『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(5)第84段~第89段|読みやすいふりがな付き

目次

第84段「里にまかでたるに」

 さとまかでたるに、殿上人てんじやうびとなどのるをも、やすからずぞ人々ひとびとすなる。

 いと有心いうしんに、れたるおぼえはたなければ、さはむもにくかるまじ。

 また、ひるひとを、なにしにかは、

「なし」

 ともかがやきかへさむ。

 まことにむつまじうなどあらぬも、さこそはめれ。

 あまりうるさくもあれば、このたびでたるところをば、いづくとなべてにはらせず。

 左中将さちゆうじやう経房つねふさきみ済政なりまさきみなどばかりぞ、りたまへる。

 左衛門さゑもんじよう則光のりみつて、物語ものがたりなどするに、

昨日きのふ宰相さいしやう中将ちゆうじやうまゐりたまひて、いもうとのあらむところ、さりともらぬやうあらじ。へと、いみじうひたまひしに、さらにらぬよしをまうししに、あやにくにひたまひしこと」

 などひて、

「あることあらがふ、いとわびしうこそありけれ。ほとほとみぬべかりしに、ひだり中将ちゆうじやうの、いとつれなくらずがほにてたまへりしを、かのきみだにはせば、わらひぬべかりしに、わびて、台盤だいばんうへに、ぬののありしをりて、ただひにまぎらはししかば、中間なかまにあやしのものやと、人々ひとびとけむかし。されど、かしこう、それにてなむ、そことはまうさずなりにし。わらひなましかば不用ふようぞかし。まことにらぬなめりとおもしたりしも、をかしくこそ」

 などかたれば、

「さらになこえたまひそ」

 などひて、日頃ひごろひさしうなりぬ。

 いたうけて、かどをいたうおどろおどろしうたたけば、なにように、こころもなう、とほからぬかどたかたたくらむときて、はすれば、瀧口たきぐちなりけり。

左衛門さゑもんじようの」

 とてふみたり。

 みなたるに、せさせてれば、

明日あす御読経みどきやう結願けちぐわんにて、宰相さいしやう中将ちゆうじやう御物忌おんものいみこもりたまへり。いもうとの在所ありどころまうせ、まうせとめらるるに、ずちなし。さらにえかくまうすまじ。さなむとやかせたてまつるべき。いかに。おほせにしたがはむ」

 とひたる、返事かへりごとかで、ぬの一寸いつすんばかり、かみつつみてやりつ。

 さてのちて、

一夜ひとよは、せめたてられて、すずろなる所々ところどころになむありきたてまつりし。まめやかにさいなむに、いとからし。さて、などともかくも御返事おんかへりはなくて、すずろなむぬのはしをばつつみてたまへりしぞ。あやしのつつものや。ひとのもとに、さるもののつつみておくるやうやはある。たがへたるか」

 といふ。

 いささかこころざりけるとるがにくければ、ものはで、すずりにあるかみはしに、

かづきする海人あま住処すみかをそことだにゆめふなとやめをはせけむ

 ときてでたれば、

うたませたまへるか。さらにはべらじ」

 とて、あふぎかへしてげてぬ。

 かうかたらひ、かたみの後見うしろみなどするなかに、なにともなくて、すこ仲悪なかあしうなりたる、ふみ寄越おこせたり。

「びんなきことなどはべりとも、なほちぎこえしかたわすれたまはで、余所目よそめにては、さぞとはたまへとなむおもふ」

 とひたり。

 つねふことは、

「おのれをおぼさむひとは、うたをなむみてえさすまじき。すべて仇敵あたかたきとなむおもふ。いまは、かぎりありてえむとおもはむときにを、さることはへ」

 などひしかば、この返事かへりごとに、

くづ妹背いもせやまなかなればさらに吉野よしのかはとだに

 とりしも、まことにずやなりけむ、かへしもせずなりにき。

 さて、かうぶりて、遠江とほたふみすけひしかば、にくくてこそやみにしか。

第85段「物のあはれ知らせ顔なるもの」

 もののあはれらせがほなるもの、鼻垂はなたり、みつつ物言ものいこゑまゆく。

第86段「さてその左衛門の陣などに」

 さて、その左衛門さゑもんぢんなどにきてのちさとでてしばしあるほどに、

まゐりね」

 など、おほせごとのはしに、

左衛門さゑもんぢんきしうしろなむ、つねおぼしめしでらるる。いかで、さつれなくうちりてありしならむ。いみじうめでたからむとこそおもひたりしか」

 などおほせられたる、

 御返事おんかへりに、かしこまりのよしまうして、わたくしには、

「いかでかはめでたしとおもひはべらざらむ。御前おまへにも、なかなる乙女をとめとは御覧ごらんじおはしましけむとなむおもひたまへし」

 とこえさせたれば、

 かへり、

「いみじくおもへるなる仲忠なかただ面伏おもてぶせなることは、いかでけいしたるぞ。ただ今宵こよひのうちに、よろづのことをててまゐれ。さらずは、いみじうにくませたまはむ」

 となむおほせごとあれば、

「よろしからむにてだにゆゆし。まいていみじとある文字もじに、いのちも、さながらててなむ」

 とてまゐりにき。

第87段「職の御曹司におはします頃西の廂にて」

 しき御曹司みざうしにおはしますころ西にしひさしにて不断ふだん御読経みどきやうあるに、ほとけなどけたてまつり、そうどものたるこそ、さらなることなれ。

 二日ふつかばかりありて、えんのもとに、あやしきものこゑにて、

「なほかの御仏供おぶくのおろしはべりなむ」

 といへば、

「いかでか、まだきには」

 といふなるを、なにふにからむとて、でてるに、なまいたるをんな法師ほふしの、いみじうすすけたるきぬて、さるさまにていふなりけり。

「かれは、何事なにごとふぞ」

 といへば、こゑつくろひて、

ほとけ御弟子みでしさぶらへば、御仏供おぶくのおろしたべむとまうすを、この御坊ごばうたちのしみたまふ」

 といふ。

 はなやぎ、みやびかなり。

 かかるものは、うちうんじたるこそあはれなれ、うたてもはなやぎたるかなとて、

「ことものはで、ただほとけおんおろしをのみふか。いとたふときことかな」

 といふ、けしきをて、

「などか、ことものべざらむ。それがさぶらはねばこそと、まうしつれ」

 といへば、果物くだものひろもちなどを、ものれてらせたるに、むげに仲良なかよくなりて、よろづのことかたる。

 わか人々ひとびとて、

をとこやある」

「いづくにかむ」

 など口々くちぐちふに、をかしきこと添言そへごとなどをすれば、

うたうたふや。まひなどするか」

 とひもてぬに、

たれとかむ。常陸ひたちすけむ。たるはだよし」

 これがすゑ、いとおほかり。また、

男山をとこやまみね紅葉もみぢば、さぞつや、さぞつや」

 とかしらをまろばしる。いみじうにくければ、わらにくみて、

ね、ね」

 といふ。

「いとほし。これになにらせむ」

 といふをかせたまひて、

「いみじう、かたはらいたきわざは、せさせつるぞ。かで、みみふたぎてぞありつる。そのきぬひとつとらせて、とくりてよ」

 とおほせらるれば、

「これ、たまはするぞ。きぬすすけたり。しろくてよ」

 とて、げとらせたれば、ふしをがみて、かたにうちきてはふものか。まことににくくて、みなりにし。

 のちならひたるにやあらむ、つねえしらがひありく。

 やがて常陸ひたちすけけたり。

 きぬもしろめず、おなじすすけにてあれば、いづちりてけむなどにくむ。

 右近うこん内侍ないしまゐりたるに、

「かかるものをなむかたらひけてきためる。すかして、つねること」

 とて、ありしやうなど、小兵衛こひやうゑといふひとにまねばせてかせさせたまへば、

「かれいかではべらむ。かならさせたまへ。御得意おとくいななり。さらに、よもかたらひらじ」

 などわらふ。

 そののち、また、あまなる乞食こつじきのいとあてやかなる、たるを、またでてものなどいふに、これはいとはづかしげにおもひて、あはれなれば、れいの、きぬひとつたまはせたるを、ふしをがむは、されどよし、さてうちよろこびてぬるを、常陸ひたちすけは、来合きあひててけり。

 そののちひさしうえねど、たれかはおもでむ。

 さて、師走しはすとをのほどに、ゆきいみじうりたるを、女官にようくわんどもなどして、えんにいとおほくを、

おなじくは、にはにまことのやまつくらせはべらむ」

 とて、さぶらひして、

おほせごとにて」

 といへば、あつまりてつくる。主殿寮とのもりづかさ官人くわんにんきよめにまゐりたるなども、みなりて、いとたかつくりなす。宮司みやづかさなどもまゐあつまりて、ことくはきようず。三四人みたりよたりまゐりつる主殿寮とのもりづかさものども、二十人はたりばかりになりにけり。さとなるさぶらひしにつかはしなどす。

今日けふ、このやまつくひとには、三日みつかぶべし。また、まゐらざらむものは、またおなかずとどめむ」

 などいへば、けたるはまどまゐるもあり。さととほきは、えげやらず。

 つくてつれば、宮司みやづかさして、きぬ二結ふたゆらせて、えんだしたるを、ひとりにりて、をがみつつ、こしにさしてみなまかでぬ。うへきぬなどたるは、さて狩衣かりぎぬにてぞある。

「これ、いつまでありなむ」

 と人々ひとびとのたまはするに、

十日とをかはありなむ」

とをはありなむ」

 など、ただこのころのほどを、あるかぎまうすに、

「いかに」

 とはせたまへば、

正月しやうぐわつとをまでははべりなむ」

 とまうすを、御前おまへにも、えさはあらじとおぼしめしたり。

 女房にようばうはすべて、としのうち、つごもりまでもえあらじとのみまうすに、あまりとほくもまうしけるかな、げにえしもやあらざらむ、一日ひとひなどぞふべかりけると、したにはおもへど、さはれ、さまでなくとも、めてむことはとて、かたあらがひつ。

 二十日はつかのほどにあめれど、ゆべきやうもなし。すこたけおとりもてく。

白山しらやま観音くわんおん、これえさせたまふな」

 といのるも、ものぐるほし。

 さて、そのやまつくりたる御使おんつかひ式部丞しきぶのじよう忠隆ただたかまゐりたれば、しとねだしてものなどいふに、

今日けふゆきやまつくらせたまはぬところなむなき。御前おまへつぼにもつくらせたまへり。春宮とうぐうにも弘徽殿こきでんにもつくられたりつ。京極殿きやうごくどのにもつくらせたまへりけり」

 などいへば、

ここにのみめづらしとゆきやま所々ところどころにふりにけるかな

 と、かたはらなるひとしてはすれば、度々たびたびかたぶきて、

かへしはつかうまつりけがさじ。あざれたり。御簾みすまへにて、ひとにをかたりはべらむ」

 とてちにき。うたいみじうこのむとくものを、あやし。御前おまへにきこしめして、

「いみじうくとぞおもひつらむ」

 とぞのたまはする。

 つごもりがたに、すこちひさくなるやうなれど、なほいとたかくてあるに、ひるかたえん人々ひとびとでゐなどしたるに、常陸ひたちすけたり。

「など、いとひさしうえざりつる」

 とへば、

「なにかは。心憂こころうきことのはべりしかば」

 といふ。

何事なにごとぞ」

 とふに、

「なほかくおもひはべりしなり」

 とて、ながやかにづ。

うらやましあしかれずわたつうみのいかなるひとものたまふらむ

 といふを、にくわらひて、ひとれねば、ゆきやまのぼり、かかづらひありきて、ぬるのちに、右近うこん内侍ないしに、かくなどいひやりたれば、

「などか、ひとへてはたまはせざりし。かれがはしなたなくて、ゆきやままでのぼつたひけむこそ、いとかなしけれ」

 とあるを、またわらふ。

 さて、ゆきやま、つれなくてとしかへりぬ。

 一日ついたちゆきのいとおほくりたるを、

うれしうもまたみたるかな」

 とるに、

「これはあいなし。はじめのきはきて、いまのはてよ」

 とおほせらる。

 つぼねへいととくるれば、さぶらひをさなるもののごとくなる宿直衣とのゐぎぬそでうへに、あをかみまつにつけたるをきて、わななきでたり。

「それは、いづこのぞ」

 とへば、

斎院さいゐんより」

 といふに、ふとめでたうおぼえて、りてまゐりぬ。

 まだ大殿籠おほとのごもりたれば、まづ御帳みちやうにあたりたる御格子みかうしを、碁盤ごばんなどせて、一人ひとりねんぐる、いとおもし。

 かたかたなればきしめくに、おどろかせたまひて、

「などさはすることぞ」

 とのたまはすれば、

斎院さいゐんより御文おんふみさぶらはむには、いかでかいそげはべらざらむ」

 とまうすに、

「げに、いとかりけり」

 とて、きさせたまへり。御文おんふみけさせたまへれば、五寸ごすんばかりなる卯槌うづちふたつを、卯杖うづゑのさまにかしらなどつつみて、山橘やまたちばな日影ひかげ山菅やますげなど、うつくしげにかざりて、御文おんふみはなし。ただなるやうあらむやは、とて御覧ごらんずれば、卯杖うづゑかしらつつみたるちひさきかみに、

やまとよむをのひびきをたづぬればいはひのつゑおとにぞありける

 おんかへかせたまふほども、いとめでたし。斎院さいゐんには、これよりきこえさせたまふも、なほ心異こころことに、けがおほう、用意よういえたり。御使おんつかひに、しろ織物おりものひとへ蘇芳すはうなるはうめなめり。ゆきりしきたるに、かづきてまゐるもをかしうゆ。そのたびおんかへしを、らずなりにしこそ口惜くちをしけれ。

 さて、ゆきやま、まことのこしのにやあらむとえて、えげもなし。くろうなりて、甲斐かひなきさまはしたれども、げにちぬる心地ここちして、いかで十五日とをかあまりいつかちつけさせむとねんずる。されど、

七日なぬかをだにえぐさじ」

 と、なほいへば、いかでこれてむと、みなひとおもふほどに、にはかに内裏うちへ、三日みつからせたまふべし。いみじう口惜くちをし、このやまてをらでやみなむことと、まめやかにおもふ。

 ことひとも、

「げにゆかしかりつるものを」

 などいふを、御前おまへにもおほせらるるに、おなじくはてて御覧ごらんぜさせばやとおもひつるに、甲斐かひなければ、おんものどもはこび、いみじうさわがしきにあはせて、こもりといふものの、築土ついぢのほどにひさしさしてゐたるを、えんのもとちかせて、

「このゆきやまいみじうまぼりて、わらはべなどにらさせず、こぼたせで、よくまもりて、十五日とをかあまりいつかまでさぶらふ。そのまであらば、めでたきろくたまはせむとす」

 などかたらひて、つね台盤所だいばんどころひと下衆げすなどにくるるを、くだものやなにやと、いとおほらせたれば、うちみて、

「いとやすきこと。たしかにまもりはべらむ。わらはべぞのぼさぶらはむ」

 といへば、

「それをせいして、かざらむものをばまうせ」

 などかせて、らせたまひぬれば、七日なぬかまでさぶらひてでぬ。

 そのほども、これがうしろめたければ、おほやけひと、すまし、長女をさめなどして、えずいましめにる。七日なぬか節供せくのおろしなどをさへやれば、をがみつることなど、わらへり。

 さとにても、まづくるすなはち、これを大事だいじにてせにやる。十日とをかのほどに、

五日いつかつばかりはあり」

 といへば、うれしくおぼゆ。また、ひるもやるに、十四日とをかあまりよかさり、あめいみじうれば、これにぞえぬらむといみじう、いま一日ひとひ二日ふつかちつけでと、きゐてなげけば、ひとものぐるほしとわらふ。

 ひとでてくに、やがてて、下衆げすこさする、さらにきねば、いみじうにく腹立はらだちて、でたるやりてすれば、

円座わらふだのほどなむはべる。こもり、いとかしこうまもりて、わらはべもせはべらず。明日あす明後日あさてまでもさぶらひぬべし。ろくたまはらむとまうす」

 といへば、いみじううれしくて、いつしか明日あすにならば、うたみて、ものれてまゐらせむとおもふも、いとこころもとなくわびし。

 くらきにきて、折櫃をりびつなどせさせて、

「これに、そのしろからむところれて。きたなげならむところてて」

 などりたれば、いとたせつるものげて、

「はやくせはべりにけり」

 とふに、いとあさましく、をかしうでて、ひとにもかたつたへさせむとうめきずんじつるうたも、あさましう甲斐かひなくなりぬ。

「いかにしてさるならむ。昨日きのふまでさばかりあらむものの、のほどにえぬらむこと」

 とくんずれば、

「こもりがまうしつるは、昨日きのふいとくらうなるまではべりき。ろくたまはらむとおもひつるものをとて、ちてさわぎはべりつる」

 などさわぐ。

 内裏うちよりおほせごとあり。さて、

ゆき今日けふまでありや」

 とおほせごとあれば、いとねたう口惜くちをしければ、

としのうち、一日ついたちまでだにあらじと、人々ひとびとけいしたまひしに、昨日きのふ夕暮ゆふぐれまではべりしは、いとかしこしとなむおもうたまふる。今日けふまでは、あまりことになむ。のほどに、ひとにくみてててはべるにやとなむはかりはべる、とけいせさせたまへ」

 などこえさせつ。

 さて、二十日はつかまゐりたるにも、まづこのことを、御前おまへにてもいふ。

げつ」

 とて、ふたかぎたりけむ法師ほふしのやうに、すなはちたりしがあさましかりしこと、ものふた小山こやまつくりて、しろかみうたいみじくきて、まゐらせむとせしことなどけいすれば、いみじくわらはせたまふ。

 御前おまへなる人々ひとびともわらふに、

「かうこころれておもひたることをたがへたれば、つみらむ。まことに、四日よかさぶらひどもをやりてとりてしぞ。返事かへりごとてたりしこそ、いとをかしかりしか。そのをんなて、いみじうをすりていひけれども、おほせごとにて。かのさとよりたらむひとに、かくかすな。さらば、うちこぼたむなどひて、左近さこんつかさみなみ築土ついぢなどに、みなててけり。いとかたくて、おほくなむありつるなどぞふなりしかば、げに二十日はつかちつけてまし。今年ことし初雪はつゆきひなましなどいふ。うへこしめして、いとおもひやりふかあらがひたるなど、殿上人てんじやうびとどもなどにおほせられけり。さても、そのうたかたれ。いまかくあらはしつれば、おなごとちたるななり」

 など、御前おまへにもおほせられ、人々ひとびとのたまへど、

「なでふにか、さばかりきことをきながら、けいしはべらむ」

 など、まことにまめやかにうんじ、心憂こころうがれば、うへもわたらせたまひて、

「まことに、年頃としごろは、おぼひとなめりとしを、これにぞあやしとし」

 などおほせらるるに、いとどく、つらく、うちもきぬべき心地ここちぞする。

「いで、あはれ、いみじくぞかし。のちみてはべりしゆきを、うれしくおもひはべりしに、それはあいなし、てよとおほせごとはべりしか」

 とまうせば、

たせじとおぼしけるななり」

 と、うへわらはせたまふ。

第88段「めでたきもの」

 めでたきもの、唐錦からにしきかざつくぼとけ木絵もくゑ

 色合いろあふかく、花房はなぶさながきたるふぢはなの、まつにかかりたる。

 六位ろくゐ蔵人くらうど。いみじき君達きんだちなれど、えしもたまはぬあや織物おりものを、こころまかせてたる、青色あをいろ姿すがたなどのめでたきなり。ところ雑色ざふしき、ただのひとどもなどにて、殿原とのばらさぶらひに、四位しゐ五位ごゐつかさあるがしもにうちて、なにともえぬに、蔵人くらうどになりぬれば、えもはずぞあさましきや。宣旨せんじなどまゐり、大饗だいきやうをり甘栗あまぐり使つかひなどにまゐりたる、もてなし、やむごとながりたまへるさまは、いづこなりし天降あまくだびとならむとこそゆれ。

 御娘おんむすめきさきにておはします、また、まだしくて姫君ひめぎみなどきこゆるに、御文おんふみ使つかひとてまゐりたれば、御文おんふみるるよりはじめ、しとねさしづる袖口そでぐちなど、しものともおぼえず。

 下襲したがさねしりらして、衛府ゑふなるはいますこしをかしくゆ。

 御手おんてづからさかづきなどさしたまへば、心持こころもちにもいかにおぼえむ。

 いみじうかしこまり、つちにゐしいへ君達きんだちをも、こころばかりこそ用意よういし、かしこまりたれ、おなやうちてありくよ。うへちか使つかひはせたまふをるには、ねたくさへこそおぼゆれ。御文おんふみかせたまへば御硯おんすずりすみすり、御団扇おんうちはなどまゐり、つかうまつる三年みとせ四年よとせばかりを、なりしく、ものいろよろしくてまじらはむは、甲斐かひなきことなり。

 かうぶりになりて、るべきほどのちかうならむだに、いのちよりもしかるべきことを、臨時りんじ所々ところどころ御賜おんたまはりまうしておるるこそ、甲斐かひなくおぼゆれ。

 むかし蔵人くらうどは、今年ことしはるなつよりこそきたちけれ、いまには、はしくらべをなむする。

 博士はかせざえあるは、いとめでたしとふもおろかなり。かほにくげに、いと下臈げらふなれど、やむごとなき御前おまへちかづきまゐり、さべきことなどはせたまひて、御書おんふみにてさぶらふは、うらやましくめでたくこそおぼゆれ。願文ぐわんもんへうものじよなどつくだしてめらるるも、いとめでたし。

 法師ほふしざえある、すべてふべくもあらず。

 きさきひる行啓ぎやうけいいちひと御歩おんありき。春日かすがまうで。葡萄染えびぞめ織物おりものひろにはゆきあつきたる。はないとかみもすべて、なになにも、むらさきなるものはめでたくこそあれ。むらさきはななかには、かきつばたぞすこにくき。六位ろくゐ宿直姿とのゐすがたのをかしきも、むらさきゆゑなり。

第89段「なまめかしきもの」

 なまめかしきもの、ほそやかにきよげなる君達きんだち直衣なほし姿すがた。をかしげなる童女わらはをんなの、うへはかまなど、わざとはあらでほころびがちなる、汗衫かざみばかりて、卯槌うづち薬玉くすだまなどながくつけて、勾欄こうらんのもとなどに、あふぎかくしてたる。

 薄様うすやう草子さうしやなぎでたるに、あを薄様うすやうきたるふみつけたる。三重みへがさねのあふぎ五重いつへはあまりあつくなりて、もとなどにくげなり。いとあたらしからず、いたうものりぬ桧皮葺ひはだぶきに、なが菖蒲さうぶをうるはしうわたしたる。あをやかなる御簾みすしたより、几帳きちやう朽木形くちきがたいとつややかにて、ひもかぜなびかされたる、いとをかし。

 しろくみほそき。帽額もかうあざやかなる。すだれそと勾欄こうらんに、いとをかしげなるねこの、あか首綱くびづなしろふだつきて、村濃むらごつなながきて、いかりのくみながきなどつけてありくも、をかしうなまめきたり。

 五月さつきせちのあやめの蔵人くらうど菖蒲さうぶのかづら、赤紐あかひもいろにはあらぬを、領布ひれ裙帯くたいなどして、薬玉くすだま親王みこたち、上達部かんだちめみたまへるにたてまつれる、いみじうなまめかし。りてこしけ、舞踏ぶたふし、はいしたまふも、いとめでたし。

 むらさきかみつつぶみにて、ふさながふぢけたる。小忌をみ君達きんだちもいとなまめかし。

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