このページでは、清少納言『枕草子』第37段から第66段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(3)第37段~第66段をご覧ください。
第37段「木の花は」
木の花は、濃い色でも薄い色でも紅梅がよい。桜は、花びらが大きく、葉の色が濃く、枝が細くて咲いているのがよい。藤の花は、房が長く垂れ、色濃く咲いているのが、とてもすばらしい。
四月の末から五月の初め頃、橘の葉が濃い青色をしているところに、花がたいそう白く咲いているのが、雨の降った翌朝などには、この上なく風情があって趣深い。花の中から黄金の玉かと思われるほど鮮やかに見えるところなど、朝露に濡れた明け方の桜にも劣らない。ほととぎすが寄りつく木だと思うからだろうか、なおさら言葉では言い表せない。
梨の花は、たいそう興ざめなものとして身近に扱われず、ちょっとした手紙を結びつけることさえしない。愛嬌のない人の顔などを見ると、梨の花にたとえて言うのも、なるほど葉の色からして調和がなく見える。ところが唐土では、この上なくすばらしいものとして詩文にも詠まれているので、それでも何か理由があるのだろうと、よくよく見ると、花びらの端にほんのりと趣のある色合いがついているようだ。楊貴妃が帝のお使いに会って泣いた顔にたとえて、
「梨の花一枝が、春の雨に濡れている」
などと言っているのは、並大抵の美しさではないのだろうと思うと、やはりたいそうすばらしいものには、これに並ぶものはないように思われる。
桐の木の花が紫色に咲いているのはやはり趣があるが、葉の広がった様子は、いやに大げさである。それでも、ほかの木々と同じように扱うべきものではない。唐土で大層な名を持つ鳥が、選んでこの木にだけ止まるというのも、格別である。まして桐の木で琴を作り、さまざまな音が出ることなどは、ただ「趣がある」などと普通に言う程度のことではない。実にすばらしい。
木の姿は感じがよくないけれど、楝の花はたいそう趣がある。まばらに、ほかとは違った様子で咲き、必ず五月五日の頃に咲くのもおもしろい。
第38段「池は」
池は、かつまたの池。磐余の池。
贄野の池は、初瀬に参詣したとき、水鳥が隙間もないほどいて、飛び立って騒いでいたのが、とても趣深く見えた。
水なしの池という名は不思議で、どうしてそんな名をつけたのだろうと思って尋ねたところ、
「五月頃など、ひどく雨が降りそうな年には、この池には水というものがなくなります。また、たいそう日照りになりそうな年には、春の初めに水がたくさん出ます」
と言ったので、
「まったく水がなく、いつも乾いているのならそう名づけてもよいけれど、水が出るときもあるのに、ずいぶん一面的な名をつけたものだ」
と言ってみたかった。
猿沢の池は、采女が身を投げたことを帝がお聞きになり、行幸まであったというのが、たいそうすばらしい。
「寝乱れた髪を」
と人丸が詠んだというその時のことなどを思うと、言葉では言い尽くせない。
御前の池も、またどのような意味でその名をつけたのだろうと知りたい。
かみの池。狭山の池は、「みくり」という歌の趣深さが思い出されるからだろう。
こひぬまの池。はらの池は、
「美しい藻を刈ってはいけない」
と詠まれているのも、趣深く思われる。
第39段「節は五月にしく月はなし」
節句は、五月に勝る月はない。菖蒲や蓬などの香りが混じり合っているのが、たいそう趣深い。宮中の御殿の屋根をはじめ、名も知らない庶民の住まいにまで、どうにかして自分の家にたくさん葺こうとして一面に葺いているのは、やはりとても珍しい。ほかの季節に、こんなことをしただろうか。
空が一面に曇っている中、中宮の御所などには、縫殿寮から御薬玉として、色とりどりの糸を組んで垂らしたものが献上されるので、御帳台の立つ母屋の柱の左右に取りつける。
九月九日には、菊を粗末な生絹の衣に包んで献上したものを、同じ柱に結びつけ、何か月も掛けてあった薬玉と取り替えて、古いほうは捨てるらしい。薬玉は菊の季節まで掛けておくものなのだろうか。けれども実際には、糸をみな引き取って何かを結ぶのに使ったりして、少しの間も残っていない。
御節供が献上され、若い女房たちは菖蒲の挿し櫛をさし、物忌の札などをつけ、さまざまな唐衣や汗衫などに、美しい菖蒲の枝や長い根を、斑濃の組紐で結びつけている。珍しいと言うほどのことではないが、たいそう趣深い。毎年春に咲くからといって、桜をつまらないと思う人がいるだろうか。
地面を歩き回る子どもたちなどが、それぞれ自分なりにたいそう立派なものを作ったと思い、いつも袂を気にしながら、人のものと比べて、自分のが何よりすばらしいと思っている。それを、そばにいる小舎人童などに引っ張られて泣くのもおもしろい。
紫の紙には楝の花を、青い紙には菖蒲の葉を細く巻いて結び、また白い紙を根のようにして結びつけてあるのも趣深い。
とても長い菖蒲の根を手紙の中に入れてあるのを見る気持ちは、優美なものである。
返事を書こうと言い合い、親しい者同士で手紙を見せ合ったりするのも、とてもおもしろい。
人の娘で身分の高い人などに、あちこちから手紙を差し上げる男も、今日はいつもとは違ってたいそう優雅である。夕暮れ頃に、ほととぎすが鳴きながら飛んでいくのも、何ともすばらしい。
第40段「花の木ならぬは」
花の咲く木以外では、楓。桂。五葉。
たそばの木は、品がない感じがするけれど、花の木々がすっかり散り、どれも緑になった中に、季節にかかわらず濃い紅葉がつややかに、思いがけない青葉の中から差し出ているのが珍しい。まゆみは言うまでもない。「宿り木」という名も、たいそう心ひかれる。
榊は、臨時の祭の御神楽のときなど、とても趣がある。世の中には多くの木があるのに、神前に供える木として生まれたというのも、とりわけ趣深い。
楠の木は、木立の多い所でも特にほかの木と交じって立つことがなく、大げさにものものしい感じがして親しみにくい。それなのに、「千枝に分かれて」と恋する人のたとえに詠まれているのは、誰が枝の数を知って言い始めたのだろうと思うとおもしろい。
檜の木も、身近で親しみやすいものではないが、三葉・四葉の檜皮葺きの御殿などは趣がある。五月に、檜の葉が雨の音をまねるというのも心ひかれる。
小さな楓の木に、萌え出た葉先が赤みを帯び、同じ方向に広がっている葉の様子や、花がたいそうはかなげで、干からびた虫などに似ているのもおもしろい。
あすはひの木は、都の近くでは見ることも聞くこともない。御嶽に参詣して帰った人などが持って来るようだが、その枝ぶりは、いかにも手で触れにくそうに荒々しい。それなのに、どんな意味があって「あすはひの木」と名づけたのだろう。頼りにもならない約束のような名である。いったい誰に明日のことを頼んでいるのかと思うと、その由来を聞きたくなっておもしろい。
ねずもちの木は、ほかの立派な木と肩を並べるほどではないが、葉がとても細かく小さいのがおもしろい。
楝の木。山橘。山梨の木。椎の木。常緑の木はいろいろあるのに、椎の木が特に葉を替えないものの代表として言われているのもおもしろい。
白樫という木は、深山の木々の中でも特に親しみが薄く、三位や二位の上の衣を染めるときくらいしか、その葉を人が見ることもないようなので、趣あるもの、すばらしいものとして取り上げるほどでもない。けれど、どこからともなく雪が降り積もったように見まがわれることや、素盞鳴尊が出雲国にいらしたことを思って人丸が詠んだ歌などを思うと、たいそうしみじみとする。季節につけても、何か一つでも心ひかれる、趣深いと聞き覚えたものは、草でも木でも鳥でも虫でも、決しておろそかには思えない。
譲り葉は、たいそうふさふさとしてつやがあり、茎がとても赤く、きらきらして見えるのが、不思議ながらおもしろい。普段の月には目立たないのに、師走の晦日だけ重んじられ、亡くなった人への食べ物の敷物にするものかと思うとしみじみする一方で、寿命を延ばす歯固めの具にも使うというのは不思議である。いつの世のことか、
「紅葉する時が来るだろうか」
と詠まれているのも、頼もしく思われる。
柏の木は、とても趣がある。葉守の神が宿っているというのも畏れ多い。「兵衛の督」「佐」「尉」などと官職名に用いるのもおもしろい。
姿は美しくないけれど、棕櫚の木は異国風で、粗末な家にあるものとは見えない。
第41段「鳥は」
鳥では、異国の鳥だけれど、鸚鵡がたいそう心ひかれる。人が言うことをまねするというのだから。
ほととぎす。くひな。しぎ。都鳥。ひわ。ひたき。
山鳥は、連れ合いを恋しく思い、鏡を見せると慰められるというのが、子どものように素直で、たいそう心ひかれる。谷を隔てて雄雌が離れているというのも気の毒である。
鶴は、ひどく大ぶりでごつごつした姿だけれど、鳴く声が空高くまで聞こえるのは、たいそうすばらしい。
頭の赤い雀。斑鳩の雄鳥。たくみ鳥。
鷺は、見た目がとても見苦しい。目つきなども嫌な感じで、何につけても親しみが持てないけれど、
「ゆるぎの森で一人では寝まい」
と仲間同士で争うというのは、おもしろい。
水鳥では、鴛鴦がたいそう心ひかれる。互いに場所を替わりながら、羽の上の霜を払うという様子など。
千鳥は、とても趣がある。
鶯は、漢詩文などにもすばらしい鳥として詠まれ、声をはじめ姿かたちもあれほど上品で美しいのに、宮中では鳴かないのがたいそうよくない。
人が、
「そうなのですよ」
と言ったのを、まさかそんなことはないだろうと思っていたが、十年ほど宮中に仕えて聞いてみると、本当にまったく鳴かなかった。竹の近くに紅梅もあり、いかにもやって来そうな場所なのに。宮中から退出して聞くと、粗末な家の見栄えもしない梅の木などでは、うるさいほど鳴いている。
夜に鳴かないのも、寝坊な鳥のようで気に入らないけれど、今さらどうしようもない。
夏から秋の末まで、老いたような声で鳴いて、
「むしくひ」
などと、つまらない者たちが別の名をつけて呼ぶのが、残念で妙な気がする。これが雀のように一年中いる鳥なら、そうは思わないだろう。春に鳴く鳥だからこそなのだ。
「年が改まる」
などという趣あることに、歌にも詩文にも詠まれているというのに。せめて春のうちだけ鳴くのであったなら、どれほど趣深いことだろう。
人間でも、だんだん人並みでなくなり、世間の評判も軽く見られるようになった人を、わざわざ悪く言ったりはしないものだ。
鳶や烏などについては、じっと見たり、鳴き声を聞き入ったりする人は世の中にいない。だから鶯も、あまりにすばらしいものとされてしまったために、かえってこうなったのだろうかと思うと、どうにも納得がいかない。
祭の還御を見ようとして、雲林院や知足院などの前に車を止めていると、ほととぎすが人目を忍ばず鳴いている。それを実によくまねて、背の高い木々の中で鶯たちが声をそろえて鳴いているのは、やはりおもしろい。
ほととぎすは、もう何とも言いようがない。早くも得意そうに鳴き始める一方、卯の花や花橘などを宿にして姿を隠しているのも、こちらをじらすような心憎いところがある。
五月雨の短い夜に目を覚まし、どうにか人より先に声を聞こうと待っていると、夜深く鳴き出す声が、洗練されて愛嬌があり、ひどく心を奪われてどうしようもない。六月になると声もしなくなるのは、言葉では言い尽くせないほど惜しい。
夜に鳴くものは、何でもすばらしい。赤ん坊だけはそうでもない。
第42段「あてなるもの」
上品なもの。
薄紫色の衣に、白襲の汗衫。鴨の卵。
削った氷に甘葛を入れて、新しい金属の椀に盛ったもの。
水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪が降りかかっているもの。
とてもかわいらしい赤ん坊が、苺などを食べているところ。
第43段「虫は」
虫は、鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。蛍。
蓑虫は、たいそう心ひかれる。鬼が生んだ子なので、親に似て恐ろしい心を持つだろうと、親が粗末な衣を着せて、
「秋風が吹く頃になったら迎えに来るから、待っていなさい」
と言い残して逃げてしまったのも知らず、風の音を聞き分けて、八月頃になると、
「父よ、父よ」
とはかなげに鳴くというのが、たいそう哀れである。
額づき虫も、また心ひかれる。あのような小さな身で仏道心を起こして、こつこつ頭をつきながら歩くのだろう。思いがけず暗い所などで、こつこつ音を立てながら歩いているのがおもしろい。
蝿こそ、憎いものの中に入れるべき、まったく愛嬌のないものである。まともに敵として扱うほど大きくもないのに、秋などには何にでも止まり、顔にまで濡れた足で止まるのだから嫌になる。人の名にまで「蝿」がついているのは、ひどく不快である。
夏虫は、とても趣があってかわいらしい。火を近くに寄せて物語の草子などを読んでいると、その上を飛び回るのが、とてもおもしろい。
蟻はたいそう憎いけれど、身軽さが並外れていて、水の上などを普通に歩くように歩き回るのはおもしろい。
第44段「七月ばかりに」
七月頃、風が激しく吹き、雨などが騒がしく降る日、全体に涼しいので扇のことも忘れている。そんなとき、汗の香りが少し残っている薄い綿衣をしっかり引きかぶって昼寝しているのは、たいそう趣がある。
第45段「にげなきもの」
似つかわしくないもの。身分の低い者の家に雪が降っていること。また、月の光が差し込んでいるのも残念である。
月の明るい夜に、屋形のない車と行き会うこと。また、そのような車に黄牛をつないでいること。また、年老いた女が腹を大きくして歩いていること。
若い男を夫にしているだけでも見苦しいのに、その男がほかの女のもとへ行ったといって腹を立てること。
年老いた男が寝ぼけてうろうろすること。また、そのような髭の多い男が椎の実を拾っていること。
歯のない女が梅を食べて、酸っぱそうな顔をしていること。
身分の低い者が紅の袴を着ていること。この頃は、そんな人ばかりである。
靱負の佐の夜行姿。狩衣姿も、ひどく似つかわしくない。
人から恐れられているような人が着る上の衣は、ものものしい。立っている姿まで、見慣れると軽く見えてしまう。
「怪しい者はいないか」
などと咎める。
部屋に入って座り、空薫物の香りが染みた几帳に袴などを掛けているのは、ひどく落ち着かない感じがする。
顔立ちのよい貴公子が弾正の弼でいらっしゃるのは、とても似つかわしくない。宮の中将などがそうであったのは、本当に残念だった。
第46段「細殿に人あまたゐて」
細殿に大勢の人がいて、気ぜわしく話などしているところへ、きれいな男や小舎人童などが、上等な包みや袋に衣類を包み、指貫の括りなどが見えているのを持ち、弓や矢、楯なども携えて通っていく。そのとき、
「誰のものなの」
と尋ねると、膝をついて、
「某殿のものです」
と言って行く者はよい。ところが、もったいぶって気取って、
「知りません」
と言ったり、何も言わずに行ってしまう者は、たいそう憎らしい。
第47段「主殿司こそ」
主殿司ほど、やはり感じのよいものはない。下女の身分でいえば、これほど羨ましいものはない。身分のよい人にでも真似させたいほどである。若くて顔立ちがよく、身なりなども整っていれば、なおよい。少し年を取って、物事のしきたりを知り、遠慮なく立ち働く様子なのも、たいそう似つかわしく見苦しくない。
愛嬌のある顔をした主殿司を一人召し使い、季節に合わせて装束を整え、裳や唐衣なども今風にして置いておきたいものだと思う。
第48段「をのこはまた随身こそ」
男には、やはり随身がついているのがよい。たいそう華やかで美しい貴公子でも、随身がいないとひどく物足りない。弁官などは、とてもよい官職だと思うけれど、下襲の裾が短く、随身がつかないのが実によくない。
第49段「職の御曹司の西面の立蔀のもとにて」
職の御曹司の西側の立蔀のもとで、頭の弁が長いこと立ったまま話していらっしゃるので、顔を出して、
「そこにいるのは誰ですか」
と言うと、
「弁がおります」
とおっしゃる。
「どうしてそんなに長くお話しになっているのです。大弁が見えたら、あなたなど放っておいてしまうのに」
と言うと、たいそう笑って、
「誰がそんなことまであなたに教えたのです。それを、そうしてはいけないと話しているのですよ」
とおっしゃる。
この頭の弁は、世間でたいそう評判がよく、特に風流人らしく振る舞うようなこともなく、ごく自然な様子でいると皆が知っていたが、私はさらに奥深い人柄まで知っていたので、
「並の人ではありません」
などと中宮にも申し上げ、中宮もそのようにご存じであった。頭の弁はいつも、
「『女は自分を愛してくれる人のために化粧をし、士は自分を理解してくれる人のために死ぬ』と言いますからね」
と私と言い合いながら、私のことをよく理解してくださっていた。
「遠江の浜柳」
などと言い交わして親しくしていたところ、若い女房たちは、口にするのも見苦しいようなことまで遠慮なく言って、
「この君は、どうにも近寄りがたくて嫌だわ。ほかの人のように歌を歌って興じたりもしないし、何だかしらけている」
などと悪く言う。
頭の弁は、そういう女房たちとはまったく話などをせず、
「私は、たとえ目が縦についていて、眉が額のほうへ生え上がり、鼻が横向きであっても、口元に愛嬌があって、あごの下や首筋がきれいで、声が感じの悪くない人だけを好ましく思うでしょう。とはいっても、やはり顔がひどく醜い人は嫌ですが」
とばかりおっしゃるので、まして、あごが細くて愛嬌のない人などは、むやみにこの人を敵のように思い、中宮にまで悪く申し上げる。
何かを中宮に申し上げてもらおうとするときも、そのことを最初に言い出した人を捜し、下の部屋にいる人まで呼び上げ、いつも自分で来て話す。相手が里下がりしていれば、手紙を書いたり、自分で訪ねて行ったりして、
「参内が遅くなるなら、私がこう申し上げたと、あなたから申し上げに来てください」
とおっしゃる。
「ほかにも人がいらっしゃるでしょう」
などと人に譲ろうとしても、なかなか承知なさらない。
「その時いる人に任せて、決まった人に限らず、何事も臨機応変にするのがよいようです」
と側の人が申し上げても、
「これは私の生まれつきの性分だから」
とばかりおっしゃって、
「変わらないものは心なのだ」
とおっしゃるので、
「それでは、『遠慮がない』というのは何のことを言うのでしょう」
と不思議がると、笑いながら、
「私たちは仲がよいなどと人にも言われています。これほど親しく話す間柄なら、何を恥ずかしがるのです。顔も見せなさいよ」
とおっしゃる。
「あなたが、ひどく醜い人は好きになれないとおっしゃったので、私は顔をお見せできないのです」
と言うと、
「なるほど、見れば嫌いになるかもしれない。それなら顔を見せないでおきなさい」
と言って、自然に顔が見えそうなときにも、自分で顔をふさいだりして本当に見ようとなさらない。その様子から、本気で、冗談をおっしゃったのではなかったのだと思った。三月の末頃は、冬の直衣が着にくいからだろうか、上の衣を着た姿で殿上の宿直をしていることが多い。
ある朝、日が差し始める頃まで、式部のおもとと小廂で寝ていると、奥の遣戸をお開けになって、帝と中宮がお出ましになったので、起きる間もなく慌てる私たちを、たいそうお笑いになる。
唐衣を汗衫の上にさっと着ただけで、宿直用の衣類なども何もかも寝具の下に埋もれたままである。帝はその上の御座所にいらして、陣から出入りする人々をご覧になる。殿上人が帝のいらっしゃることをまったく知らず、近寄って来て話しかけることなどもあるので、
「気づいている様子を見せるな」
とおっしゃって、お笑いになる。
やがて帝はお立ちになる。
「二人とも、一緒に来なさい」
とおっしゃるけれど、
「今、顔などをきちんと整えてから参ります」
と言って、すぐには参らない。
帝がお入りになったあとも、私たちはなお、すばらしかったことなどを話し合っていた。南の遣戸のそばで、几帳の帷子の端が突き出して簾が少し開いているところから、黒っぽいものが見えたので、説孝が座っているのだろうと思い、気にも留めずに話を続けていた。やがて、とてもにこやかな顔が差し出されたのも、やはり説孝だと思って見やると、別人の顔だった。
驚いて笑い騒ぎ、几帳を引き直して隠れると、それは頭の弁でいらした。
顔をお見せしないでおこうと思っていたのに、と、とても残念だった。
一緒に座っていた人は、こちらを向いていたので顔を見られなかった。
頭の弁は外へ出て、
「ずいぶんあっけなく顔を見てしまったものだ」
とおっしゃるので、
「説孝だと思っていましたので、気にせずにいたのです。どうして、顔を見ないとおっしゃっていたのに、そんなにじっとご覧になったのですか」
と言うと、
「『女は寝起きの顔を見せるのをひどく嫌がる』と言うでしょう。それで、ある人の局へ行って垣間見をして、もう一度見られるかと思って来たのです。まだ帝がいらっしゃる時だったとは知らなかったのですよ」
と言って、それから後は、局の簾をかぶるようにしてのぞき込んだりなさったようだった。
第50段「馬は」
馬は、たいそう黒い毛で、ほんの少し白いところがあるのがよい。
紫色の斑点があるもの。
葦毛。
薄紅梅色の毛で、たてがみや尾などがたいそう白いもの。なるほど、
「夕髪」
とも言いたくなる。
黒い馬で、四本の足が白いのもとても趣がある。
第51段「牛は」
牛は、額がとても小さく白みを帯びていて、腹の下、足、尾の筋などがそのまま白いのがよい。
第52段「猫は」
猫は、背中側がすべて黒く、腹がたいそう白いのがよい。
第53段「雑色随身は」
雑色や随身は、少し痩せてほっそりしているのがよい。男は、やはり若いうちはそういう体つきがよい。ひどく太っていると、いつも眠そうに見える。
第54段「小舎人童」
小舎人童は、小柄で、髪がたいそうきれいに整い、髪筋がすっきりとして少し色つやがあり、声も感じがよく、かしこまって物を言うのが上品である。
第55段「牛飼は」
牛飼いは、体が大きく、髪が粗く、顔が赤みを帯び、角ばった感じのする者がよい。
第56段「殿上の名対面こそ」
殿上で行われる名対面は、やはりおもしろい。帝の御前に人が控えているときには、その場で名前を尋ねるのもおもしろい。人々が足音を立ててどっと出てくるのを、帝の御局の東側で耳を澄まして聞いていると、知っている人の名が呼ばれたときには、いつものように胸がどきりとするのだろう。また、いることさえよく知らなかった人の名などを、このとき初めて聞きつけた人は、どんなふうに思うのだろう。
「名乗り方がよい」
「よくない」
「聞き取りにくい」
などと批評するのもおもしろい。
名対面が終わったらしいと聞いているうちに、滝口の武士が弓の弦を鳴らし、沓の音をさせてざわざわと出てくる。それから蔵人がたいそう高く足音を響かせながら、丑寅の隅の勾欄のところで、「高膝まずき」という姿勢をとり、御前のほうを向きながら、後ろ向きに、
「誰と誰が控えておりますか」
と尋ねるのがおもしろい。人々が高く細い声で名乗り、また、誰も控えていなければ、名対面を行わなかったことを奏上するのもおもしろい。
「どうしてだ」
と尋ねると、都合の悪い事情を申し上げる。それを聞いて帰っていくのだが、方弘はそれを聞いていなかったため、君たちが教えてやると、ひどく腹を立てて叱り、あれこれ考えた末に、滝口の者にまで笑われる。
御厨子所の御膳棚に沓を置いたまま、あれこれ悪く言われるのを、人々が気の毒がって、
「誰の沓でしょうね。分かりません」
と主殿司や人々などが言ったところ、
「いやいや、方弘の汚い物だ」
と言われて、ますます騒ぎになる。
第57段「若くよろしき男の」
若くてまずまずの男が、身分の低い女を名前で呼び慣れた調子で呼ぶのは、たいそう憎らしい。
たとえ名前を知っていても、「何とかいう人」と、名前の一字を忘れたように言うのはおもしろい。
宮仕え先の局へ寄って、夜などに自分で声をかけるのはよくないだろうが、主殿司の所や、そうでない普通の所なら、侍などにいる者を連れて来て、その者に呼ばせればよい。
自分で呼べば、声ですぐ誰だか分かってしまうから。
端女や子どもなどを呼ぶ場合なら、それでもよい。
第58段「若き人ちごどもなどは」
若い人や赤ん坊などは、ふっくらしているのがよい。受領など、年を取った人でも、ふっくらしているのがよい。
第59段「ちごは」
赤ん坊が、粗末な弓や、鞭のようなものなどを持ち上げて遊んでいるのは、とてもかわいらしい。
車などを止めて、抱き上げて中へ入れ、見ていたいほどである。
また、そのまま通り過ぎるときに、薫物の香りがたいそう漂ってくるのも、とても趣がある。
第60段「よき家の中門あけて」
立派な家の中門を開けると、白くきれいな檳榔毛の車に、蘇芳色の下簾がたいそう美しく映え、それが榻に掛けてあるのは、実にすばらしい。
五位や六位などが下襲の裾を挟み、真っ白な笏に扇を置くようにして行き交い、また、きちんと装束し、壺胡籙を背負った随身が出入りしているのも、たいそう似つかわしい。
きれいな厨女が顔を出して、
「某殿のお供の方はいらっしゃいますか」
などと言うのも趣がある。
第61段「滝は」
滝は、おとなしの滝。
布留の滝は、法皇がご覧になるためにお出かけになったというのが、すばらしい。
那智の滝は、熊野にあると聞くだけで、しみじみと心ひかれる。
とどろきの滝は、どれほど騒がしく、恐ろしい音がするのだろう。
第62段「河は」
川は、飛鳥川。淵や瀬が定まらず変わるというので、どのような川なのだろうと心ひかれる。大井川。おとなし川。七瀬川。
耳敏川は、また何を細かく聞き探ったのだろうと思うと、名がおもしろい。玉星川。細谷川。いつぬき川。沢田川などは、催馬楽の歌などを思い出させるのだろう。名取川は、どんな「名」を取ったのだろうと、その由来を聞いてみたい。吉野川。
天の川原は、
「織女に宿を借りよう」
と業平が詠んだのも趣深い。
第63段「あかつきに帰らむ人は」
明け方に女のもとから帰る男は、装束などをあまりきちんと整えたり、烏帽子の緒や元結を固く結んだりしなくてもよいと思う。ひどくだらしなく、不器用そうに、直衣や狩衣などが少しくらい乱れていても、誰が見知って笑ったり悪く言ったりするだろう。
男はやはり、明け方の別れ際の様子こそ趣があるべきだ。どうにも名残惜しそうに、しぶしぶ起きるのを、女が無理に促して、
「もうすっかり明るくなりました。まあ、みっともない」
などと言われ、ため息をつく様子も、なるほど別れがたく気が重いのだろうと思われる。指貫なども座ったままなかなか着終えず、まず女に近寄って、夜に話したことの続きを耳元で言う。何をしているとも見えないが、そのうち帯などを結んでいる。格子を押し上げ、妻戸のある所なら女も一緒にそこまで連れて行き、昼の間、会えずに気がかりなことなども言いながら、するりと外へ出て行く。その後ろ姿を見送るのは、名残も趣深いだろう。
ところが、何か急ぐ用事でも思い出したように、きっぱりと起き上がって大きな動作で立ち、指貫の腰紐をがさがさと結び直し、上の衣や狩衣の袖をまくり上げて勢いよく腕を通し、帯をしっかり結び終え、膝をついて烏帽子の緒をきつく結ぶ。衣を整える音を立て、昨夜枕元に置いたはずなのに自然に散らばってしまった扇や畳紙などを捜すが、暗いので見えるはずもない。「どこだ、どこだ」とあちこち手で探し回り、ようやく見つけると、扇をぱたぱた使い、懐紙を懐に差し入れて、
「では、帰ろう」
とだけ言うのだろう。
第64段「橋は」
橋は、あさむづの橋。長柄の橋。あまびこの橋。浜名の橋。一つ橋。うたたねの橋。佐野の舟橋。堀江の橋。かささぎの橋。山すげの橋。をつの浮橋。一筋だけ渡した棚橋は狭くて心細いけれど、名を聞くと趣がある。
第65段「里は」
里は、逢坂の里。ながめの里。いざめの里。人づまの里。たのめの里。夕日の里。つまとりの里。「妻取り」というのは、人に妻を取られたのか、自分が妻を迎えたのかと思うとおもしろい。伏見の里。朝顔の里。
第66段「草は」
草は、菖蒲。菰。
葵は、とても趣がある。神代の昔から祭の挿頭になったというのが、たいそうすばらしい。姿もとても趣深い。沢瀉は、名前がおもしろい。「面高」という名から、気位が高そうに思われるので。
三稜草。蛇床子。苔。雪の間から出る若草。こだに。
かたばみは、綾の紋様に使われているのも、ほかの草より趣深い。
危ふ草は、岸の崖のような所に生えているというのも、なるほど頼りない。
いつまで草も、またはかなく心ひかれる。岸の崖よりも、こちらのほうがいっそう崩れやすそうだ。本当の石灰を塗った所には生えられないのではないかと思うのは、少し残念である。
ことなし草は、「思うことを成す」という意味なのだろうかと思うのもおもしろい。忍草はたいそう心ひかれる。道芝も趣がある。茅花も趣がある。蓬もたいそう趣深い。
山菅。日影。山藍。浜木綿。葛。笹。青葛。薺。苗。浅茅は、とても趣がある。
蓮は、あらゆる草の中でもひときわすばらしい。『妙法蓮華経』のたとえにも用いられ、花は仏に供え、実は数珠に通し、念仏を唱えて極楽往生の縁とするのだから。また、ほかに花のない頃、緑の池の水の上に紅色に咲いているのも、とても美しい。「翠翁紅」と詩に詠まれているのも、もっともである。
唐葵が、日の動きに従って向きを変えるのは、ただの草木とは思えない心があるようだ。
さしも草。八重葎。月草は、色が移ろいやすいのが困ったものである。

