『源氏物語』第54帖「夢浮橋」原文全文

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」国貞『源氏香の図』

 このページでは、『源氏物語』第54帖「夢浮橋」の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『源氏物語』第54帖「夢浮橋」現代語訳全文をご覧ください。

目次

山におはして

 山やまにおはして、例れいせさせたまふやうに、経きゃう仏ほとけなど供養くやうぜさせたまふ。またの日ひは、横川よかはにおはしたれば、僧都そうづ驚おどろきかしこまりきこえたまふ。

 年としごろ、御祈おほんいのりなどつけ語かたらひたまひけれど、ことにいと親したしきことはなかりけるを、このたび、一品いっぽんの宮みやの御心地みここちのほどにさぶらひたまへるに、「すぐれたまへる験げんものしたまひけり」と見みたまひてより、こよなう尊たふとびたまひて、今いますこし深ふかき契ちぎり加くはへたまひてければ、「重々おもおもしうおはする殿とのの、かくわざとおはしましたること」と、もて騷さわぎきこえたまふ。御物語おほんものがたりなど、こまやかにしておはすれば、御湯漬おほんゆづけなど参まゐりたまふ。

 すこし人ひとびと静しづまりぬるに、

「小野をののわたりに、知しりたまへる宿やどりやはべる」

 と、問とひたまへば、

「しかはべる。いと異こと様さまなる所ところになむ。なにがしが母ははなる朽尼くちあまのはべるを、京きゃうにはかばかしからぬ住処すみかもはべらぬうちに、かくて籠こもりはべるあひだは、夜中よなか、暁あかつきにも、あひ訪とぶらはむ、と思おもひたまへおきてはべる」

 など申まうしたまふ。

「そのわたりには、ただ近ちかきころほひまで、人ひと多おほう住すみはべりけるを、今いまは、いとかすかにこそなりゆくめれ」

 などのたまひて、今いますこし近ちかくゐ寄よりて、忍しのびやかに、

「いと浮うきたる心地ここちもしはべる、また、尋たづねきこえむにつけては、いかなりけることにかと、心得こころえず思おぼされぬべきに、かたがた、憚はばかられはべれど、かの山里やまざとに、知しるべき人ひとの隠かくろへてはべるやうに聞ききはべりしを。確たしかにてこそは、いかなるさまにて、なども漏もらしきこえめ、など思おもひたまふるほどに、御弟子みでしになりて、忌いむことなど授さづけたまひてけり、と聞ききはべるは、まことか。まだ年としも若わかく、親おやなどもありし人ひとなれば、ここに失うひたるやうに、かことかくる人ひとなむはべるを」

 などのたまふ。

僧都、「さればよ。

 僧都そうづ、「さればよ。ただ人うどと見みえざりし人ひとのさまぞかし。かくまでのたまふは、軽々かるがるしくは思おぼされざりける人ひとにこそあめれ」と思おもふに、「法師ほふしといひながら、心こころもなく、たちまちに容貌かたちをやつしてけること」と、胸むねつぶれて、いらへきこえむやう思おもひまはさる。

「確たしかに聞ききたまへるにこそあめれ。かばかり心得こころえたまひて、うかがひ尋たづねたまはむに、隠かくれあるべきことにもあらず。なかなかあらがひ隠かくさむに、あいなかるべし」など、とばかり思おもひ得えて、

「いかなることにかはべりけむ。この月つきごろ、うちうちにあやしみ思おもうたまふる人ひとの御おほんことにや」とて、

「かしこにはべる尼あまどもの、初瀬はつせに願ねがはべりて、詣まうでて帰かへりける道みちに、宇治うぢの院ゐんといふ所ところに留とどまりてはべりけるに、母ははの尼あまの労気らうげにはかに起おこりて、いたくなむわづらふと告つげに、人ひとの参まうで来きたりしかば、まかり向むかひたりしに、まづ妖あやしきことなむ」

 とささめきて、

「親おやの死しに返かへるをばさし置おきて、もて扱あつかひ嘆なげきてなむはべりし。この人ひとも、亡なくなりたまへるさまながら、さすがに息いきは通かよひておはしければ、昔物語むかしものがたりに、魂殿たまどのに置おきたりけむ人ひとのたとひを思おもひ出いでて、さやうなることにや、と珍めづらしがりはべりて、弟子でしばらの中なかに験げんある者ものどもを呼よび寄よせつつ、代かはり代かはりに加持かぢせさせなどなむしはべりける。

なにがしは、惜をしむべき齢よはひならねど、母ははの旅たびの空そらにて病やまひ重おもきを助たすけて、念仏ねんぶつをも心こころ乱みだれずせさせむと、仏ほとけを念ねんじたてまつり思おもうたまへしほどに、その人ひとのありさま、詳くはしうも見みたまへずなむはべりし。ことの心こころ推おし量はかり思おもうたまふるに、天狗てんぐ木霊こだまなどやうのものの、欺あざむき率ゐてたてまつりたりけるにや、となむ承うけたまはりし。

助たすけて、京きゃうに率ゐてたてまつりて後のちも、三月みつきばかりは亡なき人ひとにてなむものしたまひけるを、なにがしが妹いもうと、故こ衛門督ゑもんのかみの北きたの方かたにてはべりしが、尼あまになりてはべるなむ、一人ひとり持もちてはべりし女子をんなごを失うひて後のち、月日つきひは多おほく隔へだてはべりしかど、悲かなしび堪たへず嘆なげき思おもひたまへはべるに、同おなじ年としのほどと見みゆる人ひとの、かく容貌かたちいとうるはしくきよらなるを見出みいでたてまつりて、観音くゎんおんの賜たまへると喜よろこび思おもひて、この人ひといたづらになしたてまつらじと、惑まどひ焦いられて、泣なく泣なくいみじきことどもを申まうされしかば。

後のちになむ、かの坂本さかもとにみづから下おりはべりて、護身ごしんなど仕つかまつりしに、やうやう生いき出いでて人ひととなりたまへりけれど、なほ、この領らうじたりけるものの、身みに離はなれぬ心地ここちなむする。この悪あしきものの妨さまたげを逃のがれて、後のちの世よを思おもはむなど、悲かなしげにのたまふことどものはべりしかば、法師ほふしにては、勧すすめも申まうしつべきことにこそはとて、まことに出家しゅっけせしめたてまつりてしになむはべる。

さらに、しろしめすべきこととは、いかでかそらにさとりはべらむ。珍めづらしきことのさまにもあるを、世語よがたりにもしはべりぬべかりしかど、聞きこえありて、わづらはしかるべきことにもこそと、この老おい人びとどものとかく申まうして、この月つきごろ、音おとなくてはべりつるになむ」

 と申まうしたまへば、

さてこそあなれ

「さてこそあなれ」と、ほの聞ききて、かくまでも問とひ出いでたまへることなれど、「むげに亡なき人ひとと思おもひ果はてにし人ひとを、さは、まことにあるにこそは」と思おぼすほど、夢ゆめの心地ここちしてあさましければ、つつみもあへず涙なみだぐまれたまひぬるを、僧都そうづの恥はづかしげなるに、「かくまで見みゆべきことかは」と思おもひ返かへして、つれなくもてなしたまへど、「かく思おぼしけることを、この世よには亡なき人ひとと同おなじやうになしたること」と、過すちしたる心地ここちして、罪深つみふかければ、

「悪あしきものに領らうぜられたまひけむも、さるべき前さきの世よの契ちぎりなり。思おもふに、高たかき家いへの子こにこそものしたまひけめ、いかなる誤あやまりにて、かくまではふれたまひけむにか」

 と、問とひ申まうしたまへば、

「なま王家流わかんどほりなどいふべき筋すぢにやありけむ。ここにも、もとよりわざと思おもひしことにもはべらず。ものはかなくて見みつけそめてははべりしかど、また、いとかくまで落おちあふるべき際きはと思おもひたまへざりしを。珍めづらかに、跡あともなく消きえ失うせにしかば、身みを投なげたるにやなど、さまざまに疑うたがひ多おほくて、確たしかなることは、え聞ききはべらざりつるになむ。

罪つみ軽かるめてものすれば、いとよしと心こころやすくなむ、みづからは思おもひたまへなりぬるを、母ははなる人ひとなむ、いみじく恋こひ悲かなしぶなるを、かくなむ聞きき出いでたると、告つげ知しらせまほしくはべれど、月つきごろ隠かくさせたまひける本意ほい違たがふやうに、もの騒さわがしくやはべらむ。親おや子この仲なかの思おもひ絶たえず、悲かなしびに堪たへで、訪とぶらひものしなどしはべりなむかし」

 などのたまひて、さて、

「いと便びんなきしるべとは思おぼすとも、かの坂本さかもとに下おりたまへ。かばかり聞ききて、なのめに思おもひ過すぐすべくは思おもひはべらざりし人ひとなるを、夢ゆめのやうなることどもも、今いまだに語かたり合あはせむ、となむ思おもひたまふる」

 とのたまふけしき、いとあはれと思おもひたまへれば、

「容貌かたちを変かへ、世よを背そむきにきとおぼえたれど、髪かみ鬚ひげを剃そりたる法師ほふしだに、あやしき心こころは失うせぬもあなり。まして、女をんなの御身おほんみはいかがあらむ。いとほしう、罪つみ得えぬべきわざにもあるべきかな」

 と、あぢきなく心こころ乱みだれぬ。

「まかり下おりむこと、今日けふ明日あすは障さはりはべり。月つきたちてのほどに、御消息おほんせうそこを申まうさせはべらむ」

 と申まうしたまふ。いと心こころもとなけれど、「なほ、なほ」と、うちつけに焦いられむも、さま悪あしければ、「さらば」とて、帰かへりたまふ。

かの御弟の童

 かの御弟おほんせうとの童わらは、御供おほんともに率ゐておはしたりけり。異こと兄弟はらからどもよりは、容貌かたちもきよげなるを、呼よび出いでたまひて、

「これなむ、その人ひとの近ちかきゆかりなるを、これをかつがつものせむ。御文おほんふみ一行ひとくだり賜たまへ。その人ひととはなくて、ただ、尋たづねきこゆる人ひとなむある、とばかりの心こころを知しらせたまへ」

 とのたまへば、

「なにがし、このしるべにて、かならず罪つみ得えはべりなむ。ことのありさまは、詳くはしくとり申まうしつ。今いまは、御おほんみづから立たち寄よらせたまひて、あるべからむことはものせさせたまはむに、何なにの咎とがかはべらむ」

 と申まうしたまへば、うち笑わらひて、

「罪つみ得えぬべきしるべと思おもひなしたまふらむこそ、恥はづかしけれ。ここには、俗ぞくの形かたちにて、今いままで過すぐすなむいとあやしき。

いはけなかりしより、思おもふ心こころざし深ふかくはべるを、三条さんでうの宮みやの、心細こころぼそげにて、頼たのもしげなき身み一ひとつをよすがに思おぼしたるが、避さりがたきほだしにおぼえはべりて、かかづらひはべりつるほどに、おのづから位くらゐなどいふことも高たかくなり、身みのおきても心こころにかなひがたくなどして、思おもひながら過すぎはべるには、またえ避さらぬことも、数かずのみ添そひつつは過すぐせど、公私おほやけわたくしに、逃のがれがたきことにつけてこそ、さもはべらめ、さらでは、仏ほとけの制せいしたまふ方かたのことを、わづかにも聞きき及およばむことは、いかで過すたじと、慎つつしみて、心こころの内うちは聖ひじりに劣おとりはべらぬものを。

まして、いとはかなきことにつけてしも、重おもき罪つみ得うべきことは、などてか思おもひたまへむ。さらにあるまじきことにはべり。疑うたがひ思おぼすまじ。ただ、いとほしき親おやの思おもひなどを、聞ききあきらめはべらむばかりなむ、うれしう心こころやすかるべき」

 など、昔むかしより深ふかかりし方かたの心こころを語かたりたまふ。

 僧都そうづも、げにと、うなづきて、

「いとど尊たふときこと」

 など聞きこえたまふほどに、日ひも暮くれぬれば、

「中宿なかやどりもいとよかりぬべけれど、うはの空そらにてものしたらむこそ、なほ便びんなかるべけれ」

 と、思おもひわづらひて帰かへりたまふに、この弟おとうとの童わらはを、僧都そうづ、目め止とめてほめたまふ。

「これにつけて、まづほのめかしたまへ」

 と聞きこえたまへば、文ふみ書かきて取とらせたまふ。

「時々ときどきは山やまにおはして遊あそびたまへよ」と「すずろなるやうには思おぼすまじきゆゑもありけり」

 と、うち語かたらひたまふ。この子こは心こころも得えねど、文ふみ取とりて御供おほんともに出いづ。坂本さかもとになれば、御前ごぜんの人ひとびとすこし立たちあかれて、「忍しのびやかにを」とのたまふ。

小野には、いと深く茂りたる

 小野をのには、いと深ふかく茂しげりたる青あを葉はの山やまに向むかひて、紛まぎるることなく、遣水やりみづの蛍ほたるばかりを、昔むかしおぼゆる慰なぐさめにて眺ながめゐたまへるに、例れいの、遥はるかに見みやらるる谷たにの軒端のきばより、前駆さき心こころことに追おひて、いと多おほう灯ともしたる火ひの、のどかならぬ光ひかりを見みるとて、尼君あまぎみたちも端はしに出いでゐたり。

「誰たがおはするにかあらむ。御前ごぜんなどいと多おほくこそ見みゆれ」

「昼ひる、あなたに引干ひきぼしたてまつれたりつる返かへり事ことに、大将だいしゃう殿とのおはしまして、御饗応おほんあるじのことにはかにするを、いとよき折をりなりと、こそありつれ」

「大将だいしゃう殿とのとは、この女二をんなにの宮みやの御夫おほんをとこにやおはしつらむ」

 など言いふも、いとこの世よ遠とほく、田舎ゐなかびにたりや。まことにさにやあらむ。時々ときどき、かかる山路やまぢ分わけおはせし時とき、いとしるかりし随身ずいじんの声こゑも、うちつけにまじりて聞きこゆ。

 月日つきひの過すぎゆくままに、昔むかしのことのかく思おもひ忘わすれぬも、「今いまは何なににすべきことぞ」と心憂こころうければ、阿弥陀仏あみだぶつに思おもひ紛まぎらはして、いとどものも言いはでゐたり。横川よかはに通かよふ人ひとのみなむ、このわたりには近ちかきたよりなりける。

かの殿は、この子をやがてやらむ

 かの殿とのは、「この子こをやがてやらむ」と思おぼしけれど、人目ひとめ多おほくて便びんなければ、殿とのに帰かへりたまひて、またの日ひ、ことさらにぞ出いだし立たてたまふ。睦むつましく思おぼす人ひとの、ことことしからぬ二に、三人さんにん、送おくりにて、昔むかしも常つねに遣つかはしし随身ずいじん添そへたまへり。人ひと聞きかぬ間まに呼よび寄よせたまひて、

「あこが亡うせにし姉いもうとの顔かほは、おぼゆや。今いまは世よに亡なき人ひとと思おもひ果はてにしを、いと確たしかにこそ、ものしたまふなれ。疎うとき人ひとには聞きかせじと思おもふを、行ゆきて尋たづねよ。母ははに、いまだしきに言いふな。なかなか驚おどろき騒さわがむほどに、知しるまじき人ひとも知しりなむ。その親おやの御思みおもひのいとほしさにこそ、かくも尋たづぬれ」

 と、まだきにいと口固くちがためたまふを、幼をさなき心地ここちにも、姉弟はらからは多おほかれど、この君きみの容貌かたちをば、似にるものなしと思おもひしみたりしに、亡うせたまひにけりと聞ききて、いと悲かなしと思おもひわたるに、かくのたまへば、うれしきにも涙なみだの落おつるを、恥はづかしと思おもひて、

「を、を」

 と荒あららかに聞きこえゐたり。

 かしこには、まだつとめて、僧都そうづの御おほんもとより、

「昨夜よべ、大将だいしゃう殿とのの御使おほんつかひにて、小君こぎみや参まうでたまへりし。ことの心こころ承うけたまはりしに、あぢきなく、かへりて臆おくしはべりてなむ、と姫君ひめぎみに聞きこえたまへ。みづから聞きこえさすべきことも多おほかれど、今日けふ明日あす過すぐしてさぶらふべし」

 と書かきたまへり。「これは何なにごとぞ」と尼君あまぎみ驚おどろきて、こなたへもて渡わたりて見みせたてまつりたまへば、面おもてうち赤あかみて、「ものの聞きこえのあるにや」と苦くるしう、「もの隠かくししける」と恨うらみられむを思おもひ続つづくるに、いらへむ方かたなくてゐたまへるに、

「なほ、のたまはせよ。心憂こころうく思おぼし隔へだつること」

 と、いみじく恨うらみて、ことの心こころを知しらねば、あわたたしきまで思おもひたるほどに、

「山やまより、僧都そうづの御消息おほんせうそこにて、参まゐりたる人ひとなむある」

 と言いひ入いれたり。

あやしけれど、これこそは

 あやしけれど、「これこそは、さは、確たしかなる御消息おほんせうそこならめ」とて、

「こなたに」

 と言いはせたれば、いときよげにしなやかなる童わらはの、えならず装束さうぞくきたるぞ、歩あゆみ来きたる。円座わらふださし出いでたれば、簾すだれのもとについゐて、

「かやうにては、さぶらふまじくこそは、僧都そうづは、のたまひしか」

 と言いへば、尼君あまぎみぞ、いらへなどしたまふ。文ふみ取とり入いれて見みれば、

「入道にふだうの姫君ひめぎみの御方おほんかたに、山やまより」

 とて、名な書かきたまへり。あらじなど、あらがふべきやうもなし。

 いとはしたなくおぼえて、いよいよ引ひき入いられて、人ひとに顔かほも見合みあはせず。

「常つねにほこりかならずものしたまふ人柄ひとがらなれど、いとうたて、心憂こころうし」

 など言いひて、僧都そうづの御文おほんふみ見みれば、

「今朝けさ、ここに大将だいしゃう殿とののものしたまひて、御おほんありさま尋たづね問とひたまふに、初はじめよりありしやう詳くはしく聞きこえはべりぬ。御心みこころざし深ふかかりける御仲おほんなかを背そむきたまひて、あやしき山賤やまがつの中なかに出家しゅっけしたまへること、かへりては、仏ほとけの責せめ添そふべきことなるをなむ、承うけたまはり驚おどろきはべる。

いかがはせむ。もとの御契おほんちぎり過すちたまはで、愛執あいしふの罪つみをはるかしきこえたまひて、一日ひとひの出家しゅっけの功徳くどくは、はかりなきものなれば、なほ頼たのませたまへとなむ。ことごとには、みづからさぶらひて申まうしはべらむ。かつがつ、この小君こぎみ聞きこえたまひてむ」

 と書かいたり。

まがふべくもあらず

 まがふべくもあらず、書かき明あらめたまへれど、異人ことひとは心こころも得えず。

「この君きみは、誰たれにかおはすらむ。なほ、いと心憂こころうし。今いまさへ、かくあながちに隔へだてさせたまふ」

 と責せめられて、すこし外ほかざまに向むきて見みたまへば、この子こは、今いまはと世よを思おもひなりし夕暮ゆふぐれに、いと恋こひしと思おもひし人ひとなりけり。同おなじ所ところにて見みしほどは、いと性さがなく、あやにくにおごりて憎にくかりしかど、母ははのいとかなしくして、宇治うぢにも時々ときどき率ゐておはせしかば、すこしおよすけしままに、かたみに思おもへり。

 童わらは心こころを思おもひ出いづるにも、夢ゆめのやうなり。まづ、母ははのありさま、いと問とはまほしく、「異人ことひとびとの上うへは、おのづからやうやうと聞きけど、親おやのおはすらむやうは、ほのかにもえ聞きかずかし」と、なかなかこれを見みるに、いと悲かなしくて、ほろほろと泣なかれぬ。

 いとをかしげにて、すこしうちおぼえたまへる心地ここちもすれば、

「御兄弟おほんはらからにこそおはすめれ。聞きこえまほしく思おぼすこともあらむ。内うちに入いれたてまつらむ」

 と言いふを、「何なにか、今いまは世よにあるものとも思おもはざらむに、あやしきさまに面変おもがはりして、ふと見みえむも恥はづかし」と思おもへば、とばかりためらひて、

「げに、隔へだてありと、思おぼしなすらむが苦くるしさに、ものも言いはれでなむ。あさましかりけむありさまは、珍めづらかなることと見みたまひてけむを、うつし心こころも失うせ、魂たましひなどいふらむものも、あらぬさまになりにけるにやあらむ。いかにもいかにも、過すぎにし方かたのことを、我われながらさらにえ思おもひ出いでぬに、紀伊守きいのかみとかありし人ひとの、世よの物語ものがたりすめりし中なかになむ、見みしあたりのことにやと、ほのかに思おもひ出いでらるることある心地ここちせし。

その後のち、とざまかうざまに思おもひ続つづくれど、さらにはかばかしくもおぼえぬに、ただ一人ひとりものしたまひし人ひとの、いかでとおろかならず思おもひためりしを、まだや世よにおはすらむと、そればかりなむ心こころに離はなれず、悲かなしき折々をりをりはべるに、今日けふ見みれば、この童わらはの顔かほは、小ちひさくて見みし心地ここちするにも、いと忍しのびがたけれど、今いまさらに、かかる人ひとにも、ありとは知しられでやみなむ、となむ思おもひはべる。

かの人ひと、もし世よにものしたまはば、それ一人ひとりになむ、対面たいめんせまほしく思おもひはべる。この僧都そうづの、のたまへる人ひとなどには、さらに知しられたてまつらじ、とこそ思おもひはべりつれ。かまへて、ひがことなりけりと聞きこえなして、もて隠かくしたまへ」

 とのたまへば、

「いと難かたいことかな。僧都そうづの御心みこころは、聖ひじりといふなかにも、あまり隈くまなくものしたまへば、まさに残のこいては、聞きこえたまひてむや。後のちに隠かくれあらじ。なのめに軽々かるがるしき御おほんほどにもおはしまさず」

 など言いひ騷さわぎて、

「世よに知しらず心強こころづよくおはしますこそ」

 と、皆みな言いひ合あはせて、母屋もやの際きはに几帳きちゃう立たてて入いれたり。

この子も、さは聞きつれど

 この子こも、さは聞ききつれど、幼をさなければ、ふと言いひ寄よらむもつつましけれど、

「またはべる御文おほんふみ、いかでたてまつらむ。僧都そうづの御おほんしるべは、確たしかなるを、かくおぼつかなくはべるこそ」

 と、伏目ふしめにて言いへば、

「そそや。あな、うつくし」

 など言いひて、

「御文おほんふみ御覧ごらんずべき人ひとは、ここにものせさせたまふめり。見証けそうの人ひとなむ、いかなることにかと、心得こころえがたくはべるを、なほのたまはせよ。幼をさなき御おほんほどなれど、かかる御おほんしるべに頼たのみきこえたまふやうもあらむ」

 など言いへど、

「思おぼし隔へだてて、おぼおぼしくもてなさせたまふには、何事なにごとをか聞きこえはべらむ。疎うとく思おぼしなりにければ、聞きこゆべきこともはべらず。ただ、この御文おほんふみを、人伝ひとづてならでたてまつれ、とてはべりつる、いかでたてまつらむ」

 と言いへば、

「いとことわりなり。なほ、いとかくうたてなおはせそ。さすがにむくつけき御心みこころにこそ」

 と聞きこえ動うごかして、几帳きちゃうのもとに押おし寄よせたてまつりたれば、あれにもあらでゐたまへるけはひ、異人ことひとには似にぬ心地ここちすれば、そこもとに寄よりてたてまつりつ。

「御返おほんかへり疾とく賜たまはりて、参まゐりなむ」

 と、かく疎々うとうとしきを、心憂こころうしと思おもひて急いそぐ。

 尼君あまぎみ、御文おほんふみひき解ときて、見みせたてまつる。ありしながらの御手おほんてにて、紙かみの香かなど、例れいの、世よづかぬまでしみたり。ほのかに見みて、例れいの、ものめでのさし過すぎ人びと、いとありがたくをかしと思おもふべし。

「さらに聞きこえむ方かたなく、さまざまに罪つみ重おもき御心みこころをば、僧都そうづに思おもひ許ゆるしきこえて、今いまはいかで、あさましかりし世よの夢語ゆめがたりをだに、と急いそがるる心こころの、我われながらもどかしきになむ。まして、人目ひとめはいかに」

 と、書かきもやりたまはず。

「法のりの師しと尋たづぬる道みちをしるべにて思おもはぬ山やまに踏ふみ惑まどふかな

この人ひとは、見みや忘わすれたまひぬらむ。ここには、行方ゆくへなき御形見おほんかたみに見みる物ものにてなむ」

 など、こまやかなり。

かくつぶつぶと書きたまへる

 かくつぶつぶと書かきたまへるさまの、紛まぎらはさむ方かたなきに、さりとて、その人ひとにもあらぬさまを、思おもひの外ほかに見みつけられきこえたらむほどの、はしたなさなどを思おもひ乱みだれて、いとど晴はれ晴はれしからぬ心こころは、言いひやるべき方かたもなし。

 さすがにうち泣なきて、ひれ臥ふしたまへれば、「いと世よづかぬ御おほんありさまかな」と、見みわづらひぬ。

「いかが聞きこえむ」

 など責せめられて、

「心地ここちのかき乱みだるやうにしはべるほど、ためらひて、今いま聞きこえむ。昔むかしのこと思おもひ出いづれど、さらにおぼゆることなく、あやしう、いかなりける夢ゆめにかとのみ、心こころも得えずなむ。すこし静しづまりてや、この御文おほんふみなども、見知みしらるることもあらむ。今日けふは、なほ持もて参まゐりたまひね。所ところ違たがへにもあらむに、いとかたはらいたかるべし」

 とて、広ひろげながら、尼君あまぎみにさしやりたまへれば、

「いと見苦みぐるしき御おほんことかな。あまりけしからぬは、見みたてまつる人ひとも、罪つみさりどころなかるべし」

 など言いひ騒さわぐも、うたて聞ききにくくおぼゆれば、顔かほも引ひき入いれて臥ふしたまへり。

 主人あるじぞ、この君きみに物語ものがたりすこし聞きこえて、

「もののけにやおはすらむ。例れいのさまに見みえたまふ折をりなく、悩なやみわたりたまひて、御容貌おほんかたちも異ことになりたまへるを、尋たづねきこえたまふ人ひとあらば、いとわづらはしかるべきこと、と見みたてまつり嘆なげきはべりしも、しるく、かくいとあはれに、心苦こころぐるしき御おほんことどもはべりけるを、今いまなむ、いとかたじけなく思おもひはべる。

日ひごろも、うちはへ悩なやませたまふめるを、いとどかかることどもに思おぼし乱みだるるにや、常つねよりもものおぼえさせたまはぬさまにてなむ」

 と聞きこゆ。

所につけてをかしき饗応

 所ところにつけてをかしき饗応あるじなどしたれど、幼をさなき心地ここちは、そこはかとなくあわてたる心地ここちして、

「わざとたてまつれさせたまへるしるしに、何事なにごとをかは聞きこえさせむとすらむ。ただ一言ひとことをのたまはせよかし」

 など言いへば、

「げに」

 など言いひて、かくなむ、と移うつし語かたれど、ものものたまはねば、かひなくて、

「ただ、かく、おぼつかなき御おほんありさまを聞きこえさせたまふべきなめり。雲くもの遥はるかに隔へだたらぬほどにもはべるめるを、山やま風かぜ吹ふくとも、またもかならず立たち寄よらせたまひなむかし」

 と言いへば、すずろにゐ暮くらさむもあやしかるべければ、帰かへりなむとす。人ひと知しれずゆかしき御おほんありさまをも、え見みずなりぬるを、おぼつかなく口惜くちをしくて、心こころゆかずながら参まゐりぬ。

 いつしかと待まちおはするに、かくたどたどしくて帰かへり来きたれば、すさまじく、「なかなかなり」と、思おぼすことさまざまにて、「人ひとの隠かくし据すゑたるにやあらむ」と、わが御心みこころの思おもひ寄よらぬ隈くまなく、落おとし置おきたまへりしならひに、とぞ本もとにはべめる。

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