『源氏物語』第22帖「玉鬘」原文全文

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」国貞『源氏香の図』

 このページでは、『源氏物語』第22帖「玉鬘」の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『源氏物語』第22帖「玉鬘」現代語訳全文をご覧ください。

目次

年月隔たりぬれど

 年月としつき隔へだたりぬれど、飽あかざりし夕顔ゆふがほを、つゆ忘わすれたまはず、心々こころごころなる人ひとのありさまどもを、見みたまひ重かさぬるにつけても、「あらましかば」と、あはれに口惜くちをしくのみ思おぼし出いづ。

 右近うこんは、何なにの人数ひとかずならねど、なほ、その形見かたみと見みたまひて、らうたきものに思おぼしたれば、古人ふるひとの数かずに仕つかうまつり馴なれたり。須磨すまの御移おほんうつろひのほどに、対たいの上うへの御方おほんかたに、皆みな人ひとびと聞きこえ渡わたしたまひしほどより、そなたにさぶらふ。心こころよくかいひそめたるものに、女君をんなぎみも思おぼしたれど、心こころのうちには、

「故君こぎみものしたまはましかば、明石あかしの御方おほんかたばかりのおぼえには劣おとりたまはざらまし。さしも深ふかき御心みこころざしなかりけるをだに、落おとしあぶさず、取とりしたためたまふ御心長みこころながさなりければ、まいて、やむごとなき列つらにこそあらざらめ、この御殿移おほんとのうつりの数かずのうちには交まじらひたまひなまし」

 と思おもふに、飽あかず悲かなしくなむ思おもひける。

 かの西にしの京きゃうにとまりし若君わかぎみをだに行方ゆくへも知しらず、ひとへにものを思おもひつつみ、また、「今いまさらにかひなきことによりて、我わが名な漏もらすな」と、口くちがためたまひしを憚はばかりきこえて、尋たづねても訪おとづれきこえざりしほどに、その御乳母おほんめのとの男をとこ、少弐せうにになりて、行いきければ、下くだりにけり。かの若君わかぎみの四よつになる年としぞ、筑紫つくしへは行いきける。

母君の御行方を知らむと

 母君ははぎみの御行方おほんゆくへを知しらむと、よろづの神かみ仏ほとけに申まうして、夜よる昼ひる泣なき恋こひて、さるべき所々ところどころを尋たづねきこえけれど、つひにえ聞きき出いでず。

「さらばいかがはせむ。若君わかぎみをだにこそは、御形見おほんかたみに見みたてまつらめ。あやしき道みちに添そへたてまつりて、遥はるかなるほどにおはせむことの悲かなしきこと。なほ、父君ちちぎみにほのめかさむ」

 と思おもひけれど、さるべきたよりもなきうちに、

「母君ははぎみのおはしけむ方かたも知しらず、尋たづね問とひたまはば、いかが聞きこえむ」

「まだ、よくも見みなれたまはぬに、幼をさなき人ひとをとどめたてまつりたまはむも、うしろめたかるべし」

「知しりながら、はた、率ゐて下くだりねと許ゆるしたまふべきにもあらず」

 など、おのがじし語かたらひあはせて、いとうつくしう、ただ今いまから気高けだかくきよらなる御おほんさまを、ことなるしつらひなき舟ふねに乗のせて漕こぎ出いづるほどは、いとあはれになむおぼえける。

 幼をさなき心地ここちに、母君ははぎみを忘わすれず、折々をりをりに、

「母ははの御おほんもとへ行ゆくか」

 と問とひたまふにつけて、涙なみだ絶たゆる時ときなく、娘むすめどもも思おもひこがるるを、「舟路ふなみちゆゆし」と、かつは諌いさめけり。

 おもしろき所々ところどころを見みつつ、

「心若こころわかうおはせしものを、かかる路みちをも見みせたてまつるものにもがな」

「おはせましかば、われらは下くだらざらまし」

 と、京きゃうの方かたを思おもひやらるるに、帰かへる浪なみもうらやましく、心細こころぼそきに、舟子ふなこどもの荒々あらあらしき声こゑにて、

「うらがなしくも、遠とほく来きにけるかな」

 と、歌うたふを聞きくままに、二人ふたりさし向むかひて泣なきけり。

「舟人ふなびともたれを恋こふとか大島おほしまのうらがなしげに声こゑの聞きこゆる」

「来こし方かたも行方ゆくへも知しらぬ沖おきに出いでてあはれいづくに君きみを恋こふらむ」

 鄙ひなの別わかれに、おのがじし心こころをやりて言いひける。

 金かねの岬みさき過すぎて、「われは忘わすれず」など、世よとともの言種ことぐさになりて、かしこに到いたり着つきては、まいて遥はるかなるほどを思おもひやりて、恋こひ泣なきて、この君きみをかしづきものにて、明あかし暮くらす。

 夢ゆめなどに、いとたまさかに見みえたまふ時ときなどもあり。同おなじさまなる女をんななど、添そひたまうて見みえたまへば、名残なごり心地ここち悪あしく悩なやみなどしければ、

「なほ、世よに亡なくなりたまひにけるなめり」

 と思おもひなるも、いみじくのみなむ。

少弐、任果てて上りなどするに

 少弐せうに、任にん果はてて上のぼりなどするに、遥はるけきほどに、ことなる勢いきほひなき人ひとは、たゆたひつつ、すがすがしくも出いで立たたぬほどに、重おもき病やまひして、死しなむとする心地ここちにも、この君きみの十とをばかりにもなりたまへるさまの、ゆゆしきまでをかしげなるを見みたてまつりて、

「我われさへうち捨すてたてまつりて、いかなるさまにはふれたまはむとすらむ。あやしき所ところに生おひ出いでたまふも、かたじけなく思おもひきこゆれど、いつしかも京きゃうに率ゐてたてまつりて、さるべき人ひとにも知しらせたてまつりて、御宿世おほんすくせにまかせて見みたてまつらむにも、都みやこは広ひろき所ところなれば、いと心こころやすかるべしと、思おもひいそぎつるを、ここながら命いのち堪たへずなりぬること」

 と、うしろめたがる。男子をのこご三人みたりあるに、

「ただこの姫君ひめぎみ、京きゃうに率ゐてたてまつるべきことを思おもへ。わが身みの孝けうをば、な思おもひそ」

 となむ言いひ置おきける。

 その人ひとの御子みことは、館たちの人ひとにも知しらせず、ただ「孫むまごのかしづくべきゆゑある」とぞ言いひなしければ、人ひとに見みせず、限かぎりなくかしづききこゆるほどに、にはかに亡うせぬれば、あはれに心細こころぼそくて、ただ京きゃうの出いで立たちをすれど、この少弐せうにの仲なか悪あしかりける国くにの人ひと多おほくなどして、とざまかうざまに、懼おぢ憚はばかりて、われにもあらで年としを過すぐすに、この君きみ、ねびととのひたまふままに、母君ははぎみよりもまさりてきよらに、父大臣ちちおとどの筋すぢさへ加くははればにや、品しな高たかくうつくしげなり。心こころばせおほどかにあらまほしうものしたまふ。

聞きついつつ

 聞ききついつつ、好すいたる田舎人ゐなかびとども、心こころかけ消息せうそこがる、いと多おほかり。ゆゆしくめざましくおぼゆれば、誰たれも誰たれも聞きき入いれず。

「容貌かたちなどは、さてもありぬべけれど、いみじきかたはのあれば、人ひとにも見みせで尼あまになして、わが世よの限かぎりは持もたらむ」

 と言いひ散ちらしたれば、

「故少弐こせうにの孫むまごは、かたはなむあんなる」

「あたらものを」

 と、言いふなるを聞きくもゆゆしく、

「いかさまにして、都みやこに率ゐてたてまつりて、父大臣ちちおとどに知しらせたてまつらむ。いときなきほどを、いとらうたしと思おもひきこえたまへりしかば、さりともおろかには思おもひ捨すてきこえたまはじ」

 など言いひ嘆なげくほど、仏ほとけ神かみに願ぐわんを立たててなむ念ねんじける。

 娘むすめどもも男子をのこどもも、所ところにつけたるよすがども出いで来きて、住すみつきにたり。心こころのうちにこそ急いそぎ思おもへど、京きゃうのことはいや遠とほざかるやうに隔へだたりゆく。もの思おぼし知しるままに、世よをいと憂うきものに思おぼして、年三ねんさうなどしたまふ。二十はたちばかりになりたまふままに、生おひととのほりて、いとあたらしくめでたし。

 この住すむ所ところは、肥前国ひぜんのくにとぞいひける。そのわたりにもいささか由よしある人ひとは、まづこの少弐せうにの孫むまごのありさまを聞きき伝つたへて、なほ、絶たえず訪おとづれ来くるも、いといみじう、耳みみかしかましきまでなむ。

大夫監とて

 大夫監たいふのげんとて、肥後国ひごのくにに族ぞう広ひろくて、かしこにつけてはおぼえあり、勢いきほひいかめしき兵つはものありけり。むくつけき心こころのなかに、いささか好すきたる心こころ混まじりて、容貌かたちある女をんなを集あつめて見みむと思おもひける。この姫君ひめぎみを聞ききつけて、

「いみじきかたはありとも、我われは見み隠かくして持もたらむ」

 と、いとねむごろに言いひかかるを、いとむくつけく思おもひて、

「いかで、かかることを聞きかで、尼あまになりなむとす」

 と、言いはせたれば、いよいよあやふがりて、おしてこの国くにに越こえ来きぬ。

 この男子をのこどもを呼よびとりて、語かたらふことは、

「思おもふさまになりなば、同おなじ心こころに勢いきほひを交かはすべきこと」

 など語かたらふに、二人ふたりは赴おもむきにけり。

「しばしこそ、似にげなくあはれと思おもひきこえけれ、おのおの我わが身みのよるべと頼たのまむに、いと頼たのもしき人ひとなり。これに悪あしくせられては、この近ちかき世界せかいにはめぐらひなむや」

「よき人ひとの御筋すぢといふとも、親おやに数かずまへられたてまつらず、世よに知しらでは、何なにのかひかはあらむ。この人ひとのかくねむごろに思おもひきこえたまへるこそ、今いまは御幸おほんさいはひなれ」

「さるべきにてこそは、かかる世界せかいにもおはしけめ。逃にげ隠かくれたまふとも、何なにのたけきことかはあらむ」

「負まけじ魂だましひに、怒いかりなば、せぬことどもしてむ」

 と言いひ脅おどせば、「いといみじ」と聞ききて、中なかの兄このかみなる豊後介ぶんごのすけなむ、

「なほ、いとたいだいしく、あたらしきことなり。故少弐こせうにののたまひしこともあり。とかく構かまへて、京きゃうに上あげたてまつりてむ」

 と言いふ。娘むすめどもも泣なきまどひて、

「母君ははぎみのかひなくてさすらへたまひて、行方ゆくへをだに知しらぬかはりに、人ひとなみなみにて見みたてまつらむとこそ思おもふに」

「さるものの中なかに混まじりたまひなむこと」

 と思おもひ嘆なげくをも知しらで、「我われはいとおぼえ高たかき身み」と思おもひて、文ふみなど書かきておこす。手てなどきたなげなう書かきて、唐からの色紙しきし、香かうばしき香かに入いれしめつつ、をかしく書かきたりと思おもひたる言葉ことばぞ、いとたみたりける。みづからも、この家いへの次郎じらうを語かたらひとりて、うち連つれて来きたり。

三十ばかりなる男の

 三十みそぢばかりなる男をのこの、丈たけ高たかくものものしく太ふとりて、きたなげなけれど、思おもひなし疎うとましく、荒あららかなる振ふる舞まひなど、見みるもゆゆしくおぼゆ。色いろあひ心地ここちよげに、声こゑいたう嗄かれてさへづりゐたり。懸想人けさうびとは夜よに隠かくれたるをこそ、よばひとは言いひけれ、さまかへたる春はるの夕暮ゆふぐれなり。秋あきならねども、あやしかりけりと見みゆ。

 心こころを破やぶらじとて、祖母おばおとど出いで会あふ。

「故少弐こせうにのいと情なさけび、きらきらしくものしたまひしを、いかでかあひ語かたらひ申まうさむと思おもひたまへしかども、さる心こころざしをも見みせ聞きこえずはべりしほどに、いと悲かなしくて、隠かくれたまひにしを、その代かはりに、一向いっかうに仕つかうまつるべくなむ、心こころざしを励はげまして、今日けふは、いとひたぶるに、強しひてさぶらひつる。

このおはしますらむ女君をんなぎみ、筋すぢことにうけたまはれば、いとかたじけなし。ただ、なにがしらが私わたくしの君きみと思おもひ申まうして、いただきになむささげたてまつるべき。おとどもしぶしぶにおはしげなることは、よからぬ女をんなどもあまたあひ知しりてはべるを聞きこしめし疎うとむななり。さりとも、すやつばらを、人並ひとなみにはしはべりなむや。わが君きみをば、后きさきの位くらゐに落おとしたてまつらじものをや」

 など、いとよげに言いひ続つづく。

「いかがは。かくのたまふを、いと幸さいはひありと思おもひたまふるを、宿世すくせつたなき人ひとにやはべらむ、思おもひ憚はばかることはべりて、いかでか人ひとに御覧ごらんぜられむと、人ひと知しれず嘆なげきはべるめれば、心苦こころぐるしう見みたまへわづらひぬる」

 と言いふ。

「さらに、な思おぼし憚はばかりそ。天下てんかに、目めつぶれ、足あし折をれたまへりとも、なにがしは仕つかうまつりやめてむ。国くにのうちの仏ほとけ神かみは、おのれになむ靡なびきたまへる」

 など、誇ほこりゐたり。

「その日ひばかり」と言いふに、「この月つきは季きの果はてなり」など、田舎ゐなかびたることを言いひ逃のがる。

下りて行く際に

 下おりて行いく際きはに、歌うた詠よままほしかりければ、やや久ひさしう思おもひめぐらして、

「君きみにもし心こころ違たがはば松浦まつらなる鏡かがみの神かみをかけて誓ちかはむ

この和歌わかは、仕つかうまつりたりとなむ思おもひたまふる」

 と、うち笑ゑみたるも、世よづかずうひうひしや。あれにもあらねば、返かへしすべくも思おもはねど、娘むすめどもに詠よますれど、

「まろは、ましてものもおぼえず」

 とてゐたれば、いと久ひさしきに思おもひわびて、うち思おもひけるままに、

「年としを経へて祈いのる心こころの違たがひなば鏡かがみの神かみをつらしとや見みむ」

 とわななかし出いでたるを、

「待まてや。こはいかに仰おほせらるる」

 と、ゆくりかに寄より来きたるけはひに、おびえて、おとど、色いろもなくなりぬ。娘むすめたち、さはいへど、心強こころづよく笑わらひて、

「この人ひとの、さまことにものしたまふを、引ひき違たがへ、いづらは思おもはれむを、なほ、ほけほけしき人ひとの、神かみかけて、聞きこえひがめたまふなめりや」

 と解とき聞きかす。

「おい、さり、さり」とうなづきて、

「をかしき御口おほんくちつきかな。なにがしら、田舎ゐなかびたりといふ名なこそはべれ、口惜くちをしき民たみにははべらず。都みやこの人ひととても、何なにばかりかあらむ。みな知しりてはべり。な思おぼしあなづりそ」

 とて、また、詠よまむと思おもへれども、堪たへずやありけむ、往いぬめり。

次郎が語らひ取られたるも

 次郎じらうが語かたらひ取とられたるも、いと恐おそろしく心憂こころうくて、この豊後介ぶんごのすけを責せむれば、

「いかがは仕つかまつるべからむ。語かたらひあはすべき人ひともなし。まれまれの兄弟はらからは、この監げんに同おなじ心こころならずとて、仲違なかたがひにたり。この監げんにあたまれては、いささかの身みじろきせむも、所狭ところせくなむあるべき。なかなかなる目めをや見みむ」

 と、思おもひわづらひにたれど、姫君ひめぎみの人ひと知しれず思おぼいたるさまの、いと心苦くるしくて、生いきたらじと思おもひ沈しづみたまへる、ことわりとおぼゆれば、いみじきことを思おもひ構かまへて出いで立たつ。妹いもうとたちも、年としごろ経へぬるよるべを捨すてて、この御供おほんともに出いで立たつ。

 あてきと言いひしは、今いまは兵部ひゃうぶの君きみといふぞ、添そひて、夜よ逃にげ出いでて舟ふねに乗のりける。大夫たいふの監げんは、肥後ひごに帰かへり行いきて、四月二十日うづきのはつかのほどに、日ひ取とりて来こむとするほどに、かくて逃にぐるなりけり。

 姉あねのおもとは、類るい広ひろくなりて、え出いで立たたず。かたみに別わかれ惜をしみて、あひ見みむことの難かたきを思おもふに、年とし経へつる故里ふるさととて、ことに見捨みすてがたきこともなし。ただ、松浦まつらの宮みやの前まへの渚なぎさと、かの姉あねおもとの別わかるるをなむ、顧かへりみせられて、悲かなしかりける。

「浮島うきしまを漕こぎ離はなれても行ゆく方かたやいづく泊とまりと知しらずもあるかな」

「行ゆく先さきも見みえぬ波路なみぢに舟出ふなでして風かぜにまかする身みこそ浮うきたれ」

 いとあとはかなき心地ここちして、うつぶし臥ふしたまへり。

かく、逃げぬるよし

「かく、逃にげぬるよし、おのづから言いひ出いで伝つたへば、負まけじ魂だましひにて、追おひ来きなむ」と思おもふに、心こころも惑まどひて、早舟はやぶねといひて、さまことになむ構かまへたりければ、思おもふ方かたの風かぜさへ進すすみて、危あやふきまで走はしり上のぼりぬ。響ひびきの灘なだもなだらかに過すぎぬ。

「海賊かいぞくの舟ふねにやあらむ。小ちひさき舟ふねの、飛とぶやうにて来くる」

 など言いふ者ものあり。海賊かいぞくのひたぶるならむよりも、かの恐おそろしき人ひとの追おひ来くるにやと思おもふに、せむかたなし。

「憂うきことに胸むねのみ騒さわぐ響ひびきには響ひびきの灘なだもさはらざりけり」

「川尻かはじりといふ所ところ、近ちかづきぬ」

 と言いふにぞ、すこし生いき出いづる心地ここちする。例れいの、舟子ふなこども、

「唐泊からどまりより、川尻かはじりおすほどは」

 と歌うたふ声こゑの、情なさけなきも、あはれに聞きこゆ。

 豊後介ぶんごのすけ、あはれになつかしう歌うたひすさみて、

「いとかなしき妻子めこも忘わすれぬ」

 とて、思おもへば、

「げにぞ、皆みなうち捨すててける。いかがなりぬらむ。はかばかしく身みの助たすけと思おもふ郎等らうどうどもは、皆みな率ゐて来きにけり。我われを悪あしと思おもひて、追おひまどはして、いかがしなすらむ」と思おもふに、「心こころ幼をさなくも、顧かへりみせで、出いでにけるかな」

 と、すこし心こころのどまりてぞ、あさましき事ことを思おもひ続つづくるに、心弱こころよわくうち泣なかれぬ。

「胡この地ちの妻児せいじをば虚むなしく棄すて捐すてつ」

 と誦ずずるを、兵部ひゃうぶの君きみ聞ききて、

「げに、あやしのわざや。年としごろ従したがひ来きつる人ひとの心こころにも、にはかに違たがひて逃にげ出いでにしを、いかに思おもふらむ」

 と、さまざま思おもひ続つづけらるる。

「帰かへる方かたとても、そこ所ところと行いき着つくべき故里ふるさともなし。知しれる人ひとと言いひ寄よるべき頼たのもしき人ひともおぼえず。ただ一所ひとところの御おほんためにより、ここらの年としつき住すみ馴なれつる世界せかいを離はなれて、浮うかべる波風なみかぜにただよひて、思おもひめぐらす方かたなし。この人ひとをも、いかにしたてまつらむとするぞ」

 と、あきれておぼゆれど、「いかがはせむ」とて、急いそぎ入いりぬ。

九条に、昔知れりける人の

 九条くでうに、昔むかし知しれりける人ひとの残のこりたりけるを訪とぶらひ出いでて、その宿やどりを占しめ置おきて、都みやこのうちといへど、はかばかしき人ひとの住すみたるわたりにもあらず、あやしき市女いちめ、商人あきびとのなかにて、いぶせく世よの中なかを思おもひつつ、秋あきにもなりゆくままに、来きし方かた行ゆく先さき、悲かなしきこと多おほかり。

 豊後介ぶんごのすけといふ頼たのもし人びとも、ただ水鳥みづとりの陸くがに惑まどへる心地ここちして、つれづれにならはぬありさまのたづきなきを思おもふに、帰かへらむにもはしたなく、心幼こころをさなく出いで立たちにけるを思おもふに、従したがひ来きたりし者ものどもも、類るいに触ふれて逃にげ去さり、本もとの国くにに帰かへり散ちりぬ。

 住すみつくべきやうもなきを、母ははおとど、明あけ暮くれ嘆なげきいとほしがれば、

「何なにか。この身みは、いとやすくはべり。人ひと一人ひとりの御身おほんみに代かへたてまつりて、いづちもいづちもまかり失うせなむに咎とがあるまじ。我われらいみじき勢いきほひになりても、若君わかぎみをさるものの中なかにはふらしたてまつりては、何心地なにごこちかせまし」

 と語かたらひ慰なぐさめて、

「神かみ仏ほとけこそは、さるべき方かたにも導みちびき知しらせたてまつりたまはめ。近ちかきほどに、八幡やはたの宮みやと申まうすは、かしこにても参まゐり祈いのり申まうしたまひし松浦まつら、筥崎はこざき、同おなじ社やしろなり。かの国くにを離はなれたまふとても、多おほくの願ぐわん立たて申まうしたまひき。今いま、都みやこに帰かへりて、かくなむ御験おほんしるしを得えてまかり上のぼりたると、早はやく申まうしたまへ」

 とて、八幡やはたに詣まうでさせたてまつる。それのわたり知しれる人ひとに言いひ尋たづねて、五師ごしとて、早はやく親おやの語かたらひし大徳だいとく残のこれるを呼よびとりて、詣まうでさせたてまつる。

うち次ぎては、仏の御なかには

「うち次つぎては、仏ほとけの御おほんなかには、初瀬はつせなむ、日ひの本もとのうちには、あらたなる験しるし現あらはしたまふと、唐土もろこしにだに聞きこえあむなり。まして、わが国くにのうちにこそ、遠とほき国くにの境さかひとても、年とし経へたまへれば、若君わかぎみをば、まして恵めぐみたまひてむ」

 とて、出いだし立たてたてまつる。ことさらに徒歩かちよりと定さだめたり。ならはぬ心地ここちに、いとわびしく苦くるしけれど、人ひとの言いふままに、ものもおぼえで歩あゆみたまふ。

「いかなる罪つみ深ふかき身みにて、かかる世よにさすらふらむ。わが親おや、世よに亡なくなりたまへりとも、われをあはれと思おぼさば、おはすらむ所ところに誘さそひたまへ。もし、世よにおはせば、御顔おほんかほ見みせたまへ」

 と、仏ほとけを念ねんじつつ、ありけむさまをだにおぼえねば、ただ、「親おやおはせましかば」と、ばかりの悲かなしさを、嘆なげきわたりたまへるに、かくさしあたりて、身みのわりなきままに、取とり返かへしいみじくおぼえつつ、からうして、椿市つばいちといふ所ところに、四日よかといふ巳みの時ときばかりに、生いける心地ここちもせで、行いき着つきたまへり。

 歩あゆむともなく、とかくつくろひたれど、足あしのうら動うごかれず、わびしければ、せむかたなくて休やすみたまふ。この頼たのもし人びとなる介すけ、弓矢ゆみや持もちたる人ひと二人ふたり、さては下しもなる者もの、童わらはなど三みたり、四人よたり、女をんなばらある限かぎり三人みたり、壺装束つぼさうぞくして、樋洗ひすましめく者もの、古ふるき下衆女げすをんな二人ふたりばかりとぞある。

 いとかすかに忍しのびたり。大御燈明おほみあかしのことなど、ここにてし加くはへなどするほどに日ひ暮くれぬ。家主人いへあるじの法師ほふし、

「人ひと宿やどしたてまつらむとする所ところに、何人なにびとのものしたまふぞ。あやしき女をんなどもの、心こころにまかせて」

 とむつかるを、めざましく聞きくほどに、げに、人ひとびと来きぬ。

これも徒歩よりなめり

 これも徒歩かちよりなめり。よろしき女をんな二人ふたり、下人しもびとどもぞ、男をとこ女をんな、数かず多おほかむめる。馬むま四よつ、五いつつ牽ひかせて、いみじく忍しのびやつしたれど、きよげなる男をとこどもなどあり。

 法師ほふしは、せめてここに宿やどさまほしくして、頭かしら掻かきありく。いとほしけれど、また、宿やどり替かへむもさま悪あしくわづらはしければ、人ひとびとは奥おくに入いり、他ほかに隠かくしなどして、かたへは片かたつ方かたに寄よりぬ。軟障ぜじゃうなどひき隔へだてておはします。

 この来くる人ひとも恥はづかしげもなし。いたうかいひそめて、かたみに心こころづかひしたり。

 さるは、かの世よとともに恋こひ泣なく右近うこんなりけり。年月としつきに添そへて、はしたなき交まじらひのつきなくなりゆく身みを思おもひなやみて、この御寺みてらになむたびたび詣まうでける。

 例れいならひにければ、かやすく構かまへたりけれど、徒歩かちより歩あゆみ堪たへがたくて、寄より臥ふしたるに、この豊後介ぶんごのすけ、隣となりの軟障ぜじゃうのもとに寄より来きて、参まゐり物ものなるべし、折敷をしき手てづから取とりて、

「これは、御前おまへに参まゐらせたまへ。御台みだいなどうちあはで、いとかたはらいたしや」

 と言いふを聞きくに、「わが並なみの人ひとにはあらじ」と思おもひて、物もののはさまより覗のぞけば、この男をとこの顔かほ、見みし心地ここちす。誰たれとはえおぼえず。いと若わかかりしほどを見みしに、太ふとり黒くろみてやつれたれば、多おほくの年とし隔へだてたる目めには、ふとしも見分みわかぬなりけり。

「三条さんでう、ここに召めす」

 と呼よび寄よする女をんなを見みれば、また見みし人ひとなり。

「故御方こおほんかたに、下人しもびとなれど、久ひさしく仕つかうまつりなれて、かの隠かくれたまへりし御住おほんすみかまでありし者ものなりけり」

 と見みなして、いみじく夢ゆめのやうなり。主しうとおぼしき人ひとは、いとゆかしけれど、見みゆべくも構かまへず。思おもひわびて、

「この女をんなに問とはむ。兵藤太ひゃうとうたといひし人ひとも、これにこそあらめ。姫君ひめぎみのおはするにや」

 と思おもひ寄よるに、いと心こころもとなくて、この中隔なかへだてなる三条さんでうを呼よばすれど、食くひ物ものに心こころ入いれて、とみにも来こぬ、いと憎にくしとおぼゆるも、うちつけなりや。

からうして

 からうして、

「おぼえずこそはべれ。筑紫つくしの国くにに、二十年はたとせばかり経へにける下衆げすの身みを、知しらせたまふべき京人きゃうびとよ。人違ひとたがへにやはべらむ」

 とて、寄より来きたり。田舎ゐなかびたる掻練かいねりに衣きぬなど着きて、いといたう太ふとりにけり。わが齢よはひもいとどおぼえて恥はづかしけれど、

「なほ、さし覗のぞけ。われをば見知みしりたりや」

 とて、顔かほさし出いでたり。この女をんなの手てを打うちて、

「あが御許おもとにこそおはしましけれ。あな、うれしともうれし。いづくより参まゐりたまひたるぞ。上うへはおはしますや」

 と、いとおどろおどろしく泣なく。若わかき者ものにて見みなれし世よを思おもひ出いづるに、隔へだて来きにける年月としつき数かぞへられて、いとあはれなり。

「まづ、おとどはおはすや。若君わかぎみは、いかがなりたまひにし。あてきと聞きこえしは」

 とて、君きみの御おほんことは、言いひ出いでず。

「皆みなおはします。姫君ひめぎみも大人おとなになりておはします。まづ、おとどに、かくなむと聞きこえむ」

 とて入いりぬ。

 皆みな、驚おどろきて、

「夢ゆめの心地ここちもするかな」

「いとつらく、言いはむかたなく思おもひきこゆる人ひとに、対面たいめんしぬべきことよ」

 とて、この隔へだてに寄より来きたり。気遠けどほく隔へだてつる屏風びゃうぶだつもの、名残なごりなくおし開あけて、まづ言いひやるべき方かたなく泣なき交かはす。老おい人びとは、ただ、

「わが君きみは、いかがなりたまひにし。ここらの年としごろ、夢ゆめにてもおはしまさむ所ところを見みむと、大願たいぐわんを立たつれど、遥はるかなる世界せかいにて、風かぜの音おとにてもえ聞きき伝つたへたてまつらぬを、いみじく悲かなしと思おもふに、老おいの身みの残のこりとどまりたるも、いと心憂こころうけれど、うち捨すてたてまつりたまへる若君わかぎみの、らうたくあはれにておはしますを、冥途よみぢのほだしにもてわづらひきこえてなむ、またたきはべる」

 と言いひ続つづくれば、昔むかしその折をり、いふかひなかりしことよりも、応いらへむ方かたなくわづらはしと思おもへども、

「いでや、聞きこえてもかひなし。御方おほんかたは、はや亡うせたまひにき」

 と言いふままに、二ふたり、三人みたりながらむせかへり、いとむつかしく、せきかねたり。

日暮れぬと、急ぎたちて

 日ひ暮くれぬと、急いそぎたちて、御燈明みあかしの事ことどもしたため果はてて、急いそがせば、なかなかいと心こころあわたたしくて立たち別わかる。「もろともにや」と言いへど、かたみに供ともの人ひとのあやしと思おもふべければ、この介すけにも、ことのさまだに言いひ知しらせあへず。われも人ひともことに恥はづかしくはあらで、皆みな下おり立たちぬ。

 右近うこんは、人知ひとしれず目めとどめて見みるに、なかにうつくしげなるうしろでの、いといたうやつれて、卯月うづきの単衣ひとへめくものに着きこめたまへる髪かみの透影すきかげ、いとあたらしくめでたく見みゆ。心苦こころぐるしう悲かなしと見みたてまつる。

 すこし足あしなれたる人ひとは、とく御堂みだうに着つきにけり。この君きみをもてわづらひきこえつつ、初夜行そやおこなふほどにぞ上のぼりたまへる。いと騒さわがしく人ひと詣まうで混こみてののしる。右近うこんが局つぼねは、仏ほとけの右みぎの方かたに近ちかき間まにしたり。この御師おほんしは、まだ深ふかからねばにや、西にしの間まに遠とほかりけるを、

「なほ、ここにおはしませ」

 と、尋たづね交かはし言いひたれば、男をとこどもをばとどめて、介すけにかうかうと言いひあはせて、こなたに移うつしたてまつる。

「かくあやしき身みなれど、ただ今いまの大殿おほとのになむさぶらひはべれば、かくかすかなる道みちにても、らうがはしきことははべらじと頼たのみはべる。田舎ゐなかびたる人ひとをば、かやうの所ところには、よからぬ生者なまものどもの、あなづらはしうするも、かたじけなきことなり」

 とて、物語ものがたりいとせまほしけれど、おどろおどろしき行おこなひの紛まぎれ、騒さわがしきにもよほされて、仏ほとけ拝をがみたてまつる。右近うこんは心こころのうちに、

「この人ひとを、いかで尋たづねきこえむと申まうしわたりつるに、かつがつ、かくて見みたてまつれば、今いまは思おもひのごと、大臣おとどの君きみの、尋たづねたてまつらむの御心みこころざし深ふかかめるに、知しらせたてまつりて、幸さいはひあらせたてまつりたまへ」

 など申まうしけり。

国々より、田舎人多く詣でたりけり

 国々くにぐにより、田舎人ゐなかびと多おほく詣まうでたりけり。この国くにの守かみの北きたの方かたも、詣まうでたりけり。いかめしく勢いきほひたるをうらやみて、この三条さんでうが言いふやう、

「大悲者だいひさには、異事ことごとも申まうさじ。あが姫君ひめぎみ、大弐だいにの北きたの方かた、ならずは、当国たうごくの受領ずりゃうの北きたの方かたになしたてまつらむ。三条さんでうらも、随分ずいぶんに栄さかえて、返かへり申まうしは仕つかうまつらむ」

 と、額ひたひに手てを当あてて念ねんじ入いりてをり。右近うこん、「いとゆゆしくも言いふかな」と聞ききて、

「いと、いたくこそ田舎ゐなかびにけれな。中将殿ちゅうじゃうどのは、昔むかしの御おほんおぼえだにいかがおはしましし。まして、今いまは、天あめの下したを御心みこころにかけたまへる大臣おとどにて、いかばかりいつかしき御仲おほんなかに、御方おほんかたしも、受領ずりゃうの妻めにて、品しな定さだまりておはしまさむよ」

 と言いへば、

「あなかま。たまへ。大臣おとどたちもしばし待まて。大弐だいにの御館みたちの上うへの、清水しみづの御寺みてら、観世音寺くわんぜおんじに参まゐりたまひし勢いきほひは、帝みかどの行幸みゆきにやは劣おとれる。あな、むくつけ」

 とて、なほさらに手てをひき放はなたず、拝をがみ入いりてをり。

 筑紫人つくしびとは、三日みか籠こもらむと心こころざしたまへり。右近うこんは、さしも思おもはざりけれど、かかるついで、のどかに聞きこえむとて、籠こもるべきよし、大徳だいとこ呼よびて言いふ。御みあかし文ぶみなど書かきたる心こころばへなど、さやうの人ひとはくだくだしうわきまへければ、常つねのことにて、

「例れいの藤原ふぢはらの瑠璃君るりきみといふが御おほんためにたてまつる。よく祈いのり申まうしたまへ。その人ひと、このころなむ見みたてまつり出いでたる。その願ぐわんも果はたしたてまつるべし」

 と言いふを聞きくも、あはれなり。法師ほふし、

「いとかしこきことかな。たゆみなく祈いのり申まうしはべる験しるしにこそはべれ」

 と言いふ。いと騒さわがしう、夜一夜よひとよ行おこなふなり。

明けぬれば、知れる大徳の坊に下りぬ

 明あけぬれば、知しれる大徳だいとこの坊ばうに下おりぬ。物語ものがたり、心こころやすくとなるべし。姫君ひめぎみのいたくやつれたまへる、恥はづかしげに思おぼしたるさま、いとめでたく見みゆ。

「おぼえぬ高たかき交まじらひをして、多おほくの人ひとをなむ見み集あつむれど、殿とのの上うへの御容貌おほんかたちに似にる人ひとおはせじとなむ、年としごろ見みたてまつるを、また、生おひ出いでたまふ姫君ひめぎみの御おほんさま、いとことわりにめでたくおはします。かしづきたてまつりたまふさまも、並ならびなかめるに、かうやつれたまへる御おほんさまの、劣おとりたまふまじく見みえたまふは、ありがたうなむ。

大臣おとどの君きみ、父帝ちちみかどの御時おほんときより、そこらの女御にょうご、后きさき、それより下しもは残のこるなく見みたてまつり集あつめたまへる御目おほんめにも、当代たうだいの御母后おほんははぎさきと聞きこえしと、この姫君ひめぎみの御容貌おほんかたちとをなむ、よき人ひととはこれを言いふにやあらむとおぼゆると聞きこえたまふ。

見みたてまつり並ならぶるに、かの后きさきの宮みやをば知しりきこえず、姫君ひめぎみはきよらにおはしませど、まだ、片かたなりにて、生おひ先さきぞ推おし量はかられたまふ。

上うへの御容貌おほんかたちは、なほ誰たれか並ならびたまはむと、なむ見みえたまふ。殿とのも、すぐれたりと思おぼしためるを、言ことに出いでては、何なにかは数かずへのうちには聞きこえたまはむ。我われに並ならびたまへるこそ、君きみはおほけなけれとなむ、戯たはぶれきこえたまふ。

見みたてまつるに、命いのち延のぶる御おほんありさまどもを、またさるたぐひおはしましなむやとなむ思おもひはべるに、いづくか劣おとりたまはむ。ものは限かぎりあるものなれば、すぐれたまへりとて、頂いただきを離はなれたる光ひかりやはおはする。ただ、これを、すぐれたりとは聞きこゆべきなめりかし」

 と、うち笑ゑみて見みたてまつれば、老おい人びともうれしと思おもふ。

かかる御さまを

「かかる御おほんさまを、ほとほとあやしき所ところに沈しづめたてまつりぬべかりしに、あたらしく悲かなしうて、家いへかまどをも捨すて、男をとこ女をんなの頼たのむべき子こどもにも引ひき別わかれてなむ、かへりて知しらぬ世よの心地ここちする京きゃうにまうで来こし。

あが御許おもと、はやくよきさまに導みちびききこえたまへ。高たかき宮仕みやづかへしたまふ人ひとは、おのづから行ゆき交まじりたるたよりものしたまふらむ。父大臣ちちおとどに聞きこしめされ、数かずまへられたまふべきたばかり、思おぼし構かまへよ」

 と言いふ。恥はづかしう思おぼいて、うしろ向むきたまへり。

「いでや、身みこそ数かずならねど、殿とのも御前おまへ近ちかく召めし使つかひたまへば、ものの折をりごとに、いかにならせたまひにけむと聞きこえ出いづるを、聞きこしめし置おきて、われいかで尋たづねきこえむと思おもふを、聞きき出いでたてまつりたらばとなむ、のたまはする」

 と言いへば、

「大臣おとどの君きみは、めでたくおはしますとも、さるやむごとなき妻めどもおはしますなり。まづまことの親おやとおはする大臣おとどにを知しらせたてまつりたまへ」

 など言いふに、ありしさまなど語かたり出いでて、

「世よに忘わすれがたく悲かなしきことになむ思おぼして、かの御代おほんかはりに見みたてまつらむ。子こも少すくなきがさうざうしきに、わが子こを尋たづね出いでたると人ひとには知しらせてと、そのかみよりのたまふなり。

心こころの幼をさなかりけることは、よろづにものつつましかりしほどにて、え尋たづねても聞きこえで過すごししほどに、少弐せうにになりたまへるよしは、御名おほんなにて知しりにき。まかり申まうしに、殿とのに参まゐりたまへりし日ひ、ほの見みたてまつりしかども、え聞きこえで止やみにき。

さりとも、姫君ひめぎみをば、かのありし夕顔ゆふがほの五条ごでうにぞとどめたてまつりたまへらむとぞ思おもひし。あな、いみじや。田舎人ゐなかびとにておはしまさましよ」

 など、うち語かたらひつつ、日一日ひひとい、昔物語ものがたり、念誦ねんずなどしつつ。

参り集ふ人のありさまども

 参まゐり集つどふ人ひとのありさまども、見下みくださるる方かたなり。前まへより行ゆく水みづをば、初瀬川はつせがはといふなりけり。右近うこん、

「二本ふたもとの杉すぎのたちどを尋たづねずは古川野辺ふるかはのべに君きみを見みましや

うれしき瀬せにも」

 と聞きこゆ。

「初瀬川はつせがははやくのことは知しらねども今日けふの逢あふ瀬せに身みさへ流ながれぬ」

 と、うち泣なきておはするさま、いとめやすし。

「容貌かたちはいとかくめでたくきよげながら、田舎ゐなかび、こちこちしうおはせましかば、いかに玉たまの瑕きずならまし。いで、あはれ、いかでかく生おひ出いでたまひけむ」

 と、おとどをうれしく思おもふ。

 母君ははぎみは、ただいと若わかやかにおほどかにて、やはやはとぞ、たをやぎたまへりし。これは気高けだかく、もてなしなど恥はづかしげに、よしめきたまへり。筑紫つくしを心こころにくく思おもひなすに、皆みな、見みし人ひとは里さとびにたるに、心得こころえがたくなむ。

 暮くるれば、御堂みだうに上のぼりて、またの日ひも行おこなひ暮くらしたまふ。

 秋風あきかぜ、谷たにより遥はるかに吹ふきのぼりて、いと肌寒はださむきに、ものいとあはれなる心こころどもには、よろづ思おもひ続つづけられて、人ひと並々なみなみならむこともありがたきことと思おもひ沈しづみつるを、この人ひとの物語ものがたりのついでに、父大臣ちちおとどの御おほんありさま、腹々はらばらの何なにともあるまじき御子みこども、皆みなものめかしなしたてたまふを聞きけば、かかる下草したくさ頼たのもしくぞ思おぼしなりぬる。

 出いづとても、かたみに宿やどる所ところも問とひ交かはして、もしまた追おひ惑まどはしたらむ時ときと、危あやふく思おもひけり。右近うこんが家いへは、六条ろくでうの院ゐん近ちかきわたりなりければ、ほど遠とほからで、言いひ交かはすもたつき出いで来きぬる心地ここちしけり。

右近は、大殿に参りぬ

 右近うこんは、大殿おほとのに参まゐりぬ。このことをかすめ聞きこゆるついでもやとて、急いそぐなりけり。御門みかど引ひき入いるるより、けはひことに広々ひろびろとして、まかで参まゐりする車くるま多おほくまよふ。数かずならで立たち出いづるも、まばゆき心地ここちする玉たまの台うてななり。その夜よは御前おまへにも参まゐらで、思おもひ臥ふしたり。

 またの日ひ、昨夜里よべさとより参まゐれる上臈じゃうらふ、若人わかうどどものなかに、取とり分わきて右近うこんを召めし出いづれば、おもだたしくおぼゆ。大臣おとども御覧ごらんじて、

「などか、里居さとゐは久ひさしくしつるぞ。例れいならず、やまめ人びとの、引ひき違たがへ、こまがへるやうもありかし。をかしきことなどありつらむかし」

 など、例れいの、むつかしう、戯たはぶれ事ごとなどのたまふ。

「まかでて、七日なぬかに過すぎはべりぬれど、をかしきことははべりがたくなむ。山踏やまぶみしはべりて、あはれなる人ひとをなむ見みたまへつけたりし」

「何なに人びとぞ」

 と問とひたまふ。「ふと聞きこえ出いでむも、まだ上うへに聞きかせたてまつらで、取とり分わき申まうしたらむを、のちに聞ききたまうては、隔へだてきこえけりとや思おぼさむ」など、思おもひ乱みだれて、

「今いま聞きこえさせはべらむ」

 とて、人ひとびと参まゐれば、聞きこえさしつ。

 大殿油おほとなぶらなど参まゐりて、うちとけ並ならびおはします御おほんありさまども、いと見みるかひ多おほかり。女君をんなぎみは、二十にじふ七しち、八はちにはなりたまひぬらむかし、盛さかりにきよらにねびまさりたまへり。すこしほど経へて見みたてまつるは、「また、このほどにこそ、にほひ加くははりたまひにけれ」と見みえたまふ。

 かの人ひとをいとめでたし、劣おとらじと見みたてまつりしかど、思おもひなしにや、なほこよなきに、「幸さいはひのなきとあるとは、隔へだてあるべきわざかな」と見合みあはせらる。

大殿籠もるとて

 大殿籠おほとのごもるとて、右近うこんを御脚参みあしまゐりに召めす。

「若わかき人ひとは、苦くるしとてむつかるめり。なほ年とし経へぬるどちこそ、心こころ交かはして睦むつびよかりけれ」

 とのたまへば、人ひとびと忍しのびて笑わらふ。

「さりや。誰たれか、その使つかひならいたまはむをば、むつからむ」

「うるさき戯たはぶれ事ごと言いひかかりたまふを、わづらはしきに」

 など言いひあへり。

「上うへも、年とし経へぬるどちうちとけ過すぎ、はた、むつかりたまはむとや。さるまじき心こころと見みねば、危あやふし」

 など、右近うこんに語かたらひて笑わらひたまふ。いと愛敬あいぎゃうづき、をかしきけさへ添そひたまへり。

 今いまは朝廷おほやけに仕つかへ、忙いそがしき御おほんありさまにもあらぬ御身おほんみにて、世よの中なかのどやかに思おぼさるるままに、ただはかなき御戯おほんたはぶれ事ごとをのたまひ、をかしく人ひとの心こころを見みたまふあまりに、かかる古人ふるびとをさへぞ戯たはぶれたまふ。

「かの尋たづね出いでたりけむや、何なにざまの人ひとぞ。尊たふとき修行者すぎゃうざ語かたらひて、率ゐて来きたるか」

 と問とひたまへば、

「あな、見苦みぐるしや。はかなく消きえたまひにし夕顔ゆふがほの露つゆの御おほんゆかりをなむ、見みたまへつけたりし」

 と聞きこゆ。

「げに、あはれなりけることかな。年としごろはいづくにか」

 とのたまへば、ありのままには聞きこえにくくて、

「あやしき山里やまざとになむ。昔人むかしびともかたへは変かはらではべりければ、その世よの物語ものがたりし出いではべりて、堪たへがたく思おもひたまへりし」

 など聞きこえゐたり。

「よし、心こころ知しりたまはぬ御おほんあたりに」

 と、隠かくしきこえたまへば、上うへ、

「あな、わづらはし。ねぶたきに、聞きき入いるべくもあらぬものを」

 とて、御袖おほんそでして御耳おほんみみ塞ふたぎたまひつ。

「容貌かたちなどは、かの昔むかしの夕顔ゆふがほと劣おとらじや」

 などのたまへば、

「かならずさしもいかでかものしたまはむと思おもひたまへりしを、こよなうこそ生おひまさりて見みえたまひしか」

 と聞きこゆれば、

「をかしのことや。誰たればかりとおぼゆ。この君きみと」

 とのたまへば、

「いかでか、さまでは」

 と聞きこゆれば、

「したり顔がほにこそ思おもふべけれ。我われに似にたらばしも、うしろやすしかし」

 と、親おやめきてのたまふ。

かく聞きそめてのちは

 かく聞ききそめてのちは、召めし放はなちつつ、

「さらば、かの人ひと、このわたりに渡わたいたてまつらむ。年としごろ、もののついでごとに、口惜くちをしう惑まどはしつることを思おもひ出いでつるに、いとうれしく聞きき出いでながら、今いままでおぼつかなきも、かひなきことになむ。

父大臣ちちおとどには、何なにか知しられむ。いとあまたもて騒さわがるめるが、数かずならで、今いまはじめ立たち交まじりたらむが、なかなかなることこそあらめ。我われは、かうさうざうしきに、おぼえぬ所ところより尋たづね出いだしたるとも言いはむかし。好すき者ものどもの心こころ尽つくさするくさはひにて、いといたうもてなさむ」

 など語かたらひたまへば、かつがついとうれしく思おもひつつ、

「ただ御心みこころになむ。大臣おとどに知しらせたてまつらむとも、誰たれかは伝つたへほのめかしたまはむ。いたづらに過すぎものしたまひし代かはりには、ともかくも引ひき助たすけさせたまはむことこそは、罪つみ軽かろませたまはめ」

 と聞きこゆ。

「いたうもかこちなすかな」

 と、ほほ笑ゑみながら、涙なみだぐみたまへり。

「あはれに、はかなかりける契ちぎりとなむ、年としごろ思おもひわたる。かくて集つどへる方々かたがたのなかに、かの折をりの心こころざしばかり思おもひとどむる人ひとなかりしを、命いのち長ながくて、わが心長こころながさをも見みはべるたぐひ多おほかめるなかに、いふかひなくて、右近うこんばかりを形見かたみに見みるは、口惜くちをしくなむ。思おもひ忘わするる時ときなきに、さてものしたまはば、いとこそ本意ほいかなふ心地ここちすべけれ」

 とて、御消息おほんせうそこたてまつれたまふ。かの末摘花すゑつむはなのいふかひなかりしを思おぼし出いづれば、さやうに沈しづみて生おひ出いでたらむ人ひとのありさまうしろめたくて、まづ、文ふみのけしきゆかしく思おぼさるるなりけり。ものまめやかに、あるべかしく書かきたまひて、端はしに、

「かく聞きこゆるを、

知しらずとも尋たづねて知しらむ三島江みしまえに生おふる三稜みくりの筋すぢは絶たえじを」

 となむありける。

 御文おほんふみ、みづからまかでて、のたまふさまなど聞きこゆ。御装束おほんさうぞく、人ひとびとの料れうなどさまざまあり。上うへにも語かたらひきこえたまへるなるべし、御匣殿みくしげどのなどにも、設まうけの物もの召めし集あつめて、色いろあひ、しざまなど、ことなるをと、選えらせたまへれば、田舎ゐなかびたる目めどもには、まして珍めづらしきまでなむ思おもひける。

正身は

 正身さうじみは、

「ただかことばかりにても、まことの親おやの御おほんけはひならばこそうれしからめ、いかでか知しらぬ人ひとの御おほんあたりには交まじらはむ」

 と、おもむけて、苦くるしげに思おぼしたれど、あるべきさまを、右近うこん聞きこえ知しらせ、人ひとびとも、

「おのづから、さて人ひとだちたまひなば、大臣おとどの君きみも尋たづね知しりきこえたまひなむ。親子おやこの御契おほんちぎりは、絶たえて止やまぬものなり」

「右近うこんが、数かずにもはべらず、いかでか御覧ごらんじつけられむと思おもひたまへしだに、仏ほとけ神かみの御導おほんみちびきはべらざりけりや。まして、誰たれも誰たれもたひらかにだにおはしまさば」

 と、皆みな聞きこえ慰なぐさむ。

「まづ御返おほんかへりを」と、責せめて書かかせたてまつる。

「いとこよなく田舎ゐなかびたらむものを」

 と恥はづかしく思おぼいたり。唐からの紙かみのいと香かうばしきを取とり出いでて、書かかせたてまつる。

「数かずならぬ三稜みくりや何なにの筋すぢなれば憂うきにしもかく根ねをとどめけむ」

 とのみ、ほのかなり。手ては、はかなだち、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜くちをしからねば、御心みこころ落おちゐにけり。

 住すみたまふべき御おほんかた御覧ごらんずるに、

「南みなみの町まちには、いたづらなる対たいどもなどなし。勢いきほひことに住すみ満みちたまへれば、顕証けせうに人ひとしげくもあるべし。中宮ちゅうぐうおはします町まちは、かやうの人ひとも住すみぬべく、のどやかなれど、さてさぶらふ人ひとの列つらにや聞ききなさむ」と思おぼして、「すこし埋むもれたれど、丑寅うしとらの町まちの西にしの対たい、文殿ふどのにてあるを、異方ことかたへ移うつして」と思おぼす。

「あひ住ずみにも、忍しのびやかに心こころよくものしたまふ御方おほんかたなれば、うち語かたらひてもありなむ」

 と思おぼしおきつ。

上にも、今ぞ

 上うへにも、今いまぞ、かのありし昔むかしの世よの物語ものがたり聞きこえ出いでたまひける。かく御心みこころに籠こめたまふことありけるを、恨うらみきこえたまふ。

「わりなしや。世よにある人ひとの上うへとてや、問とはず語がたりは聞きこえ出いでむ。かかるついでに隔へだてぬこそは、人ひとにはことには思おもひきこゆれ」

 とて、いとあはれげに思おぼし出いでたり。

「人ひとの上うへにてもあまた見みしに、いと思おもはぬなかも、女をんなといふものの心深こころふかきをあまた見み聞ききしかば、さらに好すき好ずきしき心こころはつかはじとなむ思おもひしを、おのづからさるまじきをもあまた見みしなかに、あはれとひたぶるにらうたきかたは、またたぐひなくなむ思おもひ出いでらるる。世よにあらましかば、北きたの町まちにものする人ひとの列なみには、などか見みざらまし。人ひとのありさま、とりどりになむありける。かどかどしう、をかしき筋すぢなどはおくれたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」

 などのたまふ。

「さりとも、明石あかしの列なみには、立たち並ならべたまはざらまし」

 とのたまふ。なほ北きたの御殿おとどをば、めざましと心置こころおきたまへり。姫君ひめぎみの、いとうつくしげにて、何心なにごころもなく聞ききたまふが、らうたければ、また、「ことわりぞかし」と思おぼし返かへさる。

かくいふは、九月のことなりけり

 かくいふは、九月ながつきのことなりけり。渡わたりたまはむこと、すがすがしくもいかでかはあらむ。よろしき童女わらは、若人わかうどなど求もとめさす。筑紫つくしにては、口惜くちをしからぬ人ひとびとも、京きゃうより散ちりぼひ来きたるなどを、たよりにつけて呼よび集あつめなどしてさぶらはせしも、にはかに惑まどひ出いでたまひし騷さわぎに、皆みなおくらしてければ、また人ひともなし。京きゃうはおのづから広ひろき所ところなれば、市女いちめなどやうのもの、いとよく求もとめつつ、率ゐて来く。その人ひとの御子みこなどは知しらせざりけり。

 右近うこんが里さとの五条ごでうに、まづ忍しのびて渡わたしたてまつりて、人ひとびと選えりととのへ、装束さうぞくととのへなどして、十月かんなづきにぞ渡わたりたまふ。

 大臣おとど、東ひむがしの御方おほんかたに聞きこえつけたてまつりたまふ。

「あはれと思おもひし人ひとの、ものうじして、はかなき山里やまざとに隠かくれゐにけるを、幼をさなき人ひとのありしかば、年としごろも人ひと知しれず尋たづねはべりしかども、え聞きき出いででなむ、女をうなになるまで過すぎにけるを、おぼえぬかたよりなむ、聞ききつけたる時ときにだにとて、移うつろはしはべるなり」とて、「母ははも亡なくなりにけり。中将ちゅうじゃうを聞きこえつけたるに、悪あしくやはある。同おなじごと後見うしろみたまへ。山賤やまがつめきて生おひ出いでたれば、鄙ひなびたること多おほからむ。さるべく、ことにふれて教をしへたまへ」

 と、いとこまやかに聞きこえたまふ。

「げに、かかる人ひとのおはしけるを、知しりきこえざりけるよ。姫君ひめぎみの一所ひとところものしたまふがさうざうしきに、よきことかな」

 と、おいらかにのたまふ。

「かの親おやなりし人ひとは、心こころなむありがたきまでよかりし。御心みこころもうしろやすく思おもひきこゆれば」

 などのたまふ。

「つきづきしく後うしろむ人ひとなども、こと多おほからで、つれづれにはべるを、うれしかるべきこと」

 になむのたまふ。

 殿とののうちの人ひとは、御女おほんむすめとも知しらで、

「何人なにびと、また尋たづね出いでたまへるならむ」

「むつかしき古者ふるもの扱あつかひかな」

 と言いひけり。

 御車みくるま三みつばかりして、人ひとの姿すがたどもなど、右近うこんあれば、田舎ゐなかびず仕立したてたり。殿とのよりぞ、綾あや、何なにくれとたてまつれたまへる。

その夜、やがて大臣の君渡りたまへり

 その夜よ、やがて大臣おとどの君きみ渡わたりたまへり。昔むかし、光ひかる源氏げんじなどいふ御名おほんなは、聞ききわたりたてまつりしかど、年としごろのうひうひしさに、さしも思おもひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油おほとなぶらに、御几帳みきちゃうのほころびよりはつかに見みたてまつる、いとど恐おそろしくさへぞおぼゆるや。

 渡わたりたまふ方かたの戸とを、右近うこんかい放はなてば、

「この戸口とぐちに入いるべき人ひとは、心こころことにこそ」

 と笑わらひたまひて、廂ひさしなる御座おましについゐたまひて、

「燈ひこそ、いと懸想けさうびたる心地ここちすれ。親おやの顔かほはゆかしきものとこそ聞きけ。さも思おぼさぬか」

 とて、几帳きちゃうすこし押おしやりたまふ。わりなく恥はづかしければ、そばみておはする様体やうだいなど、いとめやすく見みゆれば、うれしくて、

「今いますこし、光ひかり見みせむや。あまり心こころにくし」

 とのたまへば、右近うこん、かかげてすこし寄よす。

「おもなの人ひとや」

 とすこし笑わらひたまふ。げにとおぼゆる御おほんまみの恥はづかしげさなり。いささかも異人ことびとと隔へだてあるさまにものたまひなさず、いみじく親おやめきて、

「年としごろ御行方おほんゆくへを知しらで、心こころにかけぬ隙ひまなく嘆なげきはべるを、かうて見みたてまつるにつけても、夢ゆめの心地ここちして、過すぎにし方かたのことども取とり添そへ、忍しのびがたきに、えなむ聞きこえられざりける」

 とて、御目おほんめおし拭のごひたまふ。まことに悲かなしう思おぼし出いでらる。御年おほんとしのほど、数かぞへたまひて、

「親子おやこの仲なかの、かく年とし経へたるたぐひあらじものを。契ちぎりつらくもありけるかな。今いまは、ものうひうひしく、若わかびたまふべき御おほんほどにもあらじを、年としごろの御物語おほんものがたりなど聞きこえまほしきに、などかおぼつかなくは」

 と恨うらみたまふに、聞きこえむこともなく、恥はづかしければ、

「脚あし立たたず沈しづみそめはべりにけるのち、何なにごともあるかなきかになむ」

 と、ほのかに聞きこえたまふ声こゑぞ、昔人むかしびとにいとよくおぼえて若わかびたりける。ほほ笑ゑみて、

「沈しづみたまひけるを、あはれとも、今いまは、また誰たれかは」

 とて、心こころばへいふかひなくはあらぬ御応おほんいらへと思おぼす。右近うこんに、あるべきことのたまはせて、渡わたりたまひぬ。

めやすくものしたまふを

 めやすくものしたまふを、うれしく思おぼして、上うへにも語かたりきこえたまふ。

「さる山賤やまがつのなかに年とし経へたれば、いかにいとほしげならむとあなづりしを、かへりて心恥こころはづかしきまでなむ見みゆる。かかる者ものありと、いかで人ひとに知しらせて、兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやなどの、この籬まがきのうち好このましうしたまふ心こころ乱みだりにしがな。好すき者ものどもの、いとうるはしだちてのみ、このわたりに見みゆるも、かかる者もののくさはひのなきほどなり。いたうもてなしてしがな。なほうちあはぬ人ひとのけしき見み集あつめむ」

 とのたまへば、

「あやしの人ひとの親おやや。まづ人ひとの心こころ励はげまさむことを先さきに思おぼすよ。けしからず」

 とのたまふ。

「まことに君きみをこそ、今いまの心こころならましかば、さやうにもてなして見みつべかりけれ。いと無心むじんにしなしてしわざぞかし」

 とて、笑わらひたまふに、面おもて赤あかみておはする、いと若わかくをかしげなり。硯すずり引ひき寄よせたまうて、手習てならひに、

「恋こひわたる身みはそれなれど玉たまかづらいかなる筋すぢを尋たづね来きつらむ

あはれ」

 と、やがて独ひとりごちたまへば、「げに、深ふかく思おぼしける人ひとの名残なごりなめり」と見みたまふ。

中将の君にも

 中将ちうじゃうの君きみにも、

「かかる人ひとを尋たづね出いでたるを、用意よういして睦むつび訪とぶらへ」

 とのたまひければ、こなたに参まうでたまひて、

「人数ひとかずならずとも、かかる者ものさぶらふと、まづ召めし寄よすべくなむはべりける。御渡おほんわたりのほどにも、参まゐり仕つかうまつらざりけること」

 と、いとまめまめしう聞きこえたまへば、かたはらいたきまで、心こころ知しれる人ひとは思おもふ。

 心こころの限かぎり尽つくしたりし御住おほんすまひなりしかど、あさましう田舎ゐなかびたりしも、たとしへなくぞ思おもひ比くらべらるるや。御おほんしつらひよりはじめ、今いまめかしう気高けだかくて、親おや、はらからと睦むつびきこえたまふ御おほんさま、容貌かたちよりはじめ、目めもあやにおぼゆるに、今いまぞ、三条さんでうも大弐だいにをあなづらはしく思おもひける。まして、監げんが息いきざしけはひ、思おもひ出いづるもゆゆしきこと限かぎりなし。

 豊後介ぶんごのすけの心こころばへをありがたきものに君きみも思おぼし知しり、右近うこんも思おもひ言いふ。「おほぞうなるは、ことも怠おこたりぬべし」とて、こなたの家司けいしども定さだめ、あるべきことどもおきてさせたまふ。豊後介ぶんごのすけもなりぬ。

 年としごろ田舎ゐなかび沈しづみたりし心地ここちに、にはかに名残なごりもなく、いかでか、仮かりにても立たち出いで見みるべきよすがなくおぼえし大殿おほとののうちを、朝夕あさゆふに出いで入いりならし、人ひとを従したがへ、事こと行おこなふ身みとなれば、いみじき面目めいぼくと思おもひけり。大臣おとどの君きみの御心みこころおきての、こまかにありがたうおはしますこと、いとかたじけなし。

年の暮に、御しつらひのこと

 年としの暮くれに、御おほんしつらひのこと、人ひとびとの装束さうぞくなど、やむごとなき御列おほんつらに思おぼしおきてたる、「かかりとも、田舎ゐなかびたることや」と、山賤やまがつの方かたにあなづり推おし量はかりきこえたまひて調てうじたるも、たてまつりたまふついでに、織物おりものどもの、我われも我われもと、手てを尽つくして織おりつつ持もて参まゐれる細長ほそなが、小袿こうちきの、色々いろいろさまざまなるを御覧ごらんずるに、

「いと多おほかりけるものどもかな。方々かたがたに、うらやみなくこそものすべかりけれ」

 と、上うへに聞きこえたまへば、御匣殿みくしげどのに仕つかうまつれるも、こなたにせさせたまへるも、皆みな取とう出でさせたまへり。

 かかる筋すぢはた、いとすぐれて、世よになき色いろあひ、匂にほひを染そめつけたまへば、ありがたしと思おもひきこえたまふ。

 ここかしこの擣殿うちどのより参まゐらせたる擣物うちものども御覧ごらんじ比くらべて、濃こき赤あかきなど、さまざまを選えらせたまひつつ、御衣櫃みぞびつ、衣筥ころもばこどもに入いれさせたまうて、おとなびたる上臈じゃうらふどもさぶらひて、「これは、かれは」と取とり具ぐしつつ入いる。上うへも見みたまひて、

「いづれも、劣おとりまさるけぢめも見みえぬものどもなめるを、着きたまはむ人ひとの御容貌おほんかたちに思おもひよそへつつたてまつれたまへかし。着きたる物もののさまに似にぬは、ひがひがしくもありかし」

 とのたまへば、大臣おとどうち笑わらひて、

「つれなくて、人ひとの御容貌おほんかたち推おし量はからむの御心みこころなめりな。さては、いづれをとか思おぼす」

 と聞きこえたまへば、

「それも鏡かがみにては、いかでか」

 と、さすが恥はぢらひておはす。

 紅梅こうばいのいと紋もん浮うきたる葡萄染えびぞめの御小袿おほんこうちき、今様色いまやういろのいとすぐれたるとは、かの御料ごれう。桜さくらの細長ほそながに、つややかなる掻練かいねり取とり添そへては、姫君ひめぎみの御料ごれうなり。

 浅縹あさはなだの海賦かいふの織物おりもの、織おりざまなまめきたれど、匂にほひやかならぬに、いと濃こき掻練かいねり具ぐして、夏なつの御方おほんかたに。

 曇くもりなく赤あかきに、山吹やまぶきの花はなの細長ほそながは、かの西にしの対たいにたてまつれたまふを、上うへは見みぬやうにて思おぼしあはす。「内うちの大臣おとどの、はなやかに、あなきよげとは見みえながら、なまめかしう見みえたる方かたのまじらぬに似にたるなめり」と、げに推おし量はからるるを、色いろには出いだしたまはねど、殿との見みやりたまへるに、ただならず。

「いで、この容貌かたちのよそへは、人ひと腹立はらだちぬべきことなり。よきとても、物ものの色いろは限かぎりあり、人ひとの容貌かたちは、おくれたるも、またなほ底そこひあるものを」

 とて、かの末摘花すゑつむはなの御料ごれうに、柳やなぎの織物おりものの、よしある唐草からくさを乱みだれ織おれるも、いとなまめきたれば、人知ひとしれずほほ笑ゑまれたまふ。

 梅むめの折枝をりえだ、蝶てふ、鳥とり、飛とびちがひ、唐からめいたる白しろき小袿こうちきに、濃こきがつややかなる重かさねて、明石あかしの御方おほんかたに。思おもひやり気高けだかきを、上うへはめざましと見みたまふ。

 空蝉うつせみの尼君あまぎみに、青鈍あをにびの織物おりもの、いと心こころばせあるを見みつけたまひて、御料ごれうにある梔子くちなしの御衣おほんぞ、聴ゆるし色いろなる添そへたまひて、同おなじ日ひ着きたまふべき御消息おほんせうそこ聞きこえめぐらしたまふ。げに、似についたる見みむの御心みこころなりけり。

皆、御返りどもただならず

 皆みな、御返おほんかへりどもただならず。御使おほんつかひの禄ろく、心々こころごころなるに、末摘すゑつむ、東ひむがしの院ゐんにおはすれば、今いますこしさし離はなれ、艶えんなるべきを、うるはしくものしたまふ人ひとにて、あるべきことは違たがへたまはず、山吹やまぶきの袿うちきの、袖口そでぐちいたくすすけたるを、うつほにてうち掛かけたまへり。御文おほんふみには、いとかうばしき陸奥紙みちのくにがみの、すこし年とし経へ、厚あつきが黄きばみたるに、

「いでや、賜たまへるは、なかなかにこそ。

着きてみれば恨うらみられけり唐衣からごろも返かへしやりてむ袖そでを濡ぬらして」

 御手おほんての筋すぢ、ことに奥あうよりにたり。いといたくほほ笑ゑみたまひて、とみにもうち置おきたまはねば、上うへ、何なにごとならむと見みおこせたまへり。

 御使おほんつかひにかづけたる物ものを、いと侘わびしくかたはらいたしと思おぼして、御みけしき悪あしければ、すべりまかでぬ。いみじく、おのおのはささめき笑わらひけり。かやうにわりなう古ふるめかしう、かたはらいたきところのつきたまへるさかしらに、もてわづらひぬべう思おぼす。恥はづかしきまみなり。

古代の歌詠みは

「古代こだいの歌詠うたよみは、唐衣からころも、袂たもと濡ぬるるかことこそ離はなれねな。まろも、その列つらぞかし。さらに一筋ひとすぢにまつはれて、今いまめきたる言ことの葉はにゆるぎたまはぬこそ、ねたきことは、はたあれ。人ひとの中なかなることを、をりふし、御前おまへなどのわざとある歌詠うたよみのなかにては、円居まどゐ離はなれぬ三文字みもじぞかし。昔むかしの懸想けさうのをかしき挑いどみには、あだ人びとといふ五文字いつもじを、やすめどころにうち置おきて、言ことの葉はの続つづきたよりある心地ここちすべかめり」

 など笑わらひたまふ。

「よろづの草子さうし、歌枕うたまくら、よく案内あない知しり見み尽つくして、そのうちの言葉ことばを取とり出いづるに、詠よみつきたる筋すぢこそ、強つようは変かはらざるべけれ。

常陸ひたちの親王みこの書かき置おきたまへりける紙屋紙かうやがみの草子さうしをこそ、見みよとておこせたりしか。和歌わかの髄脳ずいなういと所狭ところせう、病やまひ去さるべきところ多おほかりしかば、もとよりおくれたる方かたの、いとどなかなか動うごきすべくも見みえざりしかば、むつかしくて返かへしてき。よく案内あない知しりたまへる人ひとの口くちつきにては、目め馴なれてこそあれ」

 とて、をかしく思おぼいたるさまぞ、いとほしきや。

 上うへ、いとまめやかにて、

「などて、返かへしたまひけむ。書かきとどめて、姫君ひめぎみにも見みせたてまつりたまふべかりけるものを。ここにも、もののなかなりしも、虫むしみな損そこなひてければ。見みぬ人ひとはた、心こころことにこそは遠とほかりけれ」

 とのたまふ。

「姫君ひめぎみの御学問おほんがくもんに、いと用ようなからむ。すべて女をんなは、立たてて好このめることまうけてしみぬるは、さまよからぬことなり。何なにごとも、いとつきなからむは口惜くちをしからむ。ただ心こころの筋すぢを、漂ただよはしからずもてしづめおきて、なだらかならむのみなむ、めやすかるべかりける」

 などのたまひて、返かへしは思おぼしもかけねば、

「返かへしやりてむ、とあめるに、これよりおし返かへしたまはざらむも、ひがひがしからむ」

 と、そそのかしきこえたまふ。情なさけ捨すてぬ御心みこころにて、書かきたまふ。いと心こころやすげなり。

「返かへさむと言いふにつけても片敷かたしきの夜よるの衣ころもを思おもひこそやれ

ことわりなりや」

 とぞあめる。

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