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『徒然草』原文(1)序段~第32段|つれづれなるままに~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、4ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(1)には、序段「つれづれなるままに」から第32段「九月廿日のころ」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(1)をご覧ください。

『無名抄』目次
(1)序段~第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

序段 つれづれなるままに

 つれづれなるままに、日ひ暮ぐらし、硯すずりに向むかひて、心こころに移うつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく、書かきつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

第1段 いでや、この世に生まれては

 いでや、この世よに生うまれては、願ねがはしかるべきことこそ多おほかめれ。御み門かどの御み位くらゐはいともかしこし。竹たけの園その生ふの末すゑ葉ばまで人にん間げんの種たねならぬぞやんごとなき。一いちの人ひとの御おんありさまはさらなり。ただ人びとも舎とね人りなどたまはる際きはは、ゆゆしと見みゆ。その子こ、孫まごまでは、はふれにたれど、なほなまめかし。

 それより下しもつ方かたは、ほどにつけつつ、時ときにあひ、したり顔がほなるも、みづからはいみじと思おもふらめど、いと口くち惜をし。法ほふ師しばかりうらやましからぬものはあらじ。「人ひとには木きの端はしのやうに思おもはるるよ」と清せい少せう納な言ごんが書かけるも、げにさることぞかし。勢いきほひ猛まうにののしりたるにつけて、いみじとは見みえず。増ぞう賀が聖ひじりの言いひけんやうに、名みやう聞もんぐるしく、仏ほとけの御み教をしへにたがふらんとぞおぼゆる。

 ひたふるの世よ捨すて人びとは、なかなかあらまほしき方かたもありなん。

 人ひとは、かたち、ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。

 物ものうち言いひたる、聞ききにくからず、愛あい敬ぎやうありて、言こと葉ば多おほからぬこそ、飽あかず向むかはまほしけれ。めでたしと見みる人ひとの、心こころ劣おとりせらるる本ほん性じやう見みえんこそ、口くち惜をしかるべけれ。しな、かたちこそ生うまれつきたらめ、心こころはなどか、賢かしこきより賢かしこきにも、移うつさば移うつらざらん。

 かたち、心こころざまよき人ひとも、才ざえなくなりぬれば、品しな下くだり、顔かほ憎にくさげなる人ひとにも立たちまじりて、かけずけおさるるこそ、本ほ意いなきわざなれ。ありたきことは、まことしき文ふみの道みち、作さく文ぶん、和わ歌か、管くわん絃げんの道みち、また、有いう職そくに公く事じの方かた、人ひとの鏡かがみならんこそいみじかるべけれ。

 手てなど拙つたなからず走はしり書がき、声こゑをかしくて拍ひやう子しとり、いたましうするものから、下げ戸こならぬこそ、男をのこはよけれ。

第2段 いにしへの聖の御代の政をも忘れ

 いにしへの聖ひじりの御み代よの政まつりごとをも忘わすれ、民たみの愁うれへ、国くにのそこなはるるをも知しらず、よろづにきよらを尽つくしていみじと思おもひ、所ところ狭せきさましたる人ひとこそ、うたて、思おもふところなく見みゆれ。

 「衣い冠くわんより馬うま、車くるまに至いたるまで、あるにしたがひて用もちゐよ。美び麗れいを求もとむることなかれ」とぞ、九く条でう殿どのの遺ゆい誡かいにもはべる。順じゆん徳とく院ゐんの、禁きん中ちゆうのことども書かかせたまへるにも、「おほやけのたてまつり物ものは、おろそかなるをもてよしとす」とこそはべれ。

第3段 万にいみじくとも

 万よろづにいみじくとも、色いろ好このまざらん男をとこは、いとさうざうしく、玉たまの巵さかづきの当そこなき心ここ地ちぞすべき。

 露つゆ霜しもにしほたれて、所ところ定さだめずまどひ歩ありき、親おやのいさめ、世よのそしりをつつむに心こころのいとまなく、あふさきるさに思おもひ乱みだれ、さるは独ひとり寝ねがちに、まどろむ夜よなきこそをかしけれ。

 さりとて、ひたすらたはれたる方かたにはあらで、女をんなにたやすからず思おもはれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。

第4段 後の世のこと心に忘れず

 後のちの世よのこと心こころに忘わすれず、仏ほとけの道みちうとからぬ、心こころにくし。

第5段 不幸に愁へに沈める人の

 不ふ幸かうに愁うれへに沈しづめる人ひとの、頭かしらおろしなど、ふつつかに思おもひとりたるにはあらで、あるかなきかに門かどさしこめて、待まつこともなく明あかし暮くらしたる、さるかたにあらまほし。

 顕あき基もと中ちゆう納な言ごんの言いひけん、「配はい所しよの月つき、罪つみなくて見みんこと」、さも覚おぼえぬべし。

第6段 わが身のやんごとなからんにも

 わが身みのやんごとなからんにも、まして数かずならざらんにも、子こといふものなくてありなん。

 前さきの中ちゆう書しよ王わう、九く条でう太だい政じやう大だい臣じん、花はな園ぞのの左さ大だい臣じん、みな族ぞう絶たえんことを願ねがひたまへり。染そめ殿どのの大臣おとども、「子し孫そんおはせぬぞよくはべる。末すゑのおくれたまへるはわろきことなり」とぞ、世よ継つぎの翁おきなの物もの語がたりには言いへる。

 聖しやう徳とく太たい子しの御み墓はかをかねて築つかせたまひける時ときも、

「ここを切きれ、かしこを断たて。子し孫そんあらせじと思おもふなり」

 とはべりけるとかや。

第7段 あだし野の露消ゆる時なく

 あだし野のの露つゆ消きゆる時ときなく、鳥とり部べ山やまの煙けぶり立たち去さらでのみ住すみ果はつるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世よは定さだめなきこそいみじけれ。

 命いのちあるものを見みるに、人ひとばかり久ひさしきはなし。かげろふの夕ゆふべを待まち、夏なつの蝉せみの春はる秋あきを知しらぬもあるぞかし。つくづくと一ひと年とせを暮くらすほどだにも、こよなうのどけしや。

 飽あかず惜をしと思おもはば、千ち年とせを過すぐすとも一ひと夜よの夢ゆめの心ここ地ちこそせめ。住すみ果はてぬ世よに、醜みにくき姿すがたを待まちえて何なにかはせん。命いのち長ながければ、辱はぢ多おほし。長ながくとも四十よそぢに足たらぬほどにて死しなんこそ、めやすかるべけれ。

 そのほど過すぎぬれば、かたちを恥はづる心こころもなく、人ひとに出いでまじらはんことを思おもひ、夕ゆふべの陽ひに子し孫そんを愛あいして、栄さかゆく末すゑを見みんまでの命いのちをあらまし、ひたすら世よをむさぼる心こころのみ深ふかく、もののあはれも知しらずなりゆくなん、浅あさましき。

第8段 世の人の心惑はすこと

 世よの人ひとの心こころ惑まどはすこと、色しき欲よくにはしかず。人ひとの心こころはおろかなるものかな。

 匂にほひなどは仮かりのものなるに、しばらく衣い裳しやうに薫たき物ものすと知しりながら、えならぬ匂にほひには、必かならず心こころときめきするものなり。

 久く米めの仙せん人にんの、物もの洗あらふ女をんなの脛はぎの白しろきを見みて、通つうを失うしなひけんは、まことに、手て足あし、膚はだへなどのきよらに肥こえあぶらづきたらんは、外ほかの色いろならねば、さもあらんかし。

第9段 女は髪のめでたからんこそ

 女をんなは髪かみのめでたからんこそ、人ひとの目め立だつべかめれ。人ひとのほど、心こころばへは、もの言いひたるけはひにこそ、物もの越ごしにも知しらるれ。

 ことに触ふれて、うちあるさまにも人ひとの心こころを惑まどはし、すべて女をんなの、うちとけたる寝いも寝ねず、身みを惜をしとも思おもひたらず、堪たゆべくもあらぬわざにもよく堪たへしのぶは、ただ色いろを思おもふがゆゑなり。

 まことに、愛あい著ぢやくの道みち、その根ね深ふかく、源みなもと遠とほし。六ろく塵ぢんの楽げう欲よく多おほしといへども、みな厭えん離りしつべし。その中なかに、ただかの惑まどひのひとつやめがたきのみぞ、老おいたるも若わかきも、智ちあるも愚おろかなるも、変かはるところなしと見みゆる。

 されば、女をんなの髪かみ筋すぢをよれる綱つなには、大たい象ざうもよくつながれ、女をんなのはける足あし駄だにて作つくれる笛ふえには、秋あきの鹿しか、必かならず寄よるとぞ言いひ伝つたへはべる。

 みづから戒いましめて、恐おそるべく慎つつしむべきはこの惑まどひなり。

第10段 家居のつきづきしく

 家いへ居ゐのつきづきしく、あらまほしきこそ、仮かりの宿やどりとは思おもへど、興きようあるものなれ。

 よき人ひとの、のどやかに住すみなしたる所ところは、さし入いりたる月つきの色いろも、一ひと際きはしみじみと見みゆるぞかし。今いまめかしくきららかならねど、木こ立だちもの古ふりて、わざとならぬ庭にはの草くさも心こころあるさまに、簀す子のこ、透すい垣がいのたよりをかしく、うちある調てう度ども昔むかし覚おぼえてやすらかなるこそ、心こころにくしと見みゆれ。

 多おほくの工たくみの、心こころを尽つくして磨みがきたて、唐からの、大和やまとの、めづらしく、えならぬ調てう度どども並ならべ置おき、前せん栽ざいの草くさ木きまで心こころのままならず作つくりなせるは、見みる目めも苦くるしく、いとわびし。さてもやは長ながらへ住すむべき。また時ときの間まの煙けぶりともなりなんとぞ、うち見みるより思おもはるる。

 大おほ方かたは、家いへ居ゐにこそ、ことざまは推おし量はからるれ。

 後ご徳とく大だい寺じの大臣おとどの寝しん殿でんに、鳶とびゐさせじとて縄なはを張はられたりけるを、西さい行ぎやうが見みて、

「鳶とびのゐたらんは、何なにかは苦くるしかるべき。この殿とのの御み心こころ、さばかりにこそ」

 とて、その後のちは参まゐらざりけると聞ききはべるに、綾あやの小こう路ぢの宮みやのおはします小こ坂さか殿どのの棟むねに、いつぞや縄なはを引ひかれたりしかば、かのためし思おもひ出いでられはべりしに、

「まことや、烏からすの群むれゐて池いけの蛙かへるを取とりければ、御ご覧らんじ悲かなしませたまひてなん」

 と人ひとの語かたりしこそ、さてはいみじくこそと覚おぼえしか。

 徳とく大だい寺じにも、いかなるゆゑかはべりけん。

第11段 神無月のころ

 神かん無な月づきのころ、栗くる栖す野のといふ所ところを過すぎて、ある山やま里ざとに尋たづね入いることはべりしに、遥はるかなる苔こけの細ほそ道みちを踏ふみ分わけて、心こころ細ぼそく住すみなしたる庵いほりあり。木この葉はにうづもるる懸かけ樋ひの雫しづくならでは、つゆおとなふものなし。

 閼あ伽か棚だなに菊きく、紅葉もみぢなど折をり散ちらしたる、さすがに住すむ人ひとのあればなるべし。

 「かくてもあられけるよ」とあはれに見みるほどに、かなたの庭にはに大おほきなる柑かう子じの木きの、枝えだもたわわになりたるが、周まはりをきびしく囲かこひたりしこそ、少すこしことさめて、「この木きなからましかば」と覚おぼえしか。

第12段 同じ心ならん人と

 同おなじ心こころならん人ひととしめやかに物もの語がたりして、をかしきことも、世よのはかなきことも、うらなく言いひ慰なぐさまんこそうれしかるべきに、さる人ひとあるまじければ、つゆ違たがはざらんと向むかひゐたらんは、ひとりある心ここ地ちやせん。

 互たがひに言いはんほどのことをば、「げに」と聞ききかひあるものから、いささか違たがふところもあらん人ひとこそ、「我われはさやは思おもふ」など争あらそひ憎にくみ、「さるから、さぞ」ともうち語かたらはば、つれづれ慰なぐさまめと思おもへど、げには、少すこしかこつ方かたも、我われと等ひとしからざらん人ひとは、大おほ方かたのよしなしごと言いはんほどこそあらめ、まめやかの心こころの友ともには、はるかに隔へだたるところのありぬべきぞ、わびしきや。

第13段 ひとり灯のもとに文を広げて

 ひとり灯ともしびのもとに文ふみを広ひろげて、見みぬ世よの人ひとを友ともとするぞ、こよなう慰なぐさむわざなる。

 文ふみは、文もん選ぜんのあはれなる巻々まきまき、白はく氏し文もん集じふ、老らう子しのことば、南なん華くわの篇へん。この国くにの博はか士せどもの書かけるものも、いにしへのは、あはれなること多おほかり。

第14段 和歌こそなほをかしきものなれ

 和わ歌かこそ、なほをかしきものなれ。あやしの賤しづ、山やまがつのしわざも、言いひ出いづればおもしろく、恐おそろしき猪ゐのししも、「ふす猪ゐの床とこ」と言いへばやさしくなりぬ。

 このごろの歌うたは、一ひとふしをかしく言いひかなへたりと見みゆるはあれど、古ふるき歌うたどものやうに、いかにぞや、言こと葉ばの外ほかに、あはれに、けしき覚おぼゆるはなし。

 貫つら之ゆきが、「糸いとによる物ものならなくに」と言いへるは、古こ今きん集しふの中なかの「歌うたくづ」とかや言いひ伝つたへたれど、今いまの世よの人ひとの詠よみぬべきことがらとは見みえず。その世よの歌うたには、姿すがた、言こと葉ば、このたぐひのみ多おほし。この歌うたに限かぎりて、かく言いひたてられたるも知しりがたし。源げん氏じ物もの語がたりには、「物ものとはなしに」とぞ書かける。

 新しん古こ今きんには、「残のこる松まつさへ峰みねにさびしき」と言いへる歌うたをぞ言いふなるは、まことに、少すこしくだけたる姿すがたにもや見みゆらん。されどこの歌うたも、衆しゆ議ぎ判はんの時とき、よろしきよし沙さ汰たありて、後のちにもことさらに感かんじ、仰おほせ下くだされけるよし、家いへ長ながが日につ記きには書かけり。

 「歌うたの道みちのみ、いにしへに変かはらぬ」など言いふこともあれど、いさや、今いまも詠よみあへる同おなじ詞ことば、歌うた枕まくらも、昔むかしの人ひとの詠よめるは、さらに同おなじものにあらず。やすく、すなほにして、姿すがたもきよげに、あはれも深ふかく見みゆ。

 梁りやう塵ぢん秘ひ抄せうの郢えい曲きよくの言こと葉ばこそ、また、あはれなることは多おほかめれ。昔むかしの人ひとは、ただいかに言いひ捨すてたることぐさも、みないみじく聞きこゆるにや。

第15段 いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ

 いづくにもあれ、しばし旅たび立だちたるこそ、目め覚さむる心ここ地ちすれ。そのわたり、ここかしこ見み歩ありき、田舎ゐなかびたる所ところ、山やま里ざとなどは、いと目め慣なれぬことのみぞ多おほかる。

 都みやこへたより求もとめて文ふみやる。

「その事こと、かの事こと、便びん宜ぎに忘わするな」

 など言いひやるこそをかしけれ。さやうの所ところにてこそ、よろづに心こころづかひせらるれ。

 持もてる調てう度どまで、よきはよく、能のうある人ひと、かたちよき人ひとも、常つねよりはをかしとこそ見みゆれ。寺てら、社やしろなどに忍しのびてこもりたるもをかし。

第16段 神楽こそなまめかしく

 神楽かぐらこそ、なまめかしく、おもしろけれ。おほかた、ものの音ねには、笛ふえ、篳ひち篥りき。常つねに聞ききたきは、琵び琶は、和わ琴ごん。

第17段 山寺にかきこもりて

 山やま寺でらにかきこもりて、仏ほとけに仕つかうまつるこそ、つれづれもなく、心こころの濁にごりも清きよまる心ここ地ちすれ。

第18段 人はおのれをつづまやかにし

 人ひとは、おのれをつづまやかにし、奢おごりを退しりぞけて、財たからを持もたず、世よをむさぼらざらんぞいみじかるべき。昔むかしより、賢かしこき人ひとの富とめるはまれなり。

 唐土もろこしに許きよ由いうと言いひつる人ひとは、さらに身みに従したがへる蓄たくはへもなくて、水みづをも手てして捧ささげて飲のみけるを見みて、なりひさこといふものを人ひとの得えさせたりければ、ある時とき、木きの枝えだに懸かけたりけるが、風かぜに吹ふかれて鳴なりけるを、「かしかまし」とて捨すてつ。また手てに掬むすびてぞ水みづも飲のみける。いかばかり心こころのうち涼すずしかりけん。

 孫そん晨しんは、冬ふゆ月づきに衾ふすまなくて、藁わら一ひと束つかありけるを、夕ゆふべにはこれに臥ふし、朝あしたには収をさめけり。

 唐土もろこしの人ひとは、これをいみじと思おもへばこそ、記しるしとどめて世よにも伝つたへけめ。

 これらの人ひとは、語かたりも伝つたふべからず。

第19段 折節の移り変はるこそ

 折をり節ふしの移うつり変かはるこそ、ものごとにあはれなれ。「もののあはれは秋あきこそまされ」と人ひとごとに言いふめれど、それもさるものにて、今いま一ひときは心こころも浮うきたつものは、春はるの気け色しきにこそあめれ。

 鳥とりの声こゑなども、ことのほかに春はるめきて、のどやかなる日ひ影かげに、垣かき根ねの草くさ萌もえ出いづるころより、やや春はる深ふかく霞かすみわたりて、花はなもやうやうけしきだつほどこそあれ、折をりしも雨あめ風かぜうち続つづきて、心こころあわただしく散ちり過すぎぬ。青あを葉ばになりゆくまで、よろづにただ心こころをのみぞ悩なやます。花はな橘たちばなは名なにこそ負おへれ、なほ梅うめの匂にほひにぞ、いにしへのことも立たちかへり恋こひしう思おもひ出いでらるる。山やま吹ぶきの清きよげに、藤ふぢのおぼつかなきさましたる、すべて、思おもひ捨すてがたきこと多おほし。

 灌くわん仏ぶつのころ、祭まつりのころ、「若わか葉ばの梢こずゑ涼すずしげに茂しげりゆくほどこそ、世よのあはれも、人ひとの恋こひしさもまされ」と、人ひとの仰おほせられしこそ、げにさるものなれ。五さ月つき、あやめ葺ふくころ、早さ苗なへ取とるころ、水鶏くひなのたたくなど、心こころ細ぼそからぬかは。六みな月づきのころ、あやしき家いへに夕ゆふ顔がほの白しろく見みえて、蚊か遣やり火びふすぶるもあはれなり。六みな月づき祓ばらへ、またをかし。

 七夕たなばた祭まつるこそなまめかしけれ。

 やうやう夜よ寒さむになるほど、雁かり鳴なきて来くるころ、萩はぎの下した葉ば色いろづくほど、早稲田わさだ刈かり干ほすなど、取とり集あつめたることは、秋あきのみぞ多おほかる。また、野の分わきの朝あしたこそをかしけれ。

 言いひ続つづくれば、みな源げん氏じ物もの語がたり、枕まくらの草さう子しなどにことふりにたれど、同おなじこと、また今いまさらに言いはじとにもあらず。おぼしきこと言いはぬは腹はらふくるるわざなれば、筆ふでにまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破やり捨すつべきものなれば、人ひとの見みるべきにもあらず。

 さて、冬ふゆ枯がれのけしきこそ、秋あきにはをさをさ劣おとるまじけれ。汀みぎはの草くさに紅葉もみぢの散ちりとどまりて、霜しもいと白しろう置おける朝あした、遣やり水みづより煙けぶりの立たつこそをかしけれ。

 年としの暮くれ果はてて、人ひとごとに急いそぎあへるころぞ、またなくあはれなる。すさまじきものにして見みる人ひともなき月つきの寒さむけく澄すめる、廿日はつかあまりの空そらこそ、心こころ細ぼそきものなれ。御お仏ぶつ名みやう、荷の前さきの使つかひ立たつなどぞ、あはれにやんごとなき。公く事じども繁しげく、春はるの急いそぎにとり重かさねて催もよほし行おこなはるるさまぞ、いみじきや。追つい儺なより四し方はう拝はいに続つづくこそ、おもしろけれ。

 つごもりの夜よ、いたう暗くらきに、松まつどもともして、夜よ半なか過すぐるまで、人ひとの門かど叩たたき走はしり歩ありきて、何なにごとにかあらん、ことごとしくののしりて、足あしを空そらに惑まどふが、暁あかつきがたより、さすがに音おとなくなりぬるこそ、年としの名な残ごりも心こころ細ぼそけれ。亡なき人ひとの来くる夜よとて魂たま祭まつるわざは、このごろ都みやこにはなきを、東あづまのかたには、なほすることにてありしこそ、あはれなりしか。

 かくて明あけゆく空そらのけしき、昨日きのふに変かはりたりとは見みえねど、ひきかへめづらしき心ここ地ちぞする。大おほ路ぢのさま、松まつ立たてわたして、花はなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。

第20段 なにがしとかや言ひし世捨て人の

 なにがしとかや言いひし世よ捨すて人びとの、

「この世よのほだし持もたらぬ身みに、ただ空そらの名な残ごりのみぞ惜をしき」

 と言いひしこそ、まことにさも覚おぼえぬべけれ。

第21段 よろづのことは、月見るにこそ

 よろづのことは、月つき見みるにこそ慰なぐさむものなれ。ある人ひとの、

「月つきばかりおもしろきものはあらじ」

 と言いひしに、またひとり、

「露つゆこそあはれなれ」

 と争あらそひしこそをかしけれ。

 折をりにふれば、何なにかはあはれならざらん。月つき、花はなはさらなり、風かぜのみこそ人ひとに心こころはつくめれ。岩いはに砕くだけて清きよく流ながるる水みづのけしきこそ、時ときをも分わかずめでたけれ。

沅げん湘しやう日につ夜や東ひんがしに流ながれ去さる、愁しう人じんのためにとどまること少時しばらくもせず

 と言いへる詩しを見みはべりしこそ、あはれなりしか。嵇けい康かうも、「山さん沢たくに遊あそびて、魚うを鳥とりを見みれば心こころ楽たのしぶ」と言いへり。

 人ひと遠とほく、水みづ草くさ清きよき所ところにさまよひ歩ありきたるばかり、心こころ慰なぐさむことはあらじ。

第22段 何事も古き世のみぞ慕はしき

 何なにごとも、古ふるき世よのみぞ慕したはしき。今いまやうは、無む下げにいやしくこそなりゆくめれ。

 かの木きの道みちの匠たくみの造つくれる、美うつくしき器うつは物ものも、古こ代だいの姿すがたこそをかしと見みゆれ。文ふみの詞ことばなどぞ、昔むかしの反ほ古ごどもはいみじき。ただ言いふ言こと葉ばも、口くち惜をしうこそなりもてゆくなれ。

 いにしへは、「車くるまもたげよ」、「火ひかかげよ」とこそ言いひしを、今いまやうの人ひとは、「もてあげよ」、「かきあげよ」と言いふ。「主との殿も寮れう、人にん数じゆ立だて」と言いふべきを、「たちあかし白しろくせよ」と言いひ、最さい勝しよう講かうの御ご聴ちやう聞もん所じよなるをば、「御ご講かうの廬ろ」とこそ言いふを、「講かう廬ろ」と言いふ、口くち惜をしとぞ、古ふるき人ひとは仰おほせられし。

第23段 衰へたる末の世とはいへど

 衰おとろへたる末すゑの世よとはいへど、なほ九ここの重への神かみさびたるありさまこそ、世よづかずめでたきものなれ。露ろ台だい、朝あさ餉がれひ、何なに殿でん、何なに門もんなどは、いみじとも聞きこゆべし。あやしの所ところにもありぬべき小こ蔀じとみ、小こ板いた敷じき、高たか遣や戸りどなども、めでたくこそ聞きこゆれ。

 陣ぢんに「夜よるの設まうけせよ」と言いふこそいみじけれ。夜よるの御お殿とどのをば、「かいともしとうよ」など言いふ、またいみじ。上しやう卿けいの、陣ぢんにて事こと行おこなへるさまはさらなり。

 諸しよ司しの下しも人びとどもの、したり顔がほに慣なれたるもをかし。さばかり寒さむき夜よもすがら、ここかしこに睡ねぶりゐたるこそをかしけれ。

 「内ない侍し所どころの御み鈴すずの音おとは、めでたく優いうなるものなり」とぞ、徳とく大だい寺じの太だい政じやう大だい臣じんは仰おほせられける。

第24段 斎王の野宮におはしますありさまこそ

 斎さい王わうの、野のの宮みやにおはしますありさまこそ、やさしく、おもしろきことのかぎりとは覚おぼえしか。経きやう、仏ほとけなど忌いみて、「なかご」、「染そめ紙がみ」など言いふなるもをかし。

 すべて、神かみの社やしろこそ、捨すてがたく、なまめかしきものなれや。もの古ふりたる森もりのけしきもただならぬに、玉たま垣がきしわたして、榊さかきに木綿ゆふ懸かけたるなど、いみじからぬかは。

 ことにをかしきは、伊い勢せ、賀か茂も、春日かすが、平ひら野の、住すみ吉よし、三み輪わ、貴き布ぶ禰ね、吉よし田だ、大おほ原はら野の、松まつの尾を、梅うめの宮みや。

第25段 飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば

 飛鳥あすか川がはの淵ふち瀬せ、常つねならぬ世よにしあれば、時とき移うつり、事こと去さり、楽たのしび悲かなしびゆきかひて、花はなやかなりしあたりも人ひと住すまぬ野のらとなり、変かはらぬ住すみ家かは人ひと改あらたまりぬ。桃たう李りもの言いはねば、誰たれとともにか昔むかしを語かたらん。まして、見みぬいにしへのやんごとなかりけん跡あとのみぞ、いとはかなき。

 京きやう極ごく殿どの、法ほふ成じやう寺じなど見みるこそ、志こころざしとどまり、事こと変へんじにけるさまはあはれなれ。

 御み堂だう殿どのの造つくり磨みがかせたまひて、庄しやう園ゑん多おほく寄よせられ、我わが御おん族ぞうのみ、御み門かどの御おん後うしろ見み、世よの固かためにて、行ゆく末すゑまでとおぼしおきし時とき、いかならん世よにも、かばかりあせ果はてんとはおぼしてんや。

 大だい門もん、金こん堂だうなど近ちかくまでありしかど、正しやう和わのころ、南なん門もんは焼やけぬ。金こん堂だうはその後のち、倒たふれ伏ふしたるままにて、とりたつるわざもなし。無む量りやう寿じゆ院ゐんばかりぞ、その形かたとて残のこりたる。丈ぢやう六ろくの仏ほとけ九く体たい、いと尊たふとくて並ならびおはします。行ゆき成なり大だい納な言ごんの額がく、兼かね行ゆきが書かける扉とびら、あざやかに見みゆるぞあはれなる。法ほつ華け堂だうなども、いまだはべるめり。

 これもまた、いつまでかあらん。かばかりの名な残ごりだになき所々ところどころは、おのづから礎いしずゑばかり残のこるもあれど、さだかに知しれる人ひともなし。

 されば、よろづに、見みざらん世よまでを思おもひおきてんこそ、はかなかるべけれ。

第26段 風も吹きあへずうつろふ

 風かぜも吹ふきあへずうつろふ人ひとの心こころの花はなに、馴なれにし年とし月つきを思おもへば、あはれと聞ききし言ことの葉はごとに忘わすれぬものから、我わが世よの外ほかになりゆくならひこそ、亡なき人ひとの別わかれよりもまさりて悲かなしきものなれ。

 されば、白しろき糸いとの染そまんことを悲かなしび、路みちの衢ちまたの分わかれんことを嘆なげく人ひともありけんかし。

 堀ほり川かは院ゐんの百ひやく首しゆの歌うたの中なかに、

昔むかし見みし妹いもが垣かき根ねは荒あれにけりつばなまじりの菫すみれのみして

 さびしきけしき、さることはべりけん。

第27段 御国譲りの節会行はれて

 御おん国くに譲ゆづりの節せち会ゑ行おこなはれて、剣けん、璽じ、内ない侍し所どころ渡わたしたてまつらるるほどこそ、限かぎりなう心こころ細ぼそけれ。新しん院ゐんの下おりさせたまひての春はる、詠よませたまひけるとかや。

殿との守もりのとものみやつこよそにして掃はらはぬ庭にはに花はなぞ散ちり敷しく

 今いまの世よのこと繁しげきにまぎれて、院ゐんには参まゐる人ひともなきぞさびしげなる。かかる折をりにぞ、人ひとの心こころもあらはれぬべき。

第28段 諒闇の年ばかり

 諒りやう闇あんの年としばかり、あはれなることはあらじ。

 倚い廬ろの御ご所しよのさまなど、板いた敷じきを下さげ、葦あしの御み簾すを掛かけて、布ぬのの帽も額かうあらあらしく、御おん調てう度どどもおろそかに、みな人ひとの装さう束ぞく、太た刀ち、平ひら緒をまで、異ことやうなるぞゆゆしき。

第29段 静かに思へば

 静しづかに思おもへば、よろづに過すぎにし方かたの恋こひしさのみぞせんかたなき。

 人ひと静しづまりて後のち、長ながき夜よのすさびに、なにとなき具ぐ足そくとりしたため、残のこしおかじと思おもふ反ほ古ごなど破やり捨すつる中なかに、亡なき人ひとの手て習ならひ、絵ゑ描かきすさびたる見み出いでたるこそ、ただその折をりの心ここ地ちすれ。

 このごろある人ひとの文ふみだに、久ひさしくなりて、いかなる折をり、いつの年としなりけんと思おもふは、あはれなるぞかし。

 手て馴なれし具ぐ足そくなども、心こころもなくて変かはらず久ひさしき、いと悲かなし。

第30段 人のなき跡ばかり悲しきはなし

 人ひとのなき跡あとばかり悲かなしきはなし。

 中ちゆう陰いんのほど、山やま里ざとなどに移うつろひて、便びんあしく狭せばき所ところにあまたあひゐて、後のちのわざども営いとなみあへるは、あわただし。日ひ数かずの速はやく過すぐるほどぞ、ものにも似にぬ。果はての日ひは、いと情なさけなう、互たがひに言いふこともなく、我われかしこげに物ものひきしたため、散ちり散ぢりに行ゆきあかれぬ。もとの住すみ家かに帰かへりてぞ、さらに悲かなしきことは多おほかるべき。

 「しかしかのことは、あなかしこ、跡あとのため忌いむなることぞ」など言いへるこそ、「かばかりの中なかに何なにかは」と、人ひとの心こころはなほうたて覚おぼゆれ。年とし月つき経へても、つゆ忘わするるにはあらねど、「去さる者ものは日々ひびに疎うとし」と言いへることなれば、さは言いへど、その際きはばかりは覚おぼえぬにや。よしなしごと言いひて、うちも笑わらひぬ。

 骸からはけうとき山やまの中なかにをさめて、さるべき日ひばかり詣まうでつつ見みれば、ほどなく卒そ都と婆ばも苔こけむし、木葉このは降ふり埋うづみて、夕ゆふべの嵐あらし、夜よるの月つきのみぞ、言こと問とふよすがなりける。思おもひ出いでて偲しのぶ人ひとあらんほどこそあらめ、そもまたほどなく失うせて、聞きき伝つたふるばかりの末々すゑずゑは、あはれとやは思おもふ。

 さるは、跡あととふわざも絶たえぬれば、いづれの人ひとと名なをだに知しらず、年々としどしの春はるの草くさのみぞ、心こころあらん人ひとはあはれと見みるべきを、果はては、嵐あらしにむせびし松まつも千ち年とせを待またで薪たきぎに砕くだかれ、古ふるき墳つかはすかれて田たとなりぬ。その形かただになくなりぬるぞ悲かなしき。

第31段 雪のおもしろう降りたりし朝

 雪ゆきのおもしろう降ふりたりし朝あした、人ひとのがり言いふべきことありて、文ふみをやるとて、雪ゆきのこと何なにとも言いはざりし返かへり事ごとに、

「『この雪ゆきいかが見みる』と一ひと筆ふでのたまはせぬほどの、ひがひがしからん人ひとの仰おほせらるること、聞きき入いるべきかは。返かへす返がへす口くち惜をしき御み心こころなり」

 と言いひたりしこそ、をかしかりしか。

 今いまは亡なき人ひとなれば、かばかりのことも忘わすれがたし。

第32段 九月廿日のころ

 九く月ぐわつ廿日はつかのころ、ある人ひとに誘さそはれたてまつりて、明あくるまで月つき見み歩ありくことはべりしに、おぼし出いづる所ところありて、案あ内ないせさせて入いりたまひぬ。荒あれたる庭にはの露つゆしげきに、わざとならぬ匂にほひ、しめやかにうちかをりて、忍しのびたるけはひ、いともののあはれなり。

 よきほどにて出いでたまひぬれど、なほ、ことざまの優いうに覚おぼえて、物ものの隠かくれよりしばし見みゐたるに、妻つま戸どを今いま少すこし押おしあけて、月つき見みるけしきなり。

 やがてかけこもらましかば、口くち惜をしからまし。跡あとまで見みる人ひとありとは、いかでか知しらん。

 かやうのことは、ただ朝あさ夕ゆふの心こころづかひによるべし。その人ひと、ほどなく失うせにけりと聞ききはべりし。

『無名抄』目次
(1)序段~第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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