第106段「二月つごもり頃に」
二月つごもり頃に、風いたう吹きて空いみじう黒きに、雪少しうち散りたるほど、黒戸に主殿司来て、
「かうて候ふ」
と言へば、寄りたるに、
「これ、公任の宰相殿の」
とてあるを、見れば、懐紙に、
少し春ある心地こそすれ
とあるは、げに今日の気色にいとよう合ひたるも、これが本はいかでかつくべからむ、と思ひ煩ひぬ。
「誰々か」
と問へば、
「それそれ」
といふ。皆いと恥づかしき中に、宰相の御答へを、いかでかことなしびに言ひ出でむ、と心一つに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれど、上のおはしまして大殿籠りたり。主殿司は、
「疾く疾く」
と言ふ。げに遅うさへあらむは、いととりどころなければ、さはれとて、
空寒み花に紛へて散る雪に
と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむとわびし。これがことを聞かばやと思ふに、謗られたらば聞かじと覚ゆるを、
「俊賢の宰相など、なほ内侍に奏してなさむとなむ、定めたまひし」
とばかりぞ、左兵衛督の、中将におはせし、語りたまひし。
第107段「ゆくすゑはるかなるもの」
行く末はるかなるもの、半臂の緒捻り始むる。陸奥の国へ行く人の、逢坂越ゆる程。生まれたる稚児の大人になる程。大般若の読経、一人して始めたる。
第108段「方弘はいみじう人に」
方弘は、いみじう人に笑はるるものかな。親などいかに聞くらむ。
供に歩く者どもの、人々しきを呼び寄せて、
「なにしにかかる者には使はるるぞ。いかが覚ゆる」
など笑ふ。
ものいとよくするあたりにて、下襲、袍なども、人よりよくて着たるを、紙燭差し付け焼き、あるは、
「これを異人に着せばや」
など言ふに、げにまた言葉遣ひなどぞ怪しき。
里に宿直物取りに遣るに、
「男二人まかれ」
といふを、
「一人してとりにまかりなむ」
といふ。
「あやしの男や。一人して二人が物をば、いかで持たるべきぞ。一升瓶に二升は入るや」
といふを、なでふことと知る人はなけれど、いみじう笑ふ。
人の使の来て、
「御返し疾く」
といふを、
「あな、にくの男や。などかう惑ふ。竈に豆やくべたる。この殿上の墨、筆も、何者の盗み隠したるぞ。飯、酒ならばこそ、人も欲しがらめ」
といふを、また笑ふ。
女院悩ませたまふとて、御使に参りて、帰りたるに、
「院の殿上には誰々かありつる」
と人の問へば、それかれなど、四五人ばかりいふに、
「また誰か」
と問へば、
「さて、去ぬる人どもぞありつる」
と言ふも笑ふも、また怪しきことにこそはあらめ。
人間に寄り来て、
「我が君こそ、物聞こえむ。まづと、人の宣ひつることぞ」
といへば、
「何事ぞ」
とて、几帳のもとに差し寄りたれば、
「身籠めに寄りたまへ」
と言ひたるを、五体込めとなむ言ひつるとて、人に笑はる。
除目の中の夜、さし油するに、灯台の打敷を踏みて立てるに、新しき油単に、襪はいとよく捉へられにけり。差し歩みて帰れば、やがて灯台は倒れぬ、襪に打敷付きて行くに、誠に大地震動したりしか。
頭着きたまはぬ限りは、殿上の台盤には人もつかず。それに、豆一盛り、やをら取りて、小障子の後ろにて食ひければ、引き現して笑ふこと限りなし。
第109段「見苦しきもの」
見苦しきもの、衣の背縫、肩に寄せて着たる。また、仰領したる。例ならぬ人の前に、子負ひて出で来たる。法師、陰陽師の、紙冠して祓へしたる。色黒うにくげなる女の鬘したると、鬚がちに、かじけ痩せ痩せなる男と、夏昼寝したるこそ、いと見苦しけれ。なにの見る甲斐にて、さて臥いたるならむ。夜などは形も見えず、また、皆おしなべてさることとなりければ、我はにくげなるとて、起き居るべきにもあらずかし。さて、つとめては疾く起きぬる、いと目安しかし。
夏昼寝して起きたるは、よき人こそ、今少しをかしかなれ、えせ形は、艶めき、寝腫れて、ようせずは、頬歪みもしぬべし。かたみにうち見交はしたらむほどの、生ける甲斐なさや。痩せ、色黒き人の、生絹の単衣着たる、いと見苦しかし。
第110段「いひにくきもの」
言ひにくきもの、人の消息の中に、よき人の仰せごとなどの多かるを、はじめより奥までいと言ひにくし。はづかしき人のものなどおこせたる返事。大人になりたる子の、思はずなることなどを聞くに、前にては言ひにくし。
第111段「関は」
関は、逢坂。須磨の関。鈴鹿の関。岫田の関。白河の関。衣の関。ただ越えの関は、はばかりの関と、譬へなくこそ覚ゆれ。横走りの関。清見が関。みるめの関。よしよしの関こそ、いかに思ひ返したるならむと、いと知らまほしけれ。それを勿来の関と言ふにやあらむ。逢坂などを、さて思ひ返したらむは、わびしかりなむかし。
第112段「森は」
森は、浮田の森。上木の森。岩瀬の森。立聞の森。
第113段「原は」
原は、朝の原。粟津の原。篠原。萩原。園原。
第114段「卯月のつごもりがたに」
卯月のつごもりがたに、初瀬に詣でて、淀の渡りと言ふものをせしかば、舟に車を舁き据ゑて、菖蒲、菰などの末の短く見えしを取らせたれば、いと長かりけり。菰積みたる舟の歩くこそ、いみじうをかしかりしか。「高瀬の淀に」とは、これを詠みけるなめりと見えて。
三日帰りしに、雨の少し降りしほど、菖蒲刈るとて、笠のいと小さき着つつ、脛いと高き男の童などのあるも、屏風の絵に似ていとをかし。
第115段「つねよりことにきこゆるもの」
常より異に聞こゆるもの、正月の車の音。また、鳥の声。暁のしはぶき。物の音はさらなり。
第116段「絵にかきおとりするもの」
絵に描き劣りするもの、撫子。菖蒲。桜。物語にめでたしと言ひたる男、女の形。
第117段「かきまさりするもの」
描き勝りするもの、松の木。秋の野。山里。山路。
第118段「冬はいみじうさむき」
冬は、いみじう寒き。夏は、世に知らず暑き。
第119段「あはれなるもの」
あはれなるもの、孝ある人の子。良き男の若きが、御嶽精進したる。立て隔て居て、うち行ひたる暁の額、いみじうあはれなり。むつまじき人などの、目覚まして聞くらん、思ひやる。詣づる程の有様、いかならんなど、つつしみおぢたるに、平らかに詣で着きたるこそいとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ、少し人悪き。なほいみじき人と聞こゆれど、こよなくやつれてこそ詣づと知りたれ。
右衛門の佐宣孝といひたる人は、
「あぢきなきことなり。ただ清き衣を着て詣でんに、なでうことかあらん。必ずよも怪しうて詣でよと、御嶽さらに宣はじ」
とて、
三月つごもりに、紫のいと濃き指貫、白き襖、山吹のいみじうおどろおどろしきなど着て、隆光が、主殿の助なるには、青色の襖、紅の衣、すりもどろかしたる水干といふ袴を着せて、打ち続き詣でたりけるを、帰る人も今詣づるも、珍しう、怪しきことに、すべて、昔よりこの山に、かかる姿の人見えざりつ、と、あさましがりしを、四月一日に帰りて、六月十日の程に、筑前の守の辞せしに、なりたりしこそ、げに言ひにけるに違はずも、と聞こえしか。これはあはれなることにはあらねど、御嶽のついでなり。
男も女も、若く清げなるが、いと黒き衣着たるこそあはれなれ。
九月つごもり、十月一日の程に、ただ有るか無きかに聞き付けたるきりぎりすの声。
庭鳥の、子抱きて臥したる。秋深き庭の浅茅に、露の、色々の玉のやうにて置きたる。夕暮れ、暁に、河竹の風に吹かれたる、目覚まして聞きたる。また、夜などもすべて。山里の雪。思ひ交はしたる若き人の中の、せくかたありて、心にも任せぬ。
第120段「正月に寺にこもりたるは」
正月に寺に籠りたるは、いみじう寒く、雪がちに氷りたるこそをかしけれ。
雨うち降りぬる気色なるは、いとわろし。清水などに詣でて、局するほど、呉階のもとに、車引き寄せて立てたるに、帯ばかりうちしたる若き法師ばらの、足駄といふものを履きて、いささかつつみもなく、下り上るとて、なにともなき経の端うち読み、倶舎の頌など誦しつつ歩くこそ、所につけてはをかしけれ。我が上るは、いと危ふく覚えて、傍に寄りて、勾欄押へなどして行くものを、ただ板敷などのやうにありきたるもをかし。
「御局して侍り。はや」
といへば、沓ども持て来て下ろす。衣上ざまに引き返しなどしたるもあり。裳、唐衣など、事々しく装束きたるもあり。深履、半靴など履きて、廊のほど、沓擦り入るは、内裏わたりめきて、またをかし。
内外許されたる若き男ども、家の子など、あまた立ち続きて、
「そこもとは、落ちたる所はべり。上がりたり」
など教へゆく。なに者にからむ、いと近く差し歩み、先立つ者などを、
「しばし。人おはしますに、かくはせぬわざなり」
など言ふを、げにと、少し心あるもあり。また、聞きも入れず、先づわれ仏の御前にと思ひて行くもあり。局に入るほども、人の居並みたる前を通り入らば、いとうたてあるを、犬防ぎのうち見入れたる心地ぞ、いみじうたふたく、などて、この月頃詣でで過ぐしつらむと、先づ心も起こる。
御灯の、常灯にはあらで、うちに、また人の奉れるが、恐ろしきまで燃えたるに、仏のきらきらと見えたまへるは、いみじう尊きに、手ごとに文どもを捧げて、礼盤にかひろぎ誓ふも、さばかりゆすり満ちたれば、取り放ちて聞き分くべきにもあらぬに、せめて絞り出でたる声々の、さすがにまた紛れずなむ。
「千灯の御志は某の御ため」
などは、はつかに聞こゆ。帯うちして拝み奉るに、
「ここに、塗香候ふ」
とて、樒の枝を折り持て来たるに、香などのいと尊きもをかし。
犬防のかたより、法師寄り来て、
「いとよく申し侍りぬ。幾日ばかり籠らせたまふべきにか。しかじかの人籠りたまへり」
など言ひ聞かせて去ぬる、すなはち、火桶、果物など持て続かせて、半挿に手水入れて、手もなき盥などあり。
「御供の人は、かの坊に」
など言ふ。誦経の鐘の音など、我がななりと聞くも、頼もしう覚ゆ。傍に、よろしき男の、いと忍びやかに、額など、立ち居のほども、心あらむと聞こえたるが、いたう思ひ入りたる気色にて、寝も寝ず行ふこそ、いとあはれなれ。うち休むほどは、経を高うは聞こえぬほどに読みたるも、尊げなり。うち出でさせまほしきに、まいて鼻などを、けざやかに聞きにくくはあらで、忍びやかにかみたるは、何事を思ふ人ならむと、かれをなさばやとこそ覚ゆれ。
日頃籠りたるに、昼は少しのどかに、早くはありし。師の坊に、男ども、女、童など皆行きて、つれづれなるに、傍に貝を俄かに吹き出でたるこそ、いみじう驚かるれ。清げなる立文持たせたる男などの、誦経の物うち置きて、堂童子など呼ぶ声、山彦響き合ひてきらきらしう聞こゆ。鐘の声響き勝りて、何処のならむと思ふほどに、やんごとなきところの名うち言ひて、
「御産平らかに」
など、験々しげに申したるなど、すずろに、いかならむなど、おぼつかなく念ぜらるかし。これは、ただなる折のことなめり。正月などはただいと騒がしき、物望みなる人など、暇なく詣づるを見るほどに、行ひもしやらず。
日うち暮るるほど詣づるは、籠るなめり。
小法師ばらの、持ち歩くべうもあらぬに、屏風の高きを、いとよく進退して、畳などをうち置くと見れば、局に立てて、犬防に簾さらさらとうち掛くる、いみじうつきたり、やすげなり。そよそよとあまた下り来て、大人だちたる人の、いやしからぬ声の忍びやかなる気配して、帰る人にやあらむ、
「そのことあやし。火のこと制せよ」
など言ふもあなり。
七つ八つばかりなる男児の、声愛敬づき、驕りたる声にて、侍の男ども呼び付き、物など言ひたる、いとをかし。また、三つばかりなる稚児の寝おびれてうちしはぶきたるも、いとうつくし。乳母の名、母など、うち言ひ出でたるも、誰ならむと知らまほし。
夜一夜のしりおこなひ明かすに、寝も入らざりつるを、後夜など果てて、少しうち休みたる寝耳に、その寺の仏の御経を、いと荒々しう、尊くうち出で誦みたるにぞ、いとわざと尊くしもあらず、行者だちたる法師の、蓑うち敷きたるなどが誦むななりと、ふとうち驚かれて、あはれに聞こゆ。
また、夜などはこもらで、人々しき人の、青鈍の指貫に綿入りたる、白き衣どもあまた着て、子供なめりと見ゆる若き男のをかしげなる、装束きたる童部などして、侍などやうの者、あまた畏まり居念じたるもをかし。仮初めに屏風ばかりを立てて、額など少しつくめり。顔知らぬは、誰ならむとゆかし、知りたるは、さなめりと見るもをかし。若き者どもは、とかく局どものあたりに立ちさ迷ひて、仏の御方に目も見入れたてまつらず。別当のなど呼び出で、うちささめき物語して出でぬる、似非者とは見えず。
二月つごもり、三月一日、花盛りにこもりたるもをかし。清げなる若き男どもの、主と見ゆる二三人、桜の襖、柳などいとをかしうて、括り上げたる指貫の裾も、あてやかにぞ見なさるる。つきづきしき男に装束をかしうしたる餌袋抱かせて、小舎人童ども、紅梅、萌黄の狩衣、色々の衣、おしすりもどろかしたる袴など着せたり。花など折らせて、侍めきて細やかなる者など具して、金鼓打つこそをかしけれ。さぞかしと見ゆる人もあれど、いかでか知らむ。うち過ぎて去ぬるもさうざうしければ、
「気色を見せまし」
などいふもをかし。
かやうにて、寺に籠り、すべて例ならぬ所に、ただ使ふ人の限りしてあるこそ、甲斐なう覚ゆれ。なほ同じほどにて、一つ心に、をかしきことも憎きことも、様々に言ひ合はせつべき人、必ず一人二人、あまたも誘はまほし。そのある人の中にも、口惜しからぬもあれど、目馴れたるなるべし。男などもさ思ふにこそあらめ、わざと尋ね呼び歩くは。
第121段「いみじう心づきなきもの」
いみじう心付きなきもの、祭、禊など、すべて、男の物見るに、ただ一人乗りて見るこそあれ。いかなる心にかあらむ。やむごとなからずとも、若き男などのゆかしがるをも、引き乗せよかし。透影にただ一人ただよひて、心一つに守り居たらむよ。いかばかり心狭く、気憎きならむとぞ覚ゆる。
物へも行き、寺へも詣づる日の雨。使ふ人などの、
「我をば思さず、某こそ、只今の時の人」
など言ふを、ほの聞きたる。人よりは少し憎しと思ふ人の、おしはかりごとうちし、すずろなる物恨みし、我賢しがる。
第122段「わびしげに見ゆるもの」
わびしげに見ゆるもの、六七月の午、未の時ばかりに、汚げなる車に、似非牛掛けて揺るがし行く者。雨降らぬ日、張り筵したる車。いと寒き折、暑きほどなどに、下衆女の形悪しきが子負ひたる。小さき板屋の黒う汚げなるが、雨に濡れたる。また、雨いたう降る日、小さき馬に乗りて、御前したる。人の冠もひしげ、袍も下襲も一つになりたる、いかにわびしかるらむと見えたり。夏は、されどよし。
第123段「暑げなるもの」
暑げなるもの、随身の長の狩衣。衲の袈裟。出居の少将。色黒き人の、いたく肥えて髪多かる。琴の袋。七月の修法の阿闍梨。日中の時など行ふ、いかに暑からむと思ひやる。また、同じ頃の銅の鍛冶。
第124段「はづかしきもの」
はづかしきもの、色好む男の心の内。寝聡き夜居の僧。みそか盗人の、さるべきものの隈々に居て見るらむをば、誰かは知る。暗き紛れに、懐に物など引き入るる人もあらむかし。そはしも同じ心に、をかしとや思ふらむ。
夜居の僧は、いとはづかしきものなり。若き人々集まり居て、人の上を言ひ笑ひ、謗り憎みもするを、つくづくと聞き集むらむ、心の内はづかし。
「あなうたて、かしがまし」
など、大人びたる人の気色ばみ言ふをも聞き入れず、言ひ言ひの果ては、皆うち解けて寝入りぬる、後もはづかし。
男は、うたて思ふさまならず、もどかしう、心付きなきことなどありと見れど、差し向かひたるほどは、うちすかして思はぬことをも言ひ頼むるこそ、はづかしきわざなれ。
まして、情けあり、好ましう、人に知られなどしたる人は、おろかなりと思はすべうももてなさずかし。心の内にのみならず、また皆、これがことをばかれに言ひ、かれがことをばこれに言ひ、かたみに聞かすべかめるを、我がことをば知らで、かう語るは、なほ人よりはこよなきなめりとや思ふらむ、と思ふこそはづかしけれ。
いで、されば、少しも思ふ人にあへば、心はかなきなめりと見ゆることもあるぞ、はづかしうもあらぬかし。いみじうあはれに、心苦しう、見捨てがたきことなどを、いささかなにとも思はぬも、いかなる心ぞとこそあさましけれ。さすがに人の上をばもどき、物をいとよう言ふよ。ことに頼もしき人もなき宮仕人などを語らひて、ただならずなりぬる有様などをも知らでやみぬるよ。
第125段「むとくなるもの」
むとくなるもの、潮干の潟に居る大船。大きなる木の風に吹き倒されて、根を捧げ横たはれ臥せる。似非者の従者かうがへたる。聖の足元。髪短き人の、物取り下ろして、髪けづりたるうしろで。翁の髻放ちたる。相撲の負けて居るうしろで。人の妻のすずろなる物怨じして隠れたるを、必ず尋ね騒がむものぞと思ひたるに、さしもあらず、のどかにもてなしたれば、さてもえ旅立ち居たらねば、心と出で来たる。
なま心劣りしたる人の知りたる人と、心なること言ひむつかりて、ひとへにも臥さじと身じろぐを、引き寄すれど、強ひて怖がれば、あまりになりては、人もさはれとて、かいくくみて臥しぬる、後に、冬などは、単衣ばかりを一つ着たるも、あやにくがりつるほどこそ、寒さも知られざりつれ、やうやう夜の更くるままに、寒くもあれど、おほかたの人も皆寝たれば、さすがに起きてもえいかで、ありつる折にぞ寄りぬべかりけると、目も合はず思ひ臥したるに、いとど奥の方より、もののひしめき鳴るもいと恐ろしくて、やをらよろぼひ寄りて、衣を引き着るほどこそむとくなれ。人はたけく思ふらむかし、空寝して知らぬ顔なるさまよ。
第126段「修法は」
修法は、奈良方。仏の護身どもなど、誦み奉りたる、なまめかしう尊し。
第127段「はしたなきもの」
はしたなきもの、異人を呼ぶに、我ぞとて差し出でたる。ものなど取らする折は、いとど。
おのづから人の上などうち言ひ謗りたるに、幼き子どもの聞き取りて、その人のあるに言ひ出でたる。あはれなることなど、人の言ひ出で、うち泣きなどするに、げにいとあはれなりなど聞きながら、涙のつと出で来ぬ、いとはしたなし。泣き顔作り、気色異になせど、いと甲斐なし。めでたきことを見聞くには、先づただ出で来にぞ出で来る。
第128段「八幡の行幸のかへらせたまふに」
八幡の行幸の帰らせたまふに、女院の御桟敷のあなたに御輿留めて、御消息申させたまふ、世に知らずいみじきに、誠にこぼるばかり、化粧じたる顔皆現れて、いかに見苦しからむ。宣旨の使にて、斉信の宰相の中将の、御桟敷へ参りたまひしこそ、いとをかしう見えしか。ただ随身四人、いみじう装束きたる、馬副の細く白う仕立てたるばかりして、二条の大路の広く清げなるに、めでたき馬をうち早めて、急ぎ参りて、少し遠くおり下りて、傍の御簾の前に候ひたまひしなど、をかし。御返し承りて、御輿のもとにて奏したまふほど、言ふもおろかなり。
さて、内裏のわたらせたまふを、見奉らせたまふらむ御心地、思ひやり参らするは、飛び立ちぬべくこそ覚えしか。それには長泣きをして笑はるるぞかし。よろしき際の人だに、なほ子のよきはいとめでたきものを、かくだに思ひ参らするも畏しや。
第129段「関白殿黒戸より出でさせたまふとて」
関白殿、黒戸より出でさせたまふとて、女房の隙なく候ふを、
「あないみじのおもとたちや。翁をいかに笑ひたまふらむ」
とて、分け出でさせたまへば、戸に近き人々、色々の袖口して、御簾引き上げたるに、権大納言の御沓取りて履かせたてまつりたまふ。いとものものしく、清げに、よそほしげに、下襲の裾長く引き、所せくて候ひたまふ。あなめでた、大納言ばかりに沓取らせたてまつりたまふよ、と見ゆ。山井の大納言、その御次々のさならぬ人々、黒きものを引き散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより、登花殿の前まで居並みたるに、細やかにいみじうなまめかしう、御佩刀など引き繕はせたまひて、休らはせたまふに、宮の大夫殿は、戸の前に立たせたまへれば、居させたまふまじきなめりと思ふほどに、少し歩み出でさせたまへば、ふと居させたまへりしこそ、なほいかばかりの昔の御行ひのほどにかと見奉りしに、いみじかりしか。
中納言の君の、忌日とてくすしがり行ひたまひしを、
「賜へ、その数珠しばし。行ひして、めでたき身にならむ」
とかるとて、集まりて笑へど、なほいとこそめでたけれ。御前に聞こしめして、
「仏になりたらむこそは、これよりはまさらめ」
とて、うち笑ませたまへるを、まためでたくなりてぞ見奉る。大夫殿のゐさせたまへるを、返す返す聞こゆれば、例の思ひ人と笑はせたまひし、まいて、この後の御有様を見奉らせたまはましかば、ことわりと思し召されなまし。
第130段「九月ばかり夜一夜降り明かしつる雨の」
九月ばかり、夜一夜降り明かしつる雨の、今朝はやみて、朝日いとけざやかに差し出でたるに、前栽の露こぼるばかり濡れ掛かりたるも、いとをかし。
透垣の羅文、軒の上に、かいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りたるに、雨のかかりたるが、白き玉を貫きたるやうなるこそ、いみじうあはれにをかしけれ。
少し日長けぬれば、萩などのいと重げなるに、露の落つるに枝のうち動きて、人も手触れぬに、ふと上ざまへ上がりたるも、いみじうをかし、と言ひたることどもの、人の心にはつゆをかしからじと思ふこそ、またをかしけれ。
第131段「七日の日の若菜を」
七日の日の若菜を、六日、人の持て来、騒ぎ取り散らしなどするに、見も知らぬ草を、子供の取り持て来たるを、
「何とかこれをば言ふ」
と問へば、とみにも言はず、
「いさ」
など、これかれ見合はせて、
「耳無草となむ言ふ」
と言ふ者のあれば、
「むべなりけり。聞かぬ顔なるは」
と笑ふに、まだいとをかしげなる菊の生ひ出でたるを持て来たれば、
摘めどなほ耳無草こそあはれなれあまたしあればきくもありけり
と言はまほしけれど、またこれも聞き入れるべうもあらず。

