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『無名抄』原文(4)第71段~第83段|近代の歌体~(全文ルビ付き)

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『無名抄』の原文を、4ページに分けて全文ルビ付きで掲載しています。このページ(4)には、第71段「近代の歌体」から第83段「とこねのこと」までの章段を収めました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『無名抄』現代語訳(4)をご覧ください。

『無名抄』目次
(1)第1段~第15段原文現代語訳
(2)第16段~第40段原文現代語訳
(3)第41段~第70段原文現代語訳
(4)第71段~第83段原文現代語訳
目次

第71段 近代の歌体

 ある人ひと問とひていはく、

「この頃ころの人ひとの歌うたざま、二ふた面おもてに分わかれたり。中なか頃ごろの体ていを執しふする人ひとは、今いまの世よの歌うたをばすずろごとのやうに思おもひて、やや達だる磨ま宗しゆうなどいふ異い名みやうを付つけて、そしり嘲あざける。また、この頃ころやうを好このむ人ひとは、中なか頃ごろの体ていをば、『俗ぞくに近ちかし、見み所どころなし』と嫌きらふ。やや宗しゆう論ろんの類たぐひにて、こと切きるべくもあらず。末まつ学がくのため、是ぜ非ひに惑まどひぬべし。いかが心こころ得うべき」

 といふ。

 ある人ひと、答こたへていはく、

「これはこの世よの歌か仙せんの大おほきなる争あらそひなれば、たやすくいかが定さだめむ。ただし、人ひとの習ならひ、月つき星ほしの行ぎやう度どをも悟さとり、鬼き神じんの心こころをも推おし量はかるものなれば、おぼつかなくとも心こころの及およぶほど申まうしはべらむ。また、思おもはれむに従したがひてことはらるべし。

大おほ方かた、このことを人ひとの水すい火くわのごとく思おもへるが、心こころも得えず覚おぼえはべるなり。すべて歌うたのさま、世よ々よに異ことなり、昔むかしは文字もじの数かずも定さだまらず、思おもふさまに口くちに任まかせて言いひけり。かの『出いづ雲も八重やへ垣がき』の歌うたよりこそは、五ご句く、三さん十じふ一いち文字もじに定さだまりにけれど、万まん葉えふの頃ころなどまでは、なほ懇ねんごろなる心こころざしを述のぶるばかりにて、あながちに姿すがた言葉ことばを選えらばざりけるにやと見みえたり。中なか頃ごろ、古こ今きんの時とき、花くわ実じつともに備そなはりて、そのさままちまちに分わかれたり。後ご撰せんには、よろしき歌うた古こ今きんに取とり尽つくされてのち、いくほども経へざりければ、歌うた得えがたくして、姿すがたをば選えらばず、ただ、心こころを先さきとせり。拾しふ遺ゐの頃ころより、その体ていことのほかにもの近ちかくなりて、ことわりくまなくあらはれ、姿すがた素す直なほなるをよろしとす。そののち後ご拾しふ遺ゐの時とき、今いま少すこしやはらぎて、昔むかしの風ふうを忘わすれたり。ややその時ときの古ふるき人ひとなどは、これをうけざりけるにや、後ご拾しふ遺ゐ姿すがたと名な付づけて、口くち惜をしきことにしけるとぞ、ある先せん達だつ語かたりはべりし。金きん葉えふはまた、わざともをかしからむとして、軽かろ々がろなる歌うた多おほかり。詞し花くわ、千せん載ざい、大たい略りやく後ご拾しふ遺ゐの風ふうなるべし。歌うたの昔むかしより伝つたはり来きたれるやう、かくのごとし。

かかれば、拾しふ遺ゐよりのち、そのさま一ひとつにして久ひさしくなりにけるゆゑに、風ふ情ぜいやうやう尽つき、言葉ことば世よ々よに古ふりて、この道みち時ときに従したがひて衰おとろへゆく。昔むかしはただ花はなを雲くもにまがへ、月つきを氷こほりに似にせ、紅葉もみぢを錦にしきに思おもひ寄よする類たぐひををかしきことにせしかど、今いまはその心こころ言いひ尽つくして、雲くもの中なかにさまざまの雲くもを求もとめ、氷こほりにとりてめづらしき心こころを添そへ、錦にしきにことなる節ふしを尋たづね、かやうに安やすからずたしなみて思おもひ得うれば、めづらしき節ふしは難かたくなりゆく。まれまれ得えたれども、昔むかしをへつらへる意こころどもなれば、いやしく、くだけたる様やうなり。いはんや、言葉ことばに至いたりては、いひ尽つくしてければ、めづらしき言葉ことばもなく、目め止とまる節ふしもなし。異ことなる秀しう逸いつならねば、五ご七しち五ごを詠よむに、七しち七しちは空そらに推おし量はからるるやうなり。

ここに、今いまの人ひと、歌うたのさまの世よ々よに詠よみ古ふるされにけることを知しりて、さらに古こ風ふうに帰かへりて、幽いう玄げんの体ていを学まなぶことの出いで来きたるなり。これによりて、中ちゆう古この流ながれを習ならふともがら、目めを驚おどろかして謗そしり嘲あざける。しかあれど、まことには心こころざしは一ひとつなれば、上じやう手ずと秀しう歌かとは何方いづかたにも背そむかず。いはゆる清きよ輔すけ、頼より政まさ、俊しゆん恵ゑ、登とう蓮れんなどが詠よみ口くちをば、今いまの世よの人ひとも捨すて難がたくす。今いま様やう姿すがたの歌うたの中なかにも、よく詠よみつるをば謗ばう家かども謗そしることなし。えせ歌うたどもに至いたりては、またいづれもよろしからず。中なか頃ごろのさしもなき歌うたを、この世よの歌うたに並ならべてみれば、化け粧さうしたる人ひとの中なかに尼あま顔がほにて交まじはるに異ことならず。今いまの世よのいとも詠よみおほせぬ歌うたは、あるいは全すべて心こころ得えられず。あるいは悪わる気ぎはなはだし。されば、一いつ方ぱうに偏へん執しふすまじきことにこそ」

 問とひていはく、

「今いまの世よの体ていをば、新あたらしく出いで来きたるやうに思おもへるは、僻ひが事ごとにてはべるか」。

 答こたへていはく、

「この難なんはいはれぬことなり。たとひ新あたらしく出いで来きたりとても、必かならずしもわろかるべからず。唐もろ土こしには限かぎりある文ぶん体たいだにも、世よ々よに改あらたまるなり。この国くにの小せう国こくにて、人ひとの心こころばせの愚おろかなるにより、もろもろのことを昔むかしに違たがへじとするにてこそはべれ。まして、歌うたは心こころざしを述のべ、耳みみを悦よろこばしめむためなれば、時ときの人ひとのもてあそび、好このまむに過すぎたることやははべるべき。いかにいはむや、さらにさらに今いま巧たくみ出いでたることにあらず。万まん葉えふまではこと遠とほし。古こ今きんの歌うたどもをよくも見み分わかぬ人ひとの、この難なんをばしはべるなり。かの集しふの中なかに、様さま々ざまの体ていあり。しかあれば、中ちゆう古この姿すがたも古こ今きんより出いでたり。この幽いう玄げんの様さまもこの集しふより出いでたり。たとひ、今いまの姿すがたを詠よみ尽つくして、また改あらたまる世よありとも、ざれごと歌うたなどまでも漏もらさず選えらび載のせたれば、なほかの集しふをば出いづべからず。これを一いつ向かうに耳みみ遠どほく思おもひて謗そしり卑いやしむは、ひとへに中ちゆう古この歌うたのさまに封ふうぜられたるなり」。

 問とひていはく、

「この二ふたつの体てい、いづれか詠よみやすく、また秀しう歌かをも得えつべき」。

 答こたへていはく、

「中なか頃ごろの体ていは、学まなびやすくして、しかも秀しう歌かは難かたかるべし。言葉ことば古ふりて、しかも風ふ情ぜいばかりを詮せんとすべきゆゑなり。今いまの体ていは、習ならひ難がたくて、よく心こころ得えつれば詠よみやすし。その様やうめづらしきにより、姿すがたと心こころとに渡わたりて興きようあるべきゆゑなり」。

 問とひていはく、

「聞きくがごとくならば、いづれも良よきは良よし、悪わろきは悪わろかなり。学がく者しやはまた、我われも我われもと争あらそふ。いかがして、その勝しよう劣れつをば定さだむべき」。

 答こたへていはく、

「必かならず勝しよう劣れつを定さだむべきことかは。ただ、いづ方かたにもよく詠よめるをよしと知しりてこそははべらめ。ただし、寂じやく蓮れん入にふ道だう申まうすことはべりき。

『この争あらそひ、やすくこと切きるべきやうあり。そのゆゑは、手てを習ならふも、劣おとりの人ひとの文字もじはまねびやすく、我われより上のぼりざまの人ひとの手しゆ跡せきは習ならひ似にすること難かたしといへり。しかあれば、我われらが詠よむやうに詠よめと言いはむには、季すゑ経つね卿きやう、顕けん昭せう法ほふ師しなどいへる、案あんずとも、えこそ詠よまざらめ。われはかの人ひと々びとの詠よむやうには、ただ筆ふでさし濡ぬらして、いとよく書かきてん。さてこそことは切きらめ』とぞ申まうされし。

人ひとのことは知しらず。身みにとりては、中なか頃ごろの人ひと々びと、あまたさし集あつまりてはべりし会くわいに連つらなりて、人ひとの歌うたどもを聞ききしには、わが思おもひ至いたらぬ風ふ情ぜいはいと少すくなかりき。わが続つづけたりつるよりは、これはよかりけりなど思おぼゆることこそありしかど、いささかも心こころのめぐらぬことはありがたくなむはべりし。しかあるを、御ご所しよの御ご会くわいにつかうまつりしには、ふつと思おもひも寄よらぬことをのみ、人ひとごとに詠よまれしかば、この道みちははやく底そこもなく、際きはもなきことになりにけりと、怖こはしくこそ思おぼえはべりしか。

されば、いかにもこの体ていを心こころ得うることは、骨こつ法ぽふある人ひとの境さかひに入いり、峠たうげを越こえてのち、あるべきことなり。それすらなほ、し外はづせば、聞ききにくきこと多おほかり。いはんや、風ふ情ぜい足たらぬ人ひとの、いまだ峰みねまで登のぼりつかずして、推おし量はかりにまねびたる、さるかたはらいたきことなし。化け粧さうをばすべきことと知しりて、あやしの賤しづの女めなどが、心こころにまかせてものども塗ぬり付つけたらんやうにぞ思おぼえはべりし。かやうの類たぐひは、我われとはえ作つくり立たてず。人ひとの詠よみ捨すてたる言葉ことばを拾ひろひて、そのさまを学まなぶばかりなり。いはゆる『露つゆさびて』『風かぜ吹ふけて』『心こころの奥おく』『あはれの底そこ』『月つきの有あり明あけ』『風かぜの夕ゆふ暮ぐれ』『春はるのふるさと』など、初はじめめづらしく詠よめる時ときこそあれ、ふたたびともなれば念ねんもなき言いひ癖ぐせどもをぞわづかに学まなぶめる。あるはまた、おぼつかなく心こころこもりて詠よまんとするほどに、果はてにはみづからもえ心こころ得えず、違たがはぬまた無む心しん所しよ着ぢやくになりぬ。かやうの列つらの歌うたは、幽いう玄げんの境さかひにはあらず。げに達だる磨まともこれらをぞいふべき」。

 問とひていはく、

「ことの趣おもむきはおろおろ心こころ得えはべりにたり。その幽いう玄げんとかいふらむ体ていに至いたりてこそ、いかなるべしとも心こころ得え難がたくはべれ。そのやうをうけたまはらむ」

 と言いふ。

 答こたへていはく、

「すべて歌うた、口く伝でん、髄ずい脳なうなどにも、難かたきことどもをば手てを取とりて教をしふばかりに釈しやくしたれど、姿すがたに至いたりては確たしかに見みえたることなし。いはむや、幽いう玄げんの体てい、まづ名なを聞きくより惑まどひぬべし。みづからもいと心こころ得えぬことなれば、定さだかにいかに申まうすべしとも覚おぼえはべらねど、よく境さかひに入いれる人ひと々びとの申まうされし趣おもむきは、詮せんはただ言葉ことばに現あらはれぬ余よ情せい、姿すがたに見みえぬ景けい気きなるべし。心こころにもことわり深ふかく、言葉ことばにも艶えん極きはまりぬれば、これらの徳とくはおのづから備そなはるにこそ。

たとへば、秋あきの夕ゆふ暮ぐれの空そらの気け色しきは、色いろも無なく声こゑも無なし。いづくにいかなるゆゑあるべしとも思おぼえねど、すずろに涙なみだこぼるるがごとし。これを心こころなき列つらの者ものは、さらにいみじと思おもはず。ただ目めに見みゆる花はな・紅葉もみぢをぞ、めではべる。また、よき女をんなの、恨うらめしきことあれど、言葉ことばに現あらはさず、深ふかく忍しのびたる気け色しきを、さよとほのぼの見み付つけたるは、言葉ことばを尽つくして恨うらみ、袖そでを絞しぼりて見みせんよりも、心こころぐるしうあはれ深ふかかるべきがごとし。これまた、幼をさなき者ものなどは、細こま々ごまと言いはすより外ほかに、いかでか気け色しきを見みて知しらん。すなはち、この二ふたつの譬たとへにて、風ふ情ぜい少すくなく、心こころ浅あさからん人ひとの、悟さとり難がたきことをば知しりぬべし。

また、幼をさなき子このらうたきが、片かた言ことして、そことも聞きこえぬこと言いひゐたるは、はかなきにつけても、いとほしく聞ききどころあるに似にたることもはべるにや。これらをば、いかでかたやすく学まなびもし、定さだかに言いひもあらはさむ。ただ、みづから心こころ得うべきことなり。また、霧きりの絶たえ間まより、秋あきの山やまを眺ながむれば、見みゆる所ところはほのかなれど、奥おくゆかしく、いかばかり紅葉もみぢわたりて面おも白しろからむと限かぎりなく推おし量はからるる面おも影かげは、ほとほと定さだかに見みんにも優すぐれたるべし。

すべては心こころざし言葉ことばに現あらはれて、月つきを隈くまなしといひ、花はなを妙たへなりと讃ほめむことは、何なにかは難かたからむ。いづくかは歌うたのただものいふに勝まさる徳とくとせむ。一ひと言葉ことばに多おほくのことわりを込こめ、表あらはさずして深ふかき心こころざしを尽つくし、見みぬ世よのことを面おも影かげに浮うかべ、賤いやしきを借かりて優いうを表あらはし、愚おろかなるやうにて妙たへなる言葉ことばを極きはむればこそ、心こころも及およばず、言葉ことばも足たらぬ時とき、これにて思おもひを述のべ、わづかに三さん十じふ一いち字じがうちに天てん地ちを動うごかす徳とくを具ぐし、鬼き神じんをなごむる術じゆつにてははべれ」。

第72段 俊恵歌体を定むること

 俊しゆん恵ゑいはく、

「世よの常つねのよき歌うたは、たとへば固かた文もんの織おり物もののごとし。よく艶えん優すぐれぬる歌うたは浮うき文もんの織おり物ものなどを見みるがごとく、空そらに景けい気きの浮うかべるなり。

ほのぼのと明あか石しの浦うらの朝あさ霧ぎりに島しま隠がくれ行ゆく舟ふねをしぞ思おもふ

月つきやあらぬ春はるや昔むかしの春はるならぬわが身みひとつはもとの身みにして

これこそは余よ情せいうちに籠こもり、景けい気き空そらに浮うかびてはべれ。また、させる風ふ情ぜいもなけれど、言葉ことばよく続つづけつれば、おのづから姿すがたに飾かざられて、この徳とくを具ぐすることもあるべし。木もく工の頭かみの歌うたに、

鶉うづら鳴なく真ま野のの入いり江えの浜はま風かぜに尾を花ばな波なみ寄よる秋あきの夕ゆふ暮ぐれ

これも違たがはぬ浮うき文もんにはべるべし。ただし、よき言葉ことばを続つづけたれど、わざと求もとめたるやうになりぬるをば、また失しつとすべし。ある人ひとの歌うたに、

月つき冴さゆる氷こほりの上うへに霰あられ降ふり心こころ砕くだくる玉たま川がはの里さと

これは、たとへば石いしを立たつる人ひとの、よき石いしをえ据すゑずして、小ちひさき石いしどもを取とり集あつめて、めでたくさし合あはせつつ立たてたれど、いかにもまことの大おほきなる石いしには劣おとれるやうに、わざとびたるが失しつにてはべるなり」。

 またいはく、

「匡まさ房ふさ卿きやうの歌うたに、

白しら雲くもと見みゆるにしるしみ吉よし野のの吉よし野のの山やまの花はな盛ざかりかも

これこそはよき歌うたの本もととは覚おぼえはべれ。させる秀しう句くもなく、飾かざれる言葉ことばもなけれど、姿すがたうるはしく清きよげにいひくだして、たけ高たかく遠とほ白しろきなり。たとへば、白しろき色いろの異ことなる匂にほひもなけれど、もろもろの色いろに優すぐれたるがごとし。よろづのこと極きはまりてかしこきは、淡あはくすさまじきなり。この体ていはやすきやうにて極きはめて難かたし。一ひと文字もじも違たがひなば、あやしの腰こし折をれになりぬべし。いかにも境さかひに入いらずして詠よみ出いで難がたきさまなり」。

 またいはく、

心こころあらむ人ひとに見みせばや津つの国くにの難なに波はわたりの春はるの気け色しきを

「これは初はじめの歌うたのやうに、限かぎりなく遠とほ白しろくなどはあらねど、優いう深ぶかくたをよかなり。たとへば能のう書しよの書かける仮か名なのし文字もじなどのごとし。させる点てんをば加くはへ、筆ふでを振ふるへるところもなけれど、ただ安やすらかにこと少ずくなにて、しかも妙たへなるなり」。

 またいはく、

思おもひかね妹いもがり行ゆけば冬ふゆの夜よの川かは風かぜ寒さむみ千鳥ちどり鳴なくなり

「この歌うたばかり面おも影かげある類たぐひはなし。『六ろく月ぐわつ二に十じふ六ろく日にちの寛くわん算ざんが日ひも、これをだに詠えいずれば寒さむくなる』とぞ、ある人ひとは申まうしはべりし。大おほ方かた、優いうなる心こころ、言葉ことばなれども、わざと求もとめたるやうに見みゆるは、歌うたにとりて失しつとすべし。ただ、結むすばぬ峰みねの梢こずゑ、染そめぬ野の辺べの草くさ葉ばに、春しゆん秋じうにつけて、花はなの色いろ々いろを現あらはすがごとく、おのづから寄より来くることを、やすらかにいへるやうなるが秀しう歌かにてはべるなり。歌うたには故こ実じつの体ていといふことあり。よき風ふ情ぜいを思おもひ得えぬとき、心こころのたくみにて作つくり立たつべきやうを習ならふなり」

 一ひとつには、させることなけれど、ただ言葉ことば続つづき、匂にほひ深ふかくいひ流ながしつれば、よろしく聞きこゆ。

風かぜの音おとに秋あきの夜よ深ぶかく寝ね覚ざめして見み果はてぬ夢ゆめの名な残ごりをぞ思おもふ

 一ひとつには、古こ歌かの言葉ことばのわりなきを取とりて、をかしくいひなせる、またをかし。

わが背せ子こをかた待まつ宵よひの秋あき風かぜは荻をぎの上うは葉ばをよきて吹ふかなむ

狩かり人うどの朝あさ伏ふす野の辺べの草くさ若わかみ隠かくろひかねて雉子きぎす鳴なくなり

 また、聞ききよからぬ言葉ことばを面おも白しろく続つづけなせる、わざとも秀しう句くとなる。

播はり磨まなる飾しか磨まに染そむるあながちに人ひとを恋こひしと思おもふ頃ころかな

思おもひ草ぐさ葉は末ずゑに結むすぶ白しら露つゆのたまたまきては手てにもたまらず

 一ひとつには、秀しう句くなれど、ただ言葉ことば遣づかひ面おも白しろく続つづけつれば、また、見み所どころあり。

あさてほすあづま乙を女とめの萱かや筵むしろ敷しき忍しのびても過すぐす頃ころかな

葦あしの屋やの賤しづ機はた帯おびの片かた結むすび心こころやすくもうち解とくるかな

今いまははや天あまの戸と渡わたる月つきの舟ふねまた村むら雲くもに島しま隠がくれすな

第73段 名所を取る様

 一ひとつには、名めい所しよを取とる故こ実じつあり。国くに々ぐにの歌うた枕まくら、数かずも知しらず多おほかれど、その歌うたの姿すがたに従したがひて詠よむべきところあるなり。たとへば、山せん水ずいを造つくるに、松まつを植ううべき所ところには岩いはを立たて池いけを掘ほり、花はなを咲さかすべき地ちには山やまを築つき眺てう望ばうをなすがごとく、その所ところの名なによりて歌うたの姿すがたを飾かざるべし。これら、いみじき口く伝でんなり。もし、歌うたの姿すがたと名めい所しよと、かき合あはずなりぬれば、こと違たがひたるやうにて、いみじき風ふ情ぜいあれど、破やぶれて聞きこゆるなり。

よそにのみ見みてややみなん葛かづら城きの高たか間まの山やまの峰みねの白しら雲くも

照射ともしする宮みや城ぎが原はらの下した露つゆに花はな摺ずり衣ごろも乾かわく間まぞなき

東あづま路ぢを朝あさ立だち来くれば葛かつ飾しかや真ま間まの継つぎ橋はし霞かすみわたれり

夕ゆふされば野の辺べの秋あき風かぜ身みにしみて鶉うづら鳴なくなり深ふか草くさの里さと

 初はじめの歌うたは姿すがた清きよげに遠とほ白しろければ、高たか間まの山やま、ことにかなひて聞きこゆ。照射ともしの歌うた、言葉ことば遣づかひ優やさしければ、宮みや城ぎが原はらに思おもひ寄よれり。東あづま路ぢの歌うた、わりなく思おもふ所ところある体ていなれば、葛かつ飾しか・真ま間まの継つぎ橋はし、さもと聞きこゆ。秋あき風かぜの歌うた、もの寂さびしき姿すがたなるにより、深ふか草くさの里さと、ことにたよりあり。尽つくして書かくべからず。これらにて心こころ得うべし。

第74段 新古の歌

 一ひとつには、古こ歌かを取とること、またやうあり。古ふるき歌うたの中なかに、をかしき言葉ことばの歌うたに、立たち入いれて飾かざりとなりぬべきを取とりて、わりなく続つづくべきなり。たとへば、

夏なつか秋あきか問とへど白しら玉たま岩いは根ねより離はなれて落おつる谷たに川がはの水みづ

 これら体ていなり。しかあるを、古こ歌かを盗ぬすむは一いちの故こ実じつとばかり知しりて、よきあしき言葉ことばをも見み分わかず、みだりに取とりて、あやしげに続つづけたる、口くち惜をしきことなり。いかにも現あらはに取とるべし。ほの隠かくしたるはいと悪わろし。

 また、古こ歌かにとりて、ことなる秀しう句くをば取とるべからず。なにとなく、隠かくろへたる言葉ことばの、をかしくとりなしつべきを見みはからふにあるなり。ある人ひと、「空そらに知しられぬ雪ゆきぞ降ふりける」といふ古ふる言ことを取とりて、月つきの歌うたに、「水みづに知しられぬ氷こほりなりけり」と詠よめりしをば、「これぞまことの盗ぬすみよ。さるほどなるなましんみやうの、衣きぬ盗ぬすみて、小こ袖そでになして着きたるやうになん覚おぼゆる」とこそ、人ひと申まうしはべりしか。

 また、御ご所しよの御おん歌うた合あはせに、暁あかつきの鹿しかを詠よみはべりしとき、

今いま来こんと妻つまや契ちぎりし長月ながつきの有あり明あけの月つきに牡を鹿じか鳴なくなり

 この歌うたは「ことがら優やさし」とて勝かちにき。されど、定さだ家いへの朝あ臣そん、当たう座ざにて難なんぜられき。

「かの素そ性せいが歌うたに、わづかに二に句くこそは変かはりてはべれ。かやうに多おほく似にたる歌うたは、その句くを置おきかへて、上かみの句くを下しもになしなど、作つくり改あらためたるこそよけれ。これはただ本もとの置おき所どころにて、胸むねの句くと結けつ句くとばかり変かはれるは難なんとすべし」

 となむはべりし。

第75段 仮名の筆

 古こ人じんいはく、

「仮か名なにもの書かくことは、歌うたの序じよは古こ今きんの仮か名なの序じよを本もととす。日につ記きは大おほ鏡かがみのことざまを習ならふ。和わ歌かの言葉ことばは伊い勢せ物もの語がたり、並ならびに後ご撰せんの歌うたの言葉ことばをまねぶ。物もの語がたりは源げん氏じに過すぎたるものはなし。みなこれらを思おもはへて書かくべきなり。

いづれもいづれも、かまへて真ま名なの言葉ことばを書かかじとするなり。心こころの及およぶ限かぎりは、いかにもやはらげ書かきて、力ちからなきところは真ま名なにて書かく。それにとりて、撥はねたる文字もじ、入につ声しやうの文字もじの書かきにくきなどをば、みな捨すてて書かくなり。万まん葉えふには、新しら羅ぎをばしらと書かけり。古こ今きんの序じよには、喜き撰せんをばきせと書かく。これらみなその証しようなり。

また、言葉ことばの飾かざりを求もとめて対ついを好このみ書かくべからず。わづかに寄より来くるところばかりを書かくなり。対ついをしげく書かきつれば、真ま名なに似にて、仮か名なの本ほ意いにはあらず。これは悪わろき時ときのことなり。かの古こ今きんの序じよに、『花はなに鳴なく鶯うぐひす、水みづに棲すむ蛙かはづ』などやうに、えさらぬところばかりをおのづから色いろへたるがめでたきなり。言葉ことばのついでといふは、『菅すがの根ねの長ながき夜よ』とも、『こゆるぎの急いそぎて』とも、『石いその上かみ古ふりぬる』などいふやうなることを、あるいは古ふるきを取とり、あるいはめづらしく、巧たくみなるやうに取とりなすべし」。

 勝しよう命みやういはく、

「仮か名なにもの書かくことは、清きよ輔すけいみじき上じやう手ずなり。中なかにも初しよ度どの影えい供ぐの日につ記き、いとをかしく書かけり。『花はなの下もとに花はなの客人まらうど来きたり。柿かきの下もとに柿かきの本もとの影えいをかけたり』とあるほどなど、ことに見みゆ。仮か名なの対ついはかやうに書かくべきなり」。

第76段 諸の波の名

 波なみの名なはあまたあり。範のり綱つな入にふ道だうがいひけるとて人ひとの語かたりしは、

「おなみ、さなみ、ささらなみ、はうのてかへし、はまならし、といふ。みなこれ、波なみの名ななり」

 といひけれど、いかなるをしかいふと、分わきてはいはざりけり。これは、その国くにのその所ところにとりていふことにてはべるにや。歌うたなどは、いとも見み及およびはべらず。顕けん昭せうに問とひはべりしかば、

「さなみ、さざなみ、ささらなみ、といふことあり。これはみな小ちひさき波なみの名ななり。言葉ことばの広くわう略りやくなれば、時ときに従したがひて用もちゐるなり」

 と申まうしはべりしを、筑つく紫しのしまとといふ所ところに通かよふ者ものの、ことのついでに語かたりはべりしは、

「筑つく紫しにとりて南みなみの方かた、大おほ隅すみ、薩さつ摩まのほど、いづれの国くにとかや忘わすれたり。大おほきなる港みなとはべり。そこには、四し月ぐわつ、五ご月ぐわつには明あけ暮くれ波なみ立だちて、静しづまる間まもなし。四し月ぐわつに立たつをばうなみといひ、五ご月ぐわつに立たつをばさなみとなむ申まうしはべる」

 と言いひき。卯う月づき、皐さ月つきといふゆゑにや。いと興きようあることなり。

第77段 あさり・いさりの差別

 ある人ひといはく、

「あさりといひ、いさりといふは、同おなじことなり。それにとりて、朝あしたにするをばあさりと名な付づけ、夕ゆふべにするをばいさりといへり。これ、東あづまの海人あまの口く状じやうなり」

 云うん々ぬん。まことに興きようあることなり。

第78段 五月五日かつみを葺くこと

 ある人ひといはく、

「橘たちばなの為ため仲なか、陸奥みちのくの国くにの守かみにて下くだりけるとき、五ご月ぐわつ五いつ日か家いへごとに菰こもを葺ふきければ、あやしくてこれを問とふ。その時とき庁ちやう官くわんいはく、

『この国くにには、昔むかしより、今日けふ菖さう蒲ぶ葺ふくといふことを知しらず。しかあるを、故こ中ちゆう将じやうの御み館たちの御おほん時とき、今日けふは菖さう蒲ぶ葺ふくものを、尋たづねて葺ふけ、とはべりければ、この国くにには菖さう蒲ぶ無なきよしを申まうしはべりけり。その時とき、さらば、安あ積さかの沼ぬまの花はなかつみといふものあらむ、それを葺ふけ、とはべりしより、かく葺ふき初はじめてはべるなり』

とぞ言いひける。中ちゆう将じやうの御み館たちといふは、実さね方かたの朝あ臣そんなり」。

第79段 為仲宮城野の萩を掘りて上ること

 この為ため仲なか、任にん果はてて上のぼりけるとき、宮みや城ぎ野のの萩はぎを掘ほり取とりて、長なが櫃びつ十じふ二に合がふに入いれて、持もて上のぼりければ、人ひとあまねく聞ききて、京きやうへ入いりける日ひは二に条でうの大おほ路ぢにこれを見みものにして、人ひと多おほく集あつまりて、車くるまなどもあまた立たてりけるとぞ。

第80段 頼実が数寄のこと

 左さ衛ゑ門もんの尉じよう蔵人くらうど頼より実ざねは、いみじき数す寄き者ものなり。和わ歌かに心こころざし深ふかくて、

「五ご年ねんが命いのちをたてまつらむ。秀しう歌か詠よませたまへ」

 と住すみ吉よしに祈いのり申まうしけり。そののち、年とし経へて、重おもき病やまひを受うけたりけるとき、命いのち生いくべき祈いのりどもしけるとき、家いへにありける女をんなに、住すみ吉よしの明みやう神じん憑つきたまひて、

「かねて祈いのり申まうすことをば忘わすれたるか、

木この葉は散ちる宿やどは聞きき分わくことぞなき時雨しぐれする夜よも時雨しぐれせぬ夜よも

といへる秀しう歌か詠よませしは、汝なんぢが信しんをいたして、我われに心こころざし申まうししゆゑなり。されば、この度たびは、いかにも生いくまじきなり」

 とぞ仰おほせられける。

第81段 業平髻切らるること

 ある人ひといはく、

「業なり平ひら朝あ臣そん、二に条でうの后きさきのいまだただ人びとにおはしましけるとき、盗ぬすみ取とりて行いきけるに、兄人せうとたちに取とり返かへされたるよしいへり。このこと、また日に本ほん紀ぎ式しきにあり。ことざまは、かの物もの語がたりにいへるがごとくなるにとりて、迎むかひ返かへしけるとき、兄人せうとたち、その憤いきどほりを休やすめ難がたくて、業なり平ひらの朝あ臣そんの髻もとどりを切きりてけり。しかあれど、誰たがためにもよからぬことなれば、人ひとも知しらず、心こころ一ひとつにのみ思おもひて過すぎけるに、業なり平ひら朝あ臣そん、髪かみ生おほさむとて、籠こもりて居ゐたりけるほど、歌うた枕まくらども見みむと数す寄きにことよせて東あづまの方かたへ行いきにけり」

第82段 小野とはいはじといふこと

「陸奥みちのくの国くにに至いたりて、かそしまといふ所ところに宿やどりたりける夜よ、野のの中なかに歌うたの上かみの句くを詠えいずる声こゑあり。その言葉ことばにいはく、

秋あき風かぜの吹ふくにつけてもあなめあなめ

と言いふ。あやしく覚おぼえて、声こゑを尋たづねつつ、これを求もとむるに、さらに人ひとなし。ただ死し人にんの頭かしら一ひとつあり。明あくる朝あしたになほこれを見みるに、かの髑どく髏ろの目めの穴あなより薄すすきなん一ひと本もと生おひ出いでたりける。その薄すすきの風かぜに靡なびく音おとのかく聞きこえければ、あやしく思おぼえて、あたりの人ひとにこのことを問とふ。ある人ひと、語かたりていはく、

『小を野のの小こ町まち、この国くにに下くだりて、この所ところにて命いのち終をはりにけり。すなはち、かの頭かしらこれなり』

と言いふ。ここに業なり平ひら、あはれに悲かなしく思おぼえければ、涙なみだを抑おさへつつ下しもの句くを付つけけり。

小を野のとはいはじ薄すすき生おひけり

とぞ付つけける。その野のをば玉たま造つくりと男をのこ言いひけり」

 とぞはべる。

 玉たま造つくりの小こ町まちと小を野のの小こ町まちと同おなじ人ひとか、あらぬ者ものかと、人ひと々びとおぼつかなきことに申まうして争あらそひはべりし時とき、人ひとの語かたりはべりしなり。

第83段 とこねのこと

 ある人ひといはく、

「ある歌うた合あはせに、五月雨さみだれの歌うたに、『小こ屋やの床とこ寝ねも浮うきぬべきかな』と詠よめり。しかあるを、清きよ輔すけ朝あ臣そん判はん者じやにて、『床とこ寝ねといふこと、聞ききよからず』とて負まけたり。この道みちの博はか士せなれども、このこと心こころ劣おとりせらる。後ご撰せんいはく、

竹たけ近ちかく夜よ床どこ寝ねはせじ鶯うぐひすの鳴なく声こゑ聞きけば朝あさ寝いせられず

と詠よめり。この歌うたを思おぼえざるにや」

 と云うん々ぬん。

 この難なん、はなはだ拙つたなし。すべて和わ歌かの体ていを心こころ得えざるなり。そのゆゑは、歌うたのならひ、世よに従したがひて用もちゐる姿すがたあり。賞しやうする言葉ことばあり。しかあれば、古こ集しふの歌うたとて、みなめでたしと仰あふぐべからず。これは古こ集しふを軽かろむるにはあらず。時ときの風ふうの異ことなるがゆゑなり。しかあれば、古こ集しふの中なかにさまざまの姿すがた、言葉ことば、一いつ偏ぺんならず。その中なかに、今いまの世よの風ふうに適かなへるを見みはからひて、これを本もととして、かつはその体ていを習ならひ、かつはその言葉ことばを盗ぬすむべきなり。かの後ご撰せんの歌うた、この頃ころならば撰せん集しふに入いるべくもあらず。題だいを賞しやうせざるは歌うたの大おほきなる失しつなり。おぼろげの秀しう逸いつにあらざれば、これを許ゆるさず。次つぎに、「夜よ床どこ寝ねはせじ」といひ、「朝あさ寝いせられず」といへる、姿すがた、言葉ことばよろしからず。しかあるを、かの「夜よ床どこ寝ね」といへる、さしもなき言葉ことばを取とりて、なほ夜よの字じを略りやくして、「床とこ寝ね」といへる、まことに異こと様やうなる言葉ことばなり。これを後ご撰せんの威ゐを借かりて、僻へき難なんと思おもへるは、よくこの道みちに暗くらきなり。

『無名抄』目次
(1)第1段~第15段原文現代語訳
(2)第16段~第40段原文現代語訳
(3)第41段~第70段原文現代語訳
(4)第71段~第83段原文現代語訳
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