鴨長明の歌論書『無名抄』の「俊成自讃歌のこと」は、長明の和歌の師匠である俊恵が、俊成こと藤原俊成に、
俊恵俊成氏的に、おもて歌(神作)ってどれだと思う?
と、尋ねた時のエピソードです。俊成は、



『夕されば~深草の里』が自分の神作だと思ってるお
と、答えますが、納得できない俊恵は長明に、俊成が自讃した「深草の里」の歌の欠点について語ります。
「深草の里」とも「おもて歌」とも題される『無名抄』の「俊成自讃歌のこと」について、現代語訳と原文をわかりやすく解説します。
無名抄「俊成自讃歌のこと」の登場人物
『無名抄』の「俊成自讃歌のこと」の登場人物は、俊成、俊恵、そして鴨長明です。
俊成
俊成こと藤原俊成は、永久2年(1114年)生まれの歌人です。
俊成というのは有職読みで、歌人の名前を音読みする慣習によるものです。
藤原定家(「ていか」も有職読み)の父としても知られています。
俊恵
俊恵は俊成と同世代、永久元年(1113年)生まれの歌人です。
源俊頼を父とする貴族の生まれでしたが、俊恵が17歳の時に父を亡くしたことをきっかけに、東大寺の僧となりました。
俊成とは和歌の良きライバルであり、良き友人でもあったのだろうと思われます。
長明
言わずもがな『無名抄』の作者である長明は、俊恵を和歌の師と仰いでいました。
仁平3年(1153年)または久寿2年(1155年)生まれですので、俊恵や俊成とは約40年の世代差があります。
本文中に長明の名前は出てきませんが、俊成の自讃歌について、俊恵が長明に語った話であることを頭に入れておくと、主語がはっきりして内容がわかりやすくなります。


無名抄「俊成自讃歌のこと」のあらすじ
ある日、俊恵は俊成の自宅を訪問し、俊成のおもて歌(代表歌)について尋ねました。



俊成氏的には、自分の歌の中でどれが神作だと思う?



『夕されば~深草の里』の歌かなぁ



えー、でも世間的には『面影に~峰の白雲』の歌が神作扱いされてるよ?



んー、その辺はよくわからないけど、ワイ的にはやっぱり『深草の里』なんよねぇ
このように俊成は答えましたが、その答えに納得できなかった俊恵は後日、『深草の里』の歌には欠点があると、長明に内々に語ります。



あの歌、第三句の『身にしみて』が惜しいんよねぇ
そのついでに、自分のおもて歌(代表歌)についても長明に語りました。



あっ、ワイの神作は『み吉野の~うちしぐれつつ』な。後世で聞かれたら、そう伝えてな。



と、俊恵師匠は語ってくれたかも
無名抄「俊成自讃歌のこと」原文・語釈・現代語訳
俊恵いはく、五条三位入道の御許に
原文
俊恵いはく、
「五条三位入道の御許に参でたりしついでに、
『御詠の中には、いづれをか優れたりと思ほす。人はよそにてやうやうに定めはべれど、それをば用ゐはべるべからず。まさしくうけたまはらむ』
と聞こえしかば、
語釈
- 五条三位入道:俊成のこと。五条京極に邸宅があり、正三位の官位を持っていたことによる別名。
- 御許:お住まい。お宅。
- よそ【余所】:ほかの場所。遠い所。
- 用ゐる:(意見などを)採り入れる。
- まさしく【正しく】:はっきりと。確かに。
現代語訳
俊恵が言うことには、
「五条三位入道こと、藤原俊成卿のご自宅に参りました折に、
『俊成殿がお詠みになった歌の中では、どの歌が優れているとお思いになりますか。人は外野からあれこれと決めつけてきますが、その意見に左右されるべきではないでしょう。はっきりとご本人からお聞きしたいのです』
と申し上げると、
夕されば野辺の秋風身にしみて
原文
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
『これをなむ、身にとりてのおもて歌と思ひたまふる』
と言はれしを、俊恵またいはく、
『世にあまねく人の申しはべるには、
語釈
- 夕されば:「さる」は移り変わる意。夕方になる。夕方が来る。
- 野辺:野のあたり。野原。
- おもて歌【面歌・表歌】:代表作。
- あまねし【遍し・普し】:すみずみにまで広く行きわたっている。
現代語訳
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
夕方になると、野原を吹き渡る冷たい秋風が身にしみる。鶉の鳴く声がもの寂しく感じられる深草の里よ。
この歌こそが、私自身にとっての代表歌と思っております』
と言われたので、この俊恵はまた、
『世間の大多数の人が申しておりますことには、
面影に花の姿を先立てて
原文
面影に花の姿を先立てて幾重越え来ぬ峰の白雲
これを優れたるやうに申しはべるはいかに』
と聞こゆ。
『いさ、よそにはさもや定めはべるらん、知りたまへず。なほみづからは、先の歌には言ひ較ぶべからず』
とぞはべりし」
と語りて、これをうちうちに申ししは、
語釈
- 面影:目の前に浮かぶ姿。まぼろし。幻影。
- いさ:相手の質問に対して、すぐに答えられない時に発する語。さあ。さあね。
- 定む:議論する。評議する。判定する。
現代語訳
面影に花の姿を先立てて幾重越え来ぬ峰の白雲
目の前に桜の咲いた姿を思い浮かべて、いったい幾つ越えて来たのだろうか、峰にかかる花のまぼろしのような白雲を
この歌を優れているというように申しておられることについては、どう思われますか』
と申し上げました。
『さあ、よそではなぜそのように評されているのでしょうか、私にはわかりません。やはり私自身としては、先の歌(夕されば~深草の里)と言葉で比べようもありません』
とのでした」
と語って、(俊恵が長明に)このことを内々に申したことには、
かの歌は『身にしみて』といふ腰の句の
原文
「かの歌は『身にしみて』といふ腰の句の、いみじう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただそらに、身にしみけむかしと思はせたるこそ、心にくくも優にもはべれ。
語釈
- 腰の句:和歌の第三句の五文字。
- 景気:歌から想像される風景。
- 景気の句:景色など目の前の事柄をそのままに詠んだ句。
- 言ひ流す:(和歌などを)さらりと詠む。
- そらに:何も見ないで。そらんじて。そらで。
- こころにくし【心憎し】:心ひかれる。奥ゆかしい。
- 優:上品だ・優雅だ。優美だ。
現代語訳
「あの歌は『身にしみて』という第三句が、とても残念に思われるのです。これほどに完成された歌は、情景を表す句をさらっと詠んで、言葉に出さなくても自然に、さぞ身にしみたであろうと思わせるのが、奥ゆかしくも優美でもあります。
いみじく言ひもてゆきて
原文
いみじく言ひもてゆきて、歌の詮とすべき節をさはさはと言ひ表したれば、むげにこと浅くなりぬるなり」
とぞ。
そのついでに、
「わが歌の中には、
語釈
- 言ひもてゆく:だんだん話していく。言い続けていく。
- 詮:大事なところ。
- さはさは【爽爽】:さっぱり。すっきり。すらすら。
- むげに【無下に】:むやみに。すっかり。容赦なく。まったく。
現代語訳
たいそう巧みに言葉を連ねていって、歌の大事なポイントとすべき節を(身にしみてと)あからさまに言い表したので、まったく浅い歌になってしまったのです」
ということでした。
そのついでに、
「私の歌の中では、
み吉野の山かき曇り雪降れば
原文
み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
これをなむ、かの類にせむと思ひたまふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人もあらば、『かくこそ言ひしか』と語りたまへ」
とぞ。
語釈
- み吉野:奈良県吉野地方の美称。桜の名所。
- かき曇る:空が急に暗くなる。空一面が曇る。
- うちしぐる【打ち時雨る】:時雨がさっと降る。しぐれる。
- 世の末:後の世。将来。
- おぼつかなし【覚束なし】:はっきりしない。
現代語訳
み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
美しい吉野の山が一面に曇って雪が降ると、そのふもとの里では冷たい時雨が降ったりやんだりしていることよ
この歌をそう、あの俊成卿が自賛した歌の類にしようと思っております。もし後の世に(俊恵の代表歌がどれか)はっきりしないという人でもいたならば、『このように言っていた』と語ってください」
と言いました。
無名抄「俊成自讃歌のこと」原文全文
俊恵いはく、
「五条三位入道の御許に参でたりしついでに、
『御詠の中には、いづれをか優れたりと思ほす。人はよそにてやうやうに定めはべれど、それをば用ゐはべるべからず。まさしくうけたまはらむ』
と聞こえしかば、
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
『これをなむ、身にとりてのおもて歌と思ひたまふる』
と言はれしを、俊恵またいはく、
『世にあまねく人の申しはべるには、
面影に花の姿を先立てて幾重越え来ぬ峰の白雲
これを優れたるやうに申しはべるはいかに』
と聞こゆ。
『いさ、よそにはさもや定めはべるらん、知りたまへず。なほみづからは、先の歌には言ひ較ぶべからず』
とぞはべりし」
と語りて、これをうちうちに申ししは、
「かの歌は『身にしみて』といふ腰の句の、いみじう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただそらに、身にしみけむかしと思はせたるこそ、心にくくも優にもはべれ。いみじく言ひもてゆきて、歌の詮とすべき節をさはさはと言ひ表したれば、むげにこと浅くなりぬるなり」
とぞ。
そのついでに、
「わが歌の中には、
み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
これをなむ、かの類にせむと思ひたまふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人もあらば、『かくこそ言ひしか』と語りたまへ」
とぞ。


無名抄「俊成自讃歌のこと」現代語訳全文
俊恵が言うことには、
「五条三位入道こと、藤原俊成卿のご自宅に参りました折に、
『俊成殿がお詠みになった歌の中では、どの歌が優れているとお思いになりますか。人は外野からあれこれと決めつけてきますが、その意見に左右されるべきではないでしょう。はっきりとご本人からお聞きしたいのです』
と申し上げると、
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
夕方になると、野原を吹き渡る冷たい秋風が身にしみる。鶉の鳴く声がもの寂しく感じられる深草の里よ。
この歌こそが、私自身にとっての代表歌と思っております』
と言われたので、この俊恵はまた、
『世間の大多数の人が申しておりますことには、
面影に花の姿を先立てて幾重越え来ぬ峰の白雲
目の前に桜の咲いた姿を思い浮かべて、いったい幾つ越えて来たのだろうか、峰にかかる花のまぼろしのような白雲を
この歌を優れているというように申しておられることについては、どう思われますか』
と申し上げました。
『さあ、よそではなぜそのように評されているのでしょうか、私にはわかりません。やはり私自身としては、先の歌(夕されば~深草の里)と言葉で比べようもありません』
とのでした」
と語って、(俊恵が長明に)このことを内々に申したことには、
「あの歌は『身にしみて』という第三句が、とても残念に思われるのです。これほどに完成された歌は、情景を表す句をさらっと詠んで、言葉に出さなくても自然に、さぞ身にしみたであろうと思わせるのが、奥ゆかしくも優美でもあります。たいそう巧みに言葉を連ねていって、歌の大事なポイントとすべき節を(身にしみてと)あからさまに言い表したので、まったく浅い歌になってしまったのです」
ということでした。
そのついでに、
「私の歌の中では、
み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
美しい吉野の山が一面に曇って雪が降ると、そのふもとの里では冷たい時雨が降ったりやんだりしていることよ
この歌をそう、あの俊成卿が自賛した歌の類にしようと思っております。もし後の世に(俊恵の代表歌がどれか)はっきりしないという人でもいたならば、『このように言っていた』と語ってください」
と言っていました。










