『方丈記』後半で鴨長明がたどり着いたのは、豪華な住まいや名誉ある地位ではありませんでした。
小さな庵で、誰にも縛られず、静かに暮らすこと。
長明は、世の無常や人間社会の苦しさを見つめ続けた末に、「我が身一つを宿すに不足なし」という境地へと至ります。
『方丈記』「自分を生きる」では、仮の庵がいつしか故郷となり、欲しがらず、あくせくせず、穏やかに生きる長明の姿が描かれます。
なぜ長明は、小さな庵での孤独な暮らしに安らぎを見出したのでしょうか。
原文・現代語訳・語釈付きで紹介します。

方丈記「自分を生きる」原文・語釈・現代語訳
大方、この所に住みはじめし時は
原文
大方、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに、五年を経たり。仮の庵もやや故郷となりて、軒に朽葉深く、土居に苔むせり。
語釈
- あからさま:ほんのしばらく。
- やや【稍・漸】:しだいに。だんだん。
現代語訳
そもそも、この場所に住み始めた時はほんの少しの間と思っていたが、もうすでに五年も経ってしまった。仮の庵もしだいに故郷となり、軒には落ち葉が深く積もり、土台には苔が生えてきた。
おのづから、事のたよりに都を聞けば
原文
おのづから、事のたよりに都を聞けば、この山にこもり居て後、やむごとなき人の隠れ給へるもあまた聞こゆ。まして、その数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。たびたび炎上にほろびたる家、また、いくそばくぞ。
語釈
- おのづから【自ら】:たまたま。まれに。
- ことのたより【事の便り】:何かの用事のついで。
- やむごとなし:家柄や身分が高貴だ。
- かくる【隠る】:(身分の高い人が)死ぬ。亡くなる。
- かずならず【数ならず】:とるに足りない。
- いくそばく【幾十許】:どれほどたくさん。
現代語訳
ふと、何かのついでに都のことを聞けば、この山に籠もり住んだ後に、高貴な人が亡くなったという話も多く耳にする。まして、その数にも入らない人々のことは、すべてを知り尽くせないだろう。たびたびの火災で滅んだ家は、また、どれほどであろうか。
ただ、仮の庵のみ
原文
ただ、仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。ほど狭しといへども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに不足なし。
語釈
- のどけし【長閑けし】:平穏だ。
- ほど【程】:広さ。
- ふす【臥す・伏す】:寝る。
現代語訳
ただ、仮の庵だけが、平穏で恐れもない。狭いと言っても、夜寝る場所もあれば、昼居る場所もある。我が身一つを宿すのに、不足はない。
かむなは小さき貝を好む
原文
かむなは小さき貝を好む。これ、事知れるによりてなり。みさごは荒磯に居る。すなはち、人を恐るるが故なり。われ、また、かくのごとし。事を知り、世を知れれば、願はず、走らず、ただ、静かなるを望みとし、憂へなきを楽しみとす。
語釈
- かむな【寄居】:やどかり
- みさご【鶚・雎鳩】:水辺に住み、魚を捕る鳶に似た鳥の名。
- わしる【走る】:あくせくする。
現代語訳
やどかりは、小さな貝を好む。これは、事足りることを知っているからである。みさごは、荒磯に居る。それは、人を恐れているからである。私も、また、このようである。身の程を知り、世のむなしさを知った。欲しがらず、あくせくせず、ただ静かであることを望みとする。憂いのないことを、楽しみとする。
すべて、世の人の栖をつくるならひ
原文
すべて、世の人の栖をつくるならひ、必ずしも事の為にせず。あるいは妻子、眷属の為につくり、あるいは親昵、朋友の為につくる。あるいは主君、師匠、および財宝、牛馬の為にさへこれをつくる。
語釈
- けんぞく【眷属・眷族】:親族。一族。
- しんぢつ【親昵】:親しい人。
- ほういう【朋友】:親友。友人。
現代語訳
すべて、世の人が住まいをつくるのは、必ずしも自分のためではない。ある人は妻子や一族のためにつくり、ある人は親しい人や友人のためにつくる。ある人は主君、師匠、さらには財宝や牛馬のためにまで、これをつくる。
われ、今、身のために結べり
原文
われ、今、身のために結べり。人の為につくらず。
現代語訳
私は、今、我が身のために庵を結んだ。人のためにつくったのではない。
ゆゑいかんとなれば
原文
ゆゑいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、頼むべき奴もなし。たとひ、広くつくれりとも、誰を宿し、誰をか据ゑん。
語釈
- やつこ【奴】:召使い。
- すう【据う】:住まわせる。
現代語訳
理由は何かと問われれば、今の世の道理、我が身のありさま、連れ添う人もなく、頼りにする者もいない。たとえ、広くつくったとしても、誰を宿し、誰を据えようというのか。

方丈記「自分を生きる」原文全文
大方、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに、五年を経たり。仮の庵もやや故郷となりて、軒に朽葉深く、土居に苔むせり。
おのづから、事のたよりに都を聞けば、この山にこもり居て後、やむごとなき人の隠れ給へるもあまた聞こゆ。まして、その数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。たびたび炎上にほろびたる家、また、いくそばくぞ。
ただ、仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。ほど狭しといへども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに不足なし。
かむなは小さき貝を好む。これ、事知れるによりてなり。みさごは荒磯に居る。すなはち、人を恐るるが故なり。われ、また、かくのごとし。事を知り、世を知れれば、願はず、走らず、ただ、静かなるを望みとし、憂へなきを楽しみとす。
すべて、世の人の栖をつくるならひ、必ずしも事の為にせず。あるいは妻子、眷属の為につくり、あるいは親昵、朋友の為につくる。あるいは主君、師匠、および財宝、牛馬の為にさへこれをつくる。
われ、今、身のために結べり。人の為につくらず。
ゆゑいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、頼むべき奴もなし。たとひ、広くつくれりとも、誰を宿し、誰をか据ゑん。

方丈記「自分を生きる」現代語訳全文
そもそも、この場所に住み始めた時はほんの少しの間と思っていたが、もうすでに五年も経ってしまった。仮の庵もしだいに故郷となり、軒には落ち葉が深く積もり、土台には苔が生えてきた。
ふと、何かのついでに都のことを聞けば、この山に籠もり住んだ後に、高貴な人が亡くなったという話も多く耳にする。まして、その数にも入らない人々のことは、すべてを知り尽くせないだろう。たびたびの火災で滅んだ家は、また、どれほどであろうか。
ただ、仮の庵だけが、平穏で恐れもない。狭いと言っても、夜寝る場所もあれば、昼居る場所もある。我が身一つを宿すのに、不足はない。
やどかりは、小さな貝を好む。これは、事足りることを知っているからである。みさごは、荒磯に居る。それは、人を恐れているからである。私も、また、このようである。身の程を知り、世のむなしさを知った。欲しがらず、あくせくせず、ただ静かであることを望みとする。憂いのないことを、楽しみとする。
すべて、世の人が住まいをつくるのは、必ずしも自分のためではない。ある人は妻子や一族のためにつくり、ある人は親しい人や友人のためにつくる。ある人は主君、師匠、さらには財宝や牛馬のためにまで、これをつくる。
私は、今、我が身のために庵を結んだ。人のためにつくったのではない。
理由は何かと問われれば、今の世の道理、我が身のありさま、連れ添う人もなく、頼りにする者もいない。たとえ、広くつくったとしても、誰を宿し、誰を据えようというのか。

鴨長明『方丈記』の参考書籍

- 浅見和彦『方丈記』(2011年 ちくま学芸文庫)
- 浅見和彦『方丈記』(笠間書院)
- 安良岡康作『方丈記 全訳注』(1980年 講談社)
- 簗瀬一雄訳注『方丈記』(1967年 角川文庫)
- 小内一明校注『(影印校注)大福光寺本 方丈記』(1976年 新典社)
- 市古貞次校注『新訂方丈記』(1989年 岩波文庫)
- 佐藤春夫『現代語訳 方丈記』(2015年 岩波書店)
- 中野孝次『すらすら読める方丈記』(2003年 講談社)
- 濱田浩一郎『【超口語訳】方丈記』(2012年 東京書籍)
- 城島明彦『超約版 方丈記』(2022年 ウェッジ)
- 小林一彦「NHK「100分 de 名著」ブックス 鴨長明 方丈記」(2013年 NHK出版)
- 木村耕一『こころに響く方丈記 鴨長明さんの弾き語り』(2018年 1万年堂出版)
- 水木しげる『マンガ古典文学 方丈記』(2013年 小学館)
- 五味文彦『鴨長明伝』(2013年 山川出版社)
- 堀田善衛『方丈記私記』(1988年 筑摩書房)
- 梓澤要『方丈の狐月』(2021年 新潮社)
- 『京都学問所紀要』創刊号「鴨長明 方丈記 完成八〇〇年」(2014年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
- 『京都学問所紀要』第二号「鴨長明の世界」(2021年 賀茂御祖神社(下鴨神社)京都学問所)
実際に読んだ『方丈記』の関連本を以下のページでご紹介しております。
『方丈記』を初めて読む方にも、何度か読んだことがある方にもオススメの書籍をご紹介しておりますので、ぜひご覧ください♪


