第1段「夜まさりするもの」
夜まさりするもの、濃き掻練の艶。むしりたる綿。女は額はれたるが髪うるはしき。琴の声。かたち悪き人のけはひ良き。郭公。滝の音。
第2段「火かげにおとるもの」
火影に劣るもの、紫の織物。藤の花。すべて、その類は皆劣る。紅は月夜にぞ悪き。
第3段「聞きにくきもの」
聞きにくきもの、声にくげなる人の、物言ひ、笑ひなど、うち解けたるけはひ。眠りて陀羅尼読みたる。歯黒め付けて物言ふ声。異なる事なき人は、物食ひつるも言ふぞかし。篳篥習ふ程。
第4段「文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの」
文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの、炒塩。袙。帷子。屐子。泔、桶舟。
第5段「下の心かまへてわろくてきよげに見ゆるもの」
下の心構へて悪くて清げに見ゆるもの、唐絵の屏風。石灰の壁。盛物。檜皮葺の屋の上。河尻の遊び。
第6段「女の表着は」
女の表着は、薄色。葡萄染。萌黄。桜。紅梅。すべて、薄色の類。
第7段「唐衣は」
唐衣は、赤色。藤。夏は二藍。秋は枯野。
第8段「裳は」
裳は、大海。
第9段「汗衫は」
汗衫は、春は躑躅。夏は青朽葉。朽葉。
第10段「織物は」
織物は、紫。白き。紅梅も良けれど、見醒めこよなし。
第11段「綾の紋は」
綾の紋は、葵。かたばみ。霰地。
第12段「薄様色紙は」
薄様色紙は、白き。紫。赤き。刈安染。青きも良し。
第13段「硯の箱は」
硯の箱は、重ねの蒔絵に雲鳥の紋。
第14段「筆は」
筆は、冬毛。使ふもみめもよし。兎の毛。
第15段「墨は」
墨は、丸なる。
第16段「貝は」
貝は、虚貝。蛤。いみじう小さき梅の花貝。
第17段「櫛の箱は」
櫛の箱は、蛮絵、いと良し。
第18段「鏡は」
鏡は、八寸五分。
第19段「蒔絵は」
蒔絵は、唐草。
第20段「火桶は」
火桶は、赤色。青色。白きに作絵も良し。
第21段「畳は」
畳は、高麗縁。また、黄なる地の縁。
第22段「檳榔毛は」
檳榔毛は、のどやかに遣りたる。網代は、走らせ来る。
第23段「松の木立高き所の」
松の木立高き所の東、南の格子上げ渡したれば、涼しげに透きて見ゆる母屋に、四尺の几帳立てて、その前に円座置きて、四十ばかりの僧のいと清げなる、墨染の衣、薄物の袈裟、鮮やかに装束きて、香染の扇を使ひ、せめて陀羅尼を読み居たり。
物怪にいたう悩めば、移すべき人とて、大きやかなる童の、生絹の単衣鮮やかなる、袴長う着なしてゐざり出でて、横様に立てたる几帳のつらにゐたれば、外様に捻り向きて、いとあざやかなる独鈷を取らせて、うち拝みて読む陀羅尼も尊し。
見証の女房あまた添ひ居て、つと守らへたり。久しうもあらで震ひ出でぬれば、もとの心失せて、行ふままに従ひ給へる、仏の御心もいと尊しと見ゆ。
兄人、従兄弟なども、みな内外したり。尊がりて集まりたるも、例の心ならば、いかに恥づかしと惑はむ。みづからは苦しからぬ事と知りながら、いみじうわび泣いたるさまの心苦しげなるを、憑き人の知り人どもなどは、らうたく思ひ、気近く居て、衣引き繕ひなどす。
かかる程に、よろしくて、
「御湯」
など言ふ。北面に取り次ぐ若き人どもは、心許なく、引き提げながら、急ぎ来てぞ見るや。単どもいと清げに、薄色の裳など萎えかかりてはあらず、清げなり。
いみじう理など言はせて、許しつ。
「几帳の内にありとこそ思ひしか。浅ましくもあらはに出でにけるかな。いかなることありつらむ」
と、恥づかしくて、髪を振り掛けてすべり入れば、
「しばし」
とて、加持少しうちして、
「いかにぞや、爽やかになりたまひたりや」
とてうち笑みたるも、心恥づかしげなり。
「しばしも候ふべきを、時のほどになりはべりぬれば」
など罷り申しして出づれば、
「しばし」
など留むれど、いみじう急ぎ帰る所に、上臈とおぼしき人、簾の元にゐざり出でて、
「いと嬉しく立ち寄らせ給へる験に、堪へ難う思ひ給へつるを、ただ今怠りたるやうにはべれば、返々なむ喜び聞こえさする。明日も、御いとまのひまにはものせさせ給へ」
となむ言ひつつ、
「いと執念き御もののけにはべるめり。たゆませたまはざらむ、ようはべるべき。よろしう物せさせ給ふなるを、喜び申しはべる」
と言少なにて出づるほど、いと験ありて仏の現れ給へるとこそ覚ゆれ。
第24段「きよげなる童べの髪うるはしき」
清げなる童べの髪麗しき、また、大きなるが、髭は生ひたれど、思はずに髪麗しき、うち強かに、むくつけげに多かなるなど、多くて、暇なうここかしこに、やむごとなう、覚えあるこそ、法師もあらまほしげなるわざなれ。
第25段「宮仕所は」
宮仕所は、内裏。后の宮。その御腹の一品の宮など申したる。斎院、罪深かなれどをかし。まいて、余の所は。また春宮の女御の御方。
第26段「荒れたる家の蓬ふかく」
荒れたる家の蓬深く、葎這ひたる庭に、月の隈なく明く澄み昇りて見ゆる。また、さやうの荒れたる板間より漏り来る月。荒うはあらぬ風の音。
第27段「池ある所の五月長雨の頃こそ」
池ある所の五月長雨の頃こそいとあはれなれ。菖蒲、菰など生ひこりて、水も緑なるに、庭も一つ色に見え渡りて、曇りたる空をつくづくと眺め暮したるは、いみじうこそあはれなれ。いつも、すべて、池ある所はあはれにをかし。
冬も、氷したる朝などは言ふべきにもあらず。わざと繕ひたるよりも、うち捨てて水草がちに荒れ、青みたる絶え間絶え間より、月影ばかりは白々と映りて見えたるなどよ。
すべて、月影は、いかなる所にてもあはれなり。
第28段「長谷にもうでて」
長谷にもうでて局にゐたりしに、あやしき下臈どもの、後ろをうち任せつつ居並みたりしこそねたかりしか。
いみじき心起こして参りしに、川の音などの恐ろしう、呉階を上る程など、おぼろげならず困じて、いつしか仏の御前を疾く見奉らむ、と思ふに、白衣着たる法師、蓑虫などのやうなる者ども集まりて、立ち居、額づきなどして、つゆばかり所も置かぬ気色なるは、誠にこそねたく覚えて、押し倒しもしつべき心地せしか。いづくもそれはさぞあるかし。
やむごとなき人などの参り給へる、御局などの前ばかりをこそ払ひなどもすれ、よろしき人は制し煩ひぬめり。さは知りながらも、なほ差し当たりてさる折々、いと妬きなり。
掃ひ得たる櫛、垢に落とし入れたるも妬し。
第29段「女房の参りまかでには」
女房の参りまかでには、人の車を借る折もあるに、いと心よう言ひて貸したるに、牛飼童、例のしもしよりも強く言ひて、いたう走り打つも、あなうたてと覚ゆるに、男どもの物むつかしげなる気色にて、
「とう遣れ。夜更けぬ先に」
など言ふこそ、主の心推し量られて、また言ひ触れむとも覚えね。
業遠の朝臣の車のみや、夜中、暁分かず人の乗るに、いささかさることなかりけれ。
ようこそ教へ習はしけれ。
それに、道にあひたりける女車の、深き所に落とし入れて、え引き上げで、牛飼の腹立ちければ、従者して打たせさへしければ、まいて戒め置きたるこそ。

