このページでは、鴨長明『発心集』第3巻(第26話~第37話)の原文全文を掲載しています。本文を読みやすくするため、漢字に歴史的仮名遣いによる振り仮名を付けました。
現代語訳と照らし合わせたい方は、『発心集』第3巻 現代語訳全文をご覧ください。本文の表記や説話ごとの区分は、以下の文献を参考に、当サイトの判断で読みやすく整えています。
第26話 中ごろ、近江国に乞食し歩く翁ありけり
中ごろ、近江国に乞食し歩く翁ありけり。立ちても居ても、見ること聞くことにつけて、「まして」とのみ言ひければ、国の者「ましての翁」とぞ名付けける。させる徳もなけれども、年ごろへつらい歩きければ、人もみな知りて、見ゆるにしたがひて、あはれみけり。
その時、大和国にある聖の夢に、この翁必ず往生すべき由見たりければ、結縁のために尋ね来りて、すなはち翁が草の庵に宿りにけり。かくて夜なんどいかなる行をかするらんとて聞けども、さらに勤むることなし。聖、
「いかなる行をかなす」
と問へば、翁さらに行なき由を答ふ。聖重ねて言ふやう、
「われ、まことは、汝が往生すべき由を夢に見侍りてければ、わざと尋ね来るなり。隠すことなかれ」と言ふ。
その時、翁言はく、
「われ、まことは一の行あり。すなはち、ましてといふことくさこれなり。餓ゑたる時は、餓鬼の苦しみを思ひやりて、ましてと言ふ。寒く暑きにつけても、寒熱地獄を思ふこと、またかくのごとし。もろもろの苦しみにあふごとに、いよいよ悪道をおそる。むまき味はひにあへる時は、天の甘露を観じて、執をとどめず。もし、たへなる色を見、すぐれたる声を聞き、かうばしき香きく時も、これ何の数にかはあらん、かの極楽浄土のよそほひものにふれて、ましていかにかめでたからんと思ひて、この世の楽しみにふけらず」
とぞ言ひける。聖このことを聞きて、涙を流し掌合せてなむ、去りにける。
必ずしも浄土の荘厳を観ぜねども、ものにふれて理を思ひけるも、また往生の業となんなりにける。
第27話 奈良の都に、伊予僧都といふ人ありけり
奈良の都に、伊予僧都といふ人ありけり。白河院の末にやあひたてまつりけん。近き世の人なるべし。
その僧都のもとに、年ごろ使ふ大童子ありけり。朝夕に念仏を申すこと時の間も怠らず。ある時、僧都の夜更けてものへ行きけるに、この童火をともして、車の先に行くを見れば、火の光に映じて頭の光現れたり。あさましくめづらかに覚えて、人を呼びてこの火を車のしりにともす。かくてまた向ひてこれを見るに、なほ先のごとくに明らかなり。とかくいふばかりなし。
そののち、この童を呼びて言ふやう、
「年もやうやう高くなりたり。かく念仏を申す、いと貴し。今は宮仕へ障あり。まぎるる方なく念仏してゐたれがし。しからば、食物のために、いささか田を分けて取らせん」
と言ふ。童、
「何事に思しめし飽きてはべるにか。宮仕へつかまつるとて、念仏の障になることもはべらず。身の耐へてはべらんほどは、つかまつらんとこそ思ひつれ。いと本意なく」
など言ふ。
「そのていのことにあらず」
とて、ことのいはれをよくよく言ひ聞かせければ、
「しからば、かしこまりはべり」
とて、この田を二人持たりける子に分け取らせてなん、食物をば沙汰せさせける。
かくて、猿沢池の傍に、一間なる庵結びて、いとど他念なく念仏して居たりければ、本意のごとく臨終正念にて、西に向ひて、掌を合せて終にけり。
往生は無智なるにもよらず。山林に跡をくらうするにもあらず。ただいふかひなく功積める者、かくのごとし。
第28話 伊予守源頼義は、若くより罪をのみ作りて
伊予守源頼義は、若くより罪をのみ作りて、いささかも慚愧の心なかりけり。いはんや、御門の仰せといひながら、陸奥国に向ひて、十二年の間、謀叛の輩を滅ぼし、もろもろの眷属、境界を失へること数を知らず。
因果の理空しからずは、地獄の報疑ひなからんと見えけるに、みのわの入道とて、先立ちて世を背ける者ありけり。折節に、この世の無常、身罪の報のおそるべきやうなんどを言ひけるを聞きて、たちまちに発心して、頭おろして、一筋に往生極楽を願けり。
かのみのわの入道が作りける堂は、伊予入道の家向ひ、佐女牛西洞院なり。みのわ堂といひて、近くまでありき。かの堂にて行ふ間に、昔の罪を悔ひ悲しみける涙、板敷に落ち積りて、大床に伝はり、大床より流て、土に落つるまでなん泣きける。
その後、語りて言はく、
「今は往生の願、疑ひなく遂げなんとす。勇猛、強盛なる心のおこれること、昔、衣川の館を落さんとせし時に異ならず」
となん言ひける。まことに終めでたくて、往生したる由、伝に記せり。
多く罪を作れりとて、卑下すべからず。深く心を発して、勤め行へば、往生することまたかくのごとし。
その息は、つひに善知識もなく、懺悔の心もおこさざりければ、罪ほろぶべき方なし。重き病を受けたりけるころ、向ひに住みける女房の夢に見るやう、さまざま姿したる恐しき物数も知らず、そのあたりをうち囲めり。
「いかなることぞ」
と尋ぬれば、
「人を搦めんとするなり」
と言ふ。とばかりありて、男を一人追ひ立て行く先に、札をさし上げたるを見れば、無間地獄の罪人と書けり。夢覚めて、いとあやしく覚えて、尋ねければ、
「この暁、はやく失せたまひぬ」
となん言ひける。
第29話 讃岐国にいづれの郡とか、源大夫といふ者
讃岐国にいづれの郡とか、源大夫といふ者ありけり。さやうの者のならひといひながら、仏法の名をだに知らず、生き物を殺し、人を滅すよりほかのことなければ、近きも遠きも、おぢおそれたることかぎりなし。
ある時、狩して帰りける路に、人の仏供養する家の前を過ぐとて、聴聞の者の集まれるを見て、
「なにわざをすれば、人は多かるぞ」
と問ふ。郎等の言はく、
「仏供養といふことしはべるなり」
と言ふ。
「いでや、けうがり。いまだ見ぬことぞ」
とて、馬より下りて、狩装束のままながら、中を分け入り、庭も狭にここら居たる人、これ情なしと見るに、胸つぶれて、ひらがりをり。
ここらの人の肩を越えて、導師の法説く傍に近く居て、ことの心を問ふ。僧恐しながら、説法をとどめて、阿弥陀の御誓ひ頼もしきこと、極楽の楽しき、この世の苦しみ、無常のありさまなんどを、細やかに説き聞かす。
この男言ふやう、
「いといといみじきことにこそ。さらば、われ法師になりて、その仏のおはしまさん方へ参らんと思ふに、道を知らず。心をいたして呼びたてまつらんと思ふに、いらへたまひなんや」
と言ふ。
「まことに深く心をおこしたまはば、必ずいらへたまふべし」
と答ふ。
「さらば、われをただ今法師になせ」
と言ふ。あれうのままにて、ともかくも言ひやらず。
その時、郎等寄り来て、
「今日はもの騒がしくはべり。帰りたまひて、その用意して出家したまはば、よろしからん」
と言ふに、腹立ちて、
「おのれがはからひにては、われ思ひ立ちたることをば、いかで妨げんとするぞ」
とて、眼をいからかして、太刀を引きまはせば、おそれをののきて、立ちのきぬ。おほかた、今日の願主より始めて、ありとある人色を失なへり。近く居寄り、
「ただ今、頭剃れ。剃らでは悪しかりなん」
と、しきりに責むれば、遁るべき方なくて、わななくわななく法師になしつ。衣、袈裟乞ひて、うち着て、これより西ざまに向きて、声のあるかぎり、
「南無阿弥陀仏」
と申して行く。これを聞く人涙を流してあはれむ。
かくしつつ、日を経て、はるかに行き行きて、末に山寺ありけり。そこなる僧あやしみて、ことの心を問ふ。しかじかとありのままに言へば、貴みあはれむことかぎりなし。
「さても、物欲しくおはすらん」
とて、干飯をいささか引き包みて取らせければ、
「つゆ物食はん心なし。ただ、仏のいらへたまはんまでは、山、林、海、川なりとも、命の絶えんを限りにて、行かんと思ふ心のみ深くて、そのほかには何事も覚えず」
とて、なほ西をさして呼ばひ行く。
かの寺に、一人の僧あり。跡を尋ねつつ行きて、見れば、はるかの西の海ぎはにさし出たる、山の端なる岩の上に居たり。語りて言はく、
「ここにて、阿弥陀仏のいらへたまへば、待ちたてまつるなり」
と言ひて、声をあげて呼びたてまつる。まことに、海の西に、かすかに御声聞えけり。
「聞きたまふにや。今ははや、帰りたまひね。さて、七日ばかり過ぎて、またおはして、わがなりたらん姿さまを見たまへ」
と言ひければ、泣く泣く帰りにけり。
その後、言ひしがごとく、日ごろへて、その寺の僧あまたいざなひて、行きて問へるに、もとの処につゆも変はらず、掌を合せつつ、西に向ひて、眠りたるがごとくにて居たり。舌の先より、青き蓮の花なん一房生ひ出たりける。おのおの仏のごとく拝みて、この花を取りて、国の守に取らせたりけるを、持て上りて、宇治殿にぞたてまつりける。
功積めることなけれども、一筋に頼みたてまつる心深ければ、往生することまたかくのごとし。
第30話 近く、讃岐の三位といふ人いまそかりけり
近く、讃岐の三位といふ人いまそかりけり。かの乳母の男にて、年ごろ、往生を願ふ入道ありけり。心に思ひけるやう、「この身のありさま、よろづのこと心にかなはず。もし、悪しき病なんど受けて、終思ふやうならずは、本意遂げんこと極めてかたし。病なくて死なんばかりこそ、臨終正念ならめ」と思ひて、「身灯せん」と思ふ。さても、耐えぬべきかとて、鍬といふ物を二つ、赤くなるまで焼きて、左右の脇にさしはさみて、しばしばかりあるに、焼け焦がるるさま、目も当てられず。とばかりありて、
「ことにもあらざりけり」
と言ひて、そのかまへどもしけるほどに、また、思ふやう、「身灯は易くしつべし。されど、この生を改めて、極楽へ詣でん、詮もなく、また、凡夫なれば、もし終に至て、いかが、なほ疑ふ心もあらん。補陀落山こそ、この世間の内にて、この身ながらも詣でぬべき所なれ。しからば、かれへ詣でん」と思ふなり。また、すなはちつくろひやめて、土佐の国に知る所ありければ、行きて、新しき小船一まうけて、朝夕これに乗りて、梶取るわざを習ふ。
その後、梶取りを語らひ、
「北風のたゆみなく吹きつよりぬらん時は、告げよ」
と契りて、その風を待ち得て、かの小船に帆かけて、ただ一人乗りて、南をさして乗りにけり。妻子ありけれど、かほどに思ひ立ちたることなれば、留むるにかひなし。むなしく、行き隠れぬる方を見やりてなん、泣き悲しみけり。これを時の人、こころざしの至浅からず、必ず参りぬらん、とぞおしはかりける。
一条院の御時とか、賀東聖といひける人この定にして、弟子一人あひ具して参る由、語り伝へたる跡を思ひけるにや。
第31話 鳥羽院の御時、ある宮腹に
鳥羽院の御時、ある宮腹に、母と女と同じ宮仕へする女房ありけり。年ごろ経て後、女母に先立ちてはかなくなりにけり。歎き悲しむことかぎりなし。しばしは、かたへの女房も、
「さこそ思ふらめ。ことわりぞ」
なんど言ふほどに、一年、二年ばかり過ぎぬ。
その歎きさらにおこたらず。やや日にそへて、いやまさりゆけば、折悪しき時も多かり。こと忌みすべきころをも分たず、涙をおさへつつ明し暮らすを、人目もおびただしく、はてには、
「このことこそ心得ね。おくれ先立つ習ひ、今初めけることかは」
なんど、口やすからずさざめきあへり。
かくしつつ、三年といふ年、ある暁に、人にも告げず、白地なるやうにて、まぎれ出、衣一、手箱一ばかりをなん袋に入れて、女の童に持たせたりける。京をば過ぎて、鳥羽の方へ行けば、この女の童心得ず思ふほどに、なほなほ行き行きて、日暮ぬれば、橋本といふ所に留まりぬ。明けぬれば、また出ぬ。からうじて、その夕、天王寺へ詣で着きたりける。さて、人の家借りて、
「ここに、七日ばかり念仏申さばやと思ふに、京よりはその用意もせず。ただわが身と、女の童とぞはべる」
とて、この持たりける衣を、一脱ぎて取らせたりければ、
「いと安きこと」
とて、家主なんそのほどのことは用意しける。
かくて、日ごとに堂に参りて、拝みめぐるほどに、また、こと思ひせず。一心に念仏を申したりける。手箱、衣二つとは御舎利にたてまつりぬ。七日に満ちては、京へ帰るべきかと思ふほどに、
「かねて思ひしより、いみじく心も澄みて、たのもしくはべり。このついでに、今七日」
とて、また衣一取らせて二七日になりぬ。
その後、聞けば、
「三七日になしはべらん」
とて、なほ衣を取らせければ、
「何かは。かく、度ごとに御用意なくとも、先にたまはせたりしにても、しばしははべりぬべし」
と言へど、
「さりとて、この料に具したりし物を、持て帰るべきにあらず」
とて、強ひてなほ取らせつ。
三七日が間、念仏すること二心なし。日数満ちて後、言ふやう、
「今は京に上るべきにとりて、音に聞く難波の海のゆかしきに、見せたまひてんや」
と言へば、
「いと安きこと」
とて家の主、しるべして浜に出つつ、すなはち舟にあひ乗りて、漕ぎありく。
「いとおもしろし」
とて、
「今少し、今少し」
と言ふほどに、おのづから沖に遠く出にけり。
かくて、とばかり西に向ひて、念仏することしばしありて、海にづぶと落ち入りぬ。
「あないみじ」
とて、まどひして、取り上げんとすれど、石などを投げ入るるがごとくにして、沈みぬれば、「あさまし」とあきれ騒ぐほどに、空に雲一むら出来て、舟にうち覆ひて、香しき匂ひあり。家主いと貴く、あはれにて、泣く泣く漕ぎ帰りにけり。
その時、浜に人の多く集まりて、ものを見あひたるを、知らぬ様にて問ひければ、
「沖の方に紫の雲立ちたりつる」
なんど言ひける。
さて、家に帰りて、跡を見るに、この女房の手にて、夢の有様を書き付けたり。
初めの七日は、地蔵、龍樹来りて、迎へたまふと見る。二七日には普賢、文殊迎へたまふと見る。三七日には、阿弥陀如来、もろもろの菩薩とともに来りて、迎へたまふと見る。
とぞ、書き置きたりける。
第32話 播磨書写山に、外よりうかれ来たる持経者
播磨書写山に、外よりうかれ来たる持経者ありけり。所の人の情けにてなむ、年ごろ過ぎける。
とりわき、長者なる僧をあひ頼みたりけるに、この持経者言ひけるやう、
「われ、深く臨終正念にて極楽に生れんことを願ひはべれど、その終はり知りがたければ、ことなる妄念も起こらず、身に病もなき時、この身を捨てんと思ひはべるなり。それにとりて、身灯・入海なんどはことざまもあまりきはやかなり。苦しみも深かるべければ、食物を断ちて、安らかに終はりなんと思ひ立ちてはべる。心一つにて、さすがなれば、かくまうし合はするなり。あなかしこ、口より外へ出だしたまふな。居所は南の谷にしめ置きてはべり。今はまかりこもるばかり。後は無言にてはべるべければ、まうしうけたまはることは今日ばかりなるべき」
と言ひければ、涙を落としつつ、
「いといとあはれなり。さほどに思ひ立たれたることなれば、とかくまうすに及ばず。ただし、おぼつかなく思えん時、おのづから忍びつつ行きて、見まうさんことは許したまふや」
と言ふ。
「それはさらなり。へだてたてまつらねばこそ、かくは聞ゆれ」
など、よくよく言ひ契りて、行き隠れぬ。
あはれに、ありがたく思えて、日々にも行き訪はまほしけれど、「うるさくぞ思はん」と、はばかるほどに、おのづから日ごろになりぬ。
七日ばかり過ぎて、教へし所を尋ね行きて、見れば、身一つ入るほどなる小さき庵を結びて、その内に経うち読みて居たり。さし寄りて、
「いかに。身弱く苦しくなんどやおはする」
など問へば、物に書き付けて、返事を言ふ。
「日ごろ、いみじく苦しく思えて、心弱く、終はりもいかがと思えはべりしを、この二三日が先に、まどろみたりし夢に、幼き童子の来たりて、口に水をそそくと見て、身涼しく、力も付きて、今は憂ふることはべらず。当時の様ならば、終はりも願ひのごとくならん」
など言ふ。
いよいよ貴く、うらやましくて、返りて、またその後、あまりめづらかなることなれば、思ふに、さりがたき弟子などにこそはおのづからも語りけめ。このことやうやう聞こえて、この山の僧ども、「結縁せん」とて、尋ね行く。
「あな、いみじ。さばかり口堅めしものを」
と言へど、かなはず。はてには、郡の内にあまねく聞こえて、近き遠きも集まりののしる。この老僧いたりて、心の及ぶかぎり制すれど、さらに耳に聞き入るる人だになし。かの僧はものを言はねど、いみじく侘しげに思へる気色を見るにも、ひとへにわが誤ちなれば、悔しくかたはらいたきことかぎりなし。
かくて、夜昼を分かず、さまざまの物投げかけ、米をまき、拝みののしれば、便りあるべしとも見えぬほどに、いかがしたりけん、この僧夜、いづちともなくはひ隠れぬ。ここら集まる者ども手を分けて、山を踏みあさり、求むれども、さらになし。「さても不思議なりや」なんど言ひてける。
後、十余日経てなん、思ひがけず、かの跡を見つけたりけん、もとの所わづかに五六段ばかりのきて、いささか真柴深く生ひたる隠れに、仏経と紙衣とばかりぞありける。
この三四年がほどのことなれば、かの山に見ぬ人なしとぞ。末の世にはいとありがたきことなりかし。
すべてはもろもろの罪を作る、みなこの身ゆゑなれば、かやうに思ひ取りて、終はりをも往生をも望まんには、何の疑ひかあらん。しかれど、濁世の習ひ、わが分ならぬことを願ひ、ややもすれば、これを謗りていはく、「先の世に、人に食ひ物を与へずして、分を失へる報ひに、おのづからかかる目を見るぞ」とも言ひ、あるいは、「天魔の、心をたぶらかして、人を驚かして、後世を妨げんとかまふるぞ」なども言ふべし。まことに、宿業は知りがたきことなれど、さのみ言はば、いづれの行かは楽しく豊かなる。みな、欲しき味はひを忍び、身を苦しめ、心をくだくをもととす。これことごとく人をわびしめたる報ひとや定めんとする。いはんや、仏菩薩の因位の行みな、法を重んじ、分を軽くす。その跡を追はぬ、わが心のつたなきにてこそあらめ。たまたま学ぶべきを謗るには及ばざることなり。
かの善導和尚は念仏の祖師にて、この身ながら証を得たまへる人なり。往生疑ふべくもあらざりしかど、木の末に登りて、身を投げたまへり。人の為は悪しきことをし初めたまはんやは。
また、法華経にいはく、「若し人心を起こして、菩提を求めんと思はば、手の指・足の指をとぼして、仏陀に供養せよ」と。「国・城・妻子、及び、太子・国土・もろもろの宝をもて供養するに勝れたり」とのたまへり。
このことうち思ふには、人の身を焼く、皮臭くけがらはし。仏の御ために、何の御用やはあらん。言はば、一房の花にも劣り、一ひねりの香にも及びがたけれど、心ざし深くして、苦しみを忍ぶゆゑに、大きなる供養となるにこそはあらめ。
さるにては、もし、人いさぎよき心を発して思はく、「太子・国土、勝れたる供養とのたまはばこそ、われらがためにはかたからめ。この身はわが有なり。しかも、夢のごとくして、むなしく朽ちなんとす。何かは一指に限らん。さながら、身命を仏道に投げて、一時の苦しみ、無始生死の罪をつくのひ、仏の加被に、よく臨終正念なることを得ん」と、深く思ひ取りて、食ひ物をも断ち、身灯・入海をもせんには、たれゆゑ発したまへる悲願なればか、引接したまはざらん。
さらば、今の世にも、かやうの行にて終はりを取る人まのあたり異香匂ひ、紫雲たなびきて、その瑞相あらたなるためし多かり。すなはち、かの童子の水をそそきけんも、証にはあらずや。
あふぎて信ずべし。疑ひて何の益かはある。しかるを、わが心の及ばぬままに、みづから信ぜぬのみならず、他の信心をさへ乱るは愚痴の極まれるなり。
第33話 近ごろ、蓮花城といひて、人に知られたる聖
近ごろ、蓮花城といひて、人に知られたる聖ありき。
卜蓮法師あひ知りて、ことにふれ、情けをかけつつ過ぎけるほどに、年ごろありて、この聖の言ひけるやうは
「今は年にそへつつ弱くなりまかれば、死期の近付くこと疑ふべからず。終はり正念にてまかり隠れんこと極まれる望みにてはべるを、心の澄む時、入水をして、終はり取らんとはべる」
と言ふ。卜蓮聞き驚きて、
「あるべきことにもあらず。今一日なりとも、念仏の功を積まんとこそ願はるべけれ。さやうの行は、愚痴なる人のするわざなり」
と言ひて、いさめけれど、さらにゆるぎなく思ひかためたることと見えければ、
「かく、これほど思ひ取られたらんに至りては、留むるに及ばず。さるべきにこそあらめ」
とて、そのほどの用意なんど、力を分けて、もろともに沙汰しけり。
つひに、桂川の深き所に至りて、念仏高くまうし、時経て水の底に沈みぬ。その時、聞き及ぶ人市のごとく集まりて、かつは貴み、悲しぶことかぎりなし。卜蓮は「年ごろ見なれたるものを」と、あはれに思えて、涙を押さへつつ帰りにけり。
かくて、日ごろ経るままに、卜蓮物の怪めかしき病をす。あたりの人怪しく思ひて、こととしけるほどに、霊現れて、「ありし蓮花城」と名乗りければ、
「このことげにと思えず。年ごろあひ知りて、終はりまでさらに恨みらるべきことなし。いはんや、発心のさま、なほざりならず、貴くて終はりたまひしにあらずや。かたがた、何のゆゑにや、思はぬさまにて来たるらん」
と言ふ。
物の怪の言ふやう、
「そのことなり。よく制したまひしものを、わが心のほどを知らで、いひかひなき死にをしてはべり。さばかり、人のためのことにもあらねば、そのきはにて、思ひ返すべしとも思えざりしかど、いかなる天魔のしわざにてありけん、まさしく水に入らんとせし時、たちまちに悔しくなんなりてはべりし。されども、さばかりの人中に、いかにしてわが心と思ひ返さん。あはれ、ただ今制したまへかしと思ひて、目を見合はせたりしかど、知らぬ顔にて、今は、疾く疾くともよほして、沈みてん恨めしさに、何の往生のことも覚えず。すずろなる道に入りてはべるなり。このことわが愚かなる過なれば、人を恨みまうすべきならねど、最期に口惜しと思ひし一念によりて、かく詣で来たるなり」
と言ひける。
これこそ、げに宿業と思えてはべれ。かつはまた、末の世の人の誡となりぬべし。人の心はかりがたきものなれば、必ずしも、清浄・質直の心よりもおこらず。あるいは、勝他名聞にも住し、あるいは憍慢嫉妬をもととして、愚かに、「身灯・入海するは浄土に生れるぞ」とばかり知りて、心のはやるままに、かやうの行を思ひ立つことしはべりなん。すなはち、外道の苦行に同じ。大きなる邪見と言ふべし。
そのゆゑに、火・水に入る苦しみなのめならず。その心ざし深からずは、いかが耐え忍ばん。苦患あれば、また心安からず。仏の助けより外には、正念ならんこと極めてかたし。
中にも、愚なる人のことぐさまで、「身灯はえせじ。水にはやすくしてん」とまうしはべるめり。すなはち、よそ目なだらかにて、その心知らぬゆゑなるべし。ある聖の語りしは、
「かの水に溺れて、すでに死なんとつかまつりしを、人に助けられて、からうじて生きたることはべりき。その時、鼻・口より水入りて、責めしほどの苦しみは、たとひ地獄の苦なりとも、さばかりこそはと思えはべりしか。しかるを、人の水を安きことと思へるは、いまだ水の人殺す様を知らぬなり」
とまうしはべりし。
ある人のいはく、
「もろもろの行ひはみな、わが心にあり。みづから勤めて、みづからが知るべし。よそには、はからひがたきことなり。すべて、過去の業因も、未来の果報も、仏天加護もうち傾きて、わが心のほどを安くせば、おのづから推し量られぬべし。かつがつ、一ことを顕す。もし人仏道を行なはんために、山林にもまじはり、一人壙野の中にもをらん時、なほ身を恐れ、寿を惜しむ心あらば、必ずしも、仏擁護したまふらんとは頼むべからず。垣・壁をもかこひ、遁るべきかまへをして、みづから身を守り、病を助けて、やうやう進まんことを願ひつべし。もし、ひたすら仏にたてまつりつる身ぞと思ひて、虎・狼来たりて犯すとも、あながちに恐るる心なく、食ひ物絶えて餓ゑ死ぬとも、憂はしからず思ゆるほどになりなば、仏も必ず擁護したまひ、菩薩も聖衆も来たりて、守りたまふべし。法の悪鬼も、毒獣も、便りを得べからず。盗人は念を起して去り、病は仏力によりて癒えなん。これを思ひ分かず、心は心として浅く、仏天の護持を頼むは、危ふきことなり」
と語りはべりし。このことさもと聞こゆ。

第34話 近きころ、近江国に池田といふ所に
近きころ、近江国に池田といふ所に、いやしき男ありけり。おのが身は年たけて、若き子をなん持ちたりける。二人相具して、なすべきことありき。
奥山へ入りたりけるに、やや久しく休み居たり。ころは十月の末にやありけん、木枯らしすさまじく吹きて、木々の木の葉、雨のごとく乱れける。父これを見て言ふやう、
「なんぢ、この木の葉の散るを見るや。これを静かに思ひつづくれば、わが身のありさまにいささかも変はらぬなり。そのゆゑは、春はみるみると若葉さし初めたりと見しほどに、やうやう繁りて、夏はみな盛になりにき。八月ばかりより、青き色、黄に改めて、後には紅深くこがれつつ、今少し風吹けば、もろく散る。落ちてはつひに朽ちなんとす。わが身もまたこれに同じ。十歳ばかりの時、たとへば春の若葉なり。二三十にて盛りなりし時は、夏の梢影繁りて、心地良げなりしころに似たり。今、六十に余り、黒髪やや白く、皺たたみ、肌へ変はり行く。すなはち、秋の色づくに異ならず。いまだ嵐に散らずといふばかりなり。それまた、今日明日のことなるべし。かく、あだなる身を知らず、世を過ごさんとて、朝夕いふばかり苦しき目を見て、走りいとなむことこそ、思へばよしなけれ。われは今は家へも帰るまじ。法師になりて、ここに居て、この木の葉のありさまなんど思ひつづけつつ、のどかに念仏してをらんと思ふ。わぬしは年もいまだ若し。末はるかなれば、とく帰りね」
と言ふ。
この男の言ふやう、
「まことにたがはず。のたまふ所は言はれたれど、庵、一つもなし。田・畠作るべき便りもなし。すべて、雨風の苦しみ、けだものの恐れ、一つとして耐へ忍ぶべき所もあらず。いかにしてか一人は住みたまはん。さらば、われも具したてまつりて、木の実をも拾ひ、水をも汲みて、いかにもなりたまはんやうにこそはならめ。今、齢盛りなりといへども、たとへば夏の木の葉にこそはべるなれ。つひに紅葉して、散らんこと疑ひなし。いかにいはんや、木の葉は色づきてこそ散るものなれ。人は若くて死ぬるためし多かり。やや、木の葉よりもあだなりといふべし。さらに古郷へ帰るべからず」
と言ひければ、あはれに思ひたり。
「さらば、いと嬉しきこと」
とて、人もかよはぬ深山の中に、少しき庵、二つ結びて、それに一人づつ、朝夕念仏して過ごしける。
むげに近き世のことなれば、みな人知りてはべりとなん。ある人のいはく、
「父すでに往生しおはんぬ。息今に現存、云々」
第35話 薬師寺に証空律師といふ僧ありけり
薬師寺に証空律師といふ僧ありけり。
よはひたけて後、辞して久しくなりにけるを、
「かの寺の別当の欠に望みまうさんと思ふは、いかがあるべき」
と言ふ。弟子たるに、同じさまに、
「あるまじきことなり。御年たけたまひたり。つかさを辞したまへるに付けても、必ずおぼすところあらんかしと、人も心にくく思ひまうしたるを、今さら、さやうに望みまうしたまはば、思はぬなることにて、人も心劣りつかまつるべし」
と、ことはりを尽くして、いみじういさめけれど、さらに、「げに」と思へる気色なし。いかにも、その心ざし深きことと見えければ、すべて力及ばず。
弟子寄り合ひて、このことを歎きつつ言ふやう、
「この上には、いかに聞こゆとも、聞き入らるまじ。いざ、そら夢を見て、身もだえたまふばかり、語りまうさん」
とぞ定めける。
日ごろ経て後、静かなる時、一人の弟子言ふやう、
「過ぎぬる夜、いと心得ぬ夢なん見えはべりつる。この庭に、色々なる鬼の恐ろしげなる、あまた出で来て、大なる釜を塗りはべりつるを、あやしく思えて問ひつれば、鬼のいはく、この坊主の律師の料なりと答ふるとなん見えつる。何ごとにかは、深き罪おはしまさん。この事心得ずはべるなり」
と語る。
すなはち、「驚き恐れん」と思ふほどに、耳もとまで笑み曲げて、
「この所望のかなふべきにこそ。披露なせられそ」
とて、拝みければ、すべていふはかりなくて、やみにけり。
智者なれば、この律師までも昇りけめ。年七十にて、この夢を悦びけん、いと心憂き貪欲の深さなりかし。
かの無智の翁が独覚の悟りを得たりけんには、たとへもなくこそ。
第36話 中ごろ、壱岐前司親輔といふ人
中ごろ、壱岐前司親輔といふ人、取子をして、幼くよりはぐくみ養ひけり。
この児三つといひける年、数珠を持ちて遊びとして、さらに異物にふけらず。父母これを愛して、紫檀の数珠を取らせたりければ、阿弥陀仏をことぐさにまうし居たり。母聞きて、いさめけれど、なほこのことを留めず。
六つといふ年、重き病を受けて、日ごろ経て後、床に伏しながら、手遊びにせし念珠の傍らにありけるを見て、
「わが数珠の上に、塵のゐにける」
と言ひて、深く歎きたる気色なり。これを聞く人涙を落として、あはれみあへり。
すなはち、父母にあふて、
「身のけがらはしく思ゆるに、湯を浴みばや」
と言ふ。病重きほどなれば、さらに許さず。その後、人に助けられて、西に向かひつつ、起き居て、音をあげて、
聞妙法華経 提婆達多品 浄心信敬 不生疑惑者 不堕地獄
と言ふより、
若在仏前 蓮花化生
と言ふまで誦す。
その声ことに妙なり。幼き者なれば、日ごろ人の教ふることなし。みな、驚きあはれぶ。声いまだやまぬほどに、眼をうけて息絶えにければ、父母泣き悲しむことかぎりなし。
日ごろ経て後、母昼うたた寝したる時、夢ともなく、うつつともなく、この児を見る。形ことにめでたく、清らかにてありける。母に向かひて、
「わが形をば、よく見るや」
と言ふ。母
「よく見る」
と言ふ。児誦して、
即往南方 無垢世界 坐宝蓮花 成等正覚
この文を読み終はりて、すなはち失せにけりとぞ。このことは嘉承二年のころなり。
第37話 奈良に、松室といふ所に僧ありけり
奈良に、松室といふ所に僧ありけり。官なんどはわざとならざりけれど、徳ありて、用ゐられたる者になんありける。
そこに、幼き児の、ことにいとほしくするありけり。この児朝夕、法華経を読みたてまつりければ、師これをうけず。
「幼き時は学文をこそせめ。いとげにげにしからず」
など、いさめられて、一度は随ふやうなれど、ややもすれば、忍び忍びになんこれを読む。いかにも心ざし深きことと見て、後には誰も制せずなりにけり。
かかるほどに、十四五ばかりになりて、この児いづちともなく失せぬ。師大きに驚きて、至らぬくまもなく尋ね求むれど、さらになし。「物の霊なんどに取られたるなめり」と言ひて、泣く泣く、のちのことなんど弔ひてやみにけり。
その後、月ごろ経て、この房にある法師の「薪取らん」とて、山深く入りたりけるに、木の上に、経読む声聞こゆ。怪しくて、これを見れば、失せにし児なり。あさましく思えて、
「いかに、かくてはおはしますぞ。さしも歎きたまふものを」
と言へば、
「そのことなり。さやうのことも聞こえんとて、逢ひたてまつらんと思へど、便り悪しきことになりて、えなん近付きたてまつらず。うれしく見え逢ひたり。これへ、かまへておはしませとまうせ」
と言ひければ、走り帰りて、このよしを語る。
師驚きて、すなはち来たる。児語りていはく、
「われ、読誦の仙人にまかりなりてはべるなり。日ごろも御恋しく思ひたてまつりつれど、かやうにまかりなりて後は、聞くべき便りもなし。おほかた、人のあたりは、けがらはしく臭くて、耐ゆべくもあらねば、思ひながら、えなん詣でざりつる間、近うて見たてまつることはえあるまじ」
と言ひて、ともに涙を落としつつ、やや久しく語らふ。
かくて、帰りなんとする時、言ふやう、
「三月十八日に竹生島といふ所にて、仙人集まりて、楽をすることはべるに、琵琶を弾くべきことのはべるが、え尋ね出だしはべらぬなり。貸したまひなんや」
と言ふ。
「やすきことなり。いづくへかたてまつるべき」
と言へば、
「ここにて賜はらん」
と言ひて、ともに去ぬ。すなはち、琵琶を送りたりけれど、その時は人もなし。ただ、木の本に置きてぞ帰りにける。
さて、この法師は三月十七日に竹生島へ詣でたりけるに、十八日、暁の寝覚めに、はるかにえもいはれぬ楽の声聞こゆ。雲に響き、風に随ひて、世の常の楽にも似ず思えて、めでたかりければ、涙こぼれつつ聞き居たるほどに、やうやう近くなりて、楽の声止まりぬ。とばかりありて、縁に物を置く音のしければ、夜明けて、これを見るに、ありし琵琶なり。
師不思議の思ひをなして、
「これをわが物にせんことは憚りあり」
とて、権現にたてまつる。香ばしき匂ひ深くしみて、日ごろ経れど失せざりけるを、この琵琶今にかの島にあり。うきたることにあらず。


