『源氏物語』第7帖「紅葉賀」原文全文を読む|読みやすいふりがな付き

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」国貞『源氏香の図』

 このページでは、『源氏物語』第7帖「紅葉賀」の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『源氏物語』第7帖「紅葉賀」現代語訳全文をご覧ください。

目次

朱雀院の行幸は

 朱雀院すざくゐん行幸ぎゃうがうは、神無月かむなづき十日とをかあまりなり。つねならず、おもしろかるべきたびのことなりければ、御方々おほんかたがた物見ものみたまはぬことを口惜くちをしがりたまふ。うへも、藤壺ふぢつぼたまはざらむをかずおぼさるれば、試楽しがく御前おまへにてせさせたまふ。

 源氏げんじ中将ちうじゃうは、青海波せいがいはをぞひたまひける。片手かたてには大殿おほとの頭中将とうのちうじゃう。かたち、用意よういひとにはことなるを、ならびてはなほはなのかたはらの深山木みやまぎなり。かた日影ひかげさやかにさしたるに、がくこゑまさり、もののおもしろきほどに、おな足踏あしぶみ、おももち、えぬさまなり。えいなどしたまへるは、「これやほとけおほん迦陵頻伽かれうびんがこゑならむ」とこゆ。おもしろくあはれなるに、みかどなみだのごひたまひ、上達部かむだちめ親王みこたちもみなきたまひぬ。えいてて、そでうちなほしたまへるに、ちとりたるがくのにぎははしきに、かほいろあひまさりて、つねよりもひかるとえたまふ。

 春宮とうぐう女御にょうご、かくめでたきにつけてもただならずおぼして、

かみなどそらにめでつべきかたちかな。うたてゆゆし」

 とのたまふを、わか女房にょうばうなどは心憂こころうしとみみとどめけり。藤壺ふぢつぼは、「おほけなきこころのなからましかば、ましてめでたくえまし」とおぼすに、ゆめ心地ここちなむしたまひける。

 みやは、やがて御宿直おほんとのゐなりける。

今日けふ試楽しがくは、青海波せいがいはにことみなきぬな。いかがたまひつる」

 と、こえたまへば、あいなうおほんいらへこえにくくて、

「ことにはべりつ」

 とばかりこえたまふ。

片手かたてもけしうはあらずこそえつれ。のさまづかひなむいへはことなる。このたるをとこどもも、げにいとかしこけれど、ここしうなまめいたるすぢをえなむせぬ。こころみのかくくしつれば、紅葉もみぢかげやさうざうしくとおもへど、せたてまつらんのこころにて、用意よういせさせつる」

 などこえたまふ。

つとめて、中将君

 つとめて、中将ちうじゃうきみ

「いかに御覧ごらんじけむ。らぬみだ心地ここちながらこそ。

ものおもふにふべくもあらぬそでうちりしこころりきや

あなかしこ」

 とある御返おほんかへり、もあやなりしおほんさまかたちに、たまひしのばれずやありけむ、

唐人からひとそでることはとほけれどにつけてあはれとは

大方おほかたには」

 とあるを、かぎりなうめづらしう、「かやうのかたさへたどたどしからず、ひとの朝廷みかどまでおもほしやれる御后おほんきさき言葉ことばのかねても」とほほまれて、持経ぢきゃうのやうにきひろげてゐたまへり。

行幸には、親王たちなど

 行幸ぎゃうがうには、親王みこたちなどのこひとなくつかうまつりたまへり。春宮とうぐうもおはします。れいの、がくふねどもぎめぐりて、唐土もろこし高麗こまくしたるども、くさおほかり。がくこゑつづみおとひびかす。

 一日ひとひ源氏げんじ御夕影おほんゆふかげゆゆしうおぼされて、御誦経みずきゃうなど所々ところどころにせさせたまふを、ひともことわりとあはれがりこゆるに、春宮とうぐう女御にょうごは、「あながちなり」とにくこえたまふ。垣代かいしろなど、殿上人てんじゃうびと地下ぢげも、こころことなりとひとおもはれたる有職いうそくかぎ調ととのへさせたまへり。宰相さいしゃう二人ふたり左衛門督さゑもんのかみ右衛門督うゑもんのかみ左右ひだりみぎがくのことおこなふ。どもなど、になべてならぬをりつつ、おのおのこもりゐてなむならひける。

 木高こだか紅葉もみぢかげに、四十人よそびと垣代かいしろらずてたるものどもにあひたる松風まつかぜ、まことの深山みやまおろしとこえてきまよひ、色々いろいろなかより、青海波せいがいはのかかやきでたるさま、いとおそろしきまでゆ。かざしの紅葉もみぢいたうぎて、かほのにほひにけおされたる心地ここちすれば、御前おまへなるきくりて、左大将さだいしゃうさしかへたまふ。日暮ひくれかかるほどに、けしきばかりうちしぐれて、そらのけしきさへ見知みしがほなるに、さるいみじき姿すがたきく色々いろいろうつろひ、えならぬをかざして、今日けふはまたなきくしたる入綾いりあやのほど、そぞろさむく、こののことともおぼえず。もの見知みしるまじき下人しもびとなどの、のもと、岩隠いはがくれ、やまうづもれたるさへ、すこしもののこころるはなみだとしけり。

 承香殿しょうきゃうでんおほんはら御子みこ、まだわらはにて、秋風楽しうふうらくひたまへるなむ、さしつぎの見物みものなりける。これらにおもしろさのきにければ、他事ことごとうつらず、かへりてはことざましにやありけむ。その源氏げんじ中将ちうじゃう正三位じゃうざむゐしたまふ。頭中将とうのちうじゃう正下じゃうげ加階かかいしたまふ。上達部かむだちめは、みなさるべきかぎりよろこびしたまふも、このきみかれたまへるなれば、ひとをもおどろかし、こころをもよろこばせたまふ、むかしゆかしげなり。

宮は、そのころまかでたまひぬれば

 みやは、そのころまかでたまひぬれば、れいの、ひまもや、とうかがひありきたまふをことにて、大殿おほいどのにはさわがれたまふ。いとどかの若草わかくさたづねとりたまひてしを、

二条院にでうのゐんにはひとむかへたまふなり」

 とひとこえければ、いとこころづきなしとおもいたり。「うちうちのありさまはりたまはず、さもおぼさむはことわりなれど、こころうつくしく、れいひとのやうにうらみのたまはば、われもうらなくうちかたりて、なぐさめきこえてんものを、おもはずにのみとりないたまふこころづきなさに、さもあるまじきすさびごともるぞかし。ひとおほんありさまの、かたほにそのことのかぬとおぼゆるきずもなし。ひとよりさきたてまつりそめてしかば、あはれにやむごとなくおもひきこゆるこころをも、りたまはぬほどこそあらめ、つひにはおぼしなほされなむ」と、おだしく軽々かるがるしからぬ御心みこころのほども、おのづからとたのまるるかたはことなりけり。

幼き人は、見ついたまふままに

 をさなひとは、ついたまふままに、いとよきこころざま、かたちにて、何心なにごころもなくむつれまとはしきこえたまふ。「しばし殿とのうちひとにもれとらせじ」とおぼして、なほはなれたるたいおほんしつらひなくして、われりおはして、よろづの御事おほんことどもををしへきこえたまひ、手本てほんきてならはせなどしつつ、ただほかなりけるおほんむすめをむかへたまへらむやうにぞおぼしたる。政所まむどころ家司けいしなどをはじめ、ことにかちてこころもとなからずつかうまつらせたまふ。惟光これみつよりほかのひとは、おぼつかなくのみおもひきこえたり。かの父宮ちちみやもえりきこえたまはざりけり。

 姫君ひめぎみは、なほ時々ときどきおもできこえたまふとき尼君あまぎみひきこえたまふをりおほかり。きみのおはするほどはまぎらはしたまふを、などは、時々ときどきこそまりたまへ、ここかしこの御暇おほんいとまなくて、るればでたまふを、したひきこえたまふをりなどあるを、いとらうたくおもひきこえたまへり。三日さんにち内裏うちにさぶらひ、大殿おほとのにもおはするをりは、いといたくしなどしたまへば、心苦こころぐるしうて、ははなきたらむ心地ここちして、ありきも静心しづごころなくおぼえたまふ。僧都そうづはかくなむときたまひて、あやしきものからうれしとなむおもほしける。かの御法事おほんほふじなどしたまふにも、いかめしうとぶらひきこえたまへり。

藤壺のまかでたまへる三条の宮に

 藤壺ふぢつぼのまかでたまへる三条さんでうみやに、おほんありさまもゆかしうてまゐりたまへれば、命婦みゃうぶ中納言ちうなごんきみ中務なかつかさなどやうの人々ひとびと対面たいめんしたり。「けざやかにももてなしたまふかな」と、やすからずおもへど、しづめて、大方おほかた御物語おほんものがたこえたまふほどに、兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやまゐりたまへり。

 このきみおはすときたまひて対面たいめんしたまへり。いとよしあるさまして、いろめかしうなよびたまへるを、をんなにてむはをかしかりぬべく、ひとれずたてまつりたまふにも、かたがたむつましくおぼえたまひて、こまやかに御物語おほんものがたりなどこえたまふ。みやも、このおほんさまのつねよりことになつかしううちとけたまへるを、いとめでたしとたてまつりたまひて、婿むこになどはおぼしらで、をんなにてばやといろめきたる御心みこころにはおもほす。

 れぬれば、御簾みすうちりたまふを、うらやましく、むかしうへおほんもてなしに、いとけちかく、ひとづてならでものをもこえたまひしを、こよなううとみたまへるも、つらうおぼゆるぞわりなきや。

「しばしばもさぶらふべけれど、ことぞとはべらぬほどは、おのづからおこたりはべるを、さるべきことなどは、おほもはべらむこそうれしく」

 など、すくすくしうてでたまひぬ。命婦みゃうぶもたばかりきこえむかたなく、みやおほんけしきも、ありしよりはいとどきふしにおぼしおきて、こころとけぬおほんけしきもづかしくいとほしければ、なにのしるしもなくてぎゆく。「はかなのちぎりや」とおぼしみだるること、かたみにきせず。

少納言は、おぼえずをかしき世を

 少納言せうなごんは、「おぼえずをかしきるかな。これも尼上あまうへの、この御事おほんことをおぼして、おほんおこなひにもいのりきこえたまひしほとけおほんしるしにや」とおぼゆ。「大殿おほいどのいとやむごとなくておはします。ここかしこあまたかかづらひたまふをぞ、まことにおとなびたまはむほどは、むつかしきこともや」とおぼえける。されど、かくとりわきたまへるおほんおぼえのほどは、いとたのもしげなりかし。御服おほんぶく母方ははかた三月みつきこそはとて、つごもりにはがせたてまつりたまふを、またおやもなくてでたまひしかば、まばゆきいろにはあらで、くれなゐむらさき山吹やまぶきかぎれる御小袿おほんこうちきなどをたまへるさま、いみじういまめかしくをかしげなり。

男君は、朝拝に参りたまふとて

 男君をとこぎみは、朝拝てうはいまゐりたまふとて、さしのぞきたまへり。

今日けふよりは、大人おとなしくなりたまへりや」

 とてうちみたまへる、いとめでたう愛敬あいぎゃうづきたまへり。いつしかひひなをしゑて、そそきゐたまへる。三尺さんじゃく御厨子みづしひとよろひに、品々しなじなしつらひゑて、またちひさきどもつくあつめてたてまつりたまへるを、ところせきまであそびひろげたまへり。

やらふとて、犬君いぬきがこれをこぼちはべりにければ、つくろひはべるぞ」

 とて、いとおほことおもいたり。

「げに、いとこころなきひとのしわざにもはべなるかな。いまつくろはせはべらむ。今日けふして、ないたまひそ」

 とて、でたまふけしき、ところせきを、人々ひとびとはしでてたてまつれば、姫君ひめぎみでてたてまつりたまひて、ひひなのなかの源氏げんじきみつくろひたてて、内裏うちまゐらせなどしたまふ。

いまとしだにすこしおとなびさせたまへ。とをにあまりぬるひとは、ひひなあそびはみはべるものを。かくおほんをとこなどまうけたてまつりたまひては、あるべかしうしめやかにてこそ、えたてまつらせたまはめ。御髪みぐしまゐるほどをだに、ものくせさせたまふ」

 など、少納言せうなごんこゆ。御遊おほんあそびにのみこころれたまへれば、づかしとおもはせたてまつらむとてへば、こころのうちに、「われはさはをとこまうけてけり。この人々ひとびとをとことてあるは、みにくくこそあれ。われはかくをかしげにわかひとをもたりけるかな」と、いまおもほしりける。さはいへど、御年おほんとしかずふしるしなめりかし。かくをさなおほんけはひの、ことにれてしるければ、殿とののうちの人々ひとびともあやしとおもひけれど、いとかうづかぬおほん添臥そひぶしならむとはおもはざりけり。

内裏より大殿にまかでたまへれば

 内裏うちより大殿おほいどのにまかでたまへれば、れいのうるはしうよそほしきおほんさまにて、こころうつくしきおほんけしきもなくくるしければ、

いまとしよりだに、すこしづきてあらためたまふ御心みこころえば、いかにうれしからむ」

 などこえたまへど、「わざとひとゑてかしづきたまふ」ときたまひしよりは、「やむごとなくおぼしさだめたることにこそは」とこころのみかれて、いとどうとづかしくおぼさるべし。しひて見知みしらぬやうにもてなして、みだれたるおほんけはひには、えしも心強こころづよからず、おほんいらへなどうちこえたまへるは、なほひとよりはいとことなり。

 四年よとせばかりがこのかみにおはすれば、うちぐし、づかしげに、さかりにととのほりてえたまふ。「なにことかはこのひとかぬところはものしたまふ。こころのあまりけしからぬすさびに、かくうらみられたてまつるぞかし」と、おぼしらる。おな大臣おとどこゆるなかにも、おぼえやむごとなくおはするが、宮腹みやばらひとひといつきかしづきたまふ御心みこころおごりいとこよなくて、「すこしもおろかなるをば、めざまし」とおもひきこえたまへるを、男君をとこぎみは、「などかいとさしも」と、ならはいたまふ、御心みこころへだてどもなるべし。

 大臣おとども、かくたのもしげなき御心みこころを、つらしとおもひきこえたまひながら、たてまつりたまふときは、うらみもわすれてかしづきいとなみきこえたまふ。つとめて、でたまふところにさしのぞきたまひて、御装束おほんさうぞくしたまふに、たか御帯おほんおび御手おほんてづからたせてわたりたまひて、御衣おほんぞのうしろひきつくろひなど、おほんくつらぬばかりにしたまふ、いとあはれなり。

「これは、内宴ないえむなどいふこともはべるなるを、さやうのをりにこそ」

 などこえたまへば、

「それはまされるもはべり。これはただ目馴めなれぬさまなればなむ」

 とて、しひてささせたてまつりたまふ。げに、よろづにかしづきててたてまつりたまふに、けるかひあり、たまさかにても、かからむひとだしれてみんにますことあらじ、とえたまふ。

参座しにとても

 参座さむざしにとても、あまたところありきたまはず、内裏うち春宮とうぐう一院いちのゐんばかり、さては、藤壺ふぢつぼ三条さんでうみやにぞまゐりたまへる。

今日けふはまたことにもえたまふかな。ねびたまふままに、ゆゆしきまでなりまさりたまふおほんありさまかな」

 と、人々ひとびとめできこゆるを、みや几帳きちゃうひまよりほのたまふにつけても、おもほすことしげかりけり。

 この御事おほんことの、師走しはすぎにしがこころもとなきに、このつきはさりともと宮人みやびとちきこえ、内裏うちにもさる御心みこころまうけどもあり、つれなくてちぬ。おほんもののけにやとひとこえさわぐを、みや、いとわびしう、「このことにより、のいたづらになりぬべきこと」とおぼしなげくに、御心地みここちもいとくるしくてなやみたまふ。

 中将ちうじゃうきみは、いとどおもひあはせて、御修法みすほふなど、さとはなくて所々ところどころにせさせたまふ。なかさだめなきにつけても、かくはかなくてやみなむと、あつめてなげきたまふに、二月きさらぎ十余日じふよにちのほどに、をとこ御子みこまれたまひぬれば、名残なごりなく内裏うちにも宮人みやびとよろこびきこえたまふ。

 いのちながくもとおもほすは心憂こころうけれど、弘徽殿こきでんなどのうけはしげにのたまふときしを、むなしくきなしたまはましかば、ひとわらはれにやとおぼしつよりてなむ、やうやうすこしづつさはやいたまひける。

 うへの、いつしかとゆかしげにおぼししたることかぎりなし。かのひとれぬ御心みこころにも、いみじうこころもとなくて、人間ひとままゐりたまひて、

うへのおぼつかながりきこえさせたまふを、まづたてまつりてくはしくそうしはべらむ」

 とこえたまへど、

「むつかしげなるほどなれば」

 とて、せたてまつりたまはぬもことわりなり。さるは、いとあさましう、めづらかなるまでうつりたまへるさま、たがふべくもあらず。みやの、御心みこころおににいとくるしく、「ひとたてまつるも、あやしかりつるほどのあやまりを、まさにひとおもとがめじや。さらぬはかなきことをだに、きずもとむるに、いかなるのつひにづべきにか」とおぼしつづくるに、のみぞいと心憂こころうき。

 命婦みゃうぶきみに、たまさかにひたまひて、いみじきどもをくしたまへど、なにのかひあるべきにもあらず。若宮わかみや御事おほんことを、わりなくおぼつかながりきこえたまへば、

「など、かうしもあながちにのたまはすらむ。いまおのづからたてまつらせたまひてむ」

 とこえながら、おもへるけしきかたみにただならず。かたはらいたきことなれば、まほにもえのたまはで、

「いかならむに、ひとづてならでこえさせむ」

 とて、いたまふさまぞ、心苦こころぐるしき。

「いかさまにむかしむすべるちぎりにてこのにかかるなかのへだてぞ

かかることこそこころがたけれ」

 とのたまふ。

 命婦みゃうぶも、みやおもほしたるさまなどをたてまつるに、えはしたなうもさしはなちきこえず。

てもおもぬはたいかになげくらむこやひとのまどふてふやみ

あはれにこころゆるびなきおほんことどもかな」

 と、しのびてこえけり。

 かくのみひやるかたなくて、かへりたまふものからひとのものひもわづらはしきを、わりなきことにのたまはせおぼして、命婦みゃうぶをも、むかしおぼいたりしやうにも、うちとけむつびたまはず。人目ひとめつまじく、なだらかにもてなしたまふものから、こころづきなしとおぼすときもあるべきを、いとわびしくおもひのほかなる心地ここちすべし。

四月に内裏へ参りたまふ

 四月うづき内裏うちまゐりたまふ。ほどよりはおほきにおよすけたまひて、やうやうかへりなどしたまふ。あさましきまで、まぎれどころなき御顔おほんかほつきを、おぼしらぬことにしあれば、「またならびなきどちは、げにかよひたまへるにこそは」とおもほしけり。いみじうおもほしかしづくことかぎりなし。源氏げんじきみかぎりなきものにおぼししながら、ひとのゆるしきこゆまじかりしによりて、ばうにもゑたてまつらずなりにしを、かず口惜くちをしう、ただひとにてかたじけなきおほんありさま、かたちに、ねびもておはするを御覧ごらんずるままに、心苦こころぐるしくおぼしすを、「かうやむごとなきおほんはらに、おなひかりにてさしでたまへれば、きずなきたま」とおぼしかしづくに、みやはいかなるにつけても、むねのひまなく、やすからずものをおもほす。

 れいの、中将ちうじゃうきみ、こなたにて御遊おほんあそびなどしたまふに、いだでたてまつらせたまひて、

御子みこたちあまたあれど、そこをのみなむかかるほどよりし。さればおもひわたさるるにやあらむ、いとよくこそおぼえたれ。いとちひさきほどは、みなかくのみあるわざにやあらむ」

 とて、いみじくうつくしとおもひきこえさせたまへり。

 中将ちうじゃうきみおもていろはる心地ここちして、おそろしうも、かたじけなくも、うれしくも、あはれにも、かたがたうつろふ心地ここちして、なみだちぬべし。ものかたりなどして、うちみたまへるが、いとゆゆしううつくしきに、わがながら、これにたらむはいみじういたはしうおぼえたまふぞ、あながちなるや。みやは、わりなくかたはらいたきに、あせながれてぞおはしける。中将ちうじゃうは、なかなかなる心地ここちみだるやうなれば、まかでたまひぬ。

 わがおほんかたにしたまひて、むねのやるかたなきほどぐして、大殿おほいどのへとおぼす。御前おまへ前栽せんざいの、なにとなくあをみわたれるなかに、常夏とこなつのはなやかにでたるをらせたまひて、命婦みゃうぶきみのもとにきたまふことおほかるべし。

「よそへつつるにこころはなぐさまでつゆけさまさる撫子なでしこはな

はなかなんとおもひたまへしも、かひなきにはべりければ」

 とあり。さりぬべきひまにやありけむ、御覧ごらんぜさせて、

「ただちりばかり、このはなびらに」

 とこゆるを、わが御心みこころにも、ものいとあはれにおぼしらるるほどにて、

そでるるつゆのゆかりとおもふにもなほうとまれぬ大和撫子やまとなでしこ

 とばかり、ほのかにきさしたるやうなるを、よろこびながらたてまつれる、「れいのことなれば、しるしあらじかし」と、くづほれてながしたまへるに、むねうちさわぎて、いみじくうれしきにもなみだちぬ。

つくづくと臥したるにも

 つくづくとしたるにも、やるかたなき心地ここちすれば、れいの、なぐさめには西にしたいにぞわたりたまふ。しどけなくうちふくだみたまへる鬢茎びんぐき、あざれたる袿姿うちきすがたにて、ふえをなつかしうきすさびつつ、のぞきたまへれば、女君をんなぎみ、ありつるはなつゆれたる心地ここちして、したまへるさま、うつくしうらうたげなり。愛敬あいぎゃうこぼるるやうにて、おはしながらとくもわたりたまはぬ、なまうらめしかりければ、れいならず、そむきたまへるなるべし。はしかたについゐて、

「こちや」

 とのたまへど、おどろかず、

りぬるいその」

 とくちずさみて、くちおほひしたまへるさま、いみじうされてうつくし。

「あなにく。かかることくちれたまひにけりな。みるめにくはまさなきことぞよ」

 とて、ひとして御琴おほんことせてかせたてまつりたまふ。

さうことは、なかほそへがたきこそところせけれ」

 とて、平調ひゃうでうにおしくだして調しらべたまふ。はせばかりきて、さしやりたまへれば、えうらてず、いとうつくしうきたまふ。ちひさきおほんほどに、さしやりてしたまふ御手おほんてつき、いとうつくしければ、らうたしとおぼして、ふえらしつつをしへたまふ。いとさとくて、かたき調子てうしどもを、ただひとわたりにならりたまふ。大方おほかたらうらうじうをかしき御心みこころばへを、おもひしことかなふとおぼす。保曾呂惧世利ほそろぐせりといふものは、にくけれど、おもしろうきすさびたまへるに、はせまだわかけれど、拍子はうしたがはず上手じゃうずめきたり。

 大殿油おほとなぶらまゐりて、どもなど御覧ごらんずるに、でたまふべしとありつれば、人々ひとびとこわづくりきこえて、

あめりはべりぬべし」

 などふに、姫君ひめぎみれいの、心細こころぼそくてしたまへり。さして、うつぶしておはすれば、いとらうたくて、御髪みぐしのいとめでたくこぼれかかりたるをかきでて、

ひとなるほどはこひしくやある」

 とのたまへば、うなづきたまふ。

われも、一日ひとひたてまつらぬはいとくるしうこそあれど、をさなくおはするほどは、こころやすくおもひきこえて、まづくねくねしくうらむるひとこころやぶらじとおもひて、むつはしければ、しばしかくもありくぞ。おとなしくなしては、ひとへもさらにくまじ。ひとのうらみはじなどおもふも、ながうありて、おもふさまにえたてまつらんとおもふぞ」

 など、こまごまとかたらひきこえたまへば、さすがにづかしうて、ともかくもいらへきこえたまはず。やがておほんひざりかかりて寝入ねいりたまひぬれば、いと心苦こころぐるしうて、

いまよひでずなりぬ」

 とのたまへば、みなちて、御膳おものなどこなたにまゐらせたり。姫君ひめぎみこしたてまつりたまひて、

でずなりぬ」

 とこえたまへば、なぐさみてきたまへり。もろともにものなどまゐる。いとはかなげにすさびて、

「さらばたまひねかし」

 とあやふげにおもひたまへれば、かかるを見捨みすてては、いみじきみちなりとも、おもむきがたくおぼえたまふ。

 かやうにとどめられたまふ折々をりをりなどもおほかるを、おのづからひと大殿おほいどのこえければ、

れならむ。いとめざましきことにもあるかな。いままでそのひとともこえず、さやうにまつはしたはぶれなどすらんは、あてやかにこころにくきひとにはあらじ。内裏うちわたりなどにて、はかなくたまひけむひとをものめかしたまひて、ひととがめむとかくしたまふななり。こころなげにいはけてこゆるは」

 など、さぶらふ人々ひとびとこえあへり。

 内裏うちにも、かかるひとありとこしして、

「いとほしく大臣おとどおもなげかるなることも、げにものげなかりしほどを、おほなおほなかくものしたるこころを、さばかりのことたどらぬほどにはあらじを。などかなさけなくはもてなすなるらん」

 と、のたまはすれど、かしこまりたるさまにて、おほんいらへもこえたまはねば、こころゆかぬなめりといとほしくおぼしす。

「さるは、きしううちみだれて、このゆる女房にょうばうにまれ、またこなたかなたの人々ひとびとなど、なべてならずなどもこえざめるを、いかなるもののくまにかくれありきて、かくひとにもうらみらるらむ」

 とのたまはす。

帝の御年、ねびさせたまひぬれど

 みかど御年おほんとし、ねびさせたまひぬれど、かうやうのかた、えぐさせたまはず、采女うねべ女蔵人にょくらうどなどをも、かたち、こころあるをば、ことにもてはやしおぼししたれば、よしある宮仕みやづかひとおほかるころなり。はかなきことをもれたまふには、もてはなるることもありがたきに、目馴めなるるにやあらむ、げにぞあやしういたまはざめると、こころみにたはぶことこえかかりなどするをりあれど、なさけなからぬほどにうちいらへて、まことにはみだれたまはぬを、まめやかにさうざうしとおもひきこゆるひともあり。

 としいたういたる典侍ないしのすけひともやむごとなくこころばせあり、あてにおぼえたかくはありながら、いみじうあだめいたるこころざまにて、そなたにはおもからぬあるを、かうさだぐるまで、などさしもみだるらむと、いぶかしくおぼえたまひければ、たはぶことれてこころみたまふに、げなくもおもはざりける。あさまし、とおぼしながら、さすがにかかるもをかしうて、ものなどのたまひてけれど、ひとかむもふるめかしきほどなれば、つれなくもてなしたまへるを、をんなはいとつらしとおもへり。

上の御梳櫛にさぶらひけるを

 うへ御梳櫛みけづりぐしにさぶらひけるを、てにければ、うへ御袿みうちきひとしてでさせたまひぬるほどに、またひともなくて、この内侍ないしのすけつねよりもきよげに、様体やうだいかしらつきなまめきて、装束さうぞく、ありさま、いとはなやかにこのましげにゆるを、さもふるりがたうも、こころづきなくたまふものから、いかがおもふらん、さすがにぐしがたくて、すそきおどろかしたまへれば、かはぼりのえならずゑがきたるをさしかくして見返みかへりたるまみ、いたう見延みのべたれど、目皮まかはらいたくくろりて、いみじうはつれそそけたり。

 つかはしからぬあふぎのさまかなとたまひて、わがたまへるにさしかへてたまへば、あかかみのうつるばかりいろふかきに、木高こだかもりかたかくしたり。かたかたに、はいとさだぎたれど、よしなからず、

もり下草したくさいぬれば」

 などきすさびたるを、いしもあれ、うたてのこころばへやとまれながら、

もりこそなつの、とゆめる」

 とて、なにくれとのたまふも、げなく、ひとつけむとくるしきを、をんなはさもおもひたらず、

きみなれのこまさかぎたる下葉したばなりとも」

 とふさま、こよなくいろめきたり。

ささけばひとやとがめむいつとなくこまなつくめるもり木隠こがく

わづらはしさに」

 とて、ちたまふをひかへて、

「まだかかるものをこそおもひはべらね。いまさらなるになむ」

 とてくさま、いといみじ。

「いまこえむ。おもひながらぞや」

 とて、はなちてでたまふを、めておよびて、

橋柱はしばしら

 とうらみかくるを、うへ御袿みうちきてて、御障子みさうじよりのぞかせたまひけり。つかはしからぬあはひかなと、いとをかしうおぼされて、

こころなしと、つねにもてなやむめるを、さはいへど、ぐさざりけるは」

 とて、わらはせたまへば、内侍ないしのすけはなままばゆけれど、にくからぬひとゆゑは、濡衣ぬれぎぬをだにまほしがるたぐひもあなればにや、いたうもあらがひきこえさせず。

 人々ひとびとも、おもひのほかなることかなとあつかふめるを、頭中将とうのちうじゃうきつけて、「いたらぬくまなきこころにて、まだおもらざりけるよ」とおもふに、きせぬこのこころまほしうなりにければ、かたらひつきにけり。このきみひとよりはいとことなるを、かのつれなきひとおほんなぐさめにとおもひつれど、まほしきはかぎりありけるをとや。うたてのこのみや。

いたう忍ぶれば

 いたうしのぶれば、源氏げんじきみはえりたまはず。つけきこえてはまづうらみきこゆるを、よはひのほどいとほしければなぐさめむとおぼせど、かなはぬものさにいとひさしくなりにけるを、夕立ゆふだちして、名残なごりすずしきよひのまぎれに、温明殿うんめいでんのわたりをたたずみありきたまへば、この内侍ないしのすけ琵琶びはをいとをかしうきゐたり。御前おまへなどにても、男方をとこがた御遊おほんあそびにじりなどして、ことにまさるひとなき上手じゃうずなれば、ものうらめしうおぼえけるをりから、いとあはれにこゆ。

瓜作うりつくりになりやしなまし」

 と、こゑはいとをかしうてうたふぞ、すこしこころづきなき。鄂州がくしうにありけむむかしひとも、かくやをかしかりけむと、みみとまりてきたまふ。きやみて、いといたうおもみだれたるけはひなり。きみ東屋あづまやしのびやかにうたひてりたまへるに、

ひらいてませ」

 とうちへたるも、れいたがひたる心地ここちぞする。

るるひとしもあらじ東屋あづまやにうたてもかかるあめそそきかな」

 とうちなげくを、われひとりしもふまじけれど、うとましや、なにことをかくまでは、おぼゆ。

人妻ひとづまはあなわづらはし東屋あづまや真屋まやのあまりもれじとぞおもふ」

 とて、うちぎなまほしけれど、あまりはしたなくやとおもかへして、ひとしたがへば、すこしはやりかなるたはぶなどひかはして、これもめづらしき心地ここちぞしたまふ。

 頭中将とうのちうじゃうは、このきみのいたうまめだちぐして、つねにもどきたまふがねたきを、つれなくてうちうちしのびたまふかたがたおほかめるを、いかであらはさむとのみおもひわたるに、これをつけたる心地ここち、いとうれし。かかるをりに、すこしおどしきこえて、御心みこころまどはして、「りぬや」といはむとおもひて、たゆめきこゆ。

 かぜややかにうちきて、ややけゆくほどに、すこしまどろむにやとゆるけしきなれば、やをらるに、きみは、とけてしもたまはぬこころなれば、ふときつけて、この中将ちうじゃうとはおもらず、なほわすれがたくすなる修理大夫すりのかみにこそあらめとおぼすに、おとなおとなしきひとに、かくげなきふるまひをして、つけられむことは、づかしければ、

「あなわづらはし。でなむよ。蜘蛛くものふるまひはしるかりつらむものを。心憂こころうくすかしたまひけるよ」

 とて、直衣なほしばかりをりて、屏風びゃうぶのうしろにりたまひぬ。中将ちうじゃう、をかしきをねんじて、きたてまつる屏風びゃうぶのもとにりて、こほこほとたたせて、おどろおどろしくさわがすに、内侍ないしのすけはねびたれど、いたくよしばみなよびたるひとの、先々さきざきもかやうにてこころうごかす折々をりをりありければ、ならひて、いみじくこころあわたたしきにも、このきみをいかにしきこえぬるかと、わびしさに、ふるふふるふ、つとひかへたり。れとられででなばやとおぼせど、しどけなき姿すがたにて、かうぶりなどうちゆがめてはしらむ後手うしろでおもふに、いとをこなるべしとおぼしやすらふ。

 中将ちうじゃう、いかでわれられきこえじとおもひて、ものもはず、ただいみじういかれるけしきにもてなして、太刀たちけば、をんな

「あがきみ、あがきみ

 と、むかひてをするに、ほとほとわらひぬべし。このましうわかやぎてもてなしたるうはべこそ、さてもありけれ、五十ごじふしちはちひとの、うちとけてものさわげるけはひ、えならぬ二十はたち若人わかうどたちのおほんなかにてものおぢしたる、いとつきなし。かうあらぬさまにもてひがめて、おそろしげなるけしきをすれど、なかなかしるくつけたまひて、われりてことさらにするなりけりとをこになりぬ。

 そのひとなめりとたまふに、いとをかしければ、太刀たちきたるかひなをとらへて、いといたうつみたまへれば、ねたきものからえへでわらひぬ。

「まことはうつしこころかとよ。たはぶれにくしや。いでこの直衣なほしむ」

 とのたまへど、つととらへてさらにゆるしきこえず。

「さらば、もろともにこそ」

 とて、中将ちうじゃうおびをひききてがせたまへば、がじとすまふを、とかくひきしろふほどに、ほころびはほろほろとえぬ。中将ちうじゃう

「つつむめるでむきかはしかくほころぶるなかころも

うへば、しるからん」

 とふ。きみ

かくれなきものと夏衣なつごろもたるをうすこころとぞる」

 とひかはして、うらやみなきしどけな姿すがたきなされて、みなでたまひぬ。

君は、いと口惜しく

 きみは、いと口惜くちをしくつけられぬることとおもひ、したまへり。内侍ないしのすけは、あさましくおぼえければ、ちとまれる御指貫おほんさしぬきおびなど、つとめてたてまつれり。

うらみてもいふかひぞなきたちかさねきてかへりしなみのなごりに

そこもあらはに」

 とあり。面無おもなのさまやとたまふもにくけれど、わりなしとおもへりしもさすがにて、

らだちしなみこころさわがねどせけむいそをいかがうらみぬ」

 とのみなむありける。

 おびは、中将ちうじゃうのなりけり。わがおほん直衣なほしよりはいろふかしとたまふに、はた、そでもなかりけり。あやしのことどもや、ちてみだるるひとは、むべをこがましきことはおほからむ、いとど御心みこころをさめられたまふ。

 中将ちうじゃう宿直所とのゐどころより、

「これまづぢつけさせたまへ」

 とて、おしつつみておこせたるを、いかでりつらむとこころやまし。このおびざらましかばとおぼす。そのいろかみつつみて、

「なかえばかことやふとあやふさにはなだのおびりてだにず」

 とて、やりたまふ。かへり、

きみにかくられぬるおびなればかくてえぬるなかとかこたむ

のがれさせたまはじ」

 とあり。

 たけて、おのおの殿とのうへまゐりたまへり。いとしづかに、ものとほきさましておはするに、かしらきみもいとをかしけれど、公事おほやけごとおほそうくだにて、いとうるはしくすくよかなるをるも、かたみにほほまる。人間ひとまにさしりて、

「ものかくしはりぬらむかし」

 とて、いとねたげなるしりなり。

「などてかさしもあらむ。ちながらかへりけむひとこそいとほしけれ。まことは、しやなかよ」

 とはせて、

鳥籠とこやまなる」

 と、かたみにくちがたむ。

 さて、そののち、ともすればことのついでごとにむかふるくさはひなるを、いとどものむつかしきひとゆゑ、とおぼしるべし。をんなは、なほいとえんにうらみかくるを、わびしとおもひありきたまふ。中将ちうじゃういもうときみにもこえでず、ただ、さるべきをりおどしぐさにせむとぞおもひける。やむごとなきおほん腹々はらばら親王みこたちだに、うへおほんもてなしのこよなきにわづらはしがりて、いとことにりきこえたまへるを、この中将ちうじゃうは、さらにおしたれきこえじと、はかなきことにつけてもおもひいどみきこえたまふ。

 このきみひとひと姫君ひめぎみおほんひとはらなりける。みかど御子みこといふばかりにこそあれ、われも、おな大臣おとどこゆれど、おほんおぼえことなるが、皇女腹みこばらにてまたなくかしづかれたるは、なにばかりおとるべききはとおぼえたまはぬなるべし。ひとがらもあるべきかぎりととのひて、なにこともあらまほしく、あしらひてぞものしたまひける。このおほんなかどものいどみこそ、あやしかりしか。されどうるさくてなむ。

七月にぞ后ゐたまふめりし

 七月ふみづきにぞきさきゐたまふめりし。源氏げんじきみ宰相さいしゃうになりたまひぬ。みかどりゐさせたまはむの御心みこころづかひちかうなりて、この若宮わかみやばうに、とおもひきこえさせたまふに、御後見おほんうしろみしたまふべきひとおはせず、おほん母方ははかたの、みな親王みこたちにて、源氏げんじ公事おほやけごとしりたまふすぢならねば、母宮ははみやをだにうごきなきさまにしおきたてまつりて、つよりにとおぼすになむありける。弘徽殿こきでん、いとど御心みこころうごきたまふ、ことわりなり。されど、

春宮とうぐう御世おほんよ、いとちかうなりぬれば、うたがひなき御位おほんくらゐなり。おもほしのどめよ」

 とぞこえさせたまひける。げに、春宮とうぐうおほんははにて廿余年はたよねんになりたまへる女御にょうごをおきたてまつりては、したてまつりたまひがたきことなりかしと、れいの、やすからずひとこえけり。

 まゐりたまふ御供おほんともに、宰相さいしゃうきみつかうまつりたまふ。おなみやこゆるなかにも、后腹きさきばら皇女みこ玉光たまひかりかかやきて、たぐひなきおほんおぼえにさへものしたまへば、ひともいとことにおもひかしづききこえたり。ましてわりなき御心みこころには、御輿みこしのうちもおもひやられて、いとどおよびなき心地ここちしたまふに、すずろはしきまでなむ。

きもせぬこころやみるるかな雲居くもゐひとるにつけても」

 とのみ、ひとりごたれつつ、ものいとあはれなり。

 皇子みこは、およすけたまふつきしたがひて、いとたてまつりきがたげなるを、みやいとくるし、とおぼせど、おもひとなきなめりかし。げにいかさまにつくかはへてかはおとらぬおほんありさまは、でものしたまはまし。つきひかりそらかよひたるやうにぞひとおもへる。

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