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『徒然草』原文(8)第218段~第243段|狐は人に食ひつくものなり~(全文ルビ付き)

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『徒然草』の原文を、8ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(8)には、第218段「狐は人に食ひつくものなり」から第243段「八つになりし年」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『徒然草』現代語訳(8)をご覧ください。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
目次

第218段 狐は人に食ひつくものなり

 狐きつねは人ひとに食くひつくものなり。堀ほり川かは殿どのにて、舎とね人りが寝ねたる足あしを狐きつねに食くはる。仁にん和な寺じにて、夜よる、本ほん寺じの前まへを通とほる下しも法ほふ師しに、狐きつね三みつ飛とびかかりて食くひつきければ、刀かたなを抜ぬきてこれを防ふせぐ間あひだ、狐きつね二に疋ひきを突つく。一ひとつは突つき殺ころしぬ。二ふたつは逃にげぬ。法ほふ師しはあまた所ところ食くはれながら、ことゆゑなかりけり。

第219段 四条黄門命ぜられて言ふ

 四し条でうの黄くわう門もん命めいぜられて言いふ、

「竜たつ秋あきは、道みちにとりてはやんごとなき者ものなり。先せん日じつ来きたりて言いふ、『短たん慮りよのいたり、極きはめて荒くわう涼りやうのことなれども、横やう笛でうの五ごの穴あなは、いささかいぶかしきところのはべるかと、ひそかにこれを存ぞんず。そのゆゑは、干かんの穴あなは平ひやう調ぢやう、五ごの穴あなは下しも無む調てうなり。その間あひだに勝しよう絶せつ調てうを隔へだてたり。上じやうの穴あな、双さう調ぢやう。次つぎに鳧ふ鐘しよう調てうを置おきて、夕しやくの穴あな、黄わう鐘しき調てうなり。その次つぎに鸞らん鏡けい調てうを置おきて、中ちゆうの穴あな、盤ばん渉しき調てう、中ちゆうと六ろくとのあはひに、神しん仙せん調てうあり。かやうに間々ままにみな一いち律りつを盗ぬすめるに、五ごの穴あなのみ、上じやうの間あひだに調てう子しを持もたずして、しかも間まを配くばること等ひとしきゆゑに、その声こゑ不ふ快くわいなり。されば、この穴あなを吹ふく時ときは、必かならずのく。のけあへぬ時ときは、物ものにあはず。吹ふき得うる人ひと難かたし』と申まうしき。料れう簡けんのいたり、まことに興きようあり。先せん達だつ後こう生せいを畏おそるといふこと、このことなり」

 とはべりき。

 他た日じつに、景かげ茂もちが申まうしはべりしは、

「笙しやうは、調しらべおほせて持もちたれば、ただ吹ふくばかりなり。笛ふえは、吹ふきながら、息いきのうちにて、かつ調しらべもてゆくものなれば、穴あなごとに口く伝でんの上うへに、性しやう骨こつを加くはへて、心こころを入いるること、五ごの穴あなのみに限かぎらず。ひとへにのくとばかりも定さだむべからず。あしく吹ふけば、いづれの穴あなも心こころよからず。上じやう手ずはいづれをも吹ふき合あはす。呂りよ律りつの物ものにかなはざるは、人ひとの咎とがなり。器うつはものの失しつにあらず」

 と申まうしき。

第220段 何事も辺土は賤しく

 何なにごとも辺へん土どは賤いやしく、かたくななれども、天てん王わう寺じの舞ぶ楽がくのみ都みやこに恥はぢずといへば、天てん王わう寺じの伶れい人じんの申まうしはべりしは、

「当たう寺じの楽がくは、よく図づを調しらべ合あはせて、ものの音ねのめでたくととのほりはべること、外ほかよりもすぐれたり。ゆゑは、太たい子しの御おん時ときの図づ、今いまにはべるを博はか士せとす。いはゆる六ろく時じ堂だうの前まへの鐘かねなり。その声こゑ、黄わう鐘しき調てうの最も中なかなり。寒かん暑しよに随したがひて上あがり下さがりあるべきゆゑに、二に月ぐわつ涅ね槃はん会ゑより聖しやう霊りやう会ゑまでの中ちゆう間げんを指し南なんとす。秘ひ蔵ざうのことなり。この一いち調てう子しをもちて、いづれの声こゑをもととのへはべるなり」

 と申まうしき。

 およそ、鐘かねの声こゑは黄わう鐘しき調てうなるべし。これ無む常じやうの調てう子し、祇ぎ園をん精しやう舎じやの無む常じやう院ゐんの声こゑなり。

 西さい園をん寺じの鐘かね、

「黄わう鐘しき調てうに鋳いらるべし」

 とて、あまたたび鋳いかへられけれども、かなはざりけるを、遠をん国ごくより尋たづね出いだされけり。浄じやう金こん剛がう院ゐんの鐘かねの声こゑ、また黄わう鐘しき調てうなり。

第221段 建治、弘安のころは

「建けん治ぢ、弘こう安あんのころは、祭まつりの日ひの放はう免めんの付つけ物ものに、異ことやうなる紺こんの布ぬの五ご反たんにて馬うまを作つくりて、尾を髪かみには燈心とうじみをして、蜘蛛くもの網い描かきたる水すい干かんにつけて、歌うたの心こころなど言いひて渡わたりしこと、常つねに見み及およびはべりしなども、興きようありてしたる心ここ地ちにてこそはべりしか」

 と、老おいたる道だう志しどもの、今日けふも語かたりはべるなり。

 このごろは、付つけ物もの、年としを送おくりて過くわ差さことのほかになりて、よろづの重おもきものを多おほく付つけて、左さ右うの袖そでを人ひとに持もたせて、みづからは鉾ほこをだに持もたず、息いきづき苦くるしむありさま、いと見み苦ぐるし。

第222段 竹谷の乗願房

 竹たけ谷だにの乗じよう願ぐわん房ばう、東とう二に条でうの院ゐんへ参まゐられたりけるに、

「亡まう者じやの追つい善ぜんには、何なにごとか勝しよう利り多おほき」

 と尋たづねさせたまひければ、

「光くわう明みやう真しん言ごん、宝ほう篋けふ印いん陀だ羅ら尼に」

 と申まうされたりけるを、弟で子しども、

「いかにかくは申まうしたまひけるぞ。念ねん仏ぶつにまさることは候さぶらふまじとは、など申まうしたまはぬぞ」

 と申まうしければ、

「我わが宗しゆうなれば、さこそ申まうさまほしかりつれども、まさしく称しよう名みやうを追つい福ふくに修しゆして巨こ益やくあるべしと説とける経きやう文もんを見み及およばねば、『何なにに見みえたるぞ』と重かさねて問とはせたまはば、いかが申まうさんと思おもひて、本ほん経ぎやうの確たしかなるにつきて、この真しん言ごん、陀だ羅ら尼にをば申まうしつるなり」

 とぞ申まうされける。

第223段 鶴の大臣殿は

 鶴たづのおほい殿どのは、童わらは名な、たづ君ぎみなり。鶴つるを飼かひたまひけるゆゑにと申まうすは、僻ひが事ごとなり。

第224段 陰陽師有宗入道

 陰おん陽やう師じ有あり宗むね入にふ道だう、鎌かま倉くらより上のぼりて、尋たづねまうで来きたりしが、まづさし入いりて、

「この庭にはのいたづらに広ひろきこと、あさましく、あるべからぬことなり。道みちを知しる者ものは、植ううることをつとむ。細ほそ道みち一ひとつ残のこして、みな畠はたけに作つくりたまへ」

 と諫いさめはべりき。

 まことに、少すこしの地ちをも、いたづらに置おかんことは、益やくなきことなり。食くふ物もの、薬やく種しゆなどを植うゑ置おくべし。

第225段 多久助が申しけるは

 多おほの久ひさ助すけが申まうしけるは、

「通みち憲のり入にふ道だう、舞まひの手ての中なかに興きようあることどもを選えらびて、磯いその禅ぜん師じといひける女をんなに教をしへて舞まはせけり。白しろき水すい干かんに、鞘さう巻まきを差ささせ、烏帽子えぼうしをひき入いれたりければ、男をとこ舞まひとぞ言いひける。禅ぜん師じが娘むすめ、静しづかといひける、この芸げいを継つげり。これ、白しら拍びやう子しの根こん元げんなり。仏ぶつ神じんの本ほん縁えんを歌うたふ。その後のち、源みなもとの光みつ行ゆき、多おほくのことを作つくれり。後ご鳥と羽ばの院ゐんの御おん作つくりもあり。亀かめ菊ぎくに教をしへさせたまひける」

 とぞ。

第226段 後鳥羽院の御時、信濃前司行長

 後ご鳥と羽ばの院ゐんの御おん時とき、信しな濃のの前ぜん司じ行ゆき長なが、稽けい古この誉ほまれありけるが、楽が府ふの御み論ろん議ぎの番つがひに召めされて、七しち徳とくの舞まひを二ふたつ忘わすれたりければ、五ご徳とくの冠くわ者じやと異い名みやうをつきにけるを、心こころ憂うきことにして、学がく問もんを捨すてて遁とん世せいしたりけるを、慈じ鎮ちん和くわ尚しやう、一いち芸げいある者ものをば下しも部べまでも召めし置おきて、不ふ便びんにせさせたまひければ、この信しな濃のの入にふ道だうを扶ふ持ちしたまひけり。

 この行ゆき長なが入にふ道だう、平へい家け物もの語がたりを作つくりて、生しやう仏ぶつといひける盲めう目もくに教をしへて語かたらせけり。さて、山さん門もんのことを、ことにゆゆしく書かけり。九く郎らう判はう官ぐわんのことは詳くはしく知しりて書かき載のせたり。蒲かばの冠くわ者じやのことは、よく知しらざりけるにや、多おほくのことどもを記しるし漏もらせり。

 武ぶ士しのこと、弓ゆみ馬うまのわざは、生しやう仏ぶつ、東とう国ごくの者ものにて、武ぶ士しに問とひ聞ききて書かかせけり。かの生しやう仏ぶつが生うまれつきの声こゑを、今いまの琵び琶は法ほふ師しは学まなびたるなり。

第227段 六時礼讃は

 六ろく時じ礼らい讃さんは、法ほふ然ねん上しやう人にんの弟で子し、安あん楽らくといひける僧そう、経きやう文もんを集あつめて作つくりて、勤つとめにしけり。その後のち、太うづ秦まさの善ぜん観くわん房ばうといふ僧そう、節ふし博はか士せを定さだめて、声しやう明みやうになせり。一いち念ねんの念ねん仏ぶつの最さい初しよなり。後ご嵯さ峨がの院ゐんの御み代よより始はじまれり。法ほふ事じ讃さんも、同おなじく善ぜん観くわん房ばう始はじめたるなり。

第228段 千本の釈迦念仏は

 千せん本ぼんの釈しや迦か念ねん仏ぶつは、文ぶん永えいのころ、如によ輪りん上しやう人にん、これを始はじめられけり。

第229段 よき細工は

 よき細さい工くは、少すこし鈍にぶき刀かたなを使つかふといふ。妙めう観くわんが刀かたなは、いたく立たたず。

第230段 五条内裏には妖物ありけり

 五ご条でうの内だい裏りには、妖ばけ物ものありけり。藤とうの大だい納な言ごん殿どの語かたられはべりしは、

「殿てん上じやう人びとども、黒くろ戸どにて碁ごを打うちけるに、御み簾すをかかげて見みるものあり。誰たそと見み向むきたれば、狐きつね、人ひとのやうについゐて、さしのぞきたるを、『あれ、狐きつねよ』とどよまれて、惑まどひ逃にげにけり。未み練れんの狐きつね、化ばけ損そんじけるにこそ」

第231段 園の別当入道は

 園そのの別べつ当たう入にふ道だうは、さうなき庖はう丁ちやう者じやなり。

 ある人ひとのもとにて、いみじき鯉こひを出いだしたりければ、みな人ひと、別べつ当たう入にふ道だうの庖はう丁ちやうを見みばやと思おもへども、たやすくうち出いでんもいかがとためらひけるを、別べつ当たう入にふ道だうさる人ひとにて、

「このほど百ひやく日にちの鯉こひを切きりはべるを、今日けふ欠かきはべるべきにあらず。まげて申まうし請うけん」

 とて切きられける、いみじくつきづきしく、興きようありて人ひとども思おもへりけると、ある人ひと、北きた山やまの太だい政じやう入にふ道だう殿どのに語かたり申まうされたりければ、

「かやうのこと、おのれはよにうるさく覚おぼゆるなり。『切きりぬべき人ひとなくは、たべ。切きらん』と言いひたらんは、なほよかりなん。何なで条ふ、百ひやく日にちの鯉こひを切きらんぞ」

 とのたまひたりし、をかしく覚おぼえしと人ひとの語かたりたまひける、いとをかし。

 おほかた、ふるまひて興きようあるよりも、興きようなくてやすらかなるが、まさりたることなり。まれ人びとの饗きやう応おうなども、ついでをかしきやうにとりなしたるも、まことによけれども、ただそのこととなくて取とり出いでたる、いとよし。

 人ひとに物ものを取とらせたるも、ついでなくて、「これをたてまつらん」と言いひたる、まことの志こころざしなり。惜をしむよしして乞こはれんと思おもひ、勝しよう負ぶの負まけわざにことつけなどしたる、むつかし。

第232段 すべて人は無智無能なるべきものなり

 すべて人ひとは、無む智ち無む能のうなるべきものなり。ある人ひとの子この、見みざまなどあしからぬが、父ちちの前まへにて人ひとともの言いふとて、史し書しよの文もんを引ひきたりし、賢さかしくは聞きこえしかども、尊そん者じやの前まへにてはさらずともと覚おぼえしなり。

 また、ある人ひとのもとにて、琵び琶は法ほふ師しの物もの語がたりを聞きかんとて、琵び琶はを召めし寄よせたるに、柱ぢゆうの一ひとつ落おちたりしかば、

「作つくりてつけよ」

 と言いふに、ある男をのこの中なかに、あしからずと見みゆるが、

「古ふるき柄ひ杓しやくの柄えありや」

 など言いふを見みれば、爪つめをおふしたり。琵び琶はなど弾ひくにこそ。めくら法ほふ師しの琵び琶は、その沙さ汰たにも及およばぬことなり。道みちに心こころ得えたるよしにやと、かたはらいたかりき。柄ひ杓しやくの柄えは、檜ひ物もの木ぎとかやいひて、よからぬものにとぞ、ある人ひと仰おほせられし。

 若わかき人ひとは、少すこしのことも、よく見みえ、わろく見みゆるなり。

第233段 よろづの咎あらじと思はば

 よろづの咎とがあらじと思おもはば、何なにごとにもまことありて、人ひとを分わかずうやうやしく、言こと葉ば少すくなからんにはしかじ。男をとこ女をんな、老らう少せう、みなさる人ひとこそよけれども、ことに若わかく、かたちよき人ひとの、言ことうるはしきは、忘わすれがたく、思おもひつかるるものなり。

 よろづの咎とがは、馴なれたるさまに上じやう手ずめき、所ところ得えたるけしきして、人ひとをないがしろにするにあり。

第234段 人のもの問ひたるに

 人ひとのもの問とひたるに、知しらずしもあらじ、ありのままに言いはんはをこがましとにや、心こころ惑まどはすやうに返かへり事ごとしたる、よからぬことなり。知しりたることも、なほさだかにと思おもひてや問とふらん。また、まことに知しらぬ人ひとも、などかなからん。うららかに言いひ聞きかせたらんは、おとなしく聞きこえなまし。

 人ひとはいまだ聞きき及およばぬことを、我わが知しりたるままに、「さても、その人ひとのことのあさましさ」などばかり言いひやりたれば、「いかなることのあるにか」と、おし返かへし問とひにやるこそ、心こころづきなけれ。世よにふりぬることをも、おのづから聞きき漏もらすあたりもあれば、おぼつかなからぬやうに告つげやりたらん、あしかるべきことかは。

 かやうのことは、もの慣なれぬ人ひとのあることなり。

第235段 主ある家には

 主ぬしある家いへには、すずろなる人ひと、心こころのままに入いり来くることなし。主あるじなき所ところには、道みち行ゆく人ひとみだりに立たち入いり、狐きつね、梟ふくろふやうのものも、人ひと気げにせかれねば、所ところ得え顔がほに入いり住すみ、木こ霊だまなど言いふけしからぬかたちもあらはるるものなり。

 また、鏡かがみには色いろ、かたちなきゆゑに、よろづの影かげ来きたりて映うつる。鏡かがみに色いろ、かたちあらましかば、映うつらざらまし。虚こ空くうよくものを容いる。

 我われらが心こころに念々ねんねんのほしきままに来きたり浮うかぶも、心こころといふもののなきにやあらん。心こころに主ぬしあらましかば、胸むねのうちに、若干そこばくのことは入いり来きたらざらまし。

第236段 丹波に出雲といふ所あり

 丹たん波ばに出い雲づもといふ所ところあり。大おほ社やしろを移うつして、めでたく造つくれり。

 しだのなにがしとかや知しる所ところなれば、秋あきのころ、聖しやう海かい上しやう人にん、その外ほかも人ひとあまた誘さそひて、

「いざたまへ、出い雲づも拝をがみに。かいもちひ召めさせん」

 とて、具ぐしもて行ゆきたるに、おのおの拝をがみて、ゆゆしく信しんおこしたり。

 御おん前まへなる獅し子し、狛こま犬いぬ、背そむきて、後うしろさまに立たちたりければ、上しやう人にんいみじく感かんじて、

「あなめでたや。この獅し子しの立たちやう、いとめづらし。深ふかきゆゑあらん」

 と涙なみだぐみて、

「いかに殿との原ばら、殊しゆ勝しようのことは御ご覧らんじとがめずや。無む下げなり」

 と言いへば、おのおのあやしみて、

「まことに他たにことなりけり。都みやこのつとに語かたらん」

 など言いふに、上しやう人にんなほゆかしがりて、おとなしく、物もの知しりぬべき顔かほしたる神しん官くわんを呼よびて、

「この御み社やしろの獅し子しの立たてられやう、定さだめて習ならひあることにはべらん。ちと承うけたまはらばや」

 と言いはれければ、

「そのことに候さぶらふ。さがなき童わらはべどもの仕つかまつりける、奇き怪くわいに候さぶらふことなり」

 とて、さし寄よりて、据すゑ直なほして去いにければ、上しやう人にんの感かん涙るい、いたづらになりにけり。

第237段 柳筥に据ゆるものは

 柳やない筥ばこに据すゆるものは、縦たてさま、横よこさま、物ものによるべきにや。巻まき物ものなどは、縦たてさまに置おきて、木きの間あはひより紙かみひねりを通とほして結ゆひつく。

「硯すずりも縦たてさまに置おきたる、筆ふで転ころばずよし」

 と、三さん条でうの右う大だい臣じん殿どの仰おほせられき。

 勘解由小路かでのこうぢの家いへの能のう書じよの人々ひとびとは、仮かりにも縦たてさまに置おかるることなし。必かならず横よこさまに据すゑられはべりき。

第238段 御随身近友が自讃とて

 御み随ずゐ身じん近ちか友ともが自じ讃さんとて、七なな箇か条でう書かきとどめたることあり。みな馬ば芸げい、させることなきことどもなり。

 そのためしを思おもひて、自じ讃さんのこと七ななつあり。

 一ひとつ 人ひとあまた連つれて花はな見み歩ありきしに、最さい勝しよう光くわう院ゐんの辺へんにて、男をのこの馬うまを走はしらしむるを見みて、

「今いま一ひと度たび馬うまを馳はするものならば、馬うま倒たふれて落おつべし。しばし見みたまへ」

 とて立たちとまりたるに、また馬うまを馳はす。とどむる所ところにて、馬うまを引ひき倒たふして、乗のる人ひと、泥でい土どの中なかに転ころび入いる。その詞ことばの誤あやまらざることを、人ひとみな感かんず。

 一ひとつ 当たう代だい、いまだ坊ばうにおはしまししころ、万里小路までのこうぢ殿どの御ご所しよなりしに、堀ほり川かはの大だい納な言ごん殿どの伺し候こうしたまひし御み曹ざう司しへ、用ようありて参まゐりたりしに、論ろん語ごの四し、五ご、六ろくの巻まきをくり広ひろげたまひて、

「ただ今いま、御ご所しよにて、『紫むらさきの朱あけ奪うばふことを悪にくむ』といふ文もんを御ご覧らんぜられたきことありて、御ご本ほんを御ご覧らんずれども、御ご覧らんじ出いだされぬなり。なほよく引ひき見みよと仰おほすることにて、求もとむるなり」

 と仰おほせらるるに、

「九くの巻まきのそこそこのほどにはべる」

 と申まうしたりしかば、

「あなうれし」

 とて、持もて参まゐらせたまひき。

 かほどのことは、児ちごどもも常つねのことなれど、昔むかしの人ひとは、いささかのことをもいみじく自じ讃さんしたるなり。後ご鳥と羽ばの院ゐんの御おん歌うたに、

「袖そでと袂たもとと、一いつ首しゆのうちに悪あしかりなんや」

 と、定てい家かの卿きやうに尋たづね仰おほせられたるに、

秋あきの野のの草くさの袂たもとか花はな薄すすき穂ほに出いでて招まねく袖そでと見みゆらん

 とはべれば、

「何なにごとか候さぶらふべき」

 と申まうされたることも、「時ときにあたりて本ほん歌かを覚かく悟ごす。道みちの冥みやう加がなり、高かう運うんなり」など、ことごとしく記しるしおかれはべるなり。

 九く条でうの相しやう国こく伊これ通みち公こうの款くわん状じやうにも、ことなることなき題だい目もくをも書かき載のせて、自じ讃さんせられたり。

 一ひとつ 常じやう在ざい光くわう院ゐんの撞つき鐘がねの銘めいは、在あり兼かね卿きやうの草さうなり。行ゆき房ふさの朝あ臣そん清せい書しよして、鋳い型かたにうつさせんとせしに、奉ぶ行ぎやうの入にふ道だう、かの草さうを取とり出いでて見みせはべりしに、「花はなの外ほかに夕ゆふべを送おくれば、声こゑ百はく里りに聞きこゆ」といふ句くあり。陽やう唐たうの韻ゐんと見みゆるに、

「百はく里り誤あやまりか」

 と申まうしたりしを、

「よくぞ見みせたてまつりける。おのれが高かう名みやうなり」

 とて、筆ひつ者しやのもとへ言いひやりたるに、

「誤あやまりはべりけり。数す行かうと直なほさるべし」

 と返かへり事ごとはべりき。

 数す行かうもいかなるべきにか。もし数す歩ほの心こころか。おぼつかなし。

 数す行かうなほ不ふ審しん。数すは四し五ごなり。鐘かね四し五ご歩ほ不ふ幾きなり。ただ遠とほく聞きこゆる心こころなり。

 一ひとつ 人ひとあまた伴ともなひて、三さん塔たふ巡じゆん礼れいのことはべりしに、横よ川かはの常じやう行ぎやう堂だうのうち、竜りよう華げ院ゐんと書かける古ふるき額がくあり。

「佐さ理り、行ゆき成なりの間あひだ疑うたがひありて、いまだ決けつせず」

 と申まうし伝つたへたりと、堂だう僧そうことごとしく申まうしはべりしを、

「行ゆき成なりならば裏うら書がきあるべし。佐さ理りならば裏うら書がきあるべからず」

 と言いひたりしに、裏うらは塵ちり積つもり、虫むしの巣すにていぶせげなるを、よく掃はき拭のごひて、おのおの見みはべりしに、行ゆき成なり位ゐ署しよ、名みやう字じ、年ねん号がう、さだかに見みえはべりしかば、人ひとみな興きように入いる。

 一ひとつ 那な蘭らん陀だ寺じにて、道だう眼げん聖ひじり談だん義ぎせしに、八はつ災さいといふことを忘わすれて、

「これや覚おぼえたまふ」

 と言いひしを、所しよ化けみな覚おぼえざりしに、局つぼねの内うちより、

「これこれにや」

 と言いひ出いだしたれば、いみじく感かんじはべりき。

 一ひとつ 賢けん助じよ僧そう正じやうに伴ともなひて、加か持ぢ香かう水ずゐを見みはべりしに、いまだ果はてぬほどに、僧そう正じやう帰かへりてはべりしに、陣ぢんの外とまで僧そう都づ見みえず。法ほふ師しどもを返かへして求もとめさするに、同おなじさまなる大だい衆しゆ多おほくて、え求もとめ会あはずと言いひて、いと久ひさしくて出いでたりしを、

「あなわびし。それ求もとめておはせよ」

 と言いはれしに、帰かへり入いりて、やがて具ぐして出いでぬ。

 一ひとつ 二に月ぐわつ十じふ五ご日にち、月つき明あかき夜よ、うち更ふけて、千せん本ぼんの寺てらに詣まうでて、後うしろより入いりて、ひとり顔かほ深ふかく隠かくして聴ちやう聞もんしはべりしに、優いうなる女をんなの、姿すがた、匂にほひ、人ひとよりことなるが、分わけ入いりて膝ひざにゐかかれば、匂にほひなども移うつるばかりなれば、便びんあしと思おもひて、すり退のきたるに、なほゐ寄よりて、同おなじさまなれば、立たちぬ。

 その後のち、ある御ご所しよさまの古ふるき女によう房ばうの、そぞろごと言いはれしついでに、

「無む下げに色いろなき人ひとにおはしけりと、見みおとしたてまつることなんありし。情なさけなしと恨うらみたてまつる人ひとなんある」

 とのたまひ出いだしたるに、

「さらにこそ心こころ得えはべらね」

 と申まうしてやみぬ。

 このこと、後のちに聞ききはべりしは、かの聴ちやう聞もんの夜よ、御み局つぼねの内うちより、人ひとの御ご覧らんじ知しりて、候さぶらふ女によう房ばうを作つくり立たてて出いだしたまひて、

「便びんよくは、言こと葉ばなどかけんものぞ。そのありさま参まゐりて申まうせ。興きようあらん」

 とて、はかりたまひけるとぞ。

第239段 八月十五日、九月十三日は

 八はち月ぐわつ十じふ五ご日にち、九く月ぐわつ十じふ三さん日にちは、婁ろう宿しゆくなり。この宿しゆく、清せい明めいなるゆゑに、月つきを翫もてあそぶに良りやう夜やとす。

第240段 しのぶの浦の蜑の見るめも

 しのぶの浦うらの蜑あまの見みるめも所ところ狭せく、くらぶの山やまも守もる人ひとしげからんに、わりなく通かよはん心こころの色いろこそ、浅あさからず、あはれと思おもふふしぶしの忘わすれがたきことも多おほからめ。親おや、はらから許ゆるして、ひたふるに迎むかへ据すゑたらん、いとまばゆかりぬべし。

 世よにあり侘わぶる女をんなの、似にげなき老おい法ほふ師し、あやしの吾妻あづま人うどなりとも、賑にぎははしきにつきて、「誘さそふ水みづあらば」など言いふを、仲なか人うど、いづかたも心こころにくきさまに言いひなして、知しられず知しらぬ人ひとを迎むかへもて来きたらん、あいなさよ。何なにごとをか、うち出いづる言ことの葉はにせん。年とし月つきのつらさをも、「分わけこし葉は山やまの」などもあひ語かたらはんこそ、尽つきせぬ言ことの葉はにてもあらめ。すべて、よその人ひとの取とりまかなひたらん、うたて心こころづきなきこと多おほかるべし。

 よき女をんなならんにつけても、品しな下くだり、見みにくく、年としも長たけなん男をとこは、「かくあやしき身みのために、あたら身みをいたづらになさんやは」と、人ひとも心こころ劣おとりせられ、我わが身みは向むかひゐたらんも、影かげ恥はづかしく覚おぼえなん、いとこそあいなからめ。

 梅うめの花はなかうばしき夜よの朧おぼろ月づきにたたずみ、御み垣かきが原はらの露つゆ分わけ出いでん有あり明あけの空そらも、我わが身みざまにしのばるべくもなからん人ひとは、ただ色いろ好このまざらんにはしかじ。

第241段 望月の円かなることは

 望もち月づきの円まどかなることは、しばらくも住ぢゆうせず、やがて欠かけぬ。心こころとどめぬ人ひとは、一ひと夜よの中うちに、さまで変かはるさまも見みえぬにやあらん。

 病やまひの重おもるも、住ぢゆうする隙ひまなくして、死し期ごすでに近ちかし。されども、いまだ病やまひ急きふならず、死しに赴おもむかざるほどは、常じやう住ぢゆう平へい生ぜいの念ねんに習ならひて、生しやうの中うちに多おほくのことを成じやうじて後のち、閑しづかに道みちを修しゆせんと思おもふほどに、病やまひを受うけて死し門もんに臨のぞむ時とき、所しよ願ぐわん一いち事じも成じやうぜず、言いふかひなくて、年とし月つきの懈け怠だいを悔くいて、「この度たび、もし立たち直なほりて命いのちを全まつたくせば、夜よを日ひに継つぎて、このこと、かのこと、怠おこたらず成じやうじてん」と願ぐわんをおこすらめど、やがて重おもりぬれば、我われにもあらず取とり乱みだして果はてぬ。このたぐひのみこそあらめ。このこと、まづ人々ひとびと、急いそぎ心こころに置おくべし。

 所しよ願ぐわんを成じやうじて後のち、暇いとまありて道みちに向むかはんとせば、所しよ願ぐわん尽つくべからず。如によ幻げんの生しやうの中うちに、何なにごとをかなさん。すべて所しよ願ぐわんみな妄まう想ざうなり。

 所しよ願ぐわん心こころに来きたらば、妄まう心しん迷めい乱らんすと知しりて、一いち事じをもなすべからず。直ぢきに万ばん事じを放はう下げして道みちに向むかふ時とき、障さはりなく、所しよ作さなくて、心しん身じん長ながく閑しづかなり。

第242段 とこしなへに違順に使はるることは

 とこしなへに違ゐ順じゆんに使つかはるることは、ひとへに苦く楽らくのためなり。楽らくといふは、好このみ愛あいすることなり。これを求もとむること、やむ時ときなし。

 楽げう欲よくするところ、一ひとつには名ななり。名なに二ふた種しゆあり。行かう跡せきと才さい芸げいとの誉ほまれなり。二ふたつには色しき欲よく、三みつには味あぢはひなり。よろづの願ねがひ、この三みつにはしかず。

 これ顛てん倒だうの相さうより起おこりて、若干そこばくのわづらひあり。求もとめざらんにはしかじ。

第243段 八つになりし年

 八やつになりし年とし、父ちちに問とひて言いふ、

「仏ほとけはいかなるものにか候さぶらふらん」

 と言いふ。父ちちが言いふ、

「仏ほとけには人ひとのなりたるなり」

 と。また問とふ、

「人ひとは何なにとして仏ほとけにはなり候さぶらふやらん」

 と。父ちちまた、

「仏ほとけの教をしへによりてなるなり」

 と答こたふ。また問とふ、

「教をしへ候さぶらひける仏ほとけをば、何なにが教をしへ候さぶらひける」

 と。また答こたふ、

「それもまた、先さきの仏ほとけの教をしへによりてなりたまふなり」

 と。また問とふ、

「その教をしへ始はじめ候さぶらひける第だい一いちの仏ほとけは、いかなる仏ほとけにか候さぶらひける」

 と言いふ時とき、父ちち、

「空そらよりや降ふりけん、土つちよりや湧わきけん」

 と言いひて笑わらふ。

「問とひ詰つめられて、え答こたへずなりはべりつ」

 と、諸しよ人にんに語かたりて興きようじき。

『徒然草』目次
(1)序段〜第32段原文現代語訳
(2)第33段〜第59段原文現代語訳
(3)第60段〜第98段原文現代語訳
(4)第99段〜第136段原文現代語訳
(5)第137段〜第157段原文現代語訳
(6)第158段〜第189段原文現代語訳
(7)第190段〜第217段原文現代語訳
(8)第218段〜第243段原文現代語訳
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