このページでは、清少納言『枕草子』第132段から第148段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(8)第132段~第148段をご覧ください。
第132段「二月官の司に」
二月、官の司では定考ということをするそうだが、いったい何のことなのだろう。孔子の像などをお掛けして行うことらしい。聡明といって、帝にも中宮にも、変わった形のものなどを土器に盛って差し上げる。
第133段「頭の弁の御もとより」
頭の弁のもとから、主殿司が、絵のようなものを白い色紙に包み、たいそう美しく咲いた梅の花につけて持って来た。絵だろうかと急いで取り入れて見ると、餅餤という物を二つ並べて包んだものだった。添えてある立文には、解文のような形式で、
進上 餅餤一包
例によって進上すること、以上のとおり。
別当 少納言殿
とあり、
「みまなのなりゆき」
と書いて、さらに末尾には、
「この男は自分で参上しようとしているのだが、昼は姿が悪いから参らないらしい」
と、たいそうおもしろく書いてある。中宮の御前へ持って参り、ご覧に入れると、
「なんと見事に書いてあるのでしょう。おもしろくできています」
などとお褒めになって、解文のほうはお取りになった。
「返事をどうしたらよいでしょう。この餅餤を持って来る使いには、何か与えるものなのでしょうか。知っている人がいればよいのに」
と言っているのを中宮がお聞きになって、
「惟仲の声がしていました。呼んで尋ねなさい」
とおっしゃるので、端近くへ出て、
「左大弁にお尋ねしたいことがあります」
と侍を通して呼ばせると、きちんと身なりを整えてやって来た。
「公のことではありません。私事です。弁や少納言などのもとへ、こういう物を持って来る下僕には、何かしてやることがあるのでしょうか」
と尋ねると、
「そのようなことはございません。ただ受け取って食べるだけです。どうしてお尋ねになるのですか。もしや上官からお受け取りになったのですか」
と尋ねるので、
「まあ、そういうことです」
と答えて、返事をたいそう赤い薄様の紙に、
「自分で持って参上しない下僕は、たいそう冷淡に見えます。いかがでしょう」
と書き、見事な紅梅の枝につけて差し上げたところ、すぐに頭の弁ご自身がおいでになって、
「下僕が参りました。下僕が参りました」
とおっしゃるので、外へ出ると、
「あのようなものは、そらで覚えて書いてよこされたのだろうと思っていたのに、なかなか堂々と言い返してきましたね。女で少し自分はできると思っている人は、歌を詠みたがるものです。そうでない人のほうが話し相手にはよい。私などにそんなことを言う人は、かえって風情のない人でしょう」
などとおっしゃる。
このことは、則光やなりやすなどと笑って、それきりにしていたのだが、頭の弁が、帝の御前に人々が大勢いるところでお話しになったという。
「よく言った、と帝もおっしゃったそうです」
と、また別の人が話してくれたのは、自分で自分を褒めるようで見苦しいけれど、おもしろいことである。
第134段「などて官得はじめたる六位の笏に」
「どうして、初めて官職を得た六位の人の笏には、職の御曹司の東南の隅の築地の板をつけるのでしょう。それなら、西や東の板もそうすればよいのに」
などという話をし始めて、
「つまらないことばかりですね。衣服などに、どうしてこんな勝手な名前をつけたのでしょう。不思議です。衣の中でも、細長はその名でよいでしょう。それなら、汗衫は『尻長』とでも言えばよいのに」
「男の子が着ているもののように、唐衣は『短衣』とでも言えばよいのに」
「でも、それは唐の人が着るものだからでしょう」
「表着や上の袴という名は、そのままでよいでしょう。下襲もよい。大口も、丈が長いというより口が広いのだから、その名でよいでしょう」
「袴という名は、まったくつまらない。指貫なら、どうして『足の衣』と言わないのでしょう。あるいは、ああいう物は『袋』とでも言えばよいのに」
などと、ありとあらゆることを騒がしく言っていると、
「まあ、なんとうるさいこと。もう何も言いません。お休みなさい」
と言われた。
すると、それへの返事として、夜の勤行に控えていた僧が、
「それは困るでしょう。一晩中、まだまだおっしゃってください」
と、こちらがうるさいと思っていたらしい声つきで言ったのが、おもしろいうえに思いがけないことだった。
第135段「故殿の御ために」
亡き殿のために、毎月十日に経や仏像などを供養なさっていたが、九月十日には、職の御曹司でそれをお営みになった。上達部や殿上人が大勢集まった。清範が講師を務め、その説法がまたたいそう悲しく胸に迫るので、普段はそれほど物のあわれを深く感じそうにもない若い人々まで、皆泣いているようだった。
法会が終わり、酒を飲み、漢詩を朗誦したりしていると、頭の中将斉信の君が、
「月は秋を待つというが、身はどこにあるのか」
という句を口にされたのは、またこの上なくすばらしかった。どうしてあの折に、あの句を思い出されたのだろう。
中宮のいらっしゃる所へ、人を分けるようにして参上していると、中宮が外へお出になって、
「すばらしいですね。まるで今日のために作られた句のようでした」
とおっしゃるので、
「そのことを申し上げようと思って、見物を途中で切り上げて参りました。やはり本当にすばらしいと思いました」
と申し上げると、
「あなたなら、なおさらそう思うでしょうね」
とおっしゃる。
斉信の君は、わざわざ私を呼び出したり、会うたびごとに、
「どういうわけか、私はあなたを本当に親しい人だと思っています。これほど長年の親しい知り合いが、疎遠なまま終わるということはありません。殿上などで、私が姿を見せなくなるような時が来たら、何を思い出にしてくださるのでしょう」
とおっしゃるので、
「もちろんです。親しくしていること自体は難しいことではありません。ただ、もしそのようになった後、あなたをお褒めできなくなることが残念なのです。帝の御前などでも、役目のようにお褒め申し上げているのですから。どうかそのままでいらしてください。そうでないと、気まずくて、良心がとがめ、褒めにくくなってしまうでしょう」
と言うと、
「どうしてです。そういう人だからこそ、実際以上に褒めるということもあるでしょう」
とおっしゃるので、
「それは、その人を嫌いではないからでしょう。男でも女でも、身近な人のことを思いがけず人が褒めたり、ほんの少しでも悪く言ったりすると、腹を立てたりするのが、困ったことに思われるのです」
と言うと、
「なんとも頼もしいことですね」
とおっしゃるのも、とてもおもしろい。
第136段「頭の弁の職に参りたまひて」
頭の弁が職の御曹司に参られ、いろいろお話しになっているうちに、夜がたいそう更けた。
「明日は物忌でこもらなければならないので、丑の刻になってしまってはまずいでしょう」
と言って、内裏へお戻りになった。
翌朝、蔵人所の紙屋紙を何枚も重ねて、
「今日は心残りが多い気がします。一晩中、昔の話などをしながら明かそうと思っていたのに、鶏の声に促されて帰ってしまいました」
と、たいそうたくさんのことを書いてこられたのは、とてもすばらしい。
その返事に、
「あんなに夜深く鳴いた鶏の声は、孟嘗君の鶏だったのでしょうか」
と申し上げると、すぐに返事が来て、
「孟嘗君の鶏は函谷関を開かせ、三千人の食客がやっと逃げ去ったとありますが、こちらは逢坂の関です」
とあるので、
「夜のうちに、鶏の鳴きまねでだまそうとしても、この世の逢坂の関は決して通しません。
用心深い関守がおります」
と申し上げた。
すると、またすぐに、
逢坂は人が越えやすい関だから、鶏が鳴かなくても関を開けて待っているというではありませんか
と書いてきた手紙のうち、初めの一通は僧都の君が、額までつけるようにして頼み込み、持って行ってしまわれた。後の手紙は中宮の御前に残った。
こうして逢坂の歌では言い負かされて、返歌もできずに終わった。まったく情けない。
その後、
「あの手紙は、殿上人が皆見てしまったのですよ」
と頭の弁がおっしゃるので、
「本当に私を親しく思ってくださっていることが、これでよく分かりました。すばらしいことを人が語り伝えないのでは、何のかいもありません。それに対して、見苦しいことが世間に広まるのはつらいので、私はあなたのお手紙をひどく大切に隠して、誰にもまったく見せておりません。お互いの心遣いを比べれば、同じくらいでしょう」
と言うと、
「そんなふうに事情をよく分かって言うところが、やはり普通の人とは違うと思います。考えなしに、『ひどいことをなさいました』などと、普通の女のように言うのかと思っていました」
などと言ってお笑いになる。
「どうしてでしょう。むしろお礼を申し上げるところです」
などと言う。
「私の手紙を隠してくださっていたというのも、またしみじみとうれしいことです。もし人に見せていたなら、どれほどつらく恨めしかったでしょう。これからも、そのように頼みにいたしましょう」
などとおっしゃった。その後、経房の中将がおいでになって、
「頭の弁があなたをたいそう褒めていると知っていますか。先日の手紙のやり取りについて、あったことをいろいろ話しておられました。自分が好きな人を、別の人が褒めるのは、とてもうれしいものです」
などと、まじめな顔でおっしゃるのもおもしろい。
「うれしいことが二つあります。あの方が褒めてくださっていることと、もう一つは、あなたが私を『好きな人』の中に入れてくださっていたことです」
と言うと、
「それを、珍しいことのように、今初めて聞いたことのように喜ばれるのですね」
などとおっしゃる。
第137段「五月ばかり月もなういと暗きに」
五月頃、月もなくたいそう暗い夜に、
「女房はいらっしゃいますか」
と何人もの声で言うので、
「出て見なさい。いつもと違う言い方をするのは誰なのか」
と中宮がおっしゃるので、
「どなたですか。ずいぶん大げさで、はっきりした声ですね」
と言う。
すると、何も言わず御簾を持ち上げ、さらさらと差し入れてきたのは、呉竹だった。
「まあ、この君にこそ」
と言ったのを聞いて、
「さあさあ、まずこれを殿上へ行って話そう」
と言って、式部卿宮の源中将や六位の者たちなど、そこにいた人々は帰ってしまった。
頭の弁だけは残っていらっしゃった。
「妙な人たちですね。御前の竹を折って歌を詠もうと思い、どうせなら職の御曹司へ参って女房を呼び出し、聞かせようと思って来たのに、『呉竹』という名をすぐ言い当てられて帰ってしまったのが、とてもおもしろい。誰に教わって、普通の人なら誰でも知っているはずもないことを言ったのですか」
などとおっしゃるので、
「竹の名だとも知らなかったのです。無礼だとお思いになったのでしょうか」
と言うと、
「本当に、それは知らなかったでしょうね」
などとおっしゃる。
まじめな話などもして座っていらっしゃるうちに、
「植えて『この君』と呼ぶ」
と漢詩の句を朗誦しながら、先ほどの人々がまた集まって来たので、
「殿上で言い合わせていた目的も果たさないまま、どうしてお帰りになったのかと不思議に思っていました」
と頭の弁がおっしゃると、
「ああ言われては、何と返事をしたらよいでしょう。かえって何も言わないほうがましです。殿上で皆で騒いで話していたのを、帝もお聞きになって、おもしろがっておられました」
と話す。
頭の弁も一緒になって同じ句を何度も朗誦なさる。たいそうおもしろいので、人々は皆それぞれに話しながら夜を明かし、帰るときにもなお同じ句を声を合わせて朗誦して、左衛門の陣へ入るまで聞こえた。
翌朝たいそう早く、少納言の命婦という人が中宮へお手紙を差し上げ、その中でこのことを申し上げたので、中宮は下にいた私をお呼びになって、
「そんなことがあったのですか」
とお尋ねになったので、
「知りません。私は何も知らずに言ったのですが、行成の朝臣がうまく取りなしてくださったのでしょうか」
と申し上げると、
「取りなしたにしてもねえ」
と言って、お笑いになった。誰のことであっても、殿上人が褒めていたなどとお聞きになると、褒められた本人をも喜ばせてくださるのが、趣深い。
第138段「円融院の御はての年」
円融院の服喪が明ける年、皆が喪服を脱ぐ頃となり、しみじみとしたことが多かった。朝廷をはじめ院に仕えていた人々まで、
「花の衣に」
などと詠まれた昔のことを思い出していた。ある雨の激しく降る日、藤三位の局へ、蓑虫のような格好をした大きな童が、白い木に立文をつけて持って来て、
「これを差し上げたいのです」
と言ったので、
「どこからですか。今日と明日は物忌なので、蔀も上げていません」
と言い、下のほうに立てた蔀のところから取り入れた。藤三位にもそのことはお知らせしたけれど、
「物忌だから見ません」
と言って、上のほうへ押しやって置いておいた。翌朝、手を洗って、
「さあ、昨日の巻数を」
と言って取り寄せ、伏して拝むようにして開けてみると、胡桃色という、厚手の色紙だった。変だと思いながら開いていくと、いかにも僧らしい立派な筆跡で、
これだけでも形見と思っているのに、都ではもう葉を替えてしまったのだろうか、椎柴の袖よ
と書いてある。
なんと驚き、しゃくに障ることだろう。誰がしたのだろう。仁和寺の僧正だろうかと思うけれど、まさかこのようなことをおっしゃるはずはない。藤大納言が円融院の別当でいらしたから、あの方のしわざなのだろう。これを帝や中宮に早くお聞かせしたいと思い、待ち遠しくてたまらなかったが、物忌についてひどく恐ろしいことを言われていたので、終わるまで我慢して一日を過ごした。翌朝、藤大納言のもとへこの歌への返歌を書いて置かせたところ、すぐにまた返歌をよこされた。
その二通を両方持って、急いで参上し、
「こんなことがございました」
と、帝もいらっしゃる御前で藤三位がお話し申し上げた。
中宮は平然とご覧になって、
「藤大納言の筆跡ではないようです。僧の筆跡でしょう。昔の鬼のしわざのように思われます」
などと、たいそうまじめにおっしゃるので、
「それなら、これは誰のしわざでしょう。風流好きな上達部や僧綱で、そんな人が誰かいたでしょうか。あの人でしょうか、この人でしょうか」
などと、分からず不思議がり、知りたがって申し上げていると、帝が、
「このあたりで見た色紙に、とてもよく似ていますね」
とほほ笑まれ、もう一枚、御厨子のもとにあった色紙を取ってお渡しになったので、
「まあ、なんてひどい。どうかおっしゃってください。ああ、頭が痛い。どうしても早く聞きたいのです」
と、ひたすらせき立てて申し上げ、恨み言を言いながら笑っていらっしゃると、
帝はようやく事情をお話しになって、
「使いに行った鬼のような童は、台盤所の刀自という者のところにいる子だったのを、小兵衛が言い含めて送り出したのではないでしょうか」
などとおっしゃるので、中宮もお笑いになる。藤三位は中宮のお体を揺するようにして、
「どうして、こんなふうに私をだましていらっしゃったのです。何の疑いもなく手をよく洗って、伏し拝んでしまったことですよ」
と、笑いながら悔しがっていらっしゃる様子も、得意そうで愛嬌があり、おもしろい。
その後、帝の台盤所でも大笑いになり、局へ下がって、あの童を探し出し、手紙を受け取った人に見せると、
「確かにこの子のようです」
と言う。
「誰の手紙を、誰から渡されたの」
と尋ねても、何とも答えず、知らない顔をして笑いながら走って行ってしまった。大納言も後でこの話を聞き、大いに笑っておもしろがられた。
第139段「つれづれなるもの」
退屈なもの。場所を避けてこもる物忌。馬が降りてしまった双六。除目で官職を得られなかった人の家。雨が降っている日は、ましてひどく退屈である。
第140段「つれづれなぐさむもの」
退屈を紛らわせるもの。碁。双六。物語。三、四歳の子どもが、おもしろいことを言うこと。また、たいそう幼い子どもが、物語をしたり、言い間違えたりすること。果物。男などで、冗談を言い、話のおもしろい人が来たなら、物忌中でも中へ入れてよい。
第141段「とり所なきもの」
取り柄のないもの。容姿が醜く、性格も悪い人。みそひめの塗ったもの。
これはたいそう多くの人が嫌うものだというけれど、だからといって今さら書くのをやめるつもりはない。
また、「あと火の火箸」ということも、世にないものではないのに、どうして書いたのかと思われるかもしれない。この草子を人が見るものだとは思っていなかったので、変なことでも、嫌なことでも、ただ自分が思うことを書こうと思ったのである。
第142段「なほめでたきこと」
やはり、すばらしいことといえば、臨時の祭ほどのものはないだろう。試楽もとても趣がある。
春、空がのどかにうららかな日に、清涼殿の御前では、掃部司が畳を敷き、祭の使いは北向きに、舞人は御前の方を向いて座る。これは私の記憶違いかもしれない。所の衆たちが衝重を運んで、前にずらりと据える。陪従も、この庭だけは御前を通って出入りする。公卿や殿上人が代わる代わる杯を取り、最後には屋久貝というもので酒を飲んで立つ。その直後、とりばみというものが行われる。男がするだけでもたいそう見苦しいのに、御前では女が出て取り合う。人がいるとも思わなかった火焼屋から突然出て来て、たくさん取ろうと騒ぐ者は、かえってこぼしたり手間取ったりして、身軽にさっと取って行く者に負ける。大切な納殿では、火焼屋の者を使って取り入れさせるのが、とてもおもしろい。掃部司の者たちが畳を片づけるやいなや、主殿寮の役人が一人一人箒を持って、庭の砂をならす。
承香殿の前あたりで、笛を吹き立て拍子を取りながら音楽を奏している。早く舞人が出て来ないかと待っていると、「有度浜」を歌い、竹垣のもとへ歩み出て、琴を奏する。その時の気持ちは、もうどうしたらよいかと思うほどである。最初の舞では、たいそう整然と袖を合わせ、二人ほどが出て来て西寄りに向かって立つ。次々に舞人が出て来て、足踏みを拍子に合わせ、半臂の緒を直し、冠や衣の襟などを絶えず整えながら、
「あやもなきこま山」
などと歌って舞うのは、何もかも本当にすばらしい。
大輪などを舞うところは、一日中見ても飽きないだろう。それが終わるとたいそう残念だが、また後にもあると思えば心強い。ところが琴を調べ直し、今度はそのまま竹の後ろから舞い出て来る姿は、実にすばらしい。掻練の光沢や下襲などが乱れ重なりながら、あちらこちらへ行き交う様子は、もう言葉で言えばありきたりになってしまう。
この回は、もう二度とないと思うからだろうか、終わってしまうのが本当に残念である。上達部なども皆続いて退出なさるので、寂しく残念に思うが、賀茂の臨時の祭なら、還立の御神楽などで慰められる。庭燎の煙が細く立ち上る中、神楽の笛が美しく震えるように澄んで響き、歌声もたいそうしみじみとして、実におもしろい。寒さが冴えわたり、打った衣も冷たく、扇を持つ手も冷えているはずなのに、そんなことも感じない。才の男を呼び出し、声を引いて歌う人長の気持ちよさそうな様子も格別である。
里にいる時には、ただ祭の行列が通るのを見るだけでは飽き足らず、神社まで行って見ることもある。大きな木々の下に車を立てると、松明の煙がたなびき、火の光で半臂の緒や衣の光沢も、昼よりずっと美しく見える。橋の板を踏み鳴らし、声をそろえて舞うのもたいそう趣深い。そのうえ水の流れる音と笛の音とが響き合うのは、本当に神もすばらしいとお思いになるだろう。頭の中将といった人が、毎年舞人を務め、この祭をこの上なくすばらしいものとして心から愛していたが、亡くなって上の社の橋の下にいるという話を聞くと、不吉で、物事にそれほど思い入れるものではないと思う。それでもやはり、このすばらしい祭だけは、とても思い捨てることができそうにない。
「八幡の臨時の祭の日は、終わった後がとても退屈です。どうして帰りにもう一度舞わないのでしょう。そうすればおもしろいでしょうに。禄をもらって、そのまま後ろから退出してしまうのが残念です」
などと言っていたのを帝がお聞きになって、
「舞わせよう」
とおっしゃった。
「本当でございましょうか。そうなれば、どんなにすばらしいでしょう」
などと申し上げた。
うれしくなって、中宮の御前でも、
「どうか、やはり舞わせてくださいとお申し上げください」
などと皆で集まってしきりに申し上げたので、その時、帰りにも舞ったのは、本当にうれしいことだった。
それほどでもあるまいと気を抜いていた舞人たちが、「御前に召される」と聞いた途端、物にぶつかるほど慌て騒ぐのも、まったく大騒ぎでおもしろい。
下にいた女房たちが慌てて上がって来る様子といったらない。人の従者や殿上人などが見ているのも構わず、裳を頭にかぶって上がって来るのを見て笑うのもおもしろい。
第143段「殿などのおはしまさで後」
殿などがお亡くなりになった後、世の中に騒ぎが起こって落ち着かなくなり、中宮も内裏へ参らず、小二条殿という所にいらっしゃった。何となく気が進まないことがあったので、私は長い間里にいた。それでも中宮の御前のことが気がかりで、やはりいつまでも離れていることはできなかった。
右中将がおいでになり、話をなさった。
「今日、中宮のところへ参りましたが、たいそうしみじみと心を打たれました。女房たちは装束も裳も唐衣も時節にふさわしく、怠らずお仕えしていましたよ。御簾の脇が少し開いていたところから中を見ると、八、九人ほどが、朽葉色の唐衣、薄色の裳に、紫苑や萩の襲などを美しく着て並んでいました。御前の草がひどく茂っているので、『どうして刈り払わせないのですか』と言うと、『わざと露を置かせてご覧になるのです』と、宰相の君の声で答えたのも、とても趣深く思われました。
あなたが里にいるのは、本当につらいことです。中宮がこのような所にお住まいになっている間は、どんなことがあっても必ずお仕えする人だと思われていたのに、あてにならない、と皆がしきりに言っていました。あなたにそう伝えよということでしょう。参ってご覧なさい。本当にしみじみとした所でした。台の前に植えられていた牡丹なども、実に美しかった」
などとおっしゃる。
「さあ。私を嫌っている人がいて、その人のことがまた私にも嫌に思われたものですから」
とお答えすると、
「まあ、もっとおおらかになさい」
と言ってお笑いになる。
なるほど、今はどんな様子なのだろうと思い、参上したくなる。
中宮ご自身のお気持ちではなく、お仕えしている人たちが、
「左大臣家の方の人と親しい筋の人だ」
などと言って集まり、いろいろ話している。それも、下から私が参上して来るのを見ると、急に話をやめ、仲間外れにするような様子を見せる。そんな扱いに慣れていないので腹立たしく、
「参りなさい」
などと何度もいただいた中宮のお言葉も聞き流しているうちに、本当に長い日数がたってしまった。ところが中宮の周辺では、ただ私があちら側の人間だということにして、事実でない話まで出て来そうだった。
いつもと違って中宮からのお言葉もないまま何日もたつので、心細く、ぼんやり物思いに沈んでいると、長女が手紙を持って来た。
「中宮様から、宰相の君を通して、ひそかに頂いて参りました」
と言って、ここに来てまで人目を忍ぶのも度が過ぎている。人づての仰せ書きではなく、花びらをただ一枚だけ包んでくださっていた。
その花びらには、
「言わずに思っているのです」
とお書きになっていた。ここ何日も絶えず嘆いていた気持ちが、すっかり慰められてうれしくなった。長女も私をじっと見て、
「中宮様は、何かあるたびに、どれほどあなたのことをお思い出しになることでしょう。皆も、こんなに長く里にいらっしゃるのは不思議だと言っております。どうして参上なさらないのですか」
と言い、
「ここの近くへ、ほんの少し用事で参ります。また戻って参りましょう」
と言って出て行った。その後、中宮へのお返事を書こうとしたが、この歌の上の句がどうしても思い出せない。
「本当に変ですね。同じ古歌なのだから、知らない人などいないでしょう。ここまで出かかっているのに、口に出てこないのはどうしたことでしょう」
などと言っているのを聞いて、前に座っていた者が、
「『下を流れる水』と申します」
と言った。どうしてこんなことを忘れていたのだろう。この人に教えられるのもおもしろい。
お返事を差し上げ、それから少しして参上した。いつもより気後れして、中宮の御几帳の陰に隠れるように控えていると、
「あれは、新参の女房ですか」
などと中宮がお笑いになって、
「憎らしい歌ですが、この折にはちょうどよいと思ったのです。だいたい、あなたの姿を見ないままでは、ほんの少しの間も気持ちが慰められそうにありません」
などとおっしゃり、普段と変わったご様子は少しもない。
童に歌を教えられたことなどを申し上げると、中宮はたいそうお笑いになって、
「そういうこともあります。あまりに軽く見ている古い歌などは、そんなふうに忘れることもあるでしょう」
などとおっしゃる。そのついでに、
「以前、なぞなぞ合わせをした人がいて、その人は味方ではなかったのですが、そういうことにはとても巧みでした。左方の第一問は私が言いましょう、そう思っていてください、と頼んでくるので、まさか悪いものを出すことはないだろうと、頼もしくうれしく思っていました。皆がそれぞれ問題を作り、選んで決める段になっても、その人は『言葉は私に任せて、その一つだけ残してください。そう申し上げたからには、まさか残念なものにはしません』と言います。なるほどと思っているうちに、その日がすぐ近くなりました。
『やはり、その問題を教えてください。同じものが出ることもあるでしょうから』と言うと、『それならもう知りません。私を頼りになさらないでください』などと不機嫌になるので、不安ながらその日を迎えました。皆が左右に、男も女も分かれて座り、判定する人なども大勢並び、なぞなぞ合わせが始まりました。左方の第一問を、その人がたいそうもったいぶって準備した様子で出そうとするので、いったい何を言い出すのかと、こちらの人も相手方の人も皆じっと見守り、『なぞ、なぞ』と言うまでが、いかにも期待させる様子でした。
ところが、『天に張った弓』と言ったのです。右方の人は、これはおもしろい問題だと思ったでしょうが、こちら側は頭が真っ白になり、皆その人が憎らしく、愛想もないと思いました。相手方に肩入れしてわざとこちらを負けさせようとしているのだろうか、と一瞬のうちに思ったものです。ところが右方の人は、たいそう困って、「ばかな問題だ」と笑い、「いや、まったく分からない」と口をへの字にして、「分からないことだ」と冗談めかしてごまかすので、左方に点が入ったのです。
まったく不思議なことです。これを知らない人がいるでしょうか。こんな問題で点を取るべきではないと論じたのですが、『分からない』と言ってしまった以上、どうして負けにならないでしょう。その後の問題でも、この人が皆、議論して左方を勝たせたのです。
誰もがよく知っていることでも、とっさに思い出せない時にはそういうことがあります。どうして『知らない』と言ってしまったのでしょう。後になって恨まれたことでした」
などと中宮がお話しになったので、御前にいた人たちは皆、なるほどそうだと思った。
「残念な答え方をしたものですね」
「こちら側の人は、その問題を聞いた瞬間、どれほど腹立たしかったでしょう」
などと言って笑う。
これは「忘れた」ということなのだろうか。ただ、誰もが知っていることなのだけれど。
第144段「正月十よ日のほど」
正月十日過ぎの頃、空はたいそう黒く、雲も厚く見えるのに、それでも日がくっきり差している。身分の低い人の家の荒れた畑で、土もきれいに平らではないところに、若い桃の木が育ち、細い枝をたくさん伸ばしている。その片側は青く、もう片側は濃くつややかな蘇芳色で、日の光に映えている。そこへ、たいそうほっそりした童で、狩衣を無造作に着、髪もきれいな子が木に登っている。少し大きくなった男の子や、まだ幼く半靴を履いた子などが木の下に立って、
「私のために鞠打を切って」
などと頼んでいる。そこへまた、髪の美しい童で、袙などはほころびがち、袴はくたびれているけれど、よい袿を着た子が三、四人やって来て、
「卯槌にするよい木を切って下ろして。御前でもお召しになるのです」
などと言う。枝を切り下ろすと、皆が奪い合うように取り、上を仰いで、
「私にはたくさん」
などと言っているのが、おもしろい。
黒い袴を着た男が走って来て欲しがるので、
「待ちなさい」
などと言うと、木の根元を揺する。木の上の童が怖がって、猿のように木にしがみついて叫ぶのもおもしろい。
梅の実などがなった時にも、同じようなことをするものだ。
第145段「きよげなる男の」
美しい男が、一日中双六を打って、それでもまだ飽きないのだろうか。低い灯台に火をともして明るく照らし、相手に賽を出せとしきりに催促する。相手がなかなか筒へ入れないので、筒を盤の上に立てて待っている。狩衣の襟が顔にかかると、片手で押し込み、柔らかな烏帽子を後ろへ払いのけながら、
「どれほど賽にまじないをかけても、外してやるものか」
と、待ちきれない様子でじっと見ているのは、得意そうで見栄えがする。
第146段「碁をやむごとなき人のうつとて」
碁を、身分の高い人が打つ時、衣の紐を解き、くつろいだ様子で碁石を拾って置く。一方、身分の低い人は、きちんと畏まった姿勢で、碁盤から少し離れて座り、手を伸ばし、袖の下をもう片方の手で押さえながら打っているのもおもしろい。
第147段「恐ろしげなるもの」
恐ろしげなもの。つるばみの笠。焼け跡。水しぶき。菱。髪の多い男が、髪を洗って乾かしているところ。
第148段「きよしと見ゆるもの」
清らかに見えるもの。土器。新しい金属の器。畳に差し込む新しい薦。水を器に入れた時に透けて見える影。

