『枕草子』原文全文を読む(8)第132段~第148段|読みやすいふりがな付き

目次

第132段「二月官の司に」

 二月にぐわつ、官かんの司つかさに定考かうぢやうと言いふことすなる、何事なにごとにかあらむ。孔子くじなど掛かけ奉たてまつりてすることなるべし。聡明そうめとて、上うへにも宮みやにも、怪あやしき物ものの形かたなど、土器かはらけに盛もりて参まゐらす。

第133段「頭の弁の御もとより」

 頭とうの弁べんの御おんもとより、主殿司とのもりづかさ、絵ゑなどやうなる物ものを、白しろき色紙しきしに包つつみて、梅うめの花はないみじう咲さきたるにつけて持もて来きたり。絵ゑにやあらむと、急いそぎ取とり入いれて見みれば、餅餤へいだんと言いふ物ものを二ふたつ並ならべて包つつみたるなりけり。添そへたる立文たてぶみには、解文げぶみのやうにて、

進上しんじやう 餅餤へいだん一包ひとつつみ

例れいに依よりて進上しんじやう如件くだんのごとし

別当べつたう 少納言殿せうなごんどの

 とて、

「みまなのなりゆき」

 とて、奥おくに、

「この男をのこは自みづから参まゐらむとするを、昼ひるは形かたち悪わろしとて参まゐらぬなめり」

 と、いみじうをかしげに書かいたまへり。御前おまへに参まゐりて御覧ごらんぜさすれば、

「めでたくも書かきたるかな。をかしくしたり」

 など誉ほめさせたまひて、解文げぶみは取とらせたまひつ。

「返事かへりごといかがすべからむ。この餅餤へいだん持もて来くるには、物ものなどや取とらすらむ。知しりたらむ人ひともがな」

 と言いふを、きこしめして、

「惟仲これなかが声こゑのしつるを。呼よびて問とへ」

 と宣のたまはすれば、端はしに出いでて、

「左大弁さだいべんに物もの聞きこえむ」

 と侍さぶらひして呼よばせたれば、いと良よくうるはしくして来きたり。

「あらず、私事わたくしごとなり。もし、この弁べん、少納言せうなごんなどのもとに、かかる物もの持もて来くる下部しもべどもなどは、することやある」

 といへば、

「さることもはべらず。ただ留とめてなむ食くひはべる。何なにしに問とはせたまふぞ。もし上官じやうくわんのうちにて得えさせたまへるか」

 と問とへば、

「いかがは」

 といらへて、返事かへりごとを、いみじう赤あかき薄様うすやうに、

「自みづから持もてまうで来こぬ下部しもべは、いと冷淡れいたんなりとなむ見みゆ。如何いかが」

 とて、めでたき紅梅こうばいにつけて奉たてまつりたる、すなはちおはして、

「しもべ候さぶらふ。しもべ候さぶらふ」

 と宣のたまへば、出いでたるに、

「さやうの物もの、空読そらよみして遣おこせたまへると思おもひつるに、美々びびしくも言いひたりつるかな。女をんなの少すこし我われはと思おもひたるは、歌詠うたよみがましくぞある。さらぬこそ語かたらひ良よけれ。まろなどに、さること言いはむ人ひと、却かへりて無心むしんならむかし」

 など宣のたまふ。

 則光のりみつ、なりやすなど、笑わらひて止やみにしことを、上うへの御前おまへに人々ひとびといと多おほかりけるに、語かたり申まうしたまひければ、

「良よく言いひたりとなむ宣のたまはせし」

 と、また人ひとの語かたりしこそ、見苦みぐるしき我誉われぼめどもをかし。

第134段「などて官得はじめたる六位の笏に」

「などて、官得つかさえ始はじめたる六位ろくゐの笏しやくに、職しきの御曹司みざうしの辰巳たつみの隅すみの築土ついぢの板いたはせしぞ。さらば、西にし東ひむがしのをもせよかし」

 など言いふことを言いひ出いでて、

「あぢきなきことどもを。衣きぬなどにすずろなる名などもを付つけけむ、いと怪あやし。衣きぬの中なかに、細長ほそながはさも言いひつべし。なぞ、汗衫かざみは尻長しりながと言いへかし」

「男をとこの童わらはの着きたるやうに、なぞ、唐衣からぎぬは短衣みじかぎぬと言いへかし」

「されど、それは唐土もろこしの人ひとの着きる物ものなれば」

「上うへの衣きぬ、上うへの袴はかまは、さも言いふべし。下襲したがさねよし。大口おほくち、また長ながさよりは口広くちひろければ、さもありなむ」

「袴はかま、いとあぢきなし。指貫さしぬきは、なぞ、足あしの衣きぬと言いふべけれ。もしは、さやうの物ものをば袋ふくろと言いへかし」

 など、万よろづのことを言いひ罵ののしるを、

「いで、あな、かしがまし。今いまは言いはじ。寝ねたまひね」

 と言いふ、

 答いらへに、夜居よゐの僧そうの、

「いと悪わろからむ。夜一夜よひとよこそ、なほ宣のたまはめ」

 と、憎にくしと思おもひたりし声こゑざまにて言いひたりしこそ、をかしかりにそへて驚おどろかれにしか。

第135段「故殿の御ために」

 故殿ことのの御おんために、月毎つきごとの十日とをか、経きやう、仏ほとけなど供養くやうぜさせたまひしを、九月くぐわつ十日とをか、職しきの御曹司みざうしにてせさせたまふ。上達部かんだちめ、殿上人てんじやうびといと多おほかり。清範せいはん、講師かうじにて、説とくこと、はたいとかなしければ、ことに物もののあはれ深ふかかるまじき若わかき人々ひとびと、皆みな泣なくめり。

 果はてて、酒さけ飲のみ、詩し誦ずしなどするに、頭とうの中将ちゆうじやう斉信ただのぶの君きみの、

「月つき秋あきと期ごして身みいづくか」

 と言いふことをうち出いだしたまへりし、はたいみじうめでたし。いかで、さは思おもひ出いでたまひけむ。

 おはします所ところに、分わけ参まゐるほどに、立たち出いでさせたまひて、

「めでたしな。いみじう、今日けふの料れうに言いひたりけることにこそあれ」

 と宣のたまはすれば、

「それ啓けいしにとて、物見ものみさして参まゐりはべりつるなり。なほいとめでたくこそ覚おぼえはべりつれ」

 と啓けいすれば、

「まいて、さ覚おぼゆらむかし」

 と仰おほせらる。

 わざと呼よびも出いで、逢あふ所毎ところごとにては、

「などか、まろを、誠まことに近ちかくなむ覚おぼゆる。かばかし年頃としごろになりぬる得意とくいの、疎うとくて止やむはなし。殿上てんじやうなどに、明あけ暮くれなき折をりもあらば、何事なにごとをか思おもひ出いでにせむ」

 と宣のたまへば、

「さらなり。難かたかるべきことにもあらぬを、さもあらむのちには、え誉ほめ奉たてまつらざらむが、口惜くちをしきなり。上うへの御前おまへなどにても、役やくと預あづかりて誉ほめ聞きこゆるに、いかでか。ただおはせかし。かたはらいたく、心こころの鬼おに出いで来きて、言いひにくくなりはべりなむ」

 といへば、

「などて。さる人ひとをしもこそ、めよりほかに、誉ほむるたぐひあれ」

 と宣のたまへば、

「それが憎にくからず覚おぼえばこそあらめ。男をとこも女をんなも、けぢかき人ひと思おもひかたき、誉ほめ、人ひとのいささか悪あしきことなど言いへば、腹立はらだちなどするが、わびしう覚おぼゆるなり」

 といへば、

「頼たのもしげなのことや」

 と宣のたまふも、いとをかし。

第136段「頭の弁の職に参りたまひて」

 頭とうの弁べんの、職しきに参まゐりたまひて、物語ものがたりなどしたまひしに、夜よいたう更ふけぬ。

「明日あす御物忌おんものいなるに籠こもるべければ、丑うしになりなば悪あしかりなむ」

 とて、参まゐりたまひぬ。

 つとめて、蔵人所くらうどどころの紙屋紙かうやがみ引ひき重かさねて、

「今日けふ残のこり多おほかる心地ここちなむする。夜よを通とほして、昔むかし物語ものがたりも聞きこえ明あかさむとせしを、鶏にはとりの声こゑに催もよほされてなむ」

 と、いみじうこと多おほく書かきたまへる、いとめでたし。

 御返おんかへしに、

「いと夜よ深ふかくはべりける鳥とりの声こゑは、孟嘗君まうしやうくんのにや」

 と聞きこえたれば、立たち返かへり、

「孟嘗君まうしやうくんの鶏にはとりは、函谷関かんこくくわんを開あきて、三千さんぜんの客かく僅わづかに去されりとあれど、これは逢坂あふさかの関せきなり」

 とあれば、

「夜よをこめて鳥とりの空音そらねは謀はかるとも世よに逢坂あふさかの関せきは許ゆるさじ

心賢こころかしこき関守せきもりはべり」

 ときこゆ。

 また、立たち返かへり、

逢坂あふさかは人ひと越こえやすき関せきなれば鳥とり鳴なかぬにもあけて待まつとか

 とありし文ふみどもを、初はじめのは、僧都そうづの君きみ、いみじう額ひたひをさへつきて、取とりたまひてき。後々のちのちのは御前おまへに。

 さて、逢坂あふさかの歌うたは圧へされて、返かへしもえせずなりにき。いと悪わろし。

 さて、

「その文ふみは、殿上人てんじやうびと皆みな見みてしは」

 と宣のたまへば、

「誠まことに思おぼしけりと、これにこそ知しられぬれ。めでたきことなど、人ひとの言いひ伝つたへぬは、甲斐かひなき業わざぞかし。また、見苦みぐるしきこと散ちるがわびしければ、御文おんふみはいみじう隠かくして、人ひとにつゆ見みせはべらず。御志みこころざしのほどを比くらぶるに、等ひとしくこそは」

 といへば、

「かく物ものを思おもひ知しりて言いふが、なほ人ひとには似にず覚おぼゆる。思おもひ隈ぐまなく、悪あしうしたりなど、例れいの女をんなのやうにや言いはむとこそ思おもひつれ」

 など言いひて、笑わらひたまふ。

「こはなどて。喜よろこびをこそ聞きこえめ」

 など言いふ。

「まろが文ふみを隠かくしたまひける、また、なほあはれに嬉うれしきことなりかし。いかに心憂こころうくつらからまし。いまよりも、さを頼たのみきこえむ」

 など宣のたまひて、のちに、経房つねふさの中将ちゆうじやうおはして、

「頭とうの弁べんはいみじう誉ほめたまふとは知しりたりや。一日ひとひの文ふみに、ありしことなど語かたりたまふ。思おもふ人ひとの人ひとに誉ほめらるるは、いみじう嬉うれしき」

 など、まめまめしう宣のたまふもをかし。

「嬉うれしきこと二ふたつにて、かのほめたまふなるに、また、思おもふ人ひとのうちにはべりけるをなむ」

 といへば、

「それ珍めづらしう、今いまのことのやうにも喜よろこびたまふかな」

 など宣のたまふ。

第137段「五月ばかり月もなういと暗きに」

 五月ごぐわつばかり、月つきもなういと暗くらきに、

「女房にようばうや候さぶらひたまふ」

 と声々こゑごゑして言いへば、

「出いでて見みよ。例れいならず言いふは誰たれぞとよ」

 と仰おほせらるれば、

「こは誰たれそ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」

 と言いふ。

 物ものも言いはで御簾みすをもたげて、そよろと差さし入いるる、呉竹くれたけなりけり。

「おい、この君きみにこそ」

 と言いひたるを聞ききて、

「いざいざ、これ先まづ殿上てんじやうに行ゆきて語かたらむ」

 とて、式部卿しきぶきやうの宮みやの源中将げんちゆうじやう、六位ろくゐどもなどありけるは、去いぬ。

 頭とうの弁べんは留とまりたまへり。

「怪あやしくても去いぬる者ものどもかな。御前おまへの竹たけを折をりて、歌うた詠よまむとしつるを、同おなじくは職しきに参まゐりて女房にようばうなど呼よび出いで聞きこえてとて来きつるに、呉竹くれたけの名なをいと疾とく言いはれて去いぬるこそ、いとをかしけれ。誰たれが教をしへを聞ききて、人ひとのなべて知しるべうもあらぬことをば言いふぞ」

 など、宣のたまへば、

「竹たけの名なとも知しらぬものを。なめしとや思おぼしつらむ」

 と言いへば、

「誠まことに、そは知しらじを」

 など、宣のたまふ。

 まめごとなども言いひ合あはせて居ゐたまへるに、

「栽うゑてこの君きみと称しようす」

 と誦ずじて、また集あつまり来きたれば、

「殿上てんじやうにて言いひ期ごしつる本意ほいもなくては、など、帰かへりたまひぬるぞと怪あやしうこそありつれ」

 と宣のたまへば、

「さることには、何なにの答いらへをかせむ。なかなかならむ。殿上てんじやうにて言いひ罵ののしるを、上うへもきこしめして興きようぜさせおはしましつ」

 と語かたる。

 頭とうの弁べんもろともに、同おなじことを返かへす返かへす誦ずじたまひて、いとをかしければ、人々ひとびと、皆みなとりどりに物ものなど言いひ明あかして、帰かへるとてもなほ、同おなじことを諸声もろごゑに誦ずじて、左衛門さゑもんの陣ぢん入いるまで聞きこゆ。

 つとめて、いと疾とく、少納言せうなごんの命婦みやうぶと言いふが御文おんふみ参まゐらせたるに、このことを啓けいしたりければ、下しもなるを召めして、

「さることやありし」

 と問とはせたまへば、

「知しらず。何なにとも知しらではべりしを、行成ゆきなりの朝臣あそんの取とり成なしたるにやはべらむ」

 と申まうせば、

「取とり成なすとも」

 とて、うち笑ゑませたまへり。誰たれがことをも、殿上人てんじやうびとほめけり、などきこしめすを、さ言いはるる人ひとをも喜よろこばせたまふも、をかし。

第138段「円融院の御はての年」

 円融院ゑんゆうゐんの御おんはての年とし、皆人みなひと御服ごぶく脱ぬぎなどして、あはれなることを、公おほやけより始はじめて、院ゐんの人ひとも、

「花はなの衣きぬに」

 など言いひけむ世よの御おんことなど思おもひ出いづるに、雨あめのいたう降ふる日ひ、藤三位とうさんみの局つぼねに、蓑虫みのむしのやうなる童わらはの大おほきなる、白しろき木きに立文たてぶみを付つけて、

「これ奉たてまつらせむ」

 と言いひければ、

「何処いづこよりぞ。今日けふ明日あすは物忌ものいなれば、蔀じとみもまゐらぬぞ」

 とて、下しもは立たてたる蔀じとみより取とり入いれて、さなむとは聞きかせたまへれど、

「物忌ものいなれば見みず」

 とて、上うへについさして置おきたるを、つとめて、手て洗あらひて、

「いで、その昨日きのふの巻数くわんず」

 とて請こひ出いでて、伏ふし拝をがみて開あけたれば、胡桃色くるみいろと言いふ色紙しきしの厚肥あつごえたるを、怪あやしと思おもひて開あけても行いけば、法師ほふしのいみじげなる手てにて、

これをだに形見かたみと思おもふに都みやこには葉はがへやしつる椎柴しひしばの袖そで

 と書かいたり。

 いとあさましうねたかりける業わざかな、誰たれがしたるにかあらむ、仁和寺にんなじの僧正そうじやうのにや、と思おもへど、世よにかかること宣のたまはじ、藤大納言とうだいなごんぞかの院ゐんの別当べつたうにおはせしかば、そのしたまへることなめり、これを、上うへの御前おまへ、宮みやなどに疾とく聞きこしめさせばや、と思おもふに、いと心こころもとなく覚おぼゆれど、なほいと恐おそろしう言いひたる物忌ものいし果はてむとて、念ねんじ暮くらして、またつとめて、藤大納言とうだいなごんの御おんもとに、この返かへしをして、さし置おかれたれば、すなはちまた返かへしして遣おこせたまへり。

 それを二ふたつながら持もて、急いそぎ参まゐりて、

「かかることなむはべりし」

 と、上うへもおはします御前おまへにて語かたり申まうしたまふ。

 宮みやぞいとつれなく御覧ごらんじて、

「藤大納言とうだいなごんの手ての様さまにはあらざめり。法師ほふしのにこそあめれ。昔むかしの鬼おにの仕業しわざとこそ覚おぼゆれ」

 など、いとまめやかに宣のたまはすれば、

「さば、こは誰たれが仕業しわざにか。好すき好ずきしき心こころある上達部かんだちめ、僧綱そうがうなどは誰たれかはある。それにや、かれにや」

 など、おぼめき、ゆかしがり、申まうしたまふに、上うへの、

「この辺わたりに見みえし色紙しきしにこそいと良よく似にたれ」

 とうち微笑ほほゑませたまひて、今一いまひとつ御厨子みづしのもとなりけるを取とりて、さし賜たまはせたれば、

「いで、あな、心憂こころう。これ仰おほせられよ。あな頭痛づつうや。いかで、疾とく聞ききはべらむ」

 と、ただ責せめに責せめ申まうし、恨うらみ聞きこえて、笑わらひたまふに、

 やうやう仰おほせられ出いでて、

「使つかひに行いきける鬼童おにわらはは、台盤所だいばんどころの刀自とじと言いふ者もののもとなりけるを、小兵衛こひやうゑが語かたらひ出いだして、したるにやありけむ」

 など仰おほせらるれば、宮みやも笑わらはせたまふを、引ひき揺ゆるがし奉たてまつりて、

「など、かくは謀たばかられおはしまししぞ。なほ疑うたがひもなく手てをうち洗あらひて、伏ふし拝をがみ奉たてまつりしことよ」

 と、笑わらひねたがり居ゐたまへるさまも、いとほこりかに愛敬あいぎやうづきてをかし。

 さて、上うへの台盤所だいばんどころにても、笑わらひ罵ののしりて、局つぼねに下おりて、この童わらは尋たづね出いでて、文ふみ取とり入いれし人ひとに見みすれば、

「それにこそはべるめれ」

 と言いふ。

「誰たれが文ふみを、誰たれか取とらせし」

 と言いへど、ともかくも言いはで、しれじれしう笑ゑみて走はしりにける。大納言だいなごん、後のちに聞ききて、笑わらひ興きようじたまひけり。

第139段「つれづれなるもの」

 つれづれなるもの、所ところ避さりたる物忌ものい。馬うま下おりぬ双六すごろく。除目ぢもくに司つかさ得えぬ人ひとの家いへ。雨あめうち降ふりたるは、まいていみじうつれづれなり。

第140段「つれづれなぐさむもの」

 つれづれなぐさむもの、碁ご。双六すごろく。物語ものがたり。三みつ四よつの稚児ちごの、物ものをかしう言いふ。また、いと小ちひさき稚児ちごの、物語ものがたりし、たがへなど言いふ業わざしたる。果物くだもの。男をとこなどのうちさるがひ、物もの良よく言いふが来きたるを、物忌ものいみなれど入いれつかし。

第141段「とり所なきもの」

 取所とりどころなきもの、形かたち憎にくさげに、心悪こころあしき人ひと。みそひめの塗ぬりたる。

 これ、いみじう万よろづの人ひとの憎にくむなる物ものとて、今いま留とどむべきにあらず。

 また、後火あとびの火箸ひばしと言いふこと、などてか、世よになきことならねど、この草子さうしを、人ひとの見みるべき物ものと思おもはざりしかば、怪あやしきことも、憎にくきことも、ただ思おもふことを書かかむと思おもひしなり。

第142段「なほめでたきこと」

 なほめでたきこと、臨時りんじの祭まつりばかりのことにかあらむ。試楽しがくもいとをかし。

 春はるは、空そらの気色けしきのどかにうらうらとあるに、清涼殿せいりやうでんの御前おまへに、掃部司かもんづかさの、畳たたみを敷しきて、使つかひは北きた向むきに、舞人まひびとは御前おまへの方かたに向むきて、これらは僻覚ひがおぼえにもあらむ、所ところの衆しゆどもの、衝重ついがさね取とりて、前まへどもに据すゑ渡わたしたる。陪従べいじゆうも、その庭にはばかりは御前おまへにて出いで入いるぞかし。公卿くぎやう、殿上人てんじやうびと、代かはり代がはり盃さかづき取とりて、はてには屋久貝やくがひと言いふ物ものして飲のみて立たつ、すなはち、取喰とりばみと言いふ物もの、男をとこなどのせむだにいとうたてあるを、御前おまへには、女をんなぞ出いで取とりける。思おもひ掛かけず、人ひとあらむとも知しらぬ火焼屋ひたきやより、俄にはかに出いでて、多おほく取とらむと騒さわぐ者ものは、なかなかうち零こぼし扱あつかふほどに、軽かるらかにふと取とりて往いぬる者ものには劣おとりて、かしこき納殿をさめどのには火焼屋ひたきやをして、取とり入いるるこそいとをかしけれ。掃部司かもんづかさの者ものども、畳たたみ取とるや遅おそしと、主殿寮とのもりづかさの官人くわんにん、手毎てごとに箒ははき取とりて砂子すなごならす。

 承香殿しようきやうでんの前まへのほどに、笛ふえ吹ふき立たて拍子ひやうしうちて遊あそぶを、疾とく出いで来こなむと待まつに、有度浜うどはま歌うたひて、竹たけの笆ませのもとに歩あゆみ出いでて、御琴おんこと打うちたるほど、ただいかにせむとぞ覚おぼゆるや。一ひとの舞まひの、いとうるはしう袖そでを合あはせて、二人ふたりばかり出いで来きて、西にしによりて向むかひて立たちぬ。次々つぎつぎ出いづるに、足踏あしぶみを拍子ひやうしに合あはせて、半臂はんぴの緒を繕つくろひ、冠かうぶり、衣きぬの領くびなど、手てもやまず繕つくろひて、

「あやもなきこま山やま」

 など歌うたひて舞まひたるは、すべて、誠まことにいみじうめでたし。

 大輪おほわなど舞まふは、日一日ひひとひ見みるとも飽あくまじきを、果はてぬる、いと口惜くちをしけれど、またあべしと思おもへば、頼たのもしきを、御琴おんことかきかへして、このたびは、やがて竹たけの後うしろより舞まひ出いでたるさまどもは、いみじうこそあれ。掻練かいねりのつや、下襲したがさねなどの乱みだれ合あひて、こなたかなたにわたりしなどしたる、いでさらに、いへば世よの常つねなり。

 このたびは、またもあるまじければにや、いみじうこそ果はてなむことは口惜くちをしけれ。上達部かんだちめなども、皆みな続つづきて出いでたまひぬれば、さうざうしく口惜くちをしきに、賀茂かもの臨時りんじの祭まつりは、還立かへりだちの御神楽みかぐらなどにこそ慰なぐさめらるれ。庭燎にはびの煙けぶり細ほそくのぼりたるに、神楽かぐらの笛ふえのおもしろくわななき吹ふき澄すまされてのぼるに、歌うたの声こゑもいとあはれに、いみじうおもしろく、寒さむく冴さえ凍こほりて、うちたる衣きぬも冷つめたう、扇あふぎ持もちたる手ても冷ひゆともおぼえず。才ざえの男をとこ召めして、声こゑひきたる人長にんぢやうの心地良ここちよげさこそいみじけれ。

 里さとなる時ときは、ただ渡わたるを見みるが飽あかねば、御社みやしろまで行いきて見みる折をりもあり。大おほいなる木きどものもとに車くるまを立たてたれば、松まつの煙けぶりのたなびきて、火ひの影かげに半臂はんぴの緒を、衣きぬのつやも、昼ひるよりはこよなう勝まさりてぞ見みゆる。橋はしの板いたを踏ふみ鳴ならして、声こゑ合あはせて舞まふほどもいとをかしきに、水みづの流ながるる音おと、笛ふえの声こゑなど合あひたるは、誠まことに神かみもめでたしと思おぼすらむかし。頭とうの中将ちゆうじやうと言いひける人ひとの、年毎としごとに舞人まひびとにて、めでたき物ものに思おもひ染しみけるに、亡なくなりて上かみの社やしろの橋はしの下したにあなるを聞きけば、ゆゆしう、物ものをさしも思おもひ入いれじと思おもへど、なほこのめでたきことをこそ、さらにえ思おもひ捨すつまじけれ。

「八幡やはたの臨時りんじの祭まつりの日ひ、名残なごりこそいとつれづれなれ。など帰かへりてまた舞まふ業わざをせざりけむ。さらば、をかしからまし。禄ろくを得えて、うしろより罷まかづるこそ口惜くちをしけれ」

 など言いふを、上うへの御前おまへに聞きこしめして、

「舞まはせむ」

 と仰おほせらる。

「誠まことにや候さぶらふらむ。さらば、いかにめでたからむ」

 など申まうす。

 嬉うれしがりて、宮みやの御前おまへにも、

「なほそれ舞まはせさせたまへと申まうさせたまへ」

 など、集あつまりて啓けいしまどひしかば、そのたび、帰かへりて舞まひしは、いみじう嬉うれしかりしものかな。

 さしもやあらざらむとうち弛たゆみたる舞人まひびと、御前おまへに召めす、と聞きこえたるに、物ものに当あたるばかり騒さわぐも、いといと物狂ものぐるほし。

 下したにある人々ひとびとの惑まどひ上のぼるさまこそ。人ひとの従者ずさ、殿上人てんじやうびとなど見みるも知しらず、裳もを頭かしらにうち被かづきて上のぼるを笑わらふもをかし。

第143段「殿などのおはしまさで後」

 殿どのなどのおはしまさで後のち、世よの中なかに事こと出いで来き、騒さわがしうなりて、宮みやも参まゐらせたまはず、小二条殿こにでうどのといふ所ところにおはしますに、何なにともなくうたてありしかば、久ひさしう里さとに居ゐたり。御前辺おまへわたりのおぼつかなきにこそ、なほえ絶たえてあるまじかりける。

 右中将うちゆうじやうおはして、物語ものがたりしたまふ。

「今日けふ宮みやに参まゐりたりつれば、いみじう物ものこそあはれなりつれ。女房にようばうの装束さうぞく、裳も、唐衣からぎぬ折をりに合あひ、たゆまで候さぶらふかな。御簾みすの傍そばの開あきたりつるより見み入いれつれば、八九人やたりここのたりばかり、朽葉くちばの唐衣からぎぬ、薄色うすいろの裳もに、紫苑しをん、萩はぎなど、をかしうて居並ゐなみたりつるかな。御前おまへの草くさのいと茂しげきを、などか、掻かき払はらはせでこそと言いひつれば、殊更ことさら露つゆ置おかせて御覧ごらんずとてと、宰相さいしやうの君きみの声こゑにて答いらへつるが、をかしうも覚おぼえつるかな。

御里居おんさとゐいと心憂こころうし。かかる所ところに住すませたまはむほどは、いみじきことありとも、必かならず候さぶらふべきものに思おぼし召めされたるに、甲斐かひなくと、数多あまた言いひつる、語かたり聞きかせ奉たてまつれとなめりかし。参まゐりて見みたまへ。あはれなりつる所ところの様さまかな。台だいの前まへに植うゑられたりける牡丹ぼたんなどのをかしきこと」

 など宣のたまふ。

「いさ、人ひとの憎にくしと思おもひたりしが、また憎にくく覚おぼえはべりしかば」

 と答いらへ聞きこゆ。

「おいらかにも」

 とて笑わらひたまふ。

 げにいかならむと思おもひ参まゐらする。

 御気色みけしきにはあらで、候さぶらふ人ひとたちなどの、

「左ひだりの大殿方おほとのがたの人ひと、知しる筋すぢにてあり」

 とて、差さし集つどひ物ものなど言いふも、下したより参まゐる見みては、ふと言いひ止やみ、放はなち出いでたる気色けしきなるが、見み慣ならはず憎にくければ、

「参まゐれ」

 など、度々たびたびある仰おほせ言ごとをも過すぐして、げに久ひさしくなりにけるを、また宮みやの辺へには、ただあなたがに言いひ成なして、空言そらごとなども出いで来くべし。

 例れいならず仰おほせ言ごとなどもなくて日頃ひごろになれば、心細こころぼそくてうち眺ながむるほどに、長女をさめ文ふみを持もて来きたり。

「御前おまへより、宰相さいしやうの君きみして、忍しのびて賜たまはせたりつる」

 と言いひて、ここにてさへ引ひき忍しのぶるもあまりなり。人ひとづての仰おほせ書がきにはあらぬなめりと、胸むねつぶれて、疾とく開あけたれば、紙かみには物ものも書かかせたまはず、山吹やまぶきの花はなびらただ一重ひとへを包つつませたまへり。

 それに、

「いはで思おもふぞ」

 と書かかせたまへる、いみじう、日頃ひごろの絶間たえま嘆なげかれつる、皆みな慰なぐさめて嬉うれしきに、長女をさめもうちまもりて、

「御前おまへには、いかが、物ものの折毎をりごとに、思おぼし出いできこえさせたまふなるものを。誰たれも怪あやしき御長居おんながゐとこそはべるめれ。などかは参まゐらせたまはぬ」

 と言いひて、

「ここなる所ところに、あからさまにまかりて、参まゐらむ」

 と言いひて往いぬる後のち、御返事おんかへりごと書かきて参まゐらせむとするに、この歌うたの本もとさらに忘わすれたり。

「いと怪あやし。同おなじふるごとと言いひながら、知しらぬ人ひとやはある。ただここもとに覚おぼえながら、言いひ出いでられぬはいかにぞや」

 など言いふを聞ききて、前まへに居ゐたるが、

「下したゆく水みづとこそ申まうせ」

 と言いひたる、などかく忘わすれつるならむ。これに教をしへらるるもをかし。

 御返おんかへし参まゐらせて、少すこしほど経へて参まゐりたる、いかがと例れいよりはつつましくて、御几帳みきちやうにはた隠かくれて候さぶらふを、

「あれは今いま参まゐりか」

 など笑わらはせたまひて、

「憎にくき歌うたなれど、この折をりは言いひつべかりけりとなむ思おもふを。大方おほかた見みつけでは、しばしもえこそ慰なぐさむまじけれ」

 など宣のたまはせて、かはりたる御気色みけしきもなし。

 童わらはに教をしへられしことなどを啓けいすれば、いみじう笑わらはせたまひて、

「さることぞある。あまり侮あなづるふるごとなどは、さもありぬべし」

 など仰おほせらるる、ついでに、

「なぞなぞ合あはせしける、方人かたうどにはあらで、さやうのことにりやうりやうじかりけるが、左ひだりの一ひとはおのれ言いはむ。さ思おもひたまへなど頼たのむるに、さりとも悪わろきことは言いひ出いでじかしと、頼たのもしく嬉うれしうて、皆みな人々ひとびと作つくり出いだし、選えり定さだむるに、その詞ことばをただ任まかせて残のこしたまへ。さ申まうしては、よも口惜くちをしくはあらじと言いふ。げにと推おし量はかるに、日ひいと近ちかくなりぬ。

なほこのこと宣のたまへ。非常ひざうに、同おなじこともこそあれと言いふを、さば、いさ知しらず。な頼たのまれそなどむつかりければ、おぼつかなながら、その日ひになりて、皆みな、方かたの人ひと、男をとこ女をんな居ゐ分わかれて、見証けんぞの人ひとなど、いと多おほく居並ゐなみて合あはするに、左ひだりの一ひと、いみじく用意よういしてもてなしたるさま、いかなることを言いひ出いでむと見みえたれば、こなたの人ひと、あなたの人ひと、皆みな心こころもとなくうちまもりて、なぞ、なぞと言いふほど、心こころにくし。

天あまに張はり弓ゆみと言いひたり。右方みぎかたの人ひとは、いと興きようありてと思おもふに、こなたの人ひとは物ものも覚おぼえず、皆みな憎にくく愛敬あいぎやうなくて、あなたによりてことさらに負まけさせむとしけるを、など、片時かたときのほどに思おもふに、右みぎの人ひと、いと口惜くちをしく、をこなりとうち笑わらひて、やや、さらにえ知しらずとて、口くちを引ひき垂たれて、知しらぬことよとて、さるがうしかくるに、数かずささせつ。

いと怪あやしきこと。これ知しらぬ人ひとは誰たれかあらむ。さらにかずささるまじと論ろんずれど、知しらずと言いひてむには、などてか負まくるにならざらむとて、次々つぎつぎのも、この人ひとなむ皆みな論ろんじ勝かたせける。

いみじく人ひとの知しりたることなれども、覚おぼえぬ時ときはしかこそはあれ。何なにしにかは、知しらずとは言いひし。後のちに恨うらみられけること」

 など、語かたり出いでさせたまへば、御前おまへなるかぎり、さ思おもひつべし。

「口惜くちをしう答いらへけむ」

「こなたの人ひとの心地ここち、うち聞ききはじめけむ、いかが憎にくかりけむ」

 なんど笑わらふ。

 これは忘わすれたることかは、ただ皆みな知しりたることとかや。

第144段「正月十よ日のほど」

 正月しやうぐわつ十とをよ日ひのほど、空そらいと黒くろう、雲くもも厚あつく見みえながら、さすがに日ひはけざやかにさし出いでたるに、似非者えせものの家いへの荒畠あらはたけと言いふ物ものの、土つちうるはしうも直なほからぬ、桃ももの木きの若立わかだちて、いとしもとがちにさし出いでたる、片かたつ方かたはいと青あをく、今いま片かたつ方かたは濃こくつややかにて蘇芳すはうの色いろなるが、日影ひかげに、見みえたるを、いと細ほそやかなる童わらはの、狩衣かりぎぬはかけやりなどして、髪かみもうるはしきが上のぼりたれば、引ひきはこえたる男児をのこご、また、こはぎにて半靴はうくわはきたるなど、木きの下したに立たちて、

「我われに鞠まり打うち切きりて」

 などこふに、また、髪かみをかしげなる童わらはの、袙あこめども綻ほころびがちにて、袴はかま萎なえたれど、良よき袿うちき着きたる三四人みたりよたり来きて、

「卯槌うづちの木きの良よからむ、切きりて下おろせ。御前おまへにも召めす」

 など言いひて、下おろしたれば、奪ばひしらがひ取とりて、さし仰あふぎて、

「我われに多おほく」

 など言いひたるこそをかしけれ。

 黒袴くろばかま着きたる男をとこの走はしり来きて乞こふに、

「待まて」

 など言いへば、木きの本もとを引ひき揺ゆるがすに、危あやふがりて、猿さるのやうにかいつきて喚をめくもをかし。

 梅うめなどの生なりたる折をりにも、さやうにぞするぞかし。

第145段「きよげなる男の」

 清きよげなる男をとこの、双六すごろくを日一日ひひとひ打うちて、なほ飽あかぬにや、短みじかき灯台とうだいに火ひを点ともして、いとあかう掲かかげて、敵かたきの、賽さいを責せめ請こひてとみにも入いれねば、筒つつを盤ばんの上うへに立たてて待まつに、狩衣かりぎぬのくびの顔かほにかかれば、片かた手てしておし入いれて、強こはからぬ烏帽子えぼし振ふり遣やりつつ、

「賽さいいみじく呪のろふとも、打うち外はづしてむや」

 と、心こころもとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見みゆれ。

第146段「碁をやむごとなき人のうつとて」

 碁ごを、やむごとなき人ひとの打うつとて、紐ひもうち解とき、ないがしろなる気色けしきに拾ひろひ置おくに、劣おとりたる人ひとの、居住ゐずまひも畏かしこまりたる気色けしきにて、碁ご盤ばんよりは少すこし遠とほくて及およびて、袖そでの下したはいま片かた手てして控ひかへなどして、うち居ゐたるもをかし。

第147段「恐ろしげなるもの」

 恐おそろしげなるもの、橡つるばみの笠かさ。焼やけたる所ところ。水みづふぶき。菱ひし。髪かみ多おほかる男をとこの洗あらひて干ほすほど。

第148段「きよしと見ゆるもの」

 清きよしと見みゆるもの、土器かはらけ。新あたらしき金鋺かなまり。畳たたみに差さす薦こも。水みづを物ものに入いるる透影すきかげ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次