『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(10)第179段~第199段|読みやすいふりがな付き

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第179段「宮仕人の里なども」

 宮仕人みやづかへびとさとなども、おやども二人ふたりあるはいとし。

 ひとしげり、おくのかたにあまた声々こゑごゑ様々さまざまこえ、うまおとなどして、いとさわがしきまであれど、とがもなし。

 されど、しのびてもあらはれても、おのづから、

でたまひにけるをえしらで」

 とも、また、

「いつかまゐりたまふ」

 などひに、のぞるもあり。

 心掛こころかけたるひと、はたまたいかがは。かどけなどするを、うたてさわがしう大様おほやうげに、夜中よなかまでなどおもひたる気色けしき、いとにくし。

大御門おほみかどはしつや」

 などふなれば、

「いま。まだひとのおはすれば」

 などふものの、なまふせがしげにおもひていらふるにも、

ひとでたまひなば、とくさせ。このごろ盗人ぬすびといとおほかなり。あやふし」

 などひたるが、いとむつかしう、うちひとだにあり。

 このひとともなるものどもはびぬにやあらむ、このかくいまづるとえずのぞきて気色けしきものどもをわらふべかめり。真似まねうちするをかば、ましていかにきびしきとがめむ。いといろでてはぬも、おもこころなきひとは、かならなどやはする。されど、すくよかなるは、

けぬ。御門みかどあやふかなり」

 などわらひてでぬるもあり。まことこころざしことなるひとは、

「はや」

 などあまたたびらはるれど、なほかせば、度々たびたび見歩みありくに、けぬべき気色けしきを、いとめづらかにおもひて、

「いみじう、御門みかど今宵こよひらいさうとひろげて」

 とこえごちて、味気あぢきなくあかつきにぞさすなるは、いかがはにくきを。おやひぬる、なほさぞある。まいて、まことのならぬは、いかにおもふらむとさへつつまし。兄弟せうといへなども、気憎けにくきはさぞあらむ。

 夜中よなかあかつきともなく、かどもいと心賢こころかしこうももてなさず、なにのみや内裏うちわたり、殿どのばらなる人々ひとびとひなどして、格子かうしなどもげながらふゆかして、ひとでぬるのち見出みいだしたるこそをかしけれ。有明ありあけなどは、ましていとめでたし。ふえなどきてでぬる名残なごりは、いそぎてもねられず、ひとのうへどもはせてうたなどかたくままに、寝入ねいりぬるこそをかしけれ。

第180段「ある所になにの君とかや」

「あるところに、なにきみとかやひけるひとのもとに、君達きんだちにはあらねど、そのころいたうすいたるものにはれ、こころばせなどあるひとの、九月くぐわつばかりにきて、有明ありあけのいみじうちて面白おもしろきに、名残なごりおもでられむと言葉ことばくしてづるに、いまぬらむととほ見送みおくるほど、えもはずえんなり。づるかたせてかへり、立蔀たてじとみあひだかげひてちて、なほきやらぬさまに、いま一度ひとたびらせむとおもふに、有明ありあけつきのありつつもと、しのびやかにうちひてのぞきたる、かみかしらにもよりず、五寸ごすんばかりがりて、をさしともしたるやうなりけるに、つきひかりもよほされて、おどろかるる心地ここちのしければ、やをらでにけり」

 とこそかたりしか。

第181段「雪のいと高うはあらで」

 ゆきのいとたかうはあらで、うすらかにりたるなどは、いとこそをかしけれ。

 また、ゆきのいとたかもりたる夕暮ゆふぐれより、端近はしぢかう、おなこころなるひとふたり三人みたりばかり、火桶ひをけなかゑて物語ものがたりなどするほどに、くらうなりぬれど、こなたにはもともさぬに、大方おほかたゆきひかりいとしろえたるに、火箸ひばししてはひなどきすさみて、あはれなるも、をかしきも、はせたるこそをかしけれ。

 よひもやぎぬらむとおもふほどに、くつおとちかこゆれば、あやしと見出みいだしたるに、時々ときどきかやうのをりに、おぼえなくゆるひとなりけり。

今日けふゆきを、いかにとおもこえながら、なでふことにさはりて、そのところらしつる」

 などふ。

今日けふむ」

 などやうのすぢをぞふらむかし。ひるありつることどもなどうちはじめて、よろづのことをふ。円座わらふだばかりでたれど、かたかたあししたながらあるに、かねおとなどもこゆるまで、うちにもそとにも、このふことはかずぞおぼゆる。

 けぐれのほどにかへるとて、

ゆきなにのやまてり」

 としたるは、いとをかしきものなり。をんなかぎりしては、さもえかさざらましを、ただなるよりはをかしう、すきたる有様ありさまなどはせたり。

第182段「村上の前帝の御時に」

 村上むらかみ前帝せんだい御時おんときに、ゆきのいみじうりたりけるを、様器やうきらせたまひて、うめはなして、つきのいときに、

「これにうため。いかがふべき」

 と、兵衛ひやうゑ蔵人くらうどたまはせたりければ、

雪月花せつげつくわとき

 とそうしたりけるこそ、いみじうでさせたまひけれ。

うたなどむはつねなり。かくをりひたることなむがたき」

 とぞ、おほせられける。

 おなひと御供おんともにて、殿上てんじやうひとさぶらはざりけるほど、たたずませたまひけるに、炭櫃すびつけぶりちければ、

「かれはなにぞとよ」

 とおほせられければ、かへまゐりて、

わたつうみおきにこがるるものれば海人あまつりしてかへるなりけり

 とそうしけるこそをかしけれ。かへるりて、くるなりけり。

第183段「御形の宣旨の」

 御形みあれ宣旨せんじの、うへに、五寸ごすんばかりなる殿上童てんじやうわらはのいとをかしげなるをつくりて、みづらひ、装束さうぞくなどうるはしくして、なかきて、たてまつらせたまひけるを、

「ともあきらの大君おほきみ

 といたりけるを、いみじうこそきようぜさせたまひけれ。

第184段「宮にはじめて参りたるころ」

 みやはじめてまゐりたるころ、もののはづかしきことのかずらず、なみだちぬべければ、夜々よなよなまゐりて、三尺さんじやく御几帳みきちやううしろにさぶらふに、などでてせさせたまふを、にてもえづまじう、わりなし。

「これは、とあり、かかり。それが、かれが」

 などのたまはす。高坏たかつきまゐらせたる御殿油おんとなぶらなれば、かみすぢなども、なかなかひるよりも顕証けそうえてまばゆけれど、ねんじてなどす。いとつめたきころなれば、さしいでさせたまへる御手おんてのはつかにゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅うすこうばいなるは、かぎりなくめでたしと、らぬ里人さとびと心地ここちには、かかるひとこそはにおはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもりまゐらする。

 あかつきにはとくりなむといそがるる。

葛城かづらきかみもしばし」

 などおほせらるるを、いかでかは筋違すぢか御覧ごらんぜられむとて、なほしたれば、御格子みかうしまゐらず。

 女官にようくわんどもまゐりて、

「これ、はなたせたまへ」

 などふをきて、女房にようばうはなつを、

「まな」

 とおほせらるれば、わらひてかへりぬ。ものなどはせたまひ、のたまはするに、ひさしうなりぬれば、

りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。さりは、とく」

 とおほせらる。ゐざりかくるるやおそきと、らしたるに、ゆきりにけり。登花殿とうくわでん御前おまへは、立蔀たてじとみちかくてせばし。ゆきいとをかし。

 ひるかた

今日けふは、なほまゐれ。ゆきにくもりてあらはにもあるまじ」

 など、たびたびせば、このつぼねあるじも、

見苦みぐるし。さのみやはこもりたらむとする。あへなきまで御前おまへゆるされたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。おもふにたがふはにくきものぞ」

 と、ただいそがしにだしつれば、あれにもあらぬ心地ここちすれどまゐるぞ、いとくるしき。

 火焼屋ひたきやうへみたるも、めづらしうをかし。

 御前おまへちかくは、れいの、炭櫃すびつこちたくこして、それにはわざとひともゐず。みやぢん御火桶おんひをけ梨絵なしゑしたるにかひておはします。上臈じやうらふ御賄おんまかなひしたまひけるままに、ちかさぶらふ。つぎ長炭櫃ながすびつなくたる人々ひとびと唐衣からぎぬれたるほど、なれやすらかなるをるもいとうらやまし。御文おんふみぎ、ちがふさまなどの、つつましげならず、ものひゑわらふ。いつのにか、さやうにまじらひならむとおもふさへぞつつましき。おくりて、三四人みたりよたりつどひてなどるもあめり。しばしありて、前駆さきたかう、こゑすれば、

殿どのまゐらせたまふなり」

 とて、りたるものどもりなどするに、いかでりなむとおもへど、さらにえふとも身動みじろかねば、いますこおくりて、さすがにゆかしきなめりと、御几帳みきちやうほころびよりはつかにれたり。

 大納言だいなごん殿どのまゐりたまへるなりけり。御直衣おほむなほし指貫さしぬきむらさきいろゆきえていみじうをかし。柱元はしらもとにゐたまひて、

昨日きのふ今日けふ物忌ものいみにはべりつれど、ゆきのいたくりはべりつれば、おぼつかなさになむ」

 とまうしたまふ。

みちもなしとおもひつるに、いかで」

 とぞ御答おんいらへある。うちわらひたまひて、

「あはれともや御覧ごらんずるとて」

 などのたまふ、御有様おんありさまども、これより何事なにごとかはまさらむ。物語ものがたりに、いみじうくちにまかせてひたるにたがはざめりとおぼゆ。

 みやは、しろ御衣おんぞどもに、くれなゐ唐綾からあやをぞうへたてまつりたる。

 御髪みぐしのかからせたまへるなど、きたるをこそ、かかることはしに、うつつにはまだらぬを、ゆめ心地ここちぞする。女房にようばうとものひ、戯言たはぶれごとなどしたまふ。おんいらへを、いささかはづかしともおもひたらずこえかへし、空言そらごとなどのたまふは、あらがろんじなどこゆるは、もあやに、あさましきまで、あいなう、おもてあかむや。おん果物くだものまゐりなど、とりはやして、御前おまへにもまゐらせたまふ。

御帳みちやううしろなるは、たれぞ」

 とひたまふなるべし。さかすにこそはあらめ、ちておはするを、なほほかへにやとおもふに、いとちかうゐたまひて、ものなどのたまふ。まだまゐらざりしよりきたまひけることなど、

まことにや、さありし」

 などのたまふに、御几帳みきちやうへだてて、よそにたてまつりつるだにはづかしかりつるに、いとあさましう、さしかひこえたる心地ここちうつつともおぼえず。行幸みゆきなどをりくるまかたにいささかもおこせたまへば、下簾したすだれふたぎて、透影すきかげもやとあふぎかくすに、なほいとわがこころながらもおほけなく、いかででしにかと、あせあえていみじきには、何事なにごとをかはいらへもこえむ。

 かしこきかげささげたるあふぎをさへりたまへるに、ふりかくべきかみおぼえさへあやしからむとおもふに、すべて、さる気色けしきもこそはゆらめ。とくちたまはなむとおもへど、あふぎまさぐりにして、のこと、

かせたるぞ」

 などのたまひて、とみにもたまはねば、そでをおしあててうつぶしたるも、唐衣からぎぬしろいものうつりて、まだらならむかし。

 ひさしくゐたまへるを、心無こころなう、くるしとおもひたらむと心得こころえさせたまへるにや、

「これたまへ。これはぞ」

 とこえさせたまふを、

たまはりてはべらむ」

 とまうしたまふを、

「なほ、ここへ」

 とのたまはす。

ひととらへててはべらぬなり」

 とのたまふも、いといまめかしく、のほどにあはず、かたはらいたし。ひと草仮名さうがなきたる草子さうしなど、でて御覧ごらんず。

たれがにかあらむ。かれにせさせたまへ。それぞ、にあるひとみなりてはべらむ」

 など、ただいらへさせむと、あやしきことどもをのたまふ。

 一所ひとところだにあるに、また前駆さきうちはせて、おな直衣なほしひとまゐりたまひて、これはいますこはなやぎ、猿楽言さるがうごとなどしたまふを、わらきようじ、われ

なにがしが、とあること」

 など、殿上人てんじやうびとうへなどまうしたまふをくは、なほ、変化へんげもの天人てんにんなどのくだたるにやとおぼえしを、さぶられ、日頃ひごろぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。

 かく人々ひとびとも、みないへのうちいでそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、くわんじもてゆくに、おのづから面慣おもなれぬべし。

 ものなどおほせられて、

われをばおもふや」

 とはせたまふ。

 おんいらへに、

「いかがは」

 とけいするにあはせて、台盤所だいばんどころかたに、はなをいとたかたれば、

「あな心憂こころう空言そらごとふなりけり。よし、よし」

 とてらせたまひぬ。

「いかでか空言そらごとにはあらず。よろしうだにおもこえさすべきことかは。はなこそは空言そらごとしけれ」

 とおぼゆ。

 さても、たれかかくにくきわざしつらむと、大方おほかた心付こころづきなしとおぼゆれば、さるをりひしぎつつあるものを、まいていみじ、にくしとおもへど、まだ初々うひうひしければ、ともかくもえけいかへさで、けぬれば、りたる、すなはち、浅緑あさみどりなる薄様うすやうえんなるふみをこれとてたる。けてれば、

「いかにしていかにらましいつはりをそらただすかみなかりせば

となむ御気色おんけしきは」

 とあるに、めでたくも口惜くちをしうもおもみだるるに、なほ昨夜よべひとぞねたくにくままほしき。

「うすささそれにもよらぬはなゆゑにのほどをるぞわびしき

なほこればかりはけいなほさせたまへ。しきかみもおぼづからもいとかしこし」

 とてまゐらせてのちにも、うたてをりしも、などてさはたありけむと、いとなげかし。

第185段「したり顔なるもの」

 したりがほなるもの、正月しやうぐわつ一日ついたち最初さいしよはなひたるひと。よろしきひとはさしもなし。下臈げらふよ。きしろふたびの蔵人くらうどなしたるひと気色けしき。また、除目ぢもくにそのとしいちくにたるひとよろこびなどひて、

「いとかしこうなりたまへり」

 などいらへに、

「なにかは。いとことやうほろびてはべるなれば」

 などふも、いとしたりがほなり。

 また、ひとおほく、いどみたるなかに、りて婿むこになりたるも、われはとおもひぬべし。受領ずりやうしたるひと宰相さいしやうになりたるこそ、もとのきみたちのがりたるよりもしたりがほ気高けだかう、いみじうはおもひためれ。

第186段「位こそなほめでたき物はあれ」

 くらゐこそなほめでたきものはあれ。おなひとながら、大夫たいふきみ侍従じじゆうきみなどこゆるをりは、いとあなづりやすきものを、中納言ちゆうなごん大納言だいなごん大臣おとどなどになりたまひては、むげにせくかたもなく、やむごとなうおぼえたまふことのこよなさよ。程々ほどほどにつけては、受領ずりやうなどもみなさこそはあめれ。あまたくにき、大弐だいに四位しゐ三位さんみなどになりぬれば、上達部かんだちめなどもやむごとながりたまふめり。

 をんなこそなほわろけれ。内裏うちわたりに、御乳母おんめのと典侍ないしのすけ三位さんみなどになりぬればおもしろけれど、さりとてほどよりぎ、なにばかりのことかはある。

 また、おほくやはある。受領ずりやうきたかたにてくにくださるをこそは、よろしきひとさいはひのきはおもひてうらやむめれ。ただひと上達部かんだちめきたかたになり、上達部かんだちめ御娘おんむすめきさきにゐたまふこそは、めでたきものなめれ。

 されど、をとこはなほわかづるぞいとめでたしかし。法師ほふしなどのなにがしなどひてありくは、なにとかはゆる。きやうたふとみ、見目みめきよげなるにつけても、女房にようばうあなづられてかりこそすめれ。僧都そうづ僧正そうじやうになりぬれば、ほとけのあらはれたまへるやうに、まどかしこまるさまは、なににかたる。

第187段「かしこきものは」

 かしこきものは、乳母めのとをとここそあれ。みかど親王みこたちなどは、さるものにておきたてまつりつ。その次々つぎつぎ受領ずりやういへなどにも、ところにつけたるおぼえのわづらはしきものにしたれば、したりがほに、わが心地ここちもいとよせありて、このやしなひたるをも、むげにわがものになして、をんなはされどあり、男児をのこごはつとひて後見うしろみ、いささかもかのおんことにたがふものをばて、讒言ざんげんし、あしけれど、これがをばこころにまかせてひともなければ、所得ところえ、いみじき面持おももちして、ことおこなひなどす。

 むげにをさなきほどぞすこひとわろき。おやまへすれば、一人ひとりつぼねしたり。さりとてほかけば、ことこころありとてさわがれぬべし。ひてろしてしたるに、

づ」

 とばるれば、ふゆなど、ひきさがしひきさがしのぼりぬるがいとわびしきなり。それはところおなじこと、いますこわづらはしきことのみこそあれ。

第188段「病は」

 やまひは、むねものあしては、ただそこはかとなくてものはれぬ心地ここち

第189段「十八九ばかりの人の」

 十八九じふはちくばかりのひとの、かみいとうるはしくてたけばかりに、すそいとふさやかなる、いとえて、いみじう色白いろしろう、かほ愛敬あいぎやうづき、よしとゆるが、をいみじうみて、額髪ひたひがみもしとどにらし、みだかるもらず、おもてもいとあかくて、おさへてたるこそをかしけれ。

第190段「八月ばかりに」

 八月はちぐわつばかりに、しろひとへなよらかなるに、はかまきほどにて、紫苑しをんきぬのいとあてやかなるをけて、むねをいみじうめば、友達ともだち女房にようばうなど、数々かずかずつつとぶらひ、そとのかたにも、わかやかなる君達きんだちあまたて、

「いといとほしきわざかな。れいもかうやなやみたまふ」

 など、事無ことなしびにふもあり。

 心掛こころかけたるひとは、まことにいとほしとおもなげき、ひとれぬなかなどは、まして人目ひとめおもひて、るにもちかくえらず、おもなげきたるこそをかしけれ。

 いとうるはしうながかみひて、ものつくとてがりたる気色けしきもらうたげなり。

 うへにもこしめして、御読経みどきやうそうこゑたまはせたれば、几帳きちやうせてすゑたり。ほどもなきせばさなれば、とぶらびとあまたきて、きやうきなどするもかくれなきに、くばりてたるこそ、つみらむとおぼゆれ。

第191段「すきずきしくてひとり住みする人の」

 きしくて一人住ひとりずみするひとの、よるはいづくにやありつらむ、あかつきかへりて、やがてきたる、ねぶたげなる気色けしきなれど、すずりせてすみこまやかにりて、ことなしびにふでまかせてなどはあらず、こころとどめてく、まひろげ姿すがたもをかしうゆ。

 しろきぬどものうへに、山吹やまぶきくれなゐなどぞたる。しろ単衣ひとへのいたうしぼみたるを、うちまもりつつてて、まへなるひとにもらせず、わざとちて、小舎人童こどねりわらは、つきづきしき随身ずいじんなどちかせて、ささめきとらせて、ぬるのちひさしうながめて、きやうなどのさるべき所々ところどころしのびやかにくちずさびにたるに、おくかた御粥おかゆ手水てうづなどしてそそのかせば、あゆりても、文机ふづくゑかりてふみなどをぞる。おもしろかりけるところたかううちしたるも、いとをかし。

 あらひて、直衣なほしばかりうちて、ろくまきそらむ、まことたふときほどに、ちかところなるべし、ありつる使つかひうち気色けしきばめば、ふとみさして、返事かへりごとこころうつすこそ、つみらむとをかしけれ。

第192段「いみじう暑き昼中に」

 いみじうあつ昼中ひるなかに、いかなるわざをせむと、あふぎかぜもぬるし、氷水ひみづをひたし、もてさわぐほどに、こちたうあか薄様うすやうを、唐撫子からなでしこのいみじうきたるにむすけて、れたるこそ、きつらむほどのあつさ、こころざしのほどあさからずはかられて、かつ使つかひつるだにかずおぼゆるあふぎもうちかれぬれ。

第193段「南ならずは東の廂の板の」

 みなみならずはひむがしひさしいたの、かげゆばかりなるに、あざやかなるたたみをうちきて、三尺さんじやく几帳きちやう帷子かたびらいとすずえたるをれば、ながれておもふほどよりもぎててるに、しろ生絹すずし単衣ひとへくれなゐはかま宿直物とのゐものには、きぬのいたうはえぬを、すこけてしたり。

 灯籠とうろうともしたる、二間ふたまばかりさりて、すだれたかげて、女房にようばう二人ふたりばかり、わらはなど、長押なげしかり、また、ろしたるすだれひてしたるもあり。火取ひとりふかうづみて、心細こころぼそげににほはしたるも、いとのどやかに、こころにくし。

 よひうちぐるほどに、しのびやかにかどたたおとのすれば、れいこころりのひとて、気色けしきばみかくし、ひとまもりてれたるこそ、さるかたにをかしけれ。

 かたはらにいとよく琵琶びはのをかしげなるがあるを、物語ものがたりのひまひまに、おともたてず、爪弾つまびきにらしたるこそをかしけれ。

第194段「大路近なる所にて聞けば」

 大路おほぢちかなるところにてけば、くるまりたるひとの、有明ありあけのをかしきにすだれげて、

遊子いうしはなほのこりのつきく」

 とを、こゑくてしたるもをかし。

 うまにても、さやうのひとくはをかし。さやうのところにてくに、泥障あをりおときこゆるを、いかなるものならむと、するわざもうちきてるに、あやしのもの見付みつけたる、いとねたし。

第195段「ふと心劣りとかするものは」

 ふと心劣こころおとりとかするものは、をとこをんなも、言葉ことば文字もじいやしう使つかひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ。ただ文字もじひとつに、あやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かうおもひとことすぐれてもあらじかし。いづれをしとるにかは。されど、ひとをばらじ、ただ心地ここちにさおぼゆるなり。

 いやしきこともわろきことも、さとりながら殊更ことさらひたるはしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなくひたるは、あさましきわざなり。

 また、さもあるまじきいたるひとをとこなどの、わざとつくろひ、ひなびたるは、にくし。まさなきことも、あやしきことも、大人おとななるは、のもなくひたるを、わかひとは、いみじうかたはらいたきことにりたるこそ、さるべきことなれ。

 何事なにごとひても、

「そのことさせむとす」

はむとす」

なにとせむとす」

 とふと文字もじうしなひて、ただ

はむずる」

さとでむずる」

 などへば、やがていとわろし。まいて、ふみいてはふべきにもあらず。物語ものがたりなどこそ、しうしつれば、甲斐かひなく、つくひとさへこそいとほしけれ。

「ひてつくるまに」

 とひしひともありき。

もとむ」

 とふことを

「みとむ」

 なんどは、みなふめり。

第196段「宮仕人のもとに来などする男の」

 宮仕人みやづかへびとのもとになどするをとこの、そこにてものふこそいとわろけれ。はするひとも、いとにくし。おもはむひとの、

「なほ」

 などこころざしありてはむを、みたらむやうにくちふたぎ、かほをもてのくべきことにもあらねば、るにこそはあらめ。いみじうひて、わりなくよるけてまりたりとも、さらに湯漬ゆづけをだにはせじ。こころもなかりけりとてずは、さてありなむ。さとなどにて、北面きたおもてよりいだしては、いかがはせむ。それだになほぞある。

第197段「風は」

 かぜは、あらし三月やよひばかりの夕暮ゆふぐれにゆるきたる雨風あめかぜ

第198段「八九月ばかりに」

 八月はづき九月ながつきばかりにあめじりてきたるかぜ、いとあはれなり。あめあし横様よこさまさわがしうきたるに、夏通なつとほしたる綿衣わたぎぬかりたるを、生絹すずし単衣ひとへかさねてたるも、いとをかし。この生絹すずしだにいとところせくあつかはしく、てまほしかりしに、いつのほどにかくなりぬるにか、とおもふもをかし。

 あかつき格子かうし妻戸つまどけたれば、あらしのさとがほにしみたるこそ、いみじくをかしけれ。

第199段「九月つごもり十月の頃」

 九月ながつき晦日つごもり十月かんなづきころそらうちくもりてかぜのいとさわがしくきて、なるどものほろほろとこぼつる、いとあはれなり。さくらむくこそ、いとくはつれ。

 十月かんなづきばかりに、木立こだちおほかるところにはは、いとめでたし。

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