『方丈記』後半で鴨長明がたどり着いたのは、豪華な暮らしでも、世間からの評価でもありませんでした。
粗末な衣服をまとい、小さな庵に住み、自然の恵みで命をつなぐ――そんな静かな暮らしの中で、長明は「三界はただ心一つなり」と語ります。
『方丈記』「世は心次第」では、貧しさや孤独そのものではなく、物事をどう受け止めるかという“心のあり方”について、長明自身の実感をもって描かれています。
なぜ長明は、小さな庵暮らしを心から愛するようになったのでしょうか。
原文・現代語訳・語釈付きで紹介します。

方丈記「世は心次第」原文・語釈・現代語訳
衣食のたぐひ、また同じ
原文
衣食のたぐひ、また同じ。藤の衣、麻の衾、得るに従ひて肌を隠し、野の辺のおはぎ、峰の木の実、わづかに命を継ぐばかりなり。
語釈
- ふぢのころも【藤の衣】:藤や葛の繊維で作った粗末な服。
- あさのふすま【麻の衾】:麻布で造った寝具。
- おはぎ:ヨメナの古名。食用になる。
現代語訳
衣食のたぐいもまた、同じである。藤の衣服、麻の寝具は、得られたもので肌を隠せればいい。野辺のヨメナ、峰の木の実は、かろうじて命をつなげれば十分である。
人に交はらざれば
原文
人に交はらざれば、姿を恥づる悔もなし。糧乏ければ、おろそかなる報を甘くす。
語釈
- おろそか【疎か】:粗末だ。簡素だ。
- あまくす【甘くす】:おいしいものにする。おいしく感じさせる。
現代語訳
人と交流することがなければ、自分の姿が恥ずかしいと悔やむこともない。食糧が乏しければ、粗末な物も美味しく感じられる。
すべて、かやうの楽しみ
原文
すべて、かやうの楽しみ、富める人に対して言ふにはあらず。ただ、わが身一つにとりて、昔、今とをなぞらふるばかりなり。
語釈
- なぞらふ【準ふ・准ふ・擬ふ】:比べる。
現代語訳
すべて、このような楽しみは、富める人に対して言うのではない。ただ、我が身一つについて、昔と今とを比べているだけである。
それ、三界はただ心一つなり
原文
それ、三界はただ心一つなり。心もし安からずは、象馬七珍も由なく、宮殿楼閣も望みなし。
語釈
- さんがい【三界】:〘仏教語〙すべての衆生が生死をくりかえす3つの迷いの世界。欲界・色界・無色界のこと。
- ざうめ【象馬】:象や馬のような貴重な家畜。経典の中で宝物とされる。
- しつちん【七珍】:〘仏教語〙七種の宝物。金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・瑪瑙・珊瑚。七宝。
- よしなし【由無し】:つまらない。取るに足りない。無益だ。無用だ。
- ろうかく【楼閣】:高層の建物。
現代語訳
そう、三界はただ、心の持ちようである。もし、心が安らかでなければ、象や馬のような珍しい宝も無益に感じ、宮殿や楼閣を望むこともない。
今、さびしき住まひ
原文
今、さびしき住まひ、一間の庵、みづからこれを愛す。
現代語訳
今、この寂しい住まい、一間の庵、自らこれを愛する。
おのづから都に出でて
原文
おのづから都に出でて、身の乞丐となれる事を恥づといへども、帰りてここに居る時は、他の俗塵に馳する事をあはれむ。
語釈
- おのづから【自ら】:たまたま。まれに。
- こつがい【乞丐】:物もらい。こじき。
- ぞくぢん【俗塵】:俗世のちり。俗世間のわずらわしい諸事。
- はす【馳す】:あくせくとかけまわる。
- あはれむ:かわいそうに思う。気の毒だと思う。
現代語訳
まれに都へ出れば、我が身が乞食となっていることを、恥ずかしく思うことはある。けれども、帰宅してここに居る時は、人々が俗世にまみれていることを憐れむ。
もし、人、この言へる事を疑はば
原文
もし、人、この言へる事を疑はば、魚と鳥のありさまを見よ。魚は、水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は、林を願ふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。閑居の気味も、また同じ。住まずして、誰か悟らむ。
語釈
- かんきよ【閑居】:俗世間を離れて静かに暮らすこと。
- きび【気味】:趣。味わい。
- さとる【悟る・覚る】:深く理解する。詳しく知る。わかる。
現代語訳
もし、誰か、この発言を疑うならば、魚と鳥のありさまを見よ。魚は、水に飽きることはない。魚でなければ、その気持ちはわからない。鳥は、林を願う。鳥でなければ、その気持ちはわからない。閑居の味わいも、また同じ。住まずして、誰が理解できようか。

方丈記「世は心次第」原文全文
衣食のたぐひ、また同じ。藤の衣、麻の衾、得るに従ひて肌を隠し、野の辺のおはぎ、峰の木の実、わづかに命を継ぐばかりなり。
人に交はらざれば、姿を恥づる悔もなし。糧乏ければ、おろそかなる報を甘くす。
すべて、かやうの楽しみ、富める人に対して言ふにはあらず。ただ、わが身一つにとりて、昔、今とをなぞらふるばかりなり。
それ、三界はただ心一つなり。心もし安からずは、象馬七珍も由なく、宮殿楼閣も望みなし。
今、さびしき住まひ、一間の庵、みづからこれを愛す。
おのづから都に出でて、身の乞丐となれる事を恥づといへども、帰りてここに居る時は、他の俗塵に馳する事をあはれむ。
もし、人、この言へる事を疑はば、魚と鳥のありさまを見よ。魚は、水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。鳥は、林を願ふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。閑居の気味も、また同じ。住まずして、誰か悟らむ。

方丈記「世は心次第」現代語訳全文
衣食のたぐいもまた、同じである。藤の衣服、麻の寝具は、得られたもので肌を隠せればいい。野辺のヨメナ、峰の木の実は、かろうじて命をつなげれば十分である。
人と交流することがなければ、自分の姿が恥ずかしいと悔やむこともない。食糧が乏しければ、粗末な物も美味しく感じられる。
すべて、このような楽しみは、富める人に対して言うのではない。ただ、我が身一つについて、昔と今とを比べているだけである。
そう、三界はただ、心の持ちようである。もし、心が安らかでなければ、象や馬のような珍しい宝も無益に感じ、宮殿や楼閣を望むこともない。
今、この寂しい住まい、一間の庵、自らこれを愛する。
まれに都へ出れば、我が身が乞食となっていることを、恥ずかしく思うことはある。けれども、帰宅してここに居る時は、人々が俗世にまみれていることを憐れむ。
もし、誰か、この発言を疑うならば、魚と鳥のありさまを見よ。魚は、水に飽きることはない。魚でなければ、その気持ちはわからない。鳥は、林を願う。鳥でなければ、その気持ちはわからない。閑居の味わいも、また同じ。住まずして、誰が理解できようか。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。
『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪


