このページでは、清少納言『枕草子』第106段から第131段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(7)第106段~第131段をご覧ください。
第106段「二月つごもり頃に」
二月の末頃、風がひどく吹き、空がたいそう暗く、雪が少しちらついていた時、黒戸に主殿司が来て、
「こちらにおります」
と言うので、近寄ってみると、
「これは、公任の宰相殿からです」
と言って差し出したものを見ると、懐紙に、
少し春らしい気がする
と書いてある。なるほど今日の空模様にたいそうよく合っているが、これにどんな上の句をつけたらよいのだろうと、思い悩んでしまった。
「誰がいらっしゃるの」
と尋ねると、
「これこれの方々です」
と言う。皆、こちらが気後れするほど立派な人ばかりで、その中で宰相への返事を、どうすれば何でもないことのように言い出せるだろうと、一人で苦しんだ。中宮にご覧に入れようと思っても、帝がいらしてお休みになっている。主殿司は、
「早く、早く」
と言う。本当に、返事が遅いことまで欠点になっては、何一つ取り柄がなくなってしまうので、もうどうにでもなれと思って、
空が寒いので、花と見まがうように散る雪に
と、震えながら書いて渡した。どのように思われるだろうと心配でならない。このことの評判を聞きたいと思う一方で、悪く言われているのなら聞きたくないとも思っていたところ、
「俊賢の宰相などは、『やはり内侍にするよう帝に奏上しよう』と相談なさったそうです」
とだけ、後に左兵衛督になられた方が、中将でいらした頃に話してくださった。
第107段「ゆくすゑはるかなるもの」
先がひどく長く思われるもの。半臂の緒をより始めたところ。陸奥国へ行く人が、逢坂を越える頃。生まれたばかりの赤ん坊が大人になるまで。大般若経の読経を、一人で始めたところ。
第108段「方弘はいみじう人に」
方弘は、本当によく人に笑われる人である。親などは、どんな気持ちでその評判を聞いているのだろう。
方弘の供をして歩く者の中で、少し人並みに見える者を呼び寄せて、
「どうしてこんな人に使われているのだ。どんな気持ちがする」
などと言って人々が笑う。
衣装をたいそう上手に仕立てる所で作らせて、下襲や袍なども人より立派なものを着ているのに、紙燭を近づけて焼いたり、あるいは、
「これを別の人に着せたいものだ」
などと言ったりする。なるほど、言葉遣いなどもまた妙なのである。
里へ宿直の衣類を取りに人をやる時、
「男を二人行かせなさい」
と言うと、
「一人で取りに参りましょう」
と答える。
「妙な男だな。一人で二人分の物を、どうして持てるのだ。一升入りの瓶に二升入るか」
と言うので、何の理屈なのか分かる人はいないけれど、皆ひどく笑う。
人の使いが来て、
「お返事を早く」
と言うと、
「ああ、憎らしい男だ。どうしてそんなに慌てるのだ。かまどに豆でもくべてあるのか。この殿上の墨や筆も、誰が盗んで隠したのだ。飯や酒なら、人も欲しがるだろうが」
と言うので、また皆が笑う。
女院がご病気だというので、お使いとして参上し、帰って来た時に、
「院の殿上には誰と誰がいた」
と人が尋ねると、あの人この人と四、五人ほど名前を挙げるので、
「ほかには誰が」
と尋ねると、
「それから、帰ってしまった人たちがいました」
と言う。これを笑う人々も、また妙なものではある。
女房のいる部屋の間際まで寄って来て、
「あなたに申し上げたいことがあります。まず、人がおっしゃっていたことです」
と言うので、
「何ですか」
と言って几帳のそばへ近寄ると、
「むくろごめにお寄りください」
と言ったのを、「五体ごめ」と言ったのだと言って、人に笑われる。
除目の最中の夜、灯台に油を足そうとして、その下に敷いてある打敷を踏んで立っていたところ、新しい油単に襪がしっかり引っかかってしまった。そのまま歩いて戻ろうとすると、灯台はたちまち倒れ、襪には打敷がくっついたままついて来るので、本当に大地震でも起きたような騒ぎだった。
蔵人頭がまだお着きにならない間は、殿上の台盤には誰もつかない。その台盤に盛ってあった豆を一盛り、方弘がそっと取って、小障子の後ろで食べていたので、見つけ出して、皆で際限なく笑った。
第109段「見苦しきもの」
見苦しいもの。衣の背縫いを肩のほうへ寄せて着ていること。また、襟を後ろへ抜きすぎて着ていること。それほど親しくない人の前に、子どもを背負って出て来ること。法師や陰陽師が、紙の冠をかぶって祓いをしている姿。色黒で見栄えのしない女がかつらをつけている姿や、髭が多く、痩せこけた男が、夏に昼寝をしている姿は、たいそう見苦しい。何を見せるつもりで、そんなふうに寝ているのだろう。夜なら姿も見えず、誰でも同じように寝るものだから、自分は見苦しいからといって起きている必要もない。だからこそ、朝には早く起きるのが感じよい。
夏に昼寝をして起きた顔は、容姿のよい人ならまだ少しは趣があるけれど、見栄えのしない人は、顔がてかてかし、寝腫れして、ひどければ頬までゆがんでしまいそうだ。互いにその顔を見合わせる時の、何とも張り合いのないこと。痩せて色黒の人が、生絹の単衣を着ているのも、たいそう見苦しい。
第110段「いひにくきもの」
言いにくいもの。人からの伝言の中に、身分の高い人からのお言葉などがたくさん入っているものを、初めから終わりまで伝えること。こちらが気後れするような立派な人から届いた手紙への返事。大人になった子どもについて、思いがけないよくない話などを聞いた時、その本人を前にして言うこと。
第111段「関は」
関は、逢坂。須磨の関。鈴鹿の関。岫田の関。白河の関。衣の関。ただ越えの関は、どうにも「はばかりの関」という感じがして、たとえようもなく思われる。横走りの関。清見が関。みるめの関。「よしよしの関」は、いったい何を思い返してそうなったのだろうと、とても知りたい。それを勿来の関というのだろうか。逢坂などで会ったあとに、そう思い返したのだとしたら、さぞつらいことだろう。
第112段「森は」
森は、浮田の森。上木の森。岩瀬の森。立聞の森。
第113段「原は」
原は、朝の原。粟津の原。篠原。萩原。園原。
第114段「卯月のつごもりがたに」
四月の末頃、初瀬へ参詣し、淀の渡りという所を渡った時、舟に車を担ぎ入れて据えた。菖蒲や菰などの先が短く見えたので取らせてみると、実際にはたいそう長かった。菰を積んだ舟が進んでいく様子は、とても趣深かった。「高瀬の淀に」と歌に詠まれたのは、この辺りなのだろうと思われた。
三日に帰った時、少し雨が降っていた中、菖蒲を刈るために、とても小さな笠をかぶり、脛のたいそう長い若い男などがいるのも、屏風絵のようで、とても趣があった。
第115段「つねよりことにきこゆるもの」
普段とは違って聞こえるもの。正月の車の音。また、鳥の声。明け方の咳払い。楽器の音は言うまでもない。
第116段「絵にかきおとりするもの」
絵に描くと、実物より劣って見えるもの。撫子。菖蒲。桜。物語の中ですばらしいと書かれている男や女の容姿。
第117段「かきまさりするもの」
絵に描くと、実物よりよく見えるもの。松の木。秋の野。山里。山道。
第118段「冬はいみじうさむき」
冬は、ひどく寒いのがよい。夏は、この上なく暑いのがよい。
第119段「あはれなるもの」
しみじみと心を動かされるもの。親孝行な人の子ども。若くて立派な男が、御嶽参詣のための精進をしている姿。隔てを立ててこもり、勤行して明け方を迎えた時の額などは、たいそうしみじみとする。親しい人が目を覚ましてその勤行の声を聞いているだろうと思うと、その気持ちまで想像される。参詣の道中はどうなるだろうと慎み恐れていたのに、無事に参詣を果たした時は実にすばらしい。烏帽子の姿などが少し見栄えしない。それでも、どれほど身分の高い人でも、ひどく質素な姿になって参詣するものだと聞いている。
右衛門佐の宣孝という人は、
「つまらないことだ。ただ清潔な衣を着て参詣したところで、何の差し障りがあるだろう。御嶽の神だって、必ずみすぼらしい姿で参れなどとは、まさかおっしゃるまい」
と言って、
三月の末に、たいそう濃い紫の指貫、白い襖、目立つ山吹色の衣などを着て参詣した。主殿助である隆光には、青色の襖、紅の衣、派手に摺り模様をつけた水干という袴を着せ、続いて参詣したので、帰る人もこれから参詣する人も、珍しく奇妙なことだと驚き、「昔からこの山で、こんな姿の人は見たことがない」とあきれたという。ところが四月一日に帰り、六月十日頃、筑前守が辞任したあとを受けて宣孝がその国司になったので、「本当に言ったとおりになったものだ」と評判になった。これは「しみじみするもの」ではないけれど、御嶽の話のついでである。
男でも女でも、若くて美しい人が、たいそう黒い衣を着ている姿は、しみじみと心をひかれる。
九月の末から十月一日頃に、いるかいないか分からないほどかすかに聞こえる、きりぎりすの声。
鶏が雛を抱いて伏している姿。秋深い庭の浅茅に、露が色とりどりの玉のように置いている様子。夕暮れや明け方に、河竹が風に吹かれる音を目を覚まして聞くこと。また、夜に聞くのも何もかもよい。山里の雪。思いを交わしている若い男女の間に、妨げとなる事情があり、思うままに会えないこと。
第120段「正月に寺にこもりたるは」
正月に寺へ籠もるのは、ひどく寒く、雪がちで凍りついているのが趣深い。
雨が降っているような天気は、たいそうよくない。清水寺などへ参詣して局を取る時、呉階の下に車を寄せて止めていると、帯だけを締めた若い法師たちが、足駄というものを履き、少しも気後れした様子もなく上り下りしている。何ということもない経の一節を口ずさんだり、倶舎の頌などを唱えたりしながら歩くのは、その場所にふさわしく趣深い。自分が上る時にはたいそう危なく思われ、脇へ寄って勾欄につかまったりしながら進むのに、法師たちが普通の板敷の上でも歩くように行き来しているのもおもしろい。
「お部屋の用意ができました。さあ」
と言うと、沓などを持って来て下ろしてくれる。衣を上のほうへ折り返して着ている人もいる。裳や唐衣などをものものしく装束している人もいる。深履や半靴などを履いて廊を歩き、沓を擦る音を立てて入って来るのは、宮中あたりのようで、また趣がある。
内陣にも外陣にも出入りを許されている若い男たちや、家の子などが大勢続いて歩き、
「そこは床が低くなっています。こちらは高くなっています」
などと教えながら進む。どこの者なのだろうか、すぐそばまで歩み寄り、先を行く者などに、
「少し待ちなさい。人がいらっしゃる時に、そんなふうにするものではない」
などと言うと、なるほどと思って少し気を配る者もいる。また、聞き入れもせず、まず自分が仏前へ行こうと思って進む者もいる。局へ入る時も、人々が並んでいる前を通って入るのでは具合が悪いが、犬防ぎの内側から仏前をのぞく気持ちは、たいそう尊く、どうしてこれまで何か月も参詣せずに過ごしていたのだろうと、まず信心が起こる。
御灯は常灯だけではなく、ほかにも人々が奉納したものが、恐ろしいほど燃え盛っている。その光で仏のお姿がきらきらと見えるのはたいそう尊い。人々がそれぞれ願文を捧げ、礼盤の上で祈願している声は、あれほど堂内が揺れるほど満ちているので、一つ一つ聞き分けられそうにもないのに、懸命に絞り出すそれぞれの声が、やはり不思議とはっきり聞こえる。
「千灯をお供えする願いは、某様のためでございます」
などという声は、かすかに聞こえる。帯を締めて仏を拝んでいると、
「こちらに塗香がございます」
と言って、樒の枝を折って持って来る。その香りなども、たいそう尊く趣深い。
犬防ぎの方から法師が近寄って来て、
「よくよくお祈り申し上げました。何日ほどお籠もりになりますか。これこれの方も籠もっていらっしゃいます」
などと言い聞かせて去っていくと、すぐに火桶や果物などを次々と持って来させ、半挿に手水を入れ、取っ手のない盥なども用意する。
「お供の方々は、あちらの坊へ」
などと言う。誦経の鐘の音などを、自分のためのものだろうと聞くのも頼もしく思われる。そばに、まずまず立派な男で、ひどく物静かに、礼拝して立ったり座ったりする様子からも教養がありそうな人が、深く思い入った様子で、眠りもせず勤行しているのは、たいそうしみじみとする。少し休む時には、経を高くは聞こえない程度の声で読んでいるのも尊げである。顔を見てみたいと思うのに、まして鼻などを、はっきり耳障りにではなく、そっとかんでいると、どんな思いを抱く人なのだろう、あの人と親しくなれたらと思ってしまう。
何日も籠もっていると、昼は少しのどかで、まだ早い時分だった。師の坊へ、男たちも女も子どもも皆出かけてしまい、退屈しているところへ、そばで突然、法螺貝を吹き出すのには、ひどく驚かされる。きれいな立文を持たせた男などが、誦経の供物を置き、堂童子などを呼ぶ声が山彦のように響き合って、鮮やかに聞こえる。鐘の音がいっそう高く響くので、どこのものだろうと思っていると、高貴な方の名を挙げて、
「ご出産が無事でありますように」
などと、いかにも効験がありそうに祈る声がする。すると何となく、どうなるのだろうとこちらまで気がかりになり、祈らずにはいられない。これは、普段の時の話なのだろう。正月などはただひたすら騒がしく、願い事のある人が絶えず参詣するのを見ているうちに、自分の勤行も十分にできない。
日が暮れる頃に参詣して来る人は、そのまま籠もる人なのだろう。
小法師たちが、とても持ち歩けそうにないほど高い屏風を実に上手に取り扱い、畳などを置いたかと思うと、すぐ局に屏風を立て、犬防ぎに簾をさらさらと掛けるのは、その場によく似合い、手慣れていて気持ちよい。大勢の人がそよそよと下りて来て、その中の年長らしい人が、卑しくない静かな声で、帰る人に向かってだろうか、
「あのことは心配だ。火の扱いをよく注意しなさい」
などと言っている声も聞こえる。
七、八歳ほどの男の子が、愛嬌があり、少し得意そうな声で侍の男たちを呼びつけ、何か言っているのはとてもかわいらしい。また、三歳ほどの子どもが寝ぼけて咳をするのも、たいそうかわいい。乳母の名や母のことなどを口にするのも、誰の子なのだろうと知りたくなる。
一晩中、声を立てて勤行しながら夜を明かし、少しも眠らなかったのに、後夜の勤行などが終わって少し休んだ寝耳に、その寺の仏の御経を、たいそう荒々しくも尊く声に出して読むのが聞こえる。特別に尊そうな僧というわけではなく、修行者らしい法師が蓑などを敷いて読んでいるのだろうと、ふと目を覚まして聞くと、しみじみと心に響く。
また、夜などには籠もらずに参詣だけする、身分のありそうな人がいる。青鈍の指貫に綿入りの白い衣を何枚も着て、その子どもだろうと思われる若くて美しい男や、きちんと装束した童たちを連れ、侍らしい者を大勢、かしこまって控えさせて祈っているのも趣深い。仮に屏風だけを立て、少し額づくようだ。知らない顔なら誰だろうと気になり、知っている人なら、やはりあの人だと思って見るのもおもしろい。若い供人たちは、あちこちの局の辺りをうろつき、仏の方には目も向けない。別当などを呼び出して、ひそひそと話をして帰ってしまうが、決して卑しい身分の者には見えない。
二月の末から三月一日頃、花盛りの時に寺へ籠もるのも趣がある。きれいな若い男たちの中で、主人らしく見える二、三人が、桜襲の襖や柳襲などを美しく着ており、括り上げた指貫の裾まで上品に見える。それにふさわしい男に感じよく装束をさせ、餌袋を抱かせ、小舎人童たちには紅梅や萌黄の狩衣、色とりどりの衣、派手に摺り模様をつけた袴などを着せている。花などを折らせ、侍らしいすらりとした者なども連れ、金鼓を打ちながら行くのが趣深い。きっとあの人だろうと思われる人もいるが、どうして確かに分かるだろう。そのまま通り過ぎてしまうのも物足りないので、
「こちらの存在に気づかせたいものですね」
などと言うのもおもしろい。
このように寺へ籠もったり、普段とは違う場所にいたりする時に、いつも使っている従者だけと一緒にいるのは、まったく張り合いがない。同じくらいの身分で、心を合わせて、おもしろいことも腹立たしいこともいろいろと言い合える人を、必ず一人二人、できればもっと大勢誘いたい。そのような人の中にも物足りない人はいるけれど、それは見慣れているせいなのだろう。男たちもきっと同じように思うからこそ、わざわざ気の合う相手を捜して呼び歩くのだろう。
第121段「いみじう心づきなきもの」
ひどく気に入らないもの。祭や禊など、何であれ男が見物する時に、車にただ一人だけ乗って見ていること。いったいどんな気持ちなのだろう。高貴な身分でなくても、若い男などが見たがっているなら、一緒に乗せてやればよいのに。簾越しにただ一人だけ姿が透けて見え、ひとりきりで見物している様子。どれほど心が狭く、感じの悪い人なのだろうと思われる。
出かける日や、寺へ参詣する日の雨。仕えている者などが、
「私のことなどお考えにならず、今は某こそが一番お気に入りの人です」
などと言うのを、ちらりと聞いてしまうこと。人より少し嫌だと思っている人が、勝手な推測をしたり、何でもないことで恨み言を言ったり、自分だけは賢いという顔をしたりすること。
第122段「わびしげに見ゆるもの」
つらそうに見えるもの。六月、七月の昼過ぎ頃、汚い車に粗末な牛をつないで、揺らしながら進んでいる者。雨も降らない日に、筵を張った車。たいそう寒い時や暑い時などに、身分の低い見栄えのしない女が子どもを背負っている姿。小さな板葺きの家で、黒く汚れたものが雨に濡れている様子。また、雨がひどく降る日に、小さな馬に乗って先駆けをしている人。冠もつぶれ、袍も下襲も一つにくっついてしまっているのは、どれほどつらいだろうと見える。夏なら、まだよい。
第123段「暑げなるもの」
暑そうなもの。随身の長が着る狩衣。衲の袈裟。出居の少将。色黒の人で、ひどく太って髪の多い人。琴の袋。七月の修法をする阿闍梨。日中の時などに勤行するのは、どれほど暑いだろうと思いやられる。また、同じ頃の銅を扱う鍛冶。
第124段「はづかしきもの」
こちらの心の内を見られるのが恥ずかしいもの。色恋に通じた男の心の内。眠りの浅い夜居の僧。ひそかな盗人が、人目につかない物陰にいて見ていることなど、誰が知るだろう。暗がりに紛れて、懐へ物を入れる人もいるだろう。それを盗人は、自分と同じ心だと、おもしろく思うのだろうか。
夜居の僧は、本当に気恥ずかしい存在である。若い女房たちが集まって、人の噂をして笑い、悪口を言い、憎んだりするのを、黙って聞き集めているのだろうと思うと、その心の内が恥ずかしい。
「まあ嫌だ、うるさいこと」
などと、年長の女房が不快そうに言うのも聞き入れず、あれこれ言い続けたあげく、皆がすっかり気を許して寝入ってしまったあとまで、やはり気恥ずかしい。
男は、実際にはこちらの思うようではなく、非難したくなることや気に入らないことがあると分かっていても、向かい合っている時には、うまく相手をなだめ、心にもないことまで言って頼りにさせる。それが気恥ずかしい。
まして、情趣を解し、風流で、人にも評判の男なら、相手に「大したことのない人だ」と思わせるような振る舞いはしないだろう。心の中だけではなく、誰かのことを別の女に話し、その女のことをまた別の女に話して、互いに聞かせているらしい。それなのに、自分のことが同じように語られているとは知らず、「この人はほかの人より私を特別に思っているのだろう」と思っているのだろうかと考えると、気恥ずかしい。
とはいえ、少しでも本当に思う相手に会うと、男というものは案外たわいないものらしいと見えることもあり、そんな時は気恥ずかしくもない。ところが、とても気の毒で、胸が痛み、見捨てにくいような事情を、少しも何とも思わない人もいる。どんな心なのだろうとあきれる。そういう人に限って、人のことは批評し、言うことだけは実に達者である。特に頼れる人もいない宮仕えの女などと親しくなり、ただならぬ仲になったのに、その後の有様も知らないまま関係が終わってしまうことまである。
第125段「むとくなるもの」
格好のつかないもの。潮の引いた干潟に取り残された大船。大きな木が風に吹き倒され、根をむき出しにして横たわっている姿。身分の低い者が従者を連れている姿。聖の足元。髪の短い人が、つけ髪などを取り外して髪を梳いている後ろ姿。老人が髻をほどいている姿。相撲に負けた人が座っている後ろ姿。人の妻が、何でもないことで夫を恨んで隠れ、必ず夫が大騒ぎして捜すだろうと思っているのに、夫が別に騒ぎもせず、平然としていること。そうなると、いつまでも家を出たままでいることもできず、自分から戻って来る。
少し気持ちが冷めた相手と、自分の気に入らないことで言い争い、「絶対に一緒には寝ない」と身をよじって拒む。相手が引き寄せても、強く嫌がるので、しまいには相手も「もう勝手にしろ」と背を丸めて寝てしまう。そのあと、冬などには、自分は単衣一枚ほどしか着ていない。むきになっていた間は寒さも感じなかったが、夜が更けるにつれてだんだん寒くなる。皆も寝ているので、今さら起きて行くこともできず、あの時に素直に寄っておけばよかったと、眠れないまま横になっている。すると、さらに奥の方で物音がしてひどく恐ろしくなり、そっとよろめくように近寄って相手の衣を引いて着る。その時ほど格好のつかないものはない。相手はきっと「強がっていたくせに」と思っているだろうが、空寝をして知らない顔をしている、その様子まで何ともばつが悪い。
第126段「修法は」
修法は、奈良方のものがよい。仏の護身の真言などをお唱え申し上げるのが、優雅で尊い。
第127段「はしたなきもの」
ばつが悪いもの。ほかの人を呼んだのに、自分のことだと思って出て行くこと。何かを与える時などは、なおさらである。
たまたま人のことを悪く言ったり非難したりしているのを、幼い子どもが聞き覚え、その本人がいる所で言い出してしまうこと。しみじみする話を誰かが言い出し、泣いたりしているので、なるほど本当に胸を打つ話だと思いながら、涙がすぐに出てこないのも、たいそうばつが悪い。泣き顔を作り、いかにも悲しそうな様子をしてみても、まったく役に立たない。ところが、すばらしいことを見聞きした時には、涙は真っ先に、ただ勝手に出てくる。
第128段「八幡の行幸のかへらせたまふに」
八幡への行幸から帝がお帰りになる時、女院の御桟敷の向こう側に御輿を止め、御消息を申し上げさせなさった。その光景は、この上なくすばらしかった。女房たちは本当に涙がこぼれそうになり、化粧した顔を皆あらわにしてしまったので、どれほど見苦しかっただろう。宣旨の使いとして、斉信の宰相中将が御桟敷へ参られた姿は、とても趣深く見えた。ただ随身を四人、たいそう立派に装束させ、馬副も細身で白く整えた者だけを連れ、広く清らかな二条大路を、見事な馬を少し速めて急いで参られた。少し離れた所で馬から下り、脇の御簾の前に控えられた様子などが、実にすばらしい。お返事を承り、御輿のもとで帝に奏上なさるところなどは、言葉では言い尽くせない。
そして、帝が宮中へお帰りになるお姿を女院がご覧になっている、そのお気持ちを想像すると、こちらまで胸が高鳴り、飛び立ちそうなほどに思われた。私はそこで長く泣いて、人に笑われてしまった。普通の身分の人でさえ、立派な子どもを持つことはたいそうすばらしいものなのだから、ましてこのように思い申し上げるだけでも、畏れ多いことである。
第129段「関白殿黒戸より出でさせたまふとて」
関白殿が黒戸からお出ましになる時、女房たちが隙間もないほど控えているのをご覧になって、
「まあ、たいそうな女房たちだこと。こんな老人を、どれほど笑っているのだろう」
とおっしゃりながら、女房たちの間を分けてお出ましになった。戸の近くにいる女房たちが、色とりどりの袖口を見せながら御簾を引き上げると、権大納言が関白殿の沓を取ってお履かせ申し上げる。権大納言はたいそう威厳があり、清らかで、堂々とした姿で、下襲の裾を長く引き、その場いっぱいに控えていらっしゃる。まあ何とすばらしい、大納言ほどの方に沓を取らせておいでなのだ、と思われる。山井の大納言をはじめ、それに続く身分の方々が、黒いものを一面に散らしたように、藤壺の塀の下から登花殿の前まで並んでいる。その中を関白殿が、すらりとしてたいそう優美に、御佩刀などを整えながら少しお立ち止まりになる。宮大夫殿は戸の前に立っていらしたので、このまま座られることはないのだろうと思っていると、関白殿が少し歩み出された途端、宮大夫殿がさっと座って控えられた。その敬い方を見ると、いったいどれほど昔からの善行の報いでこのような身分におなりなのだろうと拝見して、実にすばらしく思われた。
中納言の君が、物忌の日だといって、いかにも信心深そうに勤行していらしたので、
「その数珠を、しばらくこちらへ。私も勤行して、もっとすばらしい身になろう」
と関白殿がおっしゃるので、皆が集まって笑うけれど、それでもやはり実にすばらしい。中宮がお聞きになって、
「仏になったなら、それこそ今よりすばらしいでしょう」
とお笑いになったので、またいっそうすばらしく思って拝見した。宮大夫殿がお座りになったことを、私は何度も何度も中宮に申し上げたので、いつものように「あなたのお気に入りの人ね」とお笑いになった。その後の宮大夫殿のご様子まで中宮がご覧になっていたなら、私がそう思うのももっともだと、きっとお思いになったことだろう。
第130段「九月ばかり夜一夜降り明かしつる雨の」
九月頃、一晩中降り続いた雨が今朝はやみ、朝日がたいそう鮮やかに差し出している。庭の植え込みが、露のこぼれ落ちそうなほど濡れているのも、とても趣深い。
透垣の網代のような部分や軒の上に張られ、ところどころ残っている蜘蛛の巣に雨粒がかかっているのが、白い玉を糸に貫いたように見えるのは、たいそうしみじみとして趣深い。
少し日が高くなると、萩などの枝は露を含んでひどく重そうになっているが、露が落ちると枝がふっと動き、誰も手を触れていないのに急に上へ持ち上がる。その様子もたいそう趣深い――などと私が言うこうしたことを、ほかの人は少しもおもしろいとは思わないだろうな、と考えることまでまたおもしろい。
第131段「七日の日の若菜を」
七日の若菜を、六日に人が持って来て、皆で騒いで取り散らかしている時、見たこともない草を子どもが持って来たので、
「これは何という草なの」
と尋ねると、すぐには答えず、
「さあ」
などと言いながら、皆で顔を見合わせている。
「耳無草というのです」
と言う者がいたので、
「なるほどね。だから聞こえない顔をしているのね」
と笑っていると、まだとてもかわいらしい菊の芽を持って来たので、
摘んでもやはり「耳無草」は気の毒だ。たくさんある中には、「菊」のように聞くものもあるのだから
と言ってみたかったけれど、これもまた誰も聞き入れてはくれそうにない。

