『平家物語』原文・現代語訳を全文公開! 品詞分解も順次追加中! 『平家物語』を読む

『方丈記』原文全文(ふりがな付き)

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このページでは、鴨長明『方丈記』の原文を全文掲載しています。『方丈記』は原文のままでも読みやすく、原稿用紙20枚ほどの短い作品ですので、ぜひ最後まで読んでみてください。現代語訳とあわせて読みたい方は、『方丈記』現代語訳全文ページと並べてご覧ください。

編集方針
  • 底本は大福光寺本です。諸本を参考にしながら、独自に本文を整えました。
  • 全文を章ごとに読み進められるよう、話の区切りに合わせて14章に分けました。
  • 原文のままでも読みやすいように、すべての漢字にふりがなを付けました。
目次

方丈記(1)ゆく河の流れは絶えずして

 ゆく河かはの流ながれは絶たえずして、しかも、もとの水みづにあらず。よどみに浮うかぶ泡沫うたかたは、かつ消きえ、かつ結むすびて、久ひさしくとどまりたる例ためしなし。世よの中なかにある人ひとと栖すみかと、またかくのごとし。

 玉たま敷しきの都みやこのうちに、棟むねを並ならべ、甍いらかを争あらそへる、貴たかき、賤いやしき人ひとの住すまひは、世よ々よを経へて尽つきせぬ物ものなれど、これをまことかと尋たづぬれば、昔むかしありし家いへはまれなり。あるいは去年こぞ焼やけて、今年ことしつくれり。あるいは大おほ家いへほろびて、小こ家いへとなる。

 住すむ人ひともこれに同おなじ。所ところも変かはらず、人ひとも多おほかれど、いにしへ見みし人ひとは、二に、三さん十じふ人にんが中なかに、わづかに一人ひとり二人ふたりなり。朝あしたに死しに、夕ゆふべに生うまるるならひ、ただ水みづの泡あはにぞ似にたりける。

 知しらず、生うまれ死しぬる人ひと、いづかたより来きたりて、いづかたへか去さる。また、知しらず、仮かりの宿やどり、誰たがためにか心こころを悩なやまし、何なにによりてか目めをよろこばしむる。

 その主あるじと栖すみかと、無常むじやうを争あらそふさま、いはば朝あさ顔がほの露つゆに異ことならず。あるいは露つゆ落おちて、花はな残のこれり。残のこるといへども、朝あさ日ひに枯かれぬ。あるいは花はなしぼみて、露つゆなほ消きえず。消きえずといへども、夕ゆふべを待まつ事ことなし。

方丈記(2)予、ものの心を知れりしより

 予よ、ものの心こころを知しれりしより、四十よそぢ余あまりの春しゆん秋しうをおくれる間あひだに、世よの不ふ思し議ぎを見みる事こと、ややたびたびになりぬ。

 去いんじ、安あん元げん三さん年ねん四し月ぐわつ廿にじふ八はち日にちかとよ。風かぜはげしく吹ふきて、静しづかならざりし夜よ、戌いぬの時ときばかり、都みやこの東南たつみより火ひ出いで来きて、西北いぬゐに至いたる。はてには朱しゆ雀ざく門もん、大だい極こく殿でん、大だい学がく寮れう、民部省みんぶしやうなどまで移うつりて、一ひと夜よのうちに塵ちり灰はひとなりにき。

 火ほ元もとは樋ひ口ぐち富とみの小こう路ぢとかや。舞まひ人びとを宿やどせる仮かり屋やより出いで来きたりけるとなん。吹ふき迷まよふ風かぜに、とかく移うつりゆくほどに、扇あふぎをひろげたるがごとく、末すゑ広ひろになりぬ。遠とほき家いへは煙けぶりにむせび、近ちかきあたりはひたすら焔ほのほを地ぢに吹ふきつけたり。空そらには灰はひを吹ふき立たてたれば、火ひの光ひかりに映えいじてあまねく紅くれなゐなる中なかに、風かぜにたへず吹ふき切きられたる焔ほのほ、飛とぶがごとくして一いち、二に町ちやうを越こえつつ移うつりゆく。

 その中なかの人ひと、現うつし心ごころあらむや。あるいは煙けぶりにむせびて倒たふれ伏ふし、あるいは焔ほのほにまぐれてたちまちに死しぬ。あるいは身みひとつ、からうじて逃のがるるも、資し財ざいを取とり出いづるに及およばず。七しつ珍ちん万まん宝ぼう、さながら灰くわい燼じんとなりにき。その費つひえ、いくそばくぞ。

 そのたび、公卿くぎやうの家いへ、十じふ六ろく焼やけたり。まして、その他ほか、数かぞへ知しるに及およばず。すべて、都みやこのうち、三さん分ぶが一いちに及およべりとぞ。男女なんによ死しぬる者もの、数すう十じふ人にん、馬ば牛ぎうのたぐひ、辺へん際ざいを知しらず。人ひとのいとなみ、みな愚おろかなる中なかに、さしも危あやふき京中きやうぢゆうの家いへをつくるとて、財たからを費つひやし、心こころを悩なやます事ことは、すぐれてあぢきなくぞ侍はべる。

方丈記(3)また、治承四年卯月の頃

 また、治承ぢしやう四よ年ねん卯う月づきの頃ころ、中御門なかのみかど京きやう極ごくのほどより、大おほきなる辻つじ風かぜ起おこりて、六条ろくでうわたりまで吹ふける事こと侍はべりき。

 三さん、四し町ちやうを吹ふきまくる間あひだにこもれる家いへども、大おほきなるも、小ちひさきも、一ひとつとしてやぶれざるはなし。さながら平ひらに倒たふれたるもあり。桁けた、柱はしらばかり残のこれるもあり。門かどを吹ふきはなちて、四し、五ご町ちやうがほかに置おき、また、垣かきを吹ふきはらひて、隣となりと一ひとつになせり。

 いはむや、家いへのうちの資し財ざい、数かずを尽つくして空そらにあり、檜ひ皮はだ、葺ふき板いたのたぐひ、冬ふゆの木この葉はの風かぜに乱みだるがごとし。塵ちりを煙けぶりのごとく吹ふき立たてたれば、すべて目めも見みえず、おびたたしく鳴なりどよむほどに、もの言いふ声こゑも聞きこえず。かの地ぢ獄ごくの業ごふの風かぜなりとも、かばかりにこそはとぞおぼゆる。

 家いへの損そん亡ばうせるのみにあらず。これを取とりつくろふ間あひだに、身みを損そこなひ、片かた輪はづける人ひと、数かずも知しらず。この風かぜ、未ひつじの方かたに移うつりゆきて、多おほくの人ひとの歎なげきなせり。

 辻風つじかぜは常つねに吹ふくものなれど、かかる事ことやある。ただ事ことにあらず。さるべきものの諭さとしか、などぞ疑うたがひ侍はべりし。

方丈記(4)また、治承四年水無月の頃

 また、治承ぢしやう四よ年ねん水み無な月づきの頃ころ、にはかに都みやこ遷うつり侍はべりき。いと思おもひのほかなりし事ことなり。

 大方おほかた、この京きやうのはじめを聞きける事ことは、嵯さ峨がの天てん皇わうの御おほん時とき、都みやこと定さだまりにけるより後のち、すでに四し百ひやく余よ歳さいを経へたり。ことなる故ゆゑなくて、たやすく改あらたまるべくもあらねば、これを世よの人ひと、安やすからず、憂うれへあへる、実げにことわりにもすぎたり。

 されど、とかく言いふかひなくて、帝みかどよりはじめ奉たてまつりて、大だい臣じん、公卿くぎやう、みなことごとく移うつろひ給たまひぬ。世よに仕つかふるほどの人ひと、誰たれか一人ひとり、ふるさとに残のこり居をらむ。官つかさ、位くらゐに思おもひをかけ、主しゆ君くんのかげを頼たのむほどの人ひとは、一いち日にちなりとも疾とく移うつろはむとはげみ、時ときを失うしなひ、世よに余あまされて、期ごする所ところなき者ものは、憂うれへながらとまり居をり。

 軒のきを争あらそひし人ひとの住すまひ、日ひを経へつつ荒あれゆく。家いへはこぼたれて淀よど河がはに浮うかび、地ちは目めの前まへに畠はたけとなる。人ひとの心こころ、みな改あらたまりて、ただ馬うま、鞍くらをのみ重おもくす。牛うし、車くるまを用ようする人ひとなし。西さい南なん海かいの領りやう所しよを願ねがひて、東とう北ほくの庄しやう園ゑんを好このまず。

 その時とき、おのづから事ことのたよりありて、津つの国くにの今いまの京きやうに至いたれり。所ところのありさまを見みるに、その地ち、ほど狭せばくて、条でう里りを割わるに足たらず。北きたは山やまに沿そひて高たかく、南みなみは海うみ近ちかくて下くだれり。波なみの音おと、常つねにかまびすしく、潮風しほかぜ、ことにはげし。内だい裏りは山やまの中なかなれば、かの木きの丸まろ殿どのもかくやと、なかなか様やう変かはりて、優いうなる方かたも侍はべり。日ひ々びにこぼち、川かはも狭せに運はこびくだす家いへ、いづくにつくれるにかあるらむ。なほ空むなしき地ちは多おほく、つくれる屋やは少すくなし。

 古京こきやうはすでに荒あれて、新しん都とはいまだならず。ありとしある人ひとは、みな浮ふ雲うんの思おもひをなせり。もとよりこの所ところに居をる者ものは、地ちを失うしなひて憂うれふ。今いま移うつれる人ひとは、土ど木ぼくのわづらひある事ことを歎なげく。道みちのほとりを見みれば、車くるまに乗のるべきは馬うまに乗のり、衣冠いくわん、布ほ衣いなるべきは多おほく直垂ひたたれを着きたり。都みやこの手て振ぶり、たちまちに改あらたまりて、ただひなびたる武士もののふに異ことならず。

 世よの乱みだるる瑞ずい相さうとか聞きけるもしるく、日ひを経へつつ、世よの中なか浮うき立たちて、人ひとの心こころもをさまらず。民たみの憂うれへ、つひに空むなしからざりければ、同おなじき年としの冬ふゆ、なほこの京きやうに帰かへり給たまひにき。されど、こぼちわたせりし家いへどもは、いかになりにけるにか。ことごとく、もとの様やうにしもつくらず。

 伝つたへ聞きく、いにしへの賢かしこき御み世よには、あはれみをもつて国くにを治をさめ給たまふ。すなはち、殿とのに茅かや葺ふきても、軒のきをだにととのへず。煙けぶりの乏ともしきを見み給たまふ時ときは、限かぎりある貢みつき物ものをさへ許ゆるされき。これ、民たみを恵めぐみ、世よを助たすけ給たまふによりてなり。今いまの世よのありさま、昔むかしになぞらへて知しりぬべし。

方丈記(5)また、養和の頃とか

 また、養やう和わの頃ころとか、久ひさしくなりて覚おぼえず。二ふた年とせが間あひだ、世よの中なか飢け渇かつして、あさましき事こと侍はべりき。

 あるいは春はる、夏なつ日ひ照でり、あるいは秋あき、大おほ風かぜ、洪こう水ずいなどよからぬ事ことどもうち続つづきて、五ご穀こくことごとくならず。夏なつ植ううるいとなみありて、秋あき刈かり、冬ふゆ収をさむるぞめきはなし。これによりて国くに々ぐにの民たみ、あるいは地ちを捨すてて境さかひを出いで、あるいは家いへを忘わすれて山やまに住すむ。さまざまの御おほん祈いのりはじまりて、なべてならぬ法ほふども行おこなはるれど、さらにその験しるしなし。

 京きやうのならひ、何なにわざにつけても、みなもとは田舎ゐなかをこそ頼たのめるに、絶たえて上のぼる物ものなければ、さのみやは操みさをもつくりあへん。念ねんじわびつつ、さまざまの財ざい物もつ、かたはしより捨すつるがごとくすれども、さらに目め見み立たつる人ひとなし。たまたま換かふる者ものは、金こがねを軽かろくし、粟あはを重おもくす。乞こつ食じき、路みちのほとりに多おほく、憂うれへ悲かなしむ声こゑ、耳みみに満みてり。

 前まへの年とし、かくのごとく、からうじて暮くれぬ。明あくる年としは立たち直なほるべきかと思おもふほどに、あまりさへ疫えき癘れいうちそひて、まさざまに跡形あとかたなし。世よ人ひと、みな飢けい死しぬれば、日ひを経へつつ極きはまりゆくさま、少せう水すいの魚いをのたとへにかなへり。果はてには、笠かさうち着き、足あし引ひき包つつみ、よろしき姿すがたしたる者もの、ひたすらに家いへごとに乞こひ歩ありく。かくわびしれたる者ものどもの、歩ありくかと見みれば、すなはち倒たふれ伏ふしぬ。築つい地ぢのつら、道みちのほとりに飢うゑ死しぬる者もののたぐひ、数かずも知しらず。取とり捨すつるわざも知しらねば、臭くさき香か、世せ界かいに満みち満みちて、変かはりゆくかたち、ありさま、目めもあてられぬ事こと多おほかり。いはむや、河原かはらなどには、馬うま、車くるまの行ゆき交かふ道みちだになし。

 あやしき賤しづ、山やま賤がつも力ちから尽つきて、薪たきぎさへ乏ともしくなりゆけば、頼たのむ方かたなき人ひとは、みづからが家いへをこぼちて、市いちに出いでて売うる。一人ひとりが持もちて出いでたる価あたひ、一いち日にちが命いのちにだに及およばずとぞ。あやしき事ことは、薪たきぎの中なかに赤あかき丹につき、箔はくなど所ところ々どころに見みゆる木き、あひ交まじはりけるを尋たづぬれば、すべき方かたなきもの、古ふる寺でらに至いたりて仏ほとけを盗ぬすみ、堂だうの物ものの具ぐを破やぶり取とりて、割わり砕くだけるなりけり。濁悪世ぢよくあくせにしも生うまれあひて、かかる心こころ憂うきわざをなん見み侍はべりし。

 いとあはれなる事ことも侍はべりき。去さりがたき妻め、夫をとこ持もちたる者ものは、その思おもひまさりて深ふかき者もの、必かならず先さき立だちて死しぬ。その故ゆゑは、わが身みは次つぎにして、人ひとをいたはしく思おもふ間あひだに、まれまれ得えたる食くひ物ものをも、かれに譲ゆづるによりてなり。されば、親おや子こある者ものは定さだまれる事ことにて、親おやぞ先さき立だちける。また、母ははの命いのち尽つきたるを知しらずして、いとけなき子この、なほ乳ちを吸すひつつ臥ふせるなどもありけり。

 仁にん和な寺じに隆暁法印りうげうほふいんといふ人ひと、かくしつつ、数かずも知しらず死しぬる事ことを悲かなしみて、その首かうべの見みゆるごとに、額ひたひに阿あ字じを書かきて、縁えんを結むすばしむるわざをなんせられける。人ひと数かずを知しらむとて、四し、五ご両りやう月げつを数かぞへたりければ、京きやうのうち、一条いちでうよりは南みなみ、九く条でうより北きた、京きやう極ごくよりは西にし、朱しゆ雀ざくよりは東ひがしの、路みちのほとりなる頭かしら、すべて四し万まん二に千せん三さん百びやく余よりなんありける。いはむや、その前ぜん後ごに死しぬる者もの多おほく、また、河原かはら、白河しらかは、西にしの京きやう、もろもろの辺へん地ぢなどを加くはへていはば、際さい限げんもあるべからず。いかにいはむや、七しち道だう諸しよ国こくをや。

 崇す徳とく院ゐんの御位みくらゐの時とき、長承ちやうしようの頃ころとか、かかる例ためしありけりと聞きけど、その世よのありさまは知しらず。まのあたり、めづらかなりし事ことなり。

方丈記(6)また、同じ頃かとよ

 また、同おなじ頃ころかとよ、おびたたしく大おほ地震なゐ振ふる事こと侍はべりき。

 そのさま、世よの常つねならず。山やまは崩くづれて河かはを埋うづみ、海うみは傾かたぶきて陸くが地ぢをひたせり。土つち裂さけて、水みづ湧わき出いで、巌いはほ割われて、谷たにに転まろび入いる。なぎさ漕こぐ船ふねは波なみにただよひ、道みちゆく馬うまは足あしのたちどをまどはす。都みやこのほとりには、在ざい々ざい所しよ々しよ、堂だう舎しや塔たふ廟べう、ひとつとしてまたからず。あるいは崩くづれ、あるいは倒たふれぬ。塵ちり灰はひ立たち上のぼりて、さかりなる煙けぶりのごとし。

 地ちの動うごき、家いへの破やぶるる音おと、雷いかづちに異ことならず。家いへのうちに居をれば、たちまちにひしげなんとす。走はしり出いづれば、地ち割われ裂さく。羽はねなければ、空そらをも飛とぶべからず。竜たつならばや、雲くもにも乗のらむ。恐おそれの中なかに恐おそるべかりけるは、ただ地震なゐなりけりとこそ覚おぼえ侍はべりしか。

 かくおびたたしく振ふる事ことは、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶たえず。世よの常つね、驚おどろくほどの地震なゐ、二に、三さん十じふ度どふらぬ日ひはなし。十日とをか、二十日はつか過すぎにしかば、やうやう間ま遠どほになりて、あるいは四し、五ご度ど、二に、三さん度ど、もしは一いち日にちまぜ、二に、三さん日にちに一いち度どなど、大方おほかたそのなごり、三み月つきばかりや侍はべりけむ。

 四し大だい種しゆの中なかに、水みづ、火ひ、風かぜは常つねに害がいをなせど、大だい地ぢに至いたりては、ことなる変へんをなさず。昔むかし、斉さい衡かうのころとか、大おほ地震なゐ振ふりて、東とう大だい寺じの仏ほとけの御み頭ぐし落おちなど、いみじき事ことども侍はべりけれど、なほ、このたびにはしかずとぞ。すなはちは、人ひとみなあぢきなき事ことを述のべて、いささか心こころの濁にごりも薄うすらぐと見みえしかど、月つき日ひ重かさなり、年とし経へにし後のちは、言こと葉ばにかけて言いひ出いづる人ひとだになし。

方丈記(7)すべて、世の中のありにくく

 すべて、世よの中なかのありにくく、わが身みと栖すみかとのはかなくあだなるさま、またかくのごとし。いはむや、所ところにより、身みのほどに従したがひつつ、心こころを悩なやます事ことは、あげて数かぞふべからず。

 もし、おのれが身み、数かずならずして、権けん門もんのかたはらに居をる者ものは、深ふかく喜よろこぶ事ことあれども、大おほきに楽たのしむにあたはず。歎なげき切せちなる時ときも、声こゑをあげて泣なく事ことなし。進しん退だい安やすからず、立たち居ゐにつけて恐おそれをののくさま、たとへば、雀すずめの鷹たかの巣すに近ちかづけるがごとし。

 もし、貧まづしくして、富とめる家いへの隣となりに居をる者ものは、朝あさ夕ゆふすぼき姿すがたを恥はぢて、へつらひつつ出いで入いる。妻さい子し、僮とう僕ぼくのうらやめるさまを見みるにも、福ふ家けの人ひとのないがしろなる気け色しきを聞きくにも、心こころ念ねん々ねんに動うごきて、時ときとして安やすからず。

 もし、狭せばき地ちに居をれば、近ちかく炎えん上しやうある時とき、その災さいを逃のがるる事ことなし。もし、辺へん地ぢにあれば、往わう反ばんわづらひ多おほく、盗たう賊ぞくの難なんはなはだし。

 また、勢いきほひあるものは貪とん欲よく深ふかく、独身ひとりみなるものは人ひとに軽かろめらる。財たからあれば恐おそれ多おほく、貧まづしければ恨うらみ切せちなり。人ひとを頼たのめば、身み、他ほかの有うなり。人ひとをはぐくめば、心こころ、恩愛おんあいにつかはる。

 世よに従したがへば、身み、苦くるし。従したがはねば、狂きやうせるに似にたり。いづれの所ところを占しめて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身みを宿やどし、たまゆらも心こころを休やすむべき。

方丈記(8)我が身、父方の祖母の家を伝へて

 我わが身み、父ちち方かたの祖おほ母ばの家いへを伝つたへて、久ひさしくかの所ところに住すむ。その後のち、縁えん欠かけて、身み衰おとろへ、忍しのぶかたがたしげかりしかど、つひに跡あととむる事ことを得えず。

 三十みそぢ余あまりにして、さらにわが心こころと、一ひとつの庵いほりを結むすぶ。これを、ありし住すまひに並ならぶるに、十じふ分ぶが一いちなり。居ゐ屋やばかりをかまへて、はかばかしく屋やをつくるに及およばず。わづかに築つい地ぢを築つけりといへども、門かどを建たつるたづきなし。竹たけを柱はしらとして、車くるまを宿やどせり。雪ゆき降ふり、風かぜ吹ふくごとに、危あやふからずしもあらず。所ところ、河原かはら近ちかければ、水すい難なんも深ふかく、白はく波はの恐おそれもさわがし。

 すべて、あられぬ世よを念ねんじ過すぐしつつ、心こころを悩なやませる事こと、三さん十じふ余よ年ねんなり。その間あひだ、折をり々をりのたがひめ、おのづから短みじかき運うんを悟さとりぬ。

 すなはち、五十いそぢの春はるを迎むかへて、家いへを出いで、世よを背そむけり。もとより妻さい子しなければ、捨すてがたきよすがもなし。身みに官くわん禄ろくあらず、何なににつけてか執しふをとどめん。むなしく大おほ原はら山やまの雲くもに臥ふして、また五いつかへりの春しゆん秋しうをなん経へにける。

方丈記(9)ここに、六十の露消えがたに及びて

河合神社境内にある方丈の庵(復元)/ 2021年11月22日訪問

 ここに、六十むそぢの露つゆ消きえがたに及およびて、さらに、末すゑ葉はの宿やどりを結むすべる事ことあり。いはば、旅たび人びとの一ひと夜よの宿やどをつくり、老おいたる蚕かひこのまゆをいとなむがごとし。

 これを中なか頃ごろの住すみかに並ならぶれば、また百ひやく分ぶが一いちに及およばず。とかく言いふほどに、齢よはひは歳々としどしに高たかく、住すみかは折をり々をりに狭せばし。

 その家いへのありさま、世よの常つねにも似にず。広ひろさはわづかに方はう丈ぢやう、高たかさは七しち尺しやくがうちなり。所ところを思おもひ定さだめざるがゆゑに、地ちを占しめてつくらず。土つち居ゐを組くみ、うちおほひを葺ふきて、継つぎ目めごとに掛金かけがねをかけたり。もし、心こころにかなはぬ事ことあらば、やすく他ほかへ移うつさむが為ためなり。その改あらためつくる事こと、いくばくのわづらひかある。積つむところ、わづかに二に両りやう。車くるまの力ちからを報むくふほかには、さらに他ほかの用よう途とういらず。

 今いま、日ひ野の山やまの奥おくにあとを隠かくして後のち、東ひがしに三さん尺じやく余あまりの庇ひさしをさして、柴しば折をりくぶるよすがとす。南みなみ、竹たけの簀子すのこを敷しき、その西にしに閼あ伽か棚だなをつくり、北きたに寄よせて障子しやうじをへだてて、阿あ弥み陀だの絵ゑ像ざうを安あん置ぢし、そばに普ふ賢げんを掛かき、前まへに法ほ花け経きやうを置おけり。

 東ひがしの際きはに蕨わらびのほどろを敷しきて、夜よの床ゆかとす。西にし南みなみに竹たけの吊つり棚だなをかまへて、黒くろき皮かは籠ご三さん合がふを置おけり。すなはち、和わ歌か、管くわん絃げん、往わう生じやう要えう集しふごときの抄せう物もつを入いれたり。かたはらに琴こと、琵び琶は、おのおの一いつ張ちやうを立たつ。いはゆる折をり琴ごと、継つぎ琵び琶は、これなり。仮かりの庵いほりのありやう、かくのごとし。

方丈記(10)その所のさまを言はば

 その所ところのさまを言いはば、南みなみに懸かけ樋ひあり。岩いはを立たてて、水みづをためたり。林はやしの木き近ちかければ、爪つま木ぎを拾ひろふに乏ともしからず。名なを音おと羽は山やまといふ。まさきのかづら、あと埋うづめり。谷たにしげけれど、西にし晴はれたり。観くわん念ねんのたより、なきにしもあらず。

 春はるは、藤ふぢ波なみを見みる。紫し雲うんのごとくして、西さい方はうににほふ。夏なつは、郭公ほととぎすを聞きく。語かたらふごとに、死し出での山やま路ぢを契ちぎる。秋あきは、ひぐらしの声こゑ、耳みみに満みてり。うつせみの世よを悲かなしむほど聞きこゆ。冬ふゆは、雪ゆきをあはれぶ。積つもり、消きゆるさま、罪ざい障しやうにたとへつべし。

 もし、念仏ねんぶつもの憂うく、読経どきやうまめならぬ時ときは、みづから休やすみ、みづから怠おこたる。さまたぐる人ひともなく、また、恥はづべき人ひともなし。ことさらに無む言ごんをせざれども、独ひとり居をれば、口く業ごふを修をさめつべし。必かならず禁きん戒かいを守まもるとしもなくとも、境きやう界がいなければ何なににつけてか破やぶらん。

 もし、跡あとの白しら波なみに、この身みを寄よする朝あしたには、岡をかの屋やに行ゆき交かふ船ふねをながめて、満まん沙しや弥みが風ふ情ぜいをぬすみ、もし、桂かつらの風かぜ、葉はを鳴ならす夕ゆふべには、潯じん陽やうの江えを思おもひやりて、源げん都と督とくの行おこなひをならふ。もし、余よ興きようあれば、しばしば松まつの響ひびきに秋しう風ふう楽らくをたぐへ、水みづの音おとに流りう泉せんの曲きよくをあやつる。芸げいはこれ拙つたなけれども、人ひとの耳みみを喜よろこばしめむとにはあらず。独ひとり調しらべ、独ひとり詠えいじて、みづから情こころを養やしなふばかりなり。

 また、ふもとに一ひとつの柴しばの庵いほりあり。すなはち、この山やま守もりが居をる所ところなり。かしこに小童こわらはあり。時とき々どき来きたりて、あひ訪とぶらふ。もし、つれづれなる時ときは、これを友ともとして遊行ゆぎやうす。かれは十じふ歳さい、これは六十むそぢ。その齢よはひ、ことのほかなれど、心こころを慰なぐさむる事こと、これ同おなじ。あるいは茅つ花ばなを抜ぬき、岩いは梨なしを取とり、零ぬ余か子ごを盛もり、芹せりを摘つむ。あるいはすそわの田た居ゐに至いたりて、落おち穂ぼを拾ひろひて穂ほ組ぐみを作つくる。

 もし、うららかなれば、峰みねによぢのぼりて、はるかに故ふる郷さとの空そらを望のぞみ、木こ幡はた山やま、伏ふし見みの里さと、鳥と羽ば、羽は束つか師しを見みる。勝地しようちは主ぬしなければ、心こころを慰なぐさむるにさはりなし。歩あゆみ、わづらひなく、心こころ、遠とほく至いたる時ときは、これより峰みねつづき、炭すみ山やまを越こえ、笠かさ取とりを過すぎて、あるいは石いは間まに詣まうで、あるいは石いし山やまを拝をがむ。もしはまた、粟あは津づの原はらを分わけつつ、蝉せみ歌うたの翁おきなが跡あとを訪とぶらひ、田たな上かみ河がはをわたりて、猿さる丸まろ大夫まうちぎみが墓はかを訪たづぬ。帰かへるさには、折をりにつけつつ、桜さくらを狩かり、紅葉もみぢを求もとめ、蕨わらびを折をり、木この実みを拾ひろひて、かつは仏ほとけに奉たてまつり、かつは家いへづととす。

 もし、夜よ、静しづかなれば、窓まどの月つきに故こ人じんをしのび、猿さるの声こゑに袖そでをうるほす。草くさむらの蛍ほたるは、遠とほく槙まきの篝火かがりびにまがひ、暁あかつきの雨あめは、おのづから木この葉は吹ふく嵐あらしに似にたり。山やま鳥どりのほろと鳴なくを聞ききても、父ちちか母ははかと疑うたがひ、峰みねの鹿かせぎの近ちかく馴なれたるにつけても、世よに遠とほざかるほどを知しる。あるいはまた、埋火うづみびをかきおこして、老おいの寝ね覚ざめの友ともとす。恐おそろしき山やまならねば、梟ふくろふの声こゑをあはれむにつけても、山さん中ちゆうの景けい気き、折をりにつけて尽つくる事ことなし。いはむや、深ふかく思おもひ、深ふかく知しらむ人ひとの為ためには、これにしも限かぎるべからず。

方丈記(11)大方、この所に住みはじめし時は

 大方おほかた、この所ところに住すみはじめし時ときは、あからさまと思おもひしかども、今いますでに、五いつ年とせを経へたり。仮かりの庵いほりもやや故ふる郷さととなりて、軒のきに朽くち葉ば深ふかく、土つち居ゐに苔こけむせり。

 おのづから、事ことのたよりに都みやこを聞きけば、この山やまにこもり居ゐて後のち、やむごとなき人ひとの隠かくれ給たまへるもあまた聞きこゆ。まして、その数かずならぬたぐひ、尽つくしてこれを知しるべからず。たびたびの炎えん上しやうにほろびたる家いへ、また、いくそばくぞ。ただ、仮かりの庵いほりのみ、のどけくして恐おそれなし。ほど狭せばしといへども、夜よる臥ふす床ゆかあり、昼ひる居ゐる座ざあり。一いつ身しんを宿やどすに不ふ足そくなし。

 かむなは小ちひさき貝かひを好このむ。これ、事こと知しれるによりてなり。みさごは荒あら磯いそに居ゐる。すなはち、人ひとを恐おそるるが故ゆゑなり。われ、また、かくのごとし。事ことを知しり、世よを知しれれば、願ねがはず、走わしらず、ただ、静しづかなるを望のぞみとし、憂うれへなきを楽たのしみとす。

 すべて、世よの人ひとの栖すみかをつくるならひ、必かならずしも事ことの為ためにせず。あるいは妻さい子し、眷けん属ぞくの為ためにつくり、あるいは親しん昵ぢつ、朋ほう友いうの為ためにつくる。あるいは主しゆ君くん、師し匠しやう、および財ざい宝ほう、牛ぎう馬ばの為ためにさへこれをつくる。

 われ、今いま、身みのために結むすべり。人ひとの為ためにつくらず。ゆゑいかんとなれば、今いまの世よのならひ、この身みのありさま、ともなふべき人ひともなく、頼たのむべき奴やつこもなし。たとひ、広ひろくつくれりとも、誰たれを宿やどし、誰たれをか据すゑん。

方丈記(12)それ、人の友とある者は

 それ、人ひとの友ともとある者ものは、富とめるを尊たふとみ、ねんごろなるを先さきとす。必かならずしも、情なさけあると、素す直なほなるとをば愛あいせず。ただ、糸し竹ちく花くわ月げつを友ともとせんにはしかじ。

 人ひとの奴やつこたる者ものは、賞しやう罰ばつはなはだしく、恩おん顧こあつきを先さきとす。さらに、育はぐくみあはれむと、安やすく静しづかなるとをば願ねがはず。ただ、わが身みを奴ぬ婢ひとするにはしかず。

 いかが奴ぬ婢ひとするとならば、もし、なすべき事ことあれば、すなはち、おのが身みを使つかふ。たゆからずしもあらねど、人ひとを従したがへ、人ひとをかへりみるより安やすし。もし、歩ありくべき事ことあれば、みづから歩あゆむ。苦くるしといへども、馬うま、鞍くら、牛うし、車くるまと、心こころを悩なやますにはしかず。

 今いま、一いつ身しんを分わかちて、二ふたつの用ようをなす。手ての奴やつこ、足あしの乗のり物もの、よくわが心こころにかなへり。身み、心こころの苦くるしみを知しれれば、苦くるしむ時ときは休やすめつ、まめなれば使つかふ。使つかふとても、たびたび過すぐさず、もの憂うしとても、心こころを動うごかす事ことなし。

 いかにいはむや、常つねに歩ありき、常つねに働はたらくは、養やう性じやうなるべし。なんぞ、いたづらに休やすみ居をらん。人ひとを悩なやます、罪ざい業ごふなり。いかが、他たの力ちからを借かるべき。

方丈記(13)衣食のたぐひ、また同じ

 衣食いしよくのたぐひ、また同おなじ。藤ふぢの衣ころも、麻あさの衾ふすま、得うるに従したがひて肌はだへを隠かくし、野の辺べのおはぎ、峰みねの木この実み、わづかに命いのちを継つぐばかりなり。人ひとに交まじはらざれば、姿すがたを恥はづる悔くいもなし。糧かて乏ともしければ、おろそかなる報ほうを甘あまくす。

 すべて、かやうの楽たのしみ、富とめる人ひとに対たいして言いふにはあらず。ただ、わが身み一ひとつにとりて、昔むかし、今いまとをなぞらふるばかりなり。それ、三さん界がいはただ心こころ一ひとつなり。心こころもし安やすからずは、象ざう馬め七しつ珍ちんも由よしなく、宮くう殿でん楼ろう閣かくも望のぞみなし。

 今いま、さびしき住すまひ、一ひと間まの庵いほり、みづからこれを愛あいす。おのづから都みやこに出いでて、身みの乞こつ丐がいとなれる事ことを恥はづといへども、帰かへりてここに居をる時ときは、他ほかの俗ぞく塵ぢんに馳はする事ことをあはれむ。

 もし、人ひと、この言いへる事ことを疑うたがはば、魚いをと鳥とりとのありさまを見みよ。魚いをは、水みづに飽あかず。魚いをにあらざれば、その心こころを知しらず。鳥とりは、林はやしを願ねがふ。鳥とりにあらざれば、その心こころを知しらず。閑かん居きよの気き味びも、また同おなじ。住すまずして、誰たれか悟さとらむ。

方丈記(14)そもそも、一期の月影傾きて

 そもそも、一いち期ごの月つき影かげ傾かたぶきて、余よ算さんの山やまの端はに近ちかし。たちまちに、三さん途づの闇やみに向むかはんとす。何なにのわざをか託かこたむとする。

 仏ほとけの教をしへ給たまふおもむきは、事ことにふれて執しふ心しんなかれとなり。今いま、草さう庵あんを愛あいするも、閑かん寂せきに着ぢやくするも、障さはりなるべし。いかが、要えうなき楽たのしみを述のべて、あたら時ときを過すぐさむ。

 静しづかなる暁あかつき、このことわりを思おもひ続つづけて、みづから心こころに問とひて言いはく、世よを遁のがれて、山さん林りんに交まじはるは、心こころを修をさめて道みちを行おこなはむとなり。しかるを、汝なんぢ、姿すがたは聖しやう人にんにて、心こころは濁にごりに染しめり。栖すみかはすなはち、浄名居士じやうみやうこじの跡あとをけがせりといへども、たもつところは、わづかに周しゆ梨り槃はん特どくが行ぎやうにだに及およばず。

 もし、これ、貧ひん賤せんの報むくいのみづから悩なやますか、はたまた妄まう心しんの至いたりて狂きやうせるか。その時とき、心こころ、さらに答こたふる事ことなし。ただ、かたはらに舌ぜつ根こんをやとひて、不請ふしやう阿あ弥み陀だ仏ぶつ、両りやう三さん遍べん申まうしてやみぬ。

 時ときに、建けん暦りやくの二ふた年とせ、弥生やよひの晦日頃つごもりごろ、桑さう門もんの蓮れん胤いん、外と山やまの庵いほりにして、これを記しるす。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。

『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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