『紫式部日記』「五壇の御修法」は、娘・彰子の出産を心待ちにする藤原道長が、安産を願って大がかりな祈祷を行わせていた場面です。彰子の出産は、彼女に仕える女房たちにとっても、将来を左右しかねない一大事。ものものしい祈祷が続くなか、女房たちも落ち着かない様子で夜明けを迎えます。
「まだ夜深きほどの月さし曇り」という書き出しで始まる「五壇の御修法」について、原文と現代語訳をわかりやすく紹介します。


「五壇の御修法」の原文と現代語訳
まだ夜深きほどの月さし曇り
原文
まだ夜深きほどの月さし曇り、木の下小暗きに、
「御格子参りなばや」
「女官はいまださぶらはじ」
「蔵人参れ」
など言ひしろふ程に、
現代語訳
まだ夜も深いころの月に雲が少しかかり、木陰の薄暗い中、
「御格子の戸を開けたいわね」
「女官はまだ出仕してないでしょう」
「蔵人がやってよ」
などと言い合っているうちに、
- 夜深し:夜がまだ深く、夜明けまでまだ間があって暗い。深夜である。
- 小暗し:ほの暗い。薄暗い。
- 御格子参る:貴人の部屋の格子を、お上げする。あるいは、お下げする。
- 蔵人:女蔵人の略。中宮に仕えた下級女官で、宿直も務める。
- 言ひしろふ:言い合う。語り合う。
後夜の鐘うち驚かして
原文
後夜の鐘うち驚かして、五壇の御修法の時はじめつ。我も我もとうち上げたる伴僧の声々、遠く近く聞きわたされたる程、おどろおどろしく尊し。
現代語訳
後夜を告げる鐘を打ち鳴らしてはっと驚かせ、五つの壇で行われる御修法の定時の祈祷が始まった。我も我もと声を張り上げる伴僧の声々が、遠く近く耳に響きわたる様子はものものしく尊い。
- 後夜:午前2時ごろから午前6時ごろまで。
- 五壇の御修法:⦅仏教語⦆不動明王を本尊として行う密教の祈祷。国家の重大事に行われる。
- 伴僧:修法などの時に導師に従う下級の僧。
- おどろおどろし:驚くほど異様ではなはだしい様子。
観音院の僧正、東の対より
原文
観音院の僧正、東の対より二十人の伴僧を率ゐて、御加持参りたまふ足音、渡殿の橋のとどろとどろと踏み鳴らさるるさへぞ、ことごとのけはひには似ぬ。
現代語訳
観音院の僧正が、東の対より20人の伴僧を率いて、中宮様の加護を祈る儀式に参られる足音、渡り廊下の橋がどんどんと踏み鳴らされる響きまでもが、他の何事の気配とも似つかない。
- 観音院:山城国(現京都府)岩倉の大雲寺内にあった院。
- 観音院の僧正:観音院の権僧正勝算。
- 加持:⦅仏教語⦆密教で、仏の加護を祈る儀式。
- 渡殿:渡り廊下。
- とどろとどろ【轟轟】:大きな音がとどろきわたるさま。ごうごう。ごろごろ。
法住寺の座主は馬場殿
原文
法住寺の座主は馬場殿、浄土寺の僧都は文殿などに、
現代語訳
法住寺の最高僧は馬見所へ、浄土寺の高僧は書庫などへ、
- 法住寺:藤原為光が建立した寺。
- 座主:一山の寺務を統括する最高位の僧職。
- 法住寺の座主:法住寺に座主はなく、「法性寺」の座主慶円のことか。
- 馬場殿:馬場に建てられた馬見所。
- 浄土寺:山城国愛宕郡、現在の銀閣寺の地。
- 僧都:僧正に次ぐ位。
- 浄土寺の僧都:浄土寺の創始者明救。
- 文殿:書庫。馬場殿とともに僧の休息所にあてられていた。
うち連れたる浄衣姿にて
原文
うち連れたる浄衣姿にて、ゆゑゆゑしき唐橋どもを渡りつつ、木の間を分けて帰り入るほども、はるかに見やらるる心地してあはれなり。斉祇阿闍梨も、大威徳を敬ひて腰をかがめたり。
人々参りつれば、夜も明けぬ。
現代語訳
揃いの浄衣姿で、格式ある唐橋を次々に渡りながら、木々の間を分けて帰っていく様子も、はるか遠くまで見送っていたいような気がして感慨深い。斉祇阿闍梨も、大威徳明王を敬って腰をかがめていた。
やがて女房たちが出仕してくると、夜も明けた。
- うち連れたる:お揃いの。
- 浄衣:僧の着る白い清浄な衣服。
- ゆゑゆゑし【故故し】:品があって重々しい。
- 斉祇阿闍梨:藤原道綱の次男。
- 大威徳:大威徳明王。五大明王の一つ。
「五壇の御修法」の原文を通して読む
まだ夜深きほどの月さし曇り、木の下小暗きに、
「御格子参りなばや」
「女官はいまださぶらはじ」
「蔵人参れ」
など言ひしろふ程に、後夜の鐘うち驚かして、五壇の御修法の時はじめつ。我も我もとうち上げたる伴僧の声々、遠く近く聞きわたされたる程、おどろおどろしく尊し。観音院の僧正、東の対より、二十人の伴僧を率ゐて、御加持参りたまふ足音、渡殿の橋のとどろとどろと踏み鳴らさるるさへぞ、ことごとのけはひには似ぬ。
法住寺の座主は馬場殿、浄土寺の僧都は文殿などに、うち連れたる浄衣姿にて、ゆゑゆゑしき唐橋どもを渡りつつ、木の間を分けて帰り入るほども、はるかに見やらるる心地してあはれなり。斉祇阿闍梨も、大威徳を敬ひて腰をかがめたり。
人々参りつれば夜も明けぬ。

「五壇の御修法」の現代語訳を通して読む
まだ夜も深いころの月に雲が少しかかり、木陰の薄暗い中、
「御格子の戸を開けたいわね」
「女官はまだ出仕してないでしょう」
「蔵人がやってよ」
などと言い合っているうちに、
後夜を告げる鐘を打ち鳴らしてはっと驚かせ、五つの壇で行われる御修法の定時の祈祷が始まった。我も我もと声を張り上げる伴僧の声々が、遠く近く耳に響きわたる様子はものものしく尊い。観音院の僧正が、東の対より20人の伴僧を率いて、中宮様の加護を祈る儀式に参られる足音、渡り廊下の橋がどんどんと踏み鳴らされる響きまでもが、他の何事の気配とも似つかない。
法住寺の最高僧は馬見所へ、浄土寺の高僧は書庫などへ、揃いの浄衣姿で、格式ある唐橋を次々に渡りながら、木々の間を分けて帰っていく様子も、はるか遠くまで見送っていたいような気がして感慨深い。斉祇阿闍梨も、大威徳明王を敬って腰をかがめていた。
やがて女房たちが出仕してくると、夜も明けた。

「五壇の御修法」の品詞分解
「五壇の御修法」の品詞分解については、こちらの記事をご覧ください。



