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『発心集』第3巻(第26話~第37話)原文全文

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 このページでは、鴨長明『発心集』第3巻(第26話~第37話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

 現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第3巻(第26話~第37話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

第26話 中ごろ、近江国に乞食し歩く翁ありけり

中なかごろ、近江国あふみのくにに乞食こつじきし歩ありく翁おきなありけり。立たちても居ゐても、見みること聞きくことにつけて、「まして」とのみ言いひければ、国くにの者もの「ましての翁おきな」とぞ名付なづけける。させる徳とくもなけれども、年としごろへつらい歩ありきければ、人ひともみな知しりて、見みゆるにしたがひて、あはれみけり。

 その時とき、大和国やまとのくににある聖ひじりの夢ゆめに、この翁おきな必かならず往生わうじやうすべき由よし見みたりければ、結縁けちえんのために尋たづね来きたりて、すなはち翁おきなが草くさの庵いほりに宿やどりにけり。かくて夜よなんどいかなる行ぎやうをかするらんとて聞きけども、さらに勤つとむることなし。聖ひじり、

「いかなる行ぎやうをかなす」

 と問とへば、翁おきなさらに行ぎやうなき由よしを答こたふ。聖ひじり重かさねて言いふやう、

「われ、まことは、汝なんぢが往生わうじやうすべき由よしを夢ゆめに見み侍はべりてければ、わざと尋たづね来きたるなり。隠かくすことなかれ」と言いふ。

 その時とき、翁おきな言いはく、

「われ、まことは一ひとつの行ぎやうあり。すなはち、ましてといふことくさこれなり。餓うゑたる時ときは、餓鬼がきの苦くるしみを思おもひやりて、ましてと言いふ。寒さむく暑あつきにつけても、寒熱地獄かんねつぢごくを思おもふこと、またかくのごとし。もろもろの苦くるしみにあふごとに、いよいよ悪道あくだうをおそる。むまき味みはひにあへる時ときは、天てんの甘露かんろを観くわんじて、執しふをとどめず。もし、たへなる色いろを見み、すぐれたる声こゑを聞きき、かうばしき香かをきく時ときも、これ何なにの数かずにかはあらん、かの極楽浄土ごくらくじやうどのよそほひものにふれて、ましていかにかめでたからんと思おもひて、この世よの楽たのしみにふけらず」

 とぞ言いひける。聖ひじりこのことを聞ききて、涙なみだを流ながし掌てのひら合あはせてなむ、去さりにける。

 必かならずしも浄土じやうどの荘厳しやうごんを観くわんぜねども、ものにふれて理ことはりを思おもひけるも、また往生わうじやうの業ごふとなんなりにける。

第27話 奈良の都に、伊予僧都といふ人ありけり

奈良ならの都みやこに、伊予僧都いよそうづといふ人ひとありけり。白河院しらかはのゐんの末すゑにやあひたてまつりけん。近ちかき世よの人ひとなるべし。

 その僧都そうづのもとに、年としごろ使つかふ大童子だいどうじありけり。朝夕あさゆふに念仏ねんぶつを申まうすこと時ときの間あひだも怠おこたらず。ある時とき、僧都そうづの夜よ更ふけてものへ行ゆきけるに、この童わらは火ひをともして、車くるまの先さきに行ゆくを見みれば、火ひの光ひかりに映えいじて頭かしらの光ひかり現あらはれたり。あさましくめづらかに覚おぼえて、人ひとを呼よびてこの火ひを車くるまのしりにともす。かくてまた向むかひてこれを見みるに、なほ先さきのごとくに明あきらかなり。とかくいふばかりなし。

 そののち、この童わらはを呼よびて言いふやう、

「年としもやうやう高たかくなりたり。かく念仏ねんぶつを申まうす、いと貴たふとし。今いまは宮仕みやづかへ障さはりあり。まぎるる方かたなく念仏ねんぶつしてゐたれがし。しからば、食物くひもののために、いささか田たを分わけて取とらせん」

 と言いふ。童わらは、

「何事なにごとに思おぼしめし飽あきてはべるにか。宮仕みやづかへつかまつるとて、念仏ねんぶつの障さはりになることもはべらず。身みの耐たへてはべらんほどは、つかまつらんとこそ思おもひつれ。いと本意ほいなく」

 など言いふ。

「そのていのことにあらず」

 とて、ことのいはれをよくよく言いひ聞きかせければ、

「しからば、かしこまりはべり」

 とて、この田たを二人ふたり持もちたりける子こに分わけ取とらせてなん、食物くひものをば沙汰さたせさせける。

 かくて、猿沢池さるさはのいけの傍かたはらに、一間ひとまなる庵いほり結むすびて、いとど他念たねんなく念仏ねんぶつして居ゐたりければ、本意ほいのごとく臨終正念りんじゆうしやうねんにて、西にしに向むかひて、掌たなごころを合あはせて終をはりにけり。

 往生わうじやうは無智むちなるにもよらず。山林さんりんに跡あとをくらうするにもあらず。ただいふかひなく功こう積つめる者もの、かくのごとし。

第28話 伊予守源頼義は、若くより罪をのみ作りて

伊予守いよのかみ源頼義みなもとのよりよしは、若わかくより罪つみをのみ作つくりて、いささかも慚愧ざんぎの心こころなかりけり。いはんや、御門みかどの仰おほせといひながら、陸奥国みちのくにに向むかひて、十二年じふにねんの間あひだ、謀叛むほんの輩ともがらを滅ほろぼぼし、もろもろの眷属けんぞく、境界きやうがいを失うしなへること数かずを知しらず。

 因果いんぐわの理ことはり空むなしからずは、地獄ぢごくの報むくひ疑うたがひなからんと見みえけるに、みのわの入道にふだうとて、先さき立たちて世よを背そむける者ものありけり。折節おりふしに、この世よの無常むじやう、身罪しんざいの報むくひのおそるべきやうなんどを言いひけるを聞ききて、たちまちに発心ほつしんして、頭かしらおろして、一筋ひとすじに往生極楽わうじやうごくらくを願ねがひけり。

 かのみのわの入道にふだうが作つくりける堂だうは、伊予入道いよにふだうの家いへ向むかひ、佐女牛さめうじ西洞院にしのとうゐんなり。みのわ堂だうといひて、近ちかくまでありき。かの堂だうにて行おこなふ間あひだに、昔むかしの罪つみを悔くひ悲かなしみける涙なみだ、板敷いたじきに落おち積つもりて、大床おほゆかに伝つたはり、大床おほゆかより流ながれて、土つちに落おつるまでなん泣なきける。

 その後のち、語かたりて言いはく、

「今いまは往生わうじやうの願ねがひ、疑うたがひなく遂とげなんとす。勇猛ゆうみやう、強盛がうじやうなる心こころのおこれること、昔むかし、衣川ころもがはの館たちを落おとさんとせし時ときに異ことならず」

 となん言いひける。まことに終をはりめでたくて、往生わうじやうしたる由よし、伝でんに記しるせり。

 多おほく罪つみを作つくれりとて、卑下ひげすべからず。深ふかく心こころを発おこして、勤つとめ行おこなへば、往生わうじやうすることまたかくのごとし。

 その息そくは、つひに善知識ぜんちしきもなく、懺悔さんげの心こころもおこさざりければ、罪つみほろぶべき方かたなし。重おもき病やまひを受うけたりけるころ、向むかひに住すみける女房にようばうの夢ゆめに見みるやう、さまざま姿すがたしたる恐おそろしき物もの数すうも知しらず、そのあたりをうち囲かごめり。

「いかなることぞ」

 と尋たづぬれば、

「人ひとを搦からめんとするなり」

 と言いふ。とばかりありて、男をとこを一人ひとり追おひ立たて行ゆく先さきに、札さつをさし上あげたるを見みれば、無間地獄むげんぢごくの罪人ざいにんと書かけり。夢ゆめ覚さめて、いとあやしく覚おぼえて、尋たづねければ、

「この暁あかつき、はやく失うせたまひぬ」

 となん言いひける。

第29話 讃岐国にいづれの郡とか、源大夫といふ者

讃岐国さぬきのくににいづれの郡こほりとか、源大夫げんだいぶといふ者ものありけり。さやうの者もののならひといひながら、仏法ぶつぽふの名なをだに知しらず、生いき物ものを殺ころし、人ひとを滅ほろぼすよりほかのことなければ、近ちかきも遠とほきも、おぢおそれたることかぎりなし。

 ある時とき、狩かりして帰かへりける路みちに、人ひとの仏供養ほとけくやうする家いへの前まへを過すぐとて、聴聞ちやうもんの者ものの集あつままれるを見みて、

「なにわざをすれば、人ひとは多おほかるぞ」

 と問とふ。郎等らうどうの言いはく、

「仏供養ほとけくやうといふことしはべるなり」

 と言いふ。

「いでや、けうがり。いまだ見みぬことぞ」

 とて、馬うまより下くだりて、狩装束かりしやうぞくのままながら、中なかを分わけ入いり、庭にはも狭せにここら居ゐたる人ひと、これ情なさけなしと見みるに、胸むねつぶれて、ひらがりをり。

 ここらの人ひとの肩かたを越こえて、導師だうしの法ほふ説とく傍かたはらに近ちかく居ゐて、ことの心こころを問とふ。僧そう恐おそろしながら、説法せつぽふをとどめて、阿弥陀あみだの御誓おんちかひ頼たのもしきこと、極楽ごくらくの楽たのしき、この世よの苦くるしみ、無常むじやうのありさまなんどを、細こまやかに説とき聞きかす。

 この男をとこ言いふやう、

「いといといみじきことにこそ。さらば、われ法師ほふしになりて、その仏ほとけのおはしまさん方かたへ参まゐらんと思おもふに、道みちを知しらず。心こころをいたして呼よびたてまつらんと思おもふに、いらへたまひなんや」

 と言いふ。

「まことに深ふかく心こころをおこしたまはば、必かならずいらへたまふべし」

 と答こたふ。

「さらば、われをただ今いま法師ほふしになせ」

 と言いふ。あれうのままにて、ともかくも言いひやらず。

 その時とき、郎等らうどう寄より来きて、

「今日けふはもの騒さわがしくはべり。帰かへりたまひて、その用意よういして出家しゆつけしたまはば、よろしからん」

 と言いふに、腹はら立たちて、

「おのれがはからひにては、われ思おもひ立たちたることをば、いかで妨さまたげんとするぞ」

 とて、眼まなこをいからかして、太刀たちを引ひきまはせば、おそれをののきて、立たちのきぬ。おほかた、今日けふの願主ぐわんじゆより始はじめて、ありとある人ひと色しよくを失うしななへり。近ちかく居い寄より、

「ただ今いま、頭かしら剃それ。剃そらでは悪あしかりなん」

 と、しきりに責せめむれば、遁のがるべき方かたなくて、わななくわななく法師ほふしになしつ。衣ころも、袈裟けさ乞こひて、うち着きて、これより西にしざまに向むきて、声こゑのあるかぎり、

「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」

 と申まうして行ゆく。これを聞きく人ひと涙なみだを流ながしてあはれむ。

 かくしつつ、日ひを経へて、はるかに行ゆき行ゆきて、末すゑに山寺やまでらありけり。そこなる僧そうあやしみて、ことの心こころを問とふ。しかじかとありのままに言いへば、貴たふとみあはれむことかぎりなし。

「さても、物もの欲ほしくおはすらん」

 とて、干飯ほしいひをいささか引ひき包つつみて取とらせければ、

「つゆ物もの食くはん心こころなし。ただ、仏ほとけのいらへたまはんまでは、山やま、林はやし、海うみ、川かはなりとも、命いのちの絶たえんを限かぎりにて、行ゆかんと思おもふ心こころのみ深ふかくて、そのほかには何事なにごとも覚おぼえず」

 とて、なほ西にしをさして呼よばばひ行ゆく。

 かの寺てらに、一人ひとりの僧そうあり。跡あとを尋たづねつつ行ゆきて、見みれば、はるかの西にしの海うみぎはにさし出いでたる、山やまの端はなる岩いわの上うへに居ゐたり。語かたりて言いはく、

「ここにて、阿弥陀あみだ仏ほとけのいらへたまへば、待まちたてまつるなり」

 と言いひて、声こゑをあげて呼よびたてまつる。まことに、海うみの西にしに、かすかに御おん声こゑ聞きこえけり。

「聞ききたまふにや。今いまははや、帰かへりたまひね。さて、七日なぬかばかり過すぎて、またおはして、わがなりたらん姿すがたさまを見みたまへ」

 と言いひければ、泣なく泣なく帰かへりにけり。

 その後のち、言いひしがごとく、日ひごろへて、その寺てらの僧そうあまたいざなひて、行ゆきて問とへるに、もとの処ところにつゆも変かはらず、掌たなごころを合あはせつつ、西にしに向むかひて、眠ねぶりたるがごとくにて居ゐたり。舌したの先さきより、青あおき蓮はちすの花はななん一房ひとふさ生おひ出いでたりける。おのおの仏ほとけのごとく拝をがみて、この花はなを取とりて、国くにの守かみに取とらせたりけるを、持もて上のぼりて、宇治殿うぢどのにぞたてまつりける。

 功こう積つめることなけれども、一筋ひとすじに頼たのみたてまつる心こころ深ふかければ、往生わうじやうすることまたかくのごとし。

第30話 近く、讃岐の三位といふ人いまそかりけり

近ちかく、讃岐さぬきの三位さんみといふ人ひといまそかりけり。かの乳母めのとの男をとこにて、年としごろ、往生わうじやうを願ねがふ入道にふだうありけり。心こころに思おもひけるやう、「この身みのありさま、よろづのこと心こころにかなはず。もし、悪あしき病やまひなんど受うけて、終をはり思おもふやうならずは、本意ほい遂とげんこと極きはめてかたし。病やまひなくて死しなんばかりこそ、臨終正念りんじゆうしやうねんならめ」と思おもひて、「身灯しんとうせん」と思おもふ。さても、耐たえぬべきかとて、鍬くはといふ物ものを二ふたつ、赤あかくなるまで焼やきて、左右さいうの脇わきにさしはさみて、しばしばかりあるに、焼やけ焦こがるるさま、目めも当あてられず。とばかりありて、

「ことにもあらざりけり」

 と言いひて、そのかまへどもしけるほどに、また、思おもふやう、「身灯しんとうは易やすくしつべし。されど、この生なまを改あらためて、極楽ごくらくへ詣まうでん、詮せんもなく、また、凡夫ぼんぶなれば、もし終をはりに至いたりて、いかが、なほ疑うたがふ心こころもあらん。補陀落山ふだらくせんこそ、この世間よのなかの内うちにて、この身みながらも詣まうでぬべき所ところなれ。しからば、かれへ詣まうでん」と思おもふなり。また、すなはちつくろひやめて、土佐とさの国くにに知しる所ところありければ、行ゆきて、新あたらしき小船こぶね一ひとつまうけて、朝夕てうせきこれに乗のりて、梶かぢ取とるわざを習ならふ。

 その後のち、梶かぢ取とりを語かたらひ、

「北風きたかぜのたゆみなく吹ふきつよりぬらん時ときは、告つげよ」

 と契ちぎりて、その風かぜを待まち得えて、かの小船おぶねに帆ほかけて、ただ一人ひとり乗のりて、南みなみをさして乗のりにけり。妻子めこありけれど、かほどに思おもひ立たちたることなれば、留とどむるにかひなし。むなしく、行ゆき隠かくれぬる方かたを見みやりてなん、泣なき悲かなしみけり。これを時ときの人ひと、こころざしの至いたり浅あさからず、必かならず参まゐりぬらん、とぞおしはかりける。

 一条院いちでうのゐんの御おん時ときとか、賀東聖がとうひじりといひける人ひとこの定ぢやうにして、弟子でし一人ひとりあひ具ぐして参まゐる由よし、語かたり伝つたへたる跡あとを思おもひけるにや。

第31話 鳥羽院の御時、ある宮腹に

 鳥羽院とばのゐんの御おん時とき、ある宮腹みやばらに、母ははと女むすめと同おなじ宮仕みやづかへする女房にようばうありけり。年としごろ経へて後のち、女をんな母ははに先さき立たちてはかなくなりにけり。歎なげき悲かなしむことかぎりなし。しばしは、かたへの女房にようばうも、

「さこそ思おもふらめ。ことわりぞ」

 なんど言いふほどに、一年いちねん、二年にねんばかり過すぎぬ。

 その歎なげきさらにおこたらず。やや日ひにそへて、いやまさりゆけば、折おり悪あしき時ときも多おほかり。こと忌いみすべきころをも分わかたず、涙なみだをおさへつつ明あかし暮くらすを、人目ひとめもおびただしく、はてには、

「このことこそ心得こころえね。おくれ先さき立たつ習ならひ、今こん初はじめけることかは」

 なんど、口くちやすからずさざめきあへり。

 かくしつつ、三年さんねんといふ年とし、ある暁あかつきに、人ひとにも告つげず、白地あからさまなるやうにて、まぎれ出いで、衣きぬ一ひとつ、手箱てばこ一ひとつばかりをなん袋ぶくろに入いれて、女をんなの童めのわらはに持もたせたりける。京きやうをば過すぎて、鳥羽とばの方かたへ行ゆけば、この女をんなの童めのわらは心得こころえず思おもふほどに、なほなほ行ゆき行ゆきて、日ひ暮くれぬれば、橋本はしもとといふ所ところに留とどまりぬ。明あけぬれば、また出いでぬ。からうじて、その夕ゆふべ、天王寺てんわうじへ詣まうで着つきたりける。さて、人ひとの家いへ借かりて、

「ここに、七日なぬかばかり念仏ねんぶつ申まうさばやと思おもふに、京きやうよりはその用意よういもせず。ただわが身みと、女をんなの童めのわらはとぞはべる」

 とて、この持もちたりける衣ころもを、一ひとつ脱ぬぎて取とらせたりければ、

「いと安やすきこと」

 とて、家主いへぬしなんそのほどのことは用意よういしける。

 かくて、日ひごとに堂だうに参まゐりて、拝をがみめぐるほどに、また、こと思おもひせず。一心いつしんに念仏ねんぶつを申まうしたりける。手箱てばこ、衣きぬ二ふたつとは御舎利おしやりにたてまつりぬ。七日なぬかに満みちては、京きやうへ帰かへるべきかと思おもふほどに、

「かねて思おもひしより、いみじく心こころも澄すみて、たのもしくはべり。このついでに、今いま七日なぬか」

 とて、また衣ころも一ひとつ取とらせて二七日にしちにちになりぬ。

 その後のち、聞きけば、

「三七日さんしちにちになしはべらん」

 とて、なほ衣ころもを取とらせければ、

「何なにかは。かく、度たびごとに御おん用意よういなくとも、先さきにたまはせたりしにても、しばしははべりぬべし」

 と言いへど、

「さりとて、この料れうに具ぐしたりし物ものを、持もちて帰かへるべきにあらず」

 とて、強つよひてなほ取とらせつ。

 三七日さんしちにちが間あひだ、念仏ねんぶつすること二心ふたごころなし。日数につすう満みちて後のち、言いふやう、

「今いまは京きやうに上のぼるべきにとりて、音おとに聞きく難波なにはの海うみのゆかしきに、見みせたまひてんや」

 と言いへば、

「いと安やすきこと」

 とて家いへの主あるじ、しるべして浜はまに出いでつつ、すなはち舟ふねにあひ乗のりて、漕こぎありく。

「いとおもしろし」

 とて、

「今いま少すこし、今いま少すこし」

 と言いふほどに、おのづから沖おきに遠とほく出いでにけり。

 かくて、とばかり西にしに向むかひて、念仏ねんぶつすることしばしありて、海うみにづぶと落おち入いりぬ。

「あないみじ」

 とて、まどひして、取とり上あげんとすれど、石いしなどを投なげ入いるるがごとくにして、沈しずみぬれば、「あさまし」とあきれ騒さわぐほどに、空そらに雲くも一ひとむら出いで来きて、舟ふねにうち覆おほひて、香かうばしき匂にほひあり。家主いへぬしいと貴たふとく、あはれにて、泣なく泣なく漕こぎ帰かへりにけり。

 その時とき、浜はまに人ひとの多おほく集あつまりて、ものを見みあひたるを、知しらぬ様さまにて問とひければ、

「沖おきの方かたに紫むらさきの雲くも立たちたりつる」

 なんど言いひける。

 さて、家いへに帰かへりて、跡あとを見みるに、この女房にようばうの手てにて、夢ゆめの有様ありさまを書かき付つけたり。

初はじめの七日なぬかは、地蔵ぢざう、龍樹りゆうじゆ来きたりて、迎むかへたまふと見みる。二七日にしちにちには普賢ふげん、文殊もんじゆ迎むかへたまふと見みる。三七日さんしちにちには、阿弥陀如来あみだによらい、もろもろの菩薩ぼさつとともに来きたりて、迎むかへたまふと見みる。

 とぞ、書かき置おきたりける。

第32話 播磨書写山に、外よりうかれ来たる持経者

 播磨書写山はりましよしやざんに、外ほかよりうかれ来きたる持経者ぢきやうしやありけり。所ところの人ひとの情なさけにてなむ、年としごろ過すぎける。

 とりわき、長者ちやうじやなる僧そうをあひ頼たのみたりけるに、この持経者ぢきやうしや言いひけるやう、

「われ、深ふかく臨終正念りんじゆうしやうねんにて極楽ごくらくに生うまれんことを願ねがひはべれど、その終をはり知しりがたければ、ことなる妄念まうねんも起おこらず、身みに病やまひもなき時とき、この身みを捨すてんと思おもひはべるなり。それにとりて、身灯しんとう・入海にふかいなんどはことざまもあまりきはやかなり。苦くるしみも深ふかかるべければ、食物しよくぶつを断たちて、安やすらかに終をはりなんと思おもひ立たちてはべる。心こころ一ひとつにて、さすがなれば、かくまうし合あはするなり。あなかしこ、口くちより外ほかへ出いだしたまふな。居所ゐどころは南みなみの谷たににしめ置おきてはべり。今いまはまかりこもるばかり。後のちは無言むごんにてはべるべければ、まうしうけたまはることは今日けふばかりなるべき」

 と言いひければ、涙なみだを落おとしつつ、

「いといとあはれなり。さほどに思おもひ立たたれたることなれば、とかくまうすに及およばず。ただし、おぼつかなく思おぼえん時とき、おのづから忍しのびつつ行ゆきて、見みまうさんことは許ゆるしたまふや」

 と言いふ。

「それはさらなり。へだてたてまつらねばこそ、かくは聞きこゆれ」

 など、よくよく言いひ契ちぎりて、行ゆき隠かくれぬ。

 あはれに、ありがたく思おぼえて、日々ひびにも行ゆき訪とぶらはまほしけれど、「うるさくぞ思おもはん」と、はばかるほどに、おのづから日ひごろになりぬ。

 七日なぬかばかり過すぎて、教をしへし所ところを尋たづね行ゆきて、見みれば、身み一ひとつ入いるほどなる小ちいさき庵いほりを結むすびて、その内うちに経きやううち読よみて居ゐたり。さし寄よりて、

「いかに。身み弱よわく苦くるしくなんどやおはする」

 など問とへば、物ものに書かき付つけて、返事へんじを言いふ。

「日ひごろ、いみじく苦くるしく思おぼえて、心弱こころよわく、終をはりもいかがと思おぼえはべりしを、この二三日にさんにちが先さきに、まどろみたりし夢ゆめに、幼をさなき童子どうじの来きたりて、口くちに水みづをそそくと見みて、身み涼すずしく、力ちからも付つきて、今いまは憂うれふることはべらず。当時そのかみの様さまならば、終をはりも願ねがひのごとくならん」

 など言いふ。

 いよいよ貴たふとく、うらやましくて、返かへりて、またその後のち、あまりめづらかなることなれば、思おもふに、さりがたき弟子でしなどにこそはおのづからも語かたりけめ。このことやうやう聞きこえて、この山やまの僧そうども、「結縁けちえんせん」とて、尋たづね行ゆく。

「あな、いみじ。さばかり口堅くちがためしものを」

 と言いへど、かなはず。はてには、郡こほりの内うちにあまねく聞きこえて、近ちかき遠とほきも集あつまりののしる。この老僧らうそういたりて、心こころの及およぶかぎり制せいすれど、さらに耳みみに聞きき入いるる人ひとだになし。かの僧そうはものを言いはねど、いみじく侘わびしげに思おもへる気色けしきを見みるにも、ひとへにわが誤あやまちなれば、悔くやしくかたはらいたきことかぎりなし。

 かくて、夜昼よるひるを分わかず、さまざまの物もの投なげかけ、米こめをまき、拝をがみののしれば、便たよりあるべしとも見みえぬほどに、いかがしたりけん、この僧そう夜よ、いづちともなくはひ隠かくれぬ。ここら集あつまる者ものども手てを分わけて、山やまを踏ふみあさり、求もとむれども、さらになし。「さても不思議ふしぎなりや」なんど言いひてける。

 後のち、十余日じふよにち経へてなん、思おもひがけず、かの跡あとを見みつけたりけん、もとの所ところわづかに五六段ごろくだんばかりのきて、いささか真柴ましば深ふかく生おひたる隠かくれに、仏経ぶつきやうと紙衣かみことばかりぞありける。

 この三四年さんよねんがほどのことなれば、かの山やまに見みぬ人ひとなしとぞ。末すゑの世よにはいとありがたきことなりかし。

 すべてはもろもろの罪つみを作つくる、みなこの身みゆゑなれば、かやうに思おもひ取とりて、終をはりをも往生わうじやうをも望のぞまんには、何なにの疑うたがひかあらん。しかれど、濁世ぢよくせの習ならひ、わが分ぶんならぬことを願ねがひ、ややもすれば、これを謗そしりていはく、「先さきの世よに、人ひとに食くひ物ものを与あたへずして、分ぶんを失うしなへる報むくひに、おのづからかかる目めを見みるぞ」とも言いひ、あるいは、「天魔てんまの、心こころをたぶらかして、人ひとを驚おどろかして、後世ごせを妨さまたげんとかまふるぞ」なども言いふべし。まことに、宿業しゆくごふは知しりがたきことなれど、さのみ言いはば、いづれの行ぎやうかは楽たのしく豊ゆたかなる。みな、欲ほしき味みはひを忍しのび、身みを苦くるしめ、心こころをくだくをもととす。これことごとく人ひとをわびしめたる報むくひとや定さだめんとする。いはんや、仏ほとけ菩薩ぼさつの因位いんゐの行ぎやうみな、法ほふを重おもんじ、分ぶんを軽かろくす。その跡あとを追おはぬ、わが心こころのつたなきにてこそあらめ。たまたま学まなぶべきを謗そしるには及およばざることなり。

 かの善導和尚ぜんだうくわしやうは念仏ねんぶつの祖師そしにて、この身みながら証しるしを得えたまへる人ひとなり。往生わうじやう疑うたがふべくもあらざりしかど、木きの末すゑに登のぼりて、身みを投なげたまへり。人ひとの為ためは悪あしきことをし初はじめたまはんやは。

 また、法華経ほけきやうにいはく、「若もし人心じんしんを起おこして、菩提ぼだいを求もとめんと思おもはば、手ての指ゆび・足あしの指ゆびをとぼして、仏陀ぶつだに供養くやうせよ」と。「国くに・城しろ・妻子さいし、及および、太子たいし・国土こくど・もろもろの宝たからをもて供養くやうするに勝すぐれたり」とのたまへり。

 このことうち思おもふには、人ひとの身みを焼やく、皮かは臭くさくけがらはし。仏ほとけの御おんために、何なにの御用ごようやはあらん。言いはば、一ひと房ふさの花はなにも劣おとり、一ひとひねりの香かにも及およびがたけれど、心こころざし深ふかくして、苦くるしみを忍しのぶゆゑに、大おほきなる供養くやうとなるにこそはあらめ。

 さるにては、もし、人ひといさぎよき心こころを発おこして思おもはく、「太子たいし・国土こくど、勝すぐれたる供養くやうとのたまはばこそ、われらがためにはかたからめ。この身みはわが有うなり。しかも、夢ゆめのごとくして、むなしく朽くちなんとす。何なにかは一指いつしに限かぎらん。さながら、身命しんみやうを仏道ぶつだうに投なげて、一時いちじの苦くるしみ、無始生死むししやうじの罪つみをつくのひ、仏ほとけの加被かひに、よく臨終正念りんじゆうしやうねんなることを得えん」と、深ふかく思おもひ取とりて、食くひ物ものをも断たち、身灯しんとう・入海にふかいをもせんには、たれゆゑ発ほつしたまへる悲願ひがんなればか、引接いんぜふしたまはざらん。

 さらば、今いまの世よにも、かやうの行ぎやうにて終をはりを取とる人ひとまのあたり異香いきやう匂にほひ、紫雲しうんたなびきて、その瑞相ずいさうあらたなるためし多おほかり。すなはち、かの童子どうじの水みづをそそきけんも、証しるしにはあらずや。

 あふぎて信しんずべし。疑うたがひて何なにの益えきかはある。しかるを、わが心こころの及およばぬままに、みづから信しんぜぬのみならず、他たの信心しんじんをさへ乱らんるは愚痴ぐちの極きはまれるなり。

第33話 近ごろ、蓮花城といひて、人に知られたる聖

 近ちかごろ、蓮花城れんげじやうといひて、人ひとに知しられたる聖ひじりありき。

 卜蓮法師ぼくれんほふしあひ知しりて、ことにふれ、情なさけをかけつつ過すぎけるほどに、年としごろありて、この聖ひじりの言いひけるやうは

「今いまは年としにそへつつ弱よわくなりまかれば、死期しごの近付ちかづくこと疑うたがふべからず。終をはり正念しやうねんにてまかり隠かくれんこと極きはまれる望のぞみにてはべるを、心こころの澄すむ時とき、入水じゆすいをして、終をはり取とらんとはべる」

 と言いふ。卜蓮ぼくれん聞きき驚おどろきて、

「あるべきことにもあらず。今いま一日いちにちなりとも、念仏ねんぶつの功こうを積つまんとこそ願ねがはるべけれ。さやうの行おこなは、愚痴ぐちなる人ひとのするわざなり」

 と言いひて、いさめけれど、さらにゆるぎなく思おもひかためたることと見みえければ、

「かく、これほど思おもひ取とられたらんに至いたりては、留とどむるに及およばず。さるべきにこそあらめ」

 とて、そのほどの用意よういなんど、力ちからを分わけて、もろともに沙汰さたしけり。

 つひに、桂川かつらがはの深ふかき所ところに至いたりて、念仏ねんぶつ高たかくまうし、時とき経へて水みづの底そこに沈しずみぬ。その時とき、聞きき及およぶ人ひと市しのごとく集あつまりて、かつは貴たふとみ、悲かなしぶことかぎりなし。卜蓮ぼくれんは「年としごろ見みなれたるものを」と、あはれに思おぼえて、涙なみだを押おさへつつ帰かへりにけり。

 かくて、日ひごろ経ふるままに、卜蓮ぼくれん物もの怪のけめかしき病やまひをす。あたりの人ひと怪あやしく思おもひて、こととしけるほどに、霊れい現あらはれて、「ありし蓮花城れんげじやう」と名な乗のりければ、

「このことげにと思おぼえず。年としごろあひ知しりて、終をはりまでさらに恨うらみらるべきことなし。いはんや、発心ほつしんのさま、なほざりならず、貴たふとくて終をはりたまひしにあらずや。かたがた、何なにのゆゑにや、思おもはぬさまにて来きたるらん」

 と言いふ。

 物もの怪のけの言いふやう、

「そのことなり。よく制せいしたまひしものを、わが心こころのほどを知しらで、いひかひなき死しにをしてはべり。さばかり、人ひとのためのことにもあらねば、そのきはにて、思おもひ返かへすべしとも思おぼえざりしかど、いかなる天魔てんまのしわざにてありけん、まさしく水みづに入いらんとせし時とき、たちまちに悔くやしくなんなりてはべりし。されども、さばかりの人中ひとなかに、いかにしてわが心こころと思おもひ返かへさん。あはれ、ただ今いま制せいしたまへかしと思おもひて、目めを見み合あはせたりしかど、知しらぬ顔がほにて、今いまは、疾とく疾とくともよほして、沈しずみてん恨うらめしさに、何なにの往生わうじやうのことも覚おぼえず。すずろなる道みちに入いりてはべるなり。このことわが愚おろかなる過とがなれば、人ひとを恨うらみまうすべきならねど、最期さいごに口くち惜をしと思おもひし一念いちねんによりて、かく詣まうで来きたるなり」

 と言いひける。

 これこそ、げに宿業しゆくごふと思おぼえてはべれ。かつはまた、末すゑの世よの人ひとの誡いましめとなりぬべし。人ひとの心こころはかりがたきものなれば、必かならずしも、清浄しやうじやう・質直しちぢきの心こころよりもおこらず。あるいは、勝他名聞しようたみやうもんにも住ぢゆうし、あるいは憍慢嫉妬けうまんしつとをもととして、愚おろかに、「身灯しんとう・入海にふかいするは浄土じやうどに生うまるるれるぞ」とばかり知しりて、心こころのはやるままに、かやうの行ぎやうを思おもひ立たつことしはべりなん。すなはち、外道げだうの苦く行ぎやうに同おなじ。大おほきなる邪見じやけんと言いふべし。

 そのゆゑに、火ひ・水みづに入いる苦くるしみなのめならず。その心こころざし深ふかからずは、いかが耐たえ忍しのばん。苦患くげんあれば、また心安こころやすからず。仏ほとけの助たすけより外ほかには、正念しやうねんならんこと極きはめてかたし。

 中なかにも、愚ぐなる人ひとのことぐさまで、「身灯しんとうはえせじ。水みづにはやすくしてん」とまうしはべるめり。すなはち、よそ目めなだらかにて、その心こころ知しらぬゆゑなるべし。ある聖ひじりの語かたりしは、

「かの水みづに溺おぼれて、すでに死しなんとつかまつりしを、人ひとに助たすけられて、からうじて生いきたることはべりき。その時とき、鼻はな・口くちより水みづ入いりて、責せめしほどの苦くるしみは、たとひ地獄ぢごくの苦くなりとも、さばかりこそはと思おぼえはべりしか。しかるを、人ひとの水みづを安やすきことと思おもへるは、いまだ水みづの人ひと殺ころす様さまを知しらぬなり」

 とまうしはべりし。

 ある人ひとのいはく、

「もろもろの行おこなひはみな、わが心こころにあり。みづから勤つとめて、みづからが知しるべし。よそには、はからひがたきことなり。すべて、過去くわこの業因ごふいんも、未来みらいの果報くわはうも、仏天加護ぶつてんかごもうち傾かたむきて、わが心こころのほどを安やすくせば、おのづから推おし量はかられぬべし。かつがつ、一ひとことを顕あらはす。もし人ひと仏道ぶつだうを行おこなはんために、山林さんりんにもまじはり、一人ひとり壙野くわうやの中なかにもをらん時とき、なほ身みを恐おそれ、寿いのちを惜をしむ心こころあらば、必かならずしも、仏ほとけ擁護おうごしたまふらんとは頼たのむべからず。垣かき・壁かべをもかこひ、遁のがるべきかまへをして、みづから身みを守まもり、病やまひを助たすけて、やうやう進すすまんことを願ねがひつべし。もし、ひたすら仏ほとけにたてまつりつる身みぞと思おもひて、虎とら・狼おほかみ来きたりて犯おかすとも、あながちに恐おそるる心こころなく、食くひ物もの絶たえて餓うゑ死しぬとも、憂うれはしからず思おぼゆるほどになりなば、仏ほとけも必かならず擁護おうごしたまひ、菩薩ぼさつも聖衆しやうじゆも来きたりて、守もりたまふべし。法ほふの悪鬼あくきも、毒獣どくじうも、便たよりを得うべからず。盗人ぬすびとは念ねんを起おこして去さり、病やまひは仏力ぶつりきによりて癒いえなん。これを思おもひ分わかず、心こころは心こころとして浅あさく、仏ほとけ天てんの護持ごぢを頼たのむは、危あやふきことなり」

 と語かたりはべりし。このことさもと聞きこゆ。

第34話 近きころ、近江国に池田といふ所に

 近ちかきころ、近江国あふみのくにに池田いけだといふ所ところに、いやしき男をとこありけり。おのが身みは年としたけて、若わかき子こをなん持もちたりける。二人ふたり相あひ具ぐして、なすべきことありき。

 奥山おくやまへ入いりたりけるに、やや久ひさしく休やすみ居ゐたり。ころは十月じふぐわつの末すゑにやありけん、木枯こがらしすさまじく吹ふきて、木々きぎの木きの葉は、雨あめのごとく乱みだれける。父ちちこれを見みて言いふやう、

「なんぢ、この木きの葉はの散ちるを見みるや。これを静しずかに思おもひつづくれば、わが身みのありさまにいささかも変かはらぬなり。そのゆゑは、春はるはみるみると若葉わかばさし初はじめたりと見みしほどに、やうやう繁しげりて、夏なつはみな盛さかりになりにき。八月はちぐわつばかりより、青あおき色いろ、黄きに改あらためて、後のちには紅くれなゐ深ふかくこがれつつ、今いま少すこし風かぜ吹ふけば、もろく散ちる。落おちてはつひに朽くちなんとす。わが身みもまたこれに同おなじ。十歳じつさいばかりの時とき、たとへば春はるの若葉わかばなり。二三十にさんじふにて盛さかりなりし時ときは、夏なつの梢こずゑ影かげ繁しげりて、心地ここち良よげなりしころに似にたり。今いま、六十ろくじふに余あまり、黒髪くろかみやや白しろく、皺しわたたみ、肌はだへ変かはり行ゆく。すなはち、秋あきの色いろづくに異ことならず。いまだ嵐あらしに散ちらずといふばかりなり。それまた、今日けふ明日あすのことなるべし。かく、あだなる身みを知しらず、世よを過すごさんとて、朝夕てうせきいふばかり苦くるしき目めを見みて、走はしりいとなむことこそ、思おもへばよしなけれ。われは今いまは家いへへも帰かへるまじ。法ほふ師しになりて、ここに居ゐて、この木きの葉はのありさまなんど思おもひつづけつつ、のどかに念仏ねんぶつしてをらんと思おもふ。わぬしは年としもいまだ若わかし。末すゑはるかなれば、とく帰かへりね」

 と言いふ。

 この男をとこの言いふやう、

「まことにたがはず。のたまふ所ところは言いはれたれど、庵いほり、一ひとつもなし。田た・畠はたけ作つくるべき便たよりもなし。すべて、雨あめ風かぜの苦くるしみ、けだものの恐おそれ、一ひとつとして耐たへ忍しのぶべき所ところもあらず。いかにしてか一人ひとりは住すみたまはん。さらば、われも具ぐしたてまつりて、木きの実みをも拾ひろひ、水みづをも汲くみて、いかにもなりたまはんやうにこそはならめ。今いま、齢よはひ盛さかりなりといへども、たとへば夏なつの木きの葉はにこそはべるなれ。つひに紅葉もみぢして、散ちらんこと疑うたがひなし。いかにいはんや、木きの葉はは色いろづきてこそ散ちるものなれ。人ひとは若わかくて死しぬるためし多おほかり。やや、木きの葉はよりもあだなりといふべし。さらに古郷こきやうへ帰かへるべからず」

 と言いひければ、あはれに思おもひたり。

「さらば、いと嬉うれしきこと」

 とて、人ひともかよはぬ深山みやまの中なかに、少すこしき庵いほり、二ふたつ結むすびて、それに一人ひとりづつ、朝夕てうせき念仏ねんぶつして過すごしける。

 むげに近ちかき世よのことなれば、みな人ひと知しりてはべりとなん。ある人ひとのいはく、

「父ちちすでに往生わうじやうしおはんぬ。息いき今いまに現存げんぞん、云々うんぬん」

第35話 薬師寺に証空律師といふ僧ありけり

 薬師寺やくしじに証空律師しようくうりつしといふ僧そうありけり。

 よはひたけて後のち、辞じして久ひさしくなりにけるを、

「かの寺てらの別当べつたうの欠けつに望のぞみまうさんと思おもふは、いかがあるべき」

 と言いふ。弟子でしたるに、同おなじさまに、

「あるまじきことなり。御おん年としたけたまひたり。つかさを辞じしたまへるに付つけても、必かならずおぼすところあらんかしと、人ひとも心こころにくく思おもひまうしたるを、今いまさら、さやうに望のぞみまうしたまはば、思おもはぬなることにて、人ひとも心劣こころおとりつかまつるべし」

 と、ことはりを尽つくして、いみじういさめけれど、さらに、「げに」と思おもへる気色けしきなし。いかにも、その心こころざし深ふかきことと見みえければ、すべて力ちから及およばず。

 弟子でし寄より合あひて、このことを歎なげきつつ言いふやう、

「この上うへには、いかに聞きこゆとも、聞きき入いらるまじ。いざ、そら夢ゆめを見みて、身みもだえたまふばかり、語かたりまうさん」

 とぞ定さだめける。

 日ひごろ経へて後のち、静しずかなる時とき、一人ひとりの弟子でし言いふやう、

「過すぎぬる夜よ、いと心得こころえぬ夢ゆめなん見みえはべりつる。この庭にはに、色々いろいろなる鬼おにの恐おそろしげなる、あまた出いで来きて、大だいなる釜かまを塗ぬりはべりつるを、あやしく思おぼえて問とひつれば、鬼おにのいはく、この坊主ばうずの律師りつしの料れうなりと答こたふるとなん見みえつる。何なにごとにかは、深ふかき罪つみおはしまさん。この事こと心得こころえずはべるなり」

 と語かたる。

 すなはち、「驚おどろき恐おそれん」と思おもふほどに、耳みみもとまで笑ゑみ曲まげて、

「この所望しよまうのかなふべきにこそ。披露ひろうなせられそ」

 とて、拝をがみければ、すべていふはかりなくて、やみにけり。

 智者ちしやなれば、この律師りつしまでも昇のぼりけめ。年とし七十しちじふにて、この夢ゆめを悦よろこびけん、いと心憂こころうき貪欲とんよくの深ふかさなりかし。

 かの無智むちの翁おきなが独覚どくかくの悟さとりを得えたりけんには、たとへもなくこそ。

第36話 中ごろ、壱岐前司親輔といふ人

 中なかごろ、壱岐前司親輔いきのぜんじちかすけといふ人ひと、取子とりごをして、幼をさなくよりはぐくみ養やしなひけり。

 この児こ三みつといひける年とし、数珠ずずを持もちて遊あそびとして、さらに異物ことものにふけらず。父母ちちははこれを愛あいして、紫檀したんの数珠ずずを取とらせたりければ、阿弥陀仏あみだぶつをことぐさにまうし居ゐたり。母はは聞ききて、いさめけれど、なほこのことを留とどめず。

 六むつといふ年とし、重おもき病やまひを受うけて、日ひごろ経へて後のち、床ゆかに伏ふしながら、手遊てあそびにせし念珠ねんじゆの傍かたはらにありけるを見みて、

「わが数珠ずずの上うへに、塵ちりのゐにける」

 と言いひて、深ふかく歎なげきたる気色けしきなり。これを聞きく人ひと涙なみだを落おとして、あはれみあへり。

 すなはち、父母ちちははにあふて、

「身みのけがらはしく思おぼゆるに、湯ゆを浴ゆあみばや」

 と言いふ。病やまひ重おもきほどなれば、さらに許ゆるさず。その後のち、人ひとに助たすけられて、西にしに向むかひつつ、起おき居ゐて、音こゑをあげて、

 聞妙法華経もんめうほけきやう 提婆達多品だいばだつたほん 浄心信敬じやうしんしんぎやう 不生疑惑者ふしやうぎわくしや 不堕地獄ふだぢごく

 と言いふより、

 若在仏前にやくざいぶつぜん 蓮花化生れんげけしやう

 と言いふまで誦じゆす。

 その声こゑことに妙たへなり。幼をさなき者ものなれば、日ひごろ人ひとの教をしふることなし。みな、驚おどろきあはれぶ。声こゑいまだやまぬほどに、眼まなこをうけて息いき絶たえにければ、父母ちちはは泣なき悲かなしむことかぎりなし。

 日ひごろ経へて後のち、母はは昼ひるうたた寝ねしたる時とき、夢ゆめともなく、うつつともなく、この児こを見みる。形かたちことにめでたく、清きよらかにてありける。母ははに向むかひて、

「わが形かたちをば、よく見みるや」

 と言いふ。母はは

「よく見みる」

 と言いふ。児こ誦じゆして、

 即往南方そくわうなんぱう 無垢世界むくせかい 坐宝蓮花ざはうれんげ 成等正覚じやうとうしやうがく

 この文もんを読よみ終をはりて、すなはち失うせにけりとぞ。このことは嘉承二年かしようにねんのころなり。

第37話 奈良に、松室といふ所に僧ありけり

 奈良ならに、松室まつむろといふ所ところに僧そうありけり。官くわんなんどはわざとならざりけれど、徳とくありて、用もちゐられたる者ものになんありける。

 そこに、幼をさなき児ちごの、ことにいとほしくするありけり。この児ちご朝夕てうせき、法華経ほけきやうを読よみたてまつりければ、師しこれをうけず。

「幼をさなき時ときは学文がくもんをこそせめ。いとげにげにしからず」

 など、いさめられて、一ひと度どは随したがふやうなれど、ややもすれば、忍しのび忍しのびになんこれを読よむ。いかにも心こころざし深ふかきことと見みて、後のちには誰たれも制せいせずなりにけり。

 かかるほどに、十四五じふしごばかりになりて、この児ちごいづちともなく失うせぬ。師し大おほきに驚おどろきて、至いたらぬくまもなく尋たづね求もとむれど、さらになし。「物ものの霊れいなんどに取とられたるなめり」と言いひて、泣なく泣なく、のちのことなんど弔とぶらひてやみにけり。

 その後のち、月つきごろ経へて、この房ばうにある法ほふ師しの「薪たきぎ取とらん」とて、山やま深ふかく入いりたりけるに、木きの上うへに、経きやう読よむ声こゑ聞きこゆ。怪あやしくて、これを見みれば、失うせにし児ちごなり。あさましく思おぼえて、

「いかに、かくてはおはしますぞ。さしも歎なげきたまふものを」

 と言いへば、

「そのことなり。さやうのことも聞きこえんとて、逢あひたてまつらんと思おもへど、便たより悪あしきことになりて、えなん近付ちかづきたてまつらず。うれしく見みえ逢あひたり。これへ、かまへておはしませとまうせ」

 と言いひければ、走はしり帰かへりて、このよしを語かたる。

 師し驚おどろきて、すなはち来きたる。児ちご語かたりていはく、

「われ、読誦どくじゆの仙人せんにんにまかりなりてはべるなり。日ひごろも御おん恋こいしく思おもひたてまつりつれど、かやうにまかりなりて後のちは、聞きくべき便たよりもなし。おほかた、人ひとのあたりは、けがらはしく臭くさくて、耐たゆべくもあらねば、思おもひながら、えなん詣まうでざりつる間あひだ、近ちかうて見みたてまつることはえあるまじ」

 と言いひて、ともに涙なみだを落おとしつつ、やや久ひさしく語かたらふ。

 かくて、帰かへりなんとする時とき、言いふやう、

「三月十八日さんぐわつじふはちにちに竹生島ちくぶしまといふ所ところにて、仙人せんにん集あつまりて、楽がくをすることはべるに、琵琶びはを弾ひくべきことのはべるが、え尋たづね出いだしはべらぬなり。貸かしたまひなんや」

 と言いふ。

「やすきことなり。いづくへかたてまつるべき」

 と言いへば、

「ここにて賜たまはらん」

 と言いひて、ともに去いぬ。すなはち、琵琶びはを送おくりたりけれど、その時ときは人ひともなし。ただ、木きの本もとに置おきてぞ帰かへりにける。

 さて、この法ほふ師しは三月十七日さんぐわつじふしちにちに竹生島ちくぶしまへ詣まうでたりけるに、十八日じふはちにち、暁あかつきの寝覚ねざめに、はるかにえもいはれぬ楽がくの声こゑ聞きこゆ。雲くもに響ひびき、風かぜに随したがひて、世よの常つねの楽がくにも似にず思おぼえて、めでたかりければ、涙なみだこぼれつつ聞きき居ゐたるほどに、やうやう近ちかくなりて、楽がくの声こゑ止とまりぬ。とばかりありて、縁えんに物ものを置おく音おとのしければ、夜よ明あけて、これを見みるに、ありし琵琶びはなり。

 師し不思議ふしぎの思おもひをなして、

「これをわが物ものにせんことは憚はばかりあり」

 とて、権現ごんげんにたてまつる。香かうばしき匂にほひ深ふかくしみて、日ひごろ経へれど失うせざりけるを、この琵琶びは今いまにかの島しまにあり。うきたることにあらず。

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