『徒然草』の原文を、4ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(1)には、序段「つれづれなるままに」から第32段「九月廿日のころ」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(1)をご覧ください。
序段 つれづれなるままに
つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく、書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
第1段 いでや、この世に生まれては
いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。御門の御位はいともかしこし。竹の園生の末葉まで人間の種ならぬぞやんごとなき。一の人の御ありさまはさらなり。ただ人も舎人などたまはる際は、ゆゆしと見ゆ。その子、孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。
それより下つ方は、ほどにつけつつ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いと口惜し。法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。「人には木の端のやうに思はるるよ」と清少納言が書けるも、げにさることぞかし。勢ひ猛にののしりたるにつけて、いみじとは見えず。増賀聖の言ひけんやうに、名聞ぐるしく、仏の御教へにたがふらんとぞおぼゆる。
ひたふるの世捨て人は、なかなかあらまほしき方もありなん。
人は、かたち、ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。
物うち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、言葉多からぬこそ、飽かず向かはまほしけれ。めでたしと見る人の、心劣りせらるる本性見えんこそ、口惜しかるべけれ。しな、かたちこそ生まれつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん。
かたち、心ざまよき人も、才なくなりぬれば、品下り、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるるこそ、本意なきわざなれ。ありたきことは、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道、また、有職に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるべけれ。
手など拙からず走り書き、声をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ、男はよけれ。
第2段 いにしへの聖の御代の政をも忘れ
いにしへの聖の御代の政をも忘れ、民の愁へ、国のそこなはるるをも知らず、よろづにきよらを尽くしていみじと思ひ、所狭きさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。
「衣冠より馬、車に至るまで、あるにしたがひて用ゐよ。美麗を求むることなかれ」とぞ、九条殿の遺誡にもはべる。順徳院の、禁中のことども書かせたまへるにも、「おほやけのたてまつり物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそはべれ。
第3段 万にいみじくとも
万にいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵の当なき心地ぞすべき。
露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き、親のいさめ、世のそしりをつつむに心のいとまなく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。
さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。
第4段 後の世のこと心に忘れず
後の世のこと心に忘れず、仏の道うとからぬ、心にくし。
第5段 不幸に愁へに沈める人の
不幸に愁へに沈める人の、頭おろしなど、ふつつかに思ひとりたるにはあらで、あるかなきかに門さしこめて、待つこともなく明かし暮らしたる、さるかたにあらまほし。
顕基中納言の言ひけん、「配所の月、罪なくて見んこと」、さも覚えぬべし。
第6段 わが身のやんごとなからんにも
わが身のやんごとなからんにも、まして数ならざらんにも、子といふものなくてありなん。
前中書王、九条太政大臣、花園左大臣、みな族絶えんことを願ひたまへり。染殿大臣も、「子孫おはせぬぞよくはべる。末のおくれたまへるはわろきことなり」とぞ、世継の翁の物語には言へる。
聖徳太子の御墓をかねて築かせたまひける時も、
「ここを切れ、かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」
とはべりけるとかや。
第7段 あだし野の露消ゆる時なく
あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなうのどけしや。
飽かず惜しと思はば、千年を過ぐすとも一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世に、醜き姿を待ちえて何かはせん。命長ければ、辱多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。
そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはんことを思ひ、夕の陽に子孫を愛して、栄ゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、浅ましき。
第8段 世の人の心惑はすこと
世の人の心惑はすこと、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな。
匂ひなどは仮のものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。
久米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、まことに、手足、膚などのきよらに肥えあぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。
第9段 女は髪のめでたからんこそ
女は髪のめでたからんこそ、人の目立つべかめれ。人のほど、心ばへは、もの言ひたるけはひにこそ、物越にも知らるれ。
ことに触れて、うちあるさまにも人の心を惑はし、すべて女の、うちとけたる寝も寝ず、身を惜しとも思ひたらず、堪ゆべくもあらぬわざにもよく堪へしのぶは、ただ色を思ふがゆゑなり。
まことに、愛著の道、その根深く、源遠し。六塵の楽欲多しといへども、みな厭離しつべし。その中に、ただかの惑ひのひとつやめがたきのみぞ、老いたるも若きも、智あるも愚かなるも、変はるところなしと見ゆる。
されば、女の髪筋をよれる綱には、大象もよくつながれ、女のはける足駄にて作れる笛には、秋の鹿、必ず寄るとぞ言ひ伝へはべる。
みづから戒めて、恐るべく慎むべきはこの惑ひなり。
第10段 家居のつきづきしく
家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。
よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一際しみじみと見ゆるぞかし。今めかしくきららかならねど、木立もの古りて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子、透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。
多くの工の、心を尽くして磨きたて、唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、前栽の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。さてもやは長らへ住むべき。また時の間の煙ともなりなんとぞ、うち見るより思はるる。
大方は、家居にこそ、ことざまは推し量らるれ。
後徳大寺大臣の寝殿に、鳶ゐさせじとて縄を張られたりけるを、西行が見て、
「鳶のゐたらんは、何かは苦しかるべき。この殿の御心、さばかりにこそ」
とて、その後は参らざりけると聞きはべるに、綾小路宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや縄を引かれたりしかば、かのためし思ひ出でられはべりしに、
「まことや、烏の群れゐて池の蛙を取りければ、御覧じ悲しませたまひてなん」
と人の語りしこそ、さてはいみじくこそと覚えしか。
徳大寺にも、いかなるゆゑかはべりけん。
第11段 神無月のころ
神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入ることはべりしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉にうづもるる懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。
閼伽棚に菊、紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。
「かくてもあられけるよ」とあはれに見るほどに、かなたの庭に大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、周りをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、「この木なからましかば」と覚えしか。
第12段 同じ心ならん人と
同じ心ならん人としめやかに物語して、をかしきことも、世のはかなきことも、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違はざらんと向かひゐたらんは、ひとりある心地やせん。
互ひに言はんほどのことをば、「げに」と聞きかひあるものから、いささか違ふところもあらん人こそ、「我はさやは思ふ」など争ひ憎み、「さるから、さぞ」ともうち語らはば、つれづれ慰まめと思へど、げには、少しかこつ方も、我と等しからざらん人は、大方のよしなしごと言はんほどこそあらめ、まめやかの心の友には、はるかに隔たるところのありぬべきぞ、わびしきや。
第13段 ひとり灯のもとに文を広げて
ひとり灯のもとに文を広げて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。
文は、文選のあはれなる巻々、白氏文集、老子のことば、南華の篇。この国の博士どもの書けるものも、いにしへのは、あはれなること多かり。
第14段 和歌こそなほをかしきものなれ
和歌こそ、なほをかしきものなれ。あやしの賤、山がつのしわざも、言ひ出づればおもしろく、恐ろしき猪のししも、「ふす猪の床」と言へばやさしくなりぬ。
このごろの歌は、一ふしをかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、古き歌どものやうに、いかにぞや、言葉の外に、あはれに、けしき覚ゆるはなし。
貫之が、「糸による物ならなくに」と言へるは、古今集の中の「歌くづ」とかや言ひ伝へたれど、今の世の人の詠みぬべきことがらとは見えず。その世の歌には、姿、言葉、このたぐひのみ多し。この歌に限りて、かく言ひたてられたるも知りがたし。源氏物語には、「物とはなしに」とぞ書ける。
新古今には、「残る松さへ峰にさびしき」と言へる歌をぞ言ふなるは、まことに、少しくだけたる姿にもや見ゆらん。されどこの歌も、衆議判の時、よろしきよし沙汰ありて、後にもことさらに感じ、仰せ下されけるよし、家長が日記には書けり。
「歌の道のみ、いにしへに変はらぬ」など言ふこともあれど、いさや、今も詠みあへる同じ詞、歌枕も、昔の人の詠めるは、さらに同じものにあらず。やすく、すなほにして、姿もきよげに、あはれも深く見ゆ。
梁塵秘抄の郢曲の言葉こそ、また、あはれなることは多かめれ。昔の人は、ただいかに言ひ捨てたることぐさも、みないみじく聞こゆるにや。
第15段 いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ
いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目覚むる心地すれ。そのわたり、ここかしこ見歩き、田舎びたる所、山里などは、いと目慣れぬことのみぞ多かる。
都へたより求めて文やる。
「その事、かの事、便宜に忘るな」
など言ひやるこそをかしけれ。さやうの所にてこそ、よろづに心づかひせらるれ。
持てる調度まで、よきはよく、能ある人、かたちよき人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。寺、社などに忍びてこもりたるもをかし。
第16段 神楽こそなまめかしく
神楽こそ、なまめかしく、おもしろけれ。おほかた、ものの音には、笛、篳篥。常に聞きたきは、琵琶、和琴。
第17段 山寺にかきこもりて
山寺にかきこもりて、仏に仕うまつるこそ、つれづれもなく、心の濁りも清まる心地すれ。
第18段 人はおのれをつづまやかにし
人は、おのれをつづまやかにし、奢りを退けて、財を持たず、世をむさぼらざらんぞいみじかるべき。昔より、賢き人の富めるはまれなり。
唐土に許由と言ひつる人は、さらに身に従へる蓄へもなくて、水をも手して捧げて飲みけるを見て、なりひさこといふものを人の得させたりければ、ある時、木の枝に懸けたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、「かしかまし」とて捨てつ。また手に掬びてぞ水も飲みける。いかばかり心のうち涼しかりけん。
孫晨は、冬月に衾なくて、藁一束ありけるを、夕にはこれに臥し、朝には収めけり。
唐土の人は、これをいみじと思へばこそ、記しとどめて世にも伝へけめ。
これらの人は、語りも伝ふべからず。
第19段 折節の移り変はるこそ
折節の移り変はるこそ、ものごとにあはれなれ。「もののあはれは秋こそまされ」と人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、今一きは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ。
鳥の声なども、ことのほかに春めきて、のどやかなる日影に、垣根の草萌え出づるころより、やや春深く霞みわたりて、花もやうやうけしきだつほどこそあれ、折しも雨風うち続きて、心あわただしく散り過ぎぬ。青葉になりゆくまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。花橘は名にこそ負へれ、なほ梅の匂ひにぞ、いにしへのことも立ちかへり恋しう思ひ出でらるる。山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨てがたきこと多し。
灌仏のころ、祭のころ、「若葉の梢涼しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、人の恋しさもまされ」と、人の仰せられしこそ、げにさるものなれ。五月、あやめ葺くころ、早苗取るころ、水鶏のたたくなど、心細からぬかは。六月のころ、あやしき家に夕顔の白く見えて、蚊遣火ふすぶるもあはれなり。六月祓、またをかし。
七夕祭るこそなまめかしけれ。
やうやう夜寒になるほど、雁鳴きて来るころ、萩の下葉色づくほど、早稲田刈り干すなど、取り集めたることは、秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。
言ひ続くれば、みな源氏物語、枕草子などにことふりにたれど、同じこと、また今さらに言はじとにもあらず。おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。
さて、冬枯れのけしきこそ、秋にはをさをさ劣るまじけれ。汀の草に紅葉の散りとどまりて、霜いと白う置ける朝、遣り水より煙の立つこそをかしけれ。
年の暮れ果てて、人ごとに急ぎあへるころぞ、またなくあはれなる。すさまじきものにして見る人もなき月の寒けく澄める、廿日あまりの空こそ、心細きものなれ。御仏名、荷前の使立つなどぞ、あはれにやんごとなき。公事ども繁く、春の急ぎにとり重ねて催し行はるるさまぞ、いみじきや。追儺より四方拝に続くこそ、おもしろけれ。
つごもりの夜、いたう暗きに、松どもともして、夜半過ぐるまで、人の門叩き走り歩きて、何ごとにかあらん、ことごとしくののしりて、足を空に惑ふが、暁がたより、さすがに音なくなりぬるこそ、年の名残も心細けれ。亡き人の来る夜とて魂祭るわざは、このごろ都にはなきを、東のかたには、なほすることにてありしこそ、あはれなりしか。
かくて明けゆく空のけしき、昨日に変はりたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。大路のさま、松立てわたして、花やかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。
第20段 なにがしとかや言ひし世捨て人の
なにがしとかや言ひし世捨て人の、
「この世のほだし持たらぬ身に、ただ空の名残のみぞ惜しき」
と言ひしこそ、まことにさも覚えぬべけれ。
第21段 よろづのことは、月見るにこそ
よろづのことは、月見るにこそ慰むものなれ。ある人の、
「月ばかりおもしろきものはあらじ」
と言ひしに、またひとり、
「露こそあはれなれ」
と争ひしこそをかしけれ。
折にふれば、何かはあはれならざらん。月、花はさらなり、風のみこそ人に心はつくめれ。岩に砕けて清く流るる水のけしきこそ、時をも分かずめでたけれ。
沅湘日夜東に流れ去る、愁人のためにとどまること少時もせず
と言へる詩を見はべりしこそ、あはれなりしか。嵇康も、「山沢に遊びて、魚鳥を見れば心楽しぶ」と言へり。
人遠く、水草清き所にさまよひ歩きたるばかり、心慰むことはあらじ。
第22段 何事も古き世のみぞ慕はしき
何ごとも、古き世のみぞ慕はしき。今やうは、無下にいやしくこそなりゆくめれ。
かの木の道の匠の造れる、美しき器物も、古代の姿こそをかしと見ゆれ。文の詞などぞ、昔の反古どもはいみじき。ただ言ふ言葉も、口惜しうこそなりもてゆくなれ。
いにしへは、「車もたげよ」、「火かかげよ」とこそ言ひしを、今やうの人は、「もてあげよ」、「かきあげよ」と言ふ。「主殿寮、人数立て」と言ふべきを、「たちあかし白くせよ」と言ひ、最勝講の御聴聞所なるをば、「御講の廬」とこそ言ふを、「講廬」と言ふ、口惜しとぞ、古き人は仰せられし。
第23段 衰へたる末の世とはいへど
衰へたる末の世とはいへど、なほ九重の神さびたるありさまこそ、世づかずめでたきものなれ。露台、朝餉、何殿、何門などは、いみじとも聞こゆべし。あやしの所にもありぬべき小蔀、小板敷、高遣戸なども、めでたくこそ聞こゆれ。
陣に「夜の設せよ」と言ふこそいみじけれ。夜御殿のをば、「かいともしとうよ」など言ふ、またいみじ。上卿の、陣にて事行へるさまはさらなり。
諸司の下人どもの、したり顔に慣れたるもをかし。さばかり寒き夜もすがら、ここかしこに睡りゐたるこそをかしけれ。
「内侍所の御鈴の音は、めでたく優なるものなり」とぞ、徳大寺太政大臣は仰せられける。
第24段 斎王の野宮におはしますありさまこそ
斎王の、野宮におはしますありさまこそ、やさしく、おもしろきことのかぎりとは覚えしか。経、仏など忌みて、「なかご」、「染紙」など言ふなるもをかし。
すべて、神の社こそ、捨てがたく、なまめかしきものなれや。もの古りたる森のけしきもただならぬに、玉垣しわたして、榊に木綿懸けたるなど、いみじからぬかは。
ことにをかしきは、伊勢、賀茂、春日、平野、住吉、三輪、貴布禰、吉田、大原野、松尾、梅宮。
第25段 飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば
飛鳥川の淵瀬、常ならぬ世にしあれば、時移り、事去り、楽しび悲しびゆきかひて、花やかなりしあたりも人住まぬ野らとなり、変はらぬ住家は人改まりぬ。桃李もの言はねば、誰とともにか昔を語らん。まして、見ぬいにしへのやんごとなかりけん跡のみぞ、いとはかなき。
京極殿、法成寺など見るこそ、志とどまり、事変じにけるさまはあはれなれ。
御堂殿の造り磨かせたまひて、庄園多く寄せられ、我が御族のみ、御門の御後見、世の固めにて、行末までとおぼしおきし時、いかならん世にも、かばかりあせ果てんとはおぼしてんや。
大門、金堂など近くまでありしかど、正和のころ、南門は焼けぬ。金堂はその後、倒れ伏したるままにて、とりたつるわざもなし。無量寿院ばかりぞ、その形とて残りたる。丈六の仏九体、いと尊くて並びおはします。行成大納言の額、兼行が書ける扉、あざやかに見ゆるぞあはれなる。法華堂なども、いまだはべるめり。
これもまた、いつまでかあらん。かばかりの名残だになき所々は、おのづから礎ばかり残るもあれど、さだかに知れる人もなし。
されば、よろづに、見ざらん世までを思ひおきてんこそ、はかなかるべけれ。
第26段 風も吹きあへずうつろふ
風も吹きあへずうつろふ人の心の花に、馴れにし年月を思へば、あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから、我が世の外になりゆくならひこそ、亡き人の別れよりもまさりて悲しきものなれ。
されば、白き糸の染まんことを悲しび、路の衢の分れんことを嘆く人もありけんかし。
堀川院の百首の歌の中に、
昔見し妹が垣根は荒れにけりつばなまじりの菫のみして
さびしきけしき、さることはべりけん。
第27段 御国譲りの節会行はれて
御国譲りの節会行はれて、剣、璽、内侍所渡したてまつらるるほどこそ、限りなう心細けれ。新院の下りさせたまひての春、詠ませたまひけるとかや。
殿守のとものみやつこよそにして掃はぬ庭に花ぞ散り敷く
今の世のこと繁きにまぎれて、院には参る人もなきぞさびしげなる。かかる折にぞ、人の心もあらはれぬべき。
第28段 諒闇の年ばかり
諒闇の年ばかり、あはれなることはあらじ。
倚廬の御所のさまなど、板敷を下げ、葦の御簾を掛けて、布の帽額あらあらしく、御調度どもおろそかに、みな人の装束、太刀、平緒まで、異やうなるぞゆゆしき。
第29段 静かに思へば
静かに思へば、よろづに過ぎにし方の恋しさのみぞせんかたなき。
人静まりて後、長き夜のすさびに、なにとなき具足とりしたため、残しおかじと思ふ反古など破り捨つる中に、亡き人の手習ひ、絵描きすさびたる見出でたるこそ、ただその折の心地すれ。
このごろある人の文だに、久しくなりて、いかなる折、いつの年なりけんと思ふは、あはれなるぞかし。
手馴れし具足なども、心もなくて変はらず久しき、いと悲し。
第30段 人のなき跡ばかり悲しきはなし
人のなき跡ばかり悲しきはなし。
中陰のほど、山里などに移ろひて、便あしく狭き所にあまたあひゐて、後のわざども営みあへるは、あわただし。日数の速く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。果ての日は、いと情なう、互ひに言ふこともなく、我かしこげに物ひきしたため、散り散りに行きあかれぬ。もとの住家に帰りてぞ、さらに悲しきことは多かるべき。
「しかしかのことは、あなかしこ、跡のため忌むなることぞ」など言へるこそ、「かばかりの中に何かは」と、人の心はなほうたて覚ゆれ。年月経ても、つゆ忘るるにはあらねど、「去る者は日々に疎し」と言へることなれば、さは言へど、その際ばかりは覚えぬにや。よしなしごと言ひて、うちも笑ひぬ。
骸はけうとき山の中にをさめて、さるべき日ばかり詣でつつ見れば、ほどなく卒都婆も苔むし、木葉降り埋みて、夕の嵐、夜の月のみぞ、言問ふよすがなりける。思ひ出でて偲ぶ人あらんほどこそあらめ、そもまたほどなく失せて、聞き伝ふるばかりの末々は、あはれとやは思ふ。
さるは、跡とふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず、年々の春の草のみぞ、心あらん人はあはれと見るべきを、果ては、嵐にむせびし松も千年を待たで薪に砕かれ、古き墳はすかれて田となりぬ。その形だになくなりぬるぞ悲しき。
第31段 雪のおもしろう降りたりし朝
雪のおもしろう降りたりし朝、人のがり言ふべきことありて、文をやるとて、雪のこと何とも言はざりし返事に、
「『この雪いかが見る』と一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるること、聞き入るべきかは。返す返す口惜しき御心なり」
と言ひたりしこそ、をかしかりしか。
今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし。
第32段 九月廿日のころ
九月廿日のころ、ある人に誘はれたてまつりて、明くるまで月見歩くことはべりしに、おぼし出づる所ありて、案内せさせて入りたまひぬ。荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂ひ、しめやかにうちかをりて、忍びたるけはひ、いともののあはれなり。
よきほどにて出でたまひぬれど、なほ、ことざまの優に覚えて、物の隠れよりしばし見ゐたるに、妻戸を今少し押しあけて、月見るけしきなり。
やがてかけこもらましかば、口惜しからまし。跡まで見る人ありとは、いかでか知らん。
かやうのことは、ただ朝夕の心づかひによるべし。その人、ほどなく失せにけりと聞きはべりし。



