
このページでは、『源氏物語』第44帖「竹河」の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容をそのまま訳しつつ、必要に応じて主語を補い、敬語表現をわかりやすく改めるなど、現代の読者が読みやすい口語訳にしています。
原文を確認しながら読みたい方は、『源氏物語』第44帖「竹河」原文全文をご覧ください。
これは、源氏の御族にも
これからお話しするのは、源氏の一族からも少し離れた、後の大殿の家に仕えていた口の悪い女房たちのうち、生き残った者が、誰に聞かれたわけでもないのに語り残した話である。紫の上につながる物語とも少し趣が違うらしい。もっとも、その女房などは、「源氏の君の子孫について、間違った話がいろいろ混じって伝わっているのは、私よりもっと年を取り、ぼけてしまった人の話が間違っていたのでしょうか」などと不思議がっていたという。さて、どれが本当のことなのだろう。
尚侍の君には、亡き大殿との間に、男君が三人、姫君が二人いらした。大殿は、この子供たちをそれぞれ立派に育て上げようと考え、月日が過ぎていくのさえ待ち遠しく思っておられたのに、あっけなく亡くなってしまった。その出来事は夢のようで、姫君たちを早く宮仕えに出そうと急いでおられた計画も、そのまま止まってしまった。
人の心というものは、その時の勢いに左右されるものらしい。あれほど権勢を誇った大臣の死後も、家に残された宝物や所領などが減ったわけではない。それでも邸の雰囲気はすっかり変わり、次第に静かで寂しいものになっていった。
尚侍の君の近い親類は世間に大勢いたが、かえって身分の高い親族とは、もともとそれほど親密ではなかった。亡き大殿が、少し人情味に欠けるところがあり、気性にもむらが激しかったため、相手から警戒されることもあった、その名残なのだろうか。尚侍の君は、誰にでも親しく行き来するというわけにはいかなかった。
ただ六条院では、昔と変わらず尚侍の君を大切な身内として扱っていた。亡き院が死後のことまで書き残した財産の処分状にも、中宮の次に名前を記しておられたので、右の大殿などは、むしろそのご遺志を重んじて、何かにつけて尚侍の君のもとを訪ねておられた。
男君たちは、御元服などして
男君たちは元服も済ませ、それぞれ大人になっていた。父君がいないため心細く、気の毒に思われることもあるが、男ならいずれ自然と身を立てていくだろう。それより尚侍の君を悩ませるのは、「この姫君たちを、これからどうして差し上げよう」ということだった。
亡き大臣は、姫君をぜひ宮仕えに出したいと帝にも申し上げてあったので、内裏からは、もうそろそろ成人したころだろうと見計らって、たびたびお召しの言葉が届いていた。けれど中宮のお立場は、年月とともにますます比べるものもないほど重くなっている。その前では、ほかの女性は皆、何の魅力もないように見えてしまうらしい。そんなところへ今さら参って、遠くから横目で見られるだけなのも気が重いし、人に劣って、物の数にも入らないような立場でいる娘を見るのも心が痛む。尚侍の君は決めかねておられた。
一方、冷泉院からはたいそう熱心なお言葉があった。昔、尚侍の君ご自身が思いを遂げないまま院との縁を終わらせたことまで、今さらのように恨めしくおっしゃって、
「今となっては、私も年を取り、もう盛りを過ぎて面白みのない者だと思っておられるでしょう。それでも、安心して任せられる親のようなものだと思って、姫君を私にお譲りください」
と、本気でお申し出になった。尚侍の君は、「いったいどうするのがよいのだろう。私自身、ひどく情けない宿世で、思いもよらず院からお気に召さない女だと思われてしまった。それが恥ずかしく、畏れ多いことだったけれど、人生の終わりになって、今度は娘を通して見直していただけるのだろうか」などと、やはり心を決められずにいた。
容貌いとようおはする聞こえありて
二人の姫君はたいそう美しいという評判で、求婚してくる男は多かった。中でも右の大殿の蔵人少将は、三条殿腹の君で、兄たちを差し置くほど大切に育てられ、人柄も魅力的な青年だったが、姫君にひどく熱心に思いを寄せていた。
どちらの家から見ても遠い間柄ではなかったので、この若君たちが親しげに出入りしても、尚侍の君はひどく遠ざけることはなかった。女房たちとも気軽に親しくなり、思いを打ち明けることができるので、少将は朝から晩までこの邸のあたりを離れない。うるさいほどではあったが、あまりに一途なので、尚侍の君も気の毒に思っておられた。
少将の母である北の方からも、たびたび手紙が届いた。「まだ身分もそれほど高くない若者ではございますが、お許しいただける余地はないでしょうか」と、大臣からも申し入れがあった。
けれど尚侍の君は、大君を普通の臣下の妻にすることなど、まったく考えておられなかった。中の君なら、少将がもう少し世間から軽く見られないほどの身分になれば、それもよいかもしれないとは思う。少将のほうは、許してもらえなければ姫君を盗み出してしまいそうなほど、恐ろしいまでに思い詰めていた。尚侍の君も、絶対にありえない縁だとは思っていないものの、女性側が承知していないまま妙な事件が起これば、世間体の悪い軽率な話になってしまう。そのため取り次ぐ女房にも、「くれぐれも妙なことを引き起こさないでください」などと釘を刺すので、少将は出鼻をくじかれ、困り果てていた。
六条院の御末に
六条院の子孫に、朱雀院の女三宮からお生まれになった君がいる。冷泉院がわが子のように愛し、大切にしている四位侍従で、このころ十四、五歳ほどだった。まだ本当に幼くてもよい年ごろなのに、考え方は落ち着いて大人び、感じもよく、将来人よりすぐれた人になることがはっきりわかるような少年だった。尚侍の君は、この君を婿として迎えるのもよいと思っておられた。
尚侍の君の邸は、四位侍従の母宮のおられる三条宮にもたいそう近かったので、折々に若い君たちが集まって遊ぶ時などには、友人に誘われてこの邸へ姿を見せることがあった。美しい姫君がいると評判の家だから、若い男たちも皆、自然と意識しながら出入りしている。その中で、顔立ちそのものの美しさなら、いつもまとわりつくように通っている蔵人少将がすぐれている。けれど、親しみやすいのにこちらが気後れするほど気品があり、艶やかで優雅なところでは、この四位侍従に似る者はいなかった。
六条院の面影に近い方だと思って見るせいで、格別に感じられるのだろうか。もともと世間中から大切に扱われている君ではあるが、この家の若い女房たちは、ことのほか夢中になって褒め合っていた。尚侍の君も、「本当に感じのよい方ですね」などと言い、親しげに話しかけたりなさる。
「亡き院のお心遣いを思い出すと、もう慰めようもなく、ただ悲しくてなりません。その形見として、今はどなたを拝見すればよいのでしょう。右大臣はあまりにご身分が重くなられて、何かのついでもなく気軽にお目にかかることもできませんから」
などと言い、この四位侍従を弟のような身内の一人として親しく扱った。侍従のほうも、ここを親しい家と思って参上する。普通の若者らしい浮ついた好色さをほとんど見せず、あまりに落ち着いているので、あちこちの若い女房たちは、それが物足りなく、つまらないことと思って、何とか困らせようとからかうのだった。
睦月の朔日ころ
正月の初めごろ、尚侍の君の兄弟である大納言――昔「高砂」を謡った人――や藤中納言、故大殿の長男で真木柱と同腹の君などが参上した。右大臣も六人の息子を全員連れてお越しになった。右大臣は顔立ちをはじめ、どこを見ても不足のない立派な方として世間から認められている。
その息子たちも、それぞれたいそう美しく、年齢に比べて官位も高く、何の不満があるのだろうと思えるほど恵まれていた。中でも蔵人の君は、日ごろから特別に大切にされていたが、この日はどこか沈み込み、悩みを抱えているような顔をしている。
右大臣は御几帳を隔て、昔と変わらない親しさで尚侍の君と話をなさる。
「これという用事もありませんので、たびたびお話を伺う機会もなくなりました。年を取るにつれ、内裏へ参るほかに外出することまで不慣れになってしまい、昔話を申し上げたいと思う機会もずいぶん逃してしまいました。
若い息子たちは、何かお役に立つことがあれば遠慮なくお使いください。必ず真心をもってお仕えするようにと、いつも言い聞かせております」
尚侍の君は、
「今では私も、世間で生きている人の数にも入らないような暮らしになりましたのに、こうしてお心にかけていただくと、亡き方のことまで、ますます忘れられなく思われます」
と答え、そのついでに、冷泉院から姫君のことで言われていることを、少しほのめかして相談した。
「しっかりした後見のない娘が宮中へ入っていくのは、かえって見苦しいことになりそうで、それを思うとどうしたものかと悩んでおります」
右大臣は言った。
「内裏からもお召しのお言葉があると伺っていますが、どちらにお決めになるおつもりですか。冷泉院は、確かに帝位を退かれたというだけを見れば盛りを過ぎたようにも感じられます。けれど、世にもまれなすばらしいお姿は今も少しも衰えておられない。もし私にも適齢の娘がいたなら、と思うことはありますが、あれほど立派な女性たちの間に入れられるような者もいないので、残念に思っているくらいです。
ところで、女一の宮の女御は、新しい方をお迎えすることをお許しになりそうですか。昔から、そういう遠慮があって話が進まなくなることもありますから」
すると尚侍の君は、
「その女御ご自身が、『今は暇で静かな暮らしになったので、同じ気持ちで姫君のお世話をして、私の慰めにもしたい』などと勧めてくださるのです。それで私も、どうしたものかと考え始めたところなのです」
と答えた。
この人々は皆ここへ集まったあと、そろって三条宮へ参上した。朱雀院に昔から縁の深い人々も、六条院につながる人々も、それぞれの関係から、やはりあの入道宮を素通りして帰ることはできないらしい。この邸の左近中将、右中弁、侍従の君なども、そのまま右大臣のお供として出かけた。一行を引き連れていく大臣の勢いはさすがに華やかであった。
夕つけて、四位侍従
夕方になって、四位侍従が参上した。昼間には成人した若君たちが大勢、それぞれ立派な姿で集まっていて、誰一人見劣りする者はいなかった。けれど皆が帰ったあとからこの君が現れると、なぜか格別に目を引くように感じられ、いつも美しいものに目のない若い女房たちは、「やっぱり、この方は特別だわ」などと言い合った。
「この邸の姫君のおそばには、ぜひこの方を並べて見てみたいものね」
などと、少々聞き苦しいほどのことまで言う。本当にまだ若々しく、艶のある様子で、立ち居振る舞う時に漂う香りまで普通ではない。「姫君も美しいと聞くけれど、見る目のある方なら、きっとこの君が人よりすぐれているとおわかりになるでしょう」と思われるほどだった。
尚侍の君は念誦堂におられ、「こちらへ」とお呼びになった。侍従は東の階から上がり、戸口の御簾の前に座った。御前近くの若い梅は、まだじれったいほど固いつぼみで、鶯の初音もどこかのんびりしている。いかにも恋の一つでもさせてみたくなるような美しい若者なので、女房たちが何でもないことを言ってからかっても、侍従は言葉少なで奥ゆかしい。その態度がかえって悔しくて、宰相の君という上臈が歌を詠みかけた。
折りて見ばいとど匂ひもまさるやとすこし色めけ梅の初花
折って手に取れば、もっと香りが増すものかどうか――初咲きの梅よ、あなたも少しくらい色めいてみてはいかがです。
「まあ、早いこと」と聞いて、侍従も返した。
よそにてはもぎ木なりとや定むらむ下に匂へる梅の初花
遠くから見る人には、香りもない枯れ木だと思われているのでしょうか。けれど、この初梅は人知れず香っているのですよ。
「それなら、袖を触れて確かめてごらんなさい」などと女房たちが騒ぐと、「本当は色よりも香りでしょう」などと口々に言い、今にも侍従を引きずり込んでしまいそうな勢いである。
尚侍の君が奥から膝行して出てきて、
「困った女房たちですね。こんなにきちんとした真面目な方にまで、よくもまあ恥ずかしげもなくそんなことを」
と小声で叱るのが聞こえる。侍従は、「私はとうとう『真面目な人』という名をつけられてしまったのか。何とも情けない評判だな」と思いながら座っていた。この家の若い侍従はまだ殿上も許されていないので、あちこちへ出歩かず、この日は家にいた。浅香の折敷を二つほど出し、果物と盃だけの簡単なもてなしがなされた。
尚侍の君は、侍従を眺めながら、
「右大臣は年を重ねるにつれて、亡き六条院によく似てこられましたね。この君は顔立ちのどこが似ているというわけでもないけれど、しっとりとして艶のある立ち居振る舞いを見ると、院がまだお若く盛りだったころのお姿まで想像されます。きっとあのころは、こんなふうでいらしたのでしょうね」
などと思い出し、涙ぐまれた。侍従が帰ったあとにまで残っている香りを、女房たちは大騒ぎして褒めるのだった。
侍従の君、まめ人の名を
四位侍従は、自分に「真面目な人」という名がついたことが面白くなかった。二十日過ぎ、梅がちょうど盛りを迎えたころ、「このまま香りの薄い男のように思われてたまるものか。少しくらい風流好きらしくしてみよう」と思い、藤侍従のもとへ出かけた。
中門を入る時、同じような直衣姿の男が一人立っている。相手は姿を隠そうとしたが、侍従が引き止めてみると、いつもこの家のあたりをうろうろしている蔵人少将だった。
「寝殿の西面から琵琶と箏の音が聞こえるので、それに心を惑わせて立ち尽くしているのだな。気の毒なことだ。相手の家が許してくれない恋など始めてしまうのは、罪深いことなのだろうな」と侍従は思う。
やがて琴の音がやむと、
「さあ、案内してください。私はこの家のことがよくわからないのです」
と少将を連れ、西の渡殿の前にある紅梅の木の下へ、「梅が枝」を口ずさみながら近寄った。その気配が、梅の花よりもはっきりと、さっと香り立つ。女房たちは妻戸を押し開け、東琴をたいそう上手に合わせて奏でた。女性の琴に呂の歌をここまでぴたりと合わせることは珍しいので、侍従は感心し、もう一度、繰り返して歌った。琵琶の音も、この上なく今風で洗練されている。
「さすがに、風雅を心得て暮らしている家だな」と心を引かれ、今夜はいつもより少し打ち解けて、たわいのない話などもした。
中から和琴が差し出された。侍従と少将は互いに相手へ譲って、どちらも手をつけない。すると尚侍の君が、家の侍従を通じて、
「あなたの琴の爪音は、故致仕の大臣の音によく似ておられると以前から伺っています。本当に一度聞いてみたいと思っていました。今夜はどうか、鶯にも誘われたと思って弾いてください」
と言ってこられた。「ここで甘えて、わざとじらすようなことでもない」と思い、侍従はたいして気合いを入れたふうもなく、さらりと掻き鳴らした。それでも、その音には実に豊かな響きがあった。
尚侍の君は、
「いつも身近にお目にかかって親しくしていた親ではありませんでしたが、もうこの世にはいらっしゃらないのだと思うと、とても心細いのです。こんな何でもないことをきっかけに思い出しても、本当に悲しくなります。
それにしても、この君は不思議なくらい故大納言のお姿によく似ておられる。琴の音まで、まるであの方そのもののように聞こえました」
そう言って泣かれるのも、年を取ると涙もろくなる、その表れなのだろうか。
少将も、声いとおもしろうて
蔵人少将も声がたいそう美しく、「さき草」を謡った。その場には、妙に利口ぶって座をしらけさせるような年長者もいないので、皆が自然と互いに誘われるように管弦を楽しんだ。家の若い侍従だけは、亡き大臣に似たのだろうか、こうした音楽にはあまり得意でなく、ただ盃ばかり勧めている。「せめて祝いの歌くらい歌いなさい」と皆にからかわれ、「竹河」を一緒に声を合わせて歌った。まだ若いが、なかなか趣深く歌う。簾の中から盃が差し出された。
四位侍従は、
「酒が進むと、隠していることまで隠せなくなり、とんでもない失敗をするものだと聞いています。これは、いったいどうなさるおつもりですか」
と言って、すぐには盃を受け取らない。すると、人の移り香が親しげに染み込んだ、小袿を重ねた細長を、手近にあったまま侍従にかづけた。皆が「何事、何事」と騒ぐ中、侍従はそれをこの家の若い侍従へかぶせ返して逃げようとした。引き止められてまた着せかけられたが、「水駅に着くころには夜が更けてしまう」と言って、とうとう逃げ帰ってしまった。
蔵人少将は、「この源侍従の君が、こんなふうに姫君へ近づく気配を見せているのだから、家の人々は皆、こちらに心を寄せているのだろう」と考えた。自分のことがますます情けなくなり、すっかり弱気になって、どうにもならない思いで恨めしくなる。
人はみな花に心を移すらむ一人ぞ惑ふ春の夜の闇
皆の心は、きっとあの美しい花のほうへ移ってしまったのでしょう。私一人だけが、行く先もわからない春の夜の闇に迷っています。
そう嘆いて立ち去ろうとすると、中から返歌があった。
をりからやあはれも知るむ梅の花ただ香ばかりに移りしもせじ
この春の折ですもの、梅の花だってあなたの切ない思いくらいはわかるでしょう。香りだけにつられて、簡単に心を移したりはしませんよ。
翌朝、四位侍従から、この家の侍従のもとへ手紙が届いた。
「昨夜はずいぶん羽目を外してしまいましたが、皆さんにどう見られたことでしょう」
いかにも姫君たちにも見てほしいというように、仮名を多く使った若々しい書きぶりで、
竹河の橋うちいでし一節に深き心の底は知りきや
昨夜、「竹河」を一節歌ってお聞かせしましたが、その一節に込めた私の深い心の底まで、おわかりになったでしょうか。
と書いてあった。手紙は寝殿へ持って行かれ、姫君たちもそれぞれご覧になる。
尚侍の君は、
「字まで本当に美しいこと。どんな人が、こんなに若いうちからここまで何でも整っているのでしょう。幼いうちに院に先立たれ、母宮ものんびりとした育て方をなさったというのに、それでもやはり人よりすぐれた人になる運命なのでしょうね」
と言い、自分の息子たちの字の下手さを引き合いに出して恥ずかしがらせる。
返事はいかにもまだ若い人らしいものだった。
「昨夜は、『水駅』のところを皆さんがずいぶんお咎めだったようですね」
竹河に夜を更かさじといそぎしもいかなる節を思ひおかまし
「竹河」の夜を更かすまいと急いでお帰りになったのでは、いったいどの一節に深いお気持ちがあったと、こちらは思えばよいのでしょう。
実際、この「一節」をきっかけに、四位侍従はこの家の侍従の曹司へ来て、それとなく姫君への思いを見せるようになった。蔵人少将が予想したとおり、家の人々は皆、四位侍従に好意を持っている。この家の侍従も若い心に、近い親類として朝夕親しく付き合いたいと思うのであった。
弥生になりて、咲く桜あれば
三月になり、咲く桜もあれば、散る花が霞のように舞う花盛りのころになった。こんな時、静かに暮らす姫君たちの家では、心を紛らわせるものもなく、いつもより端近に出て花を眺めたところで、それほど咎められることもなさそうだった。
姫君たちは、このころ十八、九歳ほどだっただろうか。容貌も性格も、それぞれ違った魅力がある。大君はたいそう鮮やかで気品が高く、今風の華やかさを備えていて、本当に普通の臣下の妻として見るには似つかわしくないほどだった。
桜色の細長に山吹など、季節に合った色を優しく重ね、その裾にまで愛嬌がこぼれ落ちるように見える。立ち居振る舞いも洗練され、見る人が気後れするほどの気品まで備わっておられた。
もうお一人の中の君は、薄紅梅に桜色を重ね、柳の糸のようにしなやかで、すらりと背が高く、艶があり、澄みきった雰囲気をしておられた。落ち着いて心が深そうなところでは姉君よりまさっていたが、華やかに人目を奪う美しさでは、大君のほうが格別だと人々は見ていた。
二人が向かい合って碁を打っている、その髪の様子や、長い御髪が肩にかかる姿も、実に見どころがある。家の侍従の君が勝負の立会人として近くに控えていると、兄君たちがのぞきにやってきた。
「侍従の待遇はずいぶんよくなったものだね。姫君たちの碁の立会人まで許されるようになったとは」
そう言って、大人びた様子でそこへ座るので、姫君の前にいた女房たちはあれこれ居ずまいを直す。
中将が、
「宮仕えが忙しくなったばかりに、私は侍従より扱いが悪くなってしまった。まったく不本意なことだな」
と嘆くと、
「弁官などになれば、ましてこちらへの私的な宮仕えは怠りがちになるでしょうから、だからといって私たちをそんなに見捨てないでください」
などと姫君たちも答える。碁を途中でやめ、恥じらいながら奥へ入ろうとなさる姿が、実にかわいらしい。
兄君は、
「内裏のあたりへ出入りしていても、父上が生きていてくださったなら、と感じることが本当に多いのです」
などと涙ぐみながら妹たちをご覧になる。二十七、八歳ほどになり、たいそう立派な大人になっていたので、この姫君たちの将来についても、「どうか父上が昔お考えになっていたとおりの道を歩ませたいものだ」と思っている。
庭の花の木々の中でも、ひときわ美しく咲き匂う桜を折らせ、「これはほかの桜とは違うね」などと皆で愛でていると、兄君は昔を思い出した。
「あなたたちが幼かったころ、この桜を『私の木よ』『私のよ』と取り合っていましたね。父上は『これは姫君の花だ』と決められ、上の方は『若君の木にしましょう』と決めてくださった。私は大声で泣きわめくほどではなかったけれど、ひどく不満だったことを覚えていますよ。
この桜もすっかり老木になりました。それを見るにつけても、過ぎ去った年月が思い出されます。私はもう大勢の人に先立たれてしまった。その悲しみも、どうしても抑えることができません」
泣いたり笑ったりしながら話し、この日はいつもよりゆっくり過ごした。自分も人の婿になり、今では以前のように気軽に実家へ来られないので、名残惜しげに花を眺めていた。
尚侍の君、かくおとなしき親に
尚侍の君は、これほど成人した子供たちの母である年齢を思えば驚くほど若々しく美しく、まだ盛りの女性と見えるほどだった。冷泉院が姫君をぜひ迎えたいと強く申し出ていたのも、多くは、尚侍の君ご自身の姿を今なお見たい、昔が恋しいというお気持ちから、何かその縁をつなぐ理由はないものかと思いめぐらしたためでもあった。
しかし姫君を院へ参らせることについて、息子たちは、
「やはり、何となく華やかさに欠ける気がいたします。何事もその時にふさわしいということを、世間は大切にするものです。確かに院のお姿は、今でもこの世に並ぶものがないほど拝見したいすばらしさだとは聞きます。それでも、もう盛りの時ではないという感じがするのです。琴や笛の調べも、花や鳥の色も声も、その季節に合ってこそ、人の耳や目を引くものではありませんか。春宮はいかがでしょう」
などと申し上げた。
尚侍の君は、
「さあね。春宮には初めから身分のたいそう高い方が、ほとんど並ぶ者もないほどのお立場でお仕えしているのでしょう。そこへ中途半端な立場で入るのは、胸の痛むことや、人から笑われることもあるのではないかと思うと心配なのです。父上が生きておられたなら、その先の宿世がどうなるかはともかく、今の時点だけでも、もっと娘にふさわしい華やかな形にしてくださったでしょうに」
と亡き夫のことを口にされ、皆もしみじみと悲しくなるのだった。
中将など立ちたまひてのち
中将たちが立ち去ったあと、姫君たちは途中だった碁を再開した。幼いころから取り合ってきた、あの桜の木を賭けることにして、
「三番勝負で、一つ多く勝ったほうに、やっぱりあの桜をあげましょう」
と冗談を言い合う。
暗くなってきたので、二人は端近へ出て勝負を終えようとした。御簾も巻き上げられ、女房たちは皆、それぞれの姫君を応援して大騒ぎしている。
ちょうどその時、例の蔵人少将が家の侍従の曹司へ来ていた。侍従が誰かと連れ立って外へ出てしまい、全体に人が少なかったので、少将は廊の戸が開いているところへそっと近づき、中をのぞいた。
こんな願ってもない機会を見つけた少将は、仏が目の前に現れたところへ参り合わせたような気持ちになった。我ながら、なんとも他愛のない心である。夕霞に紛れてはっきりとは見えないが、じっと目を凝らせば、桜色の衣の見分けもついた。本当に、この姿がやがて散る花のように見られなくなるなら、その形見にでも目へ焼きつけておきたいほど、華やかに美しく見える。
少将は、姫君がほかの人のものになってしまうことを思うと、ますます苦しくなった。若い女房たちのくつろいだ姿も夕映えの中で美しい。勝負は右方の姫君が勝った。
「高麗の乱声を早く奏でなさいよ」
などと勢いよくはやし立てる女房もいる。
「右方を応援申し上げて、西の御前の近くにある桜を右のものにしたかったのに、それを左方の桜にして、長年争ってこられたから、こういう結果になったのですよ」
と、右方は気持ちよさそうに勝ち誇って姫君を励ましている。少将には詳しい意味まではわからないが、聞いていて面白く、自分も何か言葉を返したくなった。しかし、「姫君たちが気を許している時に、空気を読まずに声をかけるのもどうだろう」と思い直して、その場を離れた。それでも、「またこんな偶然がないものか」と、物陰に身を添わせながら、機会をうかがって歩くのだった。
君達は、花の争ひをしつつ
姫君たちは、桜をどちらのものにするかと争いながら日々を過ごした。風が荒く吹いたある夕方、花びらが乱れ散っていくのがあまりに惜しく、もったいないので、碁に負けたほうの姫君が詠んだ。
桜ゆゑ風に心の騒ぐかな思ひぐまなき花と見る見る
桜のために、風が吹くたび心が騒いでしまう。こちらの気持ちなど少しも考えてくれない花だと思いながら、やはり目を離せないのです。
その御方の宰相の君が、助け舟を出すように詠んだ。
咲くと見てかつは散りぬる花なれば負くるを深き恨みともせず
咲いたと思うそばから散ってしまう桜ですもの。そんな花を賭けて負けたくらい、深く恨むほどのことでもございません。
すると勝った右方の姫君が返す。
風に散ることは世の常枝ながら移ろふ花をただにしも見じ
風に吹かれて散るのは世の常です。でも枝ごとこちらへ移ってきた花なのですから、私はありふれたものとして見過ごしませんよ。
こちらの御方の大輔の君も続ける。
心ありて池のみぎはに落つる花あわとなりてもわが方に寄れ
心があるなら、池のほとりへ散る桜よ、水の泡になってでも、どうかこちら側へ寄ってきておくれ。
勝った側の童女たちは庭へ下り、桜の下を歩き回って、散った花びらをたくさん拾って持ってきた。
大空の風に散れども桜花おのがものとぞかきつめて見る
大空の風に散らされても、この桜は私たちのもの。だからこうして、自分の花としてかき集めて眺めるのです。
左方の馴れた女房が返した。
桜花匂ひあまたに散らさじとおほふばかりの袖はありやは
桜の美しさをあちらこちらへ散らすまいと、全部を覆ってしまえるほど大きな袖など、どこにあるでしょう。
「まあ、心の狭いこと」などと、相手をやり込めるのだった。
かくいふに、月日はかなく過ぐすも
こうしているうちにも月日はむなしく過ぎていく。姫君たちの将来が気がかりで、尚侍の君はいろいろと思い悩んでいた。冷泉院からは毎日のようにお便りが届く。
院の女御からも、
「私たちをよそよそしく思って遠ざけておられるのですか。院は、『あちらでは私を疎んじているらしい』と、本当にご機嫌を悪くなさっているので、冗談では済まず、私まで困っております。どうせお決めになるのでしたら、今のうちに思い切ってください」
と、たいそう真剣な手紙が届いた。尚侍の君も、「きっと、こうなる宿縁なのだろう。こんなにまで無理を押しておっしゃるのも畏れ多いことだ」と思うようになった。
姫君の調度類などは以前からたくさん整えてあるので、今度は女房たちの装束など、細かな準備を急ぐことになった。その話を聞いた蔵人少将は、死んでしまいそうなほど思い詰め、母の北の方を責め立てる。
母君も聞いていて耐えられなくなり、尚侍の君へ、
「このようなことに口を出すのは本当に気恥ずかしく、世にも愚かな親の闇に迷ってのことと存じます。もし少しでも事情をおわかりくださるなら、どうかお気持ちを推し量って、この子を慰めてやってください」
と、いかにも気の毒そうに申し入れた。
尚侍の君は、「困ったことになった」と嘆きながら、
「私自身、どうするのがよいと決めることもできなかったのです。それを院からどうしてもとおっしゃるので、心が乱れております。もし少将が本当に誠実なお心なら、今しばらくは気持ちを静めて、こちらがどのようにお慰めできるかを見届けてください。そのほうが世間の評判も穏やかに収まるでしょう」
と申し上げた。これは、大君の院参りが済んだあとで、中の君との縁を考えてもよい、という意味なのだろう。「二人の話を同時に進めれば、こちらが妙に計算高く見えるだろう。それに少将は、まだ官位も十分高いとはいえない」と考えておられるらしい。
けれど少将の心は、そう簡単に中の君へ移れるものではなかった。あの夕暮れに大君をほんの少し見て以来、その面影が恋しくてならず、いつならまた見ることができるだろうと、そればかり思っていた。そのわずかな望みさえ断たれようとしているのだから、嘆きは尽きなかった。
かひなきことも言はむとて
少将は、どうせ甲斐のないことでも何か言いたくなり、いつものように家の侍従の曹司へやって来た。すると侍従は、源侍従から来た手紙を読んでいるところだった。慌てて隠すので、「やっぱりそういう手紙なのだな」と察し、奪い取った。侍従のほうも、特別な秘密というほどではないと思っているので、それほど必死には隠さない。
手紙には、誰のことともはっきり書かず、ただこの世を恨めしく思っているようなことがほのめかされていた。
つれなくて過ぐる月日をかぞへつつもの恨めしき暮の春かな
何の便りもなく過ぎていく月日を数えているうちに、とうとう春も暮れていきます。何もかもが恨めしく思われる春の終わりです。
少将は、「ほかの人は、こんなふうに落ち着いて、見苦しくない形で恨みを言えるのだ。それに比べて私は、誰から見ても笑いものになるほど焦り、騒いでしまう。その姿を皆が見慣れて、もう軽く扱い始めているのだろう」などと思うと胸が痛み、ろくにものも言えない。
いつも話を聞いてもらう中将の御許の曹司へ向かうが、「またいつものように、何を言っても甲斐はないだろう」と、嘆きながら歩いていった。
侍従の君は、「源侍従へ返事をいただこう」と手紙を持って姫君のところへ行く。それを見るだけでも、少将の若い心には腹立たしく、気が気ではなかった。
あまりにも激しく恨み嘆くので、中将の御許も、前に母君から少将のことを頼まれた時には冗談半分に聞いていたけれど、今となってはからかうこともできず、気の毒になった。ほとんど返事をせずにいると、少将は、あの碁の勝負をのぞいた夕暮れのことまで話し出した。
「せめて、あれほどの夢でもいいから、もう一度見たい。ああ、私は何を頼みに生きていけばいいのでしょう。こうして思いをお伝えできるのも、もう残り少ない気がします。『つらい人だからこそ、なお愛おしい』という言葉は、本当だったのですね」
と、冗談ではなく本気で言う。
中将の御許も、「これはもう、気の毒と言うほかない。尚侍の君が慰めようとなさっているらしい中の君には、ほんの少し心が動いた様子さえない。やはり、あの夕暮れに実際に大君を見てしまったことが、かえってこのどうしようもない恋心をますます強くしたのだろう」と、少将の苦しみももっともだと思った。
それでも、
「姫君がお聞きになったら、ますます『なんてけしからぬお心なのでしょう』とあなたを嫌いになられますよ。これまでお気の毒だと思っていた私の気持ちまで消えてしまいそうです。本当に危なっかしいお心ですね」
と向かいから火をつけるように責めると、
「もういい、どうとでもなれ。今はもう命も終わりと思っている身だから、何も怖くはありません。それにしても、あの時姫君が碁に負けてしまわれたのは本当にお気の毒だった。もっと素直に私を中へ呼び入れてくださればよかったのに。こちらから目配せでもして差し上げられたら、結果もずいぶん違ったでしょうに」
などと言って、歌を詠む。
いでやなぞ数ならぬ身にかなはぬは人に負けじの心なりけり
ああ、どうしてなのだろう。物の数にも入らない私の身に似合わないもの、それは誰にも負けたくないという、この心だったのですね。
中将の御許は笑って返す。
わりなしや強きによらむ勝ち負けを心一つにいかがまかする
無理をおっしゃること。強いほうが勝つ碁の勝ち負けを、どうしてあなた一人のお心で好きにできるでしょう。
そんな返事まで、少将にはつらく感じられる。
あはれとて手を許せかし生き死にを君にまかするわが身とならば
せめてかわいそうだと思って、一手くらい譲ってください。生きるも死ぬも、あなたに任せている私の身なのですから。
そんなふうに、泣いたり笑ったりしながら、二人は夜を明かした。
またの日は、卯月になりにければ
翌日はもう四月になっていた。兄弟の君たちが内裏へ参ったりして華やかに出入りする中、蔵人少将だけはすっかり沈み込み、ぼんやり物思いに暮れている。母の北の方はそれを見て涙ぐんでおられた。
右大臣も、
「冷泉院にも何かお考えはあるだろう。そんな話を、こちらがまともに受け取ることもあるまいと思ってしまったのが悔やまれる。以前、尚侍の君と対面した時にも、この子のことをはっきり申し上げないまま終わってしまった。私自身がどうしてもと強く頼んでいたなら、さすがにこちらの願いを無視なさることもなかっただろうに」
などとおっしゃる。
少将はまたいつものように姫君へ、
花を見て春は暮らしつ今日よりやしげき嘆きの下に惑はむ
花を眺めながら、どうにか春までは過ごしてきました。今日からは、夏草のように生い茂る嘆きの中で、行く先もなく迷い続けるのでしょうか。
と送ってきた。
姫君の御前では、何人かの上臈の女房たちが、姫君に思いを寄せる男たちがそれぞれどれほど気の毒な様子かを話している。その中で中将の御許が、
「『生きるも死ぬもあなた次第』と言っていた様子は、口先だけには見えませんでした。本当にお気の毒なほどでした」
などと申し上げたので、尚侍の君も少将をかわいそうに思われた。
右大臣と北の方の意向もあり、もし少将の恨みがそこまで深いのなら、姉君の代わりに中の君を、という気持ちへ少し変わりかけていたのである。けれど少将が、大君の院参りそのものを妨げたいと思っているのなら、それはあまりにも身のほど知らずで腹立たしいことだった。亡き大殿は、大君を普通の臣下の妻にするなど、まったく考えておられなかったのである。冷泉院へ参らせることさえ、行く末の華やかさでは物足りないと尚侍の君は思っているのだ。
ちょうどそんな時にこの手紙を取り次がれ、さすがに少将を気の毒に思って、返事を書いた。
今日ぞ知る空を眺むるけしきにて花に心を移しけりとも
今日になって初めて知りました。あなたが空を眺めて物思いをしているように見せながら、本当はあの花へ心を移していたのだということを。
女房たちは、「まあ、お気の毒に。何もかも冗談としてお返しになるのですね」などと言ったが、尚侍の君は面倒がって書き直そうとはなさらなかった。
九日にぞ、参りたまふ
姫君は九日に冷泉院へ参られた。右大殿からは御車や前駆の人々が大勢差し出された。北の方も尚侍の君を恨めしく思ってはいたが、これまでそれほど頻繁に行き来していなかったのに、少将の縁談をきっかけに何度も手紙をやり取りするようになった。それをここでまた完全に断ってしまうのも感じが悪いので、かづけ物や、質のよい女房たちの装束などをたくさん贈られた。
手紙には、
「どうにも正気をなくしたような息子の有様に振り回されておりましたので、ほかのことをきちんと伺う余裕もございませんでした。それにしても、何もお知らせくださらないのは、少しよそよそしいことに思われます」
とあった。穏やかな書き方ながら、恨みをほのめかしておられるのを、尚侍の君も気の毒に思う。
右大臣からも手紙が届いた。
「私自身、伺わなければと思っておりましたが、物忌みがございまして参れません。息子たちを雑役のお手伝いに差し上げます。どうぞ他人と思わずお使いください」
そう言って源少将、兵衛佐などを寄こされた。尚侍の君は、「やはり情のある方だ」と喜ばれた。
按察使大納言の家からも、女房たちのための車が差し出された。その北の方は、故大臣の娘である真木柱の姫君なので、どちらから見てももっと親しく往来してよさそうな間柄なのだが、実際にはそれほどでもなかった。
藤中納言だけはご自身で来られ、中将や弁の君たちと一緒に、いろいろな準備を取り仕切った。何につけても、「父君が生きておられたなら」と思われ、胸にしみることばかりだった。
蔵人の君、例の人に
蔵人少将は、いつもの女房へ、ありったけの言葉を尽くした手紙を送ってきた。
「もうこれで終わりだと思っている命ですが、それでもやはり死ぬのは悲しい。『かわいそうに思います』と、それだけでも一言おっしゃってくだされば、その言葉につなぎ止められて、もうしばらく生き延びることができるでしょうか」
その手紙を持って姫君のところへ行くと、二人の姫君は一緒に話をしながら、ひどく沈み込んでおられた。これまで昼も夜も一緒にいることに慣れ、中の戸一枚を隔てただけの西と東の部屋でさえ離れているのが嫌で、互いに行き来して暮らしてきたのだ。これから本当に別々になることを思って悲しんでおられたのである。
この日の大君は、特別に美しく装い、念入りに身なりを整えておられ、その姿は実に美しかった。亡き父君が生前、この娘をどうしようと考えておられたかなどが思い出され、何もかもしみじみと感じられる折だったためだろうか、姫君は少将の手紙を手に取って読まれた。
「右大臣と北の方という、あれほど頼もしいご両親がそろっておられるのに、どうしてこの方は、こんな取り留めもないことを思い、言い続けるのでしょう」と不思議に思う。それでも「もう命も終わり」と書いてあるのを見ると、「本当にそんなことになったら」と少し気にかかり、その手紙の端にそのまま書きつけた。
あはれてふ常ならぬ世の一言もいかなる人にかくるものぞは
「かわいそう」と言う、そのはかない一言さえ、私はいったいどのような方にかければよいのでしょう。
そのあとに、「死ぬなどという不吉なことについてなら、私も少しだけ思い当たるものがあります」と書き、「こう申し上げておきなさい」と女房に渡した。
少将にそのまま届けると、これまで一度もなかった姫君自身の返事なのだから、この上なく珍しくうれしい。それに加えて、旅立ちの折に自分のことを少しでも気にしてくださったのだと思うと、ますます涙を止めることができなかった。
すぐにまた返事を送り、「誰の名が立つわけでもありませんのに」などと恨みがましく書いて、
生ける世の死には心にまかせねば聞かでややまむ君が一言
この世で生きるか死ぬかさえ、自分の心のままにはなりません。それなら、せめてあなたの一言を聞かないまま終わることだけはしたくないのです。
「もし私が墓の上からでも頼みにしたくなるほどのお心をかけてくださるのだと知っていたなら、いっそ迷わず死ぬことを急いでいたでしょうに」などと書いてある。
姫君は、「まあ、なんて返事をしてしまったのでしょう。女房は書き直さずに、そのまま渡したのね」と苦しそうに思い、そのあとは何もおっしゃらなくなった。
大人、童、めやすき限りを
大人の女房から童まで、見栄えのする者ばかりが選び整えられていた。儀式全体も、もし内裏へ正式に入内する場合とほとんど変わらないほど立派である。
姫君はまず女御の御方へ渡り、尚侍の君もそこでいろいろなお話を申し上げた。夜が更けてから、ようやく冷泉院の御前へ上がられた。
后や女御たちは、すでに長い年月を重ねて大人びておられる。その中へ、今が盛りの、たいそうかわいらしく美しい姫君が現れたのだから、院が並々ならず心をひかれたのも無理はなかった。姫君は華やかに寵愛を受けた。
しかも、正式な后や女御のように堅苦しく振る舞うのではなく、臣下の家の姫君らしい気軽さを残しながら、ゆったりお仕えになる。その様子が、かえって理想的で美しいものに見えた。
冷泉院は、尚侍の君ご自身にも、しばらくこちらに留まってほしいと内心強く願っておられた。しかし尚侍の君は、早々にそっと退出してしまったので、院は残念で、つれないことだと思われた。
源侍従の君は、朝夕いつも御前へ召され、まるで昔、光源氏が成長していったころにも劣らないほどの寵愛を受けていた。院の中では、どの御方ともよそよそしくなく、気軽に行き来している。この新しい御方にも、いかにも心を寄せているような様子で接しながら、その心の底では、「この方は私をどのようにご覧になっているのだろう」という思いまで加わっていた。
しめやかな夕暮れ、源侍従が藤侍従と連れ立って歩いていると、この御方の御前近くに見える五葉松に、藤がたいそう美しく咲きかかっている。二人は水辺の石に腰を下ろし、苔を敷物にして眺めていた。藤侍従ははっきりとは言わないものの、世の中が恨めしいという気持ちをそれとなくにじませながら話す。
手にかくるものにしあらば藤の花松よりまさる色を見ましや
もしこの藤の花を自分の手にかけて、思うままにできるものなら、松よりも深く私を待ってくれる、その美しい色を見ることもできたでしょうか。
花を見上げる藤侍従の様子が、何とも切なく気の毒に見えたので、源侍従も、自分の思いどおりにはならない世の中のことに寄せて返した。
紫の色はかよへど藤の花心にえこそかからざりけれ
同じ紫の色につながる藤の花ではありますが、どうしても私の心にかかる花にはなれなかったのです。
源侍従は根が真面目な人なので、藤侍従をかわいそうに思っていた。自身は心が乱れるほど大君を恋い焦がれていたわけではないが、やはり思うようにならなかったことを残念には感じていたのである。
かの少将の君はしも
あの蔵人少将だけは、本当にどうしたらよいかわからず、今にも何か過ちを犯してしまいそうなほど、気持ちを抑えきれなかった。
以前、大君へ求婚していた人々の中には、「それなら中の君を」と気持ちを移す者もいた。尚侍の君も、蔵人少将については、母の北の方からあれほど恨みを訴えられたため、中の君との縁ならどうかと思い、それとなく話を持ちかけたこともあった。けれど少将は、まったく訪ねてこなくなってしまった。
冷泉院には、少将の兄弟たちももともと親しく伺候していた。けれど大君が院へ参ってからは、ほとんど来なくなり、たまに殿上のあたりへ顔を出しても、何とも面白くなさそうに、逃げるように退出してしまう。
内裏の帝は、亡き大臣が生前、姫君を宮仕えさせることについて特別な願いを持っていたことをご存じだった。それなのに、こうして当初の考えと違う形で冷泉院へ参ったことを、「これはどういうことなのだろう」と思われ、中将をお召しになってお言葉を下された。
そのことを聞いた右大臣は、ひどく不愉快に思い、尚侍の君に申し上げた。
「帝のご機嫌がよろしくないようです。ですから私は以前から、『世間の人も首をかしげるようなことになるでしょう』と申し上げていたのです。それをあなたが別のお考えで、このように決めてしまわれたので、それ以上は何も申し上げにくく黙っておりました。こうして帝からお言葉までありましたので、私どもの立場まで何とも具合の悪いものになりました」
尚侍の君は、穏やかに答えた。
「さあ、どうでしょう。私も初めから、急にこのようにしようと考えていたわけではありません。院からどうしてもとお気の毒なほど強くおっしゃったので、後見もないまま内裏へ参るのは心細く、居場所もなさそうだけれど、院なら今では落ち着いた御生活で、安心してお任せできるだろうと思い至っただけなのです。
どなたも、不都合になることなら初めからありのままに諫めてくださればよいのに、今になって右大臣まで、私がひどく間違ったことをしたようにおっしゃると聞きますので、困っております。これも、そうなる宿縁だったのでしょう」
右大臣はなお、
「昔からの御宿世は目に見えないものですから、院があれほどおっしゃっている以上、このご縁が特別なものだったとして、今さらどう奏上し直せるでしょう。ただ、中宮に遠慮なさって内裏を避けたというなら、院に以前からおられる女御のことはどうお考えになるのです。『後見してもらう』などと前もって話し合っておられたとしても、実際はそう簡単にはまいりません。
まあ、今後を拝見しましょう。よく考えれば、内裏だって中宮がおられるからといって、ほかの女性がまったくお仕えできないわけではありません。帝にお仕えするなら、むしろその緊張感があることこそ昔から宮仕えの面白さだったのです。もし院の女御とほんの少しでも行き違いが生じて、姫君が快く思われなくなれば、世間からは、こちらのほうが道理を外したように見えるでしょう」
と、二人であれこれ申し上げるので、尚侍の君はひどく心苦しく思われた。それでも冷泉院の姫君への寵愛は、月日とともにますます深くなるばかりだった。
姫君は七月ごろから懐妊された。つわりで苦しそうにしておられる姿を見ると、「なるほど、人々があれこれ心配して申し上げるのも無理はない。こんな方を見て、どうして普通のことのように見過ごしていられるだろう」と思われるほど美しかった。
冷泉院は朝夕、管弦の遊びをなさり、源侍従も近くへ召し入れるので、姫君はその琴の音などをお聞きになる。以前「梅が枝」に合わせた中将の御許の和琴も、いつも呼び出して弾かせておられた。それを聞き合わせるにつけても、姫君には昔のことがまったく何でもないこととは思えなかった。
その年かへりて、男踏歌せられけり
年が改まり、男踏歌が行われた。そのころの殿上人には音楽の名手が多かったが、その中からとりわけすぐれた者が選ばれ、四位侍従は右方の歌頭になった。あの蔵人少将も楽人の一人に加わっている。
十四日の月が明るく、雲一つない夜だった。一行は内裏の御前から出て、冷泉院へ参った。女御も、こちらの御息所も、上の御局を設けて見物なさる。上達部や親王たちも連れ立って参上した。
「右大殿や致仕の大殿の一族をおいて、こんなにきらびやかで美しい人々はほかにいない時代だ」と思われるほどだった。踏歌の若者たちは、内裏の御前で演じる時以上に、この冷泉院では気恥ずかしく感じ、皆がいっそう身なりや振る舞いに気を配る。その中でも蔵人少将は、「姫君がきっと見ておられる」と思うだけで心が落ち着かなかった。
香りもなく、見た目にも野暮ったい綿花の挿頭でさえ、それを挿す人によって見違える。姿も声もたいそう美しかった。「竹河」を歌いながら御階のもとへ踏み寄るころ、少将は以前の夜、皆でほんのひととき「竹河」を歌った遊びを思い出した。思わず歌を間違えそうになるほど胸がいっぱいになり、涙ぐんでしまった。
后の宮の御方へ参ると、冷泉院もそちらへお渡りになってご覧になった。月は夜が更けるほど、昼よりもかえって容赦なく澄みきって明るい。「姫君は今、どんなふうに自分を見ておられるだろう」と、そればかり気になるので、少将は足が地につかないような気持ちで舞い歩いた。盃の時まで、一人だけ特に目を留められてからかわれるのも、何とも面目のないことだった。
夜一夜、所々かきありきて
一晩中あちこちを巡って、四位侍従はすっかり疲れ、苦しくて横になった。ところが冷泉院から召しがあった。「ああ、つらい。少しくらい休ませてくださればよいのに」と不満に思いながらも、仕方なく参上する。院は内裏の御前での様子などをいろいろ尋ねられた。
「歌頭という役は、本来ならもう少し年を重ねた人が以前から務めるものなのに、その役におまえが選ばれたというのは、なかなかたいしたものだった」
と、いかにもかわいく思っておられる様子である。「万春楽」を口ずさみながら御息所の御方へお渡りになるので、侍従もお供した。踏歌を見物するため里から来た人々も大勢いて、いつもより華やかで、今風のにぎわいがある。
侍従は渡殿の戸口にしばらく座り、声を聞き覚えている女房へ話しかけた。
「昨夜の月の光は、あまりにも明るすぎて困ったものですね。蔵人少将が月に照らされて輝いていた様子も、月の桂の影も恥じるほどだったのではありませんか。雲の上の内裏に近いところでは、それほど目立っては見えませんでしたけれど」
などと話すと、中の女房たちにも、少将を気の毒に思って聞く者がいた。
「『闇では何もわからない』とは言うものの、月の光に映える姿なら、もう少し格別だったと皆で評判していたのですよ」
などとからかいながら、中から歌が返ってきた。
竹河のその夜のことは思ひ出づやしのぶばかりの節はなけれど
あの「竹河」を歌った夜のことを、今でも思い出されますか。いつまでも恋しく偲ぶほどの一節など、何もなかったはずですのに。
ほんの何でもない歌なのに、侍従は思わず涙ぐんだ。「本当に、自分にとってあの夜は、それほど浅い思い出ではなかったのだ」と、自分でも気づかされる。
流れての頼めむなしき竹河に世は憂きものと思ひ知りにき
この先まで続くと頼みにできるものもない「竹河」の縁に、私はこの世とはつらいものなのだと、思い知らされました。
何とも物悲しげな侍従の様子を、女房たちは趣深く思って眺めている。もっとも、侍従自身は蔵人少将のように身を投げ出して恋に苦しんでいたわけではない。それでも、もともとの人柄が真面目で優しいので、その様子がやはり痛々しく見えるのだった。
「つい口を滑らせて、言ってはいけないことまで言いそうです。それでは失礼」
と言って立とうとすると、「こちらへ」と中から呼ばれた。少しきまり悪い気はしたが、そのまま参上した。
冷泉院は、
「故六条院では、踏歌の翌朝に女楽をなさったことがあり、それはたいそう見事だったと右大臣から聞いたことがある。何事につけても、あの六条院の次を継ぐような人を見つけるのが難しい世になったものだ。楽器のたいそう上手な女君たちまで大勢集まっていたのだから、ちょっとした遊びでさえ、どれほど趣深かったことだろう」
などと昔を思い出され、琴をそれぞれ調弦させた。箏は御息所へ、琵琶は侍従へ与え、院ご自身は和琴を弾いて、「この殿」などを合奏なさった。
御息所の琴は、以前はまだ未熟なところもあったが、院がたいそう丁寧に教えられたので、今ではすっかり上達していた。今風で爪音も美しく、歌や曲なども名手らしく実によく弾かれる。何事につけても、頼りなく人より遅れているようなところは、少しもない方らしかった。
侍従は、「お顔立ちも、きっとたいそう美しいのだろう」と、やはり心をひかれずにはいられない。このように近くへ召される機会は多かったが、自然とよそよそしすぎず、それでいて道を外すほど心を乱すこともなかった。馴れ馴れしく恨みを訴えるようなことはせず、ただ折々に、自分の思いがかなわなかった残念さをそれとなく匂わせる。その言葉を御息所がどう思って聞いておられたのか、それはわからない。
卯月に、女宮生まれたまひぬ
四月になって、御息所は女宮をお産みになった。表向きには、それほど大げさに華やかな扱いをする身分ではないようでもあったが、冷泉院のお気持ちに従い、右大殿をはじめ、あちこちの高貴な家々から産養の祝いが次々と贈られた。
尚侍の君は生まれた女宮をずっと抱いて、たいそうかわいがっておられた。しかし早く院へ参らせるようにとのお言葉ばかりが届くので、五十日ほどになると、御息所は女宮を連れて院へ戻った。
冷泉院には女一の宮がお一人しかいらっしゃらなかったので、今度生まれた女宮が珍しく、かわいくてならず、院はことのほか大切になさった。以前にもまして、この御息所のところへばかりおられるようになる。
もともとお仕えしてきた女御の御方の女房たちは、「こんなことにならなくてもよかったでしょうに」と、ただならぬ思いで陰口を言い合った。
女御や御息所ご本人たちは、別に軽々しく互いに背き合うような方々ではない。しかし仕える女房の中には癖のある者もいて、何かにつけて面倒なことを言い出す。そのうち、以前中将の君が年長者として忠告していたことが、とうとう現実のものになってきた。
尚侍の君も、「このまま皆があれこれ言い続けて、最後にはどうなるのだろう。人の笑いものになって、娘が居づらい扱いを受けることになったら困る。院のお心は決して浅くないけれど、長年お仕えしてきた御方々が娘を快く思わず、遠ざけるようになったら苦しいことになる」と心配するようになった。
そのうえ内裏の帝が、本当にこの一件を不愉快に思われ、たびたびご不満の気配を見せておられると人から聞かされる。尚侍の君はますます煩わしくなり、中の姫君のほうは、公の形で宮仕えさせようと考え、自分の尚侍の官を譲ることにした。
尚侍の辞任は、朝廷がなかなかお許しにならないことだった。尚侍の君自身、何年も前から辞めたいと思っていたのに認められずにいた。それでも今回は、亡き大臣のご意向なども理由にし、かなり昔の先例まで持ち出して、ようやく願いがかなった。これも中の君の宿世というものなのだろう。尚侍の君が長年ご自身のために願ってもかなわなかった辞任が、この娘のためには実現したのである。
かくて、心やすくて内裏住みも
「これで中の君には、気兼ねなく内裏に住んでもらえる」と思う一方、尚侍の君には蔵人少将のことが気にかかる。「母の北の方が、わざわざあれほど頼んでこられたのに。こちらからも、希望を持たせるようなことを少し言ってしまった。少将はどう思うだろう」と悩んでおられた。
そこで弁の君を使いにして、できるだけ感じよく右大臣へ伝えた。
「内裏からこのようなお言葉がございますので、娘二人をあちらこちらへ無理に宮仕えさせたがっているように世間に聞こえるのもどうだろうかと思い、いろいろ悩んだ末のことでございます」
右大臣は、
「帝がご不満に思われるのも、もっともなことと伺っております。公の役職という点からも、尚侍になられた以上、宮仕えなさらないわけにはいきません。もう早くお決めになるのがよいでしょう」
と答えた。
中の君は、今度は中宮のお気持ちも受けて、内裏へ参ることになった。「父君が生きておられたなら、娘の存在をこれほど控えめなものにはなさらなかっただろうに」などと思われ、何につけても悲しい。
帝は、姉君のほうが容貌もたいそう評判で美しいと以前から聞いておられたので、姉ではなく妹が参ったことには少し物足りなさを覚えた。それでも中の君もたいそう気が利き、奥ゆかしい身のこなしでお仕えになるので、次第にその人柄を高く評価されるようになった。
前の尚侍の君、容貌を変へてむ
尚侍を辞した玉鬘は、いよいよ尼姿になろうと思い立った。
しかし息子たちが、
「姉妹それぞれのことにお心を配られている今、出家しても仏道修行に心を集中できず、かえって気持ちが慌ただしいでしょう。もう少し、どちらの娘のことも落ち着いて見届けられてから、誰にも非難されるところなく、一筋にお勤めください」
と申し上げるので、出家は思いとどまった。
内裏には時々、人目を忍んで娘のところへ参ることもあった。しかし冷泉院については、院ご自身の面倒なほど強いお気持ちが今も消えていないので、何かよい機会があっても、まったく参ろうとはなさらなかった。
昔のことを思い出せば、さすがに畏れ多いほどありがたかった冷泉院の思いだった。それを世間の人々が皆、許されないことのように思っていたのも知らぬ顔で、今度は娘を院へ差し上げてしまった。「そのうえ自分まで、冗談にせよ若々しい恋の噂を立てられたなら、あまりにも見苦しく、人前に出られない」と尚侍の君は思っている。
けれど、そのために自分が院へ参らないのだとは御息所にもはっきり説明しない。そのため御息所は、「昔から父上は私を特別にかわいがってくださったのに、母上は、若君が幼いころ桜を取り合ったような何でもない時にも、あちらの子のほうへ心を寄せておられた。その名残で、私のことを軽くお思いになったのだ」と、母を恨めしく思うようになった。
冷泉院は、御息所以上に、尚侍の君が来ないことをひどくつらいと思い、恨みを口になさる。
「こんな年寄りの住む古びたところへ娘を放り込んでしまって。私が見下されるのも、もっともなことだね」
などと御息所と話し合い、かえって尚侍の君への思いを募らせておられた。
年ごろありて、また男御子
数年がたち、御息所は今度は男御子をお産みになった。冷泉院にはこれまで大勢の御方がお仕えしてきたのに、長年男御子はお生まれにならなかった。そのため、「この方には並々ならない宿世があったのだ」と、世間の人々も驚いた。
冷泉院はまして、この新しい宮をこの上なく珍しく、かわいく思われた。「もし自分がまだ帝位にあったころなら、この御子の誕生はどれほど張り合いのあることだったろう。今となっては、何をしても華やかにならない時代になってしまったのが本当に残念だ」と思っておられた。
これまでは女一の宮を何ものにも代えがたく大切になさっていた。それが今では、女宮に男宮とかわいい子が次々に増え、とりわけ珍しい存在として御息所の子供たちを格別にかわいがられる。長年お仕えしてきた女御も、「ここまでになっては面白くない」と、さすがに心が動いた。
何かにつけて気に入らないことや、ひねった言い方をすることが起こり、自然とお二人の仲も隔たっていくようだった。これは世間一般でも同じことで、身分の低い人々の妻妾の仲でさえ、昔から正妻として認められている側にこそ、何の関係もない周囲の人まで味方するものらしい。
院の中でも、上から下まで、長年お仕えし身分も重い女御の御方を当然の側として扱い、何でもないことまで御息所の側を悪く言う。その話を聞く御息所の兄君たちも、
「だから申し上げたでしょう。私たちの心配は間違っていなかったではありませんか」
と、ますます母に言うようになった。
尚侍の君は、娘が心安らかにいられず、いろいろ聞き苦しい話まで耳にするようになったので、
「こんなことにならず、穏やかに人目にも感じよく、一生を過ごしている女性はいくらでもいるでしょうに。この上ない幸運を持って生まれたのでなければ、宮仕えなどという道は、そもそも考えてはいけないものだったのですね」
と嘆かれるのであった。
聞こえし人びとの、めやすく
かつて姫君たちに求婚してきた男たちは、その後それぞれ立派に出世していた。「あの中の誰かと結婚していたとしても、それほど悪くない暮らしになっていたのではないか」と思える人が大勢いる。
中でも、昔は源侍従と呼ばれ、若く華奢でまだ頼りないように見えた薫は、今では宰相中将になっていた。「匂う宮、薫る中将」などと、少々聞き苦しいほど世間から褒め騒がれている。実際、人柄も落ち着いて奥ゆかしくなっており、高貴な親王や大臣たちが娘をぜひと持ちかける話さえ、簡単には聞き入れないという。
それを聞くと尚侍の君たちは、「あのころはまだ若く、どうなるのか少し心もとなく見えたけれど、きっとますます立派な人に成長していくのでしょうね」などと言い合った。
蔵人少将だった君も、今では三位中将などと呼ばれ、世間から高く評価されている。
意地の悪いところのある女房などは、人目を忍んで、
「お顔まで、本当に理想的な方でしたのにね」
「今の気苦労の絶えない院でのお暮らしよりは、あの方の妻になっていたほうが……」
などと言う者までいて、御息所は気の毒なことだった。
その三位中将は、最初に大君を思い始めた心を今も忘れていなかった。つらいとも恨めしいとも思い続けながら、左大臣の娘を妻に迎えてはいたが、ほとんど心を向けない。「道の果てなる常陸帯の……」と、手習いにも、普段口にする言葉にもするのは、いったいどんな思いが残っているからなのだろう。
御息所は、気の休まらない院での暮らしが煩わしくなり、実家へ下がっていることが多くなった。尚侍の君は、自分が願っていたようにはならなかった娘の暮らしを残念に思っている。
それに比べて内裏にいる中の君は、かえって今風で気楽そうに振る舞いながら、世間からも風雅で奥ゆかしい女性として評価され、落ち着いてお仕えしておられた。
左大臣亡せたまひて
左大臣がお亡くなりになり、それまでの右大臣が左大臣となった。藤大納言は、左大将を兼ねた右大臣に昇進した。そのほかの人々も次々と官位を上げ、薫中将は中納言となり、三位の君は宰相となった。このころ昇進を祝われるような人々は、ほとんど皆この一族ばかりだったという。
薫中納言は、昇進のお礼に前尚侍の君を訪ねた。庭先で拝礼すると、尚侍の君も対面なさった。
「こうして、ますます草深くなっていく葎の門を避けずに訪ねてくださる、そのお心遣いを見るにつけても、まず昔の院のことが思い出されます」
などとおっしゃる声は、上品で愛嬌があり、聞き続けていたくなるような若々しさがあった。薫は、「本当に、いつまでもお変わりにならない方だ。だからこそ冷泉院も、この方を恨めしく思うお気持ちが消えないのだろう。最後にはきっと、また何か騒ぎを起こされるのではないか」と思った。
「昇進したこと自体は、私にはそれほど喜ばしいとも思われません。ただ何より先に、あなたにご覧いただこうと思って参りました。それなのに、『よくここを避けずに来た』などとおっしゃるのは、私のささやかな孝心を、かえって罪としてお責めになるのでしょうか」
と申し上げる。
尚侍の君は、
「今日は、もう年を取りすぎた私の愚痴など申し上げる機会ではないと遠慮していたのですが、あなたがわざわざ立ち寄ってくださることもめったにありませんし、せっかく対面したのに何も言わないのも、かえってくどくど心に残りますので……。
冷泉院にお仕えしている娘が、世の中のことでひどく思い悩み、宙ぶらりんになったように落ち着かず暮らしています。院の女御を頼りにし、また后の宮の御方も、さすがに娘を認めてくださるだろうと期待していたのですが、どちらからも失礼で気に入らない者のように思われているらしく、本当にいたたまれないことでございます。
子供である宮たちはそのまま院にお仕えしていますが、娘自身は宮仕えがひどくつらそうなので、せめてこちらで気楽に物思いをしながら過ごすほうがよいと思い、里へ下がらせました。それについてまで、いろいろ聞き苦しい噂があるのです。
帝もよろしく思っておられないと聞きます。何かの折があれば、それとなく奏上していただけませんか。あちらもこちらも頼りになると思って娘を送り出した時には、どの方にも安心してお任せできると信じていました。今となっては、こんな失敗をしてしまった、幼く身のほど知らずだった自分の心を責めたい気持ちなのです」
そう言いながら、泣いておられる様子だった。
さらにかうまで思すまじきこと
薫は、かなりきっぱりと言った。
「そこまで思い悩まれるようなことではありません。こうした宮仕えで心の安らがないことは、昔からよくあることです。冷泉院は帝位を退かれ、今では静かな御生活で、何事もはっきり表立って争うような御環境ではありませんから、表面だけを見れば皆さん気を許しておられるように見えます。それでも、それぞれ心の中では、互いに競い合う思いがまったくないはずはないでしょう。
ほかの人から見れば何の落ち度とも思われないことでも、自分自身の身にかかわれば恨めしく感じるものです。何でもないことに心を動かされるのは、女御や后のいつもの御性格でもあるのでしょう。そんな小さな揉め事さえ絶対に起きないと思って、宮仕えをお決めになったわけでもないでしょう。ただ穏やかに受け流して、ご覧になっていればよいことです。私のような男の立場から、帝に奏上するようなことでもございません」
あまりに真っ直ぐ、そっけなく言うので、尚侍の君は、
「せっかくお目にかかった時に悩みを申し上げようと、あなたを待ち受けていた甲斐もありませんね。まあ、なんと薄情なお答えでしょう」
と笑っておられた。もう成人した子供たちの母となり、何事もしっかり取り仕切っている方とは思えないほど、若々しく、おっとりした感じがする。
薫は、「御息所も、きっとこんな雰囲気の方なのだろう。宇治の姫君が妙に心に残って思われるのも、こういうおっとりして魅力のある気配にひかれるからなのだろうな」と考えていた。
尚侍になった中の君も、このころは内裏から里へ下がっていた。姉妹がそれぞれこちらとあちらに住んでいる気配は美しく、全体に静かで、余計なことで紛らわされない暮らしぶりだった。簾の内にいる姫君たちを思うと、こちらが気後れするほど奥ゆかしく感じられるので、薫も自然と身を慎み、いっそう落ち着いて振る舞った。それを見ながら母の尚侍の君は、「もっと近くでこの君の様子を見る機会があったなら」と、ふと思われるのだった。
大臣の殿は、ただこの殿の東なりけり
大臣の邸は、ちょうどこの尚侍の君の邸の東隣だった。大饗に列席する君たちなどが大勢集まっている。兵部卿宮は、以前、左大臣邸の賭弓の還饗や相撲の宴などにはお越しになっていたので、今日も宴を輝かせる特別の客として招かれていたが、今回はお見えにならなかった。
大臣夫妻には、大切に育てている姫君たちがおり、内心では兵部卿宮とぜひ縁を結びたいと思っているらしい。しかし宮はどういうわけか、その姫君たちには心を向けておられなかった。
一方、源中納言となった薫が、ますます理想的な青年に成長し、何一つ人に劣るところなく整っているのを見て、大臣も北の方も目を留めておられた。
隣の邸ではこんなに華やかな宴が行われ、行き交う車の音や先払いの人々の声まで騒がしい。その音を聞いていると、尚侍の君の邸では昔のことが思い出され、しみじみと物思いに沈む。
「故兵部卿宮がお亡くなりになって、それほど間もないころ、この大臣が真木柱のところへ通い始めた時には、あまりにも軽率ではないかと世間の人が非難したものでした。それでも、こうして長く夫婦として暮らしてこられたのを見ると、それはそれで感じのよいことだったのですね。本当に、世の中の評価など定まらないもの。何を頼りにすればよいのでしょう」
などと話しておられた。
左の大殿の宰相中将、大饗のまたの日
左大殿の宰相中将――あの蔵人少将だった君が、大饗の翌日の夕方、尚侍の君の邸へ参った。御息所が里に下がっておられると知っているので、いつにもまして身なりにも心を配ってやって来た。
「朝廷に人の数として認めていただき、官位が上がるような喜びなど、私には何とも思われません。ただ自分の望みがかなわない、その嘆きだけが年月とともに深くなり、どうしても心を晴らす方法がないのです」
そう言って涙をぬぐうのも、少しわざとらしく見えるほどだった。二十七、八歳ほどで、今まさに男盛り、美しく華やかな顔立ちをしている。
尚侍の君は、
「まあ、困った君たちですね。世の中を思うままに栄えて、官位など何とも思わずに、こうして私をからかいながら過ごしていらっしゃるのだから。亡き大殿が生きておられたなら、ここにいる娘たちだって、こんなあなた方の戯れ言に心を乱すこともあったでしょうに」
と言いながら泣かれた。
尚侍の君の息子たちは、右兵衛督、右大弁となっていたが、まだいずれも参議ではなく、母君はそれを残念に思っている。昔、侍従と呼ばれていた末の君は、このころ頭中将になっていたらしい。年齢から見て不自然なほど出世が遅いわけではないが、それでも人に遅れていると嘆いておられた。
それに比べれば、目の前の宰相中将は、何につけても今の身分がよく似合い、華やかに見えるのであった。
