『枕草子』原文全文を読む(3)第37段~第66段|読みやすいふりがな付き

目次

第37段「木の花は」

 木きの花はなは、濃こきも薄うすきも紅梅こうばい。桜さくらは、花はなびら大おほきに、葉はの色いろ濃こきが、枝えだ細ほそくて咲さきたる。藤ふぢの花はなは、しなひ長ながく、色いろ濃こく咲さきたる、いとめでたし。

 四月しぐわつのつごもり、五月ごぐわつのついたちの頃ころほひ、橘たちばなの葉はの濃こく青あをきに、花はなのいと白しろう咲さきたるが、雨あめうち降ふりたるつとめてなどは、世よになう心こころあるさまにをかし。花はなの中なかより黄金こがねの玉たまかと見みえて、いみじう鮮あざやかに見みえたるなど、朝露あさつゆに濡ぬれたるあさぼらけの桜さくらに劣おとらず。ほととぎすのよすがとさへ思おもへばにや、なほさらに言いふべうもあらず。

 梨なしの花はな、世よにすさまじきものにして、近ちかうもてなさず、はかなき文付ふみつけなどだにせず。愛敬あいぎやう後おくれたる人ひとの顔かほなどを見みては、たとひに言いふも、げに、葉はの色いろより初はじめて、あはひなく見みゆるを、唐土もろこしには限かぎりなきものにて、文ふみにも作つくる、なほさりとも様やうあらむと、せめて見みれば、花はなびらの端はしに、をかしき匂にほひこそ、心こころもとなうつきためれ。楊貴妃やうきひの、帝みかどの御使おんつかひに会あひて泣なきける顔かほに似にせて、

「梨花りくわ一枝いつし、春はる、雨あめを帯おびたり」

 など言いひたるは、おぼろけならじと思おもふに、なほいみじうめでたきことは、類たぐひあらじと覚おぼえたり。

 桐きりの木きの花はな、紫むらさきに咲さきたるはなほをかしきに、葉はの広ひろごり様ざまぞ、うたてこちたけれど、こと木きどもと等ひとしう言いふべきにもあらず。唐土もろこしにことごとしき名な付つきたる鳥とりの、選えりてこれにのみ居ゐるらむ、いみじう心こころ異ことなり。まいて琴ことに作つくりて、さまざまなる音おとの出いで来くるなどは、をかしなど世よの常つねに言いふべくやはある。いみじうこそ、めでたけれ。

 木きのさま憎にくげなれど、楝あふちの花はな、いとをかし。枯々かれがれに、さま異ことに咲さきて、必かならず五月五日ごぐわついつかにあふも、をかし。

第38段「池は」

 池いけは、かつまたの池いけ。磐余いはれの池いけ。

 贄野にへのの池いけ、初瀬はつせに詣まうでしに、水鳥みづとりの隙ひまなく居ゐて立たち騒さわぎしが、いとをかしう見みえしなり。

 水みづなしの池いけこそ、あやしう、などてつけけるならむとて問とひしかば、

「五月ごぐわつなど、すべて雨あめいたう降ふらむとする年としは、この池いけに水みづといふものなむなくなる。また、いみじう照てるべき年としは、春はるの初はじめに水みづなむ多おほく出いづる」

 と言いひしを、

「むげになく乾かはきてあらばこそさも言いはめ、出いづる折をりもあるを、一筋ひとすぢにも付つけけるかな」

 と言いはまほしかりしか。

 猿沢さるさはの池いけは、采女うねめの身投みなげたるを聞きこしめして、行幸みゆきなどありけむこそ、いみじうめでたけれ。

「ねたくれ髪かみを」

 と人丸ひとまるが詠よみけむほどなど思おもふに、言いふも疎おろかなり。

 御前おまへの池いけ、また何なにの心こころにてつけけるならむとゆかし。

 かみの池いけ。狭山さやまの池いけは、みくりといふ歌うたのをかしきが覚おぼゆるならむ。

 こひぬまの池いけ。はらの池いけは、

「玉藻たまもな刈かりそ」

 と言いひたるも、をかしう覚おぼゆ。

第39段「節は五月にしく月はなし」

 節せちは五月ごぐわつにしく月つきはなし。菖蒲さうぶ、蓬よもぎなどの薫かをり合あひたる、いみじうをかし。九重ここのへの御殿ごてんの上うへをはじめて、いひしらぬ民たみの住処すみかまで、いかでわがもとに繁しげく葺ふかむと葺ふき渡わたしたる、なほいと珍めづらし。いつかは、こと折をりにさはしたりし。

 空そらの気色けしき、曇くもり渡わたりたるに、中宮ちゆうぐうなどには、縫殿ぬひどのより御薬玉おほんくすだまとて、色々いろいろの糸いとを組くみ下したげて参まゐらせたれば、御帳みちやうたてたる母屋もやの柱はしらに、左右さうに付つけたり。

 九月九日くぐわつここのかの菊きくを、あやしき生絹すずしの衣きぬに包つつみて参まゐらせたるを、同おなじ柱はしらに結ゆひ付つけて月頃つきごろある薬玉くすだまに解とき替かへてぞ棄すつめる。また、薬玉くすだまは、菊きくのをりまであるべきにやあらむ。されど、それはみな糸いとを引ひき取とりて、もの結ゆひなどして、しばしもなし。

 御節供おほんせく参まゐり、若わかき人々ひとびと菖蒲さうぶの挿櫛さしぐしさし、物忌ものいつけなどして、さまざまの唐衣からぎぬ、汗衫かざみなどに、をかしき折枝をりえだども、ながき根ねに斑濃むらごの組くみして結むすび付つけたるなど、珍めづらしういふべきことならねど、いとをかし。さて、春毎はるごとに咲さくとて、桜さくらをよろしう思おもふ人ひとやはある。

 土つち歩ありく童部わらはべなどの、程々ほどほどにつけて、いみじきわざしたりと思おもひて、常つねに袂たもと守まぼり、人ひとのに比くらべなど、えもいはずと思おもひたるなどを、そばへたる小舎人童こどねりわらはなどに、引ひき張はられて泣なくもをかし。

 むらさきの紙かみに楝あふちの花はな、あをき紙かみに菖蒲さうぶの葉は、細ほそく巻まきて結ゆひ、また、白しろき紙かみを、根ねして引ひき結ゆひたるもをかし。

 いと長ながき根ねを、文ふみの中なかに入いれなどしたるを見みる心地ここちども、艶えんなり。

 返事かへりごと書かかむと言いひ合あはせ、語かたらふどちは見みせ交かはしなどするも、いとをかし。

 人ひとの女をんな、やむごとなきに所々ところどころに、御文おんふみなど聞きこえたまふ人ひとも、今日けふは心こころ異ことにぞなまめかしき。夕暮ゆふぐれのほどに、ほととぎすの名乗なのりて渡わたるも、すべていみじき。

第40段「花の木ならぬは」

 花はなの木きならぬは、楓かへで。桂かつら。五葉ごえふ。

 たそばの木き、品しななき心地ここちすれど、花はなの木きども散ちり果はてて、おしなべて緑みどりになりたるなかに、時ときも分わかず、濃こき紅葉もみぢのつやめきて、思おもひも掛かけぬ青葉あをばの中なかより差さし出いでたる、珍めづらし。まゆみ、さらにもいはず。宿やどり木ぎといふ名な、いとあはれなり。

 榊さかき、臨時りんじの祭まつりの御神楽みかぐらの折をりなど、いとをかし。世よに木きどもこそあれ、神かみの御前おまへのものと生おひ初はじめけむも、取とり分わきてをかし。

 楠くすの木きは、木立こだち多おほかる所ところにも、ことに交まじらひ立たてらず、おどろおどろしき思おもひ遣やりなど疎うとましきを、千枝ちえに分わかれて恋こひする人ひとの例ためしに言いはれたるこそ、誰たれかは数かずを知しりて言いひ初はじめけむと思おもふにをかしけれ。

 檜ひの木き、またけぢかからぬものなれど、三葉みつば四葉よつばの殿造とのづくりもをかし。五月ごぐわつに雨あめの声こゑを学まなぶらむもあはれなり。

 かへでの木きのささやかなるに、萌もえ出いでたる葉末はずゑの赤あかみて、同おなじ方かたに広ひろごりたる、葉はのさま、花はなも、いとものはかなげに、虫むしなどの乾かれたるに似にて、をかし。

 あすはひの木き、この世よにちかくも見みえ聞きこえず。御獄みたけに詣まうでて帰かへりたる人ひとなどのもて来くめる、枝差えだざしなどは、いと手てに触ふれにくげに荒あらくましけれど、何なにの心こころありて、あすはひの木きと付つけけむ。あぢきなき兼言かねごとなりや。誰たれに頼たのめたるにかと思おもふに、聞きかもほしくをかし。

 ねずもちの木き、人並々ひとなみなみになるべきにもあらねど、葉はのいみじう細こまかに小ちひさきがをかしきなり。

 楝あふちの木き。山橘やまたちばな。山梨やまなしの木き。椎しひの木き、常磐木ときはぎはいづれもあるを、それしも、葉替はがへせぬ例ためしに言いはれたるもをかし。

 白樫しらかしといふものは、まいて深山木みやまぎの中なかにもいと気遠けどほくて、三位さんみ、二位にゐの上うへの衣きぬ染そむる折をりばかりこそ、葉はをだに人ひとの見みるめれば、をかしきこと、めでたきことに取とり出いづべくもあらべど、いづくともなく雪ゆきの降ふり置おきたるに見紛みまがへられ、素盞鳴尊すさのをのみこと出雲いづもの国くににおはしける御事みことを思おもひて、人丸ひとまるが詠よみたる歌うたなどを思おもふに、いみじくあはれなり。折をりにつけても、一節ひとふしあはれともをかしとも聞きき置おきつるものは、草くさ、木き、鳥とり、虫むしも疎おろかにこそ覚おぼえね。

 譲ゆづり葉はの、いみじうふさやかに艶つやめき、茎くきはいと赤あかくきらきらしく見みえたるこそ、あやしきけれどをかし。なべての月つきには見みえぬ物ものの、師走しはすのつごもりのみ時ときめきて、亡なき人ひとの食くひ物ものに敷しく物ものにやとあはれなるに、また、齢よはひを延のぶる歯固はがための具ぐにももて使つかひためるは。いかなる世よにか、

「紅葉もみぢせむ世よや」

 と言いひたるもたのもし。

 柏木かしはぎ、いとをかし。葉守はもりの神かみのいますらむも畏かしこし。兵衛ひやうゑの督かみ、佐すけ、尉じようなど言いふもをかし。

 姿すがたなけれど、棕櫚しゆろの木き、唐からめきて、悪わるき家いへの物ものとは見みえず。

第41段「鳥は」

 鳥とりは、こと所ところのものなれど、鸚鵡あうむ、いとあはれなり。人ひとの言いふらむことをまねぶらむよ。

 ほととぎす。くひな。しぎ。都鳥みやこどり。ひわ。ひたき。

 山鳥やまどり、友ともを恋こひひて、鏡かがみを見みすれば慰なぐさむらむ、心こころ若わかう、いとあはれなり。谷たに隔へだてたるほどなど、心苦こころぐるし。

 鶴つるは、いとこちたきさまなれど、鳴なく声こゑ雲井くもゐにまで聞きこゆる、いとめでたし。

 頭かしら赤あかき雀すずめ。斑鳩いかるがの雄鳥をどり。たくみ鳥とり。

 鷺さぎは、いと見目みめ見苦みぐるし。まなこゐなども、うたて万よろづになつかしからねど、

「ゆるぎの森もりに一人ひとりはねじ」

 と争あらそふらむ、をかし。

 水鳥みづとり、鴛鴦をしいとあはれなり。かたみに居ゐ替かはりて、羽はのうへの霜しも払はらふらむほどなど。

 千鳥ちどりいとをかし。

 鶯うぐひすは、文ふみなどにもめでたきものに作つくり、声こゑよりはじめてさまかたちも、さばかりあてにうつくしきほどよりは、九重ここのへのうちに鳴なかぬぞいと悪わろき。

 人ひとの

「さなむある」

 と言いひしを、さしもあらじと思おもひしに、十年ととせばかり候さぶらひて聞ききしに、まことにさらに音おとせざりき。さるは、竹たけちかき紅梅こうばいも、いとよく通かよひぬべき便たよりなりかし。罷まかで聞きけば、あやしき家いへの見所みどころもなき梅うめの木きなどには、かしがましきまでぞ鳴なく。

 夜よ鳴なかぬもいぎたなき心地ここちすれども、今いまはいかがせむ。

 夏なつ、秋あきの末すゑまで老おい声こゑに鳴なきて、

「むしくひ」

 など、ようあらぬ者ものは名なを付つけ替かへて言いふぞ、口惜くちをしくくすしき心地ここちする。それもただ、雀すずめの様やうに常つねにある鳥とりならば、さも覚おぼゆまじ。春はる鳴なくゆゑこそああらめ。

「年とし立たち返かへる」

 など、をかしきことに、歌うたにも文ふみにも作つくるなるは。なほ春はるの内うちならましかば、いかにをかしからまし。

 人ひとをも、人ひとげなう、世よの覚おぼえ侮あなづらはしう成なり初そめにたるをば謗そしりやはする。

 鳶とび、烏からすなどの上うへは、見入みいれ、聞きき入いれなどする人ひと、世よになしかし。されば、いみじかるべきものとなりたれば、と思おもふに、心こころ行ゆかぬ心地ここちするなり。

 祭まつりのかへさ見みるとて、雲林院うりんゐん、知足院ちそくゐんなどの前まへに車くるまを立たてたれば、ほととぎすも忍しのばぬにやあらむ、鳴なくに、いとよう真似まねび似にせて、木高こだかき木きどもの中なかに、諸声もろごゑに鳴なきたるこそ、さすがにをかしけれ。

 ほととぎすは、なほさらに言いふべき方かたなし。いつしかしたり顔がほにも聞きこえたるに、卯うの花はな、花橘はなたちばななどに宿やどりをして、はたかくれたるも、ねたげなる心こころばへなり。

 五月雨さみだれの短みじかき夜よに寝覚ねざめをして、いかで人ひとより先さきに聞きかむと待またれて、夜深よふかくうち出いでたる声こゑの、らうらうじう愛敬あいぎやうづきたる、いみじう心憧こころあくがれ、せむ方かたなし。六月ろくぐわつになりぬれば、音おともせずなりぬる、すべて言いふも疎おろかなり。

 夜よ鳴なくもの、何なにも何なにもめでたし。乳児ちごどものみぞさしもなき。

第42段「あてなるもの」

 あてなるもの

 薄色うすいろに白襲しらがさねの汗衫かざみ。かりのこ。

 削けづり氷ひに甘葛あまづら入いれて、新あたらしき金鋺かなまりに入いれたる。

 水晶すいしやうの数珠ずず。藤ふぢの花はな。梅うめの花はなに雪ゆきの降ふり掛かかりたる。

 いみじううつくしき乳児ちごの、苺いちごなど食くひたる。

第43段「虫は」

 虫むしは、鈴虫すずむし。ひぐらし。蝶てふ。松虫まつむし。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫むし。蛍ほたる。

 蓑虫みのむし、いとあはれなり。鬼おにの生うみたりければ、親おやに似にてこれも恐おそろしき心こころあらむとて、親おやの、あやしき衣きぬ引ひき着きせて、

「今いま秋風あきかぜ吹ふかむ折をりぞ来くむとする。待まてよ」

 と言いひ置おきて、逃にげて往いにけるも知しらず、風かぜの音おとを聞きき知しりて、八月はちぐわつばかりになれば、

「ちちよ、ちちよ」

 とはかなげに鳴なく、いみじうあはれなり。

 額ぬかづき虫むし、またあはれなり。さる心地ここちに道心だうしん起おこしてつき歩ありくらむよ。思おもひ掛かけず、暗くらき所ところなどに、ほとめき歩ありきたるこそをかしけれ。

 蝿はへこそ、憎にくきものの内うちに入いれつべく、愛敬あいぎやうなきものはあれ。人々ひとびとしう、敵かたきなどにすべきものの大おほきさにはあらねど、秋あきなど、ただ万よろづの物ものにゐ、顔かほなどに、濡ぬれ足あしして居ゐるなどよ。人ひとの名なに付つきたる、いと疎うとまし。

 夏虫なつむし、いとをかしうらうたげなり。火ひ近ちかう取とり寄よせて物語ものがたりなど見みるに、草子さうしの上うへなどに飛とび歩ありく、いとをかし。

 蟻ありは、いと憎にくけれど、軽かるびいみじうて、水みづの上うへなどを、ただ歩あゆみに歩あゆみ歩ありくこそをかしけれ。

第44段「七月ばかりに」

 七月しちぐわつばかりに、風かぜいたう吹ふきて、雨あめなどさわがしき日ひ、大方おほかた涼すずしければ、扇あふぎもうち忘わすれたるに、汗あせの香かすこしかかへたる綿衣わたぎぬの薄うすきを、いとよく引ひきて昼寝ひるねしたるこそをかしけれ。

第45段「にげなきもの」

 にげなきもの、下衆げすの家いへに雪ゆきの降ふりたる。また、月つきの差さし入いりたるも口惜くちをし。

 月つきの明あかきに、屋形やかたなき車くるまの会あひたる。また、さる車くるまに黄牛あめうし掛かけたる。また、老おいたる女をんなの腹はら高たかくて歩ありく。

 若わかき男をとこ持もちたるだに見苦みぐるしきに、こと人ひとのもとへ行いきたるとて腹立はらだつよ。

 老おいたる男をとこの寝惑ねまどひたる。また、さやうに鬚ひげがちなるものの椎しひ摘つみたる。

 歯はもなき女をんなの梅うめ食くひて酸すがりたる。

 下衆げすの紅くれなゐの袴はかま着きたる。この頃ころはそれのみぞある。

 靱負ゆげひの佐すけの夜行姿やぎやうすがた。狩衣姿かりぎぬすがたも、いとあやしげなり。

 人ひとに怖おぢらるる上うへの衣きぬは、おどろおどろし。立たちたまふさまも、見付みつけて侮あなづらはし。

「嫌疑けんぎの者ものやある」

 と咎とがむ。

 入いり居ゐて、空そら薫物だきものに染しみたる几帳きちやうにうち掛かける袴はかまなど、いみじうたつきなし。

 かたちよき君きみたちの、弾正だんじやうの弼ひちにておはする、いと見苦みぐるし。宮みやの中将ちゆうじやうなどの、さも口惜くちをしかりしかな。

第46段「細殿に人あまたゐて」

 細殿ほそどのに人ひとあまた居ゐて、安やすからず物ものなどいふに、清きよげなる男をとこ、小舎人童こどねりわらはなど、良よき包つつみ、袋ふくろなどに、衣きぬども包つつみて、指貫さしぬきの括くくりなどぞ見みえたる、弓ゆみ、矢や、楯たてなど持もて歩ありくに、

「誰たがぞ」

 と問とへば、ついゐて、

「某殿なにがしどのの」

 とて行いく者ものはよし。気色けしきばみ、優やさしがりて、

「知しらず」

 ともいひ、物ものも言いはでも往いぬる者ものは、いみじうにくし。

第47段「主殿司こそ」

 主殿司とのもりづかさこそ、なほをかしきものはあれ。下女げぢよの際きはは、さばかり羨うらやましきものはなし。良よき人ひとに似にせさせまほしきわざなめり。若わかくかたちよからむが、なりなど良よくてあらむは、ましてよからむかし。すこし老おいて、物ものの例れい知しり、面おもなきさまなるも、いとつきづきしくめやすし。

 主殿司とのもりづかさの顔かほ愛敬あいぎやうづきたらむ、一人ひとり持もたりて、装束さうぞく、時ときに従したがひ、裳も、唐衣からぎぬなどいまめかしくてありせばや、とこそおぼゆれ。

第48段「をのこはまた随身こそ」

 をのこは、また、随身ずいじんこそあめれ。いみじう美々びびしうてをかしき君きみたちも、随身ずいじんなきはいと白々しらじらし。弁べんなどは、いとをかしき官つかさに思おもひたれど、下襲したがさねの裾すそ短みじかくて随身ずいじんのなきぞいと悪わろきや。

第49段「職の御曹司の西面の立蔀のもとにて」

 職しきの御曹司みざうしの西面にしおもての立蔀たてじとみのもとにて、頭とうの弁べん、物ものをいと久ひさしう言いひ立たちたまへれば、差さし出いでて、

「それは誰たれぞ」

 と言いへば、

「弁べん候さぶらふなり」

 と宣のたまふ。

「何なにかさも語かたらひたまふ。大弁だいべん見みえば、打棄うちすてたてまつりてむものを」

 といへば、いみじう笑わらひて、

「誰たれかかかることをさへ言いひ知しらせけむ。それ、さなせそと語かたらふなり」

 と宣のたまふ。

 いみじう見みえ聞きこえて、をかしき筋すぢなど立たてたることはなう、ただありなる様やうなるを、皆人みなひとのさのみ知しりたるに、なほ奥深おくふかき心様こころざまを見知みしりたれば、

「おしなべたらず」

 など、御前おまへにも啓けいし、またさ知しろしめしたるを、常つねに、

「女をんなは己おのれを悦よろこぶ者もののために顔作かほづくりす。士しは己おのれを知しる者もののために死しぬとなむ言いひたる」

 と言いひ合あはせたまひつつ、よう知しりたまへり。

「遠江とほたふみの浜柳はまやなぎ」

 と言いひ交かはしてあるに、若わかき人々ひとびとは、ただ言いひに見苦みぐるしきことどもなど、繕つくろはず言いふに、

「この君きみこそうたて見みえにくけれ。こと人ひとのやうに、歌うたうたひ興きようじなどもせず、けすさまじ」

 など謗そしる。

 さらにこれかれに物もの言いひなどもせず、

「まろは、目めは縦たたざまにつき、眉まゆは額ひたひざまに生おひ上あがり、鼻はなは横よこざまなりとも、ただ口付くちつき愛敬付あいぎやうづき、頤おとがひの下した、首くび清きよげに、声こゑ憎にくからざらむ人ひとのみなむ思おもはしかるべき。とはいひながら、なほ顔かほいと憎にくげならむ人ひとは心憂こころうし」

 とのみ宣のたまへば、まして頤おとがひ細ほそう、愛敬あいぎやうおくれたる人ひとなどは、あいなく敵かたきにして、御前おまへにさへぞ悪あしざまに啓けいする。

 物ものなど啓けいせさせむとても、その初はじめ言いひ初そめてし人ひとを尋たづね、下したなるをも呼よび上のぼせ、常つねに来きて言いひ、里さとなるは、文ふみ書かきても、みづからもおはして、

「遅おそく参まゐらば、さなむ申まうしたると申まうしに参まゐらせよ」

 と宣のたまふ。

「それ、人ひとの候さぶらふらむ」

 など言いひ譲ゆづれど、さしもうけひかずなどぞおはする。

「あるに従したがひ、定さだめず、何事なにごとももてなしたるをこそ良よきにすめれ」

 と後見うしろみ聞きこゆれど、

「我われがもとの心こころの本性ほんじやう」

 とのみ宣のたまひて、

「改あらたまらざるものは心こころなり」

 と宣のたまへば、

「さて憚はばかりなしとは何なにを言いふにか」

 と怪あやしがれば、笑わらひつつ、

「仲良なかよしなども人ひとに言いはる。かく語かたらふとならば、何なにか恥はづる。見みえなどもせよかし」

 と宣のたまふ。

「いみじく憎にくげなれば、さあらむ人ひとをばえ思おもはじと宣のたまひしによりて、え見みえたてまつらぬなり」

 といへば、

「げに憎にくくもぞなる。さらばな見みえそ」

 とて、おのづから見みつべき折をりも、おのれ顔がほ塞ふたぎなどして見みたまはぬも、真心まごころに空言そらごとしたまはざりけりと思おもふに、三月さんぐわつつごもりがたは、冬ふゆの直衣なほしの着きにくきやあらむ、上うへの衣きぬがちにてぞ、殿上てんじやうの宿直姿とのゐすがたもある。

 つとめて、日差ひさし出いづるまで、式部しきぶのおもとと小廂こびさしに寝ねたるに、奥おくの遣戸やりどを開あけさせたまひて、上うへの御前おまへ、宮みやの御前おまへ出いでさせたまへば、おきもあへず惑まどふを、いみじく笑わらはせたまふ。

 唐衣からぎぬをただ汗衫かざみの上うへにうち着きて、宿直物とのゐものも何なにも埋うづもれながらある、上うへにおはしまして、陣ぢんより出いで入いる者ものども御覧ごらんず。殿上人てんじやうびとのつゆ知しらで寄より来きて物もの言いふなどもあるを、

「気色けしきな見みせそ」

 とて、笑わらはせたまふ。

 さて立たたせたまふ。

「二人ふたりながら、いざ」

 と仰おほせらるれど、

「今いま、顔かほなど繕つくろひたててこそ」

 とて、参まゐらず。

 入いらせたまひて後のちも、なほめでたきことどもなど言いひ合あはせてゐたる、南みなみの遣戸やりどの側そばの、几帳きちやうの手ての差さし出いでたるに障さはりて、簾すだれの少すこし開あきたるより、黒くろみたる物ものの見みゆれば、説孝のりたかがゐたるなめりとて、見みも入いれで、なほ、こと事ことどもを言いふに、いとよく笑ゑみたる顔かほの差さし出いでたるも、なほ説孝のりたかなめりとて見遣みやりたれば、あらぬ顔かほなり。

 あさましと笑わらひ騒さわぎて、几帳きちやう引ひき直なほし隠かくるれば、頭とうの弁べんにぞおはしける。

 見みえ奉たてまつらじとしつるものを、といと口惜くちをし。

 もろともに居ゐたる人ひとは、こなたに向むきたれば顔かほも見みえず。

 立たち出いでて、

「いみじく名残なごりなくも見みつるかな」

 と宣のたまへば、

「説孝のりたかと思おもひ侍はべりつれば、侮あなづりてぞかし。などかは、見みじと宣のたまふに、さつくづくとは」

 といふに、

「女をんなは寝起顔ねおきがほなむいと難かたき、と言いへば、ある人ひとの局つぼねに行いきて、垣間見かいばみして、またも見みやするとて来きたりつるなり。まだ上うへのおはしましつる折柄をりからあるをば、知しらざりける」

 とて、それより後のちは、局つぼねの簾すだれうち被かづきなどしたまふめりき。

第50段「馬は」

 馬うまは、いと黒くろきが、ただいささか白しろき所ところなどある。

 紫むらさきの紋もんつきたる。

 葦毛あしげ。

 薄紅梅うすこうばいの毛けにて、髪かみ、尾をなどいと白しろき。げに

「ゆふかみ」

 とも言いひつべし。

 黒くろきが、足あし四よつ白しろきもいとをかし。

第51段「牛は」

 牛うしは、額ひたひはいと小ちひさく、白しろみたるが、腹はらの下した、足あし、尾をの筋すぢなどは、やがて白しろき。

第52段「猫は」

 猫ねこは、上うへの限かぎり黒くろくて、腹はらいと白しろき。

第53段「雑色随身は」

 雑色ざふしき、随身ずいじんは、少すこし痩やせて細ほそやかなるぞよき。男をとこは、なほ若わかき程ほどは、さる方かたなるぞよき。いたく肥こえたるは、寝いねぶたからむと見みゆ。

第54段「小舎人童」

 小舎人童こどねりわらは、小ちひさくて髪かみいとうるはしきが、筋すぢさはらかに少すこし色いろなる、声こゑをかしうて、畏かしこまりて物ものなど言いひたるぞらうらうじき。

第55段「牛飼は」

 牛飼うしかひは、大おほきにて、髪かみ粗あららかなるが、顔かほ赤あかみて、角々かどかどしげなる。

第56段「殿上の名対面こそ」

 殿上てんじやうの名対面なだいめんこそなほをかしけれ。御前おまへに人ひと侍さぶらふ折をりは、やがて問とふもをかし。足音あしおとどもして崩くづれ出いづるを、上うへの御局みつぼねの東ひむがしおもてにて、耳みみを調となへて聞きくに、知しる人ひとの名なのあるは、ふと例れいの胸潰むねつぶるらむかし。また、ありともよく聞きかせぬ人ひとなど、この折をりに聞きき付つけたるは、いかが思おもふらむ。

「名乗なのりよし」

「悪あし」

「聞きき難にくし」

 など定さだむるもをかし。

 果はてぬなりと聞きく程ほどに、滝口たきぐちの弓ゆみ鳴ならし、沓くつの音おとし、そそめき出いづると、蔵人くらうどのいみじく高たかく踏ふみごほめかして、丑寅うしとらの隅すみの勾欄かうらんに、高膝たかひざまづきと言いふ居住ゐずまひに、御前おまへの方かたに向むかひて、後うしろざまに、

「誰々たれたれか侍はべる」

 と問とふこそをかしけれ。高たかく細ほそく名な乗のり、また、人々ひとびと侍さぶらはねば、名対面なだいめん仕つかう奉まつらぬ由よし奏そうするも、

「いかに」

 と問とへば、障さはることども奏そうするに、さ聞ききて帰かへるを、方弘まさひろ聞きかずとて、君きみたちの教をしへたまひければ、いみじう腹立はらだち叱しかりて、勘かうがへて、また滝口たきぐちにさへ笑わらはる。

 御厨子所みづしどころの御膳棚おものだなに沓くつ置おきて、言いひ罵ののしらるるを、いとほしがりて、

「誰たれが沓くつにかあらむ。え知しらず」

 と主殿司とのもりづかさ、人々ひとびとなどの言いひけるを、

「やや、方弘まさひろが汚きたなき物ものぞ」

 とて、いとど騒さわがる。

第57段「若くよろしき男の」

 若わかくよろしき男をとこの、下衆げす女をんなの名呼なよび馴なれて言いひたるこそ憎にくけれ。

 知しりながらも、何なにとかや、片文字かたもじは覚おぼえで言いふはをかし。

 宮仕所みやづかへどころの局つぼねに寄よりて、夜よなどぞ悪あしかるべけれど、主殿司とのもりづかさ、さらぬただ所ところなどは、侍さぶらひなどにある者ものを具ぐして来きても呼よばせよかし。

 手てづから、声こゑも著しるきに。

 はした者もの、童部わらはべなどは、されどよし。

第58段「若き人ちごどもなどは」

 若わかき人ひと、乳児ちごどもなどは、肥こえたる良よし。受領ずりやうなど大人おとなだちぬるも、膨ふくらかなるぞよき。

第59段「ちごは」

 乳児ちごは、あやしき弓ゆみ、笞しもとだちたる物ものなど捧ささげて遊あそびたる、いとうつくし。

 車くるまなど止とどめて、抱いだき入いれて見みまほしくこそあれ。

 また、さて行ゆくに、薫物たきものの香かいみじうかかへたるこそ、いとをかしけれ。

第60段「よき家の中門あけて」

 良よき家いへの中門ちゆうもん開あけて、檳榔毛びらうげの車くるまの白しろく清きよげなるに、蘇芳すはうの下簾したすだれ、匂にほひいと清きよらにて、榻しぢにうち掛かけたるこそめでたけれ。

 五位ごゐ、六位ろくゐなどの下襲したがさねの裾すそ挟はさみて、笏しやくのいと白しろきに、扇あふぎうち置おきなど行いき違ちがひ、また、装束さうぞくし、壺胡籙つぼやなぐひ負おひたる随身ずいじんの出いで入いりしたる、いとつきづきし。

 厨女くりやめの清きよげなるが、差さし出いでて、

「某殿なにがしどのの人ひとや候さぶらふ」

 など言いふもをかし。

第61段「滝は」

 滝たきは、おとなしの滝たき。

 布留ふるの滝たきは、法皇ほふわうの御覧ごらんじにおはしましけむこそめでたけれ。

 那智なちの滝たきは、熊野くまのにありと聞きくがあはれなるなり。

 とどろきの滝たきは、いかにかしがましく恐おそろしからむ。

第62段「河は」

 河かはは、飛鳥川あすかがは、淵瀬ふちせも定さだめなく、いかならむとあはれなり。大井河おほゐがは。おとなし川かは。七瀬川ななせがは。

 耳敏川みみとがは、またも何事なにごとをさくじり聞ききけむとをかし。玉星川たまほしがは。細谷川ほそたにがは。いつぬき川かは。澤田川さはだがはなどは、催馬楽さいばらなどの思おもはするなるべし。名取川なとりがは、いかなる名なを取とりたるならむと聞きかまほし。吉野河よしのがは。

 天あまの川かは原はら、

「たなばたつめに宿やどからん」

 と、業平なりひらが詠よみたるもをかし。

第63段「あかつきに帰らむ人は」

 暁あかつきに帰かへらむ人ひとは、装束さうぞくなどいみじううるはしく、烏帽子えぼしの緒を、元結もとゆひ、固かためずともありなむとこそ覚おぼゆれ。いみじくしどけなく、かたくなしく、直衣なほし、狩衣かりぎぬなど歪ゆがめたりとも、誰たれか見知みしりて笑わらひ謗そしりもせむ。

 人ひとはなほ暁あかつきの有様ありさまこそ、をかしうもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起おき難がたげなるを、強しひてそそのかし、

「明あけ過すぎぬ。あな、見苦みぐるし」

 など言いはれて、うち嘆なげく気色けしきも、げに飽あかず物憂ものうくもあらむかしと見みゆ。指貫さしぬきなども、居ゐながら着きもやらず、まづ差さし寄よりて、夜よ言いひつることの名残なごり、女をんなの耳みみに言いひ入いれて、何なにわざするともなき様やうなれど、帯おなど結むすふやうなり。格子かうし押おし上あげ、妻つま戸とある所ところは、やがてもろともに率ゐて行いきて、昼ひるの程ほどのおぼつかなからむことなども、言いひ出いでに滑すべり出いでなむは、見送みおくられて名残なごりもをかしかりなむ。

 思おもひ出所いでどころありて、いと際きはやかに起おきて、ひろめき立たちて、指貫さしぬきの腰こしごそごそとかはは結むすひ直なほし、上うへの衣きぬも、狩衣かりぎぬ、袖そでかひ捲まくりて、よろと差さし入いれ、帯おいとしたたかに結むすひ果はてて、ついゐて、烏帽子えぼしの緒をきと強つよげに結むすひ入いれて、かいすうる音おとして、扇あふぎ、畳紙たたうがみなど、昨夜よべ枕上まくらがみに置おきしかど、おのづから引ひかれ散ちりにけるを求もとむるに、暗くらければ、いかでかは見みえむ、いづらいづらと叩たたき渡わたし、見出みいでて、扇あふぎふたふたと使つかひ、懐紙ふところがみ差さし入いれて、

「まかりなむ」

 とばかりこそ言いふらめ。

第64段「橋は」

 橋はしは、あさむづの橋はし。長柄ながらの橋はし。あまびこの橋はし。浜名はまなの橋はし。一ひとつ橋はし。うたたねの橋はし。佐野さのの舟橋ふなばし。堀江ほりえの橋はし。かささぎの橋はし。山やますげの橋はし。をつの浮橋うきはし。一筋ひとすぢ渡わたしたる棚橋たなばし、心こころ狭せばけれど、名なを聞きくにをかしきなり。

第65段「里は」

 里さとは、逢坂あふさかの里さと。ながめの里さと。いざめの里さと。人ひとづまの里さと。たのめの里さと。夕日ゆふひの里さと。つまとりの里さと。人ひとに取とられたるにやあらむ、我われが設まうけたるにやあらむとをかし。伏見ふしみの里さと。朝顔あさがほの里さと。

第66段「草は」

 草くさは、菖蒲さうぶ。菰こも。

 葵あふひ、いとをかし。神代かみよよりして、さる挿頭かざしとなりけむ、いみじうめでたし。物ものの様さまもいとをかし。沢瀉おもだかは、名なのをかしきなり。心こころ上あがりしたらむと思おもふに。

 三稜草みくり。蛇床子へびむしろ。苔こけ。雪間ゆきまの若わか草くさ。こだに。

 かたばみ、綾あやの紋もんにてあるも、ことよりはをかし。

 危あやふ草ぐさは、岸きしの額ひたひに生いふらむも、げに頼たのもしからず。

 いつまで草くさは、またはかなくあはれなり。岸きしの額ひたひよりも、これは崩くづれやすからむかし。真まことの石灰いしばひなどには、え生おひずやあらむと思おもふぞ悪わろき。

 ことなし草くさは、思おもふことを成なすにやと思おもふもをかし。忍草しのぶぐさ、いとあはれなり。道芝みちしば、いとをかし。茅花つばなもをかし。蓬よもぎ、いみじうをかし。

 山菅やますげ。日影ひかげ。山藍やまあゐ。浜木綿はまゆふ。葛くず。笹ささ。青葛あをつづら。薺なづな。苗なへ。浅茅あさぢ、いとをかし。

 蓮はちす葉は、万よろづの草くさよりも優すぐれてめでたし。妙法蓮華めうほふれんげの譬たとひにも、花はなは仏ほとけに奉たてまつり、実さねは数珠ずずに貫つらぬき、念仏ねんぶつして往生極楽わうじやうごくらくの縁えんとすればよ。また、花はななき頃ころ、緑みどりなる池いけの水みづに紅くれなゐに咲さきたるも、いとをかし。翠翁紅すいおうこうとも詩しに作つくりたるにこそ。

 唐葵からあふひ、日ひの影かげに従したがひて傾かたぶくこそ、草くさ木きと言いふべくもあらぬ心こころなれ。

 さしも草くさ。八重葎やへむぐら。月草つきくさ、移うつろひやすなるこそうたてあれ。

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