無名抄「出で映えすべき歌のこと」原文・語釈・現代語訳
建春門女院の殿上の歌合に
原文
建春門女院の殿上の歌合に、「関路落葉」といふ題に、頼政卿の歌に、
都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関
と詠まれてはべりしを、その度、この題の歌をあまた詠みて、当日まで思ひ煩ひて、俊恵を呼びて見せられければ、
語釈
- 建春門女院:平滋子。後白河天皇の女院。康治元(1142)年生まれ。
- 関路:関所のある道。関所へ通じる道。
- 頼政卿:源頼政。俊恵と同世代の歌人。長治元(1104)年生まれ。
- 白河の関:陸奥の関所。現在の福島県白河市旗宿関ノ森にあった。
- 俊恵:長明の歌の師。永久元(1113)年生まれ。
現代語訳
建春門女院の殿上の歌合で、「関路の落葉」という題で、源頼政卿が歌に、
都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関
都を旅立つ時はまだ青葉だったけれども、紅葉が一面に散り敷いている、ここ白河の関では
とお詠みになられたのを、その度はこの題の歌をたくさん詠んでいたので、当日まで思い悩んで、俊恵を呼んでお見せになったところ、
この歌は、かの能因が
原文
「この歌は、かの能因が『秋風ぞ吹く白河の関』といふ歌に似てはべり。されど、これは出で映えすべき歌なり。かの歌ならねど、かくもとりなしてむと、へしげに詠めるとこそ見えたれ。似たりとて、難とすべきさまにはあらず」
と、計らひければ、今車さし寄せて乗られける時、
語釈
- 能因:永延2(988)年生まれの歌人。
- 出で映え:人前に出て、いっそう見ばえのすること。
- とりなす:ある物を受け取って、別のものに変える。
- へしげ【圧し気】:相手を圧倒する勢い。
- 計らふ:考えを述べる。
現代語訳
「この歌は、かの能因が詠んだ『秋風ぞ吹く白河の関』という歌に似ております。しかし、これは歌合の場に出してこそ、いっそう映えるであろう歌です。能因の歌ではないが、このように変えることもできるものかと、元の歌を圧倒する気持ちで詠んだのだと見えます。似ているからといって、難とすべき歌ではありません」
と、意見を述べたので、頼政卿は今にも車を寄せてお乗りになろうとする時、
貴房の計らひを信じて
原文
「貴房の計らひを信じて、さらばこれを出だすべきにこそ。後の咎はかけ申すべし」
と、言ひかけて出でられにけり。
その度、この歌思ひのごとく出で映えして勝ちにければ、帰りてすなはち喜び言ひつかはしたりけるとぞ。
語釈
- 貴房:僧に対する敬称。
- 計らひ:考え。意見。
- 後の咎:あとの責任。後日の批判。
- 言ひかく:言葉をかける。
- 言ひつかはす:伝言の使いにやる。
- 喜び:お礼:
現代語訳
「俊恵殿のご意見を信じて、それならばこの歌を出すことにしましょう。後で批判されたら何とか言ってくださいね」
と、言葉をかけてお出かけになられた。
その度、この歌は思った通りに歌合の場で出映えして勝ったので、頼政卿はお帰りになるとすぐにお礼の使いを出させたということだ。
見るところありて
原文
「見るところありてしか申したりしかど、勝負聞かざりしほどは、あひなくよそにて胸つぶれはべりしに、いみじき高名したりとなむ、心ばかりは覚えはべりし」
とぞ、俊恵語りはべりし。
語釈
- あひなく:ただもう。わけもなく。
- 胸つぶる:胸がどきどきする。
- 高名:手柄を立てること。
現代語訳
「見所があったのであのように申し上げましたが、勝負の結果を聞かないうちは、ただもうよそながら胸がつぶれんばかりでしたが、我ながら良い仕事をしたなと、心の中で思いました」
と、俊恵は語られました。
無名抄「出で映えすべき歌のこと」原文全文
建春門女院の殿上の歌合に、「関路落葉」といふ題に、頼政卿の歌に、
都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関
と詠まれてはべりしを、その度、この題の歌をあまた詠みて、当日まで思ひ煩ひて、俊恵を呼びて見せられければ、
「この歌は、かの能因が『秋風ぞ吹く白河の関』といふ歌に似てはべり。されど、これは出で映えすべき歌なり。かの歌ならねど、かくもとりなしてむと、へしげに詠めるとこそ見えたれ。似たりとて、難とすべきさまにはあらず」
と、計らひければ、今車さし寄せて乗られける時、
「貴房の計らひを信じて、さらばこれを出だすべきにこそ。後の咎はかけ申すべし」
と、言ひかけて出でられにけり。
その度、この歌思ひのごとく出で映えして勝ちにければ、帰りてすなはち喜び言ひつかはしたりけるとぞ。
「見るところありてしか申したりしかど、勝負聞かざりしほどは、あひなくよそにて胸つぶれはべりしに、いみじき高名したりとなむ、心ばかりは覚えはべりし」
とぞ、俊恵語りはべりし。

無名抄「出で映えすべき歌のこと」現代語訳全文
建春門女院の殿上の歌合で、「関路の落葉」という題で、源頼政卿が歌に、
都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関
都を旅立つ時はまだ青葉だったけれども、紅葉が一面に散り敷いている、ここ白河の関では
とお詠みになられたのを、その度はこの題の歌をたくさん詠んでいたので、当日まで思い悩んで、俊恵を呼んでお見せになったところ、
「この歌は、かの能因が詠んだ『秋風ぞ吹く白河の関』という歌に似ております。しかし、これは歌合の場に出してこそ、いっそう映えるであろう歌です。能因の歌ではないが、このように変えることもできるものかと、元の歌を圧倒する気持ちで詠んだのだと見えます。似ているからといって、難とすべき歌ではありません」
と、意見を述べたので、頼政卿は今にも車を寄せてお乗りになろうとする時、
「俊恵殿のご意見を信じて、それならばこの歌を出すことにしましょう。後で批判されたら何とか言ってくださいね」
と、言葉をかけてお出かけになられた。
その度、この歌は思った通りに歌合の場で出映えして勝ったので、頼政卿はお帰りになるとすぐにお礼の使いを出させたということだ。
「見所があったのであのように申し上げましたが、勝負の結果を聞かないうちは、ただもうよそながら胸がつぶれんばかりでしたが、我ながら良い仕事をしたなと、心の中で思いました」
と、俊恵は語られました。

