『源氏物語』第21帖「少女」原文全文を読む|読みやすいふりがな付き

目次

年変はりて、宮の御果ても過ぎぬれば

 としはりて、みや御果おほんはてもぎぬれば、なかいろあらたまりて、更衣ころもがへのほどなどもいまめかしきを、ましてまつりのころは、おほかたのそらのけしき心地ここちよげなるに、前斎院さきのさいゐんはつれづれとながめたまふを、まへなるかつら下風したかぜ、なつかしきにつけても、わかひとびとはおもづることどもあるに、大殿おほとのより、

御禊みそぎは、いかにのどやかにおぼさるらむ」

 と、とぶらひきこえさせたまへり。

今日けふは、

かけきやは川瀬かはせなみもたちかへりきみみそぎふぢのやつれを」

 むらさきかみ立文たてぶみすくよかにて、ふぢはなにつけたまへり。をりのあはれなれば、御返おほんかへりあり。

藤衣ふぢごろもしは昨日きのふおもふまに今日けふみそぎにかはる

はかなく」

 とばかりあるを、れいの、御目おほんめめたまひておはす。

 御服直おほんぶくなほしのほどなどにも、宣旨せんじのもとに、所狭ところせきまで、おぼしやれることどもあるを、ゐん見苦みぐるしきことにおぼしのたまへど、

「をかしやかに、けしきばめる御文おほんふみなどのあらばこそ、とかくもこえかへさめ、としごろも、おほやけざまの折々をりをり御訪おほんとぶらひなどはこえならはしたまひて、いとまめやかなれば、いかがはこえもまぎらはすべからむ」

 と、もてわづらふべし。

女五の宮の御方にも

 女五をんなごみや御方おほんかたにも、かやうにをりぐさずこえたまへば、いとあはれに、

「このきみの、昨日きのふ今日けふ稚児ちごおもひしを、かくおとなびて、とぶらひたまふこと。容貌かたちのいともきよらなるにへて、こころさへこそひとにはことにでたまへれ」

 と、ほめきこえたまふを、わかひとびとはわらひきこゆ。

 こなたにも対面たいめんしたまふをりは、

「この大臣おとどの、かくいとねむごろにこえたまふめるを、なにか、いまはじめたる御心みこころざしにもあらず。故宮こみやも、すぢことになりたまひて、えたてまつりたまはぬなげきをしたまひては、おもちしことをあながちにもてはなれたまひしことなど、のたまひでつつ、くやしげにこそおぼしたりし折々をりをりありしか。

されど、故大殿こおほとの姫君ひめぎみものせられしかぎりは、さむみやおもひたまはむことのいとほしさに、とかくことへきこゆることもなかりしなり。いまは、そのやむごとなくえさらぬすぢにてものせられしひとさへ、くなられにしかば、げに、などてかは、さやうにておはせましもしかるまじとうちおぼえはべるにも、さらがへりてかくねむごろにこえたまふも、さるべきにもあらむとなむおもひはべる」

 など、いと古代こだいこえたまふを、こころづきなしとおぼして、

故宮こみやにも、しかこころごはきものにおもはれたてまつりてぎはべりにしを、いまさらに、またになびきはべらむも、いとつきなきことになむ」

 とこえたまひて、づかしげなるけしきなれば、しひてもえこえおもむけたまはず。

 宮人みやびとも、かみしも、みなこころかけきこえたれば、なかいとうしろめたくのみおぼさるれど、かのおほんみづからは、わがこころくし、あはれをえきこえて、ひとけしきのうちもゆるばむほどをこそちわたりたまへ、さやうにあながちなるさまに、御心みこころやぶりきこえむなどは、おぼさざるべし。

大殿腹の若君の御元服のこと

 大殿おほとのばら若君わかぎみ御元服おほんげんぷくのこと、おぼしいそぐを、二条にでうゐんにてとおぼせど、大宮おほみやのいとゆかしげにおぼしたるもことわりに心苦こころぐるしければ、なほやがてかの殿とのにてせさせたてまつりたまふ。

 右大将うだいしゃうをはじめきこえて、御伯父おほんをぢ殿とのばら、みな上達部かむだちめのやむごとなきおほんおぼえことにてのみものしたまへば、主人方あるじがたにも、われわれもと、さるべきことどもは、とりどりにつかうまつりたまふ。おほかたゆすりて、所狭ところせおほんいそぎのいきほひなり。

 四位しゐになしてむとおぼし、世人よひとも、さぞあらむとおもへるを、

「まだいときびはなるほどを、わがこころにまかせたるにて、しかゆくりなからむも、なかなかれたることなり」

 とおぼしとどめつ。

 浅葱あさぎにて殿上てんじゃうかへりたまふを、大宮おほみやは、かずあさましきこととおぼしたるぞ、ことわりにいとほしかりける。

 御対面おほんたいめんありて、このことこえたまふに、

「ただいま、かうあながちにしも、まだきにいつかすまじうはべれど、おもふやうはべりて、大学だいがくみちにしばしならはさむの本意ほいはべるにより、いまさんねんをいたづらのとしおもひなして、おのづから朝廷おほやけにもつかうまつりぬべきほどにならば、いまひととなりはべりなむ。

みづからは、九重ここのへのうちにではべりて、なかのありさまもりはべらず、よるひる御前おまへにさぶらひて、わづかになむはかなきふみなどもならひはべりし。ただ、かしこき御手おほんてよりつたへはべりしだに、なにごともひろこころらぬほどは、ふみざえをまねぶにも、ことふえ調しらべにも、へず、およばぬところのおほくなむはべりける。

はかなきおやに、かしこきのまさるためしは、いとかたきことになむはべれば、まして、次々つぎつぎつたはりつつ、へだたりゆかむほどのさき、いとうしろめたなきによりなむ、おもひたまへおきてはべる。

たかいへとして、官位つかさ爵位かうぶりこころにかなひ、なかさかりにおごりならひぬれば、学問がくもんなどにくるしめむことは、いととほくなむおぼゆべかめる。たはぶあそびをこのみて、こころのままなる官爵くわんさくのぼりぬれば、ときしたが世人よひとの、したにははなまじろきをしつつ、追従ついしょうし、けしきとりつつしたがふほどは、おのづからひととおぼえて、やむごとなきやうなれど、ときうつり、さるべきひとちおくれて、おとろふるすゑには、ひとかるめあなづらるるに、るところなきことになむはべる。

なほ、ざえをもととしてこそ、大和魂やまとだましひもちゐらるるかたつようはべらめ。さしあたりては、こころもとなきやうにはべれども、つひの重鎮おもしとなるべきこころおきてをならひなば、はべらずなりなむのちも、うしろやすかるべきによりなむ。ただいまは、はかばかしからずながらも、かくてはぐくみはべらば、せまりたる大学だいがくしゅうとて、わらひあなづるひともよもはべらじとおもうたまふる」

 など、こえらせたまへば、うちなげきたまひて、

「げに、かくもおぼるべかりけることを。この大将だいしゃうなども、あまりたがへたるおほんことなりと、かたぶけはべるめるを、この幼心地をさなごこちにも、いと口惜くちをしく、大将だいしゃう左衛門さゑもんかみどもなどを、われよりは下臈げらふおもひおとしたりしだに、みなおのおの加階かかいのぼりつつ、およすげあへるに、浅葱あさぎをいとからしとおもはれたるに、心苦こころぐるしくはべるなり」

 とこえたまへば、うちわらひたまひて、

「いとおよすげてもうらみはべるななりな。いとはかなしや。このひとのほどよ」

 とて、いとうつくしとおぼしたり。

学問がくもんなどして、すこしものの心得こころえはべらば、そのうらみはおのづからけはべりなむ」

 とこえたまふ。

字つくることは、東の院にて

 あざなつくることは、ひむがしゐんにてしたまふ。ひむがしたいをしつらはれたり。上達部かむだちめ殿上人てんじゃうびとめづらしくいぶかしきことにして、われわれもとつどまゐりたまへり。博士はかせどももなかなかおくしぬべし。

はばかるところなく、れいあらむにまかせて、なだむることなく、きびしうおこなへ」

 とおほせたまへば、しひてつれなくおもひなして、いへよりほかもとめたる装束さうぞくどもの、うちあはず、かたくなしき姿すがたなどをもはぢなく、おももち、こわづかひ、むべむべしくもてなしつつ、ならびたる作法さはふよりはじめ、らぬさまどもなり。

 わか君達きむだちは、えへずほほまれぬ。さるは、ものわらひなどすまじく、ぐしつつしづまれるかぎりをと、だして、瓶子へいじなどもらせたまへるに、すぢことなりけるまじらひにて、右大将うだいしゃう民部卿みんぶきゃうなどの、おほなおほな土器かはらけとりたまへるを、あさましくとがでつつおろす。

「おほし、垣下かいもとあるじ、はなはだ非常ひざうにはべりたうぶ。かくばかりのしるしとあるなにがしをらずしてや、朝廷おほやけにはつかうまつりたうぶ。はなはだをこなり」

 などふに、ひとびとみなほころびてわらひぬれば、また、

たかし。まむ。はなはだ非常ひざうなり。きてちたうびなむ」

 など、おどしふも、いとをかし。

 ならひたまはぬひとびとは、めづらしくきょうありとおもひ、このみちよりちたまへる上達部かむだちめなどは、したりがほにうちほほみなどしつつ、かかるかたざまをおぼこのみて、こころざしたまふがめでたきことと、いとどかぎりなくおもひきこえたまへり。

 いささかものふをもせいす。無礼なめげなりとてもとがむ。かしかましうののしりをるかほどもも、よるりては、なかなかいますこし掲焉けちえんなる火影ほかげに、猿楽さるがうがましくわびしげに、人悪ひとわるげなるなど、さまざまに、げにいとなべてならず、さまことなるわざなりけり。

 大臣おとどは、

「いとあざれ、かたくななるにて、けうさうしまどはかされなむ」

 とのたまひて、御簾みすのうちにかくれてぞ御覧ごらんじける。

 かずさだまれるきあまりて、かへりまかづる大学だいがくしゅうどもあるをこしめして、釣殿つりどのかたしとどめて、ことにものなどたまはせけり。

事果ててまかづる博士

 ことててまかづる博士はかせ才人さいじんどもして、またまた詩文ふみつくらせたまふ。上達部かむだちめ殿上人てんじゃうびとも、さるべきかぎりをば、みなとどめさぶらはせたまふ。博士はかせひとびとは、四韻しゐん、ただのひとは、大臣おとどをはじめたてまつりて、絶句ぜくつくりたまふ。きょうあるだい文字もじりて、文章博士もんじゃうのはかせたてまつる。みじかきころのよるなれば、ててぞかうずる。左中弁さちゅうべん講師かうじつかうまつる。容貌かたちいときよげなるひとの、こわづかひものものしく、かむさびてげたるほど、おもしろし。おぼえこころことなる博士はかせなりけり。

 かかるたかいへまれたまひて、世界せかい栄花えいぐわにのみたはぶれたまふべき御身おほんみをもちて、まどほたるをむつび、えだゆきらしたまふこころざしのすぐれたるよしを、よろづのことによそへなずらへて、心々こころごころつくあつめたるごとにおもしろく、「唐土もろこしにもわたつたへまほしげなる詩文ふみどもなり」となむ、そのころにめでゆすりける。

 大臣おとどおほんはさらなり。おやめきあはれなることさへすぐれたるを、なみだおとしてさわぎしかど、をんなのえらぬことまねぶはにくきことをと、うたてあればらしつ。

うち続き、入学といふこと

 うちつづき、入学にふがくといふことせさせたまひて、やがて、このゐんのうちに御曹司みざうしつくりて、まめやかにざえふかあづけきこえたまひてぞ、学問がくもんせさせたてまつりたまひける。

 大宮おほみやおほんもとにも、をさをさうでたまはず。よるひるうつくしみて、なほ稚児ちごのやうにのみもてなしきこえたまへれば、かしこにては、えものならひたまはじとて、しづかなるところめたてまつりたまへるなりけり。

一月ひとつきたびばかりをまゐりたまへ」

 とぞ、ゆるしきこえたまひける。

 つともりゐたまひて、いぶせきままに、殿とのを、

「つらくもおはしますかな。かくくるしからでも、たかくらゐのぼり、もちゐらるるひとはなくやはある」

 とおもひきこえたまへど、おほかたのひとがら、まめやかに、あだめきたるところなくおはすれば、いとよくねんじて、

「いかでさるべきふみどもとくてて、じらひもし、にもでたらむ」

 とおもひて、ただよつき五月いつつきのうちに、史記しきなどいふふみてたまひてけり。

今は寮試受けさせむとて

 いま寮試れうしけさせむとて、まづ御前おまへにてこころみさせたまふ。

 れいの、大将だいしゃう左大弁さだいべん式部大輔しきぶのたいふ左中弁さちゅうべんなどばかりして、御師おほんし大内記だいないきして、史記しきかたまきまき寮試れうしけむに、博士はかせのかへさふべきふしぶしをでて、ひとわたりませたてまつりたまふに、いたらぬもなく、かたがたにかよはしみたまへるさま、つまじるしのこらず、あさましきまでありがたければ、

「さるべきにこそおはしけれ」

 と、たれたれも、なみだとしたまふ。大将だいしゃうは、まして、

故大臣こおとどおはせましかば」

 と、こえでてきたまふ。殿とのも、え心強こころづようもてなしたまはず、

ひとのうへにて、かたくななりときはべりしを、のおとなぶるに、おやちかはりれゆくことは、いくばくならぬよはひながら、かかるにこそはべりけれ」

 などのたまひて、おしのごひたまふを御師おほんし心地ここち、うれしく面目めいぼくありとおもへり。

 大将だいしゃうさかづきさしたまへば、いたうれてをるかほつき、いとせなり。

 のひがものにて、ざえのほどよりはもちゐられず、すげなくてまづしくなむありけるを、御覧ごらんるところありて、かくとりわきせたるなりけり。

 あまるまで御顧おほんかへりみをたまはりて、このきみ御徳おほんとくに、たちまちにへたるとおもへば、ましてさきは、ならひとなきおぼえにぞあらむかし。

大学に参りたまふ日は

 大学だいがくまゐりたまふは、寮門れうもんに、上達部かむだちめ御車みくるまどもかずらずつどひたり。おほかたのこりたるあらじとえたるに、またなくもてかしづかれて、つくろはれりたまへる冠者くわざきみおほんさま、げに、かかるじらひにはへず、あてにうつくしげなり。

 れいの、あやしきものどものちまじりつつゐたるすゑをからしとおぼすぞ、いとことわりなるや。

 ここにてもまた、おろしののしるものどもありて、めざましけれど、すこしもおくせずてたまひつ。

 むかしおぼえて大学だいがくさかゆるころなれば、かみなかしもひとわれわれもと、このみちこころざあつまれば、いよいよ、なかに、ざえありはかばかしきひとおほくなむありける。文人もんにん擬生ぎさうなどいふなることどもよりうちはじめ、すがすがしうてたまへれば、ひとへにこころれて、弟子でしも、いとどはげみましたまふ。

 殿とのにも、文作ふみつくりしげく、博士はかせ才人さいじんどもところたり。すべてなにごとにつけても、道々みちみちひとざえのほどあらはるるになむありける。

かくて、后ゐたまふべきを

 かくて、きさきゐたまふべきを、

斎宮女御さいぐうのにょうごをこそは、母宮ははみやも、後見うしろみゆづりきこえたまひしかば」

 と、大臣おとどもことづけたまふ。源氏げんじのうちしきりきさきにゐたまはむこと、ひとゆるしきこえず。

弘徽殿こうきでんの、まづひとよりさきまゐりたまひにしもいかが」

 など、うちうちに、こなたかなたに心寄こころよせきこゆるひとびと、おぼつかながりきこゆ。

 兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやこえしは、いま式部卿しきぶきゃうにて、この御時おほんときにはましてやむごとなきおほんおぼえにておはする、御女おほんむすめ本意ほいありてまゐりたまへり。おなじごと、王女御わうのにょうごにてさぶらひたまふを、

おなじくは、御母方おほんははがたにてしたしくおはすべきにこそは、母后ははぎさきのおはしまさぬ御代おほんかはりの後見うしろみに」

 とことよせて、つかはしかるべく、とりどりにおぼあらそひたれど、なほ梅壺むめつぼゐたまひぬ。御幸おほんさいはひの、かくきかへすぐれたまへりけるを、ひとおどろききこゆ。

 大臣おとど太政大臣だいじゃうだいじんがりたまひて、大将だいしゃう内大臣ないだいじんになりたまひぬ。なかのことどもまつりごちたまふべくゆづりきこえたまふ。ひとがら、いとすくよかに、きらきらしくて、こころもちゐなどもかしこくものしたまふ。学問がくもんててしたまひければ、韻塞ゐんふたぎにはけたまひしかど、公事おほやけごとにかしこくなむ。

 腹々はらばら御子おほんこどもじふにん、おとなびつつものしたまふも、次々つぎつぎになりでつつ、おとらずさかえたる御家おほんいへのうちなり。をんなは、女御にょうごいま一所ひとところなむおはしける。わかむどほりばらにて、あてなるすぢおとるまじけれど、その母君ははぎみ按察使大納言あぜちのだいなごんきたかたになりて、さしむかへるどものかずおほくなりて、「それにぜてのちおやゆづらむ、いとあいなし」とて、とりはなちきこえたまひて、大宮おほみやにぞあづけきこえたまへりける。女御にょうごにはこよなくおもひおとしきこえたまひつれど、ひとがら、容貌かたちなど、いとうつくしくぞおはしける。

冠者の君、一つにて生ひ出でたまひ

 冠者くわざきみひとつにてでたまひしかど、おのおのとをあまりたまひてのちは、御方おほんかたことにて、

「むつましきひとなれど、男子をのこごにはうちとくまじきものなり」

 と、父大臣ちちおとどこえたまひて、けどほくなりにたるを、幼心地をさなごこちおもふことなきにしもあらねば、はかなきはな紅葉もみぢにつけても、雛遊ひひなあそびの追従ついしょうをも、ねむごろにまつはれありきて、こころざしをえきこえたまへば、いみじうおもはして、けざやかにはいまぢきこえたまはず。

 御後見おほんうしろみどもも、

なにかは、わか御心みこころどちなれば、としごろならひたまへるおほんあはひを、にはかにも、いかがはもてはなれはしたなめはきこえむ」

 とるに、女君をんなぎみこそ何心なにごころなくおはすれど、をとこは、さこそものげなきほどときこゆれ、おほけなく、いかなる御仲おほんなからひにかありけむ、よそよそになりては、これをぞ静心しづこころなくおもふべき。

 まだ片生かたおひなるさきうつくしきにて、はしたまへるふみどもの、こころをさなくて、おのづからをりあるを、御方おほんかたひとびとは、ほのぼのれるもありけれど、「なにかは、かくこそ」と、たれにもこえむ。かくしつつあるなるべし。

所々の大饗どもも果てて

 所々ところどころ大饗だいきゃうどももてて、なかおほんいそぎもなく、のどやかになりぬるころ、時雨しぐれうちして、をぎ上風うはかぜもただならぬ夕暮ゆふぐれに、大宮おほみや御方おほんかたに、内大臣うちのおとどまゐりたまひて、姫君ひめぎみわたしきこえたまひて、御琴おほんことなどかせたてまつりたまふ。みやは、よろづのものの上手じゃうずにおはすれば、いづれもつたへたてまつりたまふ。

琵琶びはこそ、をんなのしたるににくきやうなれど、らうらうじきものにはべれ。いまにまことしうつたへたるひと、をさをさはべらずなりにたり。なに親王みこ、くれの源氏げんじ

 などかぞへたまひて、

をんななかには、太政大臣おほきおとどの、山里やまざときたまへるひとこそ、いと上手じゃうずきはべれ。もの上手じゃうずのちにはべれど、すゑになりて、山賤やまがつにてとしたるひとの、いかでさしもきすぐれけむ。かの大臣おとど、いとこころことにこそおもひてのたまふ折々をりをりはべれ。ことごとよりは、あそびのかたざえはなほひろはせ、かれこれにかよはしはべるこそ、かしこけれ、ひとごとにて、上手じゃうずとなりけむこそ、めづらしきことなれ」

 などのたまひて、みやにそそのかしきこえたまへば、

ぢうさすことうひうひしくなりにけりや」

 とのたまへど、おもしろうきたまふ。

さいはひにうちへて、なほあやしうめでたかりけるひとなりや。いのに、たまへらぬ女子をんなごをまうけさせたてまつりて、へてもやつしゐたらず、やむごとなきにゆづれるこころおきて、こともなかるべきひとなりとぞきはべる」

 など、かつ御物語おほんものがたりこえたまふ。

女はただ心ばせよりこそ

をんなはただこころばせよりこそ、もちゐらるるものにはべりけれ」

 など、ひとうへのたまひでて、

女御にょうごを、けしうはあらず、なにごともひとおとりてはでずかしとおもひたまへしかど、おもはぬひとにおされぬる宿世すくせになむ、おもひのほかなるものとおもひはべりぬる。このきみをだに、いかでおもふさまになしはべらむ。春宮とうぐう御元服おほんげんぷく、ただいまのことになりぬるをと、ひとれずおもうたまへこころざしたるを、かういふさいはびとはらきさきがねこそ、またぎぬれ。でたまへらむに、ましてきしろふひとありがたくや」

 とうちなげきたまへば、

「などか、さしもあらむ。このいへにさるすぢひとでものしたまはでむやうあらじと、故大臣こおとどおもひたまひて、女御にょごおほんことをも、ゐたちいそぎたまひしものを。おはせましかば、かくもてひがむることもなからまし」

 など、このおほんことにてぞ、太政大臣おほきおとどをもうらめしげにおもひきこえたまへる。

 姫君ひめぎみおほんさまの、いときびはにうつくしうて、しゃう御琴おほんこときたまふを、御髪みぐしのさがり、かむざしなどの、あてになまめかしきをうちまもりたまへば、ぢらひて、すこしそばみたまへるかたはらめ、つらつきうつくしげにて、取由とりゆつき、いみじうつくりたるもの心地ここちするを、みやかぎりなくかなしとおぼしたり。きあはせなどきすさびたまひて、しやりたまひつ。

大臣、和琴ひき寄せたまひて

 大臣おとど和琴わごんひきせたまひて、りち調しらべのなかなかいまめきたるを、さる上手じゃうずみだれてきたまへる、いとおもしろし。御前おまへこずゑほろほろとのこらぬに、御達ごたちなど、ここかしこの御几帳みきちゃうのうしろに、かしらをつどへたり。

かぜちからけだすくなし」

 と、うちじたまひて、

きんかんならねど、あやしくものあはれなるゆふべかな。なほ、あそばさむや」

 とて、「秋風楽しうふうらく」にきあはせて、唱歌さうがしたまへるこゑ、いとおもしろければ、みなさまざま、大臣おとどをもいとうつくしとおもひきこえたまふに、いとどへむとにやあらむ、冠者くわざきみまゐりたまへり。

「こなたに」とて、御几帳みきちゃうへだててれたてまつりたまへり。

「をさをさ対面たいめんもえたまはらぬかな。などかく、この御学問がくもんのあながちならむ。ざえのほどよりあまりぎぬるもあぢきなきわざと、大臣おとどおぼれることなるを、かくおきてきこえたまふ、やうあらむとはおもひたまへながら、かうもりおはすることなむ、心苦こころぐるしうはべる」

 とこえたまひて、

時々ときどきは、ことわざしたまへ。ふゑにも古事ふることは、つたはるものなり」

 とて、御笛おほんふゑたてまつりたまふ。

 いとわかうをかしげなるきたてて、いみじうおもしろければ、御琴おほんことどもをばしばしとどめて、大臣おとど拍子はうしおどろおどろしからずうちらしたまひて、

はぎはなり」

 などうたひたまふ。

大殿おほとのも、かやうの御遊おほんあそびにこころとどめたまひて、いそがしき御政事おほんまつりごとどもをばのがれたまふなりけり。げに、あぢきなきに、こころのゆくわざをしてこそ、ぐしはべりなまほしけれ」

 などのたまひて、御土器おほんかはらけまゐりたまふに、くらうなれば、御殿油おほんとなぶらまゐり、御湯漬おほんゆづけ、くだものなど、たれたれもきこしめす。

 姫君ひめぎみはあなたにわたしたてまつりたまひつ。しひて気遠けどほくもてなしたまひ、「御琴おほんことばかりをもかせたてまつらじ」と、いまはこよなくへだてきこえたまふを、

「いとほしきことありぬべきなるこそ」

 と、ちかつかうまつる大宮おほみや御方おほんかたのねびびとども、ささめきけり。

大臣出でたまひぬるやうにて

 大臣おとどでたまひぬるやうにて、しのびてひとにもののたまふとてちたまへりけるを、やをらかいほそりてでたまふみちに、かかるささめきごとをするに、あやしうなりたまひて、御耳おほんみみとどめたまへば、わがおほんうへをぞふ。

「かしこがりたまへど、ひとおやよ。おのづから、おれたることこそべかめれ」

るといふは、虚言そらごとなめり」

 などぞ、つきしろふ。

「あさましくもあるかな。さればよ。おもらぬことにはあらねど、いはけなきほどにうちたゆみて。きものにもありけるかな」

 と、けしきをつぶつぶと心得こころえたまへど、おともせででたまひぬ。

 御前駆おほんさきこゑのいかめしきにぞ、

殿とのは、いまこそでさせたまひけれ」

「いづれのくまにおはしましつらむ」

いまさへかかるあだけこそ」

 とひあへり。ささめきごとひとびとは、

「いとかうばしきのうちそよめきでつるは、冠者くわざきみのおはしつるとこそおもひつれ」

「あな、むくつけや。しりうごとや、ほのこしめしつらむ。わづらはしき御心みこころを」

 と、わびあへり。

 殿とのは、みちすがらおぼすに、

「いと口惜くちをしくしきことにはあらねど、めづらしげなきあはひに、世人よひとおもふべきこと。大臣おとどの、しひて女御にょうごをおししづめたまふもつらきに、わくらばに、ひとにまさることもやとこそおもひつれ、ねたくもあるかな」

 とおぼす。殿との御仲おほんなかの、おほかたにはむかしいまもいとよくおはしながら、かやうのかたにては、いどみきこえたまひし名残なごりおぼでて、心憂こころうければ、寝覚ねざめがちにてかしたまふ。

大宮おほみやをも、さやうのけしきには御覧ごらんずらむものを、になくかなしくしたまふ御孫おほんむまごにて、まかせてたまふならむ」

 と、ひとびとのひしけしきを、ねたしとおぼすに、御心みこころうごきて、すこし男々ををしくあざやぎたる御心みこころには、しづめがたし。

二日ばかりありて、参りたまへり

 二日ふつかばかりありて、まゐりたまへり。しきりにまゐりたまふときは、大宮おほみやもいと御心みこころゆき、うれしきものにおぼいたり。御尼額おほんあまびたひひきつくろひ、うるはしき御小袿おほんこうちきなどたてまつりへて、ながらづかしげにおはする御人おほんひとざまなれば、まほならずぞえたてまつりたまふ。

 大臣おとどけしきしくて、

「ここにさぶらふもはしたなく、ひとびといかにはべらむと、心置こころおかれにたり。はかばかしきにはべらねど、にはべらむかぎり、御目おほんめれず御覧ごらんぜられ、おぼつかなきへだてなくとこそおもひたまふれ。

よからぬもののうへにて、うらめしとおもひきこえさせつべきことのでまうでたるを、かうもおもうたまへじとかつはおもひたまふれど、なほしづめがたくおぼえはべりてなむ」

 と、なみだおしのごひたまふに、みや化粧けさうじたまへる御顔おほんかほいろたがひて、御目おほんめおほきになりぬ。

「いかやうなることにてか、いまさらのよはひすゑに、心置こころおきてはおぼさるらむ」

 とこえたまふも、さすがにいとほしけれど、

たのもしき御蔭おほんかげに、をさなものをたてまつりおきて、みづからをばなかなかをさなくよりたまへもつかず、まづちかきが、じらひなどはかばかしからぬを、たまへなげきいとなみつつ、さりともひととなさせたまひてむとたのみわたりはべりつるに、おもはずなることのはべりければ、いと口惜くちをしうなむ。

まことにあめしたならひとなき有職いうそくにはものせらるめれど、したしきほどにかかるは、ひとおもふところも、あはつけきやうになむ、なにばかりのほどにもあらぬなからひにだにしはべるを、かのひとおほんためにも、いとかたはなることなり。さしはなれ、きらきらしうめづらしげあるあたりに、いまめかしうもてなさるるこそ、をかしけれ。ゆかりむつび、ねぢけがましきさまにて、大臣おとどおぼすところはべりなむ。

さるにても、かかることなむと、らせたまひて、ことさらにもてなし、すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ。をさなひとびとのこころにまかせて御覧ごらんはなちけるを、心憂こころうおもうたまふ」

 などこえたまふに、ゆめにもりたまはぬことなれば、あさましうおぼして、

「げに、かうのたまふもことわりなれど、かけてもこのひとびとのしたこころなむりはべらざりける。げに、いと口惜くちをしきことは、ここにこそましてなげくべくはべれ。もろともにつみをおほせたまふは、うらめしきことになむ。

たてまつりしより、こころことにおもひはべりて、そこにおぼしいたらぬことをも、すぐれたるさまにもてなさむとこそ、人知ひとしれずおもひはべれ。ものげなきほどを、こころやみまどひて、いそぎものせむとはおもらぬことになむ。

さても、たれかはかかることはこえけむ。よからぬひとことにつきて、きはだけくおぼしのたまふも、あぢきなく、むなしきことにて、ひと御名おほんなけがれむ」

 とのたまへば、

なにの、きたることにかはべらむ。さぶらふめるひとびとも、かつはみなもどきわらふべかめるものを、いと口惜くちをしく、やすからずおもうたまへらるるや」

 とて、ちたまひぬ。

 こころれるどちは、いみじういとほしくおもふ。一夜ひとよのしりうごとひとびとは、まして心地ここちたがひて、「なににかかる睦物語むつものがたりをしけむ」と、おもなげきあへり。

姫君は、何心もなくておはするに

 姫君ひめぎみは、何心なにごころもなくておはするに、さしのぞきたまへれば、いとらうたげなるおほんさまを、あはれにたてまつりたまふ。

わかひとといひながら、心幼こころをさなくものしたまひけるをらで、いとかくひとなみなみにおもひけるわれこそ、まさりてはかなかりけれ」

 とて、御乳母おほんめのとどもをさいなみたまふに、こえむかたなし。

「かやうのことは、かぎりなきみかどおほんいつきむすめも、おのづからあやまためし昔物語むかしものがたりにもあめれど、けしきをつたふるひと、さるべきひまにてこそあらめ」

「これは、ちまじりたまひてとしごろおはしましつるを、なにかは、いはけなきおほんほどを、みやおほんもてなしよりさしぐしても、へだてきこえさせむと、うちとけてぐしきこえつるを、一昨年をととしばかりよりは、けざやかなるおほんもてなしになりにてはべるめるに、わかひととても、うちまぎればみ、いかにぞや、づきたるひともおはすべかめるを、ゆめみだれたるところおはしまさざめれば、さらにおもらざりけること」

 と、おのがどちなげく。

「よし、しばし、かかることらさじ。かくれあるまじきことなれど、こころをやりて、あらぬこととだにひなされよ。いまかしこにわたしたてまつりてむ。みや御心みこころのいとつらきなり。そこたちは、さりとも、いとかかれとしも、おもはれざりけむ」

 とのたまへば、「いとほしきなかにも、うれしくのたまふ」とおもひて、

「あな、いみじや。大納言殿だいなごんどのきたまはむことをさへおもひはべれば、めでたきにても、ただうどすぢは、なにのめづらしさにかおもひたまへかけむ」

 とこゆ。

 姫君ひめぎみは、いとをさなげなるおほんさまにて、よろづにまうしたまへども、かひあるべきにもあらねば、うちきたまひて、

「いかにしてか、いたづらになりたまふまじきわざはすべからむ」

 と、しのびてさるべきどちのたまひて、大宮おほみやをのみぞうらみきこえたまふ。

宮は、いといとほしと思すなかにも

 みやは、いといとほしとおぼすなかにも、男君をとこぎみおほんかなしさはすぐれたまふにやあらむ、かかるこころのありけるも、うつくしうおぼさるるに、なさけなく、こよなきことのやうにおぼしのたまへるを、

「などかさしもあるべき。もとよりいたうおもひつきたまふことなくて、かくまでかしづかむともおぼたざりしを、わがかくもてなしそめたればこそ、春宮とうぐうおほんことをもおぼしかけためれ。とりはづして、ただうど宿世すくせあらば、このきみよりほかにまさるべきひとやはある。容貌かたち、ありさまよりはじめて、ひとしきひとのあるべきかは。これよりおよびなからむきはにもとこそおもへ」

 と、わがこころざしのまさればにや、大臣おとどうらめしうおもひきこえたまふ。御心みこころのうちをせたてまつりたらば、ましていかにうらみきこえたまはむ。

かく騒がるらむとも知らで

 かくさわがるらむともらで、冠者くわざきみまゐりたまへり。一夜ひとよ人目ひとめしげうて、おもふことをもえこえずなりにしかば、つねよりもあはれにおぼえたまひければ、ゆふかたおはしたるなるべし。

 みやれい是非ぜひらず、うちみてちよろこびきこえたまふを、まめだちて物語ものがたりなどこえたまふついでに、

おほんことにより、内大臣うちのおとどゑんじてものしたまひにしかば、いとなむいとほしき。ゆかしげなきことをしもおもひそめたまひて、ひとにものおもはせたまひつべきが心苦こころぐるしきこと。かうもこえじとおもへど、さるこころりたまはでやとおもへばなむ」

 とこえたまへば、こころにかかれることのすぢなれば、ふとおもりぬ。おもてあかみて、

なにごとにかはべらむ。しづかなるところもりはべりにしのち、ともかくもひとじるをりなければ、うらみたまふべきことはべらじとなむおもひたまふる」

 とて、いとづかしとおもへるけしきを、あはれに心苦こころぐるしうて、

「よし。いまよりだに用意よういしたまへ」

 とばかりにて、異事ことごとひなしたまうつ。

いとど文なども通はむことの

「いとどふみなどもかよはむことのかたきなめり」とおもふに、いとなげかしう、ものまゐりなどしたまへど、さらにまゐらで、たまひぬるやうなれど、こころそらにて、ひとしづまるほどに、中障子なかさうじけど、れいはことにかためなどもせぬを、つとして、ひとおともせず。いと心細こころぼそくおぼえて、障子さうじりかかりてゐたまへるに、女君をんなぎみまして、かぜおとたけちとられて、うちそよめくに、かりきわたるこゑの、ほのかにこゆるに、をさな心地ここちにも、とかくおぼみだるるにや、

雲居くもゐかりもわがごとや」

 と、ひとりごちたまふけはひ、わかうらうたげなり。

 いみじうこころもとなければ、

「これ、けさせたまへ。小侍従こじじゅうやさぶらふ」

 とのたまへど、おともせず。御乳母子おほんめのとごなりけり。ひとごときたまひけるもづかしうて、あいなく御顔おほんかほれたまへど、あはれはらぬにしもあらぬぞにくきや。乳母めのとたちなどちかして、うちみじろくもくるしければ、かたみにおともせず。

「さ夜中よなかともびわたるかりにうたてをぎ上風うはかぜ

にしみけるかな」とおもつづけて、みや御前おまへかへりてなげきがちなるも、「御目おほんめめてやかせたまふらむ」とつつましく、みじろきしたまへり。

 あいなくものづかしうて、わが御方おほんかたにとくでて、御文おほんふみきたまへれど、小侍従こじじゅうもえひたまはず、かの御方おほんかたざまにもえかず、むねつぶれておぼえたまふ。

 をんなはた、さわがれたまひしことのみづかしうて、「わがやいかがあらむ、ひとやいかがおもはむ」ともふかおぼれず、をかしうらうたげにて、うちかたらふさまなどを、うとましともおもはなれたまはざりけり。

 また、かうさわがるべきことともおぼさざりけるを、御後見おほんうしろみどももいみじうあはめきこゆれば、えことかよはしたまはず。おとなびたるひとや、さるべきひまをもつくづらむ、男君をとこぎみも、いますこしものはかなきとしのほどにて、ただいと口惜くちをしとのみおもふ。

大臣は、そのままに参りたまはず

 大臣おとどは、そのままにまゐりたまはず、みやをいとつらしとおもひきこえたまふ。きたかたには、かかることなむと、けしきもせたてまつりたまはず、ただおほかた、いとむつかしきけしきにて、

中宮ちゅうぐうのよそほひことにてまゐりたまへるに、女御にょうごなかおもひしめりてものしたまふを、心苦こころぐるしうむねいたきに、まかでさせたてまつりて、こころやすくうちやすませたてまつらむ。さすがに、主上うへにつとさぶらはせたまひて、よるひるおはしますめれば、あるひとびともこころゆるびせず、くるしうのみわぶめるに」

 とのたまひて、にはかにまかでさせたてまつりたまふ。御暇おほんいとまゆるされがたきを、うちむつかりたまて、主上うへはしぶしぶにおぼしたるを、しひて御迎おほんむかへしたまふ。

「つれづれにおぼされむを、姫君ひめぎみわたして、もろともにあそびなどしたまへ。みやあづけたてまつりたる、うしろやすけれど、いとさくじりおよすけたるひとちまじりて、おのづから気近けぢかきも、あいなきほどになりにたればなむ」

 とこえたまひて、にはかにわたしきこえたまふ。

 みや、いとあへなしとおぼして、

「ひとりものせられしむすめくなりたまひてのち、いとさうざうしく心細こころぼそかりしに、うれしうこのきみて、けるかぎりのかしづきものとおもひて、れにつけて、いのむつかしさもなぐさめむとこそおもひつれ、おもひのほかにへだてありておぼしなすも、つらく」

 などこえたまへば、うちかしこまりて、

こころかずおもうたまへらるることは、しかなむおもうたまへらるるとばかりこえさせしになむ。ふかへだおもひたまふることは、いかでかはべらむ。

内裏うちにさぶらふが、なかうらめしげにて、このころまかでてはべるに、いとつれづれにおもひてしはべれば、心苦こころぐるしうたまふるを、もろともにあそびわざをもしてなぐさめよとおもうたまへてなむ、あからさまにものしはべる」とて、「はぐくみ、ひととなさせたまへるを、おろかにはよもおもひきこえさせじ」

 とまうしたまへば、かうおぼちにたれば、とどめきこえさせたまふとも、おぼかへすべき御心みこころならぬに、いとかず口惜くちをしうおぼされて、

ひとこころこそきものはあれ。とかくをさなこころどもにも、われにへだててうとましかりけることよ。また、さもこそあらめ、大臣おとどの、もののこころふかりたまひながら、われをゑんじて、かくわたしたまふこと。かしこにて、これよりうしろやすきこともあらじ」

 と、うちきつつのたまふ。

折しも冠者の君参りたまへり

 をりしも冠者くわざきみまゐりたまへり。「もしいささかのひまもや」と、このころはしげうほのめきたまふなりけり。内大臣うちのおとど御車みくるまのあれば、こころおににはしたなくて、やをらかくれて、わが御方おほんかたりゐたまへり。

 内大殿うちのおほとの君達きむだち左少将させうしゃう少納言せうなごん兵衛佐ひゃうゑのすけ侍従じじゅう大夫たいふなどいふも、みなここにはまゐつどひたれど、御簾みすうちゆるしたまはず。

 左兵衛督さひゃうゑのかみ権中納言ごんちゅうなごんなども、こと御腹おほんはらなれど、故殿ことのおほんもてなしのままに、いままゐつかうまつりたまふことねむごろなれば、その御子おほんこどももさまざままゐりたまへど、このきみるにほひなくゆ。

 大宮おほみや御心みこころざしも、なずらひなくおぼしたるを、ただこの姫君ひめぎみをぞ、気近けぢかうらうたきものとおぼしかしづきて、おほんかたはらさけず、うつくしきものにおぼしたりつるを、かくてわたりたまひなむが、いとさうざうしきことをおぼす。

 殿とのは、

いまのほどに、内裏うちまゐりはべりて、ゆふかたむかへにまゐりはべらむ」

 とて、でたまひぬ。

「いふかひなきことを、なだらかにひなして、さてもやあらまし」とおぼせど、なほ、いとこころやましければ、「ひとおほんほどのすこしものものしくなりなむに、かたはならずなして、そのほど、こころざしのふかあささのおもむきをも見定みさだめて、ゆるすとも、ことさらなるやうにもてなしてこそあらめ。せいいさむとも、一所ひとところにては、をさなこころのままに、見苦みぐるしうこそあらめ。みやも、よもあながちにせいしたまふことあらじ」

 とおぼせば、女御にょうごおほんつれづれにことつけて、ここにもかしこにもおいらかにひなして、わたしたまふなりけり。

宮の御文にて

 みや御文おほんふみにて、

大臣おとどこそ、うらみもしたまはめ、きみは、さりともこころざしのほどもりたまふらむ。わたりてえたまへ」

 とこえたまへれば、いとをかしげにひきつくろひてわたりたまへり。十四じふしになむおはしける。かたなりにえたまへど、いとめかしう、しめやかに、うつくしきさましたまへり。

「かたはらさけたてまつらず、れのもてあそびものにおもひきこえつるを、いとさうざうしくもあるべきかな。のこりすくなきよはひのほどにて、おほんありさまをつまじきことと、いのちをこそおもひつれ、いまさらに見捨みすててうつろひたまふや、いづちならむとおもへば、いとこそあはれなれ」

 とてきたまふ。姫君へめぎみは、づかしきことをおぼせば、かほももたげたまはで、ただきにのみきたまふ。男君をとこぎみ御乳母おほんめのと宰相さいしゃうきみて、

おなきみとこそたのみきこえさせつれ、口惜くちをしくかくわたらせたまふこと。殿とのはことざまにおぼしなることおはしますとも、さやうにおぼしなびかせたまふな」

 など、ささめきこゆれば、いよいよづかしとおぼして、ものものたまはず。

「いで、むつかしきことなこえられそ。ひと御宿世おほんすくせ宿世すくせ、いとさだめがたく」

 とのたまふ。

「いでや、ものげなしとあなづりきこえさせたまふにはべるめりかし。さりとも、げに、わがきみひとおとりきこえさせたまふと、こしめしはせよ」

 と、なまこころやましきままにふ。

 冠者くわざきみもののうしろにりゐてたまふに、ひととがめむも、よろしきときこそくるしかりけれ、いと心細こころぼそくて、なみだおしのごひつつおはするけしきを、御乳母おほんめのと、いと心苦こころぐるしうて、みやにとかくこえたばかりて、ゆふまぐれのひとのまよひに、対面たいめんせさせたまへり。

 かたみにものづかしくむねつぶれて、ものはできたまふ。

大臣おとど御心みこころのいとつらければ、さはれ、おもひやみなむとおもへど、こひしうおはせむこそわりなかるべけれ。などて、すこしひまありぬべかりつるごろ、よそにへだてつらむ」

 とのたまふさまも、いとわかうあはれげなれば、

「まろも、さこそはあらめ」

 とのたまふ。

こひしとはおぼしなむや」

 とのたまへば、すこしうなづきたまふさまも、をさなげなり。

御殿油参り、殿まかでたまふけはひ

 御殿油おほんとなぶらまゐり、殿とのまかでたまふけはひ、こちたくひののしる御前駆おほんさきこゑに、ひとびと、

「そそや」

 などさわげば、いとおそろしとおぼしてわななきたまふ。さもさわがればと、ひたぶるこころに、ゆるしきこえたまはず。御乳母おほんめのとまゐりてもとめたてまつるに、けしきをて、

「あな、こころづきなや。げに、みやらせたまはぬことにはあらざりけり」

 とおもふに、いとつらく、

「いでや、かりけるかな。殿とのおぼしのたまふことは、さらにもこえず、大納言殿だいなごんどのにもいかにかせたまはむ。めでたくとも、もののはじめの六位ろくゐ宿世すくせよ」

 と、つぶやくもほのこゆ。ただこの屏風びゃうぶのうしろにたづて、なげくなりけり。

 男君をとこぎみ、「われをばくらゐなしとて、はしたなむるなりけり」とおぼすに、なかうらめしければ、あはれもすこしさむる心地ここちして、めざまし。

「かれきたまへ。

くれなゐのなみだふかそでいろ浅緑あさみどりにやひしをるべき

づかし」

 とのたまへば、

「いろいろにきほどのらるるはいかにめけるなかころもぞ」

 と、もののたまひてぬに、殿とのりたまへば、わりなくてわたりたまひぬ。

 男君をとこぎみは、ちとまりたる心地ここちも、いと人悪ひとわるく、むねふたがりて、わが御方おほんかたしたまひぬ。

 御車おほんくるまつばかりにて、しのびやかにいそでたまふけはひをくも、静心しづごころなければ、みや御前おまへより、「まゐりたまへ」とあれど、たるやうにてうごきもしたまはず。

 なみだのみまらねば、なげきあかして、しものいとしろきにいそでたまふ。うちはれたるまみも、ひとえむがづかしきに、みやはた、しまつはすべかめれば、こころやすきところにとて、いそでたまふなりけり。

 みちのほど、ひとやりならず、心細こころぼそおもつづくるに、そらのけしきもいたうくもりて、まだくらかりけり。

しもこほりうたてむすべるけぐれのそらかきくらしなみだかな」

大殿には、今年、五節たてまつりたまふ

 大殿おほとのには、今年ことし五節ごせちたてまつりたまふ。なにばかりのおほんいそぎならねど、童女わらはべ装束さうぞくなど、ちかうなりぬとて、いそぎせさせたまふ。

 ひむがしゐんには、まゐりのひとびとの装束さうぞくせさせたまふ。殿とのには、おほかたのことども、中宮ちゅうぐうよりも、わらは下仕しもづかへのれうなど、えならでたてまつれたまへり。

 ぎにしとし五節ごせちなどまれりしが、さうざうしかりしもりへ、上人うへびと心地ここちも、つねよりもはなやかにおもふべかめるとしなれば、所々ところどころいどみて、いといみじくよろづをくしたまふこえあり。

 按察使大納言あぜちのだいなごん左衛門督さゑもんのかみうへ五節ごせちには、良清よしきよいま近江守あふみのかみにて左中弁さちゅうべんなるなむ、たてまつりける。みなとどめさせたまひて、宮仕みやづかへすべく、おほごとことなるとしなれば、むすめをおのおのたてまつりたまふ。

 殿との舞姫まひひめは、惟光朝臣これみつのあそむの、津守つのかみにて左京大夫さきゃうのだいぶかけたるがむすめ容貌かたちなどいとをかしげなるこえあるをす。からいことにおもひたれど、

大納言だいなごんの、外腹ほかばらむすめをたてまつらるなるに、朝臣あそむのいつきむすめだしてたらむ、なにはぢかあるべき」

 とさいなめば、わびて、おなじくは宮仕みやづかへやがてせさすべくおもひおきてたり。

 まひならはしなどは、さとにていとよう仕立したてて、かしづきなど、したしうふべきは、いみじうととのへて、そのゆふつけてまゐらせたり。

 殿とのにも、御方々おほんかたがた童女わらはべ下仕しもづかへのすぐれたるをと、御覧ごらんくらべ、でらるる心地ここちどもは、ほどほどにつけて、いとおもだたしげなり。

 御前おまへして御覧ごらんぜむうちならしに、御前おまへわたらせてとさだめたまふ。つべうもあらず、とりどりなる童女わらはべ様体やうだい容貌かたちおぼしわづらひて、

いま一所ひとところれうを、これよりたてまつらばや」

 などわらひたまふ。ただもてなし用意よういによりてぞえらびにりける。

大学の君、胸のみふたがりて

 大学だいがくきみむねのみふたがりて、ものなども見入みいれられず、くむじいたくて、ふみまでながしたまへるを、こころもやなぐさむとでて、まぎれありきたまふ。

 さま、容貌かたちはめでたくをかしげにて、しづやかになまめいたまへれば、わか女房にょうばうなどは、いとをかしとたてまつる。

 うへ御方おほんかたには、御簾みすまへにだに、ものちかうももてなしたまはず。わが御心みこころならひ、いかにおぼすにかありけむ、疎々うとうとしければ、御達ごたちなども気遠けどほきを、今日けふはもののまぎれに、ちたまへるなめり。

 舞姫まひひめかしづきろして、妻戸つまど屏風びゃうぶなどてて、かりそめのしつらひなるに、やをらりてのぞきたまへば、なやましげにてしたり。

 ただ、かのひとおほんほどとえて、いますこしそびやかに、様体やうだいなどのことさらび、をかしきところはまさりてさへゆ。くらければ、こまかにはえねど、ほどのいとよくおもでらるるさまに、こころうつるとはなけれど、ただにもあらで、きぬすそらいたまふに、何心なにごころもなく、あやしとおもふに、

あめにます豊岡姫とよをかひめ宮人みやびともわがこころざすしめをわするな

乙女子をとめごそでやま瑞垣みづがきの」

 とのたまふぞ、うちつけなりける。

 わかうをかしきこゑなれど、たれともえおもひたどられず、なまむつかしきに、化粧けさうふとて、さわぎつる後見うしろみども、ちかりてひとさわがしうなれば、いと口惜くちをしうて、りたまひぬ。

浅葱の心やましければ

 浅葱あさぎこころやましければ、内裏うちまゐることもせず、ものがりたまふを、五節ごせちにことつけて、直衣なほしなど、さまはれるいろゆるされてまゐりたまふ。きびはにきよらなるものから、まだきにおよすけて、されありきたまふ。みかどよりはじめたてまつりて、おぼしたるさまなべてならず、にめづらしきおほんおぼえなり。

 五節ごせちまゐ儀式ぎしきは、いづれともなく、心々こころごころなくしたまへるを、「舞姫まひひめ容貌かたち大殿おほとの大納言だいなごんとはすぐれたり」とめでののしる。げに、いとをかしげなれど、ここしううつくしげなることは、なほ大殿おほとののには、えおよぶまじかりけり。

 ものきよげにいまめきて、そのものともゆまじう仕立したてたる様体やうだいなどの、ありがたうをかしげなるを、かうめらるるなめり。れい舞姫まひひめどもよりは、みなすこしおとなびつつ、げにこころことなるとしなり。

 殿とのまゐりたまひて御覧ごらんずるに、むかし御目おほんめとまりたまひし少女をとめ姿すがたおぼづ。たつくれかたつかはす。御文おほんふみのうちおもひやるべし。

乙女子をとめごかみさびぬらしあまそでふるともよはひぬれば」

 年月としつきもりをかぞへて、うちおぼしけるままのあはれを、えしのびたまはぬばかりの、をかしうおぼゆるも、はかなしや。

「かけてへば今日けふのこととぞおもほゆる日蔭ひかげしもそでにとけしも」

 青摺あをずりのかみよくとりあへて、まぎらはしいたる、濃墨こずみ薄墨うすずみさうがちにうちみだれたるも、ひとのほどにつけてはをかしと御覧ごらんず。

 冠者くわざきみも、ひととまるにつけても、ひとれずおもひありきたまへど、あたりちかくだにせず、いとけけしうもてなしたれば、ものつつましきほどのこころには、なげかしうてやみぬ。容貌かたちはしも、いとこころにつきて、つらきひとなぐさめにも、るわざしてむやとおもふ。

やがて皆とめさせたまひて

 やがてみなとめさせたまひて、宮仕みやづかへすべきけしきありけれど、このたびはまかでさせて、近江あふみのは辛崎からさきはらへ、かみ難波なにはと、いどみてまかでぬ。大納言だいなごんもことさらにまゐらすべきよしそうせさせたまふ。左衛門督さゑもんのかみ、そのひとならぬをたてまつりて、とがめありけれど、それもとどめさせたまふ。

 かみは、「典侍ないしのすけあきたるに」とまうさせたれば、「さもやいたはらまし」と大殿おほとのおぼいたるを、かのひときたまひて、いと口惜くちをしとおもふ。

「わがとしのほど、くらゐなど、かくものげなからずは、てましものを。おもこころありとだにられでやみなむこと」

 と、わざとのことにはあらねど、うちへてなみだぐまるる折々をりをりあり。

 兄弟せうと童殿上わらはてんじゃうする、つねにこのきみまゐつかうまつるを、れいよりもなつかしうかたらひたまひて、

五節ごせちはいつか内裏うちまゐる」

 とひたまふ。

今年ことしとこそはきはべれ」

 とこゆ。

かほのいとよかりしかば、すずろにこそこひしけれ。ましがつねるらむもうらやましきを、またせてむや」

 とのたまへば、

「いかでかさははべらむ。こころにまかせてもえはべらず。男兄弟をのこはらからとて、ちかくもせはべらねば、まして、いかでか君達きむだちには御覧ごらんぜさせむ」

 とこゆ。

「さらば、ふみをだに」

 とてたまへり。「先々さきざきかやうのことはふものを」とくるしけれど、せめてたまへば、いとほしうてぬ。

 としのほどよりは、されてやありけむ、をかしとけり。みどり薄様うすやうの、このましきかさねなるに、はまだいとわかけれど、さきえて、いとをかしげに、

日影ひかげにもしるかりけめや少女子をとめごあま羽袖はそでにかけしこころは」

 二人ふたりるほどに、父主ちちぬしふとたり。おそろしうあきれて、えかくさず。

「なぞのふみぞ」

 とてるに、おもてあかみてゐたり。

「よからぬわざしけり」

 とにくめば、せうとげてくを、せて、

がぞ」

 とへば、

殿との冠者くわざきみの、しかしかのたまうてたまへる」

 とへば、名残なごりなくうちみて、

「いかにうつくしききみおほんされごころなり。きむぢらは、おなとしなれど、いふかひなくはかなかめりかし」

 などめて、母君ははぎみにもす。

「この君達きむだちの、すこし人数ひとかずおぼしぬべからましかば、宮仕みやづかへよりは、たてまつりてまし。殿との御心みこころおきてるに、そめたまひてむひとを、御心みこころとはわすれたまふまじきとこそ、いとたのもしけれ。明石あかし入道にふだうためしにやならまし」

 などへど、みないそちにたり。

かの人は、文をだにえやりたまはず

 かのひとは、ふみをだにえやりたまはず、ちまさるかたのことしこころにかかりて、ほどるままに、わりなくこひしき面影おもかげにまたあひでやとおもふよりほかのことなし。みやおほんもとへ、あいなく心憂こころうくてまゐりたまはず。おはせしかた、としごろあそれしところのみ、おもでらるることまされば、さとさへくおぼえたまひつつ、またもりゐたまへり。

 殿とのは、この西にしたいにぞ、こえあづけたてまつりたまひける。

大宮おほみや御世みよのこすくなげなるを、おはせずなりなむのちも、かくをさなきほどよりならして、後見うしろみおぼせ」

 とこえたまへば、ただのたまふままの御心みこころにて、なつかしうあはれにおもあつかひたてまつりたまふ。

 ほのかになどたてまつるにも、

容貌かたちのまほならずもおはしけるかな。かかるひとをも、ひとおもてたまはざりけり」など、「わが、あながちに、つらきひと御容貌おほんかたちこころにかけてこひしとおもふもあぢきなしや。こころばへのかやうにやはらかならむひとをこそあひおもはめ」

 とおもふ。また、

むかひてるかひなからむもいとほしげなり。かくてとしたまひにけれど、殿とのの、さやうなる御容貌おほんかたち御心みこころたまうて、浜木綿はまゆふばかりのへだてさしかくしつつ、なにくれともてなしまぎらはしたまふめるも、むべなりけり」

 とおもこころのうちぞ、づかしかりける。

 大宮おほみや容貌かたちことにおはしませど、まだいときよらにおはし、ここにもかしこにも、ひと容貌かたちよきものとのみ目馴めなれたまへるを、もとよりすぐれざりける御容貌おほんかたちの、ややさだぎたる心地ここちして、せに御髪みぐしすくななるなどが、かくそしらはしきなりけり。

年の暮には、睦月の御装束など

 としくれには、睦月むつき御装束おほんさうぞくなど、みやはただ、このきみ一所ひとところおほんことを、まじることなういそぎたまふ。あまたくだり、いときよらに仕立したてたまへるをるも、ものくのみおぼゆれば、

朔日ついたちなどには、かならずしも内裏うちまゐるまじうおもひたまふるに、なににかくいそがせたまふらむ」

 とこえたまへば、

「などてか、さもあらむ。いくづほれたらむひとのやうにものたまふかな」

 とのたまへば、

いねど、くづほれたる心地ここちぞするや」

 とひとりごちて、うちなみだぐみてゐたまへり。

「かのことをおもふならむ」と、いと心苦こころぐるしうて、みやもうちひそみたまひぬ。

をとこは、口惜くちをしききはひとだに、こころたかうこそつかふなれ。あまりしめやかに、かくなものしたまひそ。なにとか、かうながめがちにおもれたまふべき。ゆゆしう」

 とのたまふも、

なにかは。六位ろくゐなどひとのあなづりはべるめれば、しばしのこととはおもうたまふれど、内裏うちまゐるもものくてなむ。故大臣こおとどおはしまさましかば、たはぶれにても、ひとにはあなづられはべらざらまし。ものへだてぬおやにおはすれど、いとけけしうさしはなちておぼいたれば、おはしますあたりに、たやすくもまゐれはべらず。ひむがしゐんにてのみなむ、御前おまへちかくはべる。たい御方おほんかたこそ、あはれにものしたまへ、おやいま一所ひとところおはしまさましかば、なにごとをおもひはべらまし」

 とて、なみだつるをまぎらはいたまへるけしき、いみじうあはれなるに、みやは、いとどほろほろときたまひて、

ははにもおくるるひとは、ほどほどにつけて、さのみこそあはれなれど、おのづから宿世すくせ宿世すくせに、ひとりたちぬれば、おろかにおもふもなきわざなるを、おもれぬさまにてものしたまへ。故大臣こおとどいましばしだにものしたまへかし。かぎりなきかげには、おなじこととたのみきこゆれど、おもふにかなはぬことのおほかるかな。内大臣うちのおとどこころばへも、なべてのひとにはあらずと、世人よひともめでふなれど、むかしはることのみまさりゆくに、いのちながさもうらめしきに、さきとほひとさへ、かくいささかにても、おもひしめりたまへれば、いとなむよろづうらめしきなる」

 とて、きおはします。

朔日にも、大殿は御ありきしなければ

 朔日ついたちにも、大殿おほとのおほんありきしなければ、のどやかにておはします。良房よしふさ大臣おとどこえける、いにしへのれいになずらへて、白馬あをむまひき、節会せちゑ内裏うち儀式ぎしきをうつして、むかしためしよりもことへて、いつかしきおほんありさまなり。

 如月きさらぎ二十日はつかあまり、朱雀院すざくゐん行幸ぎゃうがうあり。花盛はなざかりはまだしきほどなれど、弥生やよひ故宮こみや御忌月おほんきづきなり。とくひらけたるさくらいろもいとおもしろければ、ゐんにも御用意おほんよういことにつくろひみがかせたまひ、行幸ぎゃうがうつかうまつりたまふ上達部かむだちめ親王みこたちよりはじめ、こころづかひしたまへり。

 ひとびとみな、青色あをいろに、桜襲さくらがさねたまふ。みかどは、赤色あかいろ御衣おほんぞたてまつれり。しありて、太政大臣おほきおとどまゐりたまふ。おなじ赤色あかいろたまへれば、いよいよひとつものとかかやきてえまがはせたまふ。ひとびとの装束さうぞく用意よういつねにことなり。ゐんも、いときよらにねびまさらせたまひて、おほんさまの用意ようい、なまめきたるかたすすませたまへり。

 今日けふは、わざとの文人もんにんさず、ただそのざえかしこしとこえたる学生がくしゃうじふにんす。式部しきぶつかさこころみのだいをなずらへて、御題おほんだいたまふ。大殿おほとの太郎君たろうぎみこころみたまふべきなめり。おくだかきものどもは、ものもおぼえず、つながぬふねりていけはなでて、いとすべなげなり。

 やうやうくだりて、がくふねどもぎまひて、調子てうしどもそうするほどの、山風やまかぜひびきおもしろくきあはせたるに、冠者くわざきみは、

「かうくるしきみちならでもじらひあそびぬべきものを」

 と、なかうらめしうおぼえたまひけり。

春鴬囀しゅんあうでんふほどに、むかしはなえんのほどおぼでて、ゐんみかども、

「また、さばかりのことてむや」

 とのたまはするにつけて、そののことあはれにおぼつづけらる。つるほどに、大臣おとどゐん御土器おほんかはらけまゐりたまふ。

うぐひすのさへづるこゑむかしにてむつれしはなかげはれる」

 ゐんうへ

九重ここのへかすみへだつるすみかにもはるげくるうぐひすこゑ

 そちみやこえし、いま兵部卿ひゃうぶきゃうにて、いまうへ御土器おほんかはらけまゐりたまふ。

「いにしへをつたへたる笛竹ふえたけにさへづるとりさへはらぬ」

 あざやかにそうしなしたまへる、用意よういことにめでたし。らせたまひて、

うぐひすむかしひてさへづるは木伝こづたはないろやあせたる」

 とのたまはするおほんありさま、こよなくゆゑゆゑしくおはします。これは御私おほんわたくしざまに、うちうちのことなれば、あまたにもながれずやなりにけむ、またおとしてけるにやあらむ。

 楽所がくそとほくておぼつかなければ、御前おまへ御琴おほんことどもす。兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみや琵琶びは内大臣うちのおとど和琴わごんしゃう御琴おほんことゐん御前おまへまゐりて、きんは、れい太政大臣おほきおとどたまはりたまふ。せめきこえたまふ。さるいみじき上手じゃうずのすぐれたる御手おほんてづかひどもの、くしたまへるは、たとへむかたなし。唱歌さうが殿上人てんじゃうびとあまたさぶらふ。「安名尊あなたふとあそびて、つぎに「桜人さくらびと」。つきおぼろにさしでてをかしきほどに、中島なかじまのわたりに、ここかしこ篝火かがりびどもともして、大御遊おほみあそびはやみぬ。

夜更けぬれど、かかるついでに

 けぬれど、かかるついでに、大后おほきさいみやおはしますかたを、よきてとぶらひきこえさせたまはざらむも、なさけなければ、かへさにわたらせたまふ。大臣おとどもろともにさぶらひたまふ。

 きさきよろこびたまひて、御対面おほんたいめんあり。いといたうさだぎたまひにけるおほんけはひにも、故宮こみやおもできこえたまひて、「かくながくおはしますたぐひもおはしけるものを」と、口惜くちをしうおもほす。

いまはかくりぬるよはひに、よろづのことわすられはべりにけるを、いとかたじけなくわたりおはしまいたるになむ、さらにむかし御世みよのことおもでられはべる」

 と、うちきたまふ。

「さるべき御蔭おほんかげどもにおくれはべりてのち、はるのけぢめもおもうたまへわかれぬを、今日けふなむなぐさめはべりぬる。またまたも」

 とこえたまふ。大臣おとどもさるべきさまにこえて、

「ことさらにさぶらひてなむ」

 とこえたまふ。のどやかならでかへらせたまふひびきにも、きさきは、なほむねうちさわぎて、

「いかにおぼづらむ。をたもちたまふべき御宿世おほんすくせは、たれぬものにこそ」

 と、いにしへをおぼす。

 尚侍ないしのかむきみも、のどやかにおぼづるに、あはれなることおほかり。いまもさるべきをりかぜのつてにもほのめききこえたまふことえざるべし。

 きさきは、朝廷おほやけそうせさせたまふことある時々ときどきぞ、おほんたうばりの年官つかさ年爵かうぶりなにくれのことにれつつ、御心みこころにかなはぬときぞ、「いのちながくてかかるすゑること」と、かへさまほしう、よろづおぼしむつかりける。

 いもておはするままに、さがなさもまさりて、ゐんもくらべくるしう、たとへがたくぞおもひきこえたまひける。

 かくて、大学だいがくきみ、そのふみうつくしうつくりたまひて、進士しんじになりたまひぬ。としもれるかしこきものどもをらばせたまひしかど、及第きふだいひと、わづかにさんにんなむありける。

 あき司召つかさめしに、かうぶりて、侍従じじゅうになりたまひぬ。かのひとおほんこと、わするるなけれど、大臣おとどせちにまもりきこえたまふもつらければ、わりなくてなども対面たいめんしたまはず。御消息おほんせうそこばかり、さりぬべきたよりにこえたまひて、かたみに心苦こころぐるしき御仲おほんなかなり。

大殿、静かなる御住まひを

 大殿おほとのしづかなる御住おほんすまひを、おなじくはひろどころありて、ここかしこにておぼつかなき山里人やまざとびとなどをも、つどませむの御心みこころにて、六条京極ろくでうきゃうごくのわたりに、中宮ちゅうぐう御古おほんふるみやのほとりを、まちをこめてつくらせたまふ。

 式部卿宮しきぶきゃうのみやけむとし五十ごじふになりたまひける御賀おほんがのこと、たいうへおぼしまうくるに、大臣おとども、「げに、ぐしがたきことどもなり」とおぼして、「さやうのおほんいそぎも、おなじくめづらしからむ御家居おほんいへゐにて」と、いそがせたまふ。

 としかへりて、ましてこのおほんいそぎのこと、おほんとしみのこと、楽人がくにん舞人まひびとさだめなどを、御心みこころれていとなみたまふ。きゃうほとけ法事ほふじ装束さうぞくろくなどをなむ、うへはいそがせたまひける。

 ひむがしゐんに、けてしたまふことどもあり。おほんなからひ、ましていとみやびかにこえはしてなむ、ぐしたまひける。

 なかひびきゆすれるおほんいそぎなるを、式部卿宮しきぶきゃうのみやにもこしめして、

としごろ、なかにはあまねき御心みこころなれど、このわたりをばあやにくになさけなく、ことれてはしたなめ、宮人みやびとをも御用意おほんよういなく、うれはしきことのみおほかるに、つらしとおもきたまふことこそはありけめ」

 と、いとほしくもからくもおぼしけるを、かくあまたかかづらひたまへるひとびとおほかるなかに、りわきたる御思おほんおもひすぐれて、こころにくくめでたきことに、おもひかしづかれたまへる御宿世おほんすくせをぞ、わがいへまではにほひねど、面目めいぼくおぼすに、また、

「かくこのにあまるまで、ひびかしいとなみたまふは、おぼえぬよはひすゑさかえにもあるべきかな」

 とよろこびたまふを、きたかたは、「こころゆかず、ものし」とのみおぼしたり。女御にょうごおほんまじらひのほどなどにも、大臣おとど御用意おほんよういなきやうなるを、いよいようらめしとおもひしみたまへるなるべし。

八月にぞ、六条院造り果てて

 八月はづきにぞ、六条院ろくでうのゐんつくててわたりたまふ。未申ひつじさるまちは、中宮ちゅうぐう御古宮おほんふるみやなれば、やがておはしますべし。辰巳たつみは、殿とののおはすべきまちなり。丑寅うしとらは、ひむがしゐんみたまふたい御方おほんかた戌亥いぬゐまちは、明石あかし御方おほんかたおぼしおきてさせたまへり。もとありけるいけやまをも、便びんなきところなるをばくづへて、みづおもむき、やまのおきてをあらためて、さまざまに、御方々おほんかたがた御願おほんねがひのこころばへをつくらせたまへり。

 みなみひむがしは、やまたかく、はるはなかずくしてゑ、いけのさまおもしろくすぐれて、御前おまへちか前栽せんざい五葉ごえふ紅梅こうばいさくらふぢ山吹やまぶき岩躑躅いはつつぢなどやうの、はるのもてあそびをわざとはゑで、あき前栽せんざいをば、むらむらほのかにぜたり。

 中宮ちゅうぐう御町おほんまちをば、もとのやまに、紅葉もみぢいろかるべき植木うゑきどもをへて、いづみみづとほましやり、みづおとまさるべきいはほくはへ、たきとして、あきをはるかにつくりたる、そのころにあひて、さかりにみだれたり。嵯峨さが大堰おほゐのわたりの野山のやま無徳むとくにけおされたるあきなり。

 きたひむがしは、すずしげなるいづみありて、なつかげによれり。まへちか前栽せんざい呉竹くれたけ下風したかぜすずしかるべく、木高こだかもりのやうなるども木深こぶかくおもしろく、山里やまざとめきて、はな垣根かきねことさらにしわたして、むかしおぼゆる花橘はなたちばな撫子なでしこ薔薇さうび苦丹くたになどやうのはな草々くさぐさゑて、はるあきくさ、そのなかにうちぜたり。ひむがしおもては、けて馬場むまば御殿おとどつくり、らちひて、五月さつき御遊おほんあそどころにて、みづのほとりに菖蒲さうぶしげらせて、かひに御厩おほんむまやして、になき上馬じゃうめどもをととのへてさせたまへり。

 西にしまちは、きたおもてけて、御倉町みくらまちなり。へだてのかきまつしげく、ゆきをもてあそばむたよりによせたり。ふゆのはじめのあさしもむすぶべききくまがき、われはがほなる柞原ははそはら、をさをさらぬ深山木みやまぎどもの、木深こぶかきなどをうつゑたり。

彼岸のころほひ渡りたまふ

 彼岸ひがんのころほひわたりたまふ。ひとたびにとさだめさせたまひしかど、さわがしきやうなりとて、中宮ちゅうぐうはすこしべさせたまふ。れいのおいらかにけしきばまぬ花散里はなちるさとぞ、そのひてうつろひたまふ。

 はるおほんしつらひは、このころにはねど、いとこころことなり。御車おほんくるま十五じふご御前ごぜん四位しゐ五位ごゐがちにて、六位ろくゐ殿上人てんじゃうびとなどは、さるべきかぎりをらせたまへり。こちたきほどにはあらず、のそしりもやとはぶきたまへれば、何事なにごともおどろおどろしういかめしきことはなし。

 いま一方ひとかたけしきも、をさをさとしたまはで、侍従君じじゅうのきみひて、そなたはもてかしづきたまへば、げにかうもあるべきことなりけりとえたり。

 女房にょうばう曹司町ざうしまちども、てのこまけぞ、おほかたのことよりもめでたかりける。

 いつか六日むいかぎて、中宮ちゅうぐうまかでさせたまふ。このけしきはた、さはへど、いと所狭ところせし。御幸おほんさいはひのすぐれたまへりけるをばさるものにて、おほんありさまのこころにくくおもりかにおはしませば、おもおもはれたまへること、すぐれてなむおはしましける。

 このまちまちなかへだてには、へいどもらうなどを、とかくかよはして、気近けぢかくをかしきあはひにしなしたまへり。

長月になれば、紅葉むらむら色づきて

 長月ながつきになれば、紅葉もみぢむらむらいろづきて、みや御前おまへえもはずおもしろし。かぜうちきたる夕暮ゆふぐれに、御箱おほんはこふたに、色々いろいろはな紅葉もみぢをこきぜて、こなたにたてまつらせたまへり。

 おほきやかなる童女わらはの、あこめ紫苑しをん織物おりものかさねて、赤朽葉あかくちばうすもの汗衫かざみ、いといたうなれて、らう渡殿わたどの反橋そりはしわたりてまゐる。うるはしき儀式ぎしきなれど、童女わらはのをかしきをなむ、えおぼてざりける。さるところにさぶらひなれたれば、もてなし、ありさま、ほかのにはず、このましうをかし。御消息おほんせうそこには、

こころからはるまつそのはわが宿やど紅葉もみぢかぜのつてにだによ」

 わかひとびと、御使おほんつかひもてはやすさまどもをかし。

 御返おほんかへりは、この御箱おほんはこふたこけき、いはほなどのこころばへして、五葉ごえふえだに、

かぜ紅葉もみぢかろはるいろ岩根いはねまつにかけてこそめ」

 この岩根いはねまつも、こまかにれば、えならぬつくりごとどもなりけり。とりあへずおもりたまひつるゆゑゆゑしさなどを、をかしく御覧ごらんず。御前おまへなるひとびともめであへり。大臣おとど

「この紅葉もみぢ御消息おほんせうそこ、いとねたげなめり。はる花盛はなざかりに、この御応おほんいらへはこえたまへ。このころ紅葉もみぢくたさむは、龍田姫たつたひめおもはむこともあるを、さし退しぞきて、はなかげかくれてこそ、つよきことはめ」

 とこえたまふも、いとわかやかにきせぬおほんありさまのどころおほかるに、いとどおもふやうなる御住おほんすまひにて、こえかよはしたまふ。

 大堰おほゐ御方おほんかたは、「かう方々かたがた御移おほんうつろひさだまりて、かずならぬひとは、いつとなくまぎらはさむ」とおぼして、神無月かむなづきになむわたりたまひける。おほんしつらひ、ことのありさまおとらずして、わたしたてまつりたまふ。姫君ひめぎみおほんためをおぼせば、おほかたの作法さはふも、けぢめこよなからず、いとものものしくもてなさせたまへり。

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