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『発心集』第1巻(第1話~第12話)原文全文

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 このページでは、鴨長明『発心集』第1巻(第1話~第12話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

 現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第1巻(第1話~第12話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

序

 仏ほとけの教をしへたまへることあり。

「心こころの師しとはなるとも、心こころを師しとすることなかれ」と。

 まことなるかな、この言こと。


 人ひと一いち期ご過すぐる間あひだに、思おもひと思おもふわざ、悪業あくごふにあらずといふことなし。もし、形かたちをやつし、衣ころもを染そめて、世よの塵ちりにけがされざる人ひとすら、そともの鹿かせぎ緤つなぎがたく、家いへの犬いぬ常つねになれたり。いかにいはんや、因果いんぐわの理ことわりを知しらず、名利みやうりの謬あやまりにしづめるをや。むなしく五ご欲よくのきづなに引ひかれて、つひに奈な落らくの底そこに入いりなんとす。心こころあらん人ひと、誰たれかこのことを恐おそれざらんや。

 かかれば、ことにふれて、わが心こころのはかなく愚おろかなることを顧かへりみて、かの仏ほとけの教をしへのままに、心こころを許ゆるさずして、このたび生死しやうじを離はなれて、とく浄土じやうどに生うまれんこと、喩たとへば、牧ぼく士しの荒あれたる駒こまを随したがへて、遠とほき境さかひに至いたるがごとし。


 ただこの心こころに強がう弱にやくあり、浅深せんしんあり。かつ自じ心しんをはかるに、善ぜんを背そむくにもあらず、悪あくを離はなるるにもあらず。風かぜの前まへの草くさのなびきやすきがごとし。また、浪なみの上うへの月つきの静しづまりがたきに似にたり。いかにしてか、かく愚おろかなる心こころを教をしへんとする。

 仏ほとけは衆しゆ生じやうの心こころのさまざまなるを鑑かがみたまひて、因縁いんえん譬喩ひゆをもつてこしらへ教をしへたまふ。われら仏ほとけに値あひたてまつらましかば、いかなる法ほふに付ついてか、勧すすめたまはまし。他心智たしんちも得えざれば、ただわが分ぶんにのみ理ことわりを知しり、愚おろかなるを教をしふる方便はうべんはかけたり。所説しよせつ妙たへなれども、得うる所ところは益やく少すくなきかな。


 これにより、短みじかき心こころを顧かへりみて、ことさらに深ふかき法みのりを求もとめず。はかなく見みること聞きくことを注しるし集あつめつつ、しのびに座ざの右みぎに置おけることあり。すなはち、賢かしこきを見みては、及および難がたくとも乞こひ願ねがふ縁えんとし、愚おろかなるを見みては、みづから改あらたむる媒なかだちとせんとなり。

 今いまこれをいふに、天竺てんぢく、震旦しんたんの伝つたへ聞きくは、遠とほければ、書かかず。仏ぶつ菩ぼ薩さつの因縁いんえんは、分ぶんにたへざれば、これを残のこせり。ただ、わが国くにの人ひとの耳近みみぢかきを先さきとして、うけたまはる言ことの葉はをのみ注しるす。


 されば、定さだめて謬あやまりは多おほく、まことは少すくなからん。もしまた、ふたたび問とふに便たよりなきをば、所ところの名な、人ひとの名なをしるさず。いはば雲くもを取とり、風かぜをむすべるがごとし。誰人たれびとかこれを用もちゐん。

 ものしかあれど、人ひと信しんぜよとにもあらねば、必かならずしもたしかなる跡あとを尋たづねず。道みちのほとりのあだ言ことの中なかに、わが一念いちねんの発心ほつしんを楽たのしむばかりにやといへり。

第1話 昔、玄敏僧都といふ人ありけり

 昔むかし、玄げん敏ぴん僧そう都づといふ人ひとありけり。山階寺やましなでらのやむごとなき智ち者しやなりけれど、世よを厭いとふ心こころ深ふかくして、さらに寺てらの交まじはりを好このまず。三輪川みわがはのほとりに、わづかなる草くさの庵いほりを結むすびてなん、思おもひつつ住すみけり。

 桓武くわんむの御み門かどの御おほん時とき、このことを聞きこしめして、あながちに召めし出いだしければ、遁のがるべき方かたなくてなまじひに参まゐりにけり。されども、なほ本意ほいならず思おもひけるにや、奈良ならの御み門かどの御世みよに、大だい僧そう都づになしたまひけるを、辞じし申まうすとて詠よめる。

三輪川みわがはの清きよき流ながれにすすぎてし衣ころもの袖そでをまたはけがさじ

 とてなんたてまつりける。

 かかるほどに、弟子でしにも使つかはるる人ひとにも知しられずして、いづちともなく失うせにけり。さるべき所ところに尋たづね求もとむれど、さらになし。いふかひなくて日ひごろ経へにけれど、かのあたりの人ひとはいはず、すべて世よの嘆なげきにてぞありける。


 その後のち、年としごろ経へて、弟子でしなりける人ひと、ことの便たよりありて越こしの方かたへ行ゆきける道みちに、ある所ところに大おほきなる河かはあり。渡わたし舟ぶね待まち得えて乗のりたるほどに、この渡わたし守もりを見みれば、頭かしらはをつつかみといふほどに生おひたる法ほふ師しの、汚きたなげなる麻あさの衣ころも着きたるにてなんありける。「あやしのさまや」と見みるほどに、さすがに見みなれたるやうに覚おぼゆるを、「誰たれかはこれに似にたる」と思おもひめぐらすほどに、失うせて年としごろになりぬるわが師しの僧そう都づに見みなしつ。「僻ひが目めか」と見みれど、つゆ違たがふべくもあらず。いと悲かなしうて、涙なみだのこぼるるを押おさへつつ、さりげなくもてなしける。かれも見み知しれる気け色しきながら、ことさら目見まみあはず。走はしり寄よりて、「いかでか、かくては」とも言いはまほしけれど、いたく人ひとしげければ、なかなかあやしかりぬべし。上のぼりさまに、夜よるなど居ゐたまへらん所ところに尋たづね行ゆきて、のどかに聞きこえんとて過すぎにけり。


 かくて、帰かへるさにその渡わたりに至いたりて見みれば、あらぬ渡わたし守もりなり。まづ目めくれ、胸むねふたがりて、細こまかに尋たづぬれば、

「さる法ほふ師しはべり。年としごろ、この渡わたし守もりにてはべりしを、さやうの下げ臈らふともなく、常つねに心こころを澄すまして、念仏ねんぶつをのみ申まうして、かずかずに船賃ふなちん取とることもなくして、ただ今いまうち食くらふものなんどのほかは、ものをむさぶる心こころもなくはべりしかば、この里さとの人ひともいみじういとほしうしはべりしほどに、いかなることかありけん、過すぎぬるころ、かき消けつやうに失うせて、行方ゆきかたも知しらず」

 と語かたるに、悔くやしく、わりなく覚おぼえて、その月つき日ひを数かぞふれば、わが見みあひたる時ときにぞありける。身みのありさまを知しられぬとて、また去さりにけるなるべし。


「このことは物もの語がたりにも書かきてはべる」

 となん、人ひとのほのぼの語かたりしばかりを書かきけるなり。

 また、古こ今きんの歌うたに、

山やま田だ守もる僧そう都づの身みこそあはれなれ秋あきはてぬれば問とふ人ひともなし

 これもかの玄敏げんぴんの歌うたと申まうしはべり。雲くも風かぜのごとくさすらへ行ゆきければ、田たなど守もる時ときもありけるにこそ。


 近ちかごろ、三井寺みゐでらの道顕だうけん僧そう都づと聞きこゆる人ひとはべりき。かの物もの語がたりを見みて、涙なみだを流ながしつつ、

「渡わたし守もりこそ、げに罪つみなくて世よを渡わたる道みちなりけれ」

 とて、湖みづうみの方かたに舟ふねを一ひとつまうけられたりけるとかや。

 そのことあらましばかりにて、むなしく石山いしやまの河岸かはぎしに朽くちにけれども、こひ願ねがふこころざしは、なほありがたくぞはべりし。

第2話 伊賀国にある郡司のもとに

 伊い賀が国のくににある郡ぐん司じのもとに、あやしげなる法ほふ師しの、

「人ひとや仕つかひたまふ」

 とて、そぞろに入いり来きたるありけり。主あるじこれを見みて、

「わ僧そうのやうなるものを置おきては、何なににかはせん。いと用もちゐることなし」

 と言いふ。法ほふ師しの言いふやう、

「おのれらほどのものは、法ほふ師しとて、男なん子しにかはることなし。何なにわざなりとも、身みにたへむほどのことは仕つかまつらむ」

 と言いへば、

「さやうならば、よし」

 とて留とどむ。喜よろこんで、いみじう真心まごころにつかはるれば、ことにいたはる馬うまをなん預あづけて飼かはせける。


 かくて、三年さんねんばかり経ふるほどに、この主あるじの男をとこ、国くにの守かみのために、いささか便たよりなきことを聞きこしめして、境さかひの内うちを追おはる。父ちち、祖父おほぢの時ときより居付ゐつきたるものなりければ、所しよ領りやうも多おほく、やつこもその数かずあり。他ほかの国くにへ浮うかれ行ゆかんこと、かたがたゆゆしき嘆なげきなれど、遁のがるべき方かたなくて、泣なく泣なく出いで立たつ間あひだに、この法ほふ師し、ある者ものに会あひて、

「この殿とのには、いかなる御おん嘆なげきの出いで来きてはべるにか」

 と問とふに、

「われらしきの人ひとは、聞ききてもいかがは」

 と、ことのほかに答いらふるを、

「何なんとてか、身みの悪あしきによらん。憑たのみたてまつりても年としごろになる。うち隔へだてたまふべきにあらず」

 とてねんごろに問とへば、ことの起おこりを、ありのままに語かたる。

 法ほふ師しの言いふやう、

「おのれが申まうさんこと用もちゐたまふべきにあらねど、何なにかは、たちまちに急いそぎ去さりたまふべき。ものは思おもはざることもはべるものを。まづ京上きやうじやうして、いくたびもことの心こころを申まうし入いれて、なほかなはずは、その時ときにこそは、何方いづかたへもおはせめ。おのれがほのぼの知しりたる人ひと、国こく司しの御おほん辺あたりにははべり。尋たづねて、申まうしはべらばや」

 と言いふ。


 思おもひのほかに、人々ひとびと、「いみじくも言いふものかな」とあやしう覚おぼえて、主あるじにこの由よし語かたるに、近ちかく呼よび寄よせて、みづから尋たづね聞きき、ひたすらこれを憑たのむとしもなけれども、また思おもふ方かたなきままに、この法ほふ師しうち具ぐして京きやうへ上のぼりにけり。

 その時とき、この国くには、大だい納な言ごんなにがしのたまはりてなんありけるに、京きやうにいたり着つきて、かの御み許もと近ちかく行いき寄よりて、法ほふ師しの言いふやう、

「人ひとを尋たづねんと思おもふに、この形かたちのあやしくはべるに、衣ころも、袈裟けさ尋たづねたまはりてんや」

 と言いふ。すなはち、借かりて着きせつ。主あるじの男をとこを具ぐして、かれを門かどに置おきて、さし入いりて、

「もの申まうしはべらむ」

 と言いふに、ここら集あつまれるものどもこの人ひとを見みて、はらはらと下おり、ひざまづきて敬うやまふを見みるに、伊賀いがの男をとこ、門かどのもとよりこれを見みて、おろかに覚おぼえんやは。あさましと守まもりたてまつる。


 すなはち、かくと聞ききて、大だい納な言ごん、急いそぎ出いで会あひて、もてなし騒さわがるるさまことのほかなり。

「さても、いかになりたまひにけるにかと、思おもふはかりなくて過すぎはべりつるに、さだかにおはしけるこそ」

 なんど、かきくどきのたまへり。それをば言こと葉ば少すくなにて、

「さやうのことは、しづかに申まうしはべらん。今日こんにちは、さして申まうすべきことありてなん。伊い賀が国のくにに年としごろあひ頼たのみてはべりつるものの、はからざるほかにかしこまりを蒙かうむりて、国くにの内うちを追おはるるとて、嘆なげきはべり。いとほしうはべるに、もし深ふかき犯おかしならずは、この法ほふ師しに許ゆるしたまはりなんや」

 と聞きこゆ。

「とかく申まうすべきならず。さやうにておはしければ、わざとも思おもひしるべき男をとこにこそはべるなれ」

 とて、元もとよりもまさざまに、悦よろこぶべきやうの庁ちやう宣せんのたまはせたりければ、悦よろこんで出いだす。


 また、伊賀いがの男をとこあきれまどへるさま理ことわりなり。さまざまに思おもへど、あまりなることはなかなか、えうち出いださず。宿やどに帰かへりて、のどかに聞きこえんと思おもふほどに、衣ころも、袈裟けさの上うへに、ありつる庁ちやう宣せんさし置おきて、きと立たち出いづるやうにて、やがて、いづちともなく隠かくれにけりとぞ。

 これも、かの玄げん敏ぴん僧そう都づのわざにん。ありがたかりける心こころなるべし。

第3話 中ごろ、山に平等供奉というて

 中なかごろ、山やまに平びやう等どう供奉ぐぶというて、やんごとなき人ひとありけり。すなはち、天台てんだい真言しんごんの祖師そしなり。

 ある時とき、隠所かくれどころにありけるが、にはかに露つゆの無常むじやうを悟さとる心こころ起おこつて、「何なにとして、かくはかなき世よに、名利みやうりにのみほだされて、厭いとふべき身みを惜をしみつつ、むなしく明あかし暮くらす所ところぞ」と思おもふに、過すぎにし方かたも悔くやしく、年としごろの栖すみかもうとましく覚おぼえければ、さらに立たち帰かへるべき心ここ地ちせず、白衣びやくえにて足あし駄ださし履はきをりけるままに、衣ころもなんどだに着きず、いづちともなく出いでて、西にしの坂さかを下くだりて、京きやうの方かたへ下くだりぬ。


 いづくに行ゆき止とどまるべしとも覚おぼえざりければ、行ゆかるるにまかせて、淀よどの方かたへ迷まどひ歩ありき、下くだり船ぶねのありけるに乗のらんとす。顔かほなんども世よの常つねならず、あやしとてうけひかねども、あながちに見みければ、乗のせつ。

「さても、いかなることによりて、いづくへおはする人ひとぞ」

 と問とへば、

「さらに、何事なにごとと思おもひわきたることもなし。さして行ゆき着つくところもなし。ただ、何方いづかたなりとも、おはせん方かたへまからんと思おもふ」

 と言いへば、

「いと心得こころえぬことのさまかな」

 と傾かたむきあひたれど、さすがに情なさけなくはあらざりければ、おのづからこの舟ふねの便たよりに、伊い予よ国のくにに至いたりにけり。


 さて、かの国くにに、いつともなく迷まよひ歩ありきて、乞食こつじきをして日ひを送おくりければ、国くにのものども「門乞食かどこつじき」とぞ付つけたりける。山やまの坊ばうには、

「あからさまにて出いでたまひぬるのち、久ひさしくなりぬるこそあやしうなん」

 と言いへど、かくとはいかでか思おもひよらん。

「おのづから、故ゆゑこそあらめ」

 なんど言いふほどに日ひも暮くれ、夜よも明あけぬ。驚おどろきて尋たづね求もとむれど、さらになし。いひがひなくして、ひとへに亡人なきひとになしつつ、泣なく泣なく跡あとのわざを営いとなみあへりけり。


 かかる間あひだに、この国くにの守かみなりける人ひと、供奉ぐぶの弟子でしに浄真阿闍梨じやうしんあじやりといふ人ひとを年としごろあひ親したしみて、祈いのりなんどせさせければ、

「国くにへ下くだるとて、はるかなるほどに頼たのもしからむ」

 と言いひて、具ぐして下くだりにけり。

 この門乞食かどこつじき、かくとも知しらで、館たちの内うちへ入いりにけり。ものを乞こふ間あひだに、童部わらんべどもいくらともなく尻しりに立たちて、笑わらひののしる。ここら集あつまれる国くにのものども、

「異様ことやうのもののさまかな。まかり出いでよ」

 と、はしたなくさいなむを、この阿闍梨あじやりあはれみて、ものなんど取とらせんとて、まぢかく呼よぶ。おそれおそれ縁えんの際きはへ来きたりたるを見みれば、人ひとの形かたちにもあらず痩やせ衰おとろへ、もののはらはらとあるつづりばかり着きて、まことにあやしげなり。さすがに見みしやうに覚おぼゆるを、よくよく思おもひ出いづれば、わが師しなりけり。あはれに悲かなしくて、すだれの内うちよりまろび出いでて、縁えんの上うへに引ひき上のぼす。守かみより始はじめて、ありとあらゆる人ひと、驚おどろきあやしむあまり、泣なく泣なくさまざまに語かたらへど、言こと葉ば少すくなにて、しひて暇いとまを乞こひて去さりにけり。


 いふはかりもなくて、麻あさの衣ころもやうのもの用よう意いして、ある所ところを尋たづねけるに、ふつとえ尋たづねあはず。はてには、国くにのものどもに仰おほせて、山林さんりん至いたらぬ隈くまなく踏ふみ求もとめけれども、会あはで、そのままに跡あとをくらうして、つひに行末ゆくすゑも知しらずなりにけり。

 そののち、はるかにほど経へて、

「人ひとも通かよはぬ深山しんざんの奥おくの、清水しみづのある所ところに、死し人びとのある」

 と、山人やまうどの語かたりけるに、あやしく覚おぼえて尋たづね行ゆきて見みれば、この法ほふ師し、西にしに向むかひて、合がつ掌しやうして居ゐたりけり。いとあはれに貴たふとく覚おぼえて、阿闍梨あじやり、泣なく泣なくとかくのことどもしけり。


 今いまも昔むかしも、まことに心こころを発おこせる人ひとは、かやうに古郷こきやうを離はなれ、見みず知しらぬ所ところにて、いさぎよく名利みやうりをば捨すてて失うするなり。

「菩ぼ薩さつの無生忍むしやうにんを得うるすら、もと見みたる人ひとの前まへにては、神通じんづうをあらはすこと難かたし」

 と言いへり。いはんや、今いま発おこせる心こころはやんごとなけれど、いまだ不ふ退たいの位くらゐに至いたらねば、ことにふれて乱みだれやすし。古郷こきやうに住すみ、知しれる人ひとにまじりては、いかでか一念いちねんの妄心まうしんおこさざらん。

第4話 千観内供といふ人は

 千せん観くわん内ない供ぐといふ人ひとは、智ち証しよう大だい師しの流ながれ、並ならびなき智ち者しやなり。もとより道心だうしん深ふかかりけれど、いかに身みをもてなして、いかやうに行おこなふべしとも思おもひ定さだめず、おのづから月つき日ひを送おくりける間あひだに、ある時とき、公請くじやうを勤つとめて帰かへりけるに、四条河原しでうがはらにて空也上人くうやしやうにんに会あひたりければ、車くるまより降おりて対面たいめんし、

「さても、いかにしてか、後世ごせ助たすかることはつかまつるべき」

 と聞きこえければ、聖しやう人にんこれを聞ききて、

「何なに、逆さかさまごとはのたまふぞ。さやうのことは、御ご房ばうなんどにこそ問とひたてまつるべけれ。かかるあやしの身みは、ただいふかひなく迷まよひ歩ありくばかりなり。さらに思おもひ得えたることはべらず」

 とて去さりなんとしたまひけるを、袖そでをひかへて、なほねんごろに問とひければ、

「いかにも、身みを捨すててこそ」

 とばかり言いひて、引ひき放はなちて、足早あしばやに行ゆき過すぎたまひにけり。


 その時とき、内ない供ぐ、河かは原らにて装しやう束ぞく脱ぬぎかへて、車くるまに入いれて、

「供ともの人ひとは、とく房ばうへ帰かへりね。われはこれよりほかへ往いなんずるぞ」

 と言いひて、みな返かへし遣つかはして、ただ独ひとり、蓑みの尾をといふ所ところに籠こもりにけり。

 されど、なほかしこも心こころにかなはずやありけん、居所ゐどころ思おもひわづらはれけるほどに、東ひがしの方かたに金色こんじきの雲くもの立たちたりければ、その所ところを尋たづねて、そこに形かたちのごとく庵いほりを結むすびてなん、跡あとを隠かくせりける。すなはち、今いまの金龍寺こんりゆうじといふはこれなり。かしこに年としごろ行おこなひて、つひに往わう生じやうを遂とげたりける由よし、詳くはしく伝でんに記しるせり。


 この内ない供ぐは、人ひとの夢ゆめに千せん手じゆ観くわん音おんの化け身しんと見みえたりけるとかや。「千せん観くわん」といふ名なは、かの菩ぼ薩さつの御名みなを略りやくしたるになんありける。

第5話 僧賀上人は経平の宰相の子

 僧賀上人そうがしやうにんは経平つねひらの宰さい相しやうの子こ、慈じ恵ゑ僧そう正じやうの弟子でしなり。この人ひと、幼をさなかりしに、碩徳せきとく人ひとに勝すぐれたりければ、「行末ゆくすゑにはやんごとなき人ひとならん」と、あまねくほめあひたりけり。しかれども、心こころの内うちには深ふかく世よを厭いとひて、名利みやうりにほだされず、極楽ごくらくに生うまれむことをのみぞ、人ひと知しれず願ねがはれける。思おもふばかり道心だうしんの発おこらぬことをのみぞ嘆なげきて、根こん本ぽん中ちゆう堂だうに千せん夜や参まゐりて、夜よごとに千返せんべんの礼らいをして、道心だうしんを祈いのり申まうしけり。始はじめは、礼らいのたびごとに、いささかも声こゑ立たつることもなかりけるが、六ろく、七百夜しちひやくやになりては、

「付つきたまへ、付つきたまへ」

 と忍しのびやかに言いひて、礼らいしければ、聞きく人ひと、「この僧そうは何事なにごとを祈いのり、天てん狗ぐ付つきたまへと言いふか」なんど、かつはあやしみ、かつは笑わらひけり。終をはり方かたになりて、

「道心だうしん付つきたまへ」

 とさだかに聞きこえける時とき、「あはれなり」なんど言いひけり。


 かくしつつ、千せん夜や満みちてのち、さるべきにやありけん、世よを厭いとふ心こころいとど深ふかくなりにければ、「いかでか身みをいたづらになさん」とついでを待まつほどに、ある時とき、内ない論ろん義ぎといふことありけり。定さだまれることにて、論ろん義ぎすべきほどの終をはりぬれば、饗きやうを庭にはに投なげ捨すつれば、もろもろの乞食こつじき方々はうばうに集あつまりて、争あらそひ取とつて食くふ習ならひなるを、この宰相禅師さいしやうぜんじ、にはかに大衆だいしゆの中なかより走はしり出いでて、これを取とつて食くふ。見みる人ひと、「この禅ぜん師じは物ものに狂くるふか」とののしり騒さわぐを聞ききて、

「われは物ものに狂くるはず。かく言いはるる大衆だいしゆたちこそ、物ものに狂くるはるめれ」

 と言いひて、さらに驚おどろかず。「あさまし」と言いひあふほどに、これをついでとして籠居らうきよしにけり。


 後のちには、大和国やまとのくに多た武ふ峰のみねといふ所ところに居ゐて、思おもふばかり勤つとめ行おこなひて年としを送おくりけり。その後のち、貴たふとき聞きこえありて、時ときの后きさきの宮みやの戒かい師しに召めしければ、なまじひに参まゐりて、南殿なんでんの高欄かうらんの際きはに寄よりて、さまざまに見み苦ぐるしきことどもを言いひかけて、むなしく出いでぬ。

 また、仏ほとけ供く養やうせんと言いふ人ひとのもとへ行ゆく間あひだに、説法せつぽふすべきやうなんど、道みちすがら案あんずとて、「名利みやうりを思おもふにこそ。魔ま縁えん便たよりを得えてげり」とて、行ゆき着つくや遅おそき、そこはかとなきことをとがめて、施せ主しゆといさかひて、供く養やうをも遂とげずして帰かへりぬ。これらのありさまは、人ひとにうとまれて、再ふたたびかやうのことを言いひかけられじとなるべし。

 また、師し僧そう正じやう悦よろこび申まうしたまひける時とき、前ぜん駆くの数かずに入いつて、乾鮭からざけといふものを太刀たちにはきて、骨ほね限かぎりなる女め牛うしのあさましげなるに乗のつて、

「屋や形かた口ぐちつかまつらん」

 とて、おもしろく折をりまはりければ、見物けんぶつのあやしみ驚おどろかぬはなかりけり。かくて、

「名みやう聞もんこそ苦くるしかりけれ。乞児かたゐの身みぞ楽たのしかり」

 と歌うたひて、うち離はなれにける。僧そう正じやうも凡人ただびとならねば、かの「われこそ、やかた口ぐち打うため」とのたまふ声こゑの、僧そう正じやうの耳みみには、「悲かなしきかな。わが師し、悪道あくだうに入いりなんとす」と聞きこえければ、車くるまの内うちにて、

「これも利生りしやうのためなり」

 となん、答いらへたまひける。


 この聖しやう人にん命いのち終をはらんとしける時とき、まづ碁ご盤ばんを取とり寄よせて、独碁ひとりごを打うち、次つぎに障泥あふりを乞こうて、これをかづきて、胡こ蝶てふといふ舞まひの真似まねをす。弟子でしどもあやしんで問とひければ、

「いとけなかりし時とき、この二事ふたことを人ひとにいさめられて、思おもひながらむなしく止やみにしが、心こころにかかりたれば、もし生死しやうじの執しふとなることもぞあると思おもうて」

 とこそ言いはれけれ。すでに聖しやう衆じゆの迎むかひを見みて、悦よろこびて歌うたを詠よむ。

みづはさす八十やそぢあまりの老おいの波なみくらげの骨ほねにあひにけるかな

 と詠よみて、終をはりにけり。


 この人ひとの振舞ふるまひ、世よの末すゑにはもの狂くるひとも言いひつべけれども、境きやう界がい離はなれんための思おもひばかりなれば、それに付つけても、ありがたき例ためしに言いひ置おきけり。人ひとにまじはる習ならひ、高たかきにしたがひ、下さがれるをあはれむに付つけても、身みは他た人にんのものとなり、心こころは恩愛おんあいのためにつかはる。これ、この世よの苦くるしみのみにあらず。出離しゆつりの大おほきなる障さはりなり。境きやう界がいを離はなれんよりほかには、いかにしてか乱みだれやすき心こころをしづめん。

第6話 中ごろ、高野の南筑紫というて

 中なかごろ、高かう野やに南筑紫みなみつくしというて、貴たふとき聖しやう人にんありけり。もとは筑つく紫しのものにて、所しよ知ちなんどあまたある中なかに、かの国くにの例れいとして、門かど田た多おほく持もちたるを、いみじきことと思おもへる習ならひなるを、この男をとこは家いへの前まへに、五十町ごじつちやうばかりなん持もちたりける。


 八はち月ぐわつばかりにやありけん、朝あささし出いでて見みるに、穂ほ波なみゆらゆらと出いでととのほりて、露つゆこころよく結むすびわたして、はるばる見みえわたるに、思おもふやう、「この国くににかなへる聞きこえある人ひと多おほかり。しかれども、門かど田た五十町ごじつちやう持もてる人ひとは、ありがたくこそあらめ。下げ臈らふの分ぶんにはあはぬ身みかな」と、心こころにしみて思おもひ居ゐたるほどに、さるべき宿しゆく善ぜんや催もよほしけん、また、思おもふやう、「そもそも、これは何事なにごとぞ。この世よのありさま、昨日きのふありと見みし人ひと、今日けふはなし。朝あしたに栄さかゆる家いへ、夕ゆふべに衰おとろへぬ。一度ひとたび眼まなこ閉とづる後のち、惜をしみたくはへたるもの、何なんの詮せんかある。はかなく執心しふしんにほだされて、永ながく三さん途づに沈しづみなんことこそ、いと悲かなしけれ」と、たちまちに無常むじやうを悟さとれる心こころ強つよく発おこりぬ。また、思おもふやう、「わが家いへにまた帰かへり入いりなば、妻さい子しあり、眷属けんぞくも多おほかり。定さだめて妨さまたげられなんず。ただこの所ところを別わかれて、知しらぬ世せ界かいに行ゆきて、仏道ぶつだうを行おこなはん」と思おもひて、あからさまなる体ていながら、京きやうへさして行ゆく。


 その時とき、さすがにものの気け色しきやしるかりけん、往来ゆききの人ひとあやしがりて、家いへに告つげたりければ、驚おどろき騒さわぎてけるさま、ことわりなり。その中なかに、かなしくしける娘むすめの十じふ二に、三さんばかりなるものありけり。泣なく泣なく追おひつきて、

「われを捨すてては、いづくへおはします」

 とて袖そでをひかへたりければ、

「いでや、おのれに妨さまたげらるまじきぞ」

 とて刀かたなを抜ぬき、髪かみを押おし切きりつ。娘むすめ恐おそれをののきて、袖そでをば放はなして帰かへりにけり。

 かくしつつ、これよりやがて高かう野やの御み山やまへ上のぼつて、頭かしらを剃そりて、本意ほいのごとくなん行おこなひける。かの娘むすめ恐おそれてとどまりたれど、なほ跡あとを尋たづねて、尼あまになりて、かの山やまの麓ふもとに住すみて、死しぬるまで、ものうち洗すすぎ、裁たち縫ぬふわざをしてぞ、孝養けうやうしける。


 この聖しやう人にん、のちには徳とく高たかくなつて、高たかきも、賤いやしきも、帰きせぬ人ひとなし。堂だうを作つくり、供く養やうせんとしける時とき、導だう師しを思おもひ煩わづらふ間あひだに、夢ゆめに見みるやう、

「この堂だうは、その日ひ、その時とき、浄名居士じやうみやうこじのおはしまして、供く養やうしたまふべきなり」

 と人ひとの告つぐる由よし見みければ、すなはち枕まくら障しやう子じに書かき付つけつ。いとあやしけれど、「やうこそあらめ」と思おもひて、おのづから日ひを送おくりけり。


 まさしくその日ひになつて、堂だう荘しやう厳ごんして、心こころもとなく待まち居ゐたりければ、朝あさより雨あめさへ降ふりて、さらにほかより人ひとのさし入いるもなし。やうやう時ときになりて、いとあやしげなる法ほふ師しの蓑笠みのかさ着きたる出いで来きたつて、礼をがみ歩ありくありけり。すなはち、これをとらへて、

「待まちたてまつりけり。とくこの堂だうをこそ供く養やうしたまはめ」

 と言いふ。法ほふ師し驚おどろきていはく、

「すべて、さやうの才覚さいかくのものにはあらず」

 と言いふ。

「あやしのものの、みづからことの便たよりあつて参まゐり来きたれるばかりなり」

 とて、ことのほかにもてなしけれど、かねて夢ゆめの告つげのありしやうなんど語かたりて、書かき付つけたりし月つき日ひの、たしかに今日こんにちにあひかなへることを見みせたりければ、遁のがるべき方かたなくて、

「さらば、形かたちのごとく申まうし上あげはべらん」

 と言いうて、蓑笠みのかさ脱ぬぎ捨すてて、たちまちに礼盤らいばんに上のぼつて、なべてならず、めでたく説法せつぽふしたりけり。


 この導だう師しは、天台てんだいの明賢阿闍梨みやうけんあじやりになんありける。かの山やまを拝をがまんとて、忍しのびつつさまをやつして詣まうでたりけるなり。これよりこの阿闍梨あじやりを、高かう野やには浄名居士じやうみやうこじの化け身しんといふなるべし。

 さて、この聖しやう人にんはことに貴たふとき聞きこえありて、白河院しらかはのゐんの帰依きえしたまひけり。高かう野やは、この聖しやう人にんの時ときより、ことに繁はん昌じやうしにけり。つひに、臨終正念りんじゆうしやうねんにして、往わう生じやうを遂とげたるよし、くはしく伝でんに見みえたり。惜をしむべき資し財ざいに付つけて、厭心えんしんをおこしけん、いとありがたき心こころなり。


 賢かしこき人ひとといふ、

「二世にせの苦くを受うくることは、財たからを貪むさぼる心こころを源みなもととす。人ひともこれにふけり、われも深ふかく着ぢやくするゆゑに、争あらそひねたみて、貪欲とんよくもいやまさり、瞋しん恚いもことに栄さかえけり。人ひとの命いのちをも絶たち、他ほかの財たからをもかすむ。家いへの滅ほろび、国くにの傾かたぶくまでも、みなこれよりおこる。このゆゑに、『欲よく深ふかければ、災わざはひ重おもし』とも説とき、また、『欲よくの因縁いんえんを以もつて、三悪道さんまくだうに堕だす』とも説とけり。かかれば、『弥み勒ろくの世よには、財たからを見みては深ふかく恐おそれ厭いとふべし。この釈しや迦かの遺法ゆゐほふの弟子でし、これがために戒かいを破やぶり、罪つみを作つくりて地ぢ獄ごくに堕おちけるものなり』とて、『毒蛇どくじやを捨すつるがごとく、道みちのほとりに捨すつべし』といへり」

第7話 小田原といふ寺に、教壊上人といふ人

 小田原をだはらといふ寺てらに、教けう壊くわい上しやう人にんといふ人ひとありけり。後のちには高かう野やに住すみけるが、新あたらしき水すい瓶びやうの、やうなども思おもふやうなるをまうけて、ことに執しふし思おもひけるを、縁えんにうち捨すてて、奥おくの院ゐんへ参まゐりにけり。かしこにて、念誦ねんじゆなんどして、一心いつしんに信仰しんがうしける時とき、この水すい瓶びやうを思おもひ出いだして、

「あだに並ならべたりつるものを。人ひとや取とらむ」

 と不ふ審しんにて、心こころ一向いつかうにもあらざりければ、よしなく覚おぼえて、帰かへるや遅おそきと、雨垂あまだりの石いし畳だたみの上うへに並ならべて、打うち砕くだき捨すててけり。(私わたくしに言いふ。水すい瓶びやうは金きん瓶びやうといへり。)


 また、横よ川かはに尊そん勝しよう阿闍梨あじやり陽範やうはんといひける人ひと、めでたき紅梅こうばいを植うゑて、またなきものにして、花盛はなざかりにはひとへにこれを興きやうじつつ、おのづから人ひとの折をるをもことに惜をしみ、さいなみけるほどに、いかが思おもひけん、弟子でしなんどもほかへ行ゆきて、人ひともなかりけるひまに、心こころもなき小法師こぼふしのひとりありけるを呼よびて、

「斧よきやある。持もて来こよ」

 と言いひて、この梅むめの木きを、土つちぎはより切きつて、上うへに砂いさごうち散ちらして、跡形あとかたなくて居ゐたり。弟子でし帰かへりて、驚おどろきあやしみて、ゆゑを問とひければ、ただ、

「よしなければ」

 とぞ答こたへける。


 これらは、みな執しふをとどむることを恐おそれけるなり。教けう壊くわいも、陽範やうはんも、ともに往わう生じやうを遂とげたる人ひとなるべし。まことに仮かりの家いへにふけりて、長ながき闇やみに迷まよふこと、誰たれかは愚おろかなりと思おもはざるべき。しかれども、世せ々ぜ生しやう々じやうに煩悩ぼんなうのつぶね、やつことなりける習ならひの悲かなしさは知しりながら、われも人ひとも、え思おもひ捨すてぬなるべし。

第8話 ある人、円宗寺の八講といふことに

 ある人ひと、円ゑん宗しう寺じの八講はつかうといふことに参まゐりたりけるに、時とき待まつほど、やや久ひさしかりければ、そのあたり近ちかき人ひとの家いへを借かりて、しばらく立たち入いりたりけるが、かくて、その家いへを見みれば、作つくれる家いへのいと広ひろくもあらぬ庭にはに、前栽せんざいを、えもいはず木きども植うゑて、上うへに仮かり屋やのかまへをしつつ、いささか水みづをかけたりけり。色々いろいろの花はな、数かずを尽つくして、錦にしきをうち覆おほへるがごとく見みえたり。ことにさまざまなる蝶てふ、いくらともなく遊あそびあへり。


 ことざまのありがたく覚おぼえて、わざと主あるじを呼よび出いでて、このことを問とへり。主あるじの言いふやう、

「これはなほざりのことにもあらず。思おもふ心こころありて植うゑてはべり。おのれは佐国すけくにと申まうして、人ひとに知しられたる博はか士せの子こにてはべり。かの父ちち世よにはべりし時とき、深ふかく花はなを興きやうじて、折をりにつけてこれをもてあそびはべりき。かつは、そのこころざしをば詩しにも作つくれり。

六十余国ろくじふよこく見みれどもいまだ飽あかず
他生たしやうにもさだめて花はなを愛あいする人ひとたらん

 なんど作つくり置おきてはべりつれば、おのづから生死しやうじの愛執あいしふにもやまかりなりけん、と疑うたがはしくはべりしほどに、あるものの夢ゆめに、蝶てふになつてはべる、と見みたる由よしを語かたりはべれば、罪つみ深ぶかく覚おぼえて、しからば、もしこれらにもや迷まよひはべるらんとて、心こころの及およぶほど植うゑてはべるなり。それにとりて、ただ花はなばかりはなほ飽あかずはべれば、あまづら蜜みつなんどを朝あさごとにそそきはべる」

 とぞ語かたりける。


 また、六ろく波は羅ら寺じの住ぢゆう僧そう幸仙かうせんといひけるものは、年としごろ道心だうしん深ふかかりけるが、橘たちばなの木きを愛あいし、いささかかの執心しふしんによりて蛇くちなはとなりて、かの木きの下したにぞ住すみける。くはしくは伝でんにあり。

 かやうに人ひとに知しらるるはまれなり。すべて念々ねんねんの妄執まうしふ、一々いちいちに悪身あくしんを受うくることは、はたして疑うたがひなし。まことに恐おそれても、恐おそるべきことなり。

第9話 神楽岡の清水谷といふ所に

 神楽かぐら岡をかの清水しみづ谷だにといふ所ところに、仏種房ぶつしゆばうといふて貴たふとき聖しやう人にんありき。対面たいめんしたることはなかりしかども、近ちかき世よの人ひとなりしかば、つひに往わう生じやう人にんとて人ひとの貴たふとみあひたりしをば、伝つたへ聞ききはべりき。

 この聖しやう人にん、そのかみ、水飲みづのみといふ所ところに住すみはべりけるころ、木き拾ひろひに谷たにへ下くだりける間まに、盗人ぬすびと入いりにけり。わづかなるものどもみな取とつて、遠とほく逃にげぬと思おもうて返かへり見みれば、もとの所ところなり。いとあやしと思おもひて、なほ行ゆくぞと思おもふほどに、二時ふたときばかり、かの水飲みづのみの湯屋ゆやをめぐりて、さらにほかへ去さらず。

 その時ときに、聖ひじりあやしみて問とふ。答こたへていふやう、

「われは盗人ぬすびとなり、しかるに、遠とほく逃にげ去さりぬと思おもへども、すべて行ゆくことを得えず。これ、ただごとにあらず。今いまに至いたりては、ものを返かへしはべらん。願ねがはくは許ゆるしたまへ。まかり帰かへりなん」

 と言いふ。聖ひじりのいはく、

「なじかは、罪つみ深ふかくかかるものをば取とらんとする。ただ欲ほしう思おもひてこそは取とりつらん。さらに返かへしうべからず。それなしとも、われこと欠かくまじ」

 と言いひて、盗人ぬすびとになほ取とらせてやりけり。大方おほかた、心こころにあはれみ深ふかくぞありける。


 年としを経へて、かの清水しみづ谷だにに住すみける時とき、あひ頼たのみたる檀越だんをつあり。深ふかく帰依きえして、折節をりふしには贈おくりものし、ことにふれてこころざしをはこびつつ過すぎけるに、ことにこの聖ひじりわざと出いで来きたりて言いふやう、

「思おもひがけずおぼしぬべけれど、年としごろ頼たのみたてまつりてはべるなり。このほど、夢ゆめのごとくなる庵室あんしつを造つくるとて、匠たくみを使つかひはべりしが、魚いををよげに食くらひはべりしがうらやましくて、魚いをの欲ほしくはべれば、この殿でんには多おほくはべるらんと思おもひて、わざと参まゐれるなり」

 と言いふ。主あるじ、おろかなる女心をんなごころに、あさましと思おもひのほかに覚おぼえけれど、よきやうにして取とり出いだしたりければ、よくよく食くらうて、残のこりをば瓦器かはらけを蓋ふたに覆おほひて、紙かみにひき包つつみて、

「これをば、あれにて食たべん」

 とて、ふところに入いれて出いでにけり。

 その後のち、この人ひと、本意ほいなく覚おぼえながら、さすがに心こころ苦ぐるしく思おもひやりて、

「一ひと日ひの御お家いへづと、夢ゆめがましく見みえはべりしかば、重かさねてたてまつるなり」

 とて、さまざまに調てうじて贈おくりたりけれど、そのたびはとどめず。

「御みこころざしは嬉うれしくはべり。されども、一ひと日ひの残のこりに食たべ飽あきて、今いまは欲ほしくもはべらねば、これ返かへしたてまつる」

 となん言いひたりける。これも、この世よに執しふをとどめじ、と思おもひけるにや。


 この仏種房ぶつしゆばう、ある時とき風ふう気きありて煩わづらひけり。かたのやうなる家いへ荒あれこぼれて、繕つくろふことなし。病やまひを見みる人ひともなければ、一人ひとりのみ病やみ臥ふせりけるに、時ときは八はち月ぐわつ十じふ五ご夜やの月つきいみじく明あかかりける夜よ、宵よひより声こゑをあげて念仏ねんぶつすることあり。間ま近ぢかき家々いへいへ、尊たふとくなん聞きこえき。集あつまりて見みるに、板いた間のまも合あはず荒あれたる家いへに、月つきの光ひかり、心こころのままにさし入いりたるよりほかにともなし。夜よ中なかうち過すぐるほどに、

「あな嬉うれし。これこそは、年としごろ思おもひつることよ」

 と言いふ音おと、壁かべの外ほかに聞きこえけり。その後のちは、念仏ねんぶつの音おともせずなりぬ。

 夜よ明あけて、見みければ、西にしに向むかひて端たん座ざし、合がつ掌しやうして、眠ねぶるがごとくにてぞありける。この家いへは少すこしも離はなれず、あやしの下げ臈らふの家いへどもの軒のきつづきになんありける。

第10話 近ごろ、天王寺に聖ありけり

 近ちかごろ、天てん王わう寺じに聖ひじりありけり。言こと葉ばの末すゑごとに、「瑠璃るり」といふ二ふたつの文字もじを加くはへて言いひければ、やがて字じを名なに付つけて、瑠璃るりとぞいひける。その姿すがた、布ぬののつづり、紙衣かみこなんどのいふばかりなく、ゆゆしげに破やぶれはらめきたるを、いくらともなく着きぶくれて、布ぬの袋ぶくろの汚きたなげなるに、乞こひ集あつめたるものを一ひとつに取とり入いれて、歩ありき歩ありきこれを食くらふ。童部わらはべいくらともなく笑わらひあなづれど、さらにとがめ腹はら立たつことなし。いたくせたむる時ときは、袋ふくろよりものを取とり出いだして取とらすれば、童わらべ汚きたながりてこれを取とらず。捨すつれば、また取とつて入いれつつ、常つねにはさまざまのすずろごとをうち言いうて、ひたすら物狂ものぐるひにてなんありける。さして、そこに跡あととめたりと見みゆる所ところなし。垣かき根のね、木きの下した、築つい地ぢにしたがひて、夜よを明あかす。


 そのころ、大塚おほつかといふ所ところにやんごとなき智ち者しやありけり。ある時とき、

「雨あめの降ふりて、まかり寄よるべき所ところもなければ、この縁えんの片端かたはしにさぶらはん」

 と言いひければ、例れいならず、あやしう覚おぼえながら、置おきつ。

 夜よ更ふけて、聖ひじりが言いふやう、

「かく、たまたま参まゐり寄よりてはべり。年としごろ、おぼつかなく思おもひたまへることども、はるけはべらばや」

 と言いふ。ことのほかに覚おぼゆれど、世よの常つねの人ひとのやうにあひしらうほどに、やうやう天てん台だい宗しゆうの法門ほふもんどもの、えもいはぬ理ことわりども尋たづねつ。また主あるじあさましく、めづらかに覚おぼえて、夜よもすがら寝ねず、さまざまに問とひ答こたへて、明あけぬれば、

「今いまはいとま申まうしはべらん」

 とて、

「心こころにいぶかしく思おもひたまふることどもを、賢かしこく今宵こよひさぶらひて、はるけはべりぬ」

 とて、去さりぬ。


 また、このこと、ありがたく貴たふとく覚おぼえけるままに、そのあたりの人ひとどもに語かたりたりければ、そしりいやしめし心こころを改あらためて、かたへは権者ごんじやの疑うたがひをなして尊たふとみけり。されど、そのありさまは、さきざきにつゆ変かはらず、「さることやありける」と、人ひとの問とふ時ときには、うち笑わらひて、そぞろごとにぞ言いひなしける。

 かやうに、人ひとに知しられぬることをうるさくや思おもひけん、はてには、行方ゆきかたも知しらせずなりにけり。年とし経へて、人ひと語かたりけるは、和泉国いづみのくにに乞食こつじきし歩ありきけるが、終をはりには、人ひとも来き寄よらぬ所ところの大おほきなる木きのもとに、下枝したえだに仏ほとけを掛かけたてまつりて、西にしに向むかひて合がつ掌しやうして、居ゐながら眼まなこを閉とぢてなんありける。その時ときは、知しれる人ひともなくて、後のちに見付みつけたりけるなり。


 また、近ちかごろ、世よに仏ほとけみやうといふ乞食こつじきありけり。それも、かの聖ひじりのごとく物狂ものぐるひのやうにて、食物しよくもつは魚鳥いをとりをも嫌きらはず、着き物ものは筵むしろ薦こもをさへ重かさね着きつつ、人ひとの姿すがたにもあらず、会あふ人ひとごとに必かならず、

「尼人あまびと、法ほふ師し、男をとこ人ひと、女によ人にん等とう、清浄しやうじやう」

 と言いひ拝をがむわざをしければ、それを名なに付つけてなん、見みと見みる人ひと、みなつたなくゆゆしきものとのみ思おもひけれど、げにはやうありけるものにや。阿あ証しよう房ばうといふ聖ひじりを得とく意いにして、思おもひがけぬ経きやう論ろんなんどを借かりて、人ひとにも知しらせず、ふところに引ひき入いれて、持もちて行ゆきて、日ひごろ経へてなん返かへすことを、常つねになんしける。つひに切きれ提つつみの上うへに、西にしに向むかひて、合がつ掌しやう端たん座ざして終をはりにけり。


 これらは、すぐれたる後世者ごせしやの一いちのありさまなり。「大隠たいいん、朝てう市しにあり」と言いへる、すなはちこれなり。かくいふ心こころは、賢かしこき人ひとの世よを背そむく習ならひ、わが身みは市いちの中なかにあれども、その徳とくをよく隠かくして、人ひとにもらせぬなり。山林さんりんに交まじはり、跡あとをくらうするは、人ひとの中なかにあつて徳とくをえ隠かくさぬ人ひとのふるまひなるべし。

第11話 高野のほとりに、年ごろ行ふ聖

 高かう野やのほとりに、年としごろ行おこなふ聖ひじりありけり。もとは伊い勢せ国のくにの人ひとなりけり。おのづからかしこに居付ゐつけたりけるなり。行ぎやう徳とくあるのみならず、人ひとの帰依きえにて、いと貧まづしくもあらざりければ、弟子でしなんどもあまたありけり。

 年としやうやうたけてのち、ことにあひ頼たのみたる弟子でしを呼よびて言いひけるやう、

「聞きこえばやと思おもふことの日ひごろはんべるを、その心こころの内うちはばかりて、ためらひはべりつるぞ。あなかしこ、あなかしこ、たがへたまふな」

 と言いふ。

「何事なにごとなりとものたまはんこと、いかでたがへはべらん。また、へだてたまふべからず。すみやかにうけたまはらん」

 と言いへば、

「かく人ひとを頼たのみたるさまにて過すぐす身みは、さやうのふるまひ思おもひ寄よるべきことならねども、年とし高たかくなり行ゆくままに、傍かたはらもさびしく、ことにふれてたづきなく覚おぼゆれば、さもあらん人ひとを語かたらひて、夜よのとぎにせばやとなん思おもひたるなり。それにとりて、いたう年とし若わかからん人ひとは悪あしかりなん。ものの思おもひやりあらん人ひとを、忍しのびやかに尋たづねて、わがとぎにせさせたまへ。さて、世よの中なかのことをば、それにゆづり申まうさん。ただわがありつるやうに、この坊ばうの主ぬしにて、人ひとの祈いのりなんどをも沙汰さたして、われをば奥おくの屋やに据すゑて、二人ふたりが食物くひものばかりを、形かたちのやうにして送おくりたまへ。さやうになりなんのちは、そこの心こころの内うちもはづかしかるべければ、対面たいめんなんどもえすまじ。いはんや、そのほかの人ひとには、すべて、世よにあるものとも知しるべからず。死しに失うせたるもののさまにて、わづかに命いのちつぐべくばかり、沙汰さたしたまへ。これをたがへたまはざらんばかりぞ、年としごろの本意ほいなるべし」

 と、かきくどきつつ言いふ。

 あさましく思おもはずに覚おぼえながら、

「かやうに心こころ置おかず語かたらはする、本意ほいにはべり。急いそぎ尋たづねはべらん」

 と言いひて、近ちかく遠とほく聞きき歩あるきけるほどに、男をとこにおくれたりける人ひとの、年とし四し十じふばかりなるありけるを聞きき出いでて、ねんごろに語かたらひて、便たよりよきやうに沙汰さたし、据すゑつ。人ひとも通とほさず、われも行ゆくこともなくて、過すぎけり。


 おぼつかなくも、またもの言いひあはせまほしくもあれど、さしも契ちぎりしことなれば、いぶせながら過すぐるほどに、六年ろくねん経へてのち、この女人によにんうち泣なきて、

「この暁あかつき、はや、終をはりたまひぬ」

 とて来きたる。驚おどろきて行ゆきて見みれば、持ぢ仏ぶつ堂だうの内うちに、仏ほとけの御手みてに五ご色しきの糸いと掛かけて、それを手てにひかへて、脇息けふそくにうち寄よりかかりて、念仏ねんぶつしける手ても、ちとも変かはらず、数珠ずずのひきかけられたるも、ただ生いきたる人ひとの眠ねぶりたるやうにて、つゆも例れいにたがはず。壇だんには行おこなひの具ぐうるはしく置おき、鈴れいの中なかに紙かみを押おし入いれたりけり。

 いと悲かなしくて、ことのありさまをこまかに問とへば、女をんなの言いふやう、

「年としごろ、かくてはべりつれども、例れいの妻夫めをとこのさまなることなし。夜よは畳たたみを並ならべて、われも人ひとも目覚めざめたる時ときは、生死しやうじの厭いとはしきやう、浄土じやうど願ねがふべきやうなんどをのみ、こまごまと教をしへつつ、よしなきことをば言いはず。昼ひるは阿あ弥み陀だの行ぎやう法ぼふ、三さん度どこと欠かくことなくて、ひまひまには、念仏ねんぶつをみづからも申まうし、またわれにもすすめたまひて、始はじめつ方かた二月ふたつき、三み月つきまでは、心こころを置おきて、

『かく世よの常つねならぬありさまをば、わびしくは思おもふ。さらば、心こころにまかすべし。もしうときことになるとも、かやうに縁えんを結むすぶも、さるべきことなり。このありさまを、ゆめゆめ人ひとに語かたるな。もしまた、互たがひに善ぜん知ち識しきとも思おもひて、後世ごせまでの勤つとめをもしづかにせんとならば、乞こひ願ねがふところなり』

とのたまひしかば、

『さらさら御心みこころ置おきたまふべからず、年としごろあひ具ぐしたりし人ひとをはかなく見みなして、いかでか、その後世ごせをもとぶらはざらん。われもまた、かかる憂うき世よにめぐり来こじと願ねがひ、厭いとふ心こころははべりしかど、さても一ひと日ひたちめぐるべきさまもなき身みにて、本意ほいならぬ方かたにて見みたてまつれば、なべての女をんなのやうにおぼすにや。ゆめゆめしかにはあらず。いみじき善ぜん知ち識しきと、人ひと知しれず喜よろこびてこそ過すぎはべりしか』

と申まうししかば、

『返かへす返かへす嬉うれしきこと』

とて、今いま隠かくれたまへることも、かねて知しつて、『終をはらん時とき、人ひとにな告つげそ』とありしかば、かくとも申まうさず」

 とぞ言いひける。

第12話 美作守顕能のもとに

 美作みまさか守のかみ顕能あきよしのもとに、なまめきたる僧そうの入いり来きたつて、経きやうをよに尊たふとく読よむあり。主あるじ聞きいて、

「なにわざしたまふ人ひとぞ」

 と言いふ。近ちかく寄よつて言いふやう、

「乞食こつじきにはべり。ただし、家いへごとにもの乞こひ歩ありくわざをばつかうまつらず。西山にしやまなる寺てらに住すみはべるが、いささか望のぞみ申まうすべきことありてなん」

 と言いふ。ものざま、むげに思おもひ下くだすべきにはあらざりければ、こまやかに尋たづね問とふ。

「申まうすにつけていと異様ことやうにははべれど、ある所ところのなま女によう房ばうをあひ語かたらひて、ものすすがせなんどしはべりしほどに、はからざるほかに、ただならずなりて、この月つきにまかり当あたりてはべるを、ひとへにわがあやまちなれば、ことさらこもりゐてはべらんほど、かれが命いのちつぐばかりのもの、与あたへはべらばやと思おもひたまへるが、いかにもいかにも力ちから及およびはべらねば、もし御おんあはれみやはべるとてなん」

 と言いふ。ことのおこりはげにと覚おぼえずなれど、さこそ思おもふらめといとほしく覚おぼえて、

「いと安やすきことにこそ」

 とておしはからひて、人ひと一いち人にんに持もたせて、そへて取とらせんとす。この僧そうの言いふやう、

「かたがた、きはめてつつましくはべり。ことさら、そことは知しらじと思おもひたまふるなり。みづから持もちてまからん」

 とて持もたるるほど、負おひて出いでぬ。


 主あるじなほあやしく思おもひて、さやうのかたにいひがひなきものを付つけてやる。さまをやつして、見み隠がくれに行ゆきけるほどに、北山きたやまの奥おくにはるばると分わけ入いりて、人ひとも通かよはぬ深谷ふかたにに入いりにけり。一間いつけんばかりなるあやしき柴しばの庵いほりの内うちに入いりて、ものうち並ならべて、

「あな苦くるし。三宝さんぼうの助たすけなれば、安あん居ごの食じきもまうけたり」

 と、独ひとりうち言いひて、足あしうち洗あらひてしづまりぬ。この使つかひ、

「いとめづらかにもあるかな」

 と聞ききけり。日ひ暮くれて、今宵こよひ帰かへるべくもあらねば、木こ陰かげにやはら隠かくれ居ゐにけり。夜よ更ふくるほどに、法ほ華け経きやうを夜よもすがら読よみたてまつる声こゑ、いと尊たふとくて、涙なみだもとどまらず。

 明あくるやおそしと立たち帰かへりて、主あるじにありつるさまを聞きこえければ、驚おどろきながら、

「さればよ。ただものにはあらずと見みき」

 とて、重かさねて消息せうそこをやる。

「思おもひかけず、安あん居ごの御ご料れうとうけたまはる。しかあらば、一ひと日ひのものは少すくなくこそはべらめ。これをたてまつる。なほもいらんことさぶらはば、必かならずのたまはせよ」

 と言いはせたりければ、経きやううち読よみて、何なんとも返へん事じ言いはざりけり。とばかり待まちかねて、ものをば庵いほりの前まへに取とり並ならべて帰かへりぬ。

 日ひごろ経へて、「さてもありつる僧そうこそ不ふ審しんなりけれ」とて訪おとづれたりけれど、その庵いほりには人ひともなくて、前まへに得えたりしものをば、ほかへ持もち去いにけるとおぼしくて、後のちの贈おくりものをばさながら置おきたりければ、鳥とり、獣けだもの、食くひ散ちらしたるやうにて、ここかしこにこぼれ散ちりてぞありける。


 まことに道心だうしんある人ひとは、かくわが身みの徳とくを隠かくさむと、とがをあらはして、貴たふとまれんことを恐おそるるなり。もし人ひと、世よを遁のがれたれども、いみじくそむけりと言いはれん、貴たふとく行おこなふよしを聞きかんと思おもへば、世せ俗ぞくの名みやう聞もんよりもはなはだし。

 このゆゑに、ある経きやうに、

「出しゆつ世せの名みやう聞もんは、譬たとへば、血ちを以もつて血ちを洗あらふがごとし」

 と説とけり。もとの血ちは洗あらはれて、落おちもやすらん、知しらず。今いまの血ちは大おほきに汚けがす。愚おろかなるにあらずや。

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