このページでは、清少納言『枕草子』第149段から第178段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(9)第149段~第178段をご覧ください。
第149段「いやしげなるもの」
品がない感じのするもの。式部の丞の笏。黒い髪で、髪筋のよくないもの。新しい布屏風。古びて黒ずんだものなら、もともと大したものではないので、かえって何とも感じない。ところが、新しく仕立てて、桜の花をたくさん咲かせ、胡粉や朱砂などで彩色した絵を描いてあるもの。遣戸厨子。太った法師。本物の出雲筵を使った畳。
第150段「胸つぶるるもの」
胸がどきどきするもの。競馬を見ること。元結をよること。親などが具合を悪くして、いつもと違う様子をしていること。まして、世の中が騒がしいと聞く頃は、何も手につかない。また、まだ物も言えない幼児が激しく泣き、乳も飲まず、乳母が抱いても泣きやまず、それが長く続くこと。
いつもの場所ではない所で、それほど特徴のある人でもないのに、その人の声を聞きつけたときに胸が騒ぐのはもっともである。ほかの人がその人のことを話しているだけでも、まず胸がどきりとする。ひどく憎らしい人が来たときにも、また胸が騒ぐ。不思議なくらい、胸というものは何かにつけてどきどきするものだ。
昨夜から通い始めた男から、翌朝の手紙が来るのが遅いのは、当人でないこちらまで胸がどきどきする。
第151段「うつくしきもの」
かわいらしいもの。瓜に描いた幼児の顔。雀の子が、ねずみの鳴きまねをすると跳ねるように寄って来ること。二、三歳ほどの幼児が、急いではって来る途中に、とても小さな塵があるのを目ざとく見つけ、かわいらしい指でつまんで、大人などに見せるのは、たいそうかわいらしい。髪を尼削ぎにした幼児が、目に髪がかかっているのを払いのけもせず、首をかしげて物などを見ているのもかわいらしい。
まだ大きくない殿上童が、きちんと装束を着せられて歩いているのもかわいらしい。かわいらしい幼児を、ちょっと抱いてあやし、かわいがっているうちに、こちらにしがみついて眠ってしまったのは、たいそういとしい。
雛人形の調度。蓮の浮葉の、とても小さいものを池から取り上げたもの。とても小さな葵。何でも、小さいものはみなかわいらしい。
たいそう色白でふっくらした二歳ほどの幼児が、二藍の薄物などを、丈の長い衣のままでたすきを結び、はい出て来るのも、また、丈の短い衣を着て袖ばかりが目立つ姿で歩いているのも、みなかわいらしい。八、九、十歳ほどの男の子が、声はまだ幼いままで漢籍などを読んでいるのも、たいそうかわいらしい。
鶏のひなが、足が長く、白くかわいらしくて、短い衣を着たような姿で、ぴよぴよとやかましく鳴き、人の後ろや前に立って歩くのもおもしろい。また親鳥が一緒に連れて走るのも、みなかわいらしい。雁の卵。瑠璃の壺。
第152段「人ばへするもの」
人がいるために、いっそう目立つもの。特に身分の高くない人の子でも、やはり大切に育てられている子。咳払い。気後れするような立派な人に何か言おうとするとき、先に出る咳払い。
あちらこちらに住む人の四、五歳くらいの子は、ひどくいたずらをして、物を取り散らし、壊したりするので、引き離され、止められて、思いどおりにできない。それが親が来ると急に勢いづいて、
「あれを見せて。ねえ、お母さん」
などと言って親を引き揺する。大人たちが何を言ってもすぐには聞き入れず、自分の手で引っぱり出し、あれこれ見て騒ぐのは、たいそう憎らしい。それなのに親が、
「だめよ」
とも言って取り隠しもせず、
「そんなことをしてはいけませんよ」
「壊してはいけませんよ」
などと、ただ微笑みながら言うだけなのは、親まで憎らしい。こちらは、さすがに子どもをきつく叱ることもできず、見ているしかないのがもどかしい。
第153段「名おそろしきもの」
名前の恐ろしいもの。青淵。たにのほら。鰭板。鉄。土塊。雷は名前だけでなく、本当にたいそう恐ろしい。疾風。ふそう雲。ほこぼし。ひじかさ雨。あらのら。強盗は、これも何につけても恐ろしい。らんそうも、いかにも恐ろしい。かなもちも、また何につけても恐ろしい。いきすだま。くちなわいちご。おにわらび。鬼ところ。むばら。からたち。いりずみ。牛鬼。碇は、名前よりも実際に見るほうが恐ろしい。
第154段「見るにことなることなきものの」
見たところは何ということもないのに、文字に書くと大げさに見えるもの。
いちご。つゆくさ。水ふぶき。くも。くるみ。文章博士。得業生。皇太后宮権大夫。山桃。
いたどりなどは、ことに「虎の杖」と書くという。杖などなくても十分やっていけそうな姿なのに。
第155段「むつかしげなるもの」
むさ苦しく見えるもの。縫い物の裏。まだ毛も生えていないねずみの子が、巣の中から転がり出ているもの。まだ裏をつけていない毛皮の衣の縫い目。猫の耳の中。特に清潔そうでもない場所の暗がり。
これといって取り柄のない人が、子どもを大勢抱えて世話していること。それほど深く愛しているわけでもない妻が、具合を悪くして長く患っているのも、夫にとってはうっとうしいことだろう。
第156段「えせものの所得る折」
普段は取るに足りない者が、得意になる時。正月の大根。行幸のときのひめまうち君。即位のときの御門司。六月と十二月の晦日の節折の蔵人。季の御読経の威儀師。赤い袈裟を着て僧たちの名を読み上げる姿は、たいそう華やかである。
季の御読経や御仏名などで、装束を扱う所の者たち。春日祭の近衛の舎人たち。元三の薬子。卯杖の法師。御前の試みの夜の御髪上げ。節会で食事の世話をする采女。
第157段「苦しげなるもの」
苦しそうなもの。夜泣きをする幼児の乳母。愛する女を二人持ち、こちらからもあちらからも責め立てられる男。手強い物の怪を任された験者。霊験がすぐに現れればよいのに、そうでもなく、それでも人に笑われまいと必死に祈っているのは、たいそう苦しそうである。
ひどく疑い深い男に深く愛されている女。ひとつの所で寵愛を受けている人も、気楽ではないだろうが、それはまだよいらしい。短気な人。
第158段「うらやましげなるもの」
うらやましく思われるもの。経などを習っていて、自分はたいそうたどたどしく、忘れがちで、何度も同じ所を繰り返して読むのに、法師はもちろん、男でも女でも、すらすらと楽に読んでいるのを見ると、自分はいつになったらあのようになれるのだろうと思う。
具合を悪くして寝ているときに、にこにこ笑い、話などし、何の悩みもなさそうに歩き回っている人を見るのは、たいそううらやましい。
思い立って稲荷へ参詣したとき、中の御社あたりの坂がひどく苦しく、それでも我慢して登っていると、少しも苦しそうではなく、あとから来たように見えた人たちが、すっと自分を追い越して参詣していくのは、実にすばらしい。
二月の初午の日の明け方に急いで出たのに、坂を半分ほど登った頃には巳の時ほどになってしまった。だんだん暑くまでなり、本当につらくて、こんな日に来なくてもよい日はいくらでもあるのに、どうして参詣などしたのだろうとまで思い、涙も出て、休んでは疲れ果てていると、四十歳過ぎほどの女が、壺装束などでもなく、ただ着物の裾をたくし上げただけの姿で、
「私は七度参りをしているのですよ。三度はもう参りました。あと四度くらい何でもありません。まだ未の刻には下向してしまえるでしょう」
と、道で会った人に言いながら下って行った。普段の場所なら目にも留まらないような女なのに、そのときばかりは、今すぐあの人の身になりたいと思った。
女の子でも男の子でも、法師でも、立派な子を持つ人はたいそううらやましい。髪がとても長く整い、裾まで垂れた様子などが美しい人。また、高貴な人が、あらゆる人から敬われ、大切にかしずかれているのを見るのも、たいそううらやましい。字を上手に書き、歌をよく詠んで、何かあるたびに真っ先に選び出される人もうらやましい。
身分の高い人の御前に女房が大勢仕えている中で、気の張る相手へ送る仰せ書きなどを、誰もが皆、ひどい悪筆というわけではない。それでも、下の座などにいる女房をわざわざ召し、御硯を下ろして書かせなさるのはうらやましい。そのようなことも、局の古参の女房などになれば、たとえ字がそれほど上手でなくても、役目として書くものだが、ここで言うのはそうではない。上達部などが、初めて娘を出仕させたいと申し出てきたようなときには、特別に紙から選んで整えさせなさる。それを女房たちが集まって、冗談にもねたましがって言うらしい。
琴や笛などを習うときも、まだ十分にできない頃には、きっとこれと同じように、早く上手になりたいと思うことだろう。
内裏や春宮の乳母。帝付きの女房で、どの御方へも気兼ねなく出入りして行き来する人。
第159段「とくゆかしきもの」
早く知りたいもの。巻染め。村濃や括り染めなどを染めた仕上がり。人が子を産んだとき、男か女かを早く聞きたい。身分の高い人は言うまでもなく、取るに足りない者や下衆の身分でさえ、やはり知りたくなる。
除目の翌朝。必ずしも知人で任官しそうな人がいないときでも、やはり結果を聞きたい。
第160段「心もとなきもの」
待ち遠しく、じれったいもの。人のもとへ急ぎの縫い物を頼みにやり、今か今かと苦しいほど気をもみながら、じっとその方角を見守っている気持ち。出産するはずの人が、予定の頃を過ぎてもその気配がないこと。
遠い所から思う人の手紙を受け取り、続飯で固く封じてあるのを開けるまでの間は、たいそうもどかしい。
見物に出るのが遅くなり、もう始まってしまったと思う頃、白い鞭のようなものなどが見えて、車を近くへ寄せるまでがじれったく、車から降りて走って行きたい気持ちさえする。姿を知られたくない人がいるとき、前にいる人に教えて代わりに話させているのももどかしい。待ちに待って生まれた幼児が、五十日、百日ほどになった頃、その先どのように育つのか、たいそう待ち遠しい。
急ぎの縫い物をするとき、薄暗い中で針に糸を通すこと。だが、それはまだ仕方がないとして、穴のありそうな所を見つけ、人に糸を通させようとするのに、その人も急いでいるせいか、なかなか通らないので、
「もう、通さなくていい」
と言っても、相手は「どうして通らないのだろう」という顔をしてやめようとしない。じれったいうえに、憎らしさまで加わる。
何であれ、急いで出かけなければならないときに、こちらへ回す前にまず別の用事へ行き、すぐ戻すと言って出ていった車を待つ間は、たいそうじれったい。大路を車が来るのを見て、あれだろうと喜んだのに、別の方へ行ってしまうのはひどく残念だ。まして見物へ出かけようとしているときに、
「もう始まってしまったでしょう」
と人が言うのを聞くのは、ひどくつらい。
子を産んだあとの後産がなかなか終わらないこと。見物や寺詣でなどに、一緒に行くはずの人を乗せて行こうと車を寄せたのに、なかなか乗らずに待たせるのは、たいそうじれったく、置き去りにして行ってしまいたい気持ちになる。
また、急いでいるときに熾り炭を起こすのも、ひどく時間がかかる。人の歌へすぐ返歌をしなければならないのに、詠み出せない間もじれったい。恋人への返歌ならそれほど急ぐ必要もなさそうだが、それでも折によっては急ぐべきときがある。まして女同士の普通のやり取りでも、その時にこそ返すべきだと思っているうちに、思いがけず間違いをしてしまうこともある。
具合が悪く、何となく恐ろしい夜に、夜が明けるまでの時間は、たいそう長く待ち遠しい。
第161段「故殿の御服の頃」
故殿の喪に服していた頃、六月の晦日、大祓ということで中宮が外へお出ましになることになったが、職の御曹司は方角が悪いというので、太政官の朝所へお移りになった。その夜は、ひどく暑く、真っ暗で、何が何だか分からず、狭くて落ち着かないまま夜を明かした。
翌朝見ると、建物はたいそう平たく背が低く、瓦葺きで、唐風の変わった造りをしている。いつものような格子などもなく、周囲には御簾だけを掛けてあるのが、かえって珍しく趣があるので、女房たちは庭に下りたりして遊ぶ。前栽には萱草という草を、垣を結ってたくさん植えてあった。その花が鮮やかに房になって咲いているのは、いかめしい官司の前栽にはよく似合う。時司などはすぐそばにあり、鼓の音もいつもとは違って聞こえるので、若い女房たち二十人ほどが見たがってそちらへ行き、階よりも高い建物へ登った。こちらから見上げると、皆が薄鈍の裳、唐衣、同じ色の単襲、紅の袴を着て登っている姿は、天人とまでは言えないにしても、空から降りてきたのかと思われるほどだった。
同じように若くても、髪を上げた人はその仲に入れず、うらやましそうに見上げているのもおもしろい。
左衛門の陣まで行って、椅子などを倒して大騒ぎした者もいたらしい。それを見て、
「こんなことをするものではありません。上達部のお座りになる椅子に女房たちが登り、上官などの座る床子まで、みな倒して壊してしまった」
などとあきれて言う者もいたが、女房たちはまったく聞き入れなかった。
建物がひどく古く、しかも瓦葺きだからだろうか、暑さが尋常ではないので、夜も御簾の外へ出て寝ていた。古い所なので、むかでというものが一日中落ちかかり、大きな蜂の巣に蜂が群がっているのなどは、たいそう恐ろしい。
殿上人が毎日のように参上し、夜も明かして話しているのを聞いて、
「どうして予想しただろう、太政官の地が、今やこのような庭になるとは」
と漢詩のように吟じたのは、おもしろかった。
秋になったというのに、風は少しも涼しくならない。場所柄なのだろう。それでも虫の声などは聞こえていた。八日にお帰りになったので、七夕の祭もここで見たが、いつもより近く見えるのは、場所が狭いせいなのだろう。
宰相中将の斉信、宣方中将、道方少納言などが参上なさり、女房たちも出て話などしているとき、何の前触れもなく、
「明日は、どんなことを……」
と言うと、少しも考え込んだりつかえたりせず、
「人の世の四月をこそ……」
とお答えになったのが、たいそうおもしろい。もう過ぎた時期のことではあるが、すぐに心得て応じるのは誰であってもおもしろい。女はこういうことを忘れないものだが、男はそれほどでもなく、自分で詠んだ歌さえうろ覚えなことがあるのに、本当に感心する。内にいた人も外にいた人も、何のことだろうと思ったのはもっともである。
その四月の初め頃、細殿の四の口に殿上人が大勢立っていた。しだいに皆いなくなり、頭中将、源中将、六位の者一人だけが残って、いろいろな話をし、経を読み、歌を歌ったりしているうちに、
「もうすっかり夜が明けたようだ。帰ろう」
と言って、
「露は、別れの涙なのだろう」
という句を頭中将が口に出されると、
源中将も一緒になって、たいそう趣深そうに吟じたので、
「ずいぶん気の早い七夕ですね」
と言うと、ひどく悔しがって、
「ただ、暁の別れという一点だけがふと浮かんだので、そのまま言ってしまったのだ。まったく困ったものだ。この辺りでは、こういうことをよく考えもせず口にするのは、本当に残念なことだ」
などと何度も笑いながら言い、
「人には決して話さないでください。きっと笑われるから」
と言って、あまりに明るくなったので、
「葛城の神も、今となってはどうしようもない」
と言い、逃げるように帰って行かれた。
七夕の頃になったらこのことを持ち出してやろうと思っていたが、その人は宰相になってしまわれたので、その頃に必ず会えるとも限らない。手紙を書いて主殿司に持たせてやろうかなどと思っていたところ、七日に参上なさったので、たいそううれしかった。その夜のことをこちらから言い出せば、こちらが前から待ち構えていたと思われるかもしれない。ただ何気なくふと言ったなら、変だと首をかしげられるかもしれない。そうしたら、あのときの言葉を持ち出そう、と思っていたのに、少しも戸惑わずにすぐお答えになったのは、本当にたいそうおもしろかった。
何か月も前から早くその日にならないかと思っていた自分でさえ、我ながら物好きだと思ったのに、どうしてあの方は、まるでこちらと同じように前もって考えていたかのようにおっしゃったのだろう。一緒になって悔しがっていた中将は何も思い出さずに座っていたところへ、
「あの暁のことを戒められているではないか。分からないのか」
とおっしゃったので、
「ああ、そうだ、そうだ」
と言って笑ったようなのは、情けないことだった。
人と親しく話すことを碁になぞらえて、親しく語り合うようになったことを、
「手を許した」
「結びかけた」
などと言い、
「男には手を受けよう」
などと言う。ほかの人には意味が分からないが、この君には通じると思って言うと、
「何です、何です」
と源中将がしつこく尋ねても言わなかったので、あの君から、
「ひどいな。やはりこれをおっしゃってください」
と恨まれ、親しい間柄なので、とうとう教えてしまった。あっけなく親しくなってしまったことを、
「押し崩した頃だ」
などと言った。
自分もその言い方を知ったのだと、早く気づいてもらおうと思って、
「碁盤はありますか。私と碁を打とうと思うのです。手はいかがでしょう。こちらに手を許してくださるつもりですか。頭中将とは互角の碁です。お見分け違いなさいませんように」
と言うと、
「それほど同じなら、勝負は決まらないのでは」
と言った。それをまたあの君に話して差し上げると、
「うまく言った」
と喜んでおられた。やはり、過ぎたことを忘れない人はたいそうおもしろい。
宰相におなりになった頃、帝の御前で、
「詩をたいそう趣深く吟じなさる方ですのに。『蕭会稽、古廟を過ぐ』などという句も、これから誰が吟じるのでしょう。もう少し、今のままでもよろしいではありませんか。残念なことです」
などと申し上げると、帝はひどくお笑いになって、
「そう言われたからといって、宰相にしないわけにもいくまい」
などとおっしゃったのもおもしろかった。
けれど、実際に宰相になってしまわれると、本当に寂しかった。そこで源中将を、それに劣らぬ人と思って、風流めいた遊びをしながら過ごしていたとき、宰相中将のことが話題になり、
「『いまだ三十の期に及ばず』という詩を、ほかの誰にも似ず、実に見事に吟じなさった」
などと言うと、
「どうして私がそれに劣るものか。むしろ上手にやってみせよう」
と言って吟じるので、
「まったく似てもいません」
と言うと、
「困ったことだ。どうすればあの人のように吟じられるだろう」
とおっしゃるので、
「『三十の期』というところが、何とも言えず愛嬌があったのです」
などと言うと、悔しがって笑いながら歩き回っていた。
その後、宰相中将が陣に着いていらっしゃったところへ、源中将が人をわきへ呼び出して、
「こう言われているのです。やはりあなたが教えてください」
とおっしゃったので、その人が笑いながら教えたことなど私は知らなかった。ところが源中将が局のそばへ来て、たいそうよくまねて吟じたので、不思議に思って、
「これは誰です」
と尋ねると、笑いを含んだ声になって、
「たいそうおもしろいことを申し上げましょう。こういうわけで、昨日、陣に着いていらしたところへ行って尋ねて教わったのです。まずまず似ているのでしょう。『誰です』と、まんざらでもない様子でお尋ねになるとは」
と言う。わざわざ習いに行かれたことがおもしろくて、この詩さえ吟じればこちらが出て話などするので、
「宰相中将のお徳を見ることです。そちらの方角へ向かって拝むべきですよ」
などと言う。
下の方にいるままで、
「上へ」
などと言わせておいて、こちらがこの詩を口にすると、
「本当にいる」
などと言う。このことを帝の御前でも申し上げると、お笑いになる。
内裏が物忌の日、右近将監の、みつなとかいう者を使いにして、畳紙に書いて寄こしたものを見ると、
「参上しようと思うのですが、今日と明日は御物忌だそうです。『三十の期に及ばず』では、いかがでしょう」
と書いてあったので、返事に、
「その年頃はもう過ぎていらっしゃるでしょう。朱買臣が妻を戒めたという年齢には、まだでしょうけれど」
と書いて送った。するとまた悔しがって、帝の御前にも奏上したらしい。帝が中宮の御方へお渡りになったとき、
「どうしてそんなことを知っていたのだ。三十九歳の年に妻を戒めたのだそうだ。それで宣方は、ひどく言い負かされたと言っているようだが」
とおっしゃった。そのときは、なんとも物好きなお方だと思った。
第162段「弘徽殿とは閑院の女御をぞ」
弘徽殿とは、閑院の女御のことを申し上げる。その御方に、うちふしという者の娘で、左京と呼ばれて仕えていた女房がいたのを、
「源中将が親しくしているそうだ」
と人々が笑っていた。
中宮が職の御曹司にいらっしゃった頃、源中将が参上して、
「時々は宿直などもお仕えしたいのですが、しかるべき具合に女房たちも取り計らってくださらないので、宮仕えもひどくおろそかになっております。せめて宿直する場所だけでもいただければ、たいそうまじめにお仕えするのですが」
と言って座っていらっしゃるので、人々が、
「本当に」
などと答えていると、
「まったく、人には横になって休める場所があるのがよいものです。そういう場所へは、しきりにお通いになるそうですから」
と口を挟んだ。それを、左京のことをほのめかしたのだとして、
「もう、何も申し上げまい。味方だとお頼み申し上げているのに、人が言い古した噂のように取りなしてしまわれるようだ」
などと、たいそう真顔で恨み言をおっしゃるので、
「まあ、おかしなこと。いったい何を申し上げたというのですか。少しもお聞きとがめになるようなことはありません」
などと言う。
そばの人を引き揺すると、
「何でもないことなのに、そんなに熱くなられるのには、何かわけがあるのでしょう」
と言って、声高に笑うので、
「これも、あの人が言わせているのでしょう」
と言い、たいそう不愉快そうにしていらっしゃる。
「決してそのようなことを言っておりません。人が言うのを聞くだけでも腹立たしいのに」
と答えて奥へ引っ込んだのだが、その後もなお、
「人に恥ずかしいようなことを言い立てられた」
と恨んで、
「殿上人たちが笑っているというので、そう言ったのだろう」
とおっしゃるので、
「それなら、一人だけをお恨みになることでもないでしょうに。不思議なこと」
と言うと、それから後は、とうとう何もおっしゃらなくなった。
第163段「昔おぼえて不用なるもの」
昔の面影が残っていて、今となっては役に立たないもの。繧繝縁の畳で、編み目の節が出てきたもの。唐絵の屏風が黒ずみ、表面も傷んでいるもの。目の悪くなった絵師。七、八尺もある鬘が赤茶けてしまったもの。葡萄染めの織物が色あせて灰色がかったもの。色好みの人が年老いて衰えたもの。趣のある家の木立が焼け失せたもの。池などはそのまま残っていても、浮草や水草などが茂っているもの。
第164段「たのもしげなきもの」
頼りにならなそうなもの。気が短く、人を忘れがちな婿が、いつも妻のもとへ来ないこと。うそをつく人が、それでも何事もない顔で大事なことを引き受けていること。風の強い日に帆を張った舟。七、八十歳ほどの人が具合を悪くして、何日もたっていること。
第165段「読経は」
読経は、不断経がよい。
第166段「近うて遠きもの」
近いようで遠いもの。宮の辺の祭。気の合わない兄弟や親族の仲。鞍馬のつづら折りという道。十二月の大晦日と、正月一日との間。
第167段「遠くて近きもの」
遠いようで近いもの。極楽。舟で行く道。人と人との仲。
第168段「井は」
井戸は、堀兼の井。玉の井。走り井は、逢坂にあるものが趣深い。山の井。どうしてこれほど「浅い」ことのたとえとして言われ始めたのだろう。飛鳥井は、
「水も冷たい」
と詠んでほめられているのが趣深い。千貫の井。少将の井。桜井。后町の井。
第169段「野は」
野は、嵯峨野は言うまでもない。印南野。交野。駒野。飛火野。しめし野。春日野。
そうけ野という名は、何となく趣がある。どうしてそのような名をつけたのだろう。
宮城野。粟津野。小野。紫野。
第170段「上達部は」
上達部では、左大将。右大将。春宮大夫。権中納言。宰相中将。三位中将。
第171段「君達は」
公達では、頭中将。頭弁。権中将。四位少将。蔵人弁。四位侍従。蔵人少納言。蔵人兵衛佐。
第172段「受領は」
受領では、伊予守。紀伊守。和泉守。大和守。
第173段「権の守は」
権守では、甲斐。越後。筑後。阿波。
第174段「大夫は」
大夫では、式部大夫。左衛門大夫。右衛門大夫。
第175段「法師は」
法師では、律師。内供。
第176段「女は」
女では、内侍典侍。内侍。
第177段「六位の蔵人などは」
六位の蔵人などは、将来の身の上をあれこれ心配する必要もない。
ところが、位を得て、何々の権守や大夫などと呼ばれるようになった人が、板葺きの狭い家を構え、また小檜垣などというものを新しく作り、車宿に車を引き入れて、家のすぐ前に一尺ほどの木を生やし、牛をつないで草などを食べさせているのは、たいそう感じが悪い。
庭をたいそうきれいに掃き、紫革を使った伊予簾を掛け渡し、布障子を張って住んでいる。
夜には、
「門をしっかり閉めなさい」
などと、いかにも一家の主人らしく指図しているのは、ひどく将来性がなく、気に入らない。
親の家はもちろん、舅、叔父、兄などの住んでいない家で、そこに住むべき人がいない所があればそこに住めばよい。そういう所がなければ、自然と親しい受領の任国へ行って遊んで暮らすか、それもできなければ、院や宮家には屋敷がいくつもあるのだから、そこなどに住んで官職が空くのを待ち、任官してから、すぐに良い家を探して住むのがよい。
第178段「女のひとりすむ所は」
女が一人で住む所は、ひどく荒れ果てて築地なども完全ではなく、池のある所なら水草が生え、庭なども蓬が茂るほどではないにしても、ところどころ砂の中から青い草がのぞき、寂しげに見えるのがしみじみと趣深い。
いかにも抜け目なく、きちんと修理し、門を厳重に固め、隅々まで整いすぎているのは、ひどく嫌な感じがする。

