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『無名抄』原文(3)第41段~第70段(全文ルビ付き)

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『無名抄』の原文を、4ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(3)には、第41段「歌の半臂の句」から第70段「式部・赤染勝劣のこと」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『無名抄』現代語訳(3)をご覧ください。

『無名抄』目次
(1)第1段~第15段原文現代語訳
(2)第16段~第40段原文現代語訳
(3)第41段~第70段原文現代語訳
(4)第71段~第83段原文現代語訳
目次

第41段 歌の半臂の句

 俊しゆん恵ゑ、物もの語がたりのついでに問とひていはく、

「遍へん昭ぜう僧そう正じやうの歌うたに

たらちねはかかれとてしもむばたまのわが黒くろ髪かみをなでずやありけむ

この歌うたの中なかに、いづれの言葉ことばかことに優すぐれたる。覚おぼえむままにのたまへ」

 と言いふ。

 予よ、いはく、

「『かかれとてしも』といひて、『むばたまの』と休やすめたるほどこそは、ことにめでたくはべれ」

 と言いふ。

「かくなり、かくなり。早はやく歌うたは境さかひに入いられにけり。歌うた詠よみはかやうのことにあるぞ。それにとりて、『月つき』といはむとて『ひさかた』と置おき、『山やま』といはむとて『あしびき』といふは常つねのことなり。されど、初はじめの五いつ文字もじにてはさせる興きようなし。腰こしの句くによく続つづけて言葉ことばの休やすめに置おきたるは、いみじう歌うたの品しなも出いでき、ふるまへるけすらひともなるなり。古ふるき人ひと、これをば『半はん臂ぴの句く』とぞいひはべりける。半はん臂ぴはさせる用ようなきものなれど、装しやう束ぞくの中なかに飾かざりとなるものなり。歌うたの三さん十じふ一いち字じ、いくほどもなきうちに思おもふことをいひ極きはめむには、むなしきことをば一ひと文字もじなりとも増ますべくもあらねど、この半はん臂ぴの句くは必かならず品しなとなりて、姿すがたを飾かざるものなり。姿すがたに華くわ麗れい極きはまりぬれば、またおのづから余よ情せいとなる。これを心こころ得うるを、境さかひに入いるといふべし。よくよくこの歌うたを案あんじてみたまへ。半はん臂ぴの句くも詮せんは次つぎのことぞ。眼まなこはただ『とてしも』といふ四よ文字もじなり。かくいはずは、半はん臂ぴ詮せんなからましとこそ見みえたれ」

 となむはべりし。

第42段 蘇合の姿

 そもそも、楽がくの中なかに蘇そ合がふといふ曲きよくあり。これを舞まふには、五ご帖でふまで帖でふ々でふをきれぎれに舞まひ、終をはりてのち破はを舞まふ。やがて続つづけて急きふを舞まふべきに、急きふの初はじめ一いつ反たんをばまことに舞まふことなし。型かたのごとく拍ひやう子しばかりに足あしを踏ふみ合あはせて、うち休やすみつつ、二に反たんの初はじめよりうるはしくて舞まふなり。このけすらひは、違たがはぬ半はん臂ぴの句くの心こころなり。歌うたと楽がくと道みち異ことなれど、めでたきことはおのづから通かよへるなるべし。通かよはして知しらざらむ人ひとは、何なにとかは思おもひ分わかむ。型かたのごとく、両りやう方はうを心こころ得えて思おもふためには、ことに興きようあることなり。されば、蘇そ合がふをば半はん臂ぴの句くある舞まひといひ、この歌うたのさまをば蘇そ合がふの姿すがたともいひてむかし。

第43段 上の句劣れる秀歌

 俊しゆん恵ゑいはく、

「歌うたは秀しう句くを思おもひ得えたれども、本もと末すゑいひかなふることの難かたきなり。後ご徳とく大だい寺じ左さ府ふの御み歌うたに、

なごの海うみの霞かすみの間まよりながむれば入いる日ひを洗あらふ沖おきつ白しら波なみ

頼より政まさ卿きやうの歌うたに

住すみ吉よしの松まつの木こ間のまよりながむれば月つき落おちかかる淡あは路ぢ島しま山やま

この両りやう首しゆ、ともに上かみの句く思おもふやうならぬ歌うたなり。『入いる日ひを洗あらふ』といひ、『月つき落おちかかる』などいへる、いみじき言葉ことばなれど、胸むね、腰こしの句くをばえいひかなへず、遺ゐ恨こんのことなり」。

第44段 歌言葉の糟糠

 二に条でうの中ちゆう将じやう(雅まさ経つね)談かたりていはく、

「歌うたには、この文字もじのなくもがなと思おぼゆることのあるなり。兼かね資すけといふ者ものの歌うたに、

月つきは知しるや憂うき世よの中なかのはかなさをながめてもまたいくめぐりかは

これはよろしく詠よめるにとりて、『世よの中なか』の『なか』といふ二ふたつ文字もじがいみじう悪わろきなり。ただ、『憂うき世よのはかなさを』といはまほしきなり。

また、頼より政まさ卿きやうの歌うたに、

澄すみのぼる月つきの光ひかりに横よこぎれて渡わたるあきさの音おとの寒さむけさ

これも『ひかり』といふ三み文字もじの悪わろきなり。『月つきに横よこぎれて』とあらば、今いま少すこしきらきらしく聞きこゆべきなり。この言葉ことばをば歌うたの中なかの疵きずとやいふべからむ。深ふかく思おもひ入いれざらむ人ひとはわきまへがたし」。

第45段 歌をいたくつくろへば必ず劣ること

 覚かく盛せい法ほふ師しがいはく、

「歌うたはあらあらしくとめもあはぬやうなる、一ひとつの姿すがたなり。それをあまり細さい工くみてとかくすれば、はてにはまれまれものめかしかりつるところさへ失うせて、何なににてもなき小こ物ものになるなり」

 と申まうしし、さもと聞きこゆ。

 季すゑ経つね卿きやうの歌うたに、

年としを経へて返かへしもやらぬ小を山やま田だは種たね貸かす人ひともあらじとぞ思おもふ

 この歌うた、艶えんなるかたこそなけれど、一ひと節ふしいひて、さる体ていの歌うたと見みたまへしを、年とし経へてのちかの集しふの中なかにはべるを見みれば、

賤しづの男をが返かへしもやらぬ小を山やま田だにさのみはいかが種たねを貸かすべき

 これは直なほされたりけるにや。いみじうけ劣おとりて覚おぼえはべるなり。よくよく心こころすべきことにこそ。

第46段 秀句によりて心劣りすること

 円ゑん玄げん阿あ闍ざ梨りといひし人ひとの歌うたに、

夕ゆふ暮ぐれに難なに波はの浦うらをながむれば霞かすみに浮うかぶ沖おきの釣つり舟ぶね

 この歌うたは優いうなれど、主あるじの心こころ劣おとりせらるる歌うたなり。そのゆゑは、「霞かすみに浮うかぶ沖おきの釣つり舟ぶね」といへる、わりなき節ふしを思おもひ寄よりなむにとりては、いかが「夕ゆふ暮ぐれに難なに波はの浦うらをながむれば」といふ上かみの句くをば置おかむ。まことに無む念ねんに見み所どころもなき言葉ことば続つづきなりかし。同おなじ浦うらなりとも、夕ゆふ暮ぐれなりとも、めづらしきやうに思おもふところありて続つづく方かたもはべりなむものを、さほど手てづつにて、いかにして下しもの句くをば思おもひ寄よりけるにかと覚おぼえはべるなり。

第47段 案じ過ぎて失となること

 愚ぐ詠えいの中なかに、

時雨しぐれにはつれなくもれし松まつの色いろを降ふりかへてけり今朝けさの初はつ雪ゆき

 これを俊しゆん恵ゑ難なんじていはく、

「ただ『つれなく見みえし』といふべきなり。あまりわりなくわかせるほどに、かへりて耳みみ止とまる節ふしとなれるなり。ある所ところの歌うた合あはせに、霞かすみを俊しゆん恵ゑが歌うたに、

夕ゆふなぎに由ゆ良らの門と渡わたる海女あま小を舟ぶね霞かすみのうちに漕こぎぞ入いりぬる

その度たびの会くわいに、清きよ輔すけ朝あ臣そん、ただ同おなじやうに詠よみたりしにとりて、かれは『霞かすみの底そこに』と詠よめりしを、人ひとの『入いり海うみかと思おぼゆ』と難なんじはべりしなり。のさびなるところをば、ただ世よの常つねにいひ流ながすべきをいたく案あんじ過すぐしつれば、かへりて耳みみ止とまる節ふしとなるなり。たとへば、糸いとをよる人ひとの、いたくけうらによらむと、より過すぐしつれば、節ふしとなるがごとし。これをよく計はからふを上じやう手ずといふべし。風ふ情ぜいはおのづから出いで来くるものなれば、ほどにつけつつ求もとめ得うることもあれど、かやうのことに上じやう手ずにて、そのけぢめは見みゆるなり。されば、えせ歌うた詠よみの秀しう句くには、多おほくは足たらぬところの出いで来くるぞかし」。

第48段 静縁こけ歌詠むこと

 静じやう縁えん法ほふ師し、みづからが歌うたを語かたりていはく、

鹿しかの音ねを聞きくにわれさへ泣なかれぬる谷たにの庵いほは住すみ憂うかりけり

「とこそつかうまつりてはべれ。いかがはべる」

 と言いふ。

 予よがいはく、

「よろしくはべり。ただし『泣なかれぬる』といふ言葉ことばこそ、あまりこけ過すぎていかにぞや覚おぼえはべれ」

 と言いふを、静じやう縁えん法ほふ師しいはく、

「その言葉ことばをこそこの歌うたの詮せんとは思おもひたまふるに、この難なんはことのほかに覚おぼえはべり」

 とて、いみじく悪わろく難なんずると思おもひげにて去さりぬ。

 よしなく覚おぼゆるままにものを言いひて、心こころすべかりけることを、と悔くやしく思おもふほどに、十日とをかばかりありて、また来きたりて言いふやう、

「一日ひとひの歌うた難なんじたまひしを、隠かくれごとなし、心こころ得えず思おもひたまへて、いぶかしく覚おぼえはべりしままに、さはいふとも、大たい夫ふ公こうのもとに行いきてこそ、わが僻ひが事ごとを思おもふか、人ひとの悪あしく難なんじたまふか、ことをば切きらめと思おもひて、行いきて語かたりはべりしかば、『なでふ、御ご房ばうのかかるこけ歌うた詠よまるるぞとよ。「泣なかれぬる」とは何なに事ごとぞ。さまでなの心こころ根ねや』となむ、はしたなめられてはべりし。されば、よく難なんじたまひけり。我われ悪あしく心こころ得えたりけるぞと、おこたり申まうしにまうでたるなり」

 と言いひて帰かへりはべりにき。心こころの清きよさこそありがたくはべれ。

第49段 代々恋の中の秀歌

 俊しゆん恵ゑ語かたりていはく、

「故こ左さ京きやうの大だい夫ぶ顕あき輔すけ語かたりていはく、『後ご拾しふ遺ゐの恋こひの歌うたの中なかには、

夕ゆふ暮ぐれは待またれしものを今いまはただ行ゆくらむ方かたを思おもひこそやれ

これを面おもて歌うたと思おもへり。金きん葉えふ集しふには、

待まちし夜よの更ふけしを何なにに嘆なげきけむ思おもひ絶たえても過すぐしける身みを

これを優すぐれたる恋こひとせり。わが撰えらべる詞し花くわ集しふには、

忘わすらるる人ひと目めばかりを嘆なげきにて恋こひしきことのなからましかば

この歌うたをかの類たぐひにせむとなむ思おもひたまふる。いとかれらにも劣おとらず、けしうはあらずこそはべれ』と言いはれけり。しかあるを、俊しゆん恵ゑが歌か苑ゑん抄せうの中なかには、

ひと夜よとて夜よ離がれし床とこのさむしろにやがても塵ちりの積つもりぬるかな

これをなむ面おもて歌うたと思おもひたまふる、いかがはべらむ」

 とぞ。

 今いまこれらに心こころづきて、新しん古こ今きんを見みれば、わが心こころに優すぐれたる歌うた、三さん首しゆ見みゆ。いづれとも分わきがたし。後のちの人ひと定さだむべし。

かくてさは命いのちや限かぎりいたづらに寝ねぬ夜よの月つきの影かげをのみ見みて

野の辺べの露つゆは色いろもなくてやこぼれつる袖そでより過すぐる荻をぎの上うは風かぜ

帰かへるさのものとや人ひとのながむらむ待まつ夜よながらの有あり明あけの月つき

 俊しゆん恵ゑいはく、

「顕あき輔すけ卿きやうの歌うたに、

逢あふと見みてうつつのかひはなけれどもはかなき夢ゆめぞ命いのちなりける

この歌うたを俊とし頼より朝あ臣そん感かんじていはく、

『これは椋むくの葉は磨みがきして、鼻はな脂あぶら引ひける御み歌うたなり。世よの常つねの人ひとならば、うつつのかひはなけれどもはかなき夢ゆめぞ嬉うれしかりける、とぞ詠よままし。誰たがかくは詠よまむぞ』

とぞ讃ほめられける」。

第50段 歌人は証得すべからざること

 俊しゆん恵ゑに和わ歌かの師し弟ていの契ちぎり結むすびはべりし初はじめの言葉ことばにいはく、

「歌うたは極きはめたる故こ実じつのはべるなり。われをまことに師しと頼たのまれば、このこと違たがへらるな。そこは必かならず末すゑの世よの歌か仙せんにていますかるべき上うへに、かやうに契ちぎりをなさるれば申まうしはべるなり。あなかしこあなかしこ、われ人ひとに許ゆるさるるほどになりたりとも、証しよう得とくして、われは気け色しきしたる歌うた詠よみたまふな。ゆめゆめあるまじきことなり。後ご徳とく大だい寺じの大臣おとどは、左さ右うなき手てだりにていませしかど、その故こ実じつなくて、今いまは詠よみ口くち後ご手てになりたまへり。そのかみ前さきの大だい納な言ごんなど聞きこえしとき、道みちを執しふし、人ひとを恥はぢて、磨みがき立たてたりしときのままならば、今いまは肩かた並ならぶ人ひと少すくなからまし。われ至いたりにたりとて、この頃ころ詠よまるる歌うたは少すこしも思おもひ入いれず、やや心こころづきなき言葉ことばうち混まぜたれば、何なにによりてかは秀しう歌かも出いで来こむ。秀しう逸いつなければまた人ひと用もちゐず。歌うたは当たう座ざにこそ、人ひとがらによりて良よくも悪あしくも聞きこゆれど、後朝きぬぎぬに今いま一ひと度たび静しづかに見みたる度たびは、さはいへども、風ふ情ぜいもこもり、姿すがたも素す直なほなる歌うたこそ見み通とほしほしははべれ。かく聞きこゆるはをこのためしなれど、俊しゆん恵ゑはこの頃ころもただ初しよ心しんの頃ころのごとく歌うたを案あんじはべり。また、わが心こころをば次つぎにして、あやしけれど、人ひとの讃ほめも謗そしりもするを用もちゐはべるなり。これは古ふるき人ひとの教をしへはべりしことなり。このことを保たもてる験しるしにや、さすがに老おい果はてたれど、俊しゆん恵ゑを詠よみ口くちならずと申まうす人ひとはなきぞかし。また、異こと事ごとにあらず、この故こ実じつを誤あやまたぬゆゑなり」。

第51段 非歌仙、歌の難したること

 歌うたは名なに流ながれたる歌うた詠よみならねど、理ことわりを先さきとして耳みみ近ぢかき道みちなれば、あやしの者ものの心こころにもおのづから善ぜん悪あくは聞きこゆるなり。長なが守もり語かたりていはく、

「述じゆつ懐くわいの歌うたどもあまた詠よみはべりし中なかに、ざれごと歌うたに、

火ひおこさぬ夏なつの炭すび櫃つの心ここ地ちして人ひともすさめずすさまじの身みや

と詠よめるを、十じふ二にになる女をんな子ごのこれを聞ききて、

『冬ふゆの炭すび櫃つこそ火ひのなきは今いま少すこしすさまじけれ。などさは詠よみたまはぬぞ』

と申まうしはべりしに、難なんぜられて述のぶる方かたなくなむ」

 と語かたりしこそ、げにをかしかりしか。

第52段 思ひ余る頃、自然に歌詠まるること

 また、心こころにいたく思おもふことになりぬれば、おのづから歌うたは詠よまるるなり。金きん葉えふ集しふに、詠よみ人びと知しらずとてはべるかとよ。

身みの憂うさを思おもひしとけば冬ふゆの夜よもとどこほらぬは涙なみだなりけり

 この歌うたは、仁にん和な寺じの淡あは路ぢの阿あ闍ざ梨りといひける人ひとの妹いもうとのもとなりける生なま女によう房ばうの、いたく世よをわびて詠よみたりける歌うたなり。もとより歌うた詠よみならねば、また詠よめる歌うたもなし。ただ思おもふあまりに、おのづからいはれたりけるにこそ。

第53段 範兼の家の会優なること

 俊しゆん恵ゑいはく、

「和わ歌か会くわいのありさまの、げにげにしく優いうに覚おぼえしことは、次つぎの所ところにとりては、近ちかくは範のり兼かね卿きやうの家いへの会くわいのやうなることはなし。亭てい主しゆのさる人ひとにて、いみじうもてなして、ことに触ふれつつれうじならず。人ひとに恥はぢ、道みちを執しふして、讃ほむべきをば感かんじ、謗そしるべきをば難なんじ、ことごとにはえありて、乱みだれがはしきことゆめにもなかりしかば、さし入いる人ひともみなその趣おもむきに従したがひて、いかでよろしく詠よみ出いでむと思おもへりき。さればよき歌うたも出いで来き、はかなく珍めづらしき一ひと節ふしを思おもひ寄よれるにつけても、かひがひしき心ここ地ちして、いさましくなむありし。兼けん日じつの会くわいにはみな歌うたを懐くわい中ちゆうして、当たう日じつの儀ぎ、いたづらに程ほどを経ふることなし。もし当たう座ざに会くわいあれば、おのおの所ところ々どころにさし退しりぞきつつ、沈ちん思ししあひたるさまなどまでも、艶えんにあらまほしくはべりしかば、させることなき歌うたも、ことがらに飾かざられて艶えんに聞きこえはべりき」

第54段 近代の会狼藉のこと

「この頃ころ、人ひと々びとの会くわいに連つらなりてみれば、まづ会くわい所しよのしつらひより初はじめて、人ひとの装しやう束ぞくのうちとけたるさま、おのおのが気け色しき有あり様さま、乱みだれがはしきこと限かぎりなし。いみじう十日とをか、二十日はつかかけて題だいを出いだしたれど、日ひ頃ごろは何なにわざをしけるにか、当たう座ざにのみ歌うたを案あんじて、すずろに夜よを更ふかして興きようをさまし、披ひ講かうの時ときを分わかず心こころ々ごころに物もの語がたりをし、先せん達だつにも恥はぢず、面めん々めんに証しよう得とくしたる気け色しきどもははなはだしけれど、げに歌うたのさまを知しりて讃ほめ謗そしる人ひとはなし。まれまれ古ふるき人ひとの良よき悪あしきを定さだむるも、人ひとの気け色しきを計はからひて、偏へん頗ぱを先さきとしたれば、案あんずるにつけてもあぢきなく、よろしき歌うたを詠よめるにつけても、夜よるの錦にしきに異ことならず。高たかく詠えいずるを良よきこととて、首くび筋すぢをいららかし、声こゑをよりあはせたるさまなど、いみじう心こころづきなし。すべて賑にぎははしきにつけても品しななく、優やさしがるにつけてもわざとびたり。げには人ひとの心こころの底そこまで好すかずして、ただ人ひとまねに道みちを好このむゆゑなめりとぞ覚おぼえはべる」

 とぞ。

第55段 俊成入道の物語

 五ご条でう三さん位み入にふ道だういはく、

「俊しゆん恵ゑは当たう世せいの上じやう手ずなり。されど、俊とし頼よりにはなほ及およびがたし。俊とし頼よりはまのなく、思おもひ至いたらぬくまなく、一方ひとかたならず詠よめるが、力ちからも及およばぬなり。今いまの世よには、頼より政まさこそいみじき上じやう手ずなれ。かれだに座ざにあれば、目めのかけられて、かれにこと一ひとつせられぬと思おぼゆるなり」。

第56段 頼政歌道に好けること

 俊しゆん恵ゑいはく、

「頼より政まさ卿きやうはいみじかりける歌か仙せんなり。心こころの底そこまで歌うたになりかへりて、常つねにこれを忘わすれず心こころにかけつつ、鳥とりの一ひと声こゑ鳴なき、風かぜのそそと吹ふくにも、まして花はなの散ちり、葉はの落おち、月つきの出いで入いり、雨あめ・雪ゆきなどの降ふるにつけても、立たち居ゐ起おき臥ふしに風ふ情ぜいをめぐらさずといふことなし。まことに秀しう歌かの出いで来くるも理ことわりとぞ思おぼえはべりし。かかれば、しかるべき時とき名な上あげたる歌うたども、多おほくは擬ぎ作さくにてありけるとかや。大おほ方かた、方かた々がたの会くわいの座ざに連つらなりて、歌うたうち詠えいじ、良よき悪あしき理ことわりなどせられたる気け色しきも、深ふかく心こころに入いれることと見みえていみじかりしかば、かの人ひとのある座ざには何なにこともはえあるやうにはべりしなり」。

第57段 清輔弘才のこと

 勝しよう命みやういはく、

「清きよ輔すけ朝あ臣そん、歌うたの方かたの弘くわう才さいは肩かた並ならぶ人ひとなし。いまだよも見み及およばれじと思おぼゆることを、わざとかまへて求もとめ出いでて尋たづぬれば、みなもとより沙さ汰たし古ふるされたることどもにてなむはべりし。晴はれの歌うた詠よまむとては、

『大だい事じはいかにも古こ集しふを見みてこそ』

と言いひて、万まん葉えふ集しふをぞ返かへす返がへす見みられはべりし」。

第58段 俊成の自讃歌のこと

 俊しゆん恵ゑいはく、

「五ご条でうの三さん位み入にふ道だうの御み許もとに参まうでたりしついでに、

『御ご詠えいの中なかには、いづれをか優すぐれたりと思おぼほす。人ひとはよそにてやうやうに定さだめはべれど、それをば用もちゐはべるべからず。まさしくうけたまはらむ』

と聞きこえしかば、

夕ゆふされば野の辺べの秋あき風かぜ身みにしみて鶉うづら鳴なくなり深ふか草くさの里さと

『これをなむ、身みにとりてのおもて歌うたと思おもひたまふる』

と言いはれしを、俊しゆん恵ゑまたいはく、

『世よにあまねく人ひとの申まうしはべるには、

面おも影かげに花はなの姿すがたを先さき立だてて幾いく重へ越こえ来きぬ峰みねの白しら雲くも

これを優すぐれたるやうに申まうしはべるはいかに』

と聞きこゆ。

『いさ、よそにはさもや定さだめはべるらむ、知しりたまへず。なほみづからは、先さきの歌うたには言いひ較くらぶべからず』

とぞはべりし」

第59段 俊恵俊成の秀歌を難ずること

 と語かたりて、これをうちうちに申まうししは、

「かの歌うたは、『身みにしみて』といふ腰こしの句くの、いみじう無む念ねんに覚おぼゆるなり。これほどになりぬる歌うたは、景けい気きを言いひ流ながして、ただ空そらに身みにしみけむかしと思おもはせたるこそ、心こころにくくも優いうにもはべれ。いみじく言いひもてゆきて、歌うたの詮せんとすべき節ふしをさはさはと言いひ表あらはしたれば、むげにこと浅あさくなりぬるなり」

 とぞ。

第60段 俊恵の秀歌

 そのついでに、

「わが歌うたの中なかには、

み吉よし野のの山やまかき曇くもり雪ゆき降ふればふもとの里さとはうちしぐれつつ

これをなむ、かの類たぐひにせむと思おもひたまふる。もし世よの末すゑに、おぼつかなく言いふ人ひともあらば、『かくこそ言いひしか』と語かたりたまへ」

 とぞ。

第61段 俊成・清輔の歌の判、偏頗あること

 顕けん昭せういはく、

「この頃ころの和わ歌かの判はんは、俊しゆん成ぜい卿きやう、清きよ輔すけ朝あ臣そん、左さ右うなきことなり。しかあるを、ともに偏へん頗ぱある判はん者じやなるにとりて、その様やうの変かはりたるなり。俊しゆん成ぜい卿きやうは、われも僻ひが事ごとをすと思おもひはまへる気け色しきにて、いともあらがはず、

『世よの中なかの習ならひなれば、さなくもいかがは』

などやうに言いはれき。清きよ輔すけ朝あ臣そんは、外げ相さうはいみじう清せい廉れんなるやうにて、偏へん頗ぱといふこと、つゆも気け色しきにあらはさず。おのづから人ひとの傾かたぶくことなどもあれば、気け色しきを誤あやまりてあらがひ論ろんぜられしかば、人ひとのみなそのよしを心こころ得えて、さらに言いひ出いづることもなかりき」。

第62段 作者を隠すこと

 大おほ方かたは、歌うたを判はんずるには作さく者しやを隠かくすといひながら、ひとへに知しらぬもゆゆしき大だい事じなり。また、名な顕あらはれたるもはばからはしく、表おもてに負まくること多おほかり。ただ隠かくせるやうにて、内うち々うちにいささか心こころ得えたるがめでたきなり。

第63段 道因歌に志深きこと

 この道みちに心こころざし深ふかかりしことは、道だう因いん入にふ道だう並ならびなき者ものなり。七しち、八はち十じふになるまで、秀しう歌か詠よませたまへと祈いのらむため、徒歩かちより住すみ吉よしへ月つき詣まうでしたる、いとありがたきことなり。

 ある歌うた合あはせに、清きよ輔すけ判はん者じやにて、道だう因いんが歌うたを負まかしたりければ、わざと判はん者じやのもとにまうでて、まめやかに涙なみだを流ながしつつ、泣なき恨うらみければ、亭てい主しゆ、言いはむ方かたなく、

「かばかりの大だい事じにこそあはざりつれ」

 とぞ語かたられける。

 九く十じふばかりになりては、耳みみなどもおぼろなりけるにや、会くわいのときはことさらに講かう師じの座ざの際きはに分わけ寄よりて、脇わき元もとにつぶと添そひ居ゐて、みづはさせる姿すがたに耳みみを傾かたぶけつつ、他た事じなく聞ききける気け色しきなど、なほざりのこととは見みえざりき。

 千せん載ざい集しふ撰えらばれはべりしことは、かの入にふ道だう失うせてのちのことなり。されど亡なきあとにも、さしも道みちに心こころざし深ふかかりし者ものなりとて、優いうして十じふ八はち首しゆを入いれられたりけるに、夢ゆめの中なかに来きたりて、涙なみだを落おとしつつ、喜よろこびいふと見みたまひたりければ、ことにあはれがりて、今いま二に首しゆを加くはへて、二に十じつ首しゆになされたりけるとぞ。しかるべかりけることにこそ。

第64段 隆信・定長一双のこと

 近ちか頃ごろは、隆たか信のぶ、定さだ長ながと番つがひて、若わかくより人ひとの口くちに同おなじやうにいはれはべりき。かの俊しゆん恵ゑが家いへにて、百ひやく首しゆを十じつ首しゆづつ十じつ度どに詠よみて、十じつ座ざの百ひやく首しゆと名な付づけたることのありけるには、挑いどみておのおの心こころを尽つくしたりける。げにいづれも劣おとらざりけり。また、俊しゆん成ぜい卿きやうの十じつ首しゆ歌うた詠よませはべりける時ときも、ともによく詠よみたりければ、かの卿きやうは、

「世よに人ひとの一いち番ばんに申まうすよし聞きけど、何なに事ごとかはあらむと思おもひて過すぎつるに、この十じつ首しゆの歌うたにこそ返へん抄せうもたびつべく覚おぼゆれ」

 となむ言いはれける。

 しかあるを、九く条でう殿どの右う大だい臣じんと申まうししとき、人ひと々びとに百ひやく首しゆを召めされしに、隆たか信のぶ作さく者しやに入いりて、公く事じなるうちにも日ひ数かずもなくて、もの騒さわがしかりければ、いとよろしき歌うたもなかりけり。その頃ころ定さだ長ながは出しゆつ家けののちにて、身みの暇いとまもあり、今いま少すこしのどやかに案あんじて、無む題だいの百ひやく首しゆを磨みがきたてて取とり出いだしたりけるに、たとしへなく勝まさりたりければ、その時ときより「寂じやく蓮れん左さ右うなし」といふことになりにき。御ご所しよ辺わたりには、

「いかなるをこの者ものの、同おなじ列つらの詠よみ口くちとは番つがひそめたるぞ」

 とまで仰おほせられけるとぞ。のちに隆たか信のぶからきことにして、

「はやく死しなましかば、さるほどの歌か仙せんにてやみなまし。よしなき命いのちの長ながくて、かく道みちの恥はぢをあらはすこと」

 とぞ言いはれける。

第65段 大輔・小侍従一双のこと

 近ちかく女をんな歌うた詠よみの上じやう手ずにては、大たい輔ふ、小こ侍じ従じゆうとて、とりどりにいはれはべりき。大たい輔ふは今いま少すこしものなど知しりて、根ね強づよく詠よむ方かたは勝まさり、侍じ従じゆうは華はなやかに目め驚おどろくところ詠よみ据すうることの優すぐれたりしなり。中なかにも歌うたの返かへしすることは、誰たれにも優すぐれたりとぞ。

「本もと歌うたにいへることの中なかに、さもありぬべきところをよく見みつめて、これを返かへす心こころばせの、あふかたきもなきぞ」

 とぞ、俊しゆん恵ゑ法ほふ師しは申まうしはべりし。

第66段 俊成卿女・宮内卿、両人歌の詠みやうの変はること

 今いまの御ご所しよには、俊しゆん成ぜい卿きやうの女むすめと聞きこゆる人ひと、宮く内ない卿きやうと、この二人ふたりの女によう房ばう、昔むかしにも恥はぢぬ上じやう手ずどもなり。歌うたの詠よみやうこそ、ことのほかに変かはりてはべりけれ。人ひとの語かたりはべりしは、俊しゆん成ぜい卿きやうの女むすめは、晴はれの歌うた詠よまむとては、まづ日ひ頃ごろかけてもろもろの集しふどもを繰くり返かへしよくよく見みて、思おもふばかり見み終をはりぬれば、みな取とり置おきて、火ひかすかに灯ともし、人ひと遠とほく音おとなくしてぞ案あんぜられける。

 宮く内ない卿きやうは初はじめより終をはりまで、草さう子し、巻まき物もの取とり込こみて、切きり灯とう台だいに火ひ近ちか々ぢかと灯ともしつつ、かつがつ書かき付つけ書かき付つけ、夜よるも昼ひるも怠おこたらずなむ案あんじける。この人ひとはあまり歌うたを深ふかく案あんじて病やまひになりて、一ひと度たびは死しにはずれしたりき。父ちちの禅ぜん門もん、

「何なに事ごとも身みのある上うへのことにてこそあれ。かくしも病やまひになるまでは、いかに案あんじたまふぞ」

 と諫いさめられけれども用もちゐず。つひに命いのちもなくてやみにしは、そのつもりにやありけむ。

第67段 具親、歌を心に入れざること

 寂じやく蓮れん入にふ道だうは、ことにことにこのことをいみじがりて、兄人せうとの具とも親ちか少せう将しやう(兵ひやう衛ゑの佐すけ)の歌うたに心こころを入いれぬをぞ憎にくみはべりし。

「なにゆゑ身みを立たてたる人ひとなれば、しかあるらむ。宿直とのゐ所どころをまれまれ立たち入いりて見みれば、晴はれの御ご会くわいなどのある頃ころも、『弓ゆみよ、ひきべよ』など取とり込こみて、細さい工く前まへに据すゑて、歌うたを大だい事じとも思おもはぬ」

 とて、口くち惜をしきことにぞ言いひはべりし。

第68段 会の歌に姿分かつこと

 御ご所しよに朝あさ夕ゆふ候さぶらひし頃ころ、常つねにも似にず珍めづらしき御ご会くわいありき。

「六ろく首しゆの歌うたに、みな姿すがたを詠よみかへてたてまつれ」

 とて、

「春はる、夏なつは太ふとく大おほきに、秋あき、冬ふゆは細ほそく乾からび、恋こひ、旅たびは艶えんに優やさしくつかうまつれ。これ、もし思おもふやうに詠よみおほせずは、そのよしをありのままに申まうし上あげよ。歌うたのさま知しれるほどを御ご覧らんずべきためなり」

 と仰おほせられたりしかば、いみじき大だい事じにて、かたへは辞じ退たいす。心こころにくからぬほどの人ひとをば、またもとより召めされず。かかれば、まさしくその座ざに参まゐりて連つらなれる人ひと、殿でん下か、大だい僧そう正じやう御ご房ばう、定さだ家いへ、家いへ隆たか、寂じやく蓮れん、予よと、わづかに六ろく人にんぞはべりし。

 愚ぐ詠えいに、太ふとく大おほきなる歌うたに、

雲くもさそふ天あまつ春はる風かぜかをるなり高たか間まの山やまの花はなざかりかも

打うち羽はぶき今いまも鳴なかなむほととぎす卯うの花はな月づく夜よさかり更ふけゆく

 細ほそく乾からびたる歌うた、

宵よひの間まも月つきの桂かつらの薄うす紅葉もみぢ照てるとしもなき初はつ秋あきの空そら

寂さびしさはなほ残のこりけり跡あと絶たゆる落おち葉ばが上うへに今朝けさは初はつ雪ゆき

 艶えんに優やさしき歌うた、

忍しのばずよ絞しぼりかねつと語かたれ人ひともの思おもふ袖そでの朽くちはてぬ間まに

旅たび衣ごろも立たつ暁あかつきの別わかれよりしをれしはてや宮みや城ぎ野のの露つゆ

第69段 寂蓮・顕昭両人の心のこと

 この中なかに、春はるの歌うたをあまた詠よみて、寂じやく蓮れん入にふ道だうに見みせ申まうしし時とき、この高たか間まの歌うたを「よし」とて、点てん合あはれたりしかば、書かきてたてまつりてき。すでに講かうぜらるる時ときに至いたりてこれを聞きけば、かの入にふ道だうの歌うたに、同おなじく高たか間まの花はなを詠よまれたりけり。わが歌うたに似にたらば違たがへむなど思おもふ心こころもなく、ありのままにことはられける、いとありがたき心こころなりかし。さるは、まことの心こころざまなどをば、いたく神しん妙べうなる人ひとともいはれざりしを、わが得えつる道みちになれば心こころばえもよくなるなめり。

 そのかみ、宣せん陽やう門もん院ゐんの御ご供く花げの会くわいの歌うたに、常とこ夏なつ契ちぎり久ひさしといふ題だいに、「動うごきなき世よのやまとなでしこ」と詠よめりしをば、ある先せん達だつ見みて、「わが歌うたに似にたり。詠よみ替かへよ」と、あながちに申まうしはべりしかば、力ちからなくて当たう座ざに詠よみかへてき。たとしへなき心こころなり。

 そもそも、人ひとの徳とくを讃ほめむとするほどに、わがため面めん目ぼくありし度たびのことを長なが々ながと書かき続つづけてはべる、をかしく。されど、この文ふみの得とく分ぶんに、自じ讃さん少せう々せうまぜてもいかがはべらむ。

第70段 式部・赤染勝劣のこと

 ある人ひといはく、

「俊とし頼よりの髄ずい脳なうに、定さだ頼より中ちゆう納な言ごん、公きん任たふ大だい納な言ごんに、式しき部ぶと赤あか染ぞめとが劣おとり勝まさりを問とはる。大だい納な言ごんいはく、

『式しき部ぶは、こやとも人ひとをいふべきにと詠よめる者ものなり、一ひとつ口くちにいふべからず、とはべりければ、中ちゆう納な言ごん重かさねていはく、式しき部ぶが歌うたには、はるかに照てらせ山やまの端はの月つきといふ歌うたをこそ、世よの人ひとは秀しう歌かと申まうしはべるめれ、と言いふ。大だい納な言ごんいはく、それぞ、世よの人ひとの知しらぬことをいふよ。暗くらきより暗くらきに入いることは、経きやうの文もんなれば、いふにも及およばず。末すゑの句くは、また本もとに引ひかれて、易やすく詠よまれぬべし。こやとも人ひとをいふべきにといひて、隙ひまこそなけれ葦あしの八重やへ葺ぶきといへるこそ、凡ぼん夫ぶの思おもひ寄よるべきことにもあらね、と答こたへられける』よしはべるめり。

これに二ふたつの不ふ審しんあり。一ひとつには、式しき部ぶを勝すぐれるよし、ことはられたれど、その頃ころのしかるべき会くわい、晴はれの歌うた合あはせなどを見みれば、赤あか染ぞめをばさかりに賞しやうして、式しき部ぶは漏もれたること多おほかり。一ひとつには式しき部ぶが二に首しゆの歌うたを今いま見みれば、はるかに照てらせといふ歌うたは、言葉ことばも姿すがたも、ことのほかにたけ高たかく、また景けい気きもあり。いかなれば、大だい納な言ごんは、しかことはられけるにや。かたがたおぼつかなくなんはべる」

 と言いふ。

 予よ、試こころみにこれを会ゑ釈しやくす。

 式しき部ぶ、赤あか染ぞめが勝しよう劣れつは、大だい納な言ごん一人ひとり定さだめられたるにあらず。世よこぞりて、式しき部ぶを優すぐれたりと思おもへり。しかあれど、人ひとのしわざは主ぬしのある世よには、その人ひと柄がらによりて劣おとり勝まさることあり。歌うたの方かたは式しき部ぶ左さ右うなき上じやう手ずなれど、身みのふるまひ、もてなし、心こころ用もちゐなどの、赤あか染ぞめには及およびがたかりけるにや。紫むらさき式しき部ぶが日につ記きといふものを見みはべりしかば、

「和泉いづみ式しき部ぶはけしからぬ方かたこそあれど、うちとけて文ふみ走はしり書がきたるに、その方かたの才ざえある方かたも、はかなき言葉ことばの匂にほひも見みえはべるめり。歌うたはまことの歌うた詠よみにはあらず。口くちに任まかせたることどもに、必かならずをかしき一ひと節ふし目めとまる、詠よみ添そへはべるめり。されど、人ひとの詠よみたらむ歌うた難なんじことはりゐたらむ、いでやさまでは心こころ得えじ。ただ口くちに歌うた詠よまるるなめり。恥はづかしの歌うた詠よみやとは覚おぼえず。丹たん波ばの守かみの北きたの方かたをば、宮みや、殿とのなど渡わたりには、匡まさ衡ひら衛ゑ門もんとぞいひはべる。ことにやごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしう歌うた詠よみとて、よろづのことにつけて詠よみ散ちらさねど、聞きこえたる限かぎりは、はかなき折をり節ふしのことも、それこそ恥はづかしき口くちつきにはべれ」

 と書かけり。かかれば、その時ときは人ひとざまにもち消けたれて、歌うたの方かたも思おもふばかり用もちゐられねど、まことには上じやう手ずなれば、秀しう歌かも多おほく、ことに触ふれつつ間まのなく詠よみおくほどに、撰せん集しふどもにもあまた入いれるにこそ。

 曽そ祢ね好よし忠ただといふ者もの、人ひと数かずにもあらず、円ゑん融ゆう院ゐんの子ねの日ひの御ご幸かうに推すい参さんをさへして、をこの名なを上あげたる者ものぞかし。されど今いまは、歌うたの方かたにはやむごとなき者ものに思おもへり。一いち条でう院ゐんの御おほん時とき、道みち々みちのさかりなることを江がうの帥そちの記しるせる中なかにも、

「歌うた詠よみは、道みち信のぶ、実さね方かた、長なが能たふ、輔すけ親ちか、式しき部ぶ、衛ゑ門もん、曽そ祢ね好よし忠ただ」

 と、この七しち人にんをこそは記しるされてはべるめれ。これも、みづからによりて、生いける世よには世よ覚おぼえもなかりけるなるべし。

 さて、かの式しき部ぶが歌うたにとりての劣おとり勝まさりは、公きん任たふ卿きやうのことはりのいはれぬにもあらず、今いまの不ふ審しんの僻ひが事ごとなるにもあらず。これはよく心こころ得えて、思おもひ分わくべきことなり。歌うたは作つくりたてたる風ふ情ぜい、巧たくみはゆゆしけれど、その歌うたの品しなを定さだむるとき、さしもなきこともあり。また、思おもひ寄よれる所ところは及およびがたくしもあらねど、うち聞きくに、たけもあり、艶えんにも思おぼえて、景けい気き浮うかぶ歌うたもはべりかし。されば詮せんは、歌うた詠よみのほどを正ただしく定さだめんには、こやとも人ひとをといふ歌うたをとるとも、式しき部ぶが秀しう歌かはいづれぞと選えらむには、はるかに照てらせといふ歌うたの勝まさるべきにこそ。たとへば、道みちのほとりにてなほざりに見み付つけたりとも、黄わう金ごんは宝たからなるべし。いみじく巧たくみに作つくりたてたれど、櫛くし・針はりなどの類たぐひはさらに宝たからとするに足たらず。また、心こころばせをいはん日ひは、黄わう金ごん求もとめたる、さらに主ぬしの高かう名みやうにあらず。針はりの類たぐひ、宝たからにあらねど、これを物ものの上じやう手ずのしわざとは定さだむべきがごとくなり。しかあれど、大だい納な言ごんのその心こころを会ゑせらるべかりけるにや。もしはまた、歌うたの善ぜん悪あくも世よ々よに変かはるものなれば、その世よにこやとも人ひとをといふ歌うたの勝まさる方かたもありけるを、すなはち人ひとの心こころ得えざりけるにや。後のちの人ひと定さだむべし。

『無名抄』目次
(1)第1段~第15段原文現代語訳
(2)第16段~第40段原文現代語訳
(3)第41段~第70段原文現代語訳
(4)第71段~第83段原文現代語訳
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