このページでは、清少納言『枕草子』第25段から第36段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(2)第25段~第36段をご覧ください。
第25段「すさまじきもの」
興ざめなもの。昼に吠える犬。春の網代。三月、四月に着る紅梅色の衣。牛が死んでしまった牛飼い。赤ん坊が亡くなった産屋。火をおこしていない炭櫃や地下炉。博士が続けて女の子をもうけたこと。方違えに出かけたのに、主人がもてなしてくれない所。まして節分などは、たいそう興ざめである。
地方にいる人から送ってきた手紙に、贈り物が何も添えてないのも興ざめだ。京からの手紙も同じように思うだろうが、それは知りたいことをいろいろ書き集め、世間の出来事なども知らせてくれるので、とてもよい。
人のもとへ、わざわざきれいに書いて送った手紙の返事を、「もう持って来る頃だろう。妙に遅い」と待っているうちに、さきほどの手紙を、立文にしたものも結んだものも、ひどく汚らしく扱ってふくらませ、表に引いてあった墨の線なども消えてしまった状態で、
「いらっしゃいませんでした」
あるいは、
「御物忌だということで、受け取ってもらえませんでした」
と言って持ち帰ってきたのは、ひどくがっかりして興ざめである。
また、必ず来るはずの人のもとへ車をやって待っていると、車の帰って来る音がするので、「あの人が来たのだ」と人々が出て見る。ところが車をそのまま車宿へ引き入れて、轅をばたんと下ろすので、
「どうしたの」
と尋ねると、
「今日はほかへお出かけになるということで、こちらへはいらっしゃいませんでした」
などと言って、牛だけを引き出して行ってしまう。
また、家に通っていた男君が来なくなってしまうのも、たいそう興ざめである。しかるべき人に宮仕えしている人のところへ使いをやり、気恥ずかしく思いながら待っているのも、まったくつまらない。赤ん坊の乳母が、ほんの少しの間だけと言って出かけたので、あれこれと赤ん坊をなだめながら、
「早く帰ってきて」
と言ってやったのに、
「今夜は参れそうにありません」
と返事をよこしたのは、興ざめなだけでなく、ひどく腹立たしく、どうしようもない。女を迎えに行く男なら、ましてどれほどだろう。待っている人のある所で、夜が少し更けてから、そっと門をたたく音がすると、胸が少しどきりとして、人を出して尋ねさせる。ところが、まったく関係のない者が名乗ってやって来たというのも、何度言っても足りないほど興ざめである。
験者が物の怪を調伏しようとして、たいそう得意そうな顔で、独鈷や数珠などを持たせ、蝉のような声を絞り出して経を読んでいるのに、少しも物の怪が退く様子がなく、護法も憑かないので、人々が集まって座り、祈りながら見守っている。男も女も「おかしい」と思っているうちに、時刻が変わるほどまで読み疲れて、
「これは違う。もう立ちなさい」
と言って、数珠を取り返し、
「ああ、まったく効き目がないなあ」
などと言い、額のあたりから上へ髪をかき上げ、大あくびをして、横になってしまう。
ひどく眠たいと思っているときに、それほど親しくも思っていない人が押し起こして、しきりに話しかけてくるのは、たいそう興ざめである。
除目で官職を得られなかった人の家。今年こそは必ず任官するという噂を聞いて、以前仕えていた者たちや、今はそれぞれ別の田舎めいた所に住んでいる者などが皆集まって来る。出入りする車の轅も隙間なく見えるほどで、物詣での供にも「われもわれも」と付き従い、食べたり酒を飲んだりして大騒ぎしている。ところが除目の終わる明け方まで、門をたたく音が少しもしない。「おかしい」と耳を澄ませていると、先払いの声々が聞こえ、上達部などは皆退出してしまった。結果を聞きに行き、宵から寒さに震えながら待っていた下衆の男が、ひどく気落ちした様子で歩いて来るのを見ても、皆は尋ねることさえできない。
ほかから来た者などが、
「殿は何におなりになったのですか」
などと尋ねると、答えには、
「何々の前司でいらっしゃいます」
などと必ず答える。本当に期待していた者は、たいそう嘆かわしいと思っている。朝になり、隙間もないほど居並んでいた者たちが、一人二人とそっと抜け出して帰っていく。昔から仕えていて、そう簡単には離れられそうもない者たちは、来年空きそうな国々を指を折って数えたりしながら、うろうろ歩き回っているのも、気の毒で興ざめな様子である。
自分ではまずまずよく詠めたと思う歌を人のもとへ送ったのに、返歌がない。相手が恋しい人ならどうであろう。それでさえ、その折にふさわしい趣のある返事をしないのは、見下げたものだと思う。また、人が多く出入りしてにぎわい、時めいている所へ、すっかり時代遅れになった人が、自分には暇が多いものだから、昔のことを思い出して、これといって取り柄もない歌を詠んで送ってくるのも興ざめである。何かの折の扇を、すばらしいものにしようと思って、風流を解する人に渡したのに、その日になって思いもよらない絵などが描かれて戻ってきたとき。
産養いや馬の餞別などの使いに、禄を与えないこと。ちょっとした薬玉や卯槌などを持って歩く者にさえ、やはり必ず何か与えるべきである。思いがけないことで物をもらったなら、とても得をしたと思うだろう。こちらは必ず禄をもらえる使いだと思い、期待して出かけたのだから、もらえないとことさら興ざめなのである。
婿を迎えて四、五年もたつのに、産屋の騒ぎが一度もない家も、たいそう興ざめである。成人した子どもが大勢いて、場合によっては孫まで這い回っていそうな年齢の夫婦が昼寝をしているのも興ざめだ。そばにいる子どもの気持ちからしても、親が昼寝をしている間は頼りどころがなく、何となくつまらないものだ。寝起きに浴びる湯は、腹立たしくさえ感じられる。
十二月の大晦日ごろに降り続く長雨。
「一日ばかりの精進の解斎」
とでもいうのだろうか。
第26段「たゆまるるもの」
つい気がゆるんでしまうもの。精進の日の勤行。ずっと先にある急ぎの用意。寺に長い間籠もっていること。
第27段「人に侮らるるもの」
人に侮られるもの。築地塀の崩れたもの。あまりに人がよいと周囲に知られてしまった人。
第28段「にくきもの」
憎らしいもの。急ぐことがあるときにやって来て、長話をする客。気安い相手なら、
「また後で」
と言って帰すこともできるが、さすがにこちらが気を遣うような立派な人だと、たいそう憎らしく、わずらわしい。
硯に髪の毛が入って、一緒にすられていること。また、墨の中に石があって、きしきしと音を立てること。
急に病人が出て、験者を呼ぼうとするのに、いつもいる所にはいない。ほかをあちこち捜している間、ひどく待ち遠しく、ようやく見つけて喜びながら加持をさせると、この頃は物の怪の調伏を続けて疲れていたのだろうか、座るとすぐに眠そうな声になるのは、たいそう憎らしい。
たいしたこともない人が、やたらと笑いながら、ひどく多くものを言うこと。火桶の火や炭櫃などに、手のひらを何度も返しながら、手を伸ばしてあぶっている者。若々しい人がそんなことをするだろうか。年寄りじみた者なら、火桶の縁に足まで持ち上げ、話しながらこすったりするのだろう。そのような者は、人の家へ来て座ろうとすると、まず扇であちらこちらをあおぎ散らして塵を払い、座る場所もなかなか決めず、広く場所を取り、狩衣の前を巻き込んで座ったりする。このようなことは、言うに足りない身分の者だけがするのかと思っていたが、少しはましな身分の式部の大夫などと呼ばれる人もしていた。
また、酒を飲んで大声をあげ、口の中を探るようにし、髭のある者はそれをなで、杯をほかの人へ渡すときの様子なども、ひどく憎らしく見える。また、
「飲め」
と言うのであろう、体を震わせ、頭を振り、口の端まで引き下げて、子どもが、
「こふ殿に参りて」
などと歌うようなまねをする。それも、実に立派な人がなさるのを見たので、嫌なものだと思うのである。
何でも人をうらやみ、自分の身の上を嘆き、人の噂をし、ほんの露や塵ほどのことまで知りたがり、聞きたがって、知らせてくれない人を恨んだり悪く言ったりする人。また、ほんの少し聞きかじったことを、もともと自分が知っていたことのように、別の人にも詳しげに語るのも、たいそう憎らしい。
何かを聞こうと思っているときに泣く赤ん坊。烏が集まって飛び交い、騒がしく鳴くこと。
人目を忍んでやって来た人を見知って吠える犬。無理をして人目につかない所へ隠して寝かせた人が、いびきをかくこと。
また、人目を忍んで訪ねて来るのに長烏帽子をかぶり、それでも人には見られまいと慌てて入る途中で物にぶつかり、そよそよと音を立ててしまうこと。伊予簾などが掛けてあるのに頭をぶつけ、さらさらと鳴らすのも、たいそう憎らしい。
帽額の簾なら、まして固い部分に触れてしまう音がたいそうよく響く。それも、そっと引き上げて入ればまったく鳴らない。遣戸を荒々しく閉めたり開けたりするのも、ひどくみっともない。少し持ち上げるようにして開ければ、音などするものか。乱暴に開けるから、障子などもごとごとと大きな音を立てるのである。
眠たいと思って横になっているときに、蚊が細い声でつらそうに名乗るように鳴きながら、顔のあたりを飛び回ること。その小さな体のくせに羽風まで感じられるのが、たいそう憎らしい。
きしむ車に乗っている人。耳が聞こえないのだろうかと思われて、たいそう憎らしい。自分がその車に乗っているときには、その車の主人まで憎らしくなる。
また、人が物語をしているところへ口を挟み、自分一人で先に話してしまう者。何につけても出しゃばる者は、子どもでも大人でも、たいそう憎らしい。たまたま訪ねて来た子どもや童をかわいがり、おもしろい物などを与えたりすると、それに慣れて、いつもやって来ては座り込み、調度を散らかしてしまうのも、たいそう憎らしい。
家でも宮仕え先でも、会わずに済ませたいと思っている人が来たので寝たふりをしているのに、自分のそばに仕える者が起こしに来て、「なんて寝坊なのだろう」とでもいう顔をして揺り起こすのは、たいそう憎らしい。新参の者が、人を差し越して知った顔で教えるようなことを言い、世話を焼くのも、たいそう憎らしい。
自分の知っている男が、以前付き合っていた女のことを褒めて話し出すのも、昔のことであってもやはり憎らしい。まして今まさに関係のある女なら、どれほどかと思いやられる。ただし、かえってそれほど気にならないこともある。
くしゃみをして、まじないの言葉を唱えること。だいたい、人の家の男主人でない者が大きなくしゃみをするのは、たいそう憎らしい。
蚤もたいそう憎らしい。衣の下で跳ね回って、衣を持ち上げるようにする。犬が声をそろえて、長々と鳴き上げるのも、不吉な感じまでして憎らしい。
開けて出入りした所を閉めない人は、たいそう憎らしい。
第29段「心ときめきするもの」
胸がときめくもの。雀の子を飼うこと。赤ん坊を遊ばせている所の前を通ること。よい薫物をたいて一人で横になっていること。唐鏡の少し曇っているのを見ること。すてきな男が車を止め、取り次ぎを求めて人を呼ばせること。
髪を洗い、化粧をして、香のよく染みた衣などを着ること。特に見てくれる人のいない所でも、心の中はやはりたいそう楽しい。待っている人などがある夜には、雨の音や、風が吹いて物を揺らす音にも、はっと驚かされる。
第30段「過ぎにし方恋しきもの」
過ぎ去った昔が恋しくなるもの。枯れた葵。雛遊びの道具。二藍や葡萄染などの裂れが、押しつぶされて草子の中などに入っていたのを見つけたとき。
また、その折にはしみじみと心を動かされた人からの手紙を、雨などが降ってすることもない日に捜し出したとき。去年の扇。
第31段「心ゆくもの」
満足するもの。上手に描かれた女絵に、おもしろい詞書がたくさん付いているもの。見物の帰りに、車から人がこぼれそうなほど男たちが大勢乗り、牛を上手に扱う牛飼いが車を走らせていること。白く美しい陸奥紙に、たいそう細く、書くには向かないほどの筆で手紙を書いたもの。つややかな糸をよく練り、うまく繰り合わせたもの。丁ばみで、丁をたくさん出したとき。よくものを言う陰陽師に、河原へ出て呪詛の祓いをさせたとき。夜、寝起きに飲む水。
退屈なときに、それほど親しすぎない客が来て、世間の話や、この頃あったおもしろいこと、憎らしいこと、不思議なことなどを、あれこれに関係づけながら、公のことも私事も十分にわかるよう、聞いて心地よい程度に語ってくれるのは、たいそう満足した気持ちになる。
神社や寺などに参詣して祈願を頼むとき、寺では法師、神社では禰宜などが、事情をよく心得ていて、はきはきと、こちらが期待した以上に滞りなく、聞いていて気持ちよく申し上げてくれること。
第32段「檳榔毛はのどかに」
檳榔毛の車は、ゆったりと走らせるのがよい。急いでいるのは見苦しい。
網代車は速く走らせるのがよい。人の家の門前などを通り過ぎるとき、ふと見送る暇もないほどすぐに通り過ぎ、供の人ばかりが走っていくのを見て、「誰なのだろう」と思うのがおもしろい。ゆっくりと長い時間をかけて進むのは、たいそうよくない。
第33段「説経の講師は」
説経をする講師は、顔立ちのよい人がよい。講師の顔をじっと見つめていると、その説く教えの尊さまで感じられる。目をそらしていると、ふと内容を忘れてしまうので、顔のよくない講師では、こちらまで罪を得るのではないかと思われる。
このことを書くのはやめておこう。もう少し若い頃なら、このように罪を得そうなことも書き出したのだろうが、今では罪というものがたいそう恐ろしい。
また、尊い人こそ仏道を求める心が深いというので、説経があるという所ごとに真っ先に行って座っているが、やはり私のこの罪深い心から見ると、それほどひたすら仏道を求めているようにも見えない。
蔵人などは、昔は御前などということもせず、その年くらいは宮中のあたりにも姿を見せなかったというが、今はそれほどでもないようだ。
蔵人の五位ともなれば、その役目に忙しく仕えてはいるものの、それでもなお何となく手持ち無沙汰で、心のどこかには暇があるように感じるらしい。そういう説経の場へ一度二度と聞きに行き始めると、いつも行きたくなって、夏のたいそう暑い日にも、帷子をとても鮮やかに着て、薄二藍や青鈍の指貫などを裾まで踏み散らすようにして座っている。烏帽子に物忌の札を付けているのは、物忌の日ではあるけれど、功徳を積むことには差し支えないと見せたいのだろうか。その法会を行う聖と話をし、車をどこへ立てるかといったことまで気を配って見ていて、すっかりそのことに熱中している様子である。
長いこと会っていなかった人と法会で出会うと、珍しがって近くに座り寄り、話をしてうなずき、おもしろいことなどを語り出す。扇を大きく広げて口に当てて笑い、きれいに装束を整え、手にした数珠をいじりながら、あちらこちらを見やり、車のよしあしを褒めたりけなしたり、「誰それの所であの人がした八講は」「あの経供養のときは」と、ああだったこうだったと言い比べているうちに、今行われている説経などまるで聞いていない。まあ、いつも聞いていることなのだから、耳慣れて珍しくもないのだろう。
そうではなく、講師が高座に上がってしばらくした頃、前駆を少し伴った車が止まり、そこから人が降りてくる。蝉の羽よりも軽そうな直衣と指貫、生絹の単衣などを着た者も、狩衣姿の者もいて、そのような若く細身の人が三、四人ほど、さらに侍の者も同じくらいの人数で入って来る。すると初めから座っていた人々も少し身じろぎして場所をあけ、高座のすぐ近くの柱もとに座らせる。彼らが静かに数珠を揉みながら聞いているので、講師も張り合いを感じるのだろう、どうにかして人に語り伝えられるほどの説経をしようと、力を入れて説き始めるようである。
人々が聴聞して倒れたり大騒ぎしたり、額を地につけて礼拝するほどになる前に、ほどよいところで立ち上がって帰っていく。そのとき、車のほうを見やって仲間同士で何か話しているのも、「何を言っているのだろう」と思われる。見知っている人ならおもしろく思い、知らない人なら「誰なのだろう。あの人だろうか」などと想像して、目をつけて見送ってしまうのがおもしろい。
「あそこで説経があったそうだ」「八講があったそうだ」
などと人が言い伝えると、
「あの人は来ていたの」
「もちろん」
などと、決まって話題にされるのは、あまりなことだ。どうしてまったく顔を出さずにいられるだろう。身分の低い女でさえ熱心に聞いているようなのに。とはいっても、昔は初めの頃には、歩いて説経を聞きに来る女などはいなかった。たまには壺装束などをして、きれいに化粧をして出かける女もいたようだが、それも物詣でなどをするためであった。説経などを聞きに行く女は、それほど多いとは聞かなかった。
この頃の有様を、そうした風習が始まった当時に目立っていた人が、もし長生きして見ていたなら、どれほど悪く言い、非難したことだろう。
第34段「菩提といふ寺に」
菩提という寺で結縁の八講が行われたので参詣していると、人のもとから、
「早くお帰りください。とても寂しいです」
と言ってきたので、蓮の葉の裏に、
求めてまでこのような蓮の露のもとへ来たのに、それを置いて、つらいこの世へまた帰ったりするものでしょうか。
と書いて送った。
本当にたいそう尊く、心にしみる法会なので、そのまま泊まってしまいたいほどに思われ、湘中の家の人がじれったく思うことなども忘れてしまいそうである。
第35段「小白河といふ所は」
小白河という所は、小一条の大将殿のお邸である。そこで上達部たちが結縁の八講をお催しになった。世間の人々はたいそうすばらしい催しだと評判にして、
「遅れて行った車などは、停める場所もないだろう」
と言うので、露とともに起きるほど早く出かけた。なるほど車の轅は隙間もないほど並び、その上にさらに重ねるようにして停められていて、三台ほどまでなら、少しは法会の声も聞こえそうである。
六月十日過ぎのことで、暑さはこの上ないほどである。池の蓮を見やるときだけは、とても涼しい気持ちがする。左右の大臣方を除いては、来ていない上達部はいない。二藍の直衣や指貫、浅葱の帷子などを透けるように着ていらっしゃる。少し年長の方々は、青鈍の指貫に白い袴を着ていて、それもたいそう涼しそうである。佐理の宰相なども皆若々しい装いをしており、何もかもこの上なく尊く、見ていておもしろい光景である。
廂の簾を高く上げ、長押の上には、上達部が奥のほうを向いて長々と並んで座っていらっしゃる。
その次には殿上人や若君たちがいて、狩装束や直衣などもたいそう美しく、座る場所もなかなか定まらず、あちらこちらに立って歩き回っているのもおもしろい。実方の兵衛の佐、長命侍従などは、この家の子なので、もう少し気軽に出入りしている。まだ童の若君なども、たいそうかわいらしくていらっしゃる。
少し日が高くなった頃、当時三位の中将と申し上げていた、のちの関白殿がお入りになった。薄物の二藍の御直衣、二藍の織物の指貫、濃蘇芳の下袴に、張りのある真っ白な単衣のたいそう鮮やかなものをお召しになっている。これほど軽やかで涼しげな装いの人々の中では暑そうに見えてもよいはずなのに、実にすばらしく立派に見える。朴や塗骨など骨の種類は違っても、皆一様に赤い紙の扇をお持ちなのが、撫子が盛んに咲いている様子によく似ている。
まだ講師が高座に上がらないうちに、懸盤に載せて、何かはわからないが食べ物を差し上げているらしい。義懐の中納言のお姿が、いつも以上にすばらしいことといったらない。色合いも華やかで、たいそう鮮やかに映えている。どの色とも言いにくいほど淡い帷子を着ているので、本当にただ直衣一枚だけを着ているように見える。しきりに車の並ぶほうを見やりながら、何かと言葉をかけていらっしゃるのを、おもしろいと思わない人はいなかっただろう。
あとから来た車は、もう停める隙間もなかったので、池のそばへ引き寄せて停めてあった。それをご覧になって、実方の君に、
「この場にふさわしい言い方で消息を伝えられそうな者を、一人」
とお命じになると、どのような人なのか、選んで連れていらっしゃった。
「どのように言ってやろうか」
と、近くに座っている方々が相談なさって使いに出されたが、その言葉までは聞こえない。使いの者がたいそう心得た様子で車のもとへ歩み寄っていくのを、皆は笑いながら見ている。車の後ろのほうへ行って何か言っているらしい。
長いこと立っているので、
「歌でも詠んでいるのだろうか。兵衛の佐、返歌を考えておけ」
などと笑い、早く返事を聞きたいと、そこにいる人は皆、大人の上達部まで、そちらのほうを見やっていらっしゃる。なるほど、そばにいた人まで一緒になって見ていたのもおもしろかった。
返事を聞いたのだろうか、使いの者が少し歩いて戻って来るところを、扇を差し出して呼び返したので、「歌などの言葉を言い間違えたくらいで、こんなふうに呼び返すものだろうか。あれほど長く立っていたのだから、もし何か直すことがあったとしても、今さら直しようもないだろうに」と思われる。近くまで戻って来るのさえ待ち遠しく、
「どうだった、どうだった」
と、誰もが尋ねなさる。すぐには答えず、権中納言がお尋ねになったので、そちらへ行き、もったいぶった様子で申し上げる。三位の中将が、
「早く言え。あまり気を利かせすぎて、かえって失敗するぞ」
とおっしゃると、
「こちらも、ただ同じことだとのことでございます」
と言うのが聞こえる。
藤大納言は人一倍身を乗り出して、
「何と言ったのだ」
とお尋ねになるらしく、三位の中将が、
「たいそうまっすぐな木を、無理に折り曲げたようなものです」
と申し上げると、お笑いになったので、皆もわけもなく、どっと笑う。その声は車の中にも聞こえただろう。
中納言が、
「では、呼び返される前には何と言ったのだ。今のが言い直した言葉なのか」
とお尋ねになると、
「長いこと立っておりましたが、何の返事もございませんでしたので、それでは戻ろうと思って帰りかけましたところ、呼ばれまして……」
などと申し上げる。
「誰の車なのだろう。見知っている人か」
などと不思議がって、
「さあ、今度は歌を詠んで送ろう」
などとおっしゃっているうちに講師が高座へ上がったので、皆静かに座り、そちらばかり見ているうちに、その車はまるでかき消すようにいなくなってしまった。下簾なども、まるで今日初めて使ったばかりのように見え、濃い一重襲に二藍の織物、蘇芳の薄物の上着などを重ね、後ろには摺り模様の裳を広げたまま垂らしていた。いったい何者だったのだろう。中途半端な人物というよりは、評判どおりの立派な人なのだろうと思われ、かえってたいそうよい感じがした。
朝座の講師の清範は、高座の上まで光に満ちているように見え、実にすばらしい。暑さがつらいうえに、今日中に済ませなければならない仕事を放り出して来ているので、「ほんの少し聞いて帰ろう」と思っていたのだが、車が幾重にも集まっているため、出て行く場所がない。朝の講義が終わったら何とかして出ようと思い、前にいる車々へ知らせると、車を近くに立てていることがうれしいとでもいうように、年老いた上達部まで笑ったり嫌がったりする。それにもかまわず、返事もしないで、無理に狭い所を抜け出していくと、権中納言が、
「いやいや、帰ってしまうのもよいだろう」
と言って微笑んでいらっしゃるのがすばらしい。そのことさえ耳に入らないほど暑さに参りながら外へ出て、人を使いにして、
「五千人の中にお入りにならないということは、まさかありますまい」
と申し上げて、帰ってしまった。
その八講の初めから最終日まで、ずっと停めてある車があったが、誰かが近寄るとも見えず、何もかもただ驚くほど、絵に描いたもののように静かに過ごしていた。めったにないほど立派で、奥ゆかしく、「いったいどのような人なのだろう。何とかして知りたい」と人々がお尋ねになったという。それをお聞きになって、藤大納言などは、
「何がすばらしいものか。たいそう憎らしく、不吉な者ではないか」
とおっしゃったのがおもしろかった。
さて、その月の二十日過ぎに、中納言が出家して法師になってしまわれたのは、しみじみと悲しいことだった。桜などが散るのは、まだ世の常のことである。
「奥を待つ間の」
とさえ言うことのできないようなご様子に見えたのであった。
第36段「七月ばかりいみじう暑ければ」
七月頃、ひどく暑いので、どの場所もすべて開け放したまま夜を明かす。月の出ている頃には、夜中にふと目を覚まして外を見ると、たいそう趣がある。闇夜もまたよい。有明の月は、改めて言うまでもない。
たいそうつややかな板敷の端近くに、鮮やかな畳を一枚敷き、三尺の几帳を奥のほうへ押しやってあるのは感心しない。几帳は端のほうに立てるべきである。奥が丸見えになりそうで気がかりではないか。
人はもう帰ってしまったのだろう。薄色の衣で、裏がたいそう濃く、表が少し返って見えるもの、そうでなければ濃い綾のつややかで、まだあまりしおれていない衣を、頭からすっぽりかぶって寝ている。香染の単衣、あるいは黄生絹の単衣、紅の単衣を着て、袴の腰紐がたいそう長く、衣の下から引きずられているのも、まだほどかれたままなのだろう。
外のほうへ髪が重なりながらゆったりと広がっていて、その様子から長さが想像される。そこへ、またどこから来たのだろう、朝ぼらけのひどく霧の立ちこめた中、二藍の指貫に、あるかないかほどの淡い香染の狩衣を着た男がいる。白い生絹に紅を透かしたものなのだろう、つややかな衣が霧にひどく湿っているので脱ぎ、鬢が少しふくらんでいるため、烏帽子を押し込むようにかぶっている様子も、くつろいで乱れた感じに見える。
朝顔の露が落ちないうちに手紙を書こうと、道を行く間も気がせいて、
「麻生の下草」
などと口ずさみながら自分のほうへ戻っていく。すると格子が上がっていたので、御簾の端を少し引き上げて見る。先ほど帰って行った男も風流な人で、露もしみじみと感じられたのだろうか、としばらく見ていると、枕もとのほうに、朴の骨に紫の紙を張った扇が、開いたまま置いてある。細長く折った陸奥紙の畳紙で、花色か紅色か、少し色のついたものも、几帳のもとに散らばっている。
人の気配がするので、女が衣の中から見ると、男は微笑みながら長押に寄りかかって座っている。
恥ずかしがらなければならないほどの相手ではないが、気を許してくつろげるほど親しい相手でもないので、「困ったところを見られてしまった」と思う。
「ずいぶん名残惜しそうな朝寝ですね」
と言って、簾の内側へ半分ほど入ってくると、
「露よりも先に帰った人が恨めしくて」
と言う。特別に書き留めるほどおもしろいことがあるわけではないが、あれこれと言葉を交わす二人の様子は悪くない。
枕もとにある扇を、男が自分の扇を使って手を伸ばし、引き寄せようとする。あまりに近くへ寄って来るので、女は胸がときめき、かぶっている衣を引き下ろして顔を隠す。男は扇を取って見たりしながら、
「ずいぶんよそよそしく思っていらっしゃることですね」
などと軽く言い、恨み言などを言っているうちに、すっかり明るくなり、人々の声も聞こえ、今にも日が差し出しそうになる。
霧の切れ間が見えそうになるほどの時間になり、あれほど急いでいた手紙を書くことまで遅れてしまったのが、気がかりである。
帰って行った男からも、いつの間に書いたのだろうと思われる手紙が、露のついたまま折った萩に結びつけて届いているが、取り出して見せることもできない。香をたいそう焚きしめた紙の匂いが、とてもよい。あまりに居づらい状況になったので男が立ち去ると、「自分が今朝起きてきた所も、こんなふうになっているのだろうか」と想像されるのも、おもしろいことであろう。

