『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(12)第233段~第275段|読みやすいふりがな付き

目次

第233段「おほきにてよきもの」

 おほきにてよきもの いへ餌袋ゑぶくろ法師ほふし果物くだものうしまつすずりすみ

 をとこほそきはをんなびたり。また、金椀かなまりのやうならむもおそろし。

 火桶ひをけ酸漿ほほづき山吹やまぶきはなさくらはなびら。

第234段「短くてありぬべきもの」

 みじかくてありぬべきもの とみのものいと下衆女げすをんなかみひとのむすめのこゑ灯台とうだい

第235段「人の家につきづきしきもの」

 ひといへにつきづきしきもの ひぢりたるらう円座わらふだ三尺さんじやく几帳きちやう。おほきやかなる童女わらはべ。よきはしたもの。

 さぶらひ曹司ざうし折敷をしき懸盤かけばんなかばん。おはらき。衝立障子ついたちさうじ。かきいた装束さうぞくよくしたる餌袋ゑぶくろ。からかさ。棚厨子たなづし提子ひさげ銚子てうし

第236段「ものへ行く路に」

 ものへみちに、きよげなるをとこのほそやかなるが、立文たてぶみもちていそぎくこそ、いづちならむとゆれ。

 また、きよげなるわらはべなどの、あこめどものいとあざやかなるにはあらで、なえばみたるに、屐子けいしのつややかなるがつちおほくつきたるをきて、しろかみにおほきにつつみたるもの、もしははこふた草子さうしどもなどれてていくこそ、いみじう、びよせてまほしけれ。

 かどちかくなるところまへわたりをるるに、愛敬あいぎやうなく、いらへもせでいくものは、使つかふらむひとこそおしはからるれ。

第237段「よろづのことよりも」

 よろづのことよりも、わびしげなるくるま装束さうぞくわるくてものひと、いともどかし。

 説経せつきやうなどはいとよし。つみうしなふことなれば。それだになほあながちなるさまにては見苦みぐるしきに、ましてまつりなどはでありぬべし。下簾したすだれなくて、しろひとへそでなどをうちれてあめりかし。ただそのれうおもひて、くるますだれもしたてて、いとくちをしうはあらじとでたるに、まさるくるまなどをつけては、なにしにとおぼゆるものを、まいて、いかばかりなるこころにて、さてるらむ。

 よきところてむといそがせば、とくでてつほど、ゐり、がりなど、あつくるしきにこうずるほどに、斎院さいゐん垣下ゑがまゐりける殿上人てんじやうびとところしゆうべん少納言せうなごんなど、ななつとひきつづけて、ゐんかたよりはしらせてくるこそ、ことなりにけりとおどろかれてうれしけれ。

 物見ものみところまへててるも、いとをかし。殿上人てんじやうびとものいひにおこせなどし、ところ御前おまへどもに水飯すゐはんはすとて、はしのもとにうまするに、おぼえあるひとどもなどは、雑色ざふしきなどりてうまくちとりなどしてをかし。さらぬものれられぬなどぞいとほしげなる。

 御輿みこしのわたらせたまへば、ながえどもあるかぎりうちおろして、ぎさせたまひぬれば、まどひあぐるもをかし。そのまへつるくるまはいみじうせいするを、

「などてつまじき」

 とてしひてつれば、いひわづらひて、消息せうそこなどするこそをかしけれ。

 ところもなくちかさなりたるに、よきところの御車みくるまひとだまひひきつづきておほくるを、いづこだにたむとすらむとるほどに、御前おまへどもただりにりて、てるくるまどもをただのけにのけさせて、ひとだまひまでてつづけさせつるこそ、いとめでたけれ。

 ひさけさせつるくるまどもの、うしかけてところあるかたにゆるがしゆくこそ、いとわびしげなれ。きらきらしくよきなどをば、いとさしもおしひしがず。

 いときよげなれど、またひなび、あやしき下衆げすなどえずせ、いだしゑなどしたるもあるぞかし。

第238段「細殿にびんなき人なむ」

細殿ほそどのにびんなきひとなむ、あかつきにかささしてでける」

 といひでたるを、よくけば、わがうえなりけり。

 地下ぢげなどいひても、やすく、ひとにゆるさるばかりのひとにもあらざなるを、あやしのことやとおもふほどに、うへより御文おんふみて、

かへりごと、ただいま」

 とおほせられたり。

 なにごとにかとてれば、おほがさのをかきて、ひとえず、ただかぎかさをとらへさせて、したに、

やまけしあしたより

 とかせたまへり。

 なほはかなきことにても、ただめでたくのみおぼえさせたまふに、はづかしくこころづきなきことは、いかでか御覧ごらんぜられじとおもふに、かかるそらごとのいでくる、くるしけれど、をかしくて、ことかみあめをいみじうらせて、したに、

ならぬちにけるかな

 さてや、

「ぬれきぬにはなりはべらむ」

 とけいしたれば、右近うこん内侍ないしなどにかたらせたまひて、わらはせたまひけり。

第239段「三条の宮におはします頃」

 三条さんでうみやにおはしますころ五日いつか菖蒲さうぶ輿こしなどもてまゐり、薬玉くすだままゐらせなどす。

 わか人々ひとびと御匣殿みくしげどのなど、薬玉くすだまして姫宮ひめみや若宮わかみやけてたてまつらせたまふ。いとをかしき薬玉くすだまども、ほかよりまゐらせたるに、あをざしといふものたるを、あをき薄様うすやうえんなるすずりふたきて、

「これ、ませしにさぶらふ」

 とてまゐらせたれば、

みなひとはなてふやといそぐもわがこころをばきみりける

 このかみはしをひきやぶらせたまひてかせたまへる、いとめでたし。

第240段「御乳母の大輔の命婦」

 御乳母おんめのと大輔たいふ命婦みやうぶ日向ひうがへくだるに、たまはするあふぎどものなかに、かたかたいとうららかにさしたる田舎ゐなかたちなどおほくして、いまかたかたきやうのさるべきところにて、あめいみじうりたるに、

あかねさすかひてもおもでよみやこれぬながめすらむと

 御手おんてにてかせたまへる、いみじうあはれなり。さるきみおきたてまつりてこそえくまじけれ。

第241段「清水にこもりたりしに」

 清水きよみづにこもりたりしに、わざと御使おつかひしてたまはせたりし、からかみのあかみたるに、くさにて、

やまちかき入相いりあひかねこゑごとにふるこころかずるらむ

ものを、こよなの長居ながゐや」

 とぞかせたまへる。かみなどのなのめげならぬも、とりわすれたるたびにて、むらさきなるはちすはなびらにきてまゐらす。

第242段「駅は」

 うまやは 梨原なしはら望月もちづきうまややまうまやは、あはれなりしことをきおきたりしに、またもあはれなることのありしかば、なほとりあつめてあはれなり。

第243段「社は」

 やしろは 布留ふるやしろ生田いくたやしろたび御社みやしろはなふちのやしろすぎ御社みやしろは、しるしやあらむとをかし。ことのままの明神みやうじん、いとたのもし。

「さのみきけむ」

 とやいはれたまはむ、とおもふぞいとほしき。

第244段「蟻通の明神」

 蟻通ありどほし明神みやうじん貫之つらゆきうまのわづらひけるに、この明神みやうじんませたまふとて、うたよみたてまつりけむ、いとをかし。

 この蟻通ありどほししとつけけるは、まことにやありけむ、むかしおはしましけるみかどの、ただわかひとをのみおぼしめして、四十しじふになりぬるをば、うしなはせたまひければ、ひとくにとほきにかくれなどして、さらにみやこのうちにさるもののなかりけるに、中将ちゆうじやうなりけるひとの、いみじうときひとにて、こころなどもかしこかりけるが、七十ななそぢちかおや二人ふたりたるに、かう四十しじふをだにせいすることに、まいておそろし、とおぢさわぐに、いみじくけうなるひとにて、とほところませじ、一日ひとひひとたびではえあるまじとて、みそかにいへのうちのりて、そのうちにをたてて、こめゑて、いきつつる。ひとにも、おほやけにも、せかくれたるよしらせてあり。などか、いへりゐたらむひとをばらでもおはせかし。うたてありけるにこそ。このおや上達部かんだちめなどにはあらむにやありけむ、中将ちゆうじやうなどをにてたりけるは。こころいとかしこう、よろづのことりたりければ、この中将ちゆうじやうもわかけれど、いとこえあり、いたりかしこくして、ときひとにおぼすなりけり。

 唐土もろこしみかど、このくにみかどを、いかではかりてこのくにらむとて、つねにこころみごとをし、あらがひごとをしておそりたまひけるに、つやつやとまろにうつくしげにけづりたる二尺にしやくばかりあるを、

「これが本末もとすゑいづかた」

 とひにたてまつれたるに、すべてるべきやうなければ、みかどおぼしめしわづらひたるに、いとほしくて、おやのもとにいきて、

「かうかうのことなむある」

 といへば、

「ただ、はやからむかはに、ちながらよこさまにれて、かへりてながれむかたをすゑとしるしてはせ」

 とをしふ。

 まゐりてがほにて、

「さて、こころみはべらむ」

 とて、ひとして、れたるに、さきにしていくかたにしるしをつけてはしたれば、まことにさなりけり。

 また、二尺にしやくばかりなるくちなはの、ただおなじながさなるを、

「これが男女をとこをんな

 とてたてまつれり。また、さらにひとらず。れいの、中将ちゆうじやうへば、

ふたつをべて、のかたにほそきすばえをしてさしせむに、はたらかさむををんなれ」

 といひける、やがて、それは内裏うちのうちにてさしけるに、まことにひとつはうごかず、ひとつはうごかしければ、またさるしるしつけて、はしけり。

 ほどひさしくして、七曲ななまがりにわだかまりたるたまの、なかとほりて左右さうくちあきたるがちひさきをたてまつりて、

「これにとほしてたまはらむ。このくににみなしみなしはべることなり」

 とてたてまつりたるに、

「いみじからむものの上手じやうず不用ふようなり」

 と、そこらの上達部かんだちめ殿上人てんじやうびとにありとあるひといふに、またきて、

「かくなむ」

 といへば、

おほきなるありをとらへて、ふたつばかりがこしにほそきいとをつけて、またそれに、いますこしふときをつけて、あなたのくちみつりてよ」

 といひければ、さまうして、ありれたるに、みつをかぎて、まことにいととくあなたのくちよりでにけり。さて、そのいとつらぬかれたるをはしてのちになむ、

もとくにはかしこかりけり」

 とて、のちにさることもせざりける。

 この中将ちゆうじやうをいみじきひとにおぼしめして、

「なにわざをし、いかなる官位くわんゐをかたまふべき」

 とおほせられければ、

「さらにつかさもかうぶりもたまはらじ。ただいたる父母ちちははのかくれうせてはべるたづねて、みやこますることゆるさせたまへ」

 とまうしければ、

「いみじうやすきこと

 とてゆるされければ、よろづのひとおやこれをきてよろこぶこといみじかりけり。

 中将ちゆうじやう上達部かんだちめ大臣おとどになさせたまひてなむありける。

 さて、そのひとかみになりたるにやあらむ、そのかみもとにまうでたりけるひとに、よるあらはれてのたまへりける、

七曲ななまがりにまがれるたまをぬきてありとほしとはらずやあるらむ

 とのたまへりける、とひとかたりし。

第245段「一条の院をば今内裏とぞいふ」

 一条いちでうゐんをば今内裏いまだいりとぞいふ。おはします殿でん清涼殿せいりやうでんにて、そのきたなる殿でんにおはします。西にしひむがし渡殿わたどのにて、わたらせたまひ、まうのぼらせたまふみちにて、まへつぼなれば、前裁せんざいゑ、ささひて、いとをかし。

 二月きさらぎ二十日はつかばかりのうらうらとのどかにりたるに、渡殿わたどの西にしひさしにて、うへ御笛おんふえかせたまふ。高遠たかとほ兵部卿ひやうぶきやう御笛おんふえにてものしたまふを、御笛おんふえふたつして、高砂たかさごををりかへしてかせたまふは、なほいみじうめでたしといふもつねなり。御笛おんふえのことどもなどそうしたまふ、いとめでたし。御簾みすのもとにあつまりでて、たてまつるをりは、

せりみし」

 などおぼゆることこそなけれ。

 すけただは木工もくじようにてぞ蔵人くらうどにはなりたる。いみじくあらあらしくうたてあれば、殿上人てんじやうびと女房にようばう

「あらはこそ」

 とつけたるを、うたつくりて、

「さうなしのぬし尾張人をはりうどたねにぞありける」

 とうたふは、尾張をはり兼時かねときがむすめのはらなりけり。これを御笛おんふえかせたまふを、そひにさぶらひて、

「なほたかかせおはしませ。えさぶらはじ」

 とまうせば、

「いかが。さりとも、りなむ」

 とて、みそかにのみかせたまふに、あなたよりわたりおはしまして、

「かのものなかりけり。ただいまこそかめ」

 とおほせられてかせたまふは、いみじうめでたし。

第246段「身をかへて天人などは」

 をかへて、天人てんにんなどはかうやあらむとゆるものは、ただの女房にようばうにてさぶらひとの、御乳母おんめのとになりたる。唐衣からぎぬず、をだにも、よういはばぬさまにて御前おまへし、御帳みちやうのうちを居所ゐどころにして、女房にようばうどもをびつかひ、つぼねにものをいひやり、ふみをとりつがせなどしてあるさま、いひつくすべくもあらず。

 雑色ざふしき蔵人くらうどになりたる、めでたし。去年こぞ十一月しもつき臨時りんじまつり御琴みことたりしは、ひとともえざりしに、君達きんだちとつれだちてありくは、いづこなるひとぞとおぼゆれ。ほかよりなりたるなどは、いとさしもおぼえず。

第247段「雪高う降りて」

 ゆきたかりて、いまもなほるに、五位ごゐ四位しゐも、いろうるはしうわかやかなるが、うへのきぬのいろいときよらにて、かはのおびのかたつきたるを、宿直姿とのゐすがたにて、ひきはこえて、むらさき指貫さしぬきゆきえて、さまさりたるをて、あこめくれなゐならずは、おどろおどろしき山吹やまぶきだして、からかさをさしたるに、かぜのいたうきてよこさまにゆききかくれば、すこしかたぶけてあゆるに、ふかくつ半靴はうくわなどのはばきまでゆきのいとしろうかかりたるこそをかしけれ。

第248段「細殿の遣戸を」

 細殿ほそどの遣戸やりどをいととうおしあけたれば、御湯殿おゆどの馬道めだうよりりて殿上人てんじやうびと、なえたる直衣なほし指貫さしぬきなどの、いみじうほころびたれば、色々いろいろきぬどものこぼれでたるをれなどして、きたぢんざまにあゆみくに、あきたるまへぐとて、えいをひきしてかほにふたぎていぬるもをかし。

第249段「岡は」

 をかは 船岡ふなをか片岡かたをか鞆岡とものをかは、ささひたるがをかしきなり。かたらひのをか人見ひとみをか

第250段「降るものは」

 るものは ゆきあられみぞれはにくけれど、しろゆきのまじりてる、をかし。

第251段「雪は」

 ゆきは、檜皮葺ひはだぶき、いとめでたし。すこしかたになりたるほど。また、いとおほうもらぬが、かはらごとにりて、くろうまろにえたる、いとをかし。

 時雨しぐれあられは 板屋いたやしもも、板屋いたやには

第252段「日は」

 は 入日いりひてぬるやまに、ひかりのなほとまりて、あかゆるに、薄黄うすきばみたるくものたなびきわたりたる、いとあはれなり。

第253段「月は」

 つきは 有明ありあけひむがし山際やまぎはほそくてづるほど、いとあはれなり。

第254段「星は」

 ほしは すばる。彦星ひこぼしゆふづつ。よばひほしすこしをかし。だになからばしかば、まいて。

第255段「雲は」

 くもは しろき。むらさきくろきもをかし。かぜくをりの雨雲あまぐも、あけはなるるほどのくろくものやうやうえてしろうなりゆくもをかし。

あさにさるいろ

 とかや、ふみにもつくりたなる。つきのいとあかきおもてにうすきくも、あはれなり。

第256段「さわがしきもの」

 さわがしきもの はし板屋いたやうへにてからすとき生飯さばふ。十八日じふはちにちに、清水きよみづにこもりあひたる。くらうなりて、まだをともさぬほどに、ほかよりひとあひたる。まいて、とほところひとくになどより、いへぬしのぼりたる、いとさわがし。ちかきほどにぬといふ。されど、えはつかざりけり。

第257段「ないがしろなるもの」

 ないがしろなるもの 女官にようくわんどものかみ姿すがた唐絵からゑかはおびのうしろ。ひじりのふるまひ。

第258段「ことばなめげなるもの」

 ことばなめげなるもの みやのべの祭文さいもんひとふねものども。雷鳴かんなりぢん舎人とねり相撲すまひ

第259段「さかしきもの」

 さかしきもの 今様いまやう三歳児みとせご。ちごのいのりし、はらなどとるをんな

 もののどもでて、いのものつくる、かみをあまたおしかさねて、いとにぶきかたなしてるさまは、一重ひとへだにつべくもあらぬに、さるもののとなりにければ、おのがくちをさへひきゆがめておしり、おほかるものどもして、かけたけうちりなどして、いと神々かうがうしうしたてて、うちるひいのることども、いとさかし。

 かつは、

「なにのみや、その殿との若君わかぎみ、いみじうおはせしを、かいのごひたるやうにやめたてまつりしかば、ろくおほたまりしこと。そのひとかのひとしたりけれど、しるしなかりければ、いまにおうなをなむす。御徳おんとくをなむる」

 などかたりをるかほもあやし。

 下衆げすいへをんなあるじ。れたるもの、それしもさかしうて、まことにさかしきひとをしへなどすかし。

第260段「ただ過ぎに過ぐるもの」

 ただぎにぐるもの かけたるふねひとのよはひ。はるなつあきふゆ

第261段「ことに人に知られぬもの」

 ことにひとられぬもの 凶会日くゑにちひと女親をんなおやいにたる。

第262段「文ことばなめき人こそ」

 ふみことばなめきひとこそいとどにくけれ。をなのめにながしたることばのにくきこそ。さるまじきひとのもとに、あまりかしこまりたるも、げにわろきことぞ。されど、たらむはことわり、ひとのもとなるさへにくくこそあれ。おほかたさしかひても、なめきは、などかくふらむとかたはらいたし。まいて、よきひとなどをさまうものはいみじうねたうさへあり。田舎ゐなかびたるものなどの、さあるは、をこにていとよし。

 男主をとこあるじなどのなめくふ、いとわるし。使つかものなどの、

「なにとおはする」

のたまふ」

 などふ、いとにくし。ここもとに

「はべり」

 などいふ文字もじをあらせばやとくこそおほかれ。さもひつべきものには、

「あなげな、愛敬あいぎやうな、などかう、このことばはなめき」

 とへば、ひとはるるひとわらふ。かうおぼゆればにや、

「あまりそす」

 などふも、ひとわろきなるべし。

 殿上人てんじやうびと宰相さいしやうなどを、ただのるを、いささかつつましげならずふは、いとかたはなるを、きようさはず、女房にようばうつぼねなるひとをさへ、

「あのもと」

きみ

 などへば、めづらかにうれしとおもひて、ほむることぞいみじき。

 殿上人てんじやうびと君達きんだち御前おまへよりほかにてはつかさをのみふ。また、御前おまへにてはおのがどちものをふとも、こしめすには、などてか

「まろが」

 などはむ。さはむにかしこく、いはざらむにわろかるべきことかは。

第263段「いみじうきたなきもの」

 いみじうきたなきもの なめくぢ。えせ板敷いたじきははきのすゑ。殿上てんじやう合子がふし

第264段「せめておそろしきもの」

 せめておそろしきもの よるかみちかとなり盗人ぬすびとりたる。わがところたるは、ものもおぼえねばなにともらず。ちか、またおそろし。

第265段「たのもしきもの」

 たのもしきもの 心地ここちあしきころ、伴僧ばんそうあまたして修法ずほふしある。心地ここちなどのむつかしきころ、まことまことしきおもひとのいひなぐさめたる。

第266段「いみじうしたてて婿とりたるに」

 いみじうしたてて婿むことりたるに、ほどもなくひと婿むこになりて、ただ一月ひとつきばかりも、はかばかしうでやみにしかば、すべていみじういひさわぎ、乳母めのとなどやうのものは、まがまがしきことなどいふもあるに、そのかへる正月むつき蔵人くらうどになりぬ。

「あさましう、かかるならひには、いかでとこそひとおもひたれ」

 など、いひあつかふはくらむかし。

 六月みなづきひと八講はつかうしたまふところに、人々ひとびとあつまりてきしに、蔵人くらうどになれる婿むこの、れうのうへはかま黒半臂くろはんぴなどいみじうあざやかにて、わすれにしひとくるまとみといふものに、半臂はんぴをひきかけつばかりにてゐたりしを、いかにるらむと、くるま人々ひとびとりたるかぎりはいとほしがりしを、こと人々ひとびとも、

「つれなくゐたりしものかな」

 など、のちにもいひき。

 なほ、をとこは、もののいとほしさ、ひとおもはむことはらぬなめり。

第267段「世の中になほいと心うきものは」

 なかになほいとこころうきものは、ひとににくまれむことこそあるべけれ。たれてふものくるひか、われひとにさおもはれむとはおもはむ。されど、自然じねん宮仕みやづかところにも、おや、はらからのなかにても、おもはるるおもはれぬがあるぞいとわびしきや。

 よきひとおんことはさらなり、下衆げすなどのほども、おやなどのかなしうするは、たてみみたてられて、いたはしうこそおぼゆれ。るかひあるはことわり、いかがおもはざらむとおぼゆ。ことなることなきは、また、これをかなしとおもふらむは、おやなればぞかしとあはれなり。

 おやにも、きみにも、すべて、うちかたらふひとにも、ひとおもはれむばかりめでたきことはあらじ。

第268段「男こそなほいとありがたく」

 をとここそ、なほいとありがたくあやしき心地ここちしたるものはあれ。いときよげなるひとてて、にくげなるひとたるもあやしかし。

 おほやけところりたちするをとこいへなどは、あるがなかによからむことをこそは、りておもひたまはめ。およぶまじからむきはをだに、めでたしとおもはむを、ぬばかりもおもひかかれかし。

 ひとのむすめ、まだひとなどをも、よしとくをこそは、いかでともおもふなれ。かつをんなにもわろしとおもふをおもふは、いかなることにかあらむ。

 かたちいとよく、こころもをかしきひとの、もようき、うたもあはれにみて、うらみおこせなどするを、かへごとはさかしらにうちするものから、よりつかず、らうたげにうちなげきてゐたるを、てていきなどするは、あさましう、おほやけはらちて、見証けんぞ心地ここち心憂こころうゆべけれど、うへにては、つゆ心苦こころぐるしさをおもらぬよ。

第269段「よろづのことよりも情けあるこそ」

 よろづのことよりもなさけあるこそ、をとこはさらなり、をんなもめでたくおぼゆれ。なげのことばなれど、せちにこころふからねど、いとほしきことをば

「いとほし」

 とも、あはれなるをば

「げにいかにおもふらむ」

 などいひけるを、つたへてきたるは、さしむかひてふよりもうれし。いかでこのひとに、おもりけりともえにしがな、とつねにこそおぼゆれ。

 かならずおもふべきひと、とふべきひとは、さるべきことなれば、とりかれしもせず。さもあるまじきひとの、さしいらへをもうしろやすくしたるは、うれしきわざなり。いとやすきことなれど、さらにえあらぬことぞかし。

 おほかたこころよきひとの、まことにかどなからぬは、をとこをんなもありがたきことなめり。また、さるひとおほかるべし。

第270段「人のうへいふを」

 ひとのうへいふをはらひとこそいとわりなけれ。いかでかいはではあらむ。わがをばさしおきて、さばかりもどかしくいはまほしきものやはある。されど、けしからぬやうにもあり、また、おのづからきつけて、うらみもぞする、あいなし。

 また、おもひはなつまじきあたりは、いとほしなどおもけば、ねんじていはぬをや。さだになくば、うちいで、わらひもしつべし。

第271段「人の顔に」

 ひとかほに、とりきてよしとゆるところは、たびごとにれども、あなをかし。めづらしきとこそおぼゆれ。など、あまたたびれば、もたたずかし。ちかてたる屏風びやうぶなどは、いとめでたけれども、れられず。

 ひとのかたちはをかしうこそあれ。にくげなる調度てうどなかにも、ひとつよきところのまもらるるよ。みにくきもさこそはあらめとおもふこそわびしけれ。

第272段「古代の人の指貫着たるこそ」

 古代こだいひと指貫さしぬきたるこそ、いとたいだいしけれ。まへにひきてて、まづすそをみなれて、こしはうちてて、きぬまへをととのへはてて、こしをおよびてとるほどに、うしろざまにをさしやりて、さるはれたるやうにほどきてるは、とみのことにいでたつべくもえざめり。

第273段「十月十よ日の月の」

 十月かんなづきとをつきのいとあかきにありきて、女房にようばう十五六人じふごろくにんばかり、みなきぬうへて、ひきかへしつつありしに、中納言ちゆうなごんきみの、くれなゐのはりたるをて、くびよりかみをかきしたまへりしが、あたらし、そとには、いともよくたりしかな。

「ひひなのすけ」

 とぞ、わか人々ひとびとつけたりし。のちちてわらふもらずかし。

第274段「成信の中将こそ」

 成信なりのぶ中将ちゆうじやうこそ、ひとこゑはいみじうようりたまひしか。おなじところひとこゑなどは、つねにかぬひとはさらにえかず。ことにをとこひとこゑをもをも、かぬものを、いみじうみそかなるも、かしこうきたまひしこそ。

第275段「大蔵卿ばかり」

 大蔵卿おほくらきやうばかりみみときひとはなし。まことに、のまつげのつるをもきつけたまひつべうこそありしか。

 しき御曹司みざうし西面にしおもてみしころ、大殿おほとの新中将しんちゆうじやう宿直とのゐにて、ものなどひしに、そばにあるひとの、

「この中将ちゆうじやうに、あふぎのことへ」

 とささめけば、

「いま、かのきみちたまひなむにを」

 といとみそかにるるを、そのひとだにえきつけで、

なにとか、なにとか」

 とみみをかたぶけるに、とほくゐて、

「にくし。さのたまはば、今日けふたじ」

 とのたまひしこそ、いかできつけたまふらむとあさましかりしか。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次