『源氏物語』第28帖「野分」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

中宮の御前に、秋の花を

 中宮ちゅうぐう御前おまへに、あきはなゑさせたまへること、つねとしよりも見所みどころおほく、色種いろくさくして、よしある黒木くろき赤木あかきませひまぜつつ、おなじきはなえだざし、姿すがた朝夕あさゆふつゆひかりつねならず、たまかとかかやきてつくりわたせる野辺のべいろるに、はた、はるやまわすられて、すずしうおもしろく、こころもあくがるるやうなり。

 はるあきあらそひに、むかしよりあきこころするひとかずまさりけるを、名立なだたるはる御前おまへ花園はなぞの心寄こころよせしひとびと、またきかへしうつろふけしき、のありさまにたり。

 これを御覧ごらんじつきて、里居さとゐしたまふほど、御遊おほんあそびなどもあらまほしけれど、八月はづき故前坊こぜんばう御忌月おほんきづきなれば、こころもとなくおぼしつつるるに、このはないろまさるけしきどもを御覧ごらんずるに、野分のわきれいとしよりもおどろおどろしく、そらいろかはりてづ。

 はなどものしをるるを、いとさしもおもひしまぬひとだに、あなわりなとおもさわがるるを、まして、くさむらのつゆたまみだるるままに、御心みこころまどひもしぬべくおぼしたり。おほふばかりのそでは、あきそらにしもこそしげなりけれ。れゆくままに、ものもえずきまよはして、いとむくつけければ、御格子みかうしなどまゐりぬるに、うしろめたくいみじと、はなうへおぼなげく。

南の御殿にも、前栽つくろはせ

 みなみ御殿おとどにも、前栽せんざいつくろはせたまひけるをりにしも、かくでて、もとあらの小萩こはぎ、はしたなくちえたるかぜのけしきなり。かへり、つゆもとまるまじくらすを、すこしはしぢかくてたまふ。

 大臣おとどは、姫君ひめぎみ御方おほんかたにおはしますほどに、中将ちゅうじゃうきみまゐりたまひて、ひむがし渡殿わたどの小障子こさうじかみより、妻戸つまどきたるひまを、何心なにごころもなく見入みいれたまへるに、女房にょうばうのあまたゆれば、ちとまりて、おともせでる。

 御屏風おほんびゃうぶも、かぜのいたくきければ、たたせたるに、見通みとほしあらはなるひさし御座おましにゐたまへるひと、ものにまぎるべくもあらず、気高けだかくきよらに、さとにほふ心地ここちして、はるあけぼのかすみより、おもしろき樺桜かばざくらみだれたるを心地ここちす。あぢきなく、たてまつるわがかほにもうつるやうに、愛敬あいぎゃうはにほひりて、またなくめづらしきひとおほんさまなり。

 御簾みすげらるるを、ひとびとおさへて、いかにしたるにかあらむ、うちわらひたまへる、いといみじくゆ。はなどもを心苦こころぐるしがりて、え見捨みすててりたまはず。御前おまへなるひとびとも、さまざまにものきよげなる姿すがたどもはわたさるれど、うつるべくもあらず。

大臣おとどのいと気遠けどほくはるかにもてなしたまへるは、かくひとただにはえおもふまじきおほんありさまを、いたりふか御心みこころにて、もし、かかることもやとおぼすなりけり」

 とおもふに、けはひおそろしうて、るにぞ、西にし御方おほんかたより、うち御障子みさうじけてわたりたまふ。

「いとうたて、あわたたしきかぜなめり。御格子みかうしろしてよ。をのこどもあるらむを、あらはにもこそあれ」

 とこえたまふを、またりてれば、ものこえて、大臣おとどもほほみてたてまつりたまふ。おやともおぼえず、わかくきよげになまめきて、いみじき御容貌おほんかたちさかりなり。

 をんなもねびととのひ、かぬことなきおほんさまどもなるを、にしむばかりおぼゆれど、この渡殿わたどの格子かうしはなちて、てるところのあらはになれば、おそろしうて退きぬ。いままゐれるやうにうちこわづくりて、簀子すのこかたあゆでたまへれば、

「さればよ。あらはなりつらむ」

 とて、「かの妻戸つまどきたりけるよ」と、いま見咎みとがめたまふ。

としごろかかることのつゆなかりつるを。かぜこそ、げにいはほげつべきものなりけれ。さばかりの御心みこころどもをさわがして。めづらしくうれしきつるかな」とおぼゆ。

人びと参りて

 ひとびとまゐりて、

「いといかめしうきぬべきかぜにはべり。うしとらかたよりきはべれば、この御前おまへはのどけきなり。馬場むまば御殿おとどみなみ釣殿つりどのなどは、あやふげになむ」

 とて、とかくことおこなひののしる。

中将ちゅうじゃうは、いづこよりものしつるぞ」

三条さんでうみやにはべりつるを、かぜいたくきぬべしと、ひとびとのまうしつれば、おぼつかなさにまゐりはべりつる。かしこには、まして心細こころぼそく、かぜおとをも、いまはかへりて、わかのやうにぢたまふめれば。心苦こころぐるしさに、まかではべりなむ」

 とまうしたまへば、

「げに、はや、まうでたまひね。いもていきて、またわかうなること、にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ」

 など、あはれがりきこえたまひて、

「かくさわがしげにはべめるを、この朝臣あそんさぶらへばと、おもひたまへゆづりてなむ」

 と、御消息おほんせうそここえたまふ。

 みちすがらいりもみするかぜなれど、うるはしくものしたまふきみにて、三条宮さんでうのみや六条院ろくでうのゐんとにまゐりて、御覧ごらんぜられたまはぬなし。内裏うち御物忌おほんものいみなどに、えさらずもりたまふべきよりほかは、いそがしき公事おほやけごと節会せちゑなどの、いとまいるべく、ことしげきにあはせても、まづこのゐんまゐり、みやよりぞでたまひければ、まして今日けふ、かかるそらのけしきにより、かぜのさきにあくがれありきたまふもあはれにゆ。

 みや、いとうれしう、たのもしとけたまひて、

「ここらのよはひに、まだかくさわがしき野分のわきにこそあはざりつれ」

 と、ただわななきにわななきたまふ。

おほきなるえだなどのるるおとも、いとうたてあり。御殿おとどかはらさへのこるまじくらすに、かくてものしたまへること」

 と、かつはのたまふ。そこら所狭ところせかりし御勢おほんいきほひのしづまりて、このきみたのもしびとおぼしたる、つねなきなり。いまもおほかたのおぼえのうすらぎたまふことはなけれど、うち大殿おほとのおほんけはひは、なかなかすこしうとくぞありける。

 中将ちゅうじゃうもすがらあらかぜおとにも、すずろにものあはれなり。こころにかけてこひしとおもひとおほんことは、さしおかれて、ありつる御面影おほんおもかげわすられぬを、

「こは、いかにおぼゆるこころぞ。あるまじきおもひもこそへ。いとおそろしきこと」

 と、みづからおもまぎらはし、異事ことことおもうつれど、なほ、ふとおぼえつつ、

かたすゑ、ありがたくもものしたまひけるかな。かかる御仲おほんなからひに、いかでひむがし御方おほんかた、さるもののかずにてならびたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし」

 とおぼゆ。大臣おとど御心みこころばへを、ありがたしとおもりたまふ。

 人柄ひとがらのいとまめやかなれば、げなさをおもらねど、「さやうならむひとをこそ、おなじくは、かしらさめ。かぎりあらむいのちのほども、いますこしはかならずびなむかし」とおもつづけらる。

暁方に風すこししめりて

 暁方あかつきがたかぜすこししめりて、村雨むらさめのやうにづ。

六条院ろくでうのゐんには、はなれたるどもたふれたり」

 などひとびとまうす。

かぜきまふほど、ひろくそこらたか心地ここちするゐんに、ひとびと、おはします御殿おとどのあたりにこそしげけれ、ひむがしまちなどは、人少ひとずくなにおぼされつらむ」

 とおどろきたまひて、まだほのぼのとするにまゐりたまふ。

 みちのほど、よこさまあめいとひややかにる。そらのけしきもすごきに、あやしくあくがれたる心地ここちして、

なにごとぞや。またわがこころおもくははれるよ」とおもづれば、「いとげなきことなりけり。あな、ものぐるほし」

 と、とざまかうざまにおもひつつ、ひむがし御方おほんかたに、まづまうでたまへれば、こうじておはしけるに、とかくこえなぐさめて、ひとして、所々ところどころつくろはすべきよしなどひおきて、みなみ御殿おとどまゐりたまへれば、まだ御格子みかうしまゐらず。

 おはしますにあたれる高欄かうらんしかかりて、わたせば、やまどももきなびかして、えだどもおほしたり。くさむらはさらにもいはず、桧皮ひはだかはら所々ところどころ立蔀たてじとみ透垣すいがいなどやうのものみだりがはし。

 のわづかにさしでたるに、うれがほなるにはつゆきらきらとして、そらはいとすごくりわたれるに、そこはかとなくなみだつるを、おしのごかくして、うちしはぶきたまへれば、

中将ちゅうじゃうこわづくるにぞあなる。はまだふかからむは」

 とて、きたまふなり。なにごとにかあらむ、こえたまふこゑはせで、大臣おとどうちわらひたまひて、

「いにしへだにらせたてまつらずなりにし、あかつきわかれよ。いまならひたまはむに、心苦こころぐるしからむ」

 とて、とばかりかたらひきこえたまふけはひども、いとをかし。をんなおほんいらへはこえねど、ほのぼの、かやうにこえたはぶれたまふことおもむきに、「ゆるびなき御仲おほんなからひかな」と、きゐたまへり。

御格子を御手づから引き上げ

 御格子みかうし御手おほんてづからげたまへば、気近けぢかきかたはらいたさに、退きてさぶらひたまふ。

「いかにぞ。昨夜よべみやちよろこびたまひきや」

「しか。はかなきことにつけても、なみだもろにものしたまへば、いと不便ふびんにこそはべれ」

 とまうしたまへば、わらひたまひて、

いまいくばくもおはせじ。まめやかにつかうまつりえたてまつれ。内大臣うちのおとどは、こまかにしもあるまじうこそ、うれへたまひしか。人柄ひとがらあやしうはなやかに、男々ををしきかたによりて、おやなどの御孝おほんけうをも、いかめしきさまをばてて、ひとにもおどろかさむのこころあり、まことにしみてふかきところはなきひとになむ、ものせられける。さるは、こころくまおほく、いとかしこきひとの、すゑにあまるまで、ざえたぐひなく、うるさながら。ひととして、かくなんなきことはかたかりける」

 などのたまふ。

「いとおどろおどろしかりつるかぜに、中宮ちゅうぐうに、はかばかしき宮司みやづかさなどさぶらひつらむや」

 とて、このきみして、御消息おほんせうそここえたまふ。

よるかぜおとは、いかがこししつらむ。みだりはべりしに、おこりあひはべりて、いとへがたき、ためらひはべるほどになむ」

 とこえたまふ。

中将下りて、中の廊の戸より

 中将ちゅうじゃうりて、なからうよりとほりて、まゐりたまふ。あさぼらけの容貌かたち、いとめでたくをかしげなり。ひむがしたいみなみそばちて、御前おまへかたやりたまへば、御格子みかうし、まだ二間ふたまばかりげて、ほのかなるあさぼらけのほどに、御簾みすげてひとびとゐたり。

 高欄かうらんしかかりつつ、わかやかなるかぎりあまたゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬけぼののほど、色々いろいろなる姿すがたは、いづれともなくをかし。

 童女わらはべろさせたまひて、むしどもにつゆはせたまふなりけり。紫苑しおん撫子なでしこうすあこめどもに、女郎花をみなへし汗衫かざみなどやうの、ときにあひたるさまにて、よたり五人いつたりれて、ここかしこのくさむらにりて、色々いろいろどもをてさまよひ、撫子なでしこなどの、いとあはれげなるえだどもまゐる、きりのまよひは、いとえんにぞえける。

 追風おひかぜは、紫苑しおにことごとににほそらも、かうのかをりも、ればひたまへるおほんけはひにやと、いとおもひやりめでたく、心懸想こころげさうせられて、でにくけれど、しのびやかにうちおとなひて、あゆでたまへるに、ひとびと、けざやかにおどろきがほにはあらねど、みなすべりりぬ。

 御参おほんまゐりのほどなど、わらはなりしに、れたまへる、女房にょうばうなども、いとけうとくはあらず。御消息おほんせうそこけいせさせたまひて、宰相さいしゃうきみ内侍ないしなど、けはひすれば、私事わたくしごとしのびやかにかたらひたまふ。これはた、さいへど、気高けだかみたるけはひありさまをるにも、さまざまにものおもでらる。

南の御殿には、御格子参りわたして

 みなみ御殿おとどには、御格子みかうしまゐりわたして、昨夜よべ見捨みすてがたかりしはなどもの、行方ゆくへらぬやうにてしをれしたるをたまひけり。中将ちゅうじゃう御階みはしにゐたまひて、御返おほんかへこえたまふ。

あらかぜをもふせがせたまふべくやと、若々わかわかしく心細こころぼそくおぼえはべるを、いまなむなぐさみはべりぬる」

 とこえたまへれば、

「あやしくあえかにおはするみやなり。をんなどちは、ものおそろしくおぼしぬべかりつるのさまなれば、げに、おろかなりともおぼいつらむ」

 とて、やがてまゐりたまふ。御直衣おほんなほしなどたてまつるとて、御簾みすげてりたまふに、「みじか御几帳みきちゃうせて、はつかにゆる御袖口おほんそでぐちは、さにこそはあらめ」とおもふに、むねつぶつぶと心地ここちするも、うたてあれば、ほかざまにやりつ。

 殿との御鏡おほんかがみなどたまひて、しのびて、

中将ちゅうじゃうあさけの姿すがたは、きよげなりな。ただいまは、きびはなるべきほどを、かたくなしからずゆるも、こころやみにや」

 とて、わが御顔おほんかほは、りがたくよしとたまふべかめり。いといたう心懸想こころげさうしたまひて、

みやえたてまつるは、づかしうこそあれ。なにばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、えたまはぬひとの、おくゆかしくこころづかひせられたまふぞかし。いとおほどかにをんなしきものから、けしきづきてぞおはするや」

 とて、でたまふに、中将ちゅうじゃうながめりて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、心疾こころとひと御目おほんめにはいかがたまひけむ、ちかへり、女君をんなぎみに、

昨日きのふかぜまぎれに、中将ちゅうじゃうたてまつりやしてけむ。かのきたりしによ」

 とのたまへば、おもてうちあかみて、

「いかでか、さはあらむ。渡殿わたどのかたには、ひとおともせざりしものを」

 とこえたまふ。

「なほ、あやし」とひとりごちて、わたりたまひぬ。

 御簾みすうちりたまひぬれば、中将ちゅうじゃう渡殿わたどの戸口とぐちひとびとのけはひするにりて、ものなどたはぶるれど、おもふことの筋々すぢすぢなげかしくて、れいよりもしめりてゐたまへり。

こなたより、やがて北に通りて

 こなたより、やがてきたとほりて、明石あかし御方おほんかたやりたまへば、はかばかしき家司けいしだつひとなどもえず、れたる下仕しもづかひどもぞ、くさなかにまじりてありく。童女わらはべなど、をかしき衵姿あこめすがたうちとけて、こころとどめゑたまふ龍胆りんだう朝顔あさがほのはひまじれるませも、みなみだれたるを、とかくたづぬるなるべし。

 もののあはれにおぼえけるままに、さうこときまさぐりつつ、はしぢかうゐたまへるに、御前駆おほんさきこゑのしければ、うちとけえばめる姿すがたに、小袿こうちきひきとして、けぢめせたる、いといたし。はしかたについゐたまひて、かぜさわぎばかりをとぶらひたまひて、つれなくかへりたまふ、こころやましげなり。

「おほかたにおぎぐるかぜおとひとつにしむ心地ここちして」

 とひとりごちけり。

西の対には、恐ろしと思ひ明かし

 西にしたいには、おそろしとおもかしたまひける、名残なごりに、寝過ねすぐして、いまかがみなどもたまひける。

「ことことしく前駆さき、なひそ」

 とのたまへば、ことにおとせでりたまふ。屏風びゃうぶなどもみなたたせ、ものしどけなくしなしたるに、のはなやかにさしでたるほど、けざけざと、ものきよげなるさましてゐたまへり。ちかくゐたまひて、れいの、かぜにつけてもおなすぢに、むつかしうこえたはぶれたまへば、へずうたてとおもひて、

「かう心憂こころうければこそ、今宵こよひかぜにもあくがれなまほしくはべりつれ」

 と、むつかりたまへば、いとよくうちわらひたまひて、

かぜにつきてあくがれたまはむや、軽々かるがるしからむ。さりとも、まるかたありなむかし。やうやうかかる御心みこころむけこそひにけれ。ことわりや」

 とのたまへば、

「げに、うちおもひのままにこえてけるかな」

 とおぼして、みづからもうちみたまへる、いとをかしきいろあひ、つらつきなり。酸漿ほほづきなどいふめるやうにふくらかにて、かみのかかれる隙々ひまひまうつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしもしなたかえざりける。そのほかは、つゆなんつくべうもあらず。

中将、いとこまやかに

 中将ちゅうじゃう、いとこまやかにこえたまふを、「いかでこの御容貌おほんかたちてしがな」とおもひわたるこころにて、すみ御簾みすの、几帳きちゃうひながらしどけなきを、やをらげてるに、まぎるるものどももりやりたれば、いとよくゆ。かくたはぶれたまふけしきのしるきを、

「あやしのわざや。親子おやここえながら、かくふところはなれず、ものちかかべきほどかは」

 ととまりぬ。「やつけたまはむ」とおそろしけれど、あやしきに、こころもおどろきて、なほれば、はしらがくれにすこしそばみたまへりつるを、せたまへるに、御髪みぐしりて、はらはらとこぼれかかりたるほど、をんなも、いとむつかしくくるしとおもうたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、りかかりたまへるは、

「こととれしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらむ。おもらぬくまなくおはしける御心みこころにて、もとより見馴みなほしたてたまはぬは、かかる御思おほんおもひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、うとまし」

 とおもこころづかし。「をんなおほんさま、げに、はらからといふとも、すこし退きて、異腹ことはらぞかし」などおもはむは、「などか、こころあやまりもせざらむ」とおぼゆ。

 昨日きのふおほんけはひには、けおとりたれど、るにまるるさまは、ちもならびぬべくゆる。八重山吹やへやまぶきみだれたるさかりに、つゆのかかれる夕映ゆふばえぞ、ふとおもでらるる。をりにあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。はなかぎりこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、ひと御容貌おほんかたちのよきは、たとへむかたなきものなりけり。

 御前おまへひとず、いとこまやかにうちささめきかたらひこえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞちたまふ。女君をんなぎみ

みだかぜのけしきに女郎花をみなへししをれしぬべき心地ここちこそすれ」

 くはしくもこえぬに、うちじたまふをほのくに、にくきもののをかしければ、なほてまほしけれど、「ちかかりけりとえたてまつらじ」とおもひて、りぬ。

 御返おほんかへり、

下露したつゆになびかましかば女郎花をみなへしあらかぜにはしをれざらまし

なよたけたまへかし」

 など、ひがみみにやありけむ、きよくもあらずぞ。

東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ

 ひむがし御方おほんかたへ、これよりぞわたりたまふ。今朝けさ朝寒あさざむなるうちとけわざにや、ものちなどするねび御達ごたち御前おまへにあまたして、細櫃ほそびつめくものに、綿わたきかけてまさぐる若人わかうどどもあり。いときよらなる朽葉くちばうすもの今様色いまやういろなくちたるなど、らしたまへり。

中将ちゅうじゃう下襲したがさねか。御前おまへ壺前栽つぼせんさいえんまりぬらむかし。かくらしてむには、何事なにごとかせられむ。すさまじかるべきあきなめり」

 などのたまひて、なににかあらむ、さまざまなるもののいろどもの、いときよらなれば、「かやうなるかたは、みなみうへにもおとらずかし」とおぼす。御直衣おほんなほし花文綾けもんれうを、このころだしたるはなして、はかなくでたまへる、いとあらまほしきいろしたり。

中将っちゅじゃうにこそ、かやうにてはせたまはめ。わかひとのにてめやすかめり」

 などやうのことをこえたまひて、わたりたまひぬ。

むつかしき方々めぐりたまふ

 むつかしき方々かたがためぐりたまふ御供おほんともありきて、中将ちゅうじゃうは、なまこころやましう、かまほしきふみなど、たけぬるをおもひつつ、姫君ひめぎみ御方おほんかたまゐりたまへり。

「まだあなたになむおはします。かぜぢさせたまひて、今朝けさはえがりたまはざりつる」

 と、御乳母おほんめのとこゆる。

「ものさわがしげなりしかば、宿直とのゐつかうまつらむとおもひたまへしを、みやの、いとも心苦こころぐるしうおぼいたりしかばなむ。ひひな殿とのは、いかがおはすらむ」

 とひたまへば、ひとびとわらひたまひて、

あふぎかぜだにまゐれば、いみじきことにおぼいたるを、ほとほとしくこそみだりはべりしか。この御殿おほんとのあつかひに、わびにてはべり」などかたる。

「ことことしからぬかみやはべる。御局みつぼねすずり

 とひたまへば、御厨子みづしりて、かみ一巻ひとまき御硯おほんすずりふたりおろしてたてまつれば、

「いな、これはかたはらいたし」

 とのたまへど、きた御殿おとどのおぼえをおもふに、すこしなのめなる心地ここちして、ふみきたまふ。

 むらさき薄様うすやうなりけり。すみこころとめておしすり、ふでさきうちつつ、こまやかにきやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしくさだまりて、にくくちつきこそものしたまへ。

かぜさわぎむらくもまがふゆふべにもわするるなくわすられぬきみ

 みだれたる苅萱かるかやにつけたまへれば、ひとびと、

交野かたの少将せうしゃうは、かみいろにこそととのへはべりけれ」とこゆ。

「さばかりのいろおもかざりけりや。いづこの野辺のべのほとりのはな

 など、かやうのひとびとにも、言少ことずくなにえて、こころくべくももてなさず、いとすくすくしう気高けだかし。

 またもいたまうて、むますけたまへれば、をかしきわらは、またいとれたる御随身みずいじんなどに、うちささめきてらするを、わかひとびと、ただならずゆかしがる。

渡らせたまふとて

 わたらせたまふとて、ひとびとうちそよめき、几帳きちゃうなほしなどす。つるはなかほどもも、おもくらべまほしうて、れいはものゆかしからぬ心地ここちに、あながちに、妻戸つまど御簾みすて、几帳きちゃうのほころびよりれば、もののそばより、ただはひわたりたまふほどぞ、ふとうちえたる。

 ひとのしげくまがへば、なにのあやめもえぬほどに、いとこころもとなし。薄色うすいろ御衣おほんぞに、かみのまだたけにははづれたるすゑの、ひろげたるやうにて、いとほそちひさき様体やうだい、らうたげに心苦こころぐるし。

一昨年おととしばかりは、たまさかにもほのたてまつりしに、またこよなくひまさりたまふなめりかし。ましてさかりいかならむ」とおもふ。「かのつる先々さきざきの、さくら山吹やまぶきといはば、これはふぢはなとやいふべからむ。木高こだかよりきかかりて、かぜになびきたるにほひは、かくぞあるかし」とおもひよそへらる。「かかるひとびとを、こころにまかせてたてまつらばや。さもありぬべきほどながら、へだへだてのけざやかなるこそつらけれ」などおもふに、まめごころも、なまあくがるる心地ここちす。

祖母宮の御もとにも

 祖母宮おばみやおほんもとにもまゐりたまへれば、のどやかにて御行おほんおこなひしたまふ。よろしき若人わかうどなど、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束さうぞくどもも、さかりなるあたりにはるべくもあらず。容貌かたちよき尼君あまぎみたちの、墨染すみぞめにやつれたるぞ、なかなかかかるところにつけては、さるかたにてあはれなりける。

 うち大臣おとどまゐりたまへるに、御殿油おほんとなぶらなどまゐりて、のどやかに御物語おほんものがたりなどこえたまふ。

姫君ひめぎみひさしくたてまつらぬがあさましきこと」

 とて、ただきにきたまふ。

いまこのごろのほどにまゐらせむ。こころづからものおもはしげにて、口惜くちをしうおとろへにてなむはべめる。をんなこそ、よくはば、ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、こころのみなむくされはべりける」

 など、なほこころけずおもひおきたるけしきしてのたまへば、心憂こころうくて、せちにもこえたまはず。そのついでにも、

「いと不調ふでうなるむすめまうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」

 と、うれへきこえたまひて、わらひたまふ。みや

「いで、あやし。むすめといふはして、さがなかるやうやある」

 とのたまへば、

「それなむ見苦みぐるしきことになむはべる。いかで、御覧ごらんぜさせむ」

 と、こえたまふとや。

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