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『発心集』第4巻(第38話~第47話)原文全文

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 このページでは、鴨長明『発心集』第4巻(第38話~第47話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

 現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第4巻(第38話~第47話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

第38話 中ごろ、義叡といひて

 中なかごろ、義叡ぎえいといひて、ここかしこ、行おこなひ歩ありく修行者しゆぎやうじやありけり。熊野くまのより大峰おほみねに入いりて、御嶽みたけへ出いづる間あひだに、道みちを踏ふみたがへて、十日余とをかあまりがほど、すずろに嶮けはしき谷たに、峰みねを迷まよひ歩ありきける。身み疲つかれ、力ちから尽つきて、いとどあやふく思おぼえければ、心こころをいたして、本尊ほんぞんに祈いのり乞こふ。

 その後のち、からうじて平たひらかなる所ところに行ゆき出いでたりけり。そこに一ひとつの松原まつばらあり。林はやしの中なかに一ひとつの庵いほりあり。近ちかく歩あゆみよりて、これを見みるに、えもいはぬ、新あたらしく作つくれる屋いへあり。物ものの具ぐ飾かざり、みな玉たまのごとし。庭にはの砂子すなご雪ゆきに異ことならず。植木うえきには花はな咲さき、木きの実み結むすび、前栽せんざいにはさまざまの咲さく花はな色いろことに妙たへなり。義叡ぎえいこれを見みて、喜よろこぶことかぎりなし。

 しばしうち休やすみつつ、この屋やの内うちを見みれば、聖ひじり一人ひとりあり。齢よはひわづかに二十はたちばかりにやと見みゆ。衣ころも、袈裟けさうるはしく着きて、法華経ほけきやう読よみたてまつる。この声こゑ妙たへなることたとへていはん方かたなし。一巻いつくわんを読よみ終をはりて、経机きやうづくえの上うへに置おけば、その経きやう人ひとも手て触ふれぬに、みづから巻まき返かへされて、もとのごとくになる。かくしつつ、一ひとの巻まきより八巻はちくわんにいたるまで、巻まくこと前まへのごとし。一部いちぶ読よみ終をはりて廻向礼拝ゑかうらいはいす。

 その後のち、立たち出いでて、この人ひとを見みて、驚おどろきあやしみていはく、

「この所ところには、昔むかしより人ひと来くることなし。山やまの中なかにも深ふかき山やまなれば、鳥とりの声こゑだにも聞きこえず。いかにして来きたれるぞ」

 と言いふ。ことのありさま始はじめより語かたる。すなはち、あはれみて、坊ばうの内うちへ呼よび入いれつ。

 とばかりありて、形かたちえもいはずうつくしき童子どうじめでたき食くひ物ものを捧ささげて来きたる。聖ひじりこの僧そうに勧すすむれば、これを食くひ終をはりぬ。味あじはひの妙たへなること人間にんげんの食じきにあらず。おほかた、ことにふれ、ものごとに不思議ふしぎならずといふことなし。

 僧そう聖ひじりに問とひていはく

「この所ところに住すみて、幾年いくとせばかりにかなりたまへる。また、いかなることかはべる。何なにごともおぼす様さまなりや」

 と言いふ。聖ひじりのいはく、

「ここに住すみ初はじめて後のち、八十余年はちじふよねんになりぬ。われもとは叡山東塔えいざんとうたふの三昧座主さんまいざすの弟子でしにてなんありしが、しかあるを、いささかのことによりて、はしたなくさいなまれしかば、愚おろかなる心こころにて、かしこに迷まよひ歩ありきて、定さだめたりし所ところもなかりき。よはひ衰おとろへて後のち、この山やまに跡あとをとどめて、今いまはここにて終をはらんことを待まつなり」

 と言いふ。

 僧そういよいよ怪あやしく思おぼえて、重かさねて問とふ。

「人ひと来きたらぬよしのたまへど、めでたき童子どうじあまた見みゆ。これ御おん偽いつはりに似にたり」

 聖ひじりのいはく、

「天諸童子以為給仕てんのもろもろのどうじをもつてきふじをなす、何なにかは怪あやしからん」

 と言いふ。僧そうまた同おなじく、

「よはひたけたるよしをのたまへど、御形かたちを見みれば、若わかく盛さかりなり。これまたおぼつかなし」

 聖ひじりのいはく、

「得聞是経病即消滅不老不死このきやうをきくことをえればやまひすなはちせうめつしふらうふしならん、さらに飾かざれることにあらず」

 かくて、ややほど経へる間あひだに、聖ひじりこの僧そうを勧すすめていはく、

「とく帰かへりたまへ」

 と言いふ。僧そう歎なげきて言いふやう、

「日ひごろ迷まよひ歩ありきつるほどに、身み疲つかれ、力ちから尽つきて、たちまちに帰かへるべき心地ここちもせず。いはんや、日ひすでに傾かたむきて夜よに入いなんとす。何なにのゆゑにか、聖ひじりわれをいとひたまへる」

 と言いふ。聖ひじりのいふやう、

「いとふにはあらず。はるかに人間にんげんの気けを離はなれて、多おほくの年としを経へたるゆゑに、勧すすめ聞きこゆばかりなり。もし、今夜こよひ泊とまらんとならば、身みを動うごかさず、音おとを立たてずして居ゐたれ」

 と教をしふ。僧そう聖ひじりの教をしへのごとく、隠かくれつつ居ゐたり。

 やうやう夜よ更ふくるほどに、風かぜにはかに吹ふきて、常つねの気色けしきにあらず。すなはち、さまざまの形かたちしたる、鬼神きじん、諸もろの猛たけき獣けだもの数かずも知しらず集あつまる。馬面ばめんなるもあり、牛うしに似にたるもあり、また、鳥とりの頭かしらなるもあり。鹿しかの形かたちなるもあり。おのおの香花かうげのごとく、果物くだもののたぐひ、もろもろの飯食はんじきを捧ささげて、松まつの庭にはに高たかき机つくえを立たてて、その上うへに置おきつつ、掌たなごころを合あはせて敬うやまひ拝をがみて、平ひらび居ゐぬ。

 この中なかに、ある輩ともがらのいはく、

「怪あやしきかな。常つねに似にず、人間にんげんの気けあり」

 また、あるがいはく、

「何人なにびとか、ここに来きたらん」

 と言いふ。そののち、聖ひじり発願ほつぐわんして法華経ほけきやうを読よむ。

 暁あかつきに及およびて、廻向ゑかうする時とき、このもろもろの輩ともがら敬うやまひ拝はいして去さりぬ。僧そう問とひていはく、

「このさまざま形かたちしたる物もの、数かずも知しらず、何なにのたぐひ、いづれの所ところより来きたれるぞ」

 聖ひじりのいはく、

「若人在空閑、我遣天竜王、夜叉鬼神等、為作聴法衆もしひとくうげんにあらばわれてんりゆうわうやしやきじんとうをつかはしてためにちやうほふしゆとなさしめん、これなり」

 と云いふ。さまざまの不思議ふしぎを見み、聖ひじりの言葉ことばを聞きくに、貴たふとく頼たのもしきことかぎりなし。

 明あけぬれば、「今いまは帰かへりなん」と思おもひて、なほ、道みちにまどはんことを歎なげく。聖ひじりの、

「しるべを付つけて、送おくりまうすべし」

 と言いひて、水瓶みづがめを取とりて、前まへに置おく。その水瓶すいびやう踊おどり下くだりて、やうやう先さきに行ゆく。

 その瓶かめの後しりに付つきて行ゆくままに、二時ふたときばかりを経へて、山やまの頂いただきに登のぼりぬ。ここにて見下みおろせば、麓ふもとに人里ひとざとあり。その時ときに、水瓶すいびやう空そらに昇のぼりて、もとの所ところに飛とび帰かへりにけり。

 この人ひと、里さとに行ゆき出いでて、このことをば語かたり伝つたへたりけるなり。記きとて、かれこれに記しるし置おける文ふみあれど、ことしげければ、覚おぼゆるばかりを書かきたるなり。

第39話 浄蔵貴所と聞こゆるは善宰相清行の子

 浄蔵貴所じやうざうきしよと聞きこゆるは善宰相清行よしのさいしやうきよゆきの子こ、並ならびなき行人ぎやうにんなり。

 山やまにて、鉢はちの法ほふを行おこなひて、鉢はちを飛とばしつつ過すぎけるころ、ある日ひ、空むなしき鉢はちばかり帰かへり来きて、入いる物ものなし。あやしく思おもふほどに、このこと続つづけて三日みつかになりぬ。

 驚おどろきて、「道みちの間あひだにいかなることのあるぞ。見みん」と思おもひて、四日よつかといふ日ひ、鉢はちの行ゆく方かたの山やまの峰みねに出いでて、うかがひけるほどに、わが鉢はちとおぼしくて、京きやうの方かたより飛とび来くるを、北きたの方かたより、また、あらぬ鉢はちの来き合あひて、その入いる物ものを移うつし取とりて、もとの方かたへ帰かへり行ゆくありけり。

 これを見みるに、「いと安やすからず。さりとも」とこそ思おもふに、「誰たればかりかは、わが鉢はちの物もの移うつし取とるわざをせん。このこと目めざましき者もののしわざかな。見みん」と思おもひて、わが空むなしき鉢はちを加持かぢして、それをしるべにてなん、はるばると北きたをさして、雲霧くもきりをしのぎつつ分わけ入いりける。

 「今いまは二、三百町にさんびやくちやうも来こぬらん」と思おもふほどに、ある谷たにはざまの、松風まつかぜ響ひびき渡わたりて、いさぎよく好このもしき所ところに、一間ひとまばかりなる草くさの庵いほりあり。みぎりに苔こけ青あをく、軒のき近ちかく清水しみづ流ながれたり。内うちを見みれば、年としたかき僧そうの痩やせ衰おとろへたるただ一人ひとり居ゐて、脇息けふそくに寄よりかかりつつ経きやうを読よむ。

 「いかにも、ただ人ひとにあらず。この人ひとのしわざなめり」と思おもふほどに、浄蔵じやうざうを見みて言いふやう、

「いづくより、いかにして来きたりたまへる人ひとぞ。おぼろけにても、人ひとの詣まうで来くることもはべらぬを」

 と言いふ。

「そのことにはべり。われは比叡ひえの山やまに住すみはべりける行者ぎやうじやなり。しかるに、月日つきひを送おくるはかりごとなくて、このほど、鉢はちを飛とばしつつ行ぎやうをしはべるに、昨日きのふ、今日けふ、ことごとしく怪あやしきことのはべりつれば、憂うれへまうさんとてまゐり来きたるなり」

 と言いふ。僧そうの言いふやう、

「えこそ知しりはべらね。いと不便ふびんにはべることかな。尋たづねはべらん」

 とて、しのびに人ひとを呼よぶ。すなはち、庵いほりの後うしろの方かたより、いらへて来くる人ひとを見みれば、十五、六じふごろくばかりなる、うつくしき童子どうじの、うるはしく唐装束からしやうぞくしたるなり。

 僧そうこれをいさめて言いふやう、

「このおほせらるることは、なんぢがしわざか。いとあたらぬことなり。今いまよりは、さるわざなせそ」

 と言いへば、顔かほうち赤あかめて、ものも言いはで帰かへりぬ。

「かくまうしつれば、今いまは、よも、さやうのわざはつかまつらじ」

 と言いふ。

 浄蔵じやうざう不思議ふしぎの思おもひをなして、帰かへり去さらんとする時とき、僧そうの言いふやう、

「はるばると分わけ来きたりたまひて、さだめて苦くるしくおぼすらん。しばし待まちたまへ。饗応きやうおうしたてまつらん」

 とて、また人ひとを呼よぶ。同おなじさまなる童子どうじいらへて、さし出いでたり。

「かく遠とほきほどより渡わたりたまへるに、しかるべからんものまゐらせよ」

 と言いひければ、童子どうじ帰かへり入いりて、瑠璃るりの皿さらに唐梨からなしの剥むきたるを四よつ入いれて、檜扇ひあふぎの上うへに並ならべてぞ持もち来きたる。

「それ、それ」

 と勧すすむれば、これを取とりて食くふ。味あじはひの旨うまきこと天てんの甘露かんろのごとし。わづかに一菓いつくわを食くふに、身みも冷ひややかに、力ちから付つきてなん思おぼえける。

 すなはち、雲くもを分わけつつ帰かへるほどに、道みちも近々ちかぢかしく見みえざりければ、いづくとも思おぼえず。

「そのさま、ただ人ひととは見みえざりき。読誦仙人どくじゆせんにんなんどのたぐひにや」

 とぞ語かたりける。

第40話 永心法橋といふ人、近きころのことにや

 永心法橋えいしんほつけうといふ人ひと近ちかきころのことにや、清水きよみづへ百日ひやくにちまゐりける時とき、日ひ暮くれて、橋はしを渡わたりけるに、河原かはらにいみじう人ひとの泣なく声こゑ聞きこえける。「何者なにものの、いかなることを愁うれふるにか」とおぼつかなきうちにも、「観音くわんおんはあはれみを先さきとしたまへり。その徳とくをあふぎたてまつりて詣まうでながら、情なさけなくとぶらはで過すぎんことこそ、いとあやしけれ」と思おもひて、声こゑを尋たづねつつ、近ちかくいたりて、

「何者なにもののかくは泣なくぞ」

 と問とふ。

「かたは人ひとにはべり」

 と答こたふ。

「いかなることをか愁うれふる」

 と問とへば、

「われかたはにまかりなりにし後のち、知しれる人ひとにもことごとく別わかれて、立たち寄よる所ところもはべらぬにより、先さい立たちてかたはなる人ひとの家いへを借かりて、そこに宿やどり居ゐてはべれば、昼ひるは日ひくらしといふばかりせためつかひはべり。憂うしとても、なれぬ身みなれば、また物ものを乞こひて寿いのちをつがんとつかまつる。とにかくに、身みの苦くるしさ、まうし尽つくすべき方かたなし。余よの方かたに、うち休やすむべきを、また、この病やまひの苦痛くつうに責せめられて、寝ねられはべらず。切きり焼やくがごとく、うづき、ひびらき、身みもほとほりて、堪たへ忍しのぶべくもあらねば、もしや、助たすかると川かはのほとりに詣まうで来きて、足あしを冷ひやしはべるなり。いにしへ、世々せぜにいかなる逆罪ぎやくざいを作つくりて、かかる報むくひを受うけつらんと、悲かなしく心憂こころうくはべるに、そのかみ、住山ぢゆうざんして、形かたちのごとく学問がくもんなんどしはべりしは、大師だいしの釈しやくに、唯円教意、逆即是順、自余三教、逆順是故ゆゐゑんげうのこころはぎやくすなはちこれじゆんなりじよのさんげうはぎやくじゆんこれことなりといふ文ふみをただ今いま思おもひ出いでて、その心こころを静しづかに思おもひ続つづけはべる。貴たふとく、頼たのもしく思おぼえて、とにかくに、さくりもしあへず、泣なかれはべるなり」

 と語かたる。

 永心えいしんこれを聞きくに、あはれにいとほしきことかぎりなし。すなはち、

「わが一山いつさんの同法どうほふにこそありけれ」

 とて、涙なみだを流ながしつつ、みづから着きたりける帷かたびら脱ぬぎて、取とらせて、逆即是順ぎやくそくぜじゆんなるやう、ねんごろに、やや久ひさしく説とき聞きかせて、去いにけり。

「年比としごろを経へぬれど、忘わすれず」

 となん語かたりける。

第41話 山に、叡実阿闍梨といひて、貴き人ありけり

 山やまに、叡実阿闍梨えいじつあじやりといひて、貴たふとき人ひとありけり。

 御門みかどの御悩おんなやみ重おもくおはしましけるころ、召めしければ、たびたび辞じしまうしけれど、重かさねたるおほせ否いなみがたくて、生なま強じひにまかりける道みちに、あやしげなる病人びやうにんの足あし手てもかなはずして、ある所ところの築地つひぢのつらに平ひらがり伏ふせるありけり。

 阿闍梨あじやりこれを見みて、悲かなしみの涙なみだを流ながしつつ、車くるまより降おりて、憐あはれみとぶらふ。畳たたみ、求もとめて敷しかせ、上うへに仮屋かりやさし覆おほひ、食くひ物もの求もとめ扱あつかふほどに、やや久ひさしくなりにけり。勅使ちよくし、

「日ひ暮くれぬべし。いといと便びんなきことなり」

 と言いひければ、

「参まゐるまじき。かく、その由よしをまうせ」

 と云いふ。御おん使つかひ驚おどろきて、故ゆゑを問とふ。

 阿闍梨あじやり言いふやう、

「世よを厭いとひて、心こころを仏道ぶつだうに任まかせしより、御門みかどの御おんこととても、あながちに貴たつとからず。かかる非人ひにんとても、また愚おろかならず。ただ、同おなじやうに思おぼゆるなり。それにとりて、君きみの御おん祈いのりのため、験しるしあらん僧そうを召めさんには、山々やまやま寺々てらでらに多おほかる人ひと誰たれかは参まゐらざらん。さらにこと欠かくまじ。この病者びやうじやに至いたりては、厭いとひ汚きたなむ人ひとのみありて、近付ちかづき扱あつかふ人ひとはあるべからず。もし、われ捨すてて去さりなば、ほとほと命いのちも尽つきぬべし」

 とて、彼かれをのみ、憐あはれみ助たすくる間あひだに、つひに参まゐらずなりにければ、時ときの人ひとありがたきことになん言いひける。

 この阿闍梨あじやり、終をはりに往生わうじやうをとげたり。詳くはしく伝でんにあり。

第42話 中ごろ、肥後国に僧ありけり

 中なかごろ、肥後国ひごのくにに僧そうありけり。もとは清きよかりけるを、年とし半なかばたけて後のち、妻めをなんまうけたりける。かかれど、なほ後世ごせのことを思おもひ放はなたず、理観りくわんを心こころにかけつつ、その勤つとめの為ために別べつに屋いへを作つくりて、かしこを観念くわんねんの所ところと定さだめて、年としごろ勤つとめ行おこなひけり。

 この妻め男をとこのため心こころざし深ふかく、ことにふれてねんごろなりけれど、いかが思おもひけん、病やまひを受うけたりける時とき、この妻めにうちとけず、あひ知しれる僧そうを呼よびて、忍しのび語かたらふやう、

「もし、限かぎりならん時ときは、あなかしこ、あなかしこ、妻めの方かたに告つげたまふな。ことさら、少すこし思おもふゆゑあり」

 と言いひければ、その心こころ得えてのみあつかふほどに、いともわづらはず、終をはり思おもふさまにめでたくして、西にしに向むかひて息いき絶たえにけり。

 さてしも、あるべきならねば、とばかりありて、妻めにこのことを告つぐ。すなはち、驚おどろきまどひ、をびたたしく手てをたたきて、眼まなこをいからかし、もだへ迷まよひて絶たえ入いりぬ。

 人ひとおぢて、近付ちかづきも寄よらざりける間あひだに、一時ひとときばかりありて、世よに恐おそろしう、声こゑのある限かぎりをめき叫さけびて言いふやう、

「われ拘留孫仏くるそんぶつの時ときより、こやつが菩提ぼだいを妨さまたげんために、世々生々せぜしやうじやうに妻めとなり、男をとことなり、さまざま親したしみたばかりて、今いままで本意ほいのごとく随したがひ付つきもたりつるを、今日けふすでに逃にがしつる。ねたきわざかな」

 と言いひて、歯はをくひしばり、垣壁かきかべを叩たたく。人ひといとど恐おそれをののきて、みな這はひ隠かくれたる間あひだに、いづちともなく失うせにけり。その後のち、つひに行方ゆくかた知しらずとなん。往生伝わうじやうでんには、「康平かうへいの比ころ」と註ちゆうせり。

 これ一人ひとりが上うへにあらず。悪魔あくまのさりがたき人ひととなりて、二世にせを妨さまたぐることは、誰たれも必かならずあるべきことなり。かかれば、このことを心こころにかけつつ、親したしき疎うとき分わかず、善ぜんをすすむる人ひとあらば、「仏菩薩ぶつぼさつこそさまざま形かたちを変へんじて、人ひとを化度けどしたまへ。もし化身けしんか、もしまた、その便たよりか」とむつましく思おもひ、罪つみを作つくらせ、功徳くどくを妨さまたげて、執しふを留とどめん人ひとをば、世々生々せぜしやうじやうの悪縁あくえんと恐おそれて、遠とほざからんことを願ねがふべし。

 おほかた、人ひとの心こころは野のの草くさの風かぜに随したがふがごとし。縁えんによりてなびきやすし。誰たれかは道心だうしんなき人ひとといへど、仏ほとけに向むかひたてまつりて、掌たなごころを合あはせざる。いかなる智者ちしやかは媚こびたる形かたちを見みて、目めを悦よろこばしめざる。

 かの浄蔵貴所じやうざうきしよは日本第三にほんだいさんの行人ぎやうにんなれど、近江あふみの守かみながよが女むすめに契ちぎりを結むすべり。久米くめの仙人せんにんは通つうを得えて、空そらを飛とびありきけれど、下種げす女をんなの、物もの洗あらひける脛はぎの白しろかりけるに欲よくを発おこして、仙せんを退たいして、ただ人ひととなりにけり。

 今いまの世よにも、手足てあしの皮かはを剥はぎて、指ゆびを灯とぼし、爪つめを砕くだき、さまざま、かたはをさへつけて仏道ぶつだうを行おこなふ人ひとはその発心ほつしんのほど隠かくれなけれど、悪縁あくえんにあひて、妻子さいしをまうくるためし多おほかり。われも人ひとも凡夫ぼんぶなれば、ただ近付ちかづかぬにはしかぬなり。

第43話 昔、玄賓僧都いみじう貴き人なれば

 昔むかし、玄賓僧都げんぴんそうづいみじう貴たふとき人ひとなれば、高たかきも賤いやしきも、仏ほとけのごとく思おもへりける中なかに、大納言だいなごんなる人ひとなん年としごろことにあひ頼たのみたまひたりける。

 かかる間あひだに、僧都そうづそこはかとなく悩なやみて、日ひごろになりぬ。大納言だいなごんおぼつかなさのあまりに、みづから渡わたりたまひて、

「さても、いかなる御心地みここちにか」

 なんど、細こまやかにとぶらひたまふを、

「近ちかく寄よりたまへ。まうしはべらん」

 とあれば、あやしくて、さし寄よりたまへるに、忍しのびて聞きこゆ。

「まことには、ことなる病やまひにもはべらず。一日ひとひ、殿とのの御おんもとへ詣まうでたりしに、北きたの方かたの形かたちいとめでたくて見みえたまへりしを、ほのかに見みたてまつりて後のち、もの思おぼえず心こころまどひ胸むねふたがりて、いかにもものの言いはれはべらぬなり。このことまうすにつけてはばかりあれど、深ふかく頼たのみたてまつりて久ひさしくなりぬ。いかでかは隔へだてたてまつらんと思おもひてなん」

 と聞きこゆ。

 大納言だいなごん驚おどろきて、

「さらば、などかはとくはのたまはざりし。いと安やすきことなり。すみやかに御悩おんなやみをやめてん。渡わたりたまへ。いかにも、のたまはんままに、便たよりよくはからひはべらん」

 とて、帰かへりたまひぬ。

 うへに、

「かく」

 と聞きこえたまふに、

「さらなり。なのめにおほせられんやは。いとあさましく心憂こころうけれど、かくねんごろにおぼしはからふことなれば、いなびたまはじ」

 その用意よういして、僧都そうづのかなひせさせたまへるに、いとことうるはしく、法服ほふぶく正ただしくして来きたりたまへり。あやしく、げにげにしからずは思おぼゆれど、間あひだなんど立たてて、さるやうなる方かたに入いれたてまつらせたまふ。

 上うへのうつくしう、とりつくろひて居ゐたまへるを、一時ひとときばかり、つくつくとまぼりて、弾指だんしをぞたびたびしける。かくて、近ちかく寄よることなくて、中門ちゆうもんの廊らうに出いでて、物ものをなんかづきて帰かへりにければ、主あるじいよいよ貴たふとみたまふことかぎりなかりけり。不浄ふじやうを観くわんじて、その執しふをひるがへすなるべし。

 かくいふは人ひとの身みの穢けがらはしきことを思おもひとくなり。もろもろの法ほふみな、仏ほとけの御おん教をしへなれど、聞きき遠とほきことは愚おろかなる心こころにはおこらず。この観くわんに至いたりては、目めに見みえ、心こころに知しれり。悟さとりやすく、思おもひやすし。「もし、人ひとのためにも愛着あいぢやくし、みづからも心こころあらん時ときは、必かならずこの相さうを思おもふべし」と言いへり。

 おほかた、人ひとの身みは骨ほね、肉ししのあやつり、朽くちたる家いへのごとし。六腑五臓ろくぷござうのありさま毒蛇どくじやのわだかまるにことならず。血ちは体からだをうるほし、筋すぢ、継つぎ目めをひかへたり。わづかに薄うすき皮かは一重ひとへ、覆おほへるゆゑに、このもろもろの不浄ふじやうを隠かくせり。粉おしろいを施ほどこし、たき物ものを移うつせど、誰たれかは偽いつはれる飾かざりと知しらざる。

 海うみに求もとめ、山やまに得えたる味あじはひも、一夜いちや経へぬれば、ことごとく不浄ふじやうとなりぬ。いはば、描ゑがける瓶かめに糞穢ふんゑを入いれ、腐くさりたる屍かばねに錦にしきをまとへるがごとし。もし、たとひ大海だいかいを傾かたむけて洗あらふとも、浄きよまるべからず。もし、栴檀せんだんを焚たきて匂にほはすとも、久ひさしく香かうばしからじ。

 いはんや、魂たましひ去さり、寿いのち尽つきぬる後のちは、むなしく塚つかのほとりに捨すつべし。身み膨ふくれ、腐くさり、乱みだれて、つひに白しろき屍かばねとなり、真まことの相さうを知しるゆゑに、念々ねんねんに是ぜを厭いとひ、「愚おろかなる者ものは仮かりの色いろにふけりて、心こころをまどはすこと、たとへば、厠かうやの中なかの虫むしの、糞穢ふんゑを愛あいするがごとし」と言いへり。

第44話 ある宮腹の女房世を背けるありけり

 ある宮腹みやばらの女房にようばう世よを背そむけるありけり。

 病やまひをうけて限かぎりなりける時とき、善知識ぜんちしきに、ある聖ひじり呼よびたりければ、念仏ねんぶつ勧すすむるほどに、この人ひと色いろ真青まさをになりて、恐おそれたる気色けしきなり。あやしみて、

「いかなることの、目めに見みえたまふぞ」

 と問とへば、

「恐おそろしげなる者ものどもの火ひの車くるまを率ゐて来くるなり」

 と言いふ。聖ひじりの言いふやう、

「阿弥陀仏あみだぶつの本願ほんぐわんを強つよく念ねんじて、名号みやうがうをおこたらず唱となへたまへ。五逆ごぎやくの人ひとだに、善知識ぜんちしきに会あひて、念仏ねんぶつ十度とたびまうしつれば、極楽ごくらくに生うまる。いはんや、さほどの罪つみは、よも作つくりたまはじ」

 と言いふ。すなはち、この教をしへによりて、声こゑをあげて唱となふ。

 しばしありて、その気色けしきなほりて、悦よろこべる様さまなり。聖ひじりまたこれを問とふ。語かたりていはく、

「火ひの車くるまは失うせぬ。玉たまの飾かざりしたるめでたき車くるまに、天女てんによの多おほく乗のりて、楽がくをして、迎むかひに来きたれり」

 と言いふ。聖ひじりのいはく、

「それに乗のらんとおぼしめすべからず。なほなほ、ただ阿弥陀仏あみだぶつを念ねんじたてまつりて、仏ほとけの迎むかひにあづからんとおぼせ」

 と教をしふ。これによりて、なほ念仏ねんぶつす。

 また、しばしありていはく、

「玉たまの車くるまは失うせて、墨染すみぞめの衣ころも着きたる僧そうの貴たふとげなるただ一人ひとり来きたりて、今いまは、いざたまへ。行ゆくべき末すゑは道みちも知しらぬ方かたなり。われそひてしるべせんと言いふ」

 と語かたる。

「ゆめゆめ、その僧そうに具ぐせんとおぼすな。極楽ごくらくへまゐるには、しるべいらず。仏ほとけの悲願ひぐわんに乗のりて、おのづから至いたる国くになれば、念仏ねんぶつをまうして、一人ひとりまゐらんとおぼせ」

 と勧すすむ。

 とばかりありて、

「ありつる僧そうも見みえず、人ひともなし」

 と言いふ。聖ひじりのいはく、

「その隙ひまに、とくまゐらんと心こころをいたして、強つよくおぼして、念仏ねんぶつしたまへ」

 と教をしふ。

 その後のち、念仏ねんぶつ五六十返ごろくじつぺんばかりまうして、声こゑのうちに息いき絶たえにけり。

 これも魔まのさまざまに形かたちを変かへて、たばかりけるにこそ。

第45話 年ごろ、あひ知る人ありき

 年としごろ、あひ知しる人ひとありき。過すぎぬる建久けんきうのころ、重おもき病やまひを受うけたりける時とき、頼たのみたりける聖ひじりを呼よびければ、行ゆきて、ねんごろに身みあつかひけり。

 かくて、のどかにこの人ひとのさまを見みるに、病やまひのありさまいと心得こころえず。日ひにそへて弱よわり行ゆくを、みづからは「死しぬべし」とも思おもひもよらず。あたりの女房にようばうなんど、まして、かけても思おもひよらざりけり。

 この人ひといとけなき子こあまたある中なかに、ことにかなしうなんする娘むすめ一人ひとりありける。子こどもの母ははは先さき立たちて隠かくれにしかば、それを深ふかく歎なげきて、また、異人ことひとをも見みず。この娘むすめのかたがたみなし子こになれることをあはれみつつ、このほど、「聟むこ取とらん」とて、さまざまいとなみ、沙汰さたしければ、さやうのこと、病やむ病やむもなほおこたらず。この聖ひじり「いとあさましく、愚おろかにもあるかな」と見みれど、なのめなるほどは、人ひとを憚はばかりて言いひ出いでず。

 十日とをかばかりありて、まめやかに重おもくなりぬる後のち、主ぬしもやうやう心細こころぼそげに思おもひ、人ひとも「おのづからのこともや」なんど思おもへる気色けしきを見みて、聖ひじり

「憚はばかりながら、有待うだいの身みは思おもはずなるものぞ。跡あとのことなど、かねて定さだめ置おきたまへかし」

 など、言いひ出いでたるに、

「まことにさるべきこと」

 と言いふを聞ききて、幼をさなき子こども、あたりの人ひとまでさとうち泣なく気色けしき、いとはかなげなり。

「今夜こよひはくらし。明日あしたこそは」

 と、のどむるほどに、その夜よより、ことに重おもくして、いたく苦くるしげなり。人々ひとびと驚おどろきて、

「処分そうぶんのやうをまうし合あはせて、定さだめたまへ。御おん跡あとゆくへなくなりぬべし」

 と。聖ひじり勧すすむ。

「まことに」

 とて、

「いかやうにかはべるべき」

 と言いへば、

「あるべきやうは……」

 とて、苦くるしげなるを念ねんじて、こまごまと一時ひとときばかり言いひ続つづくれど、舌したも垂しただりにけるにこそ、

「何なんとも聞きき分わけはべらず」

 と言いへば、

「さらば、紙かみと筆ふでとをたまへ。あらあら書かき付つけん」

 と言いふ。すなはち取とらせたれど、手てもわななきて、え書かかず。わづかに書かき付つけたるはたがはぬみみず書がきなり。

 すべき方かたなくて、姫君ひめぎみの乳母めのと

「日ひごろおぼしめしたりける趣おもむきは、しかじか」

 と言いふままに、はからひ書かきて見みゆれど、頭かしらを振ふりて、

「とく引ひき破やりたまへ」

 と言いへば、引ひき破やぶりつ。すべて力ちから及およばず。さすがに心こころはたがはぬにや。さまざま思おもふことを、え言いひあらはさずなりぬるを、心憂こころうく思おもへる気色けしきあはれに悲かなしきことかぎりなし。

 夜よの中なかばかり、これほどの心こころあるやうに見みえける。明あけぬれば、物ものも覚おぼえず。ことよろしきほどは処分そうぶんのこと紛まぎれにけり。

「今いまは」

 とて、念仏ねんぶつ勧すすむれど、ゆひかひなきさまなり。

 かくて、明あくる日ひの巳みの時ときばかりに、おほきに驚おどろける気色けしきにて、二度ふたたびばかりあめきて、やがて息いき絶たえぬるはもし、恐こわしき物ものなんどの目めに見みえけるにや。

 このこと遠とほきほどなれば、後のちに伝つたへ聞ききて、今いま一度ひとたびあひ見みずなりぬることを、口くち惜をしく思おもひけるほどに、二十日はつかばかり過すぎて、かの人ひとを夢ゆめに見みる。滑なべらかなる布衣ほい、常つねのさまに変かはらず、対面たいめんしたることを悦よろこべる気色けしきながら、ものをば言いはず。かくして、ただ向むかひ居ゐたりと思おもひて覚さめぬ。すなはち、うつつにその形かたちあざやかなり。やうやう、ほど経へるままに、薄墨うすずみになり行ゆく。はてには、人ひとの形かたちともなく、煙けぶりのやうに見みえて、消きえ失うせにき。その面影おもかげ今いまに忘わすれがたくなんはべる。

 おほかた、人ひとの死しぬるありさまあはれに悲かなしきこと多おほかり。物ものの心こころ知しらん人ひとは常つねに終をはりを心こころにかけつつ、苦くるしみ少すくなくして、善知識ぜんちしきに会あはんことを、仏菩薩ぶつぼさつに祈いのりたてまつるべし。

 もし、悪あしき病やまひを受うけつれば、その苦痛くつうに責せめられて、臨終りんじゆう思おもふやうならず。終をはり正念しやうねんならねば、また一期いちごの行おこなひもよしなく、善知識ぜんちしきの勧すすめもかなはず。たとひもし、臨終正念りんじゆうしやうねんなれども、善知識ぜんちしきの教をしふるなければ、またかひなし。生涯しやうがい、ただ、「今いまを限かぎり」と思おもふに、恩愛おんあいの別わかれといひ、名利みやうりの余執よしふといひ、見みるもの聞きくものにふれつつ、心肝しんかんをくだかずといふことなし。いつの心こころのひまにか、浄土じやうどを願ねがはんとする。

 しかるを念仏ねんぶつの功こう積つもり、運心うんしん年とし深ふかき人ひとは加被かびのゆゑに、終をはり正念しやうねんにして、必かならず善知識ぜんちしきに会あふ。耳みみには誓願せいぐわんのほかのことを聞きかず、口くちには称名しようみやうのほかのことを言いはず、最初引摂さいしよいんぜふを期ごすれば、妻子さいしの別わかれもなぐさみぬ。五妙境界ごめうきやうがいを思おもへば、穢土ゑどの執しふもあらず。すずろに進すすんで、つひに往生わうじやうを遂とぐるなり。あるひは、「かねて死期しごを知しり、心こころもとなく待まつこと、国くにを出いづべき人ひとのその日ひを望のぞむがごとし」なんど言いへり。

 いかにいはんや、聖衆しやうじゆの来迎らいかうにあづかりて、楽らくの声こゑを聞きき、妙たへなる香かをかぎ、まさしく尊容そんようを見みたてまつる時とき、心こころの内うちの楽たのしみ説とき尽つくすべからず。かかれば、たとひ道心だうしん少すくなくとも、終をはりを恐おそれんためにも、いかが往生わうじやうを願ねがはざらん。

第46話 武蔵国、入間川のほとりに

 武蔵国むさしのくに、入間川いるまがはのほとりに、大だいなる堤つつみを築つき、水みづを防ふせぎて、その内うちに田畠たはたを作つくりつつ、在家ざいけ多おほくむらがり居ゐたる所ところありけり。官首くわんじゆといふ男をとこなん、そこに宗むねとある者ものにて、年としごろ住すみける。

 ある時とき、五月雨さみだれ日ひごろになりて、水みづいかめしう出いでたりける。されど、いまだ年としごろ、この堤つつみの切きれたることなければ、「さりとも」と驚おどろかず。かかるほどに、雨あめいこぼすごとく降おりて、おびたたしかりける夜中よなかばかり、にはかに雷いかづちのごとく、よに恐おそろしく鳴なりどよむ声こゑあり。この官首くわんじゆと家いへに寝ねたる者ものどもみな、驚おどろき怪あやしみて、

「こは何なに物ものの声こゑぞ」

 と恐おそれあへり。

 官首くわんじゆ郎等らうどうを呼よびて、

「堤つつみの切きれぬると思おぼゆるぞ。出いでて見みよ」

 と言いふ。すなはち、引ひき開あけて見みるに、二三町にさんちやうばかり白しらみ渡わたりて、海うみの面おもてと異ことならず。

「こは、いかがせん」

 といふほどこそあれ、水みづただ増まさりに増まさりて、天井てんじやうまで付つきぬ。官首くわんじゆが妻子さいしをはじめて、あるかぎり、天井てんじやうに登のぼりて、桁けた、梁うつばりに取とり付つきて叫さけぶ。

 この中なかに、官首くわんじゆと郎等らうどうとは、葺ふき板いたをかき上あげて、棟むねに登のぼり居ゐて、「いかさまにせん」と思おもひめぐらすほどに、この家いへゆるゆるとゆるぎて、つひに柱はしらの根ね、抜ぬけぬ。堤つつみながら浮うきて、湊みなとの方かたへ流ながれ行ゆく。

 その時とき、郎等らうどう男をとこの言いふやう、

「今いまはかうにこそはべるめれ。海うみは近ちかくなりぬ。湊みなとに出いでなば、この屋やはみな波なみにうち砕くだかれぬべし。もしやと飛とび入いりて、泳およぎてこころみたまへ。かく広ひろく流ながれ散ちりたる水みづなれば、おのづから浅あさき所ところもはべらん」

 と言いふを聞ききて、幼をさなき子こ、女房にようばうなんど、

「われ捨すてて、いづちへいまするぞ」

 とをめく声こゑ最もつとも悲かなしけれど、とてもかくても助たすくべき力ちからなし。「我われら一人ひとりだに、もしや」と思おもひて、郎等らうどう男をとこと共ともに水みづへ飛とび入いるほどの心こころの内うち、生いけるにもあらず。しばしは、二人ふたり言いひ合あはせつつ泳およぎ行ゆけど、水みづは早はやくて、はては行末ゆくすゑ知しらずなりぬ。

 官首くわんじゆただ一人ひとりいづちともなく、行ゆかるるにまかせて泳およぎ行ゆく。力ちからはすでに尽つきなんとす。水みづはいづくを際きはとも見みえず。「今いまぞ溺おぼれ死しぬる」と心細こころぼそく悲かなしきままに、かこつかきには、仏ほとけ神かみをぞ念ねんじたてまつりける。

 「いかなる罪つみの報むくひに、かかる目めを見みるらん」と思おもはぬことなく思おもひ行ゆくほどに、白波しらなみの中なかに、いささか黒くろみたる所ところの見みゆるを、「もし、地ちか」とて、からうじて泳およぎ着つきて、見みれば、流ながれ残のこりたる蘆あしの末葉すゑばなりけり。かばかりの浅あさりもなかりつ。「ここにて、しばし力ちから休やすめん」と思おもふ間あひだに、次第しだいにことごとくまとひ付つくを、驚おどろきてさぐれば、みな大蛇おほぐちなはなり。水みづに流ながれ行ゆく蛇くちなはどものこの蘆あしにわづかに流ながれかかりて、次第しだいにくさりつらなりつつ、いくらともなくわだかまり居ゐたりけるが、物ものの触さわるを悦よろこびて巻まき付つくなりけり。むくつけなく、けうときことたとへん方かたなし。

 空そらは墨すみを塗ぬりたらんやうにて、星ほし一ひとつも見みえず。地ちはさながら白波しらなみにて、いささかの浅あさりだになし。身みには隙ひまなく蛇くちなは巻まき付つきて、身みも重おもく、はたらくべき力ちからもなし。「地獄ぢごくの苦くもかばかりにこそは」と、夢ゆめを見みる心地ここちして、心憂こころうく悲かなしきことかぎりなし。

 かかる間あひだに、さるべき仏神ぶつじんの助たすけにや、思おもひの外ほかに浅あさき所ところにかきつきて、そこにて蛇くちなはをば、かたはしより取とり放はなちてける。とばかり力ちから休やすむるほどに、東ひがし白しらみぬれば、山やまをしるべにて、からうじて地ちに着つきにけり。船ふね求もとめて、まづ浜はまの方かたへ行ゆきて見みるに、すべて目めを当あてられず。波なみに打うち破やぶられたる家いへども算さんをうち散ちらせるがごとし。汀みぎはにうち寄よせられたる男女をとこをんな、馬うま牛うしのたぐひ数かずも知しらず。

 その中なかに、官首くわんじゆが妻子めこどもをはじめとして、わが家いへの者ものども十七人じふしちにん、一人ひとり失うせでありけり。泣なく泣なく家いへの方かたへ行ゆきて、見みれば、三十余町さんじふよちやう、白河原しらかはらになりて、跡あとだになし。多おほかりし在家ざいけ、貯たくはへ置おきたる物もの、朝夕あさゆふ呼よびつかへし奴やつこ、一夜いちやの中なかにほろび失うせぬ。この郎等らうどう男をとこ一人ひとり、水心みづごころある者ものにて、わづかに寿いのち生いきて、明あくる日ひ尋たづね来きたりける。

 かやうのことを聞ききても、厭離えんりの心こころをば発おこすべし。これを人ひとの上うへとて、「われかかることにあふまじ」とは、なにのゆゑにか、もて放はなるべき。身みはあだに破やぶれやすき身みなり。世よは苦くるしみを集あつめたる世よなり。身みはあやふけれども、いかでか海山うみやまを通かよはざらん。

 「海賊かいぞく恐おそるべし」とて、すずろに宝たからを捨すつべきにあらず。いはんや、つかへて罪つみをつくり、妻子つまこのゆゑに身みを滅ほろぼすにつけても、難なんにあふこと数かずも知しらず。害がいにあへるゆゑ、まちまちなり。

 ただ、不退ふたいの国くにに生うまれぬるばかりなんもろもろの苦くるしみになんあはざりける。

第47話 中ごろのことにや、こともなき法師の世に

 中なかごろのことにや、こともなき法ほふ師しの世よにありわびて、京きやうより日吉ひえの社やしろへ百日ひやくにちまゐるありけり。

 八十余日はちじふよにちになりて、下向げかうするさまに、大津おほつといふ所ところを過すぎけるに、ある家いへの前まへに、若わかき女をんなの、人目ひとめも知しらず、さくりもあへず、よよと泣なき立たてるあり。

 この僧そうことの気色けしきを見みるに、「何事なにごととは知しらねど、世よの常つねの憂うれへにはあらず。きはまれることにこそ」と、いとほしく思おぼえて、さし寄よりて、

「何事なにごとをか悲かなしむ」

 と問とふ。女をんなの言いふやう、

「御おん姿すがたを見みたてまつるに、物詣ものまうでしたまふ人ひとにこそ。ことさらえなん聞きこゆまじき」

 と言いふ。

 「憚はばかるべきことなめり」とは推おし量はかられながら、あはれみのあまり、ややねんごろに尋たづぬれば、

「そのことにはべり。わが母ははにてはべる者ものの、日ひごろ悩なやましつかまつりつるを、今朝けさ、つひに空むなしくみなしてはべるなり。さらぬ別わかれの習ならひ、あはれに悲かなしきことはさるものにて、いかにして、これを引ひき隠かくすわざをせんと、さまざまめぐらせど、やもめなれば、まうし合あはすべき人ひともなし。わが身みは女をんなにて、力ちから及およびはべらず。隣里となりざとの人ひとはまた、なほざりにこそ、あはれと訪とぶらひはべれ、神かみのことしげきわたりなれば、まことには、いかがはしはべらん。とにかくに思おもひ得うる方かたなくて」

 なんど、言いひもやらず、さめざめと泣なく。

 僧そうこれを聞きくに、「げに、さこそは思おもふらめ」と、わりなくいとほしくて、やや久ひさしくともに泣なき立たてり。心こころに思おもふやう、「神かみは人ひとをあはれみたまふゆゑに、濁にごれる世よに跡あとを垂たれたまへり。これを聞ききながら、いかでか情なさけなく過すぎん。われかくほど深ふかきあはれみを起おこせること覚おぼえず。仏ほとけもかがみたまへ。神かみも許ゆるしたまへ」と思おもひて、

「なわびたまひそ。われともかくも引ひき隠かくさん。外ほかに立たてれば、人目ひとめも怪あやし」

 とて、這はひ入いりぬ。女をんな泣なく泣なく悦よろこぶことかぎりなし。

 かくて、日ひ暮くれぬれば、夜よに隠かくして、便たよりよき所ところに移うつし送おくりつ。その後のち、いも寝ねられざりけるままに、つくづくと思おもふやう、「さても、八十余日はちじふよにちまゐりたりつるを、いたづらになして、休やすみなんこそ口くち惜をしけれ。われこのこと名利みやうりのためにもせず。ただまゐりて、神かみの御おん誓ちかひの様さまをも知しらん。生うまれ死しぬる穢けがらひはいはば仮かりの戒いましめにてこそあらめ」と、強つよく思おもひて、暁あかつき、水みづ浴あみて、これよりまた、日吉ひえへうち向むきてまゐる。道みちすがら、さすがに胸むねうちさはぎ、そら恐こわしきことかぎりなし。

 まゐりつきて見みれば、二にの宮みやの御前ごぜんに、人ひと所ところもなく集あつまれり。ただ今いま、十禅師じふぜんじのかんなぎに憑つきたまひて、さまざまのことをのたまふ折節おりふしなり。この僧そう身みのあやまりを思おもひ知しりて、近ちかくはえ寄よらず。もの隠かくれに遠とほく居ゐて、かたのごとく念誦ねんじゆして、日ひを欠かかぬことを喜よろこびて、帰かへらんとするほどに、かんなぎはるかに見付みつけて、

「あそこなる僧そうは、心こころおろかなるやは」

 されど、のがるべき方かたなくて、わななくわななくさし出いでたれば、ここら集たかれる人ひといとあやしげに思おもへり。

 近々ちかぢかと呼よび寄よせて、のたまふやうは、

「僧そうのよんべせしことを、明あきらかに見みしぞ」

 とのたまへるに、身みの毛けよだちて、胸むねふたがりて、生いける心地ここちもせず。重かさねてのたまふやう、

「なんぢ、恐おそるることなかれ。いしくするものかなと見みしぞ。われもとより神かみにあらず。あはれみの余あまりに、跡あとを垂たれたり。人ひとに信しんを発おこさせんがためなれば、物ものを忌いむこともまた仮かりの方便はうべんなり。悟さとりあらん人ひとは、おのづから知しりぬべし。ただ、このこと人ひとに語かたるな。愚おろかなる者ものはなんぢがあはれみのすぐれたるにより、制せいする事ことをば知しらず。みだりにこれを例れいとして、わづかに発おこせる信しんもまた乱みだれなんとす。もろもろのこと人ひとによるべきゆゑなり」

 こまやかに、うちささやきてのたまふ。

 僧そうの心こころななめならず、あはれにかたじけなく思おぼえて、涙なみだを流ながしつつ出いでにけり。その後のち、ことにふれて、利生りしやうと思おぼゆること多おほかりなんとぞ。

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