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『無名抄』原文(1)第1段~第15段|題の心~(全文ルビ付き)

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『無名抄』の原文を、4ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(1)には、第1段「題の心」から第15段「歌の風情、忠胤の説法に相似ること」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『無名抄』現代語訳(1)をご覧ください。

『無名抄』目次
(1)第1段~第15段原文現代語訳
(2)第16段~第40段原文現代語訳
(3)第41段~第70段原文現代語訳
(4)第71段~第83段原文現代語訳
目次

第1段 題の心

 歌うたは題だいの心こころをよく心こころ得うべきなり。俊とし頼よりの『髄ずい脳なう』といふものにぞ記しるしてはべるめる。必かならずまはして詠よむべき文字もじ、なかなかまはしては悪わろく聞きこゆる文字もじあり。必かならずしも詠よみ据すゑねども、おのづから知しらるる文字もじもあり。いはゆる暁ぎやう天てん落らく花くわ、雲くも間ま郭公ほととぎす、海かい上しやう明めい月げつ、これらのごとくは、第だい二にの文字もじは、必かならずしも詠よまず。みな下しもの題だいを詠よむに具ぐして聞きこゆる文字もじなり。また、かすかにて優いうなる文字もじあり。これらは教をしへ習ならふべきことにあらず。よく心こころ得えつれば、その題だいを見みるにあらはなり。

 また、題だいの歌うたは必かならず、心こころざしを深ふかく詠よむべし。たとへば、祝いはひには限かぎりなく久ひさしき心こころをいひ、恋こひにはわりなく浅あさからぬよしを詠よみ、もしは命いのちに替かへて花はなを惜をしみ、家いへ路ぢを忘わすれて紅葉もみぢを尋たづねむごとく、そのものに心こころざしを深ふかく詠よむべきを、古こ集しふの歌うたどものさしも見みえぬは、歌うたざまのよろしきによりてその難なんを許ゆるせるなり。もろもろの難なんある歌うた、この会ゑ釈しやくによりて選えらび入いるるは、常つねのことなり。されど、かれをば例れいとすべからず。いかにも歌うた合あはせなどに、同おなじほどなるにとりては、今いま少すこし題だいを深ふかく思おもへるを勝まさると定さだむなり。たとへば、説せつ法ぽふする人ひとの、その仏ほとけに向むかひてよく讃さん嘆だんするがごとし。

 ただし、題だいをば必かならずもてなすべきぞとて、古ふるく詠よまぬほどのことをば心こころすべし。たとへば、郭公ほととぎすなどは、山さん野やを尋たづね歩ありきて聞きく心こころを詠よむ。鶯うぐひすごときは、待まつ心こころをば詠よめども、尋たづねて聞きくよしはいと詠よまず。また、鹿しかの音ねなどは、聞きくにもの心こころ細ぼそく、あはれなるよしをば詠よめども、待まつよしをばいともいはず。かやうのこと、ことなる秀しう句くなどなくは、必かならず去さるべし。また、桜さくらをば尋たづぬれど、柳やなぎをば尋たづねず。初はつ雪ゆきなどをば待まつ心こころを詠よみて、時雨しぐれ、霰あられなどをば待またず。花はなをば命いのちに替かへて惜をしむなどいへども、紅葉もみぢをばさほどには惜をしまず。これらを心こころ得えぬは、故こ実じつを知しらぬやうなれば、よくよく古こ歌かなどをも思おもひときて、歌うたのほどに従したがひて、計はからふべきことなり。

第2段 続けがら善悪あること

 歌うたはただ同おなじ言葉ことばなれど、続つづけがら、言いひがらにて、良よくも悪あしくも聞きこゆるなり。かの友とも則のりが歌うたに「友ともまどはせる千鳥ちどり鳴なくなり」といへる、優いうに聞きこゆるを、同おなじ古こ今きんの恋こひの歌うたの中なかに「恋こひしきにわびて魂たままどひなば」ともいひ、また「身みのまどふだに知しられざるらむ」などいへるは、ただ同おなじ言葉ことばなれどおびただしく聞きこゆ。これはみな、続つづけがらなり。

 されば、「古こ歌かに確たしかにしかしかあなり」など証しようを出いだすことは、様やうによるべし。その歌うたにとりて、善ぜん悪あくあるべきゆゑなり。曽そ祢ね好よし忠ただが歌うたに、

播はり磨まなる飾しか磨まに染そむるあながちに人ひとを恋こひしと思おもふ頃ころかな

 「あながちに」といふ言葉ことばは、うちまかせて歌うたに詠よむべしとも覚おぼえぬことぞかし。しかあれど、「飾しか磨まに染そむる」と続つづきて、わざとも艶えんにやさしく聞きこゆるなり。

 古こ今きんの歌うたに、

春はる霞がすみ立たてるやいづこみ吉よし野のの吉よし野のの山やまに雪ゆきは降ふりつつ

 これは、いとめでたき歌うたなり。中なかにも「立たてるやいづこ」といへる言葉ことば、すぐれて優いうなるを、ある人ひとの『社しや頭とうの菊きく』といふ題だいを詠よみはべりしに、

神かみ垣がきに立たてるや菊きくの枝えだたわに誰たが手た向むけたる花はなの白しら木綿ゆふ

 同おなじく「立たてるや」と詠よみたれど、これはわざとも言葉ことばもきかず、手てづつげにはべり。

第3段 海路を隔つるの論

 ある所ところにて歌うた合あはせしはべりし時とき、海かい路ろを隔へだつる恋こひといふ題だいに、歌うたは忘わすれたり。筑つく紫しなる人ひとの恋こひしきよしを詠よめりしに、かたへはこれを難なんず。

「さらなり。筑つく紫しは海うみを隔へだてたれば、思おもひ続つづくるにはさることなれど、徒歩かちより行いく人ひとのためには、門も司じの関せきまで多おほくの山さん野やを過すぎて、ただいささか海うみを渡わたるべければ、題だいの本ほ意いもなく、すこぶる広くわう量りやうなる方かた々がたもあり。たとへば、陸奥みちのくの国くになる人ひとを恋こふるよしを詠よみては、この歌うた一ひとつにて、野のを隔へだつる恋こひにも、山やまを隔へだつる題だいにも、もしは里さとを隔へだて、河かはを隔へだてつるにも用もちゐむとやする。題だいの歌うたはさもと聞きこゆるこそよけれ。あまり座ざ広びろなり」

 と難なんず。あるはいはく、

「歌うたはさのみこそ詠よめ。まさしく海うみをだに隔へだてば、必かならずかの磯いそなる人ひとをこの浦うらにて見み渡わたすべきことかは。あまりの難なんなり」

 と争あらそひあへりしを、その座ざに先せん達だつあまたはべりしも、方かた々がた分わかれて、大おほきなる論ろんにてなむはべりし。されど、心こころにくきほどの人ひと多おほくは、難なんをば、今いま少すこしいはれたり、とぞ定さだめはべりし。

第4段 「われ」と「人」と

 また、同おなじ所ところにて、小こ因い幡なばといひし女によう房ばう、夏なつを契ちぎる恋こひといふ題だいに、

惜をしむべき春はるをば人ひとにいとはせてそら頼だのめにやならむとすらむ

 と詠よめりしを、「よろし」など人ひと々びと定さだめはべりしほどに、ある人ひとのいはく、

「『春はるをば人ひとに』といへるや、少すこしおぼつかなからむ。ただ、『春はるをば我われに』といひたらば、確たしかにて勝まさりなむかし」

 と言いふ。これ同どうずる人ひと多おほくはべりしを、俊しゆん恵ゑ聞ききて、

「むげに心こころ劣おとりせらるることをのたまふかな。『人ひとに』といひたりとても、他た人にんとやは思おもひたどるべき。『我われに』といひては、うたてことのほかに品しななく聞きこゆるものを。歌うたは花くわ麗れいを先さきとす。人ひとをば知しらず。おのれはたとひ難なんありとも、『人ひとに』と詠よまむ」

 とぞ申まうしはべりし。

第5段 晴の歌を人に見せ合はすべきこと

 晴はれの歌うたは必かならず人ひとに見みせ合あはすべきなり。わが心こころ一ひとつにては誤あやまりあるべし。

 予よ、そのかみ、高たか松まつの女によう院ゐんの北きた面おもてに菊きく合あはせといふことはべりしとき、恋こひの歌うたに、

人ひと知しれぬ涙なみだの川かはの瀬せを早はやみ崩くづれにけりな人ひと目めつつみは

 と詠よめりしを、いまだ晴はれの歌うたなど詠よみ慣なれぬほどにて、勝しよう命みやう入にふ道だうに見みせ合あはせはべりしかば、

「この歌うた、大おほきなる難なんあり。御み門かど、后きさきの隠かくれたまふをば、『崩ほうず』といふ。その文字もじをば、『崩くづる』と読よむなり。いかでか、院ゐん中ちゆうにて詠よまむ歌うたに、この言葉ことばをば据すうべき」

 と申まうしはべりしかば、あらぬ歌うたを出いだしてやみにき。

 その後のち、ほどなく女によう院ゐん隠かくれおはしましにき。この歌うたのさとしとぞ、沙さ汰たせられはべらまし。

第6段 名無しの大将のこと

 九く条でう殿どのいまだ右う大だい臣じんと申まうししとき、人ひと々びとに百ひやく首しゆ詠よませらるることはべりき。その度たび、いみじき人ひと々びと僻ひが事ごと詠よみて、はてには異い名みやうさへ付つきたまひにき。近ちかくの徳とく大だい寺じの左さ大だい臣じんは、無む明みやうの酒さけを「名なも無なき酒さけ」と詠よみたまへりしかば、「名な無なしの大たい将しやう」と言いはれ、五ご条でうの三さん位み入にふ道だうはこの道みちの長ちやう者じやにいます。しかれど、富ふ士じの鳴なる沢さはを「富ふ士じのなるさ」と詠よみて、「なるさの入にふ道だう、名な無なしの大たい将しやう」と番つがひて、人ひとに笑わらはれたまひしかば、いみじきこの道みちの遺ゐ恨こんにてなむはべりし。おのおのこれほどのこと、知しりたまはぬにはあらじを、思おもひわたりたまへりけるにこそ。

第7段 仲綱の歌、いやしき言葉を詠むこと

 同おなじ度たびの百ひやく首しゆに、伊い豆づの守かみ仲なか綱つなの歌うたに、「ならはし顔がほ」など詠よみたりしをば、大だい弐に入にふ道だう聞ききて、

「かやうの言葉ことばなど詠よまむ人ひとをば、百ひやく千せんの秀しう歌か詠よみたりとも、いかが歌うた詠よみとはいはむ。むげにうたてきことなり」

 とこそ申まうされけれ。これらはみな、人ひとに見みせ合あはせぬ誤あやまりどもなり。

第8段 頼政の歌、俊恵選ぶこと

 建けん春しゆん門もん女によう院ゐんの殿てん上じやうの歌うた合あはせに、「関せき路ぢ落らく葉えふ」といふ題だいに、頼より政まさ卿きやうの歌うたに、

都みやこにはまだ青あを葉ばにて見みしかども紅葉もみぢ散ちりしく白しら河かはの関せき

 と詠よまれてはべりしを、その度たび、この題だいの歌うたをあまた詠よみて、当たう日じつまで思おもひ煩わづらひて、俊しゆん恵ゑを呼よびて見みせられければ、

「この歌うたは、かの能のう因いんが『秋あき風かぜぞ吹ふく白しら河かはの関せき』といふ歌うたに似にてはべり。されど、これは出いで映ばえすべき歌うたなり。かの歌うたならねど、かくもとりなしてむと、へしげに詠よめるとこそ見みえたれ。似にたりとて、難なんとすべきさまにはあらず」

 と、計はからひければ、今いま車くるまさし寄よせて乗のられける時とき、

「貴たふとき房ばうの計はからひを信しんじて、さらばこれを出いだすべきにこそ。後のちの咎とがはかけ申まうすべし」

 と、言いひかけて出いでられにけり。

 その度たび、この歌うた思おもひのごとく出いで映ばえして勝かちにければ、帰かへりてすなはち喜よろこび言いひつかはしたりけるとぞ。

「見みるところありてしか申まうしたりしかど、勝しよう負ぶ聞きかざりしほどは、あひなくよそにて胸むねつぶれはべりしに、いみじき高かう名みやうしたりとなむ、心こころばかりは覚おぼえはべりし」

 とぞ、俊しゆん恵ゑ語かたりはべりし。

第9段 鳰の浮巣

 同おなじ度たび、水みづ鳥とり近ちかく馴なるといふ題だいに、同おなじ人ひと、

子こを思おもふ鳰にほの浮うき巣すの揺ゆられ来きて捨すてじとすれや水み隠がくれもせぬ

 この歌うた、「めづらし」とて勝かちにき。祐いう盛せい法ほふ師し、これを見みて大おほきに難なんじていはく、

「鳰にほの浮うき巣すのやうをえ知しられぬにこそ。かの浮うき巣すは揺ゆられ歩ありくべきものにあらず。海うみの潮しほは満みち干ひるものなれば、それを知しりて、鳰にほの巣すをくふには、葦あしの茎くきを中なかに籠こめて、しかもかれをばくつろげて、めぐりにくひたれば、潮しほ満みてば上うへへ上あがり、潮しほ干ひれば従したがひて下くだるなり。ひとへに揺ゆられ歩ありかむには、風かぜ吹ふかばいづくともなく揺ゆられ出いでて、大おほ波なみにも砕くだかれ、人ひとにも取とられぬべし。されど、その座ざに知しれる人ひとのなかりけるにこそ、勝かちに定さだめられにければ、言いふかひなし」

 とぞ申まうしはべりし。

第10段 「このもかのも」の論

 二に条でう院ゐん和わ歌か好このませおはしましけるとき、岡をか崎ざきの三さん位み、御み侍じ読どくにて候さぶらはれけるに、この道みちの聞きこえ高たかきによりて、清きよ輔すけ朝あ臣そん召めされて殿てん上じやうに候さぶらひけり。いみじき面めん目ぼくなりけるを、ある時ときの御ご会くわいに、清きよ輔すけ、いづれの山やまとか、「このもかのも」といふことを詠よまれたりければ、三さん位みこれを難なんじていはく、

「筑つく波ば山やまにこそ、『このもかのも』とは詠よめ。大おほ方かた、山やまごとにいふべきことにはあらず」

 と難なんぜられければ、清きよ輔すけ申まうしていはく、

「筑つく波ば山やままでは申まうすべきならず。川かはなどにも詠よみはべるべきにこそ」

 とつぶやきければ、三さん位みあざ笑わらひて、

「証しよう歌かをたてまつれ」

 と申まうされけるに、清きよ輔すけのいはく、

「大おほ井ゐ川がはの会くわいに躬み恒つねが序じよ書かけるとき、『大おほ井ゐ川がはのこのもかのも』と書かけること、まさしくはべるものを」

 と言いひ出いでたりければ、諸もろ人びと口くちを閉とぢてやみにけり。

 荒くわう涼りやうにものをば難なんずまじきことなり。

第11段 瀬見の小川のこと

 光みつ行ゆき、賀か茂も社しや歌うた合あはせとてはべりし時とき、予よ、月つきの歌うたに、

石いし川かはや瀬せ見みの小を川がはの清きよければ月つきも流ながれを尋たづねてぞ澄すむ

 と、詠よみてはべりしを、判はん者じやにて師もろ光みつ入にふ道だう、

「かかる川かはやはある」

 とて、負まけになりはべりにき。思おもふところありて詠よみてはべりしかど、かくなりにしかば、いぶかしく覚おぼえはべりしほどに、

「その度たびの判はん者じや、すべて心こころ得えぬこと多おほかり」

 とて、また改あらためて顕けん昭せう法ほふ師しに判はんぜさせはべりし時とき、この歌うたの所ところに判はんしていはく、

「石いし川かは、瀬せ見みの小を川がは、いとも聞きき及およびはべらず。ただし、をかしく続つづけたり。かかる川かはなどのはべるにや。所ところの者ものに尋たづねて定さだむべし」

 とて、ことを切きらず。

 後のちに、顕けん昭せうに会あひたりしとき、このこと語かたり出いでて、

「これは賀か茂も川がはの異い名みやうなり。当たう社しやの縁えん起ぎにはべり」

 と申まうししかば、驚おどろきて、

「かしこくぞおして難なんぜずはべりける。さりとも、顕けん昭せう等らが聞きき及およばぬ名めい所しよあらむやはと思おもひて、ややもせば難なんじつべく覚おぼえはべりしかど、誰たれが歌うたとは知しらねど、歌うたざまのよろしく見みえしかば、ところおきてさやうに申まうしてはべりしなり。これすでに老らうの功こうなり」

 となむ申まうしはべりし。

 その後のち、このことを聞ききて、祢ね宜ぎ祐すけ兼かね大おほきに難なんじはべりき。

「かやうのことは、いみじからむ晴はれの会くわい、もしは国こく王わう、大臣おとどの御ご前ぜんなどにてこそ詠よまめ、かかる褻け事ごとに詠よみたる、無む念ねんなることなり」

 と申まうしはべりしほどに、隆たか信のぶ朝あ臣そんこの川かはを詠よむ。また、顕けん昭せう法ほふ師し、左さ大だい将しやう家けの百ひやく首しゆの歌うた合あはせの時とき、これを詠よむ。祐すけ兼かねいはく、

「さればこそ。我われいみじく詠よみ出いだされたりと思おもはれたれど、代よの末すゑには、いづれか先さきなりけむ、人ひとはいかでか知しらむ。何なにとなくまぎれて、やみぬべかめり」

 と、本ほ意いながりはべりしを、新しん古こ今きん撰えらばれし時とき、この歌うた入いれられたり。いと人ひとも知しらぬことなるを、取とり申まうす人ひとなどのはべりけるにや。すべて、この度たびの集しふに十じつ首しゆ入いりてはべり。これ過くわ分ぶんの面めん目ぼくなるうちにも、この歌うたの入いりてはべるが、生しやう死じの余よ執しふともなるばかり嬉うれしくはべるなり。あはれ無む益やくのことどもかな。

第12段 千載集に予一首入るを喜ぶこと

 千せん載ざい集しふには、予よが歌うた一いつ首しゆ入いれり。

「させる重ぢゆう代だいにもあらず、詠よみ口くちにもあらず。また、時ときにとりて人ひとに許ゆるされたる好かう士しにもあらず。しかあるを、一いつ首しゆにても入いれるは、いみじき面めん目ぼくなり」

 と喜よろこびはべりしを、故こ筑ちく州しう聞ききて、

「このこと、ただなほざりに言いはるるかと思おもふほどに、たびたびになりぬ。まことに思おもひてのたまふことにこそ。さるにては、この道みちに必かならず冥みやう加がおはすべき人ひとなり。そのゆゑは、道だう理りはしかあれど、人ひとのしか思おもふことはありがたきわざなり。この集しふを見みれば、させることなき人ひと々びと、みな十じつ首しゆ、七しち、八はち首しゆ、四し、五ご首しゆ入いれるたぐひ多おほかり。かれらを見みるときは、いかばかりいやましく思おもはるらむと推おし量はかるに、あまりさへかく喜よろこばるる、いみじきことなり。道みちを尊たふとぶには、まづ心こころをうるはしく使つかふにあるなり。今いまの世よの人ひとはみなしかあらず。身みのほども知しらず、心こころ高たかくおごり、かまびすしき憤いきどほりを結むすびて、ことにふれて誤あやまり多おほかり。今いま、思おもひ合あはせられよ」

 となむ申まうしはべりし。

 まことに、この道みちの冥みやう加が、身みのほどにも過すぎたり。古ふるき人ひとの言いへること、必かならずゆゑあり。

第13段 歌仙を立つべからざるの由教訓のこと

 同おなじ人ひと、常つねに教をしへていはく、

「あなかしこあなかしこ、歌うた詠よみな立たてたまひそ。歌うたはよく心こころすべき道みちなり。われらがごとく、あるべきほど定さだまりぬる者ものは、いかなる振ふる舞まひをすれども、それによりて身みのはふるることはなし。そこなどは重ぢゆう代だいの家いへに生うまれて、早はやくみなし子ごになれり。人ひとこそ用もちゐずとも、心こころばかりは思おもふところありて、身みを立たてむと骨ほね張ばるべきなり。しかあるを、歌うたの道みち、その身みに堪たへたることなれば、ここかしこの会くわいに、かまへてかまへてと招せう請じやうすべし。よろしき歌うた詠よみ出いでたらば、面めん目ぼくもあり、道みちの名めい誉よも出いで来きぬべし。さはあれど、所ところ々どころにへつらひ歩ありきて、人ひとに馴ならされたちなば、歌うたにとりて人ひとに知しらるる方かた々がたはありとも、遷せん度どの障さはりとは必かならずなるべかめり。そこたちのやうなる人ひとは、いと人ひとにも知しられずして、さし出いづる所ところには誰たれぞなど問とはるるやうにて、心こころにくく思おもはれたるがよきなり。さて、何なにことをも好このむほどに、その道みちに優すぐれぬれば、錐きり、袋ふくろにたまらずとて、その聞きこえありて、しかるべき所ところの会くわいにも交まじはり、雲うん客かく月げつ卿けいの筵むしろの末すゑに臨のぞむこともありぬべし。これこそ、道みちの遷せん度どにてはあれ。ここかしこの人にん非ぴ人にんがたぐひに連つらなりて、人ひとに知しられ、名なを上あげては、何なににかはせむ。心こころにはおもしろくすすましく思おぼゆとも、必かならず所ところ嫌ぎらひして、やうやうしと人ひとに言いはれむと思おもはるべき」

 となむ教をしへはべりし。

 今いま思おもひ合あはすれば、いみじき恩おんをかうぶれるなり。さるはかしこきもののならひなれば、わが子こなどをだに、おぼろけならでは教けう訓くんすることもなかりしを、かやうにうしろやすく言いひ教をしへけるは、また異ことにあらず。管くわん絃げんの道みちにつけて、跡あと継つぐべき者ものとて、世よにも人ひとにも数かぞへられてあれかしと思おもひけるにこそ。のどかに思おもへば、いとあはれになむ。

第14段 千鳥、鶴の毛衣を着ること

 俊しゆん恵ゑ法ほふ師しが家いへをば歌か林りん苑ゑんと名な付づけて、月つきごとに会くわいしはべりしに、祐いう盛せい法ほふ師し、その会くわい衆しゆにて、寒かん夜や千鳥ちどりといふ題だいに、「千鳥ちどりも着きけり鶴つるの毛け衣ごろも」といふ歌うたを詠よみたりければ、人ひと々びと、「めづらし」など言いふほどに、素そ覚かくといひし人ひと、たびたびこれを詠えいじて、

「おもしろくはべり。ただし、寸すん法ぽふや合あはずはべらん」

 と言いひ出いでたりけるに、とよみになりて、笑わらひののしりければ、ことさめてやみにけり。

「いみじき秀しう句くなれど、かやうになりぬれば、かひなきものなり」

 となむ、祐いう盛せい語かたりはべりし。

 すべては、この歌うたの心こころ得えずはべるなり。鳥とりはみな毛け衣ごろもを衣ころもとするものなれば、ほどにつけて千鳥ちどりもみづから毛け衣ごろも着きずやはあるべき。必かならずしも寸すん法ぽふことのほかなる借かりものすべきにあらず。かの「白しろ妙たへの鶴つるの毛け衣ごろも年とし経ふとも」といふ古こ歌かあるにこそあれ。いづれの鳥とりにも詠よまむに憚はばかりあるべからず。先さきにや申まうしはべりつる建けん春しゆん門もん院ゐんの殿てん上じやうの歌うた合あはせにも、「鴛鴦をしの毛け衣ごろも」と詠よめる歌うたはべり。いささか疑うたがふ人ひとありけれど、判はん者じや、咎とがあるまじきやうになだめられたり。ただし、「鶴つるの毛け衣ごろもは毛けの心こころにはあらず。別べつのことなり。鶴つるばかり持もたるなり」と申まうす人ひとはべれど、いまだその証しようをえ見み及およびはべらず。弘くわう才さいの人ひとに尋たづぬべし。

第15段 歌の風情、忠胤の説法に相似ること

 祐いう盛せい法ほふ師しいはく、

「妙めう荘しやう厳ごん王わうの二に子しの神じん変ぺんを釈しやくするに、『大だい身しんを現げんずれば虚こ空くうに満みち、小せう身しんを現げんずれば芥け子しに入いる』と言いふは世よの常つねのことなるを、かの忠ちゆう胤いんの説せつ法ぽふに、『大だい身しんを現げんずれば虚こ空くうに狭せばたがり、小せう身しんを現げんずれば芥け子しの中なかに所ところあり』と言いへりけるが、いみじき和わ歌かの風ふ情ぜいにてはべるなり。歌うたはかやうに心こころ得えて、古ふることに色いろを添そへつつ、めづらしくとりなすべきなり。さのみ新あたらしき色いろはいかがあり、あへて詠よまれむ」

 となむ語かたりはべりし。

『無名抄』目次
(1)第1段~第15段原文現代語訳
(2)第16段~第40段原文現代語訳
(3)第41段~第70段原文現代語訳
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