第279段「たふときこと」
尊き事、九条の錫杖。念仏の回向。
第280段「歌は」
歌は、風俗。中にも、杉立てる門。神楽歌もをかし。今様歌は長うて癖付いたり。
第281段「指貫は」
指貫は、紫の濃き。萌黄。夏は二藍。いと暑き頃、夏虫の色したるも涼しげなり。
第282段「狩衣は」
狩衣は、香染の薄き。白き。ふくさ。赤色。松の葉色。青葉。桜。柳。また青き。藤。男は何の色の衣をも着たれ。
第283段「単は」
単は、白き。日の装束の、紅の単の袙など、仮初めに着たるはよし。されど、なほ白きを。
黄ばみたる単など着たる人は、いみじう心付きなし。
練色の衣どもなど着たれど、なほ単は白うてこそ。
第284段「下襲は」
下襲は、冬は躑躅。桜。掻練襲。蘇芳襲。夏は二藍。白襲。
第285段「扇の骨は」
扇の骨は、朴。色は赤き。紫。緑。
第286段「檜扇は」
檜扇は、無紋。唐絵。
第287段「神は」
神は、松の尾。
八幡、この国の帝にておはしけむこそめでたけれ。行幸などに、なぎの花の御輿にたてまつる、いとめでたし。
大原野、春日いとめでたくおはします。
平野は、徒屋のありしを、
「なにする所ぞ」
と問ひしに、
「御輿宿」
と言ひしも、いとめでたし。
斎垣に蔦などのいと多くかかりて、紅葉の色々ありしも、
「秋にはあへず」
と貫之が歌思ひ出でられて、つくづくと久しうこそ立てられしか。
みこもりの神、またをかし。
賀茂、さらなり。
稲荷。
第288段「崎は」
崎は、唐崎。三保が崎。
第289段「屋は」
屋は、まろ屋。あつま屋。
第290段「時奏するいみじうをかし」
時奏する、いみじうをかし。いみじう寒き夜中ばかりごほごほとごほめき、沓摺り来て、弦うち鳴らしてなむ、
「何の某、時丑三つ、子四つ」
など、遥かなる声に言ひて、時の杭差す音など、いみじうをかし。
「子九つ、丑八つ」
などぞ、さとびたる人は言ふ。すべて、何も何も、ただ四つのみぞ、杭には差しける。
第291段「日のうらうらとある昼つ方」
日のうらうらとある昼つ方、また、いといたう更けて、子の刻など言ふほどにもなりぬらむかし、大殿籠りおはしましてにやなど、思ひ参らするほどに、
「男共」
と召したるこそ、いとめでたけれ。
夜中ばかりに、御笛の声聞えたる、またいとめでたし。
第292段「成信の中将は」
成信の中将は、入道兵部卿の宮の御子にて、形いとをかしげに、心ばへもをかしうおはす。伊予の守兼資が女忘れて、親の伊予へ率てくだりしほど、いかにあはれなりけむとこそ覚えしか。暁に行くとて、今宵おはして、有明の月に帰り給ひけむ直衣姿などよ。
その君、常に居て物言ひ、人の上など、悪きは悪しなど宣ひしに、物忌奇しう、つのかめなどにたてて食ふ物まつかいけなどする物の名を姓にて持たる人のあるが、こと人の子になりて、平など言へど、ただそのもとの姓を、若き人々言種にて笑ふ。有様も異なる事もなし、をかしき方なども遠きが、さすがに人に差し交じり、心などのあるを、御前わたりも、見苦しなど仰せらるれど、腹汚きにや、告ぐる人もなし。
一条の院に作らせたまひたる一間の所には、憎き人はさらに寄せず。東の御門につと向かひて、いとをかしき小廂に、式部のおもとともろに夜も昼もあれば、上も常に物御覧じに入らせ給ふ。
「今宵は、うちに寝なむ」
とて、南の廂に二人臥しぬる後に、いみじう呼ぶ人のあるを、煩しなど言ひ合はせて、寝たるやうにてあれば、なほいみじうかしがましう呼ぶを、
「それ、起こせ。空寝ならむ」
と仰せられければ、この兵部来て起こせど、いみじう寝入りたるさまなれば、
「さらに起きたまはざめり」
と言ひに行きたるに、やがて居付きて、物言ふなり。
しばしかと思ふに、夜いたう更けぬ。
「権中将にこそあなれ。こは何事を、かゐては言ふぞ」
とて、密かに、ただいみじう笑ふも、いかでかは知らむ。暁まで言ひ明かして帰る。
また、
「この君、いとゆゆしかりけり。更に、寄りおはせむに物言はじ。何事を、さは言ひ明かすぞ」
など言ひ笑ふに、遣戸開けて、女は入り来ぬ。
つとめて、廂に人の物言ふを聞けば、
「雨いみじう降る折に来たる人なむあはれなる。日頃おぼつかなく、辛き事ありとも、さて濡れて来たらむは、憂き事もみな忘れぬべし」
とは、などて言ふにかあらむ。
さあらむを、昨夜も、昨日の夜も、そがあなたの夜も、すべて、この頃、うち頻り見ゆる人の、今宵いみじからむ雨にさはらで来たらむは、なほ一夜も隔てじと思ふなめりと哀れになりなむ。さらで、日頃も見ず、おぼつかなくて過ぐさむ人の、かかる折にしも来むは、さらに志のあるにはせじとこそ覚ゆれ。人の心々なるものなればにや。物見知り、思ひ知りたる女の、心ありと見ゆるなどを語らひて、あまた行く所もあり、もとよりの縁などもあれば、繁くも見えぬを、なほさるいみじかりし折に来たりし、など、人にも語り継がせ、褒められむと思ふ人の仕業にや。
それも、むげに志なからむには、げに何しにかは、作り事にても見えむとも思はむ。されど、雨のふる時に、ただむつかしう、今朝まで晴々しかりつる空とも覚えず、にくくて、いみじき細殿、めでたき所と覚えず。まいて、いとさらぬ家などは、疾く降り止みねかしとこそ覚ゆれ。
をかしきこと、あはれなることもなきものを、さて、月の明きはしも、過ぎにし方、行く末まで、思ひ残さるることなく、心も憧れ、めでたく、あはれなること、類ひなく覚ゆ。それに来たらむ人は、十日、二十日、一月、もしは一年も、まいて七八年ありて思ひ出でたらむは、いみじうをかしと覚えて、えあるまじうわりなき所、人目慎むべきやうありとも、必ず立ちながらも、物言ひてかへし、また、留まるべからむは、留めなどもしつべし。
月の明き見るばかり、ものの遠く思ひ遣られて、過ぎにし事の憂かりしも、嬉しかりしも、をかしと覚えしも、ただ今のやうに覚ゆる折やはある。こま野の物語は、なにばかりをかしきこともなく、言葉も古めき、見所多からぬも、月に昔を思ひ出でて、むしばみたる蝙蝠取り出でて、
「もと見しこまに」
と言ひて尋ねたるが、あはれなるなり。
雨は心もとなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいと憎くぞある。やむごとなきこと、面白かるべきこと、尊うめでたかべい事も、雨だに降れば、言ふ甲斐なく口惜しきに、なにか、その濡れて託ち来たらむがめでたからむ。
交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし。昨夜、一昨日の夜もありしかばこそ、それもをかしけれ。足洗ひたるぞ憎き。汚かりけむ。
風などの吹き、荒々しき夜来たるは、頼もしくて、嬉しうもありなむ。
雪こそめでたけれ。
「忘れめや」
など独り言ちて、忍びたることはさらなり、いとさあらむ所も、直衣などはさらにも言はず、表衣、蔵人の青色などの、いと冷やかに濡れたらむは、いみじうをかしかべし。緑衫なりとも、雪にだにぬれなばにくかるまじ。昔の蔵人は、夜など、人の元にも、ただ青色を着て、雨に濡れても、絞りなどしけるとか。今は昼だに着ざめり。ただ緑衫のみうち被きてこそあめれ。衛府などの着たるは、まいていみじうをかしかりしものを。かく聞きて、雨に歩かぬ人やあらむとすらむ。
月のいみじう明き夜、紙のまたいみじう赤きに、ただ、
「あらずとも」
と書きたるを、廂に差し入りたる月にあてて、人の見しこそをかしかりしか。雨降らむ折は、さはありなむや。
第293段「つねに文おこする人の」
常に文遣する人の、
「なにかは。言ふにも甲斐なし。いまは」
と言ひて、またの日音もせねば、さすがに、明け立てば差し出づる文の見えぬこそ寂しけれ、と思ひて、
「さても、際々しかりける心かな」
と言ひて暮しつ。
またの日、雨のいたく降る、昼まで音もせねば、
「むげに思ひ絶えにける」
など言ひて、端の方に居たる、夕暮れに、傘差したる者の持て来たる文を、つねよりも疾く開けて見れば、ただ、
「水増す雨の」
とある、いと多く詠み出だしつる歌どもよりもをかし。
第294段「今朝はさしも見えざりつる空の」
今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗う掻き曇りて、雪の掻き暗し降るに、いと心細く見出だすほどもなく、白う積もりて、なほいみじう降るに、随身めきて細やかなる男の、傘差して、側の方なる塀の戸より入りて、文を差し入れたるこそをかしけれ。
いと白きみちのくに紙、白き色紙の結びたる、上に引き渡しける墨のふと凍りにければ、末薄になりたるをあけたれば、いと細く巻きて結びたる、巻目は細々と窪みたるに、墨のいと黒う、薄く、行せば、裏表書き乱りたるを、うち返し久しう見るこそ、何事なからむと、余所に見遣りたるもをかしけれ。
まいて、うち微笑む所はいとゆかしけれど、遠う居たるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりと覚ゆるかし。
額髪長やかに、面様良き人の、暗きほどに文を得て、火灯すほども心もとなきにや、火桶の火を挟み上げて、辿々しげに見居たるこそをかしけれ。
第295段「きらきらしきもの」
きらきらしきもの、大将の御前駆追ひたる。孔雀経の御読経。御修法。五大尊のも。御斎会。
蔵人の式部の丞の、白馬の日大路練りたる。その日、靫負の佐の摺衣やうする。
尊勝王の御修法。季の御読経。熾盛光の御読経。
第296段「神のいたう鳴るをりに」
神のいたう鳴る折に、雷鳴の陣こそいみじう恐ろしけれ。左右の大将、中、少将などの御格子の元に候ひ給ふ、いといとほし。鳴り果てぬる折、大将仰せて、
「下り」
と宣ふ。
第297段「坤元録の御屏風こそ」
坤元録の御屏風こそをかしう覚ゆれ。漢書の屏風は雄々しくぞ聞こえたる。月並の御屏風もをかし。
第298段「節分違へなどして夜深く帰る」
節分違へなどして夜深く帰る、寒きこといとわりなく、頤など落ちぬべきを、からうじて来着きて、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所もなくめでたきを、細かなる灰の中より起こし出でたるこそ、いみじうをかしけれ。
また、物など言ひて、火の消ゆらむも知らず居たるに、こと人の来て、炭入れて起こすこそいと憎けれ。されど、巡りに置きて、中に火をあらせたるはよし。みな外様に火を掻き遣りて、炭を重ね置きたる頂に火を置きたる、いとむつかし。
第299段「雪のいと高う降りたるを」
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、炭櫃に火起こして、物語などして、集まり候ふに、
「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」
と、仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。
人々も、
「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さるべきなめり」
と言ふ。
第300段「陰陽師のもとなる小童べこそ」
陰陽師のもとなる小童部こそ、いみじう物は知りたれ。祓などしに出でたれば、祭文など読むを、人はなほこそ聞け、ちうと立ち走りて、
「酒、水いかけさせよ」
とも言はぬに、し歩くさまの、例知り、いささか主に物言はせぬこそ羨ましけれ。さらむ者がな、使はむとこそ覚ゆれ。
第301段「三月ばかり物忌しにとて」
三月ばかり、物忌しにとて、仮初めなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどのはかばかしからぬ中に、柳と言ひて、例のやうになまめかしはあらず、広く見えて憎げなるを、
「あらぬ物なめり」
と言へど、
「かかるもあり」
など言ふに、
さかしらに柳の眉の広ごりて春の面を伏する宿かな
とこそ見ゆれ。
その頃、また同じ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日と言ふ日の昼つ方、いと徒然まさりて、ただ今も参りぬべき心地するほどしも、仰せ言のあれば、いと嬉しくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしげに書い給へり。
いかにして過ぎにし方を過ぐしけむ暮し煩ふ昨日今日かな
となむ。私には、
「今日しも千年の心地するに、暁には疾く」
とあり。この君の宣ひたらむだにをかしかるべきに、まして、仰せ言のさまは疎かならぬ心地すれば、
雲の上も暮しかねける春の日を所がらともながめつるかな
私には、
「今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」
とて、暁に参りたれば、
「昨日の返し、かねけるいと憎し。いみじう謗りき」
と仰せらる、いと侘し。誠にさることなり。
第302段「十二月廿四日」
十二月廿四日、宮の御仏名の半夜の導師聞きて出づる人は、夜中ばかりも過ぎにけむかし。
日頃降りつる雪の今日はやみて、風などいたう吹きつれば、垂氷いみじう垂り、地などこそむらむら白き所がちなれ、屋の上は、ただ押並べて白きに、怪しき賤の屋も雪にみな面隠しして、有明の月の隈なきに、いみじうをかし。
白銀などを葺きたるやうなるに、水晶の滝など言はましやうにて、長く、短く、殊更に掛け渡したると見えて、言ふにも余りてめでたきに、下簾もかけぬ車の、簾をいと高う上げたれば、奥まで差し入りたる月に、薄色、白き、紅梅など、七つ八つばかり着たる上に、濃き衣のいと鮮やかなる、艶など月に映えて、をかしう見ゆる、傍らに、葡萄染の固紋の指貫、白き衣どもあまた、山吹、紅など着溢して、直衣のいと白き、紐を解きたれば脱ぎ垂れられ、いみじう溢れ出でたり。指貫の片つ方は軾のもとに踏み出だしたるなど、道に人逢ひたらば、をかしと見つべし。
月影のはしたなさに、後様に滑り入るを、常に引き寄せ、顕に成されて侘ぶるもをかし。
「凛々として氷鋪けり」
と言ふ事を、返々誦しておはするは、いみじうをかしうて、夜一夜も在りかまほしきに、行く所の近うなるも口惜し。
第303段「宮仕へする人々の出で集りて」
宮仕へする人々の出で集まりて、己が君々の御事愛で聞こえ、宮の内、殿ばらのことども、互に語り合はせたるを、その家の主にて聞くこそをかしけれ。
家広く清げにて、我が親族はさらなり、うち語らひなどする人も、宮仕へ人を方々に据ゑてこそあらせまほしけれ。さべき折は一所に集まり居て物語し、人の詠みたりし歌、なにくれと語り合はせて、人の文など持て来るも、諸共に見、返事を書き、また、睦まじう来る人もあるは、清げにうち設ひて、雨など降りてえ帰らぬも、をかしうもてなし、参らむ折は、その事見入れ、思はむさまにして出だしいでなどせばや。
良き人のおはします有様などのいとゆかしきこそ、怪しからぬ心にや。
第304段「見ならひするもの」
見習ひするもの、欠伸。稚児ども。
第305段「うちとくまじきもの」
うち解くまじきもの、えせ者。さるは、良しと人に言はるる人よりも、裏無くぞ見ゆる。船の路。
第306段「日のいとうららかなるに」
日のいとうららかなるに、海の面のいみじう長閑に、浅緑打ちたるを引き渡したるやうにて、いささか恐ろしき気色もなきに、若き女などの、袙、袴など着たる、侍の者の若やかなるなど、櫓と言ふもの押して、歌をいみじう謡ひたるは、いとをかしう、やむごとなき人などにも見せ奉らまほしう思ひ行くに、風いたう吹き、海の面ただ悪しに悪しうなるに、物も覚えず、泊まるべき所に漕ぎ着くるほどに、船に浪のかけたるさまなど、片時に、さばかりなごかりつる海とも見えずかし。
思へば、船に乗りて歩く人ばかり、浅ましうゆゆしき物こそなけれ。宜しき深さなどにてだに、さるはかなき物に乗りて漕ぎ出づべきにもあらぬや。まいて、底ひも知らず、千尋などあらむよ。
物をいと多く積み入れたれば、水際はただ一尺ばかりだになきに、下衆どものいささか恐ろしとも思はで走り歩き、つゆ悪しうもせば沈みやせむと思ふを、大きなる松の木などの二三尺にて円なる、五つ六つ、ほうほうと投げ入れなどするこそいみじけれ。
屋形と言ふものの方にて押す。されど、奥なるは頼もし。端にて立てる者こそ目眩る心地すれ。早緒とつけて、櫓とかにすげたるものの弱げさよ。かれが絶えば、何にかならむ。ふと落ち入りなむを。それだに太くなどもあらず。我が乗りたるは、清げに造り、妻戸開け、格子上げなどして、さ水と等しう下りげになどあらねば、ただ家の小さきにてあり。
小舟を見遣るこそいみじけれ。遠きは誠に笹の葉を作りてうち散らしたるにこそいと良う似たれ。泊まりたる所にて、船毎に灯したる火は、またいとをかしう見ゆ。
はし舟とつけて、いみじう小さきに乗りて漕ぎ歩く、つとめてなどいとあはれなり。跡の白波は、誠にこそ消えもて行け。宜しき人は、なほ乗りて歩くまじきこととこそ覚ゆれ。徒歩路もまた、恐ろしかなれど、それはいかにもいかにも地に着きたれば、いと頼もし。
海はなほいとゆゆしと思ふに、まいて海女の潜きしに入るは憂き業なり。腰に着きたる緒の絶えもしなば、いかにせむとならむ。男だにせましかば、さてもありぬべきを、女はおぼろげの心ならじ。舟にをとこは乗りて、歌などうち謡ひて、この栲縄を海に浮けて歩く、危ふく後ろめたくはあらぬにやあらむ。上らむとて、その縄をなむ引くとか。惑ひ繰り入るるさまぞことわりなるや。舟の端を押さへて放ちたる息などこそ、誠にただ見る人だに潮垂るるに、落し入れて漂ひ歩く男は、目もあやに浅ましかし。
第307段「右衛門の尉なりける者の」
右衛門の尉なりける者の、えせなる男親を持たりて、人の見るに面伏せなりと苦しう思ひけるが、伊予の国より上るとて、浪に落とし入れけるを、
「人の心ばかり、浅ましかりける事なし」
と浅ましがるほどに、七月十五日、盆奉るとて急ぐを見給ひて、道命阿闍梨、
わたつ海に親押し入れてこの主の盆する見るぞ哀れなりける
と詠み給ひけむこそをかしけれ。
第308段「小原の殿の御母上とこそは」
小原の殿の御母上とこそは、普門と言ふ寺にて八講しける、聞きて、翌日小野殿に、人々いと多く集まりて、遊びし、文作りけるに、
薪樵る事は昨日に尽きにしをいざ斧の柄はここに朽たさむ
と詠み給ひたりけむこそいとめでたけれ。ここもとは打ち聞きになりぬるなめり。
第309段「また業平の中将のもとに」
また、業平の中将のもとに、母の皇女の、
「いよいよ見まく」
と宣へる、いみじうあはれにをかし。引き開けて見たりけむこそ思ひ遣らるれ。
第310段「をかしと思ふ歌を」
をかしと思ふ歌を草子などに書きて置きたるに、言ふ甲斐なき下衆の打ち謡ひたるこそ、いと心憂けれ。
第311段「よろしき男を下衆女などのほめて」
よろしき男を下衆女などの褒めて、
「いみじうなつかしうおはします」
など言へば、やがて思ひ落とされぬべし。謗らるるはなかなか良し。下衆に褒めらるるは、女だにいと悪し。また、褒むるままに言ひ損なひつるものは。
第312段「左右の衛門の尉を」
左右の衛門の尉を、判官と言ふ名をつけて、いみじう恐ろしう、畏き者に思ひたるこそ。夜行し、細殿などに入り臥したる、いと見苦しかし。
布の白袴、几帳に打ち掛け、表衣の長く所狭きを綰ね掛けたる、いと付きなし。太刀の後に引き掛けなどして立ちさまよふは、されどよし。青色をただ常に着たらば、いかにをかしからむ。
「見し有明ぞ」
と誰言ひけむ。
第313段「大納言殿まゐりたまひて」
大納言殿参り給ひて、文の事など奏し給ふに、例の、夜いたく更けぬれば、御前なる人々、一人二人づつ失せて、御屏風、御几帳の後ろなどに、皆隠れ臥しぬれば、ただ一人、眠たきを念じて候ふに、
「丑四つ」
と奏すなり。
「明け侍りぬなり」
と独り言つを、大納言殿、
「今更に、な大殿籠りおはしましそ」
とて、寝べきものとも思いたらぬを、うたて、何しにさ申しつらむと思へど、また人のあらばこそは紛れも臥さめ。
上の御前の、柱に寄り掛からせ給ひて、少し眠らせ給ふを、
「かれ見奉らせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠るべきかは」
と申させ給へば、
「げに」
など、宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給ふも、知らせ給はぬほどに、長女が童の、鶏を捕らへ持て来て、
「朝に里へ持て行かむ」
と言ひて隠し置きたりける、いかがしけむ、犬見付けて追ひければ、廊のまきに逃げ入りて、恐ろしう鳴き罵るに、皆人起きなどしぬなり。
上も打ち驚かせ給ひて、
「いかでありつる鶏ぞ」
など尋ねさせ給ふに、大納言殿の、
「声、明王の眠りを驚かす」
と言ふ事を、高う打ち出だし給へる、めでたうをかしきに、ただ人の眠たかりつる目もいと大きになりぬ。
「いみじき折の事かな」
と、上も宮も興ぜさせ給ふ。なほかかる事こそめでたけれ。
またの夜は、夜の御殿に参らせ給ひぬ。夜中ばかりに、廊に出でて人呼べば、
「下るるか。いで、送らむ」
と宣へば、裳、唐衣は屏風に打ち掛けて行くに、月のいみじう明く、御直衣のいと白う見ゆるに、指貫を長う踏みしだきて、袖を引かへて、
「倒るな」
と言ひて、おはするままに、
「游子なほ残りの月に行く」
と誦し給へる、またいみじうめでたし。
「かやうの事、愛で給ふ」
とては、笑ひ給へど、いかでか、なほをかしきものをば。
第314段「僧都の御乳母のままなど」
僧都の御乳母の夫など、御匣殿の御局に居たれば、男のある、板敷のもと近う寄り来て、
「辛い目を見候ひて、誰にかは訴へ申し侍らむ」
とて、泣きぬばかりの気色にて、
「なにごとぞ」
と問へば、
「あからさまに物に罷りたりしほどに、侍る所の焼け侍りにければ、寄居虫のやうに、人の家に尻を差し入れてのみ候ふ。馬づかさの御秣積みて侍りける家より出でまうで来て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、夜殿に寝て侍りける童部も、ほとほと焼けぬべくてなむ。いささか物もとうで侍らず」
など言ひ居るを、御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。
御秣を燃やすばかりの春の日に夜殿さへなど残らざるらむ
と書きて、
「これを取らせ給へ」
とて投げ遣りたれば、笑ひ罵りて、
「このおはする人の、家焼けたなりとて、いとほしがりて賜ふなり」
とて、取らせたれば、広げて、
「これは、何の御短冊にかはべらむ。物いくらばかりにか」
と言へば、
「ただ読めかし」
と言ふ。
「いかでか。片目もあきつかうまつらでは」
と言へば、
「人にも見せよ。ただ今召せば、とみにて上へ参るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」
とて、皆笑ひ惑ひ、上りぬれば、人にや見せつらむ、里に行きていかに腹立たむなど、御前に参りて夫の啓すれば、また笑ひ騒ぐ。
御前にも、
「など、かく物狂ほしからむ」
と笑はせ給ふ。
第315段「男は女親亡くなりて」
男は、女親亡くなりて、男親の一人ある、いみじう思へど、心煩はしき北の方出で来て後は、内にも入れ立てず、装束などは、乳母、また故上の御人どもなどしてせさせす。
西東の対のほどに、客居などをかし。屏風、障子の絵も見所ありて住まひたり。殿上の交じらひのほど、口惜しからず人々も思ひ、上も御気色良くて、常に召して、御遊びなどの敵に思し召したるに、なほ常に物嘆かしく、世の中、心に合はぬ心地して、好き好きしき心ぞ、かたはなるまであべき。上達部、またなきさまにても傅かれたる妹一人あるばかりにぞ、思ふ事打ち語らひ、慰め所なりける。
第316段「ある女房の遠江の子なる人を」
ある女房の、遠江の子なる人を語らひてあるが、同じ宮人をなむ忍びて語らふと聞きて、恨みければ、
「親なども懸けて誓はせ給へ。いみじき空言なり。夢にだに見ず」
となむ言ふは、いかが言ふべき、と言ひしに、
誓へ君遠江の神懸けて無下に浜名の橋見ざりきや
第317段「びんなき所にて」
便無き所にて、人に物を言ひけるに、胸のいみじう走りけるを、
「などかくある」
と言ひける人に、
逢坂は胸のみ常に走り井の見付くる人やあらむと思へば
第318段「まことにややがては下る」
「誠にや、やがては下る」
と言ひたる人に、
思ひだに掛からぬ山のさせも草誰か伊吹の里は告げしぞ
第319段「この草子目に見え心に思ふことを」
この草子、目に見え心に思ふ事を、人やは見むとすると思ひて、徒然なる里居の程に書き集めたるを、あいなう、人の為に便なき言ひ過ぐしもしつべき所々もあれば、よう隠し置きたりと思ひしを、心より外にこそ漏り出でにけれ。
宮の御前に、内大臣の奉り給へりけるを、
「これに何を書かまし。上の御前には、史記と言ふ文をなむ書かせ給へる」
など宣はせしを、
「枕にこそは侍らめ」
と申ししかば、
「さは、得てよ」
とて賜はせたりしを、怪しきを、こよや何やと、尽きせず多かる紙を、書き尽くさむとせしに、いと物覚えぬ事ぞ多かるや。
大方、これは、世の中にをかしき事、人のめでたしなど思ふべき、なほ選り出でて、歌などをも、木、草、鳥、虫をも、言ひ出だしたらばこそ、
「思ふ程よりは悪し。心見えなり」
と謗られめ、ただ心一つに自ら思ふ事を、戯れに書き付けたれば、物に立ち交じり、人並み並みなるべき耳をも聞くべき物かはと思ひしに、
「恥づかしき」
なんどもぞ、見る人はし給ふなれば、いと怪しうあるや。
げに、そも理、人の憎むを良しと言ひ、褒むるを悪しと言ふ人は、心の程こそ推し量らるれ。ただ、人に見えけむぞ妬き。
左中将、まだ伊勢守と聞こえし時、里におはしたりしに、端の方なりし畳を差し出でし物は、この草子載りて出でにけり。惑ひ取り入れしかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ返りたりし。それより歩き初めたるなめり、とぞ本に。

