無名抄「俊成自讃歌のこと」の現代語訳をわかりやすく解説

『無名抄』の「俊成自讃歌のこと」は、長明の和歌の師である俊恵しゅんえが、俊成しゅんぜいこと藤原俊成ふじわらのとしなりに「おもて歌」を尋ねた時のエピソードです。おもて歌とは「代表作」の意味で、俊成は次の歌をあげます。

ゆふされば野辺のべ秋風あきかぜにしみてうづらくなり深草ふかくささと

しかし、この答えに納得できなかった俊恵は、俊成の自讃歌「深草の里」の欠点を長明に語ります。

「俊成自讃歌のこと」「おもて歌」「深草の里」などの題で知られる『無名抄』の本文について、現代語訳と原文をわかりやすく解説します。

目次

「俊成自讃歌のこと」の原文と現代語訳

俊恵いはく

原文

 俊恵しゅんゑいはく、

五条ごでうのさん入道にふだうもとでたりしついでに、

えいの中には、いづれをかすぐれたりとおもほす。人はよそにてやうやうに定めはべれど、それをばもちゐはべるべからず。まさしくうけたまはらむ』

と聞こえしかば、

現代語訳

 俊恵しゅんえが言うことには、

五条三位入道ごじょうのさんみにゅうどうこと藤原俊成卿ふじわらのとしなりきょうのお宅へ参上した折に、

『ご自身が詠んだ歌の中では、どの歌を優れているとお思いですか。人々はよそからあれこれと評しておりますが、それをそのまま採るべきではありません。ご本人の口から伺いたいのです』

と申し上げたところ、

意味・語釈
  • 俊恵しゅんゑ:鴨長明の和歌の師。俊成と同世代(1113年生まれ)の歌人。
  • 五条ごでうのさん入道にふだう藤原俊成ふじわらのとしなり俊成しゅんぜいは有職読み)。五条京極に邸宅があり、正三位の官位を持っていたことによる別名。1114年生まれ。
  • もと:お住まい。お宅。
  • よそ【余所】:ほかの場所。遠いところ。
  • もちゐる:(意見などを)採り入れる。
  • まさしく【正しく】:はっきりと。直接に。確かに。

夕されば野辺の秋風身にしみて

原文

ゆふされば野辺のべ秋風あきかぜにしみてうづらくなり深草ふかくささと

『これをなむ、にとりてのおもてうたおもひたまふる』

はれしを、俊恵しゆんゑまたいはく、

現代語訳

(俊成のセリフ)

ゆふされば野辺のべ秋風あきかぜにしみてうづらくなり深草ふかくささと

夕方になると、野辺を吹き渡る秋風が身にしみて、鶉が悲しげに鳴いているよ、深草の里

『この歌こそが、この身にとっての代表歌だと思っております』

とおっしゃったので、俊恵はさらに、

意味・語釈
  • ゆふされば:「さる」は移り変わる意。夕方になる。夕方が来る。
  • 野辺のべ:野のあたり。野原。
  • おもて歌【面歌・表歌】:代表作。

世にあまねく人の申しはべるには

原文

にあまねくひとまうしはべるには、

面影おもかげはな姿すがたさきてていくみね白雲しらくも

これをすぐれたるやうにまうしはべるはいかに』

こゆ。

現代語訳

『世間で広く人々が申していることには、

面影おもかげはな姿すがたさきてていくみね白雲しらくも

心に花の姿を思い浮かべて、それを先に立たせるようにして、これまで幾重越えて来たことだろうか、峰にかかる白雲を

この歌を優れているように申しておりますが、いかがでしょうか』

と申し上げた。

意味・語釈
  • あまねし【遍し・普し】:すみずみにまで広く行きわたっている。
  • 面影おもかげ:目の前に浮かぶ姿。まぼろし。幻影。

いさよそにはさもや定めはべるらむ

原文

『いさ、よそにはさもやさだめはべるらむ、りたまへず。なほみづからは、さきうたにはくらぶべからず』

とぞはべりし」

 とかたりて、これをうちうちにまうししは、

現代語訳

『さあ、よそではそのように評価しているのでしょうか、知りませんね。やはり私自身としては、先の歌には言い比べようもありません』

とお答えになったのでした」

 と語って、このことを内々に申したことには、

意味・語釈
  • いさ:相手の質問に対して、すぐに答えられない時に発する語。さあ。さあね。
  • 定む:議論する。評議する。判定する。

かの歌は身にしみてといふ腰の句の

原文

「かのうたは、『にしみて』といふこしの、いみじうねんおぼゆるなり。これほどになりぬるうたは、けいながして、ただそらにしみけむかしとおもはせたるこそ、こころにくくもいうにもはべれ。いみじくひもてゆきて、うたせんとすべきふしをさはさはとあらわしたれば、むげにことあさくなりぬるなり」

 とぞ。

現代語訳

「あの歌は、『身にしみて』という第三句が、とても残念に思われるのです。これほどに完成された歌は、情景を表す句をさらりと詠んで、ただそれとなく身にしみたのだろうと思わせるのが、奥ゆかしもあり、優美でもあります。巧みに言葉を連ねていって、歌の要とすべき節をあからさまに言い表してしまったので、すっかり浅い歌になってしまったのです」

 ということでした。

意味・語釈
  • こし:和歌の第三句の五文字。
  • けい:歌から想像される風景。
  • 言ひ流す:(和歌などを)さらりと詠む。
  • そらに:何も見ないで。そらで。自然に。それとなく。
  • こころにくし【心憎し】:心ひかれる。奥ゆかしい。
  • いう:上品だ・優雅だ。優美だ。

そのついでに

原文

 そのついでに、

「わがうたなかには、

よしやまかきくもゆきればふもとのさとはうちしぐれつつ

これをなむ、かのたぐひにせむとおもひたまふる。もしすゑに、おぼつかなくひともあらば、『かくこそひしか』とかたりたまへ」

 とぞ。

現代語訳

 その話のついでに、俊恵は、

「私の歌の中では、

よしやまかきくもゆきればふもとのさとはうちしぐれつつ

吉野の山が一面に曇って雪が降ると、ふもとの里では時雨が降ったりやんだりしていることよ

この歌をそう、あの類の歌にしようと思っています。もし後の世になって、不確かなことを言う人がいたならば、『俊恵がこう言っていたのだ』と語ってください」

 と言ったのでした。

意味・語釈
  • よし:奈良県吉野地方の美称。桜の名所。
  • かき曇る:空が急に暗くなる。空一面が曇る。
  • うちしぐる【打ち時雨る】:時雨がさっと降る。しぐれる。
  • 世の末:後の世。将来。
  • おぼつかなし【覚束なし】:はっきりしない。

「俊成自讃歌のこと」のポップなあらすじ

俊恵

俊成氏的には、自分の歌の中でどれが神作だと思う?

俊成

「夕されば~深草の里」なんだな

俊恵

でもみんなは「面影に~峰の白雲」だって言ってるよ?

俊成

みんなのことはよくわからないんだな、小生的にはやっぱり「深草の里」なんだな

俊恵

俊成氏、気を悪くしちゃったかな⋯⋯


俊恵

長明、あの歌は「身にしみて」が残念なんよ

長明

そうかも?

俊恵

あっ、ワイの神作は「み吉野の~うちしぐれつつ」な。後世でなんか言う人がいたら、ワイが言ってたって伝えてな。

長明

と、おいらにだけ語ってくれたかも

「俊成自讃歌のこと」の原文を通して読む

 俊恵しゆんゑいはく、

五条ごでう三位さんみ入道にふだうもとでたりしついでに、

えいなかには、いづれをかすぐれたりとおもほす。ひとはよそにてやうやうにさだめはべれど、それをばもちゐはべるべからず。まさしくうけたまはらむ』

こえしかば、

ゆふされば野辺のべ秋風あきかぜにしみてうづらくなり深草ふかくささと

『これをなむ、にとりてのおもてうたおもひたまふる』

はれしを、俊恵しゆんゑまたいはく、

にあまねくひとまうしはべるには、

面影おもかげはな姿すがたさきてていくみね白雲しらくも

これをすぐれたるやうにまうしはべるはいかに』

こゆ。

『いさ、よそにはさもやさだめはべるらむ、りたまへず。なほみづからは、さきうたにはくらぶべからず』

とぞはべりし」

 とかたりて、これをうちうちにまうししは、

「かのうたは、『にしみて』といふこしの、いみじうねんおぼゆるなり。これほどになりぬるうたは、けいながして、ただそらにしみけむかしとおもはせたるこそ、こころにくくもいうにもはべれ。いみじくひもてゆきて、うたせんとすべきふしをさはさはとあらわしたれば、むげにことあさくなりぬるなり」

 とぞ。

 そのついでに、

「わがうたなかには、

よしやまかきくもゆきればふもとのさとはうちしぐれつつ

これをなむ、かのたぐひにせむとおもひたまふる。もしすゑに、おぼつかなくひともあらば、『かくこそひしか』とかたりたまへ」

 とぞ。

「俊成自讃歌のこと」の現代語訳全文を読む

 俊恵しゅんえが言うことには、

五条三位入道ごじょうのさんみにゅうどうこと藤原俊成卿ふじわらのとしなりきょうのお宅へ参上した折に、

『ご自身が詠んだ歌の中では、どの歌を優れているとお思いですか。人はよそからあれこれと評しておりますが、それをそのまま採るべきではありません。ご本人の口から伺いたいのです』

と申し上げたところ、俊成卿は、

ゆふされば野辺のべ秋風あきかぜにしみてうづらくなり深草ふかくささと

夕方になると、野辺を吹き渡る秋風が身にしみて、鶉が寂しげに鳴いているよ、深草の里

『この歌こそが、この身にとっての代表歌と思っております』

とおっしゃいました。そこで俊恵はまた、

『世間で広く人々が申していることには、

面影おもかげはな姿すがたさきてていくみね白雲しらくも

心に花の姿を思い浮かべて、それを先に立たせるようにして、これまで幾重越えて来たことだろうか、峰にかかる白雲を

この歌を優れているように申しておりますが、いかがでしょうか』

と申し上げた。すると俊成卿は、

『さあ、よそではそのように評価しているのでしょうか、知りませんね。やはり私自身としては、先の歌には言い比べようもありません』

とお答えになったのでした」

 と、俊恵は語って、このことを内々に申したことには、

「あの歌は、『身にしみて』という第三句が、とても残念に思われるのです。これほどに完成された歌は、情景を表す句をさらりと詠んで、ただそれとなく身にしみたのだろうと思わせるのが、奥ゆかしもあり、優美でもあります。巧みに言葉を連ねていって、歌の要とすべき節をあからさまに言い表してしまったので、すっかり浅い歌になってしまったのです」

 ということでした。

 その話のついでに、俊恵は、

「私の歌の中では、

よしやまかきくもゆきればふもとのさとはうちしぐれつつ

吉野の山が一面に曇って雪が降ると、ふもとの里では時雨が降ったりやんだりしていることよ

この歌をそう、あの類の歌にしようと思っています。もし後の世になって、不確かなことを言う人がいたならば、『俊恵がこう言っていたのだ』と語ってください」

 と言ったのでした。

「俊成自讃歌のこと」の品詞分解

「俊成自讃歌のこと」の品詞分解については、こちらの記事をご覧ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次