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『発心集』第6巻(第63話~第75話)原文全文

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 このページでは、鴨長明『発心集』第6巻(第63話~第75話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

 現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第6巻(第63話~第75話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

第63話 中ごろ、三井寺に智興内供といひて

 中なかごろ、三井寺みゐでらに智興内供ちこうないぐといひて、貴たふとき人ひとありけり。年とし高たかくなりて、いかなる宿業しゆくごふにてか、世よの中なか、心地ここちをして、限かぎりになりければ、弟子でしども集あつまりて、泣なき悲かなしむ時とき、晴明せいめいといひて、神如しんによなる陰陽師おんやうじありけり。これを見みて言いふやう、

「このたびは限かぎりある定業ぢやうごふなり。いかにも、かなふべからず。それにとりて、志こころざし深ふかからん弟子でしなんどの、替かはらんと思おもへるあらば、祭まつりたてまつりてん。そのほかには、いかにもいかにも力ちから及およばず」

 となん言いひける。

 多おほくの弟子でしどもさし集つどへるほどに、このことを聞ききて、内供ないぐは苦くるしみの耐たへがたきままに、

「もし、替かはる人ひとやある」

 と、並ならび居ゐたる弟子でしどもを次第しだいに見回みまはせど、言ことにこそ言いへど、まことには捨すてがたき命いのちなれば、おのおの色いろを作つくりて、伏ふし目めになりつつ、一人ひとりとして、「われ替かはらん」と思おもへる気色けしきなし。

 その時とき、証空阿闍梨しようくうあじやりといふ人ひと年とし若わかくて、弟子でしの中なかにありけり。弟子でしにとりては末すゑの人ひとなれば、誰たれも思おもひよらぬほどに、進すすみて内供ないぐにまうすやう、

「われ替かはりたてまつらんとなり。そのゆゑは法ほふを重おもくし命いのちを軽かろくするは、師しにつかふる習ならひなり。いかでこのことを聞ききながら、身命しんめいを惜をしまん。いたづらに捨すつべき身みを。今いま、三世さんぜの諸仏しよぶつにたてまつりて、人界にんがいの思おもひ出でにせん。さらにいたましからず。ただ、年とし八十やそぢなる母はは今いまにはべり。われよりほかに子こなし。もし、許ゆるされを蒙かうぶらずは、みづから身みを捨すつるのみにあらず、二人ふたりが命いのち尽つきぬべし。よくよくことはりをまうし聞きかせて、暇いとまを乞こひて、帰かへりまゐらん」

 と言いひて、座ざを立たちぬ。内供ないぐを初はじめ、これを聞きく人々ひとびと涙なみだを流ながしてあはれむこと限かぎりなし。

 母ははのもとに至いたりて、このよしを語かたる。

「願ねがはくは歎なげきたまふことなかれ。たとひ、本意ほいの如ごとく御おん跡あとに残のこりて、後世ごせをとぶらひたてまつるとも、かくほどの大だいなる功徳くどくを作つくらんこと、きはめて難かたし。今いま、師しの恩おんを重おもくして、命いのちに替かはりなば、三世さんぜの諸仏しよぶつもあはれみ、天衆てんしゆ、地類ちるいも驚おどろきたまふべし。その功徳くどくを重かさねて、母ははの後世菩提ごせぼだいに廻向ゑかうしたてまつらん。これまことの孝養けうやうなれば、すなはちあやしき身一みひとつ捨すてて、二人ふたりの恩おんに報むくひてん。いはんやまた、老少不定らうせうふぢやうのさかひなり。もし、いたづらに命いのち尽つきて、御おん先さきに立たつこともはべらば、その時とき悔くやみて何なにかせん。何なにごとをや、この世よの思おもひ出でにせん」

 と、泣なく泣なく言いふを聞ききつつ、涙なみだを流ながし、驚おどろき悲かなしむもことはりなり。

「わが愚おろかなる心こころには功徳くどくの多おほくならんことをも思おもはず。君きみいとけなかりし折おりは、われにはぐくまれき。われ年としたけ、よはひかたぶきては、君きみを頼たのむこと天地てんちのごとし。残のこりの命いのち、今日けふ、明日あしたとも知しらぬ時ときに至いたりて、われを捨すて、心こころと先立さきだたむことこそいと悲かなしけれど、その志こころざし深ふかきことを思おもふに、師しの命いのちに替かはりなば、君きみが後世ごせにおいては疑うたぐふべからず。もし、このことを許ゆるさずは、仏ほとけも愚おろかにおぼしめし、君きみが心こころにもたがひなん。まことに、老少不定らうせうふぢやうの命いのちなり。思おもへば、夢ゆめ、幻まぼろしの前後ぜんごなり。はやく君きみが心こころなり。とく浄土じやうどに生うまれて、われを救すくひたまへよ」

 と言いふ。涙なみだを押おさへて言いひければ、証空しようくう泣なく泣なく悦よろこびて帰かへりぬ。

 やがて、年とし、名乗なのり書かき付つけて、晴明せいめいがもとへやりつ。今宵こよひ祈いのり替かへたてまつるべきよし、言いへり。

 かくて、夜よやうやう更ふけ行ゆくほどに、この証空しようくう頭かしら痛いたみ、心地ここち悪あしく、身みほとほりて、堪たへがたく思おぼえければ、わが房ばうに行ゆきて、見み苦くるしかるべき文ふみなど取とりしたためつつ、年としごろ持もちたてまつりける絵像えぞうの不動尊ふどうそんに向むかひたてまつりてまうすやう、

「われ年とし若わかく身み盛さかりなれば、命いのち惜をしからざるにあらねど、師しの恩おんの深ふかきことを思おもふによりて、今いますでに、かの命いのちに替かはりなんとす。勤つとめ少すくなければ、後世ごせきはめて恐おそろし。願ねがはくは明王みやうわう、あはれみを垂たれて、悪道あくだうに落おとしたまふな。病苦びやうく、すでに身みを責せめて、一時いちじも耐たへ忍しのぶべからず。本尊ほんぞんを拝をがみたてまつらんこと、ただ今いまばかりなり」

 と泣なく泣なくまうす。

 その時とき、絵像えぞうの仏眼ぶつげんより血ちの涙なみだを流ながし、

「なんぢは師しに替かはる。われは汝なんじに替かはらん」

 とのたまふ御おん声こゑ、骨ほねに通とほり肝きもに染しむ。「かなひし」と掌たなごころを合あはせて、念ねんじ居ゐたる間あひだに、汗あせ流ながれぬる身み冷さめて、すなはち心地ここちさはやかになりにけり。

 内供ないぐもその日ひより心地ここちおこたりにければ、このことを聞ききて、おろかに思おもはんやは。後のちには、人ひとにすぐれてあひたのみたる弟子でしにてなむありける。

 かの本尊ほんぞんは、伝つたはりて後のち、白河院しらかはのゐんにおはしましけり。常住院じやうぢゆうゐんの泣不動なきふどうとまうすはこれなり。御おん目めより涙なみだを流ながしたる形かたち、げにさやかに見みえたまへりけるとぞ。

 証空阿闍梨しようくうあじやりといふは、空也上人くうやしやうにんの臂ひぢの折おれたまへるを、余慶僧正よけいそうじやうの祈いのり治なほしたまひたりけるとて、「法器ほふきのものなり」とて、聖ひじりのたてまつられたりける小童こわらはなり。

第64話 一乗寺の僧正かくれたまひて後

 一乗寺いちじようじの僧正そうじやうかくれたまひて後のち、そのはてのわざしける日ひ、朝あしたより、若わかき女房にようばうの壺装束つぼさうぞくしたるが、涙なみだ抑おさへつつ、向むかひわたりにたたずむありけり。人々ひとびとあやしう思おもひて、ことまぎるる日ひなれば、わざと尋たづね問とふ人ひとなし。

 すでに仏事ぶつじ始はじまりて後のち、この女房にようばう人ひとにまじりて聴聞ちやうもんす。初はじめより終をはりまで、泣なくことおこたらず。その気色けしき、世よのつねのことにあらず。目立めだたしきほどに見みえければ、ある人ひと

「この女房にようばうのさまこそ心得こころえね。かやうに集あつまり見みゆるを、もし、悪あしざまにとりなす人ひともあらば、亡なき御おんかげにも見み苦くるしかりぬべし。いさ、追おひ出いださん」

 と言いふ。また、あるいは、

「やうこそはあらめ。いかが説せつ法ほふの時とき泣なくとて、追おひ出いだすべき。情なさけなくあらん。そのゆゑを問とふべき」

 など、安やすからず言いひしらふほどに、わざ終をはりぬ。

 聴聞ちやうもんの人ひとども、やうやう行ゆきけるにも、この女房にようばういとど泣なきまさりて、急いそぎ出いでんともせず。返かへり見みがちにて、立たちわづらふを見みれば、年とし二十はたちばかりなり。形かたちなどもいときよげなるを、化粧けしやうはみな涙なみだに洗あらはれて、浅あさからず思おもひ入いりたるさまなり。

 おぼつかなさのあまり、ある人ひとさし寄よりて、そのゆゑを問とふ。女をんなの言いふやう、

「われは、故ゆゑ僧正そうじやう御房ごばうの御おんあはれみを蒙かうぶりたる身みにてはべるなり。隠かくしまうすべきことにあらず。わが身み、昔むかし捨子すてごにて、河原かはらにはべりけるを、故ゆゑ御房ごばうの御おん歩ありきのついでにごらんじつけて、あはれみたまひて、なにがしといひし大童子おほどうじにおほせ付つけられて、養やしなひたまひしあひだ、ひとへに御おんいとほしみにて人ひととなりはべるを、十三じふさんとまうせし年とし、この養やしなひ親しん夫妻ふさいともに、同おなじ時ときに悪あしき病やまひをして、失うせはべりにしかば、思おもふ方かたなくて、かれが親したしき者もののもとへ尋たづねまかりて、おのづから迷まよひはべりしほどに、さるべきにやはべりけん、思おもひかけぬゆかりにて、一年ひととせ后きさいの宮みやの御半者おんはしたものにまゐりてはべるなり。 たかき御影みかげに隠かくれてはべれば、わびしきこともはべらねど、父母ちちはは世よにやはべらむ、知しりたまはず。養やしなひ立たてたりし親おやは跡あとなくなりにき。ただひとりうどにて、心細こころぼそく、あはれなる身みのありさまを思おもふにも、またありがたくはべるなり。人ひとの身みの、はかなくてやみぬべかりけることと思おもひつづけはべるにも、とにかくに故ゆゑ僧正そうじやう御房ごばうの御おんあはれみのかたじけなさ、片時かたとき忘わするるひまもはべらず。朝あしたごとに鏡かがみの影かげを見みても、誰たれゆゑ人ひととなる身みをと思おもふ折節おりふし、装束しやうぞくをたまひ、身みにとりて面目めんぼくあるやうなる折おりにも、いつも御方おかたに迎むかへて、涙なみだを落おとしつつ、ことにふれて、あはれに報ほうじがたくなむ思おもひはべりし。 されども、あやしくかたがた便たよりあやしきさまなれば、まうし開ひらく方かたもはべらず。すべて、無縁むえんの御おんあはれみより発おこりしことを悦よろこびまうさんにつけても、さすがにはべり。あはれ、わが身み、男をとこならましかば、いかなる様さまにても、御おんあたりにこそはつかうまつらましと、かひなき女をんなの身みを恨うらみて、むなしく過すぎはべりしかど、世よにおはしまししほどは、何なんとなく頼たのもしくはべりき。おのづから、宮みや仕つかへせし時ときより、よそながら拝をがみたてまつれば、いみじき悦よろこびをしたるやうに思おぼえて、それになぐさみつつまかり過すぎしを、かくれたまへりとうけたまはりしかば、世よの中なかかきくらせる心地ここちして、かくして、ながらふべしとも思おぼえはべらず。 今日けふ、御おんはてとうけたまはりつれば、また、いつかはこれほどに御名残おんなごりをうけたまはらん。今いまは今日けふにこそと思おもひて、宮みや仕つかへさしあふ日ひにてはべりつれど、障さはりをまうしてなむ、朝あしたよりこの御おんあたりにたたずみはべる。今いまわざ終をはりてまかり出いづるに、すべて涙なみだにくれて、帰かへるべき道みちも思おぼえはべらず」

 と言いひもやらず、よよと泣なく。

 これを聞きく人ひとあやしみて、「追おひ出いださん」と言いひつる者ものまで、涙なみだを流ながしてあはれみけり。

 もろもろのこと、めづらしく耳みみ近ちかきを先さきとする習ならひなれば、何なにわざにつけても、さしあたりてきはやかなる恩おんなど蒙かうぶれるをこそ悦よろこぶめれ。かやうにおほぞらなることを忘わすれず、心こころにかくることはいとありがたかるべし。誰々たれたれも、思おもひ知しる人ひとも、年月としつき積つもりゆけば、すなはちのやうにやはある。

 されば、かの、村上むらかみの御門みかどの御服ごふくを着きて、一期いちごつひに脱ぬがでやみけんことなどをば、あはれにありがたきためしにこそは言いひ伝つたへはべりぬれ。しかあるを、はかなき女をんなの心こころに、さしも尽つきせず思おもひしめたりけん情なさけの深ふかさ、なほたぐひなくぞはべる。

第65話 堀河院位におはしましける時

 堀河院ほりかはのゐん位くらゐにおはしましける時とき、天あめが下した治おさまりて、民みん安やすく、世よのどかなり。近ちかくは後三条院ごさんでうゐんの御おん時ときなどをこそ、いみじきためしにまうしぬるを、これは今いま少すこし情なさけ深ふかく艶えんにやさしきかたさへ、すぐれさせたまへり。唐とうには天宝てんぽうのためしを引ひき、わが国くにには延喜えんぎ、天暦てんりやくのかしこき御代みよに立たち帰かへることをぞ、高たかきも賤いやしきも悦よろこびけり。

 その時とき、身みはいやしながら、蔵人所くらうどどころにさぶらひて、朝あした夕ゆふつかうまつる男をとこありけり。及およばぬ心こころにも、御おん有様ありさまをかぎりなくめでたく思おもひしめて、何なにのわが身みを立たてんことまでも思おもはず、ただ、かかる御代みよに生うまれ合あひて、御垣みかきの内うちに明あかし暮くらすこと、よろづの愁うれへもなくなぐさみて、心こころばかりつかうまつれど、わが身みかずならねば、あらはるる便たよりもなし。

 かかるほどに、無常むじやうはかしこきも愚おろかなるも遁のがれぬ習ならひなれば、盛さかりなる花はなの雨あめ風かぜにしぼみぬる心地ここちして、いささか才さいある人ひとは身一みひとつの歎なげきと悲かなしびあへるさま、ことわりにも過すぎたりけり。

 かの男をとこかくれおはしましける日ひより、あるはあるにもあらず、夜よの明あけ、日ひの暮くるる分わかちも知しらぬ様さまにてなん通かよひける。つひに頭かしらおろして、ここかしこ聴聞ちやうもんなどしありきけれど、ものも言いはず、なすこともなし。蝉せみのもぬけのごとくにて、生いけるものとも見みえざりけり。

 常つねには、もろもろの仏ほとけ神かみに、「かの生うまれ所ところを示しめしたまへ」と、二心ふたごころなく祈いのりまうしけるほどに、年とし経へて後のち、西にしの海うみに大龍だいりようになりておはします由よしを、夢ゆめに見みえたりければ、限かぎりなく嬉うれしくて、たちまちに筑紫つくしのかたへ行ゆきて、東風こちのけはしく吹ふきたりける日ひ、舟ふねに乗のりて、押おし出いでにけり。

 しばしは波間なみまによろひつつ見みえけれど、後のちには行ゆく末すゑも知しらずなりにければ、見みる人ひと涙なみだを流ながして、そのころの世よ語かたりになんしける。よろづのこと、志こころざしによることなれば、身みをかへて、必かならずまゐり合あひてつかうまつりなんかし。

 おほかた、程ほどにつけつつ、まことの世よには思おもはずなること多おほかりし。親したしき、疎うときにもよらず、かへりみの有あり無なしにもよらず。かくはしりつきたる物ものの命いのちかはり、年としごろ深ふかくあひ頼たのみたる人ひとの人ひとよりも愚おろかなるためし多おほく聞きこゆるは、前まへの世よの結縁けちえんによるにこそ。

 一度ひとたびは、生いき返かへりて見みまほしきことなり。

第66話 昔、男ありけり

 昔むかし、男をとこありけり。をのこ子こ二人ふたり持もちたるにとりて、兄あには先さきの妻つまの腹はら、弟おとうとは今いまの妻つまの腹はらになんありける。かかれど、兄あにのをのこ、継母ままははのために、つゆもおろかならず。失うせにしわが母ははのごとく、ねんごろに孝養けうやうすれば、母ははまた、わが子こにも思おもひおとせることなかりけり。

 二人ふたりの子こ、やうやう人ひととなりて後のち、父ちち、先さき立たちて病やまひを受うけて死しなんとする時とき、母ははに言いふやう、

「年としごろ、この兄あにのをのこをあはれみはぐくむことはことの折節おりふしにみな思おもひ知しれり。うしろめたなかるべきならねど、何事なにごともあとのことを思おもふに、なほ彼かれがいとほしく思おぼゆるなり。われを深ふかく思おもはば、わが形見かたみと思おもひて、いとほしくせよ」

 と、泣なく泣なく言いひ置おきて死しぬ。その後のち、母ははこのことをたがへず、やや弟おとうとにもまさりてなむあはれみける。

 かかるほどに、ともに大人おとなになりて、兄あにのをのこ、妻つまをまうけたり。この妻つま、形かたち良よくて、見みる人ひと多おほく心こころを動うごかす。その中なかに、朝あした夕ゆふ公おほやけにつかうまつりて、身みのほどよりし、おごれる者ものありけり。おのが身み、君きみに知しられまゐらせたることを頼たのむにやありけん、夜よな夜よな男をとこにもはばからず、ややもすれば、あらはれて通かよふを見みるに、この弟おとうとのをのこ、安やすからず、おこる後のちのことも思おぼえず走はしり出いでて、これを殺ころしつ。

 隠かくすとすれど、このこと世よに聞きこえて、すなはち、弟おととの男をとこからめられぬ。死しする者ものの親したしき者ものども、早はやく命いのちを絶たたるべき由よし、強こはく訴うつたへまうす。上うへにも御おんとがめ軽かるからざりければ、検非違使けびゐしうけたまはりて、殺ころさんとす。

 その時とき、兄あにの男をとこ進すすみ出いでてまうすやう、

「弟おとうとの男をとこは、さらにおのが身みのためにつかうまつりたることにあらず。わがみなもとにはべり。早はやく、われ罪つみを蒙かうぶるべし」

 とまうす。弟おとうとの言いふやう、

「兄あにはかの女をんなの男をとことまうすばかりにてこそはべれ、さらに過とがしたることなし。われこそ、罪つみは蒙かうぶらめ」

 とまうす。

 兄弟きやうだいかくのごとく争あらそふ間あひだに、上うへにも、はからひわづらひたまひて、

「一人ひとりを罪つみせらるべきにとりて、かれらがまうすことども、みな謂いはれなきにあらず。さらば、母ははをめして、かれがまうさんによるべし」

 と定さだめられぬ。

 すなはちめし出いだして、このことを問とはるるに、母ははとばかり思おもひわづらひて、涙なみだを流ながしつつ、弟おとうとに罪つみせらるべき由よしをまうす。その時とき、検非違使けびゐし思おもひの外ほかに思おぼえて、ゆゑを問とふ。母ははのまうすやう、

「兄あには継子ままこなり。弟おとうとはまことの子こなり。しかあれど、いとけなくはべりしより、かれもまことの母ははと頼たのみ、われも子こに思おもひおとすことなし。いはんや、父ちちまかり隠かくれし時とき、ねんごろにまうし置おくことはべりき。その言葉ことば、心こころの底そこにとまりて、昔むかしを思おもひ出いづるごとに、ただ今いま聞きくかごとし。たとひ、いくたりのわが子こを失うしなふとも、かれをば助たすけんと思おもふ。すべては、父ちちまかり隠かくれて後のち、これらを左右さゆうにすゑ、兄あにをば父ちちの形見かたみと思おもひ、弟おとうとをばわが身みと頼たのみて、もろもろの愁うれへをなぐさめつつ、月日つきひを過すごしはべるに、今いまここに罪つみを蒙かうぶれり。すなはち、わが身みの報むくひのつたなき」

 と言いふ。

 聞きく人ひとみな涙なみだを流ながしてあはれむ。深ふかく訴うつたへまうしつる者ものども、また、これをあはれみあへり。このこと、上うへにきこしめして、

「三人みたりともにやむごとなき者ものなり。罪つみをなだめて許ゆるすべし」

 となむおほせられける。

 かの山蔭中納言やまかげのちゆうなごんのうへには、たとへもなかりける母ははの心こころかな。

 ただし、これは晋しんの三賢さんけんといふ物語ものがたりに似にたり。もしそのことにや。

第67話 西行法師出家しける時

 西行法師さいぎやうほふし出家しゆつけしける時とき、跡あとをば弟おとうとなりける男をのこに言いひ付つけたりけるに、幼をさなき女子をんなごのことにかなしうしけるを、さすがに見み捨すてがたく、「いかさまにせん」と思おもへども、うしろやすかるべき人ひとも思おぼえざりければ、なほ、この弟おとうとのぬしの子こにして、いとほしみすべき由よし、ねんごろに言いひ置おきける。

 かくて、ここかしこ修行しゆぎやうして歩ありくほどに、はかなくて二、三年にさんねんになりぬ。ことのたよりありて、京きやうの方かたへめぐり来きたりけるついでに、ありしこの弟おとうとが家いへを過すぎけるに、きと思おもひ出いでて「さても、ありし子こは五いつつばかりにはなりぬらん。いかやうにか生おひなりたるらん」と、おぼつかなく思おぼえて、「かく」とは言いはねど、門かどのほとりにて見み入いれける折節おりふし、この娘むすめいとあやしげなる帷姿かたびらすがたにて、下種げすの子こどもにまじりて、土つちにおりて、立蔀たてじとみのきはにて遊あそぶ。

 髪かみはゆふゆふと肩かたのほどに帯おびて、形かたちもすぐれ、たのもしき様さまなるを、「それよ」と見みるに、きと胸むねつぶれて、いと口くち惜をしく見立みたてるほどに、この子このわが方かたを見みおこせて、

「いざなん。聖ひじりのある、恐おそしきに」

 とて内うちへ入いりにけり。

 このこと、「思おもはじ」と思おもへど、さすがに心こころにかかり、日ひごろ経ふるほどに、もし、かやうのことをや知しり聞きかれけん、九条くでうの民部卿みんぶきやうの御おん女をんなに、冷泉殿れいぜいどのと聞きこえける人ひとは、母ははにゆかりありて、

「わが子こにして、いとほしみせん」

 と、ねむごろに言いはれければ、人柄ひとがらも賤いやしからず、

「いとよきこと」

 とて、急いそぎわたしてけり。

 本意ほいのごとく、またなき者ものにかなしうせられければ、心安こころやすくて、年月としつきを送おくる間あひだに、この子こ、十五、六じふごろくばかりになりて後のち、このとり母ははの弟おとうとのむかへ腹はらの姫君ひめぎみに、播磨三位家明はりまのさんみいへあきと聞きこへし人ひとを聟むこに取とられけるに、若わかき女房にようばうなど尋たづね求もとめむるに、

「やがて、この姉あね君きみも上臈じやうらふにて、一ひとつ所ところなるべければ、便たよりもあるべし。親おやなどもさるものなり」

 とて、この子こを取とり出いでて、童わらはなむせさせける。

 西行さいぎやうこのこともれ聞ききて、本意ほいならず思おぼえけるにや、この家いへ近ちかく行ゆきて、傍かたはらなる小家こいへに立たち入いりて、人ひとを語かたらひて、忍しのびつつ呼よばせける。娘むすめいとあやしくは思おぼえけれど、ことさまを聞きくに、「わが親おやこそ、聖ひじりになりてありと聞ききしか。さらでは、誰たれかはわれを呼よび出いでん」と思おもふに、「日ひごろ、見みてや止やみなんと心憂こころうかりつるを、もしさらば、いみじからん」と思おぼえて、やがて使つかひに具ぐして、人ひとにも知しられず出いでにけり。

 かしこに行ゆきて見みれば、あやしげなる法ほふ師しの痩やせ黒くろみたる、麻あさの墨染すみぞめの衣ころも、袈裟けさなど、まことにあはれに思おぼえて、涙なみだぐみつつ、細こまやかにうちとけ語かたらふ。西行さいぎやうはありし土つち遊あそびの時とききと見みしに、あらぬものに生おひまさりて、いと清きよげなるを見みるにも、さこそ思おもひ捨すつる世よなれど、さすがにこればかりをばえ見過みすごさず、ことの有様ありさまなど聞ききて、娘むすめに言いふやう、

「年としごろは行方ゆくへも知しらず、姿すがたをだに、今日けふこそ初はじめて見みるらめ。されども、親子おやことなるは深ふかき契ちぎりなり。わがまうすこと聞ききてむや。違たがへらるまじくは言いはん」

 と言いふ。娘むすめの言いふやう、

「まことに親おやにておはしまさば、いかでか違たがへたてまつるべき」

 と言いふ。

「しかあらばまうさん」

 と言いふ。

「そこを生うまれ落おとししより、心こころばかりははぐくみしことは、大人おとなになりなん時ときは、御門みかどの后きさきにもたてまつり、もしは、さるべき宮みやばらのさぶらへをもせさせんとこそ思おもひしか。かやうのつぎの所ところに、まかなひせさせ聞きこえんとは、夢ゆめにも思おもひよらざりき。たとひ、めでたき幸さいはひありとても、世よの中なかの仮かりなる様さま、とにかくに、心こころやすきこともなかんめるを、尼あまになりて、母ははが傍かたはらに居ゐて、仏ほとけの宮みや仕つかへうちして、心こころにくくてあれがしと思おもふなり」

 と言いふ。

 やや久ひさしくうち案あんじて、

「うけたまはりぬ。はからひたまはせむと、いかでか違たがへたてまつらん。さらば、いつと定さだめたまへ。その時とき、いづくへもまゐり会あはん」

 と言いふ。「若わかき心こころに、ありがたくもあるかな」と、返かへす返かへす喜よろこびて、しかじか、その日ひ、乳母めのとのもとへ行ゆき会あふべきこと、よくよく定さだめ契ちぎりて、帰かへりぬ。

 このこと、また知しる人ひともなければ、誰たれも思おもひもよらぬほどに、明日あすになりて、

「この髪かみを洗あらはばや」

 と言いふ。冷泉殿れいぜいどのの聞ききて、

「近ちかう洗あらひたるものを。けしからずや」

 など言いはれければ、ただことさらに言いへば、「物もの詣まうでやうのことなめり」と思おもひて、洗あらはせつ。

 明あくる朝あしたに、

「急いそぎて乳母めのとのもとへ行ゆくべきことのある」

 と言いへば、車くるまなど沙汰さたして送おくる。今いますでに車くるまに乗のらむとする人ひとの

「しばし」

 とて帰かへり来きて、冷泉殿れいぜいどのに向むかひて、つくづくと顔かほをうち見みて、言いふこともなくて立たち帰かへりき。車くるまに乗のりて去さぬ。あやしく思おぼゆれど、かかることあるべしとは、いかでか知しらん。

 かくて、久ひさしく帰かへらねば、おぼつかなくて尋たづねけるを、しばしはとかく言いひやりけれど、日ひごろ経へれば、隠かくれなく聞きこえぬ。冷泉殿れいぜいどのは五いつつより、ひとへにわが子このやうにして、片時かたときかたはら離はなるることなくて、ならはしはぐくみ立たてたるうちにも、おとなびゆくままに、心こころばえもはかばかしう、ことにふれてありがたきさまなりければ、深ふかくあひ頼たのみて過すぎけるに、かく思おもはずして、永ながく別わかれぬれば、

「恨うらめしかりける心強こころづよさかな。武たけき者ものの筋すぢといふもの、女子をんなごまで、うたてゆゆしきものなりけり」

 と言いひ続つづけてぞ、恨うらみ泣なかれける。

「ただし、少すこし罪つみ許ゆるさるることとては、すでに車くるまに乗のりし時とき、また見みまじきぞかしと、さすがに心細こころぼそく思おもひけるにこそ。させる言いふべきこともなきに、しばし立たち帰かへりて、わが顔かほをつくづくとまもりて出いでにしばかりを、恨うらめしき中なかに、いささかあはれなる」

 とぞ言いはれける。

 さてさて、この娘むすめ尼あまになりて、高野かうやのふもとに、天野あまのといふ所ところに、さいだちて母ははが尼あまになりて居ゐたる所ところに行ゆきて、同おなじ心こころに行おこなひてなむありける。いみじかりける心こころなるぞかし。

 かの養母やうぼの冷泉殿れいぜいどのも後のちには貴たふとく行おこなひて、もとより絵え描えがく人ひとなりければ、日々ひびの所作しよさにて、丈六ぢやうろくの阿弥陀仏あみだぶつと描えがきたてまつられける。命いのち終をはりける時ときには、その仏ほとけの御形みかたち、空そらにあらはれて見みえたまひけるとぞ。

第68話 侍従大納言成通卿そのかみ九歳にて

 侍従大納言じじゆうだいなごん成通卿なりみちきやうそのかみ九歳ここのつにて、わらはやみしたまひけり。

 年としごろ祈いのりけるなにがし僧都そうづとかやいふ人ひとを呼よびて、祈いのらせけれど、かひなく発おこりければ、父ちちの民部卿みんぶきやう、ことに歎なげきたまひて、傍かたはらにそひ居ゐて、見みあつかひたまふ間あひだに、母君ははぎみと言いひ合あはせつつ、

「さりとて、いかがはせむ。このたびはこと僧そうをこそ呼よばめ。いづれか良よかるべき」

 などのたまひけるを、この児ちご臥ふしながら聞ききて、民部卿みんぶきやうに聞きこえたまふ。

「なほ、このたびは僧都そうづを呼よびたまへがしと思おもふなり。そのゆゑは乳母めのとなどのまうすを聞きけば、まだ腹はらの内うちなりける時ときより、この人ひとを祈いのりの師しと頼たのみて、生うまれて、今いま九ここのつになるまで、ことゆゑなくてはべるはひとへにかの人ひとの徳とくなり。それに、今日けふこの病やまひによりて、口くち惜をしく思おもはんことのいと不便ふべんにはべるなり。もし、こと僧そうを呼よびたまひたらば、たとひ落おちたりとも、なほ本意ほいにあらず。いはんや、必かならず落おちんこともかたし。さりとも、これにて死しぬるほどのことは、よもはべらじ。我われをおぼさば、幾いくたびもなほこの人ひとを呼よびたまへ。つひには、さりともやみなん」

 と苦くるしげなるをためらひつつ、聞きこえたまふに、民部卿みんぶきやうも母上ははうえも、涙なみだを流ながしつつ、あはれに思おもひよせたり。

「幼をさなき思おもひばかりには劣おとりてけり」

 とて、またのあたり日ひ、僧都そうづを呼よびて、ありのままにこの次第しだいを語かたりたまふ。

「隠かくしたてまつるべきことにはべらぬ御おんことを、おろかに思おもふにはあらねども、かれが悩なやみ煩わづらひはべる気色けしきを見みるに、心こころもほれて、おぼされむことも知しらず、しかじかのことをうちうちにまうすを知しりて、この幼をさなき者もののかくまうしはべるなり」

 涙なみだを押おしのごひつつ、語かたりたまふに、僧都そうづおろかにおぼされむや、その日ひ、ことに信しんをいたしき。泣なく泣なく祈いのりたまひければ、きはやかに落おちたまひにけり。

 この君きみは幼をさなくより、かかる心こころを持もちたまひて、君きみにつかうまつり、人ひとにまじはるに付つけても、ことにふれつつ、情深なさけぶかく、優ゆうなる名なをとめたまへるなり。すべていみじき数寄人すきびとにて、世よの濁にごりに心こころをそめず、いもせの間あひだに愛執あいしふ浅あさき人ひとなりければ、後世ごせも罪つみ浅あさくこそ見みえけれ。

第69話 八幡別当頼清が遠流にて永秀法師といふもの

 八幡別当頼清やはたのべつたうよりきよが遠流ゑんるにて、永秀えいしう法ほふ師しといふものありけり。家いへ、貧まずしくて、心こころ、すけりける。夜昼よるひる、笛ふえを吹ふくより外ほかのことなし。かしがましさに耐たへぬ隣家となりいへ、やうやう立たち去さりて、後のちには人ひともなくなりにけれど、さらにいたまず。さこそ貧まずしけれど、落おちぶれたるふるまひなどはせざりければ、さすがに、人ひといやしむべきことなし。

 頼清よりきよ聞ききあはれみて、使つかひやりて、

「などかは、何なにごとものたまはせぬ。かやうにはべれば、さらぬ人ひとだに、ことにふれて、さのみこそまうしうけたまはることにてはべれ。うとくおぼすべからず。便たよりあらんことは、憚はばからずのたまはせよ」

 と言いはせたりければ、

「返かへす返かへす、かしこまりはべり。年としごろも、まうさばやと思おもひながら、身みのあやしさに、かつは恐おそれ、かつは憚はばかりて、まかり過すぎはべるなり。深ふかく望のぞみまうすべきことはべり。すみやかにまゐりてまうしはべるべし」

 と言いふ。

 「何事なにごとにか、よしなき情なさけをかけて、うるさきことや言いひかけられん」と思おもへど、「かの身みのほどには、いかばかりのことかあらん」と思おもひあなづりて過すごすほどに、あるかた、夕ゆふ暮くれに出いで来きたれり。すなはち出いで合あひて、

「何なにごとに」

 など言いふ。

「浅あさからぬ所望しよまうはべるを、思おもひたまへてまかり過すぎはべりしほどに、一ひと日ひおほせを悦よろこびて、さうなくまゐりてはべる」

 と言いふ。「疑うたがひなく、所知しよちなど望のぞむべきなめり」と思おもひて、これを尋たづぬれば、

「筑紫つくしに御おん領りやう多おほくはべれば、漢竹かんちくの笛ふえのこと、よろしくはべらん。一ひとつめしてたまはらん。これ身みに取とりて極きはまれる望のぞみにてはべれど、あやしの身みには得えがたき物ものにて、年としごろえまうけはべらず」

 と言いふ。

 思おもひの外ほかに、いとあはれに思おぼえて、

「いといと安やすきことにこそ。すみやかに尋たづねて、たてまつるべし。その外ほか、御用ごようならんことははべらずや。月日つきひを送おくりたまふらんことも、心こころにくからずこそはべるに。さやうのことも、などかはうけたまはらざらん」

 と言いへば、

「御おん志こころざしはかしこまりはべり。されど、それはこと欠かけはべらず。二、三月にさんぐわつに、かく帷かたびら一ひとつまうけつれば、十月じふぐわつまでは、さらに望のぞむ所ところなし。また、朝あした夕ゆふのことは、おのづからあるにまかせつつ、とてもかくても過すぎはべり」

 と言いふ。

 「げに、数寄者すきものにこそ」と、あはれにありがたく思おぼえて、笛ふえ、急いそぎ尋たづねつつ送おくりけり。また、さこそ言いへど、月つきごとの用意よういなど、まめやかなることども、あはれみ沙汰さたしければ、それがあるかぎりは、八幡やはたの楽人がくにん呼よび集あつめて、これに酒さけまうけて、日ひ暮くらし楽らくをす。失しつすればまた、ただ一人ひとり、笛ふえ吹ふきて明あかし暮くらしける。

 後のちには、笛ふえの功こう積つもりて、並ならびなき上手じやうずになりけり。

 かやうならん心こころは何なににつけてかは、深ふかき罪つみもはべらん。

第70話 中ごろ市正時光といふ笙吹きありけり

 中なかごろ、市正時光いちのかみときみつといふ笙しやう吹ふきありけり。茂光しげみつといふ篳篥師ひちりきしと囲碁ゐごを打うちて、同おなじ声こゑに裹頭楽くわとうらくを唱歌しやうがにしけるが、おもしろく思おぼえけるほどに、内うちより、とみのことにて、時光ときみつをめしけり。

 御使おんつかひ至いたりてこのよしを言いふに、いかにも耳みみにも聞きき入いれず、ただもろともにゆるぎあひて、ともかくもまうさざりければ、御おん使つかひ帰かへりまゐりて、このよしをありのままにぞまうす。

 「いかなる御おんいましめかあらん」と思おもふほどに、

「いとあはれなる者ものどもかな。さほどに楽らくにめでて、何なにごとも忘わするばかり思おもふらんこそ、いとやむごとなけれ。王位わうゐは口くち惜をしきものなりけり。行ゆきてもえ聞きかぬこと」

 とて、涙なみだぐみたまへりければ、思おもひの外ほかになむありけり。

 これらを思おもへば、この世よのこと思おもひ捨すてむことも、数かず寄やどりきはことに便たよりとなりぬべし。

第71話 中ごろ宝日といふ聖ありけり

 中なかごろ、宝日ほうにちといふ聖ひじりありけり。

「何なにごとをか勤つとむる」

 と、人ひと、問とひければ、

「三時さんじの行おこなひつかうまつる」

 と言いふ。重かさねて、

「いづれの行法ぎやうぼふぞ」

 と問とふに、答こたへて言いふやう、

「暁あかつきには」

明あけぬなり賀茂かもの河原かはらに千鳥ちどり啼なく今日けふも空むなしく暮くれんとすらん

「日中につちゆうには」

今日けふもまた午むまの貝かいこそ吹ふきにけれ羊ひつじの歩あゆみ近付ちかづきぬらん

「暮くれには」

山里やまざとの夕ゆふ暮くれの鐘かねの声こゑごとに今日けふも暮くれぬと聞きくぞ悲かなしき

「この三首さんしゆの歌うたを、おのおの時ときをたがへず詠えいじて、日々ひびに過すぎ行ゆくことを観みじはべるなり」

 とぞ言いひける。

 いとめづらしき行ぎやうなれど、人ひとの心こころの進すすむ方かたさまざまなれば、勤つとめもまた一筋ひとすじならず。潤州じゆんしうの曇融聖どんゆうひじりは橋はしを渡わたして浄土じやうどの業ごふとし、蒲州ほしうの明康法師めいかうほふしは船ふねに棹さおさして往生わうじやうをとげたり。

 いはんや、和歌わかはよくことわりを極きはむる道みちなれば、これによせて、心こころを澄すまし、世よの常つねなきを観くわんぜんわざども、便たよりありぬべし。

 かの恵心ゑしんの僧都そうづは「和歌わかは綺語きごのあやまり」とて、詠よみたまはざりけるを、朝朗あさぼらけに、はるばると湖みづうみを詠ながめたまひける時とき、霞かすみわたれる波なみの上うへに、船ふねのかよひけるを見みて、「何なににたとへん朝あさぼらけ」といふ歌うたを思おもひ出いだして、をりふし心こころにそみ、ものあはれにおぼされけるより、「聖教しやうげうと和歌わかとは、はやく一ひとつなりけり」とて、その後のちなむ、さるべき折々おりおり、必かならず詠えいじたまひける。

 また、近ちかく蓮如れんによといひし聖ひじりは定子皇后宮ていしくわうごうぐうの御歌おんうた、

夜よもすがら契ちぎりしことを忘わすれずは恋こひむ涙なみだの色いろぞゆかしき

 とはべるは、隠かくれたまひける時とき、御門みかどにごらんぜさせむためとおぼしくて、帳とばりの帷かたびらの紐ひもに結むすびたまひたりける歌うたなり、これを思おもひ出いだして、限かぎりなくあはれに思おぼえければ、心こころにそみつつ、この歌うたを詠えいじては、泣なく泣なく尊勝陀羅尼そんしようだらにを読よみてぞ、後世ごせをとぶらふ。また、詠ながめては、先さきのごとく誦じゆす。かくしつつ、夜よもすがら、まどろまずして、冬ふゆの夜よを明あかしたりける。いみじかりける数寄者すきものなりかし。

 大弐資通だいにすけみちは琵琶びはの上手じやうずなり。信明さねあきら、大納言経信だいなごんつねのぶの師しなり。かの人ひとさらに尋常よのつねの後世ごせの勤つとめをせず、ただ、日ひごとに持仏堂ぢぶつだうに入いりて、数かずを取とらせつつ琵琶びはの曲きよくを弾はじきてぞ、極楽ごくらくに廻向ゑかうしける。

 勤つとめは功こうと志こころざしとによる業わざなれば、必かならずしも、これを、「あだなり」と思おもふべきにあらず。中なかにも、数かず寄やどりきといふは、人ひとの交まじはりを好このまず、身みのしづめるをも愁うれへず、花はなの咲さき散ちるをあはれみ、月つきの出いで入いるを思おもふにつけて、常つねに心こころを澄すまして、世よの濁にごりにしまぬをこととすれば、おのづから生滅しやうめつのことはりも顕あらはれ、名利みやうりの余執よしふ尽つきぬべし。これ出離解脱しゆつりげだつの門出かどでにはべりべし。

 保元ほうげんのころ、世よに事ことありて、崇徳院すとくのゐん讃岐さぬきにうつろはせたまひにける後のち、旅たびの御住居すまひ、あはれにかたじけなきこと、言いひ尽つくすべからず。国くにの兵つはものども朝あした夕ゆふ御所ごしよをうち囲かこみて、たやすく人ひともまゐりかよはぬ由よし、聞きこゆれば、かの蓮如れんによといふ数かず寄やどりき聖ひじりもとより情なさけ深ふかき心こころにて、いとかなしく思おぼえけれど、人ひと遣やふこともなかりけり。ただ、妹いもうとなる人ひとのさぶらひけるゆかりに、御おんあたりのことをも聞きき、また、昔むかし、陪従ばいじうにて公事くじを勤つとめける時とき、御神楽みかぐらなどのついでに、まれに見参げんざんに入いるばかりなれば、さしも深ふかく歎なげくべきにしもあらねど、わざとただ一人ひとり、みづから笈おひかけて、讃岐さぬきへ下くだりけり。

 行ゆき着つきて見みれば、御所ごしよのありさま、目めも当あてられず。伝つたへ聞ききつるよりも怪けなり。されど、せちに「内うちへ入いらん」と思おもふ心こころざし深ふかくて、「さるべきひまやある」と終日ひめもすに伺うかがひけれど、守もりたてまつる者ものいとはしたなくとがめて、人ひと隠こもるべくもあらず。

 むなしく日ひも暮くれにければ、月つきの明あかかかりけるに、笛ふえを吹ふきてなむ、御所ごしよを廻めぐり歩ありきける。

 「いかさまにせん」と思おもふほどに、やや暁あかつきに及およびて、黒くろばみたる水干すいかんばかりうちかけたる人ひと内うちより出いでたり。いと嬉うれしくて、この便たよりに、御所ごしよの中なかに入いりて見みれば、草くさ茂しげり、露つゆ深ふかくて、ことさら人ひとの音おともせず。いみじうものかなしきに、とばかり立たちわづらひて、板いたの端はじに書かきて、

「見参げんざんに入いれよ」

 とて、ありつる人ひとになむ取とらせける。

朝倉あさくらや木きの丸殿まろどのに入いりながら君きみに知しられで帰かへるかなしさ

 この男をのこほどもなく帰かへり来きて、

「これをたてまつれとはべる」

 と言いふを、取とりて、月つきの影かげに見みれば、

朝倉あさくらやただいたづらに帰きすにも釣つりする蜑あまの音おとをのみぞ泣なく

 とぞ書かかれたりける。

 いとかしこく思おぼえて、これを笈おひの中なかに入いれつつ、泣なく泣なく帰かへり上のぼりにけり。

第72話 中ごろ少将聖といふ人ありけり

 中なかごろ、少将聖せうしやうひじりといふ人ひとありけり。ことの便たよりありて、播磨国はりまのくに、室むろといふ所ところに泊とまりたりける夜よ、月つきくまなくていとおもしろかりけるに、遊女いうぢよわれもわれもと歌うたひ行ゆきちがふ。

 「あはれなる者ものの様さまかな」と見みるほどに、ある遊女いうぢよの舟ふね、この聖ひじりの乗のりたる舟ふねをさして、漕こぎ寄よせければ、梶取かぢとりやうの者もの

「否いなや、これは僧そうの御おん舟ふねなり。思おもひたがへたまへるか」

 と、ことの外ほかに言いふ。

「さ見みたてまつる。何なにとてかは、さる僻目ひがめは見みるものかは」

 と言いひて、鼓つづみ打うちて

暗くらきより暗くらき道みちにぞ入いりぬべきはるかに照てらせ山やまの端はの月つき

 と、この歌うたを二、三遍にさんべんばかり歌うたひて、

「かかる罪つみ深ふかき身みになれるも、さるべき報むくひにはべるべし。この世よは夢ゆめにてやみなむとす。必かならず救すくひたまひなん。心こころばかり縁えんを結むすびたてまつるなり」

 と言いひて、漕こぎ離はなれにけり。

 「思おもはず、あはれに思おぼえて、涙なみだを落おとしたり」と、後のちに人ひとに語かたりける。

第73話 ある生宮仕へ人の清水に籠りたりける局の前に

 ある生宮仕なまみやづかへ人びとの清水きよみづに籠こもりたりける局つぼねの前まへに、色白しらばみ、されほれたる老尼らうにの影かげのごとく痩やせ衰おとろへたる、物ものを乞こひ歩ありくありけり。十月じふぐわつばかりに、汚きたなげなる破やぶれ帷かたびら一ひとつ着きて、上うへに蓑みのを着きたりけり。

 見みる人ひと

「あないみじのさまや。雨あめも降ふらぬに。など、蓑みのを着きたるぞ」

 と問とふ。

「これよりほかに持もちたる物ものなければ、寒さむさは寒さむし、ずちなくて」

 など答こたふるを、

「暖あたたまりあるべしとこそ思おぼえね」

 など言いひて、笑わらひけり。

 果物くだものなど食くはせたれば、うち食くひて立たちけるを、いかが思おもひけん、呼よび返かへして、単ひとへをなん一ひとつ推おし出いだしたり。

 悦よろこびて取とりて去さぬと思おもふほどに、同おなじ寺てらに奉加ほうが勧すすむる所ところに行ゆきて、硯すずり乞こひて、いと美うつくしき手てにて、この歌うたを書かき付つけつつ、単ひとへを置おきて、いづちともなく隠かくれにけり。

かの岸きしに漕こぎ離はなれたるあまなればおしてつくべき浦うらも持じたらず

第74話 西行法師東の方修行しける時

 西行法師さいぎやうほふし東あづまの方かた修行しゆぎやうしける時とき、月つきの夜よ、武蔵野むさしのを過すぐることありけり。

 ころは八月十日はちぐわつとをかあまりなれば、昼ひるのやうなるに、花はなの色々いろいろ露つゆを帯おび、虫むしの声々こゑごゑ風かぜにたぐひつつ、心こころも及およばずはるばると、中なかに、経きやうの声こゑ聞きこゆ。

 いとあやしく聞ききて、驚おどろかれて、声こゑを尋たづねて、行ゆきて見みれば、わづかに一間ひとまばかりなる庵いほりあり。萩はぎ、女郎花をみなへしをかこひにして、薄すすき、かるかや、荻をぎなどを取とりまぜつつ、上うへには葺ふけり。その中なかに、年としたけたる枯かれ声こゑにて、法華経ほけきやうをつづり読よむ。

 いとめづらかに思おぼえて、

「いかなる人ひとのかくては」

 と問とひければ、

「われは、昔むかし、郁芳門院いふはうもんゐんの侍さぶらひの長をさなりしが、隠かくれさせおはしませし後のち、やがてさまを変かへて、人ひとに知しられざらむ所ところに住すまん心こころざし深ふかくて、いづちともなくさすらひ歩ありきはべりしほどに、さるべきにやありけむ、この花はなの色々いろいろをよすがにて、野中のなかに泊とまり住すみて、おのづから多おほくの年としを送おくり、もとより秋あきの草くさを心こころにそめはべりし身みなれば、花はななき時ときはその跡あとを忍しのび、このごろは色いろに心こころをなぐさめつつ、愁うれはしきことはべらず」

 と言いふ。

 これを聞きくに、ありがたくあはれに思おぼえて、涙なみだを落おとして、さまざま語かたらふ。

「さても、いかにしてか、月日つきひを送おくりたまふ」

 と問とへば、

「おぼろけにて里さとなどにまかり出いづることもなし。おのづから人ひとのあはれみを待まちてはべれば、四五日しごにちむなしき時ときもあり。大方おほかたは、この花はなの中なかにて煙けむり立たてんことも本意ほいならぬやうに思おぼえて、常つねには、朝あした夕ゆふのさまにはあらず」

 とぞ語かたりける。

 いかに心こころ澄すみけるぞ、うらやましくなむ。

第75話 ある聖都ほとりを厭ふ心深くて

 ある聖ひじり都みやこほとりを厭いとふ心こころ深ふかくて、「住すみぬべき所ところやある」と尋たづね歩ありきけるほどに、北丹波きたたんばといふ深ふかき谷たににいたりて、跡絶とだえたる深山みやまの奥おくの方かたに、川かはより切きり花はなのからの流ながれ出いでたるあり。

 いとあやしくて、「いかなる人ひとのいかにして住すむらむ」と、おぼつかなさに、尋たづねつつ、はるかに分わけ入いりて、見みれば、形かたの様さまなる柴しばの庵いほりの、軒のきを並ならべて二ふたつあり。いとめづらかに思おぼえて、近ちかく歩あゆみ寄よるほどに、窓まどより、その形かたちともなく黒くろみ衰おとろへたる人ひとわづかにさし出いでて、人ひとの気色けしきを見みて、引ひき入いりぬ。

「あはれ、さまうししものを。花はながらを谷たにに散ちらしたまひて」

 と言いふを聞きけば、女声をんなこゑなり。「濁にごれる末すゑの世よにも、かかる住居すまひする人ひとはあるものかは」と、ありがたく思おぼゆるにも、まづ涙なみだ落おちて、

「いかなる人ひとのかくておはしますぞ。身みにたえたるわれらだに、なほえ思おもひとりはべらぬを、いといと希有けうの御おん志こころざしなりや」

 と、さまざま語かたらへど、ふつといらへもせず。

 その時とき、いたう恨うらみて、

「わが身みは、しかじかの者ものにはべり。菩提心ぼだいしんを発おこして、世よを遁のがれ身みを捨すてて、山林さんりんにまどひ歩ありきはべれば、志こころざしおなじきゆゑに、ことに随喜ずゐきしたてまつるうちにも、女をんなの身みにはことにふれてさはりあり。かくおぼし立たちけんことの、かへすがへすもあはれにたぐひなく思おぼえてはべり。かつは、細こまかにうけたまはりて、わが心こころをも励はげましはべらむと思おもふなり。深ふかくへだてたまへば、いと本意ほいならず」

 なんど、細こまかにうち口説くどき恨うらむれば、とばかりためらひて言いふやう、

「隠かくしまうさんとも思おもひはべらず。年としごろここに住すみはべれど、いまだかく尋たづね来くる人ひともなきを、思おもひかけず来きたりたまへれば、何なんとなく心こころさはぎて、御おんいらへもとどこほりはべるばかりなり。我われらがありさままうしはべらん。昔むかし、二十はたちばかりの時とき、二人ふたり同おなじやうにて、上東門院じやうとうもんゐんにつかうまつりてはべりしが、世よのありさま移うつり行ゆくを見みるにも、高たかき賤いやしき、かたはしより隠かくれ行ゆく。すべてこの世よには心こころもとまらず。されば、ことに優ゆうなりし所ところの習ならひに、色いろ深ふかき心こころとて、ことにふれつつ身みも苦くるしく、罪つみの積つもらんことも恐おそしくはべりしかば、二人ふたり、まうし合あはせて、行方ゆくへも知しらず走はしり隠かくれにき。その後のち、ここかしこにへつらひはべりしかど、人ひとのあたりは何なにごとにつけても住すみにくく、心こころにかなはぬことのみはべりしより、思おもひがけぬここに跡あとをとめて、おのづから多おほくの年月としつきを経へたり。花はなの散ちり、葉はの色付いろづくを見みて、春秋しゆんじうの経へぬることを数かぞふれば、四十余年しじふよねんになんなりぬる。住すみ初はじめはべりしころは、嵐あらしもはげしく、はかなき鳥獣てうじうのはけしきまでもけうとき心地ここちして、ことごと堪たへ忍しのぶべくもあらざりしかど、今いまは住すみなれて、たまさかに立たち出いでたる時ときも、ここを栖すみかと急いそぎ帰かへり詣まうで来くれば、さるべかりけることと、あはれにはべるなり。何なんとならはせることにか、生いける数かずとて、雲くも風かぜに身みをまかせても、縁えなければ、一人ひとり一人ひとり代かはりて、十五日じふごにちづつ里さとに出いでて、今いま一人ひとりを養やしなふわざをなんしはべる。この並ならべる庵いほりの内うちに、窓まどをあけて、わづかにとぶらひはべるを頼たよりにて、ただ明あけ暮くれは念仏ねんぶつしはべるなり」

 と、まめやかしく、あてなるけはひにて、語かたるまじきをも思おぼえず、袖そでをしぼりつつ、一仏浄土いちぶつじやうどの契ちぎりを結むすびて帰かへりぬ。

 また、その後のち、麻あさの衣ころも、時料じれうなど用意よういして、尋たづね行ゆきたりければ、庵いほりの跡あとはさながら、行方ゆくへも知しらず隠かくれにけり。

 人ひとの心こころ同おなじからねば、その行おこなひもさまざまなれど、女をんなの身みにて、かかる棲すまひ思おもひ立たちけん、おぼろけの道心だうしんにはあらざるべし。今いま、このことを思おもふに、けがらはしく、あだなる身みを、山林さんりんの間あひだにやどし、命いのちを仏ほとけにまかせたてまつりて、清浄不退しやうじやうふたいの身みを得えんことは、げに心こころがらによるべき行おこなひなり。

 静しずかに過すぎぬることを思おもへば、輪廻生死りんねしやうじのありさま、限かぎりもなし。ほとりもなし。「一人ひとりが一劫いちこふを経ふる間あひだに、身みを捨すてたるかばね、もし朽くちずして積つもらば毘留羅びるらの山やまのごとくならん」と言いへり。一劫いちこふ、なほかくのごとし。いはんや、無量劫むりやうこふをや。そのほど、もろもろの有情うじやう、一ひととして受うけざる身みなく、苦くといひ楽らくといひ、こととして経へざることなし。さだめて、仏ほとけの出世しゆつせにも逢あひ、菩薩ぼさつの教化けうけにもあづかりけむ。

 しかあれど、楽たのしみを受うけたる時ときは楽たのしびにふけりて忘わすれ、苦くるしびにあへる時ときには苦くるしびを憂うれへて怠おこたりしゆゑに、今いまなほ凡夫ぼんぶのつたなき身みとして、出離しゆつりの期ごを知しらざるなり。過去かこのおろかなることを思おもふに、未来みらいもまたかくのごとくこそ。

 おほかた、諸仏しよぶつ菩薩ぼさつとまうすももとは皆みな凡夫ぼんぶなり。われらが父母ちちははともなり、妻子さいし、眷属けんぞくとも互たがひになりたまひけん。されど、かれは、賢かしこく勤つとめ行おこなひて、すでに三界さんがいを出いでたまへり。われらは、信しんなく行ぎやうなかりしかば、生死しやうじの巣守すもりとして、昔むかしの結縁けちえんのゆゑに、わづかに御名みなを聞きき、誓ちかひを仰あふぐことを得えたり。今いま、幸さいはひに、肩かたを並ならべたる人ひとの勤つとめ行おこなひて、生死しやうじを離はなれんにも、また遅おくれなんとす。

 そもそも、仏ほとけになることは、釈尊しやくそんの往古わうごを聞きけば、三僧祇百大劫さんそうぎひやくだいこふが間あひだ、あるいは、無量むりやう阿僧祇劫あそうぎこふを、ますます久ひさしく行ぎやうじたまふとも説とけり。その時節じせつのはるかなるのみにあらず、尸毘大王しびだいわうとしては鴿はとに替かはり、薩埵王子さつたわうじとしては虎とらに身みを投なぐ、かくのごとく難行苦行なんぎやうくぎやうして、仏身ぶつしんを得えたまへり。

 「行ぎやうをして、いづれの所ところを願ねがふべし」と思おもふに、過去かこに経へて過すぎにし天上てんじやうの楽たのしび、何なににかはせん。多生たしやうを隔へだつれば、遠とほき縁えんを期きするにあぢきなし。ただ、このたび、いかにもして、不退ふたいの土どに至いたりて、やうやう進すすみて、つひに菩提ぼだいに至いたらんことを励はげむべきなり。

 しかるを、かの極楽ごくらく世界せかい、願ねがはば生うまれぬべし。そのゆゑは本願ほんぐわんにいはく、「われ仏ほとけを得えたらんに、十方じつぱうの衆生しゆじやう、心こころを至いたりして信楽しんらくして、わが国くにに生うまれんと願ねがひて、乃至ないし十念じふねんせんに、生うまれずといはば正覚しやうがくをとらじ」と誓ちかひたまへり。下品下生げぼんげしやうの人ひとを説とくには、「四重五逆しぢゆうごぎやくを作つくる悪あく人ひとなれども、命終みやうじゆうの時とき、善知識ぜんちしきの勧すすめにあひて、十度じふど南無阿弥陀仏なむあみだぶつとまうせば、猛火みやうくわたちまちに滅めつして、蓮台れんだいにのぼる」と説とけり。あるいは、「極重悪無他方便ごくぢゆうあくむたはうべん。唯称弥陀得生彼国ゆゐしようみだとくしやうひこく」とも言いひ、また、「若有重業障にやくうぢゆうごふしやう、無生浄土因むしやうじやうどいん。乗弥陀願力じようみだぐわんりき、必生安楽国ひつしやうあんらくこく」とも、「其仏本願力ごぶつほんぐわんりき。聞名欲往生もんみやうよくわうじやう。皆悉到彼国かいしつたうひこく。自致不退転じちふたいてん」とも説とけり。

 これらの説せつのごとくは「われら流来生死るらいしやうじのつたなき凡夫ぼんぶなり。たちまちに不退ふたいの浄土じやうどに生うまれがたし」と卑下ひげすべからず。娑婆しやばと極楽ごくらくと縁えん深ふかく、弥陀みだとわれらと契ちぎり久ひさしきがゆゑに、仏ほとけの不思議ふしぎ、神通じんづう方便はうべんをもて矌劫くわうごふの勤修ごんしゆを、一日七日いちにちしちにちの行ぎやうにつづめ、六度ろくどの難なん行ぎやうを一念十念いちねんじふねんの称名しようみやうにかうぶらしめて、早はやく不退ふたいに至いたりやすく、すみやかに菩提ぼだいを得えべき道みちを教をしへたまへり。

 まことに、多おほく百千劫ひやくせんこふの苦く行ぎやう、仏ほとけの御おん為ためには何なにかせん。ただ、少時しやうじの念仏ねんぶつのみぞ、その本願ほんぐわんにはかなへる。われ仏ほとけを念ねんずれば、仏ほとけ、われを照てらしたまふ。仏ほとけ、われを照てらしたまへば、諸罪しよざいことごとく消滅しやうめつして、往生わうじやうすること疑うたがはず。かの聖ひじりを見みぬは、悪業あくごふの眼まなこのとがなり。大悲だいひ、そむくことなし。滅罪めつざい、疑うたぐふべからず。しかれば、みづからが励はげみにはかたかるべければ、仏ほとけの不思議ふしぎの願力ぐわんりきに乗じやうずるがゆゑに、すみやかに至いたることを得うるなり。

 これ十住毗婆娑論じふぢゆうびばしやろんにいはく、陸路りくろと船路ふなじとの喩たとへのごとし。いかにいはんや、われは宿善しゆくぜんすでにあらはれて、あひがたき仏法ぶつぽふにあへり。有縁うえんの悲願ひがんを聞きくに、また、機感きかんの至いたりれることを知しり、また、罪深つみぶかけれど、いまだ五逆ごぎやくを作つくらず。信しん浅あさけれど、誰たれか十念じふねんを唱となへざらん。時ときはこれ弥陀利物みだりもつのさかり、所ところはまた、大乗流布だいじようるふの国くになり。賢愚けんぐをもいはず、道俗だうぞくをもえらばず、「財宝ざいほうを施ほどこせよ」とも説とかず、「身命しんめいを投なげよ」とものたまはず、ただねんごろに弥陀みだ悲願ひがんを頼たのみ、口くちに名号みやうがうを唱となへ、心こころに往生わうじやうを願ねがふこと深ふかくは、十人じふにんながら、必かならず極楽ごくらくに生うまるべきなり。

 それ、もろもろの道理だうりを守まもりて是非ぜひすとも、有縁うえんのわれらがためにおこしたまへる大悲だいひの別願べちぐわんなれば、法相ほつさうにもたがひ、因果いんぐわのことわりもそむけり。思おもひのほかの喜よろこびなるべし。仰あふぎて信しんぜずはあるべからず。

 経きやうに説とけるがごとくは、われら弥陀みだ仏ほとけを念ねんじて、仏ほとけの願力ぐわんりきに乗じやうじて、必かならず極楽ごくらくに生うまるべきことを、六方恒沙ろくぱうごうじやのもろもろの仏ほとけ、舌したをのべて、三千界さんぜんかいに覆おほひて、「これまことなり」と証明しやうめいしたまふ。仏ほとけと仏ほとけとは、何なにのおぼつかなきことかはおはします。ただ、われらが疑うたがひを絶たたんがためにこそはべらめ。

 凡夫ぼんぶの習ならひ、われも人ひとも、この世よのことにのみうつりて、さらに厭いとふことなく、身みは世よの塵ちりにのみ着ぢやくして、もろもろの罪つみ作つくりて、弥陀みだの誓ちかひの、ありがたく、極楽ごくらくの詣まうでやすきことを聞きけども、信しんずるともなし。疑うたぐふともなし。耳みみにも入いらず。心こころにもそまず。願ねがふ心こころなければ、また、勤つとむることもなし。一期いちご、夢ゆめのごとくに過すぎなば、三途さんづ、眼まなこの前まへに来きたるべし。されば、「四十八願荘厳浄土しじふはちぐわんしやうごんじやうど。華池宝閣易往無人けちほうかくいわうむにん」ともはべるにこそ。

 すべて、生いきとし生いけるものの中なかに、人ひとの悟さとりことにすぐれ、空そらをかける翅つばさ、海うみに住すむ鱗うろくづ、これを得うるに難かたからず。木きを切きり、海うみを渡わたる。獣けだものをしたがへて家いへへ行ゆく。蚕かひこを飼かひて絹きぬを織おり、真金まがねを溶ときて器物うつはものを鋳いるまでも、ことにふれ、ものにしたがひて、いづれか凡夫ぼんぶのしわざと思おぼゆる。

 しかあれど、目めの前まへに無常むじやうを見みながら、日々ひびに死期しきの近ちかづくことを恐おそれぬことは、智者ちしやもなし、賢人けんじんもなし。老おいが死しするのみにあらず。若わかきもまた死しす。今日けふは人ひとの上うへ、明日あしたは身みの上うへなる無常むじやうを悟さとらぬは、この深ふかき無明むみやうの酒さけに酔ゑひ、長夜ぢやうやの闇やみに迷まよへるなり。

 早はやく、この理りを説ときて、あだなる残のこりの命いのちを頼たのまず、離はなれやすき恩愛おんあいのきづなにつながれずして、このたび、頭燃づねんを払はらふがごとくして、喉のどのかはけるに水みづを飲のむがごとくに願ねがふべし。手てをむなしくして帰かへることなかれ。

 ただし、諸行しよぎやうは宿執しゆくしふによりて進すすむ。みづから勤つとめて、執しふして、他ほかの行ぎやうをそしるべからず。一華一香いちげいつきやう、一文一句いちもんいつく、みな西方さいはうに廻向ゑかうせば、同おなじく往生わうじやうの業ごふとなるべし。水みづは溝みぞをたづねて流ながる。さらに、草くさの露つゆ、木きの汁しるを嫌きらふことなし。善ぜんは心こころにしたがひておもむく。いづれの行ゆか、広大くわうだいの願海ぐわんかいに入いらざらんや。

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