このページでは、鴨長明『発心集』第8巻(第89話~第102話)の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容を保ちながら、言葉や文法を一つずつ置き換える逐語訳ではなく、わかりやすさを重視した自然な口語訳にしました。また、人名・地名・仏教語などの読みにくい漢字には、現代仮名遣いによる振り仮名を付けています。
原文と照らし合わせたい方は、『発心集』第8巻 原文全文(ふりがな付き)をご覧ください。現代語訳にあたっては、本文の解釈や段落分けについて、以下の文献を参考にしています。
第89話 中ごろ筑前国に時料と名付けたる聖ありけり
昔、筑前国に「時料」と呼ばれる聖がいた。
この聖は、国府のあたりを歩き回っては、人の家で食べ物をもらっていた。しかし、その時に口にするのは、決まって、
「時料」
という一言だけだった。
経を読むことも、仏の名を唱えることもない。それどころか、ほかの言葉は一言も話さなかった。そのため、人々から「時料」と呼ばれるようになったのである。
朝に夕方にと、いつも姿を見せるので、出会った人はそのつど食べ物などを与えた。しかし、どこに住んでいるのかを知る者は、一人もいなかった。
当時、国府の役人の中に、この聖へ特に深い思いを寄せる男がいた。
「この聖が、いったいどのような暮らしをしているのか、まるでわからない。とはいえ、帰る場所がないはずはないだろう。きっと人に知られない徳を備えた方に違いない。その正体を確かめ、深い仏縁を結びたい」
男はそう考え、聖が物乞いを終えて帰るところを、人目につかないよう後ろから追った。
聖は人里を離れ、はるか山奥へ入っていく。そして険しい谷の奥にある、荒れ果てた神社へ入った。
男は驚きながら、物陰に隠れて様子をうかがった。
すると聖は、夕方から一晩中、自分が犯してきたさまざまな罪を仏へ告白し、悔い改めていた。夜中を過ぎるころからは法華経を読み始めた。その声はたいへん尊く、男は涙を止めることができなかった。
夜が明け、男が帰ろうとした時、聖は近くに人がいる気配を察した。あたりを探し回り、ついに男を見つけると、その袖へ取りすがって激しく泣いた。
「私は今度こそ、生まれ変わりを繰り返す苦しみから逃れたいと願っている。だが、この志を人に知られたら、魔物がつけ入る力を得るうえ、人から受ける布施も重い負担になる。何をするにも妨げが生じるからこそ、私は自分の徳を深く隠し、長年この谷で暮らしてきた。鳥や獣のほかに、私のことを知る者は一人もいなかった。それなのに、おまえは今日、私を見つけてしまった。おまえは生まれ変わるたびに私を苦しめる敵だ。決して許すことはできない。ここで二人とも命を捨てるしかない」
聖の泣き叫ぶ声は谷じゅうに響き渡り、流れる涙で袖を絞れるほどだった。
男は恐怖に震えながら答えた。
「私は、あなたの徳を尊いと思い、信仰心を起こしてここまで来たのです。それの何が罪なのでしょう。しかも、知ったのは私一人だけです。どうか今日の過ちをお許しください。妻にも子にも、決してこのことを話しません。仏も神も、私が約束を守るところを必ずご覧になるでしょう」
聖は言った。
「たとえ一人であっても、知られてしまったことは私の望みではない。だが、おまえは誰よりも信仰心が深い。それなら、もう仕方がない。このことを絶対に口外してはならない。今日からは、おまえを深く信頼することにしよう」
二人は何度も固く約束を交わし、男は帰っていった。
その後、男は人目を避けながら時料を訪ね、生活を支えた。そのため、時料はもう里へ物乞いに出る必要がなくなり、願いどおり極楽往生を遂げたという。
時料は自分の死ぬ時を前もって知り、それを男へ知らせていた。男はのちに、時料の最期がどれほど尊いものだったかを人々へ語った。
この話を聞いたある人は、次のように語った。
「濁った世を生きる修行者は、自分の徳を隠さなければならない。それは、盗賊だらけの国で宝を持つようなものだ」
「今の世には、人の善い行いを見つけては邪魔しようとする魔物や悪人が満ちている。深い悟りと高い徳を備えた人なら、神々が絶えず守ってくれるので、魔物もつけ入る隙を見つけられない。頑丈な門を閉ざし、多くの兵士に守られていれば、何も心配がないのと同じだ」
「だが、私のように怠け者で知恵もない者が、たまたま少し善い行いをしたところで、それは貧しく、守りの弱い家に大量の宝を置くようなものだ。心を守る城壁はもろく、善い神々の守りもない。それなら、立派そうな姿を人前に見せるより、その徳を徹底して隠し、誰にも知らせないほうがよい。金を草むらに包み、宝石を土の中へ埋めるようにするのだ」
「ただし、人には徳を隠していても、心の中で自分を誇っているなら意味はない。魔物は、思い上がった心を足がかりにする。盗賊が内通者を利用して家へ入り込むようなものだ」
「それなのに、末法の世の僧は競争心が強く、名声や利益に惑わされ、自分にはない徳まであると言い張る。これは数ある嘘の中でも、特に重い罪である」
「まして、自分に本当に備わっている徳を並べ立て、人から褒められて喜ぶことは、ほとんどすべての人がしてしまう。嘘ではなくても、その罪は決して軽くない」
「本気で死後の救いを願う人は、自分にない徳を誰かから褒められたら、盗みや殺人の濡れ衣を着せられた時のように恐れなければならない。全身の毛が逆立つほど震え、心から恐れて、ただちに仏・仏の教え・僧の三宝を念じるべきである。平気な顔をして、何の恐れも感じないなら、その罪から逃れるのは難しい」
第90話 ある山寺に徳高く聞こゆる聖ありけり
ある山寺に、徳の高いことで有名な聖がいた。
聖は長年にわたり、堂を建て、仏像を作り、さまざまな善い行いを続けていた。日々の修行もたいへん尊く、立派な最期を迎えたため、弟子も近所の人々も、
「間違いなく極楽往生を遂げた方だ」
と信じていた。
ところが、しばらくして、ある人に聖の霊が乗り移り、理解しがたいことをいろいろと口にした。話を聞いてみると、聖はすでに天狗になっていたのである。
弟子たちは、あまりにも予想外のことで、ひどく残念に思った。しかし、どうすることもできない。わからないことを尋ねると、霊は不思議な話をいくつもした。その中で、次のように語った。
「私は生きていた時、世間の評判ばかりを気にしていた。そして、自分にはない徳があるように見せかけて人々をだまし、その力で仏像を作った。その報いでこのような姿となった今は、人々があの寺を拝み、尊ぶ日になるたび、私の苦しみが増していく」
どれほど大きな善い行いをしても、心が正しく整っていなければ、何の役にも立たないのである。
ある人は、この話をしたあと、
「最近の出来事なので、本人の名はよくわかっている。だが、あえて明かさないでおこう」
と言った。
第91話 近き世のことにや仁和寺の奥に
それほど昔ではないころ、仁和寺の奥に、同じような修行生活を送る二人の聖がいた。
一人は「西尾の聖」、もう一人は「東尾の聖」と呼ばれていた。
二人は、何につけても競うように善い行いをした。一人が決められた作法どおりに法華経を書き写せば、もう一人は決められた作法どおりに念仏を唱える。一人が五十日間の逆修供養を行えば、もう一人は千日間の法会を開く。そのように互いに負けまいと競っていたので、人々も二つの側へ分かれ、それぞれの修行へ参加して仏縁を結んでいた。
そんな状態が何年も続いたある時、
「西尾の聖が、自分の体を焼いて仏へささげる」
といううわさが広まった。その修行へ立ち会おうと、身分の高い者も低い者も、僧も俗人も、市場のような人だかりを作って集まった。
東尾の聖は、それを聞いても、
「正気を失った行いに違いない」
と言い、信じなかった。
しかし、ついに予定の日が来た。西尾の聖は多くの弟子に囲まれ、念仏を唱えながら、火をつけた小屋の中へ入った。
集まった大勢の人々が涙を流し、その行いを尊んで見守っている。西尾の聖は炎の中で二百回ほど念仏を唱えた。そして最後に、いかにも尊そうな声で叫んだ。
「これでついに、東尾の聖へ勝ち切ったぞ」
そう言って、息絶えた。
この最後の言葉を聞かなかった人は、
「なんと尊いことだ」
と涙を流して帰っていった。
しかし、あとからその言葉を聞いた人は驚いた。
「いったい、どういうことなのか。あまりにも残念だ。最後まで競争心にとらわれていたとは。きっと天狗にでもなってしまうだろう。こんな人と、何の役にも立たない仏縁を結んでしまった」
新たな名声を得るため、命まで捨ててしまったのだろう。ある意味では、めったにいない人物である。
ある人が、これに似た話として次のような中国の説話を語った。
中国に一人の皇帝がいた。
ある夜、すっかり夜が更けたので、灯火を壁のほうへ向け、寝室へ入って休んだ。あたりが静まり返ったころ、灯火の光の中で、何かが揺れ動いている。
皇帝は怪しく思い、眠ったふりをしながらよく見ると、どうやら盗人だった。
盗人は室内を歩き回り、皇帝の宝物や衣類などを取り、大きな袋へ次々と詰め込んでいく。皇帝は恐ろしくなり、息をする音すら立てずに見ていた。
そのうち盗人は、皇帝のそばに薬を調合するための灰が置いてあることに気づいた。それを食べ物だと思ったのか、ためらいもなくつかんで口に入れた。
皇帝が不思議に思って見ていると、盗人は少しの間、何かを考え込んだ。そして袋の中の宝物を取り出し、すべて元の場所へ戻すと、静かに立ち去ろうとした。
皇帝は、どうしても理由がわからず、声をかけた。
「おまえは何者だ。なぜ私の物を盗み、また、どういう考えで元へ戻したのだ」
盗人は答えた。
「私は、以前こちらへお仕えしていた、ある大臣の子です。幼いころに父を亡くしてから、暮らしを立てる手段がありませんでした」
「そうはいっても、今さら誰かの召使いになるのは、父の名誉を傷つけるようで、心苦しく思われました。これまで何とか耐えてきましたが、今はもう、生きていく方法がまったくありません。それで、盗人になるしかないと思ったのです」
「しかし、普通の人の物を盗めば、その家の主人が深く嘆くでしょう。たとえ盗むことに成功しても、気持ちよく使うことなどできません。そのため、恐れ多くも宮中へ入りました」
「ひどく空腹だったので、ここに置かれていた灰を、食べ物だと思って口にしました。すると空腹がおさまり、そのあとで、初めて灰を食べたのだと気づきました」
「私は、追い詰められれば、このような物まで食べて生きられたのです。それなのに、どうして盗みをしようなどと思ったのか。自分の考えが情けなく、悔しくなり、盗んだ物をすべて戻しました」
皇帝は事情をすべて聞き、涙を流して心を打たれた。
「おまえは盗人ではあるが、賢い人間だ。心の底は清らかである。私は皇帝の位にいながら、愚かな人間だった。忠臣の一族を、そのまま見捨ててしまっていたのだから。今夜は早く帰りなさい。明日、おまえを宮中へ呼び出し、父の地位を継がせよう」
皇帝がそう命じると、盗人は泣きながら退出した。
その後、盗人は願いどおり皇帝へ仕え、父の地位を継いだという。
この話を考えると、西尾の聖は命まで捨てたが、その心では人に勝ち、名声を得ることを何より優先していた。一方、貧しい男は財宝を盗んだが、その心の底には清らかでまっすぐなものがあった。
人の心の中は、外から簡単に判断できるものではない。
「魚でなければ、水の中の楽しさはわからない」
という言葉も、そのことを表しているのだろう。
第92話 昔橘逸勢といふ人ことありて
昔、橘逸勢という人が、ある事件によって東国へ流された。
親しい人々の中には、悲しむ者が大勢いた。中でも、まだ物の分別もつかないほど幼い娘は、父と別れることに耐えられなかった。
父が流罪となった悲しみもあるが、それ以上に、これから父と離れなければならないことを嘆いたのである。
娘は恥も外聞も忘れ、声を上げて泣きながら、父と一緒に行こうとした。
護送を担当する役人も、娘をこの上なく気の毒に思った。しかし、流人の旅へ家族を同行させたとなれば、あとで問題になる。そこで厳しく止め、連れていくことを許さなかった。
娘は思い詰めた末、父が泊まる宿を一つずつ探し、駅路をたどって、毎晩あとを追った。
体力のある大人でさえ、知らない野や山を越え、夜ごとに人を追い続けるなど、簡単にできることではない。まして、幼い女の子である。本来なら、とうていたどり着けるはずがなかった。
けれども、仏や神がその思いを哀れんだのだろう。娘は苦労を重ねながら、ついに父へ追いついた。
遠江国の途中あたりで、娘はもはや人とは思えず、影のように痩せ衰え、涙と汗でずぶ濡れになった姿で父の前へ現れた。
その娘を迎えた父は、どれほど胸を打たれたことだろう。
娘が追いついて間もなく、父は重い病にかかった。娘だけがそばへ残り、朝から晩まで、そして一晩中、父の世話と仏道の勤めを続けた。自分の命など少しも惜しんでいないような献身ぶりだった。
それを見聞きした人は、誰もが涙を流し、娘を哀れまずにはいられなかった。やがて国中の人々が娘を尊ぶようになり、わざわざ訪ねて仏縁を結ぶ者も多くなった。
やがて父が亡くなると、娘は国司へ願い出た。
「天皇へ事情を申し上げ、許可をいただいたうえで、父の遺骨を都へ持ち帰り、最後まで供養したいのです」
天皇は娘の事情を聞いて驚き、すぐに許可を与えた。
娘は喜び、父の遺骨を首に掛けて、都へ帰った。
昔であっても今であっても、心の底から強く願い続けたことは、きっと最後まで成し遂げられるのである。
第93話 東の方修行しはべりし時さやの中山のふもとに、
私が東国を修行して回っていた時のことである。
さやの中山のふもと、「ことのさき」という神社の前で、六十歳ほどの盲目の琵琶法師が、若い見習い僧を一人連れて歩いていた。
私は二人を呼び止め、乾飯などを食べさせてから尋ねた。
「どこへ行くのですか。目の見える人でさえ、遠い旅へ出ようとすれば心細いものです。あなたの姿を見ると、ひどく気の毒に思われます」
琵琶法師はうつむいて答えた。
「鎌倉へ行くところです」
「普通の人なら、頼りにできる人がいて、訴えを聞いてもらおうとか、目をかけてもらおうとか考えて、旅に出るのでしょう。ですが、私には申し上げることなど何もありません。正しい裁きを受けられるような訴えもなく、これといった望みもありません」
「ただ、今のままでは暮らしていけないので、鎌倉へ着けば、一日でも生き延びる方法が見つかるかもしれないと思っただけです。このような不自由な身で旅をすれば、道中でどれほど苦しむか、着いたあとも宿を見つけるのにどれほど困るか。それは、どうかお察しください」
私は、何をするにも苦労するだろうと気の毒に思った。
同時に、ある学者が極楽往生について語った言葉を、ふと思い出した。
「仏の教えを知らない人が極楽へ行こうとするのは、盲人が道を歩くようなものだ。仏典の意味を知る人が行くのは、目の見える人が歩くようなものである」
その言葉が自分自身のことのように思えたので、私は琵琶法師へ、さらに丁寧に尋ねた。
「本当にたいへんな旅ですね。それでも、鎌倉へ行くのは無理だとは思わないのですか」
琵琶法師は答えた。
「私のような者が旅へ出ようと考えること自体、身のほど知らずではあります。けれども、何事も最後は本人の決意次第です。どうして自分を励まさずにいられるでしょう」
「世間には、乗る馬も、連れていく召使いも、旅の食料も十分に持っていながら、行こうという気持ちがなく、近江国すら見たことのない人が数え切れないほどいます」
「私はこのように不自由で、何をするにも心配の多い身です。それでも、行くと決めたからこそ、こうして少しずつ前へ進めるのです」
この話を聞いて、私はますます情けなくなった。
私たちは仏の教えを見抜く知恵がなく、その点では、この盲目の琵琶法師と同じである。それなのに、琵琶法師が持つほどの強い決意すらない。知恵もなく、志も弱いのでは、どこにも取り柄がないではないか。
ただ、少しだけ頼もしく思える話もある。
ある記録によれば、昔、中国に朝夕、念仏を唱える僧がいた。
その住まいの近くには、鸚鵡という鳥が群れで暮らしていた。鸚鵡は僧の念仏を聞き覚え、ものまねが得意な鳥なので、いつも、
「阿弥陀仏」
と鳴くようになった。
人々がその鳥をかわいがり、感心していたところ、やがて一羽が死んだ。寺の僧たちは、その鳥を土へ埋めた。
その後、埋めた場所から一本の蓮の花が生えた。
僧たちが驚いて掘り返してみると、その蓮は、鸚鵡の舌を根として生えていたのである。
鸚鵡のものまねが優れていたから起きた奇跡ではない。阿弥陀仏の誓いが、それほど深く、行き届いていたからである。
鸚鵡は心から信じて唱えたわけではない。それでも、口に出して念仏を唱えたため、その功徳が無駄にはならなかった。
そうであるなら、私たちが心を集中できないまま唱える念仏も、決して意味のないものではない。
第94話 近ごろ南都に僧ありけり
それほど昔ではないころ、奈良に一人の僧がいた。
僧は長年、高さ三尺の不動明王像を本尊とし、毎朝、毎夕、修行を続けていた。
ある時、いつものように目を閉じ、仏へ祈る言葉を唱えていると、本尊が消え、何もない台座だけが残っていた。
僧は驚いた。
「まさか、魔物の仕業なのか。それとも、私の信仰が足りず、修行を怠っているため、仏の心にかなわないのか」
さまざまに疑い、ひどく思い悩み、悲しんでいると、しばらくして本尊は元の姿へ戻った。
僧には、何が起きたのか理解できない。その後も、本尊が消える出来事は何度も続いた。
僧はすぐに身を清め、特に厳しく肉や酒などを断った。そして七日間、心を込めて一日に三度の修法を行い、その理由を教えてほしいと祈った。
すると、夢の中で本尊の前へ立った。
現実に見ているような光景の中で、僧が本尊の失踪を不思議に思っていると、不動明王が告げた。
「このことに驚く必要はない。二十年以上、私を頼り、死を迎える時に魔物から妨げられないよう祈り続けている者がいる。その者を助けるため、私は時々ここを離れ、そちらへ向かっているのだ」
僧は夢の中で尋ねた。
「その方は、どこにいる、何という人なのでしょうか」
不動明王は答えた。
「京の東山に長楽寺という所があり、そこに唯蓮房という尼がいる。その者である。死ぬ時が近づいているため、これから二、三年は、今まで以上に何度も訪ねることになるだろう」
そう告げられたところで、僧は夢から覚めた。
僧はあまりの不思議さに涙を流し、そのまま長楽寺へ向かった。
「ここに唯蓮房という尼はいますか」
尋ねると、確かにいるという。
僧が尼の庵へ行ってみると、戸は閉ざされ、人の気配もなかった。隣の人に居場所を教えてもらい、雲居寺まで訪ねていくと、ようやく本人へ会うことができた。
僧は初めから夢の話をせず、しばらく雑談をしたあと、尋ねた。
「死後の救いを願い、普段はどのような修行をなさっているのですか」
尼は答えた。
「念仏のほかには、何もしておりません」
それでも僧が、もっと詳しく教えてほしいと何度も尋ねると、尼は言った。
「この二十年ほどは、不動明王の慈救呪を毎日二十一回ずつ唱え、最期まで心を乱さず、正しい思いで死を迎えられるよう祈っています」
それを聞いた僧は言った。
「実は、理由もなくここまで訪ねてきたのではありません」
そして、夢で見たことを初めからすべて話した。
尼も涙をこらえながら、
「なんと心強く、尊いことでしょう」
と喜んだ。
二人は、同じ仏の国へ生まれようと約束を交わし、別れた。
それから、いくらもたたないうちに、尼は重い病にかかった。
周囲の人々は、もう助からないだろうと口にし、さまざまに見舞った。しかし、尼は答えた。
「今年は、まだ死にません。私が亡くなるのは、来年の二月十五日です」
尼の言葉どおり、その時はいったん回復した。
翌年の二月十五日、午後二時ごろ、尼は病気でもないのに、不動明王の印を手で結び、心を乱すことなく正座したまま息を引き取った。
この尼は長楽寺に庵を持っていたが、そこで暮らすことはほとんどなかった。雲居寺で念仏を唱える人々の仲間となり、いつも寺に住み、念仏以外のことは何もしなかった。
人と会って親しく話したり、笑ったりすることもない。ほとんど無愛想といえる態度で人へ接していた。
これは十数年ほど前の出来事なので、多くの人が実際に見聞きしていた。
この話をした人は、
「奈良の僧の名前も、その時には覚えていたのですが、もう忘れてしまいました」
と言った。
末法の世であっても、仏を信じる人には、このような不思議な出来事が起こるのである。
信仰心のない人は、自分の心が弱いことを棚に上げ、何もかも時代が悪いせいにして、修行しようとする心をむなしく失ってしまう。それは愚かなことである。
第95話 近ごろ一人の武者ありけり
それほど昔ではないころ、一人の武士がいた。
武士自身は出世して世間から認められていたが、身分の低い実の母がいた。
もともと親孝行の心が薄いうえ、その母を人前へ出すのも恥ずかしいと思い、実の母より継母を大切にしていた。そのため、普通の親子のように親しく会うこともなかった。
それでも、さすがに実の母なので、一応は暮らしていけるだけの領地を与えていた。
母はその領地へ移り住み、そこで湯治をしていた。
ところが継母が、
「実の母へ、その土地を与えておくのはよくない」
と言った。
武士はその言葉に従い、母へ与えた領地を取り上げると、すぐに別の人へ渡してしまった。
近所の人は驚き、そのことを母へ知らせた。
「もし本当なら、息子がまず私へ知らせるはずです。そんなことが、何の前触れもなく起こるはずがありません」
母は信じなかった。
やがて領地を管理する者が、正式な命令書を持ってきて、母の前で読み上げた。
あまりにもひどい仕打ちだったため、母はしばらく何も言わなかった。
ただ、ぼう然として座っているように見えた。しかし、その様子があまりにもおかしいので、不思議に思った人が体を揺すってみると、もう何の反応もない。
母は座ったまま、すでに息絶えていた。
息子を恨む激しい思いが、一気に燃え上がったためだろう。
その後、あの武士も、母の恨みを受けたのだろうか。ほどなく破滅し、死んでしまったという。
武士の名前はわかっているが、最近の出来事なので、あえて書かない。
また、つい最近、法勝寺の九重の塔が、落雷による火事で焼けたことがあった。
その寺の責任者は、燃える塔を見て、悲しみに耐えられず、その場で意識を失った。そして、その日のうちに亡くなった。この出来事は、世間の誰もが知っている。
仏の教えが滅びていくことを悲しみ、悟りを求める心が、あまりにも強く起こったためだろう。
このように、今の世であっても、善いことでも悪いことでも、人の心は強く燃え上がる。
それなのに、仏道を願う時だけ、
「今は末法の世だから、自分には無理だ」
と、どうして初めから諦める必要があるのだろう。
そればかりではない。男や女への執着から命を捨てたり、人に勝って名声を得るために、身も心もすり減らしたりする人は、末法の世であっても大勢いる。
身近な例として、博打をする者たちが集まって双六を打つところを見ればよい。
彼らは夜も眠らず、昼になってもその場を離れない。七日、八日もの間、ほんの少しも休まずに続けることさえある。そのあいだ体がどれほど苦しく、心をどれほどすり減らすかは、言葉では表せない。
それでも、金を欲しがり、人に勝ちたいという思いがあまりにも強いので、その気力が体を支えるのだろう。目も閉じず、腰も曲がらない。
人間の力に限界があることを考えれば、大施太子が人々を救う宝珠を手に入れた時の志も、せいぜいこれほどだったのではないかと思える。
また、練習を重ねて不思議な技を見せる例なら、田楽や猿楽の芸人が行う「刀玉」という危険な芸がある。
この芸では、三人が六本の刀を使う。
最も上手な者が中央に立ち、その前と後ろに一人ずつ立つ。前後の二人は、それぞれ三本の刀を持ち、
「相手に負けるものか」
と、すさまじい速さで中央の人へ投げつける。
中央の人は、前から飛んできた刀を受け取って後ろへ投げ、後ろから飛んできた刀を受け取って前へ投げ返す。
六本の刀を、一瞬も止めずにさばき続ける姿は、普通の人間の技とは思えない。人づてに聞いただけなら、とうてい信じられないほどである。
しかし、これも本当は不思議なことではない。ひたすら練習を積み重ねた結果である。
もし善い行いのために、これほど努力を重ね、勇ましく修行しようという心を起こしたなら、生きているうちに深い精神統一の境地へ入ることもできるだろう。現実に仏や菩薩の姿を見ることさえできるはずだ。
人は、何の役にも立たない遊びには、これほど夢中になれる。それなのに、善い行いとなると、気が緩み、怠けてしまう。
中でも、阿弥陀仏の慈悲深い誓いは、決して軽いものではない。
ほかの仏たちが救うことを諦めた、五つの重い罪を犯した悪人さえ、
「必ず救おう」
と誓っている。
そのため、昔でも今でも、知恵のある者もない者も、身分の高い者も低い者も、僧も俗人も、老人も若者も、男も女も、区別なく極楽往生を遂げた例がある。その話は、耳にあふれ、目の前にも満ちている。
それなのに人々は、話を聞いても信じず、実際に見ても尊いと思わない。
「末法の世に生きる私たちには、とても無理なことだ」
と、ただ遠ざけてしまう。
ある人は、
「前世から積んだ善い行いがあるから、あの人だけができたのだ」
と言い、別の人は、
「魔物の仕業ではないか」
などと言う。
そうして修行者の努力も、仏の誓いの力も信じず、自分も信仰を持たないばかりか、ほかの人までやる気を失わせる。これは本当に情けないことである。
その一方で、いかにも賢く立派な顔をしている人が、前世からの行いによって、今の暮らしがすでに決まっているとも知らず、
「手に入りそうもない幸運を、どうしても手に入れたい」
と願う。
そして、火や水の中へ飛び込むような勢いで仏や神へ祈り、昼も夜も走り回って求め続ける。
結局のところ、人は根深い迷いの酒に酔わされ、正しい心を失っているのである。
第96話 近ごろある僧の家に大きなる橘の木ありけり
それほど昔ではないころ、ある僧の家に、大きな橘の木があった。
その木は実をたくさん付けるだけでなく、味も格別だった。そのため、家の主人である僧は、ほかに並ぶものがないほど大切な木だと思っていた。
その家の隣には、年老いた尼が一人で暮らしていた。
尼は重い病にかかって寝込んでおり、何日も食べ物を口にせず、湯や水さえ、まともに飲み込めないほど弱っていた。
ところが、隣の橘を見て、
「あれを食べたい」
と言った。
そこで世話をしていた人は、すぐ隣の家へ人を送り、
「病気の尼が、そちらの橘を食べたがっています」
と伝えた。
しかし、僧は思いやりもなく、橘をひどく惜しみ、一つも渡さなかった。
病人は言った。
「なんて腹立たしく、情けないことでしょう。病気はますます重くなり、私の命は今日か明日までです。たとえ思い切り食べたとしても、二つか三つを超えることはないでしょう。それほどの物を惜しみ、私の最後の願いさえかなえてくれないとは、本当に悔しいことです」
「私は極楽へ生まれたいと願ってきました。けれども今は、あの橘を食べ尽くす虫になろうと思います。この怒りを晴らさないかぎり、浄土へ生まれようとは思いません」
そう言って、尼は死んだ。
隣の僧は、この出来事を知らないまま何日かを過ごした。
やがて木から落ちた橘を拾い、食べようとして皮をむいた。すると、実の袋の一つ一つに、白い虫が何匹も入っていた。どれも五、六分ほどの長さだった。
僧は驚き、
「ほかの実も、みな同じなのだろうか」
と思って調べた。
すると木になっている大量の橘が、すべて同じ状態だった。
その後も年が変わるたび、橘には虫ばかりが湧いた。
「もう、この木を残しても仕方がない」
そう考えた僧は、最後には木を切り倒してしまった。
強い願いの力によるものとはいえ、一人の尼がそれほど多くの虫へ生まれ変わったとは、たいへん不思議なことである。
ただし、悪い世界へ落ちていく願いは、下り坂を進むようなものなので、簡単に実現してしまうのだろう。
第97話 中ごろ年たかき尼のさすがに人に知られて
昔、年老いた尼がいた。
その尼は、もとはそれなりに世間で知られた人物だったが、今は物乞いをして歩いていた。
尼は、自分がそのような身になった事情を、次のように語った。
「私はもともと、四条の宮へ仕える身分の低い女で、みなそこと呼ばれていました」
「私と親しい男が国司となり、任国へ下ることになった時、
「おまえも一緒に連れていこう」
と誘ってくれました」
「私は宮へお暇を願い、同じ宮に仕える人々へも事情を伝え、心を込めて旅の準備をしました。朝廷からも旅装束をいただき、女房たちも、それぞれ扇や懐紙などを別れの贈り物として持たせてくれました。誰もが私へ心を寄せてくれたのです」
「いよいよ出発する日の明け方になりました。私はもう一度、出発することを宮へ申し上げ、自分の家へ戻って、迎えの牛車を待ちました」
「ところが、その日は何の知らせもありません」
「おかしいと思い、
「もしかして、出発が延期になったのだろうか」
と人へ尋ねました」
「すると、
「あの方なら、今朝早く、もう出発なさいました。奥方は、それまで何も知らないふりをしていましたが、昨夜になって、
「まさか本当に、そんなことを考えていたとは思いませんでした。私を置いて、いったい誰を連れていくつもりなのですか」
と腹を立てました。そのため、あの方は予定を変え、奥方を連れて出発なさったのです」
と聞かされました」
「その時の私に、どれほど激しい憎しみが起こったかは、言うまでもありません」
「人から、
「一緒に連れていってもらえると言っていたのに、置き去りにされた女だ」
と思われるのが、何よりつらく、恥ずかしく感じられました」
「その後は宮へも戻らず、その日のうちから身を清め、貴船神社へ百日間、毎晩お参りしました」
「私は神へ、心の底からこう祈りました」
「もし私が平静な気持ちで、
「あの人を不幸にしてください」
と願うのであれば、実現は難しいでしょう」
「ですが、私は命まで差し出します。どうか、あの奥方を殺してください」
「もし私がこの先も生き残るなら、物乞いとなり、死後は終わりのない地獄へ落ちてもかまいません。そのことを少しも不幸とは思いません。ただ、この怒りだけは必ず晴らしてください」
「私は迷いのない一心で、そう祈り続けました」
「一方、あの男は、私が置き去りにされたことで恥をかき、少しくらいはつらい思いをしているだろうと考えただけでした。私がこれほど激しく恨んでいるとは、知りもしなかったのです」
「男たちが任国へ着いて、一か月ほどたったころのことです」
「奥方が湯殿へ入ると、立ちこめる湯気の中へ、天井裏から靴下を履いた足が一尺ほど垂れ下がっているのが見えました」
「奥方は女房へ、
「あれが見えますか」
と尋ねました」
「しかし、ほかの人には何も見えません」
「奥方は恐ろしさのあまり、湯にも入らず、騒ぎながら部屋へ戻りました。それをきっかけに重い病にかかり、間もなく亡くなったそうです」
「京でその知らせを聞いた時は、まだ百日の参詣を終えていませんでした。心の中でどれほど喜んだか、言葉では言い尽くせません」
「けれども、その後は何もかもうまくいかなくなりました。暮らしていくこともできないほど落ちぶれ、最後には、このように物乞いをして歩く身となったのです」
「今でも、罪深く、恐ろしい夢をよく見ます。それでも、自分があれほどの覚悟で神へ申し上げたことですから、これまで恨みも後悔もありませんでした」
「ただ、これほど年老いて死が近づいてから、ようやく考え直すようになりました」
「私はどうしてあれほど罪深い憎しみを起こし、今の世でも、死後の世でも、救われない身になってしまったのでしょう」
「そう思っても、今さら、もうどうにもなりません」
尼は、そのように語ったという。
第98話 河内国より妻男あひ具して御嶽へまゐる者
河内国から、夫婦で金峰山へ参詣する者がいた。
二人は夜になって、ようやく山上へ着いた。ひどく疲れていたので、礼拝をする建物の中で少し休むことにした。
夫婦は並んで横になり、ほんの少しだけ休むつもりだったが、すっかり眠り込んでしまった。
かなり時間がたってから、夫が目を覚ますと、すぐそばに妻がいる。
まだ寝ぼけていたため、神聖な山へ参詣していることを完全に忘れ、自分の家にいるような気持ちになった。そして何も考えず、その場で妻と関係を持ってしまった。
次第に意識がはっきりし、自分たちがいる場所を思い出した。
そこは金剛蔵王のすぐ前だった。
二人は、言葉も出ないほど青ざめた。
「家で精進潔斎を始めた時でさえ、ほんの少し決まりを破れば、すぐに恐ろしい出来事が起こるという。それなのに、これほど重大な過ちを犯してしまった。今すぐ罰を受けるに違いない。いったい、どうすればよいのか」
夫婦は恐れ、悲しんだ。
まず神前から出て、二人で川辺へ行き、何度も水を浴びて体を清めた。そして泣きながら心から謝り、山を下りた。
あまりにもひどい過ちだったので、誰にも話さなかった。
それからというもの、二人は心の中で、
「罰を受けるのは、今だろうか。今だろうか」
とおびえ続けた。
ところが、何か月、何年と過ぎても、妻にも夫にも、神罰と思われる出来事は何一つ起こらなかった。
この事件があったのは、夫が二十歳ほどの時だったらしい。
そのまま四十年以上が過ぎた。
ある時、親しい人が、
「金峰山へ参詣する」
と言い、非常に厳しく身を清め、慎重に準備していた。
老人となった夫は、
「そこまで大げさにする必要があるものか」
などと言っていた。
話が進むうちに、つい調子に乗り、自分の過去を打ち明けてしまった。
「ずいぶん大げさなことを言うものだ。私は若いころ、金剛蔵王の目の前で、これこれという過ちを本当に犯した。それでも何事もなく、もう六十歳を超えている。世の中のことは結局、口に出して言うか、黙っているかだけの違いなのだ」
その場にいた人々は、今さらながら、
「なんと恐ろしいことを」
と驚いた。
そして、その話をして寝た、その日の夜のうちに、老人は両目の視力を失ったという。
これは、そう昔ではない時代の出来事である。
仏や神が人を導く方法は、このようなものなのだ。
蔵王権現は、普通の人間の愚かさを理解し、また、夫婦が心から反省して謝ったことを受け入れ、最初の罪を許したのだろう。
しかし、老人はそれに気づかなかった。
よこしまな心から、
「神仏の罰など、実際にはない」
というように蔵王権現の守りを軽く扱い、ほかの人の信仰心まで乱そうとした。
そのため、すでに許されていた昔の過ちが、改めて、さらに重い罪となったのである。
第99話 中ごろ奈良に聖梵入寺、永朝僧都といふ
昔、奈良に聖梵入寺と永朝僧都という、二人の学識ある僧がいた。
二人はもともと比叡山で、同じように長い間、仏教を学んでいた。
そのころの比叡山には、同じ志を持つ優秀な若い僧が大勢いた。その中で抜きん出るのは難しいと考えた二人は相談し、山を離れて奈良へ移ることにした。
奈良坂へ着き、遠くを見渡すと、興福寺のほうには大勢の人が集まり、たいへんにぎわっている。
一方、東大寺のほうは人が少なく、寂しそうに見えた。
聖梵はもともと素直な性格ではなかったため、心の中で考えた。
「人の多い場所で、自分の思うように出世するのは、ひどく難しい。東大寺へ行くほうがよさそうだ」
そこで永朝へ言った。
「二人が同じ寺に入るのは、よくないだろう。あなたは興福寺へ行きなさい。私は以前、三論宗を少し学んだことがあるので、東大寺へ行く」
そうして二人は、その場所から別々の道へ進んだ。
二人の学識に大きな差はなかった。
しかし、永朝は心の素直な人だったので、言われたまま興福寺へ行き、間もなく僧都にまで出世した。
一方、聖梵は、人より優れていると誇れるほどの結果を得られなかった。
月の明るい夜、聖梵は一人で、自分の境遇をつくづく思い続け、次の歌を詠んだ。
原文:昔見し月の影にも似たるかなわれと共にや山を出でけん
超口語訳:昔、比叡山で見た月と、まったく同じ月が出ている。もしかして、この月も私と一緒に山を下りてきたのだろうか。
聖梵は、学問の面では、たいへん優れた人だと評判だった。
ところが、人に対して意地が悪かった。
必要な経典や仏教書を人から借りると、特に重要な文章が書かれた部分だけを切り取っていた。そして、何事もなかったように紙をつなぎ合わせ、持ち主へ返したのである。
切り取ってため込んだ紙の断片は、小さな唐櫃一杯分にもなったという。
このようにひどい心を持っていたため、どれほど学識があっても、何の役にも立たなかった。
生きている間には高い僧位へ進めず、最後には両目が見えなくなった。
死を迎えた時には、深い罪を示すさまざまな様子が現れた。そして、
「あの愚か者め」
と言ったのを最後に、息絶えた。
どれほどの知恵や修行があっても、まず心がまっすぐでなければならない。そのうえで初めて、知恵や修行が意味を持つのである。
さて、永朝僧都は、春日大社へいつも参籠していた。
神の霊験は明らかで、夢の中に何度も神の姿が現れた。
しかし、いつも神の後ろ姿しか見えない。神が永朝のほうへ顔を向けることは、一度もなかった。
永朝は不思議に思い、願いがかなわないことを残念に感じた。そこで、いつも以上に心を込めて祈った。
すると、夢の中で神が告げた。
「おまえが不満に思うのも、もっともである。私も、おまえをかわいそうに思っている。だが、おまえは私へ、死後の救いについて一度も願ったことがない。そのため、私はおまえのほうを向くことができないのだ」
今は末法の世なので、人々を導くため、仏や菩薩は仮に日本の神の姿となって現れている。
しかし、本当の願いは、人々を迷いから救うことにある。
だからこそ、今の世での出世や利益ばかり祈る人を、神は残念に思うのである。
第100話 近く前兵衛尉なる男ありけり
つい最近、以前は兵衛尉だった男がいた。
弟は検非違使となり、さらに大夫少輔まで出世して、世間からも重く扱われている。
それに比べ、自分は取るに足りない身のままだった。
男はそれを情けなく、つらく感じていた。
もともと長年、賀茂神社を信仰していたので、特に深く心を込め、何日も続けて参詣した。そして、
「どうか、弟のように出世させてください」
と泣きながら祈り続けた。
ある夜、神殿にこもっていると、男は夢を見た。
夢の中で、男は神前に座り、普段から思い悩んでいることを、涙を流しながら、くどくどと訴えていた。
すると神殿の扉が開いた。
男は、
「あまりにも恐れ多い」
と身をすくめ、まぶしくて目を向けることもできない。うつ伏せになっていると、夜中なのに、あたりが特別に明るくなったように感じた。
不思議に思い、ふと顔を上げると、神社の中には阿弥陀如来が、はっきりと姿を現していた。
その体から放たれた光は、あらゆる方向へ輝いている。
男は、あまりの尊さとすばらしさに涙を流し、手を合わせて拝んだ。
そこで夢から覚めた。
その後、男は、夢の意味をじっくりと考えた。
「私の願いを、神が聞き入れてくださらないことばかり、これまで残念に思っていた」
「けれども、このようにはっきり姿を見せてくださったということは、今の暮らしは前世の行いによって決まっており、神の力でも変えられないのかもしれない」
「あるいは、今の世のことは私の望みどおりにせず、神の本当の姿である阿弥陀如来を見せてくださったのだろう。それなら、神の深いお考えによるものに違いない」
男はそう考えると、かえって心強く思った。
仏道へ入る機会が熟していたのだろう。その時、出家しようという心が起こり、すぐに髪をそり落とした。
それからは、今の世での出世や栄華が、夢や幻のようなものだったと気づいた。
何かにつけ、
「これこそ、本当に優れた神の恵みだったのだ」
と思った。
夢で見た阿弥陀如来の姿がいつも心に浮かび、尊く、心強く感じられた。
男は眠っている時以外、目を覚ましている間は絶えず念仏を唱え、毎日を過ごした。
やがて二、三日だけ病にかかったが、それほど苦しまず、最期まで心を乱さなかった。そして願いどおり、大きな声で念仏を唱えながら亡くなった。
浮雲のようにはかない出世など、あってもなくても、どちらでもよい。
この男も、思いどおりに出世できなかったからこそ、迷いから抜け出す縁を得たのである。
第101話 ある聖船に乗りて近江の湖を過ぎけるほどに
ある聖が、船に乗って琵琶湖を渡っていた時のことである。
近くを通る漁船を見ると、網で捕らえた大きな鯉を運んでいた。
鯉はまだ生きており、激しく身をよじっている。
聖はかわいそうに思い、自分が着ていた小袖を脱いで漁師へ渡し、その鯉を買い取ると、湖へ放した。
聖は、
「私は、なんと大きな善い行いをしたことだろう」
と満足した。
ところが、その夜の夢に、白い狩衣を着た老人が一人、聖を訪ねてきた。
老人は、ひどく恨んでいるような顔をしている。
聖が不思議に思い、理由を尋ねると、老人は答えた。
「私は、昼間、網に引き上げられ、もう少しで死ぬところだった鯉です。あなたの行いがあまりにも残念だったので、そのことを申し上げるために来ました」
聖は言った。
「その話は、まったく理解できない。私へ感謝するならともかく、どうして恨まれなければならないのか。筋が通らないではないか」
老人は答えた。
「おっしゃることは、そのとおりです」
「しかし私は、魚の身に生まれ、いつになればこの苦しみから逃れられるのかもわからないまま、この湖の底で長い年月を過ごしてきました」
「ようやく今度、賀茂の神へ生きたまま供える魚に選ばれたのです」
「私は、それを仏縁として、魚の苦しみから抜け出せるだろうと期待していました」
「ところが、あなたが余計なことをなさったため、私はまた、魚として生きる時間を延ばされてしまったのです」
聖は、そのような夢を見たという。
第102話 中ごろのことにや山より下りける僧ありけり
昔、比叡山から京へ下りてきた僧がいた。
糺の森の前にある河原を通ると、三人の幼い子どもが、激しく言い争っていた。
僧は立ち止まり、何を争っているのか尋ねた。
子どもの一人が答えた。
「ここに、どうしてもわからないことがあります。神様の前で人々がよく読むお経の名前について、みんなが違う名前を言い、
「自分の答えこそ正しい」
と争っているのです」
僧は、
「おもしろいことをしている」
と思い、一人ずつ答えを聞いた。
一人は、
「真経です」
と言う。
もう一人は、
「深経です」
と言う。
最後の一人は、
「神経です」
と言った。
僧は笑って言った。
「どれも間違いだ。正しくは心経と言うのだ」
子どもたちは言い争うのをやめ、みな立ち去った。
僧は再び歩き出した。
ところが一町ほど進んだ時、河原の真ん中で突然、意識を失って倒れた。
夢を見ているような状態で横たわっていると、たいへん身分の高い方が枕元へ現れ、告げた。
「おまえのしたことは、まったく理解できない」
「あの幼い者たちの言葉には、どれも正しい理由がある」
「真経という答えは、間違いではない。般若心経は、真実の教えだからだ」
「深経という答えも、間違いではない。その道理は、たいへん奥深いからだ」
「神経という答えも、間違っていない。神々が特に好み、尊ぶ経だからである」
「子どもたちが長い間、それぞれの意味を語り合っていたので、私はどの答えもおもしろく、喜んで聞いていた。それなのに、おまえが自分の知識をひけらかしたため、子どもたちは話をやめ、立ち去ってしまった」
「あまりにも残念だったので、おまえへそのことを教えようと思い、ここへ来たのだ」
その言葉を聞いたところで、僧は夢のような状態から戻った。
全身から汗が流れていたが、体には何の異常もなく、その場で起き上がることができた。
神が仏の教えを深く愛し、尊んでいることが伝わる、しみじみとした話である。

