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発心集「少納言統理、遁世の事」原文と現代語訳をわかりやすく解説

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鴨長明『発心集』第5巻第54話「少納言統理、遁世の事」の原文と現代語訳を、語釈付きでまとめています。品詞分解は別のページにまとめています。

目次

「少納言統理、遁世の事」原文・現代語訳・語釈

少納言統理と聞こえける人

原文

少納言(せうなごん)統理(むねまさ)と聞(き)こえける人(ひと)、年(とし)ごろ、「世(よ)を背(そむ)かん」と思(おも)ふ心(こころ)ざし深(ふか)かりしが、月(つき)くまなかりけるころ、心(こころ)を澄(す)ましつつ、つくづくと思(おも)ひ居(ゐ)たるに、山(やま)深(ふか)く住(す)まんことのなほせちに思(おぼ)えければ、まづ家(いへ)に、

現代語訳

少納言統理と申し上げる人、ここ数年の間、出家遁世しようという意志が深かった方が、月が曇りなく美しい夜に、心を澄ませてしみじみと物思いにふけっているうちに、山深いところに住みたいという気持ちが、どうしようもなく切実にわきおこってきたので、まず家族に、

語釈
  • 少納言(せうなごん)統理(むねまさ):伊勢守藤原祐之(すけゆき)の子。長保元年(999年)3月29日に出家(日本紀略)。
  • 年(とし)ごろ:これまでの何年かの間。数年来。長年。
  • 世(よ)を背(そむ)く:出家遁世する。
  • くまなし:曇りがない。影がない。
  • つくづく:物思いにふけるさま。しみじみ。じっと。
  • せちなり:ひたすらだ。切実だ。

ゆするまうけせよ

原文

「ゆするまうけせよ。ものへ行(ゆ)かん」と言(い)ひて、髪(かみ)洗(あら)ひけづり、帽子(ばうし)なんどしける。

現代語訳

「洗髪の用意をせよ。しかるべきところへ行こうと思う」と言って、髪を洗い、くしで整えて、烏帽子などをかぶった。

語釈
  • ゆする:洗髪・整髪用の湯水。
  • まうけ:準備。用意。
  • もの:出向いて行くべき場所。
  • けづる:髪をくしでとかす。
  • 帽子(ばうし):烏帽子の略称。

気色や知りたりけん

原文

気色(けしき)や知(し)りたりけん、妻(つま)なりける人(ひと)、心(こころ)得(え)て、さめざめとなむ泣(な)きける。されども、かたみにとかく言(い)ふこともなくて、明(あ)くる日(ひ)、うるはしきよそほひにて、その時(とき)の関白(くわんぱく)の御(おん)もとに詣(まう)でけり。

現代語訳

ただならぬ意志を感じたのか、妻である人は夫の心に気づいて、さめざめと涙を流して泣く。けれども、お互いに何か言うこともなく、夜が明けると統理は正装して、時の関白藤原道長卿の御もとに参上した。

語釈
  • 気色(けしき):ふつうと違ったおもむき。
  • さめざめと:しきりに涙を流し、泣くようす。
  • かたみに:お互いに。
  • うるはしきよそほひ:正装。
  • その時(とき)の関白(くわんぱく):藤原道長のこと。道長は実際には関白に就いていないが、のちに「御堂関白」と呼ばれた。道長の日記『御堂関白記』にも記されている。

このこと、案内聞こえむとすれど

原文

「このこと、案内(あんない)聞(き)こえむ」とすれど、まうし入(い)る人(ひと)もなし。やや久(ひさ)しうありて、からうじて山里(やまざと)にまかりこもるべき暇(いとま)まうせし間(あひだ)に、「しばし」とて、対面(たいめん)したまひて、御念珠(おんねんじゆ)たまはせて、「後(のち)の世(よ)には頼(たの)むぞ」とのたまひければ、涙(なみだ)をおさへつつ、数珠(ずず)をばをさめて、拝(はい)したてまつりて、出(い)でにけり。

現代語訳

お暇乞いの取り次ぎを頼もうとするけれども、申し入れてくれる人もいない。かなり長いこと待って、ようやく、山里に下がって籠る旨のご挨拶を申し上げたところ、「しばし待ちたまえ」と言って対面してくださり、御念珠をお与えになって、「来世では頼りにしておるぞ」とおっしゃったので、涙をこらえながら数珠を大事にしまって、拝礼して退出した。

語釈
  • 案内(あんない):取り次ぎを請うこと。
  • まかる:おいとまする。出て行く。
  • 後(のち)の世(よ):死後の世界。来世。後世。

僧賀聖の室に至りて

原文

僧賀聖(そうがひじり)の室(むろ)に至(いた)りて、本意(ほい)のごとく頭(かしら)おろしてけれど、つくづくとながめがちにて、勤(つと)め行(おこな)ふこともなし。物(もの)思(おも)へる様(さま)にて、常(つね)は涙(なみだ)ぐみつつ居(ゐ)たりければ、聖(ひじり)のあやしみて、ゆゑを問(と)ひけり。言(い)ひやる方(かた)なくて、余(あま)りのままに、「子(こ)生(う)みはべるべき月(つき)に当(あた)りたる女(をんな)のはべるが、思(おも)ひ捨(す)てはべれど、さすがに心(こころ)にかかりて」と言(い)ふ。

現代語訳

僧賀聖の僧房に入って、かねてからの望み通りに頭を丸めたけれども、ついつい物思いにふけりがちで、仏道修行に身が入らない。物思いに沈んだ様子で、常に涙ぐみながら過ごしていたので、聖はどうしたのかと、その理由を尋ねた。統理はうまく言いようもなく、思い余るままに、「子供が産まれる月に当たる妻がおりまして、思い捨てたことでございますが、さすがに心にかかりまして⋯⋯」と言う。

語釈
  • 僧賀聖(そうがひじり):現在の奈良県桜井市にある多武峰(とうのみね)に隠棲していた僧。奇行と高徳で知られ、数多くの逸話が残っている。
  • 室(むろ):僧房。庵室。
  • 本意(ほい):本来の志。前からの望み。宿願。
  • 頭(かしら)おろす:髪を切って出家する。
  • ながむ:物思いにふける。
  • 勤(つと)め行(おこな)ふ:仏道修行をする。

聖これを聞きて

原文

聖(ひじり)これを聞(き)きて、やがて都(みやこ)に入(い)りて、その家(いへ)におはして尋(たづ)ねたまふに、今(いま)、子(こ)を生(う)みやらで、悩(なや)み煩(わづら)ふ折(をり)なりけり。聖(ひじり)祈(いの)りて生(う)ませなんどして、人(ひと)に尋(たづ)ねつつ、うぶやしなひてなむ、乏(とも)しからぬほどにとぶらひたまひける。

現代語訳

聖はこれを聞いてすぐに都に入り、その家にいらっしゃって様子をお尋ねになると、今まさに、難産で苦しんでいる最中であった。聖は祈祷をして無事に産ませたりして、人に尋ねながら産後の儀式も行い、不足のない程度に見舞われた。

語釈
  • やがて:そのまま。すぐに。
  • 悩(なや)み煩(わづら)ふ:出産で苦しむ。難産。
  • うぶやしなふ:子が生まれたあと、母子の健康を祈って祝宴を開く。祝宴は生まれた日の夜と、3・5・7・9日目の夜に行われた。
  • 乏(とも)しからぬほど:不足しない程度に。
  • とぶらふ:見舞う。

かくて統理大徳

原文

かくて、統理大徳(むねまさだいとこ)、ひと方(かた)は心(こころ)やすくなりぬれど、三条院(さんでうゐん)、東宮(とうぐう)とまうしける時(とき)、つねに仕(つか)へたてまつりしことの忘(わす)れがたく思(おぼ)えければ、たてまつれりける。

君(きみ)に人(ひと)なれな習(なら)ひそ奥山(おくやま)に入(い)りての後(のち)はわびしかりけり

現代語訳

こうして統理大徳は、この一件では心が軽くなったけれども、三条院が東宮でいらっしゃった時、いつもお仕え申し上げていたことが忘れがたく思われたので、和歌をお贈りした。

君(きみ)に人(ひと)なれな習(なら)ひそ奥山(おくやま)に入(い)りての後(のち)はわびしかりけり

人よ、わが君になれ親しむものではありません。奥山に入ってしまったあとは、わびしくてならないのですから

語釈
  • 大徳(だいとこ):徳の高い僧。
  • ひと方(かた):片一方。
  • 三条院(さんでうゐん):三条天皇。第67代天皇。
  • 東宮(とうぐう):皇太子。三条天皇は寛和2年(986年)から、即位する寛弘8年(1011年)まで東宮だった。

御返し、忘られず思ひ出でつつ山人を

原文

御(おん)返(かへ)し、

忘(わす)られず思(おも)ひ出(い)でつつ山人(やまびと)をしかぞ恋(こ)ひしきわれもながむる

とてたまはりけるに、涙(なみだ)のこぼれけるを、おさへつつ居(ゐ)たりけるほどに、聖(ひじり)聞(き)きて、「東宮(とうぐう)より歌(うた)たまはりたらん、仏(ほとけ)にやはなるべき。この心(こころ)にてはいかでか生死(しやうじ)を離(はな)れんぞ」と恥(は)ぢしめけり。

現代語訳

東宮からの御返歌、

忘(わす)られず思(おも)ひ出(い)でつつ山人(やまびと)をしかぞ恋(こ)ひしきわれもながむる

私も忘れられず、懐かしい日々を思い出しながら、山人となったお前を恋しく思い、物思いにふけっている

という歌を頂き、涙がこぼれるのをおさえつつ過ごしているうちに、聖はこれを聞いて、「東宮から歌をたまわれば、仏にでもなれるというのか。そんな心持ちでは、どうやっても迷いの世界から離れられんぞ」と戒めた。

語釈
  • 生死(しやうじ):⦅仏教語⦆生・老・病・死の四つの苦しみに迷う世界。
  • 恥(は)ぢしむ:戒める。気を引きしめさせる。

「少納言統理、遁世の事」原文全文

 少納言せうなごん統理むねまさと聞きこえける人ひと、年としごろ、「世よを背そむかん」と思おもふ心こころざし深ふかかりしが、月つきくまなかりけるころ、心こころを澄すましつつ、つくづくと思おもひ居ゐたるに、山やま深ふかく住すまんことのなほせちに思おぼえければ、まづ家いへに、

「ゆするまうけせよ。ものへ行ゆかん」

 と言いひて、髪かみ洗あらひけづり、帽子ばうしなんどしける。

 気色けしきや知しりたりけん、妻つまなりける人ひと、心こころ得えて、さめざめとなむ泣なきける。されども、かたみにとかく言いふこともなくて、明あくる日ひ、うるはしきよそほひにて、その時ときの関白くわんぱくの御おんもとに詣まうでけり。

 「このこと、案内あんない聞きこえむ」とすれど、まうし入いる人ひともなし。やや久ひさしうありて、からうじて山里やまざとにまかりこもるべき暇いとままうせし間あひだに、

「しばし」

 とて、対面たいめんしたまひて、御念珠おんねんじゆたまはせて、

「後のちの世よには頼たのむぞ」

 とのたまひければ、涙なみだをおさへつつ、数珠ずずをばをさめて、拝はいしたてまつりて、出いでにけり。

 僧賀聖そうがひじりの室むろに至いたりて、本意ほいのごとく頭かしらおろしてけれど、つくづくとながめがちにて、勤つとめ行おこなふこともなし。物もの思おもへる様さまにて、常つねは涙なみだぐみつつ居ゐたりければ、聖ひじりのあやしみて、ゆゑを問とひけり。言いひやる方かたなくて、余あまりのままに、

「子こ生うみはべるべき月つきに当あたりたる女をんなのはべるが、思おもひ捨すてはべれど、さすがに心こころにかかりて」

 と言いふ。

 聖ひじりこれを聞ききて、やがて都みやこに入いりて、その家いへにおはして尋たづねたまふに、今いま、子こを生うみやらで、悩なやみ煩わづらふ折をりなりけり。聖ひじり祈いのりて生うませなんどして、人ひとに尋たづねつつ、うぶやしなひてなむ、乏ともしからぬほどにとぶらひたまひける。

 かくて、統理大徳むねまさだいとこ、ひと方かたは心こころやすくなりぬれど、三条院さんでうゐん、東宮とうぐうとまうしける時とき、つねに仕つかへたてまつりしことの忘わすれがたく思おぼえければ、たてまつれりける。

君きみに人ひとなれな習ならひそ奥山おくやまに入いりての後のちはわびしかりけり

 御おん返かへし、

忘わすられず思おもひ出いでつつ山人やまびとをしかぞ恋こひしきわれもながむる

 とてたまはりけるに、涙なみだのこぼれけるを、おさへつつ居ゐたりけるほどに、聖ひじり聞ききて、

「東宮とうぐうより歌うたたまはりたらん、仏ほとけにやはなるべき。この心こころにてはいかでか生死しやうじを離はなれんぞ」

 と恥はぢしめけり。

「少納言統理、遁世の事」現代語訳全文

 少納言統理と申し上げる人、ここ数年の間、出家遁世しようという意志が深かった方が、月が曇りなく美しい夜に、心を澄ませてしみじみと物思いにふけっているうちに、山深いところに住みたいという気持ちが、どうしようもなく切実にわきおこってきたので、まず家族に、

「洗髪の用意をせよ。しかるべきところへ行こうと思う」

 と言って、髪を洗い、くしで整えて、烏帽子などをかぶった。

 ただならぬ意志を感じたのか、妻である人は夫の心に気づいて、さめざめと涙を流して泣く。けれども、お互いに何か言うこともなく、夜が明けると統理は正装して、時の関白藤原道長卿の御もとに参上した。

 お暇乞いの取り次ぎを頼もうとするけれども、申し入れてくれる人もいない。かなり長いこと待って、ようやく、山里に下がって籠る旨のご挨拶を申し上げたところ、

「しばし待ちたまえ」

 と言って対面してくださり、御念珠をお与えになって、

「来世では頼りにしておるぞ」

 とおっしゃったので、涙をこらえながら数珠を大事にしまって、拝礼して退出した。

 僧賀聖の僧房に入って、かねてからの望み通りに頭を丸めたけれども、ついつい物思いにふけりがちで、仏道修行に身が入らない。物思いに沈んだ様子で、常に涙ぐみながら過ごしていたので、聖はどうしたのかと、その理由を尋ねた。統理はうまく言いようもなく、思い余るままに、

「子供が産まれる月に当たる妻がおりまして、思い捨てたことでございますが、さすがに心にかかりまして⋯⋯」

 と言う。

 聖はこれを聞いてすぐに都に入り、その家にいらっしゃって様子をお尋ねになると、今まさに、難産で苦しんでいる最中であった。聖は祈祷をして無事に産ませたりして、人に尋ねながら産後の儀式も行い、不足のない程度に見舞われた。

 こうして統理大徳は、この一件では心が軽くなったけれども、三条院が東宮でいらっしゃった時、いつもお仕え申し上げていたことが忘れがたく思われたので、和歌をお贈りした。

君きみに人ひとなれな習ならひそ奥山おくやまに入いりての後のちはわびしかりけり

人よ、わが君になれ親しむものではありません。奥山に入ってしまったあとは、わびしくてならないのですから

 東宮からの御返歌、

忘わすられず思おもひ出いでつつ山人やまびとをしかぞ恋こひしきわれもながむる

私も忘れられず、懐かしい日々を思い出しながら、山人となったお前を恋しく思い、物思いにふけっている

 という歌を頂き、涙がこぼれるのをおさえつつ過ごしているうちに、聖はこれを聞いて、

「東宮から歌をたまわれば、仏にでもなれるというのか。そんな心持ちでは、どうやっても迷いの世界から離れられんぞ」

 と戒めた。

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