このページでは、鴨長明『発心集』第4巻(第38話~第47話)の原文全文を掲載しています。本文を読みやすくするため、漢字に歴史的仮名遣いによる振り仮名を付けました。
現代語訳と照らし合わせたい方は、『発心集』第4巻 現代語訳全文をご覧ください。本文の表記や説話ごとの区分は、以下の文献を参考に、当サイトの判断で読みやすく整えています。
第38話 中ごろ、義叡といひて
中ごろ、義叡といひて、ここかしこ、行ひ歩く修行者ありけり。熊野より大峰に入りて、御嶽へ出づる間に、道を踏みたがへて、十日余りがほど、すずろに嶮しき谷、峰を迷ひ歩きける。身疲れ、力尽きて、いとどあやふく思えければ、心をいたして、本尊に祈り乞ふ。
その後、からうじて平らかなる所に行き出でたりけり。そこに一つの松原あり。林の中に一つの庵あり。近く歩みよりて、これを見るに、えもいはぬ、新しく作れる屋あり。物の具飾り、みな玉のごとし。庭の砂子雪に異ならず。植木には花咲き、木の実結び、前栽にはさまざまの咲く花色ことに妙なり。義叡これを見て、喜ぶことかぎりなし。
しばしうち休みつつ、この屋の内を見れば、聖一人あり。齢わづかに二十ばかりにやと見ゆ。衣、袈裟うるはしく着て、法華経読みたてまつる。この声妙なることたとへていはん方なし。一巻を読み終はりて、経机の上に置けば、その経人も手触れぬに、みづから巻き返されて、もとのごとくになる。かくしつつ、一の巻より八巻にいたるまで、巻くこと前のごとし。一部読み終はりて廻向礼拝す。
その後、立ち出でて、この人を見て、驚きあやしみていはく、
「この所には、昔より人来ることなし。山の中にも深き山なれば、鳥の声だにも聞こえず。いかにして来たれるぞ」
と言ふ。ことのありさま始めより語る。すなはち、あはれみて、坊の内へ呼び入れつ。
とばかりありて、形えもいはずうつくしき童子めでたき食ひ物を捧げて来たる。聖この僧に勧むれば、これを食ひ終はりぬ。味はひの妙なること人間の食にあらず。おほかた、ことにふれ、ものごとに不思議ならずといふことなし。
僧聖に問ひていはく
「この所に住みて、幾年ばかりにかなりたまへる。また、いかなることかはべる。何ごともおぼす様なりや」
と言ふ。聖のいはく、
「ここに住み初めて後、八十余年になりぬ。われもとは叡山東塔の三昧座主の弟子にてなんありしが、しかあるを、いささかのことによりて、はしたなくさいなまれしかば、愚かなる心にて、かしこに迷ひ歩きて、定めたりし所もなかりき。よはひ衰へて後、この山に跡をとどめて、今はここにて終はらんことを待つなり」
と言ふ。
僧いよいよ怪しく思えて、重ねて問ふ。
「人来たらぬよしのたまへど、めでたき童子あまた見ゆ。これ御偽りに似たり」
聖のいはく、
「天諸童子以為給仕、何かは怪しからん」
と言ふ。僧また同じく、
「よはひたけたるよしをのたまへど、御形を見れば、若く盛りなり。これまたおぼつかなし」
聖のいはく、
「得聞是経病即消滅不老不死、さらに飾れることにあらず」
かくて、ややほど経る間に、聖この僧を勧めていはく、
「とく帰りたまへ」
と言ふ。僧歎きて言ふやう、
「日ごろ迷ひ歩きつるほどに、身疲れ、力尽きて、たちまちに帰るべき心地もせず。いはんや、日すでに傾きて夜に入なんとす。何のゆゑにか、聖われをいとひたまへる」
と言ふ。聖のいふやう、
「いとふにはあらず。はるかに人間の気を離れて、多くの年を経たるゆゑに、勧め聞こゆばかりなり。もし、今夜泊まらんとならば、身を動かさず、音を立てずして居たれ」
と教ふ。僧聖の教へのごとく、隠れつつ居たり。
やうやう夜更くるほどに、風にはかに吹きて、常の気色にあらず。すなはち、さまざまの形したる、鬼神、諸の猛き獣数も知らず集まる。馬面なるもあり、牛に似たるもあり、また、鳥の頭なるもあり。鹿の形なるもあり。おのおの香花のごとく、果物のたぐひ、もろもろの飯食を捧げて、松の庭に高き机を立てて、その上に置きつつ、掌を合はせて敬ひ拝みて、平び居ぬ。
この中に、ある輩のいはく、
「怪しきかな。常に似ず、人間の気あり」
また、あるがいはく、
「何人か、ここに来たらん」
と言ふ。そののち、聖発願して法華経を読む。
暁に及びて、廻向する時、このもろもろの輩敬ひ拝して去りぬ。僧問ひていはく、
「このさまざま形したる物、数も知らず、何のたぐひ、いづれの所より来たれるぞ」
聖のいはく、
「若人在空閑、我遣天竜王、夜叉鬼神等、為作聴法衆、これなり」
と云ふ。さまざまの不思議を見、聖の言葉を聞くに、貴く頼もしきことかぎりなし。
明けぬれば、「今は帰りなん」と思ひて、なほ、道にまどはんことを歎く。聖の、
「しるべを付けて、送りまうすべし」
と言ひて、水瓶を取りて、前に置く。その水瓶踊り下りて、やうやう先に行く。
その瓶の後に付きて行くままに、二時ばかりを経て、山の頂に登りぬ。ここにて見下せば、麓に人里あり。その時に、水瓶空に昇りて、もとの所に飛び帰りにけり。
この人、里に行き出でて、このことをば語り伝へたりけるなり。記とて、かれこれに記し置ける文あれど、ことしげければ、覚ゆるばかりを書きたるなり。
第39話 浄蔵貴所と聞こゆるは善宰相清行の子
浄蔵貴所と聞こゆるは善宰相清行の子、並びなき行人なり。
山にて、鉢の法を行ひて、鉢を飛ばしつつ過ぎけるころ、ある日、空しき鉢ばかり帰り来て、入る物なし。あやしく思ふほどに、このこと続けて三日になりぬ。
驚きて、「道の間にいかなることのあるぞ。見ん」と思ひて、四日といふ日、鉢の行く方の山の峰に出でて、うかがひけるほどに、わが鉢とおぼしくて、京の方より飛び来るを、北の方より、また、あらぬ鉢の来合ひて、その入る物を移し取りて、もとの方へ帰り行くありけり。
これを見るに、「いと安からず。さりとも」とこそ思ふに、「誰ばかりかは、わが鉢の物移し取るわざをせん。このこと目ざましき者のしわざかな。見ん」と思ひて、わが空しき鉢を加持して、それをしるべにてなん、はるばると北をさして、雲霧をしのぎつつ分け入りける。
「今は二、三百町も来ぬらん」と思ふほどに、ある谷はざまの、松風響き渡りて、いさぎよく好もしき所に、一間ばかりなる草の庵あり。みぎりに苔青く、軒近く清水流れたり。内を見れば、年たかき僧の痩せ衰へたるただ一人居て、脇息に寄りかかりつつ経を読む。
「いかにも、ただ人にあらず。この人のしわざなめり」と思ふほどに、浄蔵を見て言ふやう、
「いづくより、いかにして来たりたまへる人ぞ。おぼろけにても、人の詣で来ることもはべらぬを」
と言ふ。
「そのことにはべり。われは比叡の山に住みはべりける行者なり。しかるに、月日を送るはかりごとなくて、このほど、鉢を飛ばしつつ行をしはべるに、昨日、今日、ことごとしく怪しきことのはべりつれば、憂へまうさんとてまゐり来たるなり」
と言ふ。僧の言ふやう、
「えこそ知りはべらね。いと不便にはべることかな。尋ねはべらん」
とて、しのびに人を呼ぶ。すなはち、庵の後ろの方より、いらへて来る人を見れば、十五、六ばかりなる、うつくしき童子の、うるはしく唐装束したるなり。
僧これをいさめて言ふやう、
「このおほせらるることは、なんぢがしわざか。いとあたらぬことなり。今よりは、さるわざなせそ」
と言へば、顔うち赤めて、ものも言はで帰りぬ。
「かくまうしつれば、今は、よも、さやうのわざはつかまつらじ」
と言ふ。
浄蔵不思議の思ひをなして、帰り去らんとする時、僧の言ふやう、
「はるばると分け来たりたまひて、さだめて苦しくおぼすらん。しばし待ちたまへ。饗応したてまつらん」
とて、また人を呼ぶ。同じさまなる童子いらへて、さし出でたり。
「かく遠きほどより渡りたまへるに、しかるべからんものまゐらせよ」
と言ひければ、童子帰り入りて、瑠璃の皿に唐梨の剥きたるを四つ入れて、檜扇の上に並べてぞ持ち来たる。
「それ、それ」
と勧むれば、これを取りて食ふ。味はひの旨きこと天の甘露のごとし。わづかに一菓を食ふに、身も冷ややかに、力付きてなん思えける。
すなはち、雲を分けつつ帰るほどに、道も近々しく見えざりければ、いづくとも思えず。
「そのさま、ただ人とは見えざりき。読誦仙人なんどのたぐひにや」
とぞ語りける。
第40話 永心法橋といふ人、近きころのことにや
永心法橋といふ人近きころのことにや、清水へ百日まゐりける時、日暮れて、橋を渡りけるに、河原にいみじう人の泣く声聞こえける。「何者の、いかなることを愁ふるにか」とおぼつかなきうちにも、「観音はあはれみを先としたまへり。その徳をあふぎたてまつりて詣でながら、情けなくとぶらはで過ぎんことこそ、いとあやしけれ」と思ひて、声を尋ねつつ、近くいたりて、
「何者のかくは泣くぞ」
と問ふ。
「かたは人にはべり」
と答ふ。
「いかなることをか愁ふる」
と問へば、
「われかたはにまかりなりにし後、知れる人にもことごとく別れて、立ち寄る所もはべらぬにより、先立ちてかたはなる人の家を借りて、そこに宿り居てはべれば、昼は日くらしといふばかりせためつかひはべり。憂しとても、なれぬ身なれば、また物を乞ひて寿をつがんとつかまつる。とにかくに、身の苦しさ、まうし尽すべき方なし。余の方に、うち休むべきを、また、この病の苦痛に責められて、寝られはべらず。切り焼くがごとく、うづき、ひびらき、身もほとほりて、堪へ忍ぶべくもあらねば、もしや、助かると川のほとりに詣で来て、足を冷しはべるなり。いにしへ、世々にいかなる逆罪を作りて、かかる報ひを受けつらんと、悲しく心憂くはべるに、そのかみ、住山して、形のごとく学問なんどしはべりしは、大師の釈に、唯円教意、逆即是順、自余三教、逆順是故といふ文をただ今思ひ出でて、その心を静かに思ひ続けはべる。貴く、頼もしく思えて、とにかくに、さくりもしあへず、泣かれはべるなり」
と語る。
永心これを聞くに、あはれにいとほしきことかぎりなし。すなはち、
「わが一山の同法にこそありけれ」
とて、涙を流しつつ、みづから着たりける帷脱ぎて、取らせて、逆即是順なるやう、ねんごろに、やや久しく説き聞かせて、去にけり。
「年比を経ぬれど、忘れず」
となん語りける。
第41話 山に、叡実阿闍梨といひて、貴き人ありけり
山に、叡実阿闍梨といひて、貴き人ありけり。
御門の御悩み重くおはしましけるころ、めしければ、たびたび辞しまうしけれど、重ねたるおほせ否みがたくて、なまじひにまかりける道に、あやしげなる病人の足手もかなはずして、ある所の築地のつらにひらがり伏せるありけり。
阿闍梨これを見て、悲しみの涙を流しつつ、車より降りて、あはれみとぶらふ。畳、求めて敷かせ、上に仮屋さし覆ひ、食ひ物求めあつかふほどに、やや久しくなりにけり。
勅使
「日暮れぬべし。いといと便なきことなり」
と言ひければ、
「まゐるまじき。かく、その由をまうせ」
と云ふ。御使驚きて、ゆゑを問ふ。阿闍梨いふやう、
「世を厭ひて、心を仏道に任せしより、御門の御こととても、あながちに貴からず。かかる非人とても、また愚かならず。ただ、同じやうに思ゆるなり。それにとりて、君の御祈りのため、験あらん僧をめさんには、山々寺々に多かる人誰かはまゐらざらん。さらにこと欠くまじ。この病者にいたりては厭ひ汚なむ人のみありて、近付きあつかふ人はあるべからず。もし、われ捨てて去りなば、ほとほと寿も尽きぬべし」
とて、彼をのみ、あはれみ助くる間に、つひにまゐらずなりにければ、時の人ありがたきことになん言ひける。
この阿闍梨終はりに往生をとげたり。くはしく伝にあり。

第42話 中ごろ、肥後国に僧ありけり
中ごろ、肥後国に僧ありけり。もとは清かりけるを、年半ばたけて後、妻をなんまうけたりける。かかれど、なほ後世のことを思ひ放たず、理観を心にかけつつ、その勤めの為に別に屋を作りて、かしこを観念の所と定めて、年ごろ勤め行ひけり。
この妻男のため心ざし深く、ことにふれてねんごろなりけれど、いかが思ひけん、病を受けたりける時、この妻にうちとけず、あひ知れる僧を呼びて、忍び語らふやう、
「もし、限りならん時は、あなかしこ、あなかしこ、妻の方に告げたまふな。ことさら、少し思ふゆゑあり」
と言ひければ、その心得てのみあつかふほどに、いともわづらはず、終はり思ふさまにめでたくして、西に向かひて息絶えにけり。
さてしも、あるべきならねば、とばかりありて、妻にこのことを告ぐ。すなはち、驚きまどひ、をびたたしく手をたたきて、眼をいからかし、もだへ迷ひて絶え入りぬ。
人おぢて、近付きも寄らざりける間に、一時ばかりありて、世に恐ろしう、声のある限りをめき叫びて言ふやう、
「われ拘留孫仏の時より、こやつが菩提を妨げんために、世々生々に妻となり、男となり、さまざま親しみたばかりて、今まで本意のごとく随ひ付きもたりつるを、今日すでに逃がしつる。ねたきわざかな」
と言ひて、歯をくひしばり、垣壁を叩く。人いとど恐れをののきて、みな這ひ隠れたる間に、いづちともなく失せにけり。その後、つひに行方知らずとなん。往生伝には、「康平の比」と註せり。
これ一人が上にあらず。悪魔のさりがたき人となりて、二世を妨ぐることは、誰も必ずあるべきことなり。かかれば、このことを心にかけつつ、親しき疎き分かず、善をすすむる人あらば、「仏菩薩こそさまざま形を変じて、人を化度したまへ。もし化身か、もしまた、その便りか」とむつましく思ひ、罪を作らせ、功徳を妨げて、執を留めん人をば、世々生々の悪縁と恐れて、遠ざからんことを願ふべし。
おほかた、人の心は野の草の風に随ふがごとし。縁によりてなびきやすし。誰かは道心なき人といへど、仏に向かひたてまつりて、掌を合はせざる。いかなる智者かは媚びたる形を見て、目を悦ばしめざる。
かの浄蔵貴所は日本第三の行人なれど、近江の守ながよが女に契りを結べり。久米の仙人は通を得て、空を飛びありきけれど、下種女の、物洗ひける脛の白かりけるに欲を発して、仙を退して、ただ人となりにけり。
今の世にも、手足の皮を剥ぎて、指を灯し、爪を砕き、さまざま、かたはをさへつけて仏道を行ふ人はその発心のほど隠れなけれど、悪縁にあひて、妻子をまうくるためし多かり。われも人も凡夫なれば、ただ近付かぬにはしかぬなり。
第43話 昔、玄賓僧都いみじう貴き人なれば
昔、玄賓僧都いみじう貴き人なれば、高きも賤しきも、仏のごとく思へりける中に、大納言なる人なん年ごろことにあひ頼みたまひたりける。
かかる間に、僧都そこはかとなく悩みて、日ごろになりぬ。大納言おぼつかなさのあまりに、みづから渡りたまひて、
「さても、いかなる御心地にか」
なんど、細やかにとぶらひたまふを、
「近く寄りたまへ。まうしはべらん」
とあれば、あやしくて、さし寄りたまへるに、忍びて聞こゆ。
「まことには、ことなる病にもはべらず。一日、殿の御もとへ詣でたりしに、北の方の形いとめでたくて見えたまへりしを、ほのかに見たてまつりて後、もの思えず心まどひ胸ふたがりて、いかにもものの言はれはべらぬなり。このことまうすにつけてはばかりあれど、深く頼みたてまつりて久しくなりぬ。いかでかは隔てたてまつらんと思ひてなん」
と聞こゆ。
大納言驚きて、
「さらば、などかはとくはのたまはざりし。いと安きことなり。すみやかに御悩みをやめてん。渡りたまへ。いかにも、のたまはんままに、便りよくはからひはべらん」
とて、帰りたまひぬ。
うへに、
「かく」
と聞こえたまふに、
「さらなり。なのめにおほせられんやは。いとあさましく心憂けれど、かくねんごろにおぼしはからふことなれば、いなびたまはじ」
その用意して、僧都のかなひせさせたまへるに、いとことうるはしく、法服正しくして来たりたまへり。あやしく、げにげにしからずは思ゆれど、間なんど立てて、さるやうなる方に入れたてまつらせたまふ。
上のうつくしう、とりつくろひて居たまへるを、一時ばかり、つくつくとまぼりて、弾指をぞたびたびしける。かくて、近く寄ることなくて、中門の廊に出でて、物をなんかづきて帰りにければ、主いよいよ貴みたまふことかぎりなかりけり。不浄を観じて、その執をひるがへすなるべし。
かくいふは人の身の穢らはしきことを思ひとくなり。もろもろの法みな、仏の御教へなれど、聞き遠きことは愚かなる心にはおこらず。この観に至りては、目に見え、心に知れり。悟りやすく、思ひやすし。「もし、人のためにも愛着し、みづからも心あらん時は、必ずこの相を思ふべし」と言へり。
おほかた、人の身は骨、肉のあやつり、朽ちたる家のごとし。六腑五臓のありさま毒蛇のわだかまるにことならず。血は体をうるほし、筋、継ぎ目をひかへたり。わづかに薄き皮一重、覆へるゆゑに、このもろもろの不浄を隠せり。粉を施し、たき物を移せど、誰かは偽はれる飾りと知らざる。
海に求め、山に得たる味ひも、一夜経ぬれば、ことごとく不浄となりぬ。いはば、描ける瓶に糞穢を入れ、腐りたる屍に錦をまとへるがごとし。もし、たとひ大海を傾けて洗ふとも、浄まるべからず。もし、栴檀を焚きて匂はすとも、久しく香ばしからじ。
いはんや、魂去り、寿尽きぬる後は、むなしく塚のほとりに捨つべし。身膨れ、腐り、乱れて、つひに白き屍となり、真の相を知るゆゑに、念々に是を厭ひ、「愚かなる者は仮の色にふけりて、心をまどはすこと、たとへば、厠の中の虫の、糞穢を愛するがごとし」と言へり。
第44話 ある宮腹の女房世を背けるありけり
ある宮腹の女房世を背けるありけり。
病をうけて限りなりける時、善知識に、ある聖呼びたりければ、念仏勧むるほどに、この人色真青になりて、恐れたる気色なり。あやしみて、
「いかなることの、目に見えたまふぞ」
と問へば、
「恐ろしげなる者どもの火の車を率て来るなり」
と言ふ。聖の言ふやう、
「阿弥陀仏の本願を強く念じて、名号をおこたらず唱へたまへ。五逆の人だに、善知識に会ひて、念仏十度まうしつれば、極楽に生まる。いはんや、さほどの罪は、よも作りたまはじ」
と言ふ。すなはち、この教へによりて、声をあげて唱ふ。
しばしありて、その気色なほりて、悦べる様なり。聖またこれを問ふ。語りていはく、
「火の車は失せぬ。玉の飾りしたるめでたき車に、天女の多く乗りて、楽をして、迎ひに来たれり」
と言ふ。聖のいはく、
「それに乗らんとおぼしめすべからず。なほなほ、ただ阿弥陀仏を念じたてまつりて、仏の迎ひにあづからんとおぼせ」
と教ふ。これによりて、なほ念仏す。
また、しばしありていはく、
「玉の車は失せて、墨染の衣着たる僧の貴げなるただ一人来たりて、今は、いざたまへ。行くべき末は道も知らぬ方なり。われそひてしるべせんと言ふ」
と語る。
「ゆめゆめ、その僧に具せんとおぼすな。極楽へまゐるには、しるべいらず。仏の悲願に乗りて、おのづから至る国なれば、念仏をまうして、一人まゐらんとおぼせ」
と勧む。
とばかりありて、
「ありつる僧も見えず、人もなし」
と言ふ。聖のいはく、
「その隙に、とくまゐらんと心をいたして、強くおぼして、念仏したまへ」
と教ふ。
その後、念仏五六十返ばかりまうして、声のうちに息絶えにけり。
これも魔のさまざまに形を変へて、たばかりけるにこそ。
第45話 年ごろ、あひ知る人ありき
年ごろ、あひ知る人ありき。過ぎぬる建久のころ、重き病を受けたりける時、頼みたりける聖を呼びければ、行きて、ねんごろに身あつかひけり。
かくて、のどかにこの人のさまを見るに、病のありさまいと心得ず。日にそへて弱り行くを、みづからは「死ぬべし」とも思ひもよらず。あたりの女房なんど、まして、かけても思ひよらざりけり。
この人いとけなき子あまたある中に、ことにかなしうなんする娘一人ありける。子どもの母は先立ちて隠れにしかば、それを深く歎きて、また、異人をも見ず。この娘のかたがたみなし子になれることをあはれみつつ、このほど、「聟取らん」とて、さまざまいとなみ、沙汰しければ、さやうのこと、病む病むもなほおこたらず。この聖「いとあさましく、愚かにもあるかな」と見れど、なのめなるほどは、人を憚りて言ひ出でず。
十日ばかりありて、まめやかに重くなりぬる後、主もやうやう心細げに思ひ、人も「おのづからのこともや」なんど思へる気色を見て、聖
「憚りながら、有待の身は思はずなるものぞ。跡のことなど、かねて定め置きたまへかし」
など、言ひ出でたるに、
「まことにさるべきこと」
と言ふを聞きて、幼き子ども、あたりの人までさとうち泣く気色、いとはかなげなり。
「今夜はくらし。明日こそは」
と、のどむるほどに、その夜より、ことに重くして、いたく苦しげなり。人々驚きて、
「処分のやうをまうし合はせて、定めたまへ。御跡ゆくへなくなりぬべし」
と。聖勧む。
「まことに」
とて、
「いかやうにかはべるべき」
と言へば、
「あるべきやうは……」
とて、苦しげなるを念じて、こまごまと一時ばかり言ひ続くれど、舌も垂りにけるにこそ、
「何とも聞き分けはべらず」
と言へば、
「さらば、紙と筆とをたまへ。あらあら書き付けん」
と言ふ。すなはち取らせたれど、手もわななきて、え書かず。わづかに書き付けたるはたがはぬみみず書きなり。
すべき方なくて、姫君の乳母
「日ごろおぼしめしたりける趣きは、しかじか」
と言ふままに、はからひ書きて見ゆれど、頭を振りて、
「とく引き破りたまへ」
と言へば、引き破りつ。すべて力及ばず。さすがに心はたがはぬにや。さまざま思ふことを、え言ひあらはさずなりぬるを、心憂く思へる気色あはれに悲しきことかぎりなし。
夜の中ばかり、これほどの心あるやうに見えける。明けぬれば、物も覚えず。ことよろしきほどは処分のこと紛れにけり。
「今は」
とて、念仏勧むれど、ゆひかひなきさまなり。
かくて、明くる日の巳の時ばかりに、おほきに驚ける気色にて、二度ばかりあめきて、やがて息絶えぬるはもし、恐しき物なんどの目に見えけるにや。
このこと遠きほどなれば、後に伝へ聞きて、今一度あひ見ずなりぬることを、口惜しく思ひけるほどに、二十日ばかり過ぎて、かの人を夢に見る。滑らかなる布衣、常のさまに変はらず、対面したることを悦べる気色ながら、ものをば言はず。かくして、ただ向かひ居たりと思ひて覚めぬ。すなはち、うつつにその形あざやかなり。やうやう、ほど経るままに、薄墨になり行く。はてには、人の形ともなく、煙のやうに見えて、消え失せにき。その面影今に忘れがたくなんはべる。
おほかた、人の死ぬるありさまあはれに悲しきこと多かり。物の心知らん人は常に終はりを心にかけつつ、苦しみ少なくして、善知識に会はんことを、仏菩薩に祈りたてまつるべし。
もし、悪しき病を受けつれば、その苦痛に責められて、臨終思ふやうならず。終はり正念ならねば、また一期の行ひもよしなく、善知識の勧めもかなはず。たとひもし、臨終正念なれども、善知識の教ふるなければ、またかひなし。生涯、ただ、「今を限り」と思ふに、恩愛の別れといひ、名利の余執といひ、見るもの聞くものにふれつつ、心肝をくだかずといふことなし。いつの心のひまにか、浄土を願はんとする。
しかるを念仏の功積り、運心年深き人は加被のゆゑに、終はり正念にして、必ず善知識に会ふ。耳には誓願のほかのことを聞かず、口には称名のほかのことを言はず、最初引摂を期すれば、妻子の別れもなぐさみぬ。五妙境界を思へば、穢土の執もあらず。すずろに進んで、つひに往生を遂ぐるなり。あるひは、「かねて死期を知り、心もとなく待つこと、国を出づべき人のその日を望むがごとし」なんど言へり。
いかにいはんや、聖衆の来迎にあづかりて、楽の声を聞き、妙なる香をかぎ、まさしく尊容を見たてまつる時、心の内の楽しみ説き尽すべからず。かかれば、たとひ道心少なくとも、終はりを恐れんためにも、いかが往生を願はざらん。
第46話 武蔵国、入間川のほとりに
武蔵国、入間川のほとりに、大なる堤を築き、水を防ぎて、その内に田畠を作りつつ、在家多くむらがり居たる所ありけり。官首といふ男なん、そこに宗とある者にて、年ごろ住みける。
ある時、五月雨日ごろになりて、水いかめしう出でたりける。されど、いまだ年ごろ、この堤の切れたることなければ、「さりとも」と驚かず。かかるほどに、雨いこぼすごとく降りて、おびたたしかりける夜中ばかり、にはかに雷のごとく、よに恐ろしく鳴りどよむ声あり。この官首と家に寝たる者どもみな、驚き怪しみて、
「こは何物の声ぞ」
と恐れあへり。
官首郎等を呼びて、
「堤の切れぬると思ゆるぞ。出でて見よ」
と言ふ。すなはち、引き開けて見るに、二三町ばかり白み渡りて、海の面と異ならず。
「こは、いかがせん」
といふほどこそあれ、水ただ増さりに増さりて、天井まで付きぬ。官首が妻子をはじめて、あるかぎり、天井に登りて、桁、梁に取り付きて叫ぶ。
この中に、官首と郎等とは、葺き板をかき上げて、棟に登り居て、「いかさまにせん」と思ひめぐらすほどに、この家ゆるゆるとゆるぎて、つひに柱の根、抜けぬ。堤ながら浮きて、湊の方へ流れ行く。
その時、郎等男の言ふやう、
「今はかうにこそはべるめれ。海は近くなりぬ。湊に出でなば、この屋はみな波にうち砕かれぬべし。もしやと飛び入りて、泳ぎてこころみたまへ。かく広く流れ散りたる水なれば、おのづから浅き所もはべらん」
と言ふを聞きて、幼き子、女房なんど、
「われ捨てて、いづちへいまするぞ」
とをめく声最も悲しけれど、とてもかくても助くべき力なし。「我ら一人だに、もしや」と思ひて、郎等男と共に水へ飛び入るほどの心の内、生けるにもあらず。しばしは、二人言ひ合はせつつ泳ぎ行けど、水は早くて、はては行末知らずなりぬ。
官首ただ一人いづちともなく、行かるるにまかせて泳ぎ行く。力はすでに尽きなんとす。水はいづくを際とも見えず。「今ぞ溺れ死ぬる」と心細く悲しきままに、かこつかきには、仏神をぞ念じたてまつりける。
「いかなる罪の報ひに、かかる目を見るらん」と思はぬことなく思ひ行くほどに、白波の中に、いささか黒みたる所の見ゆるを、「もし、地か」とて、からうじて泳ぎ着きて、見れば、流れ残りたる蘆の末葉なりけり。かばかりの浅りもなかりつ。「ここにて、しばし力休めん」と思ふ間に、次第にことごとくまとひ付くを、驚きてさぐれば、みな大蛇なり。水に流れ行く蛇どものこの蘆にわづかに流れかかりて、次第にくさりつらなりつつ、いくらともなくわだかまり居たりけるが、物の触るを悦びて巻き付くなりけり。むくつけなく、けうときことたとへん方なし。
空は墨を塗りたらんやうにて、星一つも見えず。地はさながら白波にて、いささかの浅りだになし。身には隙なく蛇巻き付きて、身も重く、はたらくべき力もなし。「地獄の苦もかばかりにこそは」と、夢を見る心地して、心憂く悲しきことかぎりなし。
かかる間に、さるべき仏神の助けにや、思ひの外に浅き所にかきつきて、そこにて蛇をば、かたはしより取り放ちてける。とばかり力休むるほどに、東白みぬれば、山をしるべにて、からうじて地に着きにけり。船求めて、まづ浜の方へ行きて見るに、すべて目を当てられず。波に打ち破られたる家ども算をうち散らせるがごとし。汀にうち寄せられたる男女、馬牛のたぐひ数も知らず。
その中に、官首が妻子どもをはじめとして、わが家の者ども十七人、一人失せでありけり。泣く泣く家の方へ行きて、見れば、三十余町、白河原になりて、跡だになし。多かりし在家、貯へ置きたる物、朝夕呼びつかへし奴、一夜の中にほろび失せぬ。この郎等男一人、水心ある者にて、わづかに寿生きて、明くる日尋ね来たりける。
かやうのことを聞きても、厭離の心をば発すべし。これを人の上とて、「われかかることにあふまじ」とは、なにのゆゑにか、もて放るべき。身はあだに破れやすき身なり。世は苦しみを集めたる世なり。身はあやふけれども、いかでか海山を通はざらん。
「海賊恐るべし」とて、すずろに宝を捨つべきにあらず。いはんや、つかへて罪をつくり、妻子のゆゑに身を滅ぼすにつけても、難にあふこと数も知らず。害にあへるゆゑ、まちまちなり。
ただ、不退の国に生れぬるばかりなんもろもろの苦しみになんあはざりける。
第47話 中ごろのことにや、こともなき法師の世に
中ごろのことにや、こともなき法師の世にありわびて、京より日吉の社へ百日まゐるありけり。
八十余日になりて、下向するさまに、大津といふ所を過ぎけるに、ある家の前に、若き女の、人目も知らず、さくりもあへず、よよと泣き立てるあり。
この僧ことの気色を見るに、「何事とは知らねど、世の常の憂へにはあらず。きはまれることにこそ」と、いとほしく思えて、さし寄りて、
「何事をか悲しむ」
と問ふ。女の言ふやう、
「御姿を見たてまつるに、物詣でしたまふ人にこそ。ことさらえなん聞こゆまじき」
と言ふ。
「憚るべきことなめり」とは推し量られながら、あはれみのあまり、ややねんごろに尋ぬれば、
「そのことにはべり。わが母にてはべる者の、日ごろ悩ましつかまつりつるを、今朝、つひに空しくみなしてはべるなり。さらぬ別れの習ひ、あはれに悲しきことはさるものにて、いかにして、これを引き隠すわざをせんと、さまざまめぐらせど、やもめなれば、まうし合はすべき人もなし。わが身は女にて、力及びはべらず。隣里の人はまた、なほざりにこそ、あはれと訪ひはべれ、神のことしげきわたりなれば、まことには、いかがはしはべらん。とにかくに思ひ得る方なくて」
なんど、言ひもやらず、さめざめと泣く。
僧これを聞くに、「げに、さこそは思ふらめ」と、わりなくいとほしくて、やや久しくともに泣き立てり。心に思ふやう、「神は人をあはれみたまふゆゑに、濁れる世に跡を垂れたまへり。これを聞きながら、いかでか情けなく過ぎん。われかくほど深きあはれみを起こせること覚えず。仏もかがみたまへ。神も許したまへ」と思ひて、
「なわびたまひそ。われともかくも引き隠さん。外に立てれば、人目も怪し」
とて、這ひ入りぬ。女泣く泣く悦ぶことかぎりなし。
かくて、日暮れぬれば、夜に隠して、便りよき所に移し送りつ。その後、いも寝られざりけるままに、つくづくと思ふやう、「さても、八十余日まゐりたりつるを、いたづらになして、休みなんこそ口惜しけれ。われこのこと名利のためにもせず。ただまゐりて、神の御誓ひの様をも知らん。生れ死ぬる穢らひはいはば仮の戒めにてこそあらめ」と、強く思ひて、暁、水浴みて、これよりまた、日吉へうち向きてまゐる。道すがら、さすがに胸うちさはぎ、そら恐しきことかぎりなし。
まゐりつきて見れば、二の宮の御前に、人所もなく集まれり。ただ今、十禅師のかんなぎに憑きたまひて、さまざまのことをのたまふ折節なり。この僧身のあやまりを思ひ知りて、近くはえ寄らず。もの隠れに遠く居て、かたのごとく念誦して、日を欠かぬことを喜びて、帰らんとするほどに、かんなぎはるかに見付けて、
「あそこなる僧は、心おろかなるやは」
されど、のがるべき方なくて、わななくわななくさし出でたれば、ここら集れる人いとあやしげに思へり。
近々と呼び寄せて、のたまふやうは、
「僧のよんべせしことを、明らかに見しぞ」
とのたまへるに、身の毛よだちて、胸ふたがりて、生ける心地もせず。重ねてのたまふやう、
「なんぢ、恐るることなかれ。いしくするものかなと見しぞ。われもとより神にあらず。あはれみの余りに、跡を垂れたり。人に信を発させんがためなれば、物を忌むこともまた仮の方便なり。悟りあらん人は、おのづから知りぬべし。ただ、このこと人に語るな。愚かなる者はなんぢがあはれみのすぐれたるにより、制する事をば知らず。みだりにこれを例として、わづかに発せる信もまた乱れなんとす。もろもろのこと人によるべきゆゑなり」
こまやかに、うちささやきてのたまふ。
僧の心ななめならず、あはれにかたじけなく思えて、涙を流しつつ出でにけり。その後、ことにふれて、利生と思ゆること多かりなんとぞ。

