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『徒然草』現代語訳(4)第99段~第136段|堀川相国は~

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『徒然草』の現代語訳を、8ページに分けて全文掲載しています。このページ(4)には、第99段「堀川相国は、美男のたのしき人にて」から第136段「医師篤成、故法皇の御前に候ひて」までの章段を収めました。原文とあわせて読みたい方は、『徒然草』原文(4)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第99段 堀川相国は、美男のたのしき人にて

 堀ほり川かわの相しょう国こく(源基具)は、美男で裕福な人で、何かにつけてぜいたくを好まれた。

 ご子息の基もと俊とし卿を検け非び違い使しの別当にして、庁の事務を執り行われたときに、庁舎の唐から櫃びつが見苦しいということで、立派に作り直すようにとお命じになったところ、

「この唐櫃は、大昔から伝わって、その始まりもわかりません。数百年を経ております。代々伝わる公の品は、古く傷んでいることをもって手本とします。たやすく改めることはできません」

 と、故実に通じた役人たちが申し上げたので、その件は取りやめになった。

第100段 久我相国は

 久こ我がの相しょう国こく(源雅実)は、殿上で水をお求めになったときに、主との殿も司づかさが素焼きの杯を差し上げたところ、

「曲げ物の器を持って参れ」

 と言って、その器でお飲みになった。

第101段 ある人、任大臣の節会の内弁を

 ある人が、大臣任命の節会で内ない弁べんをお勤めになったときに、内記が持っている宣せん命みょうを受け取らないで、殿上に上がってしまわれた。この上ない失礼であるが、引き返して取りに行くわけにもいかず、困り果てておられたところ、六位の外げ記き康やす綱つなが、衣をかぶった女房に頼んで、その宣命を持たせて、こっそりと差し上げさせた。見事なことであった。

第102段 尹大納言光忠入道

 尹いんの大納言光みつ忠ただ入道が、追つい儺なの儀式の責任者をお勤めになったときに、洞とう院いんの右大臣殿(洞院公賢)に式次第をお尋ね申し上げなさったところ、

「又また五ご郎ろうという男を師匠とするより外に、よい知恵はございますまい」

 とおっしゃった。その又五郎は、年老いた衛士で、宮中の儀式によく慣れた者であった。

 近衛殿が陣の座にお着きになったとき、ひざまずくための敷物を忘れて、外記をお呼びになったところ、又五郎は火をたいて控えていたが、

「まず敷物をお取り寄せになるのがよいのではございませんか」

 と小声でつぶやいたのは、たいそう面白かった。

第103段 大覚寺殿にて、近習の人ども

 大覚寺殿(後宇多法皇)で、おそば近く仕える人々が、なぞなぞを作って解いておられたところへ、医師の忠ただ守もりが参上したところ、侍従大納言公きん明あきら卿が、

「わが国の者とも見えない忠守だなあ」

 となぞなぞになさったのを、

「唐から瓶へい子じ」

 と解いてお笑いになったので、忠守は腹を立てて退出してしまった。

第104段 荒れたる宿の人目なきに

 荒れた家で人の訪れもないところに、女が人目をはばかる事情のあるころで、することもなく引きこもっていたのを、ある人が、見舞おうとなさって、夕月がほのかにかすんでいるころに、人目を忍んで訪ねていらっしゃったところ、犬が大げさにほえるので、下働きの女が出てきて、

「どちらからですか」

 と言うので、すぐに取り次ぎをさせてお入りになった。心細そうな様子で、どうやって暮らしているのだろうと、たいそう気の毒に思われる。粗末な板敷きにしばらく立っていらっしゃると、落ち着いた感じの若々しい声で、

「こちらへ」

 と言う人がいるので、開け閉めも窮屈そうな引き戸からお入りになった。

 部屋の中の様子は、それほど殺風景ではなく、奥ゆかしくて、灯火は向こうのほうにほのかであるが、調度品のつやなども見えて、急にたいたのではない香の匂いが漂い、たいそう親しみやすく住みなしている。

「門をしっかり閉めておいてね。雨が降るといけないから。お車は門の下に、お供の人はどこそこに」

 と言うと、

「今夜は安心して眠れそうだ」

 と、ひそひそささやくのも、声を潜めてはいるが、狭い家なので、かすかに聞こえる。

 さて、近ごろのことなどを、こまごまと申し上げなさっているうちに、夜更けの鶏も鳴いた。

 過去から未来にわたって心のこもったお話をなさるうちに、今度は鶏もにぎやかな声でしきりに鳴くので、夜が明けてしまうのかとお聞きになるが、夜の深いうちに急いで帰らなければならない所でもないので、少しゆっくりしておられると、戸のすき間が白んできたので、忘れがたい言葉などを言い残してお出になると、梢も庭も目新しく一面に青々とした4月ごろの明け方で、それが優美で趣深かったことを思い出しなさって、桂の大木が見えなくなるまで、今でもその家を見送りなさるということだ。

第105段 北の屋かげに消え残りたる雪の

 北側の家の陰に消え残っている雪が、ひどく凍っているところに、寄せてある車の轅ながえにも霜がたいそうきらめいて、明け方の月が明るく照っているが、くまなく照らしているわけでもないころに、人里離れたお堂の廊下で、並々の身分ではないと見える男が、女と長な押げしに腰掛けて、語り合っている様子は、何の話であろうか、尽きることがなさそうである。頭の形や顔立ちなども、たいそう美しく見えて、何とも言えないよい匂いがさっと香ってくるのは、趣深い。話し声などが、とぎれとぎれに聞こえてくるのも心ひかれる。

第106段 高野の証空上人

 高野山の証しょう空くう上人が、京へ上ったときに、細い道で、馬に乗った女と行き会ったが、その馬の口を引いていた男が、引き方を誤って、上人の馬を堀へ落としてしまった。

 上人は、たいそう腹を立ててとがめ、

「これはとんでもない乱暴だ。仏の四種の弟子というのはな、比び丘くよりは比丘尼は劣り、比丘尼より優う婆ば塞そくは劣り、優婆塞より優う婆ば夷いは劣っている。このような優婆夷などの身で、比丘を堀へ蹴り落とさせるとは、前代未聞の悪行である」

 とおっしゃったので、馬の口取りの男は、

「何をおっしゃっているのやら、さっぱりわかりません」

 と言うと、上人はますますいきり立って、

「何を言うか、修行もせず学問もない男め」

 と荒々しく言って、この上ない暴言を吐いてしまったと思った様子で、馬を引き返して逃げて行ってしまわれた。尊い口げんかというべきであろう。

第107段 女の物言ひかけたる返事

 女が話しかけてきたときの返事を、とっさにほどよくできる男はめったにいないものだということで、亀山院の御代に、いたずら好きの女房たちが、若い男たちが参上なさるたびに、

「ほととぎすをお聞きになりましたか」

 と尋ねて試しなさったところ、何某の大納言とかいう人は、

「物の数にも入らない身では、聞くことができません」

 とお答えになった。堀川内大臣殿(源具守)は、

「岩倉で聞きましたでしょうか」

 とおっしゃったのを、

「これは難がない。『物の数にも入らない身』というのは、わざとらしい」

 などと評定し合われた。

 総じて、男子は、女に笑われないように育てるべきだということだ。浄土寺前関白殿(九条師教)は、幼いころに、安あん喜き門もん院いんがよくお教え申し上げなさったので、お言葉遣いなどが立派なのだと、人がおっしゃったとかいうことだ。山やま階しなの左大臣殿(西園寺実雄)は、卑しい下女がお見上げ申し上げるのでさえ、たいそう気恥ずかしく、気を遣ってしまうとおっしゃった。

 女のいない世の中であったなら、衣服の着こなしも冠の着け方も、どうであろうと、きちんと整える人もいないでしょう。このように男たちに気を遣われる女とは、どれほど立派なものかと思うと、女の本性はみなねじけている。

 自我への執着が深く、欲が深くて、物事の道理をわきまえない。ただ迷いのほうへは心がすぐに移り、言葉も巧みで、差し支えないことでも尋ねるときには言わない。慎み深いのかと思うと、また驚きあきれるようなことまで、聞かれもしないのに話し出す。深くたくらんで取り繕ったことは、男の知恵にもまさっているのかと思えば、そのことが後からばれてしまうのに気づかない。素直でなくて愚かなものは、女である。

 その心に従って、よく思われようとするのは、情けないことであろう。だから、どうして女に気後れすることがあろうか。もし賢い女がいたとしたら、それもまた親しみにくく、興ざめなものであろう。

 ただ迷いの心を主として、女に従うときに、優美にも、面白くも思われるものなのである。

第108段 寸陰惜しむ人なし

 わずかな時間を惜しむ人はいない。これはよくわかっているからなのか、愚かだからなのか。

 愚かで怠けている人のために言うならば、一銭は軽いといっても、これを積み重ねれば、貧しい人を金持ちにする。だから、商人が一銭を惜しむ気持ちは切実である。

 一瞬一瞬は意識しなくても、これを運び続けてやめなければ、命の終わる時はたちまちやって来る。だから、仏道を修める人は、遠い先の月日を惜しむべきではない。ただ今この一瞬が、むなしく過ぎてしまうことを惜しむべきである。

 もし人がやって来て、

「あなたの命は、明日には必ず失われるだろう」

 と告げ知らせたとしたら、今日一日が暮れるまでの間、何を頼みにし、何をしようとするだろうか。私たちが生きている今日という日は、どうしてその最後の日と違うことがあろうか。

 一日のうちに、飲食、排泄、睡眠、会話、歩行などで、やむをえず多くの時間を失う。その残りの暇は、いくらもない中で、無益なことをし、無益なことを言い、無益なことを考えて時を過ごすだけでなく、そうして日を消し、月を重ねて、一生を送ってしまう。実に愚かなことである。

 謝しゃ霊れい運うんは法華経の翻訳の筆記者であったけれども、心にいつも俗世の野心を抱いていたので、恵え遠おんは白びゃく蓮れん社への仲間入りを許さなかった。わずかな間でもこの時を惜しむ心がないときは、死人と同じである。

 時間を何のために惜しむのかといえば、心の中に余計な思いがなく、外では世俗の用事に煩わされずに、悪をやめようとする人はやめ、修行しようとする人は修行せよということである。

第109段 高名の木登りといひし男

 有名な木登りの名人といわれた男が、人に指図して、高い木に登らせて梢を切らせたときに、たいそう危なく見えた間は何も言わないで、降りるときに、軒の高さほどになってから、

「しくじるな。気をつけて降りよ」

 と言葉をかけましたので、

「これくらいの高さになったら、飛び降りても降りられるだろう。どうしてそのように言うのか」

 と申しましたところ、

「そのことでございます。目がくらみ、枝が危ないうちは、本人が恐れておりますから申しません。けがは、たやすい所になってから、必ずするものでございます」

 と言う。身分の低い者であるが、聖人の戒めにかなっている。

 蹴鞠も、難しい鞠を蹴り上げた後、たやすいと思うと、必ず落とすということでございますようだ。

第110段 双六の上手といひし人に

 双すご六ろくの名人といわれた人に、その方法を尋ねましたところ、

「勝とうとして打ってはならない。負けまいとして打つべきである。どの手が早く負けてしまうだろうかと考えて、その手を使わずに、一目でも遅く負けるような手を選ぶべきだ」

 と言う。その道をよく知っている者の教えであり、身を修め、国を保つ道も、またこれと同じである。

第111段 囲碁、双六好みて明かし暮らす人は

「囲碁や双六を好んで日夜を過ごす人は、四し重じゅう五ご逆ぎゃくの大罪にもまさる悪事をしていると思う」

 と、ある聖が申したことが、耳に残って、すばらしいことだと思われます。

第112段 明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に

 明日は遠い国へ旅立つことになっていると聞いている人に、心を落ち着けてしなければならないようなことを、誰が言いかけるだろうか。急な大事に取り組んでいる人や、ひどく嘆き悲しんでいる人は、他のことを聞き入れない。人の心配事や喜び事も見舞わない。見舞わないからといって、どうしてかと恨む人もいない。

 だから、年もしだいにとり、病気にもつきまとわれ、ましてや出家した人は、またこれと同じであるはずだ。世間の儀礼で、どれが避けにくくないものがあろうか。世俗の義理を無視しにくいからといってそれに従い、これを必ずしなければならないものとするなら、望みも多くなり、身も苦しく、心の休まる暇もなく、一生は雑事の細かな義理にじゃまされて、むなしく終わってしまうだろう。

 日は暮れたのに道は遠い。私の人生はすでに思うようにならず行き詰まっている。あらゆる縁を捨て去るべき時である。

 信義も守るまい。礼儀も考えまい。この気持ちがわからない人は、気が狂ったとでも言え、正気でない、人情がないとでも思え。

 非難されても苦にしまい。ほめられても耳を貸すまい。

第113段 四十にもあまりぬる人の

 40歳を過ぎた人が、色恋のことを、ひそかに心に秘めているのは、しかたがない。ことさら口に出して、男女のことや、他人の色恋のことを言ってふざけるのは、似合わず見苦しい。

 だいたい、聞き苦しく見苦しいこと。老人が若い人にまじって、面白がらせようとしゃべっていること。物の数にも入らない身分で、世間の評判の高い人を、親しい間柄のように言っていること。貧しい家で、酒宴を好み、客をもてなそうと派手にふるまっていること。

第114段 今出川のおほい殿、嵯峨へおはしけるに

 今出川の大臣殿(西園寺兼季)が、嵯峨へお出かけになったとき、有あり栖す川がわのあたりの、水が流れている所で、牛飼いの賽さい王おう丸まるが牛を追い立てたところ、牛の足がはね上げた水が、車の前板までざっとかかったのを、為ため則のりが、お車の後ろに控えていたが、

「とんでもない子どもだ。こんな所で牛を追い立てるものか」

 と言ったので、大臣殿はご機嫌が悪くなって、

「おまえは、車を進めることについて、賽王丸以上に心得てはいないだろう。とんでもない男だ」

 と言って、為則の頭をお車に打ちつけなさった。

 この評判の賽王丸は、太うず秦まさ殿(藤原信清)の家来で、天皇のお車用の牛飼いである。

 この太秦殿にお仕えしていた女房たちの名も、1人はひささち、1人はことつち、1人ははふはら、1人はおとうしとつけられた。

第115段 宿河原といふ所にて

 宿しゅく河が原わらという所で、ぼろぼろが大勢集まって、九く品ほんの念仏を唱えていたところ、よそからやって来たぼろぼろが、

「もしやこの中に、いろおし房と申すぼろはいらっしゃいますか」

 と尋ねたので、その中から、

「いろおしは、ここにおります。そうおっしゃるのはどなたですか」

 と答えると、

「しら梵ぼん字じと申す者です。私の師匠の何某と申した人が、東国で、いろおしと申すぼろに殺されたとお聞きしましたので、その人にお会いして、恨みを晴らしたいと思って、お尋ねしているのです」

 と言う。いろおしは、

「よくぞ訪ねていらっしゃった。そういうことがございました。ここでお相手をいたしましたら、念仏の道場を汚すことになりましょう。前の河原へ行って立ち会いましょう。決して、そばの方々は、どちらにも加勢なさらないでください。大勢の迷惑になったら、仏事の妨げになりましょう」

 と取り決めて、2人は河原へ出て向き合い、思う存分刺し合って、ともに死んでしまった。

 ぼろぼろというものは、昔はいなかったのだろうか。近ごろになって、ぼろんじ、梵字、漢字などと名乗った者が、その始まりだったとかいうことだ。

 世を捨てたようでいて自我への執着が深く、仏道を願っているようでいて、争いごとを専らにしている。

 勝手気ままで恥知らずなありさまではあるが、死を軽く見て、少しも執着しないところがいさぎよく思われて、人が語ったとおりに書きつけておくのである。

第116段 寺院の号、さらぬよろづのものにも

 寺院の名や、そのほかあらゆるものに名をつけることについて、昔の人は少しも凝ったものを求めず、ただありのままに、気軽につけたのである。近ごろは、深く考えて、才知を見せようとしたように聞こえるのは、たいそう不快である。

 人の名も、見慣れない文字をつけようとするのは、無益なことである。

 何事も、珍しいことを求め、変わった説を好むのは、学識の浅い人に必ずあることだということだ。

第117段 友とするにわろき者七つあり

 友とするのによくない者が、7つある。

 1つには、身分が高く尊い人。

 2つには、若い人。

 3つには、病気をせず体の丈夫な人。

 4つには、酒を好む人。

 5つには、勇猛な武士。

 6つには、うそをつく人。

 7つには、欲の深い人。

 よい友は、3つある。

 1つには、物をくれる友。

 2つには、医者。

 3つには、知恵のある友。

第118段 鯉の羹食ひたる日は

 鯉の吸い物を食べた日は、髪の毛がほつれないということだ。にかわにも作るものであるから、粘り気のあるものなのだろう。鯉だけは、天皇の御前でも料理されるものであるから、尊い魚である。

 鳥ではきじが、比べるもののないものである。きじや松茸などは、御湯殿の上の間に掛けてあっても差し支えない。そのほかのものは嘆かわしいことである。

 中宮のお部屋の御湯殿の上の間の黒御棚に、雁が置いてあったのを、北山入道殿(西園寺実兼)がご覧になって、お帰りになると、すぐにお手紙で、

「このようなものが、そっくりそのままの姿で御棚に置いてありましたのは、見慣れないことで、体裁の悪いことです。しっかりした人がお仕えしていないからでしょう」

 などと申し上げなさった。

第119段 鎌倉の海に鰹といふ魚は

 鎌倉の海でとれる鰹かつおという魚は、あの地方では比べるもののないものとして、近ごろもてはやされているものである。それも、鎌倉の老人が申しましたことには、

「この魚は、私たちが若かったころまでは、立派な人の前へ出されることはありませんでした。頭は下男も食べず、切って捨てていたものです」

 と申した。

 このようなものも、世も末になると、上流の人々の間にまで入り込むものなのでございます。

第120段 唐の物は、薬の外は

 中国からの品物は、薬のほかは、なくても不自由しないだろう。書物は、この国に多く広まっているので、書き写すこともできるだろう。

 中国への船が、容易でない航路に、無用なものばかりを積み込んで、所狭しと運んで来るのは、たいそう愚かなことである。「遠い国の物を宝としない」とも、また、「手に入りにくい財宝を尊ばない」とも、書物にもあるとかいうことです。

第121段 養ひ飼ふものは、馬、牛

 養い飼うべきものは、馬と牛である。つないで苦しめるのはかわいそうだが、なくてはならないものなので、しかたがない。犬は、家を守り防ぐ務めが人にもまさっているので、必ず飼うべきである。けれども、どの家にもいるものなので、わざわざ求めて飼わなくてもよいだろう。

 そのほかの鳥や獣は、すべて無用なものである。

 走る獣は、檻に閉じ込められ、鎖につながれ、飛ぶ鳥は、翼を切られ、籠に入れられて、雲を恋しがり、野山を思う嘆きが、やむときがない。その気持ちを、わが身に当てはめて耐えがたいと思うならば、思いやりのある人が、これを楽しむだろうか。生き物を苦しめて目を喜ばせるのは、桀けつ・紂ちゅうのような暴君の心である。

 王おう子し猷ゆうが鳥を愛したのは、林で楽しそうにしているのを見て、散策の友としたのである。捕らえて苦しめたのではない。

 およそ、珍しい鳥や、変わった獣は、国内で飼わないものだと、書物にもあるようです。

第122段 人の才能は

 人の才能は、学問に通じて、聖人の教えを知っていることを第一とする。

 次には、字を書くことで、専門とするほどではなくても、これを習うべきである。学問の助けとするためである。

 次に、医術を習うべきである。わが身を養い、人を助け、忠孝の務めを果たすのも、医術によらなければできない。

 次に、弓を射ることと馬に乗ることは、六りく芸げいに挙げられている。必ずこれを習得すべきである。学問、武芸、医術の道は、本当に欠けてはならない。これを学ぼうとする者を、役に立たない人と言ってはならない。

 次に、食は人にとって天のように大切なものである。料理の味をうまく調えることを知っている人は、大きな長所とすべきである。

 次に、細工は、何かにつけて役に立つことが多い。

 このほかのことは、多芸であるのは君子が恥とするところである。

 詩歌に巧みで、音楽にすぐれているのは、奥深い道として、君主も臣下もこれを重んじてはいるが、今の世では、これによって世を治めることは、しだいに愚かなことになってきたようだ。金はすぐれているけれども、鉄が役に立つことの多さには及ばないようなものである。

第123段 無益のことをなして時を移すを

 無益なことをして時を過ごすのを、愚かな人とも、間違ったことをする人とも言うべきである。国のため、主君のために、やむをえずしなければならないことは多い。その残りの暇は、いくらもない。よく考えるべきである。

 人の身にとって、やむをえず営まなければならないものは、第一に食べ物、第二に着る物、第三に住まいである。人間にとって大切なことは、この3つ以上のものではない。

 飢えず、寒くなく、風雨にさらされずに、静かに過ごすことを楽しみとする。

 ただし、人には誰でも病気がある。病気にかかってしまうと、その苦しみは耐えがたい。医療を忘れてはならない。

 薬を加えて、この4つのことを求めても得られないのを貧しいとする。この4つが欠けていないのを豊かであるとする。この4つ以外のものを求めて営むのをぜいたくとする。

 この4つのことを倹約するならば、誰が足りないと思うだろうか。

第124段 是法法師は

 是ぜ法ほう法師は、浄土宗の中で人に引けをとらない学識の持ち主であるけれども、学者ぶることをせず、ただ朝晩念仏を唱えて、穏やかに暮らしている様子は、まことに理想的である。

第125段 人に後れて、四十九日の仏事に

 ある人が身内に先立たれて、四十九日の法要に、ある聖をお招きしましたところ、説法がすばらしくて、人々はみな涙を流した。導師が帰った後、聴聞の人々が、

「いつもより、とりわけ今日は尊く思われました」

 と感心し合ったその返事に、ある者が言うには、

「何と申しましても、あれほど唐の狛こま犬いぬに似ていらっしゃるのですから」

 と言ったので、しみじみとした気持ちもさめて、おかしかった。そんな導師のほめ方があるものだろうか。

 また、人に酒を勧めるといって、

「自分がまず飲んで、人に無理強いしようとするのは、剣で人を斬ろうとするのに似たことである。両側に刃のついたものなので、振り上げるとき、まず自分の首を斬るから、人を斬ることができないのである。自分がまず酔いつぶれて寝てしまったら、人はまさかお飲みにならないだろう」

 と申した。剣で斬って試してみたのだろうか。たいそうおかしかった。

第126段 博打の負け極まりて

「ばくちで負けがこんで、残りを全部賭けようとしている者と、勝負をしてはならない。形勢が逆転して、相手が続けて勝つはずの時が来たのだと知るべきである。その時を知るのを、よいばくち打ちというのである」

 と、ある者が申した。

第127段 改めて益なきことは

 改めても益のないことは、改めないのをよしとするのである。

第128段 雅房大納言は

 雅まさ房ふさの大納言(土御門雅房)は、学才があり、立派な人なので、院は近衛大将にもしてやりたいとお思いになっていたころ、院のおそば近く仕える人が、

「たった今、あきれたことを見ました」

 と申し上げたので、

「何事か」

 とお尋ねになったところ、

「雅房卿が、鷹の餌にしようとして、生きている犬の足を切っておりましたのを、中垣の穴から見ました」

 と申し上げたので、院は嫌でたまらなく憎いとお思いになって、日ごろのご寵愛も変わり、雅房は昇進もなさらなかった。あれほどの人が、鷹を飼っておられたのは意外であるが、犬の足のことは根も葉もないことであった。

 うそは気の毒なことであるが、このようなことをお聞きになって、お憎みになった院のお心は、たいそう尊いことである。

 だいたい、生き物を殺し、傷つけ、闘わせて遊び楽しむような人は、互いに殺し合う畜生と同類である。

 あらゆる鳥や獣、小さな虫に至るまで、心をとめてその様子を見ると、子を思い、親を慕い、夫婦連れ添い、ねたみ、怒り、欲が深く、わが身を大切にし、命を惜しむことは、ひたすら愚かであるために、人よりもいっそうはなはだしい。それに苦しみを与え、命を奪うことが、どうしてかわいそうでないことがあろうか。

 総じて、あらゆる生き物を見て、慈悲の心がないような者は、人間ではない。

第129段 顔回は、志、人に労を施さじとなり

 顔がん回かいの志は、「人に苦労をかけまい」ということであった。総じて、人を苦しめ、物を虐げることは、身分の低い民であっても、その志を奪ってはならない。

 また、幼い子どもをだましたり、おどしたり、からかって恥をかかせたりして面白がることがある。大人は、本当のことではないので何でもないと思うが、幼い心には、身にしみて恐ろしく、恥ずかしく、情けない思いが、本当に切実なものであろう。これを悩ませて面白がるのは、慈悲の心ではない。

 大人の喜び、怒り、悲しみ、楽しみも、みな実体のないものであるが、誰がそれを真実に存在するものと思って執着しないだろうか。体を傷つけるよりも、心を傷つけるほうが、人を損なうことはいっそうひどい。

 病気にかかるのも、多くは心からかかるのである。外から来る病気は少ない。

 薬を飲んで汗を出そうとしても、効き目のないことがあるが、ひとたび恥ずかしい思いをしたり恐ろしい思いをしたりすると、必ず汗を流すのは、心のしわざであるということを知るべきである。凌りょう雲うん台の額を書いて白髪頭の人になった例も、ないわけではない。

第130段 物に争はず

 物事について人と争わず、自分を曲げて人に従い、わが身を後にして、人を先にするのに越したことはない。

 あらゆる遊びでも、勝負を好む人は、勝って面白がろうとするためである。自分の腕前がまさっていることを喜ぶのである。だから、負けたら面白くなく思うはずであることも、またよくわかる。自分が負けて人を喜ばせようと思うなら、まったく遊びの面白さはないだろう。人に残念な思いをさせて、自分の心を慰めようとするのは、徳に背いている。

 親しい間柄でふざけ合うのも、人をだまし欺いて、自分の知恵がまさっていることを面白がる。これもまた礼儀ではない。だから、初めは宴席の座興から起こって、長い恨みを残すような例が多い。これはみな、争いを好むことの弊害である。

 人にまさろうと思うのなら、ただ学問をして、その知恵で人にまさろうと思うべきである。道を学ぶならば、「善行を誇らず、仲間と争ってはならない」ということを知るはずだからである。

 高い官職をも辞退し、利益をも捨てるのは、ただ学問の力によるのである。

第131段 貧しき者は財をもて礼とし

 貧しい者は財物を贈ることを礼儀と考え、老いた者は力仕事をすることを礼儀と考える。

 自分の分際をわきまえて、力の及ばないときはすぐにやめるのを、賢明と言うべきである。それを許さないとしたら、許さない人の誤りである。分際をわきまえずに無理に励むのは、自分の誤りである。

 貧しくて分際をわきまえなければ盗みをし、力が衰えて分際をわきまえなければ病気になる。

第132段 鳥羽の作道は

 鳥と羽ばの作つくり道みちは、鳥羽殿が建てられてからの呼び名ではない。昔からの名である。元もと良よし親王の、元日の奏賀の声がたいそうすぐれていて、大だい極ごく殿でんから鳥羽の作道まで聞こえたということが、李り部ほう王おう(重明親王)の日記にございますとかいうことだ。

第133段 夜の御殿は東御枕なり

 天皇の寝所である夜よるの御お殿とどでは、東枕でお休みになる。だいたい、東を枕にして陽の気を受けるのがよいので、孔子も東枕でお休みになった。寝殿の部屋の設けでは、南枕にするのも普通のことである。

 白河院は北枕でお休みになった。

「北枕は忌むことです。また、伊勢は南にあります。伊勢神宮のほうに足を向けておやすみになるのは、いかがなものでしょうか」

 と人が申し上げた。

 ただし、伊勢神宮を遠くから拝まれるときは、東南の方角に向かわれる。南ではない。

第134段 高倉院の法華堂の三昧僧

 高倉院の法華堂で三昧の修行をしている僧で、何某の律師とかいう者が、あるとき、鏡を取って顔をじっと見て、自分の顔が醜く、あきれるほどであることをあまりにも情けなく思って、鏡までも嫌な気持ちがしたので、その後は長く鏡を恐れて、手に取ることさえせず、まったく人と交わることもなかった。お堂の勤行にだけ出て、引きこもっていたとお聞きしたのは、めったにないことだと思われた。

 賢そうな人も、他人のことばかり推し量って、自分のことはわかっていないのである。自分を知らないで、他を知るという道理があるはずがない。だから、自分を知っている人を、物事をわかっている人と言うべきである。

 顔が醜くてもそれを知らず、心の愚かなことも知らず、芸の未熟なことも知らず、自分が物の数にも入らないことも知らず、年老いたことも知らず、病気にかかっていることも知らず、死が近いことも知らず、修行している道が未熟であることも知らず、わが身の欠点を知らないのだから、まして他人からの非難も知らない。

 ただし、顔は鏡に映る。年は数えて知ることができる。自分のことを知らないわけではないが、どうしようもないので、知らないのと同じだとでも言うのだろうか。顔を改め、年を若くしろというのではない。

 未熟なことを知ったなら、どうしてすぐに身を引かないのか。年老いたと知ったなら、どうして静かに身を休めないのか。修行がいい加減だと知ったなら、どうしてそのことをもっと深く心にかけないのか。

 総じて、人から好かれずに大勢の中に交わるのは、恥である。顔が醜く、心が劣っているのに出仕し、無知なのに学識の豊かな人と交わり、下手な芸で達人の座に連なり、雪のような白髪頭で働き盛りの人と並び、ましてや、手の届かないことを望み、かなわないことを嘆き、来るはずのないことを待ち、人を恐れ、人にこびるのは、人から与えられる恥ではなく、むさぼる心に引かれて、自分で自分を辱めているのである。

 むさぼる心がやまないのは、命が終わるという大事が、今ここに来ていると、はっきりわかっていないからである。

第135段 資季大納言入道とかや聞こえける人

 資すけ季すえの大納言入道とかいった人が、具とも氏うじの宰相中将に会って、

「あなたが尋ねるくらいのことは、どんなことでも答えられないことがあろうか」

 とおっしゃったので、具氏が、

「どうでございましょうか」

 と申し上げたのを、

「それなら、論争してごらんなさい」

 とおっしゃって、

「本格的な学問は、ほんの少しも学んでおりませんので、お尋ねするまでもありません。何ということもないつまらないことの中で、よくわからないことをお尋ね申し上げましょう」

 と申し上げなさった。

「なおさら、身近な浅いことなら、どんなことでも明らかにしてさしあげよう」

 とおっしゃったので、おそば近く仕える人々や女房なども、

「面白い論争だ。同じことなら御前で争われるのがよい。負けた人は、ごちそうを用意なさるべきだ」

 と決めて、御前で対決させなさったところ、具氏が、

「幼いころから聞き慣れておりますが、その意味のわからないことがございます。『むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれ、いりくれんどう』と申すことは、どういう意味でございましょうか。お聞きしたいと思います」

 と申し上げなさると、大納言入道は、はたと答えに詰まって、

「これはつまらないことなので、言うにも足りない」

 とおっしゃったのを、

「もともと深い学問は知りません。つまらないことをお尋ねしようと取り決め申し上げたのです」

 と申し上げなさったので、大納言入道の負けになって、罰としてのごちそうを盛大に用意なさったということだ。

第136段 医師篤成、故法皇の御前に候ひて

 医師の篤あつ成しげが、亡き法皇(後宇多法皇)の御前に控えていて、お食事が運ばれてきたときに、

「ただ今運ばれてまいりましたお食事のいろいろなものについて、文字も効能もお尋ねくださって、私がそらで申し上げましたら、本草書と照らし合わせてご覧くださいませ。1つも申し誤ることはございますまい」

 と申し上げた、ちょうどそのときに、六条の亡き内大臣(源有房)が参上なさって、

「有房も、ついでに物を習いましょう」と言って、「まず、『しお』という文字は、何偏でございましょうか」

 とお尋ねになったところ、

「土偏でございます」

 と申し上げたので、

「学識のほどは、もうわかってしまった。今はそのくらいでいいですよ。もう知りたいところはない」

 と申し上げなさったので、どっと笑い声が起こって、篤成は退出してしまった。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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