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『発心集』第7巻(第76話~第88話)原文全文

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 このページでは、鴨長明『発心集』第7巻(第76話~第88話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

 現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第7巻(第76話~第88話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

第76話 恵心僧都のそのかみ空也上人

 恵心ゑしん僧都そうづのそのかみ、「空也上人くうやしやうにん見みたてまつらん」とて、尋たづね来きたまへることあり。年としたけ、徳とく高たかうして、ただ人ひととも覚おぼえず。

 いと尊たふとく見みえたまひければ、後生ごしやうのことまうし出いだし、

「極楽ごくらくを願ねがふ心こころ、深ふかくはべり。往生わうじやうはとげはべりなむや」

 と尋たづねたまひければ、

「われは無智むちの者ものなり。いかで、さやうのことをことわりはべらん。ただし、智者ちしやのまうしはべりしことを聞ききて、これを案あんずるに、などかは生しやうぜざらん。そのゆゑは人ひと六行観ろくぎやうくわんを修しゆして、上界じやうかいの定ぢやうを得えんと思おもふとき、下地げぢは、麁そなり、苦くなり、障しやうなり。上地じやうちは、静じやうなり、妙めうなり、離りなりといふことを信しんじて、下地げぢのいやしきさまを厭いとひ、上地じやうちの妙めうなることを願ねがへば、その観念くわんねんの力ちからにて、次第しだいにすすみて、非想非々想ひさうひひさうまで至いたるべしと言いへり。されば、西方さいはうの行人ぎやうにんもまた同おなじことなり。智恵ちゑ、行徳ぎやうとくなくとも、穢土えどを厭いとひ浄土じやうどを願ねがふ心こころざし深ふかくは、などか往生わうじやうを遂とげざらん」

 とのたまひければ、僧都そうづこれを聞ききて、

「まことに理ことわりきはまりはべり」

 とて、涙なみだを流ながし、掌たなごころを合あはせて、帰きしたまひにけり。

 さて、『往生要集わうじやうえうしふ』を撰せんじたまひけるに、そのことを思おもひて、厭離穢土おんりえど、欣求浄土ごんぐじやうどを先さきとしたまふ。

第77話 この上人雲林院に住みたまひけるころ

 この上人しやうにん雲林院うりんゐんに住すみたまひけるころ、七月しちぐわつばかりに、京きやうになすべきことありて、朝あしたかげに、大宮おほみやの大路おほぢを南みなみざまへおはしけるに、大垣おほがきのほとりに、例人れいびととは思おぼえぬ人ひとのさし会あへりけるが、いみじく寒かんを怨うらみたる気色けしきにて見みえければ、上人しやうにんあやしくて、立たち留とどまりて、

「いかなる人ひとにてましませば、かく暑あつきほどに、寒かんげにおはするは」

 と問とひたまふ。

 この人ひとのたまふやう、

「空也上人くうやしやうにんとは御おんことをまうすにや。日ひごろより、会あひたてまつりて、愁うれへまうさんと思おもひつるに、いと嬉うれしくはべり。おのれは松尾まつのをの大明神だいみやうじんなり。妄想顛倒まうざうてんだうの嵐あらし激はげしく、悪業あくごふ煩悩ぼんなうの霜しも厚あつくはべる間あひだ、かく寒さむさ耐たへがたきなり。もし、法華ほけの法施ほつせを得えしめたまはむや」

 とのたまふ。

 聖ひじりいとかたじけなく、あはれに思おぼえて、

「うけたまはりはべりぬ。ただし、社やしろに詣まうでて、法施ほつせしたてまつらむ。この、おのれが下したに着きてはべる小袖こそでは、この四十余年しじふよねん、起おき臥ふし、立たち居い、法華経ほけきやうを読よみしめてはべる衣ころもなり。垢あかづきて、いとかたじけなきことにははべれど、これをたてまつらん」

 とまうしたまひければ、悦よろこびて着きたまひて、

「今いまはこの法華ほけの衣ころもを着きて、いと暖あたたかになりたり。これより後のちは、仏道ぶつだうなりたまはんまで、守まぼりたてまつらん」

 とて、聖ひじりを伏ふし拝をがみて、去さりたまひぬ。

 これ大通智勝仏だいつうちしようぶつの垂跡すいじやくにておはしますべし。国くにを助たすけ、仏法ぶつぽふを守まもらんがために、跡あとを垂たれたまへば、上人しやうにんの徳とくを尊たふとびて、法施ほつせを請うけたまふ。しかるに、旧ふるき小袖こそでをたてまつりたまひける心こころのたけこそ、なほありがたくはべれ。

 そもそも、天慶てんぎやうより先さきは、日本にほんに念仏ねんぶつの行ぎやうまれなりけるが、この聖ひじりの勧すすめによりて、人ひとこぞりて念仏ねんぶつをまうすことになれり。常つねに阿弥陀あみだを唱となへて歩ありきたまひければ、世よの人ひとこれを「阿弥陀聖あみだひじり」と言いふ。ある時とき、市しの中なかに住ぢゆうして、もろもろの仏事ぶつじを勧すすめたまふによりて、「市いちの聖ひじり」とも聞きこゆ。すべて、橋はしなき所ところには橋はしを渡わたし、井いなくして、水みづ乏とぼしき郷さとには井いを堀ほりたまひけり。

 これをわが国くにの念仏ねんぶつの祖師そしとまうすべし。すなはち、法華経ほけきやうと念仏ねんぶつとをおいて、極楽ごくらくの業ごふとして、往生わうじやうを遂とげたまへるよし、見みえたり。

第78話 中ごろ左中将雅通といふ人ありけり

 中なかごろ、左中将雅通さちゆうじやうまさみちといふ人ひとありけり。心こころうるはしくて、若わかきより法華経ほけきやうを読よみたてまつりける。ことに、提婆品だいばほんを信しんじて、毎日まいにち十じふ、二十遍にじふへんこれを読よむ。しかれども、世よに仕つかへ、人ひとに交まじはる間あひだ、心こころならず狩かり、漁すなどりし、もろもろの悪業あくごふを造つくり、常つねはかの、「浄心信敬不生疑惑者じやうしんしんぎやうふしやうぎわくしや」の文ふみを口付くちづけ、言草ことぐさとせり。

 命終みやうじゆうの時とき、同おなじくこの文ふみを唱となへ、さまざまの瑞相ずゐさうを見みて、往生わうじやう疑うたがひなきよし、披露ひろうしけり。道雅朝臣みちまさあそんさらにこのことを用もちゐず、

「殺生せつしやうを好このみ、世路せいろをわしりつる人ひといかが往生わうじやうせむ」

 と言いふほどに、年とし経へて後のち、六波羅蜜寺ろくはらみつじへまゐりて、忍しのびて聴聞ちやうもんする間あひだに、車くるまの前まへに一人ひとりの尼あまありて、おのがどち語かたつていはく、

「年としごろ、往生わうじやうを願ねがへども、身み貧ひんにして善根ぜんこんをなす力ちからなし。朝あした夕ゆふこれを歎なげくほどに、過すぎぬる夜よの夢ゆめに見みるやう、一人ひとりの僧そうありて、告つげていはく、汝なんじ、歎なげくことなかれ。ただ心こころうるはしくして、念仏ねんぶつする者ものは、必かならず極楽ごくらくに生しやうずるなり。近ちかくは中将雅通朝臣ちゆうじやうまさみちあそん、心こころうるはしくして、法華経ほけきやうを持たもつかゆゑに、そのほかの善根ぜんこんなけれども、すでに往生わうじやうを遂とげたりと語かたる」

 道雅みちまさつぶさにこれを聞ききて、その後のち信しんじたりける。

 ただ、いづれの行ぎやうなりとも、心こころうるはしくして、その上うへに願ねがひを発おこし、功こうを積つむべきにこそ。

 ある伝記でんきにいはく、唐もろこしに并州へいしうといふ国くにあり。かの国くにの人ひとは、七しち、八歳はつさいより道心だうしんありて、念仏ねんぶつをまうして、多おほく極楽ごくらくに生しやうず。その中なかに、僧延法師そうえんほふしといふ者ものあり。これ思おもふやう、「必かならずしも念仏ねんぶつしてのみやは、極楽ごくらくに生しやうずべき」千部せんぶの経きやうを始はじめて読よむ。百部ひやくぶになる夜よの夢ゆめに、わが左右さいうの脇わきより、羽はねの生おひ出いで、飛とびぬべく思おぼえければ、あやしくて、これを見みるに、法華経ほけきやうの文字もじの、ことごとく翼つばさに生おひたるなりければ、あはれに尊たふとく思おぼえて、心こころに、「極楽ごくらくへ飛ひびまゐらん」と思おもふに、西にしを指さして飛とび行ゆくほどに、すなはち、思おもひのごとくまゐり着つきぬ。

 七重宝樹しちぢゆうほうじゆのもとに飛とび降おりたる間あひだ、この羽はねに生おひたる字じ、六万九千余ろくまんくせんよの仏ほとけになりたまひて、みなことごとく光ひかりを放はなつて、阿弥陀仏あみだぶつを囲繞ゐねうして、並なみ居ゐたまへり。これを見みたてまつるに、いよいよ尊たふとくかたじけなく思おぼえて、涙なみだを流ながすことかぎりなし。

 阿弥陀仏あみだぶつのたまふやう、

「この仏ほとけたちは、みな、汝なんじが読よみたてまつる法華経ほけきやうの文字もじにておはします。しかるを、汝なんじ、極楽ごくらくを願ねがふ。娑婆しやばに帰かへりて、千部せんぶの願ねがひを果はたして、もろもろの衆生しゆじやうを教をしへて、この経きやうを持たもたしめよ」

 とのたまふ。

 これをうけたまはりて、帰かへらんとするとき、またこの多おほくの仏ほとけ、帰きつてもとのごとく翼つばさとなりたまひぬ。飛とぶ時とき、先さきのごとし。

 僧延そうえん夢ゆめ覚さめて、涙なみだおさへがたくして、五ご体たいを地ちに投なげて、夢中むちゆうに見みたてまつる仏ほとけたちを拝をがみ、深心じんしんを発おこして、この経きやうを読よみたてまつるとなむ。

 またいはく、唐もろこしの恵超禅師ゑてうぜんじといふ人ひとあり。法華経ほけきやうに志こころざし深ふかくして、年としごろ読よみたてまつるほどに、やや功こう積つもりて後のち、いづくより来きたるともなく、小法師こぼふし一人ひとり出いでつかはれけり。

 この小法師こぼふし、心こころ賢かしこく、悟さとりありて、いまだ言いはざることをも知しり、思おもふ心こころをも推おしはかる。諸事しよじに力ちからたへて、これぞつかふに、いささかも心こころにたがふことなかりければ、またなきものに思おもひて過すぎけるほどに、この恵超ゑてうことのたよりに、真言しんごんの教をしへ勝すぐれたることを聞ききて思おもふやう、「法華経ほけきやうは八巻はちくわんを読よみたてまつるもわづらはしきに、真言しんごんは文字もじは少すくなくて、義よし理ことわりは甚深じんじんなれば、誦よみ易やすくして、功徳くどくはよく勝すぐれたまへり」と思おもひて、法華経ほけきやうを収をさめて、一向いつかう真言しんごんを習ならひて、胎蔵界たいざうかいを行おこなふ。

 その時ときに、日ひごろつかへつる小法師こぼふし、かき消けつやうに失うせぬ。いたらぬ隈くまなく尋たづね求もとむれども、さらに行ゆき方かたを知しらず。恵超ゑてうこれを歎なげきて、寝ねたりける夜よの夢ゆめに、かの小法師こぼふし来きていはく、

「われまことには地蔵菩薩ぢざうぼさつなり。汝なんじ、法華経ほけきやうに功こうを入いれたること、尊たふとく思おぼえて、日ひごろつかへつれども、今いまはその志こころざしを改あらためて真言しんごんを習ならふこと、本意ほいなければ、去さりぬるなり」

 と、のたまふと見みたりける。

 これ必かならずしも真言しんごんのおろかなるにはあらず。かつは、功こうを入いれたる行ぎやうを捨すてたる謬あやまりをとがめたまへるなり。

 そもそも、釈尊しやくそんは、一期いちごの化縁けえん尽つきて涅槃ねはんに入いりたまひしが、この経きやう、生身しやうじんにかはりて、あまねく衆生しゆじやうを化度けどしたまふ。われは迷まよひも耐たへず、悟さとりもなき薄地はくぢの凡夫ぼんぶとして、無量劫むりやうこふに名なをだに聞きかぬ、平等大恵びやうどうだいゑの教門きやうもんにあへるは、また、他事たじにあらず。釈尊しやくそん無縁むえんの大悲だいひ、無作むさの誓願せいぐわんによりて、われらが道心だうしん少すくなしといへども、巌いはにも木きにもあらず、いかで、この広大くわうだいの恩徳おんどくを報ほうじたてまつらん。ただ、この経きやう、一文一句いちもんいつくをも、受持読誦じゆぢどくじゆして、これをもつて仏恩ぶつおんを報ほうぜんとすべし。

 そのゆゑは仏ほとけは三界特尊さんがいどくそんとして、自在じざい神通じんづうを得えたまへり。何なに物ものか乏とぼしき、何事なにごとか御心みこころに叶かなはざらん。ただ、われらが生死しやうじの海うみの底そこに沈しづみ、浮うかぶ世よもなきを、一子いつしの御おん憐あわれみに倦うむことなくて、悲かなしみたまふばかりなり。まことにねんごろなる御歎おんなげきにてはべらめ。かかれば、衆生しゆじやう一人ひとりが得道とくだうすることは矌劫多生くわうごふたしやうの御おん大事だいじ、「方々かたがたの方便はうべんを廻めぐらし、種々しゆじゆの身みを現げんじて縁えんを結むすばん」と尽つきせずかまへ、いとなみたまふなるべし。

 しかるを、この経きやうの法師品ほふしほんに、「一偈一句いちげいつくなりとも、読よみ持たもちて、書かき供養くやうしたてまつらん人ひとは、みな仏ほとけになりたまふべし」と授記じゆきしたまへり。また、「若暫持者にやくざんぢしや、我則歓喜がそくくわんぎ」などとも説ときたまへり。これを聞きけば、わが身みのため、頼たのもしきのみならず、仏ほとけの御心みこころを喜よろこばしめたてまつらんこと、いみじき要えうにてはべるなり。

 孝経かうきやうといふ文ふみには、「人ひとの子この、曲くせ、片端かたはなくて生うまれたるは、孝かうの始はじめなり」と言いふ。生うまれる子この、心こころより発おこらぬことなれども、父母ちちははを悦よろこばしむるは、孝養かうやうにてはべるなり。

 しかれば、浄財じやうざいを投なげて供養くやうしたてまつらばこそ、貧まずしくては力ちから及およばずとも言いはめ、かく広ひろまりたまふ経きやう、持たもちたてまつらん、かたかるべきことかは。「全部ぜんぶ通利つうりし、文々解釈もんもんげしやくせよ」とも説とかず。鈍根無智どんこんむちなりとも卑下ひげすべからず。世よに師し多おほければ、千歳せんざいつかふる煩わづらひもあるまじ。

 五種ごしゆの行ぎやう、まちまちなり。行ぎやうも好このみにしたがひて、もしは一偈一句いちげいつくなりとも、縁えんを結むすびたてまつらんことは、さすがに易行いぎやうぞかし。されど、習ならひ読よまねば、読よまでぞある。一偈いちげを持たもちたてまつる人ひとは、これすなはち、信心しんじんは少すくなくて仏説ぶつせつを疑うたがひ、見聞けんぶんは深ふかくて微少びしやうの行ぎやうと、人目ひとめを恥はづるなるべし。これきわめて愚おろかなることなり。ただ、一文一句いちもんいつくなりとも、飢うえたるに水みづを飲のむがごとく、遇ぐうひがたく聞ききがたき思おもひをなして、縁えんを結むすびたてまつるべし。

 近ちかごろのことにや、ある智者ちしやの、おちぶれて、子こなどあまた持もちたるありけり。児こ生うまれて、もの言いふほどになりぬれば、さだまれることにて、必かならず法華経ほけきやうの首題しゆだいの字じを教をしへて、かたの様さまなれど、これを唱となへさす。生うまれて四よつ五いつつにもなりぬれば、堪たゆるにしたがひて、一品いつぽん、一巻いつくわんまでも、一句いつくづつ口くちまねをして読よませけり。

 人ひとそのゆゑを問とひければ、

「この経きやうは、仏出世ぶつしゆつせの本懐ほんかいなり。この子こども、もし命いのち短みじかくて、いとけなくて死しぬこともあらば、何なにをかは人界にんがいに生うまれたる験しるしとせん。まことに、宝たからの山やまに入いりて、空むなしく出いづるが如ごとし。かかれば、急いそぎ縁えんを結むすばするなり」

 とぞ言いひける。

 大方おほかたさるべき見物みものなどの時とき、見みても去さりあへず、人ひとの集あつままれるを見みるときは、人界にんがいの生うまれがたきことも思おぼえねど、まことには、また戒かいを全まつたく持たもちて生うまると言いへば、いとかたかるべきことにこそあれ。

 今いまの世よの人ひとを見みれば、一戒いつかいなほ持たもちがたし。いはんや、また五戒ごかいをや。ただ、朝あした夕ゆふ三悪道さんまくだうの業ごふをのみ作つくる。かかれど、さすがに人ひとの種たねも絶たえぬことは、ただ、この経きやうの広ひろまれるゆゑなり。

 宝塔品ほうたふほんに、「此経難持しきやうなんぢ、若暫持者にやくざんぢしや、乃至是名持戒ないしぜみやうぢかい」と言いふ。その心こころは、「しばしもこの経きやうを持たもつ者ものは、破戒はかいなれど持戒ぢかいなり」と言いふなり。まことに頼たのもしきことなり。ただし、もし、しばらくも信心しんじん深ふかくて持たもつべくは、それもかたくや思おもふべきに、同文どうもんの続つづきに、「是則勇猛ぜそくゆうみやう、是則精進ぜそくしやうじん」とあれば、心こころゆるく、懈怠けだいならん人ひとのために説とかれたる文ふみと見みえたり。

 すべては濁にごり深ふかき末すゑの世よに、この経きやうをさながら通利つうりする人ひとは、おぼろげの宿善しゆくぜんとは思おぼえず。現身げんしんにその証あかしをも経へ、臨終りんじゆうに瑞相ずゐさうもあらはるべけれども、必かならずしもしからず。この世よには、持経者ぢきやうじやは多おほくて、その行儀ぎやうぎととのほりがたし。またことなる験しるしもなし。人ひとの信しんを発おこさぬも、これよりおこることなり。

 げに、いとあやしきを、よく思おもへば、世々せぜに値遇ちぐしたてまつる力ちからにて、無智文盲むちもんまうなる人ひとも、おのづから通利つうりす。生々しやうじやうに名利みやうりのためにして、まことの心こころを発おこさざりけるゆゑ、生死しやうじにも留とまり、その威儀いぎも欠かけたるなめりとのみ思おぼえはべる。

 さりとて、ゆめゆめこれを軽かろしむべからず。金こがねは藁わらに包つつめりとても、値あたひ少すくなからず。いはんや、過去かこの結縁けちえんと、尽未来じんみらいの得道とくだう、もつてかかるべきゆゑなり。

第79話 中ごろ賀茂女といふ歌詠みあり

 中なかごろ、賀茂女かものをんなといふ歌うた詠よみあり。ことにふれて、名な高たかき人ひとありけり。賀茂保憲かものやすのりが孫まご、二条関白家にでうくわんぱくけの女房にようばうなり。のちには尼あまになりて、名なをば妙めうとぞいひける。

 深ふかき道心者だうしんじやなりければ、ことに動どうずることなし。ただ、世よのつねには、「常住仏性じやうぢゆうぶつしやう」といふ四字しじを、立居たちゐ、起臥きぐわの言草ことぐさにしけるが、つひに終をはり思おもひのごとくにて、往生わうじやうを遂とげたる由よし、伝でんに見みえたり。

 これは涅槃経ねはんぎやうの肝心かんじんにて、めでたきことはりなれど、往生わうじやう極楽ごくらくの勤つとめにはたがひてぞはべる。されど、宿習しゆくじふにしたがひ、廻向ゑかうによることなれば、凡下ぼんげの是非ぜひすべきにはあらざるなり。

 また、ある伝記でんきにいはく、昔むかし、楊州やうしうに人ひとありていはく、

「常住じやうぢゆうを聞ききつる者ものは、必かならず悪道あくだうに落おちず」

 と言いふ。一人ひとりの居士こじこれを疑うたがひ、あざけりていはく、

「この涅槃経ねはんぎやうを、みなことごとく聞ききたりとも、重罪ぢゆうざいを作つくりては遁のがれがたし。いはんや、わづかに二字にじを耳みみに触ふれたらん人ひとをや。このこともちゐられず」

 と言いひて去さぬ。

 そののち、この居士こじ命いのち終をはりて、閻王えんわうの前まへにめしすゑられたりける時とき、閻羅人えんらにんこのことを勘かんがへ出いだす。

「汝なんじは大乗誹謗だいじやうひばうの者ものなり。すみやかに、地獄じごくへつかはすべし」

 と定ていむ。居士こじこれを聞ききていはく、

「誹謗ひばうの罪つみをかうぶらんは、この経きやうゆゑなるべし。しかれば、また二字にじを耳みみに触ふれたる功徳くどく、むなしからんや」

 と言いふ。

 その時とき空中くうちゆうに光ひかりあり。光ひかりの中なかに声こゑありて、唱となへていはく、

「若信若不信にやくしんにやくふしん、纔聞常住字ざいもんじやうぢゆうじ、不堕悪即生不動国ふだあくそくしやうふどうこく」

 と唱となふ。閻羅人えんらにんこれを聞ききて、信仰しんがうして罪人ざいにんを許ゆるすと言いへり。

 そうじては、法華ほけも涅槃ねはんも、信しんずるも信しんぜざるも、法ほふの妙たへなるは、耳みみに触ふれ口くちに唱となへ、有智うち、無智むちを分わかたず、みな浄土じやうどの業ごふとなれり。喩たとへば、栴檀せんだんはわづかに触ふるれども、匂にほひ深ふかく、釼つるぎは功能くのうを知しらざれども、物ものとして切きれざることなきがごとし。

 かねては、また、和唐わたうの伝記でんきのごとくは、たとひ、行ぎやうおろかなりといへども、廻向ゑかう甚深じんじんなれば、みなその願ねがひを遂とぐ。いはゆる、橋はしを渡わたし、道みちを作つくり、船ふねに棹さをさし、施せを行ぎやうじ、もろもろの歓喜かんきこれなり。

 すなはち、衆生しゆじやうのもろもろの行ぎやう、始はじめ耳みみに触ふれしより、心こころにすすみ、功こうを積つみ、証あかしを得うるまで、ことごとく前世ぜんせの宿習しゆくじふによりて、好このむ所ところ一ひとつならざるゆゑなり。かの和須蜜多わしゆみつたが男をとこを近付ちかづけ、祇陀太子ぎだたいしの酒さけを耆たしなみ、天須菩提てんしゆぼだいが過差くわしやを好このみ、面王比丘めんわうびくが無相むさうははなはだしかりし。みな戒律かいりつに背そむけるに似にたれども、釈尊しやくそんこれを悲かなしびたまはざりしにて、心得こころえべし。

 弥陀みだの化儀けぎもまた同おなじ。明あきらけく、衆生しゆじやうの宿執しゆくしふ、志こころざし、ひきひき進すすみ遅おくれたることをしろしめして、広大くわうだいの誓願せいぐわんを発おこしたまふ。すなはち、極楽ごくらくに九品くほんを儲まうけ、有智徳行うちとくぎやうを始はじめとし、十悪じふあく五逆ごぎやくに至いたるまでも、もらしたまはず。念仏ねんぶつ、読経どきやうをもととして、はかなき遊あそび、戯たわむれまでも、みな人ひとにより廻向ゑかうにしたがひて、ことごとく引摂いんぜふしたまふ。

 しかるを、今いま、世よの行者ぎやうじや、互たがひに他ほかの行ぎやうをそしり、智恵ちゑの浅深せんじんを争あらそふほどに、我執偏増がしふへんぞうにして、ややもすれば、仏教ぶつけうの趣おもむきに背そむいて、ひとへなるべき西方さいはうの業ごふの中なかに隔へだてをなし、なつかしかるべき同おなじ望のぞみの中なかに竟趣きやうしゆを含ふくむ。このことの、愚心ぐしんによしなく思おぼえはべるなり。

 大方おほかた凡夫ぼんぶの習ならひ、わが心こころなほ心こころにかなはず。いはんや、人ひとの心こころをや。せんは、ただみづからはからひ、みづから勤つとめ、無常むじやうの殺鬼せつきの来きたらざらんさきに、出離しゆつりの業ごふを励はげむべし。よしなく疑うたがふ者ものに逢あひて、あたら暇ひまに論議ろんぎを好このむこと、よしなく思おぼゆるなり。

第80話 太子の御墓に覚能といふ聖ありけり

 太子たいしの御墓みはかに、覚能かくのうといふ聖ひじりありけり。音楽おんがくを好このむこと、世よの常つねならず。朝あした夕ゆふにいとなむこととては、板いたの端はしにて、をかしげに琴こと、琵琶びはの形かたを作つくりて、馬うまの尾おをかけて弾はじき鳴ならし、竹たけを切きりて、笛ふえの形かたちに彫ゑりて、これを吹ふきつつ興きやうに入いり、遊戯ゆげしていはく、

「菩薩聖衆ぼさつしやうじゆの楽らくの音おと、いかにめでたかるらん」

 と言いひて、涙なみだを落おとしける。

 常つねのいとなみにて、かくのみ作つくり置おきたれば、居ゐたるあたりには、うち散ちりて、多おほく見みゆるを、おのづから童わらはべなどの手てずさみに取とり失うしなひければ、さすがに腹はらの悪あしきくせにて、ののしりけり。

 この聖ひじり年とし経へて後のち、臨終りんじゆう思おもひのごとく、楽らくの声こゑ、耳みみに聞きこえて終をはりにけり。その後のち、むなしき骸から、久ひさしく乱みだれ損そんずることもなかりけるを、あたりの人ひといとど仏ほとけのごとく貴たふとみ集あつまりけるほどに、四十九日しじふくにちといふに、その身み、いづちともなく失うせて、見みえずなりにけり。

 この五十年ごじふねんばかりが先さきのことなれば、年とし高たかき人ひとなどは、見みたるもやあるらん。管絃くわんげんも、浄土じやうどの業ごふと信しんずる人ひとのためには、往生わうじやうの業ごふとなれり。

 今いまの世よに、徳とく高たかく聞きこゆる聖ひじりあり。人ひと、対面たいめんのついでに、その行ぎやうを問とふ。

「何なにわざを勤つとめとして、いづれの所ところを願ねがひたまふぞ」

 と尋たづねければ、

「さらに、いづくともさして願ねがふ所ところなし。ただ、仏ほとけのなせそと戒いましめたまふ事ことは、かまへてせじと忍しのびて、勧すすめたまふわざをば、心こころの及およぶほどは勤つとめばやと励はげみはべれば、仏ほとけこそはからひて、いづこへもつかひたまはめ。仏ほとけの御心みこころにかなはんことも知しらず、いかがおほけなくここかしこと願ねがひはべらん」

 とぞ、答こたへられける。

 この心こころたけの、仏意ぶつちにかなひけるにや、終をはりめでたくて、居ゐながら息いき絶たえにけり。印いんを結むすびたりける手て、二、三日にさんにちはたらかざりけるとぞ。

 なべての機きには、大おほきなる功徳くどくあれども、願ねがひなければ、成就じやうじゆすることかたし。たとへば、「牛うしの力ちからあれども、やる人ひとなければ、思おもふ方かたへ至いたらざるがごとし」と言いへり。されど、人ひとの思おもひさまざまなれば、一筋ひとすじに思おもひとりて、仏ほとけの御おんはからひを仰あふがんことも、いと貴たふとし。

 中なかごろ、才ざえ賢かしこき博士はかせありけり。重おもき病やまひを受うけて、限かぎりなる時とき、善知識ぜんちしき来きたりて、念仏ねんぶつを勧すすむるに、さらに、ただ年としごろの余執よしふなれば、心こころなほ風月ふうげつにのみ染しみて、いと思おもひも入いれぬさまなりければ、この僧そう、思おもひはかりある人ひとにやありけん、念仏ねんぶつの勧すすめをとどめて、とばかり、これが好このむ所ところのことをあひしらふ。

 心こころゆきて、「さも」と思おもへる気色けしきを見みて言いふやう、

「さても、年としごろ多おほく秀句しうくを作つくり、いみじき名文めいぶんどもを書かき留とどめたまへるに。極楽ごくらくの賦ふといふものを書かかで止やみたまひぬる。口くち惜をしきことなり。世間せけんの美景びけいを捨すてがたきこと多おほかり。まして、浄土じやうどの飾かざり、いかに風情ふぜい多おほからん」

 と言いひ出いだしたりけり。思おもひしめたることなれば、極楽ごくらくの依法えほふ、ことごとく見みるやうにおもかげに立たちて、心こころを進すすむる便たよりになりて、念仏ねんぶつし、思おもひのごとくして終をはりける。臨終りんじゆうの善知識ぜんちしきは、よくよく心こころを知しるべきことなり。

 このことをば、保胤入道やすたねにふだうとぞ、ある人ひと語かたりしかど、かれは無極むごくの道心者だうしんじやなれば、臨終りんじゆうに他念たねんまじはりけむこと、げにとも思おぼえず。

 吉田斎宮よしださいぐうとまうす人ひとおはしけり。御悩ごのう重おもくして限かぎりになりたまひける時とき、大原おほはらの薬忍上人やくにんしやうにん善知識ぜんちしきにまゐりて、念仏ねんぶつ勧すすめたてまつりけるほどに、御気色みけしきことのほかにすくよかにて、さまざまの要文えうもんを唱となへて、めでたく終をはりたまひにけり。

 その時とき、まぢかくさぶらふ人々ひとびと、涙なみだ落おとして貴たふとみたてまつる。上人しやうにんいかが思おもひけん、念誦ねんじゆしてうち眠ねむりて、早はやく立たち去さらむともせず。誰たれもあやしく思おもふほどに、とばかりありて、生いき出いでたまひにけり。

 さて、二時ふたときばかり過すぎて、先さきの御気色みけしきには似にず、いと弱々よわよわしきさまにて、引ひき入いりたまひにけり。

「これこそまことの御臨終ごりんじゆうよ。さて御有様おんありさま、げにげにしからず」

 とて、出いでられければ、聖ひじりの徳とくにぞ言いひける。魔まのかまへたるにこそ。かやうのこと、よく心得こころえべきなり。

 またある人ひと病やまひ限かぎりなりける時とき、善知識ぜんちしき添そひ、さて念仏ねんぶつを勧すすめけれど、いとまうさず。いふかひなき様さまなりければ、

「耳みみもきかずにこそ」

 とて、耳みみにさし当あてて、高声かうしやうになんまうしける。「すでに」と見みえければ、そのたびはやみ、生いきて後のちに語かたりけるは、

「耳みみに高たかくまうし入いれつる念仏ねんぶつの声こゑ、五ご体たいにこたへて、堪たへがたく思おぼえつるほどに、何なにの往生わうじやう極楽ごくらくのことをも思おぼえず」

 とぞ語かたりける。

 これは必かならずあるべきことなれば、用意よういのために記しるす。

第81話 小野宮の右大臣をば世の人賢人の大臣とぞ

 小野宮をののみやの右大臣うだいじんをば、世よの人ひと「賢人けんじんの大臣おとど」とぞ言いひける。

 納言なごんなどにておはしけるころにやありけん。内うちより出いでたまふに、うつつともなく、夢ゆめともなく、車くるまの後しりに、白しらばみたる者もの来きたる。小ちいさき男をとこの、見みるとも思おぼえぬが、早はやらかに歩あゆみて来くれば、あやしくて、目めをかけて見みたまふほどに、この男をとこ走はしりつきて、後しりの簾すだれを持もち上うへぐるに、心こころ得えがたくて、

「何者なにものぞ、便びんなし。まかりのけ」

 とのたまふに、

「閻王えんわうの御使おつかひ、白髪丸しらがまるにてはべる」

 と言いひて、すなはち車くるまにをどり乗のりて、冠かうぶりの上うへにのぼりて、失うせぬ。

 いとあやしく思おぼえて、帰かへりたまふままに見みやりたまへば、白髪しらがを見みて、一筋ひとすじ見み出いだしたまひたりける。

 世よの人ひとの言いふことなれど、正まさしくぞ証あかしを見みて、心こころにあはれとおぼされけるにや。もとは道心だうしんなどはせざりけるが、これより、後世ごせの勤つとめなど常つねにしたまひける。

第82話 中ごろ三井寺にわりなく貧しき僧ありけり

 中なかごろ、三井寺みゐでらにわりなく貧まずしき僧そうありけり。

 思おもひわびて思おもふやう、「かくゆかりのなきなめり。かくしも思おもふことの違たがふべきかは。われ外ほかへ行ゆきて宿世すくせをも試こころみん」と思おもひて、昼ひるなどは旅たび姿すがたもあやしければ、暁あかつき出いで立たつほどに、夜よ深ふかく起おき、「道みちのほどもわづらはしかるべし」とて、しばし寄より臥ふしたる夢ゆめに、色いろ青あおみ、痩やせ衰おとろへたる、わびしげなる冠者くわじや、われと同様どうやうに藁沓わらぐつ履はきなど用意よういし、いみじう出いで立たつあり。

 さきざきも見みえぬ者ものなれど、あやしくて、

「おのれは何者なにものぞ」

 と問とふ。

「年としごろさぶらふ者ものなり。いつも離はなれたてまつらぬ身みなれば、御おん伴ともまうしさぶらはんとて、出いで立たちはべる」

 と言いふ。僧そうの言いふやう、

「さる者ものやはある。名なをば何なんと言いふぞ」

 と問とへば、

「人々ひとびとしき身みならねば、異名いみやうはべり。ただうち見みる人ひとは、貧報びんぼうの冠者くわじやとなむまうしはべる」

 と言いふと見みて、夢ゆめ覚さめぬれば、すなはち、身みのつたなき宿世すくせを知しり、「いづくへ行ゆとも、この冠者くわじやが添そひたらんには」と思おもひて、外心ほかごころ改あらためて、あやしながら、もとの寺てらにぞ住すみける。

 これまたしもあるべきことなれど、人ひとごとに夢ゆめにも見みねば、宿世すくせのほどをも知しらず。いくばくもあるまじき身みの、あたら暇いとまに後世ごせのことをさし置おいて、まづ、「もしや、もしや」と走はしり求もとめ、心こころを尽つくすなるべし。仏天ぶつてんの知見ちけんこそ、いと恥はじかしくはべれ。

第83話 元興寺に伊賀の聖道寂といふ人ありけり

 元興寺ぐわんごうじに、伊賀いがの聖ひじり道寂だうじやくといふ人ひとありけり。因果いんぐわの理りに暗くらからざりければ、深ふかく仏道ぶつだうを思おもへり。

 年とし若わかくて、長谷はせにまゐりて、道心だうしんを祈いのりたてまつりけり。夢中むちゆうに僧そうありて、示しめしていはく、

「道心だうしんは体たいなし。ただ、かくのごときの心こころを道心だうしんといふ」

 とのたまふとぞ見みえたりける。

 すなはち、世よを遁のがれのがれ、頭かしらおろし、所々ところどころ修行しゆぎやうしける後のちには、飛鳥寺あすかでらの辺へんに庵いほりを結むすび、座禅ざぜん、念仏ねんぶつして、さしたる勤つとめとては、小阿弥陀こあみだ一遍いつぺんを読よみける。

 これ同おなじく往生わうじやうを遂とげたりける。

第84話 恵心僧都年たかくわりなき母を持ちたまひけり

 恵心ゑしん僧都そうづ年としたかくわりなき母ははを持もちたまひけり。

 志こころざしは深ふかかりけれども、いとこともかなはねば、思おもふばかりにて、孝養かうやうすることもなくて、過かぎたまひにけるほどに、しかるべき所ところに仏事ぶつじしける導師だうしに請しやうぜられて、布施ふせなど多おほく取とりたまひたれば、いとうれしくて、すなはち母ははのもとへあひ具ぐして、渡わたりたまへり。

 この母はは世よのわたらひ、絶たえ絶だえしきさまなり。「何なにに悦よろこばれん」と思おもふほどに、これをうち見みて、うち後うしろ向むきて、さめざめと泣なかる。いと心得こころえず、「君きみ、嬉うれしさのあまりか」と思おもふ間あひだに、とばかりありて、母ははの言いふやう、

「法師子ほふしごを持もちては、われ後世ごせを助たすけらるべきこととこそ、年としごろは頼たのもしくて過すぎしか、まのあたり、かかる地獄じごくの業ごふを見みるべきことかは。夢ゆめにも思おもはざりき」

 と言いひもやらず泣なきにける。

 これを聞ききて、僧都そうづ発心ほつしんして、遁世とんせいせられける。ありがたかりける母ははの心こころなり。

第85話 一年東大寺の大仏供養の時

 一年ひととせ、東大寺とうだいじの大仏供養だいぶつくやうの時とき、田舎いなかの人ひと残のこりなくまゐり集あつまりけるころ、かの勧進かんじんの聖ひじり夢ゆめに見みけるやう、一人ひとりの高僧かうそう来きて、告つげていはく、

「この貴賤きせん、道俗だうぞく数かず知しらず集あつまる中なかに、大夫阿闍梨実印たいふあじやりじちいんといふ僧そうの、無始むしの罪障ざいしやう、ことごとく滅めつするなり」

 とのたまふ。

 いと貴たふとく思おぼえて、

「しかじかいふ人ひとやある」

 と尋たづねさするほどに、おのづから尋たづねあひにけり。

 すなはち、このことを語かたりて、

「さても、いかほどのことを勤つとめたまふぞ。いといとおぼつかなく」

 など言いひける。

「さらさらつかまつることなし。ただ、御前ごぜんにさぶらひし時とき、つねよりも信しん発おこりてはべりしかば、他念たねんなくして、泣なく泣なく涙なみだを押おさへて、理趣分りしゆぶんをこそ、一遍いつぺん読よみはべりしか」

 とぞ答こたへける。

第86話 中ごろ安房守源親元といふ人ありけり

 中なかごろ、安房守源親元あはのかみみなもとのちかもとといふ人ひとありけり。常つねに先生せんじやうの罪つみを悔くいて、朝あした夕ゆふ、極楽ごくらくを願ねがふこと浅あさからず。

 検非違使けびゐしにてありける間あひだ、施せを行おこななひ、罪つみをなだめ、人ひとを助たすくること多おほし。つひに、東山辺ひがしやまへんに堂だうを造つくりて、阿弥陀あみだの三尊さんぞんを安置あんちす。その上うへに、一人ひとりの比丘びくの形かたちを造つくりすゑて、その名なを安法あぼふとぞ付つけたりける。これわれ出家しゆつけしたらん時ときの名ななるべし。

 安房あは守かみになりて下くだりける時とき、任にんのはじめなれど、さらに神事じんじを先さきとせず。ただ、仏事ぶつじをのみ勤つとめけり。国くにを治おさめける間あひだ、かしこに五間ごけんの堂だうを作つくり、丈六ぢやうろくの阿弥陀仏あみだぶつを安置あんちせり。国中こくちゆうの民みんにあまねく念仏ねんぶつを勧すすめて、遍数へんじゆにしたがひて、官物くわんぶつを許ゆるす。石別こくべつに十じふ万まん遍へんをあてたりける。もし、犯はんの者ものあれば、念仏ねんぶつする者ものをば選えらびて必かならず免めんす。

 国くにの内うち豊ゆたかにして、民みん、百姓ひやくしやうなびきしたがへり。朝あした夕ゆふに念仏ねんぶつまうす声こゑの、家いへごとに絶たゆることなし。後のちには隣となりの国くにまで聞きき伝つたへて、しばらくはうらやみ、しばらくは貴たふとぶ。

 任にん果はてて上のぼりける時とき、民みんのうれふるさま、父母ちちははに別わかれたるやうにぞありける。つひに京きやうへ入いらずして、三井寺みゐでらにて出家しゆつけす。

 終をはり近ちかなりては、微妙びみやうの楽らく、耳みみに聞きこえ、さまざま瑞相ずゐさうあらはれて、往生わうじやうを遂とげたるよし、伝でんに記しるせり。

第87話 近く心戒坊とて居所も定めず雲風に跡を

 近ちかく、心戒坊しんかいばうとて、居所ゐどころも定さだめず、雲くも風かぜに跡あとをまかせたる聖ひじりあり。俗姓ぞくせいは花園殿はなぞのどのの御末おんすゑとかや。八島やしまの大臣おとどの子こにして、宗親むねちかとて、阿波守あはのかみになされたりし人ひとなるべし。

 そのかみは、いかなる心こころかありけん、平家へいけ亡ほろびて、世よの中なか、目前もくぜんに跡形あとかたなく、あだなりしに、心こころを発おこして、もとより世よをそむける仏性坊ぶつしやうばうといふ聖ひじりにあひ伴ともひて、高野かうやに籠こもり居ゐて、年とし久ひさしく行おこななはれけり。

 その後のち、大仏だいぶつの聖ひじり、唐もろこしへ渡わたりけるを、たよりに付つきて渡わたる。かの国くにに年としごろありて、行おこなひけるありさまも世よの常つねのことにあらず。ひとへに身命しんめいを惜をしまず、ある時ときは、樹下座禅じゆげざぜんとて、同行三人どうぎやうさんにん具ぐして、深山しんざんに入いりて、草くさ引びき結むすぶほどの用意よういだになくて、ひとへに雨露あめつゆに身みをまかせつつ、四、五十日しごじふにちと行おこなひければ、今いま二人ふたりはえ堪たへずして、捨すてて出いでにけりとぞ。

 その後のち、この国くにへ還かえりて、

「都辺みやこへんはことにふれて住すみにくし」

 とて、常つねにはゑひすか、あくろ、津軽つがる、壺碑つぼのいしぶみなんどいふ方かたにのみ住すまれけるとかや。

 妹いもうとあまたおはしけるに、天王寺てんわうじに理円坊りゑんばうとて住すみたまふは、昔むかし、建礼門院けんれいもんゐんに八条殿はちでうどのと聞きこえし人ひとなるべし。かの聖ひじりのありさま、山林さんりんにまどひ来きて、跡あとを求もとめず。さとばかり、ほのぼのと聞きこゆれど、近ちかごろは対面たいめんなどせらるる便たよりもなければ、いかでかおはすらん。知しらず。

 ひたすら昔むかし語かたりに過かぎたまひけるに、この二三年にさんねんが先さきに、思おもひよらぬほどに、世よにゆゆしげなる人ひとの入いり来くるあり。童部わらんべあまた後しりに立たてて、「物もの狂くるひ」と笑わらひののしる。

 その様さまを見みれば、人ひとにもあらず、痩やせ黒くろみたる法師ほふし、紙衣かみぎぬの、汚きたなげにはらはらと破やぶれたる上うへに、麻あさの衣ころもの、ここかしこ結ゆひ集あつめたるを、わづかに肩かたにかけつつ、片へんかた破やぶれ失うせたる檜笠ひのきがさを着きたり。「あないみじ。こは何者なにものの様さまぞ」と思おもふほどに、年としごろおぼつかなく心こころにかかる心戒坊しんかいばうなりけり。

 これを見みるに、目めも暗くられて、あはれに悲かなしきこと限かぎりなし。まづ、さてまぢかく見みんこともかはゆき様さまなれば、古ふるき物ものども脱ぬぎ捨すてなんどして後のちなむ、閑しづかに年としごろのいぶせさも語かたられける。

「今いまは年としもたかくなりたまひたり。行おこなふべきほどは勤つとめて過すぎたまひぬ。いづこにもしづまりて、念仏ねんぶつなどまうされよ」

 と、ねんごろにいさめて、山崎やまざきに庵いほり一ひとつ結むすびて、小法師こぼふし一人ひとり付つけて、その用意よういなど、かの妹いもとの沙汰さたし送おくられければ、主従しゆじゆうながら月日つきひを過すごしけるほどに、ある時とき、河内かはちの弘川ひろかはに住すむ聖ひじりとかや、尋たづねて来きけり。

 これも対面たいめんして、夜よもすがら物語ものがたりせられけるを、この小法師こぼふし、物ものを隔へだてて聞きけば、

「かくてもなほ、後世ごせは必かならず修しゆすべしとも思おぼえず。ことにふれて障さはりあり。ただ、もとありしやうに、いづくともなくまどひ歩ありき、いささかも心こころを汚よごさじと思おもふ」

 など語かたりければ、「あやし」と思おもひけれど、たちまちにあるべきこととも思おもはで過すぐるほどに、その後のち、四、五日しごにちありて、いづくともなく失うせにけり。

 この小法師こぼふし、心こころある者ものにて、いと悲かなしく思おぼえて、泣なく泣なく尋たづね行ゆきけれど、いづくをはかりともなし。「ありし夜よの物語ものがたりの中なかに、丹波たんばの方かたへとやらん、声先こはさきばかり、わづかに聞ききしものを」と思おもひ出ででて、志こころざしのあまり尋たづね行ゆきけるほどに、穴太あなうといふ所ところにて尋たづね合あひにけり。

 聖ひじり思おぼえず、あきれたる気色けしきにて、

「いかにして来きたるぞ」

 と言いひければ、

「日ひごろもさるべきにてこそつかうまつりつらめ。いかなる御おんありさまにても、御おん伴ともまうしさぶらはん」

 など、志こころざし深ふかく聞きこゆ。

「志こころざしはいといとありがたく、あはれなり」

 しかあれど、いかにもかなふまじき由よし、もて離はなれて、まさしく違たがひぬべきやうなりければ、力ちからなくて帰かへりける。後のち、さらにその行末ゆくすゑも知しらずなむはべりし。

 いと尊たふとく、今いまの世よにもかかるためしもはべれば、これを聞ききて、わが心こころのおろかなることをも励はげまし、及およびがたくとも、乞こひ願ねがふべきなり。

 ここに、ある人ひとのいはく、

「かくのごとくの行ぎやう、われらが分ぶんにあらず。一ひとには身み弱よわくして、病やまひおこりぬべし。一ひとには、衣食いしよくともしからば、なかなか心こころ乱みだれてむ。身みを全まつたくし、心こころを静しづめて、のどかに念仏ねんぶつせんにはしかじ」

 と言いふ。

 これひとへに志こころざし浅あさく、道心だうしん少すくなきゆゑなり。実心じつしんおこらずは、仏法ぶつぽふかなひがたし。露命ろめいは消きえやすし。一念いちねんにて他事たじを思おもふべからず。片時へんしなりとも恐おそれたらんこと、毒蛇どくじやのごとくに捨すて、この身みをば水みづの源みなもとと厭いとふべし。かかれば、わざもこの身みを仏道ぶつだうのために投なげて、不退ふたいの身みを得えんとこそ思おぼえけれ。

 病やまひおこりて、死しなんに至いたりては、思おもひあるべき身みかは。悪業あくごふの依身えしんなり。不浄ふじやうの庫蔵こざうなり。つひに道みちの辺ほとりの土つちとなるべし。しばしいたはりて、何なにかせん。いかにも衣食いしよくは生得しやうとくの報ほうなり。天運てんうんにまかせてもあり。

 病やまひはまた習しふにしたがふ。いたはるとても必かならずしも去さらず。富とめる人ひとの衰おとろへたる様さまを見みるに、豊ゆたかなる時とき、衣ころもを厚あつく着きて、薬くすりを服ふくして、壁代かべしろを引ひき、さまざま身みをいたはるには、常つねに風熱ふうねつきほひ発おこりて、神心しんしんやすきことなし。この人ひと貧まずしくなりて、飢寒きかん身みを悩なやまし、服薬ふくやく心こころにかなはず、もろもろの悪事あくじ、折おりにつけつつみな身みを犯おかす。

 昔むかしのごとくならば、たちまちに病やまひおこりて死しぬべけれども、かやうに身みを捨すつる後のちは、病やまひもしたがひて去さりぬ。これすなはち、身みは習ならはしのものなる上うへに、運命うんめい限かぎりあるゆゑなるべし。いはんや、仏力ぶつりきむなしからずは、何なにの病やまひか競きほはん。職感しよくかんならば、身みも強つよきことを得えてん。

 すべて厭いとへど、死しす。惜をしめども、たもたれざるはこの身みなり。たまたま仏法ぶつぽふにあひたてまつり、決定往生けつぢやうわうじやうすべき道みちを聞ききながら、仮かりの身みをいたはり、五欲ごよくにつながれて、一期いちごを暮くらす。はかなきことにはあらずや。

 かの阿弥陀あみだ如来によらいの悲願ひぐわんは、われらが往生わうじやうの業ごふ、勧門くわんもんにつきてうち聞きくこそ、やすき様さまなれど、よく思おもへば、無始むしよりこのかた、輪廻生死りんねしやうじの地ちをあらためて、大乗だいじやう善根ぜんこんの境さかい、快楽かいらく不退ふたいの国くにに生うまれんことは、心こころを発おこして励はげまずは、さすがに遂とげがたくこそはべらめ。しかるを、今いまの世よの習ならひ、わづかに散心念仏さんしんねんぶつばかりを行ぎやうとして、知しりがたき臨終正念りんじゆうしやうねんを期きし、かたへの往生人わうじやうにんの宿善しゆくぜん、内徳ないとくを知しらず、たやすくわが分ぶんに思おもへり。これはいと愚おろかなることにこそ。

 うち思おもふには、五逆ごぎやくの罪人ざいにん一念いちねんの称名しようみやうなほ引摂いんぜふにあづかる。などか、望のぞみをかけざらんこととこそは思おぼゆれ。されど、かの極悪ごくあくを作つくるは、即心そくしんの猛もうきより起おこることなれば、思おもひかへす時ときもまた、強盛がうじやうなるべし。一念いちねんに証あかしを得うることは、また命終みやうじゆうに臨のぞんで、それ、強つよくおこるがゆゑなり。

 われらが類たぐひは、もとより心弱こころよわくつたなくして、きらきらしき罪つみをもえ作つくらず。げにげにしく懺悔さんげを修しゆするにあらざれば、熾盛しじやうの心こころもなし。愚痴闇鈍ぐちあんどんにして、泥どろを切きるがごときなるなり。

 もし、心こころを深ふかく発おこして、「このたび決定往生けつぢやうわうじやうを遂とげん」と思おもふ人ひとは、早はやく名利みやうりを厭いとひ、身命しんめいを捨すてて、ねんごろに勤つとめ、常つねに願ねがふべし。水みづを渡わたる者もの、手てを休やすめつれば、溺おぼれて死しす。火ひを切きる者もの、力ちからを入いれざれば、得うることなし。往生わうじやう極楽ごくらくも、またかくのごとし。一心いつしんに励はげみ勤つとめて、ゆめゆめおこたることなかれ。

 もし、世執せしふなほ尽つきずは、静しづかにこの身みのありさまを思おもひ解とくべし。大方おほかたこの身みは、有うにもあらず、また、久ひさしく留とどむべきものにもあらず。すずろに化生けしやうするものにもあらず。ただ、流来生死るらいしやうじの夢ゆめの内うち、因縁いんねんおのづから和合わがふして、仮かりに業報ごふほうの形かたちの顕あらははれたるばかりなり。いはば、旅人たびびとの一夜いちやの宿やどを借かるがごとし。これに何なにの会着ゑぢやくかあるべき。かかれば、「形かたちは常つねの主あるじなし。魂たましひは常つねの家いへなし」と言いへるなり。

 この身みは、かくあだなるものなれど、しかも、わが心こころ、賢かしこく愚おろかにしたがひて、仇敵あたかたきともなり、また善知識ぜんちしきともなるべし。

 ある経きやうにいはく、「人ひと一ひと日ひを経ふるに、八億四千はちおくしせんの思おもひあり。一々いちいちの思おもひ、罪つみ業ごふにあらずといふことなし」と言いへり。一ひと年とし、二ふた年としにもあらず、もしは一生いつしやうにも限かぎらず。無始むしよりこのかた、積つもるらんほど、限かぎりもなし。この罪つみ、影かげのごとく身みにそひて、たとひ非想非々想ひさうひひさうの頂いただきに生うまるといふとも、なほ離はなれずして、その報むくひ尽つきぬる時とき、三途さんづの旧里きうりは具ぐして行ゆくなり。

 この罪つみの深ふかしといふ、何なぞ。みな、わが身みを思おもひしゆゑなり。この身み、罪つみの根元ねもととして、心こころのためには、仇敵あたかたきなれども、しばしも生いけるほどは、ねんごろにあひ思おもへり。命いのち尽つきて後のち、すなはち身みをば山やまに捨すつるに、むなしく鳥獣てうじうの食えじきとなり、また、心こころ独ひとり冥途めいどにおもむく時とき、「何なにしに、もてはてざりける身みを思おもふ」とて、「もろもろの罪つみを作つくりて、かくからき目めを見みるらん」と、恨うらめしく悔くやしけれども、すべて、何なにのかひかはある。

 雑阿含ざふあごんの中なかに、譬たとへを取とりていはく、「人ひとのもとに一人ひとりの奴やつこあり。万よろづのわざ心こころにかなひて、一ひとつも欠かくことなし。主あるじ、ひとへにこれをあひ頼たのみて、朝あした夕ゆふあはれみはごくむ。彼かれが好このみ願ねがふこと、着きる物もの、食くひ物ものより始はじめて、はかなき遊あそび、戯たわむれに至いたるまで、みなかなへり。乏ともしきことあらせじと心こころを尽つくし、いとなむよりほかのことぞなき。しかるを、この奴やつこ、年としごろ敵てきの謀たばかりて付つけたりける使つかひなれば、主あるじの志こころざしを思おもひ知しらんや。隙ひまをはからひつつ、たちまちに主あるじを殺ころして去さりぬ」

 奴やつこといふはわが身みなり。主あるじといふは心こころなり。心こころのおろかなるゆゑに、仇敵あたかたきなる身みを知しらずして、宿善しゆくぜんの命いのちを失うしなひ、悪趣あくしゆに堕だすることを言いへり。

 昔むかし、目連尊者もくれんそんじや広野くわうやを過かぎたまひけるに、恐おそろしげなる鬼おに、槌つちを持もちて、白しろき骸かばねを打うつあり。あやしくおぼして問とひたまふに、答こたへていはく、

「これは、おのれが前さきの生しやうの身みなり。われが世よにはべりし時とき、この骸からを得えしゆゑに、物ものに貪とんじ、物ものを惜をしみて、多おほくの罪つみを造つくりて、今いま、餓鬼がきの身みを受うけたり。苦くを受うくるたびに、この骸からの妬ねたう恨うらめしければ、常つねに来きて打うつなり」

 と言いふ。

 これを聞きき終をはりて、なほ過かぎたまふほどに、ある所ところに、えもいはぬ天人てんにん来きて、骸からの上うへに花はなを散ちらす。またこれを問とふに、天人てんにん答こたへていはく、

「これは、すなはちわが前まへの身みなり。この身みに功徳くどくを造つくりしによりて、今いま、天上てんじやうに生うまれて、もろもろの楽らくを受うくれば、その報むくひせむがために来きて、供養くやうするなり」

 とぞ答こたへはべる。

 かかれば、ひたすら身みの恨うらめしかるべきにもあらず。善悪ぜんあくにもしたがひて、大おほきなる知識ちしきとなるべきなり。かの兜率とそつの覚超僧都かくてうそうづは、月輪観ぐわつりんくわんを修しゆして、証あかしを得えたる人ひとなり。その観文くわんもんの奥おくには、「たとひ紫金しこんの妙体めうたいを得えたりとも、かへつて黄壌くわうじやうの旧骨きうこつを拝はいせん」とぞ、書かかれてはべりけり。

 まことに道心だうしんあらん人ひとのためには、この身みばかり尊たふとく、うれしかるべきものなし。これらの理ことわりを思おもひ解ときて、身命しんめいを仏道ぶつだうのために惜をしまずは、ことさらに、自理じり、懺悔さんげを修しゆせずとも、六度ろくどの難行なんぎやうを経尽へつくさずといふとも、波羅蜜はらみつの功徳くどくもおのづから備そなはりぬべし。

第88話 尾張国中島郡に斎所の権介成清といふ者

 尾張国中島郡をはりのくになかしまのこほりに、斎所さいしよの権介成清ごんのすけなりきよといふ者ものあり。かの国くににとりて豊ゆたかなる者ものなり。子こ、あまたある中なかに、嫡子ちやくしにて、若わかき男をとこありけり。田舎いなかの習ならひなれば、狩かり、漁すなどりをこととして、さらに因果いんぐわの理ことわりをも知しらず。

 一年ひととせ、東大寺とうだいじの大仏供養だいぶつくやうの年とし、二十二、三にじふにさんばかりにて、父母ちちははにあひ具ぐして詣まうでたりける時とき、さるべきにやありけん、心こころの中なかに強つよく道心だうしん発おこして、「いかで身みをなきものになして、思おもふさまに仏道ぶつだうを修行しゆぎやうしてしがな」と思おもひければ、父母ちちははさらに許ゆるさず。「このたびは、いかにもかなはじ」と思おもひければ、その気色けしき、色いろにも出いださず、もて隠かくして、本国ほんごくへ帰かへり下くだりにけり。

 その後のち、日ひごろ経へて、さるべき隙ひまをはからひつつ、一人ひとり京きやうへ上のぼりぬ。また、すなはち大仏だいぶつの上人しやうにんのもとへ至いたりて、頭かしらおろさん由よし、聞きこえければ、

「誰たれ人ひとぞ。いかなることによりて、世よを遁のがれんとは思おもひ立たたれたるぞ。年としも若わかくいます」

 あやしく、疑うたがはれければ、

「まことにさぞおぼすらん。これは、しかじかの者ものにはべり。さきにまゐりてはべりし時とき、まうすべくはべりしかども、その時ときは、かたがた妨さまたげ多おほくて、遂とげがたくはべりしかば、国くにに下くだりて後のち、立たち帰かへり、わざと一人ひとり上のぼりはべるなり。身みにとりては、ことごともはべらず。親しん豊ゆたかなれば、心こころにかなはぬこともなし。資財しざいもあり、田園でんえんもあり。去さりがたき妻子さいしを持もちて、かたがた思おもひ立たつべき身みにもはべらねども、世よの無常むじやうを思おもふに、なにごともよしなしと思おもひはべれば、ただ身命しんめいを仏道ぶつだうに投なげて、仏ほとけの悲願ひぐわんをたのみたてまつらんばかりこそ、かしこからめと、二心ふたごころなく思おもひ立たちてはべり」

 と言いふ。

 聖ひじりことのありさまを聞きき、涙なみだを落おとしつつ、

「いといとありがたきことなり。これらに弟子でしと名付なづけたる聖ひじりその数かずはべれど、すずろに世よを捨すてたる人ひとはなし。あるいは、主君しゆくんのかしこまりを蒙かうむり、あるいは世よの過すぎがたきことを愁うれへ、あるいはかなしき妻つまにおくれ、あるいは司位しゐにつけて世よを恨うらみなど、さまざま心こころにかなはぬを、それをついでとしてのみこそ、世よを捨すつる習ならひにてはべれば、そのこと忘わすれなん後のちは、道心だうしんもいかがとあやうくはべるを、聞きくがごとくならば、発心ほつしんにこそ、仏ほとけも必かならずあはれとかなしみたまふらめ。いといとありがたきことなり」

 とて、頭かしらおろさんと、かくて烏帽子えぼしを取とるほどに、髪かみのはらはらと乱みだれかかるを見みて、あやしくてゆゑを問とふ。語かたりていはく、

「田舎いなかより上のぼりはべりし時とき、もし、思おもひ返かへすこともやはべらんと、わが心こころの疑うたがはしく思おぼえてはべりしかば、かれにてなむ、髻もとどりを切きつてはべる」

 と言いふに、いとど心こころのなほざりならぬことを知しりぬ。

 すなはち、頭かしらおろして後のち、かの弟子でしの聖ひじりどもに交まじはりて、三年さんねんばかりやありけん、昼ひるは、瓦かはらを運はこび、石いしを持もち、材木ざいもくを引ひくこと、時ときの間あひだも休やすまず。夜よは、出家しゆつけしたる日ひより、さらにうち臥ふすことなし。夜よもすがら念仏ねんぶつを唱となへて、西にしに向むかひて、居ゐながら夜よを明あかす。大方おほかた露つゆの間あひだもいとま惜をしうすれば、人ひとと物語ものがたりなどすることもなし。食くひ物もの、着きる物ものはあるにしたがふ。さらに身命しんめいを惜をしむことなし。ただ、寝ねても覚さめても、心こころには西方さいはうをかけたり。

 聖ひじりありふるままに、このありさまを見みるに、ありがたく、尊たふとくおぼされ、勧すすめていはく、

「朝あした夕ゆふ、仏道ぶつだうのために身みを苦くるしうせらるるも、大おほきなる結縁けちえんなれど、なほ心こころをしづめ、身みをやすくして、あくまで念仏ねんぶつせんにはしかじ。高野かうやに新別所しんべつしよといふ所ところあり。すなはち、われはじめ居いける所ところなり。もとより法界ほふかいの地ちなる上うへに、不断念仏ふだんねんぶつを唱となへて、一片ひとへに往生わうじやう極楽ごくらくを願ねがふよりほかに、ほかのいとなみなし。しかれば、ここに多おほかる聖ひじりの中なかに、もし道心だうしんありと見みゆる人ひとをば勧すすめて、必かならずかの念仏衆ねんぶつしゆに入いるるなり。はやく、その衆しゆにつらなりて、念仏ねんぶつの功こうを積つまれよ」

 と、いさめられければ、

「まことに、かくもはべるべけれど、凡夫ぼんぶの口くち惜をしさは、女をんななんど見みゆれば、妻つまのごとしと思おもひ出でらるることはべり。幼をさなき子こどものはべるときは、これを見みるにつけても、わが子こもかくやと忘わすれがたくはべるも、いとよしなし。山やま深ふかき所ところに住すみなば、思おもひもなくて、いとよくはべるべし。ただし、入いるとし入いりなば、また帰かへることはさらにつかまつるまじ。踈うとくなりたてまつらんことこそ、心細こころぼそくはべれ」

 と言いひながら、高野かうやへ登のぼりけり。かくて、かの往生院わうじやうゐんの二十四人にじふよにんの中なかにて月日つきひを送おくるありさま、ありしよりもことなり。

 田舎いなかには、この人ひとを失うしなひて、父母ちちはは、妻子さいしども、みな肝心かんじんを惑まどはし、当国たうごく、隣国りんごく、至いたらぬくまなく、足あし手てを分わかちつつ、尋たづね求もとむれど、いづくにかあるらん、「たとひ、命いのち尽つきて、むなしき骸からとなりたりとも、今いま一度いちどその形かたちを見みん」と、歎なげき悲かなしむ様さま、ことはりにも過すぎたり。はてには、国くにの中なかゆすり満みちて、見み聞きく人ひと涙なみだを落おとさぬはなかりけり。

 とかく言いへど、かひなくて月日つきひを送おくる間あひだに、世よの中なかに隠かくれなければ、ほど経へて後のちなむ、出家しゆつけせしこと聞きこえたりける。つひに、「高野かうやにこそ住すむなれ」と聞ききて、泣なく泣なく消息せうそくしけり。

 「さしも浅あさからず思おもひたりける道みちなれば、そむかんことはいふにも及およばず。文ふみ一ひとつだにも書かき置おかずして、むなしく親おやの心こころを惑まどはせることなむ、いと恨うらめしけれど、さて、いかがはせん。心こころをかへて思おもふには、また、罪つみさり所ところ、無なきにしもあらず。この国くににも山寺やまでら多おほかり。近ちかくてだに聞きかまほしきを、かくして、雲くもを隔へだてたるさかひにかけ離はなれたることこそ、いと本意ほいなく」など、さまざまに書かきやれど、さらになびくにもあらず。

 かねて、父母ちちははなむ、わざと京きやうへ上のぼりて、高野かうやの麓ふもとに天野あまのといふ所ところに詣まうでて、そこに呼よび出いだして、対面たいめんしたりける。その時とき、心こころの中なか、おろかならんや。

 若わかく盛さかりなりし形かたちは、見みしものともなく痩やせ黒くろみて、ぼろぼろとある布ぬの小袖こそでなど、昔むかし、仮かりにだに見みざりし姿すがたなれば、目めも暗くられ、胸むねもふたがりて、とみにもの言いはれず。とばかりためらひつつ、さまざま日ひごろ思おもひつめたることども、泣なく泣なく言いひ知しらすれども、言葉少ことばすくなにて、はかばかしくものも言いはず。

 ただ、

「この山やまへまかり入いりし時とき、また帰かへり出いでじと思おもひかためはべりしかど、暇いとまをまうさずして、家いへを出いでてはべりしことの罪つみさりがたくて、また立たち戻もどりさぶらひつれども、あらぬ心こころにて、かく出いではべるなり。今いまより後のちは、たとひ御おん尋たづねさぶらふとも、いささかもこれまで出いづること、つかまつるまじ。されば、今いまはこればかりなむ限かぎりにてはべるべし。われを見みまほしくおぼさば、心こころを発おこして仏道ぶつだうを願ねがひたまへ。この世よにては、たとひ思おもふばかり添そひたてまつりたりとも、いつまでか見みたてまつらん。われも人ひとも、おくれ先立さきだつ習ならひ、遁のがれがたければ、せんなくはべるべし」

 と、つれなく答こたへて、帰かへり登のぼりにけり。

 妻つまはそこまで上のぼりけれど、面めんを向むくべくも思おぼえざりければ、物もののはざまより、わづかにのぞきて、忍しのびもあへず、よよと泣なきけり。父母ちちはは姿すがたを見みざりし時ときよりも、なかなか悲かなしく思おぼえて、泣なく泣なく帰かへり下くだりにけり。

 さて、国くによりさまざま物ものども沙汰さたし、登のぼせたりける返事へんじには、「これはいることもはべらねど、御おんため、罪つみほろぶる縁えんとかならんと思おもひたまへて、念仏衆ねんぶつしゆに分わけはべるべし。ただ、とく死しして、浄土じやうどへまゐらんと思おもふ心こころのみ深ふかくはべれば、日ひにそへて、命いのちのみこそいと悲かなしくはべれ。ゆめゆめ、かりそめの身みをいたはしくなおぼしそ」とぞ言いひける。

 まことに、着物きもの、食くひ物ものの類るい、結衆けつしゆに分わかつのみにあらず、貧人ひんにん見みゆれば、みな与あたへて、わがために残のこすことなし。親おやの沙汰さたにて、三間さんげんなる坊ばうを作つくりてすゑたりけれど、居所ゐどころほしがる人ひとのありけるをすゑて、わが身みは定さだまれる栖すみかなし。

 日ひごとに湯ゆを沸わかせども、これを浴あみず。年月としつき経へれども、ものを洗あらふことなし。破やぶれぬれば捨すつ。ただ、朝あした夕ゆふ、仏ほとけの来迎らいごうを心こころにかけて、ことにふれて無常むじやうを思おもふよりほか、さらに他事たじに心こころをかけず。

 もし、人ひとのもとに行ゆく時ときは、泥どろ踏ふめる足あしにて、筵むしろ、畳たたみを踏ふむ。はばかることなし。人ひととがむれば、

「不浄ふじやうはおのおの身みの内うちにあり。何なぞ、顕あらははれたるをのみ厭いとはんや」

 と言いふ。

 かの所ところの習ならひにて、結衆けつしゆの中なかに先立さきだつ人ひとあれば、残のこりの人ひと集あつまりて、所ところの大事だいじにて、これを葬ほうむるわざしけれど、この聖ひじりのありけるほどは、さらに人々ひとびとにいとなませず。ただ、一人ひとり引ひき隠かくして、木きをこりて葬ほうむる。骨ほね拾ひろひて、とかくして、われ一人ひとりねんごろに心こころを入いれたるさま、父母ちちははを葬ほうむするがごとし。

 この所ところに住すみそめけるより、奥おくの院ゐんへ入堂にふだうすること、日ひごとに欠かかず。その間あひだ、雨風霜雪あめかぜしもゆきをためらふことなし。蓑笠みのかさ用意よういするほどのかまへだになければ、雨あめ降ふれば、さながら濡ぬれ、また、雪ゆき降ふれば、凍いて氷こほる。さらにこれをこととせず。

 ある人ひといはく、

「浄土じやうどを願ねがはんには、身みを全まつたくして、念仏ねんぶつの功こうを重かさぬべし。何なにのゆゑにか、身命しんめいをいたはらざらん」

 答こたへていはく、

「世よは末世まつせなり。身みは凡夫ぼんぶなり。今いま、たまたま心こころ発おこせり。この心こころさめざらん先さきに、往生わうじやうを遂とげんと思おもふ。このゆゑに、身命しんめいを惜をしまず」

 と言いふ。聞きく人ひとかつはかなしみ、かつは貴たふとむこと限かぎりなし。

 かくて、出家しゆつけして後のち、七しち、八年はちねんやありけん。かねて死期しごを知しりて、こと病やまひもなく、臨終りんじゆう思おもひのごとく、念仏ねんぶつの声こゑ絶たえずして、居ゐながら終をはりにけり。

 今いまの世よのことなれば、かの別所べつしよに知しらぬ人ひとなし。

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