『発心集』第4巻 原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

 このページでは、鴨長明『発心集』第4巻(第38話~第47話)の原文全文を掲載しています。本文を読みやすくするため、漢字に歴史的仮名遣いによる振り仮名を付けました。

 現代語訳と照らし合わせたい方は、『発心集』第4巻 現代語訳全文をご覧ください。本文の表記や説話ごとの区分は、以下の文献を参考に、当サイトの判断で読みやすく整えています。

目次

第38話 中ごろ、義叡といひて

 なかごろ、義叡ぎえいといひて、ここかしこ、おこなあり修行者しゆぎやうじやありけり。熊野くまのより大峰おほみねりて、御嶽みたけづるあひだに、みちみたがへて、十日余とをかあまりがほど、すずろにけはしきたにみねまよありきける。つかれ、ちからきて、いとどあやふくおぼえければ、こころをいたして、本尊ほんぞんいのふ。

 そののち、からうじてたひらかなるところでたりけり。そこにひとつの松原まつばらあり。はやしなかひとつのいほりあり。ちかあゆみよりて、これをるに、えもいはぬ、あたらしくつくれるいへあり。ものかざり、みなたまのごとし。には砂子すなごゆきことならず。植木うえきにははなき、むすび、前栽せんざいにはさまざまのはないろことにたへなり。義叡ぎえいこれをて、よろこぶことかぎりなし。

 しばしうちやすみつつ、このうちれば、ひじり一人ひとりあり。よはひわづかに二十はたちばかりにやとゆ。ころも袈裟けさうるはしくて、法華経ほけきやうみたてまつる。このこゑたへなることたとへていはんかたなし。一巻いつくわんはりて、経机きやうづくえうへけば、そのきやうひとれぬに、みづからかへされて、もとのごとくになる。かくしつつ、ひとまきより八巻はちくわんにいたるまで、くことまへのごとし。一部いちぶはりて廻向礼拝ゑかうらいはいす。

 そののちでて、このひとて、おどろきあやしみていはく、

「このところには、むかしよりひとることなし。やまなかにもふかやまなれば、とりこゑだにもこえず。いかにしてたれるぞ」

 とふ。ことのありさまはじめよりかたる。すなはち、あはれみて、ばううちれつ。

 とばかりありて、かたちえもいはずうつくしき童子どうじめでたきものささげてたる。ひじりこのそうすすむれば、これをはりぬ。あじはひのたへなること人間にんげんじきにあらず。おほかた、ことにふれ、ものごとに不思議ふしぎならずといふことなし。

 そうひじりひていはく

「このところみて、幾年いくとせばかりにかなりたまへる。また、いかなることかはべる。なにごともおぼすさまなりや」

 とふ。ひじりのいはく、

「ここにはじめてのち八十余年はちじふよねんになりぬ。われもとは叡山東塔えいざんとうたふ三昧座主さんまいざす弟子でしにてなんありしが、しかあるを、いささかのことによりて、はしたなくさいなまれしかば、おろかなるこころにて、かしこにまよありきて、さだめたりしところもなかりき。よはひおとろへてのち、このやまあとをとどめて、いまはここにてはらんことをつなり」

 とふ。

 そういよいよあやしくおぼえて、かさねてふ。

ひとたらぬよしのたまへど、めでたき童子どうじあまたゆ。これおんいつはりにたり」

 ひじりのいはく、

天諸童子以為給仕てんのもろもろのどうじをもつてきふじをなすなにかはあやしからん」

 とふ。そうまたおなじく、

「よはひたけたるよしをのたまへど、御形かたちれば、わかさかりなり。これまたおぼつかなし」

 ひじりのいはく、

得聞是経病即消滅不老不死このきやうをきくことをえればやまひすなはちせうめつしふらうふしならん、さらにかざれることにあらず」

 かくて、ややほどあひだに、ひじりこのそうすすめていはく、

「とくかへりたまへ」

 とふ。そうなげきてふやう、

ごろまよありきつるほどに、つかれ、ちからきて、たちまちにかへるべき心地ここちもせず。いはんや、すでにかたむきてなんとす。なにのゆゑにか、ひじりわれをいとひたまへる」

 とふ。ひじりのいふやう、

「いとふにはあらず。はるかに人間にんげんはなれて、おほくのとしたるゆゑに、すすこゆばかりなり。もし、今夜こよひまらんとならば、うごかさず、おとてずしてたれ」

 とをしふ。そうひじりをしへのごとく、かくれつつたり。

 やうやうくるほどに、かぜにはかにきて、つね気色けしきにあらず。すなはち、さまざまのかたちしたる、鬼神きじんもろたけけだものかずらずあつまる。馬面ばめんなるもあり、うしたるもあり、また、とりかしらなるもあり。鹿しかかたちなるもあり。おのおの香花かうげのごとく、果物くだもののたぐひ、もろもろの飯食はんじきささげて、まつにはたかつくえてて、そのうへきつつ、たなごころはせてうやまをがみて、ひらぬ。

 このなかに、あるともがらのいはく、

あやしきかな。つねず、人間にんげんあり」

 また、あるがいはく、

何人なにびとか、ここにたらん」

 とふ。そののち、ひじり発願ほつぐわんして法華経ほけきやうむ。

 あかつきおよびて、廻向ゑかうするとき、このもろもろのともがらうやまはいしてりぬ。そうひていはく、

「このさまざまかたちしたるものかずらず、なにのたぐひ、いづれのところよりたれるぞ」

 ひじりのいはく、

若人在空閑、我遣天竜王、夜叉鬼神等、為作聴法衆もしひとくうげんにあらばわれてんりゆうわうやしやきじんとうをつかはしてためにちやうほふしゆとなさしめん、これなり」

 とふ。さまざまの不思議ふしぎひじり言葉ことばくに、たふとたのもしきことかぎりなし。

 けぬれば、「いまかへりなん」とおもひて、なほ、みちにまどはんことをなげく。ひじりの、

「しるべをけて、おくりまうすべし」

 とひて、水瓶みづがめりて、まへく。その水瓶すいびやうおどくだりて、やうやうさきく。

 そのかめしりきてくままに、二時ふたときばかりをて、やまいただきのぼりぬ。ここにて見下みおろせば、ふもと人里ひとざとあり。そのときに、水瓶すいびやうそらのぼりて、もとのところかへりにけり。

 このひとさとでて、このことをばかたつたへたりけるなり。とて、かれこれにしるけるふみあれど、ことしげければ、おぼゆるばかりをきたるなり。

第39話 浄蔵貴所と聞こゆるは善宰相清行の子

 浄蔵貴所じやうざうきしよこゆるは善宰相清行よしのさいしやうきよゆきならびなき行人ぎやうにんなり。

 やまにて、はちほふおこなひて、はちばしつつぎけるころ、あるむなしきはちばかりかへて、ものなし。あやしくおもふほどに、このことつづけて三日みつかになりぬ。

 おどろきて、「みちあひだにいかなることのあるぞ。ん」とおもひて、四日よつかといふはちかたやまみねでて、うかがひけるほどに、わがはちとおぼしくて、きやうかたよりるを、きたかたより、また、あらぬはちひて、そのものうつりて、もとのかたかへくありけり。

 これをるに、「いとやすからず。さりとも」とこそおもふに、「たればかりかは、わがはちものうつるわざをせん。このことざましきもののしわざかな。ん」とおもひて、わがむなしきはち加持かぢして、それをしるべにてなん、はるばるときたをさして、雲霧くもきりをしのぎつつりける。

 「いま二、三百町にさんびやくちやうぬらん」とおもふほどに、あるたにはざまの、松風まつかぜひびわたりて、いさぎよくこのもしきところに、一間ひとまばかりなるくさいほりあり。みぎりにこけあをく、のきちか清水しみづながれたり。うちれば、としたかきそうおとろへたるただ一人ひとりて、脇息けふそくりかかりつつきやうむ。

 「いかにも、ただひとにあらず。このひとのしわざなめり」とおもふほどに、浄蔵じやうざうふやう、

「いづくより、いかにしてたりたまへるひとぞ。おぼろけにても、ひとまうることもはべらぬを」

 とふ。

「そのことにはべり。われは比叡ひえやまみはべりける行者ぎやうじやなり。しかるに、月日つきひおくるはかりごとなくて、このほど、はちばしつつぎやうをしはべるに、昨日きのふ今日けふ、ことごとしくあやしきことのはべりつれば、うれへまうさんとてまゐりたるなり」

 とふ。そうふやう、

「えこそりはべらね。いと不便ふびんにはべることかな。たづねはべらん」

 とて、しのびにひとぶ。すなはち、いほりうしろのかたより、いらへてひとれば、十五、六じふごろくばかりなる、うつくしき童子どうじの、うるはしく唐装束からしやうぞくしたるなり。

 そうこれをいさめてふやう、

「このおほせらるることは、なんぢがしわざか。いとあたらぬことなり。いまよりは、さるわざなせそ」

 とへば、かほうちあかめて、ものもはでかへりぬ。

「かくまうしつれば、いまは、よも、さやうのわざはつかまつらじ」

 とふ。

 浄蔵じやうざう不思議ふしぎおもひをなして、かへらんとするときそうふやう、

「はるばるとたりたまひて、さだめてくるしくおぼすらん。しばしちたまへ。饗応きやうおうしたてまつらん」

 とて、またひとぶ。おなじさまなる童子どうじいらへて、さしでたり。

「かくとほきほどよりわたりたまへるに、しかるべからんものまゐらせよ」

 とひければ、童子どうじかへりて、瑠璃るりさら唐梨からなしきたるをれて、檜扇ひあふぎうへならべてぞたる。

「それ、それ」

 とすすむれば、これをりてふ。あじはひのうまきことてん甘露かんろのごとし。わづかに一菓いつくわふに、ややかに、ちからきてなんおぼえける。

 すなはち、くもけつつかへるほどに、みち近々ちかぢかしくえざりければ、いづくともおぼえず。

「そのさま、ただひととはえざりき。読誦仙人どくじゆせんにんなんどのたぐひにや」

 とぞかたりける。

第40話 永心法橋といふ人、近きころのことにや

 永心法橋えいしんほつけうといふひとちかきころのことにや、清水きよみづ百日ひやくにちまゐりけるときれて、はしわたりけるに、河原かはらにいみじうひとこゑこえける。「何者なにものの、いかなることをうれふるにか」とおぼつかなきうちにも、「観音くわんおんはあはれみをさきとしたまへり。そのとくをあふぎたてまつりてまうでながら、なさけなくとぶらはでぎんことこそ、いとあやしけれ」とおもひて、こゑたづねつつ、ちかくいたりて、

何者なにもののかくはくぞ」

 とふ。

「かたはひとにはべり」

 とこたふ。

「いかなることをかうれふる」

 とへば、

「われかたはにまかりなりにしのちれるひとにもことごとくわかれて、ところもはべらぬにより、さいちてかたはなるひといへりて、そこに宿やどてはべれば、ひるくらしといふばかりせためつかひはべり。しとても、なれぬなれば、またものひて寿いのちをつがんとつかまつる。とにかくに、くるしさ、まうしつくすべきかたなし。かたに、うちやすむべきを、また、このやまひ苦痛くつうめられて、られはべらず。くがごとく、うづき、ひびらき、もほとほりて、しのぶべくもあらねば、もしや、たすかるとかはのほとりにまうて、あしひやしはべるなり。いにしへ、世々せぜにいかなる逆罪ぎやくざいつくりて、かかるむくひをけつらんと、かなしく心憂こころうくはべるに、そのかみ、住山ぢゆうざんして、かたちのごとく学問がくもんなんどしはべりしは、大師だいししやくに、唯円教意、逆即是順、自余三教、逆順是故ゆゐゑんげうのこころはぎやくすなはちこれじゆんなりじよのさんげうはぎやくじゆんこれことなりといふふみをただいまおもでて、そのこころしづかにおもつづけはべる。たふとく、たのもしくおぼえて、とにかくに、さくりもしあへず、かれはべるなり」

 とかたる。

 永心えいしんこれをくに、あはれにいとほしきことかぎりなし。すなはち、

「わが一山いつさん同法どうほふにこそありけれ」

 とて、なみだながしつつ、みづからたりけるかたびらぎて、らせて、逆即是順ぎやくそくぜじゆんなるやう、ねんごろに、ややひさしくかせて、にけり。

年比としごろぬれど、わすれず」

 となんかたりける。

第41話 山に、叡実阿闍梨といひて、貴き人ありけり

 やまに、叡実阿闍梨えいじつあじやりといひて、たふとひとありけり。

 御門みかど御悩おんなやおもくおはしましけるころ、めしければ、たびたびしまうしけれど、かさねたるおほせいなみがたくて、なまじひにまかりけるみちに、あやしげなる病人びやうにんあしもかなはずして、あるところ築地つひぢのつらにひらがりせるありけり。

 阿闍梨あじやりこれをて、かなしみのなみだながしつつ、くるまよりりて、あはれみとぶらふ。たたみもとめてかせ、うへ仮屋かりやさしおほひ、ものもとめあつかふほどに、ややひさしくなりにけり。

 勅使ちよくし

れぬべし。いといと便びんなきことなり」

 とひければ、

「まゐるまじき。かく、そのよしをまうせ」

 とふ。おん使つかひおどろきて、ゆゑをふ。阿闍梨あじやりいふやう、

いとひて、こころ仏道ぶつだうまかせしより、御門みかどおんこととても、あながちにたふとからず。かかる非人ひにんとても、またおろかならず。ただ、おなじやうにおぼゆるなり。それにとりて、きみおんいのりのため、しるしあらんそうをめさんには、山々やまやま寺々てらでらおほかるひとたれかはまゐらざらん。さらにことくまじ。この病者びやうじやにいたりてはいときたなむひとのみありて、近付ちかづきあつかふひとはあるべからず。もし、われててりなば、ほとほと寿いのちきぬべし」

 とて、かれをのみ、あはれみたすくるあひだに、つひにまゐらずなりにければ、ときひとありがたきことになんひける。

 この阿闍梨あじやりはりに往生わうじやうをとげたり。くはしくでんにあり。

第42話 中ごろ、肥後国に僧ありけり

 なかごろ、肥後国ひごのくにそうありけり。もとはきよかりけるを、としなかばたけてのちをなんまうけたりける。かかれど、なほ後世ごせのことをおもはなたず、理観りくわんこころにかけつつ、そのつとめのためべついへつくりて、かしこを観念くわんねんところさだめて、としごろつとおこなひけり。

 このをとこのためこころざしふかく、ことにふれてねんごろなりけれど、いかがおもひけん、やまひけたりけるとき、このにうちとけず、あひれるそうびて、しのかたらふやう、

「もし、かぎりならんときは、あなかしこ、あなかしこ、かたげたまふな。ことさら、すこおもふゆゑあり」

 とひければ、そのこころてのみあつかふほどに、いともわづらはず、はりおもふさまにめでたくして、西にしかひていきえにけり。

 さてしも、あるべきならねば、とばかりありて、にこのことをぐ。すなはち、おどろきまどひ、をびたたしくをたたきて、まなこをいからかし、もだへまよひてりぬ。

 ひとおぢて、近付ちかづきもらざりけるあひだに、一時ひとときばかりありて、おそろしう、こゑのあるかぎりをめきさけびてふやう、

「われ拘留孫仏くるそんぶつときより、こやつが菩提ぼだいさまたげんために、世々生々せぜしやうじやうとなり、をとことなり、さまざましたしみたばかりて、いままで本意ほいのごとくしたがきもたりつるを、今日けふすでにがしつる。ねたきわざかな」

 とひて、をくひしばり、垣壁かきかべたたく。ひといとどおそれをののきて、みなかくれたるあひだに、いづちともなくせにけり。そののち、つひに行方ゆくかたらずとなん。往生伝わうじやうでんには、「康平かうへいころ」とちゆうせり。

 これ一人ひとりうへにあらず。悪魔あくまのさりがたきひととなりて、二世にせさまたぐることは、たれかならずあるべきことなり。かかれば、このことをこころにかけつつ、したしきうとかず、ぜんをすすむるひとあらば、「仏菩薩ぶつぼさつこそさまざまかたちへんじて、ひと化度けどしたまへ。もし化身けしんか、もしまた、その便たよりか」とむつましくおもひ、つみつくらせ、功徳くどくさまたげて、しふとどめんひとをば、世々生々せぜしやうじやう悪縁あくえんおそれて、とほざからんことをねがふべし。

 おほかた、ひとこころくさかぜしたがふがごとし。えんによりてなびきやすし。たれかは道心だうしんなきひとといへど、ほとけかひたてまつりて、たなごころはせざる。いかなる智者ちしやかはびたるかたちて、よろこばしめざる。

 かの浄蔵貴所じやうざうきしよ日本第三にほんだいさん行人ぎやうにんなれど、近江あふみかみながよがむすめちぎりをむすべり。久米くめ仙人せんにんつうて、そらびありきけれど、下種げすをんなの、ものあらひけるはぎしろかりけるによくおこして、せん退たいして、ただひととなりにけり。

 いまにも、手足てあしかはぎて、ゆびとぼし、つめくだき、さまざま、かたはをさへつけて仏道ぶつだうおこなひとはその発心ほつしんのほどかくれなけれど、悪縁あくえんにあひて、妻子さいしをまうくるためしおほかり。われもひと凡夫ぼんぶなれば、ただ近付ちかづかぬにはしかぬなり。

第43話 昔、玄賓僧都いみじう貴き人なれば

 むかし玄賓僧都げんぴんそうづいみじうたふとひとなれば、たかきもいやしきも、ほとけのごとくおもへりけるなかに、大納言だいなごんなるひとなんとしごろことにあひたのみたまひたりける。

 かかるあひだに、僧都そうづそこはかとなくなやみて、ごろになりぬ。大納言だいなごんおぼつかなさのあまりに、みづからわたりたまひて、

「さても、いかなる御心地みここちにか」

 なんど、こまやかにとぶらひたまふを、

ちかりたまへ。まうしはべらん」

 とあれば、あやしくて、さしりたまへるに、しのびてこゆ。

「まことには、ことなるやまひにもはべらず。一日ひとひ殿とのおんもとへまうでたりしに、きたかたかたちいとめでたくてえたまへりしを、ほのかにたてまつりてのち、ものおぼえずこころまどひむねふたがりて、いかにももののはれはべらぬなり。このことまうすにつけてはばかりあれど、ふかたのみたてまつりてひさしくなりぬ。いかでかはへだてたてまつらんとおもひてなん」

 とこゆ。

 大納言だいなごんおどろきて、

「さらば、などかはとくはのたまはざりし。いとやすきことなり。すみやかに御悩おんなやみをやめてん。わたりたまへ。いかにも、のたまはんままに、便たよりよくはからひはべらん」

 とて、かへりたまひぬ。

 うへに、

「かく」

 とこえたまふに、

「さらなり。なのめにおほせられんやは。いとあさましく心憂こころうけれど、かくねんごろにおぼしはからふことなれば、いなびたまはじ」

 その用意よういして、僧都そうづのかなひせさせたまへるに、いとことうるはしく、法服ほふぶくただしくしてたりたまへり。あやしく、げにげにしからずはおぼゆれど、あひだなんどてて、さるやうなるかたれたてまつらせたまふ。

 うへのうつくしう、とりつくろひてたまへるを、一時ひとときばかり、つくつくとまぼりて、弾指だんしをぞたびたびしける。かくて、ちかることなくて、中門ちゆうもんらうでて、ものをなんかづきてかへりにければ、あるじいよいよたふとみたまふことかぎりなかりけり。不浄ふじやうくわんじて、そのしふをひるがへすなるべし。

 かくいふはひとけがらはしきことをおもひとくなり。もろもろのほふみな、ほとけおんをしへなれど、とほきことはおろかなるこころにはおこらず。このくわんいたりては、え、こころれり。さとりやすく、おもひやすし。「もし、ひとのためにも愛着あいぢやくし、みづからもこころあらんときは、かならずこのさうおもふべし」とへり。

 おほかた、ひとほねししのあやつり、ちたるいへのごとし。六腑五臓ろくぷござうのありさま毒蛇どくじやのわだかまるにことならず。からだをうるほし、すぢをひかへたり。わづかにうすかは一重ひとへおほへるゆゑに、このもろもろの不浄ふじやうかくせり。おしろいほどこし、たきものうつせど、たれかはいつはれるかざりとらざる。

 うみもとめ、やまたるあじはひも、一夜いちやぬれば、ことごとく不浄ふじやうとなりぬ。いはば、ゑがけるかめ糞穢ふんゑれ、くさりたるかばねにしきをまとへるがごとし。もし、たとひ大海だいかいかたむけてあらふとも、きよまるべからず。もし、栴檀せんだんきてにほはすとも、ひさしくかうばしからじ。

 いはんや、たましひり、寿いのちきぬるのちは、むなしくつかのほとりにつべし。ふくれ、くさり、みだれて、つひにしろかばねとなり、まことさうるゆゑに、念々ねんねんいとひ、「おろかなるものかりいろにふけりて、こころをまどはすこと、たとへば、かうやなかむしの、糞穢ふんゑあいするがごとし」とへり。

第44話 ある宮腹の女房世を背けるありけり

 ある宮腹みやばら女房にようばうそむけるありけり。

 やまひをうけてかぎりなりけるとき善知識ぜんちしきに、あるひじりびたりければ、念仏ねんぶつすすむるほどに、このひといろ真青まさをになりて、おそれたる気色けしきなり。あやしみて、

「いかなることの、えたまふぞ」

 とへば、

おそろしげなるものどものくるまるなり」

 とふ。ひじりふやう、

阿弥陀仏あみだぶつ本願ほんぐわんつよねんじて、名号みやうがうをおこたらずとなへたまへ。五逆ごぎやくひとだに、善知識ぜんちしきひて、念仏ねんぶつ十度とたびまうしつれば、極楽ごくらくまる。いはんや、さほどのつみは、よもつくりたまはじ」

 とふ。すなはち、このをしへによりて、こゑをあげてとなふ。

 しばしありて、その気色けしきなほりて、よろこべるさまなり。ひじりまたこれをふ。かたりていはく、

くるませぬ。たまかざりしたるめでたきくるまに、天女てんによおほりて、がくをして、むかひにたれり」

 とふ。ひじりのいはく、

「それにらんとおぼしめすべからず。なほなほ、ただ阿弥陀仏あみだぶつねんじたてまつりて、ほとけむかひにあづからんとおぼせ」

 とをしふ。これによりて、なほ念仏ねんぶつす。

 また、しばしありていはく、

たまくるませて、墨染すみぞめころもたるそうたふとげなるただ一人ひとりたりて、いまは、いざたまへ。くべきすゑみちらぬかたなり。われそひてしるべせんとふ」

 とかたる。

「ゆめゆめ、そのそうせんとおぼすな。極楽ごくらくへまゐるには、しるべいらず。ほとけ悲願ひぐわんりて、おのづからいたくになれば、念仏ねんぶつをまうして、一人ひとりまゐらんとおぼせ」

 とすすむ。

 とばかりありて、

「ありつるそうえず、ひともなし」

 とふ。ひじりのいはく、

「そのひまに、とくまゐらんとこころをいたして、つよくおぼして、念仏ねんぶつしたまへ」

 とをしふ。

 そののち念仏ねんぶつ五六十返ごろくじつぺんばかりまうして、こゑのうちにいきえにけり。

 これものさまざまにかたちへて、たばかりけるにこそ。

第45話 年ごろ、あひ知る人ありき

 としごろ、あひひとありき。ぎぬる建久けんきうのころ、おもやまひけたりけるときたのみたりけるひじりびければ、きて、ねんごろにあつかひけり。

 かくて、のどかにこのひとのさまをるに、やまひのありさまいと心得こころえず。にそへてよわくを、みづからは「ぬべし」ともおもひもよらず。あたりの女房にようばうなんど、まして、かけてもおもひよらざりけり。

 このひといとけなきあまたあるなかに、ことにかなしうなんするむすめ一人ひとりありける。どものははさきちてかくれにしかば、それをふかなげきて、また、異人ことひとをもず。このむすめのかたがたみなしになれることをあはれみつつ、このほど、「むこらん」とて、さまざまいとなみ、沙汰さたしければ、さやうのこと、むもなほおこたらず。このひじり「いとあさましく、おろかにもあるかな」とれど、なのめなるほどは、ひとはばかりてでず。

 十日とをかばかりありて、まめやかにおもくなりぬるのちぬしもやうやう心細こころぼそげにおもひ、ひとも「おのづからのこともや」なんどおもへる気色けしきて、ひじり

はばかりながら、有待うだいおもはずなるものぞ。あとのことなど、かねてさだきたまへかし」

 など、でたるに、

「まことにさるべきこと」

 とふをきて、をさなども、あたりのひとまでさとうち気色けしき、いとはかなげなり。

今夜こよひはくらし。明日あしたこそは」

 と、のどむるほどに、そのより、ことにおもくして、いたくくるしげなり。人々ひとびとおどろきて、

処分そうぶんのやうをまうしはせて、さだめたまへ。おんあとゆくへなくなりぬべし」

 と。ひじりすすむ。

「まことに」

 とて、

「いかやうにかはべるべき」

 とへば、

「あるべきやうは……」

 とて、くるしげなるをねんじて、こまごまと一時ひとときばかりつづくれど、したしただりにけるにこそ、

なんともけはべらず」

 とへば、

「さらば、かみふでとをたまへ。あらあらけん」

 とふ。すなはちらせたれど、もわななきて、えかず。わづかにけたるはたがはぬみみずきなり。

 すべきかたなくて、姫君ひめぎみ乳母めのと

ごろおぼしめしたりけるおもむきは、しかじか」

 とふままに、はからひきてゆれど、かしらりて、

「とくりたまへ」

 とへば、やぶりつ。すべてちからおよばず。さすがにこころはたがはぬにや。さまざまおもふことを、えひあらはさずなりぬるを、心憂こころうおもへる気色けしきあはれにかなしきことかぎりなし。

 なかばかり、これほどのこころあるやうにえける。けぬれば、ものおぼえず。ことよろしきほどは処分そうぶんのことまぎれにけり。

いまは」

 とて、念仏ねんぶつすすむれど、ゆひかひなきさまなり。

 かくて、くるときばかりに、おほきにおどろける気色けしきにて、二度ふたたびばかりあめきて、やがていきえぬるはもし、こわしきものなんどのえけるにや。

 このこととほきほどなれば、のちつたきて、いま一度ひとたびあひずなりぬることを、くちしくおもひけるほどに、二十日はつかばかりぎて、かのひとゆめる。なべらかなる布衣ほいつねのさまにはらず、対面たいめんしたることをよろこべる気色けしきながら、ものをばはず。かくして、ただかひたりとおもひてめぬ。すなはち、うつつにそのかたちあざやかなり。やうやう、ほどるままに、薄墨うすずみになりく。はてには、ひとかたちともなく、けぶりのやうにえて、せにき。その面影おもかげいまわすれがたくなんはべる。

 おほかた、ひとぬるありさまあはれにかなしきことおほかり。ものこころらんひとつねはりをこころにかけつつ、くるしみすくなくして、善知識ぜんちしきはんことを、仏菩薩ぶつぼさついのりたてまつるべし。

 もし、しきやまひけつれば、その苦痛くつうめられて、臨終りんじゆうおもふやうならず。はり正念しやうねんならねば、また一期いちごおこなひもよしなく、善知識ぜんちしきすすめもかなはず。たとひもし、臨終正念りんじゆうしやうねんなれども、善知識ぜんちしきをしふるなければ、またかひなし。生涯しやうがい、ただ、「いまかぎり」とおもふに、恩愛おんあいわかれといひ、名利みやうり余執よしふといひ、るものくものにふれつつ、心肝しんかんをくだかずといふことなし。いつのこころのひまにか、浄土じやうどねがはんとする。

 しかるを念仏ねんぶつこうつもり、運心うんしんとしふかひと加被かびのゆゑに、はり正念しやうねんにして、かなら善知識ぜんちしきふ。みみには誓願せいぐわんのほかのことをかず、くちには称名しようみやうのほかのことをはず、最初引摂さいしよいんぜふすれば、妻子さいしわかれもなぐさみぬ。五妙境界ごめうきやうがいおもへば、穢土ゑどしふもあらず。すずろにすすんで、つひに往生わうじやうぐるなり。あるひは、「かねて死期しごり、こころもとなくつこと、くにづべきひとのそののぞむがごとし」なんどへり。

 いかにいはんや、聖衆しやうじゆ来迎らいかうにあづかりて、らくこゑき、たへなるをかぎ、まさしく尊容そんようたてまつるときこころうちたのしみつくすべからず。かかれば、たとひ道心だうしんすくなくとも、はりをおそれんためにも、いかが往生わうじやうねがはざらん。

第46話 武蔵国、入間川のほとりに

 武蔵国むさしのくに入間川いるまがはのほとりに、だいなるつつみき、みづふせぎて、そのうち田畠たはたつくりつつ、在家ざいけおほくむらがりたるところありけり。官首くわんじゆといふをとこなん、そこにむねとあるものにて、としごろみける。

 あるとき五月雨さみだれごろになりて、みづいかめしうでたりける。されど、いまだとしごろ、このつつみれたることなければ、「さりとも」とおどろかず。かかるほどに、あめいこぼすごとくりて、おびたたしかりける夜中よなかばかり、にはかにいかづちのごとく、よにおそろしくりどよむこゑあり。この官首くわんじゆいへたるものどもみな、おどろあやしみて、

「こはなにものこゑぞ」

 とおそれあへり。

 官首くわんじゆ郎等らうどうびて、

つつみれぬるとおぼゆるぞ。でてよ」

 とふ。すなはち、けてるに、二三町にさんちやうばかりしらわたりて、うみおもてことならず。

「こは、いかがせん」

 といふほどこそあれ、みづたださりにさりて、天井てんじやうまできぬ。官首くわんじゆ妻子さいしをはじめて、あるかぎり、天井てんじやうのぼりて、けたうつばりきてさけぶ。

 このなかに、官首くわんじゆ郎等らうどうとは、いたをかきげて、むねのぼて、「いかさまにせん」とおもひめぐらすほどに、このいへゆるゆるとゆるぎて、つひにはしらけぬ。つつみながらきて、みなとかたながく。

 そのとき郎等らうどうをとこふやう、

いまはかうにこそはべるめれ。うみちかくなりぬ。みなとでなば、このはみななみにうちくだかれぬべし。もしやとりて、およぎてこころみたまへ。かくひろながりたるみづなれば、おのづからあさところもはべらん」

 とふをきて、をさな女房にようばうなんど、

「われてて、いづちへいまするぞ」

 とをめくこゑもつとかなしけれど、とてもかくてもたすくべきちからなし。「われ一人ひとりだに、もしや」とおもひて、郎等らうどうをとこともみづるほどのこころうちけるにもあらず。しばしは、二人ふたりはせつつおよけど、みづはやくて、はては行末ゆくすゑらずなりぬ。

 官首くわんじゆただ一人ひとりいづちともなく、かるるにまかせておよく。ちからはすでにきなんとす。みづはいづくをきはともえず。「いまおぼぬる」と心細こころぼそかなしきままに、かこつかきには、ほとけかみをぞねんじたてまつりける。

 「いかなるつみむくひに、かかるるらん」とおもはぬことなくおもくほどに、白波しらなみなかに、いささかくろみたるところゆるを、「もし、か」とて、からうじておよきて、れば、ながのこりたるあし末葉すゑばなりけり。かばかりのあさりもなかりつ。「ここにて、しばしちからやすめん」とおもあひだに、次第しだいにことごとくまとひくを、おどろきてさぐれば、みな大蛇おほぐちなはなり。みづながくちなはどものこのあしにわづかにながれかかりて、次第しだいにくさりつらなりつつ、いくらともなくわだかまりたりけるが、ものさわるをよろこびてくなりけり。むくつけなく、けうときことたとへんかたなし。

 そらすみりたらんやうにて、ほしひとつもえず。はさながら白波しらなみにて、いささかのあさりだになし。にはひまなくくちなはきて、おもく、はたらくべきちからもなし。「地獄ぢごくもかばかりにこそは」と、ゆめ心地ここちして、心憂こころうかなしきことかぎりなし。

 かかるあひだに、さるべき仏神ぶつじんたすけにや、おもひのほかあさところにかきつきて、そこにてくちなはをば、かたはしよりはなちてける。とばかりちからやすむるほどに、ひがししらみぬれば、やまをしるべにて、からうじてきにけり。ふねもとめて、まづはまかたきてるに、すべててられず。なみやぶられたるいへどもさんをうちらせるがごとし。みぎはにうちせられたる男女をとこをんなうまうしのたぐひかずらず。

 そのなかに、官首くわんじゆ妻子めこどもをはじめとして、わがいへものども十七人じふしちにん一人ひとりせでありけり。いへかたきて、れば、三十余町さんじふよちやう白河原しらかはらになりて、あとだになし。おほかりし在家ざいけたくはきたるもの朝夕あさゆふびつかへしやつこ一夜いちやなかにほろびせぬ。この郎等らうどうをとこ一人ひとり水心みづごころあるものにて、わづかに寿いのちきて、くるたづたりける。

 かやうのことをきても、厭離えんりこころをばおこすべし。これをひとうへとて、「われかかることにあふまじ」とは、なにのゆゑにか、もてはなるべき。はあだにやぶれやすきなり。くるしみをあつめたるなり。はあやふけれども、いかでか海山うみやまかよはざらん。

 「海賊かいぞくおそるべし」とて、すずろにたからつべきにあらず。いはんや、つかへてつみをつくり、妻子つまこのゆゑにほろぼすにつけても、なんにあふことかずらず。がいにあへるゆゑ、まちまちなり。

 ただ、不退ふたいくにうまれぬるばかりなんもろもろのくるしみになんあはざりける。

第47話 中ごろのことにや、こともなき法師の世に

 なかごろのことにや、こともなきほふにありわびて、きやうより日吉ひえやしろ百日ひやくにちまゐるありけり。

 八十余日はちじふよにちになりて、下向げかうするさまに、大津おほつといふところぎけるに、あるいへまへに、わかをんなの、人目ひとめらず、さくりもあへず、よよとてるあり。

 このそうことの気色けしきるに、「何事なにごととはらねど、つねうれへにはあらず。きはまれることにこそ」と、いとほしくおぼえて、さしりて、

何事なにごとをかかなしむ」

 とふ。をんなふやう、

おん姿すがたたてまつるに、物詣ものまうでしたまふひとにこそ。ことさらえなんこゆまじき」

 とふ。

 「はばかるべきことなめり」とははかられながら、あはれみのあまり、ややねんごろにたづぬれば、

「そのことにはべり。わがははにてはべるものの、ごろなやましつかまつりつるを、今朝けさ、つひにむなしくみなしてはべるなり。さらぬわかれのならひ、あはれにかなしきことはさるものにて、いかにして、これをかくすわざをせんと、さまざまめぐらせど、やもめなれば、まうしはすべきひともなし。わがをんなにて、ちからおよびはべらず。隣里となりざとひとはまた、なほざりにこそ、あはれととぶらひはべれ、かみのことしげきわたりなれば、まことには、いかがはしはべらん。とにかくにおもかたなくて」

 なんど、ひもやらず、さめざめとく。

 そうこれをくに、「げに、さこそはおもふらめ」と、わりなくいとほしくて、ややひさしくともにてり。こころおもふやう、「かみひとをあはれみたまふゆゑに、にごれるあとれたまへり。これをきながら、いかでかなさけなくぎん。われかくほどふかきあはれみをこせることおぼえず。ほとけもかがみたまへ。かみゆるしたまへ」とおもひて、

「なわびたまひそ。われともかくもかくさん。ほかてれば、人目ひとめあやし」

 とて、りぬ。をんなよろこぶことかぎりなし。

 かくて、れぬれば、かくして、便たよりよきところうつおくりつ。そののち、いもられざりけるままに、つくづくとおもふやう、「さても、八十余日はちじふよにちまゐりたりつるを、いたづらになして、やすみなんこそくちしけれ。われこのこと名利みやうりのためにもせず。ただまゐりて、かみおんちかひのさまをもらん。うまぬるけがらひはいはばかりいましめにてこそあらめ」と、つよおもひて、あかつきみづみて、これよりまた、日吉ひえへうちきてまゐる。みちすがら、さすがにむねうちさはぎ、そらこわしきことかぎりなし。

 まゐりつきてれば、みや御前ごぜんに、ひとところもなくあつまれり。ただいま十禅師じふぜんじのかんなぎにきたまひて、さまざまのことをのたまふ折節おりふしなり。このそうのあやまりをおもりて、ちかくはえらず。ものかくれにとほて、かたのごとく念誦ねんじゆして、かぬことをよろこびて、かへらんとするほどに、かんなぎはるかに見付みつけて、

「あそこなるそうは、こころおろかなるやは」

 されど、のがるべきかたなくて、わななくわななくさしでたれば、ここらたかれるひといとあやしげにおもへり。

 近々ちかぢかせて、のたまふやうは、

そうのよんべせしことを、あきらかにしぞ」

 とのたまへるに、よだちて、むねふたがりて、ける心地ここちもせず。かさねてのたまふやう、

「なんぢ、おそるることなかれ。いしくするものかなとしぞ。われもとよりかみにあらず。あはれみのあまりに、あとれたり。ひとしんおこさせんがためなれば、ものむこともまたかり方便はうべんなり。さとりあらんひとは、おのづからりぬべし。ただ、このことひとかたるな。おろかなるものはなんぢがあはれみのすぐれたるにより、せいすることをばらず。みだりにこれをれいとして、わづかにおこせるしんもまたみだれなんとす。もろもろのことひとによるべきゆゑなり」

 こまやかに、うちささやきてのたまふ。

 そうこころななめならず、あはれにかたじけなくおぼえて、なみだながしつつでにけり。そののち、ことにふれて、利生りしやうおぼゆることおほかりなんとぞ。

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