていくことはできない」
国輔はそのまま比叡山へ登り、甘露寺の教静僧都のもとへ入った。そして慶祚の弟子となり、真言密教の奥義を学んだ。
のちに唐房の法橋行因と呼ばれたのが、この国輔である。日吉の神と対面し、灌頂を授けたとも伝えられている。
国輔が初めて比叡山へ登った時のことである。山の道をよく知らず、案内してくれる者もいなかったので、人に尋ねながら、おぼつかない足取りで進んでいた。
水飲という場所で、檀那僧都覚運と出会った。覚運は国輔の様子を不思議に思い、じっと見た。
「あれは、出家するために山へ登っている者だろう。すばらしく知恵のある目をしている。どこへ行くのか、あとをつけて見てこい」
覚運は、従者の一人を国輔のあとへ行かせた。
やがて従者が戻り、
「甘露寺僧都のもとへ入りました」
と報告した。
「やはり、そうだったか。あれほどの知恵ある者を、慈覚大師の流派へ入れられず、智証大師の流派へ行かせてしまった。残念なことだ」
覚運はそう言ったという。
国輔が真言密教を学び始めたころ、師の大阿闍梨が、その覚悟を試そうとしたことがあった。
「出家する前は、人の物まねが得意で、周りを楽しませていたそうだな。千秋万歳を舞ってみなさい。見てみたい」
大阿闍梨がそう言うと、国輔は嫌な顔一つせず、
「承知しました」
と答えた。そして経巻を包む紙を頭にかぶり、見事に舞ってみせた。
大阿闍梨は涙を流した。
「きっと断るだろうと思っていた。だが、この人は本物の修行者だ。なんと尊いことか」
そう言って、国輔を褒めたという。
第49話 中ごろ、朝夕御門につかうまつる男
昔、毎日宮中へ仕えている男がいた。
男は美しい女と結ばれ、長年一緒に暮らしていた。ところが、ほかに好きな女ができたのだろうか。宮仕えを言い訳にして、少しずつ家へ帰らなくなった。
女は初め、仕事の都合で会えないだけだと思っていた。けれど、男はついにまったく通ってこなくなった。
女は何かあるたびに、自分の心細い境遇を嘆きながら、何年も暮らしていた。
ある時、男がたまたま女の家の前を通りかかった。それを見た家の者が、女に知らせた。
「たった今、殿が門の前を通られました。さすがに、ここにあなたがいることは覚えておられるのでしょう。牛車の物見から、こちらをのぞいておられました」
女はそれを聞くと、
「お話ししたいことがあります。中へお入りください、と申し上げて」
と頼んだ。
「もう通り過ぎられたのに、わざわざ戻ってくださるでしょうか」
家の者はそう言いながらも、走って男を追い、その言葉を伝えた。
男は、今さら何の用だろうと思った。しかし、ここまで来て女の頼みを無視することもできず、引き返した。
門を入ると、庭には草が深く生い茂り、昔とはまるで違う荒れ果てた景色になっていた。男はそれを見ただけで、言いようのない悲しさを覚えた。
すべては自分のせいだと思うと、気まずく、落ち着かない。
それでも女は、今になって取り乱す様子もなかった。いつもそうしているように脇息へ寄りかかり、法華経を読んでいた。
長く悩み続けたせいか、女は少し痩せていた。けれど、その姿はかえって清らかで、かわいらしく見える。顔立ちも、髪のこぼれかかる様子も、以前とは別人のように美しかった。
男は思った。
自分は、いったい何に心を迷わされ、この女を苦しませてしまったのだろう。
これまで女が味わった悲しみを思うと、胸が痛んだ。男は、自分の本心ではなかったことや、そうなってしまった事情を、心を込めて話した。
女は何か言いたそうに見えたが、返事をしなかった。経を最後まで読み終えてから話すつもりなのだろう。
男が訳も分からず待っていると、女は法華経の一節を、二度、三度と繰り返し読んだ。
原文:於此命終即往安楽世界阿弥陀仏
超口語訳:この世で命を終えたなら、すぐに極楽世界の阿弥陀仏のもとへ生まれる。
そのまま眠りに落ちるように、女は座ったまま息を引き取った。
その時の男がどれほど驚き、悲しんだかは、想像するまでもない。男は何とかいう弁官だったと聞いたが、名前は忘れてしまった。
人を深く恋い続けた末に、夫を待つ石になった女の話もあれば、相手の薄情さを恨み、悪霊になった女の話もある。恋は、多くの場合、深い罪へつながるものだ。
しかしこの女は、その苦しみを極楽往生のきっかけに変え、願いどおりの最期を迎えた。なんとすばらしい心だったのだろう。
この話にならい、この世で恋に苦しんでいる人が、その苦しみを極楽往生を願う力へ変えられたなら、どれほど賢いことだろう。
たとえ互いに愛し合っていたとしても、その関係が何度の生涯にわたって続くというのか。
楊貴妃は、玄宗皇帝と死後も一緒にいたいと願いながら、むなしくこの世を去った。李夫人も、死後に反魂の香の煙の中へ、わずかに姿を現しただけだった。
まして、自分を愛していない人なら、こちらがどれほど苦しんでいても、そのつらさを理解してくれるはずがない。
思いがあふれ、富士山の煙や海人の濡れた袖にたとえて、どれほど心の底を打ち明けても、何になるだろう。一人で胸を焦がし、涙に袖を濡らしているだけでは、あまりにもむなしい。
しかも、その執着は、この世だけで終わるとは限らない。人を苦しめた報いは消えず、来世には自分が、同じように人から苦しめられるかもしれない。
こうして生まれ変わるたび、互いへの執着が果てしなく続き、生死を離れられない鎖になってしまう。それは、実に罪深いことである。
今度こそ思いを断ち切り、極楽へ生まれたなら、この世で味わった悲しみも恨みも、眠っている間に見た夢と変わらなくなる。
そして、相手もまた自分を悟りへ導いてくれた善知識だったと気づき、今度はこちらが相手を救う。それこそが、理想ではないだろうか。
それでも極楽へ行ってなお、どうしても消えない恨みがあるのなら、その時に本人へ言えばよい。
第50話 いづれの国とか、たしかに聞きはべりしかど
どの国の話だったか、確かに聞いたはずだが忘れてしまった。
ある所に、まだ働き盛りの男が、年を取った妻と暮らしていた。妻には、前の夫との間に生まれた娘が一人いた。
ある時、妻が男へ言った。
「私と離縁してください。この家の一室をいただき、そこで静かに念仏を唱えて暮らしたいのです。そして、よその女を妻にするくらいなら、ここにいる若い娘と一緒になり、家のことを任せてください。まったく知らない女より、私にとっても安心です。もう年を取り、今のように夫婦として暮らすことが、何かにつけてつらくなってきました」
男は驚いた。娘も、そんなことをしてはいけないと言った。
しかし妻は冗談で言っているのではなかった。何度も真剣に同じ話を繰り返した。
男はとうとう、
「そこまで強く望んでいるのなら、分かりました」
と答えた。
妻が言ったとおり、妻を家の奥にある部屋へ移し、男はその連れ子と夫婦になって暮らし始めた。
それからも二人は、時々妻の部屋をのぞき、
「何か困ったことはありませんか」
と声をかけた。娘も男も、妻を粗末には扱わなかった。表面上は何事もなく、年月が過ぎていった。
ある時、男が外出している間に、娘が母の部屋を訪ね、ゆっくり話をしていた。
ところが母は、ひどく悩んでいるように見える。娘は不思議に思い、
「私に隠すことなど、何もないでしょう。心にかかっていることがあるなら、話してください」
と言った。
「何も悩んでいません。ただ、このところ体調が悪いだけです」
母はそう言ってごまかそうとした。けれど、明らかに様子がおかしい。娘が何度も問い詰めると、母はようやく口を開いた。
「本当のことを、どうしてお前に隠せるでしょう。私は、とても情けないことになっています」
「この家の今の暮らしは、私が自分から言い出し、勧めたことです。だから、誰を恨むこともできません」
「けれど、夜中に目を覚まし、一人で寝ている寂しさを感じると、心が揺れることがあります。昼間、あの人が部屋をのぞいてくれる時もそうです」
「あの人が、お前の夫になったことは、自分で望んだことです。それなのに胸が騒いでしまう。これは、あの人のせいでしょうか。いいえ、すべて私の愚かさです」
「何度もそう思い直しながら暮らしてきました。それでも、この嫉妬が深い罪になったのでしょう。恐ろしいことが起きているのです」
母はそう言って、左右の手を差し出した。
両手の親指が、それぞれ蛇になっていた。二匹の蛇は目をぎらつかせ、舌をひらひらと出している。
娘はそれを見ると、目の前が真っ暗になり、どうしてよいか分からなくなった。何も言わず、その場で髪を切り、尼になった。
帰ってきた男も事情を知り、出家して僧になった。母も髪を下ろし、尼になった。
三人は同じように仏道修行を続け、朝晩、過ちを悲しんで悔いた。すると蛇になった親指は、少しずつ元の指へ戻っていった。
その後、母は京の町を歩き、物乞いをして暮らしたという。
「私は実際に、その姿を見た」
そう言って昔の人が語った、比較的新しい時代の話である。
女は人をうらやみ、嫉妬する心によって、罪深い報いを受けやすいと昔は考えられていた。
しかし、この母のように罪が目に見える形で現れたなら、かえって自分の過ちに気づき、悔い改めて、罪を消すこともできる。
何事もない顔をしながら、心の中で嫉妬や恨みを育て、一生を終える人の方が恐ろしい。そうした人は、気づかないまま地獄へ落ちる原因を、固く作り上げてしまうからである。
だから、感情のままに心へ振り回されるのではなく、自分で自分の心を導かなければならない。
苦しみを前世からの報いと受け止めてもよい。夢の中で起きたことのように、心から手放してもよい。たとえ一瞬でも、自分の過ちを悔いる心を起こすべきである。
ある仏教の論書には、こう書かれている。
「人がどれほど重い罪を犯しても、わずかでも心から悔いるなら、その報いが必ず現れると決まった罪にはならない」
第51話 中ごろ、片田舎に男ありけり
昔、ある田舎に男がいた。
男には、長年深く愛し合ってきた妻がいた。妻は子どもを産んだあと、重い病気になった。男はそばを離れず、懸命に看病した。
いよいよ最期が近づいた時、妻の髪が暑苦しそうに乱れていた。
「髪を結んであげよう」
男はそばにあった手紙の端を引きちぎり、それをひもにして妻の髪を結んだ。
妻は間もなく息を引き取った。男は泣きながら葬儀を行い、その体を煙へ変えた。
妻の死後、男は心を込めて供養を続けた。けれど悲しみは少しも癒えず、妻に会いたいという思いは、いつまでも消えなかった。
「どうか、もう一度だけ、生きていた時の姿を見たい」
男は毎日、涙にむせびながら暮らしていた。
ある夜、夜更けになって、死んだ妻が寝室へ入ってきた。
夢かと思ったが、はっきり目を覚ましている。男はうれしさのあまり、まず涙を流した。
「あなたは死に、もう別の世界へ生まれたはずではないのか。どうやって、ここへ来たのだ」
男が尋ねると、妻は答えた。
「そのとおりです。本当の姿で、このように帰ってくることは、道理に合わず、前例も聞いたことがありません」
「けれど、あなたにもう一度会いたいという思いがあまりに深かったので、普通ならできないことを、無理に押し通して来たのです」
二人の胸にあふれた思いは、とても書き尽くせない。その夜、二人は生前とまったく変わらないように、一緒に過ごした。
夜明け前、妻は起きて部屋を出ようとした。その時、何かを落としたように見えた。妻は寝室のあちこちを捜したが、男には何を探しているのか分からなかった。
すっかり夜が明けてから、男が部屋を見ると、髪を結ぶ元結が一つ落ちていた。
手に取って詳しく見ると、妻の最期に、男が手紙を破って作った元結とまったく同じだった。
その元結は、妻の遺体とともに焼かれたはずである。ここに残っているはずがない。
不思議に思った男は、あの時破った手紙の残りを取り出し、元結をつなぎ合わせてみた。すると破れ目が少しも違わず、ぴたりと重なった。
「これは最近、本当に起きた不思議な話で、作り話ではない」
澄憲法師が、人にそう語った話である。
昔、小野篁の妹も、死後、毎晩のように現実の世界へ戻ってきたという。ただし聞こえるのは声だけで、はっきりと手に触れられる姿ではなかったそうだ。
強い思いが、不思議な出来事を起こすことは、こうした話からも分かる。迷いの多い普通の人間でさえ、これほどのことが起きる。
まして、仏や菩薩は、
「心から姿を見たいと願うなら、その人の前へ現れよう」
と誓っておられる。
その誓いを知りながら、修行によって仏や菩薩の姿を拝めないのは、自分の心に原因がある。
妻や子を恋しく思うように仏を慕い、名誉や利益を求めるような熱心さで修行すれば、仏が姿を現すことは難しくないはずだ。
それなのに心を尽くしもせず、
「今は仏法の衰えた時代だから、そんなことは起きない」
「自分のような未熟者には無理だ」
と諦めるのは、ただ志が浅いからである。
ある人は、次のように語った。
「かげろうという虫は、夫婦の結びつきが、ほかのどの生き物よりも深い。それを確かめる方法がある」
「つがいの虫を捕らえ、二枚の銭へ一匹ずつ貼りつける。その二枚を市場へ持っていき、別々の人へ売る。銭は買った人から人へ渡り、どこへ行くか分からない」
「それでも夫婦の結びつきが深いため、夕方になると、二枚の銭は必ず元どおり一つのひもへ通され、再び出会うという」
「そのため、銭の別名を蜻蚊というのだ」
虫の夫婦の話など、記しても役に立たないように見える。けれど、ここから考えるべきことがある。
私たちも心から、
「どうか仏の教えと出会わせてください」
と願い続けたなら、なぜ、かげろうの夫婦のように再び出会えないことがあるだろう。
たとえ前世からの業に引かれ、望まない世界へ迷い込んだとしても、仏はそのたびに必ず姿を現し、救ってくださるはずである。
第52話 近く、山の西塔の西谷に、南尾といふ所に
少し前、比叡山西塔の西谷にある南尾という場所に、極楽房の阿闍梨と呼ばれる僧が住んでいた。
その僧房からは、向かい側の北尾へ上り下りする道が、はっきり見渡せた。
ある時、阿闍梨は真言を唱え、脇息に寄りかかりながら、少しまどろんだ。
夢の中で北尾を見ると、見るからに痩せ衰えた牛が、重い荷物を背負わされ、山道を登っている。
牛は舌を垂らし、苦しそうに立ち止まっていた。
すると、赤く縮れた髪をした小さな童子が現れた。その目には、普通の子どもとは思えない力が宿っている。
童子は牛の後ろへ回ったり、前へ走ったりしながら、体を押し上げ、山道を登るのを助けていた。
阿闍梨は不思議に思った。
あの童子は、いったい何者だろう。
すると、そばにいた人が言った。
「あれは、どのような命へ生まれ変わっても、守り続けるという誓いを破らないために、助けているのです」
そこで阿闍梨は目を覚ました。
現実の北尾へ目を向けると、夢で見たのと少しも違わない。あの痩せた牛が、重い荷物を背負って山道を登っていた。
しかし、赤い髪の童子の姿は見えない。
阿闍梨は考えた。
この牛は前世で、不動明王を深く信仰する修行者だったに違いない。前世からの業によって、今は畜生の身へ生まれてしまった。それでも不動明王は信者を見捨てず、前から後ろから支えてくださっているのだ。
阿闍梨は深く感動し、尊いことだと思った。
「小僧よ、入れ物に米を入れ、少し持ってきてくれ」
そう言い残して牛のもとへ走り、牛をしばらく止めて、食べ物を与えた。
仏の誓いが決してむなしくならないことは、この話からも分かる。
私たちも、どのような命へ生まれ変わっても、仏と出会わせてくださいと願うべきである。
第53話 少納言公経といふ手書ありけり
少納言公経という、字の上手な人がいた。
国司を任命する人事が行われるころ、公経は心の中で願いを立てた。
「もし、かなり豊かな国の国司に任命されたなら、その収入で寺を建てよう」
ところが任命されたのは、河内という、それほど豊かではない国の国司だった。
公経は期待外れに思ったが、
「それなら、古くなった寺を修理することにしよう」
と考え、任国へ下った。
公経が河内の国の中をあちこち見て回っていると、ある古寺で、仏像の台座の下から一通の文書を見つけた。
開いてみると、
「僧、公経」
と書かれている。
不思議に思い、詳しく読んでみた。そこには、
「来世に、この国の国司となり、この寺を修理する」
という願いが記されていた。
公経は、それを見て悟った。
「自分が河内守になったのは、偶然ではなかった。前世の願いを果たすためだったのだ」
希望どおりの国ではなかったと不満に思った心を反省し、信仰を込めて寺を修理した。
文書に書かれた文字は、今の公経の筆跡と、ほんの少しも違わなかったという。伏見の修理大夫の話と同じように、前世の公経も、今と同じ名前を名乗っていたのである。
私たちは、自分や他人の前世を知らない。けれど、何事も、この世だけで始まったことではない。
それを知らず、欲しいものを必死に追い求め、願いがかなわないと、神を非難し、仏まで恨む。それは、あまりにも愚かなことだ。
自分では望まない結果に見えても、前世に立てた願いどおりになっていることがある。この話から、そのことを知るべきである。
第54話 少納言統理と聞こえける人
少納言統理という人は、長年、世を捨てて出家したいと強く願っていた。
月が明るく、どこにも曇りのない夜のことだった。統理は心を静め、一人でじっと物思いにふけっていた。すると、深い山へ入り、そこで暮らしたいという思いが、どうしようもないほど強くなった。
統理は家の者へ、
「湯を用意してくれ。出かけることにする」
と命じた。そして髪を洗って整え、きちんと冠をかぶった。
妻は、夫の様子から何かを察したのだろう。声を押し殺して泣いていた。
けれど、夫婦は互いに何も言わなかった。
翌日、統理は正装し、当時の関白のもとへ向かった。
出家するつもりであることを伝え、暇をいただこうとしたが、取り次いでくれる人がいない。
しばらく待ち、ようやく、
「山里へこもりますので、お別れのご挨拶に参りました」
と申し上げることができた。
すると関白は、
「しばらく待ちなさい」
と言って、統理と直接会った。そして自分の数珠を与え、
「来世では、私のことを頼むぞ」
と言った。
統理は涙をこらえながら数珠を受け取り、関白を拝んで退出した。
そのまま僧賀聖の庵を訪ね、念願どおり髪を下ろして出家した。
ところが統理は、ぼんやりと物思いにふけるばかりで、ほとんど修行しない。いつも何かに悩み、涙ぐんでいた。
僧賀聖は不思議に思い、その理由を尋ねた。
統理はどう言えばよいか分からなかったが、思い詰めた末に打ち明けた。
「妻が、もうすぐ子どもを産む月を迎えます。捨ててきたつもりですが、やはり気にかかってしまうのです」
それを聞くと、僧賀聖はすぐ都へ向かい、統理の家を訪ねた。
妻は、まさに子どもを産めずに苦しんでいるところだった。僧賀聖は祈りをささげ、無事に出産させた。それからも人に頼んで必要な物を集め、母子が不自由しないよう、手厚く世話をした。
これで統理の心配は一つなくなった。
しかし統理には、もう一つ忘れられないことがあった。のちの三条天皇がまだ東宮だったころ、いつもそば近くで仕えていたのである。
統理は東宮へ、次の歌を送った。
原文:君に人なれな習ひそ奥山に入りての後はわびしかりけり
超口語訳:あなたに親しく仕えることなど、知らなければよかった。奥山へ入った今も、恋しさがつらくてたまりません。
東宮からは、返事の歌が届いた。
原文:忘られず思ひ出でつつ山人をしかぞ恋ひしきわれもながむる
超口語訳:私もあなたを忘れられず、何度も思い出しています。山に入ったあなたが恋しくて、物思いに沈んでいます。
統理はその歌を読み、こぼれる涙を必死にこらえていた。
その様子を見た僧賀聖は、厳しく叱った。
「東宮から歌をいただいたからといって、その方が仏であるはずはない。そんな心のままで、どうして生死の迷いから離れられるのか」

第55話 中納言顕基は大納言俊賢の息
中納言顕基は、大納言俊賢の子である。
後一条天皇から特に信頼され、若いころから官職にも位にも恵まれた。出世の面では、何一つ不満のない人生だった。
けれど顕基は、この世の栄華を好まなかった。心から仏道を求め、悟りを得たいと願っていた。
顕基はいつも、白楽天の詩の一節を口ずさんでいた。
原文:古墓、何れの世の人。知らず姓と名と。化して路傍の土と為つて、年々春草生ひたり
超口語訳:この古い墓に眠るのは、いつの時代の人だろう。姓も名も、もう誰も知らない。今は道端の土となり、その上には毎年、春の草が生えている。
顕基は音楽を深く愛し、朝晩、琵琶を弾いていた。そして、
「何の罪もないのに罪を着せられ、遠い土地へ流されて、そこで月を眺めてみたい」
と願っていた。
後一条天皇が亡くなった時、顕基の悲しみ方は、普通ではなかった。
天皇の死後、御所の様子はたちまち変わった。最後には、明かりさえともされなくなった。
顕基が理由を尋ねると、
「役所の者は皆、新しい天皇のために働いているので、こちらへ仕える者がいないのです」
という答えが返ってきた。
顕基は、世の中のむなしさを、ますます深く思い知らされた。
身分のある人々は皆、新しい天皇のもとへ参上した。しかし顕基は、
「忠臣は、二人の君主へ仕えない」
と言い、最後まで参上しなかった。
亡き天皇の服喪中に必要な仕事をすませると、そのまま家を出た。
長年親しくしてきた貴族たちは、顕基の袖をつかみ、別れを悲しんだ。それでも顕基の決心は、少しも揺らがなかった。
顕基は比叡山の横川へ登り、出家して、そのまま山にこもった。
上東門院から様子を尋ねられた時には、次の歌を送った。
原文:世を捨てて宿を出でにし身なれどもなほ恋ひしきは昔なりけり
超口語訳:世を捨て、家を出た身ではありますが、それでもやはり、昔の日々が恋しく思われます。
のちに顕基は大原へ移り、ほかのことには目もくれず、ひたすら修行を続けた。
当時、最高の権力を持っていた人物が、その尊い生き方を聞き、身分を隠すようにして顕基の庵を訪れたことがある。
二人は宵から明け方まで、ずっと仏道について語り合った。顕基は、この世の名誉や利益について、一言も話さなかった。
訪ねた人物は深く感動し、顕基を心から尊敬した。そして、
「来世では、どうか私をお導きください」
と何度も頼んだ。
その人物が帰ろうとした時、顕基は言った。
「わざわざお越しいただき、本当にありがとうございます。息子の俊実は、考えの足りない者でございます」
その時、相手はその言葉の意味が分からなかった。
帰ってから、よく考えてみた。
あの場面で、息子の俊実について話す理由はなかった。顕基が自分の子を、ただ悪く言おうとするはずもない。
「たいした才能がなくても見捨てず、味方になってやってほしい、という意味だったのだろう。世を捨てた人でも、親子の情だけは、なかなか捨てられない。息子のことが心配で、思わず口にしたのだ」
その人物はそう理解し、その後は何かにつけて俊実を助け、引き立てた。
俊実は父が出家したため、後ろ盾を失った身だったが、早くも大納言まで昇進した。美濃大納言と呼ばれたのが、この人物である。
第56話 兵部卿致平親王の御子成信中将と
兵部卿致平親王の子である成信中将と、堀川右大臣の子である重家少将は、当時、並ぶ者のないほどすぐれた若者だった。
二人はそれぞれ、照る中将、光る少将と呼ばれ、同じように世間からもてはやされていた。
この二人は同じ時期に仏道を求める心を起こし、一緒に世を捨てようと約束した。志は同じだったが、出家を決意した理由は違っていた。
重家少将が世を嫌うようになったのは、当時の最高権力者が重い病気になったことがきっかけだった。
権力者の死によって立場が危うくなる人々や、あとを継ぐ側の親類たちの様子を見ていると、命を惜しむ心も、人をねたむ心も、ひどく醜いものに思えた。それ以来、重家は自然にこの世を嫌うようになった。
一方、成信中将のきっかけは、自分よりはるかに優秀な人々を見たことだった。
藤原斉信、藤原公任、藤原俊賢、藤原行成といった、当時を代表する人々が、宮中の陣の座で政務を話し合っていた。成信は、その見事な議論を立ち聞きした。
そして考えた。
「官職や位を高くしたいと思うなら、自分の力が足りないことを恥じない人間になるしかない。この人たちには、どうしてもかなわない」
「それなら、この世にとどまって何になるだろう。来世の救いを願うべきだ」
二人は日を決め、
「三井寺の慶祚阿闍梨のもとで落ち合おう」
と約束した。
ところが、その日になっても重家はなかなか現れない。
成信は夜になるまで待ったが、とうとう待ちきれなくなった。
「何か迷っていることがあるのだろう」
約束を残念に思いながら、一人で慶祚阿闍梨のもとへ行き、
「髪を下ろし、出家させてください」
と頼んだ。
阿闍梨は断った。
「あなたほど若く美しい方を出家させるだけでも惜しいのに、世に名高い身分でもあります。簡単にお引き受けすることはできません」
成信はいったん、部屋の外へ出るように見せた。そして自分で髪を切り、戻ってきた。
「もう、このような姿になりました」
そこまでされては、阿闍梨にもどうすることもできない。ついに成信の出家を認めた。
夜が明け、成信が帰ろうとすると、朝露にびっしょり濡れた重家少将がやって来た。
「どうして、こんなに遅くなったのですか。夜が更けるまでお待ちしましたが、何か迷っておられるのかと思い、先に出家してしまいました」
成信が言うと、重家は答えた。
「あなたと約束したのに、どうして日を違えるでしょう。父の大臣へ別れを告げずに出家すれば、罪になると思いました。話す機会を待っていたので、遅くなったのです」
「それでも約束の日を違えないよう、昨夜のうちに元結を切りました」
重家はそう言って、切った髪を見せた。
この時、成信は二十三歳、重家は二十五歳だった。
普通の人でさえ、若くして出家するのは惜しい。それが、これほどすぐれ、将来を期待された二人である。
同じ志を持ち、そろって世俗の姿を捨てた二人を見て、阿闍梨は涙を流した。若さを惜しむ気持ちと、決意の尊さに感動する気持ちが、胸の中で重なっていた。
重家は前日の夜、まず自分で元結を切り、髪を無造作にまとめた姿で、暗がりの中、父の大臣へ別れを告げた。
父は、息子の決意を感じ取ったのだろう。
「どれほど言っても、思いとどまるようには見えなかったので、止められなかった」
と、あとで語ったという。
また、多武峰へ入った高光少将は、兄である一条摂政が何かにつけて過ちを犯すのを見て、
「この世で生き、権力を持つことは、恥ずかしいことなのだ」
と思い、それをきっかけに出家を決意したという。
人の賢さを見た時も、愚かさを見た時も、それを本当の仏道を求めるきっかけにできる。実に、そうありたいものである。
第57話 花園左大臣は御形、心用ゐ、身の才
花園左大臣は、容姿も、心配りも、才能も、何一つ欠けることのない人だった。天皇家に近い血筋の人物でもあった。
そのため、人々は、この方が臣下の身分に生まれたことを惜しんだ。本人も自分の血筋をよく分かっており、うれしいことがあっても、喜ぶ様子を人前で見せなかった。
仕えている男女が、何かの拍子に楽しそうに笑うことさえ見逃さなかった。
「このように恵まれない運命の主人へ仕えていながら、何がそんなにうれしいのだ」
左大臣が厳しくたしなめるので、新年の祝いの言葉さえ、家の者は思うように口にできなかった。
宮中では、春の間は儀式が多く、かえって堅苦しい。
そこで才能のある若者たちは、花園左大臣の屋敷へ集まった。詩を作り、歌を詠み、楽器を演奏して、毎日のように楽しんだ。
天皇の兄弟たちも、朝から晩までいるほど頻繁に訪れた。
花園左大臣は臣下なので、表向きは大臣と呼ばれている。しかし屋敷でのもてなしは、皇族に対するものと変わらず、何一つ不足がなかった。
それでも本人は、自分の身を心から不幸だと思っていた。いつ見ても、何かに悩んでいる人のようだった。
いつのことだっただろうか。
花園左大臣は京から石清水八幡宮まで、正装したまま歩き、七日間参詣したことがある。
別当の光清はその話を聞き、左大臣を迎えるため、盛大な用意をした。
けれど左大臣は、
「今回は、わざと途中でどこにも泊まらず、ひたすら参詣しようと決めています。そちらへ立ち寄ることはできません」
と言い、光清の所へ寄らなかった。
七日間の参詣を終えて帰る途中、算豆という場所で、左大臣の願いがかなうことを告げる歌が届けられた。
左大臣は返歌をせず、
「これは、八幡の神からのお告げである」
と言って、その歌を袋へ大切に納めた。そして帰り道で、使者に、自分が乗るはずだった馬を鞍ごと与えた。
供をしていた者は、ずっと不思議に思っていた。
いったい、どれほど大きな望みがあるから、正装して歩き、七日間も参詣されたのだろう。普通の願いではないはずだ。
八幡の神は、もとは天皇である。花園左大臣は皇室に近い血筋なのに、臣下となった。もしかすると、途絶えた皇統を自分が継ぐことを願ったのではないか。
供の者は、そこまで想像していた。
ところが神前へ幣をささげる役目をし、左大臣の近くに控えた時、本人の祈りが聞こえた。
原文:臨終正念、往生極楽
超口語訳:最期まで心を乱さず、極楽へ往生できますように。
供の者は、その願いを聞いて悲しく思うと同時に、なんと尊いのだろうと感動した。
天皇の位は、この世で最も尊い。
けれど死を迎えれば、王族も庶民も変わらない。だから、極楽へ生まれるという永遠の幸せに、かなうものはないのである。
第58話 河内国に、目聖とて、貴き人ありけり
河内国に、目聖と呼ばれる尊い修行者がいた。
藤原道長が法成寺を建て、その供養を行った日、目聖も参列し、仏を拝んだ。
儀式の壮麗さも、仏前の飾りも、人の想像を超えるほどすばらしかった。
その時、道長の子である藤原頼通が関白を務め、儀式を取り仕切っていた。
頼通と肩を並べられる者は、一人もいない。その姿は実に堂々としていた。
人々は口々に言った。
「人間に生まれるなら、関白のような最高権力者になるのが一番だ」
やがて大勢の役人が、雲や霞のように天皇を取り囲み、楽の音が高く響く中、天皇が到着した。
先ほどまであれほど立派に見えた関白も、天皇の前では、取るに足りない者のように見える。
目聖は考えを改めた。
「どれほど力を持つ臣下でも、天皇にはかなわない」
しかし、その天皇が金堂へ入り、仏の前で頭を下げ、礼拝する姿を見た時、目聖はさらに悟った。
「やはり、仏より上に立つ方はいない」
そう考え、仏道を求める決意を、いっそう固くした。
仏の尊さを知り、信仰へ入った妙荘厳王の話と、少しも変わらない。実に賢い考え方である。
第59話 ある上人のものへまかりける道に
ある上人が、どこかへ出かけた時のことである。
道を歩いていると、三人ほどの物乞いが、連れ立って進んでいた。その会話に耳を傾けると、一人が言った。
「近江という男は、本当に運がいいな。坂の仲間へ入って、まだ三年もたっていないのに、もう宝鐸を持つことを許された。めったにないことだ」
すると、もう一人が答えた。
「あの人は、特別に恵まれた運を持っているんだ。悪く言ってはいけない」
この話を聞いた上人は、のちにこう語った。
「物乞いの世界にも、その人たちなりの名誉や出世があり、心からうらやましがっている。それを聞いた時、私がこの世の名誉を追い求める姿も、仏や菩薩から見れば、同じようにむなしく見えるのだろうと思い知らされた。本当に恥ずかしくなった」
また、ある人が田舎へ行き、貧しい家へ泊めてもらった時のことである。
その家の主人は、八十歳を超えていただろうか。髪は雪のように白く、肌は黒く、深いしわが重なっていた。目はただれ、口は歯が抜けてすぼまり、腰は二つ折りになるほど曲がっている。
立ったり座ったりするたびに、ひどく苦しそうだった。いつ亡くなっても不思議ではない。
泊まった人は気の毒に思い、老人へ勧めた。
「あなたはすっかり年を取り、残された命も長くないでしょう。歩くことさえ難しいのですから、人の中で働き続けるのもつらいはずです」
「もう出家し、念仏を唱えながら、静かに暮らしてはいかがですか。そうすれば来世の幸せを得られるだけでなく、今の体も楽になるでしょう」
老人は答えた。
「おっしゃるとおり、本当ならそうするべきでしょう。けれど、もう少しで就けそうな役職が一つあるのです」
「そのため、衰えた体にむちを打ち、今まで働き続けてきました。私より三歳年上の老人が一人、私より上の地位にいます。その人が亡くなれば、必ず私がその役職へ就けます。それまでは待とうと思っているのです」
この老人が望んでいた役職など、たいしたものではなかっただろう。それでも強く執着し、
「まだか、まだか」
と、上の老人が死ぬのを待っていたのである。なんと罪深く、悲しいことだろう。
こうした話を聞くと、愚かな人だと思うかもしれない。
しかし、よく考えれば、この世の望みは、高いものも低いものも同じである。
私たちがすばらしいと思い込んでいる官職や位も、さらに上の世界から見れば、あの老人が望んだ小さな役職と変わらない。
まして、インドや中国の国王や大臣の栄華と比べれば、日本の官位など、話にもならないほど小さなものだろう。
また、ある人は次のように語った。
「治承年間、戦乱で多くの人が命を失ったころのことです。敵方の男が捕らえられ、首を斬られる場所へ連れていかれるところを見ました」
「捕らえられた男は、それなりに身なりもよく、品のある人物に見えました。それなのに兵士たちは、人の心を失った恐ろしい顔で、男を追い立てていきます。地獄絵に描かれた鬼と、少しも変わりませんでした」
「なんとむごいことだ。この人たちは、正気を失っているに違いない。そう思いながら、気の毒に眺めていました」
「すると、道にいばらが生えていました。これから殺される男は、そのとげを踏まないよう、わざわざ避けて歩こうとしました」
「それを見た人々は涙を流しました。これほどひどい目に遭い、あとわずかしか生きられないのに、それでも、とげを踏んで痛い思いをしたくないのか。そう言って、男の身を悲しんだのです」
しかし、これは本当に他人だけの話だろうか。
私たちは仏法の衰えた末の世に生まれ、寿命も短く、運にも恵まれていない。幸い人間に生まれたとはいえ、前の仏が世を去り、次の仏が現れるまでの暗い時代である。争いが絶えず、恐ろしい世の中でもある。
月日は、戸口の前を走り過ぎる馬のように、あっという間に過ぎていく。私たちは、屠殺場へ一歩ずつ近づく羊と変わらない。
最期が今日来るのか、明日来るのかさえ分からない。それなのに、ほかのことを考えている余裕があるだろうか。
立っている時も座っている時も、欲や怒りという敵に縛られている自分を悲しむべきである。
眠っている時も起きている時も、無常という剣が突然、自分の命を断つことを恐れるべきである。
それなのに、やがて塵や灰になる体を大切に思い、この世のほんの短い間だけの身分の違いに悩み、名誉や利益を追い求めている。
それは、もうすぐ首を斬られるのに、足へ刺さるいばらを避けた男と、まったく同じではないだろうか。
朝に生まれ、夕方には死ぬカゲロウの命も、決して他人事ではない。
天上世界の中でも寿命が短い四天王天でさえ、人間世界の五十年が、わずか一日一夜にあたるという。
この国で長生きしたと言われる人の一生も、四天王天では一日か二日ほどにしかならない。さらに上の天上世界から見れば、ほんの一瞬である。
そう考えると、私たちの一生も、私たちがカゲロウの命を見て感じる短さと、どこが違うのだろう。
何事についても、このように考えていけば、この世では、あれが正しい、これが間違っていると、強くこだわる必要などなくなる。
原文:夢の中の有無は、有無ともに無なり。まどひの前の是非は、是非ともに非なり
超口語訳:夢の中で、何かがある、ないと争っても、目覚めればどちらも存在しない。迷いの中で、正しい、間違いと争っても、悟ってみれば、どちらも本当の答えではない。
この言葉こそ、実に見事な真理である。
三井寺の名僧である禅仁が、法印という高い僧位に就いた時のことだった。
ある人が祝いを伝えると、禅仁はこう返事をした。
「天上の六欲天や四禅天にも、それぞれ王の位がある。そんな世界と比べれば、この小さな辺境の国で得た位など、どうして大切に思うほどのものだろう」
やはり、知恵のある人の考えはすぐれている。
普通の人間は、自分の身近にある小さな世界しか知らない。
そのため、物乞いにも物乞いなりの名誉がある。一方、どれほど立派で尊いものでも、自分の世界とかけ離れていれば、欲しいとは思わない。庶民が、自分も天皇の宮殿で暮らしたいとは考えないようなものだ。
そう考えると、仏法の衰えた時代の人々が、極楽へ生まれたいと願わないのも、ある意味では当然である。
極楽の姿や、そこで人々が味わう喜びは、どの一つを取っても、私たちの知る世界と比べられない。人の心でも、言葉でも、想像できないものばかりだからである。
だからこそ、阿弥陀仏が人々を救うために立てた願いを聞き、信じる心を起こし、少しでも極楽へ行きたいと思える人は、この世で初めて仏道に触れた人ではない。
何度も生まれ変わる中で修行してきた、その積み重ねが残っているのである。
自分はもう極楽へ近づいているのだと、心強く思うべきである。
第60話 近き世のことにや、年はたかくて
少し前の時代のことだろうか。
年を取り、ひどく貧しい男がいた。
形だけは官職を持っていたが、実際に出仕する方法もなかった。
それでも古風な誇りを持っていたため、身分に合わない怪しげな仕事をして生きることは考えられない。
一方で、この世への執着がないわけでもなく、出家しようという気持ちもなかった。
決まった住まいさえなく、普段は古く壊れた堂に泊まっていた。
男はそんな暮らしを何年も続けていた。
朝から晩まで何をしていたかというと、人から使い古しの紙をもらい集め、そこへ何枚も屋敷の設計図を描いていた。
「寝殿は、このように造ろう。門は、こちらへ置こう」
実際には建てられるはずもないのに、細かな計画を立てていたのである。
男は、どこまでも広がる想像の中で心を慰めながら暮らした。周りの人々は、その姿を、愚かなことの例として語った。
確かに、実現するはずのない計画を立て続けるのは、むなしいことに見える。
しかし、よく考えてみれば、この世の楽しみで一番大切なのは、自分の心が満たされることではないだろうか。
広大な土地いっぱいに建つ立派な屋敷でも、それを自分の家だと思い慣れているから、自分のものに見えるだけである。
実際に自分が起きたり寝たりする場所は、一部屋か二部屋にすぎない。
そのほかの部屋は、親しい人や、そうでもない人が暮らす場所である。さらに、野山に住めばよい牛や馬のための小屋まで、わざわざ敷地の中へ建てている。
そのようなもののために体を疲れさせ、心を悩ませる。
まるで何百年、何千年も住み続けるかのように材木を選び、檜皮や瓦を、玉や鏡のように磨き上げる。そこまですることに、どれほどの意味があるだろう。
主人の命は、はかない。長く住むことはできない。
屋敷はやがて他人の住まいになるか、風で壊れ、雨で朽ちる。
まして、一度火事が起きれば、長い年月をかけた仕事が、ほんの一瞬で煙になってしまう。
それに比べれば、あの貧しい男が想像の中に建てた家には、材料を捜し、建物を造り、磨き上げる苦労がない。
雨や風にも壊されず、火事になる心配もない。描かれているのは、たった一枚の紙である。それでも、自分の心を住まわせるには十分だった。
龍樹菩薩は、こう言っている。
「どれほど財産があっても、欲しいという心が止まらない人は貧しい。財産がなくても、何も求めない人は豊かである」
また、書写山の性空上人が書き残した言葉には、こうある。
「腕を曲げて枕にしても、その中に楽しみはある。なぜ、浮雲のようにはかない栄華を、さらに求める必要があるだろう」
さらに、次のような話もある。
昔、中国に一人の琴の名人がいた。
その人は、弦を張っていない琴をいつもそばへ置き、少しも離そうとしなかった。
人が不思議に思い、その理由を尋ねると、名人は答えた。
「私は琴を見るだけで、音楽が心の中へ浮かんでくる。だから実際に弾かなくても、心が慰められることは、演奏するのと変わらない」
立派な家を実際に建てている人は、周りから見れば、
「なんとすばらしい」
と思われる。
けれど本人の心には、まだ足りないものが、いくつもあるだろう。
それなら、あの男が想像の中に建てた住まいの方が、何かにつけて便利で、すぐれた点が多いのかもしれない。
ただし、これは、この世の暮らしだけを比べれば、賢い話に聞こえるというだけである。
もっと深く考えれば、天上世界の楽しみにさえ終わりがある。壺の中に仙境を持つという仙人の住まいでさえ、すべてが思いどおりになるわけではない。
まして、実現しない家を想像するだけで、むなしく一生を終えるべきではない。
願えば必ず行くことのできる安養世界、つまり極楽がある。そこには喜びが満ち、二度と迷いの世界へ戻らない者のための宮殿や楼閣がある。
どうせ住まいを思い描くなら、その世界を願えばよい。
あの男の望みは、あまりにも小さく、はかないものだったのである。
第61話 昔、大安寺に、栄好といふ僧ありけり
昔、大安寺に、栄好という僧がいた。
栄好は貧しかったが、年老いた母がいたので、寺の中へ住まわせ、どうにか命をつなげるだけの世話をしていた。
奈良の大寺では、僧の部屋で火を使い、食事を作ることはなかった。
食事は別の場所でまとめて作り、車へ積んで、毎朝、毎夕、僧坊の前を通りながら配っていた。
栄好は自分の食事を受け取ると、いつも四つに分けた。
一つは母へ渡し、一つは物乞いへ与え、一つは自分で食べる。残る一つは、ただ一人仕えている少年の分にした。
栄好は必ず、まず母へ食事を届けさせた。
「お母さまが召し上がりました」
少年からそう聞いたあとで、初めて自分の分を食べた。この順番を、長年一度も変えなかった。
栄好の僧房の隣には、垣根を一つ隔てて、勤操という僧が住んでいた。
二人は同じ志を持ち、互いに信頼していた。勤操は長年、栄好が母へ尽くす様子を見て、尊いことだと思っていた。
ある時、勤操が壁越しに、栄好へ仕える少年の泣き声を聞いた。声を押し殺して泣いている。
勤操は不思議に思い、少年を呼んだ。
「どうして泣いているのだ」
少年は答えた。
「私の師は、今朝、突然亡くなられました。私一人で、どのように葬ればよいのか分かりません」
「そのうえ、残されたお母さまが、これからどうやって生きていかれるのかと思うと、悲しくてたまらないのです」
勤操はそれを聞き、深く心を痛めた。そして少年を慰めた。
「それほど嘆くことはない。葬儀については、今夜のうちに、私が一緒にすべて行おう」
「お母さまのことも心配しなくてよい。亡くなった栄好に代わり、これからは私が自分の食事を分け、養っていこう」
少年は悲しみの中で、その言葉を何よりもありがたく思った。涙を拭い、母には何も起きていないように振る舞った。
勤操は自分の食事を分け、これまでどおり栄好から届いたようにして、少年へ持たせた。
少年は母のもとへ届けた。
母が息子の死にまったく気づいていない様子を見ると、涙が止まらなくなりそうだった。それでも何とかごまかし、何も言わず、食事を置いて帰った。
日が暮れると、夜中に勤操と少年の二人で栄好の遺体を運び、深い山へ葬った。
母の尼は、それまでと何も変わらず食事が届くので、自分の子が亡くなったとは知らないまま、月日を過ごした。
ある日、勤操のもとへ客が来て、酒を飲むことがあった。
客の相手に気を取られ、いつも母へ食事を届ける時間が過ぎてしまった。
少年は気になったが、勤操と母は実の親子ではない。遠慮があり、
「早く送ってください」
と言い出せなかった。
かなり遅くなってから、少年はようやく食事を届けた。
母は言った。
「どうして今日は、いつもより遅かったのですか。年を取ったせいか胸が苦しくなり、いつもと違って、ひどく具合が悪いのです」
それを聞くと、少年はどうしても涙をこらえられなくなった。声を隠すこともできず、その場で泣き続けた。
母は訳が分からず、何度も理由を尋ねた。
もはや隠し続けることはできない。少年は、初めからすべてを話した。
「本当は、亡くなられた時にすぐお知らせするべきでした」
「けれど、ご高齢のあなたが悲しみに耐えられず、そのまま亡くなるようなことがあってはいけないと思い、今まで申し上げませんでした」
「この食事は、息子さまと同じ道を歩む勤操さまが、事情をお知りになり、亡くなられた日から、ご自分の分を分けて送ってくださっているのです」
「今日はお客さまが来て、お酒を召し上がっておられたので、思いがけず遅くなりました」
「勤操さまが実の息子なら、私から早くするようお願いできたでしょう。けれど、やはり遠慮があり、言い出せなかったのです」
少年は最後まで言えず、泣き崩れた。
母は話を聞くなり倒れ、激しく泣いた。
「私の子は、もう亡くなっていたのですか。それを知らず、今夜こそ来てくれるのではないかと待っていた私は、なんと愚かだったのでしょう」
「今日、食事が遅れたことを不思議に思わなければ、息子が生きているのか、亡くなっているのかさえ、私は知ることがなかったのですね」
そう言うと、母はその場で息を引き取った。
勤操はその話を聞き、岩淵寺という山寺で丁寧に葬った。
そして七日ごとの法要には供養の食事を用意し、法華経を講義した。多くの僧へ協力を頼み、四十九日まで一度も怠らず、法要を続けた。
その後も毎年の命日になると、同じ志を持つ八人の僧が力を合わせ、法華経の八巻を講義した。
この法会は、延暦十五年から始まり、同法八講、または岩淵寺の八講と呼ばれた。
八講という法会は、ここから始まった。その後は各地で行われるようになり、今も絶えていない。
勤操は生前、朝廷からも民間からも、尊い僧として広く知られていた。そのため亡くなったあと、僧正の位を贈られたという。
第62話 山に、正算僧都といふ人ありけり
比叡山に、正算僧都という人がいた。
正算が非常に貧しく、比叡山西塔の大林という場所に住んでいたころの話である。
年の暮れ、深い雪が降り積もった。
訪ねてくる人は一人もなく、食べる物も、火をたく燃料も尽き、僧房から煙がまったく上がらない時があった。
京には母がいたが、正算との行き来は途絶えがちだった。
正算は、貧しい暮らしを母に知らせれば、かえって心配させてしまうと思い、
「この有様だけは、わざわざ母の耳へ入れたくない」
と考えていた。
けれど母は、雪に閉ざされた山で暮らす息子の心細さを想像したのだろうか。それとも、誰かから貧しい様子を聞いたのだろうか。
母から心のこもった手紙が届いた。
都でさえ人の行き来が絶えるほどの大雪なのに、雪深い山の住まいは、どれほど心細いでしょう。
手紙には、普段以上に細やかな心遣いが記され、わずかではあるが、食べ物も添えられていた。
正算は、思いがけない贈り物を、心からありがたく思った。
それと同時に、使いの男が寒さに震え、深い雪をかき分けて来たことが気の毒だった。
そこで、まず火をたき、母が送ってくれた食べ物を、使いの男へ食べさせようとした。
ところが男は、今にも食べようとしながら箸を止め、ぽろぽろと涙を流した。そして、ひと口も食べようとしない。
正算は不思議に思い、理由を尋ねた。
男は答えた。
「この食べ物は、簡単に用意できたものではありません」
「お母さまは、あちらこちらを訪ね、何とか食べ物を手に入れようとされました。けれど、どうしても手に入りませんでした」
「そこでご自分の髪の内側を切り、人へ渡して、その代わりに、ようやくこの食べ物を手に入れられたのです」
「今、それを私が食べようとしたところ、お母さまの深いお気持ちを思い出しました」
「私は身分の低い者ですが、それでも悲しさに胸が詰まり、どうしても喉を通らないのです」
正算は、その話を聞いて、どうして軽く受け流せただろう。
長い間、涙を流し続けた。
この世に、母が子を思う心より深い愛情はない。
愚かな鳥や獣でさえ、子を思いやる心を持っている。
田舎の人が、次のように語ったことがある。
「キジが卵を抱いて温めている時、野火が迫ると、一度は驚いて巣から飛び立ちます」
「けれど、どうしても卵を捨てられないのでしょう。煙の中へ戻り、そのまま焼け死ぬことがよくあります」
また、ニワトリが卵を温める姿は、誰もが見たことがあるだろう。
羽毛を一枚隔てて温めるだけでは足りないと思うのか、自分で胸の毛をむしり取り、卵を直接肌へ触れさせ、一日中温めている。
餌を食べるために巣を離れても、
「卵が冷えないうちに戻らなければ」
というように急いで帰ってくる。それは、並の愛情ではない。
また昔、私の故郷のあたりに、思いがけないきっかけから、世を捨てて出家した人がいた。
その人は以前、鷹を飼うことが好きだった。
ある時、鷹の餌にするため、犬を殺した。腹に子のいる犬だった。
矢で母犬の腹を射切ると、子犬が一匹、二匹と、こぼれ落ちた。
傷ついた母犬はいったん走って逃げたが、すぐに引き返した。そして子犬をくわえ、連れていこうとしたところで倒れ、そのまま死んだ。
男はその姿を見て、仏道を求める心を起こし、出家したという。
心がないように見える鳥や獣でさえ、子どものためなら、自分の命と引き換えにするほど深い愛情を持っている。
まして人間の親は、子が母の腹に宿った時から、一人前になるまで、一瞬も絶えることなく、その身を思いやり続ける。
たとえ自分の命を差し出すほど親孝行をしても、親から受けた愛情へ、すべて報いることは難しいのである。

