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『発心集』第5巻(第48話~第62話)原文全文

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このページでは、鴨長明『発心集』第5巻(第48話~第62話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第5巻(第48話~第62話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

第48話 中ごろ、但馬守国挙が子に

 中なかごろ、但馬守たじまのかみ国挙くにたかが子こに、所ところの雑色ざつしき国輔くにすけといふ人ひとありけり。ある宮腹みやばらの半者はしたものを思おもひて、志こころざし深ふかかりけるころ、父ちちの但馬守たじまのかみにて下くだりければ、えさらぬことにて、はるかに行ゆきけり。一ひと日ひの絶たえ間まだにわりなく思おぼゆるを、立たち別わかれては、耐たへぬべくもあらねど、いかがはせむ。さまざまに語かたらひ置おきつつ、泣なく泣なく別わかれにけり。

 国くにに下くだりても、これよりほかに、心こころにかくることなし。京きやうの便たよりごとに文ふみをやれど、届とどかず。さはりがちにて返かへり事ことも見みず。いぶせくてのみ歳月さいげつを送おくる間あひだに、ことの便たよりに人ひとの語かたるを聞きけば、

「京きやうには人ひと多おほく病やみて、世よの中なか騒さわがしくなんある」

 と言いふにも、まづおぼつかなきことかぎりなし。

 かくしつつ、からうじて京きやうへ上のぼりたまひつ。しかありし宮みやの中なかを尋たづぬれば、

「はや、例れいならぬことありて、出いでたまひにき」

 と言いふ。使つかひ、むなしく帰かへりて、このよしを語かたるに、ふと胸むねふたがりて、何なにのあやめも思おぼえず。立たち帰かへり、ゆくへ尋たづねにやりたれど、知しる人ひともなし。すべき方かたなくて、心こころのあられぬままに、すずろに馬うまにうち乗のりて、うち出いでにけり。

 「西にしの京きやうの方かたにこそ知しる人ひとあるやうに聞ききしか」とばかり、ほのかに思おもひ出いでて、いづくともなく尋たづね歩ありくほどに、あやしげなる家いへの前まへに、この女をんなの使つかひし女めの童わらは立たてり。

 いとうれしくて、「もの言いはん」と思おもふほどに、隠かくるるやうにて、家いへの内うちへ逃にげ入いるを、馬うまより降おりて、入いりて、見みれば、この女をんなうちそばみて、髪かみをけづりてなむ居ゐたりける。

「あな、いみじくおはしけるは」

 とて、後うしろを抱いだきて、日ひごろのいぶせかりつることなむ、ねんごろに語かたらへど、いらへもせず、さめざめと泣なくよりほかのことなし。「われを恨うらむるなりけり」とあはれに、心こころ苦くるしう思おぼえて、涙なみだを抑おさへつつ、さまざまになぐさめ居ゐたり。

「さても、などかは後うしろをのみ向むけたまへる。いつしか、見みたてまつらんと思おもふに、今いまさへいぶせく」

 とて、引ひき向むけんとするに、いとど泣なきまさりて、さらに面おもてを向むかへず。

「あな、いみじ。心こころ深ふかくもおぼし入いりたるかな」

 とて、しひて引ひき向むくれば、二ふたつの眼まなこなし。木きの節ふしの抜ぬけたるごとくにて、すべて目めも当あてられず。

 心こころまどひ、とばかりものも言いはれぬを、念ねんじて、

「さても、いかなりしことぞ」

 と問とふ。主ぬしは音ねをのみ泣なきて、ともかくも言いはねば、ありつる女めの童わらはなん泣なく泣なくことのありしやうを語かたりける。

「御おん下くだりの後のち、しばしは、御おん文ふみもなどかあるかと人ひと知しれず待まちたまひしかど、さらに御おんおとづれもなくて、一年二年ひととせふたとせ過すぎにしかば、ものをのみおぼして、明あかし暮くらしたまひし間あひだに、御おん病やまひ付つきたまひて、宮みやを出いでたまひき。親したしき御おんあたりにも、便たより悪あしきことどもありて、さるべき所ところもはべらざりしかば、これにてあつかひたてまつりしほどに、はかなくて息いき絶たえにき。今いまは置おきたてまつりてもかひなしとて、この前まへの野のに置おきたてまつりしほどに、日中につちゆうばかりありてなむ、思おもひのほかに生いき返かへりたまひにし。その間あひだに、烏からすなどのしわざに、はやくゆひかひなきことになりてはべれば、とかくまうすばかりなし。わざとも尋たづねたてまつるべきにてこそはべりしかど、この御おんありさまの心憂こころうさに、今いまはいかで世よにあるものと、人ひとに知しられじと深ふかくおぼしたるもことわりなれば、隠かくれたてまつらんとつかまつるなり」

 と、涙なみだをおさへつつ語かたるを聞きくに、心憂こころうく悲かなしきことかぎりなし。

 「何なにの報むくひにて、かかる目めを見みるらん」と、「今いまはこの世よの限かぎりにこそありけれ」とて、やがて、これより比叡ひえの山やまへ登のぼり、甘露寺かんろじの教静僧都けうじやうそうづの房ばうに、慶祚けいその弟子でしにて、真言しんごんの秘法ひほふを伝つたふ。唐房たうばうの法橋行因ほつけうぎやういんといふはこの人ひとなり。山王さんわうに会あひたてまつりて、灌頂くわんぢやうしたてまつりける人ひとなり。

 この人ひと初はじめて山やまへ登のぼりける時とき、われもはかばかしう道みちも知しらず、しるべする人ひともなかりければ、人ひとに問とひつつ、たどるたどる行ゆきけるを、水飲みづのみといふ所ところにて、檀那僧都覚運だんなそうづかくうんといふ人ひと行ゆき会あひて、いとあやしく、ことのさまを見みるに、

「出家しゆつけしに登のぼる人ひとにこそ。いみじう、智恵ちゑかしこき眼まなこ持もちたる人ひとかな。いづくへ行ゆくぞみよ」

 とて、人ひとをつけやりてけり。

 使つかひ、返かへり来きて、

「しかじか、甘露寺かんろじ僧都そうづのもとへ入いりぬ」

 と言いひければ、

「さればこそ。あはれ、いみじかりつる智者ちしやを、慈覚じかくの門人もんじんになさで、智証ちしようの流ながれへやりつる、口くち惜をしきことなり」

 とのたまひける。

 この人ひと真言しんごん習ならひ初はじめけるころ、師しの大阿闍梨だいあじやりの、「こころみん」とや思おもはれけん、

「男をとこにては、物ものの真似まねをよくしたまひて、をかしき方かたに、人ひとに興きやうぜられけりと聞ききつるなり。千秋万歳せんずまんざいしたまへ。見みん」

 と言いはれければ、またこともなく、

「うけたまはりぬ」

 とて、経きやうの帙紙つつみがみのありけるを、頭かしらにうちかづきて、めでたく舞まうたりければ、阿闍梨あじやり涙なみだを落おとして、

「さだめて、否いなびすらんとこそ思おもひつるに、まことの道心者だうしんじやなりけり。いと貴たふとし」

 とぞ、讃ほめたまひける。

第49話 中ごろ、朝夕御門につかうまつる男

 中なかごろ、朝あした夕ゆふ御門みかどにつかうまつる男をとこありけり。優いうなる女をんなを語かたらひて、年としごろ住すみ渡わたりけるほどに、心こころ移うつる方かたやありけん、宮仕みやづかへにことよせて、やうやうかれがれになり行ゆくを、「心こころの外ほかの絶たえ間まか」と思おもふほどに、つひに通かよはずなりにければ、女をんなことに触ふれつつ、心細こころぼそく思おもひ歎なげきつつ、年月としつきを送おくる間あひだに、男をとこことのたよりありて、女をんなの門かどの前まへを過すぎけり。

 そこなる人ひと、見みあひて、

「ただ今いま、殿とのの、御前ごぜんをこそこれより過すぎたまひつれ。さすがに、さる所ところありとはおぼし出いづるめり。物見ものみよりなん、見み入いれたまひつる」

 と語かたる。これを聞ききて、

「聞きこゆべきことはべり。入いりたまひなむやとまうせ」

 と言いふ。

「過すぎたまひぬるものを、やは帰かへりたまはんずる」

 と言いひながら、走はしりつきて、この由よしを聞きこゆ。「あやしく、何事なにごとにか」と思おぼえながら、これをさへ聞きき過すぐべきならねば、止とまりぬ。

 門かどよりさし入いりて、見みれば、草くさ深ふかく茂しげりて、ありしにもあらず、荒あれたる庭にはの気色けしきを見みるより、何なんとなくあはれ深ふかくなむまさりける。わが身みのとが思おもひ知しられて、いかにぞや、すずろはしき様さまに思おぼゆるを、女をんなは今いまさら心こころ浮うきたる気色けしきなし。もとよりかくて居ゐたりける様さまにて、脇息けふそくにおしかかりて、法華経ほけきやうを読よみたまひつる。

 物もの思おもひけるさまながら、少すこしおもやせたるものから、いと清きよげに、らうたげなる形かたち、姿すがた、髪かみのこぼれかかる様さまなど、もと見みし人ひととも思おぼえず、たぐひなく見みゆるに、「何なにのものの狂くるはしにて、この人ひとにものを思おもはせけん」と、日ひごろの心こころ苦くるしさを思おもふにも、いとどあはれ浅あさからず。心こころならぬことのありさまなど、ねんごろに語かたりける。

 女をんな「もの言いはん」と思おもへる気色けしきながら、いらへもせねば、経きやう読よみ果はててと思おもふなるべし。いぶせく心得こころえなく待まつほどに、

「於此命終即往安楽世界阿弥陀仏ここにおいてみやうじゆうしてすなはちあんらくせかいのあみだぶつのみもとにゆく」

 といふ所ところを、繰くり返かへし二に度ど三度さんど読よみて、やがて寝ね入いるがごとくにて、居ゐながら息いき絶たえにけり。

 この男をとこの心こころいかばかりなりけむ。男をとことはなにがしの弁べんとかや聞ききしかど、名なは忘わすれにけり。

 人ひとを恋こひては、あるいは望夫石ばうふせきと名なをとどめ、もしはつらさの余あまりに、悪霊あくりやうなんどになれるためしも聞きこゆ。いかにも罪つみ深ふかき習ならひのみこそはべるに、それを往生わうじやうの縁えんとして、思おもふやうに終をはりにけん、いとめでたかりける心こころなるべし。

 あはれ、これをためしにて、この世よにも物もの思おもふ人ひとの往生わうじやうを願ねがふことにてはべらば、いかに心こころかしこからん。たとひ、同おなじ心こころなる中なかとても、幾いく世よかはある。楊貴妃やうきひはむなしく比翼ひよくの契ちぎりを残のこし、李夫人りふじんはわづかに反魂はんごんの煙けぶりにのみあらはれたり。いはんや、思おもはぬ人ひとのためには、ことにふれつつ、あはれも知しらんことわりもなし。思おもひあまりぬる時とき、富士ふじの嶺ねを引ひきかけ、海士あまの袖そでとかこちて、ねんごろに心こころの底そこをあらはせど、何なにのかひかはある。一人ひとり胸むねをこがし、袖そでをしぼるほどは、いみじくあぢきなくなむはべり。いかにいはんや、この世よ一ひとつにてやむべきことにてもあらず。その報むくひむなしからねば、来世らいせにはまた、人ひとの心こころを尽つくさすべし。

 かくのごとく、世々生々せぜしやうじやう、互たがひにきはまりなくして、生死しやうじのきづなとならんことの、いと罪つみ深ふかくはべるなり。このたび、思おもひ切きりて、極楽ごくらくに生うまれなば、憂うきもつらきも寝ねぬる夜よの夢ゆめに異ことらじ。立たち帰かへり、善知識ぜんちしきと悟さとりて、かれを導みちびかんことこそあらまほしくはべれ。もし、浄土じやうどにて、なほ尽つきがたきほどの恨うらみならば、その時とき、言いひ向むかへをもせよかし。

第50話 いづれの国とか、たしかに聞きはべりしかど

 いづれの国くにとか、たしかに聞ききはべりしかど、忘わすれにけり。ある所ところに、身みは盛さかりにて、おとなしき妻つまにあひ具ぐしたる男をとこありけり。この妻つま先さきの男をとこの子こをなむ一人ひとり持もちたりける。

 いかが思おもひけん、男をとこに言いふやう、

「われに暇いとまたべ。この内うちに一間ひとまあらん座敷ざしきに居ゐ、のどかに念仏ねんぶつなんどして居ゐたらん。さて外ほかの人ひとを語かたらはんよりは、これにある若わかき人ひとをあひ具ぐして、世よの中なかのこと沙汰さたせさせよ。さらにうとからん人ひとよりは、わがためにも良よからん。今いまは年としたかくなりて、かやうのありさま、ことにふれて本意ほいならず」

 と言いひければ、男をとこも驚おどろき思おもへり。娘むすめもあるまじきやうに言いひけれど、このことなほざりならず。

 ともすれば、まめやかにうちくどきつつ、言いふこと、たびたびになりぬ。

「さほど思おもはるることならば、うけたまはりぬ」

 とて、言いふがごとくして、奥おくの方かたに据すゑて、男をとこはままむすめなむ、あひ具ぐして住すみける。

 かくて、時々ときどきはさしのぞきつつ、

「何事なにごとか」

 など言いふ。ことにふれて、妻つまも男をとこもおろかならぬやうにて、年月としつきを送おくるほどに、ある時とき、男をとこものへいたる間あひだに、この妻つま母ははの方かたに行ゆきて、のどかに物語ものがたりなどするほどに、母ははいみじうもの思おもへる気色けしきなるを、心得こころえず思おぼえて、

「われには、何事なにごとをかは、隔へだてたまふべき。おぼされんことはのたまひあはせよ」

 と言いふ。

「さらに思おもふことなし。ただ、このほど、乱みだり心地ごこちの悪あしくて」

 など言いひまぎらかす様さま、ただならず怪あやしければ、なほなほ強しひて問とふ。

 その時ときに、母はは言いふやう、

「まことには、何事なにごとをか隠かくしまうさん。よに心憂こころうきことのありけり。この家いへの内うちのありさまは心こころよりおこりてまうし進すすめしことぞかし。されば、誰たれもさらさら恨うらみまうすべきこともなし。しかあるを、夜よるの寝覚ねざめなどに、傍かたはらの寂さびしきにも、ちと心こころのはたらく時ときもあり。また、昼ひるさしのぞかるる折をりもあり。人ひとの振舞ふるまひになりたるこそ思おもはざりしことかなれど、胸むねの中なか騒さわぐを、これ人ひとの科とがかは。あな、おろかの身みかなと思おもひ返かへしつつ過すぐれど、なほ、このことの深ふかき罪つみとなるにや。あさましきことなむある」

 とて、左ひだり、右みぎの手てをさし出いでたるを見みるに、大指おほゆび二ふたつながら蛇くちなはになりて、目めもめづらかに、舌したさし出いでてひろひろとす。

 娘むすめこれを見みるに、目めも暗くられ心こころも惑まどひぬ。また、ことも言いはず、髪かみおろして尼あまになりにけり。男をとこ帰かへり来きて、これを見みて、また法ほふ師しになりぬ。もとの妻つまもさまを変かへ、尼あまになりて、三人みたりながら同おなじ様さまに行おこなひてなむ過すぎける。朝あした夕ゆふ言いひ悲かなしみければ、蛇くちなはもやうやうもとの指ゆびになりにけり。後のちには、母ははは京きやうに乞食こつじきし歩ありきけるとかや。

「まさしく見みし」

 とて、古ふるき人ひとの語かたりしは近ちかき世よのことにこそ。

 女をんなの習ならひ、人ひとをそねみ、物ものをねたむ心こころにより、多おほくは罪つみ深ふかき報むくひを得うるなり。なかなか、かやうにあらはれぬることは悔くい返かへして、罪つみ滅ほろぶる方かたもありぬべし。つれなく心こころにのみ思おもひくづほれて、一生いつしやうを暮くらせる人ひとの強つよく地獄ぢごくの業ごふを作つくり固かためつるこそいと心憂こころうくはべれ。

 いかにもいかにも、心こころの師しとなりて、かつは前まへの世よの報むくひと思おもひなし、かつは夢ゆめの中なかのすさみとも思おもひ消けして、一念いちねんなりとも悔くゆる心こころを発おこすべきなり。ある論ろんには「人ひと、もし重おもき罪つみを作つくれども、いささかも悔くゆる心こころのあれば、定業ぢやうごふとならず」とこそはべるなれ。

第51話 中ごろ、片田舎に男ありけり

 中なかごろ、片田舎かたゐなかに男をとこありけり。年としごろ、心こころざし深ふかくて、あひ具ぐしたりける妻つま子こを生うみて後のち、重おもく煩わづらひければ、夫をつと、添そひ居ゐてあつかひけり。

 限かぎりなりける時とき、髪かみの暑あつげに乱みだれたりけるを、「結ゆひ付つけん」とて、傍かたはらに文ふみのありけるを、片端かたはしを引ひき破やりてなむ結むすびたりける。かくて、ほどなく息いき絶たえにければ、泣なく泣なくとかくの沙汰さたなどして、はかなく雲煙くもけぶりとなしつ。

 その後のち、あとのこと、ねんごろに営いとなむにつけて、なぐさむ方かたもなく、恋こひしく、わりなく思おぼゆること尽つきせず。「いかで今一度いまひとたび、ありしながらの姿すがたを見みん」と涙なみだにむせびつつ、明あかし暮くらす間あひだに、ある時とき、夜よいたう更ふけて、この女をんな寝所ねどころへ来きたりぬ。「夢ゆめか」と思おもへど、さすがに現うつつなり。嬉うれしさに、まづ涙なみだこぼれて、

「さても、命いのち尽つきて、生しやうを隔へだてつるにはあらずや。いかにして来きたりたまへるぞ」

 と問とふ。

「しかなり。うつつにてかやうに帰かへり来くることはことわりもなく、ためしも聞きかず。されど、今一度いまひとたび見みまほしく思おぼえたる心こころざしの深ふかきによりて、ありがたきことを、わりなくして来きたれるなり」

 そのほかの心こころの中なか、書かき尽つくすべからず。枕まくらをかはすことあり。世よにつゆ変かはらず。

 暁あかつき、起おきて、出いでざまに物ものを落おとしたる気色けしきにて、寝所ねどころをここかしこさぐり求もとむれど、何なんとも思おもひ分わかず。明あけはてて後のち、跡あとを見みるに、元結もとゆひ一ひとつ落おちたり。取とりて細こまかに見みれば、限かぎりなりし時とき、髪かみ結ゆひたりし反故ほんぐの破やぶれにつゆも変かはらず。この元結もとゆひはさながら焼葬はふりて、きとあるべきゆゑもなし。いとあやしく思おぼえて、ありし破やぶり残のこしの文ふみのありけるに、継つぎて見みるに、いささかもたがはず。その破やぶれにてぞありける。

「これは近ちかき世よの不思議ふしぎなり。さらに浮うきたることにあらず」

 とて、澄憲法師ちようけんほふしの、人ひとに語かたられはべりしなり。

 昔むかし、小野篁をののたかむらの妹いもうとの失うせて後のち、夜よな夜よなうつつに来きたりけるは、もの言いふ声こゑばかりして、さだかには手てに触さはるものなかりけるとぞ。

 大方おほかた、心こころざし深ふかくなるによりて、不思議ふしぎをあらはすこと、これらにて知しりぬべし。凡夫ぼんぶの愚おろかなるだにしかり。いはんや、仏菩薩ぶつぼさつのたぐひは「心こころをいたして見みんと願ねがはば、その人ひとの前まへにあらはれん」と誓ちかひたまへり。これを聞ききながら、行おこなひあらはして見みたてまつらぬは、わが心こころのとがなり。妻子さいしを恋こふがごとく恋こひたてまつり、名利みやうりを思おもふがごとく行おこなはば、あらはれたまはんこと、かたからず。心こころをいたすこともなくて、世よの末すゑなれば、ありがたし。「拙つたなき身みなれば、かなはじ」など思おもひて、退心たいしんをおこすは、ただ志こころざしの浅あさきよりおこることなり。

 ある人ひといはく、「かげろふといふ虫むしあり。妻夫めをとの契ちぎり深ふかきこと、もろもろの有情うじやうにすぐれたり。その証あかしをあらはさんとす。時ときにこの虫むし、妻夫めをとこれを捕とりて、銭ぜに二文にもんに別々べちべちに干ほし付つけ、さて市いちに出いだして、二ふたの銭ぜにをあらぬ人ひとに一ひとつづつこれを売うる。商人あきひと買かひ取とりつれば、とかく伝つたはること数かずも知しらず。しかあれども、その契ちぎり深ふかきによりて、夕ゆふべには必かならず元もとのごとく貫つらぬかれて行ゆき合あふ」と言いへり。このゆゑに、銭ぜにの一ひとつの名なをば「蜻蚊せいぶん」と言いふとぞ。

 虫むしの妹背いもせの契ちぎり、記しるして用事ようじなけれど、何なににつけても思おもふべし。われら、深ふかき志こころざしをいたして、「仏法ぶつぽふに値遇ちぐしたてまつらん」と願ねがはば、なじかは、かげろふの契ちぎり異ことならん。たとひ業ごふに引ひかれて、思おもはぬ道みちに入いるとも、折々をりをりには必かならずあらはれて、救すくひたまふべし。

第52話 近く、山の西塔の西谷に、南尾といふ所に

 近ちかく、山やまの西塔さいたふの西谷にしだにに、南尾みなみのをといふ所ところに、極楽房ごくらくばうの阿闍梨あじやりといふ人ひとありけり。かの住すみける坊ばうの、南尾みなみのをにとりて、北尾きたのをといふ方かたを見みやりて、上のぼり下くだる道みち、隠かくれなく見みゆる所ところにてなむありける。

 この阿闍梨あじやり念誦ねんじゆうちして、脇息けふそくに寄よりかかりて、ちとまどろみたる夢ゆめに、北尾きたのをよりゆゆしげに痩やせ枯がれたる牛うしに、物ものおほせて登のぼる人ひとあり。牛うしの舌したを垂たれて登のぼりかねたるを、髪かみ赤あかく縮ちぢみあがりたる小童こわらはの、眼まなこいとかしこげなるがつきて、後しりになり、前さきになり、走はしりめぐりて、これを押おし上あげ、助たすけつつ登のぼるあり。あやしく、ただ人ひととも思おぼえず、「童わらは、あな何者なにものならん」と思おもふほどに、そばに人ひとありて言いふやう、

「あれは、生々しやうじやうに加護かごの誓ちかひをたがへじとてなり」

 と言いふと見みて驚おどろきぬ。

 うつつに見みやれば、見みえつるやうに少すこしもたがはず。かの牛うし、物ものを負おひて登のぼるありつるに、赤頭あかがしらの童わらはは見みえず。

 これを思おもふに、この牛うしの先さきの世よに、不動ふどうの持者ぢしやにてありけるにこそ。因果いんぐわのことわり、限かぎりあれば、業ごふによりて、畜生ちくしやうとなりにけると、なほ捨すてがたくて、かく後前しりさきに立たちつつ助たすけたまふにこそ。

 いといみじう、あはれに貴たふとく思おぼえければ、

「小法師こぼふし、物ものに米こめ入いれて、ちと持もちてこよ」

 と言いひ捨すて、走はしり向むかひて、牛うしをしばし留とどめて、食くひ物ものをなむ与あたへりける。

 仏ほとけの御おん誓ちかひのむなしからぬこと、かくのごとし。「世々生々せぜしやうじやうに値遇ちぐしたてまつらん」と願ねがふべし。

第53話 少納言公経といふ手書ありけり

 少納言公経せうなごんきんつねといふ手書てかきありけり。県召あがためしのころ、心こころの内うちに願ねがひを発おこして、「もし、ことよろしき国くにたまはりなば、寺てら作つくらん」と思おもひけるを、河内かはちといふあやしの国くにの守かみになりたりければ、本意ほいなく思おぼえて、「さらば、古ふるき寺てらなどをこそは修理しゆりせめ」と思おもひて、国くにに下くだりにけり。

 さて、その国くにの中なかに、ここかしこ見み歩ありきけるに、ある古ふるき寺てらの仏ほとけの座ざの下したに文ふみの見みえけるを、披ひらきて見みれば、「沙門しやもん公経きんつね」と書かけり。怪あやしみて、細こまかに見みれば、「来こん世よにこの国くにの守かみとなりて、この寺てらを修理しゆりせん」といふ願ねがひを立たてたる文ふみにてなんありける。

 これを見みて、「しかるべかりけること」と思おもひ知しりて、望のぞみの本意ほいならぬことをもいさめつつ、信しんをいたして修理しゆりしける。書かきたる文ふみ字じの様さまなども、今いまの手てにつゆほども変かはらず似にたりけり。伏見ふしみの修理大夫しゆりのかみのやうに、昔むかし、同おなじ名なを付つけるなりけり。

 われも人ひとも、先さきの世よを知しらねばこそはあれ。何事なにごともこの世よ一ひとつのことにてははべらぬを、むなしく心こころをくだき、走わしり求もとめて、かなはねば、神かみをそしり、仏ほとけをさへ恨うらみたてまつるは、いみじう愚おろかなり。

 かつは、願ねがひの昔むかしにたがはぬにて、願ねがひとしてなるべきことを知しるべし。

第54話 少納言統理と聞こえける人

 少納言せうなごん統理むねまさと聞きこえける人ひと、年としごろ、「世よを背そむかん」と思おもふ心こころざし深ふかかりしが、月つきくまなかりけるころ、心こころを澄すましつつ、つくづくと思おもひ居ゐたるに、山やま深ふかく住すまんことのなほせちに思おぼえければ、まづ家いへに、

「ゆするまうけせよ。ものへ行ゆかん」

 と言いひて、髪かみ洗あらひけづり、帽子ばうしなんどしける。

 気色けしきや知しりたりけん、妻つまなりける人ひと、心こころ得えて、さめざめとなむ泣なきける。されども、かたみにとかく言いふこともなくて、明あくる日ひ、うるはしきよそほひにて、その時ときの関白くわんぱくの御おんもとに詣まうでけり。

 「このこと、案内あんない聞きこえむ」とすれど、まうし入いる人ひともなし。やや久ひさしうありて、からうじて山里やまざとにまかりこもるべき暇いとままうせし間あひだに、

「しばし」

 とて、対面たいめんしたまひて、御念珠おんねんじゆたまはせて、

「後のちの世よには頼たのむぞ」

 とのたまひければ、涙なみだをおさへつつ、数珠ずずをばをさめて、拝はいしたてまつりて、出いでにけり。

 僧賀聖そうがひじりの室むろに至いたりて、本意ほいのごとく頭かしらおろしてけれど、つくづくとながめがちにて、勤つとめ行おこなふこともなし。物もの思おもへる様さまにて、常つねは涙なみだぐみつつ居ゐたりければ、聖ひじりのあやしみて、ゆゑを問とひけり。言いひやる方かたなくて、余あまりのままに、

「子こ生うみはべるべき月つきに当あたりたる女をんなのはべるが、思おもひ捨すてはべれど、さすがに心こころにかかりて」

 と言いふ。

 聖ひじりこれを聞ききて、やがて都みやこに入いりて、その家いへにおはして尋たづねたまふに、今いま、子こを生うみやらで、悩なやみ煩わづらふ折をりなりけり。聖ひじり祈いのりて生うませなんどして、人ひとに尋たづねつつ、うぶやしなひてなむ、乏ともしからぬほどにとぶらひたまひける。

 かくて、統理大徳むねまさだいとこ、ひと方かたは心こころやすくなりぬれど、三条院さんでうゐん、東宮とうぐうとまうしける時とき、つねに仕つかへたてまつりしことの忘わすれがたく思おぼえければ、たてまつれりける。

君きみに人ひとなれな習ならひそ奥山おくやまに入いりての後のちはわびしかりけり

 御おん返かへし、

忘わすられず思おもひ出いでつつ山人やまびとをしかぞ恋こひしきわれもながむる

 とてたまはりけるに、涙なみだのこぼれけるを、おさへつつ居ゐたりけるほどに、聖ひじり聞ききて、

「東宮とうぐうより歌うたたまはりたらん、仏ほとけにやはなるべき。この心こころにてはいかでか生死しやうじを離はなれんぞ」

 と恥はぢしめけり。

第55話 中納言顕基は大納言俊賢の息

 中納言ちゆうなごん顕基あきもとは大納言俊賢だいなごんとしかたの息そく。後一条ごいちでうの御門みかどに時ときめかし仕つかへたまひて、若わかうより司つかさ、位くらゐにつけて恨うらみなかりけれど、心こころはこの世よのさかえを好このまず、深ふかく仏道ぶつだうを願ねがひ、菩提ぼだいを望のぞむ思おもひのみあり。常つねのことぐさには、かの楽天らくてんの詩しに、「古墓こぼ、何いづれの世よの人ひと。知しらず姓せいと名なと。化くわして路傍ろばうの土つちと為なつて、年々ねんねん春草しゆんさう生おひたり」といふことを口くちづけたまへり。いといみじき数寄人すきびとにて、朝あした夕ゆふ琵琶びはを弾はじきつつ、「罪つみなくして罪つみをかうぶりて、配所はいしよの月つきを見みばや」となむ願ねがはれける。

 かの後一条ごいちでう、隠かくれましましたりける時とき、歎なげきたまふさま、ことわりにも過すぎたり。御所ごしよのありさまいつしかあらぬことになりて、はてには、火ひをだにも灯ともさざりけるを、尋たづねたまひければ、

「諸司しよしみな、今いまの御おんことをつとむる間あひだに、つかうまつる人ひとなし」

 と聞きこえけるに、いとど世よの憂うさ思おもひ知しられて、さるべき人ひと、みな御門みかどの御方おかたへまゐりけれど、

「忠臣ちゆうしんは二君にくんに仕つかへず」

 と言いひて、つひにまゐらず。

 御おん忌いみの中なかのわざなど、つかうまつりて、やがて家いへを出いでたまふ。その年としごろの上君達うへきんだち、袖そでをひかへて、別べつを悲かなしみけれど、さらにためらふ心こころなかりけり。

 横川よかはに登のぼりて、頭かしらおろして、こもりたまへりけるとき、上東門院じやうとうもんゐんより問とはせたまひたりければ、

世よを捨すてて宿やどを出いでにし身みなれどもなほ恋こひしきは昔むかしなりけり

 とぞ聞きこえたまひける。

 後のちには大原おほはらに住すみて、二心ふたごころなく行おこなひたまひけるを、時ときの一ひとの人ひと、貴たふとく聞ききたまひて、忍しのびつつ、彼かれの室しつに渡わたりたまひて、対面たいめんしたまへることありけり。宵よひより御おん物語ものがたりなど聞きこえて、暁あかつきにそよふけて、この世よのこと、一ひと言葉ことばも言いひまぜたまはず。いとめでたく貴たふとくおぼされて、導みちびきたまふべきことども、返かへす返かへす契ちぎり聞きこえて、今いま帰かへりなんとしたまひける時とき、

「さても、渡わたりたまへる、いとかしこまりはべり。俊賢としかたは不覚ふかくのものにてはべるなり」

 とてなむ、まうしたまひける。

 その時ときは、何なんとも思おもひ分わきたまはず。帰かへりたまひて、このことを案あんじたまふに、「させるついでもなかりき。よも、わが子このため、悪あしきさまのこと言いはんとてはのたまはじ。すぐれたることなくとも、見み放はなたず、方人かたうどせよとこそはあらめ。世よを背そむくといへども、なほ恩愛おんあいは捨すてがたきものなれば、思おもひ余あまられたるにこそ」と、あはれにおぼされて、その後のち、ことにふれつつ引ひき立たて取とりまうしたまひければ、みなしごなれど、早はやく大納言だいなごんまでぞのぼりにける。「美濃みのの大納言だいなごん」と聞きこゆるは、この君きみなりけり。

第56話 兵部卿致平親王の御子成信中将と

 兵部卿致平親王ひやうぶきやうむねひらしんわうの御子みこ成信中将なりのぶのちゆうじやうと、堀川右大臣ほりかはのうだいじんの子こにて重家しげいへの少将せうしやうと聞きこえける人ひと時ときにとり世よにとりて、たぐひなき若人わかひとなりければ、照てる中将ちゆうじやう、光ひかる少将せうしやうとて、同おなじさまにぞ言いはれたまひける。この二人ふたり同おなじ時ときに心こころを発おこして、世よを背そむかんことを言いひ合あはせたまふ。心こころざしは一ひとつなれど、発心ほつしんのおこりは異ことなりけり。

 少将せうしやうは時ときの一ひとの人ひとの重おもくわづらひたまひけるに、そのかげに隠かくれたる人ひとの憂うれへあるさまを受うけとりたまふべき方かたの、御おんゆかりの人ひとの気色けしきなどを見みたまひけるに、「惜をしむもそねむも、心憂こころうき習ならひなり」とおぼしけるより、おのづから厭いとふこととなりにけり。

 中将ちゆうじやうは斉信ただのぶ、公任きんたふ、俊賢としかた、行成ゆきなりなど聞きこえて、いみじかりける人々ひとびと、陣ぢんの座ざにて、朝あしたのさだめども、折をり折をり才覚さいかくを吐はきて、いみじかりけるを立たち聞ききて、「司つかさ、位くらゐは高たかく昇のぼらんと思おもはば、身みの恥はぢを知しらぬにこそありけれ。この人々ひとびとには、いかにも及およぶべくもあらず。さて、世よにありては、いかにかはせん。かの世よを願ねがふべかりけり」と思おもひ取とりたまひけるなり。

 この二人ふたりその日ひと定さだめて、

「三井寺みゐでらの慶祚阿闍梨けいそあじやりのもとへ行ゆき会あはん」

 と契ちぎりたまへり。重家しげいへの君きみ、遅おそく見みえければ、夜よに入いるまで待まちかねて、「おのづから思おもひわづらふことのあるなめり」と本意ほいなくおぼしながら、一人ひとり、阿闍梨あじやりの室しつに至いたりて、

「頭かしらおろさん」

 と聞きこゆ。

 阿闍梨あじやり

「あたらしき御おん様さまなるのみにあらず、名な高たかくおはするの身みなれば、便びんなくはべりなむ」

 とて、いなびまうしければ、あからさまに立たち出いづる様さまにて、みづから髪かみを切きりて、

「かくなむまかりなりたる」

 とありける時ときぞ、ゆひかひなくて、許ゆるし聞きこえける。

 かくて、暁あかつき、帰かへらんとしたまひける時とき、露つゆにそぼぬれつつ、重家少将しげいへのせうしやうおはしたり。

「いかに、遅おそは。夜よ更ふくるまで待まちたてまつりしかど、もし、ためらひたまふことなどのはべるかとて、先さきになんつかまつりたる」

 とありければ、

「さやうに契ちぎり聞きこえて、いかでかは日ひをばたがへはべらん。おとどに暇いとま乞こひたてまつらでは、罪つみ得えぬべく思おもひたまへて、ついでをはからひはべりしかば、日ひをたがへじとて、夜よべ元結もとゆひをば切きりはべり」

 とてなむ、見みせたまひける。

 中将ちゆうじやうは二十三にじふさん、少将せうしやうは二十五にじふごとぞ。さしもすぐれ、さるべき人ひとだにもあたらしかるべきを、かく同おなじ心こころにて、形かたちをやつしたまひつれば、阿闍梨あじやり涙なみだを落おとしつつ、かつは惜をしみ、かつはあはれみけり。

 この少将せうしやうまづ元結もとゆひを切きりて、やはらかぶりをして、暗くらきまぎれに、父ちちの大臣だいじんに暇いとまを乞こひたまひければ、おのづからその気色けしきやあらはれたりけん、

「いかに言いふとも、とまるべき様さまにも見みえざりしかば、えとどめずなりにき」

 とぞ、のたまひける。

 また、多武峰たふのみねの入道高光少将にふだうたかみつせうしやうは兄あにの一条いちでうの摂政せつしやうの、ことにふれつつあやまり多おほくおはしけるを見みたまひて、「世よにあるは恥はぢがましきことにこそ」とて、これより心こころを発おこしたまひけるとなむ。

 人ひとの賢かしこきにつけても、愚ぐなるにつけても、まことの道みちを願ねがふ頼たよりとなりにけんこそ、げにあらまほしくはべれ。

第57話 花園左大臣は御形、心用ゐ、身の才

 花園左大臣はなぞののさだいじんは御形みかたち、心用こころもちゐ、身みの才ざえ、すべて欠かけたることなく、ととのほりたまへる人ひとなり。近ちかき王孫わうそんにいます。かかりければ、かくただ人ひとになりたまへることを、人ひとも惜をしみたてまつる。わが御心みこころにもおぼし知しりて、御おん喜よろこびなるべきことをも、その気色けしき、人ひとに見みせたまふことなかりけり。

 もし、つかうまつり人ひとの中なかに、男をとこも女をんなも、おのづから心こころよげにうち笑わらひなどするをも、

「かかる宿世すくせつたなきあたりにありながら、何なにごとの嬉うれしき」

 など、聞きき過すぐさず、はしためたまひければ、初春はつはるの祝いはひごとなどをだに、思おもふばかりえ言いはぬ習ならひにてなむありける。

 春はるは内うちわたりも、なかなかうるはしければ、身みに才ざえあるほどの若わかき人ひとは、ただこの殿とのにのみ詣まうで集あつまりて、詩歌管絃しいかくわんげんにつけつつ、心こころをなぐさむることひまなし。上うへの御兄達せうとたちはたいます。朝あした夕ゆふといふばかりさぶらひたまひければ、おほいどのなどまうすばかりこそあれ、さるべき色々いろいろの御おんもてなしに変かはらず、あかぬことなく見みえけれど、すべて身みを憂うきものに深ふかくおぼし取とりて、常つねには、「物もの思おもへる人ひとぞ」とぞ見みえたまひける。

 いづれの時ときにかありけん。京きやうより八幡やはたへ、徒歩かちより、御束帯おんそくたいにて、七夜ななよまゐりたまふことありけり。別当光清べつたうみつきよこのことを聞ききて、大おほきに御おんまうけ用意よういして、御おん気色けしきしたまひけれど、

「このたびはことさらに立たち宿やどるかたなくて詣まうでなんと思おもふ心こころざしあれば、えなん立たち入いるまじき」

 とて、寄よりたまはざりけり。

 七夜ななよに満まんじて、帰かへりたまひけるに、算豆さんづといふ所ところにおいて、御おん望のぞみかなふべきよしの歌うたたてまつりたれば、返かへしはしたまはず、

「これ御おん神かみのおほせなり」

 とて、御おん袋ふくろに納をさめて、帰かへさに、乗のりたまふ御おん馬うまをぞ、鞍くら置おきながらたまはせける。

 御供おんともにつかうまつる人ひと「いかばかりなる御おん望のぞみなれば、かく徒歩かちにて夜よを重かさねつつ詣まうでたまふらん」と、ありがたく思おぼえて、「いかにもただごとにはあらじ。大菩薩だいぼさつは現人神あらひとがみとまうす中なかにも、昔むかしの御門みかどにおはします。限かぎりある御おん氏しの、絶たえたまひぬること、おほせらるるにや」とまで、おぼつかなく思おもひけるに、御幣みてぐらの役えきすとて、近ちかくさぶらひけるに聞ききければ、忍しのびつつ、

「臨終正念りんじゆうしやうねん、往生極楽わうじやうごくらく」

 とまうさせたまひけるにぞ、かなしくも、また、めでたくも思おぼえける。

 まことに、御門みかどの御おん位くらゐをやむごとなけれど、つひには、刹利せつりも須陀しゆだも変かはらぬ習ならひなれば、往生極楽わうじやうごくらくの常つねのことにはしかずとなん。

第58話 河内国に、目聖とて、貴き人ありけり

 河内かはち国のくにに、目聖もくしやうとて、貴たふとき人ひとありけり。

 御堂入道殿みだうにふだうどの、法成寺ほふじやうじ作つくりたまひて、御供養ごくやうありける日ひ、まゐりて拝をがみけるに、事ことの儀式ぎしき、仏前ぶつぜんの飾かざり、まことに心こころも及およばず。

 宇治殿うぢどの、その時ときの関白くわんぱくにて、こと行おこなひておはします。座ざに肩かたならぶべき人ひともなく、めでたく見みえければ、「人界にんがいに生うまれるとならば、一ひとの人ひとこそいみじかりけれ」と、ほどほどののしる。

 百司ひやくし、雲霞うんかのごとく囲繞ゐねうし、乱声らんしやうののしりて、至いたりたまふ時とき、「いみじ」と思おぼえる関白くわんぱく、ものならず思おぼえて、さきの思おもひをあらためて、「いかにも国王こくわうにはしかざりけり」と見みる間あひだに、金堂こんだうに入いらせたまひて、仏ほとけを拝をがみたてまつりたまひける時ときなむ、「なほし、仏ほとけぞ上うへもなくおはしましける」と思おぼえて、いとど道心だうしんを固かためたりける。

 かの妙荘厳王めうしやうごんわうのたぐひにことならず。いと賢かしこき思おもひはかりなるべし。

第59話 ある上人のものへまかりける道に

 ある上人しやうにんのものへまかりける道みちに、乞児こつじ三人みたりばかり行ゆきつれたりけるが、おのが友とも、物語ものがたりするを聞きけば、一人ひとりが言いふやう、

「近江あふみはゆゆしき運者うんじやかな。坂さかのまじらひして、いまだ三年さんねんにだに満みたぬに、宝鐸ほうちやく許ゆりたるはありがたきことぞかし」

 と言いへば、今いま一人ひとりがいはく、

「それは別べつの果報くわほうの人ひとぞ。口くち汚きたなくて言いふべからず」

 と言いふ。

「これを聞ききてこそ、わがさまを、仏菩薩ぶつぼさつのことにふれてはかなく見みたまふらんこと、思おもひ知しられて、あはれに恥はづかしく思おぼえはべりしか」

 と語かたりき。

 また、ある人ひと、片田舎かたゐなかに行ゆきて、いやしき家いへに宿やどを借かりて泊とまりけるに、この家いへの主あるじを見みれば、年とし八十余はちじふあまりにやあらん、頭かうべは雪ゆきのごとくして、膚はだへ黒くろく、皺しはたたみ、目めただれ、口くちすげうて、腰こしは二重ふたへにかがまりて、立たち居ゐる度たびに大おほきに苦くるしう、「いかにも今日けふ、明日あしたのことにこそ」と、いとほしく思おぼえて、これを勧すすめて言いふやう、

「なんぢ、老おいせまりて、残命ざんめい、今いまいくばくかはあらん。行歩ぎやうぶもかなはざれば、人ひとにまじるにつけても苦くるしからん。今いまは出家しゆつけうちして、念仏ねんぶつまうして、のどかにゐたれかし。さらば、後世ごせの楽たのしみもしかるべきのみにあらず、身みも安やすからん」

 と言いふ。

 翁おきなの言いふやう、

「まことに、今いまはさやうにこそつかまつるべきを、なるべき司つかさの一ひとつはべるによりて、たえぬ身みに、老おいの力ちからをはげみて、かくまでつかへはべるなり。われよりも、今いま三年さんねんがこのかみなる翁おきな、上臈じやうらふにてはべり。かれ、人ひとまねつかまつりなむ後のちは、必かならずその司つかさにまかりなるべければ、それまで待まちはべるなり」

 と言いひける。

 さやうの者もののなる司つかさ思おもふに、さばかりこそはあるらめ。そのことに執しふをとめて、「今いまや、今いまや」とまぼりをりけん。罪つみ深ふかく、あはれにこそはべれ。

 ただし、これらをうち聞きけば、愚おろかなるやうなれど、よく思おもへば、この世よの望のぞみ、高たかきも賤いやしきも、道みち同おなじ。われらがいみじく思おもひならはせる司つかさ、位くらゐも、これを上うへづ方かたに並ならぶれば、翁おきなが望のぞみにことならず。いはんや、天竺てんぢく、震旦しんたんの国王こくわう、大臣だいじんのありさまなどは喩たとへても言いふべからず。

 また、ある人ひといはく、「治承ぢしようのころ、世よの中なか乱みだれて、人ひと多おほく亡ほろび失うせはべりし時とき、敵かたきの方かたの人ひとを捕とへて、頸くびを斬きりに出いでまかるとて、ののしりあへるを見みれば、ことよろしき者ものにこそさすがに由よしありて見みゆるを、情なさけなくゆゆしげにして、追おひ立たちて行ゆく。地獄絵ぢごくゑに描ゑがける鬼人きじんにことならず。あな心憂こころう。よも、うつつ心こころあらじと、あはれにいとほしく見みゆるほどに、道みちに蕀むばらのあるを、踏ふまじとて、よきて行ゆかんとするを、見みる人ひと涙なみだ落おとしていはく、かばかりの目めを見みて、今いまいく時ときあるべき身みなれば、蕀むばらを踏ふまじと思おもふらんと、はかなく悲かなしみあへり」

 これまた、人ひとの上うへかは。われ世よの末すゑに及およびて、命いのち短みじかく果報くわほうつたなき時とき、わづかに人界にんがいに生うまれたりといへども、二仏にぶつの中間ちゆうげん闇やみ深ふかく、闘諍堅固とうじやうけんごの恐おそれはなはだし。ひま行ゆく駒こま、早はやく移うつり、羊ひつじの歩あゆみ、屠所としよに近付ちかづけば、終をはり今日けふとも知しらず、明日あしたとも知しらず。何なにの他念たねんかはあるべき。立たちても居ゐても、煩悩ぼんなうの敵あたのために繋縛けばくせられたることを悲かなしみ、寝ねても覚さめても、無常むじやうの剣つるぎのたちまちに命いのちを絶たたむこと、恐おそるべきぞかし。

 しかるを、むなしく塵灰ちりはひとなるべき限かぎりの身みを思おもふとて、露つゆの間あひだの貴賤きせんを憂うれへ、心こころを悩なやまし、名利みやうりをわしる。ただ、かの蕀むばらをよきけむ人ひととこそ思おぼえはべれ。

 大方おほかた、ひを虫むしの朝あしたに生うまれて、夕ゆふべに死しぬる習ならひも、必かならず、みなこれわが身みの上うへにあり。天てんの中なかに命いのち短みじかき四天王天してんわうてんを聞きけば、この世よの五十年ごじふねんをもつて一日一夜いちにちいちやとせり。わが国くにの、命いのち長ながしといふ人ひと、わづかに、この天てんの一日二日ひとひふつかにこそは当あたるらめ。いはんや、上うへざまの天てんに比くらぶれば、ただ時ときの間あひだといふべし。かかればとて、いづこかは、われらがひを虫むしを思おもへるに異ことなる。

 もろもろのこと、かくのごとく言いはば、とてもかくてもありぬべきこの世よなり。ただ、かの、「夢ゆめの中なかの有無うむは有無うむともに無むなり。まどひの前まへの是非ぜひは是非ぜひともに非ひなり」と言いへるが、めでたきことわりにてはべるなり。

 されば、禅仁ぜんにんといふ三井寺みゐでらの名僧めいそうの法印ほふいんになりたりける時とき、人ひと喜よろこび言いひたりける返かへりごとは「かの六欲四禅ろくよくしぜんの王位わうゐに見みえたる所ところなり。この小国辺鄙せうこくへんぴの位くらゐ、なんぞ愛あいするに足たらん」とこそ言いひたりけれ。智恵ちゑはなほかしこきものなり。

 大方おほかた、凡夫ぼんぶの習ならひ、いやしくつたなきことも、身みの上うへをば知しらず。このゆゑに、乞食こつじきかたゐ、名聞みやうもんを具ぐせり。めでたく、やむごとなきこととても、また、わが分ぶんに過すぎぬれば、望のぞむ心こころなし。民たみの王宮わうぐうを願ねがはざるがごとし。

 今いま、これを思おもひとくには、濁にごれる末すゑの世よの人ひと、極楽ごくらくを願ねがはぬは極きはめたることわりなり。かの国くにのありさま、衆生しゆじやうの楽たのしみ、ことにつけ、ものにふれて、何なにかはわれらが分ぶんになずらへたる。みな、心こころも言葉ことばも及およばぬことどもぞかし。

 しかあれば、もし、悲願ひぐわんを聞ききて、信しんをもおこし、いささか望のぞむ心こころもあらむ人ひとはこの世よ一ひとつのことにあらず。生々世々しやうじやうせぜに勤つとめたりける余波なごりとして、いかにも近付ちかづけることと、頼たのもしく思おもふべきなり。

第60話 近き世のことにや、年はたかくて

 近ちかき世よのことにや、年としはたかくて、貧まづしくわりなき男をとこありけり。司つかさなどあるものなりけれど、出いでつかふるたつきもなし。さすがに古ふるめかしき心こころにて、あやしき振舞ふるまひなどは思おもひよらず、世執せいしふなきにもあらねば、また、「頭かしらおろさん」と思おもふ心こころもなかりけり。常つねには居所ゐどころもなくて、古ふるき堂だうの破やぶれたるにぞやどりたりける。

 つくづくと年月としつき送おくる間あひだに、朝あした夕ゆふするわざとては、人ひとに紙かみ反故ほんぐなど乞こひ集あつめ、いくらも差図さしづを描ゑがきて、家いへ作つくるべきあらましをす。「寝殿しんでんはしかじか。門かどは何なにか」となど、これを思おもひはからひつつ、尽つきせぬあらましに心こころをなぐさめて過すぎければ、見み聞きく人ひとはいみじきことのためしになん言いひける。

 まことにあるまじきことをたくみたるははかなけれど、よくよく思おもへば、この世よの楽たのしみには、心こころをなぐさむるにしかず。一二町いちにちやうを作つくり満みてたる家いへとても、これを「いし」と思おもひならはせる人目ひとめこそあれ、まことには、わが身みの起おき臥ふす所ところは一二間いちにけんに過すぎず。そのほかはみな、親したしき疎うとき人ひとの居所ゐどころのため、もしは、野山のやまに住すむべき牛馬ぎうばの料りやうをさへ作つくりおくにはあらずや。

 かくよしなきことに身みを煩わづらはし、心こころを苦くるしめて、百千年ひやくせんねんあらんために、材木ざいもくを選えらび、檜皮ひはだ、瓦かはらを玉たま、鏡かがみと磨みがきたてて、何なにのせんかはある。主ぬしの命いのちあだなれば、住すむこと久ひさしからず。あるいは他人たにんの栖すみかとなり、あるいは風かぜに破やぶれ、雨あめに朽くちぬ。いはんや、一度ひとたび火事かじ出いで来こぬる時とき、年月としつきの営いとなみ、片かた時ときの間あひだに雲煙くもけぶりとなりぬるをや。

 しかあるを、かの男をとこがあらましの家いへは走わしり求もとめ、作つくり磨みがく煩わづらひもなし。雨あめ風かぜにも破やぶれず、火災くわさいの恐おそれもなし。なす所ところはわづかに一ひと紙かみなれど、心こころをやどすに不足ふそくなし。

 龍樹菩薩りゆうじゆぼさつのたまひけることあり、「富とめりといへども、願ねがふ心こころやまねば、貧まづしき人ひととす。貧まづしけれども、求もとむることなければ、富とめりとす」とはべり。書写しよしやの聖ひじり書かきとめたる言葉ことばに、「臂ひぢをかがめて枕まくらとす。楽たのしみ、その中なかにあり、何なにによりて、さらに浮雲ふうんの栄耀えいえうを求もとめん」とはべり。また、あるものには、「唐からに一人ひとりの琴ことの師しあり。緒をなき琴ことを間近まぢかく置おきて、しばしも傍かたはらを放はなたず。人ひと、怪あやしみて、ゆゑを問とひければ、われ琴ことを見みるに、その曲きよく心こころに浮うかべり。そのゆゑに、同おなじけれども、心こころをなぐさむることは、弾だんずるに異ことならずとなん言いひける」

 かかれば、なかなか目めの前まへに作つくり営いとなむ人ひとはよそ目めこそ、「あな、ゆゆし」と見みゆれど、心こころには、なほ足たらぬこと多おほからん。かの面影栖おもかげすみか、ことにふれて徳とく多おほかるべし。

 ただし、このこと、世間せけんの営いとなみに並ならぶる時ときは、かしこげなれど、よく思おもひとくには、天上てんじやうの楽たのしみ、なほ終をはりあり。壺つぼの内うちの栖すみか、いと心こころならず。いはんや、よしなくあらましに、むなしく一期いちごを尽つくさんよりも、願ねがはば必かならず得えつべき、安養世界あんやうせかいの快楽けらく、不退ふたいなる宮殿くうでん、楼閣ろうかくを望のぞめかし。

 はかなかりける希望けまうなるべし。

第61話 昔、大安寺に、栄好といふ僧ありけり

 昔むかし、大安寺だいあんじに、栄好えいかうといふ僧そうありけり。身みは貧まづしくて、老おいたる母ははを持もちたりければ、寺てらの中なかにすゑ置おきて、形かたちのごとく命いのちつぐほどのことをなんしけり。

 七大寺しちだいじの習ならひにて、居ゐたる僧そうの室むろに煙けぶり立たつることなし。外ほかにて飯はんをして、車くるまに積つみつつ、朝あした夕ゆふごとに僧坊そうばうの前まへより渡わたして配くばれば、栄好えいかうこれを受うけて、四よつに分わけて、一ひとつをば母ははにたてまつり、一ひとつをば乞食こつじきに取とらせ、一ひとつをばみづから食くふ。一ひとつをば、ただ一人ひとり使つかふ童わらはが料りやうに当あてたり。まづ、母ははに与あたへて、まゐる由よしを聞ききて後のち、みづからは食くふ習ならひにて、年としごろの次第しだいをたがへず。

 この栄好えいかうが房ばうの傍かたはらに、垣かきを一ひとつ隔へだて、勤操ごんさうといふ人ひと住すみけり。同心どうしんに相あひたのみたる人ひとにて、年としごろ、このことをありがたく見み聞きくほどに、ある時とき、壁かべを隔へだてて聞きけば、栄好えいかうが小童こわらは、忍しのびつつ泣なく声こゑあり。勤操ごんさう怪あやしく思おもひて、童わらはを呼よびて、

「何なにごとによりて泣なくぞ」

 と問とふ。答こたへて云いふやう、

「わが師し、今朝けさ、にはかに命いのち終をはりたまひぬれば、おのれ一人ひとりして、葬はうむりおさめたてまつらんこと、思おもひやる方かたなくてはべる上うへに、母ははの尼上あまうへ、また、いかにして命いのちつぎたまはんずらんと、悲かなしくはべるなり」

 と言いふ。

 勤操ごんさうこれを聞ききて、あはれに悲かなしきこと限かぎりなし。なぐさめ言いふやう、

「なんぢ、いたく歎なげくべからず。葬はうむらんことは、われもろともに今宵こよひの中なかにとかくしてんず。また、母ははをば、われ亡者まうじやにかはりて、わが分ぶんを分わけて養やしなはん」

 と言いふ。小童こわらはこれを聞ききて、悲かなしみの中なかに限かぎりなく思おぼえて、涙なみだをのごひつつ、さりげなき様さまにもてなせり。

 勤操ごんさうわが分ぶん、分わかちて、栄好えいかうが送おくるやうにて、童わらはに持もたせて、母ははのもとへ送おくる。母ははこのことを思おもひよらぬ気色けしきを見みるにつけても、涙なみだのみこぼるるを、とかくまぎらかしつつ、もの言いはずして、さし置おきて帰かへりぬ。暮くれぬれば、夜半やはんばかりに、勤操ごんさうと童わらはと二人ふたりして、栄好えいかうを持もちて、深ふかき山やまに送おくり置おきつ。

 母ははの尼公にこうさきざきに変かはれることもなければ、わが子この失うせたりしとも知しらずして、月日つきひを送おくるほどに、勤操ごんさうがもとに客人まらうど来きて、酒さけなど飲のむことありけり。何なんとなくまぎれて、さきざき飯いひ送おくる時とき過すぎにけれど、親子おやこの間あひだならねば憚はばかりにて、童わらは言いひ出いださず。

 やや久ひさしくありて後のち、送おくりたるに、母ははの尼公にこう言いふやう、

「など、例れいよりは遅おそかりつるぞ。年老としおいぬる身みは胸むねしはり、心地ここちたがひて、例れいにも似にず思おぼゆるなり」

 と言いふを聞ききて、この童わらは言いふかひなく涙なみだ落おとして、忍しのぶとすれど、声こゑも惜をしまず泣なき居ゐたり。

 母はは心こころも得えず思おぼえて、なほなほ強しひ問とふに、つひに隠かくすべきことならねば、事ことのありさま、初はじめより語かたる。

「やがてもまうすべかりしかども、年としたけたる御身おんみには、もし、歎なげきに堪たへず、引ひき入いりたまふこともぞはべるとて、今いままでまうさざりつるなり。このめし物ものをば、子こ御坊ごばうの同法どうほふのおはするが、ありしやうを問とひ聞ききて、失うせたまひし日ひより、わが分ぶんを分わかちたてまつらるるなり。今日けふ、客人まらうどの来きたりて、酒さけなどまゐりつるほどに、心こころならず日ひたけてはべるなり。されど、御子みこならばこそは、いかにもとも勧すすめん。さすがに憚はばかり思おもひたまひて」

 など、言いひやらず泣なく。

 母はは聞きくままに倒たふれ伏ふして、泣なき悲かなしみていはく、

「わが子こははかなく失うせたまひにしを、知しらずしてはべるにや。来きたる夕ゆふべにや見みゆると待まちけるこそ、いとはかなけれ。今日けふの食くひ物ものの遅おそかりつるを、あやしめざらましかば、わが子このありなしも知しらまじ」

 と言いひて、たちまちに絶たえ入いりぬ。

 また、勤操ごんさうこれを聞ききて、岩淵寺いはぶちでらといふ山寺やまでらにて、葬はうむり進すすめて、七日七日なぬかなぬかには鉢はちをまうけて法華経ほけきやうを説とき、もろもろの衆しゆに言いひ合あはせつつ、四十九日法事しじふくにちほふじにて、懈怠けたいなくなんつとめける。

 その後のち、年としに一度ひとたびの忌日きじつごとに、同法どうほふ八人はちにん、力ちからを合あはせて、「同法八講どうほふはちかう」と名付なづけて、延暦十五年えんりやくじふごねんより始はじめたりけるを、「岩淵寺いはぶちでらの八講はちかう」と名付なづけたり。八講はちかうのおこりこれよりはじめて、所々ところどころに行おこなふこと、今いまに絶たえず。

 さて、勤操ごんさうは、おほやけのわたくし、貴たふとき聞きこえありければ、失うせて後のち、僧正そうじやうの司つかさなん送おくりたまはりける。

第62話 山に、正算僧都といふ人ありけり

 山やまに、正算僧都しやうさんそうづといふ人ひとありけり。わが身み、いみじく貧まづしくて、西塔さいたふの大林だいりんといふ所ところに住すみけるころ、歳としの暮くれ、雪ゆき深ふかく降ふりて、問とふ人ひともなく、ひたすら煙けぶり絶たえたる時ときありけり。京きやうに母ははなる人ひとあれど、たえだえしき様さまなれば、なかなか心こころ苦くるしうて、「ことさら、このありさまをば聞きかれじ」と思おもへりけるを、雪ゆきの中なかの心細こころぼそさをや推おし量はかりけん、もしまた、ことの便たよりにや漏もれ聞きこえけん、ねんごろなる消息せうそこあり。都みやこだに跡あとたえたる雪ゆきの中なかに、雪ゆき深ふかき峰みねの住居すまひの心細こころぼそさなど、常つねよりも細こまやかにて、いささかなる物ものを送おくりつかはされけり。

 思おもひ寄よらざるほどに、いとありがたく、あはれに思おぼゆる中なかにも、この使つかひの男をとこのいと寒さむげに、深ふかき雪ゆきを分わけ来きたるがいとほしければ、まづ火ひなどたきて、この持もち来きたる物ものして食くはす。

 今いま食くはんとするほどに、箸はしうち立たて、はらはらと涙なみだを落おとして、食くはずなりぬるを、いとあやしくて、ゆゑを問とふ。答こたへて言いふやう、

「このたてまつりたまへる物ものはなほざりにて出来できたる物ものにてもはべらず。方々はうはう尋たづねられつれどもかなはで、母御前ははごぜんのみづから御おんぐしの下したを切きりて、人ひとにたびて、その替かはりをわりなくしてたてまつりたまへるなり。ただ今いま、これを食たべむとつかまつるに、かの御おん志こころざしの深ふかきあはれさを思おもひ出いでて、下臈げらふにてははべれど、いと悲かなしうて、胸むねふたがりて、いかにも喉のどへ入いりはべらぬなり」

 と言いふ。

 これを聞ききて、おろそかに思おもへんやは。やや久ひさしく涙なみだ流ながしける。

 すべて、あはれみの深ふかきこと、母ははの思おもひに過すぎたるはなし。愚ぐなる鳥獣てうじうまでも、その慈悲じひをば具ぐしたり。田舎ゐなかの者ものの語かたりはべりしは「雉きじの子こを生うみて暖あたたむる時とき、野火のびにあひぬれば、一ひとたびは驚おどろきて立たちぬれど、なほ捨すてがたさのあまりにや、煙けぶりの中なかに返かへり入いりて、つひに焼やけ死しぬるためし多おほかり」とぞ。

 また、鶏にはとりの子こを暖あたたむる様さまは誰たれも見みることぞかし。毛けのへだたりたるをあかず思おもふにや。みづから胸むねの毛けを食くひ抜ぬきて、膚はだにつけて、終日ひめもすこれを暖あたたむ。もの食はまむために、おのづから立たち去さりても、「かれが冷さめぬほどに」と急いそぎ帰かへり来くるはおぼろげの志こころざしとは見みえず。

 また、そのかみ、古郷こきやうわたりに、思おもひの外ほかに世よを遁のがれたる人ひとありき。「ことのおこりは鷹たかを好このみ飼かひける時とき、その餌えに飼かはむとて、犬いぬを殺ころしけるに、はらみたる犬いぬの腹はらの皮かはを射い切きりたるより、子この一ひとつ二ふたつこぼれ落おちけるを、走はしりて逃にぐる犬いぬの、たちまちに立たち帰かへりて、その子こをくはへて行ゆかんとして、やがて倒たふれて、死しにたりけるを見みて、発心ほつしんせり」とぞ。語かたりはべりし。鳥獣てうじうの情なさけなきだに子このためには、かく身みにもかへてあはれみ深ふかし。

 いはんや、人ひとの親おやの腹はらの内うちにやどるより、人ひととなるまで、念々ねんねんにあはれぶ志こころざし、たとひ、命いのちを捨すてて孝かうすとも、報むくひ尽つくさんこと、かたくこそ。

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