【全文】『方丈記』原文|ルビ(ふりがな)付きで読みやすい

『方丈記』は古典文学の中でも、原文そのままで読みやすい作品です。

一文が短く、登場人物もなく、難しい古語や言い回しも少ないので、古文になじみがない方でも取っかかりやすいかと思います。

全文でも原稿用紙20枚ほどと、短くまとまっているのも特徴です。

このページでは『方丈記』の原文全文を、読みやすいルビ(ふりがな)付きで掲載しています。

以下のリンクから現代語訳の全文も読めますので、ぜひ合わせてご覧ください。

目次

『方丈記』とは?

『方丈記』は、鴨長明が晩年を過ごした「方丈の庵」で書かれた作品です。

成立時期は原文の最後の文に、

時に、建暦けんりゃくふたとせ弥生やよひ晦日頃つごもりごろさうもんれんいんやまいほりにして、これをしるす。

と、記されています。

建暦2年は鎌倉時代初期の1212年、その年の弥生晦日(3月末日)頃に成立しました。

「方丈」というのは1丈四方という意味で、1丈は約3.03m、方丈は約9.09㎡(約5.5畳)の広さです。

長明は天皇家とも深い関わりを持つ「下鴨神社」の御曹司として生まれ、平安京の中心で大豪邸に住んでいましたが、最期を過ごしたのは方丈の庵でした。

長明がなぜ方丈の庵にたどり着いたのか、『方丈記』にはその経緯と、長明の人生観が記されており、生きづらい世の中を生き抜くヒントが詰まっています。

原文を読む前に、『方丈記』の内容とあらすじを簡単に知っておきたいという方は、まずこちらの記事からご覧ください。

【冒頭】無常の世

ゆく河の流れは絶えずして(ゆく川の流れ)

ゆくかはの流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

よどみに浮かぶ泡沫うたかたは、かつ消え、かつ結びて、ひさしくとどまりたるためしなし。

世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。


たまきのみやこのうちに、むねを並べ、いらかあらそへる、たかき、いやしき人の住まひは、て尽きせぬ物なれど、これをまことかとたづぬれば、昔ありしいへはまれなり。

あるいは去年こぞ焼けて、今年ことしつくれり。あるいはおほいへほろびて、いへとなる。

住む人もこれに同じ。

ところも変はらず、人もおほかれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかに一人ひとり二人ふたりなり。

あしたに死に、ゆふべに生まるるならひ、ただ水のあはにぞ似たりける。


知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。

また、知らず、かり宿やどり、がためにか心を悩まし、何によりてか目をよろこばしむる。

そのあるじすみかと、無常むじやうあらそふさま、いはばあさがほつゆことならず。

あるいはつゆ落ちて、花残れり。

残るといへども、朝日に枯れぬ。

あるいは花しぼみて、つゆなほ消えず。

消えずといへども、ゆふべを待つ事なし。

【前半】災厄の記憶

予、ものの心を知れりしより(安元の大火)

、ものの心を知れりしより、四十よそぢあまりの春秋しゆんしうをおくれるあひだに、世のを見る事、ややたびたびになりぬ。


いんじあんげん三年四月廿にじふはち日かとよ。

風はげしく吹きて、しづかならざりしいぬの時ばかり、みやこ東南たつみより火で来て、西北いぬゐに至る。

はてにはしゆざくもんだいこく殿でんだいがくれう民部省みんぶしやうなどまでうつりて、ひとのうちにちりはひとなりにき。

もとぐちとみこうとかや。

まひびと宿やどせるかりよりで来たりけるとなん。

吹きまよふ風に、とかくうつりゆくほどに、あふぎをひろげたるがごとく、すゑひろになりぬ。

とをいへけぶりにむせび、近きあたりはひたすらほのほに吹きつけたり。

空にははひを吹き立てたれば、火の光にえいじてあまねくくれなゐなる中に、風にたへず吹き切られたるほのほ、飛ぶがごとくして一、二ちやうを越えつつうつりゆく。


その中の人、うつし心あらむや。

あるいはけぶりにむせびてたうし、あるいはほのほにまぐれてたちまちに死ぬ。

あるいは身ひとつ、からうじてのがるるも、資財を取りづるに及ばず。

しつちんまんぼう、さながら灰燼くわいじんとなりにき。

そのつひえ、いくそばくぞ。


そのたび、公卿くぎやういへ、十六焼けたり。

まして、その他、かぞへ知るに及ばず。

すべて、みやこのうち、三分が一に及べりとぞ。

男女なんによ死ぬる者、数十人、ぎうのたぐひ、へんざいを知らず。


人のいとなみ、みなおろかなる中に、さしもあやふき京中きやうぢゆういへをつくるとて、たからつひやし、心を悩ます事は、すぐれてあぢきなくぞはべる。

また、治承四年卯月の頃(治承の辻風)

また、治承ぢしやう四年づきの頃、中御門なかのみかど京極きやうごくのほどより、おほきなるつじかぜ起こりて、六条ろくでうわたりまで吹ける事はべりき。


三、四町を吹きまくるあひだにこもれるいへども、おほきなるも、ちひさきも、一つとしてやぶれざるはなし。

さながらひらたうれたるもあり。

けたはしらばかり残れるもあり。

かどを吹きはなちて、四、五ちやうがほかに置き、また、かきを吹きはらひて、隣と一つになせり。

いはむや、いへのうちの資財、数を尽くして空にあり、はだふきいたのたぐひ、冬の木の葉の風にみだるがごとし。

ちりけぶりのごとく吹き立てたれば、すべて目も見えず、おびたたしく鳴りどよむほどに、もの言ふこゑも聞こえず。

かの地獄のごふの風なりとも、かばかりにこそはとぞおぼゆる。


いへそんばうせるのみにあらず。

これを取りつくろふあひだに、身をそこなひ、かたづける人、数も知らず。

この風、ひつじかたうつりゆきて、おほくの人のなげきなせり。

辻風つじかぜは常に吹くものなれど、かかる事やある。

ただ事にあらず。さるべきもののさとしか、などぞうたがはべりし。

また、治承四年水無月の頃(福原遷都)

また、治承ぢしやう四年づきの頃、にはかにみやこうつはべりき。

いと思ひのほかなりし事なり。


大方おほかた、このきやうのはじめを聞ける事は、の天皇のおほんときみやこと定まりにけるよりのち、すでに四百余歳をたり。

ことなるゆゑなくて、たやすくあらたまるべくもあらねば、これを世の人、安からず、うれへあへる、にことわりにもすぎたり。


されど、とかく言ふかひなくて、みかどよりはじめたてまつりて、大臣、公卿くぎやう、みなことごとくうつろひたまひぬ。

世につかふるほどの人、たれか一人、ふるさとに残りらむ。

つかさくらゐに思ひをかけ、主君のかげを頼むほどの人は、一日なりともうつろはむとはげみ、時を失ひ、世にあまされて、するところなき者は、うれへながらとまりり。


のきあらそひし人の住まひ、日をつつ荒れゆく。

家はこぼたれてよどがはに浮かび、は目の前にはたけとなる。

人の心、みなあらたまりて、ただ馬、くらをのみ重くす。

牛、車を用する人なし。

西さいなんかい領所りやうしよを願ひて、とうほく庄園しやうゑんを好まず。


その時、おのづから事のたよりありて、の国の今のきやうに至れり。

ところのありさまを見るに、その、ほどせばくて、でうを割るに足らず。

北は山に沿ひて高く、南は海近くてくだれり。

波の音、常にかまびすしく、潮風しほかぜ、ことにはげし。

だいは山の中なれば、かのまろ殿どのもかくやと、なかなかやう変はりて、いうなるかたはべり。

日々にこほち、川もに運びくだすいへ、いづくにつくれるにかあるらむ。

なほむなしきおほく、つくれるは少なし。

古京こきやうはすでに荒れて、しんはいまだならず。

ありとしある人は、みなうんの思ひをなせり。


もとよりこのところる者は、を失ひてうれふ。

うつれる人は、ぼくのわづらひある事をなげく。

道のほとりを見れば、車に乗るべきは馬に乗り、衣冠いくわんなるべきはおほ直垂ひたたれを着たり。

みやこり、たちまちにあらたまりて、ただひなびたる武士もののふことならず。


世の乱るるずいさうとか聞けるもしるく、日をつつ、世の中浮き立ちて、人の心もをさまらず。

民のうれへ、つひにむなしからざりければ、同じき年の冬、なほこのきやうに帰りたまひにき。

されど、こぼちわたせりしいへどもは、いかになりにけるにか。

ことごとく、もとのやうにしもつくらず。


伝へ聞く、いにしへの賢きには、あはれみをもつて国ををさたまふ。

すなわち、殿とのかやきても、のきをだにととのへず。

けぶりともしきを見たまふ時は、限りある貢物みつきものをさへ許されき。

これ、民を恵み、世を助けたまふによりてなり。

今の世のありさま、昔になぞらへて知りぬべし。

また、養和の頃とか(養和の飢饉)

また、やうの頃とか、久しくなりて覚えず。

ふたとせあひだ、世の中かつして、あさましき事はべりき。


あるいは春、夏日照り、あるいは秋、大風、洪水などよからぬ事どもうち続きて、こくことごとくならず。

うるいとなみありて、秋刈り、冬をさむるぞめきはなし。

これによりて国々の民、あるいはを捨ててさかひで、あるいはいへを忘れて山に住む。

さまざまの御祈りはじまりて、なべてならぬほふどもおこなはるれど、さらにそのしるしなし。


きやうのならひ、何わざにつけても、みなもとは田舍ゐなかをこそ頼めるに、絶えてのぼる物なければ、さのみやはみさをもつくりあへん。

念じわびつつ、さまざまのざいもつ、かたはしより捨つるがごとくすれども、さらにつる人なし。

たまたまふる者は、こがねかろくし、あはを重くす。

こつじきみちのほとりにおほく、うれへ悲しむこゑ、耳にてり。


まへの年、かくのごとく、からうじて暮れぬ。

明くる年は立ちなほるべきかと思ふほどに、あまりさへえきれいうちそひて、まさざまに跡形あとかたなし。

ひと、みなけいぬれば、日をつつきはまりゆくさま、せうすいいをのたとへにかなへり。

果てには、かさうち、足引き包み、よろしき姿したる者、ひたすらにいへごとにありく。

かくわびしれたる者どもの、ありくかと見れば、すなはちたうしぬ。

ついのつら、道のほとりに飢ゑ死ぬる者のたぐひ、数も知らず。

取り捨つるわざも知らねば、臭き、世界に満ち満ちて、変はりゆくかたち、ありさま、目もあてられぬ事おほかり。

いはむや、河原かはらなどには、馬、車のふ道だになし。


あやしきしづやまがつも力尽きて、たきぎさへともしくなりゆけば、頼むかたなき人は、みづからがいへをこぼちて、いちでて売る。

一人が持ちてでたるあたひ、一日が命にだに及ばずとぞ。

あやしき事は、薪の中に赤きつき、はくなど所々に見ゆる木、あひまじはりけるをたづぬれば、すべきかたなきもの、ふるでらに至りて仏を盗み、堂の物の具を破り取りて、割りくだけるなりけり。

濁悪世ぢよくあくせにしも生まれあひて、かかる心きわざをなん見はべりし。


いとあはれなる事もはべりき。去りがたきをとこ持ちたる者は、その思ひまさりて深き者、必ず先ちて死ぬ。

そのゆゑは、わが身はつぎにして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれたる食ひ物をも、かれにゆづるによりてなり。

されば、親子ある者は定まれる事にて、親ぞ先立ちける。

また、母の命尽きたるを知らずして、いとけなき子の、なおを吸ひつつせるなどもありけり。


にん隆暁法印りうげうほふいんといふ人、かくしつつ、数も知らず死ぬる事を悲しみて、そのかうべの見ゆるごとに、ひたひを書きて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。

ひとかずを知らむとて、四、五りやうげつを数へたりければ、きやうのうち、一条いちでうよりは南、でうより北、京極きやうごくよりは西、しゆざくよりは東の、みちのほとりなるかしら、すべて四万二千三百余りなんありける。

いはむや、その前後に死ぬる者多く、また、河原かはら白河しらかは、西のきやう、もろもろのへんなどをくはへていはば、際限もあるべからず。

いかにいはむや、しちだうしよこくをや。


とくゐん御位みくらゐの時、長承ちやうしようの頃とか、かかるためしありけりと聞けど、その世のありさまは知らず。

まのあたり、めづらかなりし事なり。

また、同じ頃かとよ(元暦の大地震)

また、同じ頃かとよ、おびたたしくおほ振る事はべりき。


そのさま、世の常ならず。

山は崩れて河をうづみ、海はかたぶきてくがをひたせり。

土裂けて、水湧きで、いはほ割れて、谷にまろる。

なぎさぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は足のたちどをまどはす。

都のほとりには、ざいざいしよしよだうしやたふめう、ひとつとしてまたからず。

あるいは崩れ、あるいはたうれぬ。ちりはひ立ちのぼりて、さかりなるけぶりのごとし。


の動き、いへの破るる音、いかづちことならず。いへのうちにれば、たちまちにひしげなんとす。

走りづれば、割れ裂く。

羽なければ、空をも飛ぶべからず。

竜ならばや、雲にも乗らむ。

恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なゐなりけりとこそ覚えはべりしか。


かくおびたたしく振る事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。

世の常、驚くほどの地震なゐ、二、三十度ふらぬ日はなし。

十日、二十日過ぎにしかば、やうやうどほになりて、あるいは四、五度、二、三度、もしは一日まぜ、二、三日に一度など、大方おほかたそのなごり、つきばかりやはべりけむ。


だいしゆの中に、水、火、風は常に害をなせど、大地に至りては、ことなる変をなさず。

昔、さいかうのころとか、おほ地震なゐ振りて、東大寺の仏のぐし落ちなど、いみじき事どもはべりけれど、なほ、このたびにはしかずとぞ。

すなはちは、人みなあぢきなき事を述べて、いささか心のにごりも薄らぐと見えしかど、月日重なり、年にしのちは、言葉にかけて言ひづる人だになし。

【後半】方丈の庵へ

すべて、世の中のありにくく(生きづらい世)

すべて、世の中のありにくく、わが身とすみかとのはかなくあだなるさま、またかくのごとし。

いはむや、ところにより、身のほどに従ひつつ、心を悩ます事は、あげてかぞふべからず。


もし、おのれが身、かずならずして、けんもんのかたはらにる者は、深く喜ぶ事あれども、おほきに楽しむにあたはず。

なげせちなる時も、こゑをあげて泣く事なし。

しん退だい安からず、たちにつけて恐れをののくさま、たとへば、すずめたかの巣に近づけるがごとし。


もし、貧しくして、富めるいへの隣にる者は、あさゆふすぼき姿を恥ぢて、へつらひつつる。

妻子、とうぼくのうらやめるさまを見るにも、の人のないがしろなるしきを聞くにも、心ねんねんに動きて、時として安からず。


もし、せばれば、近くえんしやうある時、そのさいのがるる事なし。

もし、へんにあれば、わうばんわづらひおほく、盜賊の難はなはだし。


また、いきほひあるものはとんよく深く、独身ひとりみなるものは人にかろめらる。

たからあれば恐れおほく、貧しければ恨みせちなり。

人を頼めば、身、ほかなり。

人をはぐくめば、心、恩愛おんあいにつかはる。


世に従へば、身、苦し。

従はねば、きやうせるに似たり。

いづれのところを占めて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身を宿やどし、たまゆらも心を休むべき。

我が身、父方の祖母の家を伝えて(我が身のありさま)

我が身、ちちかたおほいへを伝へて、ひさしくかのところに住む。

その後、縁けて、身おとろへ、しのぶかたがたしげかりしかど、つひにあととむる事を得ず。


三十みそぢ余りにして、さらにわが心と、ひとつのいほりを結ぶ。

これを、ありしまひに並ぶるに、十分が一なり。

ばかりをかまへて、はかばかしくをつくるに及ばず。

わづかについけりといへども、かどつるたづきなし。

竹を柱として、車を宿やどせり。

雪降り、風吹くごとに、あやふからずしもあらず。

ところ河原かはら近ければ、水難も深く、はくの恐れもさわがし。


すべて、あられぬ世を念じ過ぐしつつ、心を悩ませる事、三十余年なり。

そのあひだをりをりのたがひめ、おのづから短き運を悟りぬ。

すなはち、五十いそぢの春を迎へて、いへで、世をそむけり。

もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。

身に官禄くわんろくあらず、何につけてかしふをとどめん。

むなしく大原山の雲にして、またいつかへりのしゆんしうをなんにける。

ここに、六十の露消えがたに及びて(方丈の庵)

ここに、六十むそぢつゆ消えがたに及びて、さらに、すゑ宿やどりを結べる事あり。

いはば、旅人のひとの宿をつくり、老いたるかひこのまゆをいとなむがごとし。


これを中頃のみかに並ぶれば、また百分が一に及ばず。

とかく言ふほどに、よはひ歳々としどしに高く、みかはをりをりせばし。

そのいへのありさま、世の常にも似ず。

広さはわづかにはうぢやう、高さは七尺がうちなり。


ところを思ひ定めざるがゆゑに、を占めてつくらず。

つちを組み、うちおほひをきて、つぎごとに掛金かけがねをかけたり。

もし、心にかなはぬ事あらば、やすく他へうつさむがためなり。

そのあらためつくる事、いくばくのわづらひかある。

積むところ、わづかに二両。

車の力をむくふほかには、さらに他のようとういらず。


今、日野山の奧にあとを隠してのち、東に三尺余りのひさしをさして、柴りくぶるよすがとす。

南、竹の簀子すのこを敷き、その西にだなをつくり、北にせて障子しやうじをへだてて、ざうあんし、そばにげんをかき、まへきやうを置けり。


東のきはわらびのほどろを敷きて、夜のゆかとす。

西南に竹のつりだなをかまへて、黒きかは三合を置けり。

すなはち、和歌、管絃くわんげん往生要集わうじやうえうしふごときのせうもつを入れたり。

かたわらに琴、琵琶、おのおの一ちやうを立つ。

いはゆるをりごとつぎ、これなり。

かりいほりのありやう、かくのごとし。


そのところのさまを言はば、南にかけあり。

岩を立てて、水をためたり。

林、のき近ければ、つまを拾ふにともしからず。

名をおとやまといふ。

まさきのかづら、あとうづめり。谷しげけれど、西晴れたり。

くわんねんのたより、なきにしもあらず。


春は、ふぢなみを見る。

うんのごとくして、西さいはうににほふ。

夏は、郭公ほととぎすを聞く。

語らふごとに、やまちぎる。

秋は、ひぐらしのこゑ、耳に満てり。

うつせみの世を悲しむほど聞こゆ。

冬は、雪をあはれぶ。

積もり、消ゆるさま、ざいしやうにたとへつべし。

もし、念仏もの憂く(気ままな暮らし)

もし、念仏ねんぶつものく、読経どきやうまめならぬ時は、みづから休み、みづからおこたる。

さまたぐる人もなく、また、恥づべき人もなし。

ことさらにごんをせざれども、独りれば、ごうをさめつべし。

必ずきんかいを守るとしもなくとも、境界きやうがいなければ何につけてか破らん。


もし、あとしらなみに、この身をするあしたには、おかふ船をながめて、まんしやぜいをぬすみ、もし、かつらの風、葉を鳴らすゆふべには、じんやうを思ひやりて、げんとくおこなひをならふ。

もし、きようあれば、しばしば松のひびきしうふうらくをたぐへ、水の音にりうせんきよくをあやつる。

芸はこれつたなけれども、人の耳を喜ばしめむとにはあらず。

独り調べ、独りえいじて、みづからこころやしなふばかりなり。


また、ふもとに一つの柴のいほりあり。

すなはち、このやまもりる所なり。

かしこに小童こわらはあり。

時々来たりて、あひとぶらふ。

もし、つれづれなる時は、これを友として遊行ゆぎやうす。

かれは十歳、これは六十むそぢ

そのよはひ、ことのほかなれど、心をなぐさむる事、これ同じ。

あるいはばなを抜き、いはなしを取り、を盛り、せりを摘む。

あるいはすそわのに至りて、おちを拾ひてぐみを作る。


もし、うららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空を望み、はたやまふしの里、つかを見る。

勝地しようちぬしなければ、心をなぐさむるにさはりなし。

あゆみ、わづらひなく、心、とほく至る時は、これより峰つづき、すみやまを越え、かさとりを過ぎて、あるいはいはまうで、あるいはいしやまをがむ。

もしはまた、あはの原を分けつつ、せみうたおきなあととぶらひ、たなかみがはをわたりて、猿丸大夫さるまろまうちぎみが墓をたづぬ。

かへるさには、をりにつけつつ、桜を狩り、紅葉もみぢを求め、わらびり、を拾ひて、かつは仏にたてまつり、かつはいへづととす。


もし、しづかなれば、窓の月に故人をしのび、猿のこゑそでをうるほす。

草むらの蛍は、とほまき篝火かがりびにまがひ、あかつきの雨は、おのづから木の葉吹く嵐に似たり。

やまどりのほろと鳴くを聞きても、父か母かとうたがひ、峰の鹿かせぎの近くれたるにつけても、世にとほざかるほどを知る。

あるいはまた、埋火うづみびをかきおこして、おいめの友とす。

恐ろしき山ならねば、ふくろふこゑをあはれむにつけても、山中のけいをりにつけて尽くる事なし。

いはむや、深く思ひ、深く知らむ人のためには、これにしもかぎるべからず。

大方、この所に住みはじめし時は(自分を生きる)

大方おほかた、このところに住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに、いつとせたり。

かりいほりもややふるさととなりて、のきくち深く、つちこけむせり。


おのづから、事のたよりにみやこを聞けば、この山にこもりのち、やむごとなき人の隠れたまへるもあまた聞こゆ。

まして、その数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。

たびたび炎上えんしやうにほろびたるいへ、また、いくそばくぞ。

ただ、かりいほりのみ、のどけくして恐れなし。

ほどせばしといへども、よるゆかあり、昼る座あり。

一身を宿やどすに不足なし。


かむなはちひさき貝をこのむ。

これ、事知れるによりてなり。

みさごはあらいそる。

すなはち、人を恐るるがゆゑなり。

われ、また、かくのごとし。

事を知り、世を知れれば、願はず、わしらず、ただ、しづかなるを望みとし、うれへなきを楽しみとす。


すべて、世の人のすみかをつくるならひ、必ずしも事のためにせず。

あるいは妻子、けんぞくためにつくり、あるいはしんぢつぼういうためにつくる。

あるいは主君、師匠、および財宝、牛馬のためにさへこれをつくる。

われ、今、身のために結べり。

人のためにつくらず。ゆゑいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、頼むべきやつこもなし。

たとひ、広くつくれりとも、たれを宿し、誰をかゑん。

それ、人の友とあるものは(他力より自力)

それ、人の友とある者は、富めるをたふとみ、ねんごろなるをさきとす。

必ずしも、なさけあると、なほなるとをば愛せず。

ただ、ちくくわげつを友とせんにはしかじ。


人のやつこたる者は、しやうばつはなはだしく、おんあつきを先とす。

さらに、はぐくみあはれむと、安くしづかなるとをば願はず。

ただ、わが身をとするにはしかず。


いかがとするならば、もし、なすべき事あれば、すなはち、おのが身を使ふ。

たゆからずしもあらねど、人を従へ、人をかへりみるより安し。

もし、ありくべき事あれば、みづからあゆむ。

苦しといへども、馬、鞍、牛、車と、心を悩ますにはしかず。


今、一身を分かちて、二つの用をなす。

手のやつこ、足の乗り物、よくわが心にかなへり。

身、心の苦しみを知れれば、苦しむ時は休めつ、まめなれば使ふ。

使ふとても、たびたび過ぐさず、ものしとても、心を動かす事なし。


いかにいはむや、常にありき、常にはたらくは、養性やうじやうなるべし。

なんぞ、いたづらに休みらん。

人を悩ます、ざいごふなり。

いかが、他の力をるべき。

衣食のたぐひ、また同じ(世は心次第)

衣食いしよくのたぐひ、また同じ。

ふぢころもあさふすまるに従ひてはだへを隠し、のおはぎ、峰の、わづかに命をぐばかりなり。

人にまじはらざれば、姿を恥づるいもなし。

かてともしければ、おろそかなるほうあまくす。


すべて、かやうの楽しみ、富める人に対して言ふにはあらず。

ただ、わが身一つにとりて、昔、今とをなぞらふるばかりなり。

それ、さんがいはただ心一つなり。

心もし安からずは、ざうしつちんよしなく、くう殿でんろうかくも望みなし。

今、さびしき住まひ、ひといほり、みづからこれを愛す。

おのづからみやこでて、身のこつがいとなれる事を恥づといへども、かへりてここにる時は、ほかぞくぢんする事をあはれむ。


もし、人、この言へる事をうたがはば、いをと鳥とのありさまを見よ。

いをは、水にかず。

いをにあらざれば、その心を知らず。

鳥は、林を願ふ。

鳥にあらざれば、その心を知らず。

かんきよも、また同じ。

住まずして、たれか悟らむ。

【終章】答え

そもそも、一期の月影傾きて

そもそも、いちつきかげかたぶきて、さんの山のに近し。

たちまちに、さんの闇に向かはんとす。

何のわざをかかこたむとする。


仏の教へたまふおもむきは、事にふれてしふしんなかれとなり。

今、さうあんを愛するも、かんせきぢやくするも、さばかりなるべし。

いかが、えうなき楽しみを述べて、あたら時を過ぐさむ。


しづかなるあかつき、このことわりを思ひ続けて、みづから心に問ひて言はく、世をのがれて、山林にまじはるは、心ををさめてみちおこなはむとなり。

しかるを、なんぢ、姿はしやうにんにて、心はにごりにめり。

すみかはすなはち、浄名居士じやうみやうこじの跡をけがせりといへども、たもつところは、わづかにしゅはんどくぎやうにだに及ばず。


もし、これ、ひんせんむくいのみづから悩ますか、はたまたまうしんの至りてきやうせるか。

その時、心、さらに答ふる事なし。

ただ、かたはらにぜつこんをやとひて、不請ふしやうぶつりやう三遍申さんべんまうしてやみぬ。


時に、建暦けんりゃくふたとせ弥生やよひ晦日頃つごもりごろさうもんれんいんやまいほりにして、これをしるす。

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原文の雰囲気を大切にしつつ、わかりやすさ、読みやすさを重視した訳文です。

ぜひ原文と合わせてご覧ください。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

  • 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
  • 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
  • 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
  • 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
  • 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
  • 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
  • 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
  • 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
  • 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
  • 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
  • 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
  • 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
  • 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
  • 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
  • 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
  • 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
  • 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
  • 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)

実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。

『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪

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この記事を書いた人

うつ病で生きづらさを抱えていた30代の頃に、鴨長明『方丈記』を読んで大共感。「人の悩みは昔も今も変わらないものだ」としみじみ感じ、学生時代はまったく興味がなかった古文や漢文の魅力に初めて気づきました。20年計画で『源氏物語』と『万葉集』の全訳にも挑戦中。万葉歌碑めぐりや街道歩きなど歴史探訪も好きです。

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