『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(8)第132段~第148段|読みやすいふりがな付き

目次

第132段「二月官の司に」

 二月にぐわつかんつかさ定考かうぢやうふことすなる、何事なにごとにかあらむ。孔子くじなどたてまつりてすることなるべし。聡明そうめとて、うへにもみやにも、あやしきものかたなど、土器かはらけりてまゐらす。

第133段「頭の弁の御もとより」

 とうべんおんもとより、主殿司とのもりづかさなどやうなるものを、しろ色紙しきしつつみて、うめはないみじうきたるにつけてたり。にやあらむと、いそれてれば、餅餤へいだんものふたならべてつつみたるなりけり。へたる立文たてぶみには、解文げぶみのやうにて、

進上しんじやう 餅餤へいだん一包ひとつつみ

れいりて進上しんじやう如件くだんのごとし

別当べつたう 少納言殿せうなごんどの

 とて、

「みまなのなりゆき」

 とて、おくに、

「このをのこみづかまゐらむとするを、ひるかたちわろしとてまゐらぬなめり」

 と、いみじうをかしげにいたまへり。御前おまへまゐりて御覧ごらんぜさすれば、

「めでたくもきたるかな。をかしくしたり」

 などめさせたまひて、解文げぶみらせたまひつ。

返事かへりごといかがすべからむ。この餅餤へいだんるには、ものなどやらすらむ。りたらむひともがな」

 とふを、きこしめして、

惟仲これなかこゑのしつるを。びてへ」

 とのたまはすれば、はしでて、

左大弁さだいべんものこえむ」

 とさぶらひしてばせたれば、いとくうるはしくしてたり。

「あらず、私事わたくしごとなり。もし、このべん少納言せうなごんなどのもとに、かかるもの下部しもべどもなどは、することやある」

 といへば、

「さることもはべらず。ただめてなむひはべる。なにしにはせたまふぞ。もし上官じやうくわんのうちにてさせたまへるか」

 とへば、

「いかがは」

 といらへて、返事かへりごとを、いみじうあか薄様うすやうに、

みづかてまうで下部しもべは、いと冷淡れいたんなりとなむゆ。如何いかが

 とて、めでたき紅梅こうばいにつけてたてまつりたる、すなはちおはして、

「しもべさぶらふ。しもべさぶらふ」

 とのたまへば、でたるに、

「さやうのもの空読そらよみしておこせたまへるとおもひつるに、美々びびしくもひたりつるかな。をんなすこわれはとおもひたるは、歌詠うたよみがましくぞある。さらぬこそかたらひけれ。まろなどに、さることはむひとかへりて無心むしんならむかし」

 などのたまふ。

 則光のりみつ、なりやすなど、わらひてみにしことを、うへ御前おまへ人々ひとびといとおほかりけるに、かたまうしたまひければ、

ひたりとなむのたまはせし」

 と、またひとかたりしこそ、見苦みぐるしき我誉われぼめどもをかし。

第134段「などて官得はじめたる六位の笏に」

「などて、官得つかさえはじめたる六位ろくゐしやくに、しき御曹司みざうし辰巳たつみすみ築土ついぢいたはせしぞ。さらば、西にしひむがしのをもせよかし」

 などふことをでて、

「あぢきなきことどもを。きぬなどにすずろなるどもをけけむ、いとあやし。きぬなかに、細長ほそながはさもひつべし。なぞ、汗衫かざみ尻長しりながへかし」

をとこわらはたるやうに、なぞ、唐衣からぎぬ短衣みじかぎぬへかし」

「されど、それは唐土もろこしひとものなれば」

うへきぬうへはかまは、さもふべし。下襲したがさねよし。大口おほくち、またながさよりは口広くちひろければ、さもありなむ」

はかま、いとあぢきなし。指貫さしぬきは、なぞ、あしきぬふべけれ。もしは、さやうのものをばふくろへかし」

 など、よろづのことをののしるを、

「いで、あな、かしがまし。いまはじ。たまひね」

 とふ、

 いらへに、夜居よゐそうの、

「いとわろからむ。夜一夜よひとよこそ、なほのたまはめ」

 と、にくしとおもひたりしこゑざまにてひたりしこそ、をかしかりにそへておどろかれにしか。

第135段「故殿の御ために」

 故殿ことのおんために、月毎つきごと十日とをかきやうほとけなど供養くやうぜさせたまひしを、九月くぐわつ十日とをかしき御曹司みざうしにてせさせたまふ。上達部かんだちめ殿上人てんじやうびといとおほかり。清範せいはん講師かうじにて、くこと、はたいとかなしければ、ことにもののあはれふかかるまじきわか人々ひとびとみなくめり。

 てて、さけみ、しなどするに、とう中将ちゆうじやう斉信ただのぶきみの、

つきあきしていづくか」

 とふことをうちだしたまへりし、はたいみじうめでたし。いかで、さはおもでたまひけむ。

 おはしますところに、まゐるほどに、でさせたまひて、

「めでたしな。いみじう、今日けふれうひたりけることにこそあれ」

 とのたまはすれば、

「それけいしにとて、物見ものみさしてまゐりはべりつるなり。なほいとめでたくこそおぼえはべりつれ」

 とけいすれば、

「まいて、さおぼゆらむかし」

 とおほせらる。

 わざとびもで、所毎ところごとにては、

「などか、まろを、まことちかくなむおぼゆる。かばかし年頃としごろになりぬる得意とくいの、うとくてむはなし。殿上てんじやうなどに、れなきをりもあらば、何事なにごとをかおもでにせむ」

 とのたまへば、

「さらなり。かたかるべきことにもあらぬを、さもあらむのちには、えたてまつらざらむが、口惜くちをしきなり。うへ御前おまへなどにても、やくあづかりてこゆるに、いかでか。ただおはせかし。かたはらいたく、こころおにて、ひにくくなりはべりなむ」

 といへば、

「などて。さるひとをしもこそ、めよりほかに、むるたぐひあれ」

 とのたまへば、

「それがにくからずおぼえばこそあらめ。をとこをんなも、けぢかきひとおもひかたき、め、ひとのいささかしきことなどへば、腹立はらだちなどするが、わびしうおぼゆるなり」

 といへば、

たのもしげなのことや」

 とのたまふも、いとをかし。

第136段「頭の弁の職に参りたまひて」

 とうべんの、しきまゐりたまひて、物語ものがたりなどしたまひしに、いたうけぬ。

明日あす御物忌おんものいなるにこもるべければ、うしになりなばしかりなむ」

 とて、まゐりたまひぬ。

 つとめて、蔵人所くらうどどころ紙屋紙かうやがみかさねて、

今日けふのこおほかる心地ここちなむする。とほして、むかし物語ものがたりこえかさむとせしを、にはとりこゑもよほされてなむ」

 と、いみじうことおほきたまへる、いとめでたし。

 御返おんかへしに、

「いとふかくはべりけるとりこゑは、孟嘗君まうしやうくんのにや」

 とこえたれば、かへり、

孟嘗君まうしやうくんにはとりは、函谷関かんこくくわんきて、三千さんぜんかくわづかにれりとあれど、これは逢坂あふさかせきなり」

 とあれば、

をこめてとり空音そらねはかるとも逢坂あふさかせきゆるさじ

心賢こころかしこ関守せきもりはべり」

 ときこゆ。

 また、かへり、

逢坂あふさかひとえやすきせきなればとりかぬにもあけてつとか

 とありしふみどもを、はじめのは、僧都そうづきみ、いみじうひたひをさへつきて、りたまひてき。後々のちのちのは御前おまへに。

 さて、逢坂あふさかうたされて、かへしもえせずなりにき。いとわろし。

 さて、

「そのふみは、殿上人てんじやうびとみなてしは」

 とのたまへば、

まことおぼしけりと、これにこそられぬれ。めでたきことなど、ひとつたへぬは、甲斐かひなきわざぞかし。また、見苦みぐるしきことるがわびしければ、御文おんふみはいみじうかくして、ひとにつゆせはべらず。御志みこころざしのほどをくらぶるに、ひとしくこそは」

 といへば、

「かくものおもりてふが、なほひとにはおぼゆる。おもぐまなく、しうしたりなど、れいをんなのやうにやはむとこそおもひつれ」

 などひて、わらひたまふ。

「こはなどて。よろこびをこそこえめ」

 などふ。

「まろがふみかくしたまひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。いかに心憂こころうくつらからまし。いまよりも、さをたのみきこえむ」

 などのたまひて、のちに、経房つねふさ中将ちゆうじやうおはして、

とうべんはいみじうめたまふとはりたりや。一日ひとひふみに、ありしことなどかたりたまふ。おもひとひとめらるるは、いみじううれしき」

 など、まめまめしうのたまふもをかし。

うれしきことふたつにて、かのほめたまふなるに、また、おもひとのうちにはべりけるをなむ」

 といへば、

「それめづらしう、いまのことのやうにもよろこびたまふかな」

 などのたまふ。

第137段「五月ばかり月もなういと暗きに」

 五月ごぐわつばかり、つきもなういとくらきに、

女房にようばうさぶらひたまふ」

 と声々こゑごゑしてへば、

でてよ。れいならずふはたれぞとよ」

 とおほせらるれば、

「こはたれそ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」

 とふ。

 ものはで御簾みすをもたげて、そよろとるる、呉竹くれたけなりけり。

「おい、このきみにこそ」

 とひたるをきて、

「いざいざ、これ殿上てんじやうきてかたらむ」

 とて、式部卿しきぶきやうみや源中将げんちゆうじやう六位ろくゐどもなどありけるは、ぬ。

 とうべんまりたまへり。

あやしくてもぬるものどもかな。御前おまへたけりて、うたまむとしつるを、おなじくはしきまゐりて女房にようばうなどこえてとてつるに、呉竹くれたけをいとはれてぬるこそ、いとをかしけれ。たれをしへをきて、ひとのなべてるべうもあらぬことをばふぞ」

 など、のたまへば、

たけともらぬものを。なめしとやおぼしつらむ」

 とへば、

まことに、そはらじを」

 など、のたまふ。

 まめごとなどもはせてたまへるに、

ゑてこのきみしようす」

 とじて、またあつまりたれば、

殿上てんじやうにてしつる本意ほいもなくては、など、かへりたまひぬるぞとあやしうこそありつれ」

 とのたまへば、

「さることには、なにいらへをかせむ。なかなかならむ。殿上てんじやうにてののしるを、うへもきこしめしてきようぜさせおはしましつ」

 とかたる。

 とうべんもろともに、おなじことをかへかへじたまひて、いとをかしければ、人々ひとびとみなとりどりにものなどかして、かへるとてもなほ、おなじことを諸声もろごゑじて、左衛門さゑもんぢんるまでこゆ。

 つとめて、いとく、少納言せうなごん命婦みやうぶふが御文おんふみまゐらせたるに、このことをけいしたりければ、しもなるをして、

「さることやありし」

 とはせたまへば、

らず。なにともらではべりしを、行成ゆきなり朝臣あそんしたるにやはべらむ」

 とまうせば、

すとも」

 とて、うちませたまへり。たれがことをも、殿上人てんじやうびとほめけり、などきこしめすを、さはるるひとをもよろこばせたまふも、をかし。

第138段「円融院の御はての年」

 円融院ゑんゆうゐんおんはてのとし皆人みなひと御服ごぶくぎなどして、あはれなることを、おほやけよりはじめて、ゐんひとも、

はなきぬに」

 などひけむおんことなどおもづるに、あめのいたう藤三位とうさんみつぼねに、蓑虫みのむしのやうなるわらはおほきなる、しろ立文たてぶみけて、

「これたてまつらせむ」

 とひければ、

何処いづこよりぞ。今日けふ明日あす物忌ものいなれば、じとみもまゐらぬぞ」

 とて、しもてたるじとみよりれて、さなむとはかせたまへれど、

物忌ものいなればず」

 とて、うへについさしてきたるを、つとめて、あらひて、

「いで、その昨日きのふ巻数くわんず

 とてでて、をがみてけたれば、胡桃色くるみいろ色紙しきし厚肥あつごえたるを、あやしとおもひてけてもけば、法師ほふしのいみじげなるにて、

これをだに形見かたみおもふにみやこにはがへやしつる椎柴しひしばそで

 といたり。

 いとあさましうねたかりけるわざかな、たれがしたるにかあらむ、仁和寺にんなじ僧正そうじやうのにや、とおもへど、にかかることのたまはじ、藤大納言とうだいなごんぞかのゐん別当べつたうにおはせしかば、そのしたまへることなめり、これを、うへ御前おまへみやなどにこしめさせばや、とおもふに、いとこころもとなくおぼゆれど、なほいとおそろしうひたる物忌ものいてむとて、ねんらして、またつとめて、藤大納言とうだいなごんおんもとに、このかへしをして、さしかれたれば、すなはちまたかへししておこせたまへり。

 それをふたつながらて、いそまゐりて、

「かかることなむはべりし」

 と、うへもおはします御前おまへにてかたまうしたまふ。

 みやぞいとつれなく御覧ごらんじて、

藤大納言とうだいなごんさまにはあらざめり。法師ほふしのにこそあめれ。むかしおに仕業しわざとこそおぼゆれ」

 など、いとまめやかにのたまはすれば、

「さば、こはたれ仕業しわざにか。きしきこころある上達部かんだちめ僧綱そうがうなどはたれかはある。それにや、かれにや」

 など、おぼめき、ゆかしがり、まうしたまふに、うへの、

「このわたりにえし色紙しきしにこそいとたれ」

 とうち微笑ほほゑませたまひて、今一いまひと御厨子みづしのもとなりけるをりて、さしたまはせたれば、

「いで、あな、心憂こころう。これおほせられよ。あな頭痛づつうや。いかで、きはべらむ」

 と、ただめにまうし、うらこえて、わらひたまふに、

 やうやうおほせられでて、

使つかひきける鬼童おにわらはは、台盤所だいばんどころ刀自とじもののもとなりけるを、小兵衛こひやうゑかたらひだして、したるにやありけむ」

 などおほせらるれば、みやわらはせたまふを、るがしたてまつりて、

「など、かくはたばかられおはしまししぞ。なほうたがひもなくをうちあらひて、をがたてまつりしことよ」

 と、わらひねたがりたまへるさまも、いとほこりかに愛敬あいぎやうづきてをかし。

 さて、うへ台盤所だいばんどころにても、わらののしりて、つぼねりて、このわらはたづでて、ふみれしひとすれば、

「それにこそはべるめれ」

 とふ。

たれふみを、たれらせし」

 とへど、ともかくもはで、しれじれしうみてはしりにける。大納言だいなごんのちきて、わらきようじたまひけり。

第139段「つれづれなるもの」

 つれづれなるもの、ところりたる物忌ものいうまりぬ双六すごろく除目ぢもくつかさひといへあめうちりたるは、まいていみじうつれづれなり。

第140段「つれづれなぐさむもの」

 つれづれなぐさむもの、双六すごろく物語ものがたりつの稚児ちごの、ものをかしうふ。また、いとちひさき稚児ちごの、物語ものがたりし、たがへなどわざしたる。果物くだものをとこなどのうちさるがひ、ものふがたるを、物忌ものいみなれどれつかし。

第141段「とり所なきもの」

 取所とりどころなきもの、かたちにくさげに、心悪こころあしきひと。みそひめのりたる。

 これ、いみじうよろづひとにくむなるものとて、いまとどむべきにあらず。

 また、後火あとび火箸ひばしふこと、などてか、になきことならねど、この草子さうしを、ひとるべきものおもはざりしかば、あやしきことも、にくきことも、ただおもふことをかむとおもひしなり。

第142段「なほめでたきこと」

 なほめでたきこと、臨時りんじまつりばかりのことにかあらむ。試楽しがくもいとをかし。

 はるは、そら気色けしきのどかにうらうらとあるに、清涼殿せいりやうでん御前おまへに、掃部司かもんづかさの、たたみきて、使つかひきたきに、舞人まひびと御前おまへかたきて、これらは僻覚ひがおぼえにもあらむ、ところしゆどもの、衝重ついがさねりて、まへどもにわたしたる。陪従べいじゆうも、そのにはばかりは御前おまへにてるぞかし。公卿くぎやう殿上人てんじやうびとはりはりさかづきりて、はてには屋久貝やくがひものしてみてつ、すなはち、取喰とりばみとものをとこなどのせむだにいとうたてあるを、御前おまへには、をんなりける。おもけず、ひとあらむともらぬ火焼屋ひたきやより、にはかにでて、おほらむとさわものは、なかなかうちこぼあつかふほどに、かるらかにふとりてぬるものにはおとりて、かしこき納殿をさめどのには火焼屋ひたきやをして、るるこそいとをかしけれ。掃部司かもんづかさものども、たたみるやおそしと、主殿寮とのもりづかさ官人くわんにん手毎てごとははきりて砂子すなごならす。

 承香殿しようきやうでんまへのほどに、ふえ拍子ひやうしうちてあそぶを、なむとつに、有度浜うどはまうたひて、たけませのもとにあゆでて、御琴おんことちたるほど、ただいかにせむとぞおぼゆるや。ひとまひの、いとうるはしうそではせて、二人ふたりばかりて、西にしによりてかひてちぬ。次々つぎつぎづるに、足踏あしぶみを拍子ひやうしはせて、半臂はんぴつくろひ、かうぶりきぬくびなど、もやまずつくろひて、

「あやもなきこまやま

 などうたひてひたるは、すべて、まことにいみじうめでたし。

 大輪おほわなどふは、日一日ひひとひるともくまじきを、てぬる、いと口惜くちをしけれど、またあべしとおもへば、たのもしきを、御琴おんことかきかへして、このたびは、やがてたけうしろよりでたるさまどもは、いみじうこそあれ。掻練かいねりのつや、下襲したがさねなどのみだひて、こなたかなたにわたりしなどしたる、いでさらに、いへばつねなり。

 このたびは、またもあるまじければにや、いみじうこそてなむことは口惜くちをしけれ。上達部かんだちめなども、みなつづきてでたまひぬれば、さうざうしく口惜くちをしきに、賀茂かも臨時りんじまつりは、還立かへりだち御神楽みかぐらなどにこそなぐさめらるれ。庭燎にはびけぶりほそくのぼりたるに、神楽かぐらふえのおもしろくわななきまされてのぼるに、うたこゑもいとあはれに、いみじうおもしろく、さむこほりて、うちたるきぬつめたう、あふぎちたるゆともおぼえず。ざえをとこして、こゑひきたる人長にんぢやう心地良ここちよげさこそいみじけれ。

 さとなるときは、ただわたるをるがかねば、御社みやしろまできてをりもあり。おほいなるどものもとにくるまてたれば、まつけぶりのたなびきて、かげ半臂はんぴきぬのつやも、ひるよりはこよなうまさりてぞゆる。はしいたらして、こゑはせてふほどもいとをかしきに、みづながるるおとふえこゑなどひたるは、まことかみもめでたしとおぼすらむかし。とう中将ちゆうじやうひけるひとの、年毎としごと舞人まひびとにて、めでたきものおもみけるに、くなりてかみやしろはししたにあなるをけば、ゆゆしう、ものをさしもおもれじとおもへど、なほこのめでたきことをこそ、さらにえおもつまじけれ。

八幡やはた臨時りんじまつり名残なごりこそいとつれづれなれ。などかへりてまたわざをせざりけむ。さらば、をかしからまし。ろくて、うしろよりまかづるこそ口惜くちをしけれ」

 などふを、うへ御前おまへこしめして、

はせむ」

 とおほせらる。

まことにやさぶらふらむ。さらば、いかにめでたからむ」

 などまうす。

 うれしがりて、みや御前おまへにも、

「なほそれはせさせたまへとまうさせたまへ」

 など、あつまりてけいしまどひしかば、そのたび、かへりてひしは、いみじううれしかりしものかな。

 さしもやあらざらむとうちたゆみたる舞人まひびと御前おまへす、とこえたるに、ものたるばかりさわぐも、いといと物狂ものぐるほし。

 したにある人々ひとびとまどのぼるさまこそ。ひと従者ずさ殿上人てんじやうびとなどるもらず、かしらにうちかづきてのぼるをわらふもをかし。

第143段「殿などのおはしまさで後」

 殿どのなどのおはしまさでのちなかことさわがしうなりて、みやまゐらせたまはず、小二条殿こにでうどのといふところにおはしますに、なにともなくうたてありしかば、ひさしうさとたり。御前辺おまへわたりのおぼつかなきにこそ、なほええてあるまじかりける。

 右中将うちゆうじやうおはして、物語ものがたりしたまふ。

今日けふみやまゐりたりつれば、いみじうものこそあはれなりつれ。女房にようばう装束さうぞく唐衣からぎぬをりひ、たゆまでさぶらふかな。御簾みすそばきたりつるよりれつれば、八九人やたりここのたりばかり、朽葉くちば唐衣からぎぬ薄色うすいろに、紫苑しをんはぎなど、をかしうて居並ゐなみたりつるかな。御前おまへくさのいとしげきを、などか、はらはせでこそとひつれば、殊更ことさらつゆかせて御覧ごらんずとてと、宰相さいしやうきみこゑにていらへつるが、をかしうもおぼえつるかな。

御里居おんさとゐいと心憂こころうし。かかるところませたまはむほどは、いみじきことありとも、かならさぶらふべきものにおぼされたるに、甲斐かひなくと、数多あまたひつる、かたかせたてまつれとなめりかし。まゐりてたまへ。あはれなりつるところさまかな。だいまへゑられたりける牡丹ぼたんなどのをかしきこと」

 などのたまふ。

「いさ、ひとにくしとおもひたりしが、またにくおぼえはべりしかば」

 といらこゆ。

「おいらかにも」

 とてわらひたまふ。

 げにいかならむとおもまゐらする。

 御気色みけしきにはあらで、さぶらひとたちなどの、

ひだり大殿方おほとのがたひとすぢにてあり」

 とて、つどものなどふも、したよりまゐては、ふとみ、はなでたる気色けしきなるが、らはずにくければ、

まゐれ」

 など、度々たびたびあるおほごとをもぐして、げにひさしくなりにけるを、またみやには、ただあなたがにして、空言そらごとなどもべし。

 れいならずおほごとなどもなくて日頃ひごろになれば、心細こころぼそくてうちながむるほどに、長女をさめふみたり。

御前おまへより、宰相さいしやうきみして、しのびてたまはせたりつる」

 とひて、ここにてさへしのぶるもあまりなり。ひとづてのおほきにはあらぬなめりと、むねつぶれて、けたれば、かみにはものかせたまはず、山吹やまぶきはなびらただ一重ひとへつつませたまへり。

 それに、

「いはでおもふぞ」

 とかせたまへる、いみじう、日頃ひごろ絶間たえまなげかれつる、みななぐさめてうれしきに、長女をさめもうちまもりて、

御前おまへには、いかが、もの折毎をりごとに、おぼできこえさせたまふなるものを。たれあやしき御長居おんながゐとこそはべるめれ。などかはまゐらせたまはぬ」

 とひて、

「ここなるところに、あからさまにまかりて、まゐらむ」

 とひてぬるのち御返事おんかへりごときてまゐらせむとするに、このうたもとさらにわすれたり。

「いとあやし。おなじふるごととひながら、らぬひとやはある。ただここもとにおぼえながら、でられぬはいかにぞや」

 などふをきて、まへたるが、

したゆくみづとこそまうせ」

 とひたる、などかくわすれつるならむ。これにをしへらるるもをかし。

 御返おんかへまゐらせて、すこしほどまゐりたる、いかがとれいよりはつつましくて、御几帳みきちやうにはたかくれてさぶらふを、

「あれはいままゐりか」

 などわらはせたまひて、

にくうたなれど、このをりひつべかりけりとなむおもふを。大方おほかたつけでは、しばしもえこそなぐさむまじけれ」

 などのたまはせて、かはりたる御気色みけしきもなし。

 わらはをしへられしことなどをけいすれば、いみじうわらはせたまひて、

「さることぞある。あまりあなづるふるごとなどは、さもありぬべし」

 などおほせらるる、ついでに、

「なぞなぞはせしける、方人かたうどにはあらで、さやうのことにりやうりやうじかりけるが、ひだりひとはおのれはむ。さおもひたまへなどたのむるに、さりともわろきことはでじかしと、たのもしくうれしうて、みな人々ひとびとつくだし、さだむるに、そのことばをただまかせてのこしたまへ。さまうしては、よも口惜くちをしくはあらじとふ。げにとはかるに、いとちかくなりぬ。

なほこのことのたまへ。非常ひざうに、おなじこともこそあれとふを、さば、いさらず。なたのまれそなどむつかりければ、おぼつかなながら、そのになりて、みなかたひとをとこをんなかれて、見証けんぞひとなど、いとおほ居並ゐなみてはするに、ひだりひと、いみじく用意よういしてもてなしたるさま、いかなることをでむとえたれば、こなたのひと、あなたのひとみなこころもとなくうちまもりて、なぞ、なぞとふほど、こころにくし。

あまゆみひたり。右方みぎかたひとは、いときようありてとおもふに、こなたのひとものおぼえず、みなにく愛敬あいぎやうなくて、あなたによりてことさらにけさせむとしけるを、など、片時かたときのほどにおもふに、みぎひと、いと口惜くちをしく、をこなりとうちわらひて、やや、さらにえらずとて、くちれて、らぬことよとて、さるがうしかくるに、かずささせつ。

いとあやしきこと。これらぬひとたれかあらむ。さらにかずささるまじとろんずれど、らずとひてむには、などてかくるにならざらむとて、次々つぎつぎのも、このひとなむみなろんたせける。

いみじくひとりたることなれども、おぼえぬときはしかこそはあれ。なにしにかは、らずとはひし。のちうらみられけること」

 など、かたでさせたまへば、御前おまへなるかぎり、さおもひつべし。

口惜くちをしういらへけむ」

「こなたのひと心地ここち、うちきはじめけむ、いかがにくかりけむ」

 なんどわらふ。

 これはわすれたることかは、ただみなりたることとかや。

第144段「正月十よ日のほど」

 正月しやうぐわつとをのほど、そらいとくろう、くもあつえながら、さすがにはけざやかにさしでたるに、似非者えせものいへ荒畠あらはたけものの、つちうるはしうもなほからぬ、もも若立わかだちて、いとしもとがちにさしでたる、かたかたはいとあをく、いまかたかたくつややかにて蘇芳すはういろなるが、日影ひかげに、えたるを、いとほそやかなるわらはの、狩衣かりぎぬはかけやりなどして、かみもうるはしきがのぼりたれば、きはこえたる男児をのこご、また、こはぎにて半靴はうくわはきたるなど、したちて、

われまりりて」

 などこふに、また、かみをかしげなるわらはの、あこめどもほころびがちにて、はかまえたれど、うちきたる三四人みたりよたりて、

卯槌うづちからむ、りてろせ。御前おまへにもす」

 などひて、ろしたれば、ひしらがひりて、さしあふぎて、

われおほく」

 などひたるこそをかしけれ。

 黒袴くろばかまたるをとこはしふに、

て」

 などへば、もとるがすに、あやふがりて、さるのやうにかいつきてをめくもをかし。

 うめなどのりたるをりにも、さやうにぞするぞかし。

第145段「きよげなる男の」

 きよげなるをとこの、双六すごろく日一日ひひとひちて、なほかぬにや、みじか灯台とうだいともして、いとあかうかかげて、かたきの、さいひてとみにもれねば、つつばんうへててつに、狩衣かりぎぬのくびのかほにかかれば、かたしておしれて、こはからぬ烏帽子えぼしりつつ、

さいいみじくのろふとも、はづしてむや」

 と、こころもとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかにゆれ。

第146段「碁をやむごとなき人のうつとて」

 を、やむごとなきひとつとて、ひもうちき、ないがしろなる気色けしきひろくに、おとりたるひとの、居住ゐずまひもかしこまりたる気色けしきにて、ばんよりはすことほくておよびて、そでしたはいまかたしてひかへなどして、うちたるもをかし。

第147段「恐ろしげなるもの」

 おそろしげなるもの、つるばみかさけたるところみづふぶき。ひしかみおほかるをとこあらひてすほど。

第148段「きよしと見ゆるもの」

 きよしとゆるもの、土器かはらけあたらしき金鋺かなまりたたみこもみづものるる透影すきかげ

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