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『徒然草』原文(2)第33段~第59段|今の内裏造り出だされて~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(2)には、第33段「今の内裏造り出だされて」から第59段「大事を思ひ立たん人は」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(2)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第33段 今の内裏造り出だされて

 今いまの内だい裏り造つくり出いだされて、有いう職そくの人々ひとびとに見みせられけるに、いづくも難なんなしとて、すでに遷せん幸かうの日ひ近ちかくなりけるに、玄げん輝き門もん院ゐん御ご覧らんじて、

「閑かん院ゐん殿どのの櫛くし形がたの穴あなは、丸まろく、縁ふちもなくてぞありし」

 と仰おほせられける、いみじかりけり。

 これは、葉えうの入いりて、木きにて縁ふちをしたりければ、誤あやまりにて直なほされにけり。

第34段 甲香はほら貝のやうなるが

 甲かひ香かうは、ほら貝がひのやうなるが、小ちひさくて、口くちのほどの細ほそ長ながにして出いでたる貝かひの蓋ふたなり。

 武む蔵さしの国くに金かね沢さはといふ浦うらにありしを、所ところの者ものは、へなたりと申まうしはべるとぞ言いひし。

第35段 手のわろき人の

 手てのわろき人ひとの、はばからず文ふみ書かき散ちらすはよし。「見み苦ぐるし」とて、人ひとに書かかするはうるさし。

第36段 久しくおとづれぬころ

 久ひさしくおとづれぬころ、いかばかり恨うらむらんと、我わが怠おこたり思おもひ知しられて、言こと葉ばなき心ここ地ちするに、女をんなの方かたより、

「仕じ丁ちやうやある。ひとり」

 など言いひおこせたるこそ、ありがたくうれしけれ。

「さる心こころざましたる人ひとぞよき」

 と、人ひとの申まうしはべりし、さもあるべきことなり。

第37段 朝夕隔てなく馴れたる人の

 朝あさ夕ゆふ隔へだてなく馴なれたる人ひとの、ともある時とき、我われに心こころおき、ひきつくろへるさまに見みゆるこそ、「今いまさらかくやは」など言いふ人ひともありぬべけれど、なほげにげにしく、よき人ひとかなとぞ覚おぼゆる。

 疎うとき人ひとの、うちとけたることなど言いひたる、また、よしと思おもひつきぬべし。

第38段 名利に使はれて

 名みやう利りに使つかはれて、静しづかなる暇いとまなく、一いつ生しやうを苦くるしむるこそ、愚おろかなれ。

 財たから多おほければ身みを守まもるにまどし。害がいを買かひ、累わづらひを招まねく媒なかだちなり。身みの後のちには金こがねをして北ほく斗とを支ささふとも、人ひとのためにぞわづらはるべき。愚おろかなる人ひとの目めを喜よろこばしむる楽たのしみ、またあぢきなし。大おほきなる車くるま、肥こえたる馬うま、金きん玉ぎよくの飾かざりも、心こころあらん人ひとは、うたて愚おろかなりとぞ見みるべき。金こがねは山やまに捨すて、玉たまは淵ふちに投なぐべし。利りに惑まどふは、すぐれて愚おろかなる人ひとなり。

 埋うづもれぬ名なを長ながき世よに残のこさんこそ、あらまほしかるべけれ。位くらゐ高たかく、やんごとなきをしも、すぐれたる人ひととやは言いふべき。愚おろかにつたなき人ひとも、家いへに生うまれ、時ときにあへば、高かう位ゐに昇のぼり、奢おごりを極きはむるもあり。いみじかりし賢けん人じん、聖せい人じん、みづから卑いやしき位くらゐに居をり、時ときにあはずしてやみぬる、また多おほし。ひとへに高たかき官つかさ、位くらゐを望のぞむも、次つぎに愚おろかなり。

 智ち恵ゑと心こころとこそ、世よにすぐれたる誉ほまれも残のこさまほしきを、つらつら思おもへば、誉ほまれを愛あいするは、人ひとの聞ききを喜よろこぶなり。誉ほむる人ひと、毀そしる人ひと、ともに世よにとどまらず。伝つたへ聞きかん人ひと、またまたすみやかに去さるべし。誰たれをか恥はぢ、誰たれにか知しられんことを願ねがはん。誉ほまれはまた毀そしりの本もとなり。身みの後のちの名な、残のこりてさらに益やくなし。これを願ねがふも、次つぎに愚おろかなり。

 ただし、しひて智ちを求もとめ、賢けんを願ねがふ人ひとのために言いはば、智ち恵ゑ出いでては偽いつはりあり。才さい能のうは煩ぼん悩なうの増ぞう長ちやうせるなり。伝つたへて聞きき、学まなびて知しるは、まことの智ちにあらず。いかなるをか智ちと言いふべき。可か、不ふ可かは一いち条でうなり。いかなるをか善ぜんと言いふ。まことの人ひとは、智ちもなく、徳とくもなく、功こうもなく、名なもなし。誰たれか知しり、誰たれか伝つたへん。これ、徳とくを隠かくし、愚ぐを守まもるにはあらず。もとより賢けん愚ぐ得とく失しつの境さかひに居をらざればなり。

 迷まよひの心こころをもちて名みやう利りの要えうを求もとむるに、かくのごとし。万ばん事じはみな非ひなり。言いふに足たらず。願ねがふに足たらず。

第39段 ある人、法然上人に

 ある人ひと、法ほふ然ねん上しやう人にんに、

「念ねん仏ぶつの時とき、睡ねぶりにをかされて行ぎやうを怠おこたりはべること、いかがしてこの障さはりをやめはべらん」

 と申まうしければ、

「目めの覚さめたらんほど念ねん仏ぶつしたまへ」

 と答こたへられたりける、いと尊たふとかりけり。

 また、

「往わう生じやうは、一いち定ぢやうと思おもへば一いち定ぢやう、不ふ定ぢやうと思おもへば不ふ定ぢやうなり」

 と言いはれけり。これも尊たふとし。

 また、

「疑うたがひながらも念ねん仏ぶつすれば往わう生じやうす」

 とも言いはれけり。これもまた尊たふとし。

第40段 因幡の国に

 因いな幡ばの国くにに、何なにの入にふ道だうとかやいふ者ものの娘むすめ、かたちよしと聞ききて、人ひとあまた言いひわたりけれども、この娘むすめ、ただ栗くりをのみ食くひて、さらに米よねのたぐひを食くはざりければ、

「かかる異ことやうの者もの、人ひとに見みゆべきにあらず」

 とて、親おや、許ゆるさざりけり。

第41段 五月五日、賀茂の競べ馬を

 五ご月ぐわつ五いつ日か、賀か茂もの競くらべ馬うまを見みはべりしに、車くるまの前まへに雑ざふ人にん立たち隔へだてて見みえざりしかば、おのおの下おりて、埒らちの際きはに寄よりたれど、ことに人ひと多おほく立たちこみて、分わけ入いりぬべきやうもなし。

 かかる折をりに、向むかひなる楝あふちの木きに、法ほふ師しの登のぼりて、木きの股またについゐて物もの見みるあり。取とりつきながら、いたう睡ねぶりて、落おちぬべき時ときに目めを覚さますこと、たびたびなり。

 これを見みる人ひと、あざけりあさみて、

「世よのしれ者ものかな。かく危あやふき枝えだの上うへにて、安やすき心こころありて睡ねぶるらんよ」

 と言いふに、我わが心こころにふと思おもひしままに、

「我われらが生しやう死じの到たう来らい、ただ今いまにもやあらん。それを忘わすれて物もの見みて日ひを暮くらす、愚おろかなることはなほまさりたるものを」

 と言いひたれば、前まへなる人ひとども、

「まことにさにこそ候さぶらひけれ。もつとも愚おろかに候さぶらふ」

 と言いひて、みな後うしろを見みかへりて、

「ここへ入いらせたまへ」

 とて、所ところを去さりて呼よび入いれはべりにき。

 かほどのことわり、誰たれかは思おもひよらざらんなれども、折をりからの思おもひかけぬ心ここ地ちして、胸むねに当あたりけるにや。人ひと、木ぼく石せきにあらねば、時ときにとりて、ものに感かんずることなきにあらず。

第42段 唐橋中将といふ人の子に

 唐から橋はしの中ちゆう将じやうといふ人ひとの子こに、行ぎやう雅が僧そう都づとて、教けう相さうの人ひとの師しする僧そうありけり。

 気けの上のぼる病やまひありて、年としのやうやうたくるほどに、鼻はなの中なか塞ふたがりて、息いきも出いでがたかりければ、さまざまにつくろひけれど、わづらはしくなりて、目め、眉まゆ、額ひたひなども腫はれまどひて、うちおほひければ、ものも見みえず。

 二にの舞まひの面おもてのやうに見みえけるが、ただ恐おそろしく、鬼おにの顔かほになりて、目めは頂いただきの方かたにつき、額ひたひのほど鼻はなになりなどして、後のちは坊ばうの内うちの人ひとにも見みえず籠こもりゐて、年とし久ひさしくありて、なほわづらはしくなりて、死しににけり。かかる病やまひもあることにこそありけれ。

第43段 春の暮れつかた

 春はるの暮くれつかた、のどやかに艶えんなる空そらに、卑いやしからぬ家いへの、奥おく深ふかく、木こ立だちもの古ふりて、庭にはに散ちりしをれたる花はな見み過すぐしがたきを、さし入いりて見みれば、南みなみ面おもての格かう子しみな下おろして、さびしげなるに、東ひんがしに向むきて妻つま戸どのよきほどにあきたる、御み簾すの破やぶれより見みれば、かたちきよげなる男をとこの、年とし廿はたちばかりにて、うちとけたれど、心こころにくく、のどやかなるさまして、机つくゑの上うへに文ふみをくり広ひろげて見みゐたり。

 いかなる人ひとなりけん。尋たづね聞きかまほし。

第44段 あやしの竹の編戸のうちより

 あやしの竹たけの編あみ戸どのうちより、いと若わかき男をとこの、月つき影かげに色いろあひさだかならねど、つややかなる狩かり衣ぎぬに、濃こき指さし貫ぬき、いとゆゑづきたるさまにて、ささやかなる童わらはひとりを具ぐして、遥はるかなる田たの中なかの細ほそ道みちを、稲いな葉ばの露つゆにそぼちつつ分わけ行ゆくほど、笛ふえをえならず吹ふきすさびたる、あはれと聞きき知しるべき人ひともあらじと思おもふに、行ゆかん方かた知しらまほしくて、見み送おくりつつ行ゆけば、笛ふえを吹ふきやみて、山やまの際きはに惣そう門もんのあるうちに入いりぬ。榻しぢに立たてたる車くるまの見みゆるも、都みやこよりは目めとまる心ここ地ちして、下しも人びとに問とへば、

「しかしかの宮みやのおはしますころにて、御お仏ぶつ事じなど候さぶらふにや」

 と言いふ。御み堂だうの方かたに法ほふ師しども参まゐりたり。

 夜よ寒さむの風かぜに誘さそはれくるそらだきものの匂にほひも、身みにしむ心ここ地ちす。寝しん殿でんより御み堂だうの廊らうに通かよふ女によう房ばうの追おひ風かぜ用よう意いなど、人ひと目めなき山やま里ざととも言いはず、心こころづかひしたり。

 心こころのままに茂しげれる秋あきの野のらは、置おきあまる露つゆにうづもれて、虫むしの音ねかごとがましく、遣やり水みづの音おとのどやかなり。

 都みやこの空そらよりは、雲くもの往ゆき来きも速はやき心ここ地ちして、月つきの晴はれ曇くもること定さだめがたし。

第45段 公世の二位のせうとに

 公きん世よの二に位ゐのせうとに、良りやう覚がく僧そう正じやうと聞きこえしは、極きはめて腹はらあしき人ひとなりけり。

 坊ばうの傍かたはらに、大おほきなる榎えの木きのありければ、人ひと、「榎えの木き僧そう正じやう」とぞ言いひける。「この名なしかるべからず」とて、かの木きを切きられにけり。

 その根ねのありければ、「きりくひの僧そう正じやう」と言いひけり。いよいよ腹はら立たちて、きりくひを掘ほり捨すてたりければ、その跡あと大おほきなる堀ほりにてありければ、「堀ほり池けの僧そう正じやう」とぞ言いひける。

第46段 柳原の辺に

 柳やなぎ原はらの辺へんに、「強がう盗だう法ほふ印いん」と号かうする僧そうありけり。たびたび強がう盗だうにあひたるゆゑに、この名なをつけにけるとぞ。

第47段 ある人、清水へ参りけるに

 ある人ひと、清きよ水みづへ参まゐりけるに、老おいたる尼あまの行ゆき連つれたりけるが、道みちすがら、

「くさめ、くさめ」

 と言いひもて行ゆきければ、

「尼あま御ご前ぜ、何なにごとをかくはのたまふぞ」

 と問とひけれども、答いらへもせず、なほ言いひやまざりけるを、たびたび問とはれて、うち腹はら立だちて、

「やや、鼻はなひたる時とき、かくまじなはねば死しぬるなりと申まうせば、養やしなひ君ぎみの比ひ叡えい山ざんに児ちごにておはしますが、ただ今いまもや鼻はなひたまはんと思おもへば、かく申まうすぞかし」

 と言いひけり。ありがたき志こころざしなりけんかし。

第48段 光親卿、院の最勝講奉行して

 光みつ親ちか卿きやう、院ゐんの最さい勝しよう講かう奉ぶ行ぎやうして候さぶらひけるを、御ご前ぜんへ召めされて、供く御ごを出いだされて食しよくせられけり。さて、食くひ散ちらしたる衝つい重がさねを御み簾すの中うちへさし入いれて、罷まかり出いでにけり。

 女によう房ばう、

「あなきたな。誰たれに取とれとてか」

 など申まうしあはれければ、

「有いう職そくのふるまひ、やんごとなきことなり」

 と、返かへす返がへす感かんぜさせたまひけるとぞ。

第49段 老い来て、はじめて道を行ぜんと

 老おい来きて、はじめて道みちを行ぎやうぜんと待まつことなかれ。古ふるき墳つか、多おほくはこれ少せう年ねんの人ひとなり。

 はからざるに病やまひを受うけて、たちまちにこの世よを去さらんとする時ときにこそ、はじめて過すぎぬる方かたの誤あやまれることは知しらるなれ。誤あやまりといふは、他たのことにあらず、速すみやかにすべきことを緩ゆるくし、緩ゆるくすべきことを急いそぎて、過すぎにしことの悔くやしきなり。その時とき悔くゆとも、かひあらんや。

 人ひとは、ただ、無む常じやうの身みに迫せまりぬることを心こころにひしとかけて、束つかの間まも忘わするまじきなり。さらば、などかこの世よの濁にごりも薄うすく、仏ぶつ道だうを勤つとむる心こころもまめやかならざらん。

 昔むかしありける聖ひじりは、人ひと来きて自じ他たの要えう事じを言いふ時とき、答こたへて言いふ、

「今いま、火くわ急きふのことありて、すでに朝てう夕せきに迫せまれり」

 とて、耳みみをふたぎて念ねん仏ぶつして、つひに往わう生じやうを遂とげけりと、禅ぜん林りんの十じふ因いんにはべり。

 心しん戒かいといひける聖ひじりは、あまりにこの世よのかりそめなることを思おもひて、静しづかについゐけることだになく、常つねはうづくまりてのみぞありける。

第50段 応長のころ、伊勢の国より

 応おう長ちやうのころ、伊い勢せの国くにより、「女をんなの鬼おにになりたるを率ゐて上のぼりたる」といふことありて、そのころ廿日はつかばかり、日ひごとに、京きやう、白しら川かはの人ひと、鬼おに見みにとて出いで惑まどふ。

「昨日きのふは西さい園をん寺じに参まゐりたりし。今日けふは院ゐんへ参まゐるべし。ただ今いまはそこそこに」

 など言いひあへり。まさしく見みたりと言いふ人ひともなく、虚そら言ごとと言いふ人ひともなし。上かみ下しも、ただ鬼おにのことのみ言いひやまず。

 そのころ、東ひがし山やまより安あ居ぐ院ゐ辺へんへ罷まかりはべりしに、四し条でうより上かみさまの人ひと、みな北きたをさして走はしる。「一いち条でう室むろ町まちに鬼おにあり」とののしりあへり。今いま出で川がはの辺へんより見みやれば、院ゐんの御おん桟さ敷じきのあたり、さらに通とほりうべうもあらず立たちこみたり。

「はやく、跡あとなきことにはあらざめり」

 とて、人ひとをやりて見みするに、おほかたあへる者ものなし。暮くるるまでかく立たち騒さわぎて、果はては闘とう諍じやうおこりて、あさましきことどもありけり。

 そのころ、おしなべて、二に、三さん日にち人ひとのわづらふことはべりしをぞ、

「かの鬼おにの虚そら言ごとは、このしるしを示しめすなりけり」

 と言いふ人ひともはべりし。

第51段 亀山殿の御池に

 亀かめ山やま殿どのの御み池いけに、大おほ井ゐ川がはの水みづをまかせられんとて、大おほ井ゐの土ど民みんに仰おほせて、水みづ車ぐるまを造つくらせられけり。

 多おほくの銭あしをたまひて、数す日じつに営いとなみ出いだして、掛かけたりけるに、おほかた廻めぐらざりければ、とかく直なほしけれども、つひに回まはらで、いたづらに立たてりけり。

 さて、宇う治ぢの里さと人びとを召めして、こしらへさせければ、やすらかに結ゆひて参まゐらせたりけるが、思おもふやうに廻めぐりて、水みづを汲くみ入いるること、めでたかりけり。

 よろづに、その道みちを知しれる者ものは、やんごとなきものなり。

第52段 仁和寺にある法師

 仁にん和な寺じにある法ほふ師し、年とし寄よるまで石いは清し水みづを拝をがまざりければ、心こころ憂うく覚おぼえて、ある時とき思おもひ立たちて、ただひとり、徒かちより詣まうでけり。極ごく楽らく寺じ、高かう良らなどを拝をがみて、かばかりと心こころ得えて帰かへりにけり。

 さて、かたへの人ひとにあひて、

「年としごろ思おもひつること、果はたしはべりぬ。聞ききしにも過すぎて、尊たふとくこそおはしけれ。そも、参まゐりたる人ひとごとに山やまへ登のぼりしは、何なにごとかありけん、ゆかしかりしかど、神かみへ参まゐるこそ本ほ意いなれと思おもひて、山やままでは見みず」

 とぞ言いひける。

 少すこしのことにも、先せん達だちはあらまほしきことなり。

第53段 これも仁和寺の法師

 これも仁にん和な寺じの法ほふ師し、童わらはの法ほふ師しにならんとする名な残ごりとて、おのおの遊あそぶことありけるに、酔ゑひて興きように入いるあまり、傍かたはらなる足あし鼎がなへを取とりて頭かしらにかづきたれば、詰つまるやうにするを、鼻はなをおし平ひらめて顔かほをさし入いれて舞まひ出いでたるに、満まん座ざ興きように入いることかぎりなし。しばしかなでて後のち、抜ぬかんとするに、おほかた抜ぬかれず。酒しゆ宴えんことさめて、いかがはせんと惑まどひけり。

 とかくすれば、首くびのまはり欠かけて血ち垂たり、ただ腫はれに腫はれみちて、息いきも詰つまりければ、打うち割わらんとすれど、たやすく割われず、響ひびきて堪たへがたかりければ、かなはで、すべきやうなくて、三み足あしなる角つのの上うへに帷かたびらをうちかけて、手てをひき、杖つゑをつかせて、京きやうなる医くす師しのがり率ゐて行ゆきける。道みちすがら、人ひとのあやしみ見みることかぎりなし。医くす師しのもとにさし入いりて、向むかひゐたりけんありさま、さこそ異ことやうなりけめ。

 ものを言いふも、くぐもり声ごゑに響ひびきて聞きこえず。

「かかることは、文ふみにも見みえず、伝つたへたる教をしへもなし」

 と言いへば、また仁にん和な寺じへ帰かへりて、親したしき者もの、老おいたる母ははなど、枕まくら上がみに寄よりゐて泣なき悲かなしめども、聞きくらんとも覚おぼえず。

 かかるほどに、ある者ものの言いふやう、

「たとひ耳みみ鼻はなこそ切きれ失うすとも、命いのちばかりはなどか生いきざらん。ただ力ちからを立たてて引ひきたまへ」

 とて、藁わらのしべをまはりにさし入いれて、金かねを隔へだてて、頸くびもちぎるばかり引ひきたるに、耳みみ鼻はな欠かけうげながら抜ぬけにけり。

 からき命いのちまうけて、久ひさしく病やみゐたりけり。

第54段 御室にいみじき児のありけるを

 御お室むろにいみじき児ちごのありけるを、いかで誘さそひ出いだして遊あそばんとたくむ法ほふ師しどもありて、能のうあるあそび法ほふ師しどもなど語かたらひて、風ふ流りうの破わり子ごやうのもの、ねんごろに営いとなみ出いでて、箱はこ風ふ情ぜいのものにしたため入いれて、双ならびの岡をかの便びんよき所ところに埋うづみおきて、紅葉もみぢ散ちらしかけなど、思おもひよらぬさまにして、御ご所しよへ参まゐりて、児ちごをそそのかし出いでにけり。

 うれしと思おもひて、ここかしこ遊あそび廻めぐりて、ありつる苔こけのむしろに並なみゐて、

「いたうこそ困こうじにたれ。あはれ、紅葉もみぢを焚たかん人ひともがな。験しるしあらん僧そうたち、祈いのり試こころみられよ」

 など言いひしろひて、埋うづみつる木きのもとに向むきて、数ず珠ずおしすり、印いんことごとしく結むすび出いでなどして、いらなくふるまひて、木この葉はをかきのけたれど、つやつやものも見みえず。所ところの違たがひたるにやとて、掘ほらぬ所ところもなく山やまをあされども、なかりけり。

 埋うづみけるを人ひとの見みおきて、御ご所しよへ参まゐりたる間まに盗ぬすめるなりけり。

 法ほふ師しども、言ことの葉はなくて、聞ききにくくいさかひ、腹はら立たちて帰かへりにけり。

 あまりに興きようあらんとすることは、必かならずあいなきものなり。

第55段 家の作りやうは、夏をむねとすべし

 家いへの作つくりやうは、夏なつをむねとすべし。冬ふゆは、いかなる所ところにも住すまる。暑あつきころ、わろき住すまひは堪たへがたきことなり。

 深ふかき水みづは涼すずしげなし。浅あさくて流ながれたる、遥はるかに涼すずし。

 細こまかなるものを見みるに、遣やり戸どは蔀しとみの間まよりも明あかし。天てん井じやうの高たかきは、冬ふゆ寒さむく、灯ともしび暗くらし。

 造ざう作さくは、用ようなき所ところを作つくりたる、見みるもおもしろく、よろづの用ようにも立たちてよしとぞ、人ひとの定さだめあひはべりし。

第56段 久しく隔たりて逢ひたる人の

 久ひさしく隔へだたりて逢あひたる人ひとの、我わが方かたにありつること、数々かずかずに残のこりなく語かたり続つづくるこそ、あいなけれ。隔へだてなく馴なれぬる人ひとも、ほど経へて見みるは、恥はづかしからぬかは。

 次つぎざまの人ひとは、あからさまに立たち出いでても、「今日けふありつること」とて、息いきもつぎあへず語かたり興きようずるぞかし。

 よき人ひとの物もの語がたりするは、人ひとあまたあれど、ひとりに向むきて言いふを、おのづから人ひとも聞きくにこそあれ。よからぬ人ひとは、誰たれともなく、あまたの中なかにうち出いでて、見みることのやうに語かたりなせば、みな同おなじく笑わらひののしる。いとらうがはし。

 をかしきことを言いひても、いたく興きようぜぬと、興きようなきことを言いひても、よく笑わらふにぞ、品しなのほど計はかられぬべき。

 人ひとのみざまのよしあし、才ざえある人ひとはそのことなど定さだめあへるに、おのがことをひきかけて言いひ出いでたる、いとわびし。

第57段 人の語り出でたる歌物語の

 人ひとの語かたり出いでたる歌うた物もの語がたりの、歌うたのわろきこそ本ほ意いなけれ。少すこしその道みち知しらん人ひとは、いみじと思おもひては語かたらじ。

 すべて、いとも知しらぬ道みちの物もの語がたりしたる、かたはらいたく、聞ききにくし。

第58段 道心あらば住む所にしもよらじ

 「道だう心しんあらば、住すむ所ところにしもよらじ。家いへにあり、人ひとに交まじはるとも、後ご世せを願ねがはんに難かたかるべきかは」と言いふは、さらに後ご世せ知しらぬ人ひとなり。

 げには、この世よをはかなみ、必かならず生しやう死じを出いでんと思おもはんに、何なにの興きようありてか、朝あさ夕ゆふ君きみに仕つかへ、家いへを顧かへりみる営いとなみのいさましからん。心こころは縁えんにひかれて移うつるものなれば、閑しづかならでは道みちは行ぎやうじがたし。

 その器うつは物もの、昔むかしの人ひとに及およばず、山さん林りんに入いりても、餓うゑを助たすけ、嵐あらしを防ふせぐよすがなくては、あられぬわざなれば、おのづから世よをむさぼるに似にたることも、たよりにふれば、などかなからん。「さればとて背そむけるかひなし。さばかりならば、なじかは捨すてし」など言いはんは、無む下げのことなり。

 さすがに一ひとたび道みちに入いりて世よをいとはん人ひと、たとひ望のぞみありとも、勢いきほひある人ひとの貪とん欲よく多おほきに似にるべからず。紙かみの衾ふすま、麻あさの衣ころも、一いつ鉢ぱつのまうけ、藜あかざの羹あつもの、いくばくか人ひとの費つひえをなさん。求もとむるところはやすく、その心こころ早はやく足たりぬべし。かたちに恥はづるところもあれば、さはいへど、悪あくにはうとく、善ぜんには近ちかづくことのみぞ多おほき。

 人ひとと生うまれたらんしるしには、いかにもして世よを遁のがれんことこそあらまほしけれ。ひとへにむさぼることをつとめて、菩ぼ提だいに赴おもむかざらんは、よろづの畜ちく類るいに変かはるところあるまじくや。

第59段 大事を思ひ立たん人は

 大だい事じを思おもひ立たたん人ひとは、去さりがたく心こころにかからんことの本ほ意いを遂とげずして、さながら捨すつべきなり。

 「しばしこのこと果はてて、同おなじくはかのこと沙さ汰たしおきて、しかしかのこと人ひとの嘲あざけりやあらん、行ゆく末すゑ難なんなくしたため設まうけて、年としごろもあればこそあれ、そのこと待またんほどあらじ。もの騒さわがしからぬやうに」など思おもはんには、え去さらぬことのみいとど重かさなりて、事ことの尽つくる限かぎりもなく、思おもひ立たつ日ひもあるべからず。おほやう、人ひとを見みるに、少すこし心こころあるきはは、みなこのあらましにてぞ一いち期ごは過すぐめる。

 近ちかき火ひなどに逃にぐる人ひとは、「しばし」とや言いふ。身みを助たすけんとすれば、恥はぢをも顧かへりみず、財たからをも捨すてて遁のがれ去さるぞかし。

 命いのちは人ひとを待まつものかは。無む常じやうの来きたることは、水すい火くわの攻せむるよりも速すみやかに、遁のがれがたきものを、その時とき、「老おいたる親おや、いときなき子こ、君きみの恩おん、人ひとの情なさけ、捨すてがたし」とて捨すてざらんや。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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